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はてなキーワード: 直ちにとは

2017-06-17

https://anond.hatelabo.jp/20170616013400

痴漢冤罪詐欺同類だ。窓から飛び出して逃げよう。

新人が教えてほしいことあるというので教えに行ったちょうどその時、隣の席が空いてたのでその椅子に座って説明してた

これは業務上明らかに必要行為である

「今席に座ってましたよね?セクハラですよ」という発言が、セクハラパワハラである直ちに新人に「通報をお願い」する。

セクハラ詐欺師滅ぶべし

2017-06-15

https://anond.hatelabo.jp/20170615133558

いや無理でしょそれ

専門家のはずのマスコミだって、あれだけ均衡すると結果外しちゃうことだってあるし

それが直ちにおかしいというわけでもない

秘密投票権利があってそれを守る以上、樽の中身が水かワインかなんてわかるはずがない

2017-06-09

http://anond.hatelabo.jp/20170609195726

利用価値がある場合は黙っていたりする

ネット喧嘩はABの対決があるとして

Aでなければ直ちにBであるとか言い出しちゃう人ばかりなので

Aに基本的賛同を示しながらもBの一部は聞く価値がある、なんてことはほとんど通用しない

から最大2万2000ベクレル 5人搬送 内部被ばく検査

はてな民「二万ベクレルとかやばすぎる!!!いしょくとかすればなおするのかな」「トーカイムラトーカムラ!」「アベは責任取ってやめろ!」

http://b.hatena.ne.jp/entry/www3.nhk.or.jp/news/html/20170607/k10011009131000.html

スラド民「ベクレルだけ言われても…」

https://srad.jp/story/17/06/07/1759243/

規制委員側の科学者ですら「直ちに危険というわけではないが、事故としては軽微なものではなく作業妥当だったか今後も調査必要」って慎重な態度なのに、アホみたいなはしゃぎようでワイドショーコメンテーター程度の発言くらいしかしてないブクマカ達。

もう科学ことなんもわからないんならそこは冷静に専門家意見がまとまるまで黙っていて、得意の政治への正しい批判だけしてたほうがいいんじゃないですかね?それならニュースの短い一報だけであれこれ素人でも言えるし。

こういうの見ると、はてな民ニセ科学に騙されてないようにみえるのはたまたま信じてるものニセ科学じゃなかっただけって気がするよ。

2017-06-03

『極少数の頭のおかし極左をもって左派全体を批判するのはおかしい』←これって

確かに極端な例だけをもってそれを全体に広げるのは主語が大きい案件でありおかしい、

という指摘は一見首肯しそうになるが

『極少数の頭のおかし極右をもって右派全体を批判するのはおかしい』って批判はめったに見かけないし、

見かけてもスターはまずつかない

結局これも権力勾配という思想によって正当化される偏りなのだろうか

あ、

だってウヨクの方が頭がおかしい奴の方が多いし!」って反論は、

直ちに

「むしろサヨクの方が頭がおかしい奴の方が多いし!」って反論で相対化されるから意味ないと思う

2017-06-01

http://anond.hatelabo.jp/20170601130446

とどのつまり加計学園獣医学部学校を作れるように後押ししているかということだと思う

これ散々言われてるけど「している」よ。

国会でも何度も指摘されてるし、週刊誌なんかでは報じられてるし、もっと言えば我々が今から自分の目でその議事録を閲覧することすら可能なんだけど、地上波TV新聞では無かったことになってる。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/dai25/gijiyoushi.pdf (7ページ目)

前回の会議で、重点課題につきましては、法改正を要しないもの直ちに実現に向けた措置を行うよう総理から御指示をいただきましたので、今般、関係各省と合意が得られたものを、早速、本諮問会議の案としてとりまとめたものであります

内容といたしましては、先端ライフサイエンス研究地域における感染症対策など、新たなニーズ対応する獣医学部の設置、農家民宿等の宿泊事業者による旅行商品企画提供の解禁となっております

はっきりと「総理から御指示」と書かれている。なおこの会議安倍首相議長です。もちろん安倍首相も出席していて安倍首相の目の前で行われている会話です。

 

金銭授受が無ければセーフ!!ノーカン!!ってのは違うよね。

普通利益誘導の見返りは集票なわけだし、それを不当な利益誘導有権者の正当な要望をどこで線を引くかっていうと、結局「その利益誘導国民に損をさせたかどうか」になるので、要するに「加計学園に定員160名の獣医学部を認可することは適正か」って話になる。

一応言っておくとこの件でミンスガーって喚く馬鹿いるけど「四国獣医学部ゼロから1つくらい設立を認めるべき」という話と「Fラン大学に、1校で日本一デカ獣医学部を作り、北海道の全大学合わせて200名なのに対して四国の1校で160名というのは、適正か」のは全く別問題

ぶっちゃけこれが40名なら問題になってないんだよ。四国獣医学部が1つもないのはどうよって不満自体分からんでもないでしょ。その上で民主党は正当な手続きを踏んでいたからこそ「加計学園は無理だろ」ってなってたわけだ。全然話が違う。

問題になってるのは「なんで偏差値30の加計学園?」「160名も取ったら全入じゃね?」「四国にそんなに畜産需要ある?」「てか獣医師免許取れるの?」ってとこなんだから

 

まあこれ結果がどうなるかってのは見てみるまでは水掛け論になるので、もうこれは「とりあえず認可した上で6年後に反省会しましょうか」って話しかできないようには思われる。

しかしさぁ、ぶっちゃけた話をしようよ。

安倍首相周辺もそうだし自民党員の人もそうだしそれ以外でも問題ないって言ってる人達もそうだけど、定員160名の獣医学部を認可してその規模に値するだけの土地補助金供与して、何人くらい6年後に獣医師免許取れると踏んでる?(もちろん試験のものに謎の力が働かない前提)

これが例えば定員160名に対して合格者150名みたいになるなら「ちゃんと使い物になる学部になってる。安倍さん規制突破したのは正当だったじゃないか」って話になる。これが100名割るとかなると「麻生の言うとおりロースクールの再来どころじゃねえぞ。事前に散々指摘されてたのに、土地補助金をお友達に配っただけじゃねえか」って話になる

でもはっきり言わせて貰っていいかな。獣医師免許日大ですら9割通る試験だけど、加計学園獣医学部の6年後の合格者は、良くて80名、薬学部の実績を考えると60名でも御の字だと思うよ。

2017-05-31

政府日本獣医師会を利用したのでは

産経新聞の『獣医師会 京産大学部新設阻止 閣僚らに激しいロビー活動 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170531-00000078-san-soci』という記事

この報道の前に獣医師会の見解確認してたんだけど、そもそも国家戦略特区諮問会議は昨年11月9日、「広域的に獣医師養成大学などの存在しない地域に限り、獣医学部の新設を可能にするための関係制度改正直ちに行う」と決めた。』の時点で、京都産業大学実質的に当てはまらないはずの条件に変わってたわけで。(加計学園以外の応募、「原案」では可能 獣医学部新設 http://www.asahi.com/articles/ASK5Q62ZYK5QUTIL06K.html

それを考えると、どうも日本獣医師会の抵抗と、安部総理の利害がたまたま一致して、こうなったんじゃ?と思えるような気がするんだよなぁ。

安部総理コネがあったか加計学園を通したいけど、京都産業大学が突っ込んできたから、変な条件付け足してなんとか誤魔化したけど、バレたらやばいな…、あっ日本獣医師会がなんかロビー活動してるから、利用してしまえ、的な。

確かに日本獣医師会にも悪いところはあるが、色々と見るに、日本獣医師会の考えで全て動いてるなら、そもそも加計学園も通らないわけで、すべてを日本獣医師会のせいにするのは、違和感があると思うなぁ

研究倫理教育がむしろ炎上を促進した可能

http://anond.hatelabo.jp/20170530044702 

をよんだ。学部生が正直な感想を書いてくれて偉いな、と思う。

人工知能の隣接分野の助教を昔やっていたことがある人間だけど、研究倫理の授業はもちろん必要だと思う。そして、今は、たいていの大学で、大学教員は毎年研究倫理教育ミニテスト受けないと、最悪研究執行を停止するかも、とおどかされる仕組みになっている。だから、例の炎上したところの先生も、ほぼ確実に、学内研究倫理ミニテストや講習は受けているはず。

けれども、今回の件が研究倫理の授業・講習を受けていれば回避できたかというと、正直微妙だと思う。なぜなら、研究倫理教育の主眼は研究不正の抑止で、今回の炎上は明らかに研究不正とは関係いから。特にSTAP細胞事件の後、どこでも研究倫理教育研究不正に関する内容が多くなった。出典をしっかり書きなさい、も当然、その中に含まれる。URLハンドルネーム記載したのも、研究倫理教育の影響があったのではないか。そう考えると、むしろ研究倫理教育炎上を促進する要素を作った可能性すらある。

後は、学生本人が研究倫理教育をどれだけ受けていても、指導教員OKしたら、これはOKなのだろう、と思う学生普通なのではないか。そこも考えると、研究倫理教育で今回の炎上が防げたとは、あまり自分には思えない。

追記:

Citiプログラムなんかは「インターネットを使った研究」に関する倫理やその考え方がモジュールに入ってるし、そのなかでオンライン上のアイデンティティーや公開されてるブログなどの利用について触れてる

そりゃ、当然、話題になっている情報提供側への配慮みたいな話も、研究倫理教育の中には含まれはいると思う。けれども、やはり、工学系の研究倫理教育の主眼は研究不正の抑止で、研究不正対策とそれ以外の項目が相反する場合は、研究不正対策の方を優先するのは不適切判断とは言えないのでは。そして、研究不正抑止の重要原則が「出典の明記」。今回は、配慮と出典明記の両方に思い至り、出典明記の方を優先した可能性はあると思いますよ。実際、BL小説群、などとごまかさずに、URLを直接挙げて文献明記したからこそ、「本当に実在テキスト分析したのか」といったような研究不正方向性での批判は、あがってきていない訳でしょう。

後は、今回の小説立ち位置は、研究対象というよりも情報提供だと思いますよ。

追記2:

記事はてブコメントの中に、「出所の明示に不備がある」との指摘がありました。当該記事も読みました。「10本のうちのどれかわからない形で文章が複製されている」ことと、文例に(わからないように)手を加えている、ことの2点が問題点として挙げられていました。前者は、不適切で厳密には引用要件を満たしていないことは分かりますが、10本ぐらい原文を検索すれば容易にどこから取ってきた文例か分かるので、悪質性は低いように思います。が、文例をいじっている情報は知りませんでした。情報ありがとうございます後者をもし本当にやっていたら、悪質だな、と思います

追記3:

悪質性」を話題に出したら、「論点すり替え」と来ました。悪質性ではなく、法律記載された引用の条件を満たしているかどうかという「適法性」が問題だとおっしゃりたいのだと思いますが、著者らの行為違法行為かどうかを判断するのは我々ではなく裁判所です。法解釈には、法律に加えて過去の反例なども重要視されます。例え、厳密に法律の条文を解釈すれば、条文から逸脱しているように我々には読める行為であっても、色々な事情を斟酌して「違法とまでは言えない」といった判断がなされる事もよくあります。その意味で、我々は適法性については直接的に判断できず、現時点で論じられるのは程度問題だけでしょう。その程度を「悪質性」という言葉で表しました。他に、良い程度を表す言葉があるかも知れませんが。

今回の件は訴訟問題にもならないでしょう。が、個人的感想としては、実際に訴訟になったとしても、出処の表記についての不備は指摘されるでしょうが悪質性が低い(盗用しようという意図が見られない)ので、最終的には引用と認められる範疇だと思いますよ。出処の表記の不備も、悪質性も、適法性判断の1材料として使われるに過ぎません。出処の表記の不備は、適法性についての結論直ちに下すものではないです。

2017-05-28

ジブリの月給の批判とか、もう呆れ返りすぎて本当にうんざりする。

これに乗じて、宮崎駿批判する人は宮崎駿映画をどんだけ理解しようとしたんだろうか。

ひとつだけ言えるのは、こんな奴らと一緒の世界で、少なくとも真面目にちゃんとした仕事をしようとは思えないという事だ。

金の為に労働をする家畜と魂を賭けて不朽の仕事を成し遂げようとする人は、決して同列のカテゴリーとして扱われるべきではない。

少なくとも私は過去に偉大な仕事をした偉人たちを批判する人を好まないばかりか、もし自分理解がその批判と同程度だった場合直ちに自分理解の方を疑うだろう。

2017-05-27

例の論文は、本当に法的にセーフなのか

本題に入る前に、いくつか検討を行うべき点がある。

(1)表現を『有害』と評することについての社会的通念

社会流通する特定表現を具体的に名指しして『有害』と評価する場合、その評価責任は、そのような評価を下した主体が負うのが一般的である

例えば、都道府県の定める条例に基づき『未成年者の健全育成に有害である』と評価された特定出版物を、『有害図書』に指定流通差し止め場合があるが、その指定(あるいは指定基準)の責任は当の都道府県が負う。

実際に、都条例(「東京都青少年の健全な育成に関する条例」)の条文が変更され、近親相姦描写指定根拠に加えられた際、またその条文を根拠として実際に書籍が『有害図書』に指定された際に、都を批判する声が少なからずあった。表現を『有害』と評価する主体はその評価について責任を問われる、という社会的通念が如実に現れた実例と言えるだろう。

有害情報』はインターネット上に流通する表現についての評価であるが、これも評価主体責任を問われるという点は『有害図書』の場合と同様である

例えば、特定ウェブサイトが、検索エンジンサービスセキュリティソフトウェアフィルタリングソフトウェア等によって『有害』と評価され、アクセスを妨げられた場合、その評価責任を当該サービスないしソフトウェア提供者が負うという点については、広く合意されるところである

(2)予めゾーニングされた表現の『有害』性

どのような表現を『有害』と評価するか、具体的な線引きについては評価主体により差はあれど、大別すれば、「援助交際違法薬物の取引」といった実際の犯罪行為と一体のものと、「(現実架空の別を問わず暴力・性行為犯罪行為描写」といった未成年者の閲覧に不適切もの、の2つである

このうち後者について、評価主体行政ないし公的機関場合表現の自由知る権利とのバランスを取る必要から未成年者による閲覧を抑止する施策ゾーニング)が講じられていれば表現のもの禁止はしないという形を取ることが多く、またそのような施策が予め講じられた表現に対して『有害』か否か積極的評価することは(必要が無く、にもかかわらず上記のような責任無用に負うことになるので)避ける運用となるのが通例である

他方で、ゾーニング必要性の有無を判断するのは表現を発表する側であり、通常これは『有害評価を下す側とは別であるから、『有害ギリギリラインゾーニングが行われることはない。すなわち、表現を発表する側はより大きな安全マージンを取り(安全側に倒して)ゾーニング実施することになり、そして上記のとおりゾーニングされた表現については『有害評価が保留されがちであることから、もし仮にゾーニングされていなかったとしても『有害』とは評価されなかったであろう表現ゾーニングされてしまっている(が、そうとはわからない)という例も珍しくないはずである

したがって、ある表現ゾーニングされているからといって、その表現直ちに(例えば行政公的機関などの評価主体判断に照らして)『有害であるとは断言しえない。

(3)慣行としてのゾーニングに対する表現者意識

業として表現流通させている者(出版社小売店ウェブサービスなど)がゾーニング実施するのは、上記条例をはじめとする法令を遵守することが第一義的な理由と考えてよい。そしてそれらの業者を介して自身表現流通させんとする個々の表現者は、業者との契約規約に基づく形でゾーニング同意し、間接的に法令を遵守することとなっている。

このことは、当該法令理念目的基準について、必ずしも表現者賛同ないし納得はしてないけれども、業者を利用する都合上その定めに従っている、というケースが内包されている可能性を示唆する。より具体的に言えば、表現者自身は「未成年者にとって性的表現有害ではない」と考えていたり「この程度の性的表現は『有害』にあたらない」と考えていたりした場合でも、業者を利用するため業者実施するゾーニング基準に従った結果として(あるいは、閲覧者の利便性を図る手段としてゾーニング活用する意図で、もしくは、自身思想と食い違っても「悪法も法なり」という判断の下)法令を遵守している、というケースがありうる。

同時に、上記のとおり行政公的機関ゾーニング済の表現への『有害評価を保留するので、動機はどうあれゾーニングに従っている以上、自身表現が『有害』にあたることはない、という意識表現者にあったとしても不思議ではない。これは逆に言うと、『有害評価を下されること=ゾーニング努力を怠った粗忽者ないし社会迷惑をかける厄介者レッテルという意味包含し、表現者にとってのスティグマとして機能しうる。

(4)著作者人格権侵害とみなされる引用

著作物二次利用原則的著作権者許可を要するが、著作権法32条により『引用』であれば無許可に行うことができる。正当な『引用』と認められるには「引用部分とそれ以外の部分の主従が明確であること」「引用する必然性があり、その必要な量のみの利用に留まること」「出典を明記すること」などの要件を満たさなければならない。

第三十二条  公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行合致するものであり、かつ、報道批評研究その他の引用目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。


しかしながら、著作権法113条6項には、次のような条文がある。

百十三条  次に掲げる行為は、当該著作者人格権著作権出版権、実演家人格権又は著作隣接権侵害する行為とみなす。

6  著作者名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権侵害する行為とみなす。


これは上記の『引用』と矛盾するように見えるが、そうではない。無許可で『引用』することはできるが、その結果として著作者名誉・声望を害したら著作者人格権侵害とみなされる、という形である。つまり理論上は、正当な『引用』であっても著作者人格権侵害になる場合があるとされており、ゆえに「例の論文は『引用』の要件を満たしてるから法的にセーフ」とする主張は、全て誤りである

このような条文があると、否定的な論評・批評のための引用ができなくなるのではないか、と心配する向きもいるかもしれないが、意見表明による名誉棄損を免責する『公正な論評法理』が、上記条文における「名誉又は声望を害する方法」の当否判断にも準用され、否定的な論評・批評のための引用も内容の公益性妥当性次第で免責されると考えられている。

ここまでのまとめ



本題

例の論文では、R18としてゾーニングされた10作品を標本として利用しているが、ゾーニングされていることをもって直ちに有害であるとは言えず、またその作者らが自らの作品の『有害』性を自認していることにもならないため、「この10作品は『有害である」との評価自明ではない。

にもかかわらず、論文ではこれら10作品を「『有害情報』のフィルタリングアルゴリズム学習データ」と位置付けており、このことはつまりこれら10作品が『有害情報』の代表であるという評価を下しているに等しい。その際、法令制度あるいは他者によって定義された『有害評価準拠する旨の記載がないため、この『有害評価論文著者が主体的に行っているものと解され、その責任論文著者が負う。

これら10作品が『有害情報』の代表例として紹介されたことは、作者らにとってスティグマとして機能することが懸念され、名誉・声望を害したと言えるのではないか

整理すると「論文著者が主体となり10作品を名指しで『有害評価したことが、10作品の作者らの名誉・声望を害したと疑われる」。

論文ではこれら10作品に含まれ性的表現引用しその意味内容批評しているとは言えるが、『有害情報』の代表例としてこれら10作品を名指ししたこと自体について十分に論証するだけの記述が割かれ『公正な論評法理』に適う内容になっているか、といえば、議論が分かれるように思う。少なくとも「論ずるまでもなく法的にはセーフ」とは断言できないと考えるが、どうだろうか。

2017-05-25

冷房車両という名称

このようなソフトな言い方だから、少しは冷房が効いているんだろう、乗っても問題ない、と判断した挙句汗だくになるおっさんが発生するのだ。

しかし、弱冷車というものほぼほぼ冷房車とでもいうべきもので、全く涼しくない、と言うか熱い。

正直言って弱冷房車というものは我々の生存権侵害していると言わざるを得ない。

しかもそれが下手するとランダムに配置されているのだ(規則性はあるのだろうが、せめてホームに弱冷房かどうか明記して欲しい)。

これを生存権侵害と言わずして何を生存権侵害というのであろうか。

そうすると、弱冷房車両というのもはっきりいって不適切であって、「生存権侵害車両」とでも呼称すべきものである

鉄道会社には弱冷房車両廃止に向けて検討してほしいが、せめて自分たち運行している車両生存権侵害していることを反省し、

直ちに車両の上に「生存権侵害車両」と明記して欲しい。

2017-05-22

天皇棍棒にすべから

右翼だろうが左翼だろうが、自分の気に食わないものを殴るために天皇を持ち出すのはよくない、ただそれだけの話だ

彼等は常に口を開けば、直ちに忠愛を唱へ、恰も忠君愛国自分の一手専売の如く唱へてありまするが、其為すところを見れば、常に玉座の蔭に隠れて政敵狙撃するが如き挙動を執って居るのである。彼等は玉座を以て胸壁となし、詔勅を以て弾丸に代へて政敵を倒さんとするものではないか

と思ったら百年前から同じこと言われてやがった

2017-05-19

園城寺(おんじょうじ)は、滋賀県大津市園城寺町にある、天台寺門宗総本山。山号を「長等山(ながらさん)」と称する。

開基(創立者)は大友与多王、本尊弥勒菩薩である日本三不動の一である黄不動で著名な寺院で、観音堂は西国三十三所観音霊場の第14番札所である。また、近江八景の1つである三井の晩鐘」でも知られる。

なお一般には「三井寺(みいでら)」として知られるため、本文では「三井寺」の呼称を用いる。

目次 [非表示]

1 歴史

2 伽藍

3 黄不動

4 文化財

4.1 三井寺秘仏

4.2 国宝

4.3 重要文化財

4.4 その他

5 御詠歌

6 前後札所

7 交通

8 周辺

9 脚注

10 参考文献

11 関連項目

12 外部リンク

歴史[編集]

三井寺7世紀大友氏 (古代)の氏寺として草創され、9世紀に唐から帰国した留学円珍天台寺門宗宗祖)によって再興された。三井寺平安時代以降、皇室貴族武家などの幅広い信仰を集めて栄えたが、10世紀から比叡山延暦寺との対立抗争が激化し、比叡山の宗徒によって三井寺が焼き討ちされることが史上度々あった。近世には豊臣秀吉によって寺領没収されて廃寺同然となったこともあるが、こうした歴史上の苦難を乗り越えてその都度再興されてきたことから三井寺は「不死鳥の寺」と称されている。

三井寺」の由来となった井戸「閼伽井屋」(重文

三井寺起源については、次のように伝承されている。大津京を造営した天智天皇は、念持仏の弥勒菩薩像を本尊とする寺を建立しようとしていたが、生前にはその志を果たせなかった。天皇の子大友皇子弘文天皇)も壬申の乱のため、25歳の若さで没している。大友皇子の子である大友与多王は、父の菩提のため、天智天皇所持の弥勒像を本尊とする寺の建立を発願した。壬申の乱大友皇子敵対していた天武天皇は、朱鳥元年(686年)この寺の建立を許可し、「園城寺」の寺号を与えた。「園城」という寺号は、大友与多王が自分の「荘園城邑」(「田畑屋敷」)を投げ打って一寺を建立しようとする志に感じて名付けたものという。なお、「三井寺」の通称は、この寺に涌く霊泉が天智・天武・持統の3代の天皇の産湯として使われたことから御井」(みい)の寺と言われていたものが転じて三井寺となったという。現在三井寺には創建時に遡る遺物ほとんど残っていない。しかし、金堂付近からは、奈良時代前期に遡る古瓦が出土しており、大友氏と寺との関係史料から裏付けられることから、以上の草創伝承は単なる伝説ではなく、ある程度史実を反映したものと見ることができる。

三井寺では、他宗で「管長」「別当」などと呼ばれる、一山を代表する僧のことを「長吏」(ちょうり)と呼んでいる。貞観元年(859年)、三井寺初代長吏就任し、その後の三井寺の発展の基礎を築いたのが、智証大師円珍である円珍は、弘仁5年(814年)、讃岐国那珂郡香川県善通寺市)に生まれた。俗名は和気広雄、母方の姓は佐伯氏で、円珍の母は弘法大師空海の妹(もしくは姪)にあたる。幼時から学才を発揮し神童と呼ばれた広雄は、15歳で比叡山に登り、初代天台座主義真に入門。19歳の時に国家公認正規の僧となり、円珍改名した。その後、比叡山規定に従って「十二年籠山行」(12年間、比叡山から下りずにひたすら修行する)を終えた後、大峯山熊野三山を巡って厳しい修行をする。このことから三井寺修験道とも深い繋がりを持っている。仁寿3年(853年)には唐へ留学して6年間、各地で修行青龍寺の法全(はっせん)から密教の奥義を伝授された。天安2年(858年)、円珍は多くの経巻、図像、法具を携えて日本帰国した。翌貞観元年(859年)、大友氏の氏寺であった三井寺に「唐院」(とういん)を設置。寺を整備して修行道場とすると共に、唐から請来した経典や法具を唐院に収蔵した。貞観8年(866年)、太政官から円珍伝法の公験(くげん、証明書)が与えられた。顕教密教に加えて修験道を兼学する円珍伝法は、これによって政府公認を得たわけであり、天台寺門宗ではこの時をもって開宗と見なしている。貞観10年(868年)、円珍天台宗最高の地位である天台座主就任。以後、没するまでの24年間、その地位にあった。

円珍の没後、比叡山円珍の門流と、慈覚大師円仁の門流との2派に分かれ、両者は事あるごとに対立するようになった。円珍の没後1世紀まりを経た正暦4年(993年)には、円仁派の僧たちが比叡山内にあった円珍派の房舎を打ち壊す騒動があり、両派の対立は決定的となり、円珍派は比叡山下りて、三井寺に移った。比叡山延暦寺を「山門」と別称するのに対し三井寺を「寺門」と称することから、両者の対立抗争を「山門寺門の抗争」などと呼んでいる。比叡山宗徒による三井寺の焼き討ちは永保元年(1081年)を始め、中世末期までに大規模なものだけで10回、小規模なものまで含めると50回にも上るという。

三井寺は、平安時代には朝廷貴族尊崇を集め、中でも藤原道長白河上皇らが深く帰依したことが知られている。これら勢力から寄進等による荘園多数を支配下におき、信州善光寺荘園末寺として記録に著れる。中世以降は源氏など武家信仰も集めた。源氏は、源頼義三井寺に戦勝祈願をしたことから歴代尊崇が篤く、源頼政平家打倒の兵を挙げた時にはこれに協力し、平家を滅ぼした源頼朝も当寺に保護を加えている。頼朝意思を継いだ北条政子もこの方針継承し、建保元年(1214年)に延暦寺に焼き払われた園城寺大内惟義・佐々木広綱・宇都宮蓮生ら在京御家人に命じて直ちに再建させている。しかし、園城寺僧侶として育てられていた源頼家の子公暁叔父である源実朝暗殺するという事件を起こしたために、以後鎌倉幕府より一時冷遇を受ける。だが、北条時頼の信頼が厚かった隆弁が別当就任すると再興され、続く南北朝内乱でも北朝足利氏を支持したことから室町幕府保護を受けた。両幕府のこの厚遇は、強力な権門である延暦寺勢力牽制するために園城寺に対して一定支援をすることが必要であると考えられていたからだと言われている。

文禄4年(1595年)、三井寺豊臣秀吉の怒りに触れ、闕所(寺領没収事実上の廃寺)を命じられている。三井寺が何によって秀吉の怒りを買ったものかは諸説あって定かではない。この結果、三井寺本尊や宝物は他所へ移され、金堂をはじめとする堂宇も強制的に移築された。当時の三井寺金堂は比叡山に移され、延暦寺転法輪堂(釈迦堂)として現存している。慶長3年(1598年)、秀吉は自らの死の直前になって三井寺の再興を許可している。これは死期を悟った秀吉が、霊験あらたかな三井寺祟りを恐れたためとも言われている。秀吉の再興許可を受け、当時の三井寺長吏・道澄が中心となって寺の再興が進められた。現在三井寺の寺観は、ほぼこの頃に整えられたものである

明治維新後は天台宗寺門派を名乗っていたが、1946年以降は天台寺門宗総本山となっている。

プロバイダ責任制限法って削除できるぐらいで、使用料はなかなかとれない。

http://blog.gyakushu.net/entry/nevermatome_1

私も権利侵害で一度揉めたことがあるが、削除してもらっただけで損害賠償請求は諦めた。

その時知った情報書いときます

正確なところは弁護士に聞いてください。

著作権侵害が行われていた場合プロバイダに何かいっても

基本的には削除してもらえるくらいで、使用料損害賠償お金取ることは難しいです

プロバイダ賠償義務

NAVERからの回答通りで、他人権利侵害されていたことをプロバイダが知っていて

放置した時プロバイダ賠償義務が生じる。

権利侵害プロバイダが知って直ちに削除(送信停止措置)など、適切に対応していた場合賠償義務は発生しない。

権利侵害と疑われるWebコンテンツ著作権があるので、権利侵害された人が申請しないと削除されない場合が多いです。

情報開示請求

権利侵害と疑われるWebコンテンツ製作者に損害賠償請求できるが、そのためには氏名と住所がわからなければならない。

プロバイダ責任制限法にもとづきプロバイダ情報開示請求して、Webコンテンツ製作者の住所氏名を開示してもらう。→民事裁判という流れになるが、

開示請求個人情報保護と相反するため、拒否されるケースが有る。

プロバイダ責任制限法に基づく開示請求する際、開示しなかったらプロバイダ側に請求する的なことかい

請求した確かな証拠が残るように内容証明で送付すると、情報開示される確立が上がるかもしれない。

プロバイダ責任制限法に基づく開示請求は、手間暇かかる上、

取れる使用料損害賠償請求たかがしれているので

弁護士をいれると雀の涙か最悪赤字になる。

弁護士いれず本人請求場合、なめられて断られるケースがおおい。

まとめ

損しても、手間暇かけても問題提起として訴えてやるって場合以外は

削除(送信停止措置要求するぐらいで、使用料については泣き寝入りするケースがほとんど。

このあたりも参考にしてください。

http://nukalumix.hateblo.jp/entry/minade_uttaeyou

ルジャンドルフランスウラン(Oullins)に生まれランス大学およびパリ大学に学んだ[1]。父親のJean-François Legendre-Héralは人物像を得意とした古典主義彫刻家エコール・デ・ボザールの教師[2]。24歳のときニューヨークの著名な弁護士の娘であったクララヴィクトリア・ミュロックブリュッセル結婚した。結婚後すぐに米国移住し、帰化した。

南北戦争[編集]

1861年に南北戦争が勃発すると、ルジャンドルは第51ニューヨーク志願兵歩兵連隊兵士募集に協力し、1861年10月29日に同連隊少佐に任官した。その後ノースカロライナでの戦闘従事し、1862年のロアノーク島の戦いにも参加した。しかしながら、1862年3月14日、ニューバーンの戦いで重傷を負った。

負傷にもかかわらず、ルジャンドルは軍を離れず、同年9月20日には中佐に進級。1863年には第9軍に配属され、多くの戦闘に参加した。1863年3月14日には大佐に進級。ヴァージニア荒野の戦いではユリシーズ・グラント将軍の指揮下にあったが、その最中の1864年5月6日ルジャンドルは再び重症を負った。今回は顔面を撃たれ、左目と鼻を失った。アナポリス病院入院したが、その間にも南軍最後攻撃から街を防衛するための準備を手伝った。その後ニューヨーク移送され、そこで第9軍の兵士募集を手伝った。1864年10月4日名誉除隊したが、1865年3月13日には准将名誉進級した。

中国[編集]

1866年7月13日ルジャンドル厦門米国領事に任命された。7月ニューヨークリバプールに向けて出港し、その後ヨーロッパアジア大陸旅行12月厦門に到着した。領事として、ルジャンドルは5つの条約港、すなわち厦門基隆台北、淡水および高雄責任を持った。そこでは、年季奉公人の不正取引抑制に尽力した。

1867年3月12日米国ローバー号が台湾遭難し、その乗員が台湾原住民殺害されるローバー事件(en)が発生した。ルジャンドルは福州へ赴き、台湾中国側当局問題解決圧力をけるように、福建・浙江総督を説得した。福建総督は自ら行動は起こさなかったが、ルジャンドル台湾に行く許可を与え、台湾知事が協力するように紹介状を書いた。

ルジャンドルは、遭難現場訪問のために米国船アシュロット号を雇い、台湾当局に行動させようとした(これは失敗した)。その後アメリカ合衆国海軍ヘンリーベル少将懲罰作戦実施したが、これも失敗した。さら情報を集めるため、ルジャンドルは再び台湾に出向いた(このときは、紹介状は無しであった)。

中国へ戻ったルジャンドルは、南台湾に軍隊派遣するよう福州の総督を説得し、ようやくこれに成功した。ルジャンドルは400〜500人の規模を希望したが、これよりはかなり小さな遠征隊が、1867年7月25日台湾に送られた。ルジャンドル砲艦派遣ベル提督要請したが、これは拒否された。このため、武装商船ボランティア号が雇われた。ルジャンドル9月4日台湾上陸したが、上司に対しては全くの傍観者として行動したと報告している。

ルジャンドル直ちに本来任務を開始した。南台湾の険しい山岳地帯を通りぬけ、原住民酋長と難破した欧米の船員の安全保証するための条約協議した。

1871年9月6日琉球宮古島)の船が台湾沖で遭難したが、ローバー事件と同様に、多数の船員が殺害された(宮古島島民遭難事件)[3]。1872年2月29日ルジャンドルは先に結んだ条約日本人船員にも適用するよう拡大するため、台湾に出向いた。任務は不成功に終わり、またルジャンドル北京駐在米国公使フレデリックロウ(en)とも不仲になってしまった。

日本[編集]

1872年厦門から米国へ戻る途中、ルジャンドル日本に立ち寄り、明治政府台湾問題武力解決提唱した。これは副島種臣外務卿意見とも一致しており、ルジャンドル米国領事の職を辞し、1872年12月12日外交および軍事顧問として明治政府雇用された[1]。1873年2月、副島は2年前に台湾で起きた宮古島殺害事件の処理交渉特命全権公使外務大臣として北京派遣されたが、ルジャンドルもこれに参加した。この交渉部分的には成功であったが、引き続きルジャンドル1874年台湾出兵の準備を手伝った。台湾問題に関して、ルジャンドル駐日米国公使チャールズ・デロングの支援を受けており、また個人資格でこの遠征に参加するつもりであった[4][5]。加えて、2名のアメリカ軍人が雇用された。ところが、デロングの後任の米国公使ジョン・ビンガムは、ルジャンドルを支持せず、1874年4月19日台湾出兵は一旦延期とされた。ルジャンドルらは長崎で出征準備を整えていたため、大久保利通長崎に向かった。結局遠征部隊5月18日長崎を出港したが、ルジャンドル大久保と共に東京に戻った。その後、ルジャンドル交渉のため福州に派遣されることとなったが、アメリカ総領事職場放棄の罪に問われ、短期間ではあるが上海収監されてしまったため、遠征には参加できなかった。1875年には日本政府から勲二等旭日重光章を授与されたが、これは外国人としては最初のものであった[1]。その年の末には顧問を辞任した。

ルジャンドル1890年まで日本滞在し、大隈重信個人的顧問を務めた。

韓国[編集]

1890年3月ルジャンドル日本を離れ、朝鮮王高宗顧問となった。1899年9月1日漢城(現 ソウル)で卒中により死亡するまで、その職を務めていた[6]。

2017-05-18

今治市獣医大学新設に関するメモ

雑感

もともと文科省獣医を増やしたくなさそう。新しい要請に対しても、今の定員・体制でやってくれという態度。

それをふまえて、「ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野」だけでなく、「既存大学学部では対応が困難」という条件がついた「日本再興戦略改訂2015」があったのだと思う。

その視点で見ると、京都は新たな分野の主張や、鳥インフルエンザ研究センターなど強い基盤を持つといった利点があるものの、「既存大学学部では対応が困難」へのアピールに欠けるように感じられた。たとえば、「地域振興に資する産業動物獣医学教育実施」として、「1.産業動物獣医学に重点を置くシラバスの設定」「2.京都府農林水産技術センター畜産センター、碇高原牧場活用する実践教育の充実化」「3.自治体農業団体生産農家でのインターンシップとあるが、これらは他の大学自治体提案する場合でも同様に書けることではないだろうか。その一方で、四国には獣医大学がない現状で「危機管理発生時の学術支援拠点」を作り、四国ゾーンとして家畜感染症の1次封じ込めを目指すというのは地域性に根ざした説得力があるように感じる。

まあでも、「日本再興戦略改訂2015」で「現在提案主体による」と言ってるのはまあ気になりますかね。諮問会議では「地域での感染症に係る水際対策」とか「現在、広域的に獣医師養成大学等の存在しない地域に限り」としているし、それなりの目論見つけた上での言い方はしてるよね。

2017-05-17

続き

http://anond.hatelabo.jp/20170517144649

宮崎

全然お答えになってません、文科省松尾審議官平成30年の開学だということをうけて、それを了としたのは、スケジュールとしていつでしょうか。」

松尾

「あのー私どもの認識といたしましては、昨年の11月(9日)に内閣府諮問会議においてまとめられました、追加規制改革事項において、先端ライフサイエンス研究や、感染症の水際対策など、新たな獣医師需要に対して、関係制度改正直ちに行うということになったと承知しております。同会議におきましても、有識者から新たな分野にかかる獣医師人材の育成は喫緊課題であると、いうふうなご指摘、また獣医学部の設置を急ぐようにご指摘があったと承知してございます。これを踏まえまして、内閣府から相談があり、共同告示という形で、30年度の開設を、のせるということになったという理解でございます」(これが残念だけど、間違った答弁になるわけですね、10月4日の段階で内閣府に30年度開設の是非について問い合わせてるわけだから。)

宮崎

「略)今のご答弁も時期についてはお答えになってないんですよ。諮問会議喫緊課題だということで、今年1月に共同告示をした。ここまではわかりますよ。では30年度とフィックスしたのはいつですか」

小川参事官

農水省としては本年1月4日の共同告示ときである承知しております。」

宮崎

「では確認ですが、農水省は共同告示ときにはじめて知ったと。事前のレクでも学校のことは農水は関係いからといっていました。ではちゃんと農水省相談はされたんですね。」

山本

「当然共同告示の際には事前に了解を得ております諮問会議ではなかった文言でしたが、最速のスケジュールということで、平成30年4月パブコメの文案にあるのを見たときに、私がこれで結構だと決断したものであります。そして、パブリックコメントを受けて共同告示となっていくわけですが、当然その際には各省の了解は得ております。」

宮崎

「ここに時系列を用意させていただきましたが、11月9日諮問会議11月18日の間に、いまだとね、事務局から案が上がってきて、それを了としたという話だったけども、30年開学というのはどういう議論で決まったんですか。逆に、これまでの大臣の言い方から見ると平成30年度の開学に間に合わないから、京都産業大学は今回は残念だったというような趣旨に聞こえたんですよ。じゃあ平成30年誰が決めたんですかっていったら、事務局から自然発生的に文章があがってきて30年でしたみたいな話になってるんですが、じゃあいつ決めたんですか11月9日から18日の9日間の間に。いつ決めたんですか。」

山本

11月9日諮問会議を受けて、最速のスケジュールということで、私が最終的にパブリックコメントの文案を決断したところであります。(略)」

なんとなんとで、区域決定(平成27年12月の段階)から、30年度開学で進んでたんですなぁ・・・

2017-05-13

あいい例だね。こういうこと。

直ちに因果関係接続ちゃう行為ね。

彼は歯ぎしりしながら起きてると思うけど、絡まないと思いますよ!

誰にも勝てないから。

2017-05-01

アメリカ行くときスマホ初期化しろ」という話

ここに書いてあった。

https://medium.freecodecamp.com/ill-never-bring-my-phone-on-an-international-flight-again-neither-should-you-e9289cde0e5f

要は、入国管理無法地帯だ。いくらパスワード暗号化情報を守っていても、「パスワードを教えんと通さんぞ」と脅されたらどうしようもない。セキュリティなんてあってないようなもんだ。それを防ぐには、情報満載のデバイス国境を超えて持ち込まんほうがいい、というもの

で、じゃあどうするかってのは、出国前にまずデバイス初期化すること。

入国直ちにクラウドからバックアップを戻せば、使用にはなんの問題もない。

そのぐらいの手間をかけましょうよ、って話。

アメリカ怖い。

2017-04-26

http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/katarenakaltutatoukyoudaikuusyuunosinjitu.html

戦後は飢餓状態になり、区を通じて米軍支給品のコンビーフなどを配給した。“犬と同じ餌付けだ”と感じたが、食べなければ死んでしまうからみんな列をつくって並んだ。アメリカ日本人など虫けらぐらいにしか思っていないのに、日本の偉い連中はアメリカのために死ねという法案を通す。私たちには今も怨念がある。どんどん暴いてくれ。銀座のど真ん中でやってほしい」と訴えていた。

 C 原爆投下後の広島、長崎に匹敵するような悲惨さだった。米軍は春風の強く吹く3月という時期、民家を効率よく焼き払うための油脂焼夷弾の開発、空襲の手順も含めて用意周到に準備し、一般市民の民家が密集する下町地域をとり囲むように爆弾を投下している。火の壁で逃げ場をふさいで集中砲火を浴びせ、火の海を逃げ惑う人人に機銃掃射までやっている。

 「機銃掃射で狙い撃ちしてくるパイロットが笑っていた顔が忘れられない」と何人もの人が語っていた。黒焦げの死体だけでなく、窒息死してピンク色をした遺体が蝋人形のように散乱し、それらが公園や学校などで山積みにされて焼かれたという。墨田区錦糸町では、錦糸公園で約1万4000体が焼かれて仮埋葬されたというが、それを伝える看板一つない。あまりの多さで処理できない遺体は何日もかけて川や海に捨てられていたという。

 隅田川にかかる橋の欄干や、総武線ガード下などには今でも積み重なって焼き殺された人間の油がそのままの形で染みついて、何度ペンキを塗っても浮き出てくるのだと語られていた。5月の品川での空襲でも「真夜中にガソリンを撒いて焼夷弾をばらまいた」といわれていたが、「あれが戦争犯罪でなくてなんなのか!」と、7、80代の年配者が語っていた。とても昔話という雰囲気ではない。本当に語る場所がなかったからこその鬱積した思いがある。公園などに仮埋葬された11万体といわれる遺骨は、関東大震災の慰霊堂(墨田区横網)に一緒に入れられている。

  東京空襲を弔う単独の慰霊施設はいまだにない。なぜそんなことになっているのかだ。

 「戦争を忘れさせよ」 慰霊碑許可せぬGHQ

 D 大空襲で壊滅した江東区森下5丁目町会では今年3月、町内の空襲犠牲者789人の名前を刻んだ墓誌を建立した。町会役員によれば、当時の町会長が戦後すぐに空襲による町内の犠牲者を調べ、焼失を免れた戦時国債購入者名簿を頼りに『戦災死没者過去帳』という約10㍍にもなる巻物をつくって保管していたから建立できたという。遺族の「この地域に住んでいた人人の証となる供養の場所がほしい」という願いが70年をへてやっと実現した。

 E 墓誌をつくるための調査で、1家12人が全滅した家もあったことなど、地元の人も初めて知る事実が明らかになっているが、都にも当時の犠牲者名簿などの資料があるにも関わらず遺族が申請しても公開されないのだといわれていた。

 地蔵や碑の建立についても「宗教的なものは受け付けない」とかの理由で許可は下りず、「黙認する」程度だという。行政から助成も受けられないため、発起人を中心に町内外に呼びかけたら、続続と寄付が寄せられてつくることができたといっていた。

 終戦直後にも数千人が空襲で亡くなった墨田区の菊川橋のたもとに慰霊碑を建てようとしたが、区役所から拒否されている。河畔を改装するたびに白骨がたくさん出てきたので「これ以上放っておくわけにはいかない」と住民が独自に地蔵を建立して毎年法要している。

 D ある遺族から、1947(昭和22)年に東京都長官官房渉外部長から通達された行政文書コピーを見せてもらった。当時、遺族によって計画された隅田公園への戦災慰霊塔建設計画に対して、官房各課長、支所長や局長、区長など都の行政担当者に宛てた通達だ。

 「一、日本国民に戦争を忘れさせたいのである。二、戦災慰霊塔を見て再び戦争を思い出させることがあってはならない。だから慰霊塔の建立は許可しない」と米占領軍の指導方針が明記され、これに協力するため「この方針を徹底的に守るようにしなさい」と記されている。

 70年たっていながらこの占領下のプレスコードがいまだに続いていることに驚いた。

 A 25万人もの都民を殺戮しながら意図的攻撃対象から外したものもある。ここからアメリカの東京空襲の狙いが見てとれる。

 C 代表格は皇居だ。東京のど真ん中に広大な面積を持つ皇居について、米軍ははじめから「攻撃対象にしない」という指令を徹底していたし、天皇側もそれを知っていた。皇居北側の近衛師団司令部、東部軍司令部などの軍中枢部や、市ヶ谷陸軍省参謀本部(現・防衛省)など、本来狙われるべき軍中枢が無傷だった。赤坂離宮(現・迎賓館)、青山御所、新宿御苑浜離宮上野公園などの皇室所有地や、官僚機構の一端を担っていた皇族住居はことごとく攻撃の対象外だ。

 東京駅は焼失したが、皇居に挟まれた丸の内の金融ビル街も残った。三菱本社、三菱銀行三菱商事日本興業銀行横浜正金銀行東京銀行第一銀行、勧業銀行、関東配電(東京電力)などの財閥のビルが林立している。朝日、毎日などの新聞各社、放送会館(NHK)も残った。八重洲では日銀、三井本館。永田町霞ヶ関でも、内閣府国会議事堂警視庁、内務省、大蔵省などが残された。ちなみに上野公園に隣接する三菱財閥統帥の岩崎久弥邸も攻撃を受けていない。広島、長崎、下関空襲でも三菱の主要工場は無傷であり、政財界アメリカの盟友関係を裏付けている。

 軍施設がほとんど残されているのが特徴で、陸軍の心臓部といえる赤羽の陸軍造兵廠、陸軍火薬庫、工兵大隊、陸軍被服本廠、兵器支廠、東京第一、第二兵器補給廠も周囲が焦土になるなかでわざわざ残されている。代々木の近衛輜重大隊、陸軍輜重連隊官舎、広大な駒場練兵場や野砲隊の官舎群もみな無傷だ。

 E 工業施設でも、東芝本社のある芝浦工業団地から品川駅付近の港湾施設も攻撃されなかった。全滅した深川区に隣接する石川島造船所、佃島、月島など東京湾に面した工業施設、南部工業地帯の蒲田でも中心市街地が徹底的に焼き尽くされたが、羽田飛行場などの軍需施設はほとんど攻撃されていない。「米軍作戦任務報告書」に記された工業的目標はわずか22カ所に過ぎないが、そのうち破壊したのは18%だと記されている。実は無差別爆撃ではない。絨毯爆撃ではあるが、アメリカの対日支配に役立つものは残し、その邪魔になる庶民は殺すと極めて明確に選別している。

 B 「暗闇のなかであれほど緻密な爆撃がどうしてできたのか?」という疑問も多く語られていた。「目標から外す目印のために誰かが下から光を当てていた」と証言する人もいた。原爆投下と同じく「戦争を終わらせるためにやむをえぬ」というものではなく、日本を単独占領するために国民の抵抗力を摘むための大量殺戮だった。

 米軍の皆殺し作戦 殺すに任せた支配機構

 A 東京空襲にも不可解な点がいくつもある。例えば、空襲直前に警戒警報を解除している。広島、長崎での原爆投下も直前になって警戒警報を解除し、みんなが安心して表に出てきたときに投下されている。あれは軍中枢が協力しなければできないことだ。300機をこえるB29の接近に気づかないわけがないが、物量で太刀打ちできないとはいえ、まともな反撃すらせずに米軍のやりたい放題を開けて通している。

 F 広島、長崎への原爆投下でも、軍はB29に対してレーダー照射をして来襲を事前につかんでいた。大本営は原爆投下機の接近を信号を受信して知っていた。長崎では、B29を迎撃する部隊が大村航空隊で待機して出撃命令を待っていたが、結局、命令は下りなかった。NHKも当時のパイロットが怒って証言する場面を放映していた。

 A 終戦末期になると特高警察マークしたのは青年将校だった。敗戦が濃厚になるなかでこれらが反乱を起こすことを恐れた。左翼は早くに壊滅しているが、青年将校らは戦斗経験もあり、速やかにアメリカの占領下に誘導しようとしていた軍上層部にとっては脅威だった。敗戦が決定的になっても国民には「一億総玉砕」を叫んで、若者には特攻作戦をやらせ、本土を死守させる体制をとりながら、上層部が終戦工作にいそしむことに彼らの反発はすごかった。

 天皇の「終戦の詔勅」の放送を前に、陸軍の青年将校近衛師団長を殺害し、録音盤を奪おうとした事件もそうだが、マッカーサーが厚木に降り立つときにも迎え撃つという騒動があり、青年将校に影響力をもつ高松宮が必死になって抑えて回ったというのは有名な話だ。

 B 敗戦直後、内地では軍を通じて直ちに武装解除させた。あれは天皇の命令だけでは動かない。軍司令部指揮系統が動かなければできない。それを米軍上陸前にやらせるためには軍中枢を残しておかなければいけない。もともと海軍をはじめ軍中枢部分には親米派が多かった。陸軍も中国大陸で行き詰まって南進作戦に切り替え、南方の島島に兵隊を放り込んで食料も弾薬も送らない。ニューギニア戦線の体験者も「毎日イモばっかりつくっていた」という。南方はほとんどが餓死と病死だ。

 D 敗戦を迎えるにあたって、あのドサクサのなかで米軍上陸、単独占領に誰が荷担したのか。東京大空襲で無傷だった施設を見ただけでも歴然としている。戦後は「財閥解体」といったが、財閥はしっかりと温存された。戦争に国民を投げ込んだ天皇はじめ、官僚機構も丸ごと温存された。開戦時の商工大臣をしていた岸信介が、その後CIAのエージェントとして力を与えられたのが象徴的だが、政界、官僚世界などが叩きつぶされることもなく、対日占領の協力者としてせっせとアメリカに媚びて戦後も機能していった。メディアでも大本営の中枢にいた読売新聞正力松太郎朝日新聞緒方竹虎などがCIAのエージェントとして活躍する始末だ。

 イラクでもアフガンでも、他国を占領しようと思えば必ず抵抗があるし、何年かかってでも肉弾戦で侵略者を叩き出そうとするものだ。日本の場合、なぜ無抵抗に近い形で単独占領することができたのか。それは支配機構が丸ごと占領の協力者になり、国を売り飛ばしたからだ。支配機構が軍事支配を受けながらアメリカの道具になって戦後は機能していった。それが今日まで続いている。

 E 空襲で生き残った下町の人たちは、戦後は食べ物がなくて生活できないのでみんな市外に出て行ったという。国民を抵抗できないようにバラバラにさせている。抵抗力を削ぐために徹底的に空襲を加えたし、首都圏の人人はとにかくその日を生きるのが精一杯の状況になった。首都圏制圧のためにあれほどの空襲をやって、まさにショック・ドクトリン(惨事便乗型資本主義)で占領していった。

 C 食料を意図的に統制したので、戦後の方が食料難がひどかった。当時の調達係の人が証言していたが、米軍が国内の食料倉庫を統制して食料危機に追い込んだ。米軍は関門海峡などの機雷封鎖も「スターべーション(飢餓作戦)」と名付けていた。国内から戦地へ食料を送らせない、大陸から送られてくる食料を遮断するための飢餓作戦だった。

 都市部はとにかく食べるものがない。配給でもらった大豆をポケットに入れて、それを食べて水を飲んで膨らませて空腹をしのいでいたという。飢え死にが出るような飢餓状態に追い込んでおいて、ララ物資などのアメリカからの、それこそ家畜の餌になる食料が入れられた。そんな屈辱に国会で感謝決議したこともあった。

 E 戦後の上野や浅草には、空襲で親を失った戦災孤児浮浪者があふれかえり、餓死寸前の子どもたちは生きるために窃盗や売春をせざるを得なかった。GHQは「治安対策」を名目にして浮浪児を見つけ次第捕らえる「狩り込み」をやり、米軍の要請によって、脱走ができない水上の台場につくられた収容施設強制的に送致し、檻(おり)に入れて監視・収容することまでやった。

 B すでに武装解除しているのに進駐軍は必ず銃を携行して、電車も絶対に米兵専用車両に乗るし、接収した建物も日本人立ち入り禁止にした。「彼らは日本人の反撃を恐れていた」と語られていた。

 A 例えば、日本軍が満州を占領統治するのに100万人の軍隊がいったといわれる。日本を占領するには本来100万では足りない。それを日本の支配階級が従って代理政治をすることで米軍の負担を軽くできた。イラクやシリアを見ても、むき出しの占領支配になれば人民の抵抗を抑えることは難しい。それを天皇以下支配階級全面的に協力し、それによって地位を守るという関係があったから占領できたということだ。

 F 同じ敗戦国でも、ドイツではナチス関係者は戦後はみんな追放された。新聞社などもみな解散させられた。連合国による全面講和を結び一国に縛られなかったから、独立の自由性がある。アメリカが単独占領した日本との違いだ。

 90年代の米ソ二極構造が終わったときもドイツは独立の方に行き、日本は対米隷属の方に行くので、ドイツ首相から「慌てるな」となだめられたほどだ。その従属路線が現在までエスカレートして、安保法制まできている。

 A 現在でも官僚機構も含めて各省庁ごとにアメリカ直結だ。財務省経産省防衛省もだ。政策についてもアメリカ大使館の指示の方が強い。

 米財務長官サマーズが何度も日本の財務省に直接怒鳴り込んできたし、原発事故のときもアメリカ政府関係者首相官邸に乗り込んでいって菅直人を怒鳴りつけて指示を出す。アメリカの圧力なしに、民主党の鳩山、菅から野田までの変遷ぶりというのは理解ができない。現在の安倍の突っ走りにいたるまで対米従属の系譜だ。

 財閥やメディアも米軍占領下で地位守る

 C 原爆展キャラバンのなかで、戦時中赤坂見附に住んでいて親族がアメリカ大使館に出入りしていたという婦人が、「アメリカ大使館の外側は私服警察の警備で物物しかったが、中にいる在日米国人戦時中にもかかわらず中庭でゴルフをしていたり、まるで勝ち戦の後のような余裕ある生活をしていた」と疑問を語っていた。

 F 当時の駐日大使ジョセフ・グルーがアメリカ本国に帰国するのは真珠湾攻撃の半年後だった。グルーは日本では天皇を中心とする「宮廷外交」を基本にし、軍部の反米派と対立傾向にあった天皇側近の木戸幸一重光葵吉田茂近衛文麿などを「自由主義者穏健派」と見なして親交を深めていた。開戦後の半年間で終戦までのプログラムをつくる工作をやっていた。

 グルーは秩父宮に「安心しろ」といって帰国したが、アメリカ本国では「皇居は攻撃してはならない」、天皇は「軍国主義崇拝に役立ったと同様に象徴として役立つ」と説いて回り、吉田茂とも直接手紙をやりとりしていた。

 のちの駐日大使ライシャワーは当時諜報部員だったが、この方向で「天皇を傀儡にして間接統治する」という占領プログラムをつくった。そこでは、戦争中も「短波放送の聴取が許される500人ぐらいの日本のエリートに常に知的な情報を粘り強く伝達せよ」と米陸軍に提案している。実際、1945年5月から「ザカリアス放送」という日本の上層のごく限られた者しか聞くことができない短波の日本向け放送をやり、いつどこを空襲するとか、広島、長崎への原爆投下をいつやるかも全て伝達していた。

 これら米軍からの情報を集中しながら六月段階で、米軍の攻撃を全部開けて通して、「アメリカに敗北することで自分たちの地位は保証されることが約束されている」と側近の木戸幸一が天皇に提言している。

 A 2月には、アメリカから情報を得ていた吉田茂近衛文麿に天皇上奏文を書かせた。「米英は国体(天皇制)の変更までは要求していない。最も憂うべきは、敗戦よりも、敗戦に伴っておこる共産革命だ」というものだ。彼らの関心は戦争の勝敗などではなく、いかに国民を押さえつけてアメリカの占領下で地位を守ってもらうかだった。そのためなら原爆を落とされることも甘受するし、東京を焼き払って人民大衆をへとへとに疲れさせることはむしろ好都合という関係だった。

 F 財界も最初から通じていた。三菱財閥統帥の岩崎小弥太は、開戦にあたっては「アメリカとは友人だから心配するな」と訓示し、敗戦時は「これから愉快に仕事ができる」と発言している。また、戦争末期には、日本商工会議所会頭の藤山愛一郎、日産コンツェルン鮎川義介浅野財閥の浅野良三などの財界代表が内閣の顧問会議を形成していた。藤山によれば、終戦6日前の閣議でアメリカとの経済関係をただちに回復させる計画を発表し、「自分たちの時代がやってきた」と喜び、軽井沢の別荘でシャンパンコルクを抜き、新時代到来を祝して乾杯したという。はじめからアメリカ自分たちを大事に扱うことを確信していた。グルー自身が三菱とつながりの深いモルガン財閥の代理人で、戦前から投資していた権益、金融資産を含めてどう守るかというのが主任務だった。日本の財界人との関係ではアメリカ留学組が多く、鮎川とフォード、浅野とルーズベルトなど、人脈もできあがっていた。

 A 天皇をはじめとする支配中枢も財界も、中国への侵略戦争で行き詰まり、負けることはわかりきっているが、中国に負けることになれば日本における支配的地位が失われる。だから日米開戦に突っ込んでいき、アメリカに降伏することで地位を守ってもらう。そのためには国民を犠牲にしなければいけないという意図が貫かれている。

 C 東京はすべての政治勢力の本部があるところだが、東京空襲の慰霊碑問題をみても、都民の切実な要求をすくい上げるところがなかった。そこには、第一に米軍による抑圧、宣伝がある。いかにもアメリカが平和と民主主義の味方であり、日本を解放するための戦争をやり、原爆も空襲も戦争を終結させるためにはやむをえなかったかのように徹底的に宣伝したし、戦前以上の言論統制と弾圧をやり、反米につながる原爆や東京空襲についての言論を封殺した。

 もう一つは、人民の側に立つべき共産党の指導部が「アメリカは解放軍」と規定して、旧軍部を批判するが、原爆にしても東京空襲にしてもアメリカの犯罪を問わずに来たことが大きい。都民はアメリカ共産党指導部の両方から抑圧され、ものがいえなくなる関係だ。

 B 大衆のなかでは東京空襲への鬱積した怒りがあるが、東京で生まれた戦後世代でもほとんどその全貌を知らずにきた。そこでは革新勢力進歩的な装いで「日本軍が重慶を先に空襲したから、それを反省すべきだ」「日本がひき起こした戦争だから仕方がない」という論調をふりまいてきたことが大きい。原爆投下を「日本の軍部から解放するために必要だった」というのと共通している。

 F 共産党は戦前、天皇制の弾圧もあるが、大衆と結びつけず自然消滅をたどった。そのことの反省もなく「獄中18年」を威張り、アメリカを解放してくれた友と見なす一方で、庶民を戦争に協力したと蔑視してきた。特攻隊経験者や戦地に駆り出された者も、「予科練崩れ」「戦争加害者」などといって攻撃し、敵と友を転倒させてしまった。

 徳田球一ら指導部中枢は、米軍に釈放されてすぐの人民大会でGHQまでデモ行進し、「解放軍万歳」を3唱した。「民主主義革命の端緒を開いた」といってマッカーサーに感謝し、GHQに入り浸り反米の情報を提供していた。東京空襲も原爆についてもそのような感謝が根底にあるから、正面から批判させない。知識人のなかでも対米従属問題についてなかなか触れることができないということも独特の抑圧構図を象徴している。

 A アメリカプレスコードをかけて行政機構が協力したし、東京空襲についても語らせなかった。そして共産党はあれほどひどい目にあった都民のことを無視して、アメリカを平和と民主主義の友と見なした。敵と友を転倒させて、むしろ大衆を敵扱いしていった。だからいまもって東京空襲について無関心できている。都民の苦労というものにまったく思いがなかったということだ。

 C アメリカ民主主義がよかったというが、70年たってみてどうか。日本の富はみな吸い上げられて散散な状況になっている。遠慮知らずのアメリカが、終いには米軍の身代わりで自衛隊を戦地に引っ張り出すところまできた。それで安倍晋三がせっせと協力している。売国政治の根っこは何もかわっていない。左翼の戦後出発について先ほども触れていたが、都民の苦難に足場を置かずに抽象的な全国政治か何かを主張しても話にならない。大衆的というのは地方的で具体的だ。そこに足場を置かなければ全国の普遍性は見えない。東京にはあれだけ政党の本部があって、学者も日本一いながら東京大空襲の惨劇について怒りをもってアメリカを糾弾する勢力がいない。

 A 東京大空襲の経験は語れないできた。意図的に抹殺されて、慰霊碑も何もない。これは原爆を投下された広島と比べたら明確な違いがある。広島には平和公園も資料館も供養塔もある。八月六日になるとみなが早朝からお参りに足を運んでいる。十数万人の命日だからだ。そして町のいたるところに町内会、学校、職場などいろんな単位の慰霊碑がある。何が違うのかだ。広島はたたかってきたからだ。戦後は広島でもプレスコードがかかっていて原爆のことを語らせない力が働いていた。「終戦のためにやむを得ぬ手段だった」というので原爆投下への怒りをかき消し、徹底的にとり締まっていた。

 しかし当時、風呂屋に行くとみながケロイドを見せながら延延と語っていたという。それを当時の広島では「アメリカの人類に対する犯罪だ!」と真っ向から暴露して斗争がはじまった。占領下の50年8月6日の斗争が端緒を切り開いた。そして5年後には世界大会まで発展した。

 この運動を指導したのが福田正義主幹(本紙)をはじめとした共産党中国地方委員会だったが、当時も東京の共産党中枢が「アメリカ解放軍」規定で中国地方におけるたたかいを弾圧していた。これと同じ構造が東京では現在でも生きている。日本人民の苦難の側から敵を暴露するのでなく、友と見なす。戦後出発に大きな違いがあった。

 分かれ道は敵は誰か、友は誰かが鮮明でないといけない。あれほど殺されているのにアメリカ民主主義インチキに幻想をもったら大変なことだ。アメリカが日本を侵略した敵だ。日本人民は戦中も戦後も大変な目にあってきた。人民の敵に対する憎しみと人民への愛情が統一されていないといけない。その人民を代表して敵を暴露する立場でないといけない。東京でもそれが問われている。

 A 東京をはじめ首都圏は、沖縄に次いで米軍基地が多い。東京都だけでも総面積は約1603㌶(東京ドーム約340個分の広さ)に及ぶ。空襲で攻撃対象から外された軍事施設は、ほぼ例外なく米軍基地自衛隊施設へ変わった。横田基地在日米軍司令部であり、すべての在日米軍自衛隊を統括する指揮所だ。神奈川県には、原子力空母を擁する米海軍第七艦隊の拠点である横須賀基地が盤踞し、在日米陸軍司令部、第一軍団前方司令部など米陸軍司令塔であるキャンプ座間をはじめ、爆発事故をおこした相模総合補給廠、通信施設、燃料貯蔵施設、住宅地、演習場などがひしめいている。

 とくに横田基地は3350㍍の巨大滑走路を持ち、米軍人数は約3400人、国防総省文官200人、米軍家族含め約1万4000人もおり、米軍のアジア戦略における最重要拠点だ。その影響力から「横田幕府」とさえいわれる。米本土やハワイグアムなどから運んできた兵器や軍事物資を相模総合補給廠に備蓄し、戦時になると横浜ノースドックから搬出し、横田基地から空輸する体制で、西太平洋東アジアを管轄する兵站補給基地だ。

 東京都港区六本木ヒルズがある都心にも赤坂プレスセンターといわれる米軍基地がある。その中身は、陸軍研究事務所、海軍アジア室、米軍の機関紙「星条旗新聞社」、保全連絡分遣隊、座間基地第78航空隊、独身将校宿舎、麻布米軍ヘリ基地だ。横田基地を経由して日本に侵入する基点として提供され、入国審査や税関などの規制は一切なく、ここから入国する人物については情報公開義務がない。地図上でも「白地」にするほどの機密扱いだ。

 そのほかにも府中、由木、大和田硫黄島の通信施設、日米合同委員会をおこなうニューサンノー米軍センター(港区)、米軍家族専用の娯楽施設である多摩サービス補助施設がある。敗戦直後208カ所あった米軍施設は住民の頑強なたたかいで「返還」されたが、実質どの施設もいつでも使える体制にある。朝鮮戦争の出撃基地となった立川飛行場は基地拡張が砂川斗争で頓挫し「返還」されたが航空自衛隊基地は米軍との共同使用であり、広大な国営公園、広域防災基地、道路、運動場として当時の施設はそっくりそのまま残されている。

 地元でも「道路はいつでも滑走路に転用できるように周辺には高い建物や民家の建築規制がある。ひとたび戦争になれば街全体が一気に軍事基地に様変わりする」といわれていた。

 B さらに首都圏の上空には、「横田ラプコン」と呼ばれる1都8県(東京都、栃木県、群馬県埼玉県神奈川県新潟県山梨県長野県静岡県)にまたがる、広大な米軍専用空域がある。この空域の高度約7000㍍以下には米軍の許可なしには日本の民間機はいっさい進入できない。

 羽田空港成田空港を離着陸する航空機は、通常の離陸はできないため急激に高く上昇してラプコンを飛び越えるか、大回りしなければならない。それが離着陸時の事故、ニアミス事故の頻発につながっている。首都上空を飛行するのに米軍の許可が必要な国など他にはない。

 A 沖縄が前線基地なのに対して、司令部が集中しているのが首都圏だ。日本の支配中枢を軍事で抑えつけることで日本全国を占領下に置く。その目的のために、大空襲であれほど殺し、戦後も軍事力を配置しているのだ。沖縄の問題はよそ事ではない。真珠湾でもフィリピンでも、ベトナム戦争でも、いったん攻撃をさせて「報復」を掲げて参戦するのがアメリカのやり方であり、司令部が集中する東京こそミサイルの標的にされる可能性は高い。

 B 本所の東京空襲体験者の男性が、「アメリカが問題なのははっきりしているが、どの政治家や政党がこれとたたかえるのか! 結局、自分の地位を守るために裏切る政治屋ばっかりだ」と吐き捨てるようにいっていた。空襲後に軍隊に志願入隊して整備士として厚木飛行場に配置されたが、地下壕を掘らされるばかりでその地下施設を今は米軍が使っている。「戦後は焼け跡から町工場を営んできたが、TPPに参入すればこの仕事が奪われていく。全部アメリカのためだ。そういうことをもっと暴いてくれ」と切実に語っていた。昔から自民党支持基盤であってもみんな上を信じていないし、内に秘めた思いは少少ではない。

 F 東京大空襲は広島、長崎、沖縄に匹敵する大量殺戮だった。その真実をおおいに語り継がなければいけないし、それは日本を再びアメリカの戦争に引きずり込むことを許さない全国的な世論を発展させていく大きな力になる。そのためには、私心なく大衆のなかから意見を集中し、それを代表して導いていく政治勢力が必要だ。そこでは、自己主張ではなく、大衆的であると同時に敵を鮮明にして人民に奉仕する思想でやり抜くかどうかが問われる。

 司会 今回の安保法制まできて、対米従属構造こそ日本の平和を脅かす根幹であり、これとの対決なしには再び日本は戦場にされる

2017-04-21

80を超える祖母とうまくやっていけない


自分は、大学生自分祖母と一緒に住んでいる。

平日週五で大学に通っている。一緒に住んでいる祖母脳梗塞を一度患い、

言語障害がある状態比較ボケてはいなかったのだけどボケも始まってきている。

一緒に住み始めてのころは買い物行ってきてーと言われて行ったりしてたんだけど、

しばらくして、ベッドから二・三歩のトイレまで歩けなくなり転倒をするほど悪化した。

結局入院をすることになったが、一ヶ月で退院できた。

体に異常があるのではなくて、日常的な運動が少なくて再発すると医師に言われたので、

家族デイサービスを探して週五回(平日5日)運動するようにしようとみんなで決めた。

ただ、やはり週五回のリハビリ自由がかなりなくなってしまうので本人はかなり苦痛らしくしばしば休んでいた。

それでもなんとか週四回ぐらい行くように話をしていたし、退院してから治らないと嘆いているのを見ていられなくて、

公園リハビリに一時間連れ出したりしていた。

本人は嫌がったんだけど良くならないと嘆いていたデイサービスのほうで

初めて下肢筋力がついてきたと報告されて効果が出始めたんだな…と思っていたし、本人にもそう話してはいた。

ただ、リハビリデイサービスをこなすのは相当しんどいようでものすごい暴言を言われてしまった。

効果が出れば少しでも減らせると思ったのだが、話しても伝わらなくなっていった。

その後、言われたことに耐えられなくなってしまったので実家に戻った。

一ヶ月ほど自分が家を空けたがその時は週三回しか行かなかったみたいだった。

帰れと繰り返し言われたので、帰るからと言って準備をし、

これ以上はお互いのためにならないから一旦帰るねと冷静に伝えたが、

さっさと帰れという素振りを見せるだけで話を聞いてはくれなかった。

その後に母とデイサービスの視察にまた行き、細かくどれくらいの距離をやってるのかを記録して欲しいとお願いしにいったり、

風呂が狭くて嫌だと聞いていたので別の所に行けないか?と自分と母とケアマネージャーと話をしたりした。

その間も、しばらく帰らない方がお互いの関係のためでもあるし、自分の体は自分が一番わかっていて管理ができているというのが口癖だったので

しばらく経過を見ておこうと思っていたので二週間ほど戻らなかった。

その後、母と一緒に祖母の元に行く機会があったのだけど早く戻っておいでと言われた。

その時に、以前の暴言を言われたことを忘れられないのでもうしばらく戻らないと一度断ったが、

それから二週間後に新学期を迎える時期に戻ることになって

その時にお互いに尊重しよう、酷いことお互いに言わないようにしよう、週4回とりあえず行って少しずつ減らしていこうと話をした。

お互い納得の上生活してたんだけど、自分大学が始まってバタバタし始めた。

帰ってきて行ってるかどうか忙しくて聞けなかった。

月曜日は行ったのだけど、こけてあざができたらしく火曜日水曜日と休んでいたので

木曜日は行くように話をした。しかし、デイサービスの人が迎えに来なかった。

落ち着いてなぜ木曜日に行けなかったかを聞いたら、

ヒステリックになりながら何故かわからないわたしが知りたいと言ったのだけど後々調べてみると

こけてあざができたから今週は行かないと電話をしていたというのを後で聞いた。

金曜日はなんとか行ってくれたけど、週二回になってしまった。

今まで、祖母に寝たきりになって欲しくないし、入院の時はずっと弱気なことを言っていたので入院もしないようにと思ってきた。

ただ、何を言っても用事がある、血尿が出た、腎臓の石が痛い

(血尿入院していたときに一度だけで二度病院に車に乗せて行っている。

腎臓の石は年による小さいのがたくさんあって、直ちに問題はないとのことだった。)

と言って休み、それを言うとお前たちに言われたくないやここを往復している(狭い家の中を数回)と言うだけで全く聞いてくれなかった。

困り果てていたのですが、衰えを実感したのか話を聞いてくれる傾向が出てきていた。

そこで話をして母とも連携し、お風呂を変える、ヘルパー(家事をやってくれる家政婦さん)を週一回呼ぶという話が進み始めた。

その矢先に気が大きくなったのか私のことをグチグチと言ったり、行かないと駄目だよという言葉反論しだしたりして正直困り果てている。

祖母負担が大きいのは理解しようと努めていますし、大学にも毎日通っている。しかし、落ち着いてから仕事をしようと考えていても

仕事をしないことをなじられたりすることに関してはやはり納得が行かない。

効果がないとデイサービスに関して文句を私に言うのですが、その割には他のデイサービス体験や話を熱心に聞いたりもせずなのでこちらも

口調が荒くなって喧嘩になってしまう。

母はもう言わなくていいよ。自分しんどいことと嫌われる役をやるからと言ってくれるのですが一緒に食事する際にずっと愚痴を聞かされてしま

リハビリに行かないのでどうしても話をせざるを得ない状況が続いている。

どうしたらうまくやっていけるでしょうか。正直2日に一回ほど1時間話をしたりして疲弊しています

言ってもわからないので入院して歩行が回復してから戻ってきてもらうのが最善策なのかなとも思っています

アドバイスを頂けると嬉しいです。

追記 2017/04/22 4:39

もう見てる方いないとは思いますコメントブックマークありがとうございました。

しんどいなと感じていたので助かりました。

コメントに関して


親に任せて親の愚痴を聞いてあげるのがベストだね → はい言葉はきついですが言ってることは正論だなぁと。

最善策 → 自分は母と意見交換しますが自分意見100%通るわけでも何でもないので勝手に思ってるだけですね。

親が無能自分よりはるかに立ち回りと関係性作りがうまく、自分とは考えのプロセスなども違うので正直ものすごく尊敬しています

後々、母の言葉を思い返してみると祖母との関係などに関しても適切な視点対処策打ってるので自分とは比較にならないです。

まだ中学生兄弟関係が冷え込んだ父がいるので少しでも母の力になれたらいいなと思ったのですが、

自分が何かしても力になれないどころかこじれさせてしまうだけかもしれません。

悪化した時点で気づいてあげるべきだった → 本当にそのとおりなのですが、悪化し始めたときに気づくのって難しいと思うんですよね。

自分専門家でもないですし、祖母病気も全ては把握できていませんでしたし。

80代とうまくやっていける大学生の方が普通じゃねーわ 生きた時代が違いすぎるやん → ほんとにそうなんですよね。話題が乏しくなって愚痴を言ってたのかなぁとも考えています

id:aoi-sora ありがとうございます。認めてもらえたのは率直にありがたいなと。

id:takamurasachi 施設入所はかなり現実的になりつつありますはい自分人生優先で行きます

2017-04-17

安倍政権は「どこまですき放題やって大丈夫か」を試している

国会ウォッチャーです。

タイトル変えて再投稿しました。

今朝は山尾しおり議員階猛議員が、それぞれ共謀罪について、金田法務大臣安倍総理大臣質問をしていました。はっきりいって答弁を理解するだけでも困難なお2人がディフェンダーですから、まぁ聞くのは苦痛でしたががんばって聞きましたよ。

与党の基本戦

 戦略的には、もう絶対安定多数を持っているわけですから、何にもしなくても(公明党との間でさえ合意が成立すれば)採決にさえ持ち込めば、全勝はもう決まっているわけです。ですから、後の問題は、「イメージ問題しか残らないわけですね。野党は「審議が尽くされていないのに、強行的に採決した」とアピールしてくるので、そのアピールに対して「そうだ、与党ひどい」となるか「野党仕事しろ」といわれるかのどちらの反応が出てくるかを慎重に政権は見ているわけですよね。

 安倍さんは、「世論調査で森友問題について8割の国民説明が十分でないと答えていますよ、証人喚問しませんか」的な質問について、「その与論調査で53%が安倍政権を支持してるんですよ」という回答とはいえない答弁をなされて、「会計検査院が適切にやる」というわけですが、これは世論調査を気にしている証左ひとつです。誰かが「どこまで国民馬鹿にできるかのチキンレースをしている」とおっしゃっていましたが、これはまさにそのとおりで、どこまで好き放題できるのかの瀬踏みをしながらやっているわけです。一昨年の平和安全法制周りで、一時かなり支持率を落としましたが、その後もう支持の根拠にしていないことを「学習」したので、今回も、4割を割り込んでも大丈夫だ、と踏んでいると思います

 そうした上で与党戦術を見てみると、日報問題での稲田大臣共謀罪での金田法務大臣安倍総理大臣、森友問題での佐川理財局長の答弁、また先日の厚生労働委員会で森友聞いたから質疑終了などに顕著にでておりますが、まず第一戦術は、戦場の極小化です。委員会ほとんどは与党委員長ですので、どの質問を誰に答えさせるか、というのは与党側が基本的に握っているのです。ですので、何でも質問してもいい予算委員会が終了した後、彼らがやっている基本戦術は、

1.集中審議要請にはこたえない

2.その他の委員会では、「質疑は議題の範囲内で」として答弁をさせない

3.当該委員会では、通告された質問に対し用意された「カンペ」を連呼、通告していないと「通告がないから答えられない」

4.十分に議論されたとして採決

というものです。この際の3ですが、まったく質問に答えていなくても、それに掣肘し、答弁を促すことができるのは委員長だけですから絶対安定多数を握っている自民党としては、そこで意味不明な答弁をしても何の問題も起こらないのです。この状況下で、野党が取りうる戦術は、日程闘争しかありません。

日程闘争

 日本議会は、会期性があります。これは大事ポイントで、常会の会期は150日で延長も1回しかできません。したがって、日程闘争意味を持ちます。なにか、絶対に通したくない法案がかかっているときに、野党が今もっている戦術は、「できるだけ採決を引き延ばして、法案を廃案に追い込む」というただ一点しかないといってもいいのです。したがって、時に野党審議拒否します。自民党下野したときには、審議拒否をやりましたし、それに対して民主党側も「強行採決」をやりました。これはそういう風に制度ができているからです。審議拒否諸刃の剣で、「野党給料泥棒」という批判さらされます。また、審議拒否をしたとき人質になっているものによっても効果が異なります。一番効果があるのは、予算、もうひとつ特例公債法です。日本は毎年国債を発行していますが、それは特例公債法を毎年可決して発行することができるようになるので、これを人質に取られると経済的に窒息する状況になります自民党震災復興時にこれをやりましたね、2回。私は心底軽蔑しましたけどもね。当時は民主党政権への不満が強かったときだったので、こんな大事もの人質にとっていても、野党に対する批判はそれほど強くありませんでした。今回、幹事長野田さん、国対委員長山井さんは、あっさり予算審議には応じたわけで、野党支持者には不満があった部分もあると思うのですが、予算特例公債法といった、行政運営必要不可欠なもの人質にとって日程闘争をやれば、現状の世論を鑑みれば、批判野党にくると思うので、まぁしょうがないんじゃないのとは思いますよ。現民進党執行部は、「提案野党」だといっているのでね、その面子もあるのでしょう。しかしその提案した法案、審議されてますか?一蹴されてるだけですよ、とは思いますよね。先日の丹羽委員長田村筆頭理事らの失態のお詫びとして、介護従事者の賃金加算に関する法案は、一応採決にかけられましたけど、あっさり塩崎さんに「反対です」といわれて採決であっさり否決されましたよね。いったいどれほどの国民が、野党介護従事者の賃金増を求めて、与党がそれを否決した、というものニュース価値を認めてくれるでしょうかね、と皮肉はいいたくなりますよ。

予算通過後の審議拒否予算通過前の審議拒否では、自傷ダメージが違う

 民進党に期待しているリベラルというのも、もう希少種になっているでしょうが、それでも現実的に考えてしかたなく民進党に期待している有権者というのは少しはいると思いますよ。そういう人たちにとって共謀罪というのは多分、今国会で一番大きな関心事だと思いますよ。 その件で、「俺たちは一生懸命反対したけど、仕方なかった」でいいと思っているとするとどうなんだろうね、とは思いますよ。今はもう、審議拒否しても人質になっているものはそこまで重たくないので、私個人は、審議拒否しても支持しますよ。共謀罪はほんとうに嫌だから。審議したらまともに疑問点に答えるならまだしも、全然答えないからね。ちょっと判断間違えないで欲しいよ、山井さん、野田さん。まぁあんたらはリベラルではないと思うけども。

成案が出たので金田大臣は新たな立法事実を示してくれるはず!かーらーのー

4・17決算行政監視委員会

山尾「ほんものテロ対策なら喜んで協力します。だから私この議論最初に、現行法では対応できないテロ対策出して欲しい、と申し上げたら、立法事実として、3つの事例が出てきました。どれも包括的共謀罪を作らなくても対処できる事例でした。そして大臣質問です。4事例目以降あるんですかと、頭の中に多数あると、この第一委員会室でおっしゃった姿を私覚えております。成案ができたら説明するとおっしゃっていました。成案が出ました。どうぞ。今日うってつけのこの場だと思います。多数ある事例のひとつでも、どうぞ、具体例をお出しください。」

金田目線は紙)「山尾委員にお答えをいたします。法務省からお示しをした3事例は、テロ等準備罪につきまして、条約を締結して、テロを防ぐために、現行法のどこに不十分な点があるか、につきまして、わかりやすくご理解をいただくための例として、お示しをしたものであります。これらの事例によって示される、現行法に不十分な点があるということは、立法必要性裏付ける、いわゆる立法事実ひとつとして考えることができるわけであります現行法が、条約の第5条でございますねぇ。が定める犯罪義務果たしていないことは、制度の対比からして明らかであります。したがって政府としては十分に立法事実をお示ししているとこのように考えております。」

山尾「結局、成案が出たら説明するとおっしゃってた4事例目が今日も出てこない。パネルお願いします。予算委員会を通じて、成案が出たら説明するといっていた、この事例40、ありますね。今の質問もここにあります。これ、議論の出発点になる質問です。これに答えられないのなら、要するに、国民立法必要性を説得的に説明できていない。テロ対策という説明まやかしだ、とこういうことになりますね。大臣重ねて質問します。277あるいはそれ以上とも思われる今回の対象犯罪のうち、テロ対策犯罪はいくつあるんですか。」

金田「えー、ま、通告をしているかという声が後ろからございましたが、それは非常に重要な点なので、私からも、通告はぜひわかりやすくお願いをしたいと思います。その上でお答えいたしますが、えー277ございますが、それが、テロ対策として、直接にあるいは、資金源として、あるいはそういう考え方として、関わりがあるかという風にお伺いをいただければ、関わりがほとんどあると、このように申し上げるべきであると、このように考えております。そして!先ほど、その前に言われました40項目の、出していただいてます。それは、成案、法案の成案を得る前の段階で、成案を得るまではお答えすることは、あの段階で、混乱を生じてしまったり、いろいろな誤解を受けたりすることはよくない。成案を得るまでは、私たちは、法案をしっかり固めていくわけであります。そしてお出しするわけであります。そして所管の、所轄の委員会議論をいただくわけであります。その議論をいただく前に、その成案じたいが出ていないのに、そのことについて、私たちが、いろいろコメントをしていく、そうすれば、ああなればこうなる、こうなればああなる混乱が生じては、国民の皆様に申し訳ない。ですから、成案ができるまではお答えを差し控えていただくことは、あるんであります。これは通常の法律の案文をお出しするときの当然のことであろうとこのように思います。したがってこの点については、私どもは、その場その場で、答弁を丁寧におこなってきたつもりであります。ですから、今40項目あるといった、成案を得たらお答えするといったリストであるとすれば、それを今からでも、このあと法務委員会でも、ぜーんぶきいてください、直ちにお答えいたします。」

たった今、成案が出たら答えるといった4事例目について答えなかったくせに、全部聞けとおっしゃる素敵な答弁。だいたいほとんど意味のある部分がないのにひたすらに長い。一種牛歩戦術。この後、条約等については外務大臣に聞け、ここは決算委員会だ、というお決まりの答弁しない理由を並べる大臣総理。まぁ全編ひどいんだけど、本当に答えないんだよね。安倍さんもだけど、みんなもだけど通告について、いろいろ勘違いしてんだよね。twitterなんかでは質問主意書と間違えてる人もいるし。通告は義務でもなんでもないんだよ。当然、通告して、担当者に準備してもらったほうが、公式見解は聞きやすいけど、政治家本人の言葉は出てこないじゃないですか。だから、通告なしの質問に、「通告がないから答えられない」ってのは、質問者にとっては時間無駄だけど、答弁者にとっては恥でしかないんだよね。そこんとこ履き違えて、「通告をはっきりしない、卑怯」みたいなことを安倍さんはよく言うんだけど、おかしいと思うよ。

共謀罪の3つの事例

共謀罪について言えば、3つの事例は

1.殺傷力の高い化学薬品一般市民の大量殺人を狙い、原料の一部を入手

2.飛行機をのっとり、高層ビル突撃させるため、航空券を予約

3.都市インフラ麻痺させる目的で、コンピュータウイルスの開発に嫡手

なわけですが、☆で示した答弁は、予算委員会でしたもの基本的に同じです。カンペの答弁の読み上げ。質問整合していなくても気にしない。この3事例

1に関してはサリン等による人身被害の防止に関する法律で予備行為禁止されている。そこをつかれるとサリン等に含まれない殺傷力の高い化学薬品に関してだと答弁したんですが、具体名をひとつでも挙げろといわれると言えませんでした(2/3予算委員会質疑)またその指定薬品政令事項なので、法律を変えなくても政令対処できる。じゃあなんでしないのか、というと、テロ組織秘密裏に開発している薬品から、未知だ、未知だから指定できない。と安倍総理はおっしゃいました。これって罪刑法定主義から逸脱した発言だったので覚えてる人も多いと思うけど。

2に関して、政府側は、昭和36年に国会の襲撃を計画してライフル銃を入手した行為破壊活動防止法の予備罪の準備行為にはあたらないと判断された判決根拠にしてきたのですが、昭和45年よど号ハイジャック事件を受けて、改正された航空機の強取等の処罰に関する法律の、第3条、航空機強取等予備に当たる行為として、当時の刑事局長が、当該航空券を買う行為を明言しているとして、現行法対処できるよ、としています

3に関して、民主党政権自体批准したサイバー条約批准した際、未遂罪指定せずとも批准できた実績がある。なぜ未遂罪指定しなかったかというと、トレンドマイクロとかの人の行為も萎縮させては意味がないと考えたからだが、どうしても必要だというのなら個別対応できるだろう、との指摘だったが、金田さんは例の「通告がないので、成案を得てから」だったわけですよ。先日書いた精神保健福祉法改正問題と一緒で、立法事実ははっきり答えられないけど、なんとなく答えたような気になっている文章でいけるかどうかを瀬踏みしてんですよ。これを許せば、また別の法律、多分、この共謀罪実質的有効にするために必要な、盗聴、メール監視ネット監視等についての法律を出してきますよ、絶対。今、「監視社会にはつながらない」とか言ってる答弁は信じるほうがおかしいと思いますけどもね。

今回の☆の答弁も、なぜ包括的共謀罪必要で、個別的対策ではダメなのかについては一切答えていないです。この質問は山尾さんの40の質問リストの1番だったと思いますが、大事な点ですよね。でも答えないし、多分今後もペーパーをひたすら読み上げて終わりにすると思いますよ。どんなにむちゃくちゃやったって、個別世論調査質問でどれほど反対が多かろうが、「私の支持率は53%」で押し切られるので意味ないんですよ。

 ほんとに、正しい意味で、「どこまで国民馬鹿にしても大丈夫ゲーム」をやっているのだということは知ってもらいたいんですよね。

2017-04-14

http://anond.hatelabo.jp/20170413152141

bareloです。自分ブログに書いてもまあほとんど読まれないんでこちらに。

「目配せしたあとからの中で、三ツ林が言ってることをちゃんと聞き取れる?私は無理だったよ☆」とのことであるが、

マイクも拾ってない」と「ちゃんと聞き取れる?」では言ってる内容がぜんぜん違っている。

途中聞き取りにくい部分もあるが、書き起こすならば

「動議を提出いたします。内閣提出法律案に対する手続きを~~省略し~~直ちに採決されることを求めます

くらいだろう。

あと俺は「偏ってるという次元の話ではない」とちゃんと書いてある。まさかこれを「偏ってるなんてもんじゃない」という意味とは解されていないと思いたい。

偏向とは無関係な、事実の違いについての内容である

偏ってることを批判してないし、俺が偏ってないとも言ってない。

本多勝一立花隆斎藤茂男あたりを読んで育ったのだから、俺自身おおいに「左に」偏っている自覚がある。

あんだけの騒ぎの中でマイクも拾ってない三ツ林議員の動議を聞き取って発言」という部分を読んで、そこに触れているブコメもあったので、へ~どんなもんなんだろと思って実際の映像を見てみたら、別にマイクで拾ってないなんてことはないんじゃないのと思ってあのように書いた。

「どうでもいいファクトチェック」に類する内容ではあろうが、俺はそういうのが好きなので勝手やらせてもらっている。

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