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2018-04-05

anond:20180405225301

理由は問わず四肢の欠損で障害年金支給される

今よりいい暮らしができるようになるぞ、よかったな

2018-03-24

anond:20180323233310

四肢欠損だとすぐ死ぬからね。血管焼きごて骨切断して縫い合わせを麻酔輸血抗生剤無し。

福祉も無いから君も完全自己負担障害者家族食わせろといわれたらかなり厳しいでしょ。

2018-03-18

anond:20180318133739

こいつ金がもらえないからって他の障害者をひがんで八つ当たりしてるだけか、クズだな。

お前の四肢を奪ったのはパラの選手たちか?違うだろ。

お前が欠損してるのは手足じゃなくて温かい心だ。

余命まで生きずに今すぐ死んでくれ、その方がお前も早く楽になれていいだろ?

パラリンピック。ひとりの四肢欠損の人間として。

障害者福祉がパーフェクトに充実してる国ってあるのかしら?

ないでしょ。

だったら、わざわざ外国身体障害者ぎょうさん集めて、

スポーツごっこするなんていう金の無駄かいはやめてさ、

障害者福祉の充実にお金回せば良いのにね。

スロープいくつも作れるじゃん。それで車椅子人助かるじゃん。

しかもさ、スポーツごっこするために、わざわざ外国まで行ける障害者って

相当に恵まれた一部の「貴族障害者」なんだよね。特権的障害者

無性に腹立つわ。

貴族障害者」の今後のご不幸を心よりお祈り申し上げます

1人の四肢欠損の人間としての率直な独り言でした。

受給資格も認められず、障害年金も貰えない1人の身体障害者として。

そして、余命も大してないと宣告された一人の身体障害者として。

おそらく、「平成」のあとの元号を知ることなくこの世を去る一人の塵芥として。

大好きな作家がいた
私はその人を傷つけた気がする
その人はコミケにはしばらく来ていない
プロとしての仕事が忙しいだけかもしれない
確かにアレやコレで時々名前は見る
しか自分存在があるからこそコミケに来ないのかもしれない
このアカウントツイートされないのかもしれない
全て自分のせいではないか、そんなことをここしばらく考えていた
今考えるとその人に対してずいぶん気持ち悪い行動をしたと思う
その人がかつて運営していたサイトイラストをかき集めた
それから数年後にコミケまでその人に会いに行った
その人のイラストを使って作ったものプレゼントした
失礼なこともしたと思う
メールでその人に対する熱い思いを語ったつもりだった
DM感想を伝えたつもりだった
返信がない以上その人は自分のことをうっとおしく思っていたのではないか
私は明るく振る舞うその人のツイートが眩しかったのだろう、だんだん敬愛すべき作家なのか昔の思い出にすがってるだけなのかわからなくなってきた
気がついたらミュートしていた
もっと交流すればよかったのに、出来なかった
ただその人の絵は美しい
漫画だってとても上手く、面白い
それだけは私の心に確かに焼き付いている

もう15年ほど前のことになるだろうか
パソコンを買ってもらって1、2年ほど経過した頃、私は例によってオタクだったのでアレやらナニやらいろんな作品同人サイトを巡っていた
当時は年齢が年齢なので18歳以上は云々のサイトに入れないはずだが、ギンギラギンの性欲を持つ厨房がそんな文言にたじろぐはずはない
まぁどうせ作者も厨房工房である
悪影響といえばファックしたりされたりしているキャラクター原作漫画アニメで見るのが恥ずかしくなった程度である
まぁとにかくいろんなサイトを巡った
掲示板メールでの交流はしなかった
長ったらしい文章を書くのがクソ面倒だったしネットに疎い親がメールを教えるなだのなんのかんのうるさかったためである
まぁ私自信もメールアドレスで住所割られたらどうしようとか考える程度にネットに疎かった
イラストサイトの閲覧はダイヤルアップというのだろうか、パソコンの横にぶっ刺すカードのおかげでクソ遅かったのもあるし恥ずかしいのもあってあまりしなかった
代わりに様々なテキストサイトを巡っていた
私が当時手にとっていた紙の本とは違い、拙いながらも熱を感じるめくるめく官能世界が繰り広げられていた
それはそれはすごかった
今読むと素人もええところだなオイと思うだろうが当時はそれで興奮していた
正直今も興奮する

そんな中、当時あるゲームに夢中になっていた私はいわゆるリンクだかリングだか同盟だかでとあるサイト出会った
イラスト漫画サイトだった
そのサイトでは少しマイナーキャラを中心に取り扱っていた
見る
絵がめっちゃれい
線、構図、色使い、その他諸々、私は絵に詳しくないが非常に美しいと思えた
漫画もこれまた面白い
ギャグからシリアスまでなんでもありのストーリーセンス!
遅い回線の中、イラストダウンロードさえ待つのが楽しみだった
後でわかったことだが当時そのサイトの作者は高校生だったようである
私はあっという間にそのキャラが大好きになった
そして当時はそういうのが流行りだったため、裏ページなんてのもあった
見た
更にすごかった
SMから四肢切断に女体化まであらゆる責め苦がそのキャラクターを襲っていた
しかしそれでも崩れることなくその人の筆使いや話の運び方には熱が入っていることがありありとわかった
掲示板には感想などは書かなかった
今考えると一言二言書いといたほうが良かったと思う
その人は同人活動もしていた
本の中ではWeb上を超えた更なる甘美で耽美世界が繰り広げられていることは間違いないだろう
しかしその人は主に東京国際展示場辺りで開かれるイベントに参加しているようだった
当時の私はどうにか親をごましまくって年に1回か2回、御茶ノ水あたりの損保会館とかいうところまで行くのがギリギリだったので会うことは叶わない
それ以前に厨房の肉体でエロ本下さい☆なんて言えるほど豪気ではない
なら通販はどうだろうか
親に何を買ったか説明責任存在する
住所を知らん人に教えてこれまたあーだこーだ言われるのも嫌だ
仕方ないから諦めた
少し後に秋葉原のどっかの同人誌取り扱い書店で年齢を聞かれずにエロ同人誌を買えたことをここに告白する
店員が悪い

そのうちサイト更新されなくなった
日記を読む限り専門でいろいろやったとかどっかの会社就職したとかそんな感じだったと思う
後にインターネットアーカイブで読んでみたところとあるゲーム会社就職したようである
もう潰れたけど
そして私は堪え性がないのでまた別のゲーム漫画に飛んだりしていった
たまにその人のことは思い出していたがその後の動向がわからないのでどうしようもない
でもある日サイトを見に行ったらエンターページは残っていたものトップページは消え去りブログになっていた
記事はあまりなかった
例のゲーム同人誌出すとか書いてあった気もするけどもうよく覚えていない
気づいたときにはかなり前の日付で、もはやその作家の本を買う方法存在しなかった
書店委託もしてないし通販を頼む方法だってあったはずだが親が親なのでやめた
結局その作家への愛なんてその程度なんだと思ったよ
その辺りだろうか、せめてその人のサイトイラストを出来る限りアーカイブしようと決めたのは
今考えると気持ち悪いことをしたもんである
こんなもん作家に見せたら卒倒するわ
サイトアドレスを残してたりイラストを上げっぱなしにしてた作家インターネットアーカイブも悪い
改めて見てみるとこれが本当に美しい
HTMLとか文章とかはもうめんどくさかったのでひたすらイラストのみを保存していった
そしてCD-Rに焼いた
今はHDDにはなぜか残っておらずロムもどっか行った
それでいいんだろう

そして2011年である
私には地獄のような苦しみが絶えず襲ってきた
正直思い出したくもない
書くけど
まぁなやかんやあって熱は冷めてきたものの例のゲームオンリーイベントがあったので行ってみた
秋頃だっただろうか
会場内でうろうろしていたところ、上記作家が入れ込んでいたであろうキャラクターアンソロジーが発行されていた
こいつも大きく取り上げられるようになったなぁ、なんてすこしほっこりした
ふとその作家を思い出し、主催者っぽい人に冗談半分でその作家のことを聞いてみた
「この本に描いてますよ」
「そちらの方のスペースに合同誌がありますよ」
耳を疑った
すぐさま私はそのアンソロジーを買った
そしてすぐ横のスペースでテーブルに並べてある本をすべて購入した
読む
見つけた! この人だ!
絵柄は多少変わってはいたがキレッキレのギャグセンスは間違いなくその人のものだった
合同誌も同様だ
えらいものを手にしてしまった
もはやあの日から長い年月が経ったというのに

この辺からおかしくなってきた

アンソロジーサイトURL現在ペンネームが載っていた
早速アクセスする
極彩色イラストが私の眼前に広がった
相変わらずその人の絵はすごかった
仕事内容を見て更にびっくり、詳細は省くがとにかく驚いた
あんたこんなデカ仕事してたのか、と

冬の祭典コミックマーケットの季節が近づいてきた頃、その人のサイト更新された
コミケには当然サークル参加するという
絶対行こう、あわよくば色紙も描いてもらおう、差し入れも持ってこう、いろいろ考えながら当日を楽しみにしていた
とはいえいろいろ回るところはあったのでその人のサークルに着いたのは昼も大きく回った辺りだった
スペースに人がいる
あの人だろうか、ドキドキする、本を買う、〇〇さんはいらっしゃいますか?
「あぁ、今買い物に出てます」
まぁそんなもんである
他のところをうろついて数十分後、再びサークル前に戻る
別の人が座っている
先程買った本を見せ、〇〇さんですか?
ビンゴだった
差し入れを渡す
そして、
「先日☓☓のアンソロを買ったんですけど、数年前に☓☓のサイト運営されてた〇〇さんですか?」
その人はひどく驚いた顔をしていた
ビンゴだったのだ
本人に会うことは予定事項だった
しかし私は固まった
敬愛するその作家が目の前に現れたのだ
正直何を話したかもはや思い出せない
ただガチガチに緊張し、どうにか色紙を頼み、受け取ったときそこには美しい筆致で例のキャラクター存在しており、最後握手をした
それだけだった
そのコミケでは他に、自分勇気づけてくれた漫画を描いたある作家に会いに行ってサインもらったり握手したり、また別のある作家に大好きなキャラの色紙を頼んだところ、ものの2、3分で色紙を仕上げるというような曲芸じみたことをやってもらえたりもした
地獄のような2011年奇跡のような思い出で締めくくられた

当然のように次の夏コミに行った
思い切ってその人に当時発行していた本の在庫があったら売ってくれないか聞いてみた
了承してくれた
震える字でメモ自分の住所と名前を書いた
もはや親はいないので通販など自由だ

ひと月くらい経ち、郵便物が届いた
可愛らしいテープで封がされており、漫画で使われているものと変わらない字がそこにあった
数冊の同人誌が入っていた
メッセージも添えられていた
何が書いてあったか忘れたが、嬉しさで床をのたうち回ったことを覚えている
その日のうちにメールを送った
その人に出会ったきっかけや応援メッセージを書いた
今見たらゲロみてぇなこと書いてあんだろうなと思ったが思ったほどではなく安心している
とはいえヘッタクソな文であることは間違いない
返信は来なかったからだ
しかしどうやって料金を支払えばいいのか?
郵便為替とかそういったものが頭から抜け落ちていた自分は次の冬に会った時に支払いをしよう、ついでに冬で悪くなりにくいだろうしちょっといい菓子でも持っていこうか、なんて思っていた

念のため言っておくが封筒にはその作家の当時のものであろう住所と本名が書かれていたものの、突撃するとか年賀状を送るとか、そんな恐れ多いことはとてもじゃないが出来なかった
以前ワンフェスガレキ買ったとき部品が一個足りなくてディーラーメールを送ったが、送られてきた封筒には一つのパーツとディーラー名以外何も書かれてなかった
私ごとき自分名前も住所も書く必要ないんだよ、今になって思う

次の冬コミ、例によってその作家サークルへ向かう
もはや優先順位トップクラスになっていた
差し入れ菓子を渡し、その人に同人誌送付のお礼と感想を述べ、料金について尋ねた
昔のものだし別にいい、そんなことを言われた
なんだかものすごく申し訳ない気持ちになった
絵も漫画も良ければ人間性もいいのか
まさに「神」だった

この辺から記憶曖昧になっている
毎度のようにコミケではその人のサークルに行き、本を買う
それだけである
その程度の距離感のほうが良かったのではないか、今になって思う

その人は別名義でこれまた別のジャンルでも活動していた
当人Pixivかなんかに書いてあった
本のほかにグッズかなんかも頒布するらしい
初めてその人に出会った冬コミの一ヶ月後くらいのオンリーに参加するとのことだった
コミケでは「必ず行きます!」みたいなことを言っていた
しかし後から見直すとこのグッズ類が結構いい値段している
まぁどうせ相手自分の顔なんか覚えてないだろう、そもそも自分はこのジャンルに触れたての人間なんだからそこまで深いところに行く必要はなかろうよ、なんて思っていた
クズである
正直今は後悔している
実際にオンリーに行ったところ、確かにその人は来ていた
こっちからその人を伺う形になってなんか申し訳ない気がした
結局その人のところには行かなかった
とはいえ向こうだって約束した人が病気かなんかで来られなくなることがあることだってわかるだろう
その人が私の姿を見ていない限りは

心にそんなしこりを残したまま、その後のオンリーに赴き、その人の新刊を買う日々が続いた
まぁこれがエグい
当時サイトで見た性癖と変わらないものがそこにあって感動した
それでも美しいんだこれが
スペース前で軽くおしゃべりする程度で茶を飲みに行ったりだとかそんなことはない
自分自身コミュ障を患ってるのでそんなことはしないほうが正解だとは思っていた

しかしその沈黙は破られた
あるオンリーの日、例によって新刊を買った私は何を思ったのか
「ツイッターアカウントフォローしていいですか?」
なんて抜かしていた
「いいですよー」
当然ながらフォローするもしないも当人自由ではあるがなんかその人に対しては遠慮していた
鍵垢だからどんなことが書かれているかからない、いつも来やがるあの野郎また来やがった畜生め、みたいなこと書かれていたらどうしよう、などと考えていたが、了承するということは相手にすべてのツイートを見せるというわけで、そんなこと書いてたらそもそも「え…ちょっと…」という話になるじゃないですか
だから問題はない
帰ってその人に申請する
許可が来た
アカウントの中には太陽のように眩しい世界が広がっていた
ネガティブものなど一つもない、生きとし生けるものに愛を注ぐようなツイートが溢れていた
なんかもう自分がみじめになってきた
この文を書いている今も

まぁでもさ、人間現実世界では悲しくとも、せめて電子世界では気を確かに持って元気よく行こうよ、なんてことをする人もいるじゃないですか
だから気に病む必要なんてなかったんだよ
話を戻すが、さっそく交流を図った
ポップでキュートで元気なリプライな送られてきた
自分はなんと返信したらいいのかわからず、当たり障りのないことしか書けなかった
なんて自分は愚かしいのだろう、不器用なのだろう、申し訳なくなった
漫画と同じくらいその人のツイート面白かった
追随して自分もなんかリプライ送ってみようってなった
しかし恥ずかしくなってすぐに消すこともあった
別の人へのリプライはさっさと返してるのに自分だけ遅いこともあった
この辺は相手交流が深い人だから距離感もわかってるのだろうが、自分なんて最近話し始めた人間からどんな感じで返したらいいのかわからないんだろう、少し考えればわかることである
だいたい親しき仲にも礼儀ありとはいえ、ツイッターなんてある程度適当交流でも許されると、今になって私は理解している
当時の自分はそれが出来なかった
相手相手からというのもあるだろうが
だからサークルにいつも行くだけの人、という立場になっておけば良かったのだ

その翌年辺り、あることを思いついた
その人が描いた好きだというキャライラストを使って何か作って、それをプレゼントしてみよう、と
詳細は伏せるがまぁいい感じに出来たんじゃないかと当時は思った
本人の誕生日から数ヶ月過ぎていたが、オンリーが少なかったり仕事が忙しいのか本人に会う機会がなかなかなかった
そしてオンリー当日、その人にプレゼントを渡した
ついでにそのうちお茶しましょうとか調子乗ったこと言った
夜、リプライが届いた
来客用に使うと喜んでいたようで嬉しかった
また、ツイート上ではその日にもらったプレゼントなんかも紹介していた
私のものはなかったがまぁ私以外と繋がっている人などその人のフォロワーの中にはいないだろうし仕方ないだろう

正直この辺りから不安になってきた
この人私のこと嫌ってんじゃないだろうかと
私自身も現実世界でいろいろあり頭がおかしくなってたので余計に不安感が増して妄想が激しくなっていったのかもしれない
お茶しようと数カ月かけてようやく決めた日の少し前、その人に会うのが急に怖くなり、私は腰をやったと嘘をついて約束をフイにした
今考えてもまともじゃないよ、こんなこと

気がつけばその人は別ジャンルに移行し、新しくアカウントを作ってそっちでわいわいやっているようだった
ファンとして私はその人のアカウントを追いかけるべきだったのかもしれない
しか自分では触れようとも思わないジャンルだし、もしその人が本当に私のことを鬱陶しく思って私が今もフォローし続けているジャンルアカウントから姿を消したのだとすれば、その人の健康上に良くない
私はそれ以上追いかけることをやめた
とはいPixivは定期的に見て本は買いに行っていた
キャラのこととかよくわからないがその人の絵が見られるだけで満足だった
しかし本を買いに行ったときのその人の反応はどうもよそよそしく思えた
これやっぱ来ないほうが良かったんじゃないか、そう思わざるを得なかった

オンリーではなくコミケの、その作家にとっての表ジャンルとでもいうんだろうか、そちらでも引き続き新刊は出し続けていたが、私は遠くからその人の存在確認し、買い物に行っているときなど、その人がスペースにいないときに本を買うようになっていった
とはいえいつも来ているし、売り子と作家が「あの人また来てたよ」「マジかよ…」なんて会話を繰り広げている可能だってある
それでも私はそんな妄想上の反応を振り切って、その人に会いに行くことはあった
本を買って「いつも応援してます! じゃあまた!」それだけである

気がつけばその人がコミケに出る機会は少なくなっていった
やはり私が来るからだろうか?
でも、表でのツイッターアカウントを覗いてみると、ちょこちょこと様々な仕事をしているようだった
就職したという会社は潰れる前に抜けてフリーになっていたようだった
つまるところ仕事が忙しいのか、あるいは病気でもしたのか、ならばコミケに来るのは難しくなる
私はそうやって自分を納得させ続けていた

もうリプライでもDMでも「お誕生日おめでとうございます!」というメッセージは送っていない
私のアカウントを目にすることがなくたっていい
だがそれでも私はその人の活躍を祈り続けている
表に名前が出ない仕事をしている可能だってあるし、病気などをしているのかもしれない
しかしその人は素晴らしい作家であることは間違いない
15年に渡って自分の心にその人の存在が刻まれ続けているのだ
絵で食べていくという選択をしたのだから、苦労だってあるのだろう
ツイッター上で明るく振る舞うはいわゆる空元気なのかもしれない

だが、せめて、祈らせてくれ
あなたに幸あらんことを、と

2018-02-13

スク水に余計な味付けは不要

俺はスク水が好きだが、AV業界スク水のことをなんっっっっっっにも分かってない。

まずスク水に余計な装飾を付けるな。ニーソランドセル、通学帽、アホかお前は。

特に多いのが靴下。お前は靴下を履いたまま泳ぐのか?スク水のまま通学するのか?

スク水絶対領域なんぞ求めていない。スク水は紺色と肌色コントラストが全て。全て紺に覆われた胴体と全て露出した四肢の対比に意味がある。

コントラストといえば水着のフチが白いやつ、てめーもダメだ。パチモンほとんどこれ。紺色と肌色コントラスト邪魔するなボケ

あと白スクかい意味不明な着衣、バーカーバーカ死ね死ね死ね。考えたやつほんとに死なねーかな。

そんな俺が最も美しいと思うのがTOMBOW製の向かって右下にロゴがあるタイプのもの。太めで競技性の薄い肩紐、胸の膨らみを惹き立てる美しい曲線を描くプリンセスライン、主張しない位置にありながらも実用的な名札。全てのバランスが美しい。あまりの美しさに観賞用に買った。お前らも買え。

2018-01-30

腸2割、肝臓3割、腎臓1個、肺片方があれば人は生きていける。

勿論、心臓と脳は失えない。

四肢を失い、内臓も欠けた状態で、果たしてQOLの保持が可能かどうかは疑問だが。

2018-01-18

anond:20180118141011

ワイ四肢関節+頸部内側アトピー性皮膚炎持ち、冬場は乾燥で痒いし夏は汗で痒いし1年中肌が汚い。

小さい頃からステロイド外用薬でギリギリ保ってきた。

免疫抑制されてるから病気もかかりやすい。

肌が汚いとなんだか見た目にも自信が持てない。

早くアトピーの根治療法開発されてくれ。民間療法じゃなくてエビデンスがありゃ手術でも分子標的薬でも遺伝子治療でも何でもするからお願いします。

2018-01-16

別に文字で何が書いてあっても規制する必要ないと思うけど

将来VRとかで実際に洗脳映像みたいの作れるようになったらどうすんだろっていうのはおもう

あとセクサロイドとか四肢切断してダルマにしたりすんのも直感的にヤバそうな感じするけど人間じゃなきゃセーフなのかな

2018-01-10

自訓2018

料理は己のためでなく他者のためにするべし

支配アメリカ合衆国正義ではない、かといって完全なる悪でもない、この世に悪があれば崩壊、善なるはパワーバランス我が国ができる平和役割服従監視と調整

・家庭や人の出会いは運であり、運がないものは手負いとして前進するべし、生より出でて疑問を持ち、死を悩み、通り過ぎた先にまた新たな謎と答えを求め歩きだすのが人の道

・信じることなかれ、不信を信じることなかれ、己の餓鬼と向き合い声から耳を塞ぐなかれ、そに食わせるは堕落した蜜ではなく己の血肉から分け与えし小さな勇気

・いついかなる時も人らしくあれ、大宇宙に人が人たらしめんことを等身大を持ってして示し、その有様を刻むことと心がけたし

・眼を曇らせることなかれ、公正を問い続けることを誓い、己と他者を貶めるなかれ、理解と助力と分別を弁えた先に評価するべし

・ただ生きることで終わることなかれ、いかにして死するかを考え、死を想い、足に力を使うべし、立てぬ時それは終わりし時、されど足がなくとも心が立てば、それでよし

弱者の声と眼を知るべし、強者とは仮初の姿である

・まず理解ではなく己の恥と謝罪から入り、真心を入れ、初めて理解をするべし

外道理解することなかれ

・かくあるべきか、問われたら、やさしくあれ、と答えるべし

・避けられる運命には憤怒を持って道は外れず正面から抗うべし

・美化することなかれ、ただありのままを受け入れ、そこで起きたすべてを素直な思いで包み込むべし、さすれば双眸に移る光はより輝きを増す

・競うべし、敗北とは立ち上がらぬこと、勝利とは己の心に負けぬこと、人の人として呼吸の限り立ち上がるべし、我らが敵である運命ねじ伏せるその時まで戦い続けるべし

・神を憎むべし、風を憎むべし、雨を憎むべし、天災を憎むべし、そして人を愛せよ、人の心を愛せよ、そして己を愛せよ

・一人であろうと独りであると思うなかれ、五臓六腑に己の関係を大繩にして張り巡らすべし、骨砕けようとも四肢は繋がり時がすぎ立ち上がる時、また来たる

意志を強くあるべし、意志強きほど良いと知れ

・学び、そして使うべし

・まず歩むべし、そして考えよ

2018-01-07

スープ存在意義がわからない。

スープ存在意義がわからない。

いや、すまない。少々話を広げすぎた。

駅近くのスープ専門店スープ、街のレストランで数百円の値段をつけられているスープ、そういった料理として十分に成立しているスープの話をしたいんじゃないんだ。

あれは美味しい。普段頼むことはあまりないが、ちょっとした贅沢として十分に食事の楽しみと満足感を増やしてくれる。

そう、スープ本来独立した一品として一回の食事に華を添え、ときに大きな満足感を与えてくれるものではないだろうか。

例えば街の中華料理屋。チャーハンを頼むとまるで当然のように黄色スープがついてくる。

中華しか何かで味がつけられ、申し訳程度に胡麻が浮かんでいるアレだ。

我々は、あのスープに何の役割を見い出せばいいのだろう。

例えば古びた定食屋定食といえばミソスープが付き物だ。

しかし、そこで出てきたのは味噌を溶かしたお湯のような液体。固形物は見当たらない。これは、ピュアミソスープ…?

私は軽い戸惑いを覚えながらピュアミソスープに箸を分け入っていく。

茶色く濁ったスープの奥地から僅かな抵抗を感じる。

期待を込めて箸を手繰ると、そこには悠久の刻を超えてきたかのようなワカメがくったりとその体を横たえていた。

そうか、地球創生から長い刻を超えてやがて海が生まれ、潮が満ち、生命生まれる。

即ち味噌の溶かされた湯は海であり、ワカメは海が創り出した生命奇跡である

海は生命を生み、海で生まれた命はやがてその姿を変え、あるものは肺呼吸と四肢を獲得し、またあるもの光合成能力を獲得して地上での繁殖を開始する。それは幾つもの進化過程を経て豚もしくはキャベツと呼ばれるようになり、今薄汚れたテーブルの上で再び母なる海との邂逅を果たしたのだ。

私は母なる海と父たる大地、雄大世界に思いを馳せながらミソスープを口に運び、その広がりのない味に僅かに顔を顰める。

スープ存在意義がわからない。

2017-12-30

anond:20171230120440

昔読んだ小説で、四肢が無くて、男性器に血液が多く流れてしまう為にセックス依存症になるっていう男性いたことを思い出した。。

2017-12-15

anond:20171215142509

差別問題になるのは性別先天的四肢障害などによる不当な取扱いに対してのものであり、

学歴格差、職歴、性的嗜好ヘイト排除する等のもの正当な取扱いです。

さようならクズ人間全てが幸福になれるとでも思ったか?、クズ

お前みたいなクズが不幸になるのはまっとうな人間幸福になる上で必要なんだよ。

わかったか?、わかる脳もないか。わかる脳があればそんなとこまで落ちぶれないもんな。

じゃ、さっきも書いたように、高架下で死んでろ。

日本語が読めなくなり始めた

困った。日本語が読めなくなり始めた。どうも最近人の書いた文章や人が喋った言葉をパッ、サッ、スラッと一読や一聞でしっかり理解できないことが多い。

読みなくなり始めたというよりは、もともと実は読めていなかったように思える。

具体例で表してみようと思う。以下は適当にググった結果見つかった文だ。

過換気症候群(かかんきしょうこうぐん、英語: Hyperventilation syndrome, HVS)とは、精神的な不安や極度の緊張などによって過呼吸になり、血液アルカリ性に傾くことにより生じる症状である。呼吸性アルカローシスとなり、四肢の痺れ、動悸、目眩等の症状が起こる。過呼吸症候群(かこきゅうしょうこうぐん)とも称されるが、一般に「過呼吸」と称されるものとの違いは原因が「精神的な不安」にあることであり、過呼吸症候群は呼吸を多く必要とする運動の後に起こるという点が異なるが、発症後の症状はほぼ同じである


読んだ後「はい、では過換気症候群とはなんですか?」と言われたら絶望する。

からしっかり読み返してスキミングする。

過換気症候群は症状である。呼吸性アルカローシスになるらしい。四肢の痺れ・動悸・目眩が発生。過呼吸症候群との違いは精神的な不安

もう1度読み返し。

過換気症候群とは精神的な不安や極度の緊張などによって過呼吸になりそのあと四肢の痺れ・動悸・目眩等の症状が発生するものである過呼吸とは精神的な不安という面で違う。過呼吸は主に運動の後で起こる

もう1度読みながら自分の脳でイメージを再構築

過換気症候群 ← (精神的な不安・極度の緊張 → 過呼吸 | 呼吸性アルカローシス四肢の痺れ・動悸・目眩ハイパーベンチレーション=シンドローム)

過換気症候群過呼吸症候群

過呼吸症候群運動のあとに発生

これでようやく読めたっていうようになる

次の例。

ジャボチカバは樹高10mほどになる常緑性の高木です。白い花が幹から直接咲き、直径2~3cmほどの大きさの実はブドウの‘巨峰そっくりで、味もブドウに似ています。春から秋に数回実をつけますが、夏は開花・結実を休む傾向があります。成長はやや遅いですが、幹が太くなるにしたがって収穫量が増大し、原産地ブラジルでは一度植えれば孫の代まで収穫できるといわれています。鉢植えでもよく結実し、耐寒性も強いので、家庭で楽しむのにおすすめです。


一読ではこんなかんじ

「樹高っていう言葉があるんだ」

「常緑性ってなんだっけ。いつもみどりってことか」

高木って単に高い木って意味なのかな」

「幹から直接咲くっておかしくね??? あっ、そうかブドウじゃなくて木なんだ」

「結実???そういえば、何をもって結実といえるんだろうか。結実の直前は何」

読み返しと、ググって自信のないワード意味の補強。ちなみに高木は5m以上の木のこと

ジャボチカバは木の高さが10mの、一年を通して葉がついている木。幹から白い花が咲く。実は2~3cmほどの巨峰みたいなやつ。味もブドウ。春から秋にかけて数回実がなる。夏はサボりがち。

成長は遅い。幹が太くなると収穫量が増えて原産地ブラジルでは孫の代まで収穫できる。家庭の鉢植えでも結実するし耐寒性も強いのでおすすめ

ここまで読むとソラで言えるようになる。

ジャボチカバ → 10m → ずっとはっぱ。白い花ぶぁあああああ→幹からビー玉ぐらいのブドウぶわああああ

 

春ーーーーーー秋

   ↑夏はさぼる

 

成長遅い。ブラジルの孫にぶわああああああああ。鉢植えでもおすすめ。さむさにつよい。

もう最近ずっとこんなかんじで読んでる。

みんな日本語どうやって読んでるの?

2017-12-11

anond:20171211121939

モンスター奇形で、奇形は怖い」……これは生理的感覚であり、本能に近い。

だとすれば当然「奇形人間は怖い」……これも本能だということになる。

本能生理的感覚)を書き換えることは難しいし、それを万人に強要すべきでもない。(「お前の感性は誤りだ」と責める行為もまた差別的から

重要なのは本能を書き換えることではなく、本能よりも上位に理性を置いて本能のままに行動しないよう抑制を利かすこと。

「怖い。だから忌避する(攻撃する)」……という短絡的な思考に至らないよう理性のリミッターを働かせることが、差別是正のためには肝要である

「怖い。けれど忌避攻撃)してはいけない」……と考えられるようにならなければならない。

動物の恐怖心は、防衛本能に由来していると考えられている。

身体が欠損したり、変形したりすることを本能的に避けようとするメカニズムが、動物生存に優位に働くのだろう。

モンスター攻撃対象として肯定するゲームは、確かに「怖い。だから忌避する」という短絡的な思考回路を繰り返しなぞらせて強化する作用を持つかもしれない。

しか奇形に対して「怖い。だから忌避する」という反応を示すこと自体は、生物にとって、むしろ真っ当な所作であると考えられる。

これがもっと直截的な(例えば四肢が欠損しただけの普通人間を化け物と表現してモンスターと同等に扱うような)ケースであれば、確かに倫理的問題を孕む可能性もあるが、問題を無節操一般化して「怖い。だから忌避する」という思考を促す表現のすべてを「差別助長する表現」と捉えるのは、上述の「お前の感性は誤りだ」と責める行為に類する別種の差別に繋がる思考であると考えるのが妥当だろう。

1、人間奇形を恐怖しても良い。

2、しか奇形人間に対しては、恐怖心を理性で押し殺して、他の人間と同等の関係を築くよう努めるべきである

世の中にはこの2つの理屈を切り分けることができず「怖い→忌避する」「怖くない→忌避しない」という単純な原理しか行動のできない者も存在していることは事実である

そのような人々が、ゲームを通じて「怖いものは無条件で忌避攻撃)しても良いのだ」と安易に誤認する可能性も否定はできない。

しかし、だからといって1の「奇形を恐怖しても良い」という前提をひっくり返して「奇形を恐怖してはいけない」と感性否定に走ることは避けるべきであり、時間は掛かっても2の理屈啓蒙することで適切な差別撤廃推し進めていくことが本筋であろう。

2017-12-02

ずっとレイプされる設定のオナニーしてたんだけど

自慰を覚えたあの日から、私はずっと好きなタイプ男性レイプされる設定で自慰していた。これには自分ドン引きして、とにかく悩んだ。私にレイプ願望はないとはっきりと言える。そんなこと言いつつされたいんでしょう、と思うかもしれないが、こればっかりは本当にない。レイプされたいか?という問は、チェーンソーで体を少しずつ切り刻まれながら、四肢をもがれ声も出せずただ苦しんで死にたいか?という問いかけと同じだ。誰だってそんなもんは当たり前に嫌である。だけど自慰世界ではレイプを望む。これは正常じゃないと思った。私は精神おかしいのだ。いったいどれほど深く、濁った心の闇が自分の中に眠ってるんだろうか?でもこんなこと誰にも、医者にも相談できない。いい加減やめようといつも思っていたけど、でもやめられなかった。

やめられなかったんだけど、つい最近やめることができた。どうして自慰ではレイプされたいと思うのかわかったからだった。ヒントは、モテない男を自虐し、二次元の嫁と三次元風俗が実は最高の組み合わせだと語る同僚を評した別の同僚が握っていた。「関係性を築くコストがかかんないから楽だし経済的ではあるよね」そういえばホリエモンも同じ理由風俗コスパの良さを昔語っていたっけ。これ。これが私が自慰ときレイプを望む答えだった。

私が自慰をするときは、当然性欲が高く、けれど若すぎてセックス禁止されていたり、彼氏がいなかったり、彼氏とするのが面倒くさいときだ。セックスとはコミュニケーションである。ただ、性欲を発散したいだけのときコミュニケーションは面倒である。だからそういったものを省けたり、あるいはニュートラルでいられる肉体関係、それも、私がマグロ状態でも相手必死に腰を降ってくれる、ものすごく楽ちんな肉体関係、それこそがレイプだったのだ。

たとえば素敵な王子様とラブラブセックスというシチュエーション自慰ときに考えたとすると、私は王子様のビジュアルのみならず、社会的地位性格、私と王子様はどうフィーリングがあうのか、これまでどういうデートセックスをしてきたのか、この日はどうしてセックスをすることになったのか、総方の避妊に対する考え方などを決めないと、とてもじゃないが自慰できない。しか自慰しながら王子様が何を考えているか脳内で実況しないといけない。たとえば今の私の表情が可愛かったかピストン感覚早めたなど。これでは面倒くさい。そこで私は、いわば人の形をしたバイブレーターとして、名前動機も何もわからない、ときには顔すらわからない、とにかく私とのセックス必死なことだけはわかるレイプ犯をつくりあげた。というわけなんだろうな、と気づけた。

レイプされるシチュエーションに悪くないよね〜みたいなことを言っている女性がいても、現実レイプされたいとは限らないという話。それは単に、関係性構築のいらない、安全で便利なヒトガタバイブレータである可能性がある

2017-11-12

anond:20171111161857

だって、ある程度まともな社会人起業危ないと思ってやらないから

そもそも、数か月で売り上げ出るようなもので、参入障壁が高いようなものじゃないと持続は困難。とすると、ふつうはやらない。

それでも、起業やらせたいとなると、「知識ないやつをおだててやらす」しかない。つまり学生ターゲットにするしかないんよ。

起業が増えれば景気が良くなる。だけども起こす奴がいない。うーん、そうだ、だましやすいやつをおだてて起業増やして実績にしよう!」みたいなのが横行してる。

そこに、「学生ですごいプロダクト作ってるやつがいれば、そのこと自体話題性にして、同情で買ってもらえる!」みたいなのもある。

あれだよ、乞食四肢欠損させて、その同情で恵んでもらうような感じ。

うん。ほんまにまどか☆マギカのキュウベェだよ。あの界隈にいるのは。まさに「インキュベーター」だしな。

2017-11-09

四肢の汗が止まらない

助けて

ドレミンきかない

2017-11-04

人型ロボより変形ロボの方が難しい

人型ロボは屁理屈をこねていくらでもそれっぽい理由を思いつけるが、変形ロボはかなり難しいと思う。

例えばZガンダムシールドが機首になるが戦闘中シールドが欠けたらどうなるんだろう。戦闘中四肢が壊れたり歪んだら変形できるのか?

胴体は頭を収納するのにスカスカですげー脆そう。

変形にかかる時間は0.5秒らしいが、戦闘中何度その変形に耐えられるのか。そもそもコックピットが思いっきり跳ね上がるが中のカミーユ大丈夫なんだろうか。

合体ロボも考えたが、リアル系の合体は外付けの武器だったり飛行パーツだったりなのでギリギリ許せる。

戦隊スーパー系の合体は謎パワーが合わさり1+110くらいになるのでより納得できる。

2017-10-23

まれつき四肢が欠損してる乙武さんも

本来手足に行くはずのパワーと血流の余剰分が、頭やちんこといった本体により多くリソース供給されて性豪たりえたではないか

まり欲求不満はてなー五体不満足

2017-09-26

anond:20170925234132

必然的2次元になるけど、リョナというジャンルがあるんよ

ほぼ男性向けだけど女性キャラモンスターやらに殺されたり丸呑みにされたり四肢切断されたりレイプされたり

そうやって我を忘れて暴れもがき苦しむ様に興奮する人って結構多いと思う

そういう場面に触れる機会がないだけで、生死がかかった場面の動物的な動きに、人間本能的に興奮するもんだと思うね

2017-08-04

うな毛がモジャモジャで色気どころじゃないウーマンだよ

全体的に毛が濃い。

もちろん、うな毛も濃い。

顔や四肢や脇毛は処理しているが、うなじは鏡を2枚使っても見えにくく処理しにくいので放置している。

髪質はストレートなのに、何故かうなじ付近のみ癖っ毛。

ポニーテールにすると、うなじ付近ボンバヘッ!ボンバヘ〜ッ!になり、死ぬほど汚く見苦しい。

ゆえに、ポニーテール自主規制しております

うなじが綺麗で異性の欲情をそそるのも一つの才能だと思う。

私にその才能はなかった。

2017-07-20

わたし峯田和伸さんのファン

朝ドラに峯田が出ている。峯田とは峯田和伸さんのことで、彼はGOING STEADYまたは銀杏BOYZボーカルとして知られている。現在俳優としても活躍し、その活動の幅を広げている。

今期のNHK朝の連続ドラマ小説ひよっこ」で、峯田和伸さんは、消息不明になった父親を追い上京する有村架純さん演じるみね子のおじ、宗男役で出演している。宗男茨城の片田舎マッシュルームヘアーバイクに乗り、ロックンロールをこよなく愛する農家のおじさんで、いつも人を笑わせている。

だがその笑顔の裏には戦争の影が……というキャラクターで、先々週、宗男上京過去がつまびらかになるビートルズ来日編が終わった。わたしはその録画を昨日見終わって、すごくよかったなと思ったので妹にLINEをした。感想を打ち込んでいるうちにわたしは昂ぶってしまい、真っ当な感想からは外れた見当違いな見方をしていることに気づき、はっと我に帰った。

***

時は2005年中学1年生として迎えた冬に銀杏BOYZアルバム君と僕第三次世界大戦恋愛革命」と「DOOR」が同時発売された。

北海道新聞日曜版のCDアルバム売れ筋ランキングの4位と5位にランクインしていて、聞きなれないアーティスト名に、なんだろう?と思った。BOYSではないのか?

それからすぐラジオで「青春時代」が流れだして、彼らが小学生ときに一回だけ聴いたことのあるGOING STEADYであることを知った。お小遣いで急いで「君と僕第三次世界大戦恋愛革命」のほうを買って聴き込み、いたく傾倒し、「DOOR」もそれからちょっとして買った。

当時のわたしは、Mステに出ないようなバンドラジオで聴いてCDを買うことがカッコイイと思っていた。お恥ずかしい話、今もその気持ちはあまり抜けていない。当時全盛だったMDプレイヤーを持っていなかったわたしは、ラジオカセットテーププレイヤーが一緒になったかさばるガジェットを常に持ち歩いていて、銀杏BOYZをいつも聴いていた。

中学生だったということで免じて許してほしいが、当時のわたしにはセックスなどとはいった歌詞が衝撃的だった。というか性とか焦燥感とかみじめな気持ちを歌にして世に出していいとは知らなかった。だから峯田和伸さん、もとい峯田は本当のことを歌っているなという気がして、信じられると思って好きだった。

友達にもたくさん貸したし、カラオケでも歌った。もしタイムマシンがあったら、おいおい、やめてAKBとかにしておけ!と言いに行きたいが、当時のわたしは今よりもなお浅はかだったので、カラオケで皆の前で銀杏BOYZを歌い、セックスなどと口にし、ぐにゃりと曲がったような気まずい空気になるのが好きだった。

***

以前、大学生ときに友人に

カラオケ銀杏BOYZとか歌うの正直やめてほしいんだよね」

と言われた。友人にとっての色々な思い出が詰まったバンドなので、目の前で歌われると複雑な気持ちになると言う。

その時は正直

「は?」

と思った。だが今のわたしもまた、自分よりかわいい女の子の口から銀杏BOYZ」という言葉が出るとムカつくのだった。

肌がきれいだったり目が大きかったり彼氏がいたり毎日充実していそうな自分より幸せそうな女の子が、ひとたびでも峯田と言おうものなら腹がたつ。お前に峯田の何がわかるんじゃい!なんぼのもんじゃい!と思う。何人たりともわたしのまえで銀杏BOYZの話、および峯田の話をしないでほしい。ライブに行った画像をインスタに上げないでほしい。わたしの知る限り峯田のことを一番身近に思っているのはわたしでありたい。そんな自分勝手な思いが溢れて止まらなくなる。

自分でもおかしな考えだということがわかっているので、皆さまにはどうぞ好き勝手銀杏BOYZの話をしていただきライブに行っていただき、インスタに画像を上げていただき朝ドラを見て峯田って人いい演技するな〜!などと思っていただきたいのだが、心の奥底で、やめろ〜〜〜と叫びたがっている卑小な自分がいる。

***

そんな折、先々月の銀杏BOYZライブ東京ロック好きの集まり」に行った。これだけ勝手なことを言っておいて恐縮だが、実は初めてだった。戦争反対ツアー実家の近所のペニーレーン24に来ていたはずだと手元にあるフライヤーにはあるが、当時はまだ室蘭に住んでいた頃だったので行けなかった。それからも本当はちょくちょく札幌に来ていたのかもしれないが行っていない。全裸になり書類送検されたことをヤフーニュースで知ったり気がついたらメンバーが峯田以外全員変わっていたりしたがよく知らない。

わたしのなかでだんだん銀杏BOYZはあまり触れちゃいけない過去へと変わっていて、ライブも気軽に行ける感じではなかったのだ。

ももういい加減成人したし、処女でもないし、峯田は朝ドラに出ているし、いくばくかの郷愁とともに軽い気持ちライブを楽しむことができると信じていた。

***

峯田が出てきて初めて生で峯田を見た途端に涙がボロボロ出てきて止まらなかった。ステージには本物の峯田がいて、すぐにモッシュダイブがはじまって峯田の靴がどこかへ飛んで行き、演奏が止まりやり直しになった。そしてまたモッシュ対バンのnever young beachがさっきまで作り出していた平和西海岸熱海の浜辺のような景色はいずこへ?「ネバヤン初めて聴いたけどいいね〜」などと言って、からだを揺らしていたギャルは?そんな疑問が解消されるはずもなかった。

峯田は10年以上前に作った曲を、目をかっぴらいて歌っていた。あっという間に大合唱になる。わたしも全部歌えてしまい、そのことをきっかけにまた涙した。峯田〜〜〜!!!と泣きながら叫ぶ人があちらこちらにいた。四肢がちぎれそうなほど暴れる人がいた。嗚咽しすぎて座り込んでしまう女の人がいた。さながらカルト教団様相であった。だがわたしもまた、全身の水分が出きってしまうのではないかというくらい涙が出てきてしまい、ボロボロボロボロ泣いていた。

峯田が目の前で10年以上前に何度も何度もカセットテープが伸びきってしまうくらい聴いた曲を歌っている。それだけで絶望的なほど悲しかった。恥ずかしい話だが、わたしはその時、中学生の時に部活無視されていたことをありありと思い出していた。クラスにも同じ部活の人がいたので無視がそのまま派生して、教室でも居場所がなくなって昼休みはずっと本を読んでいた。アンブシュア(口の位置であること)を変えようとして失敗して全然トランペットを吹けなかったこととか、天然パーマなので髪型が本当にきまらなくてどうしようもなかったこととか、人に話すまでもないみじめな思い出とその時の感情がありありと思い起こされ悲しかった。もう少し上手くやれただろう、という気持ちと、でも今も上手くやれないしな、という諦めの気持ち10年前と今を強く結びつけた。その中心に峯田がいた。

***

思うにわたしは、つらかった時に銀杏BOYZを聴きすぎていたのだろう。どれもありふれた大したことないつらさなのだが、そのせいで感情と峯田がほつれてからまり、ひき離せなくなっていた。わたしのつらい気持ち、悲しい気持ち自分のことが嫌で消えてしまいたい気持ち擬人化したものが、峯田その人だと認識してしまっているようだった。

峯田は、本当にしんどい時に自分もまたそうだと言って肩をさすっていてくれていた親友であり、同じようにみじめな姿をさらけ出してくれたキリストであった。少なくともわたしはそのように認識していた。勝手に。そしてライブ会場で嗚咽が止まらなくなっていたり、暴れていたり、自己コントロールが効かなくなっている人たちもまたそうなのだなと思った。

峯田、もとい峯田和伸さんは、本当は自分のやりたい音楽は、代官山シャレオツカフェで静かにギター弾き語りをするようなものだと言っていた。だが、求める人がいる限り求められる音楽をするとも言っていた。それが本気かどうかはわからない。だが最近の曲をやってもウケはイマイチで、対して10年ほど前の曲をやると客は熱狂していた。

客は皆、峯田を前にして自己憐憫におちいっていたのだと思う。つらかったとき、苦しかったとき、悲しかったとき、さみしかったとき銀杏BOYZの曲を聴いて、勝手に癒され勝手肯定された気持ちを手放したくないのだ。

もし峯田が出てこないで、ステージには代わりに峯田の3Dホログラム投影され、バックでCDをかけられていても、皆変わらずギャンギャン泣いたと思う。皆、過去に囚われていた。皆にとっての峯田はつらかった過去のものであり、みじめで変えようがない過去自分のものでもあった。

から皆、銀杏BOYZを好きな他者を認めることができない。その当時の自分をどうにかしてくれなかった人間に「銀杏BOYZいいよね」とか言われてもムカつくのだ。お前に何がわかる、と思うのだ。峯田は限りなく私的個人的存在だった。

***

そんな峯田が朝ドラである。天下の日本放送協会だ。自分の苦酸っぱい異臭を放つような過去が、大きな顔して朝ドラである。初めて知った時、もう、まともな気持ちはいられなかった。

でも「峯田」とわたしが名づけていた人格はこの世には本当は存在しなくて、この世には峯田和伸さんしかいなかった。峯田和伸さんは、最近映画舞台に引っ張りだこだったので、ちゃんと素晴らしい演技ができるのだった。わたし過去に囚われている間に、峯田和伸さんは大活躍していたのだった。というか銀杏BOYZの時点で既に大成功していたのだった。

そして今や母親や妹を含む日本中の人が峯田和伸さんをテレビで見ている。今では自然なことに思えるけれども中学生わたしに伝えたらびっくりすると思う。裏切られたと思うかもしれない。でももしかしたら、誇らしく思うかもしれない。なんとなく、そうであってほしいなと思う。昔の自分には、ホッとしてもらいたいなと思う。

宗男イギリス兵に助けられた命を大切に生きていて、その象徴ビートルズだと言う。ドラマを見ていると宗男は峯田そのものしか思えない。あくまでも峯田和伸さんではなく、峯田である

わたし勝手に作ってしまっていた峯田というパーソナリティが、お茶の間をにぎやかし人々に受け入れられていった(ように見えた)ことは、わたしを救った。峯田和伸さんその人とはかけ離れているかもしれないが、わたし勝手に作り上げ支えてくれたわたしのなかの峯田が、まるで時空を超え戦争すら経験しどこか浮世離れした人間となり、最後に全てを包み込むように、「だから笑って生きることに決めたんだよ」と言ったことはある種のセラピーだった。

「だから笑って生きることに決めたんだよ」の言い方はあまりにも芝居がかっていて、プロ俳優さんだったら絶対にこんな言い方はしないだろうと思ったが、とても優しく耳に響いた。わたしはこのシーンの録画を消していない。また何回も聴くと思う。それこそテープがすりきれるまで。

***

そんなこんなで銀杏BOYZ武道館公演のチケット当選しました。またボロボロ泣いてしまいそうなので誰と行くかはまだ決めていません。楽しみです。

2017-07-03

相模原事件バニラ・エア騒動

木島英登氏曰く、四肢障がい者へは「現場レベル対応で十分」だという。彼の主張をそのまま受け入れることは、第一に、現場の人的コストの著しい軽視に繋がる。

「決して小さくない人的コスト」が導くのは、福祉就業者の超過労働だ。ここで連想するのは、昨年の相模原事件犯人像だ。彼は、着任当時、「障がい者への"思いやり"に溢れた青年であった」という。薄給過酷労働、ひたすら要求される"優しさ"。

木島氏の行動によって、他乗客は遅延などの迷惑を蒙り、現場人間及び関係者責任を問われたことは想像に難くない。本当に「社会的弱者の行動は、その加害性を免責されるべき」なのだろうか。

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