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2017-06-10

追記 : 高専奨学金でなんとか高学歴?になって、感じた・思ったこと

anond:20170609081119

出社前に書いて,翌日の朝みたら

なんか凄まじい数のブックマークコメントを頂いてしまったようで

ちょっとキドキしてます

コメントいただいた内容をざっと拝見し

こういう事を知りたいぞという意見が多そうな内容について追記しま





追記する内容は

まらない勉強をするモチベーション動機はなんなのか?

現在まらない勉強をしてつまらない職種についたのか?

勉強した結果ついた職種についてどう思っているのか・今どう感じているのか?

になります





さて,つまらない勉強をするモチベーションについてです

自分が真面目に勉強を始めたのは

高専の4年生からになります


はっきり言って私は勉強に対して非常に傲慢人間でした

中学時代適当に授業を聞いて提出物を出すだけで私はトップの成績でしたし

周りの塾に行っている連中に負ける気は全くありませんでした

その上,成績に対して褒めて貰えるのは周りの友人達だけでしたか

そもそも勉強価値あるものだと理解していませんでした


高専に入って

数学物理化学電気回路電磁気,4力なんて科目が始まりました

私はこれらの勉強は非常に詰まらないと感じていました

また,中学時代からもそうでしたがこういった科目に対して

例えば中学時代数学証明であったり,微積計算の仕方であったりに

クラスのみんながなぜ質問をするのかが理解できないし,それに時間を取られるのが凄まじくイライラしました

そして高専入学してからの3年間は勉強に熱を入れることもなく

キトー講義を聞いてまあクラス10番くらいに入っていました

そして,傲慢な私は必至に勉強をしているクラスの皆を見下すような視点を持っていたと思います



そんな状況や価値観がぶっ壊れたのが親に学費自分で払えと言われて

バイト奨学金を貰って自分勉強をし始めてからです

勉強をすることでお金をやっと貸してもらえるという事実

バイトをして,疲労等によって講義に集中できなくなり

一時期成績が下がったこと

勉強ができるはずの自分が他の要因によって……

まあ傲慢視点ではあるんですけれども

他の連中にできるはずのことで負けているという事実我慢がならなくなりました

努力しても,増えるのは借金だけ

誰も褒めてはくれません

奨学金バイト学校に行っているからといって

他の人から頑張っているなあとか言われても同情されているようにしか感じません

成績でも負ける,経済力でも負けるそんな状態でいるのは耐えられないと感じました

じゃあせめて私の臆病でちっちゃな自尊心を満たすためには

奨学金を借りて,つまらない勉強で負けなくなることが必要だと感じました

それでちゃんと勉強をするようにやっとなりました

これがちゃんと勉強をするようになった理由

そのあとなぜ,大学に進もうと考えたのかですけれども


一度成績が下がったり,奨学金を借りなければならない状態になったことで

私は自分がどうしようもなく考えが足りず,弱くて,無力な人間であると感じていました

また,親の考えに従って,自分の考えを持たずに高専に進学したことを後悔していました

自分に対する理解がまったく足りていないと感じました

私は何が得意で私は何をやりたいのか?

それがまったく分かりませんでした

確かに高専勉強はつまらない

部活で人とコミュニケーションを取って,みんなで何かを達成するにの楽しい

でもそれは何がつまらなくて,何がたのしくて

何をして,どんな仕事につけば自分を認めれるのか全く分かりませんでした

そして少なくともつまらないと感じている,高専教員の言う『技術者』になることは正解ではないと

私は考えました


から私は大学に進学することにしました

それも,まあ工学部ではありますけど

できればいろんな学部があって,いろんな人がいて,いろんな歴史のある大学がいいと考えて

進学先を選らぶことにしました


高専勉強をつづけた理由がここまでで

ここから大学勉強をつづけた理由になります


大学入学して

地元家族と離れて

文字通りに世界が広がり始めました

自分の住所を持ちました

クレジットカードを持ちました

他の学部の友人ができました

車の免許を取得しました


色んな人と話して

色んな人とお酒を飲んで

色んな世界があるって知りました


私がこれまで見てきた世界


家族地元の体育大会にでたり

神社お祭り神輿を引いたり

親父が買ってきた半額の鱈で家族みんなで鍋をつついたり

隣組葬式を手伝ったり

みたいなのが私の地元世界



PSPを改造してみたり

日本橋エロい同人誌を売っているお店で衝撃を受けたり

日本橋の何に使うのかわからないような電子部品を売っているお店で色々買ってきて電子工作してみたり

電子辞書ファミコンラノベを入れてきたり

寮で麻雀や酒を飲んでみたり

みたいなのが私の高専世界




大学に入って

中学から受験をして今も真面目に勉強をしている人

何浪もして大学に入って勉強を続けている人

本当に工学理学なんかをやりたくて勉強している人

勉強して起業自分家業を大きくすることを考えている人

貧乏を変えたくて勉強している人

何がしたいのかわからなくて勉強している人


色んな勉強をしている人と会って

自分と同じくらい勉強ができる人でもたくさんの考えかたで勉強し続けていると感じました

これが分かっただけでも自分世界が広がっていると感じました

それだけでも私が勉強を続ける理由にはなりました



部活動サークルでも高専のころとは違う世界を見ることができました



文化祭の規模の違いとか

何十年もの歴史があってOBがすごく関わっていることとか

凄い大きさのホールを借りての劇団吹奏楽の公演とか

プログラミングコンテストなんか


歴史や人の強さを感じながら

それをやっている皆が,勉強して努力しながら自分のやりたいこととも両立させているように感じました




研究室でもやっぱり世界が違います

高専の率直にいって少ない予算での研究とは違って

潤沢な予算設備を揃えて

能力の高い教員学生が集まり

産総研鉄道研・電力研などといった研究所とのつながり

ト○タ,N〇Tなんていう大企業研究部門とのつながり

能力の高い教員による科研費Sクラス予算取得

学会論文への投稿においてもノウハウレベルが違います

全てが違います

(研究分野にもよります予算があまり要らない工学分野等)



研究者になりたい人たちにとって

現在工学分野の研究において弱い研究室に行く理由は1ミリ存在しないでしょう

そして研究に対する視点の違いを感じました





また学部時間があるときに,3社ほど企業インターンにも行きました



1つはプラント系の会社

1つは商社系の会社

1つはメーカ系の会社


どのインターンでもやる気が充実している社員

やる気満々の学生が集まっていて刺激を受けました

彼らは自分仕事に誇りをもっていて

その仕事をほんとにやりたいを思っていると感じることができました



私がこういった世界を知ることができたのも

私の言うつまらない勉強をした結果でした



また工学分野そのものはつまらないと感じていましたが

工学に本気で取り組んでいる,学生ポスドク助教などといった人たちは

凄く面白い人たちで彼らの信念や考え方に触れることができるお話を聞いたりお酒を飲むことはすごく楽しいことでした


から私は大学院まで勉強を続けることができたと思います






でここまでが私が勉強をし続けてきた理由です




ここからは私がつまらない勉強大学院まで続けて

その結果どんな就職をしたのかについて述べます






私は高専のころよりも大きな世界を知ることができました

けれども私がやりたいことが何なのか分かりませんでした

結局大学院まで来ましたが,私は何をやりたいかからなくてここまで来たのです

私はずっとそれを逃げていると感じていました




世の中はやりたいことを見つけて生きている人たちがいます





地元美容師坊主大工やとび,車のディーラーなんかをやって

彼らが大好きな家族や仲間と過ごし

地元が大好きで大好きな地元で過ごす中学同級生



大好きなゲーム会社プログラミングしてるやつ

大好きな電車インフラを整備してるやつ

メーカ出会った同期と結婚して家庭を築いているやつ

みんな高専の同期です




劇団員になると言って大学を途中でやめていったやつ

海外大学勉強に行ったやつ

本気で研究名前を残そうとしてドクターになるやつ

みんな大学の同期です




私は彼らが羨ましい

彼らだって思い悩んで生きているはずです

自分けが思い悩んで生きてるわけじゃないことはわかっています

でもわからないのです

自分が何をしたいのか

自分が何をしたら後悔しないのか



だって私には私の世界がどれなのかすらわからないのです



風呂上がりにほろ酔いスーパードライ飲みながら

弟とナイトスクープを見て爆笑してる世界



国際学会のバンケットで緊張でガチガチになりながら

緊張紛らわすためにワインを飲んで

バークレーのえらい教授英語で褒めてもらう世界





どっちも私の世界でどっちも私の世界じゃない気がしていました

その結果,

就職活動の時期になっても私にはまったくどの企業に入りたいとか

どんな風なことをしたいとか

そういうのがなかったのです




から死ぬほど就職活動することにしました

多分大学院のどの同期よりも多くの企業を受けて

どの同期よりも東京-名古屋-大阪を走り回りました


たくさんの企業を受けました

でも企業のことは就職活動をしていても全然わかりません



どんな製品を作っているとか

社長名前とか

売上高の大きさとか



そんなのはいくらでもわかります

でも説明会に行っても

どんな職場でどんな考えでどんな人たちがどんな風に仕事して

生きているのかわからないわけです



から推薦を使わず自由で色んな企業を回りました

内定を貰っても関係なしに就活を続けました

同期や指導教授からもそろそろ決めたらどうだと言われても続けました

いろんな会社の方に褒めてもらいました

いろんな企業があっていろんな職種があっていろんな生き方があるみたいでした




研究者になって世の中を変える発明論文を出す?

メーカーで実際に世の中にでる商品を開発する?

商社金融で世の中を動かす?

商船プラントででかい仕事をして達成感を得る?

インフラストラクチャーを整備して世の中を支える?




どれも魅力的ですどれも面白そうです


自分知識裏付けがあるメーカ研究者は転勤が少ないし

インフラより給料が高いし,実家に近い位置でも働けるかもしれません

でも工学はつまらないと感じてしまっています


商社金融気質的にはあっているかもしれません

でも文系で社交的な生活を4年間続けてきた上澄み相手に戦えるでしょうか?


商船プラントは頻繁に海外いかないといけません

かいことをやりたい気持ちはあっても命を差し出す危険性もあります


インフラ絶対潰れないし,自分時間を他の職種よりも多くとれそうです

でも給料は少ないし,転勤も多く,同じ仕事が続くかもしれません



渋っていると何回か懇親会を開いていただきました

そこで実際にどのような人がどのように働いているかお酒の席でお聞きしました

まあ囲い込みの為にじっさいよりもマシマシで説明をされたとも思います



そのうちのある企業課長さんが何度も勧誘にきてくださいました

その人にまあ4時間かけて私がどんな風にその会社に向いているのか熱弁していただきました

またその企業なら私が面白くないと思ったときにやめれるしやめた時の転職にも有利だということ

起業MBAやらの取得についてもうちの会社なら有利だということ

そして何よりもその会社業界ならば色々な他の業界との付き合いがあり

色々な世界が見えると熱弁されました




私はその会社に行くことを決めました

そこまで私が欲しいと思われていることもうれしかったですし

色々な世界が見えるという言葉にも心を動かされました




ちなみにその業界はいろんな業界と付き合いがあって

割と最近成長したみたいな業界です

その会社自体業界ではトップみたいな会社です





こんな感じで私の就職活動は終わりました

少なくとも後悔しないだけ努力して,自分で選ぶ為に選択肢を増やすことはできたと思います






さて,就職して3年たって3年間で感じたことを書きます

まず,仕事はまあ研究室よりは面白くて研究室より楽です

何よりお金が貰えます

それに土日にアルバイトもしなくていいです

ただ社会人になって不味いと思っているのは目標が見えずらいということです

卒業就活論文なんていう学生だと明確な目標があります

それが社会人だとすごく見えずらいです

なんで目下の目標結婚とあと社内のMBA選抜?とかいうのに受かることでしょうか?

ただ私としては恐らく結婚が私の人生の中で最大の難易度になるんじゃないかと思っているんですけれども

まあ恐らくこの会社に入ったこと自体成功であったと感じています

ただまだ自分でやりたい仕事だったのかはわかりません

なのでまだまだ中学高専大学大学院の同期には追い付けていない気がしま






最後

このような長文を読んでいただき本当にありがとうございます

私は勉強する環境はあまりまれませんでしたが

自分でやりたいことに対してそれに耐えるだけの体と頭を与えてくれた両親に感謝しています

また,私に影響を与えてくれるような友人たち,先生方,上司

とにかく出会いに関して,とても運が良かったと感じています

私の書く稚拙な文ではあるんですけれども

たくさんの意見を書き込んでくださって,いろんな意見出会えることになって

よかったと思います

2017-06-09

就職するか大学院に行くか迷っている

俺、国立大学工学部応用化学をやっている3年生。国立大学といっても国立の中では下の下だ。

勉強人間関係がめんどくさくなって中学2年で学校に行かなくなり、そのまま偏差値35の高校に進学。いわゆる底辺校だ。

から理科が好きだったが、不登校から高校進学で久々に理科に触れたら反動さら理科が好きになって、理科勉強したいなと思って工学部に行くことにした。ただし数学英語全然できない。びっくりするほどできない。聞いてビビるなよ?俺のTOEICの点数は300点だ。ビビたか?そのくらい俺は英語が出来ない。数学も出来ない。正直理科以外は全然できない。でも工学部に行きたかった。俺が中学行っていない間に家で何をしていたかというと、シュタインズゲートを見ながらインターネット不確定性原理とかググってニヤニヤしてた。だから工学部に行きたかった。地元にはわりとレベルの高い国立メチャクチャレベルの低い私立しかないので、実家から電車で8時間くらいかかる田舎の入りやす国立大学を受けた。そうしたら受かってしまたから、一人暮らしをしながら通っている。成績は中の中。GPAで言うと2.9くらいだ。

親には3万の家賃だけ払ってもらっているが、財源はほぼ奨学金。月に8万円借りているので4年生で卒業した場合400万円くらいの借金を抱えることになる。実家収入イマイチだし、兄は大学院生、妹は高3で受験を控えていて、学費やら入学金やら受験料やら塾の費用やらいろいろお金がかかるからまり迷惑はかけられない。

今3年生だから、そろそろ就職するか大学院に行くか決めたほうが良い時期だ。そこでどうするか迷っている。正直、化学勉強はしたい。化学おもしろい。しかも得意だ。研究もしたい。応用化学って学部卒だと就職イマイチらしいか修士にもなっておきたい。やりたい勉強をやらないで就職したらめっちゃ後悔しそう。もうちょっと大学生をやっていたい。

でも俺は英語数学も出来ないし、メチャクチャ勉強して出来るようになってやるぜっていう気概もないから(勉強する気で机に向かうとついシュタインズゲートを見ながら不確定性原理とかググってしまう)、大学院生としてゴリゴリ研究をやっていくのは向いていないかもしれない。

就職は今空前絶後の売り手市場だという。超いいらしい。それでしかもあれだろ、東京オリンピックがあるんだろ。今はオリンピック前でわりと景気よくて、オリンピック終わったら突然景気悪くなるんだろ。このまま順調に大学院に行って卒業すると、俺が就活をするのは2020年の今頃だ。オリンピックにそんなに影響力があるのか俺にはわからないが、噂を真に受けると最悪な時期に就職することになる。なんて年に生まれしまったんだ。

気がかりなのはお金の面もだ。4年で学部卒業した時点で400万円借金があるのに、院に行ったら単純計算さらに200万円借金が増える。新卒で600万の借金。いやーきっついわ。大卒だしコツコツ返せば返せない額ではないと思うけど、人生何が起こるかわからいからな。入社していきなり鬱になるかもしれない。今時何が起こるかわからない。中学で一度ドロップアウトしている俺は、多分そのへんの奴より会社ドロップアウトする確率が高い。そうなったら600万を払うのは保証人の親。考えただけでぞっとする。600万の借金はさすがになあ。

そんなわけで、勉強はもうちょっとしていたいけど学力あんまり自信がなくて、借金は恐ろしいし家族迷惑はかけられないし就活するなら今が最高(オリンピック後は最悪)らしいので、大学院にいくかどうかで迷っている。最終的に決めるのはもちろん俺なんだけど、何か意見アドバイスがあれば是非教えて欲しい。本当に迷っている。

高専奨学金でなんとか高学歴?になって、感じた・思ったこととか

社会人3年目が終わったので、どうやってここまで来たのか書いてみることにする


一応ほぼ自分の金? で高等教育?の高専大学大学院までは卒業したので

金がなくて大学とかどうしよって思っている人とか

金がなくて子供学校にやれねーなと思っている親とかが見てくれればと思う



まず最初自分の家庭環境とか進学時の経済状況とかだけど

中学高校を選ぶときにまず、私立にはとてもじゃないけどやれないと言われた

まあ兄弟が5人いてその長男から仕方ない感じはあった

よくもまあこのご時世に5人も作ったって話ではあるんだけど

で進学先は公立国立しか選べんかった

国立高校近畿の某大都市までいかないとなかったし

公立高校県内だと最高70くらいの偏差値場所しかなかったか

対して偏差値も変わらなくてお得な工業高等専門学校とやらに行くことにした

からしたら早く働いて欲しかったみたいだからそこを進められたってのはあったんだろうけど


この『高等専門学校』略して『高専』は工業高校短大を組み合わせた?みたいな感じの学校

だいたい全国の都道府県には1つづつ(ないとこやいっぱいあるとこもある)あって

基本的工学系の学科電気電子機械情報建築物質化学なんて種類がある

五年間勉強して、そっから就職か進学することになる


卒業できれば工業高校とか工学部と同じくらいに就職はしやす

どのくらいしやすいかて言えば面接一回で受けた次の日に内定が決まるとか

学生一人あたりへの求人件数が30~100倍とかそんな感じ

基本的大企業(メーカインフラ)の現場職として就職する

でこれが就職の話で次に進学の話



高専からの進学は基本的国立大学工学部への3年次編入になる

難易度的には普通にセンター試験?(私は受けたことがないのでわからない)で入るよりも簡単らしい

それと高専学費自体普通高校よりも高いんだけど

大学4年間と高専の4・5年+大学3・4年だと高専大学の方が安くなる

高校大学高専大学でみても後者の方が安い

(具体的な額とかはだんだん変わるだろうから調べてください)

あと高専には専攻科っていうのがあって

高専+2年間、高専勉強することで大学相当資格を貰える

ぶっちゃけ難易度お金の面で言えば専攻科+大学院の方が簡単で安い

ただ、人や金の面で言えばあんまり専攻科はお勧めはしない

しょぼい国立大学でも専攻科よりはましだと思うので




で、高専5年間で感じたことを書いていきます

まず自分には工学自分で選んだ学科がクソほどつまらなかった

交流とか電磁気とかやるわけなんだけど

とにかくつまらん、数学もつまらない

歴史とか語学講義もないことはないんだけど

高専カリキュラムではそういう講義二の次三の次

ぶっちゃけ中学の時点で道を狭めたことは後悔したし

そもそもあってないことを続けるというのはかなりの苦痛だった

もし高専に進もうとか考えている中学生とか

高専に行かせようとか考えている親御さんがいらっしゃるのなら

この先40年近くそういうことと付き合うことになるということを考えてから進学して欲しい


とにかくつまらんかった

高専先生が良く言うのが君たちは技術者になるんだっていうこと

この技術者ってのが私にはすごくつまらなく聞こえた

高専を出て、キャリアを積むこともできずにこのままつまらない技術者になるのは嫌だった

(技術者の人には申し訳ありません)

かといって研究者になろうとか起業しようとかそういう考えがあったわけじゃないけどとりあえず進学することにした






さっき高専大学はお得っていいました

でも、親は当然大学お金なんてだしてくれません

それどころか高専4・5年のお金自分でなんとかしろって言われました

さて学生の私はどんな手を使ってお金を集めればよいのか?

から金がでない場合

奨学金

授業料免除

アルバイト

この辺が妥当だと思う

ということで奨学金を借りてアルバイトして授業料免除申請しま

これが割と辛い

まず肉体労働して勉強するのは想像以上に辛い

夜中のバイト生活リズムが崩れて講義中辛いし

割のいい肉体労働(引越し配達仕訳)なんかは肉体的に辛い

勉強面では

授業料免除しようとおもったらまあクラス5番以内には入っておきたい

奨学金一種(利子無し)を貰おうとすると10番以内には入っておきたい

さて、肉体労働も頑張って、成績でも頑張って

自分に残るのは?

奨学金で膨らんだ借金だけです

親にははよ働いて欲しいといわれて

いくらバイトしても金は残んなくて

周りのみんなはバイト代バイク買ったり

スキーやらスノボに行き初めます

マジで辛い

私も車の免許みんなと合宿で取りに行きたかったし

バススノボに行きたかった

でけえバイクにも乗りたかった

携帯も新しくしたかった

なのに残るのは借金いくら万円なわけです

とういことで自分の金で大学に行くというのは中々辛い

高専からルートなので高校からルートよりは楽だと思いますがいやあ辛かった

なのでもし自分の金で大学に行きたい人とか

金がないのに大学に行かせたい親とかがいたら

まあ覚悟して頑張って下さい

さて、ここまでは高専の話です

次は大学編入のお話です

高専から大学編入は正直私には難しくありませんでした

自分で金を稼いで高専に行っていた二年間の間の勉強で十分大学には入れました

ちなみに基本的大学編入は3年次編入なのですが

某T大学とK大学高専生には『教養』が足りないとうことなので

2年次編入になります

自分は2年次は嫌だったので別の大学しましたが

あと、高専生が良く行く大学技術科学大学があります

愛知県豊橋新潟県長岡にあるのですが

この二つの大学高専時代の席次が3番以内だと入学料・授業料全額免除特待生になれる可能性があります

自分も割と迷って結局いきませんでしたが、お金に困っている場合はかなりアリな選択だと思います

ちなみに編入試験は国立大学でも試験日程さえ被らなければいくらでも併願可能です

そのため、ぶっちゃけ余程勉強していないような同級生でも

国立大学バンバン編入していたので国立大に入りたいだけなら高専コスパがいいと言えると思います

普通高校からだと大学受験時に予備校や塾に行くのが普通だと聞いているので

そういう場所に全く行かない高専生は大学に行かしたい親から見れば凄くお得な教育機関だと言えます




では晴れて、高専かい監獄を抜け出して

工学部とは言えなんとか歴史ある国立総合大学様に編入できたわけですが

まあ工学部隔離されてましたので

はいねえし、高専生を少しお上品にしたみたいなやつらでいっぱいでした

サークルってやつにも3年生ながらに参加させて貰って楽しかった

ただ、高専とは別の意味で色々辛いことがありました


まず研究室です

理系学部の人はだいたい4年次、早ければ3年次に研究室に入ることになります

研究室によって辛さは変わります

まあ電気とか機械とかこの辺はだいたい辛いです

就職のしやすさと研究室の辛さはだいたい比例です

とにかくコアタイムとか辛いし

週報とか辛いし

実験はつらいし

論文はつらいし

学会とかつらいし

講義でて、バイトして、研究して、なんとかサークルして・・・

からだがいくつあっても足りません

正直就職したら楽になったって人の方が多いです

なんで自分金工面して理系でやっていくというのはマジのマジで辛いと思います

(文系とか工学系以外はやったことないので比べようがないですけど)




次に世界の違いです

高専はまあ偏差値自体はそれほど低くもないのでいうほどアレな人はいません

私は高専の中でも割と貧乏でしたが、高専の連中とは割と話とかは合いました

しかし、まあ大学で会う多くの連中は『違う』気がしました

そりゃあ私と同じく奨学金を借りて、授業料免除を受けて大学に通ってるやつもいます

でも大多数の人間基本的に割と裕福な人が多いです

そして努力もするし、自分投資しま

なぜなら彼らはそれが帰ってくることを知っているからです

それが価値あることだと思い知っているからです

私の地元中学同級生には彼らのように勉学にお金努力を賭ける人はあまりいません

そんなことするくらいならヴェルファイアでも買っていると思います

私の地元同級生と何が違うのか

なんで、頭のいい大学生がそういう風な考え方でやっていけるのか考えれば

やっぱり親とか友達とか周りの皆がそのように考えて

彼らがやったことを褒めて価値を認めるからだと思います

そんな下地がある上に個人個人能力も高いのです

から私はすごく視点が違う場所に来たと感じました

そして、私はそれを凄く羨ましいと感じました

それで自分と彼らを比べてスゴク辛くなってきます

私もそんな環境ならもっと上にいけたんじゃないかとか情けないことを考えてしまます

彼らは普通のことをやっているだけなのに環境や考えの違いを思い知らされます

彼らは私と普通に接しで普通に喋っているだけなのに

その結果、家賃携帯代を学費を食費を『自分時間』を払っていることにやるせさなや怒りを感じて

まあ中々辛いです

色々思い知らされて

そんなこんなで大学卒業しました

それでまあ工学自体は嫌いでしたが結局大学院までいくことになりました






大学院までいくころにはもう親はあんまり何も言わなくなりました

からすれば大学院なんてもう聞いたこともないような世界だとかなんとか

自分の金で行ってるんだから勝手しろとのことでした

さて、大学院基本的研究をする場所です

高専のころに言われた『技術者から離れて

技術者の『マネージャー』とか『研究者』になることが現実的になってきます

また、学会海外に行ったり

海外雑誌論文投稿して自分名前を載せることができたり

ついに勉強してきたことと実際の世界がしっかりとリンクしていることを感じることができます

やっとこさ高専のころのクソ詰まんなかった電磁気イオンの動きやなんやかんやがついに意味を帯びてきます

まあつまんないことに変わりはなかったんですけども

ただ大学院研究成果は奨学金免除に直接影響しま

英語論文2本出しとけば修士の分の奨学金は全額免除くらいは行けるでしょう

なんで貧乏場合は割と大学院は楽です

研究成果も出しやすくなっていますので

ただ、研究自体さらにきつくなります

正直、バイトよりも奨学金借りるだけ借りて研究して

免除を狙った方がコスパがいい気がしま

就活です

正直言って、工学部なら就活は余裕です

工学部には学校推薦制度があってかなりの確率内々定を貰うことができます

大手でも推薦一本でも十分行けます

ただ、私は工学あんま好きじゃなかったので自由でいろんな企業を受けてたら

夜行バス学割在来線を使っても交通費10マンくらいかかってしまいました

あとスーツとかカバンとか靴とか色々高いです

ただなんだかんだ言って高いモノかっても安いモノかっても就活には影響しないのかなという感じです

私は某巨大スーパースーツに某ブラックで有名なチェーンのシャツニット帽で有名なチェーンのネクタイとかで

就活してましたがなんだかんだ大手5社くらいから早々に内定者はもらえました

でまああとは研究頑張って修論書いて終わりです

修論は無茶クソ辛いです

就活の百倍辛かった



こんな感じですね

就職してから三年たってやっとこさ奨学金を返し切りました

だいたいアクアが二台くらいですかね?

そのくらいの金額でした

やっとこさ同期のみんなと同じスタート地点に立った感じです

高専の同期は結婚したり、でかい車かったり、下手をすれば家を建ててます

大学大学院の4年間と奨学金を返し切る3年間で高専の同期とどれだけの差が開いてしまったのか

大学院の同期に三年間でどれだけおいて行かれてしまったのかわかりません

でも高専から現場技術者になってもそもそもなにか違うという考えがずっとよぎっていたのではと感じます

原チャ廊下を走り回っている中学ちょっと頭のいい高専、頭のいい大学とたどってきたおかげで

いろんなことを考えることができたと思います

学歴がなくても生きていけますけど学歴がないと見えない世界もあります

逆に学歴があると見えなくなる世界

からもし、貧乏だけど大学にいくとか、今勉強してることがなにか違うと感じてるとか

そういう人に見てもらえればと思って書きました

2017-06-07

あんたは正しい。放射線検査なんざいくらでも歪めることができる。御用学者の協力もあればなんでもね。

http://anond.hatelabo.jp/20170606174324

原発安全』な神話御用学者によって"作られ"てきた。そして事実は暴かれた。メルトダウンによって。

御用学者 - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E7%94%A8%E5%AD%A6%E8%80%85

現代における用法定義することは難しいが、学術的な調査改竄ないしは恣意的解釈し、権力者統治者、ないしは依頼者に都合の良い結果を導き出す者がこう呼ばれる。一方で、権力者などへの批判側が恣意的解釈に基づき自らに都合の良い結果を導き出していることを指摘・批判する学者に対して、反権力側がレッテル張りとして用いる場合もある。

水俣病問題

現代日本においては水俣病の例が嚆矢である1956年昭和31年)、熊本大学医学部研究チームにより、有機水銀原因説が有力視されたのだが、同年11月12日には厚生省食品衛生調査会常任委員会水俣食中毒特別部会大学と同様の答申を出したところ、厚生省は翌13日に同部会を突如解散1960年昭和35年4月日本化工業協会塩化ビニール酢酸特別委員会付属機関として、田宮猛雄・日本医学会会長委員長とする「田宮委員会」を設置。後に熊本大学医学部研究班も加わることとなった。有機水銀説に対する異説として清浦雷作・東京工業大学教授らがアミン説を発表し、彼らの主張がそのままマスコミによって報道されたため、原因は未解明という印象を与えた[1]。

ナイロンザイル事件

詳細はナイロンザイル事件を参照のこと。1955年昭和30年)、日本登山者ナイロン製のクライミングロープ(以降ロープ記述する)を原因として死亡した。ナイロンは引張りについては従来の麻のロープよりも遥かに丈夫だが、鋭利な岩角などに擦れた場合には容易に切断される。これはすぐに明らかになったが、大阪大学工学部教授日本山岳会関西支部長篠田軍治は、事前の実験ザイルが容易に切れることを確認した上で、公開実験ではあらかじめザイルが接触するコンクリート製のかどにヤスリがけをして十分な丸みをつけた状態で、作為的実験新聞記者等の前でデモンストレーションしてみせ、ロープメーカー東京製綱および日本山岳会共謀して、犠牲者に対する誹謗中傷運動を山岳雑誌化学学会誌などで長期にわたって続けた。法改正安全規格が定められ交付されたのは1975年昭和50年)、最初事故以降に確認されているロープの欠陥による死者(通産省調査した範囲内での数字)は、20人を越えるとされる。なお、偽装実験マスコミの前で実行した篠田軍治は、日本山岳会名誉会員推薦により、1989年平成元年)に評議委員会の全会一致で同会の名誉会員になっている。

イラク戦争への対応問題

哲学者の山脇直司東京大学教授は、安保理決議のないままブッシュ政権主導で2003年3月イラク戦争が始められたことへの日本政府対応について、「アカデミシャンとしての私が今一番一番懸念していることは、アメリカを無邪気に支持し、フランスなどを非協力と言って批判する小泉首相川口外相のお粗末きわまりない答弁の背後にいる『外務省お抱えの御用学者』の存在です。」「外務省お抱えの『御用学者知的退廃』を暴く必要を今痛感しています。」[2]と書いている。また、2003年12月から自衛隊イラク派遣を決定する過程について、政治学者イスラームシーア派に詳しい松永泰行日本大学助教授は「私の知る限り、政府研究者の実力よりも、政治家官僚の都合で彼らが望むことを言ってくれる御用学者を起用している」と述べた[3]。

喫煙受動喫煙問題

日本たばこ産業研究費を支援してもらうかわりに、タバコ擁護する発言を行うなど、消費者健康よりも特定企業利益を優先するような行為をしている学者を指して使われた事例がある。[4] また、メーカーから多額の研究費を受け取っていたために、タバコ乳幼児突然死症候群との関係があるという論文が、根拠が乏しいというように書き換えられてしまったとの指摘が存在する[5]。 タバコ産業から研究助成については学界において問題視されており[6][7]、2003年10月22日日本公衆衛生学会学会員に対し「たばこ産業及びその関連機関との共同研究、及び同産業から研究費等の助成を受けた研究を行わない。」との行動宣言を発している[8]。また、国際的にもたばこ産業による研究助成等について全面規制を求めるたばこ規制枠組条約ガイドラインが追加採択されている[9]。

公共事業原発

今日現実社会の中では、例えば有力な学者政府公共事業などの施策に対して、自己の信念に基づく意見思想審議会などの場で反映させる為に、そうした機関に呼ばれる立場を確保するべく、ある種の手練手管として、権力へのおもねりと自己の真の主張を両天秤にかけながら駆け引きをする場合がある[10]。そのため御用学者か否かの線引きは困難な側面を有する。駆け引きに失敗して結果として権力へのおもねりの手練手管を権力に利用されるだけの結果となったときには、結果として御用学者呼ばわりされてやむを得ない側面がある一方、駆け引き成功して自己の信念を政策に反映させることに成功した場合には、反骨の策士と評価される場合もありうる。また原子力発電の分野では、研究に多額の費用がかかることから権力におもねり、「安全神話」のお墨付きを与えることで電力会社等の支援[11]を受ける例があり、このもたれあい関係を「原子力村」[12]と評される。

エセ理系既卒公務員への就活ムズイ

工学部に入ったがついていけないと思い大学院に進学せずに専門関係ないところに就職

2年務めて辞めたが文系知識ないし理系らしいこと2年間別にしてなかったし

公務員系受けてるけどアピールポイントがない

グイグイくる女が苦手だったんだけど

数年前、大学学祭で2人組の女の子に逆ナンされた。茶髪ボブのややぽっちゃりした女の子と、黒髪ロングの小柄な女の子。どちらも可愛くて、工学部出会いすらなかった童貞の俺は舞い上がっていた。

3人でカラオケに行くと、茶髪ボブはやたらと話しかけてきた。黒髪ロングはとにかく大人しくて、全然しかけてこないし、こっちからしかけても会話が続かなかった。今思えば俺に気がないからなんだろうけど、当時の舞い上がった童貞は照れているんだ、おしとやかで可愛いな、と都合のいい解釈をした。

黒髪ロングは門限があるから帰宅茶髪ボブと2人きりになると、食事に誘われた。その時は既に黒髪ロングのほうに気持ちが傾いていたが、こんなチャンスは滅多にないと、誘いを受けた。

食事中、茶髪ボブはとにかくうるさかった。

最初田中くん(同じ大学だけど知らない人)が気になってたんだけど、いつも黒髪ロングちゃんのことばっか聞いてくるんだよね。好きになった人みんな黒髪ロングちゃんに取られる。元彼も黒髪ロングちゃんに会わせてとか何度も言ってきたし。それなのに黒髪ロングちゃんは誰とも付き合わないの。男といるとこ見たことないしたぶん処女だよ。腐女子からかな?てかゴレイヌさんがタイプとか言っててウケる(笑)ゴリラじゃん(笑)そういえばお母さんに俺くんにしたらって言われたら気になってきちゃった。俺くんはどう思う?」

こんなかんじでずっと喋ってて正直この時点で既に引いていたが「私って性欲強いんだよね」という発言でもう無理だと思った。童貞の俺には刺激が強すぎた。

茶髪ボブのことで相談したいから2人で会いたいと黒髪ロングを呼び出した。相談したいというのは嘘で、本当の目的告白をすることだった。正直何を言ったかよく覚えていないが、かなりグダグダ告白になってしまったことだけは覚えている。当然振られて、そして黒髪ロングも、茶髪ボブとも連絡をとることはなくなった。

なぜあの時黒髪ロングを選んだのか。俺に惚れてくれていた茶髪ボブを選んでおけば、今頃脱童貞できていたかもしれないとちょっと後悔している。

2017-06-06

日光アレルギーになって生きがいを奪われた大学生どうすりゃいいんだ

タイトル通り。国立大学工学部男です、あまりに辛いのでここで吐き出させて貰います

所々にフェイクを入れてます

現在大学3回生。去年の冬に日光アレルギー(日光過敏症)を発症した。

休日部活中、よく晴れた日だった。

最初は、なんだか顔や身体が痒いなって程度だったんだけど、そこから1時間もしないうちに全身が熱くなって

顔や腕は真っ赤に。顔はパンパンに腫れていた。フラフラになりながらトイレにいって鏡を見て、

このまま治らなかったらどうしようってとても怖かった事を覚えている。

その後、どうやら日差しを浴び続けるとこの症状が出る事が経験的に分かってきて、ネット日光アレルギー存在を知り、

アレルギー科に駆け込んだらビンゴだった。治療法はなく日焼け止めを塗りたくって、日差しを避け、どうにか発症しないようにするしかないと言われた。

部活は辞めざるを得なかった。外で汗まみれになる競技だし、いかんせん晴れの日に1時間練習できないんじゃどうしようもなかった。

発症すると部員にも迷惑心配をかけてしまう。みんな良い人達で励ましてくれたんだけども、俺はそれも申し訳なくて、自ら退部を申し出た。

大学生活2年間、部活、この競技に週5日で捧げてきた。中学から続けてきた。

中学高校顧問に怒鳴られながらやる部活とは違って、自分達で考えて合理的に強くなろうという大学体育会雰囲気はとても好きだった。

全国的ではないけど、地域ブロックの中ではそこそこ強くて、部員意識も高く、下積みと体力強化の1年生を耐え

やっと試合にも出させて貰えて楽しくなってきた時の出来事だった。

3回生に進級して、部活を失って俺にはもう、ただただ喪失感しかない。

好きなものを、青春を、頑張ってきたものを突然奪われた。

アニメ好きな人は、突然二次アレルギーになってアニメを見ると、凄い頭痛がするとか、

読書好きな人は、活字アレルギーになって本を読むと高熱が出るとか。

下手な例えだけれど、本当、自分が好きな者が突然どうしようもない理由で奪われるという事を想像して欲しい。

ただただ辛い。

真面目に学校の授業に取り組もうかと思ったけれど、自分いかに遅れているのか嫌でも気づかされる。

1,2年生。部活の事ばかり考え一夜漬けごまかしてきたつけで、力学工学数学も基礎ができていない。

授業が何一つ理解できない。周りの学生達は,やれインターン研究室やらtoefl,toeicだと真剣に将来について考えだしてる。

俺は部活スポーツ現実からの逃避先にしていたのかもしれない。好きな事に打ち込んでいると嫌な事を忘れられるし、

それに体育会系出身就活でそこそこ有利だっていう甘い考えもあった。事実、先輩達も、なんだかんだ留年したり、成績が悪くても就活は上々だった。

そんな俺に見かねた神様悪魔かご先祖様か、居心地の良い逃げ場への道をばっさりと絶たれ

いい加減、現実に向き合わなければならない時が来たのかもしれない。

結果として3回生になって大学にはほとんど行けていない。次の目標もやりたい事も見つからず、

散らかった部屋で昼過ぎに起きる。そしてまた自己嫌悪と自嘲を繰り返して死にたくなりながら眠る

このアレルギーで、外に出るにも日焼け止めをべったりつけて糞暑い中、長袖長ズボンを着て、夏になると日傘なんかも考えなければならない。

予防のおかげで顔や腕がパンパンに腫れることは少なくなったけど、それでもよく晴れた日は、夕方風呂上りみたいに身体がのぼせているみたいになって

微熱が出て、倦怠感に襲われたりもする。アレルギーのせいなのか精神的なものなのかも分からなくなってきた。


暗い話を長々と綴ってすみません

アレルギーのせいにしてグチグチといつまでも拗ねている自分が情けなくて、悲しくて、勢いで書いてしまいました。

楽しい大学生活の未来が、青春が、閉ざさてしまったような気がして、何をする気にもなれないんです。

2017-05-31

受験時代の俺へ

〇〇大学工学部です!

そう言うと、アルバイト先の人たちは皆褒めてくれる。

この快感地方国立大生の特権だと俺は思う。

そして俺の立ち位置再確認するための儀式でもある。

もちろん俺の通う〇〇大学学歴社会において大したことはないと自覚している。

でもそれは学歴社会という閉じた世界での話だ。

世界は広い。

いろんな学歴の人がいて、いろんな境遇の人がいる。

これは去年インド留学した時にやっとわかった。

自分ステータスを閉じた世界の中だけで評価していてはならない。

から志望した大学に落ちたくらいで自殺なんて考えるな、俺よ。

2017-05-30

奨学金ベーシックインカムみたいだ

俺は国立大学工学部の2年生だ。俺は奨学金月9万借りているけど、手続き忘れるか留年でもしない限り月9万毎月確実に振り込まれる。

これはちょっとしたベーシックインカムじゃなかろうか。地方学生アパートから家賃は2万円くらいだし、学費は(国立大学から)無償申請を出して毎回通っているため0円だ。なので最低限で暮らしておけば毎月2,3万円余る。

やはりこれはちょっとしたベーシックインカムだ。もちろん本質借金で、支払っているのは将来の自分で、頭ではそれを理解しているけど、なんとなく何もしなくても口座に金が入ってくるかのような錯覚をうける。おかげさまでバイトもしていないくせにどちらかというと遊んで暮らしている。もちろん勉強もする余裕があるから成績は良い。趣味結構充実していて、ピアノとか、登山とか、アニメ鑑賞とか、テニスとか、いろいろなことをしている(借金で)。

借金の上に成り立っている生活からこういうと健全表現ではないかもしれないが、正直いって結構豊かな生活だと思う。今のところはわりと幸せに生きている。

やっぱベーシックインカムって素晴らしい。導入しようぜ。

2017-05-29

http://anond.hatelabo.jp/20170529105757

リクナビ女性比率みたいなので会社絞り込める機能無かったっけ?無かったらごめんだけど、もしあったらそれ使って女が多い会社に行けばいい。ただし女が8割超えているような会社は言うまでもなくヤメトケ。

はい工学部で院まで行った奴にこんな感じの就活勧めて良いのか、と思うけど。

女友達はいないし女の知り合いも数えるほどしかいないけど彼女がいる

中高から男子校大学工学部、そのまま大学院

小学校のあった地元とは交流はない

お互い名前を知ってるレベルですら女の知り合いは片手に収まるほどしかいない

LINE登録されているのは彼女を除くと一人。中国人留学生だ。

それでも奇跡的に知り合って奇跡的に付き合った彼女がいる

彼女にはそういう女慣れしてなさそうな所が好きだと言われる

それゆえ束縛もされる

からサークルにも所属していないしアルバイトも少し特殊で一人で仕事する感じ

別に浮気するつもりはないが、このままじゃいけないと強く思う

社会人になると学生以上に出会いがないと聞く

死ぬまで女友達ができず死んでいくのではないかと思う

2017-05-27

職業訓練大学の話を聞いていて、ふと工学部明治時代日本発祥という話を思い出した。

もともとヨーロッパでは工学学問の枠外、自然科学実践実用分野とみなされていたので、

純粋学問を修める場である大学でやることとは見なされなかったらしい。

しか科学技術が高度に発達した社会では、機械だけ、電気だけ、農業だけ、といった狭い領域でも、

派生、細分化、高度化、歴史の蓄積が進んだ知識の一部を修めるだけで、明治時代知識レベルを考えれば、相当に学問的な専門家を育成していたのだろう。

工学部が生まれた時にも、神の被造物である天文学を修めないで金を儲ける人工機械に関心を持つ技術者自然科学系の学位認定していいのか、という反対はあったのかもしれない。

でも今は化学科の人にも生物学科の人にも天文学は分からないし、自分古典語とか音楽とか良いものを何一つ学べなかった。

本当にそれで大学を修めたと言えるのか、と前近代の人に問われたら、かつてと同じ大学ではないと言うしかないと思う。

専門知識の水準が大きく上がったのだから大学レベル知識価値相対的に下がる。

かつての大学総合的な目的を維持する場所が今の大学である必要は全くないと思う。

大学毀損だとか怒ってる人は、大学がもう発達した学問を受け入れる場として限界が来てることについて考えて、次の場所を見つけたほうがいいのでは。

化学の専門領域である清掃学科に賛成。

観光だって歴史とか文化保全とか人文学系の知識が要るんじゃないの、僕は人文系領域に何一つ想像が働かないか適当言うしかないけど。

2017-05-25

加計の件

獣医学部がないところに新設しても獣医師偏在の問題は何も変わらないという意見について納得しかねるので、

類例で工学部がなかった高知県高知工科大学作って何年かして私大から公立にして

工業生産が上がっていることについて書くかと思い、

とりあえず経産省統計資料に当ってみたら最新年でも相変わらず最下位だったのでそっ閉じ

何も変わらないか獣医学部も作らなくていいよ

http://anond.hatelabo.jp/20170525022226

博士中退でも紹介してもらえる会社はあると思います

8号館に工学部学生相談室があります

僕は参考になりませんでしたが、相談されてはいかがでしょう。

頑張ってください。

2017-05-12

製造業新卒で入って数年経過したけどもうダメかもしれない

新卒製造業に入った。

大学では工学部ではない理系だったので右も左も分からないなりにがんばってみようと思っていた。

悪く言えば自分能力絶望して夢を諦めることになり都落ちした気分での就職だったのでやぶれかぶれだったというほうが近いかもしれない。

相性というか、背景の差とか常識の差みたいなものがあって、自分から見ると無駄の多い職場だなあと感じて研修期間が終わり本配属された。

無駄が多いという感想は本配属後も変わらなかった。

本来業務はいわゆる故障解析で、歩留まりを上げていくのが使命だった。

せっかくだから色んな所に首を突っ込み改善できそうなところは提案をしたり、自動化したり、それらのドキュメンテーションを書いてみたりした。

プログラミング経験は皆無だったが、理論系卒が工学部に負けられんという謎のプライドVBAから、Rやら自社製品の解析用環境の割と珍しいタイプスクリプト言語など(特定されそうだからぼかすけど。)

とりあえず手が出せそうなものは何でも調べてみてありものを改造してみたり勝手作ってみたりして提案していた。

物怖じしない新人がぎゃーぎゃー騒いでいるぐらいのものだったと思うが、何にせよいくつかの改善が上手く実務にハマって成果として認められたりしだしたのが1年目。

この辺で気付いたことだが、製造業ITリテラシーは驚くほど低い。製造業一般化するのはフェアじゃないかもしれないから厳密に言えば弊社の、という意味だが。

なんせまともにプログラムを書いたことが無い新人半年で身に着けた程度のスキルで書いたプログラムで、1日かかってた仕事が1時間で終わったりするのだ。

ようするにMS officeの達人みたいなのがいっぱいいて、Ctrl+CとCtrl+Vが機能のすべてだと思っているということだ。

(そして彼らの口癖は「忙しい」だ、会議中も左手はCtrl+CとCtrl+Vを叩き続けている。)

2年目に気付いたのは、弊社エンジニアITリテラシーが低くとどまっている要員のひとつに、実はITインフラチームがことのほかマトモだということがある、ということだ。

製造中のセンサーデータやらテストデータやらETL的にはおそらくえげつない部分で、かなり優秀な人間が居て上手くぶん回し切っている様子だった。

無骨だが使いやすイントラ上のwebページが用意されて、グロテスクな部分を気にせずクリックだけで上述のデータを整ったものとして引っ張ることができた。

から逆に言えば下々の人間コピペでなんとか恰好を整えられるのだった。

彼らはモダンな発想があって、あるいはお偉いさんが「ビッグデータ」とか言い出したのかもしれないが、ともかく、HadoopやらAWSやらそういったものを導入しようと試みているらしかった。

私はそれに感動した。なんせWebスクレイピングみたいな方法他人が社内プラットフォーム社内WIKIに上げた報告をまとめたり、製造データと紐づけたり、それからグラフ描いたりみたいな業務が増えていたからだ。

それっぽく表現すればデータ分析屋さんということになるのだろうが、どぶをさらっているという表現のほうが近かったかもしれない。

何にせよそういったもの一気通貫自動化できるポテンシャルがあると感じられた。

SQLjavaも書いたことなんて無かったが、1年前やっていたことを考えれば同じことだ。何にせよ歓迎だった。しか管理IT持ちだ。餅は餅屋に頼むべきだ。それもできれば美味い餅屋に。

ところがその「ビッグデータプロジェクト人手不足か、資金不足か、あるいは生みの苦しみか、ことのほか時間がかかっていた。(あとで聞いた話、外部コンサルで外れを引いたらしい)

自分ドメイン知識からの助言とか想定される使い方についての意見を伝えていったし(有難迷惑だった可能性は否定できないが)、もう少し待てばモノになると信じていたし、実際そうなった。

具体的な話ができないのだが、客先で起こった不良の原因をつきとめ、その改善効果確認の為に数十億行のデータ活用された。彼らの力が無ければ常識的時間では終わらなかった仕事だった。

残念だったのは彼らの優秀さの割に一般エンジニアスキルがあまりに低かったということだ。つまりそのプラットフォームを使いこなせる人間が著しく少なかったのだ。

そして上述の足踏みをしていた期間に心象を悪くしていたという問題もあった。とっかかりが難しい割に不安定だというレッテルを張られてしまっていた。

このころ私は入社3年目に突入していたが、

もうすこし悪いことに、同時期に企業買収が起こった。我々は黒字を出していたが同業他社(厳密にはその親会社に)に買われることになった。

そういう時に起ることは不要冗長性の削減だ。子会社として存続する場合は知らないが、競合他社に吸収合併ということは、多くの部署にとってそのカウンターとなる部署相手側にも存在するということだ。

まりどちらにもある部署統合するか一方を無くすかという戦争が始まるのだ。IT例外ではない。(ITインフラ部署の無い会社はさすがに無いはずだ)

一方で製造業の本懐である製品を作り、売る」という部分は比較的守られる。それこそが根源的な資源であり、利益を生む仕組みであり、既存顧客への説明必要からだ。

そして私の仕事は歩留まり改善であり、故障解析であり、データ分析だ。何が起こったか

(ここで簡単のために旧弊社を(旧)A社、買収した側の競合他社を(旧)B社と呼ぶことにする。)

今の旧A社から引き続いている業務をB社のプラットフォームで行えるように転換せよという下命である

旧B社の製造データに対するアプローチはA社とまったく異なっていた。Web UIは美しく整っており、それっぽいグラフ簡単に表示され、A社側のお偉いさんからも好評を得ていた。

だがそのバックエンドは控えめに言って酷いモノだった。いくつもの情報を正常に保存できておらず、「それっぽい何か」を素早く返答することを第一義としているように見えた。

そして上述のように器用貧乏街道を歩んできた私に投げられたのは次の言葉

増田くん、B社のプラットフォーム使うことは決定事項だから、君が自動化してたやつ全部そっちで動くようにしといて。よくわかんないけどプログラムとかてきとうにできるでしょ?」

もちろんhtmljavascriptphpRoRも一行も書いたことが無いのが当時の私である

果たして旧A社のプラットフォームはB社のプラットフォームデータソースのような扱いを受ける羽目になり、私はjavascript本格入門を片手にB社の事業所に出向くことになった。

そこで散々「旧A社のプラットフォームは遅い・使いづらい・不安定」と貶されながらチマチマとグラフを表示するページを書いている。

クオリティの低いバックエンドを作る集団が書いているサーバーサイドphpの酷さは素人目にも分かるレベル筆舌に尽くしがたいものがあるが、

反面教師だと思って耐える日々だ。

最近分かったことは旧B社のバックエンドスクリプトデータを引っ張るついでに意図的に旧A社のプラットフォーム攻撃しているということだ。DDoSとまでは言わないが、悪意100%である

いわく旧A社のプラットフォームを畳むためには旧B社のプラットフォームが優秀であることを示す必要があるとのことである。(つまり旧A社プラットフォーム不安定かつ重くなることを意図しているらしい)

旧A社から継続されてる業務はまだそこ使ってるんですけど・・・

それはもちろん旧A社の上司に報告したが「見て見ぬふりをしろ」とのことだった。旧A社のITで何度もお世話になったひとに伝えると「知ってるけどね・・・」と悲しい目をして苦笑いしていた。

旧A社ITはその優秀さでそれらの攻撃をいなしつつあるようにも見える(私も素人に毛が生えたレベルだが、ソフトウェアエンジニアリングレベルが二回りぐらい違うように見える)

この不毛な戦いはいつ終わるのだろう・・・つらい・・・

そして私はいつまでソフトウェアエンジニアの真似事を続けてキャリアを消費していけばいいのか、もうダメかもしれない。

そもそも私はエンジニアなのだろうか・・・少なくとも職位にはそう書いてあるけど・・・

2017-05-05

[]

何がこんなにつらいんだろう。

勉強すれば選択肢が増えて希望する大学に入り学べるのに。勉強しなければクソニートのままなのに。

工学部に入ればコンピュータを学べる。一日中コンピュータを触る仕事に就くことができるかも。

資格持ちになりたいなら薬剤師歯科医師放射線技師、そんな資格を得ることができるかも。

一般人に交じってささやか幸せを得るチャンスがある。そのはずなのに辛い。歪んだ自己愛がそうさせるのか。

大学合格する自信がない。努力無駄になるのが怖い。努力なんてやっていないのに。

大学に通える自信がない。入って通えなくなってから考えればいい事なのに。

大学卒業して職がないかもしれない。それでも大卒にはなって今よりは良い。

努力努力を重ねてそんな未来を選びたくないと体が叫んでいる。私にとってはいい話なのに。

努力なんてやめて引きこもり引きこもりらしく相応の支援を受けて相応に働けと悪魔が囁く。大学なんて高望みだと。

40から看護学校に通うとかいう話を聞いた気がする。なんというバイタリティーだろう。

勉強がつらくて逃げたい。逃げ場はない。時間ばかり過ぎる。最悪だ。

2017-04-20

じゃあ男の成功例を紹介する。

http://anond.hatelabo.jp/20170420151301

ちょっと特殊だとは思うけれども、男の例を紹介しておく。

地方都市出身。男。大学生。妹たちがいる。

両親は士業系資格持ちで開業しているが、自分小学校高学年ぐらいになったころから収入が怪しくなってきた。独立開業してるってのは、ほんとリスキーなもんだな。両親ともに同業のなかではそれなりの立場にあったもんからプライドかいろいろが邪魔したのも余計に厄介だった。

現在の親の収入は、、、、大学授業料免除申請が全額免除で通ったりすることもあるぐらい、だ。なんと元増田よりひどいじゃないか・・・。母のほうは外にパートに働きにでていたこともあったが、稼ぎが月数万レベルしかならなかったことと同僚にいじめられたことにより、本業のみ。とはい本業のほうは、、、、仕事さえあれば月に5万ぐらいは稼ぐときあるかな、なんていうレベル

祖父母×2は存命だが、国民年金しか受給しておらず彼ら(別家計)はおおむねマイナス。家からの持ち出しが続く。

父は微アル中+微DV創価で、母は収入が父頼みであることもあって強く出られないでいる。

そんな家庭だったが、自分はほどほどに勉強はできた。高校のころには父は週一ぐらいで酔ってぐだぐだと説教しにきてはいたが、逆に言えば週6ぐらいは勉強できるゆとりがあった。そんなわけで必死勉強し、高校での成績はよかった。

受験の際には最高B判定だった第1志望国立医)と、A判定(一桁順位しかだしたことがなかった滑り止め(国立医)をうけた。

ところが落ちた。滑り止めにすら落ちた。第1志望はまだ許せる。しかし滑り止めに落ちたのはちょっと耐えられなかった。

そうして自分うつになった。浪人うつ浪人脱出しないと治りそうもないのに、治らないと脱出もできない。地獄だった。勉強はしたいのだがどうしても身が入らない。死にたいとばかり考えていた。

そんなこんなで浪人して成績はガクンと落ちてしまったのだが、そうはいっても腐っても鯛とでもいうか、まだ国立医学部にいけるレベルの成績ではあった。秋頃に防衛医大をおさえて地獄脱出の糸口をつかみ精神崩壊をおしとどめながら、なんとか翌年の春には大学へと入学した。

大学1年目には寮にはいった。奨学金は月15万借りた。親から援助は一切ないため、学費5万家賃5万生活費5万ぐらいの計算だった。寮だったため家賃生活費もっと抑えられたが、寮の環境はうわさに聞いていたため、途中で退寮することも視野にいれての金額だった。

寮生活はまあ楽しくはあった。深夜であろうと爆音音楽が聞こえてきたり、麻雀部屋から酔っ払いが這い出してきたり、飲み会では1人1人に一升瓶が用意されていたり工学部7年生とかいう輩に絡まれたり、寮自治のための集会が毎週あったりはしたが、そういうのには耐えられるタイプだった。耐えられないやつは1か月でいなくなった。耐えられた奴も半分以上が進級できていなかったが・・・。

寮生活で浮いた奨学金で、免許取得費やパソコンの購入費、2年目の引越資金もろもろなどを用意し、2年目には退寮した。

2年目から生活がカツカツだった。ネット回線高い、プロパンガス高い(家賃重視で物件を選んだのは失敗だった)、家賃の支払いがある、云々。バイトに精をだした。

すると後期になって授業料免除が通らなかった。自分収入のせいで免除基準を超えてしまったらしかった。全額・半額免除基準境界ぐらいの家計所得だったはずなのに・・・。下手するとバイトしない方が収支はプラスだったりしえた。加えてバイトのせいでテスト1個1個で死にそうな思いをしていたこと、そしてなによりきちんと勉強できず欲求不満だったこともあって、もうバイトはしないことにした。

3年目からはまあ満足できるぐらいには勉強できた。ついでに成績もあがった。このころになって給付奨学金というものがあることに気付いたが、そういうもの大学の推薦が必要で、いろいろと画策したが指導教官の推薦をえることが難しく、大概は諦めた。いや、うちの学部指導教官かいないんよ。名目上は各学生教官が割り当てられてはいるけれど、会ったことすらないし。調べてみたら自分担当はかなりのお偉いさんで、全然会えないし。それでもメールして訪問してメールして訪問して云々してなんとか1枚推薦状をもらえたが、なんと奨学金選考のほうで落とされた。収入も成績もGPAも悪くなかったと思うのに(収入は悪いかw)・・・、まあ「給付」は狭き門から仕方ないかとあきらめた。しかし推薦状の確保が大変すぎて他の給付奨学金へのさらなる申請も同時にあきらめた。

なお、我々には将来の就職先さえ決めれば、自治体病院から奨学金がもらえるという制度がたくさんある。そちらのほうは1年生のときから検討はしていたが、金額のいいどこかに身売りするなんてことはさすがにプライドが許さなかったし、かといって15年先まで見据えて自分希望に添うwin-win案件をさがすなんてことは大学入学時には考えることができず、見送っていた。3年生ぐらいで地元に戻ってもいいかななんて思って地元の県のもの申請してみたが、県外大学生×中途採用×自治医大合格辞退(←主にこれのせいだろう)のためか、通らなかった。

親はあんなやつだが、息子になんの援助もしていないことに負い目があるのか、所得証明書なんかは用意してくれる。それには地味だが大いに助かっている。帰省して自分で取りに行くのは大変だし、なにより費用がかさむ。あ、親は帰省すると5000円ぐらいお小遣いをくれるが、それでは交通費ですでに赤字だ。

大学同級生は、平均としてお育ちが良い。初心者マークつけた新車レクサスSUVとか案外よくみる。とはい大学生活していく分には今の自分のカツカツ具合でもそんなに問題はでていない。さすがに彼らと遊びに行ったりすると諭吉さんがポンポンとんでいくから付き合いきれないが、幸か不幸か自分はどちらかといえばひきこもりタイプネット回線パソコンさえあれば満足していられ人間趣味に金がかかるなんてこともなく、同級生はつきあいの悪いやつとは思われているとは思うが、まあそれぐらいの認識しかされていないと思う。ついでだから言わせてもらえば、執拗に昼ご飯誘うのやめてくれ家計破綻するわ。

とまあ自分はこんな感じで生活している。朝昼晩ほとんど自炊なのにもかかわらずエンゲル係数は80%超えていると思うが、PCタブレットも所持できているし、ほかに欲しいものなんかなく、現在のところ生活していてとくに不自由を感じたことはない。

しかし同時に、自分のような生活ができるのは限られた一部の人間だと思うし、1000万を超える借金を背負ってもそれほど心配せずいられるのは医学部という特殊環境いるからだとも思う。そんな自分でも、留年したら奨学金がとまってすべてが詰むことはひしひしと感じているから、進級判定はつねにふるえるほど怖いし国家試験も怖い。他学部だったらそこから就活なんて大波乱がさらに控えているんだろうから、それには自分でも耐えられる自信はない。うつ再発しそう、むり。

妹たちは自分とはちょっと年が離れているから、まだ高校生とかそんなもんだ。やつらは自分なんかよりはずっとできはいいが、とくに下の妹はメンタル豆腐から自分のような奨学金自転車操業をしなければいけないことになったら1週間で精神を病んでからの休学→退学の未来が見えている。しか文系から不確定要素が自分よりも高いときている。元増田をみて、やつらは自分が見放したらこんなかんじになってしまうのかなと改めて思わされた。

兄としては、かわいい妹たちにそんなことはさせられない。当然だ。

しかしだ、いわゆる有名病院のなかでは給料高いっていう虎ノ門とかでもちょっと給料足りなくて選択肢からはずさなくちゃいけなくなるけど、でもそこら辺の市中病院ならもっと高いとこ全然あるし、ワイちゃんの考えているいきたいとこランキング1位の某野戦病院もそんななかのひとつだ。

妹たち、安心して東京に進学していいぞ。応援してる。おまえらがそこら辺でくすぶってるなんて、世界の損失だからな!

女子トイレがあるだけいいじゃない

当方、往年の工学部女子である

大学生だった頃は、建物の各階に男子トイレはあるのに、

女子トイレは、4階建の建物のいずれか1フロアしかないということが普通だった。

機械系の実習棟には無くて、近くの化学系の建物に通ったものである

仕事で行く各社の工場でも、場内の建物殆ど男子トイレしかなく、

トイレの度に、本館か福利棟に戻らないと行けなかった。

女はよく抜けると言われたくなくて、水分を摂らずに頑張ったものだ。

女性社員第1号を採用したいが、女子トイレがないので

二の足を踏むという笑えない話もしばしばだった。

現場女子トイレがない(もしくはトイレ自体がない)という理由

後輩男子にチャンスを譲らないといけない事態も珍しくなかった。

まあなんだ、ジャンプトイレ騒動を見るに、昭和は遠くなりにけり、である

2017-04-06

http://anond.hatelabo.jp/20170406021823

結局「都落ちした」というコンプレックスなんじゃないの?

比較対象早稲田東工大出してるってことは都内としては中堅になってしまうけど全国的に見ればまだまだ高学歴な部類だし

京都大学工学部というのは関東理系学生からするとコストパフォーマンスはかなり良い学部であると思う。

(中略)

「近場にあった中で一番レベルの高いと言われている工学部」という理由近畿圏進学校から入学したような地頭の良い人たちを見ると、「京大生」というワードはきっと彼らのためにあるのだろうと思う。その結果、大学名を言わなきゃいけない時には無意識に「一応」とつけてしまう。

この辺りから関東出身なのに都落ちして京大に入った、本来的には京大関西圏人間のための大学なのに。とコンプレックスがチラリと見える。

地方旧帝大出身だが、都内出身の後輩が「関東圏外の大学に行ったレアキャラ扱いされる」と以前話の中でこぼしてたことがある。

同様の雰囲気しかも更にネガティブ感情増田からは感じる。

大学名まで聞くな

京都大学工学部というのは関東理系学生からするとコストパフォーマンスはかなり良い学部であると思う。

東工大早稲田先進理工に受かるレベルまで仕上げれば落ちることはそうそう無いと思う。というかむしろ私は、現役時も浪人時も早稲田には不合格であった。そうでありながら「京大」というラベルは多くの人にとって「東工大」や「早稲田」とは違い、ワンランク上の印象を与えるらしい。

入試学科選択で第2希望まで入れられるので仮に第1希望学科に落ちてしまっても地球工や工化を第2希望にしておけば、そこの合格最低点の開きは英語和訳1問分。年によっては数学大問1問分あるようなこともあるので、ある意味滑り止めが効いている。

尤も学科によって学ぶ内容が大きく違うので第2希望に点数的に入れそうだという理由だけで興味のない学科を選ぶことは、入学した今だからこそ止めたほうが良いと声を大にして言えるが、受験生の時分にはこの救済措置精神的にありがたかった。第2希望学科入学していたらと思うとぞっとするけれど。

決して誰でも入学できるところではないことは、1浪して入ったので重々承知している。

東大京大国立医学部に生徒の多くが進学するような進学校ではなく都内の中堅校から入学できたことは、自分のしょうもない人生の中での成功体験の1つだ。

だが同時に、このような小賢しいコスパを考えながら合格最低点ギリギリで入れるように1年の足踏みを経て入ったわけで、その努力と結果に対して謙遜するつもりもあまりないがかといって人に自慢して触れ回れることでもない。

「近場にあった中で一番レベルの高いと言われている工学部」という理由近畿圏進学校から入学したような地頭の良い人たちを見ると、「京大生」というワードはきっと彼らのためにあるのだろうと思う。その結果、大学名を言わなきゃいけない時には無意識に「一応」とつけてしまう。

世間話をするにも、相手立場がわからないのでは会話のしようがないのはわかる。「お仕事は何されてるんですか?」「まだ、学生です。」それで、良いではないか。なぜそこでさらに「何大?」まで聞いてくるのか。

その日その瞬間は軽く世間話をしたりする程度の、そんな名前も顔も1日経てば忘れるような人間に、なんで大学名まで聞かれて、嘘偽りなく答えたこちらが、気まずさを感じなくてはならないのか。

過剰に「凄い!!」と反応されても以上の理由から京大生」として喜べないし、かといって大学名を聞いた途端にあからさまに「こいつはいけ好かない奴だ」という目になられても困る。

そんなことを、髪を切りに行った先の美容師、服を買いに行った先のショップ店員、飲みに行った居酒屋で隣に座ってたおっさんに、感じた。

2017-04-04

塾の教え子に「オタクっぽい顔」と言われた

まあオタクだしそれはいいんだけどさ。

ところで「オタク」の平均顔は常人のそれより明らかに劣るが、何故なのでしょう。

顔が悪いかオタクになるのか、オタクの顔が悪くなるのか。普通に考えれば前者なのだろうけど…

我が工学部についても同じことが言えるのだけど、こちらは、顔が悪いので工学部に…という話も考えにくい気がする。身嗜みでどうにかなりそうな感じもしない。

2017-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20170307091554

まじで理学部バイオ系とかの就職やばさとか無視して

理系就職が良いぞ!」

とか言ってる人達なんとかして欲しい。どうすればいいんだよ。

工学部しか無いどころか、工学部の中でも

電気電子工学機械工学工業化学ぐらいしか理系じゃないって思ってるんじゃないか

いいたくなるような人がまだまだ割りといてほんと嫌だ。

流石に最近情報系あたりの存在認知されてそうだけど……。

地学系とかもう地理から文系だよね!って言われそうだし。

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