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はてなキーワード: 自己否定とは

2022-06-26

anond:20220626180425

成長の動機付けになるような自己肯定感自分立ち位置を見極めるための自己否定感を器用に両立できないなんておかしくねという

子どもの頃の心理を覚えておらず子育てしたことが無い大人特有の発想

2022-06-25

婚活就職も何度も落ちて自己否定というのは同じだよな

恋愛がしてみたかった

いや、違うか

恋愛こそ自己否定連続なのだろう

下手すりゃ婚活よりエグイ否定を喰らいまくるのだろうな

訂正

日常系マンガのようなのほほんとした恋愛もどきがしてみたい人生だった

2022-06-23

anond:20220623123032

嫌韓ネトウヨが一気に急増した時期ってスマホの普及やマスコミ不信が重なって

「今まではテレビ洗脳されていた!真実ネットにあるんだ!」

っていう「気づき」が盲信を加速させていた気がする

人間、「今まで自分は間違っていた」という自己否定をしてしまうと、

真実は〇〇だったんだ」という〇〇が怪しく感じ始めてもなかなか捨てられないんだよね

扇動するならこれを利用しない手はないと思う

anond:20220623115655

ネットに流されるのは止めたほうが良い。

それは女性の極一部に過ぎない。


弱者男性がなぜ弱者なのか、

最大の理由強者男性不正で富を独占し、権力を持ち、女性をすべて独占するからだ。


大半の弱者男性は、強者男性が怖い、同じ男性否定すると自己否定とも取れるから意識できない。

そういう弱者男性は、女性否定する事でさらモテなくなり、どんどん悪い方向に思考が行く。

強者男性さらモテるようになり、差が広がっていく。


インターネットではなく、現実を見たほうがいい。

アメリカでは1%の男性が99%の富を持っている。

日本アメリカに近づいている。

少しでも頭を使えば、なぜ今自分弱者男性なのか理解できる。

2022-05-06

どうすれば承認欲求を満たせるのか

いい加減「承認欲求を満たそうとすること自体を諦めろ?」で突っぱねるのも限界があるんじゃないだろうか?

限界を超えた承認欲求ゾンビは既に暴走を始めている。

やはり満たすべきなのだ

満たさなくても大丈夫であると言い張ってた所で限界を超えた飢餓状態から突然狂ってしまうのがオチなのだ

証拠インターネットに無惨にも飛び散っているではないか

ならば考えよう承認欲求を満たす方法を。

0 承認欲求とは「自己承認欲求」だ

まず大前提にコレを把握しておく必要がある。

承認欲求というと他人自分を認めてもらう欲求に聞こえるが、実際には自分自分を認めたい欲求だ。

自分を認めるにあたって他人から否定されていると難しくなるし、他人から認められると容易になるので、他人から自分を認められるために皆頑張りがちだが、本質的には自分自分を認めたいという気持ちから来ている。

だが他人から承認を集めるのは大変だ。

ぶっちゃけ自分自分を認めたほうが手っ取り早い。

というか他人自分を認めているかどうかではなく、「認められていると感じるか」によって承認欲求が満たされるかは変わるのだから自分の考え方がいちばん大事なのだ

1 バケツに水を入れるならまずは穴を埋めよう

最初にやることは承認欲求の減少を減らすことだ。

承認欲求は何をすると減るか?

自己否定をすると減るのだ。

からまずは自分に対して肯定感を持て。

やることは4つだ。

朝起きたら「自分大丈夫」と5回唱える。

夜寝る前に「自分大丈夫」と5回唱える。

生活の中で『他人の目を気にして自分卑下するような思考言動をする羽目になったら心の中で「コレは陰湿クサレジャップランドの風習に合わせてやっているだけで自分本心ではないぞ」と唱える。

医者にかかるレベルデブだったり虫歯があったり、部屋にカビが生えてたり受験勉強から逃げていたりしたら、それはちゃん対処する。

この4つでひとまず穴は塞がる。

2 やりたくてやったことに対して前向きに考えろ

たとえば、「GW中100時間ぐらいゲームやってた」という状況があったときに「いやーゲームしかったですわー」と考えるか、「なぜ俺はこんな無駄時間を……」と考えるかで精神への影響がプラスからマイナスまで大きく変わる。

やってしまたことについては前向きに考えるべきだ。

これからやることについても、実行に移すなら前向きに考えて実行に移した方がいい。

逆に言えば、前向きに考えられるビジョンが見えないならそれは実行に移さない方がいい。

気になるから見に行ったけど見に行ったらくだらなくて後悔したとして、「気になったままでいたら気持ち悪かったか結果的には見に行って正解」と思えるならそれは実際に正解だし、そう考えることが難しそうならそれを先に予測しておくのがいい。

美味しいものを沢山食べてから「いやー罪悪感」などと言って上辺の良識を気取った所でそんなもの意味はない。

親の目を気にして暮らすことが最重要だった幼少期の本能から足を洗っていけ。

3 他人ケチをつけるのは割りと損

他人ケチをつけるのは楽しい

これはインターネットをやっている人間なら絶対に分かるはずだ。

本当に楽しいのだが、そこでつけたケチはゆくゆくは自分に帰ってくる。

そうなるとそうやって帰ってきたとき自己承認が削られていく。

一瞬楽しくてもあとでジワジワとマイナスを背負うので総合的には損だ。

これを「人に厳しくあたることで自分にも厳しくなれる」と言い張る詭弁があるのだが、それは順番がおかしい。

「こうであるべきだ」論はメンタルに悪いのでやるべきじゃないからそこでも間違っている。

他人ケチをつけるのは楽しいが控えるべきだ。

自分に帰ってこない状況でケチをつければ大丈夫と思うかもしれないが、そういった行為を繰り返すと反撃できない状況から一方的攻撃されたとき過去自分にも攻撃されてしまう。

楽しむことを目的に人にケチをつけるのはマジで損だ。

そういうのが当たり前になっている悪いインターネットには近寄らないほうがいいだろう。

2022-05-01

弱者定義にはアイデンティティの獲得の失敗を含めるべきだ

なぜそう思うかというと、自称弱者が極めてうざいからだ。

そして自称することによるウロボロスを退治したいとも思っている。

私たち否定的弱者属性自身の特徴であるとするとき、大抵は自身行為によることが多い。

私は〇〇しかできないか弱者だ。私は○○だから弱者だというときに、○○は本人に依るだろう。

から○○をしない、○○ではない状況であれば彼は弱者ではない。

しかし話はそう単純ではないだろう。

他称である場合、そういった定義相対的である

限界まで普遍的であるとはいえるが、いかなる想定を超えてまで普遍的であるとは言えないのだ。

まりあ文化社会グループにおいて弱者であるとされていても、別のグループでは弱者にはならない可能性は常にあるのだ。

これは自称であってもそうである自称は他称によって得られるものだろう。

さら現在グループであっても、グループが何らかの変化によって、または破壊によって定義は変化する可能性もある。

そう考えると、他称されることとは一時的承認であると言える。

一時的承認であるが、自称となった(他称から自認へ)場合承認者は自己である

こうして彼はアイデンティティを獲得するわけだが。

弱者である場合(と私は仮定するのだが)、そういった自己承認はほぼ不可能なように思える。

それがどれだけマイナスものでも、可能な限り事実であったとしてもだ。

どれだけのマゾヒストなら自身にとってネガティブなことを自分承認できるのだろうか、ほぼ無意味だと思うだろうというのが一点と

弱者自己否定性を考えれば、その自己承認がどれだけの意味を持っているのだろうかというのが二点目だ

私が思うに、弱者による自称は、自称っぽいがほぼ他称であるだろうということ。

そして自己承認をされなかった自称もどきは、ひどくもろいだろうということだ。

こうなってくると、アイデンティティを一時は獲得したもののすぐ壊れてしまい、彼のアイデンティティはすぐに無くなるだろう。

私はここまで考えると、"弱者であること"に類するの定義にはアイデンティティの獲得の失敗を含めておくべきだろうと思う。(獲得したとしても本当に短い時間だろう)

こうしておくと、かなり良いことがある。

まず、自称弱者はほぼ消滅する。

なぜなら、自分弱者である(弱者であるというアイデンティティ)と言うことが不可能からだ。

次に、弱者自分のことを弱者だと思う必要は無くなる。

弱者自称することが無意味なのだから自分が本当に弱者かどうかということを考えることは無意味だ。

もちろん他称としての弱者は残るので、結果は変わらないし、彼はアイデンティティを獲得できない。

偽物のアイデンティティを獲得してぬか喜びする必要はないし、取っては壊れ取っては壊れるというような賽の河原の石積みのようなことはしなくていい。

では弱者は何も言えなくなってしまうと思うだろうが、アイデンティティを獲得を失敗したと自称することはできる、私が言いたいのはまさにその点にある

アイデンティティを持つもの強者で、持たないもの弱者だ。

私が思うに、もし弱者がいて、弱者と他称されていて、弱者弱者と自認でき、そして自称が広く他者承認されている場合

そのケースはあり得ない、あったとしたら、もしそれを可能とすることができるのならそれは弱者ではない。

想定される弱者のケースとは、弱者と他称されていて、弱者自分弱者だと言えず、言えたとしてもほぼ他称の自称を言い、そしてその自称自己または他者によって簡単否定されるものだ。

まぁこういうと、否定されることによって弱者は完成するのだが、もし否定する人と弱者になりたい人が共犯的な関係を作り出してしまうこと、そしてそれを意図して行われてしまうともうよく分からないことになるだろう。

である強者のケースを考えてみよう

強者と他称されていて、強者強者と自認でき、そして自称が広く他者承認されている場合

うん、これは強者だろう

強者と他称されていて、強者自分強者と言えず、言えたとしてもほぼ他称の自称を言い、そしてその自称自己または他者によって簡単否定される

うーん、微妙なところだが、強者アイデンティティ獲得を失敗しているので弱者に近くなる

話を元に戻すと、強者定義にはアイデンティティの獲得の失敗を含める必要はないだろう。

おそらく強者自己否定性はそこまで高くないだろうと思からだ。他称されている点に注目すれば、彼を認める者は少なくともいるということだろうし。

それに他称は変わらないし、弱者であることと、強者であることに何も変わりはないのだ。

これは自称による内面問題回避のために組み込むものだ。

私が問題とする2点は回避できる。つまり自称弱者という不可思議存在と、弱者によるいびつアイデンティティの獲得の防止。

もう一つ解決しなければならないのは、謙遜による弱者性を自称することだ。これは文化社会に密接に組み込まれていて、つまり彼らは弱者属性を体よく"使っている"わけだが

これを否定することはできない。恐らく強者であろうと弱者であろうと使うだろうというものからだ。

しか問題根本はここにある。

2022-04-10

オールオタク表現規制について思うこと

エロゲ作家エロ漫画家が、「表現の自由規制すべき」という規制論に組するのは、珍しくない。

なぜなら、「オタク向け作品を作っているから」と言って、オタクを好きなわけではないからだ。むしろ自分も含めて嫌悪しているケースも有る。

もうちょっと話を広くすると、「オタクオタク嫌い」っていうケースはたくさんある。

オタクだけれど、自分以外のオタクを(場合よっち自分も含めて)否定することでアイデンティティ確立した人間って、実はたくさんいる。

まあ、いわゆるオタ差別という時代があったわけでそこはもう語らない。ただまあ、色々鬱屈してる人がいるわけで。

その鬱屈によって創作してた人は山ほどいるんだなこれが。

オタクだけれどオタク否定原動力に変えていたアニメ監督

オタクだけれどオタク否定原動力創作するエロゲライター

オタクだけれどオタク否定原動力ペンを握る漫画家

オタクだけれどオタク否定原動力萌えを書くラノベ作家

彼らの鬱屈した感情は、まさに卑屈な変態というべきものであると同時に、一時代、確かに創作の大きな原動力だったことは認めざるをえない。

ただもう、その鬱屈した感情が伝わる世代じゃなくなってきたんだよなあ。

オタク社会に受け入れられない。オタク作品欲望のままに生きているゴミの山だからだ。しかし俺は違うぞ。本物を作り出してやる、と、オタク社会鬱屈を悩み抜いて結局ぐるぐるまわって自分も含めて同胞dis否定しつつそれでも創作せずにはいられない感情の爆発」

なんてものが、伝わる時代じゃない。

あの時代は大変だった。それはわかる。

赤松健のように「自分パンチラ漫画家と言われても仕方ない」と笑い飛ばせる強さは誰もが持ち合わせていなかった。

杉田智和のように他人否定することなく、おたく情念を込めて好きなものを語るという強靭さは誰もが持ち合わせていなかった。

「俺の作品は、他のエロ漫画エロ同人エロアニメエロゲとは違う。俺の好きな芸術なんだ。エロの他に高尚さを持ち合わせている。わからないやつはキモオタだ。しかし、しかし、ぐぬぬぬぬぬぬ」

みたいな謎の鬱屈した芸術感情は、確かに過去においては創作原動力だったのだと思うが、今はもう「馬鹿なの?」で終わってしまう。

しかし、残念ながらそういう「自己否定自己肯定を繰り返した自意識の化物」みたいな存在は、たくさんいる。

嫌いな言葉だが、「オタク価値観アップデートできない」という現象だ。

いつまで経っても「社会オタクは最下層の中、なんとか社会と折り合いをつけたいと自己否定を繰り返して悩み続ける」という精神構造から抜け出せない。

それはかつては得難い才能であったと同時に、現代においてはしち面倒臭いと嫌われもするのだ。

今の時代、「オタク否定して悩みながらオタクをやる創作」なんて変態所業ウケるけがない。

そんなことやってる暇があるならSNSFGOアズールレーンイラストを一枚でも上げたほうがよっぽど建設的って状況だ。

自己否定して悩み続けるならともかく、こういうタイプは周囲の人間喧嘩を売りまくるから始末に負えない。

こういう態度は耳目を引くが結局嫌われる。「愛されキャラが最強」のSNSでは、珍獣として消費され尽くしてしまう。

いまさらオタク作品ダメなんだ。堕落している。こんなものばかりでは業界が腐る。オタクは腐っている」なんてアジったところで、「老害オタクがまた発狂してる。でもお前の作品は、まさにそういうダメオタクなんですがw」と鼻で笑われているだけだ。

そんなことは描いている本人がよくわかって悩んでいて、それでも言わずはいられない宿痾の業なのだが。

そして、それらの悩み続ける時代デフォルトオタクが唯一存在証明をできる場所が、SNS政治だった。

そう、政治場所にはまだ彼らの需要があったのだ。

「ぎゃーぎゃーぎゃー」と騒いで与党やら野党やらをバッシングし続ける珍獣としてならば、「オタクバッシングしながら自意識をこじらせオタクでも迎え入れてくれる」という需要があった。

なんかもう、色々痛すぎる。

見ていて痛々しいわけだが、本当に、どうしてこうなった感がある。

「誰もが批評家だった時代

矛盾を抱えて悩み続けることがオタク証明だった時代

そういう時代は気がついたら終わっていた。

今はそういう時代ではない。

SNSでどんな悩みもオタク生体の鬱屈した感情も共有できたのは救いだった。しかし、「それは珍しくないただの鬱屈した感情」で「別にあなた特有特別な悩みではない」ことがバレてしまって急速に求心力を失ってしまった。

悩めば偉いオタクなわけでも、苦悩したから上等な人間なわけでもない。

結局の所、そんなものより愛されることが重要なのがSNSだった。

オタクが悩んだ長文を上げるよりも、コスプレイヤー自撮り写真お絵描き実況のほうがよっぽど需要がある。

そんで、そういった中年のどろどろしたオタク情念をぶつける場所SNSでは限られていた。単純にSNS社会では政治しかなかった。

オタクネトウヨ。でもおれはネトウヨにならないオタク」という謎の偏見構図に乗っかって、twitter政治オタク批判を繰り返すのみである

それが中年オタク政治から足を洗えないたった一つの理由だ。

で、それだけならまだ救いはあるが、彼がが一番憎んでいるのは、開放されたオタクだ。

悩みから開放され、もう自己否定を繰り返さずに社会と折り合いをつけている、普通若い世代オタク自分たちと同年代なのに、悩むことをやめてしまったオタクたち。

許すことができない。

もう、社会においてオタクは最下層民ではないと自認したオタクたちは悩むことをやめる。当然だ。しかしその状況を許せない。

もし、「もう悩む必要がない」と悟ってしまったら、「彼らが存在する」というだけで自分を卑屈な変態だと認めざるをえないからだ。

から自民党表現規制を捨てつつある今、自分たちが規制論を叫ぶという本末転倒が起きている。

「最下層民のままで悩み続ける生き方

うそろそろ捨てていいんじゃないかと思う。

2022-04-04

なんかもうそれでいいか

たぶん自己否定して成長、みたいな回路が壊れちゃったんだ

これからどうしよう

とりあえずキャンセル入れようかな

結局客観視なんだなあ、やっぱ

2022-03-13

33歳の僕たちについて

僕たちは生まれながらにして不幸だった。

僕たちに希望が語られるときはいつも建前だった。

物心がついた時には経済成長など実感できないほどなく、平和のみが幸運にも固定されていた。少子高齢化無責任押し付けられ、いつも年金説明では僕たちが下で、いっぱいの先人が上に伸し掛かる絵を繰り返し見せられた。

小学生のころには阪神淡路大震災があり、生活不条理に突然破壊されることを知った。

オウム真理教天災だけでなく人災があることを教え、それを報道するテレビには頭のおかしい人をいじめることの楽しさと正しさを刷り込まれた。

学校はいじめがあっても誰も救ってくれなかった。子ども大人も誰も責任を取らずに済んだ。

どう大人を信じようと努めても、彼らの正しさの裏にある保身だけが形を濃くするだけだった。

いじめ学力低下、キレる十四才、僕たちだけが責められている気がした。勝手に「ゆとり」を与えられ、数年後には「ゆとり」だとバカにされた。

ノストラダムスの大予言も二千年問題世界を無くしてはくれなかった。変わらないんだ、という陰鬱な気分を虚構ごと生活に仕組まれた。

社会に参加するまでの過程で、どんどんと多様性という理想が叫ばれるようになっていった。でも現実はまだそう出来ていなかった。ゆとり教育でも、AO入試でも、新卒一括採用でも、実験最前線で僕たちは消費された。

社会の正体に近づくほど、実験甲斐なく何も変わらずに、大人たちは利権を固定させようと頑張っていることがわかった。かつて多くの若者たち理想主義が現実主義に敗北し、僕たちの生活には既に革命の「か」の字すらなかった。

センスが良いとされる大人は肌触りの良い冷笑諦観で、理想から現実からも逃げているだけだった。

芸術に届くわけではないわずかな詩情の中に逃げ、丁寧な暮らしとやらで現実隔離しただけだった。雑草も食えるらしいと、何も新しくない発見雰囲気の良い雑誌で語った。

とにかく真っ当ではなかった。僕たちには老朽化した線路と駅が残された。

いつかみんな死ぬ、くらいしか希望はなかった。僕は、小学校四年、五年と苦労したあとに六年生になったときのような開放感を待っていた。

インターネットは唯一僕たちに与えられた現代的で民主的革命だった。僕たちは最前線に立つことを初めて喜んだ。僕たちが社会実験していた。大人の腕の中で揺らされるのではなく、自らが世界開拓していた。

過去日本では文学学生闘争に向いたであろう若者の活力がインターネットで遊ぶことに費やされた。情報の波をサーフィンしていた。

けれどアナーキズムなど思想と呼べるほど突き詰められてはいなかった。脱法とジョーク、たくさんの知識組織化しない雑多なカオス世代や日陰者の雰囲気ベースとしてただ在った。

東日本大震災とき、僕たちは初めて大きな波を感じた。世界ごと変えてしまおうというワクワクがあった。

ネットから始まる民主化現実世界にも網目を伸ばし、キレイ情報を伝播させることを夢見ていた。

実際のところ我々には思想がなかった。正確には思想が育っていなかった。長い間の自己否定カオスたちの団結は思想形成させなかった。

論壇はインテリっぽい動きに酔っているままで、ほとんどの人間責任を背負おうとしなかった。

大衆は十分なリテラシーを持っていなかった。目の前の文字自分を騙そうとしているかだけを考えていた。

もちろん先行者と同様に誰も責任を取りたがらなかった。波は結果的芸術の一部分だけに還元された。

僕たちの革命は、革命という皮すら被れずに失敗した。あの頃目立った人間たちのどれだけがまだ実際に社会有効なことをしているのだろう。

僕たちは生まれから今までずっと負け続けている。逃げ続けている。立ち向かう人間を冷たい視線嘲笑っている。かつて"カッコイ大人たち"がしていたように。

拗ねた子どものままで皮肉センチメンタルを捏ねくり回している。

最近は「多様性尊重」がブームになっている。拡がり分化する人間の在り方を認めようとするのは正しいことだと思う。

だが、それは欺瞞だ。多様性排外主義への攻撃だ。多様性を求める社会多様性をもたらさなもの排除する。

最大限の寛容ではなく、この時代この社会における妥協点でしかない。

ただそれよりも深刻なのは多様性未満の僕たちだ。多様性で救われるのは国籍、性指向、いくつかの快い思想である。いわば十分に形作られたアイデンティティーのうち、現代社会適応するものだ。そして主張に成功したものだ。

僕たちの苦しみはアイデンティティーの未発達である差別をされたり、大事に築き上げたもの喪失したわけではない。時代により幾度となく無意味化された結果、育たなかったのだ。

社会の複雑さへの想像力ありのまま他者の受容、明確な善への地図が無かった。

今までのシステム近いうちに崩壊すると言われつつも、なかなか崩壊しない。仮に崩壊したとしてもサバイバルを生き抜く知恵が無い。広大な大地に丸腰で放たれるのだ。

僕たちは無責任という親に育てられ、不勉強という病気死ぬ

ちゃんとしなきゃ死ぬ」とトリプルファイヤー吉田靖直は歌った。「ちゃんとしなきゃ」という要請けが社会にある。

なんとなく、どこか生きにくい僕たちの行き場はどこだろう。ちゃんとした職があればいいのか?ちゃんとした病名がつけばいいのか?ちゃんとした人になれればいいのか?ちゃんとした人ってなんだ?

今になってようやく哲学文学などの人文学に解答を求めることができるだろうことに気づいた。それは人間として真っ当な足掻きに思えた。

まだ遅くはないと信じて、攻略サイトには無く、ビジネス書より直接的な、人間思索の旅に出ようと思う。良い哲学の書を教えてくれ。

2022-03-03

就活解禁

全員落ちろ

自己否定の果てに自殺するか刑務所に入るか選べ

2022-02-27

今回の戦争解説、これがいちばんわかりやすかったわ

ある程度世界史人物史に興味があって学んできた人間なら、この説明が一番得心がいく気がする

https://www.fnn.jp/articles/-/321106

プーチン大統領に「2つの恐怖心」 強硬手段を止められない理由専門家が読み解く

欧米諸国の猛反発の中で軍事侵攻に踏み切ったプーチン大統領。その絶対的権力を築いてきた歩みを振り返ると、胸に秘める「2つの恐怖心」が浮かび上がってきます

画像KGB情報員として勤務、ソ連崩壊大統領の経歴

KGB時代の“挫折から「強いロシア」へ

熱心な愛国主義者だった父に育てられたプーチン大統領大学卒業後には、ソ連国家保安委員会KGB」へ。情報員として滞在していたのは、当時ソ連の影響下にあった東ドイツ。その最中1989年ベルリンの壁崩壊が起こります

首都ベルリン東西に分けていた壁が崩壊し、翌年の90年に東西ドイツが統一されました。さらに、91年にはソ連崩壊母国の激動を目の当たりにしてきたプーチン大統領。その胸中を、ロシア情勢に詳しい筑波大学中村逸郎教授はこう推し量ります

筑波大学 中村逸郎教授:

プーチン大統領にとって、ソ連崩壊するというのは自己否定なんですね。そういうことが再び起こるんじゃないかという恐怖というものをずっと抱きながら、今日まで至っているわけなんです。

強硬姿勢の背景には、若かりし日に刻まれ崩壊への”恐怖心”が見え隠れするといいます。一方でプーチン大統領は、国内絶対的政治基盤を築いてきました。

大統領就任したのは2000年。「強いロシア」を掲げると同時に自身の強さを打ち出すイメージ戦略も巧みに使い、世論の支持を獲得。2021年には大統領任期を定めた憲法改正し、自身が最長で2036年まで大統領に就くことができるようにしました。

実際、支持率2022年1月には69%と、これまで60%台で推移してきているのです。その中で過去を振り返ると、2014年クリミア侵攻時は原油価格が低下。経済が苦しかったということもあったかもしれませんが、攻撃をすることで“強い祖国”にという方針に、国民一定の支持を示しました。

その結果、支持率は約20ポイント上昇し88%までに。20年以上トップに居続けるプーチン大統領の思惑として、アメリカに負けない強いロシアを作りたいという気持ち人一倍強いことを中村教授は指摘しています

しかし、その盤石にみえ長期政権の陰で、ここ数年は反対勢力の動きも活発化していました。2021年1月プーチン大統領敵対する反体制指導者・ナワリヌイ氏が自身取材をもとに「プーチン御殿」を告発しました。

大統領秘密裏建設を進めていたと指摘するその内部には、豪華な装飾が施されているほか、スケートリンクカジノ施設などを備え、価値は1000億円を超えると言います。一説では、プーチン大統領総資産は22兆円にのぼるとの証言も。告発を受けたプーチン大統領は即座にこの邸宅との関係否定しましたが、批判の声もくすぶりました。

そうした中で、プーチン大統領はもう1つの恐怖心を抱いていると専門家は言います

国民から支持率低下 批判人物を「毒殺疑惑」の過去

筑波大学 中村逸郎教授:

プーチン大統領に対して「もう飽きた」「もういい加減にしてくれ」というような気持ちが、特に20代30代の人たちの中に広がっています支持率が低下傾向にある中で、プーチン大統領は大変な恐怖感を持っているわけです。つまり自分国民が歯向かってくるという恐怖心を持ち出すわけなんです。

支持率低下への恐怖…。それを解消するため、ある方法をとっていると中村教授は指摘します。

筑波大学 中村逸郎教授:

プーチン大統領は、自分の意に合わない人はどんどん排除していく。または毒殺を使って死に追いやるという政治手法をこれまで約20年間とってきています

プーチン大統領は関与を認めていませんが、ロシアではこれまで政権批判的な人物が何者かの襲撃を受ける事態が相次いできました。

プーチン宮殿」を暴露したナワリヌイ氏は、20208月に何者かによって猛毒の神経剤で襲撃されているほか、当局による度重なる拘束を受けました。そして、2006年にはチェチェン紛争を巡ってプーチン大統領批判してきたジャーナリストアンナ・ポリトコフスカヤさんが射殺される事件が発生。

さらに、ロシアの元スパイで、プーチン大統領批判していたアレクサンドル・リトビネンコさんも同じ年にロンドンで何者かに毒殺されました。そして今…。

筑波大学 中村逸郎教授:

今回ウクライナ侵攻することによって、国民たちの目を外に向けようというところに、実はプーチン大統領の思惑があるわけです。スパイ時代に学んだ政治手法、つまり目的の為には手段を選ばないという、スパイ活動の基本中の基本というものを今、プーチン大統領は取っています

目的の為には手段を選ばない」ことを軸にプーチン大統領は行動しているというのです。さらに、「アメリカに負けない強いロシアを作りたいという気持ち人一倍強い」こともプーチン大統領の思いとしてあると中村教授は指摘します。

そして、政治経済軍事トップ存在するが、実質ロシア全体を掌握しているのはプーチン大統領であり、国内では彼を誰も止められないのではないかと話しています

国際社会でどうそ強硬手段を抑止できるかが問われています

(「めざまし8」2月25日放送

2022-01-20

B型作業所を辞めたい。

B型作業所職員利用者のことを一人の人間ではなく一人の障害者しか扱わない。

障害者扱いする上に、子ども扱いをする。

子ども扱いする事は障害者支援なのだろうか?

重度の障害者ならば気にしないのかもしれないが一般就労をしてきた身としては障害者扱いをされる事で自分自分では無くなり自己否定をしてしま鬱状態に近くなった。

当たり前の事(作業をこなした、通所をした。など。)をするだけで物凄く褒められ、度を超えた評価をされる。

こんな事で謎の過大評価をされると自分は本当に無能人間なのでは…と感じてしまった。そこで自己否定に入ってしまう。そして鬱へのループに陥る。

B型作業所に通所するだけで心が磨り減った。障害者である自分に怒り気が狂いそうになった。まだ理不尽な思いをしてでも障害者雇用で必死社会にしがみついている方が人間らしく生きられると思った。

たとえ同じ無職でも趣味健全コミュニティで健常者と一緒にいる方が自分自分らしく生きられるとも思った。

他に辛かったのは、障害者を見て障害者と一緒に作業する事で自分が本当に落ちる所まで落ちたんだなと感じてしまった事だ。

作業所の帰り道ずっと泣いた、自分支援を受けている障害者であるという事は分かっていたが自分より無能障害者を見るとここに居たら本当の障害者になると思った。

B型作業所は本当に心が壊される。職員子供のような障害者である社会的弱者という扱いしかしてこない。

意を決して相談支援事業所相談したが辞めるという決断はまだ早い、作業所相談しなければ始まらないと言われた。

もちろん相談の場を持って自分が今まで感じた事を全てぶつけるつもりだがたとえ環境改善するとかなにか案を出された所で絶対に通所するつもりはない。必ず自分意見をぶつけてから辞めたい。

本当に、通所をしていたら頭がおかしくなる。あんな所に行ったら人間ではなくなる。

来週作業所相談支援事業所との話し合いがあるが必ずそこで辞めてやろうと思う。

わたし人間らしく生きたい。

2022-01-18

anond:20220117131920

元増田ではないけどマインドフルネス瞑想トラウマ持ちだと困難だったぞ

TFT自己否定強いと自分を叩き出して失敗した

ブクマにもあったけど発達性トラウマ考慮しないと危ない

2022-01-17

anond:20220116164742

少しでも助けになるなら私の生存方法を書いてみる。

前提

この3点は私も共通している。両親については片親で過干渉ではあったが、しかし大切にはしてくれていた。それでもあなたと同じ思考から抜け出せない。これは、境遇個人努力を超えて、先天的な脳の作り(ADHD)が大きく関係しているのではないか。これに人間関係の失敗経験が積み重なりフィードバックとなり囚われの強化、すなわち脳の悪い思考プロセスネットワークの強化になっていくと仮定している。

人間関係の失敗でさらにこの自己評価が補強されてしまい、どうにも身動きができなくなってしまったのだけど、ここから脱するためにやったことを書く。

考え方

"考え方"についてはプロに任せ、むしろ考えない方法を身につけたほうがいい。

ADHD は考えるだけ無駄

まず、ADHDワーキングメモリが足りないため問題を大雑把にまとめて考えてしまう。

全体を捉えて、最も期待値の高い解決方法理性的に選べている自信はあるだろうか。あなたはある程度客観視できているだろうから落ち着いているときに考えればおそらく、高ストレス時に思っていたことが実は的外れだったという経験があるんじゃないかと思う。

例えば就労が困難だったというケース(あくま一般論の例)を考える。そうなる理由はそんなにシンプルではなく大量の変数が複雑に絡んでいる。 しかし、"自分馬鹿から仕事ができない"という形で問題カプセル化してしまえば、ワーキングメモリ節約できるため、ADHD問題単純化して自分を責める。一時的にはそれが一番ストレスが少ないのだ。本当は"環境が悪かった。定型発達でも仕事が原因で自殺していることもある"など、別の可能性が考えられるのに。

では、いつも正しい判断をするにはどうしたらいいだろう?これは、"自分判断を常に保留する"が疲弊したADHDには正しい方針だと思う。判断は常にプロに任せる。それはどこに住んでどんな仕事をすればいいか、という大局的な判断だけでなく、"誰が悪いのか"、"なぜこうなったのか"、"どうして不快なのか"なども含めてだ。特性上、強力に単純化してしまうので疲弊してIQが下がっている今はどれも的外れになる。

 寝て起きたら、デモデモダッテ思考が顔を出した。父と離れたいなんて、私のわがままじゃないかと疑っている。よく分からいから、今日相談支援専門員さん(何回かソーシャルワーカーさんと書いてるけど、勘違いでした)に電話してみようかと思う。

からこれで電話できたあなたはとても賢いし、自分客観視するセンスがある。

考えない方法

マインドフルネス瞑想がよい。方法適当ぐぐるとでてくる。(大きいトラウマがあると難しい場合がある。↓に追記あり) 浮かんだアイディアを0.5秒以内に棄却できるようになってくれば、鬱でも躁でも、脳の暴走状態を食い止めやすくなる。

人生史を書くとか考えたものをすべて紙に出すとか、自分トラウマを再認識するようなセラピーは無理に実践しないほうがいい場合がある。プロセラピストでない限り PTSDトリガーになりかねないので、慎重に。

考えられる人になるには

疲弊する環境を脱するのが最優先だ。

ストレス回避反応を高める。ただでさえADHDは弱いとされる、長期的な価値評価するための前頭前野が働かなくなり、極端な単純化をし始める。生存のヒントを得るために(存在しないかもしれない)脅威をあちらこちらに探し始める。

IQを上げる方法はたくさんある。有酸素運動無酸素運動を組み合わせたインターバルトレーニング読書楽器演奏、人との会話、人と比べて自分が優れていると実感する、など。しかし、どれもそれができる基盤が無ければ成り立たない。基盤は、どんな形であれ"安心できる生活"だ。

生活

プロ相談して模索しているのはとても素晴らしい。これこそ良い判断だと思う。

あなた場合愛着のある肉親だろうが、親元、実家から離れるのは最優先だ。トラウマ体験のある場所にいると記憶トリガーが多く、思考ノイズ高まる瞑想を頑張っていても考えの棄却という技術では捌ききれない量になる。例えるなら、イラク戦争PTSDになった米兵戦後もその戦場の脇で延々とセラピーを受けるなんてことがあるだろうか。アメリカに帰って湖で犬とキャンプでもしているべきだろう。

孤独

追記や他へのレスを見ると、同居した者と揉めた経験からグループホーム同棲抵抗があると言っている。

父に笑顔で頷き続けるか、他の障害者暴力を振るわれるかの2択しかない。

↓もそう。私もこの囚われとは長年付き合っている。 自分場合、親には愛されているはずなのに。

 環境を変えても、私がダメからダメだと、ずっと思ってた。愛されるためには愛される能力必要で、残念ながら私にはそれが決定的に欠けていると思えるから

ちょっとつらいかもしれないから今は受け入れられなくてもいいのだけど、これこそADHD特有の極度な問題単純化の例になっている。あのときうまくいかなかったという一例を以って、だからあれはやめたほうがいいのだ、というように考えるとワーキングメモリが大幅に節約できる。実際は、相手特別クズだったとかグループホームガチャとか色々分解できて、次の一手はまたフラットに考えることもできるはずなのに。

今は総括(判断)せず、プロに任せて、最善の環境に居れるまで模索するのがよい。次がダメだったとしても単純化せず、また次のチャンスを模索する。単純化バイアスを除いて考えれば、定型発達でも転職離婚病気のような失敗は何度も経験するのだ。

人間のつながりが欲しいと思ったとき、そうできている人とのライフスタイル比較するのがいいと思う。親族、家、お金車など財産ではなく、朝起きて何をしているのか、どんな本を読んでいるのか、どんなご飯を食べているのか、どんな娯楽を好んでいるのか。"考える"代わりに"行動する"のがよい。考えても考えても財産ライフスタイルも変わらないどころか極度の単純化で誤った判断をするのが疲弊したADHDの末路だ。

安全生活が得られるようになってきたら、形から入る。脳は考えて変わるわけではなく、運動、適度な負荷(勉強練習など)、食事で変わるのだ。脳に振り回されて困っていたのだから、脳を手なずけるのがよい。だから順番を変える。"まともな自分になれば孤独ではない生活が得られる"というのはやめて、"孤独じゃない人の生活を真似てみればまともな自分になれる"ということ。

増田について

私も自分自身そう思いたいという部分はあるんだけど、見ている文章を見る限り全然馬鹿ではない。というか文章のみのコミュニケーションであれば誰も重度の発達障害とは感じない。

これはこの番組の予告だけ見ても思った。もし道路出会ったらまるで思考が通じない人にしか見えないのに、文章は物凄く理知的で美しいのだ。

https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009050591_00000

我々は入出力や瞬発的な行動については困難があるかもしれない。しかし、中身までおかしいわけじゃない。

親さえもそれはわかってくれなかったかもだけど、今は世の中に知見が溜まってきているし、お互いこのようにネットで話すこともできるようになってきた。だから幼少期よりはまだ模索できる道は多いはずだ。

おせっかいかもしれないけど増田きっかけで過集中に入ったので最後まで書きました。

ブコメ言及など

スターがついていたので。

hamamuratakuo 個人的な見解だが、頭が悪い人に共通している特徴は「嘘つき」であること。全てを曖昧にしており、現実直視できず、被害妄想に耽溺。それゆえ認識が歪んで知性も劣化している。嘘をやめることが改善スタート地点

言っていることの大筋は私と同じだ。しかし、それを「頭が悪い」「嘘つき」という主観性の強い表現であえて言い直す必要は無い。今回で言えば頭が悪いのではなくワーキングメモリが小さいと言えるし、嘘つきなのではなくワーキングメモリ節約無意識に行っている、というようにより具体性のある話にしたつもりだし、「嘘をやめる」に対応する極度の単純化をやめる方法も示したつもり。

これも脱線するが、自分発達障害自覚する前、定型発達的な人々に対してリスペクトを欠いた態度を取っていた。彼らは(今思えばADHDの私に比べれば、だが)会議発言しない、積極性が無い、すぐ行動しない。「頭が悪い愚鈍な人々だと思っていた。つまり自分が得意なことができない人を簡単に「頭が悪い」と言うのは主観的すぎる。特に今回の文脈では発達障害という特異な脳の状態について話しているのだから、少し配慮してもいいんじゃなかろうか(隙自語同士なのでまぁいいけど)。発達障害知的障害は異なる。高IQ発達障害大勢いるし、発達障害の診断時にIQテストを受けるのでむしろ発達障害者のほうが自分IQを正しく理解している。

misarine3 嘘ではなく現実を正しく把握できなsので偏って間違った認識を伝えてしまうケースもある。あとADHDかと思ったら発達性トラウマ障害複雑性PTSD)というケースもあるので一考してほしい。

programmablekinoko マインドフルは合わなかった。多動優先だとじっとしているのが難しい。有酸素運動強制的に頭空っぽにするか、NBackやラジオ流しながら何かを音読するなど、脳内ノイズをかき消す方法自分には良かった。

https://anond.hatelabo.jp/20220118124641

元増田ではないけどマインドフルネス瞑想トラウマ持ちだと困難だったぞ

TFT自己否定強いと自分を叩き出して失敗した

ブクマにもあったけど発達性トラウマ考慮しないと危ない

これはそうかもしれない。実は自分場合自己流の荒療治でトラウマ追体験を繰り返してみたり瞑想でつらいことを棄却する訓練をやってみたりと実験してみた。この中で瞑想継続できたということなので、n=1 なのは確か。カウンセラー精神科医などプロ相談しながらがよい。

本当は睡運瞑野がうまくかみ合えばいいのだけど、睡運瞑野ができるのは睡運瞑野がうまくいっているときだけという難しさがある。 瞑想の代わりに運動する、それもできないなら何もせず寝てしまうなどで、あまり考えないようにできるといい。

sisya 前提が少しおかしい。「頭が悪いから人に大事にされない」ではなく「考えが足らずに人が傷つくことをしてしまっているが、そのことに自分が気づけないので遠ざけられる」なので、相手にその旨先に伝えてくといい。

自分アイディアはこれとも違う。そもそも大事にされていない」「遠ざけられている」という認識が正しくないかもしれないというのが私の立場だ。元増田についても、すでにこのスレッドブクマで多くの人から大事にされているのだから大きな反例になっている。 少なくとも汲める事実は「両親からモラハラがあった」「グループホーム暴力を起こした人がいた」ということだけだ。これを「遠ざけられている」と読み取ることは、私が何度も言っている極端な単純化だ。

もし「自分の考えが足りず人を傷つけるのだ」というところに根拠を置いてしまうと、「自分の考えを洗練させなければならない」という出来もしない曖昧課題が作られてしまう。私もおそらく元増田も、このような袋小路でさんざん自分を苦しめてきた。私の主張が伝わっていれば、期待値が高い対処は例えば「なるべく親元から離れる」「相性のいいグループホームを探し、医師など専門家支援を受ける」などになる。的外れな自省をさせる意味は無い。

aox ASMRに限らず増田さんみたいにスパスパ考えられて実行できるなら誰も苦労しないのでは ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ

私も偉そうに書いてしまっているので労せずこれに至ったと思われても仕方ないが、これに至るまでは大変な苦労をした。自殺未遂をして警察保護されそのまま措置入院(強制)というのを何度かやった。ずっと不登校だったが一念発起して就職した会社も、それで復職できず退職した。短絡的な行動で多くの人間関係を失った。何年も睡眠が浅く、悪夢で夜中に飛び起きることが多かった。今もギリギリバランスでやっと立っているが、それでも以前に比べれば前向きに暮らせている。むしろ読む人がこんな苦労をせず役立ててくれるなら幸いだ。

2022-01-13

anond:20220113230553

せっかく充電式にしてあげたのに

コンセントって、そんな自己否定すんなよな

2022-01-03

anond:20220103171529

そういう主張なら納得。

この世の中はそんなもんでしょ。

ぼーっと生きている人と、わかっているけどどうしようもできない人がいるだけ。

僕はどっちだろうかと常に自問自答するしかない。

ちょっと昔はたばこなんてみんな吸ってたのに、

つの間にかそんな時代はなかったかのような風潮だ。

そのまた昔は、覚せい剤普通に市販されていた。

けれども、酒を飲むのは喜ばしいことらしい。

そのまたまた昔は、お国のために人殺しをすることが正義であった。

三浦綾子教師時代にそのような軍国教育をして、戦争が終わり手のひらを返した世の中を見て

人間不信になり教師をやめ小説家になった。

繊細でちゃんとした考えを持った人は、壊れてしまう。

死刑とか一人の人間の命について真剣に語り合うけど、

よくよく考えると僕らが小学校で習った歴史偉人は大量殺人鬼ばかり。

動物を助ける動画ほっこりし、動物を殺す人をみて憎みながら、何食わぬ顔で豚汁を食う。

毎日数多くの虐待が行われる中、母親の愛は海より広いと説く。

自分けがれた存在だと自己否定におちいり、部屋に引きこもる人を誰が避難できようか?

ひょっとしたら、欺瞞にまみれた世界でぼーっと生きているのは僕らのほうではないか

2022-01-02

ソリの合わなかった上司とまた同じチームになりそう

人事にここ3年ぐらい「この分野の仕事したいにゃ~~んゴロゴロ」と定期的に土産コーヒーを貢いでたのが功を奏して今度の異動で行きたかった部署に行けそうになってる。

でも、職場の人事関連について闇のネットワークを持ってる人(人事部門幹部旦那の友人)から「お前がめっちゃ嫌っていたN氏もそこに行くっぽいし、お前はNの部下になると思うよ」とリークしてくれた。

Nと私は前に2年ほど上司部下の関係になったことがあり、たった2年の間にお互いにとって宿敵と言えるほどの憎しみを溜め込むことになった。

原因は簡単で「会社に対して滅私奉公すべきか?」に対する考え方がある軸において真っ向から対立したことである

ただし、「この仕事が好きか?」と質問されればお互いに「めっちゃ嫌いです。けど、転職して成功する自信がないのでこの職場に張り付いてます」と答えるであろう点については一致している。

「滅茶苦茶嫌いだけど金のためにやっている仕事に対して、自分私生活犠牲にできるか?」という部分において完全に考え方が違う。

Nは有り体に言えば社畜の才能に恵まれ社畜だ。

夜の2時まで仕事をして近所のサウナシャワーと仮眠のために4時間ほどインターバルを取り次の日6時から仕事を再開するという社畜ハッピーセットを10日間ぶっ通しでやり抜いたことで知られる天才社畜だ。

今でもそのレベルを3日連続でぐらいならやってみせる。

まれついてのショートスリーパー体質と体力、そして仕事によって産まれストレス仕事への意欲に変換できるエコ社畜エンジンを搭載した理想社畜だ。

会社は彼の貢献に対して「残業時間が多すぎるので、半分ぐらいしか払えないよ」という扱いで答えたが、Nは「俺の未熟が原因ですからナシでもいいぐらいですけど、くれるっていうなら貰いますね」と返したという。

ちなみに彼はそれほどの努力家ながら自己肯定感が低い、というより自己否定無限に繰り返す回路を人生の何処かで植え付けられたらしく「自分程度の人間が出来ることは中卒以上なら誰でも出来る。つまり社会人なら皆出来る」と常に言い張ってるし本気でそう信じている。

からすれば恵まれた体質と引き換えに人間として大切なもの悪魔に持っていかれたような人間しか思えない。

私は睡眠時間が7時間は確保できないと性能と人格ヤバイほどに劣化するタイプであり、この時点でもう彼の真似は不可能である

多少仕事が残っていても次の日に響くと判断すれば仕事を切り上げるので、その時点でNからすれば許しがたい存在として認定されてしまっていた。

また、給料が貰えないのなら労働契約そもそも成立していないと割り切り、「ちょっと今の時期は残業しても金あんま出せないわ」みたいな話が来たら仕事は雑に圧縮して意地でも定時で帰っていく。

これについてもNからすれば会社員たるもの給料が出る出ないではなく自分仕事クオリティに誇りを持つことを大事にすべきだという事で極めて嫌われていた。

私は某ラーメンハゲの言う「給料の出ない仕事無責任になる」という言葉を信じているので、給料が出ない中でダラダラ働いてもどうせどこかで雑になるのだから給料が出る範囲工数までに前もって圧縮することこそが仕事のあり方として正しいのだと考え、そこに誇りを恐らく持っている。

こんな仕事に誇りなんて持てているのかと言われると怪しいが、そういう考え方こそが正しいのだと信じている。

この見事なまでの思想の違いが露見するたびに、Nと私の仲は険悪になり続けた。

最終的には「アイツの考え方がそもそも間違っているのに、それを理由にコチラを嫌ってきている。ソレがもはや許せない」という状態となり、「アイツが俺のことを嫌いだから嫌い」という無限ループが成立した。

晴れてお互いの友好指数は-100%メーターを振り切り、互いが積極的干渉回避しているため仲が修復される見込みはない。

どうすればいいのだろうか?

まず、Nの考えを私が受け入れるという解決方法は無理だ。

労働基準法を踏みにじれというのはまだしも、睡眠に関する体質を変えろというのは土台無理な話だ。

「死んで生まれ変われ」にさえ等しいだろう。

まあ、Nは私にほとんどそれと同じ意味になる言葉を10回はかけてきやがったわけだが……。

部署の異動を諦めるというのはシンプル解決方法だ。

人事に状況を説明していけばいいのだが、問題は「風のうわさで嫌いなやつと同じ部署になると聞いたのですが」を柔らかく伝えることと、その情報の出どころについてリークしてくれた相手迷惑をかけない工夫が必要だろう。

頭をひねれば解決するような気もするし、アレコレ自分で考えても結局無駄に終わりそうな気もする。

転職という手もあるが、これについては「でも私に能力がないので」という哀しい結論が待っている。

哀しい。

もう割り切ってNに何らかのパワハラをさせてから明るみに出すという手段もある。

ただこれをやるには二の矢として転職の準備を進めていかないと難しいだろう。

うーん。

まだ見えていない解決の糸口があったらおしえて欲しい。

2021-12-25

自分北新地放火事件を起こしていたかもしれない

とあるニュース番組で言ってた。自分自身の不遇な境遇とかを他人のせいにしてしまう人がああい事件を起こしちゃうって。

まあ、単に努力不足かもしらんけど置いといて。

-

流行りの自己肯定が高いと、そうなるらしい。

自分は悪くない、俺を評価しない周りが悪いんだ!ってなるんだって。なるほど。

-

いっぽう私。

自己肯定という概念すらないくらい、自己否定っ子だった。おかげでこの世の不幸はすべて私のせいと思ってた。

今じゃ笑えるけど、アフリカのほうで飢餓で死んじゃう子どもとかも、私が生きてるせいだと悲しんでいた。申し訳なかった。

こーんな性格?だったおかげで、自傷しまくってた。全ての原因は自分だったからね。

-

自己肯定感が低いこと、コンプレックスだったけど、今回の事件のおかげで考え改めたよ。

刃が自分に向くタイプでよかった。殺人犯にならなくてよかった。

否定しまくって育ててくれた両親、ありがとうね!

自分北新地放火事件を起こしていたかもしれない

とあるニュース番組で言ってた。自分自身の不遇な境遇とかを他人のせいにしてしまう人がああい事件を起こしちゃうって。

まあ、単に努力不足かもしらんけど置いといて。

-

流行りの自己肯定が高いと、そうなるらしい。

自分は悪くない、俺を評価しない周りが悪いんだ!ってなるんだって。なるほど。

-

いっぽう私。

自己肯定という概念すらないくらい、自己否定っ子だった。おかげでこの世の不幸はすべて私のせいと思ってた。

今じゃ笑えるけど、アフリカのほうで飢餓で死んじゃう子どもとかも、私が生きてるせいだと悲しんでいた。申し訳なかった。

こーんな性格?だったおかげで、自傷しまくってた。全ての原因は自分だったからね。

-

自己肯定感が低いこと、コンプレックスだったけど、今回の事件のおかげで考え改めたよ。

刃が自分に向くタイプでよかった。殺人犯にならなくてよかった。

否定しまくって育ててくれた両親、ありがとうね!

2021-11-28

anond:20211127135535

ちゃんと読むとこれが誤爆なんだろうな。

もう一度言いますが、 『男の役割を降りる=男が上方婚する』 『女の役割を降りる=女が下方婚する』 ですよ。 何もしないはただのフリーライダーなので当てはまらない。

とおなじやつがいってるとしたら気がくるってるなぁ。自己否定だもんな。

2021-11-24

自分のことは嫌いだけど、自分が信じてる世界は好き

自己肯定感みたいなのが皆無な上に自己否定感と被害妄想だけはいっちょ前で、自分が生きてることでプラスになることなんて一個もないと思って人類の末席を汚してる。

ただ、自分が好きなものはめちゃくちゃ価値のある素晴らしいものだと信じてるし、自分が作り出したものちょっと価値のあるものだと信じてる。

大事なのって、価値のあるなしじゃなくて、この「信じてる」っていう無根拠ゴミだったりしないかな。

2021-11-07

[] この増田底抜けバカと思う

これはいもの国語増田じゃないかと思うが、内容が稚拙すぎる。ブリンカーを付けて歩いているのか?

https://anond.hatelabo.jp/20211106182157

 

国語収入所得の違いの指摘だけなら兎も角、倫理と対比して実習制度奴隷使用現実主義擁護しやがった。

この「倫理を詰る者に対してその話者立ち位置倫理性を問う」というのは原発反対論者に電力の使用を詰るというのが有名だが、ブクマではフォーマットが同じなので安心して賛同する者が出ている。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20211106182157

はい言葉いじりだけで実習制度奴隷使用是認されるべきものになりました。

学校というサンドボックス国語問題を解くのは得意だが学校ではない社会事象に対してもそのサンドボックスから出ないで得意げにあーだこーだ言うのが国語増田の特徴だったが、やっぱこの増田もそれなんじゃないのか?

戦後日本農業善意倫理設計された産業システム

そもそもほぼ全ての農家土地を持っているというのは米軍倫理観点で強行した為というのを忘れている。

戦前まで土地を持たない小作農が沢山居り、これが農村部貧困の原因になっていた。大日本帝国満州開拓への固執動機には国内の水呑み百姓問題があった。

これを理解していた米軍は耕作地の所有権小作移転させ、その他農村近代化も進めた。

これには世界恐慌米国内での困窮農村救済プロジェクトがあった事も関係しているのな。教科書で習うのは農業調整法だが、それ以外にFSA農業安定局)プロジェクトなどがある。

そういうプロジェクト従事していた人らが戦後徴兵されたりして技官武官として日本に来てこういう政策を行った。

 

米国農業資本中南米ではプランテーションを行っていたし、未だに行っている。

でも占領時もそういう資本は入って来なかったし、日本農民プランテーション下で経済的支配された身分にならなかった。

米国化学肥料メーカーにも蹂躙されず、国内爆薬製造者肥料メーカーに転身しただけだった。

増田立場では日本の貧農は外国資本や農主の下で働くことになるのは現実主義的に当然なんじゃないのか?

だが実際は倫理的に改革されて戦後農業の形が出来ていたんだよな。その土壌で奴隷経営するのが出てきて言葉遊びでそれをごまかしているのだから批判する声が出るのが当然だ。

 

農家収入所得分別できる「経営者」であるのは善意を期待する倫理に基づく税制度のため

GHQ税制改革も進め、その一つの大きな柱が「個人事業への企業経理の導入」なのな。青色申告とか複式簿記のあれだ。

青色申告の本を読むと必ず出てくるカール・シャウプの事だ。

法人税でも青色申告でも複式でつけた帳簿は税申告時には税務署に見せない。PLだけ提出して帳簿と領収書などは保管義務があるだけだ。だが税務調査が来たらすぐに見せなきゃならない。

これは国税当局経営者が互いに信頼するという前提に立っている。公文書改竄国会虚偽答弁した事で国税庁長官に昇進した佐川宣寿が結局すぐに辞職したのはこの為だ。善意と信頼に基づく税制なんて運用できないからな。

この米国企業式の経理税制個人事業の基礎に据えた為に農家個人商店も複式簿記出来るし給与生活者があまり意識しない収入所得を当然に分別出来るのだ。

それなのに倫理現実主義対置して倫理disってみせるというのはどういう事だろうか?

増田みたいなクソ現実主義は15年前に腐るほど聞いた

今は入管法が厳しくなりあまり居ないが、2004年くらいまではオーバーステイ外国人っていうのは沢山居た。それでビザの条件にも違反して労働している者も多く居た。水商売とか町工場とか偽装請負とか。後者では賃金を買い叩かれて働いていた。オーバーステイなんて大したことじゃなかったのよ。

だが年々入管法改正され、当局の締め付けも厳しくなってきた。すると手入れを恐れて雇用するのが難しくなる。

そうなると工場社長水商売オーナーはボヤく。曰く「商売あがったりだー」「仕事減らすしかねぇ」当たり前だ。

でもしょうがないので商売替えするか諦めて社員を雇うしかない。私は当時水商売に近い所に居たからボヤキを散々聞いた。「いいアイデア無い?」とも聞かれた。

偽装請負の中にはオーバーステイ専門の派遣で、社長自身外人、要するにただのブローカー法人格持ってるのも居た。

当然困ったろうが知ったこっちゃない。商売畳めとしか言えないし、そうなった。

元増田はこれらの人は擁護すべき立場なのだうから、どうか入管の矢面に立って外国人キャバクラオーナーとかブローカーとかを擁護してやって欲しい。

この10年程度の問題しかない

実習制度は昔からあるが、それが人権問題国際問題化してきたのはこの10年程度の事だ。

どうしてそうなったかは上の説明読めば判るだろう。オーバーステイ摘発が増加した為にこの制度悪用代替手段として一般化したのだ。

水商売にも拡大を」なんて意見は判り易いだろ。

そして昔は現地のブローカーが暗躍してた人身ビジネス国家がハク付けをしてしまった形になる。

更にその悪用オーバーステイ外国人雇用にあまり関与してなかった業界が参入する事にもなった。その一つが農家

から100円のほうれん草食いながら」云々というのは、甘い味を覚える前の経営に戻るしかないというだけの事。

ずっと実直にやってた頃に戻ればいいんだよ。

 

学校から卒業せよ

国語問題を間違えている人を発見して有頂天になっても、それは学校的な発想でしかない。

学校」のサンドボックスから出て「現実的」な事を書いてみようとしても、倫理で詰る人のメタ倫理性を論うテンプレしかないというのはホームルーム先生をやり込める「目覚めた」生徒のそれだ。

学校空間ではそういう自己否定@山岳ベースを聞いてくれる先生がいるが現実はそうではない。原発も条件が揃えば爆発するし人権問題が後に国際問題として延々解決しない事にもなる。更に人の人生破壊する。

それでも文句があるんなら外国人キャバの復活やオーバーステイ専門派遣の復活を主張してくれ。

その宛先は、ホームルーム先生体現する優しいリベラルじゃなくて入管な。ヨロシク頼むぞ。

2021-11-03

日本共産党根本問題

タイトル釣り

当方共産党死ぬほど嫌いとかではないし、暴力革命がどうこうという話もまったく興味がない。

ただ、やはり共産党不安を覚えないかと言われると嘘になる。まず前提となるのが、それがいつまで続くのかはさておき、日本は当面、資本主義でやっていくだろうということだ。そこで思われるのが、資本主義否定している共産党は、やっぱり資本主義の扱いが下手そうだということ。

もちろん、普段アニメ絵を散々否定している奴に絵を描かせてみたら実は神絵師だったという可能性もゼロではないだろう。でも、普通に考えてそういう可能性は低いだろうし、それと同じで共産党資本主義をうまく扱える可能性に賭けようとは思えない。

そこで考えたのが、有権者安心感を与えるうえでも、著名な経済学者なりエコノミストをブレーンに据えて、「自分たち資本主義をうまく扱える」ということをアピールしてはどうかということだ。「自民党やら維新やら、資本主義の扱いがわかってねーんだよ」と言える立場になる。実際、共産党ホームページには「まずは資本主義の枠内で民主主義を徹底する社会を実現し、そのうえでさらなる社会発展に挑戦する」と書いてあるので、ありえる方向性ではあるだろう。

が、ここで思ったのは、そもそもそれって共産党自己否定ではないかということだ。

マルクス主義についての自分の乏しい知識をかき集めると、どんどんブルジョワが没落していって、人口の大部分がプロレタリアートになる。そこで革命が起きて、プロレタリアートのための社会をつくる...というロードマップが用意されていたはずだ。この流れのなかでの資本主義は、どうみてもうまくいっていなさそうだ。

それなのに、共産党が優れた経済ブレーンを据えて、資本主義をうまく扱えることを証明できてしまったとする。その場合、無理して共産主義社会へと移行する必要はもはやなくなるわけだから、その時点で共産党はその存在意義を失うことになってしまう。逆に言えば、共産党資本主義がうまく回らないことから利益を得る集団というようにもみえしまう。

共産党には頭が良い人がたくさんいるだろうから、このあたりの問題ちゃんと考えているだろうとは思う。誰か教えてくれないかなあ。

2021-10-21

anond:20211015134437

そのまま面接があっても自己否定して面接行かないやつばっかなんだよなぁ

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