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2018-12-13

anond:20181213043431

パワハラセクハラ被害者健康を害してまともに働くことができず、それに伴う罪悪感や自己否定のために日常生活にも支障が出る。

具体的には年配の女性を見るたびに恐怖を覚え吐き気を催したり、場合によっては加害衝動を感じることもある。

YouTube広告デヴィ夫人が出てくるだけで鼓動が早まり手に汗がにじみ、思考が停止して行動が取れなくなる。

一方で加害者側は加害者である自覚もなくのうのうと生活している。許しがたい。あなたのことだ、S井理事長リンゴが送られてくるだけで日常が壊れる。

普段は「報復は新たな報復を生み不毛だ」と理解しているつもりだが、体調の悪い時期には破壊衝動に駆られて不安になり、自己嫌悪に陥る。

もし同じような境遇の方がいれば、上司侮辱され、家族侮辱され、怒りと正義に呪われるくらいなら、こうなる前に逃げ出すことをお勧めする。

一度呪われてしまうとそこから抜け出すのは非常に難しい。

2018-12-06

今月末で会社を辞める

弊社 Want you

面接ガバガバぶりに心を惹かれて入社して4年目を迎えようとしてますいかがお過ごしでしょうか

履歴書をぽいっと放って「なんか朗らかだね〜採用でいい?」

こんなに楽な面接は初めてでした。

でもそのあとの課長による社内案内が会話出来なさすぎて苦痛でした。

なんであんなに不機嫌そうなんですか。

あの後普通にそいついじめられました。

半年で心が折れて1回退職しました。

そして非正規再雇用して頂きましたが、給料が、給料が、月の仕事の入り具合によっては死線をさまよいました。

正社員でもボーナスないぐらいですからね。

絵に書いたようなアットホーム職場で、おばちゃんネットワークから弾かれる地獄を見ました。

そのアットホームに私が入れて貰えるとは限らないんですよねー。

毎日退職オススメされるの苦しかったですよ。

悲しそうな顔を見せれば「追い出したい訳じゃなくて」「貴方のことを思って言ってる」

そら毎日こんなこと言われてれば欠勤も増えますよ。

かわいがってくれた男上司も最終的にはおちんちんをお尻に擦り付けてみたり。

この経験を生かして風俗嬢をしてみたら意外と向いてたみたいでいっぱい稼げました。

最近副業禁止と知りましたがね。

副業しなくてもいいぐらい給料あげてから言って欲しいですね。

苦労は若いうちにしとけ、十分苦しかった。

希望を持って入社し何言ってるかも分からないおばさんの冷たい目に殺されて、生活からつのまにか風俗で働いてる。

普段は堪えて生きててもふとした時に襲ってくる自己否定感。

自分はみんなと同じようにレールを走れなかった。週一ペースで涙を流した。

昼も夜も嘘つきばかりだけど夜の方がちょっぴり欲望に正直。

嫌なことも気持ち悪いのも全て金で割り切れるのはむしろ爽快ですらあった。

ストレスに耐えきれなくなった日は札束を数えて精神の安定を試みた。

目標額溜まったので昼も夜もやめて新天地でやり直すと決めた。

会社のおばちゃんはよっぽど私が嫌なのだろう、明日にでも有休消化してそのままいなくなれとくちやかましかった。

夜の方は繁忙期だから助けてくれと頼み込んできた。最期に稼ぎ切って辞める。

どことは言わないが初就職会社風俗歴が残るこの土地は私にとって忌み地である

必ずやり直してみせる。

明日退職届をだす。

平成最後大掃除。 次の元号幸せでありますように。

2018-12-05

風俗狂いは、「整体」へ行け

風俗狂いだったんだけど。

整体に行ったらピタリと収まった。

  

風俗狂いだったころは、

性欲の解消をしないと痴漢などしてしまうんじゃないかという恐怖、自己否定を緩和したいが社会的にやるとリスクあるからバブみに行く。

と言った感覚だったが。

何のことは無い、体に触ってもらって快感が得られれば、整体でも十分だった。

  

月に4回風俗行けば、10万20万とかかっていたのだが。

整体マッサージなら、週2で行っても月に6万くらいか

風俗みたいに、変に待たなくてもいい。どこにでもあるので吉原など行く必要もない。性病リスクも無い、ハズレにキレることもない。

安心して任せられる。

  

しかも、銭湯などに併設されていれば、風呂などでリラックスもできる。

  

そうなんだよ。

上野あたりで、マッサージサウナかいくらでもある。

そういう感じで。

昼間はヤル気あったのにな

昼間は色々やるぞという感じで元気だったんだけど7時ごろ家に帰ってきた途端に「俺なんて何もできない、どーせ無理」と過剰に自己否定を始めてしまった。なんなんだこの落差は。おかしいだろ。

2018-12-02

https://anond.hatelabo.jp/20181201183605

 自分は鬱とかの精神病患者(そこそこ長く、今後も続く)。なので精神病を抱えて生きるのがしんどいのは分かる。

 

 奥さんが暴れたり泣いたり伏せったりする姿をご主人は耐えていかなきゃいけないと考えてらっしゃるかも知れない。

 しかし、患者さんの家族にも人生がある。

 ご主人が奥さんに譲歩しすぎ、ご主人のストレスが蓄積して共倒れになる可能性を危惧する。

 

 奥さんが「買い物依存症」なのかどうかをまず見極めなきゃいけないと思う。

 担当医に生活状況をきちんと報告し、対策を練ることが大事

 例えオタクだろうが、金銭管理に野放図になるのもどうだろうか?

 自分も本やアニメフィギュアが好きだけれど、お小遣い範囲でというのを守ってる(そうしなきゃ生活出来ない)。

 かわいそうだけれど、最悪、奥さんクレジットカードなり没収も想定しなくては。

 

 あと、大切なのは一度に沢山判別させないこと。

 大きめのダンボール箱に入れた分、これを「今週中に判別しようか」とアバウトに決めておく。

 判別は一緒に。ただ、口出しせず見守り、ある程度終わったら「がんばったね」「よくやったね」と沢山ほめる。

 

 精神病患者自己否定タイプも少なくない。

 認められたい気持ち、ほめられたい気持ち、だが、自分矮小さを強く意識しそれが出来ない事もある。

 奥さんの両手をとって、「ありがとう」「がんばったね」とほめてあげてほしい。

 例え家族暮らしていても、孤独感にさいなまれている精神病患者さんはいから

 

 干渉せず、だが、見守るというのは難しい。

 寝込んでしまう姿を見たくないから、好きなままにしてしまうという気持ちもわからないでもない。

 しかし、家族として今後も暮らしたいのであれば、ほんのわずかでも、互いが気持ち良く暮らせる事が大事なのではと思う。

 奥さんだけの家じゃない。奥さんの為だけの家族じゃない。

 

 自分は夫共々共倒れしてしまい、破綻し、離婚を選んだ。

 仲は良いのでそこそこ電話で話したりするが、共に生活することはないと思う。

 愛や恋があろうと、生活もっとシビアから

2018-11-29

ボヘミアン・ラプソディへの賛否腐女子の今昔

先日、こちらのブログ記事を読んだ。

http://www.ishiyuri.com/entry/2018/11/25/bohemian-rhapsody_

こちらのブログ結構好きなのだけど、この記事にはううーんと首をひねってしまった。

特に『この映画がよくないのは、それらの価値観現代視点から洗い直したり、疑義をさしはさんだりする部分がひとつもないということ。』部分だ。

この映画はフレディの伝記映画であって、少なくともスクリーンの中には存在する彼の『現実』に、疑義をさしはさむべきだろうか?

といっても私はクイーンについてはまったく知らないので、私がもやもやしたのは、私自身を投影たかである

私はもう20年以上腐女子だ。

腐女子になった理由は逃避だ。現実がしんどかった。家族がしんどかった。自分自身を愛せなかった。フィクションに救いを求めた。

かつて栗本薫中島梓の名義で『コミュニケーション不全症候群』という本を出した。1991年だ。その本の中で著者は『(自己愛の発露と解釈されることもあるが、現実には)彼女たちは自分を愛してなんかいないのだ。』といったことを書いている。その一文は私の胸を貫いた。また栗本薫が受け取ったファンレターには、彼女が描くBL小説主人公になることだけが自分の望みだ、と書かれていたという話もある。

まり誰もかれも自分自身を愛せなかった。そこには女性性の否定が強い人もいるだろうし、とにかく自身への嫌悪が強いという人もいるだろう。理由割合もそれぞれだ。ただ辿り着いた場所けが同じだ。自分自身を愛せない。別人になることで得られる愛に一時の救いを求めた。そうしなければ生きていくのは苦痛しかなかった。

……しかし、1991年には大勢腐女子賛同を集め救いとなったこの本も、例えば今ツイッターに載ったりしたら、ボコボコに叩かれるのだろうなあと思う。

今の腐女子の間では『腐女子はただの性癖だ』というのが大勢賛同を集める。ただの性癖から現実逃避だとか自己否定だとかそういう理由はないそうなのだ。実際に、そういう人が多数派なのだろうし、1991年だっていたのだろうとは思う。

思い出すのはねほりんはほりんで腐女子テーマだった時だ。BL現実逃避といった類の答えに、ツイッターでは反論が渦巻いていた。

いわく、あんなのは10年以上前偏見だそうだ。

そういわれてしまうと、いやあなた達にとっては偏見であり抑圧であっても、それが真実人間だっているんですよと言いたくなる。

話を映画に戻そう。

私はクイーンはまったく知らない。映画を見ただけだ。

からもし、クイーンメンバーがこの映画を『フレディはこんなに孤独ではなく、もっと幸せだった。この映画ゲイへの偏見に基づいた創作的悲劇だ』と批判したなら、受け取り方はまったく違っただろう。

しかメンバーはこの映画好意的だ。それはブライアン・メイツイートからも感じられる。

孤独に苦しむゲイステレオタイプ偏見だという。

現実逃避で腐女子になるのは一昔前の偏見だという。

でもそれが真実な人だっているだろう。

私がそうであるように。

私が私の人生を描いたらきっと一昔前の古臭い偏見に基づいた腐女子像といわれるのだろう。この偏見現代価値観 ─── 腐女子性癖であってそれ以上でも以下でもない ─── をさしはさんで改めて見つめるべきだといわれるのだろう。

お断りだ。

ステレオタイプ真実の人だっている。それを、そうではない幸福人間否定されたくない。

ちなみに。

私は映画を見て彼の孤独自分を重ねて泣いたけれど、エイズ可哀想だと思ったことは、そういえば、映画を見ている間、一度もなかった。

にゆく彼を可哀想だとか、そういう感情はまるでなかった。

私はただ、ライブの発する熱量に圧倒されていた。

あの映画のどこからも、泣かせるための病気だという意図を感じなかった。

私が一番見ていて辛かったのは、ソロ活動を始めた後、馬鹿騒ぎをする来客たちがいる中で、二階でフレディが一人で座っているシーンだ。

ゲイだろうがヘテロだろうが関係なく孤独になる。孤独は辛いが孤独を感じない人間は一人もいない。

それこそ、友達が全員結婚して子供もいる中で、シングルでいる腐女子だって孤独を感じるのだ。

フレディの孤独はあまりにも露わに描かれていて、私は始め、この映画批判されていると聞いたとき、てっきりスター孤独ステレオタイプに描きすぎだ、という批判なのかなと思ったくらいだ。

2018-11-14

自分のことを大事にすると世界が変わった、ただの私の話

私はこれまで、自分無能で、ダメで、最低で、クズ人間だと考えていた。

いや、厳密には、自分ことなんてどうでもよくて、どうでもいいと思うほど優先度の低い存在だと考えていた。

そう考えていた時期の私は、思ったとき風呂に入れず、飯も食えず、眠れず、学校にも行けず、課題もできず、仕事も手につかず、PC の画面ばかりを眺めている、廃人だった。

精神科には、行けなかった。

次のような思考根本としてあったからだ。

「僕にはなんらかの精神疾患があるだろうけど、そう思うのも自分の考えだし無視していいや。精神科に行こうと考えても無駄だよ。」

苦しい日が、何ヶ月と続いた。

自分の考えなんてどうでもいい」という強迫観念は、どこまでも私を蝕んでいった。

次第に、他人に助けを求めるようになった。

精神科に通う人のブログを見て、友人に「僕はね、自分ことなんてどうでもよくて、自分の考えなんて無視していいと思っているから、精神科に行こうにも行けないんだ。誰か、僕に精神科を勧めてくれないかな。勧めてくれたのなら、自分の考えを信じることができるから。」と言っていた。

一方でこの時期の私にも、たまに元気なときがあった。

元気なときは、「できたらいいな」と思うことは「よし、やろう」と意気込んで行動できていた。

元気なとき共通することも、実は気づいていた。

それは、「自分の考えを尊重していること」だ。

「いや、自分の考えをどうでもいいと思っているなら、自分の考えを尊重できるわけないだろ」

と思うかもしれないが、いや、「自分の考えをどうでもいいと思っている状態」がそもそも異常だったのだ。

精神が正常な状態では、自分の考えがどうでもいいとは思わない。

まりときには「自分の考えをどうでもいいと思わない状態」があったということだ。

このことに気づいてはいたが、「本当にそうか?」と疑い、「それもまた自分の考えだから信用できない」と考えている自分がいるのも確かだった。

気づき大事にする自分と、気づきを隠そうとする自分、双方が存在していた。

双方が存在していたからこそ、気分の波が激しかった。

ある日は気づき大事にする自分自分大事にするためのメモを残し、またある日は気づきを隠そうとする自分自分の考えを否定するメモを残していた。

そう、私が元気になりつつあるのも、自分大事にするためのメモを大切にすることが多くなったからだ。

もちろん、疲弊し余裕がなく、自己否定ばかりする日がほとんどだった。

その中でも、例えば週に一日でも、気づき大事にするためのメモを残していった。

そして、まず週に一日の自分を大切にする日を作り、次第にその一日一日を増やしていった。

自分を大切にする日が増えていくと、疲弊していた精神も楽になっていくのを感じた。

自分否定するのが大好きで希望を失っていた私は、自分を大切にすることによって生きる気力を取り戻した。

自分を大切にすると、自然と周りの人間も大切にできることに気づいた。

私の世界は、活気の満ちた色に染まりつつある。

2018-11-12

anond:20181111224927

まだ乗ってない層はたくさんいる。次アンチアイドル層を押さえようとしてきたら自己否定感が面白そう。

2018-11-02

自分になりたくない

何をするにも根底自己否定がある。

自分が嫌いだから、こんな自分で居てはいけないと思い、「自分がやりそうにないこと」を沢山やってきた。自分みたいなのが生きていくためにそれは最低限の努力だった。

その甲斐あって、たまに褒められる。人とコミュニケーションを取るのが得意だね。プレゼンうまいね。自信があっていいね。強いから一人でもやっていけそうだね。

その実、自分本質は変わらないままだ。人と対面したくない。人前で話すのは苦手。自信なんて生まれてこの方あった試しがない。一人で泣いてばかりいる弱い人間だ。

 

だって、見えないところで頑張ってる。結果を褒められることはあっても過程はなかなか人目につかない、そういう孤独が辛いから、自分を知ってほしいから、人は親しい人に本音を話したがるのではないか

でも私は、自分になりたくなかった。誰にも本音を知られたくなかった。他人の目に大嫌いな自分を写さないように振る舞ってきた。

その努力は順調に報われている。それでも、たまにものすごく疲れる。

他人に認められても、自分自分を認められない限り、自分否定しながら生きていくしかないんだ。疲れる。生きるのって疲れる。

2018-10-29

本当に学ぶべき情報を受け取った時

本当に学ぶべき情報を受け取った時、大抵の人はそれを自己否定と受け取り、怒り狂ってその情報自体を憎んだりするので、イラッとしたときは「これは何か自分に足りないことがあるに違いない」と注意深く状況を見守るのだけれど、「あのヒト全然怒んないっすね」とナメられ使われるだけ使われて終わる。

2018-10-15

病院に行けない。

自分がただ人間性の出来ていないクズだということを自覚するのが怖いです。

現在大学二年生で親元を離れ一人暮らしをしているのですが、どうしても起き上がれず大学に行けない日があります

から鬱のケはあったのですが、中高は部活の忙しさと親に辛い事を打ち上げられずにいました。

高校三年時に周囲のススメにより地元大学心理相談室に行ったものカウンセラーの人に上手く打ち解けられず、そのまま受験期の忙しさもあり行かなくなってしまいました。

現在は、進学先の大学にあるカウンセリング室で相談をしてもらっており、昔と比べるとだいぶ精神が安定しているように感じています

しかし、ふとした瞬間に訪れる自己否定感情は無くならず、普通の人が出来ることが出来ないことが起こるとどうしても心の重荷になっています

そのせいで周りに迷惑をかけているのも拍車をかけているのかも知れません。

もしくは、逃避をしている時、罪悪感を忘れているからかも知れません。

病院でハッキリとした診断を貰っていない為、鬱病のケがあるだけの一般人という意識があるからかも知れません。

人と同じことが出来ないのに、自分病気でもなんでもない。ただの健康人間だったら、私は自身のどうしようもない人間性自覚するのが怖いのかも知れません。

出来ないことが起きた時、逃げ道がない。それが辛く感じつつも、逃げ道を探す時点で自分はただの自分を鬱だと思い込んでいる人間性の出来ていないダメ人間なのではないのか。

本当に辛いならさっさと病院に行って仕舞えばいい。そうは思うものの診断してその通りだったことを考えるととても怖いのです。

さっさと病院に行ってしまえばいいだけの話ではあるのですが、病院に行って自分を決定付けされるのが怖いのです。

このように匿名の状況であればスラスラと言葉を並べられますが、人と向き合うとどうしても強がってしまます。なので、周囲に病院に行くように勧められても自分大丈夫だとその時は思ってしまうのです。

ただ、自分大丈夫だと思っている自分が本当に大丈夫なのか、自分でわからないのです。

から病院に行くべきなのかも知れないんです。これは、それだけの話なのですが、私にはそれが出来ません。

しかしたら病院に行く太鼓判が欲しいのかも知れません。

から、これは、病院に行けば済む話なんです。

2018-10-09

おっさんずラブ

答えになっているかどうか微妙ですが・・・

誤字脱字で書き散らしですみません


40代後半のゲイです。

意見として読んで頂けたら嬉しいです。


ラーメンズ」が好きです。

アメリカドラマの「クローザー」が好きです。


おっさんずラブ

面白かったですし、かなり泣きました。


単発の2016年物を当時見て、

2018年物をアマゾンでさっき見ました。


日本ドラマはほぼ見たことがありません。

テレビ自体も実は30年近くほぼ見ませんでした。


アメリカドラマクオリティが高いのと、

マイノリティに対する態勢が違うのでやはり

日本ドラマ敬遠してしまます


日本漫画があるように、

アメリカドラマ裾野の広さはすごいです。


でもこのドラマはかなりいいところまで

行ってると思います

アメリカドラマに迫る勢い。


ジョークセンス

マイノリティに対する姿勢

作品クリエイティブ度、

それらのバランス


2016年版では薄かった、

マイノリティに対する配慮

すごく感じました。


2016年版の異性愛者側の描き方は、

リアルだと思います

春田のハセの告白に対するリアクションも、

非常にリアルなので、ゲイとしてはかなりショッキングです。


まり、これが現在日本での状況です。

大多数がそーだよな。そーなるよな。と納得できるリアルさ。


おっさんずラブレビューでも、

男性の絶賛レビュー枕詞のようにつく、

「俺はゲイではないんですが・・・」ってやつ。


これがリアルな状況なんです。

自分同性愛者だと思われては困ると言う事。

(異性愛者ってのは事実なんですから

そうなんでしょうけどね)


落合恵子さんが、

同性愛者の話をするとき

「私は違うんですが・・・」とつい言ってしまっていた。

それが、同性愛者の人を傷つけていると

気が付いたと、コメントされています


余談ですが、

同性愛に対する嫌悪感は、

近親者同士の恋愛嫌悪感に近いと思っています

いけない事と言う感覚


しかしこの感覚は実は曖昧なのです。

国や地域宗教によって、ずいぶん変わります


8親等までダメな国や、同「姓」もダメな国もありました。


実際に血縁者でも事実を知らなければ、

恋愛に落ちることもあるでしょう。

近親婚が合法な国もありますし。


社会的な原因での嫌悪感存在すると思います


さておき、

いろいろ踏まえて、今回の2018年度版の制作にあたり、

制作陣のコメントにも「配慮をした」とありました。

これは、本当にすごいことです。時代ですね。


もちろんまだまだ作品違和感はあります


多くのゲイBLに対して思う、

性的指向は変化しない」と言う思い。


しかし、性的指向100%変化しないものではないし、

かつ、恋愛性的指向関係も完全ではないです。


ずっと一緒にいたい=結婚したい!って話なら

性的指向だけで決定するものでもないでしょうし。


ただこの問題ちょっと複雑なんです。

性的マイノリティの辛さの原因の一つは、

性的指向の変化はほとんどない」事なので。


当事者は、

沢山の情報の中から選んで、自己肯定材料に使っています

研究結果、アンケート結果、事件などなど。


時代とともに変わりますし、

結果、失敗(自己否定)に終わる考察もあります


なんの肯定的情報も得ず理論武装出来てない時期


自分以外の当事者とあって感情を共有した時


自己肯定成功し始めた時


色々な経験をして、性的マイノリティ―と言う特徴が

自分の全てではないと思った時期


当事者が今、どのような考え方なのかによって、

作品に対する評価も相当変わるでしょう。


この番組

当事者メリットデメリットで考えると、

断然メリットが上回っていると思います


ハッピーエンドで終わったこと。

春田と牧がゴールだったことは大きいと思います


あり得ない!っていう評価は、フィクションにたいしてナンセンス

視聴者が、制作者の誘導に納得した作りで、

かつ、ゴールが異性愛者同士じゃなかったのは感動しました。


箇条書きに他に気になったところをあげます


マイマイに対して黒沢夫人の「あなたは無いでしょう」

(うーん、ジョークとしては品がない、

まぁ結果的想像も及ばない

破壊神にやられてしまうわけですが)


黒沢部長盗撮パワハラセクハラ

(面白さとトレードオフですかねぇ

この作品の掴みの肝ですから)


黒沢部長の恋がコメディリリーフ過ぎた・・・

可愛そうな終わり方だったです。

でも、もっとコメディとして突き抜けてほしかったし・・・(笑)


武川正宗トイレ視線

(ちよっと偏見がきついですね、犯罪ですから・・・)


風呂でのキス!

(性暴力との指摘がゲイ友達からありました)


ロリ巨乳と言うセリフ

(小児性愛者関連はちょっと)


上記問題点もアメリカドラマであれば、

もっと突き抜けたジョークになりますし、

ポリティカルコレクトをしっかり守りつつ、

フォローちゃんします。時勢に合わせてですけど。


それでも、おっさんずラブは、

今までの日本ゲイ関係ドラマと比べて突き抜けたと思います


偶然もあると思ってます

でも、ゲイを一つの設定として使い、純愛を描いた。


約40年前の漫画作品

竹宮恵子さん作の「風と木の詩」があります


少女漫画評論家藤本由香里さんが、

風と木の詩解説で、


「つながりへの希求他者による自己肯定欲求」が

少女漫画の「根底テーマ


拒否される愛としての少年愛は、

「それ」を見つめることを可能とした。


究極のつながりとは何か?という

純粋関係性のみを問題視しえた。

とおっしゃっています


40年前は悲劇で。

40後の今、この手法が「おっさん愛」で

おっさんずラブ」とゆうモダンホラー風の喜劇の中で

使われました。


大成功だと思います(笑)


BLやおい少年愛、長く受け継がれ蓄積した少女漫画資産

それによって、受け取り側が大きく変わったこと。


制作者側がどれほど意識たかは確かに微妙です。

かい設定では矛盾無理解もあります


でも視聴者のいろいろな感想を見ていると、


ゲイの話とかじゃなく純愛なんです!

(ゲイマイナス要素だけど、いい話という理論)


だけではなく、


ゲイは1つの設定。で純愛!

という受け取り方の人たち。



NHKの「弟の夫」は素晴らしい作品でした。

感動して死ぬほど泣きました。

ゲイにとってメリットしかない作品です。


でも、異性愛者にとっては?

と考えると、おっさんずラブは、

エンターテイメントとして秀逸。


がゆえにゲイ要素のある作品

大勢の人に評価される。

大事な事だと思います。橋渡しとして。


脚本家の素晴らしいセンス

それを映像化できる俳優を含めた優秀なスタッフ


ちょっとした奇跡だったと思います(笑)



1つだけ。作中の音楽が好みではありませんでした。

日本ドラマだと、音楽製作費とか大変なんですかねぇ?

テーマ曲の2曲は良かったんです。

それ以外が一貫性がないと言うか・・・


まだまだ書きたい事がありますが長すぎました!(笑)

文章の中で、ゲイ当事者性的マイノリティ

主語が揺らいでること申し訳ございません。


読んで頂いてありがとうございます

2018-10-03

人は「絶対的基準(法則性)」を過去から見出したがる。

しかし、そんなもの存在しない。

存在しないのに無理やり見つけ出すから、その「紛い物の法則」に従い

最初自己模倣、そのうちに自縄自縛になり、最後自己否定せざるをえなくなる。

無秩序(混沌)の中から法則化しやす特定パターンだけを取り出して【必然性】だけを

抽出する事に成功したと勘違いし、思い上がる。

2018-09-27

ネットカフェにいる

ネットカフェのリクライニングシートの上で注文したインスタントフードを口に入れながらこれを書いている。

ネカフェいいよね、一応女だけどきれい(と思う)にしているところも探せばあるし。

女性専用ルームは女に生まれて得していると思うことに星3つで入れている。

はじめは終電逃した時などの非常時に使ってたけど、マンガ読みたいだけとかの時にもよく使うようになった。

今日病院行って、大学行こうかと思ったけどずっと顔だしてなくて顔出せずにネカフェに逃亡してきた。

大学4回生であとは卒研卒論だけなのに全く手につかず、焦る気持ちもなく家で一人で沈んでた。

気持ちが沈むこと自体は「一人暮らしだし」「生理前だから」「嫌なことが終われば戻る」と考えてるけど

その頻度が年に数回から月に1,2回とかになって、しかもその度にいろんなタスク放棄するようになって、大学も度々サボるようになって

周りの迷惑とか自分クズさ要領の悪さに自己嫌悪入って、少し回復して大学行ってまた引きこもって…の繰り返し。

「たぶん甘えだろうけどこれを乗り切る対処方法や薬があるなら頼りたい」と思うようになった、思うようになれた。

たぶん自分では病気とかではなく単に性格だと思っている。

そうでなければPMSや何か精神的なもの(予想)。

カウンセリングルーム予約したり(今日は結局キャンセルした)、

病院行って気分の過度な落ち込みについて相談することができた。

病院に行く前の不安に対して拍子抜けするぐらいあっさり診察を受けることができた。

すぐにポジティブになれる薬くれと思ったがそんなに甘くはなかった(要経過観察)

家だと自己否定気持ちが強すぎて、そんなクズ自分によって何も手につかなくてダメだけどネカフェは人がいるから落ち着く。

たぶん人がいるところで安心したい気持ちがあるんだと思う。

キーボードタカタしてたり、いびきかいてたり、廊下マンガ持ってウロウロしている人見ると安心する。

なんか溶け込めた気がして。

から静かなフロアよりフロントの近くとか気配があるフロアの方が好き。

今日は朝まで過ごして卒研関係ちょっとでも進めて、進めなくても触れて帰ろう。

明日こそ大学行けますように。

長い一人語り目を通してくれた方いればありがとう

もしネカフェ好きいればこんな自分におススメのマンガ、本、動画とか何でもあれば教えてください。

2018-09-24

anond:20180924150049

IQ自称する人の大半は教育大附属や国公立小学校幼児学習塾でのカリキュラムの一環として測定した結果を元にしているが、IQは成長に従い大きく変動する物なのであまり参考にならない。

他人幼児期の成功体験なんて誰も興味がないが、それをわざわざ語りたがる人は自尊感情がどこか歪んでいて、故に認知バイアスちょっとおかしいのではないか

器用に生きてきたせいで「そんな虚栄心を誇示するのはやめなさい」と咎められることがなかったのか、アダルトチルドレン特有自己否定感の裏返しなのか、はたまたその両方なのか。

ハイティーン以降の測定結果は信頼性が高いものの、大人になってからIQを測定する機会なんて心療内科の診察か少年院の鑑別くらいなもんだから、自らのIQを把握している時点でちょっと社会からあぶれた人である可能性が高い。

メンサ会員なんかは流石に堅気の人ばかりだろうが、メンサに憧れ入りたがる心理常人には理解しがたい。がとてつもない自信家でそれを保証するだけの成功体験を積み重ねてきたことは確かだろう。

よって高IQ自称者は変人が多いし、アウトロー自分天才と信じて疑わない社会成功者のどちらかなので大衆併合する意義を感じていない。高IQだと話が通じないのではなくて、相手と意を通じ合わせる努力放棄しているのである

同程度のIQ記録者間でも意見の照らし合わせを怠れば話は噛み合わない。とどのつまりIQになればなるほどコミュ障が多いというだけではないだろうか。

2018-09-10

鬱のたわごと

鬱のクソニートが書いてるから、読んでてイラっとしたらページ変えてね。

1日の大半をぼーっとしてるか記憶に残らないようなことで時間が潰れていくんだけど、頭の中ではずっと「○○しなきゃ」ってやるべきことがあって、焦ってはいるんだ。

よくある自己否定ループで、解決法も「小さいこから少しずつやる」「自分を許せるようになる~」とかブログかに書いてる人いるけどさ、僕は何も出来ていないから許せる自分(自己肯定出来る過去)もない。

仕事の頑張りすぎで鬱になった人はさ、好き嫌い有れど仕事に取り組んできた過去自分がいるでしょ。ブログとかで彼らの鬱が回復していくのは自己肯定するに足る何かしらの土台(過去)が書かれていたりするでしょ。

なんでも中途半端で投げ出して自分人生価値のあるしこりが残せなかった人間が鬱で何も出来なくなったら(今までと変わってないね!)どうすればいいんだろうね。いよいよタヒぬか?

物事の良い悪いに関わらず、取り組んだ自分を良いもの肯定出来る感情後天的な素質だと思う。行き過ぎれば自己中とか言われてしまうのかもしれないけど、そういう「心のフィルタ」はSNSとか使う上でもきっと必要だし。

あと他者自己評価による行動のフィードバック自尊心を作り上げていって、それが次の行動にうつるエネルギー源になるよね。(不勉強で偉そうに言ってごめんね、そういうの詳しい同志教えて!)

子供の頃何も経験しないまま心のフィルタのない癖に感受性の強い大人になって、エネルギーのないまま無理矢理仕事とかして精神病んで消息不明になったり。

書いてて何一つまとまりがないな…要は「自己肯定出来る部分が思いつかないから助けてくれ!」ガイジです。合掌。

2018-08-21

結局増田って、「人類はなぜ滅んではいけないのか?」という疑問に対して、お前らの大嫌いな宗教的根拠以外に何も理由提示できなかったよな?

それなのに、いつまでも意地を張って宗教否定しつづけるの?お前らの行いは人類存在理由に対する自己否定だって、それはわかるよね?

2018-08-20

自分オタクからプログラマーにならなければ駄目だったのに!

この増田は何を言っているのだろうか?

そう貴方が疑問に思うのも当然だ。

だって、長年ずっとこの気持ちを抱えながら同時に何を言っているのかと何度も問いかけた。

オタクプログラマーになるものなのだ

いつからそんな妄想に苛まれるようになったのか、その原点は既に定かではない。

振り返ると、今よりも20年近く前から自分オタクからプログラマーになるべきなのだ」と思い込んでいた気がする。

20年弱、その間に様々なことがあった。

大学受験勉強プログラマー勉強を両立させようとしてどっちつかずになり、最後はどちらも上手くやれない自分への苛立ちから現実逃避気味になりプログラム勉強と称してビデオゲームにのめり込んでいた。

自分学力で入れる大学の中からプログラマーになれるような学校を選ぼうとするも、両親はITなんてものブラックばかりだし、お前はただゲームネットが好きなだけの自分プログラミングが向いていると勘違いしているだけだと説得された。正しかった。今思えば。

それでも諦めきれ無かった自分プログラマーへの道が少しでも太く残るようにと電子系の学部に進むも、そこでやっていたのは電気工学の基礎ばかりでプログラミングなんてものに触れるのは卒業研究が始まってからだった。

卒業研究プログラミングが関与すると知ったときは、ようやく今まで少しずつ勉強したプログラム知識が生かされる瞬間だと興奮したが、膨れ上がった理想現実自分乖離に再び打ちのめされる日々が続いた。

その頃ちょうど続けていた就職活動では、プログラマーへの道を志す気持ちと、ブラック企業への恐れがぶつかりあって、情報を集めるだけ集めて結局どこにも応募しないままに時間が過ぎた。

高めすぎた理想現実、結局何も身に着けていなかった自分への絶望感、やる気を失い全く進んでいない卒業研究就職活動、全てが滅茶苦茶だった。

持て余された精神エネルギー自分への攻撃へと向かい自己嫌悪自己否定に全ての活力が使われていき、生活リズム脳みそも何もかもがボロボロになり、気づいたときには2年間引きこもって、そのまま大学をやめていた。

大学を辞めた自分に残ったのは6年の空白期間、折れ曲がりながらなおも成長を続ける野心(プライド)、壊れかけた心と脳、プログラミングスクールに3ヶ月通った人間と同程度でしかない知識、そんな自分を許せない自分自身。

それから人生はただダラダラと時間が流れていった。

もうプログラムなんて見たくもなかった。

それでも「自分オタクからプログラマーにならなければ駄目だったのに!」と叫ぶ自分が心の中にずっと住み着いていた。

自分自分を裏切らせるよう先導してきた憎むべき対象なのだから当然だ。

数年ほど引きこもり空白期間が10年前後にしながらも社会に戻ろうとした時、電気系の学校で3年生まではそこそこにマジメな学生をやっていたことはプラスとなった。

電気系の資格を取った上で面接に挑み、研究室での思い出や、プログラマーを目指してやっていた勉強のことを語りながら「心を入れ替えてこれからはがんばります」と語ると、意外とアッサリ就職は決まった。

そうして何だかんだで今は、それなりに普通に働けている。

一度メンタルを駄目にした影響か、今でも時折妙な頭痛がしたり、突然気分がどん底に下がっていくことはあるが、まあそれなりに働けている。

年代大学時代の同級生たちの平均と比べれば給料は安いが、実家に5万ほど入れて住まわせてもらう分には問題ない程度はもらえている。

そんな毎日を送りながら今も「自分オタクからプログラマーにならなければ駄目だったのに!」と叫び続ける自分が心の中にいる。

彼が言うには「自分のような人間IT業界に行けば才能が爆発して自分にずっと自信が持てるようになっていた。フリーランスとして今よりずっと自由の多い暮らしが出来て、今よりも給料はずっと多い。嫌な上司取引先にペコペコしなきゃいけない時でも技術力を背景に言い返すことだって出来たしだろうし、有名人としてロクロを回しながらインタビューにも答えられた」といった人生が待っていたらしい。

しかにその可能性はあっただろう。

でも可能性だけだ。

なんなら今やってる電気設備仕事だって、突然才能が爆発して技術力で殴ってなんでも思い通りに出来る人生が始まるかも知れないじゃないか

IT系に進んでいたら、あっさりブラック企業で心が壊れていたかも知れないじゃないか。(そもそも就活をしている段階で壊れていたり、既に壊れたあとだったのだからちょっと強い力がかかったらアッサリ砕け散っていただろう)

今の人生ベストじゃないのは知っている。

ベターと言えるのかすら怪しいのも分かる。

だけど最悪ではない。

それなりだ。

ハーゲンダッツを食えば美味いと思えるし、ゆゆ式を見れば楽しいと思える。

プライドをこじらせてイキるだけイキった挙げ句、周囲の人間に不満と不安を撒き散らした挙げ句自分までぶっ壊した奴の末路としては十分にハッピーエンドだ。

ソレだというのにいまでも「自分オタクからプログラマーにならなければ駄目だったのに!」と叫ぶ自分がいる。

どうにかしてくれ

同人交流しんどい

自己否定が激しすぎてフォロワーから本の感想を貰うのが辛くなってきている。

フォロワーのことを信じていないし自分作品のことも信じていない。

そして相手感想を言っても本心で受け止めてくれるのだろうか?という疑念が晴れない。

こちらは心の底から言っているつもりだけど、その心の底から感想でさえフォロワー作品からフラットな目で読めておらず、感想を探しながら読んでいるのでは?という自分感性への疑念さえある。

我ながら面倒くさい。

あとリプ返すの緊張して返事考えるのに2時間とかかかるから死にたい

同人交流コミュニケーションツイッターも向いてない

2018-08-19

anond:20180819160612

ああ、分かる。

 増田って総括ポルノ文章技巧オナニーなんだよな。

反省する自分に酔って、それにマウントしながら善人ぶって終わり。建設的な話ができるやつはすぐにこなくなる。

 延々と続く批判批判。習慣化する自己否定と行動不能

左翼ダメな部分と作家ワナビ臭い部分が凝縮されてるからこんなに厭らしい場所なんだって教えてくれる良日記だよな。w

2018-07-24

2018夏アニメ1話ほぼ全部観たか感想書く その2

2018夏アニメ1話ほぼ全部観たから感想書く その1 からの続き )

 

あそびあそばせ

 きたないゆゆ式哲学ではない)。圧倒的なキービジュアル詐欺学校女の子達がふざける日常アニメ。基本はSS

 プレスコ収録のため、声優自由すぎる演技に合わせたキャラの表情が描かれているのだけれど、もはやキャラデザなんていらなかったんやレベルの顔芸アニメになっている。プレスコで作られたギャグアニメだと「月間少女野崎くん」がとても好きで、本作も野崎くんくらいボケとツッコミの勢いがすごい。1話は第1原画がたった一人だけれど、これからどうするのだろう。それからどしたの。

 

オーバーロード

 前回の続き。1話はナザリック地下大墳墓の日常回。ずっとこれが見たかったので嬉しい。

 

ISLAND

 ど田舎ミステリーモデル伊豆諸島新島)。原作フロントウィングノベルゲーで、本作の序盤も謎が謎を呼ぶ展開になっている。Steam版が出るらしい。ゲーム原作アニメ最近たくさん新作を観たけれど、特に最近ゲームシナリオボリュームがとんでもないので、必然的アニメシナリオ消化のために早足気味になる印象がある。オカルティック・ナインかめっちゃすごかった。翻って本作は心にフォーカスを当てたストーリーになっていて、ペル5みたいに事件が起きて解決して・・・と比べるとすごくゆっくりした展開になっている。風景描写が多く、BGMも控えめだし。そして各ヒロインの心情が丁寧に描かれていてすごくかわいい。私は荒川稔久の描くヒロインがとても好きなので(狼と香辛料のホロとかまおゆう魔王とかこの美のうさみさんとか)、本作のお澄ましした感じが凄く好き。

 シナリオ面白いのは、謎を解く鍵がSFでも村に伝わる言い伝えでもなく、心因性現象かもしれないというところ。「電波女と青春男」みたいな感じ?あっちはかなり文学的作品だったけど(主人公の語りでストーリーが進行していく)。

 ヒロイン役の田村ゆかりは直近だとLOST SONGでも歌姫役をしていたけれど、何歳の役をやっても違和感がないというか、「10代のキャラが歌う歌は10代の声に聞こえる」一方で「20代キャラが歌う歌は20代の声に聞こえる」みたいな魔力があるよね。

 

ちおちゃんの通学路

 陰キャ日常アニメ。全編通学路のみを舞台にしたコメディ。あの頃のあるあるがほぼ全て詰まっている気がする。スクールカースト気にするとか、それとなく気配を消して同級生グループから姿を消すとか、めっちゃ他人を見下す友だちがいるとか、変に正義感があるとか。

 本作は海外で「バリバリ洋ゲー好きの女の子が出るアニメ」と話題になっているようで、1話でも既にアサクリ脳全開になっている。オープンワールド洋ゲーを遊ぶ→通学中、「あそこの屋根、あそこについてるパイプに手をかけながらあっちに飛び移れば屋根伝いに移動できるんじゃね?」と思い立つみたいな妄想は誰しも1度は経験したことがあると思うけれど、そういうアニメである。出てくるタイトル多種多様で、ゲーマー向けのアニメ

 家に居場所がない、かつ学校に居場所がないみたいな人にとって、通学路って案外「すべてのしがらみから開放された、短い休息の時間」みたいなところあるよね。

 

はるかなレシーブ

 沖縄ご当地アニメ沖縄行きたい。今季唯一の飯テロ枠?沖縄行きたい。タイトル主人公ペアが”はるか&かなた”なので、はるかな。☓は↑る↓か↓な↑ ◯は↓る↑か↑な↑

 ビーチバレー初心者主人公ビーチバレーを始める話で、冒頭で最強ペアとの対決が示されている通り、最終的にはガチスポ根アニメになっていく模様。でもみんなかわいい特におばあちゃんめっちゃかわいいスポ根作品だけれど、主人公が非常に鋼のメンタルを持っているので、すごく爽やかかつ後味のいいシナリオになっている。というか主人公イケメンすぎる。2話とかかっこよすぎて泣いた。ちなみに「はねバド!」を観たあと日本作を観ると遠井成美がきっつい性格の子に見えるけれど、間違いなく気のせいである。

 1話の時点では初心者視点で「ビーチバレーとは」が描かれているので、同期のスポ根アニメはねバド!」と比べると競技初心者向けのアニメになっている(競技人口の差かな)。中学時代バレー部だった身としては、「へーこういうとこバレーと違うんだ」という気付きをちょっとずつ説明していくスタイル面白い

 ビーチバレーのシーンはとても作画熱量が高い。ビーチバレー水着で行うスポーツなので、他の競技を描くアニメと比べてラインがすごくきれいな体の動きが描かれている。特に2話のジャンプサーブを打つなるみちゃんの動きとかめっちゃすごい。あと、主人公のつけている水着、柄が細かいのにちゃんと動いてて地味にすごい。

 本作の世界は男女比100:0くらいでやや女性優位の世界(おじいちゃんを除けばかめきちが唯一の雄かもしれないけど、甲羅の形がメスっぽい)なのだけれど、予想としては”水着で行われるアツい試合シーンを丁寧に描くほどエロく見える→そういう視点をできるだけ排除するため、男性には犠牲となってもらうことにした”あたりだろうか。

 あと本作は音楽めっちゃ良い。担当したのはラスマス・フェイバー特に1話冒頭の曲とか。サントラ買うかも。

 

BANANA FISH

AmazonPrimeVideo独占

 アメリカアングラ界隈を描く作品。全24話予定。すごくマッチョ世界GTAってこんな感じのゲームなのかな。主人公がひょんなことから謎の薬物を手に入れ、そこからマフィアのゴタゴタに巻き込まれていくという話なので、いろんなクソ野郎が出てくる。1話ではシンプルなシーンチェンジを多用してどんどん話が進んでいったので、かなり駆け足で原作を描く感じなのだろうか。

 アッシュエロい。非常な才気を持ちつつもどこか危うさや孤独感がある感じとか、英二との対比によって強く印象に残った。作中でもよく綺麗どころ(?)としてイジられてるのも輪をかけて高嶺の花っぽさがある。

 空気としてのアングラ感という意味では先のアニメメガロボクス」よりもずっとリアルなダーディーさがあって、時代設定をベトナム戦争からイラク戦争に変更したのも、そういう「空気」をちゃん取材するために必要なことだったのだろうと思う。インタビューによると実際に現地を取材していて、いくつかのシーンは実在する場所とのこと。一度行ってみたいな。

 他の作品と比べて、舞台性質上、人種のるつぼ感がある描写がとても印象的。気になるのは、舞台イラク戦争後なのでアラブ系差別される描写の有無。リアルではさんざん差別されてる(現在進行系)みたいなので、それを反映していくのかどうか。そもそも社会派アニメじゃないから流石に無いか

 

プラネットウィズ

 かなり可愛い絵柄の割にハードSFアニメアリスと蔵六かな?かなり骨太ヒーロー物。シリーズ構成ネームキャラクター原案 - 水上悟志とある通り、本作のために大量のネームを書いた水上先生の完全新作。

 キャラデザ・作監岩倉和憲、美術ムーンフラワー音響監督岩浪美和プロデュース松倉友二あたりはJ.C.STAFFの名作でお馴染みのスタッフなので、本作も非常に楽しみ。

 1話時点では主人公動機けが不純(食欲とか復讐とか)なのも好き。

 

ハイスコアガール

Netflix独占

 ひたすらゲーセンとかでアーケードゲームするアニメ。台バンすんな。時は、世間が動いた1991年。当時のゲーセンってアングラ学生サンクチュアリだったのね(今もそうだけど)。

 とにかくアーケードゲームオンパレードゲーム画面がちゃんリアルで稼働している筐体を使って撮影したゲーム画面。そしてガチプレイ。各ゲーム解説(ハメ技とか)も付いてるので、初見にも優しい。けど今これを見てもリアルプレイできないじゃん!

 

異世界魔王と召喚少女の奴隷魔術

 ゲーマー脳の異世界転生。もしノゲノラがエロアニメならこれはエロアニメ

 異世界転生アニメはたくさん作られているけれど、序盤の異世界転生プロセスはずいぶん多様化していて面白い個人的に好きな異世界転生プロセスは「灰と幻想のグリムガル」「ノーゲーム・ノーライフ」あたり。本作は必要最低限の尺で必要情報を描きながらちゃんギャグとして落としているのが好き。

 とても主人公可愛い。「オーバーロード」のヒロインことアインズ様並にヒロイン力がある。序盤の展開が似てる作品の中では主人公の心の機微を丁寧かつテンポの良いギャグで描いているので、主人公がとても魅力的。

 また全体的に作画熱量が高い。すごい。

 

Back Street Girls -ゴクドルズ-

Netflix独占

 地下アイドルお仕事アニメ。ひょんなことからアイドルになった3人組が、不条理と戦いながらどんどん有名になっていくサクセスストーリーだし、実質アイドルアニメ

 ブラックユーモアSSなので、気楽に見やすい。ほぼ会話劇になっていて、動きは少ない(原画は一人だけ)。全体的に漫画タッチの絵になっているのがとても奥ゆかしい

 一人のキャラ男性声優女性声優担当しているので、「魔法少女☆俺」とはまた違うテイストの好演を観ることができる。

 

京都寺町三条ホームズ

 ヤバくない「櫻子さんの足下には死体が埋まっている」。京都舞台にした、骨董屋のせがれバイトちゃん日常アニメいい最終回だった

 櫻子さんは嬉々として人骨を鑑定していたけれど、本作の清貴さんは工芸品の鑑定。作中で登場する美術品については、エンドクレジット時代考証などがなかったのでよくわからない。櫻子さんも清貴さんも、いわゆるきれいどころなのにすごく人間味があるところがグッとくる。ちなみにこっちは割とハートウォーミングな話なので、いきなり人骨を見つけちゃったり、暴漢に殺されそうになったりとかはなく(と思う)、事件の内容がとてもはんなりしている。さすが京都

 1話では基本的にお店の中だけの話だったけど、そのうち京都をぶらぶらする話もある模様。楽しみ(2話は葵祭の話)。京都といえば、清貴さんを演じる石川界人方言がまた誰かの琴線に触れるのだろうか(彼の方言指導をしているのは同じく声優で、ウマ娘ではゴールドシップ中の人こと上田瞳)。

 

ぐらんぶる

AmazonPrimeVideo独占

 きたないあまんちゅ。大学ダイビング部を舞台にした、ヤロー特有のノリ全開な部活モノ。

 全編に渡って大学特有悪乗りバカマネが繰り広げられ、非常に銀魂みがある(1話監督脚本絵コンテ高松信司)。それにしてもOPEDがとても良い。

 非常に危険なので、決してマネするのはやめましょう

 

七星のスバル

AmazonPrimeVideo独占

 VRMMO群像劇異世界の話でもなく、リアルの話でもない出来事の話。仮想現実世界の話で近いのは「.hack」とか?

 惚れた腫れたでチームの危機とか、イベントでうまく行かなくて犯人しからのチームの危機とか、概ねMMOあるある踏襲していくストーリーにわかり味が深い。加えて主人公が(1話時点では)小学生なので、より群像劇感がある。見た目が小学生じゃないからこそ感情移入やすいのだろうか。

 本作の「センス」というモチーフが好き。センス努力では超えられない壁みたいな意味合いで使われるワードで、スポ根アニメにおける才能に近いかも。でも決定的にスポ根アニメと違うのは、例えば今期の「はねバド!」「はるかなレシーブ」ではその競技に拘る理由が「楽しいから」なのに対して、本作ではゲーム=選ばれし者の遊び=ステータスとして描かれていて、誰も「楽しいから」という理由ではゲームをしていない。主人公たちが小学生時代ゲームを遊ぶ動機は「名声を上げるため」であり、そのゲームから遠ざかった主人公たちのことを考えると、本作のテーマは「自己肯定」とか「自己否定」なのかも。

 ゲーム世界作画熱量は高く(特にアクションシーン)、スタジオちゅーりっぷ美術もすごく綺麗。BGMゲーム風サウンドも相まって「ゲームやってる感」がある。

2018-07-19

マッチョ生き方

マッチョ生き方」というものがある。

意識が高く、向上心があり、常に自分を磨くトレーニングをしている人のことだ。

私のSNSタイムライン過半数は、インフルエンサーたちの筋肉で蒸し暑い

最近こんな仕事をした。こんなものを作った。

自分は世の中についてこう思う。

他の人になにを言われようが気にしない。

などなど...。

自分筋肉他人に見せびらかすことは自己顕示欲が強くて気持ちが悪いと、

一時期そんなマッチョたちに嫌気がさしていた。

会社で行っている仕事自分の鍛えたい箇所が違っていたからなので、自分に合わない仕事で疲れていた。

他の人のことが気になり、自己否定を繰り返す毎日で、彼らの「マッチョ生き方」は息苦しかった。

私の周囲は会社仕事自分の鍛えたい箇所がマッチしている人が多い。

次元の話だから多少きつくてもやっていけるのだ...。自分はなんてダメなんだ。

当初はただ不貞腐れ、ダラダラ過ごしていたのだが、途中で疲れがピークに達し心療内科へ行った。

その疲れは私の現在抑うつの診断と紐づいていることが分かり、自分の鍛えたい箇所に改めて向き合う必要があると実感した。

診断後だいぶ苦しい思いをしたのだが、吹っ切れたお陰で最近休日自主学習自主制作がはかどっている。

仕事でもちゃん自分を磨くトレーニングができ、多少の嫌な作業でも栄養と考え取り入れる思考ができた。

今では、マッチョたちのツイートを見ても邪険に感じなくなり、むしろ自分の成長に活力を与えてくれるものだと感じている。

話は変わり、仕事求職者と会う度に感じたこととしては、

転職に期待することとして待遇が良いこと、福利厚生休日の量、やりがいなど(大切なことだが)表層的なことばかりで、控えめに言っても頭を使っている転職活動とは思えない。

私自身も鍛えることは嫌であった。

でもそれは自分に合わないトレーニングをしていたからに他ならない。

きっとユーザー自身も疲れているのだ。

栄養を取らず、ガリガリになった求職者にとってマッチョ生き方はきっと以前の私と同じく別次元の話だと思うだろう。

不貞腐れ、ダラダラしたままで、仕事を移っても良い結果は得られないのではないだろうか。

現在転職サービスは、転職の間口を広げ、限界寸前のガリガリ求職者転職市場に放り込まれている状態だ。

結論として「マッチョ生き方」は社会を生きるうえで必要であると私は感じている。

その目的自分他人を早く切り離し、己の成長にのみ向き合うために他ならない。

己の成長の結果の対価として、報酬のアップや仕事業務内容や環境改善などを転職ではじめて求めることができる。

転職理由他人を持ち出した時点で、急務であるべきは転職ではなく休職だと私は思う。

無理して筋肉痛や肉離れ(心が壊れた時)の状態活動するべきではない。

まだ世間は強いもの以外に優しくできてはいないのだから

2018-06-30

人間らしい生活がしたい

人間は、週5〜6日働くらしい。

私は週5〜6日働くのが辛い。

5〜6日の内訳はこうだ。

4日派遣事務(時給1500円)

1日ソープ(1日4〜6万円)

1日デリヘル時代の客の裏引き(1回4万)

ソープが減ることと裏引きが減ることはある。派遣事務は週4の契約なので基本は減らない。私が突発的に休むと減る。

小学生まではまともな人間擬態ができていた。中学受験のため塾に通っていたのもあり、成績は良かった。

難関中学合格し、人生順風満帆に見えた。

中学3年のころから、なにかをこじらせて自傷行為を行なった。

過食嘔吐リストカット。度胸がないので傷は浅い。アラサー現在残ってはいるけれどそう目立たない。

高校になって遅刻を覚えた。

母に電車で寝過ごしたか遅刻と伝え、体調不良のため遅刻と連絡をいれてもらった。私は体調不良でもなんでもなく、ただ環状線をうとうとしながらやりすごし、3〜4限目から学校に行った。

大学はいり、生活はいよいよ破綻した。大学に行かないので当然単位は取れない。とくに宿題のある講座が苦手で、宿題ができていないために出席ができない講座がいくつかあった。語学系の講座と、学科の必修科目だった。

大学1年の夏、チャトレ的な仕事で稼ぐ予定だった出会い系サイト援助交際を知り、サークルの先輩で処女を捨てていわゆる援交少女となった。

大学5年目の秋、卒論の提出期限を家で過ごして安堵したのち、自分の現状が不安になって「やるべきこと できない」でGoogle先生に聞いてみた。

ADHDという言葉をここで知った。

実家から一番近い"大人ADHD"を扱う精神科医にかかり、心理検査などを受けてあなたADHDですねという診断を受けた。

大学県内いちばんいい私立大学だったこともあり(中学受験をした学校付属校だ。成績が悪くても推薦入学可能だった)、大学を辞めるのはもったいないのではと主治医に言われた。

私は6年目を過ごしたのちに大学卒業する自信がなく、親に診断結果を告げて大学を5年で退学した。

実家を出て、インターネットで知り合ったデリヘル嬢と暮らしはじめる。彼女に紹介してもらい、デリヘルで働く。

実家を出て2年目の夏、両親に今の仕事心配されて正社員になる。第二新卒に強い転職サイトを利用した。

しばらくは順調だったが、友人との関係がこじれたことをきっかけに鬱状態になる。

高校時代学習塾に思うように行けなかったり、大学時代軽音部の課題キーボードが進まなかったことで自殺を図ったことはあったため、彼女が悪いとはとても言えない。

鬱状態になってから、それまでの趣味が色褪せていたこともあり、精神科にかかる。

私の主訴は、見捨てられ不安から鬱状態だったためか、双極性Ⅱ型の疑いを持たれ、躁鬱向けの投薬をされていた。

ご存知のかたも多いとは思うが、精神科を予約するためには1〜2ヶ月待つ必要がある。私が待っている間に友人との関係ゆっくり改善され、主訴はADHD的な、毎月1日くらい当日欠勤してしまうとか、仕事中ねむいとか、集中できないとか、そういう内容になるはずだった。

主治医ADHDよりも躁鬱を優先すべきだと言った。わたしADHD自己否定感情の由来であり、躁鬱の原因なのではと話した。

私が大学時代検査を受けた病院診断書を今の病院に届けるのをめんどうがり、そうこうしているうちに職場へはどんどん行かなくなった。

職場に行けていないことや、風俗生計を立てていることをきちんと話せない病院なら通う意味はないのではと思い、病院に行くのをやめた。

有給がなくなったことをきっかけに、職場を1ヶ月休職した。1ヶ月間給料はもらえなかったがのびのびと過ごした。

生活のなかで、私のできる仕事は今の職場仕事だけでなく、もっと選択肢があるのではと気付くことができた。

休職するまでは、そのとき勤めている会社で働けないことはすなわちふつう会社に勤めていけないことだと考えていた)

仕事を辞めて、派遣仕事を探しはじめた。私は自分面接をセッティングすることを避けていたし、できればフルタイムではなく週3〜週4の仕事をしたかった。

派遣会社登録し、週4の仕事をはじめた。

派遣先は大企業で、仕事は暇だ。私がいなくてもまわっていく職場にいるとはっきりと言える。

私の当日欠勤の癖はなおらない。朝起きて、仕事に行くことがどうしても無理な気がしてしまう日が月に1〜2度ある。

ソープや裏引きの日も合わせると月に4〜5度ある。

今はマネージャーソープ店員、裏引きの相手に連絡することで休みをいただいているが、次の派遣先はこうもいくまい。あるいは、今の派遣先でもすでに私の欠勤は問題視されているかもしれない。

人間は、週5〜6日働くらしい。

私は週5〜6日働くことが難しいと感じることがよくある。朝行くことができないと感じたり、遅刻してでも出勤できないと感じたりする。

宿題のある講義が苦手だったことを踏まえると、在宅であっても仕事ができるとは思えない。

しかしたら、毎日家まで迎えに来てくれる人がいることで私の当日欠勤癖は治るのかもしれない。でもその人の給与は誰が払うんだろう。

人間らしい生活が遠く感じるとき、私は消えてしまいたい。

2018-06-24

クリロナ見てるとやっぱり人間って顔がすべてだなあと思う

クリロナは顔がいいか自己肯定感があって、自己肯定感があるから思う存分努力ができて、努力ができたか成功した。

もしもクリロナ日本キモオタみたいな顔だったら、周囲からいじめられて自己肯定感も育まれず、自己否定ばかりの毎日で、無気力になって、努力なんてろくにできなかっただろう。

結局、顔。

あい人間見てるとほんとこの世の残酷さを思い知らされる。

クリロナ人類トップだが、このレベルじゃなくても、人はまず自己肯定感があって努力を始める。

日本でもそうだろう。クリロナから見れば日本人なんて全員奇形の猿に過ぎないが、それでも日本人の中で顔面偏差値の優劣はある。

運良く日本の中で顔面偏差値55以上だった人間自己肯定感を得ることにそれほど苦労しないので、努力必要局面において、普通に努力することになる。

しか顔面偏差値55に達しない人間は周囲からいじめられ、自己否定毎日を送ることになる。

自己否定ばかりしていると、努力必要局面においても「こんなことしてもどうせ……」という思いが邪魔してしまう。

それでも最初の頃は努力していたかもしれない。

しかし、ある程度結果が出た場合にしても、今度は顔面偏差値55以上の人間たちが、「お前の出した結果はたしかに俺らより上だが、結局お前は顔が気持ちいからなあwゲラゲラw」などと罵られることになる。

どんなに努力したところで罵られるという結果は変わらない。

こうなるともう無気力になってしまう。

顔が悪いということは受け入れたつもりだった。だから努力して見返そうと思った。でも努力して結果を出しても結局は罵られた。

そうやって無気力になっていく。人生はむなしい。

世の中は結局顔面偏差値55以上の連中の世界であって、最初にあっち側に自分の身を置けるかどうかですべてが決まる。世の中の人間にとって当たり前のスタート地点に立つということが最も重要ことなのだ。そこから漏れしまうともうどうにもならない。そしてこれは生まれた時点で、いや、受精の段階ですべてが決まっている。

この世には絶望しかない。

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