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はてなキーワード: イデオローグとは

2020-10-24

anond:20201021210748

もう増田ご本人は見ていらっしゃらないかもしれないが、私なりに寄り添って、こんな風に考えてみたらいいんじゃないか、と思ったことを書く。読みにくくてすまん。

相手気遣いがないんじゃなくて能力がないんだから、苛立っても無意味

トラバブクマを見たが、9割5分はまともに文章を読んでなくて、結局KKOの書いた文章エンタメとして消費されるんだなとわかった。

ここにあなたのつまずきがあると思う。

人の話や文章ちゃん理解する(そしてそれに見合った返答をする)、というのは、実はとても難しくて、たぶん世の中の半分以上の人間にはできない。

増田たまたまそれが何の苦もなくできる。そしてできる人には、あまりにも自然にできてしまうせいで、できない人がいるということが理解できない。〈誰だって頑張れば理解できるはず〉だから、〈理解しないのはやる気がないからだ〉と思ってしまう。そして〈なぜやる気を出さないのだろう、なぜ俺の話をちゃんと聞いてくれないのだろう〉→〈俺が「キモくて金のないおっさん」だから、見下されていて、消費対象エンタメだと思われているんだ〉、と思っている。

まったくの勘違いだ。彼らはやる気がなくて読んでいないのではなくて、やる気を出しても読めないのだ。

仮にあなたが「若くてきれいな女性」だとしても、相手あなたの話をちゃん理解し適切な応答をしてくれるようになるわけではない。無意味あなたをちやほやと取りかこみ、「わかるー、ほんとむかつくよね!(←全くわかってない)」とか「大変だったね笑そういうときはこうするといいよ笑」とかいトンチンカンな応答をするやつが増えるだけだ。

ちょっと世間を見ていればわかると思うが、「相談なんてしていない」のに「少し深い話になるとやたらとこちらの言うことを否定してくる」おじさんやおばさんに、若い女性も毎日遭遇している。〈相談されたか解決策を考えてやったら「共感してほしかっただけなのに」とかいわれた、これだから女はw〉みたいな話も日常的にエンタメとして消費されている。つまり増田はほぼ若くてきれいな女性のものだよ! やったね!

自転車に乗るみたいなものだ。増田自分自転車に乗れて、乗れない人がいるなんて想像もできないから、自転車運転できない人を見て〈まともに乗れよ〉と怒っている。これがどのくらい無意味な行いかはわかるだろう。

貴族としての生存戦略

あなたは〈みゆさんみたいな人は貴族で、自分は貧民なんだと思っていた〉というが、この表現は劣等コンプレックスを刺激して冷静な対処邪魔になるので、ちょっと視点をずらして逆に考えたらどうだろう。つまり、少数派にしか許されない特殊マナーが身に染み付いているあなたが「貴族」で、みゆさんや我々トラバブクマカのほうが庶民なのだ

からといって、〈よしじゃあ庶民馬鹿にしていればいいんだな〉という話でもない。「貴族」といっても別に権力があるわけではないから、正面から殴りにいったらむしろ数の力ですぐに負ける(日本学術会議はこのへんを勘違いしている)。そして道徳的にも、貴族マナーが無条件で優れているわけではない。「武士の商法」という言葉があるけれど、自分マナーが正しいことを疑わず、従わないほうが悪いとばかりに庶民あいだでもそれを押し通すのは、滑稽な所業だ。

さてでは、貴族あなたが心穏やかに過ごせるようになるには、どんな方向があるだろうか。パッと思いつくのは次の三つだ。

庶民を丁寧に教育し、マナー社会的に浸透させる(啓蒙コース

庶民社会ルールに順応し、そのなかで栄達を図る(資本家コース

3おつきあいはできるだけ貴族同士に限定し、無作法な人には近づかない(社交界コース

おすすめは3だ。別にそこまで極端に交流を狭める必要もないと思う。普通に生きていると案外、貴族貴族同士、庶民庶民同士で集まる。「普段縁のない層」に絡みにいくから摩擦が増える。みゆさんじゃなくて、「別の人に相談した」というその別の人に話を聞いてもらったほうがいいんじゃないか。庶民の恐ろしさを知った今なら貴族の貴重さも身にしみて相手大事にし、一層深い関係を築けるかもしれない。

自分の信じるマナー社会全体に受け入れられるという1のゴールはとても素敵で選びたくなるだろうけど、過程マジで大変だ。もしこれができるようなら明らかに教職天職なので、さっさとその方面再就職すべきである。少なくとも、人々が〈やる気がない〉のではなく〈自転車に乗れない〉のだと気づいていなかった増田には難しそうだ。

余談:自分にも不合理な部分があることは自覚したほうがよい

以下はここまで以上に説明が難しい部分で、フィーリングに頼って話を進める。読んでも非論理的なでたらめにしか思えないかもしれないので、適当に流してもらっていい(「論理」と「合理」が曖昧に使われているのもその一環と許してほしい)。

ここまで「まともに」つまり合理的に読んだり話したりすることの難しさについて述べてきた。けれども人間が非論理的なのは必ずしも悪いことではない。生き物が不合理なエゴを抱えるのは当然で、合理的論理的に考えたら生きる意味はなくなってしまう。その意味で、〈正面から反論せず「それが普通だ」と不合理に押しつける〉のは、人間なら避けられないことといってよい。貴族仲間というのは、不合理な領域自分と一致しているので苛々しない相手に過ぎない、ともいえる。

問題はむしろ論理的人間が往々にして、自分の中の不合理な部分まで論理的だと思い込み押しつけてしまうことだ。2(資本家コース)は不合理な政治的手法に順応するということなのだけど、とくに庶民に対する劣等コンプレックス軽蔑もしばしば劣等感の反転である)が強い場合、〈実際には不合理なルールを利用しているのに、次第に自分論理の力でみなを啓蒙しているかのように思いこむ〉機制が働きやすい。インターネットを見れば、中途半端論理的だったために自分の正しさに凝り固まったイデオローグと化し、敵を感情論と指弾することの不合理な喜びに支配されている右翼左翼フェミニスト表現の自由戦士の実例には事欠かない。

このルートに入ると論争のイライラ感に依存するようになって、マジで世間話をする」みたいなささやか幸福に支えられて生きていく邪魔になる。なので、自分のなかの不合理な部分は不合理と認めて、適当愛撫しながら生きたほうがよい。

追記

https://anond.hatelabo.jp/20201024152554

上記の反応エントリがあったので追記で答えます。書いたのが増田なのか別の人なのかわからないのがちょっとやりにくいけど。

あとあらかじめ注意。「多少突っ込んだコメントになると」「あなたたち」等と言われているから、もしかたらこエントリ以外にもいくつか念頭に置いているコメントがあるのかもしれない。でも私は私自身の意見説明しかできません。そこはご容赦を。

読み手が悪いことを認めながらもそれを擁護し、それがわからない増田が悪いんだと結論づける

ごめん、前提が共有できていなかったみたいだ。ちゃんと読んでもらえば分かると思うけど、前者を擁護しているわけではない(余談部分までいくとまたちょっと別だが)し、読み手についても、ましてや増田について「悪い」とは言っていないよ。

当為(「べき」)と事実(「である」)の区別、って聞いたことないだろうか。私は事実認識「文を読めない人が多い」を確認しただけだ。当為については述べていない。

それでは政治問題社会問題についてあれこれ論じることもできない。

うん、だからそれは当為認識〈あれこれ論じることができなくてはならない〉なんだよね。で、〈あれこれ論じることができる人は少ない、あれこれ論じるのは非常に困難である〉、これは事実認識当為によって事実は変わらない。

ここで重要なのは当為の実現を諦めろっていってるわけじゃないってこと。むしろ当為を将来的に実現するためにこそ、偏りない眼で現状を、そして現実がどういう法則で動いているのかを、正確に認識することが必要だ、という話。

たとえば〈この水は氷になるべきである〉という当為認識があるとしよう。ここで、水を前にただ「氷になるべきなんだからならなきゃおかしい」「なっていないのは誰かが悪いに違いない」とか考えててもしょうがない。そもそも水は氷になるのか、なるとしたらどんな条件下で氷にすることが可能なのか、当為とは無関係物理法則がどういうルールである」かを知らなければならない。最終的に、〈この水はこれこれの限られた条件下でのみ氷になる〉という事実認識が把握される。この事実認識を踏まえてはじめて、私たち技術を用いてその条件を実現し、水を氷にすることができる。

たとえば「沖縄基地負担は減らすべきである」という当為認識けがあって、基地とそれを巡る政治的力学についての事実認識がなかったために、ひどい混乱が起こった例はご存知でしょう。

「でもお前の提案した3(社交界コース)は当為を諦めてるじゃないか!」といわれるかもしれない。それは、もともと増田が設定している当為=ゴールが〈万人が言語交流できるだけの知性をもつべきである〉ではなくて、〈増田幸せになるべきである〉だと判断していたからだ。後者当為ちゃんと追求している。

前者も当為から外せない場合、1(啓蒙コース)にあたる。「1は難しい」とは言ったけどそれも事実認識を述べただけで、「1は選ぶべきではない、3を選ぶべき、3を選べなかったのは悪い奴」とは言っていない。なので、1をとりたいならどうぞ。

たぶんあなたは、悲しいことが起こるのはどちらかが「間違ってる」「悪い」からだ、と考えてしまっているんだと思う。そして、「責任のある」「悪い」方が変わる「べきだ」、と思ったんだと思う。だから、私が主に相手を変えない手法提案しているのを見ただけで、「増田が悪いんだと結論づけ」ていると誤読してしまったのではないか。でも、これは単に、〈相手を変えるよりも自分選択を変える方がはるかに労が少ない〉という理由から提案したものにすぎない。

あなたたち学校国語の授業受けなかったの?

 

と言わざるを得ない。

実は「自転車に乗れない」と書いたところ、最初は「因数分解ができない」という例も考えていたんだよね。学校で授業を受けても因数分解ができない人、文章がまともに読めない人、あるいは一度できたはずなのにしばらくしたら忘れちゃう人、たくさんいるでしょ。恥ずかしながら私も、理科家庭科で習ったこと、すっかり忘れちゃったなぁ。当為事実区別学校で習うような気がしてたけど、これは私の記憶いかな。

というわけで、これも事実認識です。

もちろん私の事実認識自体反論することはありうる(「事実認識」であって「事実」とまではいっていない)。それならそれでいいです。

はてな便所の落書きということでよろしいか

それは多分誰も反対しないと思うw

また長く雑ですまん。

2018-01-05

anond:20180105232902

キモくて金のないオッサン日本のどっかに居ることはもちろん疑ってないんだが、それが社会として解決しなればならない、解決できる問題だという実感がないんだよ。黒人差別も、黒人がひどい扱いを受けているのはみんなが知ってても、「それはそういうもんだから仕方がない」とみんなが思っている内は前に進まなかったと思うんだ。

俺は普通に暮らしていく金には困っていないがコミュ障オタクキモいオッサンなんだが、基本的社会にはほっといて欲しい。たまに寂しいとは思うけど、結婚とか友だちづきあいとか面倒くさくて無理だし。キモい状態放置してくれるのであれば、他に社会的要求がない。

金のないという部分はもちろん改善する必要がある。俺は生活保護を誰でも気楽に受け取れるような制度にして、BIに近づけるような形が良いと思う。

もちろんみんな俺のような考え方をしろとは言わないけれど、キモいオッサン社会に何かを求めたり、逆に社会キモいオッサンに何かをしなければならないのかというと、ちょっとよく分からない。

考えてみれば、そこら辺に理論を与えるイデオローグがまず必要なのかな。告発者や文学はその後に一般化する役割だろうし。

俺は無神論者なんで、信仰自由配慮して留置所とかがハラル用意しなきゃいけないとか絶対に間違ってると思うんだが、実際には配慮されてる。だからどうにか理屈を付けて共感されれば、キモいオッサンをどうにかせねばならぬという風潮になること自体は、そんなに無理のあることではないとも思うんだよ。

こちらこそ真摯に返してくれてありがとう。良い自省の機会になった。

2017-11-11

https://anond.hatelabo.jp/20171110182155

御成敗式目は「道理」と「先例」に基づいているというのは中学校とかで習うことだが、これに典型的に表れているのだが、日本では「思想を持たない」というのが思想であるわけだ。武士社会通底する何等かの思想があってその思想法律として表現したものではなかったわけで。

例えば過去中国ではあらゆる法律制度天命思想に基づいていることは当然のこととされていた。この為天命思想確立に力添えをしてきた時代ごとの思想家たちが偉大な思想家として記憶されている。現代中国では天命思想否定されている。しかし、思想に基づき国家統治されるというのは今でも常識であり、だからこそこの前の党大会習近平思想の扱いがどうなるかが注目されたわけだ。

では遠くヨーロッパを眺めてみればどうかと言えば、メルケル発言を見てみればよい。

ヨーロッパキリスト教クラブでないというのは正しい。しかヨーロッパ人権市民権を基本とするというのもまた事実です。そしてここドイツでは、人権市民権キリスト教人間像に重ねているのです

ここでは明確にキリスト教という思想(思想宗教区別する人たちも世の中にはいるがあえて区別する必要はないと俺は思う)に基づいて統治が行われることが宣言されている。だいたいメルケル政党名前からして「キリスト教民主同盟」なわけで。

このような考え方があるため、ヨーロッパにおいても偉大な思想家というのが度々現れる。

思想とはもちろん政治思想だけを指すのではない。だが、個人生き方という面でも日本では思想は明確に否定される。状況に応じて態度を切り替えられる人間が通常日本社会ではまともな人間として扱われるのであって、強固な信仰思想に基づいて一貫性のある立場を取ろうとする人間はあまり高く評価されない。究極のプラグマティズムであり、究極の事大主義だ。

こうした社会においては「偉大な思想家」は存在し得ない。このような社会の状況を言論表現する学者過去様々に存在していたが、当然ながらそのような人たちは記憶されることもない。

一向宗創価学会など政治的に大きな影響を振るった新興宗教いくらかあったが、結局のところ日本社会伝統に破れていった。石山合戦織田信長勝利に終わったし、公明党池田思想を捨てて自民党改憲軍拡追従する勢力となった。その自民党にしたところで明確な戦前回帰のような思想があるわけでもなく(故に日本会議イデオローグたちは安倍政権批判である)たんに「アメリカに言われたから」とか「北朝鮮が」「中国が」などという状況に反射的に対応しているにすぎない。

2016-01-24

誰かちゃんと総括しないのかな、米国から移植された「日本版」の成否

日本メディアを変えてしまうだろう「BuzzFeed Japan」、本日オープン

http://coziest.net/?p=2068

この人、「数年前にハフィントンポスト日本展開した当初「これは当たらないでしょう」と言って大外しした」と思ってるんだ。へえ。でもあれ、紛れもなく大失敗でしょ? みんなそう思ってないのかな。なんかメディア好きの界隈ってミーハーの割に、客観的メディア評価ができないよね。(NewsPicksが2ちゃん化したみたいな印象くらいは言えるけど、あれは別に失敗ではない。)

大失敗を予言した大学教員は「それでもやっぱり失敗だった」というブログをちゃんと書くべきだよな。特にオバマ当選追い風をつくった米国側の思惑としたら、完全に大失敗だと思う。たぶん今は失望激怒してると思う。ハフポストからバズフィードに主要人材が流れたけど、むべなるかな。

大失敗の表面的な理由は、ジャーナリズム色の強いハフポストブランドを利用すべきだったのに、原稿の読み書きができないX氏に初代編集長やらせたこと。彼が「編集方針」のイデオローグを持ち得ないことが致命傷だった。それと彼が集めた人たちには、組織メンバーとして煮ても焼いてもだめな人が混じってた。

慌てて報道が分かる長野さんを微妙ポジションに置いたけど、もう遅かった。根本的な原因としては、朝日新聞側のマネジメントレベルが低かったということなんだろうけど、まあしようがないよね。朝日は紙の延命しか考えてないから、腹の中では「ざまあみろ」と思ってたんだろう。

X氏はPVとマネタイズしか知らないし、それしか興味ないから、初代編集長地位名誉を得たら、さっさとキュレーションアプリに逃げちゃった。テレビにも出られるようになったし満足。

ただ日本側=朝日新聞のねらいは、最初から完全に社内外のガス抜きだったし、米国側の要求ひとつ金銭的あがり)を考えればX氏でも仕方なかったんだと思う。結果的には成功といえるのかもしれない(どっちやねん)。

ホント民主党政権震災のころのニコニコニュースあたりのジャーナリズムが、ハフポスト日本版には一番相性がよかったのではないか。その点、Y氏あたりは最適な人選だったと思うが、打診したのだろうか。あるいは、このあいだ亡くなった竹田さんとか。

総括した方がいいと思う理由は、バズフィード日本版の失敗が目に見えてきたからだ。バズフィードこそX氏のような人にやらせたほうがよくて、まじめな新聞記者出身のZ氏にはムリだ。むしろ彼はバズよりハフポ向きだったと思う。

 
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