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はてなキーワード: 理想像とは

2018-01-13

anond:20180113091230

”「ただ与えてくれる存在」という理想像が、男性だと"ママ"になり、女性だと"強引男"になるのではないか。というようなことを考えた。 ”

2018-01-12

anond:20180112120410

そもそも男が憎い言ってるのは、まともな父親に恵まれなかったのがかなりの原因だと思う

(まあリカちゃんのパパみたいな変な理想像を抱いていただけなのかもしれないけどね)

個人的な憎しみを無関係な男にぶつけるなと言いたいが、とにかくフェミニストファザコン

anond:20180112112833

普通のものだと思ってアニメ等を見ていたのに

急に「これはちがう」っていう「理想像」が出てくるから

気持ち悪すぎて批判してくなるんだよなぁ。

ビックリして思わずというか、良く分からない裏切られた感。

途中まで良い感じだった場合、より一層残念な気持ちになるんだよね。

少女漫画場合最初から最後まで「何このイケメンwwww」で終わるけど

少年漫画(?)の場合は、途中から急に「ハーレムww 舌足らず幼女wwww」となるから

裏切り感ハンパナイ。

2018-01-09

anond:20180109194928

あとinumashさんのセクサロイドの話でアレ?と思ったのは

「人を模する何かが出て来た時に、その属性の人に理想像押し付けられる」みたいな側面があり、それは悪だ( 今回は女性を模するモノ )

とした場合

例えば宝塚理想男性像を描いているし、実際にそれをもって現実男性より上だという主張もある( http://takaradukas.net/boy-543 )んだけど、こういうのも非難されるべきなんじゃないの? 昔から宝塚ファン現実男性より男役の方がかっこいいって言って男性を落としてる( 別にこれはこれで嫌じゃないし割とどうでもいいんだが )

あと少女漫画内の男子描写とかさ。inumashさんの主張を正しいとした場合女性向けファンタジーも同様に男性へのプレッシャーになる。セクサロイド宝塚も異性へのファンタジーはあって良いと思うのだけれども。

2017-12-22

どうしようもない話

親の理想像体現できる子などごく僅かだ。

自分小学生の頃にいじめられ、すっかり不登校になっていた。理由は単純に醜かったからで、友達は当然居なかった。そんな自分を当然ながら親は叱ったが、居場所が何処にもない自分は反抗する気すら既に失せていた。

小学6年生の頃にはすっかり病み切ってしまい、リスカ等の自傷行為を行うようになり、心療内科へとお世話になってしまった。両親、祖父母も心療内科精神科へと通っているような家で、まともな精神を持った子供が育つはずがない。

からこそなのだろうか、親は自分が敷いたレールから外れるような事があると脅してくるような事がしばしばあった。家から出て行くぞ、お前の面倒は誰が見てやっているんだ、と。

反抗する気は無かったが、中学校小学校と変わらないメンバーだったので通える気が全くしなかった。事実から吐いたり、理由が分からない頭痛に襲われたりと、行こうとしても身体拒否している状態だった。結局自分中学校もほぼ通わず高校へと受験することになる。

自分は将来というものを見出せず、何処に行きたいかも全く分からなかった。結局自分は親が決めた高校受験し、無事に受かったものの見事に数日で不登校になった。ここまで殆ど学校に通ってこなかった人間がまともにコミュニケーションを取れるはずもない。おまけに醜い顔だ、いじめられない方がおかしいだろう。

そうして自分は結局通信制高校転入した。この頃から父親にはブサイクと言われ続け、母親にはお前なんか生まれてこなければよかったと言われる。ただただ布団で声を殺して泣くしかなかった。声をあげて親の前で泣いてしまえば怒られてしまうから毎日のように布団を濡らしていた。

通信制高校は親の目が恐ろしく、また、自分でも親にとんでもない量のお金を使わせた自覚があったので2年で3年分の単位を取り卒業した。途中、こんな状況から一刻も早く逃げ出したいと思い、バイトをさせてくれと親に頼んだ事があった。しかし、親はそんな事は必要ないと一蹴し、結局高校在学中にバイトはできなかった。

自分は今19歳だ。高校卒業後親に働けと言われたものの、今まで親の敷いてきたレールに沿って歩くしかなかった人間は何をすれば良いのか全く分からず、とりあえずアルバイトに応募するも面接でろくな受け答えすら出来ずに落ちる日々を過ごしている。

親は相変わらずだし、中学の途中で必要ないと言われ心療内科には通えておらず、常に死にたいという気持ちと、必要ないなら殺してくれという気持ち支配されている。相変わらず毎日のように布団で泣いているし、最近じゃ限界なのか親に話しかけられるだけで涙が出てくるようになってしまった。

自分はどうすれば良いのだろうか。答えも見つからず、予想も見つからず。ただ鬱屈とした日々は無情に流れてゆく。

2017-12-15

自意識

自分はこうなりたいって理想像がある

それに近づきたい。聖人みたいに生きて、みんなから愛されたい。

でもどうしても、俺の性根はもっと黒い。その黒さを見ないように生きることはできない。

いくら外面を取り繕っても、それは俺の外側から出た言葉なり態度だ。

分人とか、ペルソナとか、いくらでも言い訳可能だ。

これから俺はどうやって社会に馴染めばいいのか。

2017-12-14

anond:20171214164609

オタクって「自分理想」を全開で生きてる気がするんで、その理想像に近しいものを見つけたら喜んじゃうのかなと思った

2017-12-12

恋愛少年少女イベント

若者恋愛観を、実際に当事者に話を聞きながら調べ続けてきました。今の20~30代は、恋愛を必需品ではなくて嗜好(しこう)品と捉えており、手間やリスクを考えると割に合わないもの、と考える人が多くなっていると感じます

からないでもない気がした。

大人になるとリスクばかりを考えてしまう。

少年少女時代恋愛が続いていれば、おそらくこういう考えよりも継続を選ぶんだろうけど、現実では生活面などで悩みが増えるだけになりそう。

TVでやってる女性男性における理想像非常識すぎてって思うけど、実際にああいうのが結構多いを経験してショックを受けたりして

余計に共感できてしまう内容だった。

人肌恋しい時もあるが、結局はよっぽど相性が合わないと恋愛はむりっぽそう。

結婚した時も流れでしてみたが、いつもと変わらんなぁ…と思っただけだった。

相手わがままを聞いて、こちらのわがままは通らんという。

結果として恋愛の果てにいつも「リスク」が付きまとう。

恋愛って難しいな。

2017-12-11

愚痴雑談という知的作業について

2017-12-06

ある種の女の理想像しんどい

癒やしを与えられる女になりたい

彼氏旦那さんから大切に扱ってもらえて、愛されるような女になりたい

っていうやつ

そうなりたい女性否定するとかじゃなくて、なんかただひたすらしんどい恋人や妻を大切に扱わない男なんぞ彼氏でも夫でもね~ぞ!ってヤジ飛ばしたくなってくるなんでだろう……

2017-11-29

ニコニコ(β)の楽しさが未だに忘れられない

当時高校生だったんだけど、本当にあの時が楽しかった。

http://dic.nicovideo.jp/a/%CE%B2%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%81%AE%E8%8B%B1%E9%9B%84

このラインナップ、ほんとどれも見ていた気がする。

デレマスなどで盛り上がりに盛り上がっているアイドルマスターも、正直ニコニコがあってこそだと個人的に思う。

かにクサイ動画もあるし、クサイ流れもあった(例えばスマブラ民とか)

それでも、当時、部活を終えて帰ったらニコニコ動画スマホもない時代に画面キャプチャコメント動画撮影してなんか緑のアイコンの奴にドラッグ・アンド・ドロップして変換されたやつをガラケーに入れバスの中でひたすらフタエノキワミを流す。

今こんなこと言ったら典型的ニコ厨って言われまくるのは目に見えるけど、多分、実際そうだったんだと思う。隠れてやってたけど。

 

それが年々悪くなっているのが実感できる。

運営が離れていってるというか。いちユーザーがこんなこと言うのは思い上がり過ぎなんだけど、ユーザーの求めるニコニコ動画運営が求めるニコニコ動画がずっと乖離していき、もう戻るのなんか不可能なんじゃないかって思う。

サーバーを強化」「他の動画サイトの水準は満たして」というのは、ハッキリ言ってお情け。だって、その2つをしたことでニコニコ動画面白くなるか?なるわけがない。だってニコニコ動画本質は、動画コメントとという付加価値をつけられる事なんだから

運営が動けば動くほどニコニコ動画の強みが薄まっているのがわかっているから、まず簡単要求、それもお情けの要求として「サーバー強化」「他動画サイト意識」を言っているだけ。これは言ってしまえば「運営ユーザー要望に応えてくれるのか?」っていう反応テストであって本当のユーザーが心から言いたいことではない。

そういう段階で「半年後にはなんとかする」と言ってしまうのだ、今のニコニコ動画は。

それがユーザー運営ニコニコ動画理想像乖離へと繋がっている。

 

正直に自分の心をぶちまけると、別に機能強化なんかいらない。60fps対応なんか後手にしてもらって構わない。でも、荒らしや、悪質な投稿者タグ動画説明文による検索妨害)は早くどうにかしてくれ。他の動画サイトみたいにならなくてもいい。オフイベもガンガンやってくれてもいい。だけど、βからの流れを無視たことばかりしないでほしい。ニコニコ動画を良くしろなんて言わない。だけど悪くはしないでくれ。

批判権利について

テレビを付けると連日のように大相撲暴行疑惑について取り上げられ、

コメンテーターが「日馬富士引退すべき」「白鵬万歳三唱は間違っている」と痛烈に批判する様子ばかり目にするもんで、とてもゲンナリしている。

SNSを見ると、これまたテレビコメンテーターと同じように批判ばかり。またゲンナリする。

だけど待って欲しい。批判をしている人々は何故自らの正義を振りかざしているのだろうか。

批判コメントをする殆どの人が相撲に興味が無く、事件前は蚊帳(コンテンツファン関係)の外にいたはずなのに

事件が起こると寄って集って、蚊帳の中に土足で踏み込んで批判の嵐を浴びせる。

大相撲ファンが今回の事件のせいで自分の愛する相撲を傷つけられたのであれば批判してもいいと思うけど、

そうでもないのに批判するのはちょっと違うよねと思ってしまう。

大相撲とは別の話題になるが、数ヶ月前に1人のアイドルダイエットチャレンジを行っていた。

もし期日までに痩せられなかったら活動休止をするという条件の元で行われた物だった。

そのアイドルは結局ダイエットに失敗し、活動休止をすることになった。(今は活動再開している)

それだけの事だけど、この件に対して多くの批判が集まった。

このアイドルが属しているグループはそこまで規模も大きくなく、ドルオタならやっと知っている程度の知名度グループである

なのに、ファンの数以上もの人々から女の子に無理なダイエットをさせるな」「女性理想像を高めすぎ」等の批判を受けた。炎上である

批判をしている人たちは元々このグループを知っていたわけでもないだろうのに、批判材料が見つかると格好の的にして叩き始める。

この事件も、活動休止に追い込まれアイドルファン活動休止企画に対しての抗議や批判をするのであれば

十分に筋が通っていると思うが、外野がとやかく文句を言う事に対して疑問を抱く。

身内で遊んでいる最中外野迷惑をかけない形で、身内間でトラブルが起きたのに、

なんで迷惑を被っていない外野がとやかく批判をするのだろう。

そもそもあんた、トラブルが起きなければそのコミュニティーの事なんて知る由もなかったでしょ。

本当にゲンナリする。

2017-11-27

anond:20171127160115

増田も言ってるけど相手にされないってことはないだろ

少なくとも男を嫌う理由があってのことだろうし、そこには何らかしら男と関わった可能性が高いわけで

ただ、見てる限りでは女の理想像ではなかったってのが主張と一番近いんじゃないか

付き合ったり結婚した相手理想ではなかったことで男そのものに恐怖心を抱いたというか

理想も単純な王子理想じゃなくて、殴らないとか大声出さないとかそういう方面だろうな

2017-11-26

anond:20171118124843

普通のという名前理想像ってどうやって作られるんだろうね

メディアイメージも大きいけどなんかあるはず

ひょっとしたら、目の前にぶら下げられた人参のことを普通って言うのかな

2017-10-30

選挙に持つ違和感

 先週(10月23日)、衆議院議員選挙が行われた。日本国民義務として、私ももちろん参加したが、昔の選挙と違い、今の選挙って惰性みたいなものなのかもしれないなあとぼんやり思う。


 記憶は朧気だけれども、一人の独裁者ではなく国民の総意を決めるために、投票によって議員という国民意見を取りまとめる人間を決め、みんなが納得する政治を行おうとするというのが、選挙目的だったように思う。

 けれど今日本では議員の25%程が世襲だといわれているように、その「国民代表」という議員立場のあり方が、いまいち大衆の納得のいくものではなくなっている。

 愛知7区問題とかその典型だよね。二人のからどちらかしか落とせないというシステムにより無効票が続出して、山尾志桜里議員当選することになったようだし。

 で、なんでそういうことになったのかと考えると、やっぱり戦後ずっと続けてきた選挙システムが「民主主義」を作り出すのに適当ではなくなっているんじゃないかな、と思わずはいられない。ちょっと軽く3つ挙げてみると


1:議員数が定数

  一票の格差問題で480→465議席になったが、議員数を人口比ではなく定数にしていること

2:小選挙区固定化地盤の引継ぎ)

  議員小選挙区地盤を固定することから地盤を引き継ぎやすいこと。

  最初から支持者がいる地盤のほうが圧倒的に有利なため、世襲議員個人資質を図りづらい。

3:政党投票するのか、候補者投票するのか問題

  政治の在り方として、各地域意見を取りまとめる議員が、似たような考えを持つ人を集めて政党形成して意見を煮詰めていくのが民主主義理想像だと思っているのだけれども、

  現在それって逆になっているよね?私の気のせいならそれはそれでいいけれど…。

  選挙目的あくまでも「代表としてふさわしい個人」を決めるものだと思えるのだが、政党間のいざこざがあれば面倒だから個人ではなく政党名で入れることが多いように思う。

  正直個人で入れる場合など、芸能人などよほど有名な人のみのように思う。

  そういう明らかなものがない場合、消去法で学歴詐称だの不倫だの行っている議員に入れざるを得ないことは少なくとも私はすごく悔しいなあ、と思ってしまう。

  選挙は仕組み的にだれかに絶対投票せざるを得ないため、こいつ個人についてはあまり信用してないけれど、政党的には入れざるをえない…。みたいなことがよく起こる気がする。


 若者投票率が低い、ということが言われて久しいですが、選挙というシステム自体も古くさいものになっているので、かつては民衆の代弁を行うためになされてきた「選挙」ということ自体が信用できないものになっているんじゃないかなー。と思っている。

結局このシステム見直しを行うのも議員なのだろうし、自分らに優位なものである以上変わることはないのだろうけれど、こういうことが腐敗を招くのではないだろうか。


 あとこれは選挙自体というよりも選挙に参加する際のめんどくささですが、ネット投票かせめて電子投票が行えるようにしてほしいと思います。せっかくのマイナンバー制度ほとんど利用されていないし、時間外は時間が決まってるし、選挙当日に行っても結構待たなければならないので面倒くさいことこの上ないです。お偉いさん、ちょっとは考えてみてほしいなあ。

2017-10-17

anond:20171017121435

挫折に弱いからじゃないですかね。

自分の中の理想像現実自分ギャップの違いを受け入れられない繊細なハート(笑)が多いとか。

anond:20171016202910

面白かったので

自分kindleライブラリに入ってた3巻以内の漫画を書くよ!

ブコメしようと思ったら文字数オーバーしたのでこちらで書く。

まあ読んでるのも多いんだろうけど自己満足から許して。

天顕祭(1巻完結) / 白井弓子

汚い戦争」の落とし物である「フカシ(不可視)」に汚染された国

舞台に、

クシナダヒメである咲がヤマタノオロチ相手にやけに観念的に戦うSFアクション

設定がぶっ飛んでるし絵もすごい。

蟲師」的な感じ。

ぼくらのよあけ(2巻完結) / 今井哲也

近未来舞台に、小学生たちと宇宙から来た知的生命体がコンタクトして別れるまでを描く。

狭いフレームでごちゃごちゃやってるのがとても小学生っぽくて悲しくもないのに涙がでる。

タイトルの「よあけ」から中の人工知能「黎明」をつけた、

と見せかけて「黎明」も立派に主要人物だったのでやっぱこのタイトルで正解。

青猫について(2巻完結) / 小原愼司

小原愼司が初めてバイオレンスものに取り組んだということだが全然違和感がない。

戦後雑然とした社会を背景に、日本刀使いの少女ヤクザへの復讐譚。

ネタの転がし具合とうまいオチのつけかた、表情の変化含む漫画のうまさ、などは健在。

(でも日常もののほうが好き…)

白馬のお嫁さん(3巻完結) / 庄司創

遺伝子操作誕生した妊娠できる男性である「産む男」らと、

高い能力を持つがゆえに気弱になってしまった主人公ラブコメ

ラブコメにするには題材がヘビーだろと思うが、

意外とするする読める。

難しい題材をポップかつ配慮された上質さに仕上げる手腕は

ネウロ」「暗殺教室」の松井優征に似た印象。

極楽丸(3巻完結) / 相川有

自殺志願者の魂を浄化する職業(?)の極楽丸家の一人を描く。

主人公極楽真琴)の場合、魂の世界が虫の世界に見え、

うまく浄化するには虫の習性を踏まえて自殺志願者の魂を捕まえなければならない。

とひねくれた設定をなんとなくゲーム感覚で描く。

相川有はDARK EDGEから追ってるけど

たぶんゲームで言うところのレベルデザイン的な作り方をしているのではないかと思う。

だんだん独自の設定が飲み込めるようにうまく構成している。

hなhとA子の呪い(2巻完結) / 中野でいち

性欲を過度に嫌うhこと針辻がA子の呪いによってみだらな幻覚? を見るようになってしまう。

自己否定で混乱に陥った針辻を秘書ヒロイン)は待つことにする。

ヒロインの妹の女子高生霊能力者(盛った設定)と針辻が旅をするのがだいたいの筋。

基本計算された作風が好きなのだが、

この作品感性一発、ついてこれるやつだけついてこいって感じでそれもまたよかった。

さよならフットボール(2巻完結) / 新川直司

男子に混じってサッカーをする女子という、

いくらでも料理できそうな題材をうまく料理した作品

落としどころも含めうまいんだよなあ…

絵はそうでもないけど最低限あるし、あだち充の正統後継者と言える。

がらくたストリート(3巻完結) / 山田穣

田舎の町を舞台小学生中学生大学生宇宙人がいろいろやる。

実験ジュブナイル、とキャッチコピーがついてたが

ページを上下に分けて同時進行など、漫画技法的な実験をいろいろやっている。

コマ割り、会話の間などには相当なこだわりがあると思われる。

大学生兄貴オタク理想像な感じで、

こち亀」と比較したくなる。

そして連載する力で惨敗する…

2017-10-14

もはや「男らしさ」がモテない時代

https://nikkan-spa.jp/1413057

から、ボクが思うに、いま我々男性が求められているのは、「男気」であって「男らしさ」ではないのではないだろうか。辞書を引くと、「男気」とは「犠牲を払って人に尽くしてやる気性」のことを言い、「男らしさ」とは「雄々しいさま。男性的」とある

男性的でなくても男気はある。これがもしかすると、これから先一番のモテる男性理想像となっていくのかもしれない。



そんな理想像を設定するのは無理。結局のところ、男らしさと甲斐性の両者は不可分であり、

片方を拒絶しつつもう片方は享受する、そんないいこと取りが通用するはずはない。

……と、masudamaster氏なら言ったんだろうな。

2017-09-22

ルース・ベネディクト菊と刀

本屋で冒頭数ページ読んだら、「『菊と刀』とは、一見繊細で芸術を愛するように見えるのに、ふとした局面に途端に暴力的で強権主義的になる日本人の、二面性の著しさの象徴である」(要約)と書いてあって、もうそれだけで「この人はわかってるなー」と思って買わずに帰ってきたんだけど。

 この、70年前の戦争記録から日本人分析した論文と、ほぼ同じような感想を、現代日本を観察する欧米人の多くも持っていることだろう。日本に生まれ育った俺でさえ、これがまったく不思議しかたない。

 多くの日本人は、俺やこの種の欧米人にとっては当然のように「あわせて備えているもの」と感じられる性質のセットの、どちらかが平気で欠けていたりする。たとえば理系芸術分野に携わる人間の、社会的理想像の幼稚さ……なんて言うと文系はてなサヨクは小躍りしてそうだそうだと言いそうだが、逆に言えば、歴史社会を興味対象にする連中の、創造活動への関心の低さも異常なのである

 ネット大人気の「自炊は高くつく論」なんかもこの例である

「生まれて初めて料理ハンバーグ)をするために調理器具から小麦粉から買ってきたら1まんえん以上した!自炊は高い!」なんて、冗談としても発想が小学生レベル稚拙記事を、いつもは『吾輩は知的である』なんて顔をしてる連中が「そうだ自炊は高いんだ」と拡散したりする。

 まず、こんな記事を書けるような年になるまで、本当に一回も料理をしたことがない人間なんて、その時点でただの教育の失敗とは思わないのだろうか。

 良い年して現代史もまともに知らず、ネットで感化されて修正史観にハマってしまネトウヨと、低レベルさにおいて何が違うんだそれは。

 欧米の「リベラル」はこんな中庸に欠ける連中ではない。少なくとも、主流の「スタイル」はこれほど低レベルではない。

 人権意識を持ち、環境配慮をし、知的好奇心に溢れるインテリからこそ、「自分でやる」ことへの情熱を失わない。下手でもDIY自炊への憧憬を見せる。

 一方で、アーティスト職人肌のギークたちが、社会環境配慮したものづくり意識し、積極的メッセージを発信することも、ごく当然のように行われる。ギーク系のニュースサイトブログでも、人道/環境配慮科学技術政策のあり方(政治議論)に、正面から切り込んでいく。

 これらは日本ではほとんどみられないものだが、本当にその理想を追求したのなら、人を知ることはものを知ることであり、ものを知ることは人を知ることであるといずれ繋がるのは、このように論理的には必定に思える。欧米では「当然あわせて備えているべきもの」と(少なくとも至上の理想レベルでは)見なされているこの両輪に、何故日本ではこんな断絶があり続けるのだろう?

 『菊と刀』の奇妙な同居は、結局のところ、ものごとを薄っぺらな表層レベルしか装えない、日本人精神性の貧しさの現れでしかないのではないだろうか。

2017-09-20

少なくとも

失敗に寛容な世の中ではないよね。

マスコミ世間が作り上げる人に求める理想像もどんどん上がっていく一方。

2017-09-15

映画ワンダーウーマンを見た

ワンダーウーマン」を見たので感想。と言うか考えたこととかのメモネタバレ気にしてないのでそういうの嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので、見た人向けだと思いますフェミの話とかも出てくるんでそういうの苦手な人も回避でよろしくっす。

総評

まず最初に、「ワンダーウーマン」、個人的にはそんなに評価高くない。少なくとも世間で(特に欧米で)いうほど大絶賛、大感動をすることはできなかった。これは映画を見終わったあとのファーストインプレッション

しかしじゃあ評価低いのかというとそんなこともない。

「1800円という価格&2時間という投資に見合った体験できるのか?」という視点で自問したところ、その答えは「100点」なのだ。十分高評価だろう。いい加減な脳みそだなあ、オレ。とも思った。

なんでこんな評価のすれ違いが発生してしまったかというと、今年見たアメコミ映画の先行2本、すなわち「レゴバットマン ザ・ムービー」と「スパイダーマン:ホームカミング」の評価が高すぎた、というのが原因であるらしい。前出の基準で言うと、「レゴバットマン」も「スパイダーマン ホームカミング」も200点くらいの評価なので、「ワンダーウーマン」はタイミング的に損をしてしまったのかもしれない。これが「ドクター・ストレンジ」のあとだったら感激できてたのに。

「100点である理由」としては大きく2つ。

まず「予告編で期待される要素が全て入っている」。無垢主人公ダイアナの島での生活スティーブとの出会い、「外の世界」への出発、人間社会との交流、第一次世界大戦の泥臭い戦争描写、圧倒的な戦闘シーン、ど派手なCGバトル。主人公ダイアナの衣装替えもアマゾン戦闘服マント姿→1910年代のヴィクトリアンはいったロンドンファッション→鮮やかな青のナイトドレス神の子戦闘服と飽きさせない。

そして「アメコミ映画ありがちなダメダメ要素を極力入れないようにしてある」。とくに3点「主人公の不幸描写に力点をおいたヒーロー誕生秘話」「クリフハンガーの繰り返しによるピンチ感の陳腐化」「取ってつけたような絶対悪敵役」の排除には成功している。そういう意味では、既存作品の悪いところがよく研究されているのだ。これは簡単なことじゃない(アメコミ映画はこの3つの罠によくハマるのだ)。

要約すると、よくできている。期待通りの作品だ。

一方で「100点でしかない理由」としては「取ってつけたような批判回避策」、「人物描写の底の浅さ」だろうか。

主人公ダイアナスティーブ自分たちの定めた使命を果たすためにチームを結成して第一次対戦の最前線に向かうのだが、そのチームは「絶海の孤島で育った主人公の女戦士ダイアナ」「イギリス軍諜報部に協力中のアメリカ外征軍大尉スティーブ」の2名を中心としているのだが、それ以外の参加者が3名いる。

フランス領モロッコ諜報員サミーア(おそらくイスラム系)」「ネイティブ・アメリカン密輸業者で通称酋長」「スコットランド人の酔いどれ狙撃チャーリー」この三人なかなか個性豊かで好感がもてるにはもてるのだが、「イギリスvsドイツ塹壕戦」にたいしてイギリス陣営でこれを主人公チームにするのは、いかにもPC的な取ってつけた感があった。

それを言うと映画冒頭のアマゾン族が暮らす絶海の孤島にも、白人だけじゃなく黒人アマゾンが配置されてたりして「こんな風に色のバランス取っとけばいいよね」的なそれを感じる。

この種の気遣いがあるのはもちろん良いことなのだが、それが気遣いの要素を超えていない、多様性テーマに対して踏み込んでないという部分があったせいで、浮いて見えてしまっている。またそれに対応するドイツ軍が通り一辺倒な描写で(つまりは白人集団なので)片手落ちに見えてしまう(ドイツ下げをしたかったわけじゃないだろうに)のも気にかかる点だった。

総じてエンタメ作品として秀作ではあるけれど、秀作止まりというのが個人的評価である

無垢子供ダイアナ

たぶんこのPC的なディレクション――批判に対して自覚的で先手を打って内容を適正に作っていこう――は最近ハリウッド映画では多かれ少なかれあるのだと思う。ただ、そういう制約(どういってもある種の制約ではあるだろう)を逆手に取って笑いやネタにしたり(デッドプールにおける「女性も男同様にブン殴ったほうが公平じゃない?」)、むしろそこに正面から踏み込んでえぐり出す(スパーダーマン:ホームカミングの敵役ヴァルチャーはいま注目されている「見捨てられた白人労働者」)のにくらべ、ワンダーウーマンのそれは踏み込みが浅くどうしても「そういうルールなので設置しました」感が出てしまっている。

重ねていうけれど、これは減点部分だという話ではなく、加点はなかったという話だ。

おそらく「ワンダーウーマン」という作品――つまり女性戦場に出て戦うという作品を作るにあたって、制作側は、(フェミニズムを中心に)炎上の可能性を覚悟して作ったのだと思う。だから、予め潰せる問題点は潰しておいた。

それは主人公ダイアナの人物設定にも反映されていて、彼女美女で、アマゾン族の王女で、めっちゃ強い。すごい跳躍力や筋力を持ってるし、噛み殺しの特殊能力を持つスーパーゴリラだ。だが多分そのままだと脳筋批判も巻き起こすだろうから、島で英才教育を受けてた設定になっている。作中でも数百の言語を操り、古典に詳しく、第一次世界大戦当時の最先端化学式を読み取るなど知能面でも卓越している。(第一次世界大戦当時の)女性だからといって馬鹿ではないのだ!

しかし、だからこそというか、逆説的にというか、なんだかすごく残念な人物描写になってしまっている。

彼女世間から隔絶された島で育ったので無垢だ……という設定なので、物語終盤になるまで「人間は悪神アレス洗脳されているせいで地獄のような戦争をしているのだ。悪神アレスさえ倒せば人間は正義と慈悲に立ち返り戦争は即座に終わる」と信じ込んでいる。ここは物語のテーマなので、外せない重要な要素だ。

それはそうで、重要に間違いはないのだが、それってどうなのだろう。

言語というのは必ずその文化を含んでいる。外語を学んだことがある人ならわかると思うけれど、外語を学ぶというのはその言語を操る民族や地域文化を学ぶということをニアリーイコールだ。文化も歴史も言語には含まれているからで、そこに理解無くしては言語の意味を理解するなんてできない。ましてや古典まで学んだダイアナが、人間の持つ二面性や、善悪といった内面を「全く理解してない」なんてのはありうるんだろうか? いやまあそこが物語のキーなわけだから、理解していないということにしないといけないのはわかるのだが、そういう描写にしてしまったせいで作品は別のメッセージを持ってしまった。

すなわち「知識も教育も倫理や人間について理解の助けには全くならない。世界を良くするという意味では、教育は全く無意味である」というメッセージだ。多分これは随分うがった見方だろうし、制作側はそんなメッセージを発信するつもりはないだろう。けれど、物語上ここでねじれが生じているために、そう取られかねない「隙き」が生じてしまっている。批判される要素をなくそうと頑張っていた制作陣が、塞げなかった穴に見えてしまうのだ。こういうねじれが、どうも彼女をそこの浅い子供に見せてしまっている。

ワンダーウーマン」は「(邦画では珍しくもないが)戦う女性主人公」「女性が監督した初めての大手スタジオによるスーパーヒーロー映画」という点で、フェミニズム界隈から賞賛を受けた。

けれど、個人的にはダイアナ女性ではないのだと思う。すくなくとも、フェミニズムが想定するような「解放されるべき女性」ではまだなくて、子供なのだ。まだ思春期すら迎えていないような子供で、世界に対して良く言えば無垢だし、シニカルに言えば無知無責任だ。

ダイアナに強い好感を覚えられなかったのがこの映画評価に加点が少ない理由だと、整理した今なら自覚できる。

善き大人スティーブ

多分、自分にとって不幸だったのはこの部分で、それは「ワンダーウーマン」を観るまえに「ウーマンリブ的な文脈でフェミニスト絶賛」みたいな評価を知ってしまった点だ。「そういうつもり」で見てしまったせいで捻じれが目についてしまった。

しかし、見終わったあとに思い返してみると、魅力的な部分がいくつもある映画だ。その最大のものアメリカ外征軍大尉のスティーブトレバである

彼はドイツ軍スパイした結果恐るべき毒ガス計画を知り、逃亡の最中に絶海の孤島アマゾン島に漂着し、主人公ダイアナを「外の世界」に連れ出す役目をする。無垢美女ダイアナエスコート役であり物語最終局面まで彼女を支えて導き続ける。

ぶっちゃけ、序盤はただのイケメン俳優だと思っていた。

いやイケメンなのは最終盤まで変わらないけど。

ヌードシーンがあったりもするので、女性向けの眼福要素も担当させられたイケメン俳優だと思っていたのだ。二回もイケメンって言ってしまったよ。

彼は優秀な軍人でありパイロットなのだが当然人間なので、スーパーヒーロー神の子であるダイアナに比べたら喧嘩においてはまったく弱い(軍人として適正に強くはあると思う)。おまけに非文明圏であるアマゾン島では虜囚に近い扱いも受けていたし、さらにいえば彼はアメリカ軍大尉であり、物語中盤の舞台イギリス(&イギリス議会イギリス軍)では大きな権力を持っているわけでもない。上司に対しては愛想笑いを浮かべたり、自分意見をひっこめたりもする。

物語中盤、未知の世界である外界に出たダイアナは完全にお上りさん状態であり、大都会ロンドンにおいて常識を知らないことから、スティーヴに迷惑をかける。それにたいしてスティーブはなだめたり、すかしたりしてダイアナに行動を抑制しようとする(そして失敗する)。スティーブダイアナに「外の世界常識や考え」を事細かに説明して理解を得ようとはせず、断念する。命の恩人ではあるし天下無双の戦闘能力を持ってはいるけれど、「面倒くさい子供」でしかないダイアナに呆れているように見えることもある。

こうやって説明すると際立つけれど、スティーブイケメンが売りなだけのダイアナの介添に見えていた。

しかし、上映後に振り返ってみるとこの映画の中心はスティーブだと思う。

ド派手なCGバトルアクションとか、世間フェミ的な評価を全部取っ払って、個人的に「ワンダーウーマン」の感想を述べるならば、「ワンダーウーマンスティーブ映画なのだ

全般的に人物の内面描写が浅いきらいのあるこの映画だが、スティーブに関しては脚本も俳優も素晴らしい仕事をしている。

彼は心の中にロールを持っている男だ。それは「善き男」であり「善き大人」であり、おそらくだけど「善きアメリカ人」であり「善き隣人」だ。彼はそういうふうに生きたいのだ。正しさや信念というよりも、自分の中に理想像ロールモデルがあると表現したほうがしっくりくるのがスティーブである

彼が軍に身を投じたのは、混迷続く世界情勢の中で、善きアメリカ人として社会に奉仕しようとした時、そのモデルが軍人だったかである。今の価値観で言えばもちろん異論はたくさんあるだろうけれど、その当時の常識で言えばそれは愛国心であったし、善き市民の善き行動だった。

ドイツ軍に密偵した結果、彼は恐るべきマスタードガスの開発と、それが講和間近のイギリス軍へ向けられていることを知ってしまう。彼はこの情報を持ち帰るために命を捨てるような危険を犯す。それもまた、彼の中にある「それが善き男の行動」だからだ。

その過程ダイアナに命を救われ、彼女の「外の世界戦争を止めたい」という希望を叶えるためにも、一緒にイギリスまで情報を持ち帰ることにする。

しかし、イギリスにそれを報告したが、結果ははかばかしくない。講和が間近に迫ったイギリス軍は、ドイツ軍(の一部)に災厄的な行動があったとしても全面攻勢には移りたくない。スティーブ情報事実上握りつぶされる。

彼はここで彼自身の行動規範である「善き人」を曲げられる。軍の階級差という世俗の権力構造のせいで、彼がすべきだと信じる行為を行うことができない。

講和のためとは言え、前線舞台をマスタードガスの脅威の前に放り出してよいのか? 良いはずはないが、議会や政府の決定に従うのも「善き国民」の義務ではあるのだ。

でも隣には精神的に子供ダイアナがいて「ねえなんでなんで? なんで正義しないの? まさかここでやめるわけ? 処す? 処そうか?」という視線で見てくる。彼は、その結果、軍の命令を無視して、私費で(というかボランティアのつもりだった?)傭兵を雇い前線に向かう決意をする。彼は心の中にある「善き人」の指し示すところに従ったのだ。ダイアナがあんまりにも無垢なので引っ込みがつかなくなったという側面があったにせよ。

前線に向かい、血みどろの後背地を抜けて塹壕にたどり着き、取り残された村をダイアナ神話的な能力にも助けられて開放して、ダイアナスティーブの関係は接近する。男女間の性愛的な意味での愛情もあったような描写だったけれど、個人的にはスティーブ父性も強く感じた。その父性というのは、子供しかないダイアナに「善き大人」を見せるというものだ。戦争なんて醜悪なものなのだけれど、それだけではないということ、世界には「善き隣人」の「善き努力」もあるということを示したかったように見えた。孤島から世界に連れ出した人間として、世界に失望してほしくなかったのかもしれない。

終盤。マスタードガスの大量生産はすでに完了しており、その暴挙を止めるために一行は秘密基地に忍び込む。ダイアナはその中で、アレス化身だと思われるドイツ軍ルーデンドルフ総監を倒すことに成功する。ダイアナは「これで悪神アレス洗脳は溶けて戦争は終了する!」と歓喜するが、兵士たちは戦闘をやめない。殺戮の準備を辞めない兵士ダイアナパニック状態になる。ダイアナにとっては今まで信じてきた世界観が崩れ去った瞬間なのだ

そのダイアナに向かって、スティーブは今まで何度も説明しようとしてしきれなかったことを告げることになる。

それは「この戦争は人間が開始して人間が拡大させたものなんだ。神はいない。僕たちの責任だ」ということだ。その告白はとても辛い。「善き男」として生きたかったスティーブは、まったく「善き男」ではなかった。戦争をしちゃってるのだから極悪人なのだしかし、スティーブは「この戦争は僕達の罪なのだ」ということを認める。なぜなら、戦争の責任を誰かに転嫁するのは、戦争を始めるよりも更に恥ずべきことだからだ。「善き男」として彼は、世界の醜さの責任を取らなければいけないと決意する。

スティーブダイアナの間にあったものは多分とても複雑で、男女でもあったし、父と娘でもあったと思う。でもその一部には神と人間というものもあった。

彼女の戦闘能力があまりにも隔絶してたかスティーブもその視点を持たざるを得なかったのだろう。

ダイアナの考えは「神が神の邪悪を振りまいたせいで人間が迷惑をしている」から「神の使命を持つ私が人間を救う」というものなわけだけれど、スティーブはこれに「善き人間」としてノーを叩きつける。ダイアナの考えはある種のパターナリズムだが、スティーブの答えはそこからの脱却だった。

神々の戦いは神々であるアレスゼウスの娘ダイアナが決着をつけるだろうし、人間であるスティーブは戦闘能力の関係上そこには関与することができない。しかし人間の始めた戦争であり、人間の悪意であるマスタードガスは人間であるスティーブが止めなければならない。筋としてそれが正しい。

ダイアナの戦闘能力やスティーブたちの状況を考え合わせると、彼らはここで戦闘を放棄すれば逃げて安全に暮らすことは十分に可能だったように見える。その場合はもちろんマスタードガスで前線の部隊は凄惨なことになるのだけれど、倫理的に考えてスティーブが彼らを救う(その結果命を落とす)絶対的な義務があったわけではない。戦争の悲惨すべてを、個人であるスティーブが背負う必要はないからだ。

スティーブが命をかけた動機として、父(先行者)として娘(後続)に「この醜悪な外の世界にも善はあるのだ」という事を示したかったのか、人間として神に「あなただけにすべてを背負わせない。人間は弱いけれどそれでも自分たちのしでかした行為の責任は取る」ということを示したかったのか、それとも男として女に「俺も戦う」といいたかったのか、それはわからない(そこが返ってスティーブという男のテーマとしてよかったと思う。彼の愛情には名前がつけられない)。

けれど、スティーブは「自分の戦い」として今まさに離陸していこうとする毒ガス満載の爆撃機を止めるために飛び出す。そして乗り込み、爆弾を抱えて、前線を救って、結果としてダイアナを残して死ぬ。

こうやって思い直してみると、中盤、ロンドンの街で常識知らずにうろつくダイアナに手を焼いていたのも、「善き大人」として子育てに苦労してたんだなあ、と思える。

スティーブは大尉だからおそらくエリートなんだろうけれど、まだ若いし、それ以前にすべての人間がそうであるように、不完全で未熟だ。しかしそうであるからこそ、彼には「こんな存在でありたい」という理想像があった。そして常にそうであろうと、努力していた。都会ではトラブルメーカーダイアナを「善き保護者」として(オロオロしつつも新米父親のように)導こうと思ってたし、最前線では「善き戦友」として肩を並べて戦った。戦火から救い出した村でチャーリーが歌ったときは「善き男」としてダイアナを熱っぽく見つめた。彼は最終的に、「惚れた美人との安全な生活」よりも自らの役割を優先した。自分自身の信じる正しさに殉じた。それは「善き人間」として神の前に立った時、他の誰でもなく自分が、人間すべての代表として神に「人間の誠実」を見せるべきだと思ったからだ。

それは上野千鶴子あたりの言葉を借りると「男性の安っぽいヒロイズム」であり「戦争に興ずる幼児性」なのかもしれないけれど、物語としてみるとスティーブの人物描写はこの映画の中で一番複雑で深みがあった。魅力的だった。

そんなことを考えると、「ワンダーウーマン」はウーマンリブ的な価値観映画というよりも、男性的な価値観の、そして「神(あるいは超越的な力を持つスーパーヒーロー)の前に立った『善き人間』の覚悟と誠意」の映画だと思う。そして、そこがこの映画の美点だと思える。

2017-08-25

理想像だけ盛り盛りにして勝手絶望してふてくされて敵愾心だけ育て上げるって典型的なKKOやん

ダメ人間性別関係ねぇな!

2017-08-14

カワイイ研鑽する全ての者のために

最初に言っておくと、当方SideMを中心に活動している男性Pでシンデレラはにわかなので、シンデレラについても「カワイイ」についても的外れなことを言っている可能性があります。ご了承ください。

まぁ驚いた。カワイイである。とんでもなくカワイイ。びっくりするくらいカワイイ。何がってメロウ・イエローの3人と彼女たちの新曲、「Kawaii make MY day!」である。先行披露されたデレステ内のイベントは終了し、既にライブでも披露された今書くのも時期外れな気はするが、自分の中でカワイイの爆撃に散らばった語彙を拾い集めていたらこんな時期になってしまった。

カワイイ』ってなんだ?

それは永遠テーマである一般に『カワイイ』の言葉に付随するのは、幼児性だったり、女性性だったり、要するに自分のような成人男性が一番遠いものである

しかし、だからこそ考えなくてはならない。カワイイものが大好きだからだ。カワイイとは一番遠いから、そしてこの歳になって「カワイイものが好き」と言えるようになるまで遠ざけてしまっていた、諦めてしまっていたものからカワイイに少しでも近付くためにきちんと考えなくてはならないのだ。royal weにするつもりは更々ない。ただ俺の話である

ただ、カワイくなくて良い自由が誰にでもあるなら、カワイくて良い自由も誰にでもあっていいはずだ。

ちょい足しという言葉は深いなと思った。法子ちゃんはすごい。カワイイのに本質を突いてる上カワイイ。最強である。なるほど、カワイイは足し算の美だ。

カワイイ研鑽する全ての者のために」。こう書いたけど、本当は研鑽という言葉は少しずれている。『カワイイ』は足していくもの、『大好き』を積み重ねていくものからだ。

研鑽、研ぎ澄ます、つまり引き算の美は『美しい』の方が相応しい。美しい顔とは崩れたところがなく、余分なものを削ぎ落とした平均の顔である。完全な球形は美しく、また尖ったところがないので丈夫でもある。『美しい』は防御力なのである

対して『カワイイ』は足していくものであるカワイイものカワイイものを足していけば最強にカワイイものが出来上がるのだ。『カワイイ』は魔法で、攻撃力なのである

曲調こそ渋谷系だが、彼女たちが『カワイイ』を探す場所原宿なのも良かった。原宿系というファッションジャンルがあるけれど、まさにその根幹にある理念は『カワイイ』の精神なのだ

原宿系のファッションは、シンデレラガールズでいえば諸星きらりなどが例に挙げられるだろうか。盛り盛りのデコレーション、色味たくさんのパステルカラーフリルリボン彼女身長でも収まりきらないゆめかわいい。そう、原宿系とは『大好き』を一つも否定せず、盛りに盛って積み重ねていくファッションなのだ

原宿系の代表的アーティストきゃりーぱみゅぱみゅの曲『ファッションモンスター』にはこんな歌詞がある。「だれかのルールにしばられたくはないの」「鉄の首飾りをはずしてただ自由にいきたいだけ」

原宿自由の地だ。堅い校則から脱却し、なりたい自分、本当の自分メルヘンチェン……メタモルフォーゼする放課後。好きなものと好きなものを足したら最強。個性って最高!原宿系という文化は受容の文化なのである

しかしここで一つ、問題がある。先程「『美しい』は引き算」「『カワイイ』は足し算」と言った。美しいは平均に近付く美だ。しかカワイイは際限なくどんどん重ねていける。そう、終わりがないのだ。

ある人が「女子力は有る無しではなく高い低いでしか評価されない。天井なき成長を求められる残酷基準だ」と指摘していた。その話の本質ジェンダー論であったので今は置いておくが、カワイイも同様である。果てがなく、これが義務であれば苦しいだけだろう。

義務であれば!

イベントの時からほとんど確信していたが、先日ツアー感想とともにRTで回ってきた二番以降の歌詞を見て、やっぱり心配する必要なんてなかったのだと勝手に胸を撫でおろした。

別にモテたいわけじゃないんです

ただまっすぐ笑ってたいだけなんです

Cメロ歌詞である

誰かのカワイイ否定はしない(そんなことは絶対してはいけない)、しか自分カワイイ自分だけのもの、他の誰かに憧れようと、理想像とぴったり一致するわけではない。あの子みたいになりたい、だけど前髪はぱっつんよりアシメがいいな、ネクタイよりリボンがいいな……これもまたちょい足しである

即ち、なりたい自分になっても、それはそれが誰かから称賛されるものではないかもしれない。個性自由だが、自由責任もまた重い。

だけど、他でもない自分が創り上げた『カワイイ』のはずだ。

異性のためでもない!同性のためでもない!それ以外のためでもない!ただ、自分がなりたい『カワイイ』のために!

何故「最初はあの人に見てほし」いのか。あの人のためにカワイくなったから……ではない。カワイイ自分カワイイから見てほしい、ただそれだけなのだ(思うに「あの人」は彼氏ではない。精々、ちょっと良いなと思っている男の子である)

カワイイの道は果てしない。ゴールしたと思っても、まだまだ可愛くなれそうだと先は続く。見えない終着点を追い続ける旅は険しく苦しいかもしれないけど、その道は『大好き』が敷き詰められた素敵な旅路なのだ。だから彼女たちはガラスの靴で駆けていくだろうし、足を止めない彼女たちの笑顔こそが一番の『カワイイなのだ

結びに。『カワイイ』は誰のためのものだろうか。自分のため、は勿論である。では、『どんな自分』のためだろうか。顔の良い者だろうか。服飾のセンスが良い者だろうか。男だろうか。女だろうか。大人だろうか。子供だろうか。どれも間違いではない。なりたい『カワイイ』になるために歩む者は、みな『カワイイ』に受容されて然るべきだ。

故にこのタイトルは「カワイイ研鑽する全ての者のために」をとった。

要領の得ない話を最後まで読んでくださりありがとうございます。ついでにSideMの新アプリLIVE ON ST@GE!が事前登録数到達できるか難しいところなので、気が向いたらどうか宜しくお願いします。

https://prereg.bn-ent.net/common/serial.php?app=imas_mstage

追記:先日事前登録者数が目標数50万に到達いたしました!ご協力いただいた全ての方にいちPとして感謝いたします。315プロ並びにとっても可愛くてプロ意識の高い元子役ユニットもふもふえんと、希望の旗を掲げる革命家ユニットF-LAGS(876と兼籍の秋月涼はこのユニットリーダーです)を今後ともよろしくお願いします。

2017-08-10

「やさしさ」理由に、振られた話

半年前にそういわれて振られた話をなんとなく書き殴ってみる。

学生自体はそれなりの恋愛沙汰はあったが、社会人になってからはめっきりで、もうアラサーと呼ばれる歳になってしまった。

恋愛には興味が無いわけではないが、大学卒業してから恋愛下手なのか振られてばかりだ。

結局、ある時の失恋から「あ~恋愛って良く分からんから恋愛意識をするのやめて仕事頑張ろう。」と思った。

そこから仕事打ち込んで、幸運にも、成果も出て認めてくれる人がいた為、恋愛とは反比例するように仕事はそれなりに上手くいった。

そこそこの立場になり時間的にも、経済的にも余裕がでてきた時、「すこしならいいか」なんて意識した時に出会った人だった。

歳は下だったが、趣味も合うし、一緒にいて楽で、楽しかった。

毎週に一回くらいは会う様になって、ふと『付き合ってみない?』と言ってみた。

結局答えはダメだったわけなんだが


あなたは優しくて頼りになる人で信頼してる。だけど、その優しさに答えられないから対等な立場にはなれない。」

という回答だった。


あなたのことは好きだから優しいのであって、別にそれは無理しているわけでもなく純粋気持ちなんだけども、下心があるように思えたのだろうか?

いま考えれば無難な断り文句で、自分なにか問題があったのかもしれないが、相手の心の中にしか答えは無いだろう。

とにかく、結論は、付き合えないといわれ振られたのだった。


振られた当時は、ジワジワとショックがきて、グラついていたこともあったが、

「『求める恋人理想像』と『自分』は違ったということだもんなぁ、しょうがないよな...」

自己解決してからは割と立ち直りは早かった。

そのあとも友人としての付き合いは続いたが、お互いちょっと意識してしまたからか、結局、疎遠になってしまった。

その話をすると

「なんだよ。もう少しじゃないか!」とか

あなたは面倒見すぎなんだよ、ちょっと抜けてるほうがいい恋人はいい」とか

とまぁ、いろいろ言われるから、いろいろ出来たことはあったんだろうなとは思う。

恋愛は無理するものじゃない。自然体で一緒にいるのが楽しい人と付き合いたいと思ってる。

なんて言うと「努力しろ」と総攻撃を受けそうだが、まぁ、ホントそう思っているんだよ。

はいえ、きっと5年近く恋人が出来ないから、考え方にしろ外見にしろ何か悪い所があって改善しなきゃならないんだろうな。

その改善するための努力に踏み切れず、また仕事に打ち込むと決めて半年

仕事楽しいし、やりがいもあるし、満足はしている。

でも、ふと、寂しい人生だな。だなと思ってしま自分もいて

蒸し暑い夜に温くなったビールを飲みながら思った夜だった。

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