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2017-09-22

ルース・ベネディクト菊と刀

本屋で冒頭数ページ読んだら、「『菊と刀』とは、一見繊細で芸術を愛するように見えるのに、ふとした局面に途端に暴力的で強権主義的になる日本人の、二面性の著しさの象徴である」(要約)と書いてあって、もうそれだけで「この人はわかってるなー」と思って買わずに帰ってきたんだけど。

 この、70年前の戦争記録から日本人分析した論文と、ほぼ同じような感想を、現代日本を観察する欧米人の多くも持っていることだろう。日本に生まれ育った俺でさえ、これがまったく不思議しかたない。

 多くの日本人は、俺やこの種の欧米人にとっては当然のように「あわせて備えているもの」と感じられる性質のセットの、どちらかが平気で欠けていたりする。たとえば理系芸術分野に携わる人間の、社会的理想像の幼稚さ……なんて言うと文系はてなサヨクは小躍りしてそうだそうだと言いそうだが、逆に言えば、歴史社会を興味対象にする連中の、創造活動への関心の低さも異常なのである

 ネット大人気の「自炊は高くつく論」なんかもこの例である

「生まれて初めて料理ハンバーグ)をするために調理器具から小麦粉から買ってきたら1まんえん以上した!自炊は高い!」なんて、冗談としても発想が小学生レベル稚拙記事を、いつもは『吾輩は知的である』なんて顔をしてる連中が「そうだ自炊は高いんだ」と拡散したりする。

 まず、こんな記事を書けるような年になるまで、本当に一回も料理をしたことがない人間なんて、その時点でただの教育の失敗とは思わないのだろうか。

 良い年して現代史もまともに知らず、ネットで感化されて修正史観にハマってしまネトウヨと、低レベルさにおいて何が違うんだそれは。

 欧米の「リベラル」はこんな中庸に欠ける連中ではない。少なくとも、主流の「スタイル」はこれほど低レベルではない。

 人権意識を持ち、環境配慮をし、知的好奇心に溢れるインテリからこそ、「自分でやる」ことへの情熱を失わない。下手でもDIY自炊への憧憬を見せる。

 一方で、アーティスト職人肌のギークたちが、社会環境配慮したものづくり意識し、積極的メッセージを発信することも、ごく当然のように行われる。ギーク系のニュースサイトブログでも、人道/環境配慮科学技術政策のあり方(政治議論)に、正面から切り込んでいく。

 これらは日本ではほとんどみられないものだが、本当にその理想を追求したのなら、人を知ることはものを知ることであり、ものを知ることは人を知ることであるといずれ繋がるのは、このように論理的には必定に思える。欧米では「当然あわせて備えているべきもの」と(少なくとも至上の理想レベルでは)見なされているこの両輪に、何故日本ではこんな断絶があり続けるのだろう?

 『菊と刀』の奇妙な同居は、結局のところ、ものごとを薄っぺらな表層レベルしか装えない、日本人精神性の貧しさの現れでしかないのではないだろうか。

2017-09-20

少なくとも

失敗に寛容な世の中ではないよね。

マスコミ世間が作り上げる人に求める理想像もどんどん上がっていく一方。

2017-09-15

映画ワンダーウーマンを見た

ワンダーウーマン」を見たので感想。と言うか考えたこととかのメモネタバレ気にしてないのでそういうの嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので、見た人向けだと思いますフェミの話とかも出てくるんでそういうの苦手な人も回避でよろしくっす。

総評

まず最初に、「ワンダーウーマン」、個人的にはそんなに評価高くない。少なくとも世間で(特に欧米で)いうほど大絶賛、大感動をすることはできなかった。これは映画を見終わったあとのファーストインプレッション

しかしじゃあ評価低いのかというとそんなこともない。

「1800円という価格&2時間という投資に見合った体験できるのか?」という視点で自問したところ、その答えは「100点」なのだ。十分高評価だろう。いい加減な脳みそだなあ、オレ。とも思った。

なんでこんな評価のすれ違いが発生してしまったかというと、今年見たアメコミ映画の先行2本、すなわち「レゴバットマン ザ・ムービー」と「スパイダーマン:ホームカミング」の評価が高すぎた、というのが原因であるらしい。前出の基準で言うと、「レゴバットマン」も「スパイダーマン ホームカミング」も200点くらいの評価なので、「ワンダーウーマン」はタイミング的に損をしてしまったのかもしれない。これが「ドクター・ストレンジ」のあとだったら感激できてたのに。

「100点である理由」としては大きく2つ。

まず「予告編で期待される要素が全て入っている」。無垢主人公ダイアナの島での生活スティーブとの出会い、「外の世界」への出発、人間社会との交流、第一次世界大戦の泥臭い戦争描写、圧倒的な戦闘シーン、ど派手なCGバトル。主人公ダイアナの衣装替えもアマゾン戦闘服マント姿→1910年代のヴィクトリアンはいったロンドンファッション→鮮やかな青のナイトドレス神の子戦闘服と飽きさせない。

そして「アメコミ映画ありがちなダメダメ要素を極力入れないようにしてある」。とくに3点「主人公の不幸描写に力点をおいたヒーロー誕生秘話」「クリフハンガーの繰り返しによるピンチ感の陳腐化」「取ってつけたような絶対悪敵役」の排除には成功している。そういう意味では、既存作品の悪いところがよく研究されているのだ。これは簡単なことじゃない(アメコミ映画はこの3つの罠によくハマるのだ)。

要約すると、よくできている。期待通りの作品だ。

一方で「100点でしかない理由」としては「取ってつけたような批判回避策」、「人物描写の底の浅さ」だろうか。

主人公ダイアナスティーブ自分たちの定めた使命を果たすためにチームを結成して第一次対戦の最前線に向かうのだが、そのチームは「絶海の孤島で育った主人公の女戦士ダイアナ」「イギリス軍諜報部に協力中のアメリカ外征軍大尉スティーブ」の2名を中心としているのだが、それ以外の参加者が3名いる。

フランス領モロッコ諜報員サミーア(おそらくイスラム系)」「ネイティブ・アメリカン密輸業者で通称酋長」「スコットランド人の酔いどれ狙撃チャーリー」この三人なかなか個性豊かで好感がもてるにはもてるのだが、「イギリスvsドイツ塹壕戦」にたいしてイギリス陣営でこれを主人公チームにするのは、いかにもPC的な取ってつけた感があった。

それを言うと映画冒頭のアマゾン族が暮らす絶海の孤島にも、白人だけじゃなく黒人アマゾンが配置されてたりして「こんな風に色のバランス取っとけばいいよね」的なそれを感じる。

この種の気遣いがあるのはもちろん良いことなのだが、それが気遣いの要素を超えていない、多様性テーマに対して踏み込んでないという部分があったせいで、浮いて見えてしまっている。またそれに対応するドイツ軍が通り一辺倒な描写で(つまりは白人集団なので)片手落ちに見えてしまう(ドイツ下げをしたかったわけじゃないだろうに)のも気にかかる点だった。

総じてエンタメ作品として秀作ではあるけれど、秀作止まりというのが個人的評価である

無垢子供ダイアナ

たぶんこのPC的なディレクション――批判に対して自覚的で先手を打って内容を適正に作っていこう――は最近ハリウッド映画では多かれ少なかれあるのだと思う。ただ、そういう制約(どういってもある種の制約ではあるだろう)を逆手に取って笑いやネタにしたり(デッドプールにおける「女性も男同様にブン殴ったほうが公平じゃない?」)、むしろそこに正面から踏み込んでえぐり出す(スパーダーマン:ホームカミングの敵役ヴァルチャーはいま注目されている「見捨てられた白人労働者」)のにくらべ、ワンダーウーマンのそれは踏み込みが浅くどうしても「そういうルールなので設置しました」感が出てしまっている。

重ねていうけれど、これは減点部分だという話ではなく、加点はなかったという話だ。

おそらく「ワンダーウーマン」という作品――つまり女性戦場に出て戦うという作品を作るにあたって、制作側は、(フェミニズムを中心に)炎上の可能性を覚悟して作ったのだと思う。だから、予め潰せる問題点は潰しておいた。

それは主人公ダイアナの人物設定にも反映されていて、彼女美女で、アマゾン族の王女で、めっちゃ強い。すごい跳躍力や筋力を持ってるし、噛み殺しの特殊能力を持つスーパーゴリラだ。だが多分そのままだと脳筋批判も巻き起こすだろうから、島で英才教育を受けてた設定になっている。作中でも数百の言語を操り、古典に詳しく、第一次世界大戦当時の最先端化学式を読み取るなど知能面でも卓越している。(第一次世界大戦当時の)女性だからといって馬鹿ではないのだ!

しかし、だからこそというか、逆説的にというか、なんだかすごく残念な人物描写になってしまっている。

彼女世間から隔絶された島で育ったので無垢だ……という設定なので、物語終盤になるまで「人間は悪神アレス洗脳されているせいで地獄のような戦争をしているのだ。悪神アレスさえ倒せば人間は正義と慈悲に立ち返り戦争は即座に終わる」と信じ込んでいる。ここは物語のテーマなので、外せない重要な要素だ。

それはそうで、重要に間違いはないのだが、それってどうなのだろう。

言語というのは必ずその文化を含んでいる。外語を学んだことがある人ならわかると思うけれど、外語を学ぶというのはその言語を操る民族や地域文化を学ぶということをニアリーイコールだ。文化も歴史も言語には含まれているからで、そこに理解無くしては言語の意味を理解するなんてできない。ましてや古典まで学んだダイアナが、人間の持つ二面性や、善悪といった内面を「全く理解してない」なんてのはありうるんだろうか? いやまあそこが物語のキーなわけだから、理解していないということにしないといけないのはわかるのだが、そういう描写にしてしまったせいで作品は別のメッセージを持ってしまった。

すなわち「知識も教育も倫理や人間について理解の助けには全くならない。世界を良くするという意味では、教育は全く無意味である」というメッセージだ。多分これは随分うがった見方だろうし、制作側はそんなメッセージを発信するつもりはないだろう。けれど、物語上ここでねじれが生じているために、そう取られかねない「隙き」が生じてしまっている。批判される要素をなくそうと頑張っていた制作陣が、塞げなかった穴に見えてしまうのだ。こういうねじれが、どうも彼女をそこの浅い子供に見せてしまっている。

ワンダーウーマン」は「(邦画では珍しくもないが)戦う女性主人公」「女性が監督した初めての大手スタジオによるスーパーヒーロー映画」という点で、フェミニズム界隈から賞賛を受けた。

けれど、個人的にはダイアナ女性ではないのだと思う。すくなくとも、フェミニズムが想定するような「解放されるべき女性」ではまだなくて、子供なのだ。まだ思春期すら迎えていないような子供で、世界に対して良く言えば無垢だし、シニカルに言えば無知無責任だ。

ダイアナに強い好感を覚えられなかったのがこの映画評価に加点が少ない理由だと、整理した今なら自覚できる。

善き大人スティーブ

多分、自分にとって不幸だったのはこの部分で、それは「ワンダーウーマン」を観るまえに「ウーマンリブ的な文脈でフェミニスト絶賛」みたいな評価を知ってしまった点だ。「そういうつもり」で見てしまったせいで捻じれが目についてしまった。

しかし、見終わったあとに思い返してみると、魅力的な部分がいくつもある映画だ。その最大のものアメリカ外征軍大尉のスティーブトレバである

彼はドイツ軍スパイした結果恐るべき毒ガス計画を知り、逃亡の最中に絶海の孤島アマゾン島に漂着し、主人公ダイアナを「外の世界」に連れ出す役目をする。無垢美女ダイアナエスコート役であり物語最終局面まで彼女を支えて導き続ける。

ぶっちゃけ、序盤はただのイケメン俳優だと思っていた。

いやイケメンなのは最終盤まで変わらないけど。

ヌードシーンがあったりもするので、女性向けの眼福要素も担当させられたイケメン俳優だと思っていたのだ。二回もイケメンって言ってしまったよ。

彼は優秀な軍人でありパイロットなのだが当然人間なので、スーパーヒーロー神の子であるダイアナに比べたら喧嘩においてはまったく弱い(軍人として適正に強くはあると思う)。おまけに非文明圏であるアマゾン島では虜囚に近い扱いも受けていたし、さらにいえば彼はアメリカ軍大尉であり、物語中盤の舞台イギリス(&イギリス議会イギリス軍)では大きな権力を持っているわけでもない。上司に対しては愛想笑いを浮かべたり、自分意見をひっこめたりもする。

物語中盤、未知の世界である外界に出たダイアナは完全にお上りさん状態であり、大都会ロンドンにおいて常識を知らないことから、スティーヴに迷惑をかける。それにたいしてスティーブはなだめたり、すかしたりしてダイアナに行動を抑制しようとする(そして失敗する)。スティーブダイアナに「外の世界常識や考え」を事細かに説明して理解を得ようとはせず、断念する。命の恩人ではあるし天下無双の戦闘能力を持ってはいるけれど、「面倒くさい子供」でしかないダイアナに呆れているように見えることもある。

こうやって説明すると際立つけれど、スティーブイケメンが売りなだけのダイアナの介添に見えていた。

しかし、上映後に振り返ってみるとこの映画の中心はスティーブだと思う。

ド派手なCGバトルアクションとか、世間フェミ的な評価を全部取っ払って、個人的に「ワンダーウーマン」の感想を述べるならば、「ワンダーウーマンスティーブ映画なのだ

全般的に人物の内面描写が浅いきらいのあるこの映画だが、スティーブに関しては脚本も俳優も素晴らしい仕事をしている。

彼は心の中にロールを持っている男だ。それは「善き男」であり「善き大人」であり、おそらくだけど「善きアメリカ人」であり「善き隣人」だ。彼はそういうふうに生きたいのだ。正しさや信念というよりも、自分の中に理想像ロールモデルがあると表現したほうがしっくりくるのがスティーブである

彼が軍に身を投じたのは、混迷続く世界情勢の中で、善きアメリカ人として社会に奉仕しようとした時、そのモデルが軍人だったかである。今の価値観で言えばもちろん異論はたくさんあるだろうけれど、その当時の常識で言えばそれは愛国心であったし、善き市民の善き行動だった。

ドイツ軍に密偵した結果、彼は恐るべきマスタードガスの開発と、それが講和間近のイギリス軍へ向けられていることを知ってしまう。彼はこの情報を持ち帰るために命を捨てるような危険を犯す。それもまた、彼の中にある「それが善き男の行動」だからだ。

その過程ダイアナに命を救われ、彼女の「外の世界戦争を止めたい」という希望を叶えるためにも、一緒にイギリスまで情報を持ち帰ることにする。

しかし、イギリスにそれを報告したが、結果ははかばかしくない。講和が間近に迫ったイギリス軍は、ドイツ軍(の一部)に災厄的な行動があったとしても全面攻勢には移りたくない。スティーブ情報事実上握りつぶされる。

彼はここで彼自身の行動規範である「善き人」を曲げられる。軍の階級差という世俗の権力構造のせいで、彼がすべきだと信じる行為を行うことができない。

講和のためとは言え、前線舞台をマスタードガスの脅威の前に放り出してよいのか? 良いはずはないが、議会や政府の決定に従うのも「善き国民」の義務ではあるのだ。

でも隣には精神的に子供ダイアナがいて「ねえなんでなんで? なんで正義しないの? まさかここでやめるわけ? 処す? 処そうか?」という視線で見てくる。彼は、その結果、軍の命令を無視して、私費で(というかボランティアのつもりだった?)傭兵を雇い前線に向かう決意をする。彼は心の中にある「善き人」の指し示すところに従ったのだ。ダイアナがあんまりにも無垢なので引っ込みがつかなくなったという側面があったにせよ。

前線に向かい、血みどろの後背地を抜けて塹壕にたどり着き、取り残された村をダイアナ神話的な能力にも助けられて開放して、ダイアナスティーブの関係は接近する。男女間の性愛的な意味での愛情もあったような描写だったけれど、個人的にはスティーブ父性も強く感じた。その父性というのは、子供しかないダイアナに「善き大人」を見せるというものだ。戦争なんて醜悪なものなのだけれど、それだけではないということ、世界には「善き隣人」の「善き努力」もあるということを示したかったように見えた。孤島から世界に連れ出した人間として、世界に失望してほしくなかったのかもしれない。

終盤。マスタードガスの大量生産はすでに完了しており、その暴挙を止めるために一行は秘密基地に忍び込む。ダイアナはその中で、アレス化身だと思われるドイツ軍ルーデンドルフ総監を倒すことに成功する。ダイアナは「これで悪神アレス洗脳は溶けて戦争は終了する!」と歓喜するが、兵士たちは戦闘をやめない。殺戮の準備を辞めない兵士ダイアナパニック状態になる。ダイアナにとっては今まで信じてきた世界観が崩れ去った瞬間なのだ

そのダイアナに向かって、スティーブは今まで何度も説明しようとしてしきれなかったことを告げることになる。

それは「この戦争は人間が開始して人間が拡大させたものなんだ。神はいない。僕たちの責任だ」ということだ。その告白はとても辛い。「善き男」として生きたかったスティーブは、まったく「善き男」ではなかった。戦争をしちゃってるのだから極悪人なのだしかし、スティーブは「この戦争は僕達の罪なのだ」ということを認める。なぜなら、戦争の責任を誰かに転嫁するのは、戦争を始めるよりも更に恥ずべきことだからだ。「善き男」として彼は、世界の醜さの責任を取らなければいけないと決意する。

スティーブダイアナの間にあったものは多分とても複雑で、男女でもあったし、父と娘でもあったと思う。でもその一部には神と人間というものもあった。

彼女の戦闘能力があまりにも隔絶してたかスティーブもその視点を持たざるを得なかったのだろう。

ダイアナの考えは「神が神の邪悪を振りまいたせいで人間が迷惑をしている」から「神の使命を持つ私が人間を救う」というものなわけだけれど、スティーブはこれに「善き人間」としてノーを叩きつける。ダイアナの考えはある種のパターナリズムだが、スティーブの答えはそこからの脱却だった。

神々の戦いは神々であるアレスゼウスの娘ダイアナが決着をつけるだろうし、人間であるスティーブは戦闘能力の関係上そこには関与することができない。しかし人間の始めた戦争であり、人間の悪意であるマスタードガスは人間であるスティーブが止めなければならない。筋としてそれが正しい。

ダイアナの戦闘能力やスティーブたちの状況を考え合わせると、彼らはここで戦闘を放棄すれば逃げて安全に暮らすことは十分に可能だったように見える。その場合はもちろんマスタードガスで前線の部隊は凄惨なことになるのだけれど、倫理的に考えてスティーブが彼らを救う(その結果命を落とす)絶対的な義務があったわけではない。戦争の悲惨すべてを、個人であるスティーブが背負う必要はないからだ。

スティーブが命をかけた動機として、父(先行者)として娘(後続)に「この醜悪な外の世界にも善はあるのだ」という事を示したかったのか、人間として神に「あなただけにすべてを背負わせない。人間は弱いけれどそれでも自分たちのしでかした行為の責任は取る」ということを示したかったのか、それとも男として女に「俺も戦う」といいたかったのか、それはわからない(そこが返ってスティーブという男のテーマとしてよかったと思う。彼の愛情には名前がつけられない)。

けれど、スティーブは「自分の戦い」として今まさに離陸していこうとする毒ガス満載の爆撃機を止めるために飛び出す。そして乗り込み、爆弾を抱えて、前線を救って、結果としてダイアナを残して死ぬ。

こうやって思い直してみると、中盤、ロンドンの街で常識知らずにうろつくダイアナに手を焼いていたのも、「善き大人」として子育てに苦労してたんだなあ、と思える。

スティーブは大尉だからおそらくエリートなんだろうけれど、まだ若いし、それ以前にすべての人間がそうであるように、不完全で未熟だ。しかしそうであるからこそ、彼には「こんな存在でありたい」という理想像があった。そして常にそうであろうと、努力していた。都会ではトラブルメーカーダイアナを「善き保護者」として(オロオロしつつも新米父親のように)導こうと思ってたし、最前線では「善き戦友」として肩を並べて戦った。戦火から救い出した村でチャーリーが歌ったときは「善き男」としてダイアナを熱っぽく見つめた。彼は最終的に、「惚れた美人との安全な生活」よりも自らの役割を優先した。自分自身の信じる正しさに殉じた。それは「善き人間」として神の前に立った時、他の誰でもなく自分が、人間すべての代表として神に「人間の誠実」を見せるべきだと思ったからだ。

それは上野千鶴子あたりの言葉を借りると「男性の安っぽいヒロイズム」であり「戦争に興ずる幼児性」なのかもしれないけれど、物語としてみるとスティーブの人物描写はこの映画の中で一番複雑で深みがあった。魅力的だった。

そんなことを考えると、「ワンダーウーマン」はウーマンリブ的な価値観映画というよりも、男性的な価値観の、そして「神(あるいは超越的な力を持つスーパーヒーロー)の前に立った『善き人間』の覚悟と誠意」の映画だと思う。そして、そこがこの映画の美点だと思える。

2017-08-25

理想像だけ盛り盛りにして勝手絶望してふてくされて敵愾心だけ育て上げるって典型的なKKOやん

ダメ人間性別関係ねぇな!

2017-08-14

カワイイ研鑽する全ての者のために

最初に言っておくと、当方SideMを中心に活動している男性Pでシンデレラはにわかなので、シンデレラについても「カワイイ」についても的外れなことを言っている可能性があります。ご了承ください。

まぁ驚いた。カワイイである。とんでもなくカワイイ。びっくりするくらいカワイイ。何がってメロウ・イエローの3人と彼女たちの新曲、「Kawaii make MY day!」である。先行披露されたデレステ内のイベントは終了し、既にライブでも披露された今書くのも時期外れな気はするが、自分の中でカワイイの爆撃に散らばった語彙を拾い集めていたらこんな時期になってしまった。

カワイイ』ってなんだ?

それは永遠テーマである一般に『カワイイ』の言葉に付随するのは、幼児性だったり、女性性だったり、要するに自分のような成人男性が一番遠いものである

しかし、だからこそ考えなくてはならない。カワイイものが大好きだからだ。カワイイとは一番遠いから、そしてこの歳になって「カワイイものが好き」と言えるようになるまで遠ざけてしまっていた、諦めてしまっていたものからカワイイに少しでも近付くためにきちんと考えなくてはならないのだ。royal weにするつもりは更々ない。ただ俺の話である

ただ、カワイくなくて良い自由が誰にでもあるなら、カワイくて良い自由も誰にでもあっていいはずだ。

ちょい足しという言葉は深いなと思った。法子ちゃんはすごい。カワイイのに本質を突いてる上カワイイ。最強である。なるほど、カワイイは足し算の美だ。

カワイイ研鑽する全ての者のために」。こう書いたけど、本当は研鑽という言葉は少しずれている。『カワイイ』は足していくもの、『大好き』を積み重ねていくものからだ。

研鑽、研ぎ澄ます、つまり引き算の美は『美しい』の方が相応しい。美しい顔とは崩れたところがなく、余分なものを削ぎ落とした平均の顔である。完全な球形は美しく、また尖ったところがないので丈夫でもある。『美しい』は防御力なのである

対して『カワイイ』は足していくものであるカワイイものカワイイものを足していけば最強にカワイイものが出来上がるのだ。『カワイイ』は魔法で、攻撃力なのである

曲調こそ渋谷系だが、彼女たちが『カワイイ』を探す場所原宿なのも良かった。原宿系というファッションジャンルがあるけれど、まさにその根幹にある理念は『カワイイ』の精神なのだ

原宿系のファッションは、シンデレラガールズでいえば諸星きらりなどが例に挙げられるだろうか。盛り盛りのデコレーション、色味たくさんのパステルカラーフリルリボン彼女身長でも収まりきらないゆめかわいい。そう、原宿系とは『大好き』を一つも否定せず、盛りに盛って積み重ねていくファッションなのだ

原宿系の代表的アーティストきゃりーぱみゅぱみゅの曲『ファッションモンスター』にはこんな歌詞がある。「だれかのルールにしばられたくはないの」「鉄の首飾りをはずしてただ自由にいきたいだけ」

原宿自由の地だ。堅い校則から脱却し、なりたい自分、本当の自分メルヘンチェン……メタモルフォーゼする放課後。好きなものと好きなものを足したら最強。個性って最高!原宿系という文化は受容の文化なのである

しかしここで一つ、問題がある。先程「『美しい』は引き算」「『カワイイ』は足し算」と言った。美しいは平均に近付く美だ。しかカワイイは際限なくどんどん重ねていける。そう、終わりがないのだ。

ある人が「女子力は有る無しではなく高い低いでしか評価されない。天井なき成長を求められる残酷基準だ」と指摘していた。その話の本質ジェンダー論であったので今は置いておくが、カワイイも同様である。果てがなく、これが義務であれば苦しいだけだろう。

義務であれば!

イベントの時からほとんど確信していたが、先日ツアー感想とともにRTで回ってきた二番以降の歌詞を見て、やっぱり心配する必要なんてなかったのだと勝手に胸を撫でおろした。

別にモテたいわけじゃないんです

ただまっすぐ笑ってたいだけなんです

Cメロ歌詞である

誰かのカワイイ否定はしない(そんなことは絶対してはいけない)、しか自分カワイイ自分だけのもの、他の誰かに憧れようと、理想像とぴったり一致するわけではない。あの子みたいになりたい、だけど前髪はぱっつんよりアシメがいいな、ネクタイよりリボンがいいな……これもまたちょい足しである

即ち、なりたい自分になっても、それはそれが誰かから称賛されるものではないかもしれない。個性自由だが、自由責任もまた重い。

だけど、他でもない自分が創り上げた『カワイイ』のはずだ。

異性のためでもない!同性のためでもない!それ以外のためでもない!ただ、自分がなりたい『カワイイ』のために!

何故「最初はあの人に見てほし」いのか。あの人のためにカワイくなったから……ではない。カワイイ自分カワイイから見てほしい、ただそれだけなのだ(思うに「あの人」は彼氏ではない。精々、ちょっと良いなと思っている男の子である)

カワイイの道は果てしない。ゴールしたと思っても、まだまだ可愛くなれそうだと先は続く。見えない終着点を追い続ける旅は険しく苦しいかもしれないけど、その道は『大好き』が敷き詰められた素敵な旅路なのだ。だから彼女たちはガラスの靴で駆けていくだろうし、足を止めない彼女たちの笑顔こそが一番の『カワイイなのだ

結びに。『カワイイ』は誰のためのものだろうか。自分のため、は勿論である。では、『どんな自分』のためだろうか。顔の良い者だろうか。服飾のセンスが良い者だろうか。男だろうか。女だろうか。大人だろうか。子供だろうか。どれも間違いではない。なりたい『カワイイ』になるために歩む者は、みな『カワイイ』に受容されて然るべきだ。

故にこのタイトルは「カワイイ研鑽する全ての者のために」をとった。

要領の得ない話を最後まで読んでくださりありがとうございます。ついでにSideMの新アプリLIVE ON ST@GE!が事前登録数到達できるか難しいところなので、気が向いたらどうか宜しくお願いします。

https://prereg.bn-ent.net/common/serial.php?app=imas_mstage

追記:先日事前登録者数が目標数50万に到達いたしました!ご協力いただいた全ての方にいちPとして感謝いたします。315プロ並びにとっても可愛くてプロ意識の高い元子役ユニットもふもふえんと、希望の旗を掲げる革命家ユニットF-LAGS(876と兼籍の秋月涼はこのユニットリーダーです)を今後ともよろしくお願いします。

2017-08-10

「やさしさ」理由に、振られた話

半年前にそういわれて振られた話をなんとなく書き殴ってみる。

学生自体はそれなりの恋愛沙汰はあったが、社会人になってからはめっきりで、もうアラサーと呼ばれる歳になってしまった。

恋愛には興味が無いわけではないが、大学卒業してから恋愛下手なのか振られてばかりだ。

結局、ある時の失恋から「あ~恋愛って良く分からんから恋愛意識をするのやめて仕事頑張ろう。」と思った。

そこから仕事打ち込んで、幸運にも、成果も出て認めてくれる人がいた為、恋愛とは反比例するように仕事はそれなりに上手くいった。

そこそこの立場になり時間的にも、経済的にも余裕がでてきた時、「すこしならいいか」なんて意識した時に出会った人だった。

歳は下だったが、趣味も合うし、一緒にいて楽で、楽しかった。

毎週に一回くらいは会う様になって、ふと『付き合ってみない?』と言ってみた。

結局答えはダメだったわけなんだが


あなたは優しくて頼りになる人で信頼してる。だけど、その優しさに答えられないから対等な立場にはなれない。」

という回答だった。


あなたのことは好きだから優しいのであって、別にそれは無理しているわけでもなく純粋気持ちなんだけども、下心があるように思えたのだろうか?

いま考えれば無難な断り文句で、自分なにか問題があったのかもしれないが、相手の心の中にしか答えは無いだろう。

とにかく、結論は、付き合えないといわれ振られたのだった。


振られた当時は、ジワジワとショックがきて、グラついていたこともあったが、

「『求める恋人理想像』と『自分』は違ったということだもんなぁ、しょうがないよな...」

自己解決してからは割と立ち直りは早かった。

そのあとも友人としての付き合いは続いたが、お互いちょっと意識してしまたからか、結局、疎遠になってしまった。

その話をすると

「なんだよ。もう少しじゃないか!」とか

あなたは面倒見すぎなんだよ、ちょっと抜けてるほうがいい恋人はいい」とか

とまぁ、いろいろ言われるから、いろいろ出来たことはあったんだろうなとは思う。

恋愛は無理するものじゃない。自然体で一緒にいるのが楽しい人と付き合いたいと思ってる。

なんて言うと「努力しろ」と総攻撃を受けそうだが、まぁ、ホントそう思っているんだよ。

はいえ、きっと5年近く恋人が出来ないから、考え方にしろ外見にしろ何か悪い所があって改善しなきゃならないんだろうな。

その改善するための努力に踏み切れず、また仕事に打ち込むと決めて半年

仕事楽しいし、やりがいもあるし、満足はしている。

でも、ふと、寂しい人生だな。だなと思ってしま自分もいて

蒸し暑い夜に温くなったビールを飲みながら思った夜だった。

2017-08-05

[] #32-3「数奇なる英雄 リダイア」

期限当日。

俺たちの成果を、他のグループの前で発表する日ということだ。

他のグループの発表はというと、自分たちの住む町の歴史だとか……まあ何も言うことはない。

みんな課題をこなすことに必死だったし、他人成果物に目を向ける心の余裕はなかったんだ。

そして、長いような短かったような時を彷徨い、いよいよ俺たちグループの番がきたのだった。

英雄リダイアはこの町で生まれ育ったことは周知の通りです。リダイアは当時としては画期的建築技術発明し、この町の発展を大いに助けたとされます。ですが、これはあくまで彼の英雄たる理由の一つでしかありません」

まずはリダイアに関する大まかな説明から始める。

このあたりはエビデンスがとれていることもあり、滞りなく進んだ。

問題はここからだ。

「次に彼はアマゾンとある集落にて、住人たちと槍を取り、侵略者から守ったという記録が残されています

アマゾンといえば、アマゾネスしかし、そこでリダイアはこれといった人間関係トラブルがなかったことが、記述内容から判断できます。つまりリダイアは実は女性だったのではと推測できます

聞いていた他のグループがざわつきだす。

一応の辻褄は合うものの、はっきり言ってとんでもない説だからだ。

念のため言っておくが、これは俺ではなくメンバーの一人であるタイナイが提唱したものだ。

それっぽくこじつけはいものの、タイナイが最近読んでいた漫画の影響をモロに受けていることは俺からみれば明らかであった。

さて、これが一つ目の策だ。

タイナイ、カジマ、ウサクでそれぞれ持ちよった説を全て統合して、後は無理やり辻褄を合わせてやろうというものだった。

当然そんなことをすれば、いずれ綻びが生じる。

そこで俺はとある説を用意しておくのだが……まあ直に分かる。


「戦乱の世が平定。落ち着きを取り戻し始めたころ、リダイアは医者を志します。今度は人を救う存在になりたい、と考えたのかもしれません。それから彼は西の島にて、医者として多くの命を助けました。汎用性の高い薬を発明したのも、この当時であると考えられます

医学進歩しだしたころ、リダイアは芸術の分野で多彩な活躍します。我らの町では建築技術、別の地方では絵画といった具合に」

その後も俺たちは、纏めた内容を淡々説明していく。

周りのざわついた音は徐々に大きくなっていたが、意に介さなかった。

「そのように八面六臂の活躍をしていく内、またも世は戦乱の気配を漂わせていました。そこでリダイアは、再びその身を戦火の中へと投じていくのです」

説明も終盤にさしかかったとき、とうとう俺たちが予想していた言葉を一人のクラスメートが発した。

ちょっと待ってくれ、さっきから色々と語っているが滅茶苦茶じゃないか現実的じゃない」

当然の疑問だ。

そこで、俺たちは二つ目の策……いや、説を提唱することにした。

「仰るとおり。いくらリダイアが人並み外れた力の持ち主と定義したとしても、このとき既に64歳。現役を退いている上、当時の平均寿命を越えている。仮に生きていたとしても、物理的に有り得ない」

「我々はリダイアの活躍が書かれた文献をしらみつぶしに調べました。長生きの一言で済ますには、些か無理がある活躍の記録があることが分かりました」

「文献のいくつかは彼を英雄視する人々が作り上げた、偶像物語だと考えることもできます。ですが、それを踏まえてなお整合性のとれない話も多々あったのです」

「そこで、ある説が浮上します。リダイアというのは個人ではなく、各時代、あらゆる場所複数いた、名もなき英雄俗称ではないかと」

ざわついていた空間が、今度は静寂に包まれていた。

これこそが、俺の考えた方法……いや、説だ。

「あらゆる時代、あらゆる場所活躍する英雄が多くいました。リダイアが様々な方面で才能を発揮したとされるのも、そもそも別人だと考えれば自然です」

「なぜ、それらがリダイアとされたかは、彼らに関する詳しい文献が個別存在しない、つまり名もなき英雄だったことに他なりません。そこで当時の人々は、ある種の英雄理想像としてリダイアを作り上げ、そこに実在する英雄投影させました」

「時には自称し、時には伝聞によって。事実真実伝承入り混じり、『リダイア』という英雄集合体が形作られたわけです」

はっきり言って、この説はあまり自信のあるものではなかった。

一応の整合性こそ取れるものの、その実は文献の真偽を分別することを放棄した、苦肉の策だったからだ。

些か理屈に無理があることは承知の上だった。

それでも課題未完成にして出すよりは、それを完成品にするために帳尻を合わせるほうがマシだと考えたのだ。

(#32-4へ続く)

2017-08-03

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.内面の美が大切って綺麗事ではないですか?

美女と野獣』を知らないのか。

城主は野獣になる呪いを受けてしまったが、ヒロインの優しさによって真の愛に目覚めるという話だ。

内面の美しさを見出し城主呪いがとけて、イケメンに戻るわけだな。

内面の美しさが大切なのは綺麗事でも何でもなく事実だ。

だが、ブサイク呪いってのも紛れもない事実だってことだ。

人間ってのは総体的評価するもので、そこに優先順位が各々である

まり内面が美しければ良いことだし、その上で外面も良ければなお良い。

後は金持ちだったりすればより良い、シンプルな話だ。

もっとも、君が野獣側か美女側のどちらでもない、その地点にすら立てていない状況なら、そもそもナンセンス質問だが。

具体的にそういったことを考える必要に迫られる対象が現時点で存在しないなら、より普遍的な答えになるのは当然の話だ。

Q.魔法少女になりたがる大人が増えたのはなぜですか。

いい質問だ。

この情勢に対して大人現実をまともに見なくなったとかいロートルもいるが、そんなことはない。

古今東西、人は夢想したい時があるのだ。

有り体に言えば現実逃避である

そして、この夢想対象としては「今の自分とは違う何か」が選ばれやすい。

その対象として人々は様々な理想像自分と重ね合わせてきた。

しかし、これすら居心地が悪いものになるという人もいた。

なぜならスーパスターとして活躍する職業は、実際に存在しているものだったからだ。

そして、その世界活躍している人も実際に存在するのである

現実逃避のための夢想であるのに、現実がかえって今の自分を苦しめるのだ。

そういった人のために対象となったのが、魔法少女であったというわけだ。

なるために要求される才能だとか、努力方法といったもの不明瞭だからだ。

夢想するときに、そういったものロジカルに考えることほど無粋なものはないからな。

夢想というものは、なって何をしたいか、何をすればいいのかだとかがフワフワしている方がよい。

その夢想対象享受できる美味しい所だけ味わうために、魔法少女は都合が良かったというわけだ。

まあ私もニンジャになりたいとか、サムライになりたいとか言ったことはあるので、本質的には似たようなものだな。

それを大人がやるってところに世紀末を感じるかもしれないが。

もし現実魔法少女が本当になれるような代物になったら、恐らくほとんどの人は色々と理由をつけてなりたくないって言うんじゃないかな。

「なりたいっちゃあ、なりたいけど、どうしてもってわけじゃあない」とか、「自分が思っていた魔法少女はこんなんじゃない」といった具合に。

夢を夢で終わらせるというのも、それはそれで心の安寧を保つために必要ことなのだ。

傭兵フリーランスでやるのはやめておけ。

2017-07-26

理想像を書いてみる

優先順位昇順。

1.今の友達とずっと友達同士でいたい。毎年1,2回くらいは無計画に集まったりして、お互いの状況がどんなに違ってしまっても、新しい知識のことで盛り上がれる間柄でいたい。

2.いい感じの家庭を築きたい。好き合ってる同士で結婚して、時間があればスーパーでのちょっとした買い物程度の用事でも一緒に行けるくらいの関係でい続けたい。子どもを持ったら、子どもともそうありたい。

3.商業的に評価されたい。今は会社所属なんだが、フリーランス仕事をもらえるようになりたい。成果物クオリティを上げて、進捗管理放棄することを許される立場になりたい。

4.フリーとしての仕事世帯収入の2~3割くらいを担いつつ、基本的には家のことをしたい。家事全般家計運営が得意だからそれを活かして家族に快適に暮らしてほしい。

■何をするか?

1.自分が新しい知識貪欲であり続ける。そうした積極的話題を盛り上げられるようになる。連絡を怠らない。

2.出会いを探す。コミュニケーション能力を上げる。

1,2,いずれも人格改善必要。落ち着いて暖かく、よく気付いて人を褒められる人を目指したい。

3.まず今の仕事をがんばって、職場関係者と良好な関係を築くこと。人脈づくり。練習としての成果物を作ることを怠らない。とにかくフリー仕事を取れる努力

4.これは、2と3をがんばることで実現できるだろうか。でも基本的には、相手自分に求めるものに合わせて働き方を変えたいから、優先順位としては低い。

子どものこととか全然優先順位の上の方に挙がってこない。友達に執着してしまう。まだ自分子どもなんだなあ。

東京よりの埼玉神奈川あたりに住んで、コートや靴は10万~のものを買って(ただし、これは特別な贅沢として)、基本はファストファッションかせいぜいBEAMSくらいで工夫して、月1くらいはしゃれたバーで飲んで、子ども大学に行かせられるくらいの家計を保ちたい。が、これは相当難しいんだろうなあ。

経済的なことを言えば、フリーとして一発当てて自分が思う“いい感じ”の暮らしを成立させるのが理想なのかも。

2017-07-17

俺が結婚しない3つの理由

1.自分の為だけにお金時間を使いたい

2.世話をするという行為のものが嫌だ

3.どうせ飽きるんだろ俺のことなんて



1.自分の為だけにお金時間を使いたい

自分が汗水たらして稼いだ金をなんで他人に貢がなければならないのか

出たくもない会社飲み会お金払うのもばかばかしいのに生活費という名のもとに自分以外の金銭を工面する次点でなんかおかしいじゃないの

手取り金額に関わらず全額俺が自分で使いたいわ、当然の権利だろうに

実家仕送りしてる現状すら気に入らない、俺からお金を取ろうとする全員気に入らない

どうせ趣味も合わない、話も合わない、つか絶対話してて疲れる、そのうえお金まで掛かるってどういうことだよ

親すら邪魔だ、俺の稼いだ金だぞ、なんで搾り取ろうとする

「今まで育ててやった~」じゃねーよ、小遣いなんて貰ったことねぇぞ、学費も俺がバイトして出したんじゃねぇか

それ以外の生活費みたいなもんはもう返し切っただろうが、この5年ですでに800万は実家に入れてきたんだぞ

結婚をしてない現状すらこんな悩み抱えてんのに結婚したら更に同じ悩みが増えるとか意味わかんねーんだよ

家族サービス?クソくらえ、自分へのご褒美が何よりも優先されるだろうが

少なくとも、そうやって生活してる今は最高に幸せ


2.世話をするという行為のものが嫌だ

嫁が出来ようが子供が生まれようが一緒だろうけど、なんで自分だけで精いっぱいなのに他人の世話までしなあかんねん

どうせ育児ノイローゼだのご近所づきあいだのイジメだの反抗期だのPTAだのメンドクセーことたくさん出てくるんでしょ

いちいち構ってられるかよ、どうでもいいんだよそんなこと

親戚とのかかわりすら一切を立ち切りたいのにこれ以上大衆と構ってられるか、仕事先の顧客対応だけで十分だよそんなん

そりゃ可愛い娘なら愛情も湧くかもしれんが、まずありえない

てか女の子まれるかどうかも分からん人生賭けたギャンブルなんか絶対に嫌だ

3000万円の課金ガチャとは良く言ったもんだな


3.どうせ飽きるんだろ俺のことなんて

美人三日とかそういう問題じゃなくて、普通に考えて同じ人間と同じ屋根の下一緒に暮らしてればそら嫌になるだろ

ましてや趣味も話も合わない相手だったら1年持つのか?俺は無理だ

漫画みたいに愛し合うとか夢見すぎじゃないか絶対世の中の夫婦の大半はなぁなぁで生活してるだろうが

俺の周りそんなんばっかだぞ、やれ家に帰りたくない、やれ結婚したら自由が無い

じゃあお前らなんで結婚してんだ

俺に結婚後の不幸話聞かせてくる癖になんで彼女無しをイジメみたいに弄ってくるんだよ

地獄へ連れ込もうとするゾンビかなんかなのか?てめぇらもこの地獄味わえよって根端か?糞くらえアホどもが

やってることが矛盾してんだよ意味わかんねぇな



まあ結論としては、「悩みを増やしたくない」これにつきる

ジョジョ吉良吉影は本当に賢い生き方してるわ

変な性癖さえなければ現代若者理想像なんじゃないの

俺は一応出世欲があるから違うけど、でもあの生き方は憧れる






でも確かに老後1人っきりになるという心配は確かにある、だから考えたくもない

2017-07-16

愛すべき母へ

病気がつらいなら、ちゃんと病院の人たちにつらいと言ってください。

「辛気くさい顔しても暗くなるだけじゃない?フフフ(笑顔)」じゃないです。

百歩譲ってそれが尊く素晴らしい心がけだとしても、それで溜めたストレス家族にぶつけないでください。

「○○さんに『貴方は元気そうでいいわよね』って皮肉られた………」じゃないです。

元気そうに振る舞って、元気そうに見られて、大成功じゃないですか。

願ったり叶ったりの反応なのではないですか。なぜ悲痛な顔をして家族愚痴るのですか。

 

「辛気くさい顔しても暗くなるだけ(だから明るく振る舞う)」の対象に、なぜ私たちは含まれないのですか。

キツい言い方をしますが、それって外ヅラを良くしたいだけなのではありませんか。

私たちより病院の人たちの方が大切なのですか。

皆さんエスパーじゃないんですから、元気そうに振舞う人を元気な人とみなすのは仕方ないじゃないですか

こういうこと言うと、弱者理想像勝手押し付けワガママな人と思われるかもしれません。

病人病人らしく、辛気臭く痛ましく振る舞え」と。

そういう訳ではありません。ただ、私たちだっての子です。こうも何度も同じことを繰り返されると気が滅入るんです。

病気については本当にかわいそうだと思いますし、あなたに非はありません。

この先ずっと面倒を見ると約束しますし、病気が原因でつらい目に遭ったら相談に乗ります

嬉しいことがあれば一緒に喜びます。悲しいことがあれば一緒に泣きます

でも、貴方があえて選んだいばら道について「いばらが痛い」という文句を聞かされるのは、ちょっと違うと思うのです。

そこに病気関係ありません。

 

辛気臭い顔しても暗くなるだけという考え」と、「つらいことをつらいと明言する行為」は対立しません。

どうか変な強がりを捨ててください。それがあなたにとっても幸せなはずです。

2017-07-09

https://anond.hatelabo.jp/20170709172851

なんで女の求める理想像がころころ変わるのか考えると、

結局、トロフィーワイフを求める男と一緒で、自慢できる彼氏が一番ということなんだろうかね。

それで、最初から心の支えだけを求め続けた女性のみが末永く上手くゆくのだろう。

2017-05-19

葉隠』(はがくれ)は、江戸時代中期(1716年ごろ)に書かれた書物肥前国佐賀鍋島藩士・山本常朝が武士としての心得を口述し、それを同藩士田代陣基(つらもと)が筆録しまとめた。全11巻。葉可久礼とも。『葉隠聞書』ともいう。

目次 [非表示]

1 概要

1.1 「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」

1.2 書名の由来

2 脚注

3 刊本

4 参考文献

5 関連項目

6 外部リンク

概要[編集]

「朝毎に懈怠なく死して置くべし(聞書11)」とするなど、常に己の生死にかかわらず、正しい決断をせよと説いた。後述の「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」の文言は有名である。同時代に著された大道寺友山『武道初心集』とも共通するところが多い。

文中、鍋島藩である鍋島直茂武士理想像として提示しているとされている。また、「隆信様、日峯(直茂[1])様」など、随所に龍造寺氏と鍋島氏併記しており、鍋島氏龍造寺氏の正統な後継者であることを強調している。

当時、主流であった山鹿素行などが提唱していた儒学武士道を「上方風のつけあがりたる武士道」と批判しており、忠義山鹿の説くように「これは忠である」と分析できるようなものではなく、行動の中に忠義が含まれているべきで、行動しているときには「死ぐるい(無我夢中)」であるべきだと説いている。赤穂事件についても、主君浅野長矩切腹後、すぐに仇討ちしなかったこと[2]と、浪士達が吉良義央を討ったあと、すぐに切腹しなかったことを落ち度と批判している。何故なら、すぐに行動を起こさなければ、吉良義央病死してしまい、仇を討つ機会が無くなる恐れがあるからである。その上で、「上方衆は知恵はあるため、人から褒められるやり方は上手だけれど、長崎喧嘩のように無分別相手に突っかかることはできないのである」と評している。

この考え方は主流の武士道とは大きく離れたものであったので、藩内でも禁書の扱いをうけたが、徐々に藩士に対する教育の柱として重要視されるようになり、「鍋島論語」とも呼ばれた。それ故に、佐賀藩朱子学者・古賀穀堂は、佐賀藩士の学問の不熱心ぶりを「葉隠一巻にて今日のこと随分事たるよう」と批判し、同じく佐賀藩出身大隈重信も古い世を代表する考え方だと批判している。

明治中期以降アメリカ合衆国出版された英語の書『武士道』が逆輸入紹介され、評価されたが、新渡戸の説く武士道とも大幅に異なっているという菅野覚明の指摘がある。

また「葉隠」は巻頭に、この全11巻は火中にすべしと述べていることもあり、江戸期にあっては長く密伝の扱いで、覚えれば火に投じて燃やしてしま気概覚悟が慣用とされていたといわれる。そのため原本はすでになく、現在はその写本(孝白本、小山本、中野本、五常本など)により読むことが可能になったものである。これは、山本常朝が6、7年の年月を経て座談したものを、田代陣基が綴って完成したものといわれ、あくまでも口伝による秘伝であったため、覚えたら火中にくべて燃やすよう記されていたことによる。2人の初対面は宝永7(1710年)、常朝52歳、陣基33歳のことという。

浮世から何里あらうか山桜    常朝

白雲やただ今花に尋ね合ひ    陣基

武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」[編集]

葉隠記述の中で特に有名な一節であるが、葉隠の全体を理解せず、この部分だけ取り出して武士道精神と単純に解釈されてしまっている事が多い。実際、太平洋戦争中の特攻玉砕自決時にこの言葉が使われた事実もあり、現在もこのような解釈をされるケースが多い。

しか山本常朝自身「我人、生くる事が好きなり(私も人である。生きる事が好きである)」と後述している様に、葉隠は死を美化したり自決を推奨する書物と一括りにすることは出来ない。葉隠記述は、嫌な上司からの酒の誘いを丁寧に断る方法や、部下の失敗を上手くフォローする方法、人前であくびをしないようにする方法等、現代でいうビジネスマナー指南書や礼法マニュアルに近い記述ほとんどである。また衆道男色)の行い方を説明した記述等、一般近代人の想像するところの『武士道』とはかけ離れた内容もある。

戦後軍国主義書物という誤解から一時は禁書扱いもされたが、近年では地方武士生活に根ざした書物として再評価されている。先述したように『葉隠』には処世術マニュアル本としての一面もあり、『葉隠』に取材したビジネス書出版されている。

戦後も、葉隠を愛好した戦中派文学者で、純文学三島由紀夫は『葉隠入門』を、大衆文学隆慶一郎は『死ぬことと見つけたり』を出している。両作品は、いずれも葉隠入門書として知られ、各新潮文庫で再刊された。

書名の由来[編集]

本来葉隠」とは葉蔭、あるいは葉蔭となって見えなくなることを意味する言葉であるために、蔭の奉公大義とするという説。さらに、西行山家集葉隠和歌に由来するとするもの、また一説には常長の庵前に「はがくし」と言う柿の木があったからとする説などがある。

2017-05-06

アベ自民党は、「皇室天皇のご意志」を無視!  2017/3

◇ アベ自民党は、「皇室天皇のご意志」を無視!  2017/3

 ・陛下の退位で、アベ政権は「一代に限定した特例法」を目指す。

 ・ これに、天皇陛下は、強い不満を抱かれている!

 ・宮内庁関係者の言、 陛下は、納得がいかない表情を浮かべられ、

  退位を一代限りとしたことに疑念があると述べられた。

陛下の退位の意向は、象徴天皇理想像を完遂させる思いから。

-------------------------------------------------------------

・ご学友、明石氏の怒り、(2017/4/22、某全国紙

 「陛下の思いと違う結果は、非常に残念。 議論が尽くされていない。

  今の政権には本当に失望している。」

2017-04-30

萌え絵イラっとくる理由

今日駅に貼ってあったいわゆる萌え絵的なポスターになんとなくイラっとしたのだが。(萌え絵定義を詳しく知らないけどね)

これはぶりっ子に対する嫌悪感と似たようなものなんじゃないかと思った。しかしなぜぶりっ子を見るとイラっとしてしまうのか、考えてみるとよく分からない。

おぎやはぎ矢作、「ぶりっ子」と批判的な言い方をやめて「男性へのサービス精神がある」と言い換えることを提案 | 世界は数字で出来ている

このおぎやはぎの言っていることは正しいと思う。サービス精神が無いよりはあった方が良いに決まっている。男性女性のためにドアを開けてあげたり荷物を持ってあげるのだって言ってみればサービス精神だ。男性アイドル女性ファンに対する「ぶりっ子」的な側面があるだろう。(自分特定アイドルファンではないが)

しかし人が媚びている様をみるのはあまり気分の良いものではない。それとやはり男性に好かれようとしている様をみるのが気に入らないのだろう。自分にできないことで好感を得ることに対する嫉妬だ。(ぶりっ子をしたくないのもあるが、ある程度見た目がよくないとぶりっ子有効ではない。ブスのぶりっ子需要はない)

萌え絵に対する嫌悪感は、ポスター対象萌え絵を喜ぶ男性女性でも喜ぶ人はいると思うけど)に限られているということから来るのかもしれない。自分無視されてる感。

しか少女漫画イケメンが書かれてあってもなんか嫌な気がする。少女漫画は好きだけど。公共の場に貼られたポスターに異性に対する行き過ぎた理想が表れているのが嫌なのかもしれない。金麦檀れいが嫌われてたのもあまりに「男の理想像」を体現していたからだろう。そこまで恥ずかしげもなく理想像公開しちゃう?ってところと、こんなやついねーよ、ってところ。少年漫画ヒロイン少女漫画ヒーローに対して「こんなやつ実際いねーよ」というツッコミと「漫画なんだから理想キャラ出してなにが悪い」という反論はよくある応酬だ。漫画なら嫌なら読まなきゃいいだけだが、ポスターCM勝手に目に入ってくるのでイラっとしてしまうのだ。

結論:異性への理想体現したキャラクターが異性に媚びた雰囲気をまとって公の場に貼り出されていることへの嫌悪感

(だからやめろってことではありません。ただ私がイラっとしてしまうのも自由なので、その理由を考えてみました)

2017-04-29

http://anond.hatelabo.jp/20170429161048

オタの理想っつーか、「頭が足りなくて巨乳性的な女」って古いアメリカ映画でも見られる、わりと世界的にスタンダード理想像だろ。

そういう普通理想像に「オタク妄想」みたいなレッテル貼って否定すんのがダメだよね。

2017-04-22

恋愛は、いくつになっても難しい

久しぶりに恋をした。20代半ばで色々と面倒になってそれからずっと恋愛に興味がなかった。

それなのに、好きな人ができた。

会社の同僚。

普通に月一ペースで2人きりで飲みいったりするんだ。

こっちから誘ったり、向こうから誘ってくれたり。休みの日にわざわざ約束して遊んだこともある。

会話中はよく目が合う。

帰りもたまに一緒に帰る。

そんなひとつひとつに脈ありなのかななんて何度も期待して、舞いあがって嬉しくて。

だけど間違いなく向こうは友達しか思ってないんだろうなぁって言葉や行動の端々に感じて落ち込む。

芸能人の○○が好きとか。

自分とは掛け離れた恋人理想像とか。

ここはデートでは来ないなーとか。

年下がいいとか。

別に自分が他の人と楽しそうに話してても嫉妬なんて欠片すらない。

連絡は約束の前日の相談くらい。

2人きりで遊ぶ時点で好意は持ってくれてるんだろうけど。

友達の壁から向こうは高い、高すぎる。

諦めたい、すっぱり諦めてこの感情を捨てたい。君のことを友達だよと言えるようになりたい。

告白して惨敗して諦められればまだいいのに、それは出来ない。

職場空気が気まずくなると嫌だから

30代で今更こんな恋をするとは思わなかった。

楽しいときもあるけど、辛いことの方が多い。

悪意ない君の言葉が突き刺さる。

君の理想像努力できる範囲内なら頑張れるけど、生まれから変わらないと無理な事がたくさんあるからなぁ。

新しい恋、そんな気分にもなれない。

君のことばかり考えてしまう。

両思いってなんて奇跡的な事なんだろう。

はあ。。。

君が好きです。

2017-02-26

[]

さびさに中島敦山月記』を読んだら、だいぶ読み方が変わって驚いた。

以前は、強烈な自尊心ゆえに友人や先生に教えを請えないエリートが没落した様を描くことで、「つまらないプライドは捨てて生きていかないとロクなことにならないよ」という教訓を言う話だと思っていた。

が、この読みはどうも浅薄というか、人生の敗北者にとっては厳しすぎるのである。というか結論だけ抜き出せばそこらの自己啓発本と変わらないような気がしてきて、作品価値矮小化しているような気さえしてくる。

そこで、もう少し人生の慰めになるような読み方はないか。と考えていたら、これは「理不尽な世の中に自分を合わせられない不器用な男が、苛烈自己責任論で自分を裁いてしまい、自分を受け入れてくれる神も持たなかった結果、精神的な苦境に陥る話」じゃないか、と思い始めた。

中学生の頃に読んだときは、李徴は周囲に教えを請いたりできないプライドの高い男だな、と思ったが、(浅い)人生経験を積んだ今、改めて読むとそうでもない。

李徴が詩人を志したのは、(功名心もあっただろうが)第一には心を揺さぶる先人の詩があったからだろう。そうなると、そうした詩を書く者が周囲にいれば、これに師事したり教えを請いたりしたはずである

それにもかかわらずそうしなかったのは、自分の追い求める詩人像に値する者が周囲に居なかったからだろう。

自分の追い求める理想像と、②世で「名を成す」者とがズレることは、現実社会でもしばしばあることである

李徴は、このズレに気付かないまま自分理想像を追い求めていったことで、世で「名を成す」ことができなかったばかりか、周囲の人間と折り合いがつかなくなり、「努めて人との交を避けた」結果、「一匹の猛虎」となった。

他方、周囲にいた「己よりも遥かに乏しい才能であ」る者は、世で「名を成す」道を「専一に磨いたがために」、「堂々たる詩家」となった。

李徴は理不尽な世の中に自分を合わせられず、ひたすらに理想を追い求めた結果、社会的に失敗してしまったのである

これはカフカ『変身』で、社会の求める市民像──(ⅰ)家庭の善良な息子、(ⅱ)有能なセールスマン──を演じていたグレーゴルが、自己本来性の自覚を持ってしまった瞬間、褐色の虫に変身してしまったのと似ている。

現代社会ルールでは、人間自己自身本来性を保持することを許さないのである

そして、李徴が不幸であったのは、上述した社会ルールに、他ならぬ李徴自身支配されていた点にある。

李徴としては、徹底的に社会を突き放し、自分理想像を追求するという途もあった。

しかし、「元来詩人として名を成す積りでいた」李徴は、世で「名を成す」努力をできなかった自分を徹底的に断罪するのである

事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ

李徴の詩を聴いた袁の評価によれば、李徴の詩は「長短凡およそ三十篇、格調高雅、意趣卓逸、一読して作者の才の非凡を思わせるものばかりであるとある

第一流の作品となるのには、何処どこか(非常に微妙な点に於いて)欠けるところがある」とは言え、この自己評価は言い過ぎである

それに、はっきり言って実社会でこんな話は”よくある”ことなである

ここで想起されるのは聖書の『ヨブ記である

神の手により不幸のどん底に落とされる義人ヨブを、自己責任論に基づいて徹底的にこき下ろす友人エリファズの話だが、どうも李徴の中にはヨブとエリファズが同居しているように思える。

さらに、上記のヨブ記ラストにおいて、ヨブは「仲保者」(=キリスト?)の存在確信することで救われるが、李徴にこのような仲保者は現れない。

ただ、「向うの山の頂の巖に上り、空谷に向って吼える。この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。己は昨夕も、彼処で月に向って咆えた。誰かにこの苦しみが分って貰えないかと。」というだけである

また、カミュ異邦人』も想起される。

これも社会ルールに合わせられないムルソーという男の不幸を描いた作品である

ムルソー物語ラストで、このような自分排除せず「優しい無関心」を示す自然存在に気が付き、幸福を得る。

他方、李徴は「獣どもは己の声を聞いて、唯、懼れ、ひれ伏すばかり。山も樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮っているとしか考えない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己の気持を分ってくれる者はない。ちょうど、人間だった頃、己の傷つき易い内心を誰も理解してくれなかったように。」というだけである

ここに来て、山月記という作品は「理不尽な世の中に自分を合わせられない不器用な男が、苛烈自己責任論で自分を裁いてしまい、自分を受け入れてくれる神も持たなかった結果、精神的な苦境に陥る話」じゃないかと思うのである

2017-02-20

自民党を叩ける喜び

俺とか多くのネットユーザーの思う政治って

 

理想像安倍政権>(旧)民主

 

みたいな感じだったと思うんだよ

小泉政権ときとか、その後とか、随分ネットユーザーも叩いてた気がするんだけど

メディアが狂って、民主が台頭して、みんな変に意見を捻じ曲げられたと思う

メディア民主にNOを言うために、変な感じで自民を持ち上げざるを得なかった

 

でも、ようやく安倍政権が落ちついて、昔に戻れるような気が最近してる

天邪鬼ネットユーザーらしく、変な政策もっと批判していきたい

 

 

けど、本音を言えば昔ほど情熱とか無いんだよね(´・ω・`)

危険法案とかなんかあんまりないよね

どれもこれも別にそんくらいならいいんじゃねーの? 程度

おとなになったのかね

今後の声優スキャンダルについて

声優オタクはもう動じなくなっている。

声優同棲程度でスキャンダルとかもうありえない。

仮に花澤さんではなく現在売り出し中の若いアイドル声優同棲報道とかであっても大した騒ぎにはならないだろう。

紅白出演を果たした人気絶頂大人声優が実は元AV女優でした、しかもそのエロ動画が出てきました、というのに比べればどれもなんてことはないのだ。

みくさん事件を超える声優スキャンダルなんて、例えば車で人を轢き殺してしまったとか、ライバル声優を毒殺したとか、放火したとか、そのレベルだろう。

声優なんだからAV出演くらいしていても当然、枕営業していても当然、堕胎を繰り返していても当然、といったような認識が広がっていく。

声優に対する理想像押し付けといったものはなくなり、声優を一人の人間として見るようにはなるだろう。どこにでもいる汚い人間の一人として。

2017-01-30

http://anond.hatelabo.jp/20170129234459

婚活はやったことない既婚の35歳だがi今の時代正社員を求めるのは難しいんじゃないのか?

俺は33歳までフリーターで去年に起業したと同時にフリーター時代から彼女結婚して今に至るわけだが

フリーターは経緯かもしれないし、正社員になっても簡単に切られる今の時代には的外れな考えだよ

ここまで書いて、婚活必死なのに結婚できない女の特徴がわかった

「~すればいいのに」という簡単提案のように見えるが、どれも男を自分理想像に仕立て上げたくて仕方ないんだな

はっきり言って婚活中の女は理想が高すぎるんだよ

ちょっとした欠点さえ、ひとつでも目に付けば拒否反応を示すからいつまで経っても結婚できずに歳を重ねてしま

自分過大評価しすぎなんだろう

なんで今、婚活しているのかっていう現実を受け入れたほうがいい・・

2016-12-31

御館様(真田丸上杉景勝)だらけの大企業

大河ドラマ真田丸にて遠藤憲一さん演じる上杉景勝とその周りで渦巻くやりとりが非常にあるあるだったので、ワイフとその話で盛り上がった。

僕:ウチの会社って、真田丸の御館様だらけの大企業、なんだよねー。大企業から部署が違えば別の会社みたいに違うんだけど、でも何故か偉い人も下っ端の年寄りもだいたい御館様っぽい。

ワイフ:めっちゃウケるwダメじゃんwww

僕:全部がダメってわけじゃのよ。大企業から玉石混交。優秀な人も多いし、上手く行ってればみんな義のため頑張ってくから勢いあるし。

ワイフ:でも、ダメのはあんな感じでしょ?

僕:まさにあんな感じ。あのひっくり返される展開を何度もやられた後に、また理想論語られて一瞬殺意が芽生えた時があるw

ワイフ:やっぱり理想論語る無能じゃん!

僕:御館様ってのは、どちらかと言うと理想像と厳しい現実がつきつけられた時に「御館様、ここは領民のため耐えてくだされ」って展開の後「すまぬ、源次郎」で下に申し訳なさそうに理解を求める感じかな。上手く行ってるのときは本当に良いし、悪いとき個人としてはみんな良い人なんだよ。

ワイフ:でも、仕事でそれとこれとは別だよね。

僕:まさに。仕事が上手く行かないのが長く続くと、人間不信裏切り造反が日常茶飯事になって良い人はなのに何でって本当に辛くなる。頑張る理由はもはや情だけ。良くも悪くも日本的会社だよね。

僕は2016年年末10年近く働いた富士通退職した。

今年は、Qiitaはてな富士通を見る機会がいくつかあったので、僕も書こうと思ったが上手くまとめきれないので、先日ワイフとの雑談を思い出し書いた。

自身は、10年ほど前に富士通システム子会社SEとして入社後、あちこちの仕事助っ人で行く機会が多く(転職活動用に数えてみたら約35)、数百万円〜数億円の規模のプロジェクト企画/プリセールス/要件定義/アプリ開発/インフラ構築/保守はひと通り経験して、別のシステム子会社研究所総研の方とも交流があり比較的顔が広い方だったと思う。

過去見た富士通に関する記事に対する疑問は恐らくこれで説明がつくはず、たぶん。

- 何故意識高いやつが富士通に入ってしまったのか。→御館様は意識高い若者が好き。人事もその空気を分かって採用してるフシがある。

- 何故富士通ばかり内部の情報が流れて来るのか。→御館様なので許されるという甘え、あの御館様は大嫌いだかお世話になった御館様はいるので情が入り言いたくなってしまう。

- 何故高い意識を潰すやつがいるのか。→実はそいつ直江兼続だった、もしくはダークサイドに堕ちた御館様で過去自分を見てるようで潰しに来た。

- 事実上年功序列、成果評価しろ!!→大ざっぱなルールとしては年功序列ベースで成果が良ければ、年功序列スピードが早くなる、というもの。早く偉くなる人はちゃんと早く偉くなってる。ただ多くの御館様は、似たような境遇で苦労してそうなPrjMgrとかに評価を与えがち。

- 富士通からベンチャー多い。→御館様に気にられる(略

...面倒なのでこれくらいで。

御館様だらけで良い面も多くあったが、自分たち部門が儲からなくなってきてからは、「すまぬ源次郎」が続くせいでどんどん辛くなってきた。

ちゃんと成果をあげてる部門は、常に時代とお客のニーズを取り入れ、自らを高めていくサイクルがまわっている。

その勝ち負けは歴然で、似たようなお客/規模/商品をやってる部門比較した時、上手くいってるところとそうでないところでは、1人あたりの利益が倍以上違ったり。

勝ってるところの話をちゃんと聞くと、しっかり戦略的にやって、ノウハウに積み重ねがある。

しかし、そこに乗り切れなかった自分たち部門は、窮地があれば「すまぬ源次郎」が続く日々。

もう疲れてしまった。

個人的ネットワーク仕入れ情報では、部門の儲けと若手の離職者の数には相関があるようにも感じられた。

上手くいくサイクルになるまで自分はもう待てない。

散々やってきてこれ以上上手くしていく気力も尽きた。

他の部門への転籍も選択肢としてはあったが、転職することにした。

2016-12-29

親に教わったことを忘れたい

世間、周りの目が第一の親だった。私は常にそれに振り回されてきた。

人様に迷惑をかけるな、○○ちゃんが出来てるんだからあんたにも出来る。親は人が宝のように見えると言わんばかりだった。

親の付き合いでヤンママの子供にいじめられ、また他の親はスパルタで、子供は外で遊ぶべきと言われては知らない上級生にいじめられ、小学校入学から人間不信だった。

私が自信が持てるように親が何かさせる反面、比較されて自信を失う日々だった。

あんたのせいで私が頭を下げなきゃいけないと言われた時はもう何もしたくなくなった。

所詮赤の他人であるはずなのに、その他人との比較によって私は悪く言われてしまう。そう思うと友達という存在を喜べなくなった。

小学生は明るく元気という親からアニメから遠回しに伝わってくる理想像からはすでに遠のいていた。

宿題習い事もしてた上で、テストはどちらかと言えばましな点だったがゲーム捨てると散々脅された。理由はわからない。

手伝いをして欲しかった?しかしあの親は効率厨で、予定が狂うのが嫌いなので手伝いさせるなら自分でやる親なのだ

幻聴じゃない?人をそんな風に言うなんて可哀想な人といじめにあって不登校になった後に言われた時は心底ショックを受けた。

なんせいじめにあった当時にあったことは話していたし、玄関で泣き崩れたり、随分表に出していたのだ。相手は女なのに胸ぐらまで掴んできた。同じ女としてこれがまた酷くショックだった。名前オカマいじめられてから女の子らしくしなきゃというプレッシャーの中にいた私にとって恐ろしい事だった。だからやり返しもしなかった。

名指しで親には向こうがやってきたことを伝えたのに、一年後には学級だよりで加害者の話が出てきて胸ぐらつかみ女を褒めだした。さすがにキレた。

小学校の頃から、どこかに連れ去られたいという誘拐願望があったが、今もその気持ちは抜けない。

ちなみに私は医者から幻聴の症状はないと明言されているし、むしろ母の兄が統合失調症になった。

私はあれこれ精神科の症状を持っているが、妹は学習障害もある。そういう家系に生まれしまったのかもしれない。

そんな中で母は何も診断されていないが、それより今は母の記憶を消したいのである。そう思ったきっかけは年賀状は送るべきかという不安からだった。

2016-12-21

LINE女の子自分に気があるか調べる方法

女の子は好きな男性の前では、常に自分をよく見せようとします。

この心理を突いた質問をすれば、自分に興味があるのか簡単に見抜くことができます

ただし、条件が一つあります

質問する女性と面識があるor自分写真相手に見せたことがある。

質問する内容は、「好きな男性タイプを教えて」です。

回答①

身体的な特徴や、雰囲気など事細かに説明芸能人の誰々みたいな人とか。

 脈なしです。

 具体例を説明する事で、タイプではないと意思表示してます

 相手理想像に一致していれば、脈アリですが、その場合、このような回答はしないはず。

回答②

「とくにないかなー笑」

 脈なし

 この女性暇つぶしLINEしてる可能性が高い。

 好みのタイプはあるけど、説明するのも面倒くさいって事ですね。

回答③

性格がやさしい人」

性格が良ければ、なんでもいいよ(^^)外見はこだわらないよ」

 脈あり

 性格の事だけを強調する場合アナタが好みのタイプ合致してるから、外見はあえて言及しません。

 つまり相手に少しでも気に入られようと、内面重視の女性を気取ります

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