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はてなキーワード: セーフティーネットとは

2021-06-14

anond:20210613220957

まんこはちんぽ騎士がこうやって匿ってくれるセーフティーネットがあるから楽でいいよなw

2021-06-09

星野源下位互換

 最近様々なことに悩みだした。大学4年生にして思春期の訪れである。世の中の様々なことに興味を持っては、大学卒業するまでの期間の長さを嘆き、折り合いがつかないまま悶々とした気持ちで日々を過ごしている。

 僕は今まで散々人生をサボってきた。最低点主義とでも言おうか、家族など周りの人の反応を見ながら自分である程度の基準を作り、それを満たしさえすればなんでも良いと思っていた。高校受験の際は、祖父・両親が通っていた高校に行くことが家族の中で当然とされていたためそれに合わせて合格することを目標としていた。中学校程度の勉強はそれなりにやっておけば志望校くらいは受かる頭の良さであったため難なく受かった。しかし、例えば部活動自分の中の基準にまったくなく、練習サボりまくり挙げ句そのせいで同じ部活女子に泣かれた。僕の中の基準高校に受かる一点に集中していた。高校に入ってからは、なぜかわからないが志望校東大と言ってしまったために家族先生を期待させてしまい(と勝手に思い)よくわからないことになっていた。端から東大に行けるとは現実的に思っておらず、勉強はしていなかった。それでも宣言してしまっているからにはある程度の「惜しさ」を演出しなければならない。高校3年生の頭には学年で半分以下の順位になっていた僕は、「文転」した。文転してからはある程度の順位は取れるようになりワンチャンあるかもという感じを出せていたがあくまで「ワンチャン」。そのまま受験突っ込み、結果は惨敗した。我が家浪人には寛容であったためもう一年やらせてもらえることになった。しかし僕の基準はもはや東大ではなく「惜しさ」の演出に移行していたのかもしれない。一年中遊び続け、昨年よりは改善したが結果はだめだった。それでも後期である程度の大学に滑り込めてしまったために「惜しさ」の演出には成功してしまった。大学に入っても最低点主義言わずもがな変わらない。単位を取るだけだったら誰でもできる。何一つとして学問は身についていないが、あと卒論さえかければ僕は卒業できる。

 こんな、最低点主義人生を通して実践してきた僕も勉強だけをやっていたわけではない。絵を描いてみたり(才能が絶望的だった)、小説を書いてみたり(根気がない)、ギターを弾いてみたり(練習嫌い)、作曲を行ってみたり(世に出ているものクオリティーにならないことが気に食わない)、いろいろなことを知りたいと思い最初の一歩だけ踏み出してみた。しかしどれもすぐに飽きたり萎えたりしてしまった。今でもこれらをある程度好きだという気持ちは持っているが、世に出るレベルには到底ならないだろうということを予期してしまっている。最低点など存在せず、最高点なら∞の世界の話に立ち入れない僕がいる。

 社会に出てしまえば周りから求められる最低点などというものはどこにもない。それに、最低点を取れなくても、ある程度のセーフティーネット存在する。僕がこれまで回してきたサイクルはほとんど無に帰す。僕はこの社会の中でどこまでもフラフラとしていくしかないのだろうか。

 僕の「好き」は移り気で、小さく、根気がなく、僕を規定するものになってくれない。それでも今はこれを大事にせねばならないと芽生え始めた自我が言う。僕の「好き」はこれから最低点を求めず、自由に泳いでいけるか。22年間サボっていたからこそ、今、世界のすべてを手に入れたくなってしまった。領分をわきまえず色々とやることをこの僕が僕に認めなければならない。そして、世に花開くことを真に夢見なければならない。

 何者にもなれないことこそ誇らしく、胸を張って生きていこう。

 これは人生絶望した若者戯言です。今日話を聞いてくれたみんなへの感謝の一つの形として書きました。そしてCrazy Crazyに感じて星野源にドハマリしていた15歳の僕に捧げます星野源の多才っぷりはとどまることを知らず、どんどんとかっこよくなっていくばかりです。この7年で更に距離は離れてしまったけれど、星野源はたしかに僕を構成する一要素です。一応結婚のことについて触れておくと、私は有名人の誰と誰がどうだ、みたいなことには全く無頓着で無関心です。しかし、星野源結婚したことによって新たな面を見せてくれるかもしれないということには期待することもあります。これまでエッセイで見せてくれていた暗黒面もさわやかなライブでの姿にも、それを支える世界への愛のようなものが僕の心までも包んでくれているような気がしていました。これからは包み、包まれた愛が僕に触れることになるのでしょうか。それならば一層、僕も源さんの心を包むような愛を持って世界に向き合っていかなければなりません。世界のすべてを肯定することは難しくても、世界には素晴らしいことがたくさんあるとよく噛み締めたいです。そしてそれを表現にまで昇華できればこの上ないことと思います

 ありがとうございました。

 2021-06-09 Crazy CrazyPVBGMに聴きながら

2021-06-01

anond:20210601142224

アルバイト非正規賃金上げて、解雇規制撤廃して雇用流動性高めて、ドロップアウトした仕事できない人は社会セーフティーネットで最低限度の生活をすればいいと思うよ。

なにが質が悪いって言うと、仕事はできないくせに底辺と言われることをプライドが許さずセーフティーネットを利用しなかったり底辺生活文句言う奴らだよ。

無能無能として生きていいんだよって社会が許容し、本人も認められるようになればいいのにね。

2021-05-23

昨年年末に比べて、今年の1月から4月までは景気が上向きになっている

っていう人がいたらどう思いますか?

何頭おかしなこと言ってんだ、ネトサポか?ってなりますよね?

せいぜい好意的に見ても現状維持だろうと。

 

 

 

 

 

さてなんでこんなことを書いたかといえば、昨年あれだけ賑わせた

女性自殺の増加」

について続報が全然いからなんです。

 

自殺数は毎月統計データ更新されています

あれから自殺数はどうなったのでしょうか。

昨年話題になった時、具体的に言えば2020年10月は889人の女性自殺がありました。(ちなみに男性は1,341人)

例年であれば女性自殺者は3割程度で、この月は4割程度なので確かに女性自殺者が多かったことになります

 

これについて様々な「分析」が行われました。

女性不安定就職状況に置かれやすく、景気が悪化すると女性が切り捨てられやすく、女性自殺者数につながった。

などですね。

 

では今年はどうなんでしょう?

今年の1月から4月までのデータでは、33%となっています。これは若干ですが(コロナ前を含む)去年より低い数字です。

まりコロナ前、影響が大きくなり始める前よりは悪いけど、影響が大きくなりだしたころ、「女性自殺数」が報道されることろよりは低い、というのが現状です。

資料を見ればすぐわかることですが、「年末自殺が多くて年始自殺が少ない」なんて傾向はありません。仮にもしそうであるなら去年増えたのも「季節変動」になってしまますね。)

 

となると考えられることがいくつかあります

・景気状態が上向いている(タイトル

・景気は上向いていないが、女性雇用は守られている方向で改善されている

・景気も良くなってないし雇用も守られていないが、特に女性には生活保護などセーフティーネット活用されている

・(一部の人が言っていたように、)去年は芸能人自殺など、報道の影響があったが今年はそういった報道が減っている

そもそも数か月の統計など誤差が大きいため論評に値しない

(念のため言っておきますが、あくまで昨年末段階と比べてであり、コロナ前と同等、コロナ前より良い、なんて言ってませんよ!)

 

 

さてどれが正しいんでしょうか。

 

 

参考資料自殺の状況(警察庁

https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/jisatsu.html

2021-05-03

anond:20210503225558

生活保護男性でも受けられるから社会的セーフティーネットは有る。

問題受給をためらわせる世間の風潮(と、水際作戦なんてもんをやる公務員)だ。

コルセットだな。

anond:20210503094513

男のほうがセーフティーネットがないからじゃない?男のホームレスは多いが女のホームレスってほとんどいないじゃん

2021-05-01

弱者男性12年前の最前線から語る

 男性が常に強者で勝者であるとするならば、あの真夏なのにエアコンなんてものはなく巨大扇風機が生ぬるい風をだらだらと放出し続ける倉庫で、全員時給1000円で集められた日雇い現場で、女性にはビール段ボールベルトコンベアの上で景品を貼り付ける仕事があてがわれ、男性にはびろんびろんに伸びきったまさに言い訳程度のコルセット安全靴を装着させた上で、ビール350mlが2ダース入った段ボールを上げ下げする仕事があてがわれた思い出はどう処理すればいいんですかね(挨拶)。

 むろんこの場合女性を憎む……のではなく、日雇いという弱者同士で連帯してそこでボーッと突っ立ってる監視役の倉庫社員をぶん殴る……のでもなく、倉庫社員とも連帯してサントリーを誅して社会主義革命を起こすのが唯一の正解であることは皆さん御存知の通りである

 さて、この増田では2009年出版された澁谷知美平成オトコ塾―悩める男子のための全6章』の内容を紹介する。澁谷は上野千鶴子ゼミ出身であるようだが、いわゆる「フェミニズム」的なテーマではなく、『日本童貞』『立身出世下半身』などを出版している、個人的に信用している書き手である

 目次は次の通り。

第1章 その「男の友情」は役に立つか?

第2章 「僕がキミを守る!」と思ってる?

第3章 非モテはいかにして生きていくべきか

第4章 暴力はなぜ、いけないか

第5章 包茎手術はすべきか否か

第6章 性風俗に行ってはダメ

 2009年の本で、いま論じられているテーマの大体が既に出ていることに驚くだろう。我々は弱者男性問題それ自体だけでなく、議論12年でほとんど進んでいないこともまた嘆くべきだろう。というかこういう話になると非モテ論壇とか言って侃々諤々やってたのが昔のはてななんだよな今の新参は昔のはてなを知らないから困る。失われた10年……。

 それはともかく正直、456章はそれまでの言ってきたことと関連性が薄く、また前の章ほど爆発的に面白いわけでもないので、言いたいことはわかるのだがこの本にいるか?という感じはする。なので、とりあえず3章から見ていくことにする。

 3章の冒頭でいきなり研究者としての特大のお気持ちドロップされていて面白いので少し長くなるが引用しておこう。

ヘテロ男性非モテ現象だけを扱うというと、必ず来るのが「ヘテロ女性非モテの方が、あまり苦しみが言語化されないだけに問題が多い。なのに、なぜあなたヘテロ男性非モテを扱うのか」という反応です。世の中には、Aという現象を扱う人に対して「A以外も扱え」と指摘することがエライのだ、これこそ目配りというものだ、と思う方が多数存在するみたいで、かなりの確率で前述のような発言出会います

が、そういう発言魚屋に対して野菜を売れと主張するに等しい。非モテ女子の話がそんなに重要なら、重要と思う人がすればいい〔澁谷注:私もいつかはしたいと思っていますが、「非モテ女の話の方が重要だ!」って言う人はどうぞお先に。止めませんよ。〕。それに、その手の話が見当たらないということは、苦しみがそれだけ大きいことを表しているのかもしれませんが、苦しみの不在を端的に表しているだけかもしれません。有力な傍証でもないかぎり、言語化されていないということから苦しみの有無を推定することはできないという、当たり前の事実も指摘しておきます。(p.75-76)

 「女性問題を扱え」といちゃもんつけられたことが一度や二度ではないのであろうことが怨念の籠もった書きぶりからわかる。まあ、それは12年後のネットを見ていてもよくわかるところで。

 男性について語れば女性の方がつらいか女性について語れと言われ、女性について語れば男性の方がつらいか男性について語れと言われる。もういい加減そういう「やってる感」を出すための100字ですら余るようないちゃもんはやめにしませんか。お前がやれ。俺もそいつもやったのだから

 澁谷は非モテを3種類に分類する。

[a]恋愛したくてもできないタイプ(内発的非モテ

 a-1 性的存在としての異性との関係性を欲しているタイプセックスをしたい、「女性」の存在に癒されたい)

 a-2 とにかく他者承認を欲しているタイプ(オレを認めてほしい!)

[b]「恋愛」をしたくないタイプ(外発的非モテ

 「恋愛」を押しつけてくる世間や、いま現在恋愛」と呼ばれている行為の中身や、それを統制するルール等々に違和を感じているタイプ(p.90)

 この分類に対して何か意見を言うことは誰にとっても容易であり、それは分類表の絶えざる細分化を招くだろう。むろんその行き着く先は完全に無意味な、総人口分のパターンである。だから、ここでは非モテ男性に最低でも三種類ある、という点を強調しておくことが必要だろう。

 男で、かつ非モテ、という狭く見えるテーマに絞っても最低これだけのバリエーションがある。そのことを非モテ男性当人達ですら大抵わかっていない。aのタイプ非モテ男性が「今すぐ女をあてがうべき」とまでは言わなくても「女をあてがってくれると嬉しいのは確か」ぐらいに思うことは自然であるが、bのタイプ非モテ男性から見ればまったく話が合わず、「非モテの中でも過激野蛮人」と感じられることだろう。それをきっとaは「すかした奴だ」とか「きれい事を言っている」とか感じるだろう。まして女性受け手場合さらに混乱が深まるだろう(男女の非対称性については後で論じる)。

 澁谷は当時の主流であった「経済的問題解決すれば結婚は増える」「機会をつくれば結婚は増える」といった主張を論駁し、「フリーター論壇」が経済について述べたフレームワーク非モテ問題スライドさせることを試みている。その過程で澁谷は「あてがえ論」について、2009年の時点ですでに考察している。

非モテ問題場合、これ〔若年労働者問題におけるベーシックインカム〕を「ベーシック異性」によって解決する発想がありえます女性をもれなく男性に分配する制度です。(p.95)

 澁谷はこの論が全くの荒唐無稽でないことを、19世紀半ばの宗教的コミュニティ、オナイダコミュニティを例に挙げ示すが、結局現代においては不可能であろうと言う。

当然のことながらこれを現代日本でやることは不可能です。「分配」される側の女性の中には、どうしても相手のことが好きになれない人が出てくるでしょうし、男性つがいになりたくない人だって居ることでしょう。そうした女性男性との共同生活セックス強要するのは、現代日本常識においては、「人権侵害」となります

もちろん、男性にとっても全く同じことが言えますあなた好みの女性あなたのもとに「分配」される保証はありません。〔…〕「なんであいつには美人が来て、おれのとこにはそうでないのが来るんだ!」なんていう新手の「格差問題」も生じるかもしれません。(p.97)

 この「格差問題」という未来予測面白い。「チェンジ」なんて贅沢は、限られた資源女性)をやりくりしないといけない政府が許すはずもない。チェンジOKをうたう風俗でも2回目以降は有料だったりするのだから

 個人的にはこの例示こそ「あてがえ論」に対する何よりのカウンターであると感じる。仮に「あてがえ」とガチに主張する人がいたとして、その人に人権を説いても馬の耳に念仏だろうが、こっちの懸念は聞いてくれるような気がするのである

 澁谷は続いて、経済問題における社会保障にあたるものとして、思想セーフティーネットの構築を提唱する。まあそれ自体は正しいと思うのだが、本田透電波男』における主張ほど面白いものではないのでここでは省略する。『電波男』を読め。

暴力的だったり、女性にたいして思いやりがない場合のぞき、ある男性女性から選ばれないのは、その男性のせいではありません。女性にとっての「よき男性像」が特定の偏り――収入学歴一定以上あり、ある水準以上のルックスをしていて、会話が続く――を見せている限り、そこに当てはまらない人や当てはまろうとしてもできない人が出てくるのは当然のこと。それは、男性陣が特定の偏りを持った「よき女性像」を持っており、そこに当てはまらない女性非モテ女性)が出てくるのと同じことです。(p.100)

 おそらくこの記述で多少救われる人もいるに違いない。KKOは来世に期待するしかないが、それはあなたのせいではない。

 ただここで考えたいのは、「暴力的だったり、女性に対して思いやりがない場合」をしれっと除外している点である。そんな男でも「女をあてがわれた」のがかつての日本社会であったことは、澁谷も指摘している。

とはいえちょっと脇道にそれますと、「分配」の方法は問わずに「男性にもれなく女性がくっついた」という現象だけを切り取ってみれば、それに近いものを一九五〇~六〇年代日本に見出すことができます。当時の男性生涯未婚率(五〇歳時点で一度も結婚したことのない人の割合)はわずか一%台でした。九八%の男性が一度は結婚したことがある、つまり女性を「分配」されたことがあったのです。

何故これだけ広範囲の「女性の分配」が可能になったのか。「男女とも結婚して一人前」という社会規範が強かったこともありますが、なにより男女の経済格差が今以上に大きかったことが上げられます

この時代、一部の職種を除いて、女性が一生続けられるような仕事はありませんでした。有名企業就職できたとしても、当時は、女性にの適用される「三〇歳定年制度」によって追い出されてしまったのです。一方、男性には安定した仕事がありました。給料は毎年上がり、先の見通しも明るい、なんといっても高度成長の時代です。(p.97-98)

 ちなみに本書では2005年男性生涯未婚率15.4%という数字を引いているが、2020年には23.4%になっているらしい。

 それに加えて、上で述べた加害性が必ずしも本人の責任ではないということも、90年代以降の精神医学社会学が明らかにしてきたのではなかったか

 とすれば、KKOのみならず、KKKOキモくて金が無くて加害性があるおっさん)もまた、必ずしも本人のせいとばかりはいえず、社会包摂すべき、という話になってくるかもしれない。その際には「ラベリング」「過剰包摂」など、社会学障害者ホームレスなどについて積み上げてきた知見を生かすことができるだろう。というか、福祉現場の人たちはいまもKKOだけでなくKKKO社会の内側へと復帰させるべく頑張っているのではないか

 なぜ、おっさん問題なのだろうか。あるいはより学術的な言い方をするならば、非モテはなぜ男性問題になるのか。本書はその問いに直接的に答えてはいないが、ヒントは与えてくれる。以下は1章のはじめの方の記述である

皆さんは、なーんか気分が晴れない、ってことありませんか? あるいは、漠然とした不安があるとか。原因不明の体のだるさがあるとか。そういった不快状態、つまり精神的に健康で無い状態を「ディストレス」といいます。そのディストレスが、独身男性と既婚男性とで、どちらが高いかを測った調査があります。〔…〕結果は〔…〕二八歳から七八歳まで、どの年齢層においても既婚男性のディストレスのほうが低かったのです(稲葉昭英「配偶関係精神健康」『日本男性心理学』二〇〇八)。男性にとって、そばに異性(=妻)がいる人生は、いない人の人生にくらべて、ハッピーなようです。(p.15)

 澁谷はディストレスと妻帯のどちらが原因でどちらが結果かはこの調査からは分からないと述べるが、続いて妻に感情を見せることによって、夫が精神的に健康になっていくことを示す調査引用し、「つまり女性と一緒に暮らすことがディストレスを低くすると考えるのは、間違っていないようです」と一旦の結論を置く。そして次のように続ける。

ならば、男性女性から精神的なケアを引き出している、といえる。「女性だって同じことでは?」という反論に答えておくと、女性独身か既婚かでディストレスに大きな差はありませんでした。〔…〕統計的な傾向でいえば、男性精神健康女性存在は欠かせないが、その逆はない、ということです。(p.16)

 この下りはまったく読んだ記憶がなく、今回読み返して一番驚いた部分である増田の実感としては「男がいないと鬱病になって死にそうな女」はよくいるが、その逆はあまりいない印象であるが、それはどうやら必ずしも正しくないようである(むろん男がいる=結婚ではないとか、ディストレスが高い=鬱病になって死ぬではないとか、そもそも元の調査やその読解がどうなのか、とかは考えなければいけないだろうがそれはそれである)。

 上の論述は、女性強者弱者フェミニストフェミニストを問わず)による「女に頼らずに男同士の友情で満足すればいいじゃん(私であればそれで満足するのに)」という主張が、必ずしも的を射ているとは言えない可能性を示唆している。もちろん逆もしかりで、「男性夫婦になれば女性だって幸せになるはずだ(俺のように)」という男性の主張が間違っている可能性も同時に発生している。

 ここに性にまつわる問題の隠れた難しさがある。「相手気持ちになって考える」ことと「相手気持ちになって考えたつもり」を区別することは、専門家であっても難しい。さらに加えて、先に述べた非モテ男性の三分類といった差異も隠れている。とにかく、話題への参入障壁が低い(男もしくは女であれば誰でも一家言持っている)わりに、トラップが多すぎるのである。これが2009年から今に至っても議論が終わらないし前に進んでもいない一因だろう。

 こうした非対称性が発生する原因として澁谷は、現在社会において女性男性より相手の話をよく聞くように育てられており、それに対して男性競争的に育てられていることを挙げている。その結果として男性女性に癒やされているし、女性女性に癒やされているのだろう。

 一応言っておくとここで澁谷や増田は「男性と違って女性は人を癒やすべきだ」とか、まして「男は働いて女は家にいるべきだ」とか主張しているわけではない。ただ、そういう傾向がいまの社会にあるようだ、と言っているだけである。それを望ましいとか望ましくないとか考えるのは社会科学の領分ではない。「〈こうであるから〈こうであるべし〉を導くことは不可能である」(ウェーバー)。

 12年後のいま、澁谷の主張に触れると、多くの部分はそのまま現在に流用可能であると感じる。しかし、目配りが足りていない部分もある。おそらく澁谷は包茎手術と高須クリニック関係よりも、男性における経済的問題について語るべきであっただろう。「女はホームレスにならなくて済むからいいよな」「いや危険から女はホームレスになれないのだ」「それでも事実として死ぬでもホームレスになるでもない選択肢がある女は恵まれている」云々のあれである。むろんそれは今だから言えることであるのだが。

 それでも増田が望んでしまうのは、そうした議論が両者ともにマジでクソだと考えるためであるホームレスと実地で接しろとは言わないからせめて、ホームレス女性は本当に少ないのか、少ないだとすればホームレスになるはずの女性はどこへ言っているのか、それはほんとうに「恵まれている」といえるのか、といった事実についての認識は両陣営ともに共有すべきであるし、その時点で認識差異があるならどの点で異なるのかを明らかにすべきである

 そうした仕事を澁谷が12年前に済ませてくれていたら、と思う。思うのだが仕方ないことなので、現在を生きる我々がやるしかあるまい。というところまでは澁谷の背中に乗って増田が到達させたので、ここから先はお前の仕事だ。頑張ってください。たまに手伝いに行くかもしれない。

 

===

 

追記

 バズったので宣伝します。狐火という、この記事や通念における弱者男性というカテゴリーからはみ出す部分はありながら、それでも弱者男性であることを納得せざるを得ないリリック10年以上紡ぎ続けているラッパーがいます。売れろ!

27才のリアル狐火(2010

https://www.youtube.com/watch?v=tmJBGEFXOvU

勇気が欲しい

特に上司が活発で生意気な年下でも

余裕で頭を下げられる

勇気が欲しい

月給25万以上社保険出来ればジムの割引券も欲しい

採用面接から働いている自分想像してネガティブにならない

勇気が欲しい

けど、本当は1つの事を信じて続ける勇気が一番欲しい

31才のリアル狐火(2013)

https://www.youtube.com/watch?v=MRLXZGylQRg

チューチュートレインの一番後ろでしゃがんでるだけの人生でいい

絶対こんなはずじゃなかった

オレこんなはずじゃなかったんだよ

上司に怒鳴られトイレで叫んだ

あんたらステージ上じゃ無力だ」

36才のリアル狐火(2019)

https://www.youtube.com/watch?v=loWcv5VEObM

よく聞かれる

「もし音楽成功したら、サラリーマン気持ち

歌えないんじゃないですか?」

サラリーマン気持ちを歌いたくて音楽を始めていたならどれほど楽だったか

37才のリアル狐火(2020)

https://www.youtube.com/watch?v=z1J8BbnBLyQ

27才までに見ていた夢は全て叶った

生意気な年下の上司はオレのファンになった

2021-04-08

伊是名夏子さんのJR乗車拒否問題について考えてみた

凄く面倒くさい人々に絡まれそうだからTwitterには書けないのでこちらに書きたいと思う。

簡単に言うと問題の焦点は、

障害者福祉は健常者社会の余剰で成り立っている」

という部分に集約されるのではないだろうか。

もちろん障害者福祉は健常者にとってもセーフティネットであり、無関係負担自分受益者でないと考えるのは不適切である

だけれども、セーフティネットセーフティネットであり、その本質保険である

保険とはリスクに対して相応の分をかけるものであり、分不相応保険必要ないと感じるのは当たり前のことだ。

コストの大きすぎるセーフティネットに対して、「果たしてここまでの福祉必要なのだろうか」と感じるのは、これも当たり前のことだろう。

以下Twitterから引用

KAMEI Nobutaka

少数派による鉄道利用の要望に対して、特権だのワガママだの感謝しろだの言っている多数派の人たちは、駅の階段を一段ずつ歩み、改札を素早く通り抜け、車内のシートに座り、車内放送電光掲示板情報を手に入れるたびに、毎秒毎分のように深々と頭を下げて感謝のことばを述べ続けたらいいと思います

そのくらい、多数派は、常日頃から、本人たちもまったく気付いていないくらいのレベルで、圧倒的に優遇され、保護され、配慮され続けているのです。

なぜ?それは、ただ単に「数が多い」というだけの理由によります

そういう自画像をきちんと手に入れてから、考え、ものを言いましょうね

以上

このツイート代表されるように、JRに対して感謝気持ちがないのは当たり前であって、伊是名夏子は自身の当然の権利享受しているだけであり恥じ入ったりいちいち感謝したりする必要はない。という意見がある。

それは法解釈人権思想的には正しくそなのだが、現実にはその負担は健常者社会負担しているわけで、障害者が望む高福祉社会は健常者なしでは存在し得ない。むしろ障害者が増えれば増えるほど福祉は下がっていくだろう。

(これは要介護障害者が50%いる社会を考えてみればわかると思う。1%であれば要介護者にヘルパーが数人つきっきりで介護することは可能であろうが、50%ではどう頑張っても無理なことは自明

その事実を考えると、やはり障害者サイドは健常者にある程度の感謝と慎みを持って生活していくしかないのではないかと思う。

人権というのは理想だが、現実社会経済に束縛されている。

障害者生活の全ての面であまりにも多くの負担を健常者サイドに求め、バリアフリー化の工事を全駅で行う努力必要などと言えば、セーフティーネットの維持があまりにも高くつくと思い、健常者は冷淡になる。

彼女の反応は人権的には正解でも、障害者という集団にとっては自分の首を絞める対応しかないと結論付けるしかないだろう。

2021-04-07

セーフティーネットとしての風俗

生活セーフティーネットならナマポあるけど

整形しないと自分の顔が嫌いすぎて自殺したいとか ガチャガチャの歯が嫌で歯列矯正したい できないなら自殺したい とか 奨学金返済が苦しい お金のこと考えるのが辛い とか 嫌な親から離れたいけどひとり暮らし資金が無いとか

そういう国が対応してない辛さのセーフティーネットにはなってしまうのかな

しらんけど すみません

2021-04-06

闘う必要があると思う

車椅子で駅に行った記事言及コメを読んで、今までの価値観が変わった。

バリアフリーセーフティーネット助け合い重要だし、障害があっても怪我や病でも変わらず暮らせる社会理想だ。

目が見えないらしい人が歩道の端で行ったり来たりしていた時に声をかけた事もあるし

ひとりひとりが助け合えればと思っていたが、下に引用するコメントを読んでいくうちに自分は間違っていたという気持ちが強くなっていった。

佐川・抜け首・なん on Twitter: "「当時としては、ワガママとされ、暴力的とされ、迷惑とされ、非常識とされ、だけどその騒ぎのおかげで後輩達が恩恵を受けている」 私はいつも「川崎バス闘争」を思い出す。 公共交通機関に「車椅子の人を一人で乗せろ」として、「闘争」があったのだ。

ID:yas-mal 「落とし所」を決める権利が、誰かにあると思ってるの? あの人が「私はこれでいい」って満足しても、日本中車椅子を使ってる人が満足するとは限らない。だから、「差別ゼロしか答えはない。交渉じゃない。

落とし所とは利害関係者同士の合意の結果ではないのか?

求めれば求めるだけ無限提供されるリソースなんか存在しないのに、交渉も無くどうやって物事を進めるつもりなんだ?

どんな権利行使にも誰かの同意や協力が必要なのに何を言ってるんだ?


ID:zyzy 我儘で暴力的迷惑非常識からと言って世の中を良く変えられるとは限らないが、繰り返せば変えられる。そして我儘でも暴力的でも迷惑でも非常識でないものが世の中を良くしたことは一度もないのだ。一度も。

ID:B2igwzEE 現実主義者現実のものを変える力はないという毎度おなじみかつ当たり前の話。今の当たり前の現実を作ったのは、かつて非常識・非現実的だととがめられた人たちだったりするんだけどね

なぜこんな事を平気で書けるのだろう?

様々な困難にチャレンジした先人達非常識や非現実的と表現するなら理解できる。

そんなチャレンジを実現するには、平穏社会を支える、そこで生活を営む一人一人の存在が不可欠だ。

だが、今回の行為はそれと同列のことか?自分は全くそう思わない。


ID:sewerrat 支持する。こういう「言論マッチョ」こそが精神的自由を重視する真のリベラルだと思う。皆が自身の持つ人権理論武装して言論で殴り合うことで適切な均衡点が見つかる。「思いやり」みたいなヌル世界じゃない(笑)

これが言論か?人権理論武装

人手の無い所に行って、100Kgはある電動車椅子階段で運ぶよう強く求めた。

駅員の人権どこ行った?どこに理論がある?

設備制度の不備を指摘すれば良かった。SNSでも、JRや省庁への公開質問状でも可能だった。

バリアフリーを求めるのは良い、制度の不備を指摘するのも良い。どんどんやった方がいい。

当事者視点が無ければわからない事だから必要なことだ。


「思いやり」みたいなヌル世界じゃない(笑)って凄い台詞だ。

これは障害を持つ人間権利から、思いやりではなく健常者が協力するのは義務だということか?


かに権利を認めると、その権利行使させたり守ったりする義務が発生する。

障害者を助けるコスト事実上納税の義務として課せられているが、障害者だけにかかるコストではないし、社会全体に必要コストだと思っていた。

だって助けられ、助け合うのが社会じゃないのか。

しかしこれが闘争だ、思いやりじゃないと言われると受け止め方は変わる。



何が適切な均衡点だ。思いやりも交渉否定して権利を主張する人間が消えることが自分にとっての均衡点だ。

2021-03-28

[]シャケる

スキー用語アルペンスキーコースアウトしてセーフティーネットに突っ込むこと。その様が網で捕獲された鮭に似ていることから

鮭!ヨガ!「本日のまとめるほどではない」まとめ。

https://www.youtube.com/watch?v=usvo__hLjBE

anond:20210328095102

アメリカの話?

人権問題解決すべき問題が多いから、そっちから解決してるって言うのもあるとは思うけど。

貧困問題も、日々の生活に困る層へのサポートはあるんだろうけど、そのセーフティーネットにかからないそのちょい上の層の不満は溜まったまま。

再分配の問題SDGsでも俎上には上がってるけど、まあ難しいよね。

そんな中でも、アメリカかに比べたら、日本はまだ解決に向けたハードル低い方だと思うけどね。

発想の転換して、共産党支持してみたら?

「再分配」って側面見たら、おそらく一番熱心なのは共産党だよ。

2021-03-14

anond:20210314131627

むかしは人権社会インフラが怪しく自前のセーフティーネットを作ることが義務だった 

しかし、孤立=死 だった時代から人類は割と人間が好きじゃないぞ

身内にだって手厳しい。古代のたとえ話を持ってきたぞ

 

ある人に二人の息子がいた。弟の方が親が健在なうちに、財産の分け前を請求した。そして、父は要求通りに与えた。

 

そして、生前分与を受けた息子(弟)は遠い国に旅立ち、そこで放蕩に身を持ちくずして財産を使い果した。

飢饉が起きて、その放蕩息子は食うにも困った。

その国のある人のもとに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって、豚の世話をさせた。

彼は豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいほどであったが、だれひとり彼に与えようとはしなかった。

 

父のところには食べ物のあり余っている雇人が大勢いるのに、わたしはここで飢えて死のうとしている。彼は我に帰った。

帰るべきところは父のところだと思い立ち帰途に着く。彼は父に向かって言おうと心に決めていた。

「お父さん、わたしはもう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人のひとりにしてください。」と。

 

ところが、父は帰ってきた息子を見ると、走りよって抱き寄せる。息子の悔い改めに先行して父の赦しがあった。

父親は、帰ってきた息子に一番良い服を着せ、足に履物を履かせ、盛大な祝宴を開いた。

それを見た兄は父親に不満をぶつけ、放蕩のかぎりを尽くして財産無駄にした弟を軽蔑する。

 

しかし、父親は兄をたしなめて言った。

 

「子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。

いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。」

 

2021-03-09

anond:20210309071320

子供産める女ってこういうセーフティーネットがあっていいなあ

いや、これが絶対的にいいとかそういう話じゃなくて生き抜くための選択肢があっていいなってこと

2021-03-03

anond:20210303140543

自分老いて子の世話にって時に、子供に捨てられて孤独死する奴とか、地方には普通にいるぞ

多いよね。つまり結婚も子作りも、すでにセーフティーネットではないんだよ。

配偶者子供セーフティネットとしてあてにする行為が、今の時代人権侵害からね。

両親が死んだあとも障害児の世話をさせるために、健常な弟・妹を作る行為なども、

昔は当たり前とされていたけど、今の時代人権侵害

2021-02-21

anond:20210221212526

キモカネ同士でのホモ行為強要するのはどうだろう(これは男性看護師事件を参考にした)

ミサンドリーBL愛好女のオカズになるかもしれない

キモいおじさんの性に価値を付加し、セーフティーネットを整備してやりたい

負の性欲なるものがそれほどまでに強い欲求なら、マネタイズ可能だろう

キモくて金のないおっさんという負債が、魅力的な未利用資源の山になる可能性がある

例えばコロッセオライオンと戦わせてみたらどうだろう

極悪非道ミサンドリー女たちがこぞって金を払う可能性がある

セーフティーネットとして機能しないだろうか?

鬼滅の刃遊郭編の懸念を茶化したり便乗炎上記事見てイキってるオタクくんさぁ……



1.元々深夜アニメだし子どもが見るものではない。親が規制すべき。

→だいたいここに帰結する。でも現在Amazon primeなどの動画配信サイト作品を視聴するのがメジャーになりつつあるので深夜アニメという時間帯に放送するというゾーニング機能しなくなってると思う。

もう少し明確なゾーニング、レーディングを設けていく必要がある。親だって子どもの全てを管理できる訳では無い。

そもそも現在鬼滅の刃子ども向け商品が数多く出ているので「子どもに人気だから子ども向け商品出せば売れるぞ!!経済回るぞ!!」と後先考えずに売り出した故の弊害だと思っている。

2.聞かれたらちゃんと教えるべき。教えられないのは親の落ち度。

遊郭の実際の歴史を低学年や未就学児に教えるのはかなり骨が折れる。性教育を年齢に合わせて段階的に教えたいと考えてる親には特に難問。1桁の足し算くらいしか出来ない子に今の子もの学習内容のみで理解できるように微分積分教えなさいと言われてる状況ぐらい難しい。

言わば遊郭歴史を教えるには様々な人権意識と性についての知識が頭に入ってるという前提がないとどうしても正しい説明ができない。

重ねてアニメ文化に疎い人だったら遊郭というもの知識自体持ってない可能だってあるので「説明できない」「どう教えればいいのか分からない」という人が出てくるのは必然と思われる。これは鬼滅の刃オタク層だけでなく一般層にも広く知られたからこそ出てくる問題オタクが当たり前に持ってると信じてる知識アニメなどに普段まり触れない人が持ってるとは限らない。

3.俺らが子どもの時はおっぱいとか出てる番組とかあったし時代劇で当たり前に遊郭出てたし、賢い子は自分で調べる。気にしすぎ。

過去時代劇劇見てた所謂「賢い子」が自分で調べた結果、遊郭現代キャバクラセーフティーネットとか言ってるから問題なのですが。普段インターネット情報鵜呑みにするなとかガキはネット使うなとか言う癖にネットリテラシーがまだしっかりしてない子どもには自分で調べろって言うのおかしくない?懸念の声を上げている人は「間違った価値観、考え方を子どもに知って欲しくない。再生産したくない」んですよ。

あとゴールデンタイムおっぱい出したりする番組やってたのが正しいとは思わないしことある事に前時代的の考えを「あの頃はよかった」とか言うのやめてほしい。今は令和なので。

4.銀魂でも遊郭やったじゃん。なんで鬼滅だけそんな過敏に反応してるの。

吉原編やってたあたりの銀魂リアルタイムで追ってたの多分オタクのみが大半だったでしょ。なんだ、お前たちのところでは小学校の8割方の生徒が銀魂知ってて「オイィイイイッ!!」ってツッコミ入れてたりネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲作るの流行ってたんか。怖。

鬼滅はもう既に子どもの大半が何かしら見てる、読んでるという一大コンテンツとなってしまったのでコアなファンが多い銀魂と比べるのはおかしい。本当に鬼滅流行ってるか懐疑的な人いたら休日ショッピングモールなどに行けばいいと思う。小さい子や小学生くらいの子の大半は鬼滅の和柄マスクつけてるか何かしらのグッズ身につけてるよ。

5. 嫌なら見なきゃいい。見せなきゃいい。

子どもが気になる、見たいと思うのを親が無理矢理禁止すると後の反動がでかいオタクが1番分かってるのでは?何度も言うけど子どもの大半が現在何かしら触れている。家で「見てはいけない」と言われても周りの子が見てたらそれは気になるし、隠れて見る子どもも出てくる。隠れて見たら親だって万能ではないので気づけない。オタクならアニメ嫌悪してた親に隠れてアニメ見てたという経験持ちの人いるでしょ。また今は共働き核家族のケースも多いので大人鬼滅の刃子どもより先に履修して見せていいかどうか判断するなんて不可能に近いのでは。無闇矢鱈に見せない、規制するのではなくアニメを一緒に見て、分からない所を教えてあげる親の方が子どもことちゃんと考えてる。

2021-02-16

図書館は生きがいに関する最後セーフティーネット

昔、休日の区立図書館で涙が溢れてしまたことがある。

もし自分キャリア家族お金をすべてを失って、なにも人生目標を見いだせなくなっても、

この図書館に来て、まだ読んでいない名作の読書を楽しむという生き方だけは、いつでも残されてるんだよな、と思って。


生活保護経済的意味での最後セーフティネットだとしたら、

図書館自分にとって生きがいの最後セーフティネットになるんだろうと思う。

そしてそういう人は多いんではないかと思う。

実際、日曜日夕方子供連れて図書館行ったら、一人で来ているおじさん・おじいさんがめちゃくちゃ多くて、熱心に本やら雑誌やらを読んでいた。

いつもは朝イチで行くから遭遇しなかったのかもしれん。

申し訳ないがちょっと怖いと思ってしまった。

やはり孤独で何も持っていない男性最後場所なのかもしれない。

自分も将来たくさんお世話になるだろう。

2021-02-13

anond:20210213223943

いや、否定してますが。

政府裁量こそが市場を歪めるというのが根本思想から

から、食い詰めて死ぬやつは死ぬのが理想的だということ。なのでセーフティーネットなんか作らない。

戦前の食い詰めたら死ね。食い詰めた女は売春しろってのが新自由主義の結末。

anond:20210213223118

から、「政府が行動するのが良くない」からセーフティーネットなんて作らないの。政府費用かけることになるでしょ。

本当に食い詰めたら死ね売春業ができるなら売春しろってのが自由主義で、それに金融政策だけ加えたのが新自由主義。だが、金融政策企業が保身に入った状態では全く意味を成さない。

それこそ、兵士姉妹売春業に売られて、クーデター起こる戦前と全く同じ。

anond:20210213222223

行政役割」を否定してんだよ。新自由主義は。だからセーフティーネットセーフティーネット言うが、作る気配なぞ微塵もない。

それから不景気とき労働規制緩和をしたら、ますます労働者が買い叩かれ、不景気になると言ってるんだが。一方で、今はコロナで猛烈に看護師不足だからと、賃金を集めて人を確保しようとする。

労働需要が高いことこそが賃金を上げるという話。

あと、新自由主義は税を取るならフラット税制が良い。なんとか法人税と累進所得税を減らしたい。なので消費税を上げて、ほぼ同時に法人税、累進所得税をするということをしている。

消費税増税とその対価としての法人税、累進所得税減税は新自由主義からこそだよ。無論、それは金の回転をみておらず、ますます不景気にするということでもあるがな。

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