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2020-09-09

良い疑問だと思うので返信

https://anond.hatelabo.jp/20200908175311

増田を読んでつらつら思ったことを、私の日記に書く。

その1

「傷ついた」はないとして、「傷つけた」はあるのだろうか

どっちもないでしょうな

そんなの受け取る側の内面の処理じゃん

おっさんの態度についてもこっちでまずムカついて

是非を検討して自分ルールで今回は相手が圧倒的に悪いと結論出して

「舐めてるんだな」という処理をして「思い知らせてやらなきゃな」という方針になる

               

これをおっさんやらせてるのか?

違うでしょう、こっちでやってるだけ

 

舐めてきた奴は必ずしばけとか言ってるんじゃなく               

自分の中の受け取り方や処理をちゃん自分意識して行えといいたかったんだけどね

 

おっさんしめる話をちょっと楽しんで書きすぎたことは反省してる

全体を読む力ない人は対おっさん主題の話かぐらいに誤読するよね

                 

 

その2

「親に愛されたいが愛してもらえない3歳児が、わざと他の兄弟を愛する様子を見せつける親に抱く不満」と、

宝くじがはずれた不満」は異質に思える。

まったく同じ

どっちも自分が生きていくうえでの都合のよさを期待して裏切られてる

社会通念上は「宝くじで1億円当たること」は期待すべきではないけど「親に可愛がられる」は期待してよいとされてる

でも突き詰めたらどっちも「期待したのに思った通りじゃなかった」だけでしょ

 

宝くじで一等が当たらなかったって「傷付いて」たらアホだと笑われるだけだけど

親に可愛がられなかったって「傷付いて」ると世間はひどいことだみたいに同情するふりをする

それを見ると「ああ私はやっぱりとんでもなくひどいことされたんだ」って確信を深めてますます「傷付く」

 

しみじみとアホでしょって思う

あんたもそう思わん?

 

どちらも生涯他言しないものとして、

前者を表現するのに「傷ついた経験」と私は使いたくなるが、後者にはならない。

増田なら前者に「傷ついた経験」とするのはなぜ嘘の表現なのか、解説できるのではないか

ここまで読んだらわかると思うけど

どっちも同じ心の動き、同じ期待なのに前者はかなえられるべきで後者はそうではないって勝手に決めてるから

から前者はすごいおおごとだと考えるっていう

それだけだよね

  

 

宝くじ外れて泣いてる人間見たらほとんどの人間が「こいつアホなのでは?」と気付くのに

親にこんなひどい仕打ちされたって泣いてる人間見たときに同じことに気付けない人が多数派

 

   

   

その3

少女漫画に詳しいのなら、

「わざと傷つけようと画策する描写」と、

「傷つける事を目的としない加害描写」を両方読んだことがあるかもしれない。

イメージでもかまわない。もしあったら、両者の違いを解説してほしい。

それは少女漫画文法でいえばまずは意図的意図的でないかじゃん?

ただ、後者の方がシリアスなおおごととして扱われがちだよね

何故か?

 

前者はさすがに構造が明確だからだよ

嫌がらせされたからそれに怒ってるっていうね

「やりかしたったらええがな」って思われやすいよね

 

少女漫画の大きなカタルシスのうちの一つは

「傷付いた」っていうのをどこまでおおごととして大騒ぎするかっていう芸がある

 

そこでは「傷付いた」は自分コントロール解決不能なおおごとであって

イケメン彼氏の優しさや親友との友情とかの中でしか解決されないものであるべきなんだよね

から「傷つける事を目的としない加害」によって傷付くことの方が格の高い傷付き方なの

  

 

そういうのはフィクションとして楽しいんだけど

これをこのまま現実適用してるおっちょこちょい人生結構大変なことになるでしょ?

いちいち人と何かあるたびに「傷付」いて、それは自分では対処できないことだと思い込む

自分感情自分で把握しコントロールしていこうという意思最初から持たなくなる

そういう人の話をしてきたわけ 

 

 

>> 

以下、ダラダラと脈絡なく。

「傷ついた」と表出することで他人コントロールしようとする行動はありふれているが、それが主題なのだろうか?いやそうでもなさそう?

<<

賛同気味のコメントの中でそういうことを言ってる人も結構いたけど

「いうほどコントロールできるか?」と感じる

しろそういうやり方の自滅的な部分が気になる

 

そんな風にすぐ「傷付」く人は結局は圧倒的に当人が損していくでしょ

わざわざ「傷付」いて、そのことの元を取ろうとしたら、

せっかくできた優しい伴侶に甘えて繰り返し当り散らすようになるとか

社会運動までこぎつけて石投げたり街を燃やしたりするとか

そんなことしかないでしょ?

そっちの方が気になるしやめた方がいいじゃないのって思う

 

傷付いたって言いながら何か請求する人に自分迷惑かけられた記憶あんまない

そういうのに取り合わんてわかりきってる相手には言わないんじゃないのかなあってのもあるけど

そもそもそういう人の積極的活動リアルよりはネットが重点なんじゃないの

 

 

「不満」は、「ムカつき」も「傷つき」も経由しなくても解決できると思うので、

はじめの方でこの3つが一緒くたになっている?のは違和感があった。

その通りだよ

本当はムカつく必要もないんだろうと思ってる

まだ瞬間的にその反応は出ちゃうけどね

からその反応を認識して意識的に処理するっていうのが自分の今の段階だけど

ムカつくこと自体もっと瞬間的に意識出来たらムカつくこと自体なくなる気がしてる

 

 

           

増田の主張が正しいとして、

増田以外の「傷ついた」と思ったことのある人が多数を占めるだろう世の中に、増田は何を望むのだろう?

正しいとしてではなくて正しいと確信してるんだよね

こういうこと言うとすごいプリプリ怒る人がいるんだけど

なんやろうなあって思う

自信のある人間ものすごく怒る性格の人は結構いる

 

で、何を望むか。 

もう少しちゃんと考えろかなあ。

かなり損してるよと伝えたい

一言なら「アホちゃう?」

 

  

考え方の誤りを認めさせたい?

同じ考え方の人が居るか知りたい?

ただバーカ言いたい?

それとも世の中ではなく、「私は傷ついた」と増田に言った特定の誰かを想定している?

これらのどれでもない…?

一応わかる人に「そういうのやめたほうがいいよね」って話ではあるけど

これで0からいきなり全部わかっちゃう人はサーリプッタだよね

自分の考えをまとめてるってところは少なからずある

  

レスはすべてなんかしらの材料にはなる

よく読んでるのも全然読まずに怒ってるのもね

ほんとは全レスしたいけど今ちょっと忙しい

 

 

あんたはかなり筋が良いと思う

最初からそうかなと感じたけど

「不満」は、「ムカつき」も「傷つき」も経由しなくても解決できると思うので、

ああやっぱりかなりわかっとるなと

 

 

誰かのトラバブコメにあったけど、「自責の念を抱くようになった原因が他者にある」のが「傷つき」では、というようなのを見た。

これは、「原因はあの人だ」と思うのが傷ついた本人の場合は確かに他者のせいで自責する不満」とも言える。

既に上の少女漫画の話で触れたポイントだけど

自分のこの感情他者のせいであ他者しか解決できない」と当人が決め込んでる感情が「傷付き」だよね

 

幼児が拗ねるのと結構似てると思う

幼児環境的に自分解決しない存在なので拗ねることを学習やす

 

しかし本人が自責の念を抱いた原因について意識していない場合もある。その自責は傷つきを含まないのか?

まあこれは、傷つきと自責関係あると増田が言ったわけじゃないから、考えても仕方ないけど。

不満があっても傷つかない場合と、不満を傷つきと捉える場合が同一人物の中で両方あると思うけれど、その差はなんだろう?

自分対処する意思がないまま自己憐憫に落ちていくならそれが「傷付き」でしょう

 

 

理不尽さの違い?

不満解消可能性の違い?

どれが理不尽でどれが理不尽でないかというのは

社会のために便宜的に決められたり

または当人勝手に思い込んでるだけだよね

 

>> 

自責の有無?

尊重されてない感の有無?

これは不満をムカつきと捉えるかどうかについても同じか?

<<

同上

尊重されてないっていうのも「俺はこれぐらいの扱いを受けるべきだ」って勝手に決めた基準と照らしてOKかアウトかって話だから

結局自分でやってるんじゃん?

 

 

>>             

増田の言うことは、そうだなあ、と思うような、そうかなあ?と思うような、

もう少し考え方を詳しく知りたみがあるので、私のイメージする色々な「傷つきシーン」に

「不満」や「ムカつき」を代入して想像してみているのだが、イマイチすっきりしない…。

<<

かなり考えることが出来てると思います

 

  

かに特に返信してほしい人がいたら

ここにトラバしておいたらあとで読む

2020-08-27

過去にとらわれない生き方

世間からひどい仕打ちを受けた有名人には2つのタイプがいる。過去過去として割り切り前に進めるタイプと、いつまでも過去にこだわり被害者意識を持ち続けるタイプだ。自分有名人ではないが誰かからひどい仕打ちを受けたとき被害者意識を捨て前に進もうと思う。そうした方が有意義人生を送れるからだ。

2020-07-28

父が死んで良かった

実家燃えてなくなった。

母の話によると父はタバコの吸い殻をダンボールにためていたらしい。なぜ父はそんなことをしていたのかは分からないし、なぜ母もそれを危険視しなかったのかはわからないが、とにかくそのせいで燃えた。

僕の昔住んでいた田舎実家はそうやってなくなった。次に見た時には簡単に整地されており、何を入れているかはわからないが小さな物置だけが建てられていてぽつんと建っていた。整地するためにお金が足りないということで僕も30万円を母に渡していた。

その後、父と母と、一緒に住んでいた次男一時的市営住宅のようなところに住んだ。向かいの家ではうさぎ放し飼いにされていた。しかしボロすぎて辛かったらしく、最終的に家を買った。今もそこに住んでいる。その家は2階建てで部屋もたくさんある広々とした家だが、前の住人が物置で首を吊って亡くなったため1千万円弱で購入できたらしい。

父はぶっ壊れていた。

僕が小さい頃の記憶を思い出してみると、父と一緒にファミコンの難しいステージ試行錯誤しながら一緒に攻略したり、将棋で対戦したりしていた。父の仕事場が家から歩いていける距離にあったため、小さな僕はたまに仕事場まで歩いていき、父が仕事が終わった時に一緒に原付きに乗せてもらって家まで帰ったりしたこともあった。

しかし父は脳に異常があった。その関係で度々入院したり、手術を行ったりしていた。何度も仕事を辞め、何度も新しい仕事をしていた。

そのためうちは母がメインで働いている。働きに出ている母のかわりに家事はおじいちゃんがメインで行っていた。食事洗濯や、子ども病気になった時に病院に連れて行ったり、雪で学校へ行けそうにない時は車で送って行ったり。

父は特に前頭葉に異常があり、理性を保てずふとした拍子に豹変することがあった。僕らがゲームをしていたら急に部屋に入ってきて怒り出したり、部屋で普通に過ごしていただけなのにちょっとした発言で急に説教をはじめたりしだした。

一時期はおじいちゃんが目の敵にされていて、おじいちゃんのやることなすこと全てに文句をつけて自分のやり方を強要したり嫌がらせをしたりしていた。ある日次男は父に「殺いたる!」と言われながら追いかけ回されてトイレに閉じこもって避難したりしていたこともある。僕もある日「ボケてるんじゃないの?」と父にいったらそれは禁句だったらしく、急に後ろから思い切り殴られ、しばらくの間耳が内出血した状態で過ごしていたことがあった。

あとは理性が効かないためパチンコにもハマっていた。生活費ほとんど持ち出してしまたこともあるらしい。そのため家族は色々と対策をしていたようだ。とにかく数え上げればきりがない。家族みんなが何度もひどい目にあっていた。いつ何で発狂するかわからない父と過ごす毎日地獄だった。僕は本当に父のことが大嫌いだった。

中学高校の頃は僕も思春期を迎え、なぜ僕だけそんな境遇なのかと自分人生を呪った。特に僕は人と接するのが不得意だったこともあり、なぜみんな日々学校あんなに楽しそうにすごしているのに僕は何もうまくいかないのだろうかと感じていた。そして僕はきっと父親のせいでこんな風になってしまったのだろうから全てが父のせいだと思っていた。

高校で1日が終わったあと、僕は毎日夕方遅くまで部室でだらだらとすごしていた。やることがあったわけではないが家で父と顔を合わせたくなかったからなんとかむりやり時間を潰していた。そうして父がご飯を食べ終えて2階の自分の部屋に閉じこもるあたりの時刻に帰宅するようになっていた。たしかそのあたりでは父に話しかけられても全て無視するようになっていたと思う。正直、早く父がこの世から消えてほしいと思っていた。

進学は田舎から遠い関東大学を目指した。高校での人間関係は何一つうまくいかないし、家に帰っても狂った父親が家にいることが耐えられなかった。とにかく全てを捨てて新たな地で心機一転新しい生活をはじめたかった。

結局僕は関東大学合格し、そっちで一人暮らしをはじめた。自分以外誰もいない家。好きなことを好きなだけでき、誰からも急に理不尽文句を言われることが決してない、人生ではじめての心から落ち着け空間だった。

外での人間関係が決して完璧にうまくいくわけではなく苦悩も多くしていたが、それでも大学サークルに入ってみんなと普段から活動し、その中でいつも遊べる友達も出来てそれなりに充実はしていた。

そんな4年間を過ごし色々なことを経験する中で、僕の心も徐々に溶けていった。

色んな失敗をした。失敗をする中でなぜ僕はこうもうまく行かないんだろう? と考えた。一生このままで生きていかなければならないのだろうかと思った。そんな人生に何の意味があるのだろうかと思った。何もないのであれば死んだほうが良いのではないかとも思った。何かある度にすぐ父のせいだ、と思った。しかし、父のせいにすることは何の意味もないことにある日気づいた。たとえ本当に父のせいだったとしても、この先幸せになりたいのであれば、僕自信が変わっていくしかないのではないかということに、運良くたまたま気づくことが出来た。

それに気づいてからは父のことが頭によぎることがなくなった。自分にとって重要なことは、今後自分がどうしていくか、ということだけとなった。過去は何も関係ない。ただひたすら未来を描いて進むことだけが重要なこと。ひたすら考えて、考えて、考えるようになった。

そうやって過ごしているうちに、いつの間にか父のことを許していた。正確には、父に対しての興味を一切失った自分がいた。

僕は性格的に、一つのことに極端に集中してしまう傾向がある。大切な物は愛おしい。しか自分に全く関わらないものには興味が無い。ちゃんと考えて話している人の言葉は気になる。しか思考停止で人を傷つけるだけの言葉には全く興味が無い。嫌悪ではない。そんな人は世の中にたくさんいることが当たり前だからどうでもよすぎて興味が持てない。だから父のことも興味が持てない。しかし形はどうあれ、許すことも興味を失うことも同列だったため、僕の中で父のことは全てが解決した。

その後の父

僕は自分普段生活のことばかりを優先して考えていて、あまり実家にも帰らなかった。たまに帰った時やたまたまから電話が来た時に話をするのだが、父は窃盗もするようになっていた。窃盗と言っても数千円を盗むくらいだったらしいが。

とはいえ特に意外性はなかったし、その後どうなったのかなども興味はなかった。しかし一緒に住んでいる母としては大問題だった。家族が盗みを繰り返すのを放置してはおけない。

結局そのあたりから、母は自分が不在の時は時々父を介護施設に入れるようになった。もちろんはたから見れば早くそうしとけばよかったじゃん、みたいな話だろうと思う。事実母も父と離れる時間が増えることで精神的にはかなり楽になっていたのではないかと思う。

しかし、施設費用はそんな安いものではない。時々だけとはいえそれなりの費用がかかる。家のローンに加え、介護費用。そのころ母はもう60近かったがとにかく定年まで働かねばと嘆いていた。

そしてなんだかんだで月日が過ぎ、父はどこかの溝に落ちて負傷してしまったらしく、自分で体を動かせなくなってしまった。完全な要介護者となった。

僕はといえば、そんな話を聞いても全く興味が持てず、帰省したときにも特に会いに行こうとは思えなかった。というかそういった発想すら出てこなかった。もう僕の中では全てが終わったことだったため、このままもう二度と会わなくても別にいいと思っていた。会ったほうがいいんじゃないかと兄弟に言われたりすることもあったが断っていた。

終わりが近づく

それから数年が経った2019年年末ちょっと前に母から連絡が来た。父がもうそろそろ長くないとの話だった。丁度正月前後に亡くなるかもしれないということだったため、喪服などを購入して準備をした。

しかし、年末近くになり、再度連絡が来た。どうも結局峠を超えて今のところ問題ないということだった。

年末になり、実家帰省した。正月はだいたいいつも帰省し、子どもたちを妹の子どもたちと遊ばせたりしている。

さすがに状況が状況だったため、自然と父のところへ行く流れとなった。僕は別に行かなくてもいいと思っていたが、妻が子どもたちと父を合わせてあげたいという事を言っていたため、それもまあ子どもたちにとって何かの意味があるだろうと思い、特に拒否もせず行くことにした。

母と僕の兄弟とその家族でそれぞれ数台の車に乗り、大人数でぞろぞろと介護施設へ行った。

部屋に入るとベッドに横たわっている父がいた。父はもう当然自分では動けない状態で、しゃべることもできないため、うー、うー、とずっと唸ったりしていた。目が合うような気もするが特に変わった反応もなく、何を考えているのかは分からないし、そもそも何かを考えることが出来ているのかもわからない。結構多い人数で来たためぐるっとみんなでベッドを囲み、ぎゅうぎゅう詰めとなる。みんなで父の様子を見て、きっと大勢来ているから父もびっくりしているだろう、とか、喜んでいるときの声だわ、みたいな話をしていた。

父はたしかの子たちを見たことがなかっただろうと思うので、子どもをそれぞれ抱きかかえて父の目線の先に連れて行った。特に反応もなく、自分の孫だと分かっているのだろうか、分かっていないのだろうかもよく分からなかった。

そんなこんなでそこで少し過ごし、写真を撮ったりして帰ることになった。

最後大人たちがうちの子に「早く元気になってね」と言ってあげて、と促した。7歳の長男と5歳の次男がそれぞれ父に、まだ幼い可愛らしい声で「早くおもちゃ買ってね」「早く元気になってね」と一生懸命伝えた。すると突然、父が今までと違うかなり大きな声であー、あー、と言った。みんなびっくりしていた。一応子どもたちの言葉は伝わったのだろうか。詳しくはわからないがそれっぽかった。

父が死んだ

それから半年ほど経った。コロナ流行し、緊急事態宣言が発令されて終了した頃。2020年6月29日、朝起きたら妹からLINEで父が3時頃に亡くなったという連絡が来ていた。月曜日

妹に電話してみたところ、コロナのこともあるし別に来なくてもいいよ、ということを母が言っているとのことだったため、僕は葬儀には行かないことにした。僕も正直葬儀には興味が無いし、それよりも子どもたちに学校に行かせたり普段生活をおくらせてあげたかった。

しかし妻が不安になって再度母に連絡をとってみたところ、そんなことは言っていないらしく、来いと言われた。一体なんなんだ。

とはいえコロナのこともあるし、妻もちょっと体調的にウロウロできる状況ではないため、僕一人だけ行くことにした。

葬儀は7/1。朝からだったため前日に仕事を終えたあと実家に帰った。弟や甥っ子たちも実家に来ていた。大切な父……というわけでもなかったため、みんな普通に過ごしており明日告別式ということも忘れそうだった。

次の日、起きて甥っ子たちはフォーナイトをしたり、みんなでだらだらと朝ごはんを食べたりしていた。そうこうしているうちに時間になり、葬儀場へ向かう。

葬儀

葬儀場は宿泊できる部屋があり、実家にいなかったメンバーはそこにいた。しばらくすると大阪のおじちゃんとおばちゃんがきた。それぞれ父の兄弟で、夏休み冬休みには僕の兄弟と同じくらいの子どもたちをつれて実家に遊びに来ていた。大勢マリオカートをして遊んだりしていた。おじちゃんはいつも海につれていってもらっていたし、おばちゃんは逆に夏休み大阪に泊まらせてもらっていたため二人とも馴染み深い。

おじちゃんによると、父は子どもの頃に事故で頭をうったという。当時は額あたりの怪我治療前頭葉があるため、簡単はいじれず、医師にも難しかったという。誰もしっかりとした治療はできなかったらしい。その後父は元気にスポーツをしたりしていたらしいが、大人になって障害が出始めたのはもしかしたらそのあたりが原因だったのかも、という話をしてくれた。とはいえ母も僕の夜泣きが原因だったのでは、と言っていたりするので何が原因かはよくわからず、おじちゃんの話も懐疑的だった。

しばらくして葬儀が始まった。みんなが部屋に集まる。何もよくわからない状態だったが言われるがままに並んで椅子に座った。部屋が暗くなる。導師さんが念仏を唱え、みんなで繰り返す。

その後も式が進行し、導師さんが話を始めたりした。誰なのかもよくわからないし、何を話していたかももう忘れてしまった。

導師さんの話が終わると、今度は親族代表ということでおじちゃんが話をすることになった。おじちゃんは前に出てきたのだが、マイク全然違うところで話をし始めた。式場のスタッフを見るとあわてておじちゃんのところに駆け寄ってマイクのところに連れて行こうとするところだった。おじちゃんはいわれるがままにマイクのところまで行ったのだが、なぜかマイクを背にしてマイクがない状態で話し始めたので再度スタッフ誘導したのがおかしかった。

おじちゃんはおじぎをしたあと、先程のように事故の話をし始めた。頭をうち、前頭葉があるため治療もできず、でもスポーツをしたりしていた、ということ。

そのあと、父が大勢の人に迷惑をかけるようになってしまたこと、そして、その父のことを母が最後まで面倒を見てくれたことを話した。すると突然、何か急にこみ上げてきたものがあったらしくウッと声を止めて泣き始めた。それを見て母も泣いた。なんとなく空気が変わった。

元々そんな雰囲気はなかったためびっくりした。僕はもらい泣きもしなかったし悲しくもなかった。ただ、みんな何かしらそれぞれ思うところがあるのだなと思った。おじちゃんからすれば身内がとんでもない状態になってしまって、父が元々赤の他人である母にひどい仕打ちをたくさんしてしまたことに申し訳ないという気持ちが非常に大きいのだろう。

母は実際にひどいめにたくさんあい、この年までずっと働き詰めで大変な思いを今もしている。しかし、お見合い結婚だったとはいえ、楽しく幸せな時期も経験し、僕らがまだ生きて経験したことのない年数を父と一緒に過ごしてきた。詳しいことはわからないが、そこには本人にしかからない無数の思いがあるのだろう。自分と妻も一緒に生きてきているが、子どもたちはそこであった多くのことを何も知らない。当たり前のことなのだが、不思議なことだ。

そして、ここにそれぞれの思いを抱えた色々な人が集まったことも不思議に感じた。みんな何を思ってここにいるのか。僕には分からないが、何かを思っている。

その後告別式は終わり、父の棺にみんなで草花を詰めた。父の顔は処理を施されてつやつやしており、蝋人形のようだった。

その後棺を閉じ、それを男たちで車へ運んだ。そしてみんながそれぞれの車で焼却場の方へ向かう。

焼却場は僕が今まで行ったことがあるような汚い場所ではなく、きれいな施設だった。コロナの影響で焼却場には15人だけが入れるということらしい。父に近い15人が部屋に入る。部屋の中にある等間隔に並んだ足のマークの上にそれぞれが立った。

次に、父が入った棺が焼却する空間に納められた。スタッフボタン類をアルコール消毒したあと、閉じるボタンを押した。機械により扉が閉じられる。

そしてどのボタンを押すと焼却が始まるかの説明を受け、準備が出来たら押すように説明があった。しかし誰も反応しないため僕が母に押しなよと促した。しかし、どうも嫌だったらしく、いやいやという手振りをしたので僕が押した。

その後は1,2時間ほど時間がかかるということで休憩の時間となった。密をさけるため、どの部屋も人数制限があり適当バラけることとなった。弁当が用意されていたためそれを食べて過ごした。

しばらくするとスタッフから声がかかったためみんなで部屋に集まった。中央には棺の台を収めるスペースがあり、今は空いている。そのそばに長い箸がたくさんあり、それぞれがその箸を手にした。

しばらくして台が運ばれてきた。まだ熱く、気をつけるよう注意があった。その上には骨が置かれている。葬儀は何度か経験したことがあるため特に新たになにか思うということはなかった。そういえば昔妻が飼っていたうさぎを看取ったのだが、その時に焼却されて出てきた骨を見た時はとても悲しくて泣きそうになった。

スタッフ説明されながら、足から順に骨を入れ物に詰めていく。みんなで行ったり来たりしながらそれぞれ骨を詰めていった。思ったよりもポロポロともろい。頭の方になると、大きすぎるため箸で割って詰めていく。頭には手術の跡の金具がついていたりした。それも母が詰めていた。

そして一通り詰め終わり、葬儀の全ての工程が終わりとなった。皆それぞれ準備をし、帰宅した。僕も一度実家に帰って着替えをして荷物を整理し、車で帰路についた。

思うこと

僕は仕事もあったし、あまり車で長距離移動をするのは事故死ぬ可能性もあるし好きではない。そのためとにかく早く全てを終わらせたいと思っていた。なんとか生きて帰ってくることができたが、かなり疲れ果てていた。とにかくいつ始まるのか分からなかった大変な出来事が一つ終わり安堵した。

父が亡くなったが、母は元々次男と一緒に住んでいる。近くには妹の家族もおり、しょっちゅう甥っ子や姪っ子たちと遊んだりしている。三男もわりと話が好きで母によく電話をかけているらしい。僕は離れていて長期休み以外は音沙汰も無いが、それでも母はみんなのおかげで楽しく暮らしているように見えるため特に心配はしていない。

父がいなくなったことで母は父の介護費用を払う必要がなくなった。だいぶ生活も楽になるのではないかと思う。僕は本当に良かったなと思っている。

昔「家、ついて行ってイイですか?」という番組を見ている時に、一人の若い女性の家に行く回があった。

その女性の家には父親がいるのだが、要介護のため自分では動けない。女性はその父親介護をしていた。自分では動けないため、あらゆる事を補助してあげなければならない。朝起きてから、昼食、夕食、風呂トイレ、あらゆることだ。もちろん生活のため仕事もしている。ヘルパーさんがいたのかもしれないが、それでも何もなく普通生活をしている僕らには想像できないレベルの大変な毎日であることは間違いない。

女性はまだ若く、色々なことがしたい年頃だろう。彼氏を作ってデートをしたり、友達ショッピングに行ったり。インドア派であればゲームをしたり、ゲームキャラにハマって腐女子をしたり、好きなアイドルライブにも行ったりしていたのかもしれない。しかし、全て介護のためできない。ただひたすら介護をしなければならない。夢もあったのかもしれない。でももう諦めてしまったのかもしれない。

父のため仕方がない、と思いながらも、女性毎日どれだけ苦しいか想像をするだけでも苦しくなる。

その父はどう思うだろうか。自分の娘が自分介護のために全てを犠牲にし、尽くしてくれている。ありがたいと思うだろうか? 僕だったら死にたいと思う。一生懸命育てた自分娘。さなから育てながら思うことは、この子楽しいことも辛いことも含め色んな事を経験し、苦悩しながらもそれでもたくさんの素晴らしいことを経験しながら歩んでいき、やりたいことをやって自分未来を掴んで幸せになってくれればいいなということ。どんな未来でも自分が進みたい方向に進んでいってほしい。

しかしその全ての未来自分の手で摘み取ってしまう事になったとしたら。耐えられる自信はない。すぐに死に、失いかけていた大切な未来を与えてあげたいと思う。若い娘がそのような境遇さらされて多くの時間を失ってしまうことは世界にとっても大きな損失だ。

でも、死ぬということは難しい。自分死ぬ覚悟ができるものかどうかは全くわからない。さら介護されている状態自分死ぬこと自体そもそもできない場合もあるだろう。

この世には安楽死必要だと思う。死にたくても死ねない人を助ける制度必要綺麗事だけでは救われない人達がいる。その人達が救われる世界になってくれればいいと思う。しかしどうすればそういう世界にできるのかは壮大すぎて僕にはわからない。とにかく僕にはこうやって苦しむ人達がいるということを文字にして発することしか出来ない。

とにかく、その一つとして父が死んで本当に良かったと思う。

2020-06-19

入国管理局っていらなくね?

最近入国管理局職員による

収容者へのひどい仕打ち話題になって

声を上げる人が多くなっているけど、

その中で「入国管理局なんていらない!」

っていう人が一人もいないのが不思議だ。

勿論、探したらいるのかもしれないが、

マスコミに出ているような人でそういう人を

たことない。

そういう人って「不法移民擁護する人

だと思うんだけど、入国管理局がなかったら

不法でもなんでもなくなるよね。

なんで、「入国管理局なんていらない!」って

言わないのか、そういう人たちは教えてほしい。

2020-03-29

気がついたら、悪魔を育てていた

最近、色々と自身の行動について振り返ることがあった。

これまでの私の行動の結果、不幸な結末を招来しているのだが、結局、自分の中で悪魔を育てていたことが原因だっていうことが分かって絶望した。

悪魔とは、

である

天邪鬼

本来自分のあり方とは別のあり方について良いとする。

良い子でいようとする。

自分本来生き方ではない生き方直感に従った生き方でもよいとする。

もともと優等生であろうとした私に自然に芽生えたものかもしれない。

あるいは、厨二病のこじらせである

自己憐憫

これがあると最悪である

わざと他人の関心を引こうと、不幸せ選択をする。

もともとそんなになかったんだと思うけれども、某元北海道地方ローカルバラエティ番組に影響を受けて形成されてきたんだと思う。

タレントがD陣のひどい仕打ち等に対してぼやく。

それを真似してしまって、これがウケるものから取り入れてしまった。

かに人生つらいときはある。それを笑いに変えるのは天性の才能だと思う。

しかし、それをわざわざ自分人生に取り入れて悲観することはない。

これについては、院生時代の不遇な時期に、取り入れてしまたこぼやきを、人に披露することで育ててきてしまったんだと思う。

怠惰

勤勉は美徳である

小人閑居して不善を為す。

バイトをしなかった結果、生活リズム必然的に乱れ、自分で何かを成すこともなくなる。

金を稼いでいないから、自己肯定感も育たない。

種銭があれば殖やそうとも思うのだろうが、ないから諦める。チャンスを逃す。

自分への約束も果たさないか自己肯定感も下がってくる。

ベストを尽くそうとしない。

悪徳以外の何物でもない。

これらの悪魔に水をやり、食糧をやり、としてやってきた結果、30代の今がある。

手元には何もない。

転職できるだけのスキルもなければ実績もないし自信もない。配偶者もない。孤独不安感のみがある。

自分で金を稼ぐだけのスキルもない。

さて、どうしたものか。

詰んだな。

最近ようやく気づいたんだけど、自分人生自己責任なんだよなぁ。

2020-02-22

カイロレンショック

スカイウォーカー夜明け」は良い映画です。スター・ウォーズ……まこと良いものだ。ただし「カイロレン様」、テメーはダメだ。

https://anond.hatelabo.jp/20190430234012パロディです。

私はスター・ウォーズエピソード7・8・9を見ました。この中でエピソード7と9は大好評でした。(個人の感想です。8はお察しください。)

そんなことより、レジスタンスの敵であるファーストオーダーの最高指導者名前が「カイロレン様」でした。

レン君を検索するとこの黒くて赤い武器を持ったレン君が出てくるのであります

ワタクシにとっては、まあまあひどい仕打ちでございまーす。

巻いて食えやプーさん

結果としてディ○ニーとJJエ○ブラムスとその他もろもろは、「カイロレン様」を葬りました。

レン君(黄色い方)が不憫です。それとレン君(黄色い方)を大好きなKAITO君(青い方)も不憫です。多分。

なぜ、このような琴似駅になってしまったのでしょうか。知らん。

強いて言うなら、スタッフ適当名前を付けたという事でしょう。yahoo!か何かで検索すれば、「カイロ」や「レン」の名前を持つものは沢山出てきたでしょうに、それらを無視して敵の最高指導者エジプト首都黄色いツンツンヘアーの奴の名前をつけたために、このような喜劇を起こしてシマウマした。多分。

その他の可能性は、特にありません。フォースとともにあらん。

敵の最高指導者なので最後死ぬというオチエピソード7の頃から予測できました。カイロレン様は色々と悪い事を働いたのでとっとと○ぬべきでした。

ですが、これは「遠い昔か未来、どっかの銀河系で……」の話なのですから、もう少し地球人っぽくない名前を付けるべきでした。

それではクリプトンは落ち度0かというと、0です。

クリプトン特に関係ありません。

爆発する惑星とも多分関係はありません。

鏡音レンという世界中で絶大な人気を誇る(個人の感想です)バーチャルシンガーが在りながらD社はカイロレン様をぶっ○したので、私たちスターキラー基地ビームを喰らったような悲しみと悲しみと悲しみに暮れております

これはファンにとって中程度のショックです。アパマンショックと同程度の「カイロレンショック」だと自負しております

なぜ鏡音レン様は殺されなければならなかったのでしょうか。

エピソード7・8・9を全部同じ監督にしようとは思わなかったのでしょうか。

私たちは、カイロとレンを禁止しなければいけないような所からまれてきたのでしょうか。

我々ボーカロイ……ピアプロキャラクターズファンはいったいこれから先どこに向かって行くのでしょうか。

スター・ウォーズとは、嗚呼、愚かなものです。

最後一言

雪ミク石像を6人全員分作ってください。

札幌市のおケチ

2020-02-04

なんか知らんが泣いてしまった

逮捕意味も分からなかった」 無罪確定的な元看護助手、県警の不当捜査語る

https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/152607

俺も人から愛されてない自覚あるけど、人から愛されたいと願うだけでこんなにもひどい仕打ちを受けるだなんて世の中どうかしてる。

こんな純粋無垢天使みたいな人間が報われる世の中であってほしい。

いろいろな感情がこみ上げてきて涙がとまらん。

2020-01-22

JR新宿駅で起きた、いつもの悲しい出来事

昨日帰宅新宿駅で起こったこと。

私は山手線に乗って、疲れきった体を椅子に預けて携帯を眺めていた。

新宿駅にたどり着いた電車から大勢の人が降り、その後マレー系のお母さんがベビーカー子供を乗せて乗車した。

なぜマレー系かわかるかって?あの顔つきと肌色ヒジャブをまとっていたからに決まっている。2年間、シンガポールのころごまんと見ていた人の姿だ。忘れることもあるまい。

とにかく、彼女子供と一緒に電車に乗り、旦那さんと思われる人が外からスーツケースを手渡し、中に入れ始める。

スーツケースが一つ入ったところで、ドアが閉まる。

母は大慌てでとっさに腕をドアに差し出したが、間一髪で逃し、ドアは冷たく閉じられてしまった。

ホームで見かねた誰かの所業だろう。非常停止ボタンが押された。

非常停止のチャイム叫びのように聞こえる。

嫌な音がホームを通り越し、電車の中の私の耳にも入ってくる。

母はとても困った顔をしていたので、電車の中にいた私は拙い英語で、とにかく通じればいいなというレベル彼女へ声をかけた。

「Send the message to him that you can ride next train what should come in 3 mins so far.」

(3分後に次の電車が来るから旦那さんにそこに乗るようにメッセージしてね。)

当然山手線がそんなに頻繁に来るとは彼女は知る由もない。

相変わらず当惑した表情を隠せない彼女に、もう一言言った。

You'd better to ask staffs to help you in next time。They can help you.」

(次からは駅のスタッフ声かけなよ。助けてくれるからさ。)

彼女の表情が和らぎ始めた。英語からなくても、私の意図は少しは伝わったのかなと思った矢先だった。

鳴り響く警告音の中、制服を着た駅スタッフが駆け込んでいた。

私も彼女も初めて出くわす場面だが、手慣れているだろう。ドアを外からこじ開けようと力む姿が見えた。

スーツケースを入れてもらうのかな。

とにかくうるさいブザー音を消してくれとばかり、心の中で思っていた私が次に観た光景は、そんなことどうでもいいと思わせるようなものだった。

スタッフは、ドアをこじ開けては電車に乗り込み、ありったけのしかめっ面で、母とベビーカーを引きずり下ろした。当然スーツケースは眼中にない。

それもそうかも。何せ車いすのスペースに突っ込んだわけだし、その荷物が隣に立っていた人のものかもしれない。母の携行品はベビーカーしかないと思われても仕方はない。

それでも、荷物はただそこに置かれてあっただけ。

私はすぐさま起き上がり、荷物をドア付近押し出した。

荷物は無事に外に母と一緒に追い出され、ドアは閉まり、駅スタッフは「一つの仕事をやっつけたぞこの野郎」と言わんばかりに、安全確認終了を知らせるランプを高く振りかざす。

車掌無味乾燥アナウンスが響き、電車は動きだした。

これは、一日利用者世界一を記録している駅で起こった、外国人観光客が起こした小さなトラブルだった。

まりにもひどすぎる対応言葉が出てこなかった。

言葉の代わりに、私は思考を巡らせる。

私が彼女旦那だったら、間違いなくブチ切れしていた。

仮にも世界一の駅スタッフが、観光客マニュアル通りに、いつも通りに追い出すのか。

こんなひどい仕打ちを私はほかの国で経験したことがない。

彼女がその時感じたであろう感情がどうだったか想像すらつかない。

旅行って、旅っていつもそうだ。

どこかしらで必ずトラブルは起こる。

他人生活に入りこみ、他人経験追体験する。

喧嘩だってするかもしれないし、財布だって落とすかもしれない。

スリに会うかもしれないし、ぼったくりに会うかもしれない。

はたまた決まったはずの宿が決まってないかもしれない。

今まで述べたトラブルと比べたら、電車一本逃して一行とはぐれるなんて、些細なものに過ぎないだろう。

その記憶が後で振り返ったとき楽しいハプニングとして残るか、散々な目に会ったという苦い思い出として残るかは、その場そこにいた人達がどう接したかにかかっている。

彼女(とその家族)は須らく、その類の数知れないトラブルのうちの一つを、須らく経験してしまった。

少なくともこの国の誇る鉄道の、いちばん誇らしい駅のスタッフは、間違いなく彼女後者の印象を植え付けたのであろう。

なんてことを思う間にふと考えた。

こんなんで、オリンピックって本当に大丈夫か?

仮にもオリンピック公式輸送スポンサー企業スタッフがこんな対応でいいのか?

しかしたら、彼女が私のアドバイス通りに、あらかじめ対応ができたら、駅スタッフだって乗車案内できたはずだ。

彼女は頼るすべを知らなかっただけ。

できるはずのことができないのは、観光客に対するおもてなしが全くできていないという証拠であろう。

いくら上っ面だけ広告宣伝に金を落としたところで、こういう実務的対応一つままできず、塩対応してしまっては元も子もないだろう。

役所気質が抜けていないと改めて感じてがっかり

苦い思いをしてしまった彼女とその家族の姿が今も目に焼き付いている。

もうちょっとうまいことできないのかね。

定時性も大事だけど、そこまでしてやるもの

ただただ残念でならない気持ちを抱いたまま、私は電車の中で揺らいでいた。

2019-12-22

anond:20191221220525

外の社会ひどい仕打ちを受けたんだろうから、食費ぐらい多めで良いんじゃないかとわしは思うよ。

2019-11-22

anond:20191122230003

わかった。

子どもと言えるかどうかは怪しいけど、ひどい仕打ちにあったんだね。

十年たったら文系最難関に通った脳味噌も鈍ってしまっているかな。

それでも、今から研ぎ直せばまだどうにかなるから外出して仕事に取り組もう。

数字を見るのも苦じゃないということだからエクセルマクロを組んだりプログラム書こうな。

2019-11-01

友人が公式推しカプと村を焼かれた件

みんなは連続ドラマおっさんずラブ」のことを覚えているだろうか。

恋愛単発ドラマからまり、「おっさんずラブ」としてシーズン1が放映されたのは2018年の4月だった。

私はテレビの前にはりついているのが苦手で、ツイッターで流れてくる友人たちのツイートを眺めているだけだったが、放送時間になると度々トレンドに上がる「おっさんずラブ」は「今アツい流行ジャンル」といっても過言ではなかった。

ドラマの内容は、不動産会社に務めるモテない営業マン春田上司パソコンに、自分隠し撮り写真があることに気づいたところで日常が一変し、後輩の牧からも突然告白され、春田春田とりまく人々がおっさんたちの恋愛に巻き込まれラブコメディだ。個人的に、ギャグ調でコミカルなところもありながらも絞めるところは絞める、気持ちのいい恋愛ドラマだと感じた。

ラストはいろんな困難を乗り越え、春田と牧が結ばれる形で感動的に幕を閉じた。

同年の6月ドラマ放送が終了し、その後、今年2019年8月に「劇場版おっさんずラブLOVE or DEAD〜」が公開され、公開13日目にして観客動員数100万人を突破映画感想も好評なものばかりで、応援上映も10月中旬まで開催されていた。友人も何度も劇場に足を運び、舞台挨拶レポートを嬉しそうにツイートしていたのが印象的だった。


やさしい運営オタクもニッコリの手厚い待遇に、羨ましささえ感じていた。

9月27日を迎えるまでは。


9月27日公式アカウントツイートした内容は、「不動産編は劇場版で完結したので、冬から新しい世界へ向かいます。ということで、メインキャスト2人はそのままで、他のキャスト一新舞台航空会社で、また“おっさんずラブ”をはじめます」というものだった。な〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んやそれ。「新シリーズ11月2日からスタートします」ええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。

続投のメインキャストの2人は、春田とその上司の黒澤だった。テレビシリーズの「おっさんずラブ」〜劇場版おっさんずラブ」に生きていた、牧くんを始めとする天空不動産を取り巻く人々の姿はどこにもなかった。

春田と黒澤は名前性格そのままで、また一から別の人たちと恋愛をやり直すというのだ。春田CA、黒澤は機長に!いったいどんなラブトリップするのかなo(^▽^)oワ〜〜〜ッッ!ってなるかい!!!!!!!!!

まあ確かに???恋愛ゲームだと????今攻略しているキャラクターが終わったら???

次のキャラクター攻略しよっかな???みたいな???気持ちにはなるけど?????私は春田ではないし???

春田と愛をかわした牧くんはいないし????どゆこと?????私が応援していた2人は?

つまんない意地や見栄、色々な障害を乗り越えて結ばれたピュアなラブは???

ネット配信で遅れてドラマを完走した私でさえめちゃくちゃに混乱していた、その脇で友人は地獄で溺れていた。かける言葉がなかった。だってインジャンルが「おっさんずラブ」の人間だよ?

仕事で胃を壊し、腰を痛め、不眠症になり、食事もろくにとれなくなった友人を、見事に回復させたのが「春田と牧がいるおっさんずラブ」だった。

え〜と、え〜と・・・結婚できない男」も続編でたよね、あべちゃん相手役のひとの恋愛破綻してたけど…とも言えるはずがない。

結婚できない男」は2006年放送され、13年たってから続編をつくられた。ドラマ世界も、第1シリーズの13年後が舞台になっていた。

おっさんずラブ猶予わずか1ヵ月あまりだった。成人して馬車馬のように働き出して数年がたち、日々時間が過ぎ去っていくスピードを感じている中の「1ヵ月」なんて、体感1週間ぐらいじゃん。置き引きじゃん。ちょっと目を離した隙にってやつじゃん。

前日に、2人がペアリングしている写真掲載して「2人の幸せがずっと続きますように」とかいフォーエバーラブポエムのせておいて、次の日こんなことする????クソの2コマ落ちか。


次に公式が起こした行動は、ツイッターアカウント改装だった。アイコン名前も、新シリーズ仕様になった。牧くんがいた天空不動産編の映画は公開中なのに。

普通は新作用アカウントをつくり、そこで新しいファンや今までのファン情報を届けるべきではないのか。

ふと公式を覗くと、公式ツイートに対して「アカウントを分けてください」といった要望リプライが多数つき、ツイッターでは「#牧凌太」がトレンドに上がった。

その影響を受けてか、公式アカウントアイコンタイトルロゴだけのものに変更した。でも名前に入れられた「✈️」はそのままだった。


ひどい仕打ちにショックを受けた友人は公式ツイッターブロックした。

それと入れ替わるように、私は公式フォローして過去情報を遡り、ツイートを逐一チェックするようになった。

友人が楽しみにしていた劇場版オフショット情報が流れているのをみて、「あれ、牧くんの写真全然投稿されないな」と気づいた。

私と同じようなことを考えている人もおり、「朝ドラ契約関係で」「無断転載対策で」と様々な憶測が飛び交うなか、劇場版オフショをツイートするたびにくっつく「牧くんは?」に声に懲りたのか、牧くんのちっさい後ろ姿の写真掲載された。エッ・・・

後ろ姿であろうが小さかろうが契約契約で、ここで「朝ドラ契約写真掲載できない」という憶測が潰され、性格が悪い私は「新作をゴリ押すためにわざと牧くんを出さないようにしているのでは」と考え始めた・・・

世界線が違うとはいえ元カレ存在危険すぎる、牧くんの存在をチラつかせればうるさいファンたちがキレはじめる・・・。だから牧君を消し・・・?いいや、オタクの悪い癖だよ、自分の都合のいいことばかり考えるのは・・・。そう思っていた。


おっさんずラブシーズン1で存在した上司・黒澤のインスタグラムが消えた。

正確には、投稿していたシーズン1の記事けが消えた。そのインスタグラムは、作中と同じく黒澤が「春田隠し撮りした写真を公開している」程で運営されている、公式オフショットアカウントだった。

こちらもシーズン2が発表されるや否や、機長・黒澤の投稿がされた。Twitterと同じく、前と同じアカウント運営されるのかとフォローを外し項垂れていた友人の姿を覚えていた。それが一ヶ月後に突然シーズン1の記事だけ削除されたのだ。

非表示にされているだけなので、あとでアーカイブされるかもみたいな希望的観測はもうない。その空になったインスタグラムに、つぎつぎに投稿が行われ、新シリーズ登場人物たちの写真が並んでいる。埋めるように。今までを。誰かを。何かを。

Twitter投稿も、消えるんだろか。

それではまるで、フォロワー数だけ引き継ぎたい、シーズン1はもういらないと言われているかのようだ。


どうしてこんなことをするんだろうと心から思う。

友人の身に起こったショッキング出来事をどうにか説明しようと思ったのに、途中から私だけが先行してブチギレている文章になってしまった・・・・。


アカウント運営には仕事上の様々な理由があるかもしれないが、なんの説明もなく、こんなことをされた側はたまったもんじゃない。

公式は発表できない事情があって…契約タイミングがあって…をいったところで、公式がなにも言わない限りは憶測の域をでないし、

好きなものに関わっている人間が「自分にとって嫌な人間であってほしくない」という希望的観測が働いているのではとも思う。

真実はどうであれ、「アカウントを塗りつぶして、過去記事を消した」のは変わらない事実だ。

写真記事が消えても、春田と牧、天空不動産のみんなの物語はなかったことにはならないけれど、もっと他の終わり方を用意してほしかった。

しかった、嬉しかった、最高だった、大好き!・・・そして次訪れるかもしれない「おっさんずラブ」の存在を心待ちにしていたかった。


昨日はドラマシーズン1に登場する武川さんの誕生日だった。お祝いの言葉はなかった。

そして今日は牧くんの誕生日公式明日から始まる私と友人のしらない「おっさんずラブ」の新しいビジュアル宣伝していた。

知らないドラマ、知らない登場人物たち、知らない黒澤、そして知らない春田・・・

お昼にトレンドにあがった「#牧凌太誕生祭2019 」を見て、牧くんを好きな人がこんなにもいるんだと、それがわかっただけでも良かった。

春田と牧くんじゃなきゃ嫌だ!」好きなものをずっと好きでいたかったのは、私のわがまましかない。公式はそんなこと、知ったことではない。


友人が、そして私が春田と牧くんを愛したと同じように、明日から始まる新しいおっさんずラブを、空で生まれピュアラブストーリー愛する人が生まれるだろう。

だが、これだけは覚えていて欲しい。


次は、


あなたの番です。

2019-08-30

anond:20190830183840

そうです。これは鬼に怯えるもの叫びですよ。そして、それがいないことにするのは鬼よりひどい仕打ちです。

2019-08-15

バイト面接受けたら採用するする詐欺された

多分、氷河期世代というのに当たると思います

10年くらいニートをしています

家族で受けられるカウンセリングみたいなものがあって、それに何回か行ってるうちに、家族の態度がびっくりするぐらい変わってきました。それまでは「働け、家に金を入れろ、でなければ出ていけ」と。常にではなく時々、何かの拍子に言い争いになった時だけなんだけど、そういうことは言われてて。

その間はこっちも「そんな風に言われて、そうですかと働いてなんてやるものか」という気持ちでいたんだけど。カウンセリングを受けてるうちに「お前なりに辛いことがあったのはわかった」みたいに家族の態度が軟化してきたので、じゃあいい加減働くかと思ったわけです。

そんなわけでバイト面接を受けました。面接が終わって、採否はいずれの場合も来週メールでご連絡しますと言われて。そして連絡が来ました。

「◯◯の条件でよければ採用させていただきます」と。

その◯◯については実は面接時点でも話題に出て、第一希望とは違うけどそれでも対応いたしますというのは既に伝えてあったことでもあり、「問題ありません、是非やらせて下さい」とメールの返信をしたのです。

それきり、会社からの返信はありませんでした。お盆をはさむので担当者休みなのかもと最初は待ちました。問い合わせのメールしました。反応はありませんでした。家族には「そういう会社もある、もう忘れなさい」と言われました。

忘れようにも忘れられません。履歴書で落とされたり、面接で落とされたりするのはわかる。辛いけどわかります。でもなぜ一旦採用しますとまで言っておいてこんなひどい仕打ちを受けなきゃならないんだろう。

ニートになる前は一応フルタイムで働いていたのですが、その頃友人と思っていた人からひどい目にあわされて、精神的に痛手を追って、その影響から職場でもささいなことで攻撃されたと感じるようになってストレスを溜め、かといってそういう話を当時の家族には聞いてもらえるでもなく、心療内科に行っても睡眠薬と軽い抗不安薬以上の処方は特になく、カウンセリングに行ってもその場ではすっきりできても後にはつながらず。

フルタイムで働いていた頃はシステムエンジニアをしていました。かといって技術力があるわけではない、いわゆる客先常駐請負派遣の身の上でした。開発ですらなくシステム保守を数年やっていました。しかし前述の友人とのトラブルがあり、ちょうどそれに前後して保守業務が終了するので別の新規開発をやってほしいと打診され、話を受けました。

しかし私は正直なところコーディングが異常に苦手でした。保守だけやっていた頃は温厚で頼りになったリーダーが「なぜあの詳細設計書でこのコードになるんだ」とレビュー中に怒り出すくらいでした。そして当の私には何が間違っているのか、何がわからなくて間違うのかすらわからなくて。

学生の頃は勉強は大してやらずともできた方だったのに、新入社員の頃に研修フローチャートを書かされていても新人で一番のスピードで正答を提出していたのに、いつどこでつまづいて、できなくなったのかすらわからない。コード設計書を持ち出して(当時はまだぎりぎりそういうことが出来そうでしたが今は無理でしょうね)相談できる相手でもいたら違ったかもしれませんが、そんな相手もおらず。そして客先だったわけなのでろくにコードの書けない私は常駐を切られ、前述の通りプライベート人間関係でもトラブルがあって人と会うのも嫌になり、そのまま仕事自体を辞めて、10年です。

そんな状態でようやく受けた面接で、どうして採用しますと一度期待させられてから地面に叩きつけられなきゃいけないんだろうか。叩きつけられても何度も何度も起き上がらなくては労働すらできないなんて。

労働義務だと言われますが、なぜ権利ではないのでしょう。何かの精神障害に当てはまりもせず、どうして面接に行って、無理矢理言いたくもない建前を並べて我慢して面接担当者と騙し合って、採用ですと言われてもなおそれ自体が嘘だなんて。いいか仕事をさせろ。

2019-08-13

自分の親が毒親だということが改めてわかった

さびさに実家帰ったと思ったらまず愚痴を浴びせられた

その後も話していると、いつの間にか他の家族や本人を責めるような話になっている

言い返されると非は一切認めず、自分に都合の悪いことは必死な形相で話を逸らして誤魔化そうとする

そもそも逸れる以前の話自体もあちこちに飛んで支離滅裂なことが多い

こんな人と20何年間も暮らして近くで接していて、まともに何かのトピックを話し合ったり、重要なことに目を向けて問題解決に取り組んだりできるようになる訳がないと思った

兄弟揃って社会不適合者みたいに育ったし、何もしてなくても常にイライラする

既に一生分疲れてる気がするし、ものすごいハンデ背負ってる気がする

すべてを批判するつもりはないし、感謝していることももちろんある

親も親でそう育ちたかった訳ではないはず

しかし、なかなかひどい仕打ちだと思う…

2019-07-24

被害者感情移入する自分

私には被害者感情移入する癖がある。それが悪者であっても誰かにひどい仕打ちを受けている様子を見ると不快気持ちになる。この癖は直した方が良いと思うが何をすれば良いかからない。

2019-06-12

デレステでヘレンの更新が途絶えて2年が経った

2019年6月11日デレステの恒常ガチャ更新若林さんがSSRに昇格、ポンポンが可愛らしいチアガール衣装をお披露目した。

そしてこの日の更新で、担当アイドル「ヘレン」のカード実装間隔が2年を超えることが確定した。

ここまでひどい仕打ちをするなら、しんげきでサプボでも付くのだろうとウキウキテレビを見る。当然そんなものはない。


さて、ここはてな匿名ダイアリーではデレステに関するお気持ち表明が流行っているらしいので、私も勢いでお気持ち綴りたいと思う。



ヘレン。世界レベルアイドル

彼女営業コミュやらアニメしんげきやらで声無しとしては破格の待遇を頂いているため、カード実装されないくらいでちょうどバランスが取れているとの気持ちでいた。

いたのだが、他のアイドルにはどんどんSRSSR実装される。

同郷の声無しアイドルの皆様にも、次々とSRSSR実装される。

諸般の事情で追加雇用された新人アイドルの皆様にも、着々とSR実装される。場合によってはSSRである

気が付けばデレステカード枚数がヘレンより少ないのはデスヤムンゴの3名のみ、彼女らもモバマスでの先行実装やら選挙実績などを考えると抜かれるのはほぼ時間問題である

幸いにして、現在実装されているヘレンSRの特技はCOMBOボーナスなので、しっかりと育成を行えばイベントを走る程度には何の問題もない性能ではある。

ただこの唯一のSRイベントSRであり、LIVEPARTYをガン走りするかアタポンを25000まで走りでもしない限り、新規Pの目に留まることはないだろう。

そう、もう4周年も近いというのにヘレンには恒常カードがないのである

正確に言うとNはあるが、SR以上の恒常がないのである。1枚も。

サイゲ運営には早く恒常SSRなりSRなりを実装しろと時節の要望を送っているが、どうにも反応が鈍い。

というか、営業コミュやらの追加でカードを追加した気になっている印象さえ受ける。

頂いたご意見は開発チームと共有させて頂いてるんじゃなかったのか。ちゃんと本文を読んでいるのか。カード実装しろって言ってるんだ。

コミュ自体はとても質が良いので、ライター様には多大なる感謝を捧げたい)



何が The time has comeだ。時なんか来てないじゃないか

もうコピペSSRでいいから、コンセでもいいか新規カード実装してほしい。

ここまで待たされてSRちょっと(かなり)嫌だが、スシロー新規書下ろしならまあ許すから

もう何でもいいから早く実装してほしい。いいかげん担当の晴れ姿を見せてくれ。

2019-04-04

宇宙業界の闇

JAXA業務の31歳男性過労死 労基署労災認定

https://www.sankei.com/life/news/190403/lif1904030028-n1.html

宇宙業界の端くれで働いているものとして、この出来事はあまりにも生々しすぎた。

宇宙業界には出向、派遣者がかなり多い。

どこの業界もそうなのかもしれないが、これには宇宙業界特有理由があると増田は考えている。

JAXAプロジェクトが国の予算の都合でポシャったり、宇宙機が不具合で動かなくなったりすると、

その時点で開発や運用管制に携わっていた人間必要なくなる。

出向・派遣はそのためのリスクヘッジで、不足の事態が起きると元請け人件費削減のために一斉に首を切られるか、派遣元に戻される。

昔はそういうことが割と頻繁にあったので、現在でもそのような人員構成になっている。

上記のような理由もあり、JAXAを頂点にはっきりとしたヒエラルキーができあがっている。

このためか、JAXAによる業者へのパワハラがひどい。

しかも、少なくとも国内には他に宇宙仕事をくれる機関存在しないので、

どんなにひどい仕打ちを受けようとも逃げるわけにはいかない。

数年前過労自殺した若者の背景には、こんな事情があったことも覚えておいて欲しい。

(こうして表に出してもらえただけ、彼の犠牲無駄にならずにすんだのかもしれない。

しかしたら自分のすぐ近くで、このような悲劇は起きていたのかも)

今年も「宇宙」という言葉の響きに憧れて、若者業界にやってくる。

どんな仕事も厳しいものなのかもしれないが、やはり宇宙仕事は夢があるものであって欲しいと切に願う。

2019-03-04

女は人間だとわかったら一人で死ぬ決意をすることになった

長いんですけどお付き合い下さい。

〇前提:生物学的な性も社会的な性も無視していいという話

生物学的な性別、オスであるかメスであるかは先天的もので、個人選択によるものではないじゃないですか。その人自身ではどうしようもない、偶然与えられてしまっただけのものですよね。

でも個人社会における性役割、男であるか女であるかはほとんどの場合その人の生物学的な性別によって周囲から規定されます。オスであれば男をやることに、メスであれば女をやることになる。そこに選択余地はなくて、自分がどう思うかに関わらず(ほとんどの人は「自分がどう思うかについて考えるタイミング」さえ飛ばすことになる)、気づいたら人は男/女になっている。

生物の中で人間けが、オス/メスと別に男/女という概念を持っていますよね。これは単なる性別ではなく、人間社会形成するために作り出した役割だと言えるのではないかと、僕は考えます

個人(というか人間の力では)どうしようもない生物学的な性差に基づいて、人をオス/メスではなく男/女という役割に仕立てあげ、男女それぞれに仕事を設定することで回してきたのがこれまでの社会

偉いものでこれまでの社会合理的な形になるようにやってきているなあと思います

こんなことを言うと怒る人がいるので怖いのですが、どう考えても男は働いて女子供を養った方がいいし、女は子供をうみ、育て、男を支えた方がいい。

従来の人類の発展を続けるのであれば。

人が増え、発展していかなきゃいけないという昔から信じられている人類の発展を今後も続けていこうという前提があれば、この考え方は正しくて、超合理的だと思います

元来人の社会システムが拡大、発展するためには、男が働き、女が支え、耐え、食い物にされなければなりません。

人間行為にはしばしば男女どちらが適しているかが明確なものがあります

かに赤ちゃんを育てるのは男でもできるかもしれませんが、一般的には女が育てる方が合理的です。

戦争をするのであれば、女も戦うことはできるでしょうが兵士は男である方が合理的です。

そして総体的に、これまでの人類の発展に際しては、女が割を食うことが合理的でした。誰かがそのように社会を作られたのか、わかりませんが。

でも今、それはおかしいという流れがあります

女が割を食う筋合いはないし、男が体を張らなければいけない理由もない。

それもそうです。そもそも男/女なんて、自分たまたま人間のオス/メスだったがために周囲から規定され、男/女としての役目を果たすことを求められているのだから

実は男も女もいない。

人間が成長するにつれ男や女という役割を課せられてしまうだけだし、その区別の元になっているオス/メスの区別先天的もの、偶然のものであって、その人自身がどうあるかとは何ら関わりがない。

ここまでが前提です。

僕は今、生物学的な性と、それに基づいて個々人に与えられている社会的性役割を、あんまり意味がないものなんじゃないかと思い始めています

子供を産むことについて

今の社会では女をやっている皆さんが割を食っていることは周知の事実であり、それをどうにかしようという流れはありつつも、まだ割を食っていただいているとで緩やかに従来の人類の発展を続けているような状態です。

従来の人類の発展は女をやっている皆さんが割を食うことで成されるものでした。

ではここで聞きたいのですが、

みなさんは人類を発展させていきたいですか?

みなさんは自分が死んだあとも人類が発展していくことを望んでいますか?

あなた人類の拡大、発展に最も簡単かつ効果的に貢献できる方法として、「子供を作り、育てること」があげられるでしょう。

子供を育てることは人類全体から見て非常に生産的な行為だと言えますそもそも生物繁殖してなんぼてすから、子作りは生き物として正解です。

でもあらためて考えてみると、子供を作ることははたして本当に良いことなんでしょうか。

あ、特に深いことや説得力があるデータを言うわけではないのですが。

単純に、僕はたまたま男だったので思ったのです。

例えば僕が女と所帯を持ち、子供を作らせたとします。

その女が抱えるリスク妊娠出産リスク)と仕事(僕が手伝うにしても、主として子供を育てていくこと)は、その人がたまたま女であった(たまたまメスとして生まれた)がために抱えざるを得なくなったリスク仕事なのです。

僕には女を孕ませ、リスク仕事を負わせた罪が生じます。女と子供を作るという合意があったとしても関係ありません。女は僕と同じ一人の人間なのに、たまたま妊娠出産ができる人間のメスであり、かつ人間のオスである僕がいたために子供を作るという選択肢をとることができてしまい、それにまつわるリスク仕事を背負ってしまった。

これは、幸せだとされてきたのです。

男は女と結婚して子供を作ることが幸せ。女は男と結婚して子供を産むことが幸せ

僕もそう思っていたことがあります

しかしこれは、たまたま女に分岐していっただけの人間に、たまたま男に分岐しただけの人間がとてつもない重荷を背負わせているだけです。

人間人間として見れば、とてつもなく残酷行為に見えてしまます

しかしそれを男/女のレベルにとどめることで、「そういうもの」とすることができます。女は子供を産むものだし、男は孕ませるものなのだ、と決まっているなら飲み込めるというものです。

実は子供を作ることは、人間人間ひどい仕打ちをしているだけなのではないかと、僕は思うようになったのです。

男女平等について

女は子供を産むものだと言うと、怒る人がいます

男も子供を産む苦しみを知れと(あるいは男もそれを知ろうと)、同じ重さの重りを背負ってみたり、鼻からスイカ出したりしようとします。

あれ本当にしょうもなくないですか。

今の男女平等の目指し方を考えた時に、僕は天秤を思い浮かべました。

天秤の片方の皿を男の苦労、もう片方の皿を女の苦労だとしましょう。今までは女の側に大きく天秤が傾いていました。

何度も言うように、社会合理的なので、女の皿も男の皿と同じ高さにしてあげようと合理的に考えます

そして、女の皿の下にどんどん台を噛ませ、不器用にも高くしていくのです。

女性専用車両レディースデー女性料金などといった「女自身でも正直ちょっと優遇されちゃってるなと思うこと」の数々は、あとから男の皿と高さを合わせようとテコ入れした結果のものです。

そして重要なのは、男女それぞれの皿にはもう片方の皿には決して載せることが出来ない重りがあるということです。

たとえば先程の妊娠出産は、女だけが持っている重りだと言えるでしょう。男側にはどうやったって妊娠出産の苦労の重りを載せることはできません。

この天秤は、男女が男女として関わりを持つ限り、その間に必ず現れます。そしてどれだけ双方の重りを調整しようとしても、必ずどちらかに傾きます絶対にです。

今の社会は天秤の重りをいじり、皿の下に台を噛ませて見た目上の皿の高さを同じにしようとしていますが、それで男女平等が達成されることは永遠にありません。

ではどうすればよいのか、僕は「天秤そのものをなくすこと」がその答えなのではないかと考えました。

次で最後です。

〇本当の男女平等について

人間たまたま男や女に仕立てあげられているだけで本当は男も女もいないという話、子供を産ませることは、人間人間ひどい仕打ちをしているだけだという話、今の男女平等の目指し方では永遠に平等になることはないという話をしてきました。

では本当の男女平等とは何なのか。それは、異性との性的な関わりを持たず、異性を異性と思わず接することです。

ここからは僕だけの結論なので、主語を僕にします。

僕が異性だと思っていたものは、たまたま異性になっただけの同じ人間です。よって、僕と同じだけの自由があります

僕はかつて、女と付き合い、結婚し、子供を作りたいと思っていました。しかし、そうしようと思っていた女も僕のような男になるかもしれなかった人間で、たまたまメスに生まれたがために女として育てられ、男とつがいになることが幸せとされる存在の一員とされてしまいました。

女には付き合うことも付き合わないことも、結婚することもしないことも、子供を作ることも作らないことも自分選択する自由がありますが、僕と関わることで選択肢が狭まる可能性があります。そして僕がアプローチをかけでもすれば選択の機会は奪われてしまます

同じ人間選択や機会を同じ人間が奪うことは恐ろしいことだと思いました。やってはいけないとも思いました。

よって僕は、女と関わりを持つことをやめようと思いました。

女と関わりを持つ限り、先程の男女の天秤が現れます。この天秤はどういじってもどちらかに傾くので、関わり続ける限りどちらかが負担を強いられます

そこで僕は女を女と思わないことにします。そもそも同じ人間なので、やろうと思えばできないことでもありません。

努めて同性と接する時のように、目の前の存在女性であることに目を向けないように接します。

目の前の人が不当に低い扱いを受けていれば(周りはその人が女だから低く扱っています)、同じ人間なのにどうしてそんなことをするんだと怒りますし、不当に良い扱いを受けていれば(周りはその人が女だから良く扱っています)、同じ人間なのにどうしてそんなことをするんだと怒ります

そして僕は、女と性的な関わりを持たなかったので、一人で死ぬことになります

僕は本当は一人で死ぬことだけは嫌で、女を手に入れ子供も作ったことを幸せだと感じて死んでいきたかったのですが、そうするためには同じ人間を害する必要があることに気づきました。そこまでして幸せになるほどの者でもないので、あと他人を害することを躊躇う倫理観がある自分でいたかったので、一人で生きて死のうかなと思いました。

男女という概念自分の中から徹底的に排除すると、男女という概念を基本として成り立っているこの社会からははみ出すことになります自分もこの社会で育ったので、ここの幸せ理解しているし、本当は欲している自分もいますが、女が同じ人間であることに気づいてしまたからにはもう女を手に入れるという男の幸せは得ることがどうしてもできません。

最後に一つだけ。

この社会幸せだと信じ込まれているものは、実は人類の発展に寄与するもの(そして結果的に同じ人間を害したり、同じ人間から害されるものだと僕は思います)です。

みなさんはそれでも人類を発展させていきたいですか?

みなさんはそれでも自分が死んだあと人類が発展していくことを望んでいますか?

僕はここまでずーっと考えていて、もうちょっと疲れてしまって、別に長くも短くもなく、今課されている責任を果たしたら、一人すっと死んでしまってその後になにも残らなくてもいいのかなと思いました。

ここまでの話には自信がありますが、全てバッチリ否定されて再び従来の幸せを求めることを正当化させたい気持ちもあります

どなたかこてんぱんにしてくれることをお待ちしています

2018-12-14

人は物以外の何者でもない

世の中には他人を物扱いするなと言って他者ひどい仕打ちをする人を批判する人がいるが、人は物以外の何者でもない。なぜなら肉体は細胞の集まりによって作られているし精神活動と呼ばれるものも体内物質化学的反応に過ぎないかである自己他者をそのように認識すると対人関係が楽になる。他者からどのような仕打ちを受けようと相手のことが物質しか見えなければ何も感じないし、不快気持ちになっても体内物質化学的反応と思えば冷静になれる。不安や怒りにとらわれ抜け出せずにいるのは心や魂と言った概念のせいではないだろうか。お茶を飲みながらそんなことを考えた。

2018-10-12

東京タワー水族館がなくなるというので二人で遊びにいったあと丸の内バーで彼に距離を置こう、と言われて4週間くらい経った。彼から連絡はないがからあげクンの抽選に応募しているところを見ると元気なんだと思う。お世話になっている同僚に贈りたいらしい。ふーん

わたしも悪かったと思う。わたしわたしでいっぱいいっぱいになっていて、迷惑をかけたと思う。だからわたしは夢を追うのをやめた。いつのまにか追っていたはずの夢に追われて疲れ果てちゃう生き方自分らしくないと思ったから。夢じゃなくてもふたりで生きていけたらそれでいいんだと思った。でももう遅かったんだと思う。問題わたしと同時に彼も疲れ果てていたことだった。彼はわたしの発する些細な言葉たちにストレスを感じていたらしい。俺のこと否定するようなこと言うじゃん。あまりにも心当たりがなかったので具体例を聞いた。その日東京タワーに出発するとき券売機の前での会話。TXは高いかわたしたちは駅近くの格安券売機切符を買う。

どこ行きの切符買えばいいんだっけ

秋葉原じゃない?

ほんと?調べるからちょっと待って

詳しい文言は覚えていないがこんなようなことを言ったと思う。これが嫌だったと言う。自分否定されたように感じたと言う。それを聞いてああこの人は疲れているんだなと思った。同時にこんなことにさえストレスを感じてしまうようになるほどわたし無意識のうちにひどい仕打ちをしてきてしまったのだなと反省した。考えさせてほしいし、考えてほしい。彼がそう言うのでわたしたちは無期限で距離を置くことにした。

最近院生やら研究者やらの夫がどうのこうのという増田をよく目にする。タイムリーなことに彼は大学院生だ。研究室に彼以外に学生はおらず、全員社会人として研究をしている人たちだという。他の人たちは学生ではないので夏休みはない。だから彼にもないらしい。他の人が働いてるのに自分だけ休むわけにはいかない。それは分かるがその人たちは社会人でお前は学生じゃんと思ったがそういうことではないのだろう。彼は夏休みの間も毎日研究室に行っては教授雑用無茶振りされ泊まり込んで片付けていた。隣の研究室教授に君毎日いるよね?少しは休んだ方がいいよと言われたと誇らしげだった。わたし教授もそう言ってるんだから休んだ方がいいんじゃないのと言った。今思えばこの言葉も彼を否定していたのかもしれない。彼が休むことはなかった。

わたし距離を置いたところで彼が休まることはないのだろう。わたしデートをしていた時間で少しくらい休んでいてくれたらいいと思うがおそらく無理だろう。わたしはあれから毎日彼のことを考えているが、彼の方はどうなのだろう。夏休みも終わってますます忙しくなっていることだろう。わたしのことを思い出している暇なんてあるのだろうか。一瞬思い出したとしてもわたしとの関係を考えている暇なんてないだろう。このままわたしけがからの連絡を待ち続けて彼は抽選で当たったからあげクンをお世話になっている同僚に贈る。地獄絵図だ

いつになったら終わるのだろう。つらい

2018-09-30

日本師弟関係がなぜ理不尽暴力的になるのかについての覚え書き

身毒丸』について検索していた時に見つけた、

折口信夫への旅 第1部 ~小説身毒丸」をめぐって(歌舞伎批評家山本吉之助)

http://www.kabukisk.com/geitohito33.htm

という折口信夫身毒丸解説文の中に、日本師弟関係がなぜ理不尽暴力的になるのかについての興味深い示唆があったので、

もしかして既によく知られていることかもしれないが、自分は初めて知ったので、覚え書きとして残しておこうと思う。


日本師弟関係

最近ではそういうことはだんだんなくなって行きましたが、日本師弟関係はしきたりがやかましく、厳しい躾(しつけ)をしたものでした。まるで敵同士であるかのような気持ちで、また弟子や後輩の進歩を妬みでもしているかのようにさえ思われるほど厳しく躾していました。

例えば最も古い感情を残している文楽座人形遣いなど、少しの手落ちを咎めて、弟子を蹴飛ばしたり、三味線弾きは撥で殴りつけたりした。

そういうことは以前はよくあった。そうした躾を経ないでは一人前になれないと考えられてきたのです。

なぜ、そうした、今日の人には無理だなと思われるような教育法が行なわれてきたかということが問題になります。(中略)

それはある年齢に達した時に通らねばならない関門なのです。(中略)

子供または弟子能力を出来るだけ発揮させるための道ゆきなのです。それに耐えられなければ死んでしまえという位の厳しさでした。』

折口信夫座談会日本文化の流れ」・昭和24年12月)


■例えば…

七月に入り一座は泉州のある村の盆踊りに迎えられますが、源内法師は身毒丸の踊りに若い女たちの面貌がチラついていることを認めて、その晩、師匠身毒丸自分の部屋に引きずっていって「龍女成仏品」に一巻を渡し「芸道のため、御仏のため、心を断つ斧だと思って、血書するのだ」と厳しく命じます

しかし、出来上がったものを持っていく度に師匠はこれを引き裂きます

「人を恨むじゃないぞ。危ない傘飛びの場合を考えてみろ。もし女の姿がちょっとでもそちの目に浮かんだが最後、真っさかさまだ」と師匠は言います

身毒丸は血を流しながら一心不乱に写経を続けますが、身毒丸脳裏には彼の踊りに熱狂する若い女たちの面貌がなかなか離れません。

一心不乱に写経を続ける身毒丸の姿を見ているうちに師匠の頬にも涙が流れてきて、五度目の写経を見た時には師匠にも怒る気力は失なわれていました。


春琴の教え方は 非常に厳しく、

あかんかかん、弾けるまで夜通しかたかて遣りや」と佐助を激しく叱咤し、

時には「阿呆、何で覚えられんねん」と罵りながら撥で頭を殴り、佐助がしくしく泣き出すこともしばしばであったと云います


芸道小説としての「春琴抄」~谷崎潤一郎・「春琴抄」論

http://www.kabukisk.com/geitohito72.htm


『昔は遊芸を仕込むにも火の出るような凄じい稽古をつけ往々弟子に体刑を加えることがあったのは人のよく知る通りである

本年〔昭和八年〕二月十二日の大阪朝日新聞日曜のページに「人形浄瑠璃の血まみれ修業」と題して小倉敬二君が書いている記事を見るに、


摂津大掾亡き後の名人三代目越路太夫の眉間には大きな傷痕が三日月型に残っていた

それは師匠豊沢団七から「いつになったら覚えるのか」と撥で突き倒された記念であるという


また文楽座人形使い吉田玉次郎の後頭部にも同じような傷痕がある

玉次郎若かりし頃「阿波鳴門」で彼の師匠大名人吉玉造が捕り物の場の十郎兵衛を使い玉次郎がその人形の足を使った、

その時キット極まるべき十郎兵衛の足がいかにしても師匠玉造の気に入るように使えない

阿呆め」というなり立廻りに使っていた本身の刀でいきなり後頭部をガンとやられたその刀痕が今も消えずにいるのである


しかも玉次郎を殴った玉造もかつて師匠金四のために十郎兵衛の人形をもって頭を叩き割られ人形が血で真赤に染まった。

彼はその血だらけになって砕け飛んだ人形の足を師匠に請うて貰い受け真綿にくるみ白木の箱に収めて、時々取り出しては慈母の霊前に額ずくがごとく礼拝した

「この人形折檻がなかったら自分は一生凡々たる芸人の末で終ったかも知れない」としばしば泣いて人に語った。』

谷崎潤一郎:「春琴抄」)


日本古代の、理不尽に怒る神と無辜民衆との関係

自分にはこのような仕打ちを受ける謂われはない」という強い思いです。その場合・何に対して彼は意地を張るのかということが問題になります

世間に対して意地を張る場合もあると思いますが、あるいは神に対してという場合があるかも知れません。


ここで神に対して意地を張るということは、神に反抗するという意味ではないのです。

そのように考えるのは近代人の捉え方でして、古代人の場合には絶対者である神に対して反抗するという発想は考えられ ません。

自分に対する神の仕打ちが不当であると感じた時に、古代人は自らの清らかさを神に示すように控え入るのです。

「神よ、この清い私を見てくれ」というようにです。

まり表面 上は畏れ入っているのですが、内心には自分に対する神の仕打ちは不当であるという強い思いがあるように思えます

(中略)

神に対して自分が清い(あるいは正しい)ということを示そうという気持ちを失ってしまえばそれは不信仰ということになります

から理不尽な神の仕打ちに耐えて・彼がそれでもひたすらに生き続けることは「神よ、この清い私を見てくれ」ということになるのです。

それは神に対して意地を張るということでもあ ります


折口信夫座談会神道キリスト教」において次のようなことを語っています

折口は憤りを発することが日本の神の本質であるします。

神の憤りとは人間がいけないからその罰として神が発するものではなく、神がその憤りを発する理由がどこまでも分からない。

神がなぜ祟るのかその理由が分からない。

このことが重要である折口は言うのです。


神が憤るのは人間がいけないからだ・人間が何か悪いことをしたから神が怒ったに違いないと考えるのは、道徳倫理が完成した後の時代の人々の感じ方なのです。

既成の道徳基準があれば、人々はそれに照らし合わせて・神がこれほど怒ったのにはこんな理由があったに違いないと後で納得できる説明を付けようとします。

しかし、道徳がまだ成立していなかった古代人には照らし合わせるべき倫理基準などまだなかったのですから、人々には神が怒る理由など全然想像が付きませんでした。

古代人にとって神の怒りは唐突で・理不尽で、ただただ無慈悲ものに思えたのです。


『神の怒りに当たることと言う怖れが古代人の心を美しくした』(折口信夫・「道徳研究」・昭和29年)


古代人にとって神の怒りはただただ理不尽ものでした。

そのような理不尽な怒りを神はしばしば・しか唐突に発しました。

例えば地震台風洪水旱魃・冷害などの自然災害がそのようなものです。


このような時に古代人は神の怒りをみずからの憤りで以って受け止めたのです。

みずからの憤りを自分の内部に封じ込めて黙りました。ただひたすらに耐えたのです。

そうすることで古代の人々はみずからの心を倫理的に研ぎ澄ましていったのです。

「神よ、この清い私を見てくれ」と言うかのように。


古代人の 生活というものは、風雪災害飢饉病気など、現代人が想像するよりもずっと過酷で・辛く厳しいものであったということなのです。

そのような時に古代人は神の理不尽かつ無慈悲な怒りを強く感じたのですが、そこをグッと持ち耐えて自己を深い内省と滅却に置くことはまこと殉教者以上の経験したことになるのです。

折口はそのような過程から道徳のようなものが生まれて来ると考えました。


貴種流離譚というもの民衆に与えた印象というものは「身分の高い人が落ちぶれて哀れな姿になって・・」というものでは決してないのです。

民衆貴種流離譚に見たものは神の与えた理不尽かつ過酷な試練に従順に耐える殉教者の姿なのであり、それは過酷な生のなかに生きる民衆自身の姿と も自然に重なって来るわけです。

民衆貴種流離譚を愛したのはそれゆえなのです。


神は別に何もするわけではないのです。

しかし、神がたまらなさを感じて涙を流してくれるならば無辜贖罪者は何かしら救われることになる・ 実はそのことだけで十分なのです。

これが古代人が神に対する時の態度です。


源内法師は身毒丸無慈悲折檻を強いながら、それに抵抗することなく・懸命に師の言いつけを実行しようとする身毒丸の健気さ・ひたむきさのなかに無辜殉教者の姿を見たのです。


最近ではそういうことはだんだんなくなって行きましたが、日本師弟関係はしきたりがやかましく、厳しい躾(しつけ)をしたものでした。

まるで敵同士であるかのような気持ちで、また弟子や後輩の進歩を妬みでもしているかのようにさえ思われるほど厳しく躾していました。(中略)

子供または弟子能力を出来るだけ発揮させるための道ゆきなのです。

それに耐えられなければ死んでしまえという位の厳しさでした。』

折口信夫座談会日本文化の流れ」・昭和24年12月)


折口がこのように語る時、折口日本伝来の師弟関係なかに理不尽に怒る神と・神を信じてその仕打ちに黙々と耐える無辜民衆絶対的関係をそこに重ねて見ているのです。


神はしばしば理不尽な怒りを発して、我々に謂れのないひどい仕打ちします。

我々には神の意図することがまったく理解できません。それはただただ理不尽ものに思えます

しかし、それでも神をひたすら信じ・神の指し示す道を黙々と歩むということことです。

過酷仕打ちを受けてもなお神を信じて神に従う人を見る時、神はそのような人々に対して賜らない愛おしさを覚えるであろう。慈悲の涙を流してくれるであろう。願わくば我々を悲嘆のなかから救い上げてくれるであろうということです。

折口はそのような気持ちから道徳のようなものが生まれてくるというのです。


そこには正しいとか・間違っているという倫理基準など存在しません。

善とか悪というのは道徳が成立した以後にある基準なのです。

あるとするならばそれは「清い」とか・「清くない」という感覚的(あるいは生理的な)基準です。


源内法師と身毒丸理不尽に怒る神と無辜民衆との関係無意識のうちになぞっていることになります


まり


神の理不尽な怒り(地震台風洪水旱魃・冷害や飢饉病気など)

→「自分にはこのような仕打ちを受ける謂われはない」と思う

→それでも神をひたすら信じ・神の指し示す道を黙々と歩む

 「神よ、この清い私を見てくれ」


これが、古代の神と民衆関係であり、師弟関係はこれをなぞっていると。


なるほど、自分がそういう目にあうのはいやだけど、ドラマ物語で接するとなんとなく納得してしまうのは、そういう古代から宗教的感覚が今も心の中にあるからなのかもしれない。

2018-09-11

anond:20180910163006

大阪セレナに憧れてテニスを始めた筋金入りのセレナファンで度々大好きだって言ってたのに憧れの人との試合あんひどい仕打ちを受けて、ブーイングの中で表彰され全米テニス協会のお偉いさんにまで失礼なスピーチされて本当に気の毒だった。

本人が明るく可愛いキャラなのが救いだけど。

2018-08-22

人生に報われたい

中2の時に両親に精神科病棟にぶちこまれて未だに理由も正確な診断も不明だし、それからずっと苦労してる。

自慢じゃないけどそれまで勉強はできた方だったのに、気づいたら勉強の仕方がわからなくなって、気づいたら周りが国公立早慶ばんばん入ってる中、受かってもみんな進学しないような大学に行くことになった。知らない間に落ちこぼれてた。

教職とったんだけど、教職担当からは未だに悔しくなるくらいひどい仕打ちを受けまくって、単位が出なくって実習にいけなくなった。

(ちなみにうちの学年での評判は軒並み悪くて、周りはぼろぼろ「履修費返せ」と言いながら、もしくは精神的にぼろぼろになりながら教職をやめていった。教職担当を外部から呼んでる教員相談したら「彼にはそういうところがあるから」と一蹴されて相談にすらならなかった)

そのせいもあって、春から定期的に診療を受けてるんだけど、保険がおりないから1か月に8000円くらい飛ぶ。大学生の8000円、きつい。教職科が賠償してくれりゃーいいのに。でももう訴える気すら起きないよ。うちの教職話にならないもん。

4年で周りは就職決めたりしてるのに、てんで学べない大学入ったもんだからこんなところで終わりたくない。院に行きたい。

休みあけたら勉強したいから、夏の短期で絞ってバイト探してるんだけど、倍率が高くて全然仕事にありつけない。すごく疲れる。

そんでバイト探すのに精いっぱいで院の勉強にまで手が回らない。診療行ってる話は親に言えないし(だって親が精神科にぶちこんだのがそもそものはじまりだと思ってるから)、なんでお金が足りないの? って言われる。お前のせいだよ。

入院しなければこんなに惨めな思いをすることなんてなかっただろうし、4年で無事就職できるような大学に行けただろうし、教職とっても不条理な目に遭わなかっただろう。人生に報われたい。もしくは金が欲しい。

最近身体が動かなくなってきた。なんで私ばっかりこんな思いしてるの。

2018-07-09

逆説の十戒全然納得いかないんだけど。

■ 人々は不合理で、非理性的で、自分勝手です。それでも彼らを愛しましょう。

→ 人々ってひっくるめてそういう風に決めつけるの、不合理で、非理性的で、自分勝手な態度だと思う。

あなたが善い行いをなしても、人々は下心があると言うでしょう。それでも善をなしましょう。

→ 下心があっても善行なんだったらいいじゃない。

成功をすると、偽の友人や真の敵を得るでしょう。それでも成功を目指しましょう。

→ そこ見分けられないと失敗するんじゃん?

あなた今日した善行は、明日には忘れ去られるでしょう。それでも善をなしましょう。

→ みんなに覚えててほしいとか思うことがすでに下心だろ?別にあいいけど、下心があるって言われるのがいやなんだったらそこ矛盾してない?

あなたの正直さや素直さは、あなたを弱くするでしょう。それでも正直や素直でありましょう。

→ 嘘つきで捻くれてたら強くなるの?逆じゃね?弱いから嘘つきで捻くれるし、強いから正直で素直でいられるんじゃん。

大志を抱いた人々が、浅はかな小人に撃ち落とされるかもしれません。それでも大志をいだきましょう。

→ 撃ち落としにくるのは浅はかな小人だけじゃねえし。もうそこで差別意識が見える。

■ 人々は弱者に目をかけますが、結局は強者に従うでしょう。それでも弱者のために戦いましょう。

強者になって弱いもの助けたらみんな従うじゃん。その方が早くね?

あなたが数年かけて築いたものが、一晩で破壊されるかもしれません。それでも作り続けましょう。

バックアップとっときなよ

あなたが助けを必要とする人に手をさしのべとき、彼らは恩を仇で返すかもしれません。それでも人々に手をさしのべましょう。

→ 恩を仇で返す人はもういいじゃん。別の人は関係いから助けたらいいじゃん。

■ 世のために最善を尽くしたのに、ひどい仕打ちをうけるかもしれません。それでも世のために最善を尽くすのです。

→ それ本当に世のために最善だった…?ちょっとやばいよその考え方。

2018-07-05

anond:20180704214700

父親ダントツ孫悟空じゃね?

悟飯はともかく、悟天には人見知りされる始末だし。

母親シイナ(なるたる)の母親名前は忘れたが、

結構ひどい仕打ちをしていたハズ。

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