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はてなキーワード: 問題提起とは

2019-02-22

anond:20190221232105

別に600億って思うのもそうじゃないのも当然じゃないの

自分もみんなもそうだよってその子が言ったようにそれに疑問を持つの自由でしょ人それぞれなんだから

ファンでその子の肩を持つなら軽蔑するのも当然だし自由だけど同時にその子が600億って言ったのを自信過剰だとか軽蔑する自由もあるんだよ

自分とそういうものを好む人間との差が恐ろしいって自分自分の周りの人間問題がある、酷い事だと感じるのにそれを面白いと好む人間がいるのがって事だと思うけど是非は別としてそんなの笑いも価値観も人それぞれなんだから当たり前だしあなたが酷いと思うのはそうなんだろうけどだからってその相対的差異絶対的倫理観によるものであると疑いもしてない感じはなんか逆に怖いよ

それに未成年への問題提起は理解できるけど成人女性でもセクハラってそれある意味女性蔑視だって自覚あるのかな

女性セクシャルで下卑た笑いに興じないって偏見だし女性は嫌なはず女性にはやらせるべきじゃないってそれも女性に対する役割押し付けみたいなものでしょ

セカンドレイプって発想も気持ちは分かるし実際聞かれて嫌だって思う子もいるだろうけど正直押し付けだと思う

私も含め女性の大半は確かに嫌だと思うだろうけどそういう笑いを好む女性もいる以上問題はコーナーでも番組でもそこに女性が参加する事でもなく意思確認、決定への自由が認められない事にあるんじゃないの

セクハラって言うけどそういうセクシャルなコーナーがあってそれをこなさなきゃいけないなんて事前に理解できてるはずの事で女の子達が嫌な思いをしてるって言うならそれはやっぱりそうする事をどこかで強いた事務所なり何なりの問題でしょ

下卑た笑いが昔ほど支持されなくなって許されなくなってる話とあなた応援してる女の子達がセクシャルな面を切り売りする場に送り込まれてる事は別の話だよ

実際そのコーナーに同じくらいの年齢でも清純派売りの女優さん出すかって言ったら絶対ないだろうし

結局はそういう売り方を事務所が認めてその女の子がもし嫌だって思ってるのだとしたらそれを強制してる、もしくはその子嫌悪感より優先させるものがあると判断してって事でしょ

芸能界セクハラ横行とか言ってるけどセクハラ被害者側が定義するもので周りがどうこう言うのはお門違いだしだからこそ当人達の意思尊重が前提でそれが出来てないのは番組でもコーナーでもさんまでもなく女の子達側にいるそれを許してる誰かのせいだよ

未成年なら余計にそうでしょ

よく仕事を選ぶって言うけどその女の子達は選ばせて貰えてないんだよ

それを置いて廃止を求めますなんてちょっと色々混乱し過ぎじゃないのって思うけど

それを言うなら嫌だって子にはそういう仕事をさせないで欲しい、だと思う

コーナーやそういう笑いが無くなれば問題は無いんだからって思ったのかもしれないけど言うればヤンタンなんて昔からある番組をそういう女の子達や自分と同じ価値観リスナーのために変えていけって事だしそれはやっぱり傲慢じゃないのって思うわ

別にそれ言っちゃえばアイドルの子じゃなくても成立するコーナーでしょ

その女の子達じゃなきゃ成立しない上で女の子達が嫌がっててそれを事務所なりに伝えられる環境があるなら番組もその子達の意に沿ってそんなコーナー無くすなり何なりするよ

元々そういう女の子達のための番組っていうなら主旨として廃止って気持ちもわかるけど

キスシーンやベッドシーンがある役を受けたのに本当は嫌だったっていうのと同じだよ

嫌だったって思う事は悪くないしそこに同情したとしてそういうシーンは女の子は嫌な思いをするからみんな無くすべきって言うのはおかしいでしょ

その女の子たちが受けたのはセクハラじゃなくセクシャルさを伴う仕事なんだから

芸人が頭はたかれるのを暴力を受けてるって言うようなもんだし事前に知り得てその場にいるって事の意味を考えるべきだよ

仕事の内容知ってて文句言うなって話じゃないよ

必要なのはその仕事自体への糾弾でなく選択に本人の意思が反映されない事への非難て話だよ

そしてそういう客観的倫理性を問う事や環境改善を望むのならあなたのそういう仕事への嫌悪感女の子達への感情移入混同させて根拠とすべきではないんだよ

ハロプロヤンタンもよく知らないけどこういう話で色んな区別ついてない人多すぎると思う気持ちは分かるけど

景観・町並みの話

第一問題提起 「和風」のとらえ方

http://web.kyoto-inet.or.jp/org/gakugei/judi/forum/forum17/17f013.htm

 今のお話の中の「和風基調」ですが、実際に市街地計画課で打ち合わせをしますと、やはりより「和」基調に、より「和」っぽくという指導をどうしても受けます

 そんな中で、少し話は変わるのですけれども、お客さんと打ち合わせする際に、やはり「京都市「和」です」という説明は大変しやすい。やはり今京都の中で「和」必要なんですという話はできるのですが、じゃあ「和」って何なんだというときに、じゃあ瓦なのか、格子なのか、真壁なのかという話で、どこまで押していくべきなのかという事と、コストとのバランスが、我々の場合にはどうしても出てきますので、そこがいつも悩む所なのです。

京の景観ガイドライン

建築デザイン

http://www.city.kyoto.lg.jp/tokei/cmsfiles/contents/0000146/146248/gaitorain-1216.pdf

2019-02-18

anond:20190211125224

https://blog.fxmessi.com/2011/10/24/1412/ 尾崎豊共感できない人は、想像力国語力に欠けている可能性がある

8年も前の上記記事にてほとんど同じ問題提起がされ、既に最終解とも言える答えが出ている。

ググれば他にも似たような記事はたくさん見つかる。

から何度も繰り返されている尾崎論争あるある

2019-02-15

anond:20150910222900

こういう話題馬鹿の一つ覚えみたいな趣味なんだから金惜しむなよやらなきゃいいじゃんって意味分かんないわ

ペイする事を含むなら趣味じゃないって単なる一価値観による暴論だしその人がやってる趣味嗜好の範囲他人が決めるって意味わかんないじゃん

自分でやるならそうすればいいけど値段のどうこうやノベルティや無配含めうまいことやりくりするそれ自体趣味の一環て人もそりゃいるでしょ

同人二次創作って枠上不必要利益は出ないようにってそれを一種の遊びだと思ってる人も当然いるだろうし

それを金勘定を含まない趣味をいちいち挙げてホラこの趣味お金なんて気にしてない!って知らんがなって感じ

そりゃそうでしょそういう趣味を例に持って来てんだからっていう

世の中金絡む趣味なんていくつもあるのに恣意的にも過ぎるでしょ

同人イベント参加とネット活動が同じものだって括ってんのも意味わかんないしそれも何勝手に言ってんの?って感じ

同じだって思ってる人もそりゃいるだろうけど人によっては被る部分があるだけの完全な別物でそんな場合WEB掲載なんて代替になんてならないし代わりにこっちでいいだろってどこ目線だよって思うわ

何回も言うけど何で人の趣味勝手定義してんの?何でネットで公開する事が同人活動って趣味においてその人が得られる感慨や充実感の代わりになり得ると思うの?どんだけ解った気になってんの?何を根拠に少なくとも何万人かはい同人趣味にしてる人間同人活動へ求めるそれぞれのものネットでのそれで代替可能だなんて考えに至ってんの?

そもそも同人頒布っていうグレーさの部分に限った問題提起へのひとつ手段としてのネット公開って話を趣味としての代替として足るものって捉えてるの物事区別つかないまま人にどうこう言えると思うその自信はどこから来るの?何なの?ってなるわ

ていうかそれならそんなの買う側だって金出したくないならイベントなんて行かずネットだけ見てればいいじゃんて話だけどそうでもないじゃん

それでいいって人も大勢いるけどそれだけじゃないかもっと刷ってくれればいいのに安くなればいいのに装丁なんていらないのに再販してくれればいいのに通販してくれればいいのにネットで公開されればいいのにDL販売でいいのにって声があがるんでしょ

本の形になる事でネットだけでは必ずしも得られないものを目にする機会もあって単純に代替になるかって言ったらそうじゃないじゃん

そういう現実として買うだけの参加でさえ例え不本意だとしてもイベントネットでの得られる経験差異があるのに作る側のイベント参加の同人趣味ネットでのそれで代わりになるんだからそうすればいいのにってハァ?って感じだわ

から無料でのネット公開はそういう意味でも望むんだろうけどそんなのはただの自分の都合なわけじゃん

本にするのは作り手側の趣味の上の都合だけどそれを自分の中で否とする自由があるように個人の都合で他人は縛れないでしょ受け入れるのも振り回されるのも自由だけど

個人的にだけどジャンルの値段設定って風潮も正直馬鹿馬鹿しいわ

そんなの部数だけじゃなく使う印刷会社入稿時期や装丁で単価なんて変わるしそれこそ費用カンパ頒布て前提として揃える必要なんてどこにもないでしょって思ってしま

別にそうしたくてするのは自由だけど同人定義を大きく逸れるものでもないなら人の値段に口出すのも同調圧力もやっぱり意味分かんないわ

読んで欲しい手に取って欲しいからって気持ち理解できるけど元増田のみたいな部数による値段の推移やそもそもの本作りにかかった分を出して貰う事での頒布って感覚理解できてない人の意見なんて単に知識がない事での疑問や勝手思い込みなんだからそこに寄り添う事なんてしなくても本来問題なんてないでしょって

いやそういうスタンスで行くんだって思うのも自由だよでもしたくもない気兼ねして気疲れして本末転倒になっててほんと理解出来ないわ

趣味からこそ布教交流プレゼン的な部分をメインにして頒布目的に値段を抑えて調節するのも自分の思い描いたものを形にする事自体に重きを置いてその結果単価が上がってその通りに値段付けるのもそれは嗜好によってそれぞれでしょ

シンプルに大量に刷って安価イベント跨いでまた通販頒布するのも高価になる豪華本を予約とって刷って1回のイベント限定にするのもどっちもその人の趣味としての楽しみ方なんだからそこに最低限の同人原則以上の基準を設けるなんて何の意味があるのって思うわ

本出して頒布する事より周りと交流して足並み揃えてその中で楽しめる事が趣味としての同人活動大事に思うからってならまあそれはそうなんだろうし本末転倒でもないんだろうけど

あと装丁なんて自己満足なんだからってのも結構聞くけどいや全部そうでしょって毎回なるわ

何で中身は自己満足じゃないみたいになってんのって

全部自己満足だよ趣味なんだから

その自己満足の結果を同人て大きなジャンルの中の別の趣味として金払って自己満足で手に入れるってそれだけの話でしょ

どっちも全部が自己満足なんだよ

装丁自己満足で~とかそんなのただ自分趣味として求めてるものじゃないからそこに価値感じないってだけの話じゃん

求めてるものが得られたとしてもそれは自己満足として作られた中に合致するものがあったってだけでしょ

自分が欲しいものがあったからそこは自己満足じゃないそれ以外は自己満足って主観客観もねえなって感じで怖ささえあるわ

その本がその装丁でその値段でその場で頒布されてるのがその人の趣味の結果なんだから気持ちはどうあれ行動としては欲しいなら買うかいらないと思ったなら手に取らなきゃいいだけの話でしょ

中だけ読めればいいのにってそれただのワガママだしそれで他人趣味の形に文句つけて要は思うような形にしろよってどんだけ傲慢なんだよって感じだわ

いや言うのは自由だけどそこには言われた側に引き受ける義務は少しもないでしょ

応じてくれたとしてもそれはただの厚意で大いに感謝すべきものだわ

客と店の関係ならハンバーガーオニオン嫌いだから抜いてなんてある程度通るのかもしれないけど趣味だって散々言っといて注文つけるって何勘違いしてんのって思うダブスタじゃん

アンソロの一人分だけしか読みたくないのに~!全部値段払わなきゃいけないのおかしくない?それ主催自己満足でしょ??データ別売りすべきでしょ!!!みたいな馬鹿と一緒だわ

別に義務でもないんだから作る側がパッケージとした値段の価値があると思わなきゃその場去る自由もその選択権も自分にあるのに何でその責任をその本の方に乗っけようとすんのって

それこそ趣味に金惜しむなって言っといてしっかり損得考えての事なわけでしょ

趣味として作られたもの自分が欲しいもの以外は省け安くしろって要求は完全に頭おかしいけどでも自分がその値段払うのに装丁や別作家が損になるって考え方自体は悪い事じゃないし趣味の上の買い物では極普通思考なわけじゃん

こっちでこの値段出したらあっちの買えないか我慢してこのDVD特装版フィギュアいらないか資料集だけ売ってくれ~いや資料集だけ抜いて他売れば相場はなんて気持ちとして普通にあり得るでしょ

それを趣味なんだから読みたいなら買えよ金無いならバイトでも何でもすればいいじゃん損得考えて悩むならそんな趣味やめてしまえってわざわざ言わないし言う奴余計なお世話だしお前その0か100かみたいな思考なんなの?ってなるじゃん

だって生活の中で何を選ぶかどう金を趣味に使うかは当人が決める価値観範囲のものなんだから

逆に趣味なんだからこそその範囲は個々に裁量自由が許されるでしょ

同人だって同じだわ

現状公儀で許容され得る同人原則ルール範囲内での値段設定という前提の下ならそこにどれだけ赤許容するのか何に金を出すのかどこまでを値段に反映させるのか交通費参加費印刷装丁再販再録既にネットで公開していたものを本にするならどうするか数刷って在庫抱えても単価下げるか通販値下げ無料配布ノベルティグッズでの帳尻あわせ本当は全部個人判断に委ねるべきものでしょ

趣味で何を大事にするかなんてそれぞれなんだから

それぞれへの個人的な価値観の表明も意見の殴り合いもやりたいならそれは自由だけどそれは前提として同程度の情報知識の共有とあくまで最終的な決定権は個々にあるってその尊重意識あってじゃん

理解は出来ないけど元増田の友人さんみたいに自分で決めて自分でやめるのもまた戻るのも自由ではあるし他の描き手の値段設定も高めに値段付けてたサークルもそうじゃないとこもそこに皆合わせていった事もそれを同人活動においてのある種問題象徴のように思った元増田もそれは全部そういう意味では何も間違いではないけど趣味としての遊びにそれを趣味としない人間そもそもその趣味趣味とは言えないその趣味ならこうすべきだこれが代わりになるからそれでいいだ何だって趣味としての正当性倫理性を問う事と趣味定義した中での懸念問題提起混同させて区別もつけられずに一方的に何にどう価値を求めてどういう範囲で金を使うかの幅までそこに定義してそこから漏れるならそれは趣味じゃないやめてしまえってマジかよって笑っちゃうわどの立場なんだよって権威か何かなの?

ほんと何なんだろ

2019-02-13

anond:20190212145318

これは結構面白い問題提起で、日本語の骨格、日本人アイデンティティまで関わる大きなテーマになる可能性があります

 

古来、日本語敬語豊富一人称二人称を駆使して「常に関係性を提示し続ける」性格を持っています。1000年以上ずっとそういう性格でやってきています

なぜそうなっているのかは諸説ありますが、日本人コミュニケーション他者関係性を明確にしたうえで融合するために為されるものからと言われています馴れ合い重視の社会を反映していると言えるでしょう。

 

ここでもし社外向けに「さん」呼びがOKになるならば日本人コミュニケーション様式根本から変える1000年越しの大変革になるかもしれません。日本はついに島国根性馴れ合い社会を脱して真の国際化を成し遂げるのでしょうか。

もしくは単なる国語劣化です。グチャってモワっとなるいつものやつです。

anond:20190212145318

これは結構面白い問題提起で、日本語の骨格、日本人アイデンティティまで関わる大きなテーマになる可能性があります

 

古来、日本語敬語豊富一人称二人称を駆使して「常に関係性を提示し続ける」性格を持っています。1000年以上ずっとそういう性格でやってきています

なぜそうなっているのかは諸説ありますが、日本人コミュニケーション他者関係性を明確にしたうえで融合するために為されるものからと言われています馴れ合い重視の社会を反映していると言えるでしょう。

 

ここでもし社外向けに「さん」呼びがOKになるならば日本人コミュニケーション様式根本から変える1000年越しの大変革になるかもしれません。日本はついに島国根性馴れ合い社会を脱して真の国際化を成し遂げるのでしょうか。

もしくは単なる国語劣化です。グチャってモワっとなるいつものやつです。

2019-02-11

anond:20190211115526

俺は最初問題提起への賛成意見を表明しているんだから、みんなが否定を前提として話してたってまったく関係ない 

問題提起そもそも間違っているということですが、私は間違っていないと思いますという意見表明ですよ

なのに間違っていることは前提としてみんなは話しているんですって、会話が成立しないでしょ

そんなら別ツリーでやりなよって気持ち

anond:20190211095024

最初問題提起の話をしているのであって、みんなが話している内容は関係ない

問題提起がみんな理解できてないよって話

2019-02-09

たむけんラーメン屋騒動に思うこと

逆張りって言われるかもしれないし、たむけんをもともと嫌いだからだろ?って言われるかもしれない。

どっちもその通りのところがあるのは否定しないけど、それでもなんか世間雰囲気が違くない?と思ったので久しぶりに増田を書いてみる

まず、前提知識というか、私のたむけんへのイメージを列挙する。

1)そもそもたむけん特に関西においてはいじられキャラとしての位置づけである

2)松○家の休日などの番組たむけんはおもんないなどの発言はよく耳にする

3)たむけんTwitter歴はおおよそ9年であり慣れてないという言い訳通用しない

4)これまでもたむけんTwitter個人攻撃をして相手炎上させた経験を持つ

5)さらに言えばTwitter相手恫喝するような言動したことがある

次に、私の把握している今回の流れ

1)たむけんラーメン店訪問(多分プライベート

2)ラーメン店店主が記念撮影を依頼・Twitterに同写真を公開

3)公開したTwitterに対し店主自身が「カメラなかったらおもろ無い奴」とリプライ

4)たむけんフォロワーキャプたむけんにこれを報告

5)そのツイートに「ショックです」という返しをたむけんがする

6)たむけんフォロワーらによってラーメン店店主のTwitter炎上

7)たむけん炎上させるのやめましょうと呼びかけ

8)たむけん大人対応という評価世間一般では評価される

9)ラーメン店には無言電話嫌がらせが続いている←いまここ

さて、そもそもなんだけどこれってさ、本当にたむけん大人対応してる?

まず5の段階で「ショックです」ってリプライしたら、対象店舗燃えるのは分かるでしょ?

それをあえて、ショックですってリプライしたんだよね?

自分で燃やしたんだよね?なのに、それをやめましょうって呼びかけたら大人対応なの?

マッチポンプって知ってる?

かにショックなのかも知れんけど、だとしてもそこは何も言わなければ燃えることもないし

何らかいうにしても「次は笑かしに行きますでー!」とか言えばそれこそ芸人大人対応って気もする。

いやいやいやいや、本当にこれがTwitterに慣れてないとかね

燃えることが想像できそうにありませんでした。とか言うなら分かるよ

でもTwitter9年やってきてて、しか相手炎上させることを何度もやったことがあるたむけん

そんなつもりはありませんでした。って言われて信じられる?

なんか、マフィアボス邪魔者を消すときに消せとは言わず

なんか風通しが悪いなぁ。とか言ったら子分が消しに行くって言う

そういう雰囲気と何ら変わらん気がするんですけど、考えすぎですか?

あと「カメラがなかったらおもろ無い奴」って言うのは

割とテレビ楽屋裏を語るときに出てくる頻出ワードの一つだと思うんです。

まり関西おっちゃんがそういうのを見聞きしていた中で

眼の前に有名人が来た、そして、見聞きしていた通りおもんなかった。

なら、おもんないって言えば笑いが起きるんじゃないかな?って

関西おっちゃんの悪ノリが出た可能性はあるのでは?

いやいや、そこはちゃんと考えて発言しろよって言うのは十分分かる。

だけどそれに対してここまでひどい嫌がらせをされなければならないほどでしょうか?

なんか、たむけんけが株をあげてお店はずっと実害を受けているって

今回のこの件を見ていて、ものすごくバランスが悪いというか座りが悪いというか

もうちょっとなんとかなりませんかねぇ?という気持ちになります


■参考URLなど

たむけんのいじられっぷりの一部

https://twitter.com/matsumotokeno/status/1068791959467126784

これは一部だが、大喜利して面白くない回答をいじられてるシーンの一部

https://twitter.com/matsumotokeno/status/1048498893288177664

たむけんプロデュース奈良バーガー豚肉に関する問題提起

奈良バーガー」に使うことが決められているという「郷ポーク」とはどこで作られているのか。

https://togetter.com/li/973536

上記の指摘に対するたむけんツイート

たむらけんじさんのツイート: "@tonden2 @sakuray277 自分らこの発言必ず大変な事になるからね。事は進んでるよ。真実が明らかになった時大変な事になるよ。"

http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/tamukenchaaaaa/status/730754316504457218

たむけんTwitter上での振る舞いの一例

[食中毒焼肉]たむらけんじフットサル運営プラン

https://togetter.com/li/863411

結局

ロリコン擁護犯罪だー、ロリコン差別に一切の問題提起は許さない、通報だー!」って騒いでた増田、口だけ野郎だったな

未だにはてなからメールひとつ届いてないwwww

増してやイギリスのNCAwwww

NCAの意味知ってんのかねアイツwwww

ま、あの読解力じゃねー

anond:20190209014254

男がいくら問題提起しても、「でもお前らは〜」か「そんな事言う前に私達の〜」で終わり。

醜くて同情を誘えない見た目のが悪い。

2019-02-08

anond:20190208221201

そのように「こっち」などと言って対象を線引きをしようとする行為自体が都合よく救済対象を選別しようという差別性を孕んでいると思います

例えば男性貧困問題であれば同様に女性貧困問題であるはずであって

そこで「女性貧困問題」や「男性貧困問題」という問題の立て方をする時点でそれは差別性を含んだ問題提起だと思います

問題個別に見ればそのように性別で区切ることの妥当性が高い問題ももちろんあると思います

十分な吟味検証を経ずに男女で分けて考えることが妥当性の高い問題提起であると決めつけて疑わない考え方は差別助長するだけだと思います

anond:20190208213731

はいトーンポリシング

社会的平等への問題提起を「お前の言い方が気に入らない」と言って無効化しようとするゴミクズ差別論

下方婚はこれまで男が果たしてきた社会的責任。

社会進出たからには女も果たさなきゃならん

国連子ども権利委員会で起こった虚偽答弁について

厚労官僚の島氏 国連児相被害隠蔽の虚偽答弁

1月16日午後に開催された国連子ども権利委員会において日本児童相談所(以下、児相と略記)による様々な逸脱行為に対しての問題提起がなされた。これまでも

1)司法判断も親の同意もない児相の職権による強制一時保護

2)児相による一方的な親子の面会禁止処分、そして

3)一時保護から施設入所期間に渡る保護単価による経済的インセンティブ

4)一時保護による虐待処理数ノルマ問題など

問題視されていたが、それらの諸問題について国連によってグギをさされた形だ。

これに対する日本政府代表からの答弁は翌日17日午前の会議に持ち越された。

答弁に応じたのは厚生労働省子ども家庭局家庭福祉児童福祉専門官の島玲志(しま れいじ)氏。

島氏は日本児相による子供強制的な社会的養護に関して

子供と親の両者の意見を聞き、子供と親の意見と違う場合家裁判断

するのだと述べた。それについて関係者

「親と子供意見を聞いて判断した事例が少なくとも日本に何例かは存在していると言いたいのか。それが理想だと言いたいのか。もはや、この答弁の意味が分からない。詭弁だ」と呆れ顔。

また予算問題に関しては、「児相管轄地域人口規模で予算が定められており、保護児童の人数によって決まるのではない」

「ただし、児童養護施設里親へは児童1人当たりで予算が決まり直接支給される」

児相一時保護所に子供を入れる金銭インセンティブ否定したとも取れる回答をした。

これに不信を抱いた会場参加者がこの点を問いただした所、

児相収容した保護所の児童1人当たりの「保護単価」の存在を認めた上で

それは児童養護施設里親「等」の予算に含まれものとして説明したと釈明。

どうやら、答弁の前半では児相管轄地域人口規模で(定員)予算が定められており、保護児童の人数(を好きなだけ集めたその人数)によって決まるのではないと定員問題を斜めにはぐらかし、後半で施設やら里親やら何やら「等」に実は保護所も入っているとして、聞く人によって2つの意味を持つ官僚答弁なのだと言いたいようだ。

しかし、これでは児相管轄する厚労省が一番触れられたくない所はここですと吐露しているも同様であり、

虚偽答弁と揶揄されても仕方がない。国がこれ以上、国際社会児童行政に関わる暗部を隠し通すのは困難だろう。

ここは国民のために間違いを認め、経済的インセンティブに基づく強制保護理不尽な親子の面会拒否を即刻中止し、国連の子もの権利条約違反状態を解消するべきである

そして本当に子供の命が危ない深刻事例を漏れ無くケアするため定員に余裕を持たせて務める事こそ真の急務なのではないだろうか。

また、定員に空きがあることを容認する組織体制作りも不可欠であろう。

2019-02-07

レンタルさん2019年2月モノローグ1

今までの俺の戦いは何だったんだよ!?

数ヶ月前の俺以上の腐夢ヘイト感情を抱くものを目撃してしまったため

動揺状態だ…

昨年ダイナミックコードが2017年5ch年間ワースト賞すら栄誉ある勲章とする様な厄介者となってしま

全国のツタヤに入荷

これが俺の18年の腐夢コンテンツへの憎しみにブーストをかけたのだ。

18春放送組は腐夢枠はコナンゼロペルソナアカ三期だけで十分だったのに

ニルアドよついろバトラーズされ竜とかが一気に入荷されてきた。

これが「腐夢コンテンツは悪い文明」みたいな感情を一気に暴走させる原因になった

動揺してる俺でも潜在的には腐夢コンテンツへの反感は動いている

抱かれたい男の全国のレンタルビデオ店への入荷に極めて否定的感情があることをすでに見抜かれているか今も自分で気づかないうちに

今期の腐夢関連(Bプロモブ以外)の全国レンタル屋入荷に対して恐怖の感情を持っているからだ

それだけ18春放送の腐夢コンテンツ入荷の件が心に深い傷を負わせたということなのだから

ゼロ年代の俺は腐へのヘイト疑問視してた

だがその反腐感情未来への警告だった

その腐ヘイトを受け入れなかった先があの18春、17秋のダイナミックコード、同年春の喧嘩番長乙女だったとしたら俺はもっと先見性に気づくべきだった

俺は98年にもサブカルチャー業界や界隈にとってよろしくない選択をしてしまったのだ

ドラクエ7キャラデザ発表時に疑問を抱いてしまたこ

ドラゴンボールZ全盛期からかけ離れてることへの批判学校の連中からもあった

続く

2000年

ドラクエ7リアタイ時、

「いい男…」だと感じてたキーファの途中離脱

その件への不満から8への要望男性パーティーキャラ構成についてのことを書いたがその要望は俺にとって黒歴史ものだった!!

昨年ドラクエ8の実況動画を見てライブチャットヤンガストロデおちょくる様な書き込みがあり怒りを覚えた

PS四半世紀の歴史上でトップ10に入る真の漢のうちの一人を愚弄するとかなんということだ

業界レンタル屋への腐夢コンテンツ入荷奨励へのカウンターとして

昨夏からザブングルを尊ぶようになった

スパロボへの再登場と日本でのBD発売を望むぐらいに…

なろう系についても16年に警告してた者がいた

当時問題提起を怠ったことがスマホ百錬かいう最強無双もの映像化されるということに繋がってしまったのだから

感情のまま動いて理想の世界標榜してら人は満足するのだろうか…

答えはNoだ

BS1117春夏の改編期まで空き枠に「この男子…」シリーズばっかり放送して

BS11放送ショート放送しなかった事が俺の腐夢コンテンツへの反感の始まりだった

だがGジェネ新作発表での一部の宇宙世紀信者は行きすぎた発言をした

イナイレ台頭期に宇宙世紀信者どもは一体何をしてくれた?

アニメージュグランプリイナイレに喰われるのを傍観して

ガンダムUC組織票投じることをしなかったのだ!

当時の腐夢に対して威光を示すチャンスだったのに

今では俺はメージュのグラやランキングなど放棄したわ

もしきららファンタジア

ダイナミックコードやバトラーズ、ニルアド等腐夢コンテンツのメインキャラを敵ボスとして登場させたら

俺は空しく感じるね。

宇宙世紀キャラで種やWキャラ叩きのめしたいみたいな奴と同じ穴のムジナになることを拒否するね

そんなコラボイベント行われたら俺はイベント不参加だわ、

こんな歪んだことして満足感得ても悲しみが増えるだけだからだよ。

だけど鉄血40話以降の展開がトラウマになったケースが多数確認されていることも否定出来ない

スパロボDDマジンガーZERO追加参戦を要望する意見

そのマジンガーZEROでJTCトラストアリアンロッド艦隊に闘いを挑みたいという意見が何処かにあったとか(´・ω・`)

少子化

何で養子周りがメインの課題としてあがらないのかと思う

結婚しない子供産まない事が問題として挙がりがちだけど、まずは結婚子供を産む、育てる事へのしたいけどできない、そこをいかに掬い上げるかに焦点あてるべきなんじゃないのかと思う

経済面での問題比較的分かりやす課題簡単という意味でなく)ではあるけど先進国少子化傾向を考えて恐らくそれは社会的に産む産まないの選択個人権利と認めて(求めて)その権利の幅を支持できる土壌の成熟度って面からだと思っててその権利の部分を社会として保ったままでも育児や産む環境意識改革数字改善出来てたりの例を見ると経済だけじゃない個人選択以前の環境整備とそこへのものも含めた意識問題はやっぱり大きいんじゃないかなと思うし、今日本が経済含めそういう状況に満たないとしても今回のやつみたいな産まない自由人権に則するものだって認識一般的に(個人の是非は別としても)もうあるなら他の課題と並べて注力し始めるべきものなんじゃないかと思う

特に養子周りは制度自体変わってはいても少子化というよりあくま子供のための環境改善目的にしたものに見えるし(そこを優先するのは当然ではあるから+αが必要という意味で)

キリスト教圏との宗教的罪悪感の差異を抜きにしても産んで手放すって部分の選択肢としてのそもそもの挙がりにくさというか、そこが更に産まない、産めないって状況の人たちの選択肢にも関わって来てるように思えて、それは制度への理解と周知、意識的なところへの環境整備の薄さからに見えて、先進国における少子化対策に必要なのは焼け石にどう水かけるかって事じゃなくて焼け石をどうカチ割っていくかって話だと思うんだけど、他のよく聞く少子化課題に比べてのまず聞かなさこそまさにそこに焼け石があるって証なんじゃないのかって思う

焼け石っていうのは制度問題として解決可能社会的な、また結婚子供に関する現代事情に添わない観念で、その中には子供を産み育てる状況、環境のものも多くてそれは一概に偏見てだけじゃなくもちろん現実に即した懸念からのものでもあるのは分かってるんだけど、産む自身も含めた転ばぬ先の杖的にそれをやり過ぎて杖を用意するのはいいんだけどその事で杖がなくても転ばない、転んでしまってもケガを負わない様なところへ話が行かないというか、たまに軽く炎上するような男性結婚する気ないけど同性婚可能になったら女同士気の合う相手結婚して養子取ったりして余生過ごしたい的なものもそれで、見てたら炎上と同程度同意する人もいてじゃあその人たちは一人でも養子とる(現実無理だし海外でも難しいらしいけど)って発想になるかって言ったらざっくりの夢物語でもきっとそうでなく、それは経済というより子供を育てる環境自体ではなく)への意識制度問題が大きくて、その同性婚のもの制度に便乗するって言ってるわけだから反発くらうのは当然だし実際そうなったとして本当に子供育てるかというとどうなんだろうという感じだけど、でもそれは意識改革必要な糸口でもあると思って、養子を受け入れるグループが増える事は産みたいけど育てられない、育てたくないって選択の受け皿が増える事で、受け皿が増える、選択が増えるという事は社会的許容度が増す事でもあると思うし、子供が出来てから結婚賛否両論あるとしても少し前より確実に社会的に受け入れられて来てるのを考えると今の少子化に向けた結婚出産における問題提起、改善解決のための前提としての環境モデル恋愛関係にある男女が結婚自分の子供を産み育てるって事にほとんど限定してるそれこそが問題ひとつになっているようにも思うし、是とするモデル限定的な事で現実として有用必要でもそこから外れるパターン相対的倫理性の是非が問われる事になって、そうなるとそこへの制度助長を招くというような理由実質的議論になりにくいって問題にも繋がってるように見えるし、転んでケガしないなら杖の有無を気にする必要もないわけで、少子化対策における女性社会進出に関しては保育所問題だとかシッターを利用する事への意識がそれなんだけど(それは養子の受け入れグループへの意識へも関係してる)

同性婚自体もそうで、少子化においてデメリット(元々の志向無視した異性との可能性を想定してのもの問題外だけど)を叫ばれる事多いけどメリットであるとも思っていて、それはその結婚を望む人達の中にもその養子の受け入れグループ先としての可能性、また当然自身の子供を産みたい育てたいって層が含まれからで、でもやっぱり婚姻関係という環境制度が整わないと現状それは埋もれたままだし、それも環境以前の転ばぬ先の杖の一旦で、子供に最適な環境という答えのひとつの杖がある事でその他の最適になり得る可能性を持った方法論を探る、それ自体から頭にないようなところがあって、そしてそういう環境による懸念同性婚を求める人たちの中にでもあるように見えるし、男女のものがそうであるようにそれは社会的環境制度的なものから意識問題でもあって養子問題も含めて社会的許容度に選択が影響されるもの簡単に変わるものではないからこそさっさとやり始めないといけないんじゃないのかって思う

少なくとも恋愛感情の有無や性別に関わらないパートナー制は養子含め色んなパイを増やす意味でもハードルを下げる意味でも少子化対策としてはやるべきには見える

正直結婚する気産む気のない人へのどうこうなんて結婚したい、産みたい、育てたいけどできない人をやって更に結婚出産子育て選択の幅を広げての万策尽きた最終的な話だと思う

そこ置き去りにしてちゃ本末転倒じゃないのかなと思う

2019-02-05

ちょっと有名になった人が即炎上芸人化する世界

新井紀子最初重要問題提起をする人ととして出てきて、しかだんだんと評判が落ちて今では痛い人扱いだ。

これはインターネット以降に出てきた人のほとんどがこの末路をたどっていると思う。

例えば菊池誠だって最初重要問題提起をする人として現れてだんだん痛い人になっていった。

古市だって最初統計データと実地取材から若者論を書く人だったんだ。

ちょっと有名になると何でもかんでも放言する痛い人に、今の時代はみんななっていく。

で、これは個人資質問題じゃなくて、おそらくツイッターアルゴリズムフォロワーが数値化されることに原因がある。

これは体感的なものだけど、フォロワーが3万人を超えたあたりから、人はだんだん痛くなっていく。

本来なら留保すべきことを根拠なく言い切って、反論を「たいしたことない意見」として切り捨てるようになる。

これはきっとツイッター仕様のものが、自尊心肥大させて人を痛くする傾向があるんだ。

それをちょっと前まで何の注目も浴びてなかった、人前に出ることを訓練していない人が浴びちゃうと、こういった変質を招いてしまう。普通の人がフォロワーが増えてしまったときの変質を考えると、芸能人はすごいなって思うよね。

もっとみんなこの問題について考えるべきなんだ。SNSアルゴリズムが人の振る舞いに影響を(悪い意味で)与えちゃってるんだよ。しかも本人もその取り巻きも、そのことはまったく自覚していないんだ。

anond:20190204184446

これは問題提起のために作られた創作なのではと思ってしま

一応意見としては、常識なんて世間評価関係なく、あなた奥さんそして子供の間できちんと相談して決めてください。

感想としては、子育てのしんどさを理解するために一旦主夫になったほうがいいんじゃないかと思います

2019-02-02

レーダー照射事案での「低空飛行」と防衛省

今回のスコープ

ここでは、レーダー照射事案での防衛省対応について述べたいと思います。「韓国の主張は正しいか」は論点しません。

「なぜ、韓国の主張を責めないのか」というご批判はあるかと思います。それは、極端に言えば、「韓国政府のことを考えるのは無意味」と思っているからです。

台風被害が出たとき、「原因は台風なんだから政府防災対策検証しても無意味だ」と言う人はいません。

それに近い感覚で「各国は自国利益のために動く。『そういうもの』なんだから日本政府がそれにどう対応するかの方が大事」というのが自分価値観です。

さらに、ここでは、「「低空飛行」問題への防衛省対応」に絞って考えます

もちろん、今回の事案の唯一最大の論点は「レーダー照射」です。しかし、その点については日韓双方の主張が食い違っており、また、防衛省がどのような証拠(=交渉材料)を握っているか不明です。

一方、「低空飛行」問題については、防衛省動画を公開したこともあり、基本的事実関係は、ほぼ明らかになっています防衛省対応について外部からでも評することが可能なはずです。

また、1月21日防衛省が「最終見解」を出した後に生じた「低空飛行」問題についても、ここでは述べません。

末尾に、「低空飛行」に対する日韓両国の発信を時系列でまとめましたので、そちらをご覧になりながら読んでください。

具体的な反論韓国論点そらしにハマる

韓国側の「威嚇飛行」の筋が通らないことは、各所で検討・指摘されているとおりです。

一般的軍事行動として危険性があるものではなく、また、過去の同じ行為に対する抗議がなかったことも1月21日防衛省によって主張されています

(ただ、これについては、「人命救助活動中だった」という反論があることは留意必要です)

そもそも、「威嚇されたかレーダー照射した」ならともかく、「レーダー照射はしていない。それはそれとして威嚇はおかしい」というのは主張として不可思議です。

韓国側としては、今回の事案の中で一定の「落ち度」が自国側にあったことを認識しており、それとの交換材料にするために持ち出したと考えるのが合理的です。

(その「落ち度」が、「レーダー照射」なのか「無線に応答しなかったこと」なのかはわかりません)

しかし、言うまでもなく、今回の事案の最大の問題は「レーダー照射」です。「(防衛省示唆するような形で)レーダー照射をした」ことが確定すれば、他のことは誤差の範囲です。

韓国側が「低空飛行」を持ち出しても、大した問題にはならないはずでした。ただし、威嚇飛行を論点として戦線が拡大していくと「どっちもどっち」という状況になりかねません。韓国はそれも狙っています

防衛省は、12月25日という比較的早い段階で、具体的な反論しました。結果、戦線は拡大し、韓国に付け込む隙を与えました。今日に至るまでグダグダが続く原因です。

本来なら、「低空飛行」はまともにとりわず、「我が国は適切に飛行していた」の一点張りで、「レーダー照射」のみを取り上げ続けるべきでした。

…というか、「韓国問題すり替えようとしてくる」ことぐらい、過去経験から、わかってたと思うんですが。

忖度リークに頼った広報戦略国際広報戦で後手に

防衛省12月28日動画公開した際、「参考資料」としてPDFファイルが公開されています

このPDFファイルの2ページ目には「航空法規における船舶航空機の離隔距離規定」として「航空法施行規則」「国際民間航空条約第2付属書」の引用が書かれています

しかし、この引用が、今回の事案にどう関わるのか、あるいは同時に公開された動画とどう関わるのかは、何も記述されていません。

今回の防衛省の発信は、この手の表現が非常に多いです。

この時点で、この事案は、国際世論に対する広報戦の様相を持ち始めていました。

公的な発信がなくても、国内メディアは、防衛省の言いたいことを忖度して、あるいはリーク等で得た情報から防衛省の主張を伝えますしかし、海外メディアが、防衛省のためにそこまで労を取ってくれるとは限りません。

国際世論へのアピールを考えたとき公的な発信は必須です。しかし、防衛省が出している表(末尾にURL)を見てもわかるように、12月28日から1月21日まで、約3週間にわたって公的な発信はありませんでした。

その間、韓国国防部は、1月4日動画で「軍用機には適用されない」と反論しています防衛省から、それに対する反論1月21日まで出ませんでした(その間の1月14日実務者協議があったというのはありますが)。

国際世論への広報戦としては、完全に後手に回っています

さらに、このことは、別の大きな問題を孕んでいます

国内メディア報道に触れていると、「日本はこれだけ主張しているのに…」という印象を受けますしかし、実際には、防衛省は「ほとんど主張してない」のです。上に書いたように、1ヶ月間、ほぼ沈黙し、その発信でも、主張が明確に述べられていません。

国際的な発信と国内向け発信に齟齬がある」ことは、「国際世論国内世論齟齬が生まれる」という事態を生みます

これは、非常に由々しき事態です。「国民国際世論から切り離された国」がどのような姿になるかは、古今東西、様々な例が思い浮かぶと思います

このことは、防衛省だけでなく、国内メディアも含めた大きな問題だと考えています

国際民間航空条約を持ち出す→自衛隊活動制限

防衛省12月25日に「低空飛行」への最初反論します。その中で、「国際法国内関連法令」という言葉が登場します。

これに対しては、すぐに韓国メデイアから国際法国内法が何か分からない」というツッコミが入ります。実際のところ、軍用機の飛行を制限する国際法はないので当然のツッコミです。

(本来国内メディアこそツッコむべきだと思いますが、そうした報道は無かったと思います)

それに対して、上に書いたように、12月28日に「国際法」が「国際民間航空条約第2付属書」のことだと示されます

この条約では、「地水面から150m(500ft.)未満の高さ」での飛行の禁止が決められています

すなわち、これを持ち出した時点で、「自衛隊機は高度150m未満では飛ばない」と明確な数字で線を引いて宣言したことになります

まり、その宣言以降に、もし150m未満で飛べば、韓国から抗議が来る形になるわけです。

そして、実際、1月24日には「60mで飛行した」という抗議が行われ、泥沼化してるのが今の状態です。

実際に60mで飛行したかはわかりません。しかし、数字を出して線を引いた段階で、遅かれ早かれ、こうなることは充分に想定できたはずです。防衛省は、自分から、難癖を付けられるポイントを作りに行ったのです。

難癖を付けられまいとすれば、本来なら守らなくて良かったはずのルールを守ることになります

おそらく、自衛隊内の規定として「高度150m」が決まっていて、普段から遵守しているのでしょう。しかし、「組織内の規定」と「外交案件」では重みがまったく違います

北朝鮮の「瀬取り監視のために、朝鮮半島周辺海域監視重要なこの時期に、自衛隊機に要らぬ枷をはめてしまった大愚策です。

上で書いたように、そもそも、具体的に反論したこと自体が失敗でした。まして、民間機向けの条約を持ち出しても、何の根拠にもならないどころか、ツッコミどころを増やすだけです。そして、同時に、自衛隊機の飛行に要らぬ制限を加えます一言で言えば「何がしたかたかわかりません」

(12月25日の時点で、「150m」の根拠国際法にあると誤解してたと考えるとスジは通るのですが、さすがにそんなことは無いと信じたいです)

結言

以上、「低空飛行」問題に対する防衛省対応について語ってみました。

もちろん、2度にわたって非公開の実務者協議が行われており、そこで何が話し合われたかは、我々には知る余地もありません。しかし、ここで書いたように、表に出た部分ではマズい対応が多いです。そして、実際、事態を収められず、泥沼化させています

韓国の術中に見事にはまった…いや、韓国の想定以上に自分から泥沼にツッコんでいったように見えます

さらに、今回、防衛省は、最前線にいる自衛隊に対しても、後ろ弾を撃つようなことをしています

こんな防衛省に、大切な自衛隊員の命、日本国土、そして自分たちの命を任せられるのでしょうか。

「本番」の敵は韓国とは限りません。中国ロシアは、国力・軍事力を背景に、より狡猾に立ち回ってくるかも知れません。

非常に不安が募ります

…とは言っても、僕たちは、「もっと頑張って!」と応援するしかないんですけどね。

日韓双方の発信

基本的には双方の公的な発信に絞っていますが、報道を踏まえた発信については、元となった報道記述しました。

防衛省の発信については以下に一覧化されています

http://www.mod.go.jp/j/approach/defense/radar/index.html

2019-01-30

自衛官をやっつけよう」という表現について

※1/31追記しました

これは、公立小学校に通う子どもが、学校でもらってきたチラシに書かれていたことばです。

どのようなチラシかというと、地域で行われる、防災意識を高めるイベントのものでした。

自衛隊災害派遣車輌の展示や、自衛隊災害派遣カードゲームの配布などがあり、自衛官と対戦できるカードゲーム大会も行われるようです。

その、カードゲーム大会説明文が、「自衛官をやっつけよう!!」だったのです。

もし、これが「警察官をやっつけよう!!」だったらどうでしょうか?使うとまずい表現だと感じませんか?

この表現が許されそうな場面を考えてみました。

力士子どもたちの交流イベントで、力士と取組ができるというものであれば、「おすもうさんをやっつけよう!!」という表現でも良さそうです。

ここで問題なのは、これが「公立小学校で配られたチラシ」であるということです。

議論をするつもりはないので、問題提起にとどめておきます

釣りなんじゃないの!?」と思われた方は、このイベントを知っている方の目に付くまで拡散するよう、お願いしますね。

きっとそのうちのどなたかが、証拠画像を上げてくれるでしょう。

追記

どこに問題があるのか分かりにくかったようなので追記しますね。

災害時にお世話になることになる自衛官に対して、あまりにも失礼だと感じるのですよ。

ここで無難表現は、せいぜい「自衛官と対戦しよう」「自衛官と一緒に遊ぼう」くらいではないか、と。

自分たちを守ってくれる方々に、敬意がないのです。

こういうチラシで、こういう表現を平気で使ってしま感覚が恐ろしい。

このイベントに参加される自衛官の方が、このチラシを見てどう感じるのかは、気になるところです。

自分自衛官立場であれば、どう感じるでしょうか?

実力で評価されたい

なんかこう問題提起だとか豆知識みたいな増田書いても全然ブクマトラバもつかないの。

息抜きにしったかぶりマウントとか書くと確実に伸びるんだけどそんなので伸ばしてもねえ

本当にダメな奴なんだなって認識して辛い

早く死にたいけど何時になったら死にたいとき死ね社会になるのかなあ

俺が死ぬことで世の中の99.9999%ぐらいの人は幸せになると思うんだよね

でも残りの数少ない人が悲しむからなかなか気軽に死ねない

本当早く死にてえなあ

anond:20190129111135

個人的ニューアカ風味に欠けてるなーというのが不満だったので、ちょっと添削してみました。いかがでしょう?

神経医学の、医学全般への漸進的な貢献は、敬虔さという態度変更を伴わない状態では、あらかじめ(つねに/すでに)構造化されうるものではない。

医療技術分野での最新の知見により近時あらためて問題提起されたこの<貢献>という主題が、なぜ現状のようにじゅうぶんに構造化されえないのか(あるいはまたそれが如実にあらわれてしまっているか)は、だから自明ことなのではないだろうか。

今日では歴史の地層に埋もれてしまった感もあるが、19世紀末にスウェーデンからアメリカへと活動の場を移したエリファット・フォン=ハシュヴァルツという精神科医哲学者がいる(とはいえ、当時はなかば詐欺師のような扱われ方をされていたようでもあるのだが)。彼女精神分析医として働きながら哲学神学領域にまで思索の幅を広げ、まるでのちの構造主義を予見するような理論Kalmia Theory提唱している。その思想はひじょうに複雑にして晦渋きわまりないものだが、暴力的単純化すれば、神経医学においてキリスト教認識論の軛から逃れ、世界多面的・多声的にとらえる・そのための方法とでもいうものだったらしい。

倫理がなぜ神経医学において重要なのかという問題は、これもまたいっけん自明に思えるかもしれないが、実はそう簡単な話ではない。簡単な例を挙げれば、経頭蓋磁気刺激法という術式は、磁気増幅器を使用するため被験者の神経パルス信号の異常をもたらす場合がある。しかしこれを即座に危険とみなせるかどうかもまた「時と場合によって」しか決定されえないのである。そしてその場の恣意的判断によってただ闇雲に積み重ねられ溢れかえっているこうしたミクロ事象をどう扱うかという問題は、当時の精神医学界の躓きの石であった。だがある日、その状況に待ったをかけた言わばコペルニクス的転回ともいえる現象観測されたのだった。

2019-01-29

anond:20190129111135

増田本人からネタバレがされているが、全く読解できない文章ではない。

「◯◯という単語が出てきて、そこで読むのやめた」というブコメが多いが、

この手のケムに巻いた文章の読み方を伝えたいと思う。

簡単に言えば、数学のように変数として扱うことである(厳密に言えば、定数であるがそこはご愛嬌

面白いので、すこしやってみよう。

以下、増田の元の文章

神経医学における漸進的な貢献は、敬虔のない状態では決して構造化されるものではない。

 

最新医療技術によっても問題提起されたこの貢献が、なぜそれを如実に現している現状のように構造化できなくなったか自明であろう。

 

まり知られていないが、19世紀後半にエリファット=フォン=ハッシュヴァルツというスウェーデンからアメリカ移住した哲学者がいる。哲学者と言っても当時彼女詐欺師のごとく扱われていたようだが。この哲学者哲学以外にも同時に医療神学を学び、現在でいうところの構造主義の前置きとなるKalmia Theory提唱している。誤解を恐れずに言ってしまえば、神経医学においてもキリスト教史観での認識論を改めて多角的世界認識しなければいけないというものだ。

 

倫理がなぜ神経医学において重要かというのは自明に見えるかもしれないが実はそれほど自明ものではない。ひとつ例をあげると、経頭蓋磁気刺激法というもの磁気増幅器を使用するために神経パルス信号へ異常をもたらす場合がある。しかしこれが危険であるか否かというのは一般的に明瞭ではない。こうした恣意的評価に留めるだけではミクロ事象を溢れさせてしまうことになる。だがそれに待ったをかけたコペルニクス的転回を見せた事象がある。

文意を取りたいだけなら、強調のみの用語は全部取っ払って良い。よくわからない言葉変数を置く。

神経医学の貢献は、Aという状態下ではBされない。

 

神経医学の貢献は、現状のようにBできなくなった。

 

19世紀後半にCという哲学者がいる。この哲学者Cは哲学以外にもいろいろ学び、構造主義の前段階となるD理論提唱している。Cの主張は、神経医学においても、Eを改めてFしなければいけないというものだ。

 

神経医学において倫理重要であることは自明のようであるが、実はそれほど自明ものではない。(次の例示は前の文章と同内容を主張することになるはずなのですべてカットしてしまってよい)だが、それに待ったをかけたコペルニクス的転回を見せた事象がある。

このように読解すると、どうでもいい意味ありげ言葉を取り除いてしまえば、たいして論理構造が難しい文章ではないことがよくわかる。

最後の2文を読めば良い。

まり論理展開上はこの後の文章では、「Aって常識だよね!」「いや、そのAの常識を疑おうぜ」「その常識を疑う態度を疑え」という2番目から3番目に移行する(つまり、ただ一番最初の主張に戻るだけのつまらない)主張を裏付けエピソード記述されることになる。


最後までやってひとこと。

増田面白いと思ってやったのかもしれないが、こんな下手くそ文章書いてたら癖になるから気をつけたほうが良いよ

あとソーカルうんぬんと論理構造の話は別なので、よくわからない単語に引っ張られないように。

anond:20190129162122

こういう幼稚な反応自体が、右翼の皆様を怒らせ、MAP支援者 を 「悪魔」「背徳の極み」と呼ばせ、支援が届かない原因のひとつになってるんやで?

それどころか娯楽としてペドハンターも生んでしまうくらいだ

はいトーンポリシング

差別に対する問題提起に幼稚も何もあるか。

ペドハンターみたいな差別主義者は、ロリコンがどんな態度とってようがこの世にいる限り襲うだろ。「正義」の狂信者から

そも、「悪魔」「背徳」なんて宗教右翼が言ってるのってどうなのか。聖書での悪徳たるLGBTを認めちゃってる時点で(※私は「LGBTを認めるな」という意図はない)

宗教的建前なんか何の意味もない。


黙ってたら、いつまでたっても差別の解消はならない。

こういうナンセンスと切り捨てられ、日の目を見ない差別こそ問題提起必要だ。

人の足を引っ張ってるのはロリコン病気だと認めてしま自称支援団体。

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