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はてなキーワード: 属人性とは

2018-10-04

anond:20181004161319

もうすぐPython第一言語として学んだ世代が下の世代から大量にやってくる。

Python属人性比較的少ない言語として知られている。

おっさんたちが現状で抱えているこの「人によって書き方が異なるために生

じる摩擦によって人間関係まで壊れてしま問題」をはやく解決してほしい。

2018-09-14

anond:20180914135028

スクエニはもともと、技術力はともかく、脚本力だとかコンテンツ力だとかはそうでもないメーカーだ。

属人性が極端に高いというか。

2018-08-20

anond:20180820113350

医者仕事が高度な事が理由じゃないでしょ

しろ属人性あっちゃダメなんだから、ああい仕事こそ本来はどうにかなるはず

人間人生いちばん属人性高いんだから、生きてるうちに自然人から法人成りしといたほうがいいよね。

法人なら子会社書類上だけで出産できるから産休いらず!

anond:20180820112441

それこそ属人性排除なんか真っ先にやるんだよ

そりゃ理想論現実はそうしたくてもそんな有能な人材などそうそう確保できないから出来ない事が多い。

ディズニーだのアップルだのという超大企業を例に出されてもな。

ジブリは駿の代わりは確保できなかったし、中小ベンチャー仕事一手に引き受けてた社長が死んで会社潰れる例なんかいくらでもある。

anond:20180820112203

職人ならともかく、高度(笑)職場ならそれこそ属人性排除なんか真っ先にやるんだよ

人は死んだり病気になったり怪我したりなんか普通にするし、そんな高度な人材今どき転職簡単だし

普通はそういうのは覚悟しとくもんなんだよ。普通はね。高度じゃなくても。

ピクサーだってセタ排除しても回るし、アップルだってジョブズ死んでも回ってるだろ

2018-06-16

フリーランスWebエンジニアになって数年経ったメモ

フリーランスWebエンジニアになった感想身バレしない程度に書いておく。あくま日記みたいな感想なので、アドバイス意見があれば是非とも書いていただきたい。当方Webエンジニアフロントからサーバーまで広く浅くできるが、得意なことはサーバーサイドなのでサーバーエンジニアとしてお仕事をもらっている。ちなみに東京周辺で働いてる。

結論とかそういうのは一切なく、まぁ今こんな感じで思ってるんだけど、お前らどう思う?って日記だと思ってくれればいい。

個人的に働いていて信用できる人とできない人の差は

2018-05-26

芸能人訃報を見てVtuberは全員合成音声でなければならないと思った。

朝食を摂りに一階まで降りてみたところ、いつものようにリビングテレビ意味もなく流れていた。

ニュースによれば、誰か有名な人が死んだらしかった。

よく聞いていなかったから誰が死んだのかは知らないし、仮によく聞いていても社会不適合者の私は誰だか分からないだろう。

例えば私は阿藤快が死んだというのは知っているが、それを知ったのは今月のことだ。しかTumblrで流れてきたからで、その偶然が無ければ私は阿藤快が死んだ事を向こう3年、いや5年知らなかったかもしれない。付け加えれば、阿藤快いかなる人物であるかについて私は何も知らない。失礼ながら、名前を少し入れ替えれば加藤愛とかいう人になるという系列のアレでしかお目にかかったことがないし、もっと言うとその加藤愛とかいうのが誰なのかについても勿論分からない。下の名前からして女性だろういう事はいくら私でも分かる。

まあ阿藤快のことはどうでもいいんだけど、さておき、Vtuberは全員合成音声でなければならないと思った。

想像してみて欲しい。何十年か後、我々がすっかりボケ老人と化して全国の介護施設ハルヒらきすたけいおんが延々流れている未来。「おじいちゃんチョココロネの頭がどっちなのかの話はもう見たでしょう」「チョココロネ……横から食うか……下から食うか……」「はいはい」なんて会話がお茶の間で繰り広げられる地獄のいつかにおいて、ある日突然キズナアイ中の人死ぬ

アナウンサーが伝える。電脳少女シロの中の人が死にました、電脳少女少女シロの中の人が死にました。死亡者の中に日本人がいました。業界人コメントする。「月ノ美兎の中の人は当時のVtuber界において非常に貢献をした人物で……」我々老人達はその訃報に、一瞬だけふっと脳内電流が走り正気を取り戻し、樋口楓、ああ若かりし頃に追っていたアイドルだった、そう思いながら涙を流す。でも頭がボケいるから実はそれも30回目の事だったりする。

このまま誰も何もしないのなら、これがVtuberに待っている未来だ。だけど良いのか。お前それでいいのか?私の中のブロントさんがそう告げる。

お前らVtuber電脳少女だ。死んではいけない。老いてもいけない。老いるのも死ぬのも人間がする事だ。有機生命体であり定命の者である我々がする事だ。こんな哀しい業を背負うのは我々人間だけで良い。代わりにお前らは何十年経とうと何百年経とうと電子の海を漂っていなければならない──インターネットか、あるいは何らかの電磁的記憶媒体がそこに存在する限り。そして保存された動画の中でしか動かない「死んだ」存在ではなく、誰一人見ていなくとも永遠に自律的に動き続ける存在として。そう、私がかつて管理人だったサイトで未だに喋り続けている人工無脳のように。

中の人は死んではいけない。とりあえず中の人は死んではいけない。というか、そもそも中の人なんて存在してはいけない。中の人などいない。

Vtuber中の人がいるべきではない」というのは相当数のVtuberファンの楽しみ方を否定するような思想だろうし、実際私も1人のVtuberファンとして中の人はいた方が楽しいと思っている。しかしながら、キズナアイ代表されるように、もしあるVtuberが「私AIですよ」という路線を執ったのなら、彼か彼女かに中の人がいてはならない。中の人はいつか死ぬからだ。中の人初代が存命だろうと死んでいようと秘伝のタレの如く人材を継ぎ足し継ぎ足しして別人に切り替えても誰にも分からないようにしなければならない。永久に回り続けるシステムにしなければならない。Vtuberは全ての属人性剥奪されその存在を維持するためだけに人間集団使役するマザーコンピュータに成り果てる。いつか本物の人工知能が出来るまで。

これを実現するのに何が必要か。

とりあえず肉声があってはいけない。

Vtuberの声はナマモノであってはいけない。

ナマモノの声はいつか老い、あるいは死に、代替が効かなくなり、それは同時にVirtualにして永劫不滅であるはずのアバターの死をも意味するからだ。

声の死を回避するために声真似を利用するという手は、なくもない。たしかに声真似が得意な人間、というより、出せる声幅の広い人間というのはいるし、特に山寺宏一水橋かおりみたいな人間練習されたら概ね常人には区別がつかなくなるだろうし、「水橋かおり半年かけて練習したキズナアイと本物のキズナアイ、どっちがお高い方でしょう!」なんてクイズを出されたら自信を持って正解出来る人間ほとんど居ないだろう。いやギャラがお高いのは水橋かおりの方なんだが。そして何故水橋かおりの話をしてるかって言えば私は水橋かおりくらいしか声優名前を知らないからなんだが。ヘィ!ルゥク!リッスン!あと裏名義はやめろ。誰とは言わないけど裏名義はやめろ。裏名義は良くない。裏名義は良くないぞ。話が逸れた。

いずれにしても声真似というのは極めて限られた専門的技術者にだけ為せる事であり、出来る人間の数は限られている。それに、声質が特徴的な一部のVtuberは本人以外誰にも出せない声を発しているという事もあるだろう。話し方やトーク問題だってある。どうモノマネを試みても僅かに違いが出たりして、そして我々人間はその塵のような違いにさえ敏感だから、「キャラクターの声がイメージと違う」と思ってしまった瞬間に「中の人が死んで交代しているのでは?」と疑わざるを得なくなる。先天的に首が締まっていたりするのもVirtualの世界ではにはよくあることだし今年のエイプリルフールにアレはキズナアイではないとすぐに気付いた人間殆どのはずだ。あとコラボおめでとう。

他にも芸風の問題とか趣味方向性とか知識量とか課題は山積みだけれども、とりあえず「生声でやっている」という事実ただそれ一つを以てすら、我々は必ず何十年か後に「微糖カイジ中の人が死にました」という話を聞かざるを得なくなる。あるいは数年もしない内に、中の人が誰か交通事故死ぬかもしれない。いや微糖カイジについては中の人より先に微糖カイジが死んだんだけど。

生声Vtuber未来永劫にVirtualな電子生命体ではないのだ。それがなんとなく今朝思ったこと。誰も読みやしない、誰かの日記。のらきゃっとやげんげんみたいな存在Vtuberとしては一番正しいのかもしれない。私はちゆ12歳様を応援しています

2018-05-19

anond:20180519114859

出た!馬鹿典型

ペアノの公理を前提として)「1+1=2」が正しい論理、話とする。

「1+1=2」は誰が言っても正しい。

純粋論理には属人性ゼロであることを知っておこう!(まあ小学生ならまだ習ってないだろうから仕方ないね?)

2018-05-15

anond:20180515114845

履ける下駄の高さが属性属人性で違う職場は、たいていの場合労働環境が良くないから、職場絶望してデキる奴から辞めていく。これも男女同じだけど。

その手の会社は、過去遺産で食うだけで先細りになったりしてるのがあるある

2018-05-04

1+1+1は2だと思う

Vtuberの登場で、やっぱり顔はいいに越したことはない、って証明されたよね」

 わたしたちコメダ珈琲新宿御苑前店で一服していた。いとうは爪で髪を掻きつつ続けた。

ドゥルーズは『千のプラトー』で顔は記号だけど同時に身体でもあるから政治的ものだ、って言ったわけじゃない? で、顔の美醜を問うのはポリティカルインコレクトだってことになった。けどこれは、まさに悪しき民主主義だよね。アリストテレスは『二コマコス倫理学』で、少なくとも顔の醜くないことを幸福の条件に挙げてるけど、古代ギリシャから現代までに民主主義記号化してるんだよね」

 他人がきけば白眼視するようなことを言う。そうした話ができるだけの知性を見積もられていることは心地いいが、いつもわたしがきき役だ。

 いとうは神経質そうな険のある顔をしているが、ひとによっては美人とみるだろう。わたし彼女の顔をみるたび、坂口安吾の『白痴』に書かれている、狂人の「風采堂々たる好男子で……常に万巻の読書疲れたような憂わしげな顔をしている」という描写を思い出す。

「ひとの顔をじっとみないでよ。たいぼくちゃん、繊細そうにみえて、そういうところ図太いよね」

 いとうは愁眉を寄せた。

「――お待たせ」

 倫理わたしたちに声をかける。黒のカットソーで、シースルーレースが首周りから両腕を覆う洒落た服だ。それを着こなすだけの顔立ちをしていた。アップにした髪型が、服と調和している。彼女ほど顔立ちが整っていると、髪はまとめた方が素の魅力を出せていいのだろう。

 倫理をみると、ときどき冷たくて薄い靄のような感情かられる。

「遅い」

「ごめん。バルトで『ラブレス』みてた」

セックスするとネコミミのとれるマンガ? 女子ゼロいいよね」

 わたしがいうと、倫理は苦笑した。

アンドレイ・ズビャギンツェフ監督の新作。失踪した息子を探す離婚協定中の両親のはなし。郊外舞台なんだけど、途中から延々と廃墟の場面になって、それがいいんだ」

証券って忙しい?」

 いとうが尋ねる。遅刻への当てこすりではなく、ただ気になっただけだろう。

営業そうかもしれないけど、ディーリングは定休が決まってるからそうでもないよ。うちは外資リテール部門がないしね」

 待っているあいだ、何をはなしていたか尋ねられる。いとうが説明すると、倫理は笑った。

「たしかにダナ・ハラウェイのサイボーグフェミニズムはそういう論旨だね。ただそこまでいくと、むしろチャンの『顔の美醜について』みたいに、みる側の感情操作する方が自然な気もするな。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の〈情調オルガン〉みたいにね」

 倫理はいとうのはなしをすぐ理解して、気の利いた返しをした。そのことに体内が熱くなるような感覚をおぼえた。

 店を出て、新宿御苑沿いに新宿駅に向けて歩く。二人が話しているため、わたしはその後ろをついていく形になった。他意はないとわかっていても疎外感をおぼえる。

「でも、Vtuberアンドロイドでもただのキャラクターでもないでしょ。だからナマモノと同じようにあつかわなきゃいけないわけだし」

 そう口を挟む。いとうは歩きつつふり向いた。

カントは『純粋理性批判』で対象物自体として存在していて、人間はそれを超越論的主観性において認識するのみだといった。で、ハイデガーは『存在と時間』で、そうした直観主観性にすぎないと批判して、現象学でもって実存存在者を存在させると定義しなおした。存在論的にいえば、ヴァーチャルYouTuberという架空人格存在する、あるいは存在しないというどちらの立場も幼稚すぎる。他人人格ですら、無条件に存在するとはいえないんだから。まあ、未成熟なひとは自分理想像を押しつけることで、他人人格所与のものとしてあつかうけどね。そういうひとが勝手に本人を代弁して、ナマモノダメだとか言いだすわけ」

常識範疇なら、そういう代弁もいいと思うけどね。二次エロとか。ただ本人がナマモノを解禁してるのに頑なにナマモノ禁止するひととかは、そういう主観論に陥ってるんだろうね」

「だからVtuberについていえば、Vtuberとしてした百合営業に〈中の人〉が触発されて、それがまたVtuberとしての百合営業につながるというような、循環的な重層性があるわけじゃない。実在非実在二元論じゃないでしょ。ウンベルト・エーコの『ヌメロ・ゼロ』もそういうことを主題にしてるわけでしょ? 『存在と時間』では記号をただ指示するものでなく、それ自体がもろもろの記号構造を暗示するものとしているけどね。でも、常識範疇ってなに?」

 いとうは苛立たしげに髪を掻いた。

Vtuber自然人としてあつかうとして、どうして身体属人性を与える方向にいくかなぁ……、それなら自然人の身体人格とは別個のものとする方向にいくべきでしょ。天与のものである身体人格と同一視して自然権を認めるのは、明らかに不合理じゃん。だからグレゴリーマンキューも皮肉で〈身長税〉を提唱したりするわけでしょ。……、え? マンキューくらい専門外でも知っておきなよ」

 議論めいてきて、倫理の口調も熱をおびてきた。自然わたしは無言になる。

そもそもVtuber著作物と見なした方が簡単じゃない? 〈中の人〉はVtuber演者としての著作隣接権もつわけ。二次エロには著作隣接権著作人格権に準用して対応すればいい」

「ちがうね。マッピングで体をリアルタイムに同期させてるVtuberはVRよりARの方が近い。もちろんARみたいに空間認知人格投射するわけじゃないけど、運動感覚でも同じことがいえるでしょ」

身体人格から分離するのが進歩的なのはわかったけど、テクノオプティミズムすぎるよ。こんなことをいうと、イーガンSFに出てくる保守主義者みたいかな。けど一般論として、エロが一部のひとに不快感を与えるのは事実でしょ? 前から思ってたけど、自分に関わることだとすぐ感情的になるくせに、他人には正論を押しつけるよね」

自分に関わることな感情的になるのは当りまえじゃない? 正論を曲げる理由はないよ。倫理こそ、他人配慮してるようだけど、等しく他人を見下してるだけでしょ? あと、テクノオプティミストでけっこう。わたし原発推進派だし」

 感情露出して落ちついたのか、いとうは息を吐いた。

倫理のいうこともわかるよ。でも、制作者の意見もないのに他人規制しようとするのはただの自治厨だと思うな。そういうファンは決まって創作をしない側だよね。創作ができないから、その代わりに自分ルールを考えて、それをコミュニティ強制しようとすることで存在を主張しようとするんだ。まあ、そういうファンはどこのコミュニティにもいるから、無視する以上のことはできないんだけどね」

 いいながら、いとうは自分言葉でふたたびイライラしてきたようだった。いとうは神経過敏だ。紙やすりのようだと思う。

 いとうが自家中毒めいて、自分言葉で気分を荒立てているのを察したらしく、倫理は優しくいった。

自分他人のあつかいに差があるのは当然だけど、いとうの場合、それが甚だしいってことをいったつもりだったんだけどな。あんたみたいなディスコミュニケーション女にもわかるようにいってあげると、誰もがあんたみたいにコテハン擬人化されて喜ぶ人間ばかりじゃないってことだよ」

「なるほど…」

「あ。いまのでわかるんだ」

「いとうの見方個人主義的すぎるよ。後期ヴィトゲンシュタイン言語ゲームも、そういう分析哲学に対する批判としてあるわけでしょ?」

 それから、しばらく誰も話さなかった。黙々と歩く。倫理雰囲気を変えるようにいった。

「そういえば、たいぼくってウケるんだよ。前に泊まりにいったとき料理をつくったんだけどね。カレーにするつもりで牛筋を煮込んでおいておいたら、朝にたいぼくがコンソメスープだと思って飲んでたんだよ」

 いとうは爆笑した。

「たいぼくって本当に生活力ないよねー」

 倫理に囃す。「それにしても、あんマメだよね。よっ、家父長制」

 倫理は本気で不快そうな顔をしたが、いとうは気づかなかった。

都庁って変なデザインだよね。すくなくとも都の庁舎じゃないでしょ」

 遠景に都庁みえて、なんとなくいう。

「いや、あれは自生する秩序の象徴から都市役所としてふさわしい建築だよ。エッフェル塔と同じ」

 わたしが疑問に思っていると、倫理解説した。

ロラン・バルトの『エッフェル塔』だよ。『あらゆる時代、あらゆる映像、あらゆる意味に通じる純粋表徴であり、拘束のない隠喩』ってね。具体的にどういうことかは、ルイ・マルの『地下鉄のザジ』をみればいいよ。『地下鉄のザジ』ではエッフェル塔の内外から鉄塔の無機質な幾何学模様が無限に顔をもつところが撮影されているから。『地下鉄のザジ』の原作者が『文体練習』のレーモン・クノーっていえば、わかりやすいかな」

 なんとなくおもしろくなく黙っていると、いとうがいった。

「でも、そういう意味をもたないことを意図した無機質なデザインなのに、結果として都市ランドマークになってるのは皮肉だよね。そうそう、ケヴィン・リンチは『都市イメージ』で都市認知地図における主体を〈パス〉、〈エッジ〉、〈ディストリクト〉、〈ノード〉、〈ランドマーク〉の五つに分類したけど、これはプロファイリングのGCT犯罪地理探索モデル)に利用されているんだよ。〈犯人の標的捜索行動は居住地から離れるにつれて犯行に及ぶ確率が単調減少する〉、〈居住地の近隣に犯行の行われない地域存在する〉、という二つの仮説のもとで距離独立変数とする距離減衰関数を導出するんだ。もちろん、それだとただ犯行地点の二次元的な分布の平均を求めるだけだから、ここに認知地図を当てはめるわけ。たとえばエッジに近づくと距離が縮小するとかね。平山夢明の『独白するユニバーサル横メルカトル』は、これを種本にしているんだよ」

 往来でプロファイリング平山夢明について語るいとうは完全に異常者だった。

「そういう自生する秩序の象徴をもそのうちに組みこむのが、自生する秩序なんじゃないの?」

 倫理皮肉げにいった。

そもそも新宿のもの意味をもたない記号都市なんだよ。大政奉還前は飯盛女のいる宿場戦前遊郭戦後闇市復興期は赤線地帯。七一年京王プラザ建設を皮切りに七〇年代高層ビル建設されて、九一年都庁移転するまで、ここは周縁だったんだよ。都庁にふさわしい場所でしょ? ちなみに、いわゆる〈新宿二丁目〉は二丁目の北側だけで、二丁目と三丁目は御苑大通りで隔てられてて、歩行者天国地下道もそこで途切れている。で、ご存じのとおり二丁目は都市から外れて住宅街モザイクになってる。つまり、二丁目は周縁の周縁ってわけ」

 そこまでいって、倫理は表情に翳を落とした。

「まあ、これは殊能将之が『キマイラの新しい城』で六本木についていったことを、新宿転用しただけなんだけどね。〈キマイラの新しい城〉っていうのは復元された古城と同時に、六本木ヒルズのことも指してるんだ」

「いいじゃん。ロラン・バルトによれば日本のものが『記号帝国』らしいし」

殊能将之って『波よ聞いてくれ』に引用されてたよね」

 倫理は頷いた。

「『黒い仏』だね。柔むげさんがさ、いつか『殊能将之読書日記』に感動してたじゃん。わたしはそれがわかるんだよね」

 歩きながら、倫理Kindleの端末を開いた。

「『殊能将之読書日記』ではフリッツ・ライバー長編への見方が顕著かな。殊能将之は〈ほとんどエロゲーの世界〉とか腐しながら読んでいるんだけどね……。その皮肉さがわかりやすいのが『A Spectre Is Haunting Texas』だよ。殊能将之は『幽霊テキサスに取り憑く』と訳しているけどね。月周回軌道ステーションまれ主人公が、第三次世界大戦後のアメリカにきたら〈テキサス国〉になってたってはなし。日本でいうと〈「第3次世界戦後大阪日本支配するようになった時代大阪人は全員きんきらきんの漫才師ルックで、『なんでやねん』『そんなアホな』などとしゃべっている」みたいな設定〉ってこと。テキサス国の首都テキサステキサスダラスで、街にはケネディ暗殺を記念した黄金モニュメントが建ってるの。教科書倉庫の窓から突きだす銃身とオープンカーのシャーシのやつ。で、テキサス国の政権交代大統領暗殺でおこなうのが慣例なの。爆笑じゃない? で、まあギャグ小説なんだけど〈A nation nurtured on cowboy tales and the illusion of eternal righteousness perpetual victory. カウボーイ神話永遠に正しくつねに勝利しつづけるという幻想に養われた国。〉とか書いてあって、痛烈にアメリカ批判しているわけ。だからアメリカでは出版できなくて、タイトルだけイギリス英語の〈spectre〉の綴りになってるんだけどね。ちなみに日記には追記があって、このタイトルは『共産党宣言』の〈ヨーロッパ共産主義という亡霊が徘徊している〉のパロディだと教えられたからってタイトルの仮訳を訂正してるんだけどね。教えたのは中村融なんだけど」

 倫理はひと息ついた。

世界にこういう視座をもっているひとは生きるのが辛いよね。そういうひとを理解してしまうひともね。ナボコフの『ロリータ』もそういうはなしだよね。嫌味で文学趣味スイス人が、延々とアメリカ呪いながら一人の少女を愛するはなし。柔むげさんは、そういうところに感じたんじゃないかな。で、わたしもそういうひとたちに片足を踏みこんでいるからそれがわかるんだよね。だからわたしは『程』では灯が好き」

「あ。そこにつながるんだ」

 まったく予期しない展開だったためにおどろいた。が、いとうは思うところがあったらしく、無言で前を見つめていた。

 新宿駅みえてくる。

「そういえばたいぼくちゃんお酒買った?」

キリンをまとめ買いしておいたけど。あ、あとポテチカップラーメンも買っておいた」

 そういうと、いとうは爆笑した。

大学生じゃん」

 倫理も苦笑しながら言う。

「ここの成城石井ワインチーズを買っていこう。あ、でも、それならクラッカースモークサーモンハムを買っていって、ムースをつくった方がいいな。素材の味が出るから、いいものじゃないとおいしくないんだよね」

 買物をしてからJRのコンコース階に移動する。倫理カードで決済して、わたしお金を使うことはなかった。

「ごめんね。一応、ホストなのに」

 いとうは笑って「出世払いにしなよ」といった。

 倫理は微笑していった。

「それにたいぼくちゃんからモラトリアムの気配をもらってるところがあるからね。わたしも……、わたしたちもこうして社会人鋳型にはまってるけど、それが仮初めのものだってことを思い出させてくれる」

 コンコースでは大勢のひとが行き来していた。天井からは各路線を案内する表示板が大量に下がっている。これらの記号が指示するものなかにわたしたちのいく先もあるのだな、と思った。

2018-04-10

学生時代打ち込んだものはなんですか?

はい増田です。

増田というのは株式会社はてな提供する、インターネットサービスひとつであり、

はてな匿名ダイアリー通称です。

その名の通りに匿名日記を書くことができるので、属人性のない公平な意見を求めることができます

私は大学の四年間、一日10増田、一日10ブクマ目標毎日休まず投稿を続けました。

それにより具体的な目標を定め、それに向かって着実に努力を続ける忍耐力が培われました。

大学二年生のときには最高で1312ブクマを達成したことがあり、成果としても優れているものだと思います

また最新の情報をいち早く掴むため日々巡回しており、

社会現象にもなった保育園落ちた日本死ね記事においては、まだブクマが1桁の段階でトラバを残しています

時には創作自演記事を盛り上げることもあり、そういったネット上における

マーケティング手法についても習熟しているため、御社においてもこのスキルを十二分に発揮できるものと考えます

2018-03-10

無知の知

自分バカだという自覚は、自分改善するための第1歩となる。だからバカである自体は悪いことではない。成長の途上なのだ

 

自他の区別

世界を観察するとき相対的視点に立つと、「自分」と「他人」という区分を設けてしまう。

この2点に問題があることを指摘しておきたい。

怒りがおさえられなくなり、攻撃したくなってしまう。

怒りや攻撃性は、自分他人を違うものとして扱うことから生じる態度だ。自分自分攻撃したいなら、それは自虐趣味だ。

 

確証バイアス

いやたぶん人間は多かれ少なかれみなそうだと思う。

「~と思う」と言っていることから分かる通り、その考え方は「仮説」の一つに過ぎない。実証により確認された「真実」ではない。

憶測思い込みで、物事をとらえると、間違った前提から間違った帰結に至るケースが多い。

自分判断が正しいという「思い込み」は捨てなければならない。

 

論理世界では、属人性消滅する。「自分が~」とか「他人が~」とか、個人に由来する正しさは存在していないことが分かる。例を挙げよう。

ペア公理選択して、「1+1=2」と言った場合、誰が言っても正しいものは正しいし、間違っているものは間違っている。

天皇が「1+1=3」と言っても間違いだし、乞食が「1+1=2」と言っても正しい。

まり論理は「誰が言ったか?」という属人性関係なく成立している。

 

公正世界仮説の欠点

公正世界仮説(just-world hypothesis)とは、この世界人間の行いに対して公正な結果が返ってくる公正世界(just-world)である、と考える認知バイアス、もしくは仮説である

因果律検討する場合、「時間差」を考慮しないと、間違った観察になる。

変化が発生して、伝達されるには、時間がかかるのだ。もっとも早い光速でさえ、秒速30万キロしか伝達できない。音速なら時速1225キロ。熱ならもっと伝達が遅い。変化が伝わるには時間差が必ず生じている。

自分のやったことがすぐに返ってこなくて、遅れたり、返ってこないように見えるのは、変化の伝達に必要時間考慮していないことが原因なのだ

 

あったことをなかったことにすることはできないし、逆になかったことをあることにすることもできない。

あるものはある。ないものはない。1か0の2つに1つだ。

情報が発生する根源的な場では、0から1が生じたり、1から0が生じたり(消えたり)している。その観察が不足しているのではないか

 

真実を知るためには、まずは自分に嘘をつくことをやめて、自分ありのままの姿を観察することから始めたら良い。

自分自身の本質を知れば、自分他人が同じ動作原理で動いていることが分かる。

 

情報の二相理論

人間意識研究する学問はたくさんある。

まだデイヴィッド・チャーマーズを読んだことがないなら、一読をお勧めする。

 

anond:20180310170341

女性の多いオタクコミュニティにいた経験のこと

【経緯】

 自分ブログに、ある有名なアニメ作品についての感想をいくつか書いたら、それが思いの外ツイッターバイラルになった。「○○についても書いてください」とコメントされたので応じたり、作品中のシンボル意味について解説したりしていたら、それも誰かにツイートされ、たくさんのRTを集めていた。

 作ったまま放置していたブログ用のツイッターアカウントも、そのアニメファンたちにフォローされるようになった。

 フォローされたりしたりしているうち、すっかりフォロワーが増えた。そこで、ツイッターにその作品ファンコミュニティのようなもの存在することに気づいた。

 そして交流がはじまった。

 そのコミュニティはゆるく、メンバー制というわけでもなく、離れるも離れないも自由交流するもしないも自由だった。コミュニティイコール言葉ではないが、その場を指して「沼」や「ジャンル」という言葉がよく使われていた。

 メンバーほとんどが二次創作を行っていて、フォロワー数、投稿作品いいねRTが多いほどヒエラルヒーが高い(が、それをあからさまに指摘する人はいないし、それらを気にする行為は「承認欲求強そう」という印象を与えるため避けられる)。

 メンバーは大まかに絵描き(絵を描く人)」、「字書き(小説を書く人)」、後述するその他に分類されており、それぞれに何人かインフルエンサー存在がいた。彼女らは「大手」と呼ばれていて、フォロワーも多く、多くのいいねを集め、作品は一日何回もRTされていた。

 また、字書きより絵描きの方が人気を集めやすい傾向があった。

 オフ会にも何度か行った。驚いたのは、おしゃれな今時の女性が大半であり、外見を気にかけない人や奇抜な格好の人は非常に少ないということ。オフ会に現れる人の特徴なのかと思ったが、その場にはコミュニティの大半が来ていた。職業医療事務IT美大生が多かった印象。ショップ店員BA役者の卵、イベコン、キャバ嬢なんかもいた。

 私が主に仲良くしていた人たちは、全員恋人配偶者がいて若くておしゃれ。ネイルもまつ毛エクステももちろんするし、していても違和感がない。女優モデル並みの美女ではないかもしれないが、みんなモテそう、付き合ってる人がいそう、という印象の外見だった。

 ただ、仲の良い人に聞いたところ「このジャンル特別な気はする。他ジャンルの人は、いかにもオタクって人がもっと多い。でも、最近オタクにもおしゃれで普通に可愛い人が増えてるのは確か」とは言っていた。

【気づいたこと】

オタクコミュニティには「字書き」「絵描き」以外の人も存在する。ブログツイッター作品についての「考察」(大抵は深読みこじつけ感想レベルだが。自分もここに分類されていた)を書く人。キャラクターがもしこんなことを言ったら……という「妄想ツイート」で人気を集める人。キャラ弁を作ったり、アニメ料理再現したりする人。消しゴムハンコを作る人。ドット絵GIFを作る人。ひたすらRTする人。

・謎の挨拶文化がある。フォローした時、された時に、「フォローありがとうございます。○○さんの考察ブログでよく読んでます!誤フォローでなければこれからもよろしくお願いします」と長ったらしいリプライが飛んで来る。これには最後まで慣れなくて困惑した。

オフ会が盛ん。週一でお茶ランチをしているような人もいて、普通に友達として仲良くなっていた。オフ会では毎回手紙お土産を持ち寄って交換し合っていた。

女性ファンの多い作品だったが、コミュニティには数名の男性もいた。オフ会にも来ていて普通に溶け込んでいた。外見は地味だが、オタクという感じはしない。控えめだがしっかりしていて聡明な印象の人ばかり。

・「学級会」は都市伝説ではなかった。例えば「模写のことを目トレスと呼ぶな」とか「投稿作品コメントしないのはジャンルの衰退に繋がる」とか、どうでもいいことで揉めていた。説教臭い内容のツイートRTで回ってくることも多かった。

・「萌え」は死語だった。「尊い」「つらい」「無理」などが使われていた。「つらい」は、「○○かわいすぎ…つら…」、「無理」は「なにこれ(かわいすぎて)無理…」のように使われていた。

作品を褒める時の独特の言い回しがある。「語彙力」「文字数」など。「語彙力」は「あなた作品は素晴らしいのに私の語彙力が足りず大したことが言えません」という場合に使う。「文字数」は「あなた作品は素晴らしいのにツイッター入力できる文字数限界がきたのでこれ以上書けません」という場合に使う。あとは、絵文字を多用する。

セックスの話が明け透け。驚いたのは「○○さんの絵、性癖です!」という言い回し。「○○さんの絵からフェティシズムを感じるので好みです!」という意味のようだった。「股間に悪い」という言い回しにも驚いた。「全裸待機」も「ドチャシコ」も男性でなくとも使う。R18関連の話題も昼間から屈託なく話されていて驚いた。

Pixiv以外にも創作物を公開する場がある。ツイッタープライベッターなど。ツイッタープライベッターは日常的に作品投稿する場で、Pixiv作品がたまったらそれらをまとめて投稿する場という印象。プライベッターは「ベッター」、Pixivは「支部」と呼ばれていた。海外ファン交流したい人はTumblrを利用していた。

交流のためにハッシュタグ活用されている。「#いいねした人の印象を答える」「#いいねの数だけ好きなマンガを紹介する」などが定期的に流行る。

ツイッターを辞めた理由

 半年くらい交流は続いたが、結局私はツイッターアカウントを削除した。トラブルがあったわけではない。理由は下記の通り。

・苦手な雰囲気があった。フォローされると挨拶してフォローを返して、誰かが投稿した作品いいねRTをしてリプライ感想を書いて、という行為強制する雰囲気や、謎の同調圧力、あれは禁止、これは地雷(触れられたくない話題)とよく分からないルールに縛られるのが辛くなった。

そもそも二次創作に興味がなかった。また、女性キャラクター純潔男性キャラクタープレイボーイ、二人ともモテるのにお互いに惹かれ、最後結婚して子供を産み幸せになるという設定の二次創作物ばかりなのにうんざりした。

性的話題が多く、さらにそこに差別的話題が乗ることが多くて閉口した。そのコミュニティだけなのかも知れないが、特にBL愛好者の一部(決して全員ではないと強調しておく)が差別的な話をしていた。カースト制が存在し、下位の男性が上位の男性になぶられ続けるのが当然の社会があるという設定の話題や、モブキャラクターメインキャラクター暴行を加え続けるという話題を鍵なしアカウントで延々と続けられるのは辛い。さら性的マイノリティへの差別発言も多かった。そのコミュニティだけかもしれないが、なぜかGL愛好者のほうはLGBTに対する高い見識を備えた人が多かった。当事者がいたのだろうか?

・名状しがたい宗教臭さがあった。ファンコミュニティとはそういうものかもしれないが。キャラクターいかに愛しているか、そのために自分はどのような行動(ほとんどは奇行に思えた)に走ったか、というツイートが頻繁になされ、深読みしたようなテーマ(「キャラクター名前は○○の神話から取ったのでは?」とか。欧米に多いありふれた名前だった)が真剣に話され、それを端緒に揉めていることに違和感があった。あとはカリスマとされる人が発生し、その人が教祖のように振舞って選ばれた者だけのチームを作り始めたのが気味悪かった。

 とはいえ、仲良くしていた人とは作品抜きで友人になれた。今も時々会う。知らない世界を覗けて、なかなか面白い経験だったので自分のために書き残してみた。

追記

自分のために書き残したものなので触れていない点があり、そのためにブックマークなどのコメントに誤解があるようなので追記しておく。

性自認は異なる(というより、男とも女とも思っていない)が、私は生物学的には男性アニメオタクというわけではなく、男性コミュニティや他のコミュニティオタクコンテンツや詳しい用語などについてはよく知らない。さらに言うと、BLGLを毛嫌いしているわけではない(というか漫画自体まり読まないので嫌うほどの知識がない)が、普段の愛好者の言動から差別性を感じることがあることは確か。

性別について隠していたわけではないが、ツイッターではその話題に触れていなかった。オフ会で会ったときに驚かれたが、親しくしていた人たちには事情を話し、驚くほどすんなりと受け入れてもらった。周りに中性的だと言われる服装や外見ではあるのだが。そして、苦手な部分もあったが、楽しいこともたくさんあった。楽しいことについては属人性が高い話題なのでここでは触れない。

2018-01-13

anond:20160725192752

メタ認知

メタ認知 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BF%E8%AA%8D%E7%9F%A5

メタ認知メタにんち)とは認知認知すること。

人間自分自身認識する場合において、自分思考や行動そのもの対象として客観的に把握し認識すること。

それをおこなう能力メタ認知能力という。

 

自分規定している「経験」とは何か?

悩んだり苦しんでいるときって、メタ認知ができていないとき

メタ認知を進めると「自分」を規定してる境界線が見えてくる。

その外に出るとき自分」が消失する感覚=恐怖が伴うけど出ちゃうと楽。

(悩む主体がいないから)

 

属人性自分他人区別)の消失

純粋論理情報しかない空間には、属人性存在していない。

「1+1=2」は、誰が言ったか?に全く関係ない。

天皇が言っても乞食が言っても結果は同じ。

そこでは、自分他人区別消失している。

 

自分」の再定義

自他の区別がない思索ができる自由度の高い状態から普段の「これが自分」と思っている状態にバックしてくると、「これが自分」と思っている観念に対して、違和感を感じるときがある。

「なんで俺って、こんな条件で生きているんだろう?」「もっと他のキャラクターに変えようかな?」とか。

でも変えることができるのは、他人との比較によって特徴を浮き彫りにした「自分」という情報の部分だけなので、身長体重など外見は一切変えることができない。

LGBTQの人って、ソフト論理)だけでなくハード物理)も変えたい、せっかちな人なのかも?

2018-01-03

感じたこ

■TL;DR

 供給する側から需要を生み出す側に回らないとキツい

■経緯

 ・もろもろの事情があり、最近、「人が面白いことをやっているのに乗っかる」職業の人(営業編集等々)に携わることが何回かあった

 ・素人目には「面白いこと」に近い人間なのだから面白い人なんだろうと思ったが、考えてみたら乗っかることしか出来ない人間なんだからむしろつまらない人で当然だった

■思ったこ

 ・たとえばウェブサイト記事ひとつとっても、最終的な記事ライティングを経て生み出されるので記事を作る人は「ライター」という職業にはなってしまうのだが、文章自体は平易であればなんでも良い(技巧を凝らした文章需要はない)わけで、記事を作る上で「書く」という営みは最も下位レイヤー属人性が低い。さら供給活動に近い、「編集をする」「流通させる」はもっと下位

 ・下位レイヤーの人がいないと消費者に行き渡らない時代は、その街道に寝そべって通行料徴収するようなビジネスモデルでよかったのかもしれないけど、今は消費者に向かう道がありすぎるので、迂回をされて終わる。道の途中にいる人なんて邪魔者しかない

 ・「モノを運んでお金を掠め取る」のではなく「誰もが運びたくなるようなモノを作る」サイドに回らないとキツいっぽい。

 ・人気の「ライター」の記事だって別にライティング」の質が際立って高いわけではなくて、むしろそこは標準化されていることにこそ価値があって、需要がなかったところに需要を生み出すような着眼点を持っている。インタビューをするだとか、記事を書くだとかは手段しかないのでこだわりは薄いっぽい。当然で、供給に近いほど誰でもできるようになる

 ・システム屋さんも構図は同じだと思った

 ・今までは、求められる要件通りにキレイサーバーを設定できるという仕事価値があった(上で言う供給行為

 ・しかしそんなの簡単にできるようになっていくし、そこで技巧を凝らして欲しいなんて誰も思っていない

 ・「言われた通りのシステムを正確に作る戦争から抜け出して、「システム要らねえと思ってたところにシステム入れたら良いんじゃねって言う」サイドに立ち位置を変えることで、上記でいう「モノを運んでお金を掠め取る」から「誰もが運びたくなるようなモノを作る」に移れる。「システムを作る」=「モノを運ぶ」とこなんて仕事減って困ってる奴らに競争させてタダ同然でやらせればいい

2017-12-31

anond:20171231171738

一部上場ではない総合職、ってのもいるけどなー

あと自営とか?産休なんかないから、出産失業ものね。

職種にもよるだろうけど、属人性が強くて出産している間に他人に任せたり出来ないとか、その間に顧客が待っててくれる事がないような職だと厳しい)

2017-12-23

「匿名が卑怯」という言説は、理性に対する反逆

純粋論理には属人性がない。誰が言ったかではなく内容のみが対象となる。

よって匿名実名も、その本質において差はない。

 

ペア公理を前提として)

  • 有名な人が「1+1=3」と言っても間違い。
  • 無名の人が「1+1=2」と言っても正しい。

2017-12-18

セクハラセクハラでないか属人性によって決まるのならば、セクハラ行為というもの存在せずセクハラという関係存在するのみではないかという気がする。

どちらにせよ当事者間の問題世間の人が関知するようなことではないと思うし、これを公に「告発」することによって制裁を期待するのは私刑だろうな。

次なる被害者を出さないためという名目なら抹殺することも正当化される。

2017-12-14

真実に属人性がない理由

数学論理説明すると、真実には属人性がない。色がまったく付いていない。

ペア公理で「1+1=2」が正しい言説だった場合

  • 偉い人が「1+1=3」と言っても間違い。
  • 馬鹿が「1+1=2」と言っても正しい。

属人性=誰が言ったかは一切関係がない。真実自分他人という区別がない状態しか存在していない。そこには「各人」という概念が入り込む余地がない。

増田増田であり、増田以外の何者でもない状態と似ている。

2017-12-10

anond:20171210131951

能力度外視年功序列は、死から逃げるために自分業務属人性を上げて特別扱いを勝ち取ることが戦中に横行していて、それを対症療法的に避けるために導入されたと聞いた。

まり太平洋戦争に突っ込んで行って価値のある知識や人から順に燃やして灰にしてしまたことが全部いけなかった。今でも成人男子の数がナポレオン以前よりも少ないフランスと同様、日本もまだ立ち直っていないということだろう。

2017-11-30

anond:20171130104811

フェミニスト内でも意見が分かれるところって言ってるだけなのに、特定事例を持ち出して逆に属人性の罠に落ちてるの面白いな。

TPO大事だね。

適切な対応ができる人が大人だって

その時、その場、そこでの自分立ち位置含めて正解を選べることが心地よいこともある。

それを繰り返して年をとれば渋い大人になれるだろうと思っていた。

当意即妙な返しができないと馬鹿にしたり、馬鹿にされるのは当たり前だなんて思ったこともある。

考えてたよ。ずれた答えしかできない人は下の階層人間なんだろうなんてね。

完璧な人を求めていた。

自分にも他人にも。

でも完璧なことは少し視点を上げてみると不完全だったと気づくことがある。

完成度の高い人がいるとコミュニティとしては幼稚なことが多い。

例えば大きな会社なんかでは仕事において属人性排除することことがよいと言われるように

健全組織を維持したければ特定の人に組織を左右させてはいけないことが知られている。

人に頼ってそれを前提としていると周りも歪んでくるんだ。

純朴で未発達な人の集まり田舎コミュニティとかを改めて見ると新鮮に思うことがある。

退屈なほど似通ったものの集まりが、鈍く、濁った印象を持っていたものが、

さらに大きな集団の一部として見ると時に鋭く尖り、時に偏っていて、時にグロテスクなまでに鮮やかな印象を与えることもある。

洗練された組織に粗削りや愚鈍な要素を持った人や集団が放り込まれた時に意外に状況が面白くなったりして。

まだまだ未知は残っているんだね。

2017-11-17

慇懃業界、そうではない業界

アニラジ聞いてると、あの業界メディア芸能あたり)の過度な慇懃っぷりに違和感を覚える

敬語が行き過ぎているというか

いや、声優若いから程度を上手く捉えられていないのか

それとも自分の居る業界フランクすぎるのか

 

まあ確かに先生」というへそを曲げられたら困る絶対的存在が居る業界から

腫れ物に触るようなノリになってしまうのはしょうがいかもしれないが

 

属人性が高い業界ほど慇懃になる説。違うか

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