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はてなキーワード: 陶器とは

2017-07-30

家族の思い出

 風呂掃除をしていてうっかりゾーンに入った。

タイルの目地を狂ったようにタワシで磨く行為を1時間程続けていたのだ。汗が眼に入った。脇から流れた汗がTシャツを通って腰に伝った。今日はよく晴れていて、風呂の窓からは蝉の声がシャーシャー聴こえてきた。頭の位置を変えたら酷い立ちくらみがして、大きく長い息を吐いた。

普段まったく家事をしない。必要に迫られないとしない。そして「必要に迫られている」と感じるのが人よりだいぶ遅いようで、自分でも呆れる位、家事をしない。

今日、年に何度か訪れるこのうっかりゾーン最中、あることを思い出した。

以前、同居人がいた。2年と少しくらい一緒に暮らしていた。

同居人家事全般、とりわけ料理が得意だった。事情があって一緒に暮らしはじめ、事情があって家事はあまり分担せず同居人が一手に引き受けていた。家事が好きだから、好きな方がやればいいじゃない、と同居人はよく言った。色んな事情があったので、バランスを取るために自然とそうしていたのだと今では思っている。そして実際うまく機能していたと思う。

それでもたまに、何から何まで申し訳ないなと思うことがさすがにあった。そんなとき今日のように風呂タイルの目地を磨いたりしていた。家事が苦手な人の特徴なのか、自分の特徴なのかは知らないが、いったんやり始めると今日のようにうっかりゾーンに入る。一時間や二時間、平気でタイルを磨いていた。

そんな時よく同居人背中から声をかけてきた。「お茶のみませんか」「居酒屋さんごっこしませんか(揚げ物とビールを準備しているとき)」「お蕎麦屋さんごっこしませんか(日本酒卵焼き、板わさを準備しているとき)」。

背中から鬼気迫るものを感じていたのだろう。無理にとは言いませんけど、区切りませんか、そんなニュアンスだった。そんな時はたいていハッと引き戻されて「するする」と犬のように尻尾を振ってタワシを投げ出して、いい匂いを嗅ぎながらタオルで濡れた身体を拭いた。

今日タイル磨きをやめるタイミングを掴み損ねて、立ちくらみを味わいながらそんなことを思い出した。

 かつての同居人とは、何故かあるタイミングでお互いの事情が一致して暮らし始めた。

行為は付かず離れずしていたが、恋人ではなかった。友だちとも違った。同じ家で暮らして、一緒に起きて、一緒に食べて、一緒に眠る人だった。子供ができたらいいね、と年に何度か言い合うことがあった。動物として自然の流れでそうなったらいいね、という意味だ。自分同居人も、お互いについての感情は「たまたま一緒の檻になったライオン」のような温度だった。

恋愛感情が無かったわけではなくて、持っていた頃も多分あった。お互いそうだと思う。ただいろんな事情理由があって、結婚選択肢に入らなかった。それぞれが別の異性と遊んだりすることもあった。「浮気してくる」「異性と交遊してくる」と言って出かけることもお互いあった。気をつけてね。何時に帰るの。お互い自分自身をそんなに素晴らしい人間だと思っていない同士、そんな生活に不満は無かった。一緒に暮らし続けた。

 もちろん人間感情はそんなに陶器のようにツルンとしてないようで、色んな諍いはあった。お互い思った事を口に出す人間では無かったので(悲しいことだと今では思う)、喧嘩にはならなかった。言い争いの代わりに、子どもや猫のような抗議をお互いよくした。突然夜中に居なくなったり、家に帰らなかったり、メールに返信せずに心配させたり、寝たふりをして返事をしなかったり、料理をしなかったり、料理を食べなかったり。そんな小さいギザギザは数ヶ月に一度あった。それでも同居人とは同じ檻同士、基本的に信頼しあっていた。お互い求められた通りの心配をした。夜中の公園真冬に探し回ったり、帰ったら好きなお酒料理音楽が準備されていたり、心にもない優しい言葉をかけたりした。どうせ仲直りするのはお互い分かっていた。早くしたいとお互い思っていたのだ。諍いに限らずあらゆる事が、始まり方は子どもでも終わり方は大人だったと思う。

 一緒に暮らしから色んな事が変わった。そして、これは自分にとって驚くべきことなのだが、色んな事を学んだ。

まず、健康になった。皮膚や髪の毛の質、睡眠の質が変化した。これは食事がガラッと変わったので当たり前なのかも知れないが、自分には驚くべき事だった。風邪を引いたり、一日寝て過ごす事も減った。同居人が酒好きだったので、自然自分の飲む量は減った。酔っ払いが二匹居ては収集がつかないと思ったためだ。伴って体重も減った。

趣味世界物事視野も広がった。同居人にとって当たり前のことは、初めて知る事ばかりだった。色んなモノが世の中にはあること、それぞれの用途のこと。野菜ジュース野菜代替にならないこと。直火炭火焼きの違いのこと。季節の食べ物のこと。いろんなお酒が世の中にあること。いろんな方言のこと。悲しいとき運動をするといいこと。泣きながらご飯を食べられないこと。スーパー鮮魚を買うと捌いてくれること。沖縄本州で畳のサイズが違うということ。島の暮らしのこと。革製品の手入れのこと。

そして、自分にとって当たり前のことにも興味を示された。テクノエレクトロニカのこと。色んな漫画や本のこと。映画や芝居のこと。旅行海外のこと。色んな動物のこと。身体の変化のこと。変な服のブランドのこと。仏教イスラム教ヒンズー教のこと。お互いの好きな物を教え合ううちに教えられた方が詳しくなって、それが原因で諍いになることもあった。ばかっぽい。村上龍キャンプについてはそうだった。だいたい土日の昼間に料理を作っている同居人の周りをチョロチョロしながら様々な話をした。自分がこんなに話をする人間である事や、甘えたがる人間である事、そして人間に救われる人間である事。ある業界仕事をしていた時期から人間を信頼することは自分とあまり関わりがないと思っていた自分にとって、これは大きな発見であり変化であった。アルキメデス浮力発見した事に次いで偉大な功績だった。ユリイカ

そんな暮らしの中であっても、人間は変化する生き物なのだった。自分にも、変化のスピード生活を合わせたいと思う時期が訪れた。それで、同居はやめた。自分が変化したのは同居人との暮らしのお陰だった。それはとても辛かった。それでも、時間が経った今はあの決断をした自分は偉かったと思う。偉大な功績だ。ユリイカユリイカとして、正しいか死ぬ時まで解らない。

 多分ここまで読んで、同居人との関係性について嫌悪感を示す人もいるだろうと思う。我々は少しネジの緩んだ同士だった。誰にも理解されないような、子ども同士の暮らしみたいな生活が好きだったのだ。毎日親がいない家みたいだった。ヘンゼルとグレーテルのようだった。一般的理解できないものを受け入れることが、わりあい得意な人間同士だったんだろうと思う。人間は変化するので、多分いま暮らしても同じふうにはならない。でも、かつての同居人は今でも家族のような感じがする。かつての同居人もそう思っている気がする。うまい言葉が見当たらないが、belongしあっているという感じ。今でもたまに顔を合わすと、たまに会う親戚のような顔をされる。元気にしてるの、ごはん食べてるの、ちゃんと洗濯してるの。言葉にはしないけれど眼から発信されてくる。

 先日、会社女性に「彼氏同棲しようかなって話してるんです」と言われた。相談ではなく背中を押して欲しいだけなんだと表情から伝わった。なので、「同居はいいよ」と無責任なことを言った。こいつの責任を持つ筋合いはない。「同居はいいよぉ、まいンち、楽しいことしかないよ」。

 同居はいいよ。毎日楽しいことしかないよ。

 家族になるっていいよ。

 同居をやめたのは、今日みたいな夏の暑い日だった。突然ひとりにした。突然ひとりになった。「素直に言ってくれてありがとう」という言葉。「がんばったね」。依存しあうものが無くなったあの開放感と、途方もない悲しさ。同居人が見えなくなるまで距離を取ってから階段でめちゃくちゃに泣いた。部屋に入るまでもたなかった。汗と涙と鼻水がごちゃごちゃになった。蝉の声がシャーシャー聴こえてきた。鼻の奥がずっとツーンとして、酸欠になって頭がくらくらした。一人にしないで一人にしないでと布団の中で喚いた。相手のほうが思っていただろうと思う。だから相手には言えなかった。血縁上の家族以上に大切だった。人工の家族だった。相手可哀想から、という感情共依存だと知っていた。お互いの変化を阻害すると知っていた。だから行動に移した。自分のために手放した。相手理由にするのは相手を一番傷つけると知っていた。対等な人間関係でありたいと願う、自分に残った唯一の正義だった。

何を見ても同居人連想する日々が続いた。何をしても楽しくなかった。食事の質が落ちたせいで体調も変わった。それでも不思議と、死んでしまいたいとは思わなかった。悲しい事に集中すると、他の事に集中しすぎずに済んだ。なんていうか色々捗った。ロボットのように仕事食事や人付き合いをこなした。こんな辛いことを乗り越えたのだから、何があっても生きていけるだろうと、直感理解した。悲しいとき運動をした。泣きそうになったらご飯を食べた。あれからだいぶ時間が経った。何かを見て同居人を思い出すことは、今では殆ど無くなった。

それで今日風呂場でうっかりゾーンに入って思い出した。

人間記憶はすべて熱量だと思っている。同居をやめてから、変化に対応していくなかで、たくさんの記憶熱量エネルギーに変換して生きてきた。変換したら消えていく。記録と事実は残るが、涙が出るような、胸が痛むような熱量は、失ったら二度と戻らない。

あらゆる事について、もう少し若い頃はこの「失っていく感覚」「燃えていく感覚」を怖いと思っていた。なるべく残したくて、よくテキストにしていた。いつからかそんな執着は無くなり「燃えているな」「もう二度と会えないんだな」とまっすぐに見つめるようになった。何かを決断した自分が得た変化の一つだ。燃えエネルギーを、これから別のなにかに注ぐ事。もう二度と出会えない分だけ、新しい事が入る余地が出来るんだろう。望むと望まざるに関わらずだ。

もう思い出す種火が少なくなっているのかもしれない。タワシを洗いながらそう感じた。消える前の焚き火を思い浮かべた。少しくらい残したっていいだろう。それくらい愛していた。自信をくれたのだ。自分で作った人工の家族の思い出の事。嘘は一つも書いていないが、自分同居人性別や年齢や重要なことは書かない。

同居はいいよ。毎日楽しいことしかなかったよ。

2017-07-18

トイレ増田

昨日家に2つトイレを作ろうとしている増田の話を読んで、そういえばトイレって陶器製だったなと思っていたら樹脂製があると知って驚いた。

あと節水タイプだとオナニーした時にトイレットペーパーが詰まりやすいとかいエピソードを以前増田で読んだ気がするが、

あれはその後メーカー仕様とか変わって詰まりにくくなったとかはない?

2017-07-16

https://anond.hatelabo.jp/20170716230203

数十万円なら確かにそうなんだけど、対人は言うまでもないけど、対物でも億単位事故って意外に起こりうるのよ。

自分の聞いた実例だと、例えば高級和服の反物を満載したトラックに突っ込んで全焼とか、高級ブランド陶器を並べてる店に車が突っ込んで木っ端微塵とかそう言うの。

そう言う時は保険入ってないとどうしようもないでしょ、

2017-07-09

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岐阜県現代陶芸美術館で開催されている「明治有田超絶の美」展に行ってまいりましたわ。

万国博覧会出展されて評判を呼び一時代を築いた有田焼が展示されています

ウィーン万国博覧会に出品された「染付蒔絵富士山御所車文大花瓶」は

遠くから迫力の大きさでしたわ。

他にも大きいのに有田焼らしい細かい絵付けのされた作品がたくさん展示されていましたわ。

すべて手描きの膨大な労力をついやして、焼くのに失敗したらとてもショックでしたでしょうね。

上絵付けの焼き付けですからリスク比較的小さいのかもしれませんが。

有田焼制作の中心となった会社の動向が複雑で印象的ですわ。

まず香蘭社ができて、そこから精磁会社が分裂し、

さらに精磁会社から辻勝蔵さまが離脱。精磁会社破綻

いっぽう香蘭社から次男が興した深川製磁誕生して、

長男香蘭社と並立状態になったそうですの。

芸術家集団らしいですわね。

最後の展示室にあった「釉下彩陽刻翡翠鯉文大花瓶」が、

瓶の上に陶器カワセミがくっつけられていて、

瓶に描かれた鯉をねらっている構成になっていて、とてもおもしろかったですわ。

ところでタイバンコク万国博覧会が開かれたらバンコク万国博覧会になるのかしら?

いえ「クルンテープ・マハーナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロック・ポップ・ノッパラットラーチャタニーブリーロム・ウドラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシット万国博覧会」になるはずですわね。

前回の岐阜県陶芸美術館記事ですわ

https://anond.hatelabo.jp/20170514215554

2017-06-24

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市之倉さかづき美術館に行ってまいりましたわ。

美濃焼は細かな地域ごとに得意な焼き物棲み分けをしていて、

市之倉は盃が特産品なのですわ。

幕末から明治時代にかけて極限に達した職人技で作られた杯が

多数展示されていますの。

重輔銘のアサガオ連想させる形と色合いの盃は注ぐ液体のpH

色が変わりそうな気がしました。

有田焼エビ柄の盃は、イカ娘さんにプレゼントしたいでゲソわ。

特別区画で紹介されている加藤五輔さまの(本名:五助)の説明文に

わたくし言葉がありませんでしたわ。

江戸時代まれの方ですし、たんなる表記のぶれではありませんの?

加藤五輔(本名:五助)さまの経歴が、銅賞や三等ばかり取られていて、

書かれているのは最高でも二等であることも印象的でした。

切ないですわ。

世界各地の酒器が展示されているコーナーもあります

イランの酒器が多いのは、イラン陶器復元研究されていた加藤卓男さまの縁でしょうね。

中国戦時代の鳥尊という酒器の表面にはびっしり文様が描かれていて、

よくみると「雷文」も確認できました。紀元前三世紀にはすでに雷文があったのですわね。

あと「可盃」は、はてなのみなさんに顰蹙を買いそうですわ。

これは器に最初から穴があいていて、指で穴を押さえてお酒を注いでもらい、

そのままでは机に置けないので必ず飲み干さなければいけないという

代物ですの。

まさに物質化したアルハラですわ。

それはともかく、小さな焼き物ですからこそ、職人技術の粋をこらした

姿に感心することができましたの。

ミュージアムショップがとても大きくて、ショッピングも楽しめましたわ。

2017-06-22

死ぬのがこわい

最近死ぬのが怖い」という思考が頭から離れない。

具体的に言えば、死んだとき自分意識が離れるのが怖い、焼かれて骨になるのが怖い。

父が亡くなった時、立ち会ったし火葬場で父の体が焼かれて、骨になるところも見た。それが頭の中で情景として思い浮かぶ。自分もそうなるのかって思う。

昨年後輩が自殺して、今年は先輩が亡くなった。そのこともあってか、女の子の部屋みたいなところに白い陶器の骨壺がぽつん、と置いてあるのが思い浮かぶ。


いくらその思考から離れようと思っても離れることができない。

中学生のころは死にたいと思ってリストカットを繰り返していたのに、今度は死ぬのが怖くなってしまった。

死ぬことはみんな避けられないし、今考えたってどうにもならないのに

なにやっているんだろう。

2017-06-17

酔える草を飲んで酩酊した話

アカシア根皮茶(ACRB)を試す機会があったので、様子を書いてみる。

例えば飲酒したとき、吐く寸前くらいの酩酊時は、気分が大きくなり、説教を垂れたり思考が飛び飛びになったりする経験がある人も多いと思うが、この草の場合酩酊と同時に視覚聴覚幻覚も一緒に楽しめる。

(効果は人によって異なり、効かない人はアルコールの悪酔い程度にしかならない。自分は多いにキマった)

試してみたい場合や調べてみたくなった場合はこのURLから辿っていけば一通りを知ることが出来る。 http://storys.jp/story/24344

当日の朝食は抜いて13:00からお茶摂取開始

13:20 アルコール酩酊に近い状態になる。寝転がっているのが楽で、座っているのが面倒に感じる。目を閉じていた時にも視界に液晶モニタを間近で見たようなツブツブが見えてくる。

13:30 目を開けていても、気を抜いていると何も無い白壁や、陶器の皿にプリズムのような幾何学模様のパターンが見えてくる(ルイス・ウェインフラクタルな猫のような見え方)白い皿の輪郭部分から色収差のように赤と緑の線が見える。

13:32 気分が悪くなり、嘔吐。体温が低く感じる。

13:40 目を開けて意識をしっかり持っている時はアルコール酩酊と同じ感じ。目を開けてぼーっとしていると視界が何重にも見え、幻覚幾何学模様のパターンが更に激しくなる。この視界が何重にも見えるのをぼーっと楽しんでいるだけで多幸感がある。目を閉じていても、フラクタルパターンモノクロの部屋など、各種幻覚強制的に見られる。

14:00 感覚の鋭敏感のピーク。瞬きしたときの視界の変化が知覚できるようになる。蛇口から水がポタポタ落ちる環境音などにタイミングを合わせて視界が歪む。毛布や服の感触安心感を覚える。同居人現在の様子を説明するときに、自分の心情や見えている物が伝わらないのがもどかしく感じる。

14:10 音楽映像摂取すると精神が持って行かれそうな状態になる。音楽映像を全部止めて、ぼーっと天井を見ている。その時に天井シーリングライトの丸い形状が愛おしく感じる。角張ったものに対する忌避感がある。

14:30 思考断片化しているのを自覚する。喋ったり文字を打っている途中にもう別の事を考えてしまい、発話がおいつかなくなる。おそらく、ボイスレコーダーをセットしておいて独り言を言い放題にしておくと、後で聞き返して悶絶しそう。

15:00 視覚聴覚幻覚幻聴が無くなる。以降は酩酊した状態に近い精神状態連続した思考が出来なくて、自分意思無関係に考える対象ポンポンと飛ぶのが、まるで自分の頭が良くなった、悟りを開いた、と誤解してしまう。

16:00 酩酊も一通り収まり、外に出る。太陽の光がまぶしい。

まとめ

ここまでキマると思っていなかったので、音楽映像の用意をしていなかったのが悔やまれる。人と話していたいのか、映像を流して視覚がめちゃくちゃに過敏になっているのを楽しみたいのか、ぼーっとしていたいのか、の様に方針を決めておくほうが良い。

思考制御が出来なくなった状態の時に、うっかり神からの啓示や、けものフレンズを見ると悟りを開いてしまいそうだった。

2017-06-01

続:グラタン専門店について考えていたこ

(皆様、ご意見等、ありがとうございます。本当にありがとうございます類似店の紹介なども、非常に参考になります。下記、コメント無視に見えるような部分もあるかもしれませんが、まったくそういう意味ではなく、あらゆることを再検討した上で文章を書いている時間がないため、主に以前の考えをざーっと書いたものそのままで失礼いたします。また、詳細が詰めれてないというのはごもっともかつ仕方のない部分で、そこまで詰めていたらさすがにここに書くのは躊躇します^^;)

コンセプト

気軽に美味しいグラタンお腹いっぱい食べられる。グラタンだけで味も栄養も満足。

  • グラタンを食べるために気軽に入れるお店があまりない
  • あってもお腹いっぱいにならない
  • お腹いっぱいを目指すのであれば栄養面も完結したい

"気軽"とは、コストと店構えの両方を差します。例えば、ファミレスグラタンが気軽な値段かどうかは人によって判断が分かれると思いますが、ちょっとご飯を食べようと思ったときに(特に一人の場合や、あるいはお昼に)、ファミレスが気軽ではないというのは、財布事情によらず、わりと共通するのでは?また、世の中には潜在的グラタン好きが多いと仮定

想定するターゲット場所

営業時間

11から22時。中休みをいれるかどうかは、パートの有無と客入りで判断

日曜日定休。

支払い

スマホを利用したペイメントも検討故障対応現金用意。

材料費について

肉を一つトッピングしたグラタンの売値を800円として、原価を33%(*)と想定して、264円。ここに含まれものは、

実際には何かと工夫すると思いますが、1人あたり最小でこのくらいの材料になると思われる(金額割合は現時点で適当)。材料費観点で言えば、充分に美味しいものを開発できる金額に思える。あとは、ホワイトソース作りが一番の肝で、時間も手間もかかりそう(営業中の閑散時間に仕込む)。営業しながらでも、ホワイトソースの味を落とさずに仕込めるような手順や方法を開発したい。

(*) なるべくお金をかけて美味しいものにしたいのですが、よく耳にするのは、原価30%以下が望ましい、40%だと無理があるとかどうとか。なので、とりあえず33%と少し頑張った数字を想定している。

何人客が入ればやっていけそうか

※ とりあえず借り入れ無しを想定。

以前の片手間程度の試算によると、一日50人が諸々切り詰めて赤字にはならないギリギリラインワンオペかつ、自身生活していける程度の給与

さすがにこの状態が1年〜続くと、疲れるばかりで望みがないと判断して、店をたたむことを考えるレベル

60人入れば、ワンオペなら普通にやっていけそう。パート雇うと上記の状態か。

75人〜くらいが、ビジネスとして普通に成り立っていると言えるラインになりそう。

盆や正月が厳しい・・・

トッピングではなく具材が混ざっていて欲しいという意見について

トッピングしてチーズをかけて焼き上げるだけで良さそうなもの提供前にベースと混ぜ合わせてからにするもの、など、開発時に検討。また、じゃがいもとかは、底に敷くみたいなケースもありそう。

グラタン一品だと飽きる問題

一品で頑張りたいと思う・・・が、現実的に無理がありそうなので、メニューを増やすのであれば、カレー、デミグラ、トマトソースなども利用した商品を作りたい。ドリアは、グラタン専門店というポリシーぶれる感じがして、背に腹は変えられないとならない限り、あまり気が進まない。

食器洗うのが面倒くさい問題

なるべくなら陶器の器を使いたい。が、確かに焦げ付きなどを洗うのが大変そうなのと、お客様の火傷対策が悩ましい。なるべく陶器にしたいという方向性キープしつつ、次善の案としては、アルミ使い捨て容器を検討。これだけですと安っぽくなるので、何か専用の器に入れる感じ。陶器の上にアルミ容器でもよいかもしれない。うまくやれば、チープな感じになるのも防げそう。ただ、容器代が〜20円くらい掛かりそうな気がする。

サイドメニュー問題

グラタンに特化したいので、あまりサイドメニューはやりすぎたくないが、考えていたのはスープオニオンスープポタージュコーンスープなどを自家製or半自家製)。サラダは店のコンセプトがぼやけそうなのであまり気がすすまず、やったとして、しょーもない業務カット野菜サラダなんて出したくない。かといってきちんとしたものとなると、コスト生野菜管理も面倒くさそう。また、野菜を食べたいのであれば、グラタントッピングして召し上がっていただきたい。グラタンだけで、味も栄養も満足!というものにしたいからです。ドリンク・・・いらないとは思っているものの、いざ営業を始めたら、背に腹は代えられないとかなるかもしれない。

持ち帰りについて

持ち帰りは、焼き上げたものを温め可能な容器で提供するものと、焼き上げていないもの(チーズをかけた状態)を、オーブン調理可能な容器で提供するパターン検討。どちらも販売の手間が増えるものではないので。食中毒品質面での考慮必要

その他の販路について

Uber eats等や類似サービスは、使えるものは使っていきたい。その際に、焼き上げ前のものファミリーサイズパーティーサイズメニューに入れてみる。これも、特に店の手間が増えるものではないと思う。

ワンオペについて

オフィス街の繁盛している定食屋バイトをしていたことがあり(今現在は全く異なる職種)、飲食店尋常でない忙しさや一日の様子は一応知っています。その上で、カウンターだけの店で、メニュー調理シンプルであれば、ワンオペは(きついけど)いけそうな気がする。少なくとも、繁盛時間帯の食器洗浄を諦める選択も想定していれば大丈夫な気はする。

軌道に乗ったらパートに任せたいという点について(主に他店舗展開)

グラタンはきちんとマニュアル化すれば、パートさんに任せても、充分に品質を保てる料理だと思うので(定食屋で働いていた経験上、新人に教えられるか?任せられるようになりそうか?というのがイメージできる)、もし小規模の店舗で採算が取れるようであれば、多店舗展開との親和性は高い気がする。重要かつ難しいのはホワイトソースの仕込みだと思うのですが、案としては、セントラルキッチン方式にしたらどうか?とも思っています(自宅、もしくはどこか1店舗で仕込み)。自分店舗に立たないかわりに、ホワイトソースの仕込みは行い、店に届け、クオリティを維持する。また、複数出店する場合は、数駅以内で直接現地に行き管理可能範囲を想定。細かな業務ルールで言えば、毎日開店前に、渾身の一杯をつくってもらい、それをLINEグループなりなんなりに、何らかの報告とともに毎朝画像を流してもらいます。そこでチェック・指導し、知らぬまに品質が落ちることのないようにします。また、カメラを店内に設置しておけば、リモートでもオペレーションの様子、調理の様子、会話、問題点分析、もろもろ確認できますカメラによるリモートでの片手間管理は、他業種で同じようなことをした経験があり、可能である、というイメージが持てます。導入コストランニングコストも、この段階では経営軌道に乗っているという前提の下で現実的範囲内。

ビジネスアイデアネットに書くなんて・・・というご意見について

こんなのアイデアなんてほどのものではない上、表面的には何ら特別なことはなく、コピーが容易な業態であるため、誰かがやってたらうまくいかいくらいなら、先にやったところで大きな潜在リスクは同じです。むしろ、誰かがやってくれるなら、是非観察して勉強させていただきたいですし、開店後に競合が現れて酷いことになるよりマシです。インターネット上のサービスなどと違って、あまり先行者利益があるようなものでもない気がします。じゃぁ、どこで差がつくと考えるかというと・・・、いくつかあるのですが、長くなるのと具体的な話になりすぎてくるのでやめておきます・・・(その上、たいした話じゃないので)。

http://anond.hatelabo.jp/20170530135453

2017-05-05

http://anond.hatelabo.jp/20170505161822

この増田のお陰で金山焼陶器祭りに行くつもりだったのを思い出した。

日曜日行くかな……。

好きな男が「GW北海道に行く」と言って

1週間くらい出かけている。

誰と一緒に行く、とは言ってないか一人旅かと思っていた。

旅先での写真を送ってもらったら、女子が好きそうなランチやディナーばっかりだった。(チーズフォンデュ?とか、大きな皿に少しだけ盛られた野菜?とか。)

彼女旅行かな…??彼女できたのなら教えてくれればいいのに…。

好きな男は、多分、私が好きな男の事を好きな事を知っていて、気を使って「誰と行く」のかを言わなかったんだと思うんだけど、ダメージ受けすぎてつらい。

まあ、1週間北海道一人旅ってあんまりないよね…。

度会った時に誰と言ったか聞いてみようかな…。

好きな男が彼女ラブラブ旅行している間、私は1人で陶器祭りに行っていました!一人旅万歳!!

2017-04-28

http://anond.hatelabo.jp/20170427192105

大洗観光地だったし、観光客をずっと呼べてた。

それでも震災の影響。特に原発によるもの風評被害が大きかった。

それを意に介さずに観光に来てくれたのがガルパンで興味を持った人たちだった。

地元としてはそれを嬉しく思ったろうし、県外に出たものからしても非常にありがたい話だった。

そりゃアニメがいやだという人もいるだろう。でも、地元としては辛い時に来てくれた人を大事にしたいと思うのは自然ことなんじゃないかなと。

オタ的なものがいやなら茨城には大洗と同じように楽しめる場所があるのでそういったところに是非行ってもらいたい。

もう過ぎてしまったけど、4月日立の桜がとても綺麗。海も近い(HITACHI関連の各種工場を外から見てInspire the Next!と楽しむことも)。日立まで足を延ばすと北茨城どころか福島も近く感じるのでいわきまで足を伸ばしてみるのもいいかなと思う。

今週末から5月5日まで笠間陶器市がやっているし、ひたちなか海浜公園ではネモフィラが見頃を迎えるはず。

朝ドラ舞台になっている常陸太田市大子町にも行ってもいいと思う。

この界隈は納豆屋とクラフトビール工房(確か試飲できる)などがあるのでお土産に喜ばれるはず。

JR東日本 水戸支社所属ムコナくんが「いばらきに来てにゃ」つってたけど、マジで茨城に来てにゃ。よそと比べたら秀でたもの特にないのだが、ふらっと来てふらっと帰り行ってよかったにゃくらいの楽しさはあると思う。

2017-03-26

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本日はお日柄もよく、瀬戸市美術館に行ってきましたわ。

市内の他の博物館美術館でたくさん陶磁器を展示しているか

差別化してくるでしょうとの予想を裏切って、やはり陶磁器

二階は絵画の展示でしたけど、よくみると水墨画家の作った黄瀬戸が部屋の端に!!

なぜかメキシコ風の洋画があふれる部屋にある陶器人形

蛙がお相撲を取っている作品が微笑を誘ってくれました。

一階の現代陶芸家作品の中では加藤土師萌の萌葱金襴手葡萄文壷に

ポストカードで見覚えがあり、兄弟作品を他の美術館でみたようですの。

美濃焼ギャラリーでしょうか。

岡部嶺男の窯変翠青盌のポリゴン状の釉薬変化は、

同じ効果もつもの安価に買った覚えがありました。

展示案内を読んだ感じでも開発した技術工業生産に広げられているようですわ。

瀬戸市は珪石がとれるため、ガラス産業も盛んとのことで、

ガラスアート作品も展示がありました。

メキシコヘクター・M・フローレス作の「トロンポ」がとても面白く、

観る角度によって薄い色ガラスの層から出る色が作品全体に広がって

真っ青に見えたりします。

これは写真では伝えられませんから、とても美術館向きの作品だと思いましたわ。

2017-02-28

はてなーのみんな!渡辺竜王に続く新しいサンドバッグが見つかったよ

その名は曜変天目研究者 長江惣吉!

http://www.huffingtonpost.jp/soukichi-nagae/youhentenmoku_issue_b_14672424.html

私の見る限り、「なんでも鑑定団」に登場した「曜変天目」なる茶碗は、偽物にすら達していない「紛い物」とでも表現するしかない現代中国製お土産品です。

時代曜変天目茶碗が作られた中国福建省の建窯近くの水吉鎮などで現在大量に作られているものです。現地に行けば数千円で売られています

皆さん、考えてみてください、私が紛い物と告発している茶碗が、もしも本物ということになれば曜変天目研究者としての私の信用は吹き飛んでしまます。それは私にとっての自殺行為です。

私はそんな愚かなことはしません。100%の自信があるからこそ告発をしています

世の中には私が実物の茶碗を見ないで紛い物と断じるのに違和感を抱く人もあるでしょう。どうして映像だけで紛い物と分かるのだ?と思われるでしょう。

しかし、あの茶碗は国宝の曜変とは見た目がまるで違います。鹿の映像を見て馬だと思う人がいるでしょうか?これはそのレベルの話です。この例えでいけば私は馬の研究エキスパートです、鹿が馬ではないことくらい映像を見た瞬間に分かります

ところがどっこい!

http://www.topics.or.jp/localNews/news/2017/02/2017_14882573150769.html

18世紀以降に開発された化学顔料はほぼ検出されなかったことが27日、分かった。番組での鑑定結果に異論を唱えていた専門家は、中国模倣品と斑紋が酷似していることを理由

化学顔料が使われている」と訴えていたが、その主張を覆す結果となった。



長江さんは苦しい言い訳

一方、陶器化学顔料が使われた模倣品だと主張していた曜変天目研究家陶芸家長江惣吉さん(54)=愛知県瀬戸市=は、今回の分析結果について「これだけでは真贋は分からない。

正確な分析に欠かせない器の洗浄が行われておらず、分析方法疑念も残る」と話した。

2017-02-06

蛙の置物

庭にカエルの置物がある。田舎なので庭が広くカエル大2中1小2と言った構成

長年の経年劣化で腕が(というより足が)割れてなくなっているものが多い。

代わりのものを購入しないといけなくなってきたのだが、

どうも国内で出回っている陶器の蛙は非常にバリエーションが少なくどれもいまいち気に入らない、

写実系な風雪晒しても大丈夫な大きい蛙欲しいです。

2017-01-21

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新春絵画「酉展」の開かれているミュージアム中仙道に行ってきましたわ。

昨年は300週年で各地で催し物が開かれた若冲の絵が目玉です。

けれども個人的には柳沢淇園の白孔雀図にひかれました。

木に止まった白孔雀がこちらを見返る構図の気品と威厳。

かい足の鱗の描き込みと鎧の札のように規則正しく並んだ羽根表現

聖闘士星矢白銀聖闘士みたいでしたわ。

大名土岐頼芸の鷹の屏風絵は正直クドかったのですけど、

作者の鷹に掛ける強すぎる思いは伝わってきました。

藤田嗣治の飛び魚を獲る海鳥の絵が、鳥と植物の基本を押さえた日本画の中で

ひどく異色でした。植物がないうえに、とても躍動感が溢れています

海鳥が水面に突入した後を示す水滴の表現写真のようで見どころですわ。

飛び魚が鯖でしたら、海鳥返り討ちですのに。

絵画の他には地歌舞伎と陶磁器甲冑刀剣の展示室がありました。

陶磁器コーナーでは仰韶時代のとても古い土器から始まる中国陶器歴史

追うことができます

ここに展示されている水色で縁取られたバウムクーヘン型の水滴がとっても素敵で、

熱のこもった眼差しで観てしまいました。

2016-12-03

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豊田市藤岡民俗資料館に行ってきましたわ。

昭和29年建築の旧藤岡中学校の校舎を流用した資料館です。

室内はやや肌寒く、昔の授業環境を実感できました。

屋外に藤岡地区最後の一機となった水車が展示されているのですが、

こちらは陶器づくりに使う原料を砕く「トロンミル(一部の表記トロミル)」を

動かす為のものでした。

陶器の原料をえるための藤岡鉱山も近くにあったそうです。

採掘される花崗岩が風化した土のことを「サバ土」と呼んだとのことで、

とたんに親近感がわきましたわ。あとで確認したところ地質学でいう真砂土と同じもののようです。

平成26年に起きた広島土砂災害でも「サバ土」の保持力の低さが話題になりましたけど、

火山温泉噴火をもたらすように、土地利益不利益を同時にもたらす例のひとつですわね。

校内の「棒の手(この地方、土着の武芸ですわ)」の展示を追うと、

藤岡町では1972年猿投神社への演武奉納が途絶えるほどの大災害が起きています

別の展示の年表によればその正体は豪雨による土砂崩れでした。

おそらくサバ土のえられる土地質がこの災害関係していたのでしょう。

ですけど、サバ土には罪はなく、ただそこにあるだけ。

特質をよく知り賢く利用してほしいですわ。

サバ仲間からのお願いですわ。

2016-11-08

日銀異次元緩和政策の「その後」>

"21世紀における金融政策” (教科書、2062年出版)より

日銀異次元緩和政策の「その後」>

  2012年の安倍自民党政権成立後、日本銀行金融政策実施に当たって政府との連携を強め、年率2%のインフレ実現を目標に掲げて、「異次元緩和」と呼ばれる大胆な金融緩和策を実施した。   

  2013年以降、日銀国債ETF指数連動型上場投資信託)を最初毎年50兆円、そして80兆円づつ買い続けた。さらに2016年には「マイナス金利政策を導入し、イールドカーブ人為的操作にも手を染めた。

  それらの結果、2018年4月時点で、日銀国債保有割合は発行済総額の5割に達し、ETF総額に占める日銀保有割合も8割に達していた。

  にもかかわらず、日銀はまだ2%のインフレターゲットに達成することができなかった。2017年の物価上昇率わずか0.3%であった。

  「もう買うものがない。」というのが2018年度を迎えた日銀にとって最大の問題であった。

  市場流通している国債が極端に少なくなっていく中で、日銀による国債の買入れオペを拒否する金融機関が出始めていた。

  2018年4月に黒田総裁の後を承けて就任した石黒総裁への圧力が高まっていた。

  そんな中、同年5月中旬日本基幹産業である自動車産業の雄トヨタ自動車本社を置き、日本のみならず世界有数のものづくり拠点でもある愛知県において、マグニチュード8を超える巨大地震が発生した。

  地震発生から24時間以内に、東京ニューヨークロンドンなど、世界為替市場で、円が対ドルで110円から130円まで一気に下落した。それまで「安全逃避先資産」とされ、発生地日本であろうが、世界のどこかで危機が起こったときに大量に買われていた円が、初めて売り浴びせられ、暴落したのである

  日本政府はすぐ復興債を財源とした大型補正予算を発表したが、それまで毎年のように編成されていた補正予算に景気浮揚効果はなく、補正以外にこれといった対策を講じることの出来ない政府経済政策への期待はもはや皆無であった。日銀による緊急対応を求める強い声が経済界からが発せされた。

  就任直後から厳しい立場に置かれていた石黒総裁は、この期を逃さずに早速手を打った。

  日銀は5月26、27日に緊急の政策決定会合を開催し、政府が発行する復興債を直接全額購入することを発表した。同時に、それまで手を出さなかった「実物資産」についても買い始める、という新しい政策枠組みを発表した。

 

  実物資産として日銀が選んだのは、なんと芸術作品であった。

 

  日銀による芸術作品買入れ(「芸術作品買い入れオペ」と呼ばれた)の枠組みは、以下の通りであった。

 ① 政策発表から2週間後、日本国籍保有している者は誰でも、その保有する芸術作品骨董品日銀に売ることができる。日銀は適切な判断に基づいて値段を決めて現金で購入する。売却は一人一年に一回のみだが、複数アイテムを同時に売却することは可能とする。

 ② 高齢世代(先の世代)が書画陶器など多くの伝統芸術資産保有している一方、若い世代はそのような伝統芸術資産保有していない。そこで、芸術資産を持っていない個人・家庭からは、手作り芸術作品や新たなカテゴリー芸術作品を購入することとする。

 ③ 日銀は、都道府県ごとに購入した芸術作品を展示するための「アートスペース」を設置し、購入した芸術作品一般に公開展示する。入館料は大人500円。障害者12才未満の子供は無料。展示会の収入は全額震災復興寄付する。

 ④ 芸術作品買入れオペは、年度単位で行う。即ち、オペ開始から一年後、日銀は購入した芸術作品をすべて焼却する。焼却は一般市民の参加による「焼却式」によって行う。この式の参加費は500円。焼却式後、日銀は改めて次年度の「芸術作品買入れオペ」を開始する。

 ⑤ インフレ安定的に2%を超える状態が達成されるまで日銀芸術作品買入れオペを続ける。

  この日銀の新しい枠組みは、2000年代後半の世界金融危機後に欧米中央銀行採用された金融政策とは根本的な断絶を表すものであった。

  伝統的な金融緩和の波及経路は主に金利だと思われていた。即ち、中央銀行金融機関から国債などを買うことによって、銀行貸出金利を下げることができ、その結果、個人法人への貸し出しが容易となり、市中に資金提供される。

  他方、日銀の新しい政策枠組みは、金融機関を通さずに直接個人から資産を買うことによって市中に資金提供する、というものであり、かつ、購入した資産は定期的に廃棄、拙い手作り芸術作品には事実上セカンダリー市場が皆無であったから、定期的に保有資産消滅していくこの新しい政策には出口がないと日銀が暗黙に宣言したも同然であった。 実際日銀は、新しい枠組みによって増えたマネタリーベースはそのまま放置するつもりであった。

  日銀がなぜ国民に直接現金を配らず、敢えて「資産」を買ったのが当時批判されたが、数年後に発表された決定会合議事録によると政策委員現金配布という手法に対して懐疑的だったことが明らかになった。

  景気が改善しても現金配布ー現金のばらまきーをやめることは政治的に極めて困難、事実上やめられないのではないか、と過半数政策委員懸念を示した。資産を買って現金を渡すという仕組みにすれば、国民芸術的衝動芸術資産がいつか枯渇されるため日銀スムーズにテーパーリングできる、と多くの政策委員が考えたのである

  発表から2週間後、全国日銀支店郵便局でこの「芸術作品買入れオペ」が始まった。当時の記事日銀統計によると、最初書画陶器など骨董品の買入れが多かった。遊び心のある作品も少なくなかった。毎日新聞記事によると、男性がお尻と手を会社コピー機でコピーをとって印刷したものを、日銀が20万円で買い取った。鴻海シャープ株式会社社員割り箸で作った家電が1億円で買い入れられ、日本経済新聞の一面に載った。

  しかし、買入れオペが始まってすぐ深刻な問題が起こった。日銀の「芸術」の定義あいまいすぎていた。メディアによると、砲身に「金融政策」と大書した張り子のバズーカ砲が日銀に買い取りを拒否された。女性器の形をしたティッシュ箱も断られた。

  芸術知識を持っていない中央銀行芸術価値判断するのはどうか、とアーティスト学者から批判が強まった。村上春樹特別記者会見を開き、中央銀行芸術を売るな、と国民に強く促した。

  買入れオペへの参加が低迷した。日銀がオペ開始から半年の時点で行った全国調査によると、日本人のたった1割がしかこのオペに参加していないことがわかった。同調査によると、60歳以上の世代は代々家に受け継がれてきた「家宝」を売ることを躊躇し、若い世代仕事育児で忙しく芸術を作る暇がなかった。さらに総じて見れば、日本人はあまり芸術作品を売ったり買ったりすることに興味がなかった。芸術実物資産として考える人たちはそれほど多くはなかったのである

  市場では、震災直後の暴落から回復した円がドルに対して日々高くなっていた。景気は引き続き低迷し、むしろ後退に直面していた。行き場のない資金市場彷徨する一方で、日銀微妙価値のある大量の芸術作品保有していた。

  もはや日銀政策の失敗から自力で立ち直れないと判断した石黒総裁は、善後策を安倍総理相談した。

  しかしながら、政府もまた、残された対策補正予算の早期執行復興債日銀直接引き受け位しかなく、為替市場に対しても株式市場に対してもコントロール能力を失っていた。

  ここに、いよいよ日本経済は完全に行き詰まった。

  安倍総理は、危機に直面した時、歴史上多くの指導者選択した「最後選択肢」を選ぼうとしていた。

  尖閣列島を含む東シナ海シーレーン防衛のため、日本自衛権行使軍事行動を起こす、と安倍総理宣言した。

2016-10-15

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こども陶器博物館に行ってきましたわ。

館名から敬遠していましたけれど、大きなお友達陶器博物館改名するべきでした。

博物館運営するメーカー1968年(記念すべき1号は巨人の星から

生産しているキャラクター茶碗がたくさん展示されていて間接的にアニメ歴史概観できました。

館内に流れるBGMアニメのようでした。

古すぎる作品プレミアを気にする感じでみていましたけれど、

空想科学世界ガリバーボーイ」の茶碗には完全にやられてしまいましたわ。

そして「魔法少女ちゅうかなぱいぱい!」「魔法少女ちゅうかなぱねま!」のタイトル意味不明で引っかかります

およげ!たいやきくんってアニメだったのですね。およげ!さばやきくんも制作するべきですわ。

昔の作品カオスですわね……。

あさりちゃんの目の描き方は今の時代でも通るのでしょうか?

一方でクリィミーマミは間違いなく今でも通用しますわ。

簡単年代作品を見比べられるので明らかに先進的であったことが分かりました。

最近お茶碗はプリキュアレンジャー無双状態になっていて寂しかったですわ。

深夜アニメ茶碗も作ってほしいですわ。

またアナ女王茶碗では陶器への転写技術がどれだけ進歩たかがよく分かりました。

(初期からいい仕事をされているメーカーですけど)。

アンパンマンお茶碗セットが当然のようにあったのですが、

冷静に考えるとパン派への酷い裏切りに思えてなりませんでした。

ショクパンマンお茶碗で食べるまっしろごはんはどんな味かしら?

B1の特別展示では、やなせたかし先生がじきじきに絵付けをした

アンパンマンバイキンマンドキンちゃんのお皿もありました。

バイキンマンドキンちゃんのお皿でお食事をいただくのは勇気がいりますわね……。

http://anond.hatelabo.jp/20161015191932 の続きですわ

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とうしん美濃陶芸美術館に行ってきましたわ。

ここでは現代名人がつくった陶器が一堂に展示されています

加藤卓男氏の三彩陶器は一度みれば彼の作品であるとわかる圧倒的な個性があります

鈴木徹氏の緑釉陶器だんだん分かってきました。

あらあらしくもスピード感のある器に、濃い緑色釉薬がかかった陶器ですわ。

志野の中には、厚くひびわれた釉薬がお煎餅の白いお砂糖状態になっているものがあって、

ちょっとおいしそうですわ。

注目は曜変天目茶碗の再現をめざしたと思しき林恭助氏の作品で、

油滴のまわりが色づいている様子がわかります

展示場の構造おもしろく、ドーナツ型の展示室を一周することで作品をみることができます

ドーナツの真ん中は中庭なっていて、茶室風の席から松と竜の髭、石灯籠風景ゆっくり眺めることができました。

つづいて多治見文化財保護センターに行ったら、土日祝休館でしたわ……

プロ陶芸家の方なら都合をつけられるのでしょうけど。

代案で行った「こども陶器博物館」編 http://anond.hatelabo.jp/20161015191937 に続きますわ。よしなに

2016-07-30

なぜ日本人デザインするとグチャグチャになるの?

49. 名無しさん+ 2016年07月29日 23:43 ID:AAmRy.jj0

時間をかけてスタンダードを洗練させてこうっていう気概がないからだな

なんとなく閃きで付け足していって集積させる作り方だと実用には耐えても美しくはならん

武具とか庭園とか詩文みたいな日本人が本気で取り組んできたものはちゃんと洗練された型があって作品も実際すばらしい

環境工学とかUI関係日本人の苦手分野なんだから欧米遺産から謙虚に学んだらいい

100. 名も無き哲学者 2016年07月29日 23:16 ID:qTaKVYsr0

電通消費者不快感を煽ることで

注目を集めることを生業としているから。

注目すら集められるんならマツコデラックスでも

中居歌声でもなんでも使う。美意識を極限まで

すり減らされた日本庶民層もそれになびく。

今の日本ほど情報SMが溢れ返っている国も他にない。

102. 名も無き哲学者 2016年07月29日 23:19 ID:T6e1Bv4E0

日本的な物が悪い訳ではない。むしろ日本家屋庭園などは素晴らしいデザイン

でも今、目に飛び込んでくるのはごちゃごちゃ汚いものばかりってことでしょ。すごい分かるわ。

フォントの話も、イギリス行った時はみんな拘ってて、一番良いと思ったのは一行ずつフォントをわざと変えてるの!すごい可愛いから探してみて。

あとみんな日本家屋に住もうよ〜雰囲気統一されてると良い感じだよね。

137. 名も無き哲学者 2016年07月29日 23:38 ID:4Sa9.Tgs0

日本美術工芸品は余白の美っていうのが大事にされてるよね。

掛け軸とかも隅の方にちょこっと鳥がいて上の方には一切手をつけずに

空の広がりを表現してみたり。

明治時代に訪れた外国人はそういうところに

カルチャーショックを覚え同時に魅せられたんだよね。

こういうのが日本人らしい感性だと思っていたけど

電柱広告の雑多さを日本人らしいと考える人もいる。

これらの環境の中で育ってるから当時の美意識

隔絶されてるってことなのかな。

利便性地震考慮してって話も出てるけど、

美しさが不便や危険に繋がるって考え方が

もう手遅れな気がする。

154. 名も無き哲学者 2016年07月29日 23:44 ID:yT7sPbRW0

ここのコメント見て感じたが、海外を礼賛し日本を貶めている、

嫌なら海外へ行けというコメントが単なる煽りでないとしたら、

この国の程度はよほど劣化している。誠に嘆かわしい。

公平な比較の上で語られていないのは事実としても、議題の

主旨くらい分かるだろうに、そして日々生活していて、

あらゆるものデザイン景観などに何の疑問も持たないのは

想像力の欠如であり、美意識の無さであり教養の無さである

238. 名も無き哲学者 2016年07月30日 00:38 ID:XWJ.WZX40

日本伝統文化象徴とされる茶の湯盆栽、和庭、浮世絵陶器和室とかどれもシンプルデザイン重視なんだよな

から決してデザイン感覚混沌を望んでるわけじゃない

あくま組織構造問題だと思うよ

http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/5082557.html

http://b.hatena.ne.jp/entry/blog.livedoor.jp/nwknews/archives/5082557.html

2016-07-08

日常最適化

あたしンちで印象的な話がある。

立花家ではレギュラーコーヒーをカップの上に陶器サーバーをおいて直接抽出する。

ちょっと欠けたのがかえって中を確認やすくて愛用している。

ところがある日、落として完全に壊してしまう。

しょうがなく新しいのを買う。

ところが新しいのは欠けてないのでカップの中がわからない。結果よく溢れさせてしまう。

からしょうがないので、ハンマーで叩いてわざと欠けさせる。

これで中身がわかってめでたしめでたし

ウインドウズ10にするの執拗に嫌がってる人ってこれを連想するんだよね。

2016-07-03

http://anond.hatelabo.jp/20160703120056

海外ではまず、壊れない便器であることが最優先なんだ。

から陶器製よりも金属製便器ばっかり。

電子機器を搭載した便座なんて、脆すぎて考えられない。


導入後1週間以内に壊されておしまい

それが海外なんだ。

2016-04-29

http://anond.hatelabo.jp/20160423144812

ちょとだけ言わせてほしい。A子の容姿についてしか書かなかっただけで、「容姿しか見ていない」になるのはちょっと言いすぎやしませんかね?

あのですね、確かに容姿についてしか元増田は書かれていないけれど、特筆すべき点ということで書いただけで、A子が好きな食べ物だとか、バンドだとか、そういうことを買いてどうなるんでしょう?

ついでにいうと、ブックマーカーの皆様方が思うより、女の世界において、容姿っていうのはかなり強い影響力を持ってると思う。

男性もね、中学くらいまでは価値観未分化で、「いけてる/いけてない」の二分法で、一種カースト制度だと思う。

スポーツが出来る子は、足も速いし球技も出来て、クラスの中心で、ヤンキーモテるとは言わないけどヤンキーが多かった。

ファッションとしてのヤンキー、主流派のたしなみ、みたいなもんだったと思う。

とにかく、そういう「いけてる」とそうでない人たちという、カースト制度があったのを憶えてる。

でも、高校も後半、大学になるころには、価値観分化していって、一絡げに「スポーツが出来る」じゃなくて、「野球が得意」「サッカーが得意」っていう風に細分化して、「ピアノうまい」「歌が上手い」「数学が得意」っていう文科系や理数系の長所も異性の魅力として認めれらるようになって、たいていの男子は多少なりとも異性として誰かの目に留まるようになっていったでしょう?

誰もが誰かのオンリーワンになれる。

お腹の膨らんだ頭頂部が寂しいオジサンだって結婚してるでしょう?

一方で、女性はね、10代の頃も20代の頃も30代になっても、「女子」という競技の中でしか勝負できないじゃないですか

その中の優劣でしか評価されないじゃないですか

それでもって、女子という競技においては、容姿は最強。

顔の造形は佐々木希のような端正さ、ジブリ映画主人公のような好奇心を秘めたまなざし陶器のような白い肌、ガラスで出来てるような光を反射する爪。

存在感のある胸、くびれた腰に、細くしなやかな脚。

一挙手一投足はおろか、瞬きの時のまつげの揺れ一つで、空気を変える。

自販機ジュースを選ぶ姿が、神様奇跡みたいに見える。

そんな子がいたら、それは容姿についてまず描写してしまますよね?

かわいい子は逆にいじめられるっていうけど、それは男性が考える嘘だと思う。

沢尻エリカ佐々木希はいじめられっ子にはならない。

かわいいは正義

本能的に、叩けない。

から、やっぱり容姿について書くのは、別に不当なことじゃないし、だからといってそれが責められることでもないと思うんですよ。

女子力がない女子が生き抜くためには、しぐさや化粧のテク女子力をアップさせるか、敵の少ない戦場勝負をしていくしかない事情もあると理解できませんか?

男性バリエーションが豊かになるので(中学のように「いけてる/いけてない」だけじゃなくなるので)、女子からみた取りあいは少なくなるけど、男性からみたら、一番きれいな子と、それ以外というふうに見るでしょう?

自分を受け入れてもらうことだけで、相手を愛するとか受け入れるという発想が皆無になってしまうことが今でもある。

異性に全く相手にされない時代呪縛で、それがひょっこり顔を出したとき、それに気づいたときのハッとする感覚、それは特別なことじゃない。

かなりの女子が持ってる。

以上、さいたまおっさんたわごとなんで、忘れてください!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

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