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はてなキーワード: キャラクタとは

2021-06-19

[]6月19日

ご飯

朝:冷やしポロイチ塩。昼:なし。夜:ご飯白菜味噌汁卵焼き。煮魚。冷奴

調子

むきゅーはややー。お仕事おやすみん。

久々に実家に帰ってインターネット繋がらない問題解決した。パソコン先生仕事だけど、解決できてよかったよかった。

シャドウバース

機械反乱編の最終章自然鎮魂編を一気に全部クリア

機械反乱編最終章。モノ、テトラ、エンネアたちの残りの姉妹たちが改造結合されて敵になる展開はつらくて悲しかった。

特に身を削りながら戦うモノと、それを助けるユリアスの2人のシーンが好きでした。

マンマル1号の死亡フラグも回収されて、仲間が亡くなっていくなかようやくの最終決戦。

ところが粛清の権能を発動したところで話が途切れていて、自然鎮魂編および天地争乱編に続く。

自然鎮魂編アリサルートは、ギルド争乱編で正義側だと思っていた騎士団真逆だったことを踏まえた、価値観お話だった。

ような気もするし、スキンシップ多めのラティカがアリサエリカイチャイチャする楽しいお話だったような気もする。

スキンシップが多めのキャラクタは見ていて楽しくて大好き。

次のエリカ編でもラティカの出番は多そうなので楽しみ。

自然鎮魂編エリカルートは、ミストリナとの交流およびアリサへの謝罪お話

災いの樹編、ギルド争乱編と長く続いてきたシャドバメインストリーだけど、ようやくエリカがみんなを仲間と認めてくれた。

リサエリカの仲睦まじいところもいいし、ナテラ原住民ミストリナとラティカもエリカイチャイチャしてくれて嬉しい。

ただ姫様にはこうしてもらえてなかったのかな? と少しだけ穿ってしまうなあ。姫様の性格もまだよくわかんないかしょうがないけど。

自然鎮魂編ローウェンルートは、ヴァイディとローウェンの呪いコンビイチャイチャだった。

ヴァイディの真意過激派を率いることでなく、自らをベイリオンに討たせて、ベイリオンを誰からも認められる王にするためだった。

こういう仲違いをしていたのは本当に相手のことを思ってただったのだ展開って、進撃の巨人とかコードギアスとかでもあったけど、まあなんというかかんというかそのですね。

ヴァイディ生き残ってほしいなあ。

自然鎮魂編イリスルートはナテラ過去に迫る歴史の話だった。

ただまあ予定調和というかなんというか、機械反乱編は8人を4人にした分の濃さが出てたけど、自然鎮魂編は逆に薄くなってる気がする。

イリスギルド反乱編を経て成長してるだけに主な交流相手一方通行にならざるをえない過去の記録のジラード君なのが寂しい。

次で自然鎮魂編はラスト、そして次の次で機械反乱編と合流して天地侵略編。ここまで遊べば期間限定ストーリーを遊べるので、このペースで遊んでいこう。

自然鎮魂編最終章は、百合オタの母なる君にアリサエリカ百合チュッチュッを見せつけることで鎮魂させる話だった。

いやそんな話じゃないけど、母なる君が求める人の情や絆を一番持ってなさそうなエリカが、みんなを大好きなアリサに示すことで納得させるくだりが印象深かった。

ただ、どうにも平等に出番を作るためなのか過剰に交代交代でしゃべったり、過剰に交代交代で攻撃演出が挟まったりと、どうにもこなれてない感が伝わってきて微妙だった。

[]6月18日

ご飯

朝:サンドイッチ。昼:パン。夜:マクド

調子

むきゅーはややー。お仕事はひまひまー。

グランブルーファンタジー

復刻イベントマジでデイリーしかしてない。流石にあと2日で20箱は厳しいなあ。妥協ラインを作るか…… 5箱ぐらい?

ワールドリッパー

マルチボスピックアップマジでデイリーしかしてない。流石にあと一週間で取り切るのは厳しいなあ。妥協ライン作るか…… 限定素材取得ぐらい?

シャドウバース

機械反乱編のルナルートユリアスルート、ユアンルートクリア

機械反乱編ルナルートはエンネアとお友達になるお話

ガラクタ自称家族と会えるのに会わないエンネアと、悪い子を自称しもうパパとママとは会えないルナという、家族に対する関係の違いが面白かった。

ルナギルド争乱編を経て友達の大切さを知っているからこそのお話で、マンマル1号とエンネアの3人で楽しく遊ぶシーンや綺麗な1枚絵のシーンも日常のほんわかしたお話が多くて好き。

特にマンマル1号は今までのストーリーにいないコメディキャラで、明らかに死亡フラグが立ってるのが悲しくなるけど好きなキャラだ。

機械反乱編ユリアスルート改めユリアスモノラブラブルート。と茶化したくなるぐらいには、ユリアスとモノがイチャイチャするストーリーだった。

闘争を求めるユリアスに休息を与えようとするモノの健気さ、回想の中で自分をネジに例える詩的なモノ、姉妹を助けることを生きる意味でその後の事は知らないと言い切るモノの強さ、ファーストワンアンロック時のモノの格好良さ、とにかくモノにまつわる良い演出が多くて最高だった。

そんな魅力的なモノがいるからこそ、ユリアスの闘争バカっぷりの裏にある悲しさが際立つ。

モノはストーリーもだけど、カードデザインもこれを踏まえたフレバーが組み込まれてて素敵なカードだ。リノセントクロニクルでの新しいモノも使ってみたいな。

機械反乱編ユアンルートは、ジェイツーを通じてユアンキャラクタ性が伝わるいい話だった。

ユアン機械に宿った心や意思尊重し見た目は違えど同じ意思を持った人間だと認めるくだりや、死にそうなジェイツーに優しい嘘を付くところなど、怒りの復讐ユアンのそだれだけじゃ無い優しいところがたくさん見れて面白かった。

それだけに最後ジェイツーが死んでまた怒りの復讐者になるユアン不憫で仕方ない。

ジェイツーカード化しないかなあ。いや戦闘力ない設定だからダメなのかな。

2021-06-18

[]6月17日

ご飯

朝:サンドイッチ。昼:パン。夜:人参玉ねぎウインナーたまごの炒め物。

調子

むきゅーはややー。お仕事はそれなりー。

他人怖い。

プリンセスコネクト

ルナの塔初日登頂は気持ち良い。

シャドウバース

ギルド争乱編の最終章機械反乱編のイザベルルートクリア

ギルド争乱編最終章。今までの因縁がついに爆発し黒幕が明らかになる。まあ僕は後からプレイしているのでカードイラストを先に見ているので知ってたんだけども。

マーロンとニコラ、ニコラとルナエレノアとイザベルなど同性友情が多く語られていて、そのどれもが短い文章ながらちゃん友情してて好きだった。

特にエレノア。天外の華を自称し、地に咲くそれとは理の外にあるといいながらも、イザベルのことを友達だと言い切るシーンはとてもスッキリしてとても気持ちよくてとても好きなシーンだった。

最後黒幕であるメイシアの過去が語られずじまいなのは、リオードが過去に過度にこだわったことや、マーロンの死ぬまで償い続けるしか無い死んだら終わりだけどなど、今までのギルド争乱編で亡くなった彼らの信念を思うとメイシアのそれを語るのは確かにお門違いだと思わせる良いオチだった。

機械反乱編イザベルルートは、先のギルド争乱編に続いてまたまたザベルが同性の友人を作るお話だった。

エレノアとの出会いを踏まえた上で、イザベルテトラを支えるために友達になろうと自分から声をかけるところは、最初カイルカイル言ってた頃から想像もつかない。

テトラの死者が蘇るという嘘は、ある意味ザベル自分につき続けてる嘘とも言えるキャラクタの配置が綺麗に決まってて面白いストーリーだった。

ストーリー最中に何度も何度もエレノアのことを思い出したりエレノアならもっと上手にできるとかエレノアみたいにやってみるとか、とにかくイザベルエレノア好き好きもたくさん読めて幸せ。今のところ、イザベル編にハズレなしだなあ。

2021-06-15

[]6月14日

ご飯

朝:なし。昼:サンドイッチ。夜:ほうれん草玉ねぎ豆腐のお鍋。納豆プリン

調子

むきゅーはややー。お仕事はそれなりー。

シャドウバース

ギルド争乱編のアリサルートエリカルート、イザベルルートクリア

ギルド争乱編アリサルートは、正義ギルドブレイドライツ騎士団お話。見た目は怖い獣人だけど心優しいセタス、ドジっ子だけど人望がある副団長のメイシアとのやりとりは今までの殺伐とした災いの樹編とは違ってほっこりするシーンもいくつか。

ただ、エルフセタスはともかく、副団長のメイシアはネメシスカード化されてるので、ここで言う正義ってのは管理者サイドから見た正義なんだろうなあ、だから、やっぱりいきなり重いんだけど…

イズニア国が運河を基盤とした国って話とか、ギルドを巡る争いとか、獣人セタスと人間のメイシアのロマンスあったりと、キャラクタが一気に増えて、普通にゲームシナリオしてて面白かった。

エリカとアリサ対立も、エリカがアリサを慮ってのそれで、前までのなんでも噛みついてたのとは違うのかな? なんにしろエリカルートを次に遊ぶぜ!

エリカルートは、暗殺者時代エリカ彷彿とさせる無暁との交流話。ブレイドライツ騎士団管理者に操られていて無暁はいわば汚名を被せられた状況でそれもエリカ過去合致している。

悪の道だけあって人がポンポン死んでいくし回想でも人が死ぬのでとにかく雰囲気は重苦しい。

そんな中で姫様命のエリカがそれを後回しにして無暁を助けに行くシーンは、今までのシャドバシナリオで一番好きなかも。

未来よりも過去を優先してしまうのは、悲しい事なんだけど、その未来ある意味奪われた状況なので、尚のこと悲しい話だった。

ザベルルートは、悩むイザベルと悩まないエレノア過去固執するイザベル固執しないエレノア対照的ながらも仲のいい2人の交流を描いたシナリオ

面白かった!!! やっぱゲームシナリオはこういう魅力的なキャラクタありきだよ、エレノア超好き。

2人の交流のシーンは今までのシナリオにないほどにコミカルで、特に部屋を汚したイザベルを叩くエレノアきららMAXのような日常の味わいがあって、他がギスギスしてるだけに好き。

それでいて、ちゃんとイザベルテーマに沿った過去もあって面白かった。最終章が楽しみ。

2021-06-07

anond:20210607102752

舞台アニメと違って「出演者チケットを売れる」から

キャラクタチケットを売ってくれる」でもあるから

ただその人気商品の素材にプペルソースをかけておいしくなるのかと

トリュフとかフカヒレとかキャビアとか何百万って単位の高級素材だったとして

千両役者が出演する舞台だったとして

しかにそれだけで見に行くわと出資をしてくれる人がいたとして

ソースカレーだったらみんなカレー味になるんじゃないか

カレーでも数万払って満足する体験が得られるならいいけど

私はとりあえず超高級極上素材カレーボンカレーの差はわかんないので

カレーが100円以上するなら選ばないか

推し舞台に出るからって5000円や10000円を出してかわいそうな台本で演じるのを見るのも

ファンだというなら別に止めはしないけど

2021-04-27

[]159日目

なわとび:600回

ボクシング:160kcal

自転車:410kcal/17.66km

数年ぶりにストラーバ起動したわ

MARSREDは1話の出来があまりにも完璧すぎた

2話、3話は設定の開示とか個別キャラクタの背景を追ったりとかやることが多くなった結果、毎回のストーリーあんまり時間が割けなくなって薄っぺらい話になってしまった感じがある

お軽勘平のお話ちゃん時間をかけてやればいい物語になったろうと思われるだけになんというか甚だ残念

あと1話雰囲気が好きだったので、2話でいきなりけったいな格好した石田彰が出てきて雰囲気ぶち壊しだよって気分になった

というわけでこれは切る

2021-04-24

anond:20210424171119

SHIROBAKO

夢と希望を持って描いたアニメ業界アニメ

鉄板だけど子供が楽しめるかはわからない

リアルブラックな部分はアニメっぽく処理されているので、そこはギャグとして楽しめるかも

響け!ユーフォニアム

吹奏楽部所属する高校生精神的成長を描いたアニメ

二期はキャラクタ同士がいちゃつき始めたりして一気にオタク向けになるからおすすめしないけど、一期はスポ根で名作

ふらいんぐうぃっち

高校生になった現代魔女修行のために親戚一家下宿する話。設定はまんま魔女の宅急便。

話は全く違っていて、牧歌的のどか空気感が他にない良作。「牧歌的」を楽しめるかどうかという点で大人向けかも

のんのんびより

萌え絵だけど萌え演出はほぼない田舎暮らし癒やしアニメ

宝石の国

意欲的なCGアニメ。設定が独特で非常にとっつきにくいが、慣れると魅力的に見れると思う。

世界観ストーリーで魅せる王道の「物語」という感じで、子供に悪影響もないハズ

2021-04-23

サクラ革命キービジュアルを見たとき感想

企画広告

よくあるタイトルの掘り起こしだし、宣伝も力は言ってたので実際に興味はひかれた。

デザイナー

「有名な漫画家」のオリジナルキャラによる強いキャラクターIPを売る戦略だったはずなのに今回はそういうのが皆無だった。

キャラクター原案者の実力はあると思うが、このタイトルには全く合わない不適切な人選だったと思う。

どうしてサクラ革命仕事が舞い込んできて、そしてそれを受けてしまったのか?

不幸の始まりはすべてここからだと思う。

キャラクタ

おかっぱのヒロインは平均以下のブサイクに属するぐらい魅力がない。

戦闘シーンもブサイクダサい機体に顔出しで乗っていて面白そうに感じる要素もなかった。

デザイン機体とおかっぱのヒロインの組み合わせはお互いのデメリット協調されて良くなかった。

その後:すべてにおいて上位互換ウマ娘

アニメ化されてそれなりに強いキャラクターIPを持つウマ娘が、当初期待を上回るできてゲームとして出てきた。

知名度キャラクター・ゲーム面で下回るサクラ革命時間と金をかけることはできなかった。

2021-04-20

私をフィクションにするな

フィクションキャラクター定番属性の一つに『極端な低身長天才』というものがある。

実年自体が周囲より低い場合もあれば同年代にも関わらず異様に身長が低い場合もあるが、どちらの場合も非現実的存在フィクション性の高い存在としてキャラクタライズされているケースがほとんどだ。

何故非現実的存在として扱われるのか。フィクションと異なり現実日本教育制度は年齢主義であり、優秀な生徒の飛び級存在しない事も理由の一つとして挙げられるだろう。しかし、本質はおそらくそこにはない。

天才』『極端な低身長』という属性がそれぞれ独立している状態なら「身近にはいなくても、一つのパラメータが極端なだけなので現実の延長線上で想像がつく」が、『天才かつ極端な低身長』ともなると「極端なパラメータ複数あるので人となりを想像出来なくなる」、これが本質ではないだろうか。

ゆえに、フィクション性を纏わされる。謎のひみつ道具を持ち歩かされ、こんな事もあろうかと用意周到が過ぎる人物にされる。

だが、私はそのようにフィクションを纏わされる『極端な低身長天才』達に、親近感を覚える。

何故なら、私がそうだからだ。

私は極端な低身長だ(った)。

「成長ホルモン分泌不全低身長症」、これが私の健康診断票にいつも書き込まれていた病名だ。

症状は文字通り。原因は分かっていないらしい。

治療法も、成長ホルモン製剤の注射という対症療法的な物だ。極度の低身長という症状が明確に現れないと発覚しないものから身長一般的範囲に盛り返すまで時間がかかった。故に少年時代チビショタだった。治療を終えた今でも、身長は低く童顔な方だ。

毎晩の成長ホルモンの皮下注射というものは、子供心に結構辛かった。自分けが遭わされる不条理というものと隣り合わせで育ったものから、随分世の中は不公平ものだと絶望してしまった。

あと注射をしていたケツと太ももが心なしかデカくなった。安産体型ショタだぞ、抜けよ。

そして、私自身これを自称するのは鼻について好きではないが、少なくとも周囲から評価総合すると、私は天才だそうだ。

個々人の積み上げた好奇心歴史研鑽努力と熱意を不可視化し、天からギフトなどと矮小化する天才という単語はこの世で最も嫌いな単語なのだが、はてさて秀才ではつよそう感がイマイチ足りないので仕方なく天才という単語を使う。

3歳の時には、お遊びでジグソーパズルを裏面を向けたまま完成させて大人を驚かせたそうだ。私自身、出来そうだと思って挑戦し実際に成し遂げて満足した記憶がある。

看板から成分表まで活字があれば何でも読み込む子供で、よく迷子になっていた。漢字自然に覚えたため、小1の時点で小6の教科書漢字含め読めていた。

大人しくさせるために買い与えられたマンガ百科事典国語辞典の類は、それはもう食い入るように読み込んだ。寝食を忘れて読み込んだ。寝食忘れの自己最高記録は、確か留守番中に叩き出した27時間連続だったか中国の8日間絶食読書兄貴には敵わないが、中々な記録だろう。勿論それが健康に悪いことも理解していたので、以降は気をつけるようにしたが。

全国模試でも算数理科で何度か1位を取った。満点なのだから当然同率1位だ。中高以降は恩師のおかげで現代文も得意になったので数学現代文物理経験した。

そんなんだから、大した勉強もする事なく通学圏内最高峰、数十年東大学者首位開成中学校に受かった。なんか受かったから行くわ!wが正直な感想だった。

真剣受験勉強をしていた、しか活字中毒などの変態性はなかった学友が残念ながら麻布東邦まりで(勿論これも十分凄いのだが)、この時に適性の無い者へも無意味な苦難を強いる学歴社会への明確な嫌悪感を覚えた。

開成同級生は大きく3タイプに分けられた。勉強する事が大好きで大好きで仕方がない変態と、私のように勉強は好きでも嫌いでもないが活字知識にのめり込む気質のある変態と……学歴の威光に取り憑かれた愚かな親の犠牲者となった、凡人だ。

学歴主義を刷り込まれた凡人達に、私は恐怖と憐れみを感じた。真面目に勉強した事もなく学校や塾も寝がちだった私にとって、青春を擦り潰して校外でも毎日8時間勉強するという価値観理解出来なかった。

そこまでして一体、一体何になるというのだ。毎日1時間、1ヶ月ほど勉強するだけで適当資格は彼らなら余裕で取れるだろう。職に困らないために学歴を取る、なんてのはおよそコストとリターンが釣り合っていない。

私は彼らが怖くて、大学は全く関係ない某美大学歴パンチで進学した(ここを詳細に書くとマジで特定されそうなので勘弁してくれ)。そもそも私の夢自体漫画家とかゲームクリエイターとかのクリエイター方面だったし。

私が開成に通った途端に学歴に取り憑かれた金だけしかない親には美大進学は猛反対されたが、教育虐待警察に駆け込むと脅したら反対しなくなった。中高当時に親から受けていた拘束を思えば、実際駆け込めば成立していただろう。

ここまで見て分かるように、私の『極端な低身長属性と『天才属性に、一切の因果相関関係はない。だからこの属性が偶然重なる確率は非常に低い。

開成中学合格者数は一年ごとに400人弱、当時の小6男児日本人口約60万人で割ると1500分の1。そこに成長ホルモン分泌不全低身長症の15000分の1を掛けると2250万人に1人となる。ちなみにそこに、『開成高校から私の行った美大にいく変人』の数、大体3年間……1200人に1人ぐらいらしい?を掛けると270億人に1人だ。地球人口こわれる!

2250万人だか270億人だかはもう大差ないし、スキーn級とか小4?だっけ?で夏富士登山完遂(同級生の平均よりも遥かにちっこい身体でだぜ!すごくね?)とか付け足せばいくらでも数字を伸ばせるのでもうどちらでもいいが、まあとにかく私は客観的に見れば超激レアキャラだという事になる。オラッ喰らえ世界に一つだけの花パンチ

ただ、これらは全て私の大事アイデンティティの一つだ。私にとってのそれらは見たことのない激レア属性ではなく、いつも自分自身と隣り合わせのアイデンティティだった。

どんなに希少な属性が重なっていようが、偶然の悪戯が起こればSSRキャラクターはこの世に生を受けてくる。アフリカの貧しい子供達にもたまたまマックにいた桜蔭JKにも想像を及ばせられない、二つ要素が違うだけです〜ぐ想像出来なくなるインターネッツ愚か者共に嘘松呼ばわりされようとも、激レア属性たまたま重なった私は今ここに間違いなく存在している。マックにも行くし高校生時代時代遅れな価値観のオッさんに物申した事もある。喝采ってほどじゃないけど周りの人本当に拍手してくれるんだね。

だというのに、ロリショタ天才達は常にフィクション上の、架空存在として扱われている。

ならば、ここにいる私は一体何なのだ

私はフィクションなのか?匿名増田ですらない、完全なる架空存在なのか?

有り得ない嘘松だけの存在として、想像力の埒外にいなければいけない存在なのか?

ただのゲームきな子供だった私はここに、この世に存在してはいけない存在なのか?

なあ。答えてくれよ。

長くなったが、言いたい事は一つだ。少しの想像力を働かせてほしい、これに尽きる。

そこの道を歩いているくたびれたオッさんは、もしかしたら自由研究で賞を取った事があるかもしれない。そんなちょっとたかもしれない運転が、他者への敬意を払う第一歩となる。勿論何も前提無しに他者歴史人生に敬意を払えられれば、それが一番だ。

空腹を感じた時には、アフリカの貧しい子供はいつもそれ以上の飢餓に苦しめられている事に思いを巡らせてほしい。そして思い出した時にでも、コンビニ募金にお釣りを入れてくれればいい。

レア属性天才や奇才たちと接しても、更なる激レア属性の……私含めた疾病や障害を抱えた天才や奇才たちと接しても、たまたま希少な属性を引いただけの、ごく普通のありふれた存在として接してほしい。

本人が殊更に主張しているケースでも無い限り、恐らくわざわざ言い出したりはしたがらないはずだろう。傷に触れないであげてほしい。天才たちは目立つこと、特別扱いによる疎外にもういい加減ウンザリしているだろうから

というか私の知人の天才たちは大体皆そうだった。そして私もそうだ。もう、奇妙奇天烈見世物小屋人外として扱われるのは沢山だ。

目の前にいる相手雲の上の存在ではなく、マリオポケモンが好きだったり、でんぢゃらすじーさん爆笑したりしていたかもしれないただの人間だと思って接してほしい。

フィクションの箱に押し込んで、相手を遠ざけることをしないでほしい。ロリショタ天才を、フィクションだと思わないでほしい。

私をフィクションにするな。

私をフィクションにするな。

私をフィクションにするな。

2021-04-12

https://anond.hatelabo.jp/20210411203649

同人誌の値段付けるの難しい、って書いた元増田

反応が思っていたよりもあってびっくりした。自分の書くものもこれぐらい反応があれば……。


自分がいるジャンルは数年にわたって人気のある、キャラクタが多くて、かつアニメ映画舞台ミュージカルにもなっている某擬人化ゲーム

二次創作だけど、ガイドは少しゆるいかも。イベントに参加している層も割と幅がある。

書いているカップリングマイナーではないけどメジャーでもない。

いつもある程度書いている人はいるけど、昨日のオフイベントは自カプは片手ぐらいしか参加していなかった。


正直なところ利益はそれ程重視はしていない。

イベントに出るからには何らかの本を出したい。しか自分技量ではたくさんページ数は書けない。

そして毎回薄い本が出来上がる。その上で手に取りやすい単価はいくらなのかを模索している。

最初同人漫画を買っていて、そこから自分で小話を書くようになったので、400円ぐらいでの頒布は少し高いけど妥当かと思っていた。

絵師イラストをお願いしているのは、自力のみで集客をするのは難しいので、本を目立たせるため。

宣伝意味合いもあるので依頼はこれからもすると思う。


同人書店委託しようにも20しか刷ってないし、その20部すらコロナ禍の去年は半分にしたのに、一回のイベントで売り切る事ができない底辺の苦しみ。

ジャンルに人がいるのに全然売れないのは自分の実力不足に他ならないので、そこは何ともいえない……。全年齢の本を頒布しており、ここにエロが加われば集客できるのはなんとなくわかっているけど、技術がない。

支払いしやすいようイベント単価500円っていうのは頭になかった。もう少し頑張って書いてページ数増やして、次は500円で頒布してみようかなぁ。


あと、今回試験的に少し値引き(値下げ)したら、同人誌普通値段は下げないって突っ込まれて、自分で単価決める物なのにどうして値下げが駄目なのか最初理由が分からなかった。

周囲とのバランス大事で、自分サークルの本が安すぎるとそれと比較して他が高く見えてしまうから駄目なんだと教えてもらった。値付けに関しては過去もめ事があったのも聞いて、震えあがった。

めぐりめぐってやっぱり単価を考えるのは難しい。

2021-03-25

ゲームソングランキング

エロゲ思い入れが深すぎるので除外

1位AI: ソムニウム ファイルより「虹ノ矢ハ折レナグランドフィナーレVer」

泣ける曲いい曲は山ほどあれど、笑いながら泣けるならこの曲が一番

作中に出てきた色々な面白エピソードを交えつつ、キャラクタたちの未来を語り、そして最後最後唐突に挿入されるあの一文はブリックヴィンケルなのかアイツなのかセルフなのかSHIFTERなのかと妄想を掻き立てられるアレを思い出しては打越しゅきしゅきになる

あーこめちょききてえ

2位JUDGEMENT 7より「Eternal Days (Judgement∞ ver.)」

黒沢ともよおおおおおおおお!!!!!

もうマジでシナリオ90点、絵80点、BGM70点、黒沢ともよの演技1億満点みたいなゲームなので、最後最後オーラス流れる黒沢ともよのお歌で感動しないわけがないんすよ。

いやもうマジでストーリーも良いんだよ、良いんだけど、これは脚本がどうのというよりは、黒沢ともよのパワーに持っていかれるんだよなあ

でまたこの曲の歌詞が辛いんだよ

そりゃ辛い別れのお話なんだからこの曲も悲しくて当然なんだけど

黒沢ともよ演技力というか歌唱力のせいで、悲しいのにどこか「せめて自分は頑張らないと」と現実を前向きにさせるパワーがあるんすよ

好き。

3位code_18より「ロケット

クソゲーなのは認めるよ

システムが不親切だし、明らかに立ち絵SEが変なシーンはあるし、ストーリーもとっ散らかってるし

けど、この曲とスタッフロールCGだけは今でも忘れられない

家族の、母親と娘の関係値を強く強く抱えてる曲で、聞くたびに野中藍の娘に生まれ変わりたいなあとしみじみ思う

4位Memories Off 5 encoreより「ロマンシングストーリー

この曲の解釈、みんなどうしてます

俺はね、この曲は志倉千代丸が掴んだビッグドリーム、それを魅せる曲だと思ってるんすよお

この曲を聞きながら目を瞑ると見えるんすよ? あのマンション

5位白衣恋愛症候群より「想いの羽根Angelic White〜」

なんかずっと心の中に残り続けてて、オムレットたべてえなって……

2021-03-20

anond:20210216235723

キャラクタアイコンを使うと、公式が配布してるのを使うことになるので多くの人と被る

ある意味埋没したいという心理がある

同じ作品キャラ)を好きな人とおそろいにしたい、仲間になりたい、みたいな

無断で切り取って使ってるやつらは、そもそも作品キャラに愛がないから別

2021-03-11

anond:20210310164144

みてきたけどあれほとんどオマージュでできた庵野氏の仕事集大成みたいな庵野生誕何周年記念映画みたいな同人映画だったよ

庵野自身が自費でDAICONやりたかっただけっぽい

命がどうとか青春がどうとかも全然関係なかったし全部のシリーズ踏襲されてるかっていったら話かわってて全然回収できてないのを別の話で上書きしてたりとかもしてたし

ストーリーとかキャラクタとか世界観で話するのって意味ないと思うよ

そもそも話の原点となるはずの地球外生命体が人間概念しかないって扱いでもう話おかしいし最後ほとんどガンバスターだったし

2021-03-09

anond:20210309191944

込で報酬じゃなきゃなんなんだ?

金払ったんだから、喋れよ、喋る器械とでもいうのか?

めぐりめぐってお前の好きなキャラクタ守銭奴の悪役キャラ?それならいいけど

自分の声をやってくれた声優に、名声のプレゼントもやれないキャラが好きなの?

anond:20210309100539

キモいのわかる

アニメって提供物で自分気持ちよくなった事をつらつらと相手定義言葉にしてあげることで

自分気持ちよくなる性感帯の攻め方を知ってる嬢のプレイをつらつらと書き垂らしてるのが感想とか解説かいってるのがキモいんだと思う

自分解説できるほど理解できたとか感動できるほど評価できるクオリティだとかみたいなのってもはや二次創作なんじゃないかって感じする

ストーリーとか内容そのまま盛りって脈絡のない創作キャラクタだけ乗っけるよりたちがわるいよね

お金で買った快楽を他の人が体験するまえに自分体験を語って評価をつけて他人に話すことで自分提供者側の一部になった気でいるのだろうけど

一番にならんで舞台最前列から後ろに振り返って「おまえら楽しめよ」とか観客なのにほかの観客にむかってふんぞり返るのとかキモい

2021-02-06

逃げ上手の若君の許嫁はなぜ不細工だったか

http://blog.livedoor.jp/kudan9-culture/archives/27926645.html

 

ネウロ暗殺教室も読んだことはないが、逃げ上手の若君を見る限り松井優征は書き割り(類型タイプ漫画家だなあという気はする。

書き割りを極端にすると例示されている嫌煙家のようなキャラクタ誕生する。こう書くと書き割りが悪いことのように聞こえるかもしれないが、それはひとつ表現手法であり上下巧拙もない、と思う。

書き割りは類型であるがゆえに読者に「つかませやすい」し、その上にキャラ固有の内面や奥行きを見せることで魅力を上乗せさせることもできる。これだけ創作物が溢れかえっている世の中で新しい作品を読者に読ませることは容易ではない。キャラに限らず世界観や設定も書き割りにすることで「摩擦係数」を減らして脱落する読者を減らそうとするのはひとつ戦略と言っていい(松井優征作品世界観や設定が書き割りだと言っているわけではない。むしろその点がユニーク作家だと思う)。

 

で、こっからが本題なのだが。

主人公の許嫁が明らかに周囲の人物に劣った外見に描かれることで悪し様に表現されていました。権力者結婚して金持ちになってやるという明け透けな逞しさに私はむしろ好感を持ちましたが、作者は違ったようです。しかし、どうせ第1話死ぬならいい人として描いておいて、主人公が見舞われた悲劇を強調してもよさそうなものですが。

これは明確な読み誤りであると思う。

1話で描かれたのは敵によって主人公日常が壊され旅立ちを余儀なくされるという貴種流離譚の第1幕だ。この日常において主人公の周りにいたのはどんな人達だろうか。普通に読んだ人なら父、兄、許嫁がぱっと浮かんだであろう(諏訪頼重キャラクタ類型でいう助言者。ゆえに日常の外から来る)。なぜか。それぞれ違うキャラクタからである

 

父…ボケてるのかな? というぐらいに愚将

兄…将としては平凡だが弟の才能を素直に評価できる優しさの持ち主

許嫁…容姿よろしくないがそのぶん見る目がある。奇貨居くべしなタイプ商家の娘だったら大成した

 

それぞれ数ページからコマしか出番がないが、これらのキャラクタがすとんと入ってくる。そしてそんな「主人公の周囲にいる色々な人が高氏の反乱によって根こそぎ殺された」とつなげることによって主人公の絶体絶命感(と諏訪頼重という一筋の光明)が強調されている。これが父、兄、許嫁が全員「いい人」程度の描かれ方だったらのぺっとして印象に残らず絶体絶命感も出なかったであろう。

この辺は鬼滅あたりと比較すると分かりやすい。

鬼滅も逃げ上手の若君同様、物語類型としては貴種流離譚であり「行って帰ってくる物語である。炭治郎にとっての日常とは家族との慎ましくも温かな暮らしに他ならず、それを失ったことで寒い雪山を往くハメになる。この場合家族は平凡で優しいことが求められる。極めて愚かな人物が混ざっていたり、逞しいタイプがいたりすると印象がそっちに引っ張られて悲惨さや悲しみが強調されない。慎ましやかな生活感もでない。

逆に北条時行が失ったのは鎌倉幕府である。その巨大さを腑落ちさせるためには色んな層の人間必要で、そのためにピックアップされたのがあの3人(父=幕府トップ、兄=家族、許嫁=重臣(の娘だが層としては重臣))ということなのだ。

ちなみに許嫁の容姿よろしくないのは他の二者との差別化もあるだろうが、明け透けに言ってしまえば生き汚さを出すためだろう。あんなに生命力が強そうなタイプがあっさりと死ぬことによって絶体絶命感が強調されている(こう書けば伝わると思って書いているが、もし分からないなら薄幸の美人という言葉を補助線にしてくれ)。

 

作品のあらゆる要素は作家胸三寸なのであり、そのようにしているのには相応の理由がある。好き嫌いを語る分には構わないだろうが正しい正しくないの観点から論じるのであれば作者に寄り添ってそれによって何を描こうとしているのかつぶさに観ることは最低限必要な態度であろう。

2021-02-01

anond:20210131184504

あのブログみてわかったけど、こういう系統の人って文字文字でみて判断するんだね

「真っ当」といえば、その意味とか状況とか結果の例とかたとえとか字面とか雰囲気とか人の引用とか

「真っ当」とは何かという事についてまず一旦考えないんだよね

何かといえば「発言者想像している内容」に他ならないよね

その言葉がどんな意味かということは別にして発言者言語情報として伝達したいわけではなくて

複合的な情報判断基準の方向づけに選択肢の幅を広げたりするために例えて言語にしただけなんだよね

「真っ当」とは、辞書に書いてある意味はこうだがそれでよいか、などと聞き返す必要もないよね

いつか当たるかもしれないと親の金宝くじを買い続けたりすることが「真っ当」なのか

自分が憧れたり役に立ちたいと考えている相手に対して何を行使すれば達成できるのかが「真っ当」なのか

真っ当がどんな意味かは関係ないんだよね

私の思う真っ当はこれだ、という返答をもらったらそれ以上はなにも言えないわけだし

要するに喩えとか文字で伝わるかとか伝えやすいかとかで表現したりすることは余計にこじらせるようにみえ

なんでも自分武器に取り込んで、それをつかえばマルチでもいいってことですよね、みたいにしてしま

自分の口から自分理解言葉をつくらせないとアドバイスするたびに深みにはまっていきそう




彼女いつまでも奴隷でいないために考えてほしい事といえば

・買わされるだけの客でいるのはエンドユーザーだけだろう

・売る側として成功するなら直営専属代理店ではなく雑貨屋くらいからではないか

商売をするのに借金をするのは当然

まず売れもしない商品を買うのは自分がその商品最終消費者になるものだけ

買ったはいいが使わないけど、売れないすなわち捨てるしかない、そんなものを買わされるのはどう考えてもおかし

嘘でもいいから「売れすぎて入手困難、これ世に出したら大金になってしまうので転売禁止」とでも銘打ってる商品ではあるべきじゃない?

だれでも定価で買えるものを頂くのに会員になる必要とかそれを売ることをチャレンジなんていう必要がない

次にその商品だけしか売れない商売ってそれこそ「売ったら確実に金になってしまうので売る人間を選定する」専売でないと意味がない

先述と同じくほかから安く必要ときに近くから買えばいいだけなのであなたが頑張る必要がない

他にない商品を手に入れられないのなら作るしかない

似顔絵なりキーホルダーなり版権使用料を負けてくれるとかキャラクタの商用利用を許可してくれるとかあるべきが会員だろうし

その売り上げをプペるのはなにも問題ないでしょう

商売してる人や大きな会社でも銀行からお金を借りています

借金リスクとかではないです

売り上げて返せる見込みがあるのなら、そのプラン言葉説明して第三者理解してもらって

信頼してもらって義務を果たせるならお金なんていくらでも借りれます

クラウドファンディング成功した、ってそれは大道芸お金をせびったのと同じでしょう

返済義務がないから達成義務もない

自分の見た目という体一つで稼いできたお金でプペろうというのは生産をしないで自分の体を消費して稼いできたお金ですよね

お金を返す予定で借りる、返せるだけの努力をどこにできる、そんなプランがあってはじめて「なにかをできる人」ではないでしょうか

チケットさばいてきてと言われて「はい」と返事できることがクラブ内での「信用」でそれをしたから「信用」をつかって他の人にも自分チケットを売れます

自分ライブをするといえば西野クラブの人たちは買ってくれます

そういうところだと思うんですよね

言葉でこれを伝えても「言葉はつたわった、だから私は絵本を買ってチケットを買って売るね」になるという事をなんと言えば伝わるのだろうか

たぶん伝わらない気がする

なにかを体感するしかないと思うのだけど、それがいつ訪れるのか期待をして楽観的に見守るしかないと思います

2021-01-12

anond:20210111213658

その通りと思うが実際にならない理由戦後発展の共同体任務なく生活できる解放感の体感価値が高すぎと人身御供儀式の意義と必要性義が喪失しているので継続的に慣習を維持できないところかと。

前提として

金があればみんな黙るともあるがそんなのは当たり前で金がないか文句をいう始末。文句を言うだけならいいけど金がないのを理由感染を広めているのだから金がないなら感染させていいという感覚より金がないけど感染させたら死ぬからどうしたらいいの≒死んでということを暗に理解をするべきところ。

人間一人が生活できなくなることが問題から社会生活する10人なり100人なりに感染させてそれらに活動を停止させるリスクを背負わせる事のほうが倫理的でそれが社会共同体、助けあいってもんだろというのならそうだろうけど、感染を拡大させるようなやつをどうすべきかははっきりいってやってほしい。

病院の受け入れがどうのということにもなるだろうけどそれいさらいってもそういう金をもらえたら休むけどという人がさきに入り詰めてもうあふれてるわけなのだから第二陣以降は金がなくなって死ぬなら死ぬしかない。

全員に回らなかった金も人数が少なくなれば少しばかり出せるようにもなるかもしれない。

まずその団体への貢献が必要という思想海外宗教徹底からくるそれとは大きく異なるし、個別に分断されることがどれだけ個人にとっては楽しくメリットがあるかという甘い汁は依存性の高い麻薬のようなもの

しがらみや血縁ストレスからいったん解放されたものはもう団体に属すのは金をつくるためだけの疑似人格がやっていることで本当の自分仕事以外の時間にいるしむしろ死んだら自分支配する側(されるのはどれだけ嫌がっていたのか記憶していないのか)になりたいと言い出す始末。

個人が村から追い出すのはその行動の残酷性が楽しくしか団体責任批判を肩代わりしていくれるので、自分意見を言っただけといえるのでおそらく陰口私刑は多く行われる可能性は高い。

村の存亡をかけた使命感から悪役を買って出るなんていう人間はまずいないだろう。

そうすると観測から匿名で行動する者が増えるだけで、それらを逃れた潜在的問題は浮上するまで目につかないところでリスクを増大させることになる。

具体的に人物ないしは役職がそれらをくまなく取り上げ批判する団体行動が必要になる。

その批判側の団体ですら属することができない人間が単発で提示された情報に食いついて扇動した人間意図どおり攻撃する以外できない。

直線方向にしか飛ばない火をつけたら飛んでいく兵器と同じである。たしか有用ではある。だがお祭りのように直上に放って炸裂するのを見て楽しむ風流ものではない。

その使いどころの微妙な要素を具体的に結果を望む方向にあわせ必要タイミングを待ち効果的な配置で使う指導者やその命令が直接伝達されなかった場合独自判断で行動するための指針が必要になる。

団体形成した時点でルール定義はある程度理解をしているだろうしさせられることもある。それに従えばよいのだが局面としてその指示を得られず単独判断必要とする場面がくる。

それは個が団体の一員として行動をする瞬間そのものでもあるし、行動作戦中でもあるだろう。

確実に団体有益な結果を出すべく個人行動をするときに考えるのがリーダー名前であったり家族名前であったりすると、固定的に帰着する必要性の対価がある。

自分の命が、何と交換されるのかという式において、神に返す天皇万歳、残された家族コミュニティから手厚い補償があるはずだという信念、それらを抱くための偶像必要になる。

自分の大切なもの自分で考えろと、個に浸りきった考えでは至るだろうけれども自分で考えた主神に祈ってその効果が期待できるだろうか。

ぼくがかんがえたさいきょうのあんぱんまん、というメモを胸にそのさいきょうのあんぱんまんが家族を救ったりコミュニティを守ったりすることを妄想しながら自分死ねると覚悟ができるだろうか。

できる人間はいるだろうしそれはもうこの話の指摘に含まれるほど大多数ではないので、イケるなら個人で逝っておいてほしい。

天皇親鸞キリストやあこがれの先輩や王なり首相なり、その名前に少しでも威厳を感じたりそれらに自分は損害を払っても貢献したいと考えるそれが必要になる。

その自分ポリシーとしている事についてなにをすべきで何がすべきでないか自分人生形成しているそれともいえる対象のサブストーリーを考えれば自身の成すべき行動も必然的選択されるはず。

従っている上位存在についてそれらが怒らず喜び、受けつけ歓迎されて失望されず見放されない、すでに周知されているはずのそれらについて自分可能な行動が選択できるようになる。

短期的に前例のない突発事項へそれを行使するためには、単発的な神が必要。その神というのが人身御供、実際に最初目的のために死んだ人間をつくることでその意思を複製し行動することに意義を感じ忘れず方向性個別に同じ方向へ維持できるようになる。

かつて女児がそれを担っていたのは村で一番価値のある生命といえば生命を生み出すことができる女性であり若くてだれからも愛でられる人の子であればまさにそれである

その無念を晴らすという感情や、無駄にしない行動を慎重にとるという基礎行動ができる。


この団体行動のデメリット不快感現在手に入れている個の解放感に比べ非常に大きいのと、継続的意思を維持できない偶像の消耗具合がそれらを成功に導かないと想像される。

問題点を具体的にあげてダメだというだけであればただのネット論客()と同じなので、これらを現代差し替えられる提案を一つしたい。

個人が挙げる候補としての一つなので、人の数だけ提案はあるだろうしそのうち成功できる策もあるだろう。

一つは団体行動へのメリット復権である

個の魅力は無限である。部屋に閉じこもって生きてさえいれたらそれだけでいいという人間すらいる。絶望とはなにかを問う事すらできない。

永遠の命に魅力を感じるという人間はみなこの性質があるだろう。

生きていけないという条件に個を追いやると、全部の個がそれに当たってしまコミュニティの維持が出来なくなるのは必至。

生かしたまま、とそれだけで個のメリットを充分に満たすのでそれ以上のが必要なくなる。まさに生きる無駄となる。

オンラインゲームですらメリットしかないはずなのにコミュニケーション不和から天国で殺し合う結果になる人間

言語による意思伝達しかもたないのでそれに変換できる行動理解しか他人理解できないため齟齬がおきる。

ならばコミュニケーション団体が代行し個人は完全に個のままで行動できるように形成する。

国家国民管理方法オーバーライドして氏名や住所や身体のものという動員をもって行動をしたりするだろうそれを完全に匿名にする。

そして団体の行動は個で行いその集積は団体で行う。個人間のコミュニケーションは無し。メリットの変換は個人特定されないもの

現金などを団体から個人平等に。コミュニティの貢献が実質自分手取りになり上下や不平等貢献度の差など感知されないようにする。

個と個のリレーを行う仕組みをネットや端末で補うことで可能なはず。

構成員同士が顔を合わせる可能性をあらかじめ禁じた方向で維持をする。

手段分散しては即時完全に意味を無くすので唯一無二の連絡方法をもってその団体とするのであれば可能だと考える。これが団体行動への一案。


人身御供については実際に志村けん第一波でなったそれだと考えるが維持性能としてはそれを継続的に支える母体がなかったため消滅したと思われる。

志村けん財団ファンクラブなんてもの存在しそれがコロナによる死を無駄にしないという提言をしていれば、また志村けんをふたたび殺すなと行動ができるはず。

支持を継続できる人物、あまり深く知られていないが表面上愛されて価値があるそれ、アイドルなりを掲げればと思うが実際に人間がそうなる意義をもはや失っている現在効果は期待できない。

ならばアニメ漫画、Vtuberのようなもの人身御供にするのはどうだろうか。

あのアニメがもう10年前、15年前、20年前のものだったと世代差に驚くトゥギャッターときどき浮上するそれを掲げるのだ。

しかし実際に葬儀を行われたアニメキャラや数多くのキャンペーンに使われたものたちもなんら方向性を代弁したり団結する意思の基礎とはなっていない前例から難しいだろう。

では継続的伝承となっているキャラクタの特性を利用するのはどうだろうか。

平将門アーサー王ゼウスサタン定番とされているような名前以外なにもよくわかっていないのになにかしらの方向性を決定するのに大きな推進力となる現在存在していない人型のもの名前は多くある。

なぜ名前だけしか存在しないのにそれだけ利用されているのか、それは支持層があるから。実際にそれが存在しているという文章建築物、そこに人を集める方法があり公知されるしくみがある。

これらを象徴とすることで行動の指針とできるしそれを語るだけで人を説得することができる。モニュメントの意義とはこれだ。

ガンダム実在させたというアトラクションもあった。何かはわからないけれども炭治郎というのもなんとかの呼吸をしていた。

これらを維持継続させるオブジェ存在させるか、支持する団体存在させればその認知度がすなわち行動指針への再利用価値としての生贄になりえるのではないか

ガンダムや鬼滅、アイドルといえば何か、現在結果からみてそれらの共通点といえば「ごり押し」だろう。

ごり押しの失敗例としては剛力彩芽があるだろうけれどもあれは個人だったので好き嫌いが別れて分断することは当然であった。

ポスト和田アキ子みたいなもの企画側が創造できることを実証たかったのかもしれないが結果失敗に終わっている。

では団体にしてしまってどれがどの顔なのかもわからないような女子集団にすればどうか。これは成功している。

毎年もっともよい状態女子を人としての情報が出てこない間に使う。無料で配布することの威力はK-POPが示している。

無料配布で素材利用ができる一定量女子団体形成して順番にコロナ消滅させていけば、全員が息絶えるそれまでのドラマを行動に使えるのではないか

攻勢に予防をするためのキャンペーンキャラクタでもよいし、感染して死んでいくキャラクタでもそれは運営の手腕による。

それ以外の選択肢を無くして動員を図ると自然と動員は成される。他にないから行かないとならないのは実証済みである

収益について関係各位が綿密に分配を算段する必要があるだろうけれども、その収益活動金銭とそれをさら継続的に生み出す人の命も救うのだと思って計画が成されたらというのが一案。

いらすとやのようなフリー素材として使える期間限定アイドルグループ、コロナ私刑容認する村社会アイドルを全国デビューというわけだ。


これが現実的でない理由二次創作かさねていだく必要はない。実際に存在していないしこれから存在しないだろう。

存在していないものについてさまざまに論じていただく「だまされておどけた姿を晒してそれにより本題がいかに愚かしいか」という恥ずかしい踊りをしていただく必要はないのだ。

案があればそれを出してそれをもってこの案を否定していただいたらよい。

取り組むべきではないと考えるそれならば、口をつぐんでおくのが得策であろう。

ここに火をつけていただいて人身御供にしていただいたならば、それこそこちらは本望というもの

2021-01-11

[]118日目

なわとび:601回

ボクシング:125kcal

徒歩:112.9kcal/3785歩

アニメの話

レコーダーがずっと何かを録画し続けていて怖い

頑張って見て片付けないと、すでにものすごい数のアニメが積み上がってる

今日見た中で残念ながらそこそこ面白そうで切れなかったのは魔道祖師とSK∞と怪物事変の三つ

魔道祖師仙人が道術駆使して戦う感じの中国アニメだけど、画面がやたらと豪華で気になる

エスケーエイト沖縄スノーボーダースケボーやる話かな

男児向けアニメのような濃いめのキャラクタ女性向けのようなバリバリイケメンデザインで描いているせいで、どことなキンプリと似たような匂いがする

怪物事変は妖怪の子妖怪退治するようなよくある感じだけど、なんとなく出来がいい感じがする

亜細亜堂名前を久々に見たか

結構ザクザク切ってるつもりだけど、なんか今期は全体に質が高い感じがする

2020-12-19

くやしかったら XXしてみろとか 他人を操縦しようとする

ひとごろし

そいつとって僕はゲームキャラクタ

勇者様 ひとごろし 相手のことを 人間だと思っていない

ゲームコマしか おもっていない

自分以外は ゲームコマなんだろうな

相手にお前は頭がおかしい といえる

どうかんがえても そんなことを気軽に行って みんなに言い振らせるほうが

っておもうけど

世間様にとっては おまえはあたまがおかしい って みんなに言いふらすほうが 正常で

言われて苦しむほうが あたまがおかしいらしい

 

実験もしないで プロでもないのに 自分常識押し付けるのは 頭がおかしくなくて

プロデータをみて 自分もその実験が正しいと 確認して

こういう実験の結果 その人の言うことが正しいともう 資料はこれ というのは 頭がおかしいい キチガイ

 

そんなもの 手を洗え というのが 正常 と この国はいっている

自分のやったことは あたまがおかしくないだろうか とは考えない

 

コロナ対策で 手を洗いましょう ということは あたまがおかしくないそうだ

 

医者様の指導により コロナ対策で XXしましょう と僕なら言うが 億は頭がおかしいらしい

2020-12-15

anond:20201214053722

ヒットで金儲けできるキャラクタコンテンツじゃなくて教育だったんですよ

ギリ合法でねちねち迷惑かけても犯罪ではないですが刃傷沙汰犯罪ですよニヤニヤっていうのが

貶められた正直者が差し迫って配下には迷惑をかけるが(自死するので)これだけはやらせてくれってのを

配下「ぜんぜん迷惑じゃないよ!それどころか復讐するよ!違法だし筋違いだけど合法で嫌な事するやつは犯罪者に自分が堕ちるとしても!」

配下だって現行法の良いところをきつくしてみんなが息苦しくなるなら、僕たちだけで悪いやつをのめす方法があることを歴史的に示すよ!」

としてついていったよって話なので国語教科書にのってた物語ジブリアニメ化したりしないか教科書は衰退するとかそういう話ではないと思うよ

2020-12-05

萌え絵アニメーションに向いてないという勘違い


巷で話題萌えアニメオタク害悪だと主張する記事を読んだ感想である


私は萌えアニメからいわゆる硬派と呼ばれるアニメまで広く嗜む、アニメ視聴歴20年くらいのしがないアラサー男だ。

ジャンプサンデーと言ったお馴染みの週刊誌で人気の原作アニメが、テレ東ゴールデンタイム毎日のように放送されていた頃に、箸で摘んだ夕食のコロッケテーブルの上に落としブラウン管にかじりつく少年期を過ごし、最近新刊が発売された『涼宮ハルヒの憂鬱』をきっかけにいわゆる深夜アニメ世界に足を踏み入れて、今日に至ると言った経歴(他に言葉が思いつかなかった)を持っている。

視聴作品数は、履歴書に書けば人間性理由採用確率が30%減になるくらいあっただろうか。と言っても熱中度でいえば大したモノではなく、どんなに気に入った作品でも円盤を買ったり、グッズ等を買う程度だった。興奮が抑えられず感想ブログに載せたり、二次創作に勤しんだりするくらいならニコニコ動画で他の作品の視聴課金をし始めるくらいには職人気質は持ち合わせておらず、人によってはカステラ茶色の表皮だけをすくって人工甘味料(無いかも)の鋭く刺すような舌触りだけで満足するような、奇怪な楽しみかたをダラダラ続けていただけに見えるかもしれない。

そんな人間がひさしぶりに取れた休日の暇潰しに書いた文章だ。

簡潔に何が言いたいのか知りたい方は、途中全く大したこと書いてないので、最後だけを読んでほしい。

以降は今の俺以上に暇だと宣言できる、大変人間強度に優れた人だけが読み進めて欲しい。


主に作品ごとのアニメーションが持つ性質役割の違いについて横道に外れながら綴っていきたいと思う。

過去に色々な作品を目にしてきている者ならばご理解いただけると思うが、「好きなアニメは? どういうところが好きなの?」と質問を受けたとき、瞬時に心動かされた場面(シーン)が頭の中を駆け巡り、「さてどれから話せばよいものか……」と、全身が幾分高揚している自分がいることに気づくだろう。

それらはキャラクタたちと共にストーリーを辿ることで得られた感覚につけられた名前のようなものだと私は考える。そしてそれらは言葉では表せないが、私たちに中で一種の『共通言語』的な役割を担い、機能しているのだ。


例えば以下のシーンを目を瞑って思い浮かべてもらいたい。


『氷属性もつ冷徹残忍な魔女が、手に持った杖を振るった。その瞬間空間四方から無数の鋭利な菱形をした氷の刃が出現し、彼女の透明感のある艶やかな唇で結ばれる「さようなら」の言葉を合図に一斉に襲いかかってきた』


数々の映像作品を見たことがある人なら、無の空間からパキパキと音を立てながら蒼白い形作られ、魔女の妖艶な笑顔が映った次の瞬間に鋭い氷の塊が視界の中心に集まってくる2、3カットくらいの映像が容易に頭の中に流れたことだろう。

これは性格によるのかもしれないが、私は基本的には物語の進行上は「それ」でOKと考えるのだ。

「それ」とは、視聴者の頭の中で出来上がった薄ぼんやりとした2、3カットのことであり、重要なのは「それ」を我々視聴者に想起させ、作品を補完させることだと考えている。

例えば先のシーンで「魔女がどんな容姿でどんな服装服をまとい、どんな体勢なのか」とか、「魔女と言うくらいなら箒に乗っているのか」とか、「どんな服を身に纏っていたのか」とか、「どれくらい勢いで杖を振ったのか、杖の先はどこを向いているのか」とか、「氷の軌道は直線的なのか最初に外側に弧を描くなどトリッキーな動きをしているのか、時間差のある多段階攻撃なのか」などの質問されたら、スラスラと答えられるだろうか。(……私だけができないのなら怖い。ショックのあまり寝込む)

おそらくだが「いやそんな細かいところまでは……」のレベルの話だと思っている。多分これができる人はきっと絵が上手いはずだ。私は私を含め絵がど下手くその人がこの世にいることを知っている。

ぶちゃけた話、そこの解像度が高くなくても我々には多分『伝わってる』のである

しろ、それでどれくらい負傷するのかとか、実力差はどれくらいなのか、どうやって勝つのか負けるのかなどの次の展開に興味が移っていないだろうか。さらに言えば、この魔女性格はどんな感じなのか? 冷徹なのだから口調は厳しいのかとか、魔女主人公のこと気に入ったりするのか、追々仲間になる展開なのか、と言った、キャラクタの心情の移り変わる様子すら、この段階で期待してそれを軸に妄想を膨らませる人もいるだろう。

さらにここに、


『氷の魔女と呼ばれる彼女は、実は地球に住む人間の種を手に入れようと狙ってやってきた宇宙人であった。侵略活動やすいよう周りの空気自分たちの住む星の大気温度まで下げるため、彼女腰掛けているステンレス製の巨大三角から温度を奪う冷気的な何かを放出していて、空気中の水蒸気が氷結してできた塊を利用し相手冷凍保存しようとしている』


と言ったストーリーの上欠かせない設定が加わった瞬間、魔女攻撃の一連の動きがどれくらい迫力があるのかよりも、物語の展開的な動きの方が気になってこないだろうか。アニメーション上の緻密な動作よりも、ギャグ調を出すためにSDキャラデザや画面効果といった要素の方が卓越してきそうなモノである


要はその作品がどんなジャンルでどんなテーマなのか、その中でアニメーションをどう位置付けているかで、表現千差万別の答えを持っていると考えている。立体的な動きとか力の伝わり方を見て取れるようなリアリティを重視するよりも、もっと感情移入して欲しいかキャラクタの魅力を全面に出す方針があるのであれば、背景のモブと呼ばれる方々まで生き生きと動いていればその画面の映え様に感動するけど、そこに力入れるなら止め絵でも良いかキャラ造形やカラーグラデーションに力が入ってて欲しいよねって意見も当然あると思う。

この時萌え絵かどうかはあんまり本質的問題ではなくて、視聴者各々の共通言語とどれほどマッチしていて違和感あるかないかの話に過ぎないと考える。

これより先は趣味指向トレンドしか言えない領域突入してしまう気がしてならない。そこは表現の自由が担保されている以上、善悪判断軸が及ばない空間である

もしそれに対して「過去多くの作品萌え絵が使われていて、時間をかけて大衆になじんでしまたことで不当にも市民権的なモノを得てしまたからだ!」などと主張してしまっては、もはや時代(トレンド)に対する憎悪しかなく、いつまでも見えない相手との戦いを余儀なくされることになるだろう。

キャラ造形に対する文句ほど不毛なことはない。


ひと昔前にギャルゲー原作としたアニメが多く生み出される時期があった。のちにラノベ原作アニメが多く輩出される時代が訪れることになるのだが、当時としてはニコニコ動画を始めとした他メディアで取り沙汰され、言わば萌えアニメの本流とも言える地位を築いていたと思う。

ではそのどれもが、彼がいうところの『強度』なるものを有してたかというと、……なんとも言えないところはあるかも知れない。

当然のことだが何千枚という数の原画に対して、その全て原作独特の繊細な塗りを再現するのは時間的にも経済的にも叶わず立ち絵差分とスチルと効果のみで表現されていた絵に対して、話の展開にマッチするようにかつゼロから動きを盛り込むのはやはり至難の技のようで、結果的作品の持つ強みを生かしきれないまま終わってしまったものが多くあった印象がある。

その原因は、アニメ萌え絵が向いていないというよりは、テキスト……特にキャラクタの心情面に比重が大きい作品は、初めからアニメーションを十二分に活かせるだけの舞台比較的狭いように思える。キャラクタ同士のウィットに富んだ掛け合いを楽しむだけなら、それこそゲームのように会話と場面移動、要所要所で叙情性の窺える背景描写カットの繰り返しで事足りてしまい、ともすれば動作は間を持たせるためのツールになってしま可能性すらあるのだ。身もふたもない話だが。

まりなんとも言えない感じになるのは萌え絵のせいではなく、作品のコンセプトにいかアニメーションを上手絡めることができるかによるのだ。そしてそれは当然、作品ジャンルアクション主体なのかコメディ主体なのかリアル恋愛主体となるのかでアニメーションの寄与度の上限が決まってくるので、表現手法の一つである「動き」単体で評価した時、ジャンルによる偏りがどうしても出てしまうモノなのだ。画面映えする動きがなくても『十二人の怒れる男』(実写映画だけど)のような名作は生まれる。

実際のギャルゲー原作作品には、画面映えを飽きさせないようなさまざまなアイデアが盛り込まれていたけど、いよいよ話の筋から外れてしまうから割愛したい。


画面を縦横無尽に駆け巡るアニメーションは、突き詰めればただの動きであり、結局は表現手法の一つでしかなく、ストーリーとの直接的な関係がなければ、ストーリーへの直接的に干渉することはできない別レイヤー存在にすぎないとも言える。

絵コンテ等の段階でスクリーン上の動きに込めた意図に気づける目の肥えた人にとっては、「動かし屋さん」の実力が垣間見れる瞬間であり、味の決め手のような作品価値を決定づける重要ポイントなのかも知れない。

だがストーリーの展開に目が向いてしまう人々にとっては「面白い動きだな、他作品ではあんまり見ないカットを入れてるな」くらいに止まっていて、やっぱりキャラ同士の会話やその時に垣間見れる感情自分リーチできるかどうかに関心が向いてしまものだ。

昨日NHKの某番組で紹介されていたが、殆ど人間は1秒間に4,5枚の絵しか見れないらしい。一枚絵のカットの切り替え表現の繰り返しは、程度にもよるのだろうが、予算工程など諸々の事情を鑑みた時、大変妥当表現だと個人的には思う。

昨今のは様々な形が出てきたとはいえ、まだまだ異世界生モノアニメブームが続いているように見える。

少ないリソースで最大効果を期待する戦略としては非常に合理的だと思っている。

ストーリー上の役割が小さい場面では「異世界生モノあるある」やその根底にある「子供の頃に慣れ親しんだRPGの思い出」という共通言語を利用して絞り、作品オリジナルの強みにピボットを置き部分的に「動き」のリソースを割くことで相対的な画面と展開のギャップを生み出し、差別化と人気を獲得するにあたり大変都合が良いのかなと思っている。

この潮流について個人的にどうと言うつもりはない。むしろ当然の流れだと思う。個人的には長らく続いてきた「高校生部活青春ドラマ」がようやく落ち着いてきて、代わりに台頭してきたくらいの感覚だ。時代とともに変遷する価値観や需要を端的に示していると思ってる。


ところで『リトルウィッチアカデミア』というアニメ作品をご存知だろうか。

2017年に株式会社トリガーから出されたオリジナル作品で、ヒロイン少女アッコが憧れの魔女シャイニィシャリオにのようになろうと魔法学校入学し、仲間達と共に成長を遂げていくというお話である。当時OP映像を見てその作り込まれ世界観引き込まれ、全話リアルタイムで追っていた。

ご存知の通りトリガーといえば他にも『キルラキル』や『SSSS.GRIDMAN』を始めとする数々の名作アニメを世に生み出した有名なアニメ製作会社だ。

社名に違わず弾丸が飛び交うような激しいアクションシーンが特徴的で、およそ10年にわたり多くのアニメファンを魅了し続けてきた。

何の因果か、つい先日株式会社トリガーが手がけるのアニメオリジナル放送前となる『リトルウィッチアカデミア』の短編映画原画制作する新人アニメーターたちの様子を追ったドキュメンタリー動画を、失礼ながらもしゃちく☆まっしぐらしていたリアタイ当時の自分の状況と重ねながら観ていた。

今回この拙文を書こうと思ったのも、その動画を触れたあとの余韻がそうさせたのだと思う。

動画の内容が気になった方は各人で確認してもらいたい。

端的に言うと、彼らが手がける他作品と一線を画す豪快な「動き」に込められた感動を生み出すもののの正体はアニメーターたちの寿命のものだ。

そこまで心血注がなくたって、既に共通言語を獲得している我々にはその半分以下の動きであったとしてもおそらく『伝わっている』のである。だが彼らはそんな事眼中にはなさそうだ。彼ら自身が観たいものを描いているだけなのだろう。シャイニィシャリオクルクルと回りながら杖を振り動物たちの花火魔法を出すまでのたった数秒の「動き」に、何週間も終わりの見えない苦悩を重ね続けるなんて、それこそ描くこと動かすことが大大大好きでもなければやれるはずがない。私のような観ているだけの人間には理解できない世界がそこにはあった。

間違いなく時代トレンド関係なく後世に伝わってほしい作品の一つだし、アニメ好きの私は一つでも多くそう言った作品が世に出てくることを願ってやまないものの一人ではある。

だがそれがアニメの全てだとかあるべき姿だとかそういう指向性に囚われるような話でもないと思う。

だが、予算制作期間と人員の消耗等のあらゆるのリスクを考えるのであれば、それらアニメーターの生命と血が滴る作品を世に出すことは、何十人何百人の人生をかけた大勝負であり、そんなものを定期的に見せておくれよなんて烏滸がましいことを言えるほど私は偉い人間ではない。

製作陣の戦いの姿の一端を見ただけで、シャリオが振う杖の軌跡一つとっても、数年に一度しか拝めない奇跡の奇蹟と言われても納得できるし、胸の内から熱く込み上げてくるものを心地よく感じることができる。


コロナの影響ですっかり荒廃しきった今の時代、人との関わりがすっかり乏しくなってしまった(俺だけかもしれないけど)独身を生きる俺に、自然と「頑張って作ってくれてありがとう」の気持ちと、明日を頑張れる活力を授けてくれた魔法だった。

もっと色々な魔法を、『傑作』を見てみたい! その想いの強さが故にアニメ業界の現状に、文句の声の一つくらい出してみたい気持ちもわかる。

けれど、

あの世界は、我々視聴者同士が視聴者層の絵の嗜好がどうとかで文句を言い合っているレベルで語れるのものではないのだと私は思う。

私が円盤や関連グッズを購入すると言った金銭的な応援以外にできることは、アニメーターの方々が1秒でも長くアニメを大大大好きでいていただきたいと願うだけである


気づきの通り最後の2文が言いたかっただけだ。

最後まで読んでいただいた方は、こんな拙文にお時間取らせてしま申し訳ない。

良いアニメライフを。

萌え絵アニメーションに向いてないという勘違い

巷で話題萌えアニメオタク害悪だと主張する記事を読んだ感想である

私は萌えアニメからいわゆる硬派と呼ばれるアニメまで広く嗜む、アニメ視聴歴20年くらいのしがないアラサー男だ。

ジャンプサンデーと言ったお馴染みの週刊誌で人気の原作アニメが、テレ東ゴールデンタイム毎日のように放送されていた頃に、箸で摘んだ夕食のコロッケテーブルの上に落としブラウン管にかじりつく少年期を過ごし、最近新刊が発売された『涼宮ハルヒの憂鬱』をきっかけにいわゆる深夜アニメ世界に足を踏み入れて、今日に至ると言った経歴(他に言葉が思いつかなかった)を持っている。

視聴作品数は、履歴書に書けば人間性理由採用確率が30%減になるくらいあっただろうか。と言っても熱中度でいえば大したモノではなく、どんなに気に入った作品でも円盤を買ったり、グッズ等を買う程度だった。興奮が抑えられず感想ブログに載せたり、二次創作に勤しんだりするくらいならニコニコ動画で他の作品の視聴課金をし始めるくらいには職人気質は持ち合わせておらず、人によってはカステラ茶色の表皮だけをすくって人工甘味料(無いかも)の鋭く刺すような舌触りだけで満足するような、奇怪な楽しみかたをダラダラ続けていただけに見えるかもしれない。

そんな人間がひさしぶりに取れた休日の暇潰しに書いた文章だ。

簡潔に何が言いたいのか知りたい方は、途中全く大したこと書いてないので、最後だけを読んでほしい。

以降は今の俺以上に暇だと宣言できる、大変人間強度に優れた人だけが読み進めて欲しい。

主に作品ごとのアニメーションが持つ性質役割の違いについて横道に外れながら綴っていきたいと思う。

過去に色々な作品を目にしてきている者ならばご理解いただけると思うが、「好きなアニメは? どういうところが好きなの?」と質問を受けたとき、瞬時に心動かされた場面(シーン)が頭の中を駆け巡り、「さてどれから話せばよいものか……」と、全身が幾分高揚している自分がいることに気づくだろう。

それらはキャラクタたちと共にストーリーを辿ることで得られた感覚につけられた名前のようなものだと私は考える。そしてそれらは言葉では表せないが、私たちに中で一種の『共通言語』的な役割を担い、機能しているのだ。

アニメーション、画面上の動きの一つに、こうした共通言語や構図の時間的変化から読み取れる言語で感じて欲しい叙情性に補完を入れたいのか。

例えば以下のシーンを目を瞑って思い浮かべてもらいたい。

『氷属性もつ冷徹残忍な魔女が、手に持った杖を振るった。その瞬間空間四方から無数の鋭利な菱形をした氷の刃が出現し、彼女の透明感のある艶やかな唇で結ばれる「さようなら」の言葉を合図に一斉に襲いかかってきた』

数々の映像作品を見たことがある人なら、無の空間からパキパキと音を立てながら蒼白い形作られ、魔女の妖艶な笑顔が映った次の瞬間に鋭い氷の塊が視界の中心に集まってくる2、3カットくらいの映像が容易に頭の中に流れたことだろう。

これは性格によるのかもしれないが、私は基本的には物語の進行上は「それ」でOKと考えるのだ。

「それ」とは、視聴者の頭の中で出来上がった薄ぼんやりとした2、3カットのことであり、重要なのは「それ」を我々視聴者に想起させ、作品を補完させることだと考えている。

例えば先のシーンで「魔女がどんな容姿でどんな服装服をまとい、どんな体勢なのか」とか、「魔女と言うくらいなら箒に乗っているのか」とか、「どんな服を身に纏っていたのか」とか、「どれくらい勢いで杖を振ったのか、杖の先はどこを向いているのか」とか、「氷の軌道は直線的なのか最初に外側に弧を描くなどトリッキーな動きをしているのか、時間差のある多段階攻撃なのか」などの質問されたら、スラスラと答えられるだろうか。(……私だけができないのなら怖い。ショックのあまり寝込む)

おそらくだが「いやそんな細かいところまでは……」のレベルの話だと思っている。多分これができる人はきっと絵が上手いはずだ。私は私を含め絵がど下手くその人がこの世にいることを知っている。

ぶちゃけた話、そこの解像度が高くなくても我々には多分『伝わってる』のである

しろ、それでどれくらい負傷するのかとか、実力差はどれくらいなのか、どうやって勝つのか負けるのかなどの次の展開に興味が移っていないだろうか。さらに言えば、この魔女性格はどんな感じなのか? 冷徹なのだから口調は厳しいのかとか、魔女主人公のこと気に入ったりするのか、追々仲間になる展開なのか、と言った、キャラクタの心情の移り変わる様子すら、この段階で期待してそれを軸に妄想を膨らませる人もいるだろう。

さらにここに、

『氷の魔女と呼ばれる彼女は、実は地球に住む人間の種を手に入れようと狙ってやってきた宇宙人であった。侵略活動やすいよう周りの空気自分たちの住む星の大気温度まで下げるため、彼女腰掛けているステンレス製の巨大三角から温度を奪う冷気的な何かを放出していて、空気中の水蒸気が氷結してできた塊を利用し相手冷凍保存しようとしている』

と言ったストーリーの上欠かせない設定が加わった瞬間、魔女攻撃の一連の動きがどれくらい迫力があるのかよりも、物語の展開的な動きの方が気になってこないだろうか。アニメーション上の緻密な動作よりも、ギャグ調を出すためにSDキャラデザや画面効果といった要素の方が卓越してきそうなモノである

要はその作品がどんなジャンルでどんなテーマなのか、その中でアニメーションをどう位置付けているかで、表現千差万別の答えを持っていると考えている。立体的な動きとか力の伝わり方を見て取れるようなリアリティを重視するよりも、もっと感情移入して欲しいかキャラクタの魅力を全面に出す方針があるのであれば、背景のモブと呼ばれる方々まで生き生きと動いていればその画面の映え様に感動するけど、そこに力入れるなら止め絵でも良いかキャラ造形やカラーグラデーションに力が入ってて欲しいよねって意見も当然あると思う。

この時萌え絵かどうかはあんまり本質的問題ではなくて、視聴者各々の共通言語とどれほどマッチしていて違和感あるかないかの話に過ぎないと考える。

これより先は趣味指向トレンドしか言えない領域突入してしまう気がしてならない。そこは表現の自由が担保されている以上、善悪判断軸が及ばない空間である

もしそれに対して「過去多くの作品萌え絵が使われていて、時間をかけて大衆になじんでしまたことで不当にも市民権的なモノを得てしまたからだ!」などと主張してしまっては、もはや時代(トレンド)に対する憎悪しかなく、いつまでも見えない相手との戦いを余儀なくされることになるだろう。

キャラ造形に対する文句ほど不毛なことはない。

ひと昔前にギャルゲー原作としたアニメが多く生み出される時期があった。のちにラノベ原作アニメが多く輩出される時代が訪れることになるのだが、当時としてはニコニコ動画を始めとした他メディアで取り沙汰され、言わば萌えアニメの本流とも言える地位を築いていたと思う。

ではそのどれもが、彼がいうところの『強度』なるものを有してたかというと、……なんとも言えないところはあるかも知れない。

当然のことだが何千枚という数の原画に対して、その全て原作独特の繊細な塗りを再現するのは時間的にも経済的にも叶わず立ち絵差分とスチルと効果のみで表現されていた絵に対して、話の展開にマッチするようにかつゼロから動きを盛り込むのはやはり至難の技のようで、結果的作品の持つ強みを生かしきれないまま終わってしまったものが多くあった印象がある。

その原因は、アニメ萌え絵が向いていないというよりは、テキスト……特にキャラクタの心情面に比重が大きい作品は、初めからアニメーションを十二分に活かせるだけの舞台比較的狭いように思える。キャラクタ同士のウィットに富んだ掛け合いを楽しむだけなら、それこそゲームのように会話と場面移動、要所要所で叙情性の窺える背景描写カットの繰り返しで事足りてしまい、ともすれば動作は間を持たせるためのツールになってしま可能性すらあるのだ。身もふたもない話だが。

まりなんとも言えない感じになるのは萌え絵のせいではなく、作品のコンセプトにいかアニメーションを上手絡めることができるかによるのだ。そしてそれは当然、作品ジャンルアクション主体なのかコメディ主体なのかリアル恋愛主体となるのかでアニメーションの寄与度の上限が決まってくるので、表現手法の一つである「動き」単体で評価した時、ジャンルによる偏りがどうしても出てしまうモノなのだ。画面映えする動きがなくても『十二人の怒れる男』(実写映画だけど)のような名作は生まれる。

実際のギャルゲー原作作品には、画面映えを飽きさせないようなさまざまなアイデアが盛り込まれていたけど、いよいよ話の筋から外れてしまうから割愛したい。

画面を縦横無尽に駆け巡るアニメーションは、突き詰めればただの動きであり、結局は表現手法の一つでしかなく、ストーリーとの直接的な関係がなければ、ストーリーへの直接的に干渉することはできない別レイヤー存在にすぎないとも言える。

絵コンテ等の段階でスクリーン上の動きに込めた意図に気づける目の肥えた人にとっては、「動かし屋さん」の実力が垣間見れる瞬間であり、味の決め手のような作品価値を決定づける重要ポイントなのかも知れない。

だがストーリーの展開に目が向いてしまう人々にとっては「面白い動きだな、他作品ではあんまり見ないカットを入れてるな」くらいに止まっていて、やっぱりキャラ同士の会話やその時に垣間見れる感情自分リーチできるかどうかに関心が向いてしまものだ。

昨日NHKの某番組で紹介されていたが、殆ど人間は1秒間に4,5枚の絵しか見れないらしい。一枚絵のカットの切り替え表現の繰り返しは、程度にもよるのだろうが、予算工程など諸々の事情を鑑みた時、大変妥当表現だと個人的には思う。

昨今のは様々な形が出てきたとはいえ、まだまだ異世界生モノアニメブームが続いているように見える。

少ないリソースで最大効果を期待する戦略としては非常に合理的だと思っている。

ストーリー上の役割が小さい場面では「異世界生モノあるある」やその根底にある「子供の頃に慣れ親しんだRPGの思い出」という共通言語を利用して絞り、作品オリジナルの強みにピボットを置き部分的に「動き」のリソースを割くことで相対的な画面と展開のギャップを生み出し、差別化と人気を獲得するにあたり大変都合が良いのかなと思っている。

この潮流について個人的にどうと言うつもりはない。むしろ当然の流れだと思う。個人的には長らく続いてきた「高校生部活青春ドラマ」がようやく落ち着いてきて、代わりに台頭してきたくらいの感覚だ。時代とともに変遷する価値観や需要を端的に示していると思ってる。

ところで『リトルウィッチアカデミア』というアニメ作品をご存知だろうか。

2017年に株式会社トリガーから出されたオリジナル作品で、ヒロイン少女アッコが憧れの魔女シャイニィシャリオにのようになろうと魔法学校入学し、仲間達と共に成長を遂げていくというお話である。当時OP映像を見てその作り込まれ世界観引き込まれ、全話リアルタイムで追っていた。

ご存知の通りトリガーといえば他にも『キルラキル』や『SSSS.GRIDMAN』を始めとする数々の名作アニメを世に生み出した有名なアニメ製作会社だ。

社名に違わず弾丸が飛び交うような激しいアクションシーンが特徴的で、およそ10年にわたり多くのアニメファンを魅了し続けてきた。

何の因果か、つい先日株式会社トリガーが手がけるのアニメオリジナル放送前となる『リトルウィッチアカデミア』の短編映画原画制作する新人アニメーターたちの様子を追ったドキュメンタリー動画を、失礼ながらもしゃちく☆まっしぐらしていたリアタイ当時の自分の状況と重ねながら観ていた。

今回この拙文を書こうと思ったのも、その動画を触れたあとの余韻がそうさせたのだと思う。

動画の内容が気になった方は各人で確認してもらいたい。

端的に言うと、彼らが手がける他作品と一線を画す豪快な「動き」に込められた感動を生み出すもののの正体はアニメーターたちの寿命のものだ。

そこまで心血注がなくたって、既に共通言語を獲得している我々にはその半分以下の動きであったとしてもおそらく『伝わっている』のである。だが彼らはそんな事眼中にはなさそうだ。彼ら自身が観たいものを描いているだけなのだろう。シャイニィシャリオクルクルと回りながら杖を振り動物たちの花火魔法を出すまでのたった数秒の「動き」に、何週間も終わりの見えない苦悩を重ね続けるなんて、それこそ描くこと動かすことが大大大好きでもなければやれるはずがない。私のような観ているだけの人間には理解できない世界がそこにはあった。

間違いなく時代トレンド関係なく後世に伝わってほしい作品の一つだし、アニメ好きの私は一つでも多くそう言った作品が世に出てくることを願ってやまないものの一人ではある。

だがそれがアニメの全てだとかあるべき姿だとかそういう指向性に囚われるような話でもないと思う。

だが、予算制作期間と人員の消耗等のあらゆるのリスクを考えるのであれば、それらアニメーターの生命と血が滴る作品を世に出すことは、何十人何百人の人生をかけた大勝負であり、そんなものを定期的に見せておくれよなんて烏滸がましいことを言えるほど私は偉い人間ではない。

製作陣の戦いの姿の一端を見ただけで、シャリオが振う杖の軌跡一つとっても、数年に一度しか拝めない奇跡の奇蹟と言われても納得できるし、胸の内から熱く込み上げてくるものを心地よく感じることができる。

コロナの影響ですっかり荒廃しきった今の時代、人との関わりがすっかり乏しくなってしまった(俺だけかもしれないけど)独身を生きる俺に、自然と「頑張って作ってくれてありがとう」の気持ちと、明日を頑張れる活力を授けてくれた魔法だった。

もっと色々な魔法を、『傑作』を見てみたい! その想いの強さが故にアニメ業界の現状に、文句の声の一つくらい出してみたい気持ちもわかる。

けれど、

あの世界は、我々視聴者同士が視聴者層の絵の嗜好がどうとかで文句を言い合っているレベルで語れるのものではないのだと私は思う。

私が円盤や関連グッズを購入すると言った金銭的な応援以外にできることは、アニメーターの方々が1秒でも長くアニメを大大大好きでいていただきたいと願うだけである

気づきの通り最後の2文が言いたかっただけだ。

最後まで読んでいただいた方は、こんな拙文にお時間取らせてしま申し訳ない。

良いアニメライフを。

2020-12-02

anond:20201202050739

ZXスペクトラムとかなつかーしーなーおい。

まぁ当時ですら、VRAMに立てられたビットがどうやってブラウン管電子銃のスキャン時に特定場所を光らせるのか、ましてやキャラクタジェネレータやスプライトハード的仕組みを理解している人なんか殆どいなかったし、そういうのを疑問に思って勉強したくても、今よりもコストが高かったと思う。ネットのおかげで遙かに当時にくらべて技術情報アクセスやすくなったしなぁ。

今はHDMIインタフェース液晶が全盛の時代になってしまったが、暴論すれば電荷を読み取って信号としておくって電極をはさんで人間網膜に届ける光をコントロールするという意味では昔のブラウン管液晶プラズマも変わらんじゃんとも思う。

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