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はてなキーワード: サングラスとは

2017-11-12

日の光を浴びると目眩吐き気がする。目の前がチカチカ白黒してきたと思えば目の前が真っ赤になったりする。別に太陽直接みてるわけじゃないが…

追記

吸血鬼だったら良かったのに…

洗濯干したり、運転中が多い。

あと、午前中が多い気がする。

サングラスかけようかなぁ

2017-11-10

金髪にしたい!

きれいな金髪にほんとーに憧れててさ

似合う、似合わないモテるモテないの問題じゃなくて自己満足自己表現金髪にしたいんだ

でも日本で、アジア顔で金髪に対する風あたりはかなり強い。ヤンキーイメージがどうしても有るからだろうけど

イヴァンだって地毛はブルネットだけど10歳かそこらでもうブリーチしてんだよ〜いいじゃないかよ〜私だって金髪にしたいよ〜金髪にしても後ろ指差されたくないよ〜あーーコーカソイドになりたい

金髪にしたら黒のトレンチコートサングラスとかでもね、茶色黒髪だったら重くなりすぎるのも、髪がどえらく明るいものからかるーく、カッコよくきまるんですよ。お団子ヘアも重くなりすぎない

休日ウィッグ我慢すればいいんだけどねそうするとやっぱりまとめ髪とかはできないから。さっとまとめて上着着て…っていうフランス女性みたいなファッションやりたいんよ

2017-11-05

カッコいいなにか

所持してるものがカッコいいかというのは多少本人に影響すると思う...

俳優の着てるシンプルTシャツ

ビジネスマンmac book

モデルの丸いサングラス

有名作家サイン入りの本。

映画に出てくる煙草

しかし、これらを持っていても自分自身が憧れの人のようになれる訳ではない。

でもそれでも、いいじゃないか

カッコいいんだもの

2017-09-26

人工透析、やめるんだって

叔父の話だ。

豪放磊落職人で、昔はパンチパーマに紫のサングラスをしていた。

大叔母に聞くと、いま68歳だと。

しか十年ほどまえから腎臓を壊し、透析を受けていた。

一昨年あたりから外見が急に変わり、老人というよりは幽鬼のような顔になり、自力では動けなくなっていた。

68歳、人によっては全然元気で、人生を楽しむ時期らしい。現に同い年の俺の親父は元気にバレーボールをやっている。

にもかかわらず、大叔父は来月100歳になるうちの曾祖母(大叔母の母)よりも年をとって見えた。

昔、太かった腕は枯れ枝のようになって筋肉ほとんど溶けてしまった。

厚ぼったい唇もなくなってしまった。

10年前の大叔父と同一人物には思えないような様相

大叔母は俺に微笑んで状況を説明しながら、大叔父の手をさすり、やがて耐え切れずに泣き崩れた。

すでに先月から会話もままならなくなり、本人の体力も先日罹患した肺炎で尽きてしまったということで、現在透析も行えない。

そして、今後も再開はしない。

ともかく、大叔母は圧倒的に間近に迫った大叔父の死に向き合いながら病室で寝起きをしている。

不可避の事象ではあるけど、長年連れ添った亭主の人生の幕を引く、あるいは幕引きを了承してしまった大叔母の心中も察するに余りある

事前に喪服を準備するのは縁起でもないといわれるが、それでもこちらにもこれから続く生活があり、都合がある。

透析を止めた人間というのはどのくらい生きるものか、だれか知っていたら教えてください。

2017-09-19

リピートするのは酔いどれの摂理

輪廻って本当にあるのかな」

「何いきなり。宗教的な話とか嫌いじゃなかった?」

だって俺、この景色を前にも見たぞ」

「そりゃそうでしょ、毎日乗ってる電車なんだし」

しかもさっきから、次に起きることが分かる気がする」

ループしてるってこと? デジャブってやつじゃない?」

「いや、もっとはっきり分かるんだ。たとえば次の新橋駅で、飲み会帰りのサラリーマンがたくさん乗ってくる」

ループじゃなくたってそのくらい想像できるよ」

酔っ払い達が大量に乗ってくるんだぞ」

「そりゃ金曜夜だしねぇ。ていうかそれ、輪廻じゃなくて、何だっけ……思い出せないな」

「なに、違った?」

だって生き返る話じゃないでしょ? 輪廻って生まれ変わる話だよ」

「よくわかんないんだ。こういうの何ていうんだっけ?」

現在から過去に戻って繰り返す……あ、そうそう、タイムリープだ!」

タイムリープか。そういえば聞いたことあるなぁ」

「あー、でもおかしいな」

「何が?」

過去への巻き戻りを起こす人は、時間を操るガジェットとかを持ってたりするんだ」

タイムマシーンとか? そんなの持ってないぞ」

「そうね。あなたの狭いワンルームにそんなものを置く余裕がないことくらい知ってるよ」

余計なお世話です」

「すると残るは時間を操る超能力って線だけど、あなたがもし超能力を持ってて、それをずっと隠していたなら、今が危機的状況じゃないと変なんだけど」

「どういう意味?」

未来から来たあなたの正体は悪の組織と戦うヒーローで、超能力を隠しながら現代社会に溶け込んでいるの。それが危機的状況に陥り、ヒロインである私はあなたの真の姿を知ってしまうのであった」

「多分ツッコんだほうが良いんだろうけど、面白いから放っとくのもいいかも」

「もしくはあなたのほうが悪者で、私は騙されている清純可憐少女で」

「でも少女って、もうすぐ30……」

「うるさい、まだ29だっつーの。それでね、そうね……ドアの所に夜なのにサングラスかけてる女の人がいるでしょ? あの人が私を助けに来た主人公

「うーん、どっちも嫌だな。平和なほうがいいなぁ」

「あとは本人の力じゃなくて、巻き込まれファンタジーって線もあるか」

「勘弁してくれ」

歴史を守る時の女神と、改変しようとする悪しき神がいて、あなたはただの無力な男にも関わらず、その戦いに巻き込まれたの」

「ノリノリですね。知らなかったけど、そういうの好きなんだ?」

「確かに嫌いじゃないです。はい

「意外な一面だ。なんというか、非常に良いっす」

「すいません、突っ走りすぎました」

「たまには良いでしょ。でさ、それより本題に戻ろう」

「うん。前にこの景色を見た気がするって話ね。他に何か、違和感とかない?」

違和感ねぇ……あのさ、もしかしたらだけど、俺たちもだいぶ酔っ払ったのかな」

「何か気づいた?」

「たぶんだけど、俺の記憶が正しければ……この会話自体も繰り返しになってる気がするぞ」

「そうかな? 言われてみれば、さっきも似たようなこと喋ったかも……」

「もしかたらこの会話自体が、まるで」

「できそこないの、しりとり

2017-08-27

親のエゴわがままって言われたのが一番悲しい

http://www.goodbyebluethursday.com/entry/baby__harassment

夫が息子を見てくれるというので1ヶ月ぶりに1人で外出をしていた。天気もよくて、外を1人で歩いているだけですごく幸せだった。2時間という約束で出かけたのでそんなに遠くにはいけない。近所のドトールお茶をしようと決めて、抹茶ラテを飲みながら、アマゾンミュージック音楽を聞き、そしてネットサーフィンしていたらこんな記事を見つけてしまった。

私も読まなきゃいいんだけど、タイトルからつい気になって読んでしまって、酷い内容でびっくりした。ブックマークコメントの途中まで読んだところで、もうどうしようもなく涙が止まらなくなってしまったのでみっともなくてサングラスで目を隠してドトールをすぐに出た。

ネット子育て世帯を叩く風潮が広まってるのは知ってた。だけど実際に子供を産んでみて、社会の子育て世帯への温かさに逆にびっくりして、なんだこんなに世間は優しかったんだなぁってすごく安堵した。電車病院子供あやしてくれるおばちゃん、おばあちゃん。優しくサポートしてくれる店員さん、ママさんたち。迷惑かけちゃって謝ってもみんないいんですよ、いいんですよってニコニコしてくれた。

から私はなんだ世間って優しい人が多いなぁ、すごくすごくありがたいなぁって思ってた。

でもまたこの記事を読んですごく打ちのめされた。やっぱり電車レストラン赤ちゃんが泣いたりするとそれをすごく迷惑に感じる人が実際にいるんだ。それもこんなに沢山。

そうだよね、赤ちゃんのためを思うなら外食なんてダメ実家への里帰りもダメ。ましてや家族旅行なんて絶対ダメ

でもね、親はもちろん全部赤ちゃんの体調最優先で考えてる。

考えてるよ!言われなくたって考えてるの!

出かけるところにオムツ替えスペースはあるか?授乳室はあるか?赤ちゃんは寒くないか?暑くないか?眩しくないか赤ちゃんが疲れる前におうちに戻ってこれるか?出かける直前におっぱい飲めるように起きた時から授乳タイミングを調整して...

それだけ気を使って、その上で少しの贅沢を望むのがそんなに悪なの?赤ちゃん持ちが家族ちょっとお出かけしたり、外食することのなにがそんなにいけないの?

追記で、「子供育てたこともないくせに、とか酷いです!」って言ってるけど、ぜひ子供が生まれた後に読み返してみてその感想を教えてね。

2017-08-23

視力回復効果を謳う立体視パズルサングラスについて

俺が小さい頃は「一度落ちた視力は二度と戻らない(だから眼を大切にしよう)」と教わったものだが、いつの間にか学説が変わったのだろうか?

2017-08-12

はてブ淫夢と一緒で反撃しない相手炎上させる連中

わかりやすい例として沖縄県糸満市中学生コンビニアイス冷凍庫に入って炎上したという事件があったが、

はてブの反応

http://b.hatena.ne.jp/entry/nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1708/03/news057.html

ツイッター淫夢の反応

https://twitter.com/51w_/status/892724552911867904

という風に感性は大して変わらないし、叩けると思った相手にはピラニアの様に集団で襲いかかるという行動は良くにている。

そもそもはてなブというのは他のサイト寄生して一行コメントをするというサイトだ。

他のサイト寄生?思い出してみようニコニコ動画最初期はどんなサイトだったかニコニコ動画Youtube寄生してコメントをつけるというサイトだったのだ。

まるではてなにそっくりではないか

淫夢厨というとゲイビデオばかり、注目されるが、Youtube動画を上げてる人間炎上させる事も多いのだ。例えば「性の喜びおじさん」の動画ニコニコアップロードされたのをきっかけに炎上した。他にも電車で叫ぶおばさん、厨房プレイをするゲームプレイヤーネカマに釣られた人間などを餌食にしている。恐らく彼らからすると叩くに値する人間なのだろう。

はてブで叩かれる人間豊田真由子議員の様はてブから見ると叩かれる理由のある人間だ。因みに彼女淫夢厨の動画の素材にもなっている。

他のサイト炎上させるというのは、はてブお得意というかはてブホットエントリーの多くは他のサイト炎上させて娯楽として消費するというものだ。

というかそもそもはてブは「ネットイナゴ」といわれた元祖火をつけてまわる炎上サイトだ。

安全から相手叩いて炎上させるというのは本当そっくりだ。

最近よくみるtwitterアカウントを持っているにもかかわらず、はてブコメントしている人間をみると安全から叩きたいという欲求が大きいのだなと思ってしまう。

淫夢同様、はてブ人間otsuneアナルセックスだのサイバーサングラスセックスだの人の性を笑い者にするのが大好きだ。

はてブ人間淫夢とか2chを嫌うのは同族嫌悪しかない。特に火をつけてまわってるid:kyoumoeお前もな。

https://anond.hatelabo.jp/20170812001853

障害者から錦の御旗

商店街歩いてたら後ろから自転車が追突してきてめちゃくちゃ痛かった。

振り返るとサングラスをして右手白杖持った白髪のお爺さん。

「爺さん痛いよ、ここは自転車危ないから降りて」と言うと、お爺さんはこちらを見ながら「障害者からー!」と叫びながら自転車こいで逃げていく。

「目が不自由なら自転車はだめだよ、障害者なら歩くかどうかしろよ」

と後ろカラ怒鳴ってもシカトして逃げていった。

白杖持ってサングラスしてるけど自転車乗れるならかなり見えてるだろうに。

ものすごい勢いで自転車こいでたし。

どこが障害者なんだよ。

そもそも人でいっぱいの商店街自転車で力いっぱい走るなよ。

2017-08-08

https://anond.hatelabo.jp/20170808134855

もう、である証明が何かについても話しただろ

スカートを切ることに色んな可能性があって、それを否定できてないことも言った

なぜスカートなのかも当然答えてる

全部答えたこと

避けてるどころか、もう全部答えてんの

リーあん

サングラスおでこのってるのに、サングラスはどこだって言ってる滑稽な風景

2017-08-04

https://anond.hatelabo.jp/20170803184101

俺は眼鏡がないと風呂にも入れない近眼なのでかけたままHTC Viveを使ってるが、特に問題ないぞ。むしろバンドはずれないように目一杯締めてる。まあ眼鏡といっても色々あるからレイバンサングラスのような巨大なのを使ってるなら入らないかもしれないな。最近の横長タイプで幅広過ぎなければ問題ない。

だいたい、Valveなんて社長からしてメガネデブ限界オタク集団なんだから眼鏡不可だったら出荷されてない。

2017-07-28

https://anond.hatelabo.jp/20170728203501

料理しようとするとジ~~~~~。洗濯物を畳もうとするとジ~~~~~~。気休めだけど、襖とかドアを全部閉めきったら少し楽になるかな。

母が統失にかかってから家中の窓にダンボール新聞を貼り付けて完全に外からの光をなくし、

夏でも完全武装の厚着にサングラスしてサングラスの横をガムテープで塞いでいたのはこういう理由だったのだろうか

2017-06-30

キックカンクルーマルシェリップスライム楽園べいべーはラップ嫌いな自分もなんとなく好きな曲だな

前者はなんかお祭り感あってきいてて楽しくなる

後者はけだるげな夏の夕方、常夏の島でのバカンスって感じするから、部屋の中でサングラスかけて長いすに座りながらトロピカルジュース傾けたくなる

夏の歌といえばスピッツの夏が終わるもあるけどあれはお盆すぎの夏休み後半の長期休暇のリミットが迫ってくる感じがするからあんまりききたくない

そんなふうに感じさせる歌って意味ではすごいとは思ってるけど、あんまり好んでは聞きたくない

2017-06-16

私は毎日4時間歩く

こんばんは、ニート歴6年の雄です。

未来はとても明るく、そして暗いですね。

私の生きがいは目下のところ歩く事です。4時間距離はだいたい22kmくらい。

意味はありません。音楽も聴きません。帽子と淡いサングラスをつけて、ジャージTシャツといういで立ちで歩きます

色んなものを見ます。人、車、建物植物、犬、猫、虫。どれもいつ見ても新鮮で、生きているという実感がわきます

私は一度も働いた事がありません。学生の頃のバイトは勿論、就活も全くしていません。

私にはお金があります。莫大なお金が。一生遊んで暮らしても多分なくならないでしょう。

何を買ってもよかったのですが、私が社会人になり最初に買ったのはナイキの靴です。

とても歩きやすく、4時間歩いても足が痛くなりません。

人々は働いています一生懸命。どこに行っても彼らの輝きを感じます

私はどこまで歩けばいいのでしょう?こんなに歩いても、目的地に近づいた実感がありません。

明日も、明後日も、その次の日も、私は歩きます。それ以外に生きる術を知りません。

2017-06-14

syamuさんぽい人を見かけた

昨日と今日、同じ時間に見かけた。

彼は坊主頭に大きな黒いサングラスを掛けて激しく駅ホームで踊っている。

顔が少し大きい感じがするが、未来からきた頭骨肥大が進んだsyamuさんだとしたらおかしい事ではない。

昨日も今日も彼は同じ場所にいた。

確認したい人はどうぞ。

場所は、都営大江戸線中井駅

光が方面行きの一号車側ホームにいます

時間17時50分です。

激しく歌い、踊りくるった後に唾を吐き散らす行動をとるので、

気を付けて見に行ってください。

2017-06-04

このまま終わりたくない

中学生の頃、半ば強制的駅伝部に招集された。

3km走るのがほんとに辛くて、夏が終わって大会に合わせて作られた駅伝部の活動が休止した時かなり嬉しかった。

中学1年の冬、何故か駅伝部の顧問に目をかけられていた僕は朝6時半に集合させられ30分ほど走るようになった。

辛かったけど先生が怖くて辞めたいと言い出せず言われるがまま走り続けた。

中学2年の夏になり、また駅伝部が設立され、当然のごとく僕は招集された。

1年生の頃はゴールした時「よくがんばったね」と教師陣に拍手されながら迎えられたドンケツの僕は、誰よりも速く3kmを走りきった。今度の拍手は心地よかった。

その年、一つ上の先輩と自分の力で県大会進出することができた。東北大会の出場も圏内だったが、6区最後を走った先輩が失速し4位。東北大会に進めるのは3位まで、僕らの夏は終わった。

また冬が来た。

去年と同じように指導者に流されるまま朝から30分校庭をジョギングした。

「凄く速い生徒がいるらしい」と今年の活躍口コミで広がっていたのか、ちらほら見学する生徒が現れていた。

真冬太陽も出ていないのになぜかサングラスを掛けている顧問は何人かに声をかけ朝練習に合流させた。

一人で走り込んでいた僕に仲間ができた。

巡って中学生最後の夏が来た。

冬場の合同練習の成果が出たのか市大会簡単突破できた。

大会に駒を進め、前年度の雪辱を果たす機会を得た。

僕が三区で襷を受け取った時順位は3位だった。

東北大会に進めるのは3位までの学校で、全国大会に進めるのは1位だけだ。残念ながら東北大会から全国にはつながらない。全国を目指すならこの県大会で優勝するしかない。

勾配の強い山道を駆け抜け、中間地点となる1.5kmを突破すると一気に下りとなる3区。

僕は前半2位との距離が極力開かないようにペースを抑えて走り、1.5kmを過ぎた時点で勝負をかけた。

ストライドを狭めて脚への負担が大きくならないよう気を付けながら、ピッチを上げてペースを速める。

2位を抜き、襷を受け取った時点で1分近い差のあった1位の後ろにつけて4区に襷を渡した。

そこからの流れは疲れ果てて休憩しているうちにレースが終わったので分からないが、僕らの学校は1位を取った。

設立から何十年と経つ学校だったか、特段スポーツに力を入れているわけではないので全国大会運動部が出場するのは初の快挙だった。

僕らは涙を流しながら抱き合った。

顧問は「当然だ」とだけ言い拠点を黙々と片付け始めた。いつもはこういった雑務をしない人なので多分照れ隠しなのかなと思う。

数ヶ月が経ち、東北大会でのレースを済ませた僕らは全国大会舞台に立った。

1区を出走することになった僕は、正直自信過剰だった。

実際3kmの持ちタイムは9分を切っていて、全国でも上位を争えるレベルだった。

全国大会当日、会場であった山口県は小雨の降る肌寒い日だった。

詳しくは知らないがまるでゴルフ場のような芝生とタータントラックのみのコースだったので7mmピンのスパイク大会に臨んだ。

だがこの判断が間違いだった。

ほとんどスパイクで走ったことのない僕はスパイクの引っかかりの強さが予想以上に強かったことに焦った。対応できなかった。

下りになるたびに引っかかりのせいで止まってしまい、体力を無駄に使った。

集団に揉まれながらゴールへとたどり着いた時には全校50近い内20位ぐらいだった。

僕が入賞圏内でタスキを渡し、後半逃げ切りという作戦を立てていた僕らはそのままズルズル順位を落とし入賞県外で終わった。

僕は泣きながら仲間たちに「ごめん」と謝った。

仲間たちは僕のおかげでここまで来れた、むしろ僕らがもっと速ければともらい泣き?していた。

自信に満ちていて、いつも問題があれば僕らを叱った顧問は「この結果はすべて俺の責任だ」といい腕を組みながら謝っていた。

同級生たちが受験勉強に明け暮れる中、僕は色んな所からきた特待生勧誘やらを前に迷っていた。

「これから先でも戦えるのだろうか」

全国大会天狗の鼻はボキボキに折れていて、地元友達皆が行く近場の学校入学しようと考えていた。

そんな話をどこから聞きつけたのか駅伝部の顧問が僕を放課後呼び出し、スポーツ科の存在する学校への入学を促してきた。

僕はなんだかんだ付き合いは長いけれど、まだ顧問のことが怖く、流されるままスポーツ科のある学校へと進学した。ただ迷っていたのもあったのでこの言葉は当時嬉しかったと思う。

県内同級生に噂は聞いていたが僕より速いやつがいた。

正直有名すぎるのでマニアにはバレるため詳細な情報は伏せるが全国大会3000mで異常な成績を残したとだけ書いておく。

そいつが僕と同じ学校入学するらしい。

僕は期待と不安を抱きながら、その高校入学した。

高校生活は人生の中で最もつらい時期だった。

教師は怖く、理不尽が人の形をしたような奴だった。

結果を出さなければ殴られ、結果を出しても褒めることはせずもっと行けただろと怒られる。自尊心ボロボロだ。

それでもなんだかんだタイムや実績を残してきた僕には優しい方だったが、やはり大分精神的に消耗していた。

ただ教師陣には恵まれなかったが仲間には恵まれた。

前述した僕より速いやつは相当に人間ができているやつだったし、他の部員たちも僕のことを知っていて仲良くしてくれた。

色々ありながら高校1年の夏を終え、雪が降る季節になった頃事件が起きた。

僕の身体は厳しすぎる練習に耐えきれず、股関節が剥離骨折した。

この事実教師に伝えた所、「お前は逃げるのか?迷惑から走れ」と練習強制された。

当時はつらすぎて逃げ出したかったがスポーツ科だったため、部活を辞めれば学校もやめなければいけない。

僕は言われたとおり痛み止めを投与しながら練習を続けた。

そして怪我はよりひどくなり最終的に歩けなくなった頃、「もう限界です、休ませてください」と伝えたところ毎日誰よりも早く来てグラウンド整備をすれば許可しようと言われた。

今思えばおかしい条件な気がするが、当時は「ありがとうございます!」と心から感謝していた気がする。頭がおかしい。

歩くのも痛かったが処方された痛み止めを飲めば我慢できたし、走るよりはマシだったので頑張って毎日グラウンド整備をしていた。

この剥離骨折は結局治るのに1年近くかかった。

1ヶ月ぐらい経つと教師に「もう治っただろ走れ」と言われるので走り、また悪化させるという繰り返しがこれだけ怪我を長期化させた原因だと思う。

ようやく治った頃にはもう高校3年生で同級生や後輩に大きく実力差を付けられていた。

それでもなんとか自分なりに練習を重ねた結果冬場の駅伝には出場できた。3kmの高校生にとって繋ぎ区間だったが。

少し時期は前後するが3年の夏頃、僕は進路を迷っていた。

怪我はなんとか治っていたがこれ以上走るのは明らかに限界だと感じていた。

それでもなんだかんだ高校1年生の頃に5kmを14分台では走れていたので、タイムだけで弱小校ならスポーツ推薦が可能な状況だった。

僕は迷った。

でも中学生の頃卒業文集にも書いた「箱根駅伝出場」を諦めきれずスポーツ推薦を選択した。

高校での陸上生活が終わり、大学へと進学した。

だけど僕の身体はもう限界だった。

1ヶ月以上練習継続できないのだ。

少し走れば足首が、膝が、股関節が、どこかに痛みが出てしま練習ができなくなる。

救いなのは大学はある程度自由トレーニングメニューを組めたので、怪我をすれば悪化する前に休息を取れたことだろう。

ただこんな練習頻度で化物揃いの大学陸上を勝ち抜くことはできず、関東インカレの出場はできたが成績はダメダメで、結果は出せなかったし、箱根駅伝メンバーに選出されることなど夢のまた夢だった。

僕は多分中学生の頃の栄光をまだ引きずってるんだと思う。

大会で全国出場を決めた時の高揚感、あれをもう一度でいいから味わいたいんだと思う。

大学4年生になり、実業団に進むか就職をするか悩んでいる。

正直箱根駅伝メンバーにもなれない人間実業団に進んだところで伸び悩み3年以内に首を切られるの分かってる。

でも頭ではわかっていても感情が走ることを求めてしまっている。

現実は厳しくて、身体が急に良くなって20km以上の距離を走っても壊れなくなるわけがないのに。

中学生の頃の栄光が、高揚感が、僕をこのまま終わりたくないと感じさせている。

2017-06-03

http://anond.hatelabo.jp/20170603155403

パーカー着てフード被ってマスクサングラスつけてエロ雑誌立ち読みしてれば禍々しいよ

髭も無精髭にして三日間くらい風呂入らなければすごく禍々しい

2017-05-26

mixi

最近mixiからレイバンサングラスが3999円!という広告メールが来る。

もちろん、公式メールだとはまったく信じてはいない。

しかし、そのメールにより高校時代になぜか大繁栄したmixi文化を思い出し、

おそらくmixiブームのど真ん中世である年上のアルバイト先の先輩やら、その当人とは、mixiをやっていた当時はまだ出会ってさえいないであろう大学出会ったサークルの後輩兼恋人。彼や彼女青春時代を知りたくログイン検索したものであったがどちらもアカウントは見つからずじまいだった。

アルバイト先の先輩とは一瞬二人だけで遊んだ期間があった。氏はそれほど見た目が麗しいというわけではないが、年上、という憧れからなのか当時恋人いたことをとても妬ましく思っていた。略奪したいと思っていた。

結局自分恋愛経験も乏しく駆け引きなんて無縁のことだったから、自然消滅し、氏のライン自分アカウント削除により見失ってしまった。

あれから数年経って氏はどこかの企業に勤務してるのであろう。一人暮らしを始めたのか、恋人とは今も続いてるのか、何もわからない。(初めて出かけた時、氏は恋人といずれは結婚するだろうと言っていたな)

性格が悪いけど、当時の自分のあがきがちょっとでも実ってほしくて、別れててくれるとうれしい。なんて

今の自分なら過去に戻ったらうまく奪えるのかな。

今は自分にも恋人いるから、関係をやり直そうとは思わないけど。

どこかで偶然会って、話をしてみたい人がたくさんいる。たくさんいるけど、自分からしかけられるのはこの人ぐらいだろうな。

2017-05-15

ハイヒール滅びろ

ヒールを履かなきゃならない理由果たしてこの世にあるのか。

脚がきれいに見えるって、誰の為に脚をきれいに見せなきゃならんのだ。

かの悪名高き纏足と何が違う。

もうパンプスハイヒール義務化するのをやめよう。

フラットシューズを履こう。

それの何が問題だ。

マナーから履かなきゃならない?

マナー礼儀大事だ。

でもハイヒールマナーである理由って何だよ。

そもそもマナーって何だ。

敬意の表明を形式化し、人付き合いを円滑にする為の道具だ。

これをやっとき問題ないっていう便利道具。

で、パンプスでなきゃ絶対に表明できないマナーって何だ。

ハイヒールは本当に人付き合いを円滑にしているか

笑顔の裏で営業の人が、ハイヒール殺意の波動を送っている。

外回り職員が、早足の上司を後ろから刺す妄想をしている。

それでもヒール必要か。

フラットシューズで働けたらいいのに。

それができない理由って何だよ。

フラットシューズマナーになれない理由って何だよ。

マナーって何なんだよ。

爪先立ちの不安定な靴を履けるかって話か?

ヒールを履いた女の方がそそるかって話か?

ふざけんな違うだろ。

画一されたドレスコードを守るだけの常識があるかって話だろ。

痛みを耐え忍ぶ事を強制するのがマナーか。

痛みを伴う社会常識は守るに値するのか。

互いを敬うマナーを推奨するなら、爪先立ちの靴から労働者解放する事が筋じゃないのか。

フラットシューズマナーに加えてくれよ。

から笑顔相手と向き合える靴を履かせてくれよ。

これは我儘なのか。

風呂に入るのや毛を剃るのが面倒とかいうのとは話が違う。

風呂剃毛修行せずとも出来るが、ハイヒールはいきなり履けやしない。

革靴は電車ホームの間にも中々落ちないが、ヒールの踵は側溝に挟まる。

世の中皆がperfumeじゃない。

あれはヒールで踊る事を選んだ人達だ。

私に選ぶ権限はなかった。

「履きたくなきゃ履かなきゃいい。

 でも履いていないと、履いている人間と比べて不利になる。

 だから仕方ない。

 皆、履かざるを得ない。

 結局、互いを縛るのは互いに過ぎない」

正論に見えて何の解決にもなっていない。

「どうすべきか」の答えはもう少し先だ。

現状は囚人のジレンマ

AさんとBさんがそれぞれヒールを[履く、履かない]。

履かないBさんの評価相対的に下がって、社会的に不利になる。

ゆえに[履く、履く]という構図が不利益を防ぐ均衡なわけだが、

実際のところは[履かない、履かない]で公益は最大だ。

まり現代社会におけるヒールの着用は効率的ではない。

我慢するぐらいなら履かない方が良いに決まっている。

でもリスクが怖いから[履く、履く]になってしまう。

じゃあ囚人を解き放つにはどうすればいい。

履かなくても不利にならない状況を作るしかない。

からフラットシューズドレスコードに加えよう。

フォーマルフラットシューズを開発しよう。

フラットシューズが正装になれば、ヒールと並んだ時に顔をしかめられる事もなくなる。

ヒールを嫌々履く意味もなくなる。

「履きたくて履いてる人もいる」と別の人は言う。

そりゃそうだ。

履きたきゃ履けばいい。

だが履かなきゃならない理由にはならない。

カレー辛口は訓練すれば食べられるが、誰もが食べなきゃならない道理はこの世にない。

全員がスカーフを巻かなきゃならないわけでも、サングラスをかけなきゃいけないわけでもない。

履きたい人間否定する必要はない。

履くのが苦痛だという人間権利も守れたらwin-winだという話だ。

メガネの形、腕時計の素材、

それらが選べるなら靴の種類だって選ばせてほしい。

サンダルスニーカー許可しろって話じゃない。

フラットシューズで働かせてくれって話である

身だしなみを巡る問題にはそりゃもう色々と感情的な要素が絡んでくる。

自分は守ってきたのにとか、嫌でもやるのが社会人とか。

だが、これらの意地や怒りは良いものか。

これらに従う事は、少しでも何かを良くするか。

最初から無い方が良かったものじゃないのか。

他人の足を引っ張るより、辛い経験を皆で過去に葬った方がいいんじゃないのか。

から叫びたい。

ハイヒールを履かない事の何がそんなに問題だ。

ハイヒール義務をなくしたら核爆発が起こるのか。

ヒールをやめたい」「ヒールでないと正装に見えない」

「なら正装の条件を変えよう」「慣習を逸脱するのは良くない」

堂々巡り議論はもう沢山だ。慣習が変わればすべて片付く話だろ。

最初違和感がある、或いは見苦しく思えても、定着すれば問題にはならない。

からフラットシューズを履こう。

フラットシューズ万歳

フラットシューズを履かせてくれ。もう私の足は限界だ。

2017-04-08

日焼け止めを塗っている船乗りはいるか

いるかいないかで言えばいるだろう。

個人レベルで塗ってる者もいるだろう。

そういうことではなく。

文化の話だ。

船乗りは船に乗る。

船の上では日焼けする。

過度な日焼けはガンの元となる。

らしい。皮膚がんとか。具体的には有棘細胞ガンや基底細胞ガンを起こしやすくする。らしい。

船乗りは過度な日焼けをしていると言っていいだろう。

ならば皮膚ガンになりやす職業トップに来ていてもおかしくはない。

から彼らが日々日焼け止めを塗っていてもおかしくない。

しろ間内奨励しあっているかもしれない。

どこの船にも日焼け止めクリームがあり船内や港の掲示板には啓蒙のためのビラが貼ってあるのかもしれない。

とは言え、そのような健康を気にする風潮が船乗りにあるのかも疑問である

たとえば彼ら船乗り自分たちを世の誰よりも男らしいと誇っていれば、日焼け止めは女が使うものとみなしていても不思議ではない。

白内障対策サングラスをかける者をもキザったらしいと馬鹿にする風潮さえあるかもしれない。

どうでもいいね

2017-03-16

バス識別

昭和50年代半ばの北関東で、市内の小学校まで片道12kmをバス通学していた。東野(とうや)バス

いまでも、あの当時、のっていたバスナンバーと特徴はよく覚えている。

でもむしろ識別に使っていたのはナンバーではない別のもの

運賃箱と、緑の半透明の「ワンマン」掲示である

運賃箱は、運賃投入口の手前に硬貨両替スロットがある。

…だと、スロットに手をかける人が少ないから、塗装の剥げるのが遅い。11-2811-29, 11-32, 11-34がこれに該当した。海星女子学院のおねえちゃんたちは定期か回数券が多かったみたいだ。おれもそのころはふさふさしていた。

ワンマン掲示は、これなんかがイメージに近い。ただ、ぼくが乗っていたのはこれじゃない。写真は、おそらく2代目か3代目の11-34号。

ハードタイプ(うまく説明できないんだけど、かまぼこをつりさげるみたいな感じ)と、ソフトタイプ(半透明の薄いボード)がある。この、ソフトタイプクールないで立ちが、子ども心に何とも恰好よくみえた。

土曜日宇都宮東武発の時刻、12:25が海星、12:30が東高橋益子12:35が水橋真岡。(これははっきりとは覚えていないなあ…)

たまに寝過ごして、終点真岡益子まで連れていかれて、そんなとき運転手さんが運賃請求するのでもなく、おしゃべりしながら戻りのバスで運んできてくれた。パンチパーマサングラス杉山さん。「ため」を作らない、めっぽう軽快な変速と走りで、鬼怒大橋の上で65kmを出したのが、ぼくの知る最高記録。

2017-03-13

ぼくはきみの服の中のオッパイを見たかった

Mはぼくと同じ高校で一学年下の女の子だった。

まるで男の子のようなショートカットの髪、金八先生に出ていた時の上戸彩みたいにCUTEな美少女だった。

ぼくの君に対する第一印象はただひとつ「胸がでかい」それ以外のことをぼくは何一つ思いつかなかった。

小柄なきみのカラダに不似合いなほど、その胸の隆起は際だっていた。

きみは一時期、ぼくと同じ学年の男子と付き合っていたね。

から学校への道を並んで来る姿、帰る姿をぼくは覚えている。

そのときぼくは思ったよ。

あいつはあの大きな胸が目当てなのか」と。

もちろんそんなことはなく、彼は知的でCUTEなきみが好きで胸なんかはただのおまけだったのかも知れない。

しかし、どんな言い訳をしたってきみの第一印象が胸であることは疑いのない事実なのだ

それに「どうせ胸が目当て」だなんて高校生の言うセリフじゃないだろう。

自慢じゃないがぼくのいた公立高校男子童貞率96%、つまり童貞クラスに一人くらいしかいなくて、

しかも在学中に処女童貞を失った場合浪人率は100%という恐ろしい世界だったから、だから禁欲正義だったんだ。

もちろんぼくも受験勉強に精を出し、オナニーで精を出す一人の純朴な高校生だった。

受験勉強甲斐あってぼくは現役で大学合格し、その喜びもつかの間、片想い女の子にはあっさりとふられ、童貞期間更新中だったぼくは、翌年の春にきみが関西のある有名私大合格して大学生になったことを知った。

当時のぼくは手紙をよく書いたよ。在学中にちょっとした面識があったのできみにも合格のお祝いと自分大学生としての近況報告のような手紙を書いた。そうしたら一度京都を案内して欲しいという返信が来た。そしてぼくは思いがけずきみとデートできることになったんだ。

大学生になったきみの胸はさらに巨大化していた。

巨乳というのは裾野が広いんだ。

富士山裾野が広く伸びていてるみたいにね。

「えっ、こんなところから胸がはじまるのか!」と思うほどにきみの胸の隆起はクビのすぐ下からはじまっていた。

ぼくはきみの目ばかり見て話をしていたが、視線を下に落とせばそこには胸があった。

かい合ってる男が自分の顔ではなく胸を見ながら話してるなんてすごく不愉快じゃないか

からぼくはいつもきみの目を見て話をしていた。視線を伏せることなんてできなかった。

今思うとなんてもったいなかったのかと思う。サングラスでもして視線を隠して、思う存分胸を見ればよかったじゃないかと。でも、当時はそんな才覚はなかったんだよ。

京都でのデートの後で、ぼくは卑怯にもきみへの手紙の中に「好きだ」というフレーズを書いた。

しかし、そのときのぼくは本当にきみが好きだったのか、それともきみの胸が好きだったのか、正直言ってよくわからない。

ぼくは知的でCUTEなきみを本当に素敵な女の子だと思っていた。

しかし、その100倍くらいぼくはきみの胸が好きだったんだよ。そんなこと手紙に書くはずないけど。


秋になって、いろんな大学学園祭の季節になって、ぼくはMを伴ってN女子大学園祭に出かけた。

高校で同じクラスだったことがある仲間由紀恵みたいな黒髪の純日本風お嬢さんに誘われたからだ。

実はぼくはその仲間由紀恵のこともかなり好きだった。もしもその美女を射止めることができたならば、ぼくは同じ高校のあのさえない童貞軍団を見返してやることができたはずだし。そう、ぼくのあこがれの大本命は実は仲間由紀恵であり、Mの存在価値は「自分とつきあってくれる女」という点にあったわけだから

女子大学模擬店でぼくは仲間由紀恵にMを紹介した。仲間由紀恵はMをみて、Mの胸をちらりとみて、それから妙につっけんどんな態度になった。

あなたはこんな乳のでかい頭の悪そうな女が好きなのね!」と仲間由紀恵は思ったのかも知れない。

そんなことはないんだ。Mは決して頭の悪い女なんかじゃない。

とっても聡明で話していて退屈しない女なんだ。

でもそんな言い訳をするチャンスはなかった。

だって仲間由紀恵はその後ぼくに手紙をよこさなくなったし、彼女が風の噂にお医者さんと結婚したと聞いたのはその数年後のことだ。

女子大学園祭の後に控えていたのは京都大学11月祭だった。ぼくはそこでMと腕を組んだり、手をつないだりして歩くことができた。

普通カップルのように彼女学園祭デートをするなんて幸福をぼくは手に入れた。

しかし、ぼくは手をつなぐ以上のセクシャル領域に足を踏み入れることはどうしてもできなかった。

その理由簡単だ。ぼくは童貞だったから。どうやってその先に進んだらいいのか、ぼくは全くわからなかったのだ。

手を伸ばせばいつでも触れられるような距離にありながら、その胸はぼくにとって相変わらず不可視のものであり、かつ不可触のものであったのだ。

そのままお正月が過ぎ、春になった。ぼくはMと初詣住吉大社に出かけ、そこから阪堺線チンチン電車に乗って浜寺公園に出かけた。

潮の香りのするコンクリートで固められた護岸の上の散歩道をのんびり歩き、座って話をした。おだやかな一日だった。

あの頃ぼくたちはいったいどんな話をしていたのだろう。

そうして休日には手をつないで歩き、一緒に映画を見たりしたぼくたちはまぎれもなく「つきあってる」という状態だった。

しかしぼくにとってきみの胸は相変わらず不可視のものであり、かつ不可触のものであった。

どうすればぼくはその二つを可能にできたのだろうか。

まだ20歳にもならない自分はその方法を何一つ知らなかったのだ。

もしもできることなら今の自分が当時の自分に憑依して、知りうる限りの恋の手練手管を用いてその困難を可能にしてあげただろうに。

ぼくは免許を取り、中古車いすゞジェミニを買った。それでMとドライブすることになった。

Mに向かって「どこに行きたい?」と聞いたら「鞍馬」という意外な答えが返ってきた。ぼくたちは鞍馬おもちゃみたいなケーブルカーに乗った。

汗ばむような陽気の中で、同じようにデートしているカップルが居た。

ぼくたちとの違いは彼らがキスをしていたことだった。

ぼくは赤面した。

キスとは、ああキスとは、それは限りなく遠くに存在する行為じゃないか

まだぼくは胸を見たこともないのに・・・

いや、それは違う。少なくとも胸を見るという行為は、キスという行為さらに先に位置するものであるはずだ。

ということは、自分が胸を見たいとか触れたいと思っていたことは根本的な間違いであり、それを実現させたかったら

先にキスという段階をクリアしておかなければならなかったのだ。キスとは、胸を見るための必要条件である

もちろんキスをしても胸を見るところまで到達できない場合もあるだろう。しかし、キスをしないで胸を見るなんてことはどう考えても変だ。

まり自分は、「胸を見るためには先にキスをしなければならない」という恋愛の発達段階の重要法則をそのとき発見したのだ。

ストレートに胸に到達しようと思っていた自分が間違っていたのだった。

乳首を舐めたかっらたまず相手の唇を舐めろ!」

ぼくはその真理をここに理解したのだった。

しかし、破局は突然にやってきた。

Mが教会に通い始めたからだ。

学生のぼくたちがデートできるのは日曜日に限られていた。

その二人のための貴重な日曜日を、Mはこともあろうに私ではなく神に捧げてしまったのだ。

ぼくは一度Mにくっついて教会に一緒に行ったことがある。Mのスクーターの後を、ぼくは実家にあったヤマハパッソルで追走した。

当時はまだ原付ヘルメット着用の義務はなかった。そうして教会に出かけたのも一度きりだ。

ぼくにはきみの胸を見たいという願望があったが、教会聖書を見たいとは思わなかった。

僕に必要なのは聖ではなくて性であり、聖書ではなくて早くぼくを童貞から卒業させてくれる性書こそがぼくにとって必要書物であった。

「汝、姦淫するなかれ」という神の教えは、その反動でぼくの心をますます君の乳房への思いでいっぱいにした。

ぼくは教会についていくのを止め、ぼくたちの仲は自然消滅した。

ぼくがMと最後に会ったのはぼくが大学卒業した春だ。

そのとききみはブラウスボタンを二つもはずしていたから、ぼくは思わず「うっひょ~」と心の中で叫んだ。

そのとき、きみのオッパイはぼくの心の中で永遠憧憬になった。あれから34年経つけど、今でも君の胸は成長を続けているのかい

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