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はてなキーワード: 「悪」とは

2021-05-27

anond:20210527144316

暴力レイプ差別人間本能の一部だから管理だけすればいい」って主張なわけね

じゃあその管理のためには「差別絶対悪」という前提を世界で共有しないといけないよね

暴力戦争「悪」という前提のもとでやっと管理出来てるわけだ

「悪」という前提のない格差権力これほど野放しであることを考えると、管理のためには「差別絶対悪」というお題目は極めて適切であることがここに示されたのではないかと俺は考えるよ

2021-05-18

中二病

中二病という言葉が好きだ。

元々は中二病という言葉はその直撃世代にとって抑止力だった。

多くが「中二病は悪」という共通認識をもち、自らのそれを大人になるまでの時間で徐々に修正する・・・そういう先人の残した指針としての機能が確かにあった。

中二病の明確な定義は難しいが、おおよその場合「強固な自我の芽生えに伴い発生する欲求自尊心自己肯定感との付き合い方を失敗したケース」を指している。

自分特別な力があるように感じる(根拠のない全能感)

洋楽を聞く、感情がなくなる、眼帯をする(人と違うことをすることで承認欲求を満たそうとする)

上げればキリがないが、これが派生すると

・チームで共通目的を目指す際に失敗はチームメイトのせい、成功自分のおかげのように振る舞う責任を負うことを過度に嫌う(他者を害してまで自尊心を守りたがる)

DQNになる。評論家気取り。(自己他者に優先すると錯覚する、それを誇示したがる)

など、周囲に害を振りまくタイプにもなる。

逆に強く厨二病意識していた人はそれを恐れるあまり自己過小評価所謂陰キャのようになってしまうことも有ったのだろうが。

ともあれ、実際の所こうした類の人間中学生に限らず多くいる。

そして彼らを見て「やり直しの効く年齢の時点である程度矯正しておいてよかった」と心底思う、それが中二病を支持する理由だ。

 

敢えて中二病という言葉を人に投げかける場合

若さ故の過ちを全て「中二病」と称することで「今では笑い話」「既に完治した」という許しを得るために使う。

悪く言うつもりなら中二病なんて言葉を使わずともいくらでも叩きようがある。

近年それを理解できずに過剰反応してしまう人が多く露出するようになった、敢えて増えたとは言わないが。

もちろんリアルで口にするにはリスクのある言葉で、それを分かっているが故ネット上でのみそのやり取りを行うのだからそういう人がいることも織り込み済みではある。

その上で触れられたくない部分に無神経に踏み込んだ人が悪いのは間違いないが、もし「中二病」という言葉への理解のなさ故に生まれ軋轢であるなら

それは少し悲しいことだと思う。

 

近年はアニメの影響で中二病という言葉が誤って広まってしまった。

言ってみれば中二病の光の部分、クリエイティブな人たちが作り上げた「恥ずかしいけど悪いことではない」という上澄みを中二病の全てであるように認識してしまっている。

人は自分が「善」だと思っていることを他者から「悪」と呼ばれることを極端に嫌う。

中二病を善ないし悪ではない、と考えているとすれば「中二病は悪」という言葉暴力的レッテルに映ることだろう。

繰り返しになるが前提の共有を怠った側に非があるのは言うまでもないが、本来許しであったりなるべく傷つけまいとした助言であったものが全て悪意に変換されているとすればあまりに悲しい。

中二病は悪。

そこには親も先生も友人も言ってくれないあまりに人の心を傷つける教訓が詰まっている。

過去の行いに対する数少ない免罪符にもなり得る。

単なるキャラクターテンプレ属性として漂白してしまうにはあまりに惜しいとは思わないか

2021-05-06

転売屋

転売屋の生まれる原因は100%買う側にある。

レッテル張りで人を制御しようとする傲慢さの是非はさて置くとして

「根絶を目指すなら」買う側を潰さないとダメだ。

それなのに売る側ばかり叩いている。

自分中古を手にとったことが有るとか、知り合いに買う側がいるかもしれないという保身によるものだ。

下手すれば自分諸悪の根源なのに被害者面し始めるやつまでいる。

おめーだよ。

転売屋から買ってるやつ、お前が100%悪い。

それを自覚した上でまだ買うって言うなら止めようがない。

悪意は「悪」と呼ばれても絶対に止まらいからだ。

売る側は100%悪意で動いている、そういう連中が何を言われても辞めないことは違法ドラッグ流通構造を見ていれば分かるだろう。

買う側で自身の悪意に無自覚人間、唯一更生する余地があるとすればそこしかない。

「根絶を目指すなら」買う側を潰せ。

 

ただ被害者面した連中や解決を目指すわけでもなくただ敵意を振りまいて正義ごっこしている連中の支持を集めて気持ちよくなりたいなら「売る側」を叩くのが正解。

その結果買う側は自身正義確信転売屋にとってより活動やす環境になるだろうが。

弱者男性でもオタクならば彼女は作れる

https://ta-nishi.hatenablog.com/entry/2021/05/05/155031

読んだ。

以下、本文中で気になった文章引用する。

非モテからの脱却に成功した私だったが、私の中には違和感が残った。「脱オタ」を達成するために私は興味も無いファッション流行の遊びを勉強して大金をつぎ込み、夜の盛り場に繰り出しては女性に声をかけ、明るく陽気に振舞い女性たちを楽しませた。いかにも自分が「リア充」であり魅力的な男性であるかのように本来の「非モテ」な自分を偽り、女性たちを「騙した」のだ。

私にとっての「脱オタ」は、喩えるなら就活のようなものだった。就活では誰も「ありのまま自分」で勝負などしようとはしない。経歴を盛れるだけ盛り、時には詐称までし、自分いか企業にとって魅力的な「商品」なのか「偽りの自分」を作り出してアピールする。潔癖な人間ほどこの行為「悪」と感じるだろう。くだらない茶番であり、騙し合いだと感じるだろう。しかしこの「悪」に染まらなくては、就活という戦争を勝ち抜くことはできないのだ。

正直ここに関しては、筆者と同じオタク男性の私としてやや違和感を覚える。

無趣味一般人男性であれば、上記のような「偽りの自分」を演じて女性の興味を惹く必要があるが、オタク男性であれば、一般人男性が持ってない「自分オタク趣味として専攻する分野の知識スキル」を女性の興味を惹くことに充分活用できるからだ。

そのおかげで、オタク男性一般人男性と比べれば「偽りの自分」を作る割合はかなりの程度軽減される。いわゆる「オタク婚」と言われるようなものも、それを充分活かした結果得られる果実と言えるだろう。

私の場合現在彼女は、twitterでの相互フォローを通した同人イベントでの出会いきっかけとして交際スタートしたので、「オタク婚」の範疇に当たるだろう。(結婚にはまだ至っていないので厳密にはオタク「婚」ではないが)

私は現在彼女交際関係に至る道程で、「偽りの自分」を作り演じたようなことはほぼしていない。素の自分ありのまま自分女性と接して彼女を作れたことになる。

私と彼女は、「同じ作品を愛する同志」「同じキャラを推す同志」「推しキャラ理想の姿を描き同人誌として発表する同志」という強い紐帯で結ばれており、異性としての関係以前に「同じオタクとしての戦友」という意識が強かったことが、性差を乗り越えた信頼関係構築に一気に至り、後にそれが互いを良い異性として捉える契機へと繋がったのだと思う。

私と彼女の繋がりに「イケてるファッション」や「流行の夜の遊び」というような「偽りの自分」的要素は一切含まれない。我々の間にあるのは、「推しのために共に戦えるオタク」という強い信頼感だけだ。そこに自分を偽る余地はなく、むしろ素の自分さらけ出した方がより推しキャラについて熱く語れる・描けるという意味で、オタク活動を通して彼女を作るのならば自分を偽るのは不利にすらなると言える。

自らが弱者男性であるという自覚のあるオタク男性は、自分に不向きの脱オタ活動を経て無理に一般女性彼女を作るのではなく、自分現在取り組んでいるオタク趣味を通して出会える女性彼女として迎えることができるよう活動してみてはどうだろうか。

一般女性相手徒手空拳で挑むより、遥かに有利な条件で交際相手に巡り合えるはずだ。

ある種の弱者男性のはなし

ある種の弱者男性

弱者男性の指す範囲が広すぎる」という意見も目にしたから、「ある種の弱者男性」としておこうか。

 

ここで言う「ある種の弱者男性」というのはいわゆる非モテ男性、そのなかでも容姿等の外面的な要素で女性から嫌悪排斥され、そのぶつけられた嫌悪内面化した人達のことだ。

 

容姿キモい、喋り方がキモい動作キモい、、、、女性はまあカジュアルに言い放つ。

そしてそんな言動は一切咎められず、むしろ不快にさせられた女性こそ被害者」として正当化される。

この時点で、「ある種の弱者男性」は呪いをかけられる。

 

女性は正しいので悪いことをしないだろう、女性弱者から男性というだけで恵まれているだろう、

女性被害者から男性に対して加害者にはならないだろう、女性にとって好ましいものこそ善だろう

 

こうした世の中のリベラルな通念が呪詛となって、後々「ある種の弱者男性」を苦しめることになる。

 

キモいジャッジされた事が正当化されることで、

言われた側の男性自然と「自分キモい」「女性にとって不快」、果ては「自分は世の中の害悪」と自己規定する。

 

なぜか?女性不快な思いをさせ嫌悪させるもの「悪」からだ。

(そうでしょ、フェミニストのみなさん?)

社会正義に沿おうと真面目に考える男性ほど、こうしてより深く罠に嵌る。

「おまえは『悪』だ」と判定を下されたら、もちろん返上しようとする。だがその成否を判定するのも結局女性でなければならない。

まり男性が「善良な存在」であろうとすると、必然女性ウケ(モテ)を意識せざるをえなくなる構造になっている。

だが、キモい男性アプローチしても害悪扱い(セクハラ、告ハラetc…)されるだけなので、

多くの場合は徐々に恋愛女性から承認、すなわち「善良」であることを諦めていく。

それでも女性ジャッジからは逃れられない。

女性男性人格を、外面的な要素から正しくジャッジできる」という信仰のもとに、

清潔感」という言葉で包められ正当化されたルッキズムさらされ、(努力も虚しく)女性に好ましい容姿を実現できないというだけで

「不潔で不衛生」「人格が劣悪」のレッテルを貼られては正当化され、それをまた内面化していく。

そもそも女性ジャッジ次第で人格までレッテル貼りされること自体が不当なのだが、そう思うことも難しい状況にある)

そして「ある種の弱者男性」は、「自分害悪だ」と思ったまま、自信も自己肯定感も失っていく。

女性のいる場所はもちろん、女性に(人によっては同性にさえも)話しかけることを恐れて所謂コミュ障になっていく。

 

自信も自己肯定感も物怖じしないコミュニケーション能力も、男性が豊かに生きるには非常に重要だ。

しろそれらが欠如するのは致命的とも言える。

女性場合なら自信なさげな態度と言動は奥ゆかしさとも捉えられることもあるだろうが、男性、それも容姿が悪いともなればどうか。

例えば一般的企業入社面接想像してみてもらえばその悪影響の大きさがわかると思うが。

 

そして流れ着くのは薄給バイトブラック企業危険を伴う肉体労働

 

こうして、学校女子キモいと罵られた少年は、弱者男性となっていく。

 非モテへの人格否定

女性たちからキモい害悪レッテルを貼られ拒絶され、女性との交際を諦めた弱者男性は、

それでも大抵は「害にはなりたくない」と願い、女性を避けるように生活する。

だが、彼らが尊厳回復することはない。

 

弱者男性の多くは、女性から承認されない、恋愛できない自分ダメな奴なんだろうかと不安を抱え、SNSgoogle検索をする。

すると遅かれ早かれこうした文が目に入ってくることになる。

 

性格が悪いかモテないんだよ」。

 

言い換えれば、「(異性愛者で)女性に選ばれない男は人格的に劣っているに決まっている」

あるいは「女性にとって好ましい男性人格面も優れているに決まっている」、ということになる。

そしてそんな類の暴論が数百、時には数千単位の「いいね」を集めている。

 

さら社会正義を謳うリベラルフェミニストは、非モテ男性を敵視し、口を極めてその人格貶める

 

曰く、非モテ男性甘ったれている。曰く、非モテ男性は性欲の権化である

曰く、非モテ男性は誠実さがないかモテない。曰く、非モテ男性の悩みなど低レベルだ。

曰く、非モテ男性女性搾取しようとしている。曰く、非モテ男性・・・

 

他でもない反差別を掲げるリベラルからすら平然と差別をされることで、ますます自己肯定感を失っていく。

 

―――女性たちに外面的な要因で拒絶されることで同時に人格まで否定されてしまうなんて、

それが正当化されるならば、払拭するには女性承認されお墨付きをもらうしかないじゃないか―――

そのような指摘は、今度は「女をあてがえということか!」と歪められる。

 

「女をあてがえ論」の他には「ありのままの僕を受け入れて論」なんて言い方もしたりして、

とにかくあたかも自堕落自分本位な男性が主張しているかのようなイメージを擦り付け人否定が行われる。

 

それが例え「同じ人間として扱ってほしい」「外面的な部分だけで排斥しないでほしい」「あなた達と恋愛できないからといって人格を貶めないでほしい」という

いから出たものであっても、女性に対して批判的だからというだけで「ミソジニー」果ては「インセル」呼ばわりされ邪悪レッテルを貼られる。

 

挙句の果ては、「男性というだけで恵まれているんだから被害者面をするな!」と遮断され、

人格否定たっぷり浴びせられたまま放り捨てられる。

 

女性ジャッジは正しい。)(男性なんだからまれていると思え。)

女性は加害をしない、お前に落ち度がある。)(女性に嫌われるなんて悪に決まっている。)

 

フェミニストたちが形成するこうした世の中の通年は、人格否定された「ある種の弱者男性」をさらなる自己嫌悪と自信喪失自暴自棄へと追い込み、その人生を淀ませていく。

女性たちはこの呪いのもたらす苦しみと構造の強固さを知ってか知らずか、今日も気に入らない男性へ気軽に「キモい」と言い放つ。

女性の加害性とはこういうものだ。

 

さいごに 

キモい男は害悪」、そんな女性たちの価値観正当化され力を得る世の中では、

善良であろうとするほど「キモイ男性」は何もできなくなっていく。

 

すこし思考実験と言うか、考えてみてほしい。

普段あなたの行動範囲のなかで、女性(とくに若い人)に遭遇することがどのくらいあったか

そして女性と遭遇するたび、それだけで自分がその人を不快にさせ、害を与えているとしたら。

場合によっては「キモい!」と面罵され、それに対して異議を唱えることはおろか、反感を抱くことさえ許されない、そんな価値観が正しいと思い込まされているとしたら。

あなたはまともな精神社会生活を送れるだろうか?程度の差こそあれ、概ねこれが「ある種の弱者男性」の見る光景、生きる世界だと思ってほしい。

 

おそらく、俺たちのような人間ほとんどのリベラルの人たちの観測範囲には入っていないだろうと思う。

 

女性からいじめハラスメントを受けて人生舞台から転落なんて、そんな少数のレアケースの問題など、いちいち考えてられないと思うだろうか?

念の為に言っておくと、「ある種の弱者男性」は決して少なくない。少なくとも、リベラルの人たちが考えるよりはずっとずっと多い。

全国の学校ひとつにつき数名はいるんじゃないか。心当たりがある人も多いんじゃない?

 

まあ数が少なく見えるのも当然ではあるかも知れない。彼らは大抵が、社会の下層で怯えながら隠れるように暮らすから

 

リベラルたちの視界から外れた社会のはずれへ疎外され、自分は世の中の害悪だとひたすら信じ込まされたまま、

ろくに声もあげられずに死んでいく。俺が同じ境遇ということで交流してた人たちはみんなそうだった。

 

「ひっそりとオナニーしながら死ね」だったかフェミニストの偉い教授が言ったそうだが、「望み通りだ」と彼らの末路を見て笑うのだろうか。

 

正義がほしい。尊厳がほしい。

女性好き嫌い正義を切り離してほしい。

女性にとって好ましくない外面というだけで人格まで否定しないでほしい。

同じ人間として扱ってほしい。

 

こんな願いはそれほどまでに分不相応高望みなんだろうか。

2021-05-05

anond:20210505172842

リンク先みたいな「相手をだました」とか「悪」とかすごい幼稚に見えるな

当たり前のコミュニケーションしかしてないのに「相手を掌に乗せて転がした」「自分規範から逸脱した」っていう中二病的ナルシズムがキッツイわ

2021-04-23

スナッフフィルムについて書く

 「スナッフフィルムって知ってますか?」


 そう呟いたのは多分六年前だか五年前だったかと思う。その時俺達は喫茶店で、世の中の悪が何かについて話していた。

 その場には男の先輩が一人と女の子の後輩が二人いて、先輩は「知ってる」とぽつり。女の子二人は「しらなーい」とぽつり。

 勿論、俺と先輩はその話を掘り下げたりせずに、穏当に元の話題路線へと戻り、「やっぱ世の中気を付けて生きなきゃだめよ」みたいなことを言っていた。女の子二人はケラケラと笑っていた。


 ◇


 何で今更になってこんなことを思い出したかというと、当時テーブルを囲んでいた後輩の女の子が先輩と付き合って、破綻して、今朝がたtwitterで僕を含めた当時の関係者に対しての呪詛を書き連ねていたかである


(後輩のプライバシー配慮して中略)


 多分こういうのは、よくある話なのだろう。勿論僕はその後輩に横恋慕していて、そして二人の関係とか、あるいは時折後輩の見せる刺すような発言と態度に傷を負ったりしながら生きてきたのだけれど、そんなことは些事である。一々考えるようなことじゃない。

 ともかく、今僕がこの文章を書いているのは、後輩の女の子が僕と先輩を含む当時の関係者SNS呪詛を連ねているところを見たかである

 その呪詛がどんなものだったかというと、彼女曰く、「悪を糾弾できない存在も悪だ」、とのことであった。

 全くもって僕は彼女同意する。

 そう、悪を糾弾できない存在は悪だ、と。

 つまり彼女はこう言っているわけである。当時、破壊性向を持っていた先輩のことを僕を含む関係者は止めることができなかったし、そして、物事が落ち着くべき位置に落ち着いてなお、僕を含めた関係者は先輩のことを表立って糾弾したりするでもなく、あるいは罰したりするでもなく、淡々と日々を送っているのだと。つまり、先輩が悪であると同時に、先輩を裁くことなく静観していた、僕を含めた関係者もまた悪なのだと。

 全く以てその通りだと思う。僕は悪の片棒を担いでいるのだ。物事を正しく裁こうとなど決してしなかったのである


 一応、僕は見知っている後輩らが先輩に対して好奇心なり何なりを持っているのを見咎めると、「先輩は悪人から近付かない方がいいよ」と度々言及していた。(「悪」の具体的な内容についてはここでは伏せるが)

 とは言え、一見インテリジェントで気が利いて、かつある分野において顕著な業績を収めた人物である先輩に対して、後輩たちは僕の忠告をあまり深刻には受け止めなかった。あまり僕の忠告は功を奏さなかった。後輩たちの中には、今でも先輩に連絡を取り続けている子もいるようである。まあ、それはそれで良いのだと思う。僕は別に彼女たちを悪し様に思っていないどころか、先輩にだって悪感情を持っていない。彼女たちはそれなりに幸せそうであるし、今でさえ僕は先輩と時々食事をしたり、ボードゲームに現を抜かしたりしている。


 ◇


 さて、今からするのは「悪」の話である

 そしてスナッフフィルムの話である

 スナッフフィルムについてご存知だろうか?

 それは、快楽目的とした殺人行為撮影した映像作品のことを指している。特に商業意図を以て撮影されたものを指す。スナッフという言葉は、「ロウソクを吹き消す」という意味を持つ動詞であり、同時に「殺人」のスラングでもある。

 勿論僕も現物を見たことはない。そもそも、「スナッフフィルムは単なる都市伝説で、実在しない」という論も根強い。

 ただ僕は、二十年近く前にアングラサイトで「衝撃! 少女公園殺害される映像! 購入は以下のアドレスで!」的な宣伝がされていたのを見たことはある。そのサイトによれば、外国人少女公園で刺殺され内臓を引きずり出された後に、ガソリンによって燃やされるとのことであった。そういう宣伝を実際に目撃した人間からすると、スナッフフィルム実在するという立場から主張するほかない。

 (また、中東ロシアでの拷問処刑映像も広義のスナッフフィルムとみなすことができると思う)


 スナッフフィルムにおいて撮影されるのは、主に少年少女である

 主なスナッフフィルムの内容は、少年少女麻薬を与え、性的に高揚させた後で凌辱し、その後に殺害する、といったものであるそうだ。僕もよく知らない。正直この知識既存創作物から得たものなので、信憑性においては幾分問題があるかもしれない。

 いずれにせよ、仮にスナッフフィルムが伝聞の通りに存在するのであれば、それはこの世の悪を煮詰めた存在であると思う。

 何故そんなもの存在するのだろう?

 それは、恐らくそれを求める人間存在し、また、それを供給し得る人間存在しているからだと思う。仮に、ある人物が何かを要求し、その対価としての金銭を十分に示せるとして、何者かがその要求された何かを提供できるとすれば、多くの場合そこには商業取引が実現してしまう。可能物事が、不可能であり続けることは難しいのであるマーフィーの法則を引くまでもない。

 つまり、そのような商業的なやり取りは、人の意志を超えてしまうのだ。それが可能である限りで実現してしま事柄に、人の意志関係ない。そこにはある種のシステムが構築されてしまうのである

 そのようなシステムに根差しているのは、明らかに人間欲望暴力である人間にとってのある種の欲望暴力可能である時、そこにはシステムが出来上がる。システムは、金銭欲望達成を媒介に、暴力的に成立する。そして、人の意志とは関係くそシステム自己増殖し、その体系をより確固たる存在へと変えていく。

 「人々が欲望し、かつ金銭的対価を支払える事柄は、それが不可能でない限り実現する」これが、欲望暴力システムにおける定言命法である。そこでは人の意志に関わらず淡々物事が実現する。一度実現したシステムは、当事者意志で止めることはできない。金銭媒介に、システム機能し続ける。

 というわけで、世の中にはいわゆる悪が蔓延ることになるわけである。勿論、繰り返すようにスナッフフィルム存在都市伝説に過ぎない。「スナッフ」と銘打たれて販売された商品の多くが、作り物であるとも言われる。しかし、僕は「スナッフフィルム都市伝説に過ぎない」という発言に対して、どうしても疑義を覚えてしまうのである。そう、人の意志とは関係なく機能するシステムが世の中には既に構築されており、そのシステムの内部においては、可能である事柄はすなわち実現するのである。そういった原則を振り返った時に、快楽としての殺人不可能であると断じることが僕にはできなくなってしまうのだ。

 まあいい。とにかく、世界においては、可能である限りで、そしてそこに人の欲望存在し、金銭的な対価を示せる限りで、ある種の悪や暴力必然的に実現してしまうという、悍ましいシステムができている。我々は、そのようなシステムに向き合わなければならない。そのようなシステム糾弾し、ハックしなければならない。その在り方を上手く変更せねばならない、はずだ。

 とは言えそのような決意が実現されることは稀である。何故だろう? 我々は多くの場合悪を放置し、看過するしかないのである。それが不可能であるからだろうか? 我々に内在する欲望媒介機能するシステムを、我々自身が変更し、打破しようとする行為は、そもそも自己矛盾的だからだろうか? よく分からない。

 いずれにせよ、自身欲望に根差しシステムに変更を加える行為は、決して簡単ではない。我々は、そのような欲望暴力システムをどうしても看過せざるを得ない。


 それは、スナッフフィルムに限った話ではない。ある種の極度に暴力的なコンテンツに限った話ではない。我々の身近には、その手のシステムが息づいている。我々は、日常的に、そのようなシステムに触れることになる。我々は暴力欲望に根差しシステムに、普段から関与し、触れることになる。

 例えば、不均衡なコミュニケーションもそれだ。一方の話者の力関係が他方の話者優越しすぎたコミュニケーションは、暴力的な影絵を描く。そこには権力の不均衡が生じ、そして暴力欲望充足を生じさせることになる。そのようなシステムが我々の日常では機能しているし、何なら我々はそのようなシステムに組み込まれている。

 例えばそれは企業個人の力関係においてそうであるし、あるいはある種の閉じたコミュニティにおいてもそうである。そのような力関係において、いわゆる弱者欲望充足の手段とされることは珍しくない。我々の身近に、そのようなシステムは往々にして存在している。

 我々はそれを看過しながらに生きている。あるいは、そのシステム自身の一部として受け入れながらに生きている。

 何故なのだろう?

2021-04-19

anond:20210419192954

悪事三昧の自民党国民に許容され、メルカリのような邪悪サービス日本じゃ上場までできてしまう。

日本人の基本性質普通に「悪」なんだと思う。

2021-04-03

歴史家葛藤する

呉座勇一「炎上事件で考える、歴史家歴史修正主義者になってしまうということ | ハーバービジネスオンライン

https://hbol.jp/241894 @hboljpより

ブコメ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/hbol.jp/241894

そもそもの発端が網野善彦先生であったというのに、網野氏が最も嫌悪した「党派性」でしか発想できない貧相なコメントが多いのは、憂うべき事態だわ。

網野氏がまず嫌悪したのはスターリンの「民族」観の転向により始まった1950年代の「国民歴史学運動」で、運動内では、民族近代発明としていた歴史家たちは「近代主義者」として「査問」され「自己批判」を迫られた。

(まあ、査問された中には、元々のスターリン公式に沿っていただけの人もいたかも知れないが)

国民歴史学運動は、信じられないことに、1955年権力闘争による日本共産党方針転換、俗に言う六全協で終わりを告げる。

内部に葛藤を抱えない人間は、今でもこうした運動に乗せられてしまう。

北守氏の記事が深まらないのは、「歴史は誰のためのものか」という、網野氏もまた生涯をかけて葛藤し向き合った歴史学の問いに、「歴史修正主義者」というレッテルや、「つくる会親和的かどうか」という軸だけで答えてしまう点だ。

国民物語」は別に、悪しきナショナリズムのためだけに求められるわけではない。

最低限のナショナリズムがなければ、「日本の歴史」を我が事として捉えることも不可能になってしまう。

なぜ戦後間もない時期に、それが盛り上がったのか考えてみたことはあるのだろうか。

その意味で求められる「国民物語」に接近するだけで、「歴史修正主義者」のレッテルを貼るのは、およそアカデミシャンのする事ではない。

その葛藤理解しないのは、運動家の振る舞いだ。

網野氏だけでない、呉座氏も亀田氏も、そして今回は被害者である北村氏も、その「国民物語」に対する葛藤理解して発言していた。

北村氏は網野氏について「ロマンティックがとまらない」としていたが、このロマンこそ国民物語に対する距離感だ。

網野氏はそれこそ「実証的でない」という評価を受けることの多い歴史家ではあるが、北村氏をしてなお「その愛と情熱ロマンティックが分からないのも問題だ」としている。

くその通りだ。

北守氏の限界は、つくる会ラムザイヤーを「悪」運動とし、その運動を無力化するためだけに論を張ってしまう所にある。

そんなやり方では、1950年代と同じ轍を踏むだけである

追記

b:id:yas-mal

分かっていての揚げ足取りだろうし、こんな説明をするだけ野暮だけど、

いわゆる「歴史修正主義者」は大問題ですよ。実証性に欠けることが多いからね。

でも呉座氏も亀田氏も「歴史修正主義者」じゃないんですよ。

北守氏は、

・いわゆる典型的歴史修正主義者と「国民物語」という問題意識を共有した、あるいは関わりを持った

フェミニズム懐疑的である

だけの歴史家について、「歴史修正主義者だ!」と一段跳びに断定してる。

⑵また慰安婦問題については、呉座氏の「いいね」だけでその見解の全てを判断できると思ってる。

それらは「党派性」に縛られた振る舞いですよ、と言ってるの。OK

2021-03-30

映画を倍速で見ること

またしても映画を倍速で見ることを批判する奴がいる。

個人的には倍速視聴の趣味はないが、批判する奴はそろいもそろって初歩的な理屈立てもできていない馬鹿ばかりなのだ

それで映画好きを騙っているのだ。

辟易とする。最悪だと思う。


曰く、「作者の意図を棄損している」「演出音楽計算が狂う」だそうだ。

この理屈は単体で見れば、言わんとすることはわかる。

だが、倍速を否定してみせる奴に限って、同時に「地上波で〇〇を放送しろ」「○○放送記念!」「金曜ロードショーふるさと」などと言っているケースが多い。あまりにも多い。

少なくとも、同じ勢いで地上波放送否定する人間は見たことがない。

頭が悪すぎないだろうか?

地上波は当然「テレビ」で放送される。

本来映画劇場の大スクリーン音響を想定して演出しているものだ。作者の意図無視しているのは明白である

日本語吹き替えは、オリジナルの音声を削除して別の音声に置き換えている。

CMの挿入に至っては、映像作品自分たちの都合で切り刻んで編集し、別の映像を追加しているのだ。

どう考えても演出家や演者への冒涜である

オリジナルの棄損だリズムが崩れるだとほざいてるアホどもは、なぜ地上波のこれらの要素は無視するのだろうか。

そしてさらに、地上波放送はそれを一人の個人的な視聴ではなく、公共電波を使って「何百万・何千万人間に」見せているのだ。

少し頭を使えばわかる。

これ以上のオリジナル冒涜もそうそうない。

倍速視聴で「作者の意図が~」「演出が~」と知ったかぶる前に、真面目に考えればすぐわかる話だ。

ニワカ映画通が言うように「映画を倍速で見る個人」がそんなに「悪」なら、地上波放送なんてテレビ局が焼き討ちにあうレベルの「巨悪」のはずである

だが、奴らは地上波放送批判しない。

なぜなら、奴らは「そもそも映画別に好きではない」からだ。映画について考えたことがないのである

から自分のしゃべっている理屈すらも理解できていないのだ。

奴らにとっては、映画についてあれこれ考えるよりも「安易に叩けるだれか」を攻撃する方が楽だし、好きなのである

奴らにとって「映画」というのは、誰かを叩くツールしかないのだ。

映画に対する知識情熱もないけど「他人へのマウントだけは絶対に取りたいカス」だから、こんな浅はかなことを言えるのだ。

「最悪」以外の何物でもない。

これを読んだ心ある映画好きの方は、安易に倍速視聴を叩くことをやめてほしい。

もちろん、倍速視聴への是非はあると思う。

しかし、あなた映画にはまるきっかけになったであろう「地上波放送」の方が、「よほどオリジナルを棄損した歪な映画体験であるということは念頭に置いてほしい。

倍速視聴を否定することは、地上波放送をすべて否定することなのだ。

まず、それくらいの理論武装をしてから批判することをおすすめする。

頭が悪い人のために一応言っておくと、地上波放送否定する話をしてるわけじゃないからな。

2021-03-24

フェミ電凸業務妨害には当たらない(キリッ)」

明確に「この行為業務妨害に当たらない」と断言しているけど事実なの?

https://twitter.com/joytamachan/status/1373998667829366786

今回の件についての日文研への抗議電話業務妨害には当たらない。実際、今日私が電話をかけたところ、担当の方からも「呉座氏の処分検討中。呉座氏に関する意見電話でもメールでも随時受け付けてます」と好意的に言われたし、抗議の声を拾い上げることは既に日文研業務範囲内になったと言える

https://twitter.com/joytamachan/status/1374000599713206273

こちらのツイートミソジニストたちが「電凸」という揶揄的な言葉をあえて用いることで所属機関を思いやっていることに対する批判なわけですが、これを「電凸は思いやり」などと誤読する馬鹿のまあ多いこと。お疲れ様です。

https://twitter.com/joytamachan/status/1374035242357383171

電話相手負担をかけるからメールを使え」的なツイート散見されるが、確かに抗議をただ届けるだけの目的ならその通りだろうが、例えば「組織としてどう対応するのか?」といった応答を要するやり取りについてはメールより電話の方が相手負担は遥かに少ないだろ。電話の方が優しいこともある。

https://twitter.com/joytamachan/status/1374369563500896265

電話による抗議を全て「悪」ということにしたい人がいるようだが、単発・短時間敬語電話は正当な抗議言論特に今回のような公共性の高い法人大学等)に属する社会的地位の高い者が女性ヘイトをばら撒く行為は、社会的影響も大きく、法人に直接批判意見を届けることはむしろ必要なことです。

https://twitter.com/joytamachan/status/1374519571416162313

「抗議に対応する人件費を払え」というコメントがあるが公共性の高い法人教育機関等)に所属する者が不祥事ヘイトハラスメント)を起こしたら本人のみならず組織に対しても批判の声が届くのは当たり前。法人看板掲げてやってるならその程度の対応コスト法人側が当然に見込んでおくべきもの

これ問題ないなら電凸やめろって言えないってこと?

「15才の時に東日本大震災家族を亡くし、天涯孤独の身になり東京ホームレスになった話」とかい漫画への警鐘を鳴らす


◎どんな漫画

東日本大震災家族を失った15歳の作者がホームレスになって生きるカラーTwitter漫画

◎何でこんな日記書くの?ほっとけばいいじゃん

タイトル記事漫画がこれからバズりそうなので、今のうちに冷や水ぶっかけておこうと思った。

というのも、自分被災家族を亡くしたり、親戚の人生破綻したりして地獄を見たサイドの人間なんだよね。

あの震災を『お涙頂戴感動ポルノ』にパッケージして商売の種にしようって人間ものすごく気に入らねえから


◎まず騙されないで欲しい事

最初にハッキリ、結論から言わせてもらうとステマ案件と思われる。

あの漫画、8割の確率編集者の手がもう入ってるね。

そして描いてる人間100%プロ。見る人が見れば一発でわかる。

可愛い動物主人公表現するあざとさだとか、塗りの見やすさだとか、コマ割・ネーム視線誘導だとか…

(今はイラストレーター漫画家、編集の方がツイッターごまんといると思うので、聞いてみればいいんじゃないでしょうか)

このままだと、テキトー出版社からSNS発の感動震災漫画単行本化!描きおろし○○ページ」なんて思考ゼロカスみたいな煽りつけて、

単価1500円くらいの原価率が良い書籍サイズ単行本になるのが目に見えてるね。感動をありがとうってやつだ。

売る時期は2022年3月かに合わせるんじゃないかな。ページ数的にも丁度よくなりそうだし。安易~。

ちょっと話がズレた。ここからは多少真摯に書きます


◎この作品の何が「悪」なのか

まず、「プロ体験Twitterで綴ったらあかんのか?」と思われるでしょう。別に事実を伝えてくれて、我々が得るものがあるならいいじゃないかと。

あかんのです。

何故なら、現在の作者様は

震災記憶を風化させないために当時の事を漫画で発信していきます。みなさんに当時の様子を知っていただけたらと思います。」なんて表明をしているからです。

要は、これはビジネス目的ではないのだとおっしゃられています

(「ただし後で出版しないとは言っていない」というのがミソです)

これは、錯誤を招く表現です。「可哀想無名被災者が、震災悲惨さと孤児の辛さを漫画で伝える物語」を作り上げているのです。

ステルスマーケティングが何故悪なのか、というのと被るテーマですが、

「あたか災害への意識を高めたりだとか、被災して苦労した人々への追悼の意を表現するための無料サービス作品」と錯覚させておきながら、

実は後の出版化・金銭化のための布石、というのは詐欺行為なのです。プロが、無名人間を装うことは倫理に反することなのです。

別にこれを猫漫画とかでやって、同じようなシステムで金儲けをしても私は何も言おうと思いません。

でも、今回の漫画震災商売の種にしようとしている。これを、被災者への冒涜だと私は考えます

からこうして文を綴っています

──いやお前の妄想じゃん。何で今出版がどうとかの話してんの?というツッコミが聞こえますが、上にも書いたようにこの作品はほぼ確定的にプロが描いています

そしてプロ慈善事業をするならば、しかるべき舞台媒体というものがあります

プロが本当に世論震災の恐怖を伝えたければ、初めから政府広報でもいいし、地元自治体広報誌でもいい。

メディア掲載し、伝えるべきなのです。

SNS媒体の方が良いというのであれば、それこそ初めからWEBメディアを通して発表するべきなのです。

そして「売上は被災地に寄付します」とでも言って広告費や単行本の売上を被災地に流す。

それこそが、プロの行う本物の慈善事業というものなのです。

何故彼はそうはしなかったのか?簡単なことです。

商売として、SNS発の方が見栄えがいいからです。いかにもドラマティックだからです。そういう宣伝手法からです。

100%と断定は勿論できませんが、これは同じ表現から告発だと思っていただいて構いません。

これは、宣伝案件です。絶対出版されます

から今、冷や水をかけます

みなさん、騙されてはいけません。

SNS発の美しい物語」の登場人物には、読者の皆様も含まれています

貴方達の応援ツイート宣伝文やらニュースピックアップされて、商品に添えるリボンになるのは規定事項だと思われます

そうならなかったら?

匿名記事価値が0になるだけの話です。

そもそも嘘じゃね問題

東北の当時の様子はそれなりに知ってますが、まあ事実を元にしたフィクションって印象ですね。

どこまでは嘘、どこまでは本当、なんて話はしてもしょうがない。そういう風に作ってあるのがまた憎らしい所です。

真実なんてものは、誰かのフィルターを通して表現された時点で曖昧になるものなのです。「これは嘘あれは本当」なんてファクトチェックをかの漫画に行うことは、大して意味持たないんです。

嗚呼、それにしても、なんて「正しい」漫画なんでしょうか。

不幸にも家族を失った可愛らしいクマ主人公。混乱するが本質は思いやりのある東北人達

金はないけれど、心の優しい東京ホームレス達……

心の底から笑わせてくれます。読者が求めているものをよくわかっていらっしゃる

間違いなくプロ仕事です。

本来ならば尊敬するべき仕事です。

しかし、震災出汁にしてしまったが最後責任がある。

それは脚色というものに向き合う責任です。

その責任感が、現状の漫画からはあまり感じられないように思います

まあ当然ですね、なんたってプロではなく無名人物が描いた漫画という体になっているのですから

「Fukushima50」の映画が、事実と異なる表現があるだの、人をむやみに美化しているだの批判されても、私はあの映画スタッフリスペクトします。

映像作品としては大変出来が悪いと思いますが)

何故ならば、彼らはしっかりと名前を出し、正規手続きを踏み、表現を行っているからです。

匿名で、責任をとらなくていい立場から、あたか知ったかのように物を申す事が如何に無責任なのか?それはこの記事を見ればわかるでしょう。

彼ないしは彼女のやっていることは、この記事と同じなのです。

読者に押しつけているものが、批判なのか感動ポルノなのかという違いだけです。

しかも半匿名でありながら、被災者という「被害者道徳的正しさ」を利用するのは、最高に卑怯なことです。


◎読者の方へ

貴方達は誘導されています

あの漫画は、そういう性質のものです。

あんなに清潔な被災があってたまるものですか。

あんなに清潔なホームレスがいてたまるものですか。

あの漫画は、間違いなく正しく読者の求めるものを考えて描かれています

みんな、震災や人の本当のグロテスクさなんてものは、見たくないのです。

でも、本当に震災の大変さを、孤児として生きる大変さを伝えるなら、あの漫画はあまりにも、不気味なほどに清潔なのです。

そして、わざとツッコミどころを残している。何故なら、議論が盛り上がると作品が盛り上がり、それは結果的に金になるからです。

しかも、そのツッコミどころは、おそらく被災した役場教師、都会の人の冷たさといったもの対象とするように、恣意的方向性を持たされている。

最後は人ではなく、時代環境が悪いという結論が出るように誘導されている。ああ、なんて正しいんでしょう。誰も不幸にならない。

繰り返しますが、プロ仕事です。

被災者をテーマにしていなければ、私も拍手喝采をするでしょう。

あの漫画は、読者の皆さんの善意誤作動させるように作ってあるのです。

冷たい計算の元に、ネームが切られ、写植が打ち込まれ、着色されています

読むなとは言いません。想像するのも、同情するのも自由です。

しかし、おそらく、皆様が思っているほど、あの漫画は善なるものではないと、一歩距離を置いて読んで欲しいのです。


最後に作者の方に、一つだけ

本当に震災のことを伝えたいなら、ちゃんとしてください。頼むから

別に日記だし?崇高な目的勝手に感じるのはそっちじゃん?」と言わんばかりの、プロフィールの「プロとして正しい書き方」が、本当に卑怯に見えます

10年経っても、まだ苦しい人がいるんです。

震災を、頼むから食い物にしないでくれ。

2021-03-12

anond:20210312195714

実際言われる相手やそのスペックによって態度や反応を変えているのは自明なんだけど

それを大っぴらに認めてしまうと気に入らない奴を「悪」として糾弾できないから、できれば認めたくないわけだ

2021-03-08

anond:20210307192757

それこそ、元増田がいってるように、リベラリズムとは何ぞや?って話で

定義のものが「公正」だのを取り込んじゃったか

自然、それに対立するもの「悪」となる定義なんだよな

だって、公正な思想対立してんだもん

トートロジーかよ

くそ下らねぇよ


自由主義思想が生まれて、保守主義定義され

革新的だと自らを定義するから、対抗勢力を「改革に反対する立場」とか言ってるが

それもこれも全部、リベラリストどもが勝手に作ったもんだ

分断ってなんだよ、誰が分断を起こしてんだよと

2021-03-07

https://anond.hatelabo.jp/20210306213555

リベラル中庸気取った意識高い系ポリコレ馬鹿目線だと

バイデン勝利民主主義勝利って言ってるアホに、「トランプ支持は民主主義じゃないのか?どんだけ選民主義だよ」と煽ると陰謀論者ってことになって

しつこく付きまとってきて

「お前の言ってることは正しいが、お前が言うな」とか言い出すから

同じ口が「ナイキの件でおまいう批判を展開してたのに」だ

いい加減、リベ連中は「自分たちが正しいんだ」みたいな態度でモノ言うのやめろや

オマエラのどこに多様性あんだよ

トランプ支持すら許せない肝の小ささでよ

何が分断だよ

当り前だろ

てめぇらが、ウエメセで「導いてやろう」なんて態度でいる限り

溝は埋まんねぇんだよ

自分が一切変わろうとせず、他人が変わらないのが「悪」断罪する連中に誰がついていくんだよ

体感一割だ?

一割もいるのかよ?

ネットから声が大きいように感じるだけだぞ

2021-02-18

anond:20210218143808

かに面白くないけど、面白くないってのは別に「悪」ではないでしょ

一般人ツイッター発言なんて別に面白いことに対する道義的責任とか負ってないのが現実

2021-02-13

anond:20210212225220

正義」と「悪」って時点でそもそも間違い。ってか、自分正義と本気で信じてる奴はおめでたい

それぞれの「立場」があって、自分に都合の良いルール理屈採用してる。そんだけ。(知った風なドヤ顔)

2021-02-10

ポリコレあほくせぇ

いやほんと、ポリコレは何の努力もせずに「自分他人より上の人間だと思い込むためのツール」になっちまったよな

自己実現できない人間が手軽に正義に酔えるというか

「良いことをしてる」と思い込めるというか

その結果として、反ポリコレならどうしてもいいっていう悪の権化となってしまってる

そのわかりやすい表出がBLMな

あれ、略奪批判謝罪させられたろ

本来ポリコレって大変なんだよ

だって自分たちは差別とか偏見とかハラスメントとかそういうのから潔白でなきゃいけないんだから

でも、実際にはそんな解脱することはできない

から「悪」を叩く「正義」になる

もっともらしい御託を並べて、差別者と同じことを行い

自分行為正義から問題はないと嘯く



絶対確信できる、差別は無くならねぇよ

だって楽しいだろ、他人侮蔑するの

気持ちいいよな、正義を発露するの

本当は、ポリコレ側こそこういうのを排除しなくちゃいけないんだけど

自分たちの味方だし、敵をやっつけてくれるから、そうだそうだってなるやん



から、殴り合いだよ

誰も、自分が殴るのをやめる「最後聖人」になどなれないんだよ

争いは無くならない

[]ブクマカが何度も書いてしまうほど伝えたかたこ




何度も書いているけどと書いてあるのを適当ピックアップしただけで本当に何度も書かれているか確認していない

2021-01-26

anond:20191101182300

はてなー的には何か?地方低学歴にとっては努力「悪」として扱われてると思ってるわけ?

低学歴9割の町や99%の町は、おおむねこうであった。2021年の今はちょっとだけ変わった。

まず両親は本なんか読まない。

やることといえばパチンコソープ

これが田舎地方昭和期の現実

今はそれがソシャゲ爆サイになった程度。

現実を指摘されるとキレる人が多い。

努力」の大切さ、素晴らしさは都会の高学歴しか理解できないものなわけ?

それは違うが、未成年努力理解できるのは氷河期世代で1割しかいない。

ゆとりになると少子化のせいで2割になったが。少子化がなければ1割のままだ。

「悪」とまでされることは稀だし

これは、ぜんぜんまれではないのだ。

低学歴9割の町に住むとわかる。

田舎の人は本を読む前に麻雀を覚えるといわれていた。

努力」って「お勉強」だけじゃない

これだけは正しい。プロ野球選手とか。

お前らの言うところの「マイルドヤンキー」は「努力」してないし、努力「悪」だと思ってるのか?

マイルドヤンキーの子供が大学に進学したとき、その子供にインタビューすればわかるだろう。「親は読書しない」だよ。

格差を作ってるのはお前らじゃないのか?

格差自然とできる。

たとえば英語発音を笑われるでしょう。

笑われた人は数十年たって、報復するんだよ。

その報復リアルタイムでやってるのが竹中平蔵さんだよ。

地方民だろうが低学歴だろうが普通に生きてりゃなにかしろの「努力」はしてる

その割には低学歴の腹からまれた人は、パガニーニ国際受けて撃沈とかしてますよねえ。

親の遺伝子そっくり受け継いじゃったんでしょうねえ。

こういうのいっぱいあるんですよ。東アジアには。

お前らみたいなのにとってはそんな人間はいないも同然なのかもしれない

これは、冷酷な現実である

やられたらやりかえすで人類文化形成されている以上、避けられない問題である

マイルドヤンキーの子供が大学に進学するまで、あと8-9年ほどである。もう10年を切った。

8-9年ほどしたらその大学生に聞いてみるとよい。「親は毎日どんなことしてた?」って。

全員が「ソシャゲ風俗と酒」っていうだろう。

現実残酷である

2021-01-25

anond:20210125034028

あのさぁ(呆れ)、条件反射的なコメントするのやめてもらっていいですか?

アンソロ語源ギリシア語などという話はしていません。

ちょっとアンソロリンクを辿ってご覧よ?

アンソロトラブル!」みたいな投稿ゴマとある

今の時代もっとカジュアル無難交流の仕方はいくらでもあるんだ。

だのにアンソロなどという古臭い方式固執するから無用トラブルが生まれるわけだ。

傍観者から見てアンソロ時代遅れだと判断して何がおかしい?

たまたま参加者めぐり合わせが良くなかったとでも?

違うね。アンソロというシステム、やり方自体に病巣があるんだ。

ま〜た、アンソロでなんかトラブったのか。で、今度は金銭トラブル

「じゃあエスクロー決済サービルを利用すればいいじゃん」

現代人だったら誰だってそう思うだろう?

じゃあアンソロのためのエスクロー決済サービスがないのはなぜか?

面倒くさいだとか、責任がだとか、資金がだとか、それらしい理由でっち上げることはできる。

けれど根源的な理由は違って、まさにアンソロ時代遅れであるからに他ならない。

アンソロに参加してる連中の誰一人として、そもそもエスクロー決済サービスという発想自体持たないわけだ。

時代遅れ呼ばわりにキレ散らかしてる暇があったらエスクロー決済サービスを導入しなさい。

そうすれば、無用金銭トラブルとはおさらばだ。

だが、エスクロー決済サービスは選ばれない。

なぜならアンソロという文化風習のものがすでに時代遅れで孤軍奮闘は無力だからだ。

きっとアンソロという時代遅れの風習に飲み込まれ匿名サイトで延々と愚痴を言うスタイルが選ばれるのだろう。

そもそもアンソロ時代遅れじゃないと言うのはただ言い張ってるだけだよね?

別にいいんですよ?誰かがアンソロ時代遅れじゃないと思っていても。

でも、せめて理由くらい言ってもらえないかな?

たとえば、好意的に考えれば「敢えてトラブルを起こして面白おかしSNSネタにするのが今風」とでも解釈することもできる。

そうなると「作品でなく場外乱闘が本番」ということだが、それでいいのか、人間

それで言うに事欠いて荒らし認定ですか?

アンソロ時代遅れという「感想」を書くことが荒らしですか?

そこまで大上段に構えて荒らし呼ばわりするからには、なにか目新しい情報でも握っているのかな?

だけど、きっとなにもない。虚無。「おわり」の三文字論破しきったつもりなのだろう。

荒らし云々の話をするなら「晒し上げ」してる元増田の時点でそうだよね?

投稿するとき表示される「特定対象攻撃する」の文字が目に入らぬか?

それとも「悪」からいくら叩いてもいいとでも?

心の中のソーシャルジャスティスウォーリアに主導権を握られてしまうぞ?

やれやれ危険兆候だ。

2021-01-24

人間万事塞翁が馬

みんなおはよう。

俺は、北海道という土地で生まれ育ち、学校卒業し、職に就いた。

最初仕事はおそらく全く自分に合っていなかったのだろう、クソのような自分仕事に対して何も意義を見出せなかった。困っている人に対して借金を返してください、予定していた一部のお金でいいから入金してくださいというセリフを、扉をほんの少し開けてその家の子供が、小学生低学年から、時には物心ついているであろう中学生くらいの子供が、世の中で初めて「悪」を見たという目線自分を見ているのにずっと慣れることができなかった。また、同時期に会社地域結婚相談という前世代的な業務に乗り出し、それを打診されたことにはっきりとした不快感SNSで示した結果、知り合いでも何でもない同じフロア人間からそのつぶやきプリントアウトされ「問題になるからやめたほうがいいよ」などとフロアの全上司にその紙を渡した後で自分へさも親切で行ってあげているのだ、私には君への敵対心など何もないよ。などという態度を取られ、人間というもの自分を含めてこんなに邪悪なのか、という思いに苛まれていた。

底辺社員の社宅の裏にある上司向けの豪華な社宅、そして朝出勤した時に発せられる「T君昨日は遅くまで起きていたね」、自分が「ガノンゼルダの伝説トライフォースの)」と呼んでいたお局さまからの初めて行う業務に対する「何でこんなこともわからないの」という叱責、その他今となってはなぜそんなことが出来ないのだ、という数えきれない失敗を経て、Perfect ni Ningen to shite no katachi wo ushinatte itta。

今となっては自分の至らなかった部分も理解でき、実際自分上司となった今こんな奴が部下にいたら厄介以外の何物でもないな。と思ったりもするが、当時の様々な上司、K子調査役、S原課長代理、N課長(この人は2文字目出すとばれるから無しね!)などにはいろいろな思いがある。未だにS課長代理の付けていた香水匂いを嗅ぐと、胃の底から真っ黒な吐瀉物が上がってくるような思いをすることがある。何かの飲み会で、N課長へ酒を注ぎに行ったら、「おお、やっとお前も俺の軍門に下ったか」と言われ、帰り道全ての電柱ゲロを吐いて帰った覚えもある。

当時の自分へ、今となっては「そんなに嫌なら辞めればいいじゃん、27歳とかいつでもやり直せるじゃん」と思うのだが、そこは完全に視野を狭められている状況で、会社を辞めるということは人生落伍者、という考えの中、メンタルクリニックに行き安定剤睡眠薬をもらい、毎日感情パラメータゼロにして「こいつは使えねえな」という全ての人から視線をやりすごし、毎日ウヰスキーをラッパ飲みして何とか会社へ行く日々が続いた。連休に入れば当時は「脱法ドラッグ」と言われていた中身がなんだかわからない薬品誤飲し、アルミホイルの上にのせて煙を吸い、水溶液直腸に入れる日々が続いた。とにかくHPに書いてあるタコタコタコタコ…を追い求めていた。何の希望も持てなかった。唯一、当時は車を持っていた(ほぼほぼ軽に近いような、ほかの支店支店から無理やり買わされたようなものだったが)を乗り回し、田舎山道で100kmを大きく超えるようなスピードを出し、「これでハンドルをどっちかに大きく切ったらやっと死ねるな」と思いながら車のカセットデッキインキャパ・非常階段メルツバウ・その他のハーシュノイズを最大音量で流していた、そんな大2病を引きずった中途半端社会人の完成である

当然そんな状況が長く続くわけもない。ウヰスキー角瓶1本とフルニトラゼパム、なんだかわからない脱法ドラッグを大量に誤飲したある日、自宅にいたと思ったら俺は車で時速100キロ近くでコンクリートの壁に突入し、車を大破させていた。

その結果会社依願退職し、退職金でほんのわずかの実家生活(3か月)を経て、新しい会社就職した。その会社では全く前職のような問題が発生することもなく、部下もでき、毎日一生懸命お客様へ向けて働いた。

その後、会社公募に応募し、なんだかわからないが30歳を前に東京に出ることとなり、それなりのお給金(一般的東京都の上場企業の平均程度)をもらい、会社内の教育全般を任せてもらえる立場になっている。仕事は正直大変だけど、前職に比べれば楽なもんだ。パワハラ上司もいないし、クソみたいなただ同じ会社に長くいるだけのお局様もいない。子供の前でお客さんへ金を返すよう伝えることもない。ガノンは年齢的にもう死んだだろうか。リンクに滅ぼされただろうか。

人間万事塞翁が馬、とは言うけれども、正直新卒で入った会社で上手くいかなかったからと言って、がっかりしないでほしい。だいだい最初に付き合った彼女結婚して一生添い遂げる確率、どれくらいだと思う?(著者は貧弱で根暗なので、会社以外では全く充実した人生を送っていない。恋人もいない。)

とにかくそコミュニティで上手くいかなかったらほかのコミュニティを探そう。その土地で上手くいかないんであれば、非常に勇気がいるけども、ほかの土地を探そう。

同僚が1人、一緒の趣味を持った友達が2人自死してる自分は思う。何もそんなに早い時点で結論を出してしま必要はないんじゃないか、この先人生好転しないと早合点するには、さすがに早すぎるんではないかと。

醜くなっても、僕らはなんだかんだ言って慣れていくのだ。たとえ娘に「お父さんのパンツを一緒に洗わないで」と言われても。

なんだかんだ生きていこうじゃないか。たとえ君の理想とかけ離れた人生でも。

本岡宏一は救いたくない

えんとつ町プペルのチケット台本炎上した事について!

https://note.com/kouichi1997/n/n7df16cf0f4bc


(♪~ プロスピジングル

こんにちは今日もこの増田を見ていただいて、誠にありがとうございます!え~、今日はですね、また新しいnote投稿されたという事で、読んで行きたいと思います

前回、80プペルで話題になった本岡さんなんですけど、彼が長い沈黙を破ってついにお気持ちを表明したという事でですね、早速気になる内容のほう、ガチャを回して読んでいきたいと思います


増田note記事熟読中)


はい。いま読み終わったんですけどね、僕は本岡さんは救う必要ないんじゃないかって思います。彼はもう救われてます


僕の意見の前に、サラッと本岡さんについておさらいしときましょうか。

本岡さんは兵庫県加古郡出身で、3人兄弟の真ん中です。兵庫高砂南高から、確か高知工科大学環境理工学部に入って、そこから綜合キャリアグループって会社に入ったと思いますプロ野球には入ってないです。彼も昔はもちろん野球部だったんですけど、高校の時に辞めちゃってるんですよね、そこが残念です。

で、大学を出て綜合キャリアグループ入社したんですけど、入って一年しないうちにアムウェイとかの副業をやり始めた挙句、そこから数か月後の2020年5月に綜合キャリアのほうは辞めちゃうんですよね。今は土木作業員なんかやりながら糊口を凌いでるって聞いてます

そんな本岡さんなんですけど、いつの間にか西野サロンに入ってて、そこでプペルの映画チケット台本のセットを80セットも購入するんです。本岡さんは台本のセットは2020年8月頃に購入して、2020年10月ぐらいに「無職失業保険使ってチケット台本を80セット(約24万)買った話(理由)」って言うnoteを書いたんですけど、これがめちゃめちゃバズったんですよ。バズったというよりは明らかに炎上ですよね。誹謗中傷とかすごかったです。ただ、この炎上にはちょっと時差があって、本格的に炎上しはじめたのは今年の一月に入ってからなんで、ホントつい最近ですよね。

炎上してからしばらくは本岡さんのnote更新が止まってたんですけど、1月23日(土)に前述のnoteがアップされたと。大まかにはそういう流れです。


…で、僕の増田表題にもなってるんですけど、救いたくないんで、もう結論から言っちゃいますね。


彼はサロン外部の人間迷惑をかけてないんですよ。もう、これに尽きます


この件について語る時、皆さんは色んな話をごっちゃにして話されるんでこんがらがるんですけど、実際にはめちゃくちゃシンプルなハナシなんだと思ってます。順を追って説明していきますので、ちょっと長くなるかもしれないですけど、良かったら読んでいってください。よろしくお願いします。


本岡宏一氏の行いは「悪」

結論で既に述べてますけど、僕は全然悪ではないと思っています。まず、彼の本質が善人か悪人かで言うと、確実に善人側の人間なんですよ。これはハッキリと言っておきたいですし、異論もほぼないと思ってます

彼が騙されやすそうな言動思考note上に残していたり、彼のとっている行動が毎回あまりもに微妙なんで皆さん色々と批判めいたアドバイスをしてらっしゃるんだと思うんですけど、彼自身は今のところサロンメンバーの外部には明確な金銭被害を与えてないんですね。

本岡さん以外にも西野サロンメンバー炎上した方がいて、仮にS藤さんとするんですけど、このS藤さんはサロンの外部の人に「サロン内でしか通用しない信用」を売りつけようとしたのが一番マズかったと思っています。それに比べて本岡さんはチケット購入当初はサロンメンバー以外にも売ろうとしていたみたいですけど、実際は売ってないですよね。この差はすごく大きいと思っていまして、僕は本岡さんの「サロン外部の人間金銭被害を与えてない」って状態はすごくいいと思います

ただ、彼のワキが甘いのは確かです。2020年9月11日失業保険認定に行って来たとnoteに書いてるんですけど、2020年9月7日から土木作業員として働いています。つまり彼は、違法行為をして受け取った失業保険でプペルのチケット台本を買ってるんですね。誰か葛飾区ハロワにチクっといて下さい。

(※一応、就業中でも失業保険は受け取れます。ただ、その場合認定日に就労申請をする必要があり、本岡さんの場合自己都合で退職したと書かれていますので、2020年5月から約3か月の給付停止期間を挟むと最速でも9月7日土木作業員として勤務開始日に被ってしまます。そうなるとチケット購入したという24万円以上の給付はかなり無理があります再就職手当を加味したとしても同様)

他にも2020年11月29日ノートルダム大阪ONEで開催された、今年26歳になるお姉さんの結婚披露宴ノーマスクで出席したり、その様子をモザイク等無しでそのままnoteにあげてしまったりと、何かと思慮が足りてないのは事実あると思うんですよ。

その辺を差し引いたとしても、少なくても本件において彼は悪いことはしていないです。失業保険不正受給ダメですが。



西野サロン「悪」

ここなんですけどね、やっぱり否寄りの評価が多くなると思います。それが今回の炎上をかなりややこしくしている原因かなと僕自身は思っているんですけど、今回は僕は「本岡さんをガチャで引きたい救うか救わないか」という軸で増田を書いてるんで、一旦本岡さんからは切り離してます

ただ、僕が「本岡さんは救わなくていい」って思ったのも彼が西野サロン所属しているからなんで、そこは説明させてもらいたいと思います

まず西野サロンのものについてなんですけども、これはもう僕が何か言うよりも、既に様々な人によって喧々諤々と議論されたエントリとかがたくさんあるんで、それを色々と見てもらったほうがいいと思います。僕はあんまりこの言葉を使いたくないんですけど、宗教団体と色々と構造が似てます

その上でなんですけど、西野サロン活動している本岡さんは、ものすごく楽しそうなんですね。少なくともnoteの上では。

これで本岡さんが「自身享楽の為にサロン内外の他人に多大な金銭負担を強いている」とかだと非常にマズいなって思うんですけど、今のところは全然そんなことないです。

かに西野サロン外にいる我々からすると、本岡さんの言動や行動って理解に苦しむものが多いんですけど、それで即座に「西野サロン悪の組織!滅ぼすべき!」となるのはちょっと違うんじゃないかなと思います。本人も楽しそうですし。

過去の様々な歴史に学べば、「外部に実害を及ぼすまでは彼我の距離を適切に保っておく」ぐらいしかないと思っています


チケット台本価格は適正だったか

これはもう、ぼったくりですね。ちょっと言い過ぎかもしれないですけど、少なくとも本岡さんの言う「原価で購入した」はあり得ないですし、まぁ適正価格ではないです。ただ、当の本岡さん本人はこの値付けに納得してまして、少なくともnoteではそう宣言しています

一応説明しますと、西野サロン内でプペルの映画前売り券と台本がセットで売ってたんですよ。それでサロンメンバー利益を上乗せして転売しても良い事になってました。そのセットを本岡さんが80セットで23万6千円程で買ったのが「適正価格」なのか?という事です。だいたい1セットで3,000円ぐらいですね。

映画の前売り券は皆さんご存知の通り、大抵1,500円(税込)で買えます台本は「ブルーノ」っていう公式オンラインストアがあるんですけど、そこで西野さんのサイン入りで1,480円(税込)で買えます

まり本岡さんじゃなくても、サロンメンバーじゃなくても、税込2,980円で我々も普通に買えたんですね。今は映画が上映中なので前売り券は買えませんが、メルカリ等に掃いて捨てるほど出品されていますので、今は実質3,000円以下…いやもっと安く買えます。なのでこれはもう全然適正な値付けとは言えないですね。


ちなみに、今現在本岡さんの自宅に積まれているであろう80冊の台本には、西野さんのサインは1冊も入ってないです。


整理すると、本岡さんは悪事を働いておらず、西野サロンも一概に悪いとは言えないけど、チケット台本の値段はちょっと高いよね、となります。ただ、金銭的にマイナスを出したのは現状では本岡さんのみで、当の本人が購入したこと肯定的に捉えている為、僕は本岡さんを「救われている」と判断しました。なので本岡さんはもう救う必要はないです。


概ね以上なんですが、まずはここまでお付き合いいただきありがとうございました。最後に少しだけ、僕がこの増田を書いた理由とかを述べたいと思います

本岡さんは救いたくない」って書きましたけど、「じゃあお前は誰を救いたいねん」ってなるじゃないですか。この増田は、「救う」とまではいかないかも知れないですけど、「オンラインサロンの外にいる人」とか、「オンラインサロン内にいるけど、今あんまり楽しくないと思っている人」に向けて書いてます

ぶっちゃけて言うと、今まさに溺れようとしている本岡さんの状態客観的に書く事で、本岡さん以外の「西野サロンって楽しそう」と思っている方、もしくは「西野サロンに入ったけど、なんか楽しくないな…」と思っている方等に届けばいいな、と思っているますサロン的なもの全否定するわけではないですが、サロンというのは誰でも無条件に楽しくやれる場所ではないです。一度立ち止まり自分に合っているのかどうかをゆっくり考えてみてもらえたら嬉しいな、と思っています。その時に僕の書いた文章が少しでも助けになれば幸甚です。

なんだか偉そうに言ってますけど、結局は本岡さんを批判して周囲に注意を促す、いつものやり口です。この方法を好ましく思わない方も大勢いらっしゃるのは承知していますが、現状の僕にはこのやり方しか思いつきません。許して下さい。


本岡さんもそうなんですけど、オンラインサロン活動してる人って単純に楽しそうじゃないですか。しか西野亮廣っていう有名人がやってる集まりに月々980円で参加できるって、パッと見めちゃくちゃ魅力的だと思うんですよね。

でも、オンラインサロンで本格的にガッツリ活動して行こうと思うと、ある程度の金銭必要になってくるんですよ。これは割とどのオンラインサロンでもそうなんですけど、西野サロン場合はそれがかなり顕著で、かつ動く金額が大きくなりがちです。これはごく少数の例外を除いて発生します。例外になるのは、西野さん本人とその周辺の著名人や、「絵が描ける」等の何らかの才能がある方とかです。それ以外の人…言い方は悪いかも知れませんが本岡さんのような方は、ガッツリ活動したければかなりの支出覚悟する必要があります。(実際に24万円払っています。)

ここからが肝要なんですが、そのお金をどうやって補填するのかによって、色々と大事ものを失ってしま可能性があります

非難されやすいのは、「オンラインサロン外の人間から補填する」事です。先述のS藤さんはまさにこのパターンでしたし、初期の本岡さんもこの計画だったと思われます。これは本当に駄目です。人生の上で大事ものをたくさん失いますサロン内の人間勝手に散財して勝手破産するのはどうでもいいのですが、サロンの外の人間に「サロン内でしか通用しない価値」を売りつけるのはまさしく詐欺のものです。やめて下さい。

我々はプペルの映画が観たければ2,000円払って映画館で観ます。観た上で西野さんのファンになれば、西野サロンに入るかもしれません。そういう流れになればみんなハッピーだと思うのですが、本岡さんやS藤さんといったサロンメンバーの方は何故かそういう流れに持っていきません。「3,000円で仕入れて3,500円で売ろう」とか、「150万円でトラック札幌に呼ぼう」とか、我々からすると理解のできない方向に行きます

それで理由を聞くと、「プペルは本当に素晴らしいから、皆に知ってほしい」「西野サロンは本当に素晴らしいから、皆に知ってほしい」と返ってきます

これ、本当に心からそう思っているならコンテンツ自体の良さを語ってほしいんですけど、なんで誰もそれをやってくれないんですかね?何故プペルの原作無料で公開されているサイトを教えてくれないんですか?何故西野サロンに入れば毎日西野さんの長文記事が読めるとかの情報を教えてくれないのですか?

そういったコンテンツ自体の良さを何も喧伝しないのに、トラックに150万円は出せないです。チケットに3,000円は出せないんですよ。「いやこれは3,000円分以上の価値があるから」じゃないんですよ。先にコンテンツありきじゃないですか。そこを飛び越えてくるから、互いに分かり合えないんです。

えんとつ町のプペル」というコンテンツは素晴らしい!皆に教えてあげたい!…そう思うならですね、まず一番初めにやってほしいのは一緒に映画館に行く事なんですよ。で、観た上で興味が出てきたのなら、台本なりサロンなりを勧めればいいじゃないですか。なんでそれを飛び越えて、「まず台本」「まずトラック」なんですか?なんでまず「映画を観る代金」以上のもの要求してくるんですか?穿った見方をすると、プペルというコンテンツ自体にはそこまでの魅力がないのかな?と思ってしまます。プペルがあまり面白くないから、ほかの手段でカネを巻き上げてやろうと思っていませんか?


本岡さん、あなたは今回のnote

私は「サロン映画えんとつ町のプペル」が好きですし、作品関係ないところで評判が落ちてしまうのはとても悲しいです。

って書いてますよね。ハッキリ言っておきますが、いま作品の評判を落としているのは本岡さん自身です。今回の炎上で「プペルって面白そうだな」って思う人はいないです。まさに、作品関係ないところで評判を地の底まで落としているんですよ。その自覚がありますか?

本岡さんが西野さんやサロン大事に思うなら、今やるべきなのは、「僕は前向きにとらえています!」と宣言する事じゃないんですよ。評判の落ちたプペルというコンテンツの良さを世間に知らしめる事なんですよ。なんでそういう方向にいかないんですか?今のままだと、本岡さんのせいで映画に行かない人が増えている状態ですよ。そんな状態放置していていいんですか?


また、本岡さんは約24万円のチケット代金を全額自分で被っていますよね。ここだけはかろうじてマシです。他人迷惑かけてないんで。…ただ、これも最終的には詰むんですよ。持続性がないからです。本岡さんが大富豪なら別なんですが、そうではないようなので、ずっとこの状態を維持することはできないんですよね。

今起こっている事象の大半は、「24万円払った」という行動からはじまっています。善きにせよ悪しきにせよ、今まで経験したことのないものを味わえたと思います。一応、本岡さん自身は今回の件を「とてもプラス経験」とおっしゃっています

でも、それで終わりなんですよね。次に似たような経験をしたかったら、本岡さんはまた24万円を払わないといけないんですね。もし24万円で慣れてしまったら、もう50万円とか100万円とか払うしかないんですよね。覚せい剤と一緒です。ずっとそのお金を払い続けることができるならいいですけど、大抵の人はそれができません。だからいずれ、自分以外の他人サロン外の人にお金を払ってもらおうとしますし、それができないとどんどん追い詰められていきます覚せい剤と一緒です(2回目)。


この状態本岡さんを擁護する人は、「信用経済的に、本岡さんは24万円分の信用を買った。だから問題ない」とか言うんですよ。でもそれは80枚のチケット他人に売りつける事に成功した人だけですよ。本岡さんは1枚も売れてないです。そんな人は信用できないです。


から見れば本岡さんは「プペルというコンテンツを周囲に売ろうとしたけど一切売る事ができなかった人」にしか見えないです。信用経済で言ったら、マイナス勘定しかないですよ。サロンメンバーもなぜか本岡さんを擁護するんですが、これがよくわからないです。プペルって素晴らしいコンテンツなんですよね?そんな素晴らしいコンテンツの良さを周囲に伝えられなかった人を何故評価するんですか?先程も言いましたけど、むしろプペルのコンテンツ評価って本岡さんのせいで下がってますよ。プペルが大好きなら、大好きなもの価値を下げまくった人を擁護するって、おかしくないですか?


今日はここまでです。読んでいただきありがとうございました。ハーデス撤去されたんで、僕とシンフォ2で対決しましょう

2021-01-07

結局コロナウイルス人間人間を殴るとき棍棒にされつつあるな

ちょっと冷静になれば憎むべきはウイルスなわけでさ、(別にウイルス意思はないけど、強いて言うなら神とか?)右派左派とか、政治家とか、コロナ風邪派の人たちとか、外に出て飲み歩く人たちとか、飲食店とか、そういう人たちが「悪」なわけではないんだよ。

成人式中止のブコメに「ブクマカ自分と違う価値観の人に対して絶対理解を示そうとしない」って書いてあったけどまさしくそのとおりで、別に今飲み歩いている人とか飲み歩きたい人は、現状別に犯罪者でもなんでもないからね。どうにかそういう人たちにも感染リスクを抑えてもらう方法がないか考えるとか、妥協ポイントを探るとか、そういうアプローチじゃないと攻撃しあってもなんもならんやろ。

政治家にしても、失策とかを批判するのはまあ民主主義だし当然だとして、「こいつらから感染すればいいのに」とかは絶対言いすぎ。

コロナ風邪とか言い続けてる人たちだって不安とか欲求不満デカすぎるせいなのか現実見えてない感あるけどさ、別に悪ではないだろ。

だってウイルスは怖いし政治にはあきれるしどうしようもない感情でいっぱいになるニュースばっかりだけど、余裕なくなって攻撃的になってるやつは一回落ち着けよ。

人間VSウイルスどころか、ウイルスそっちのけで人間VS人間やってんじゃん。

結局さ、コロナに限らずLGBTとかも全部そうだけど、何かを棍棒他人を殴りたいだけでしかないんだよ全員。

そりゃ戦争暴動もなくならんわけだよな。もっと平和に行こうよ。

このまま不安に負けて攻撃的な人が増え続けていくと、まじでデビルマン最後の方みたいになるぞ。

2021-01-03

嫌いではないけれど好きにもなれない

何故この話を書こうと決意したのかだが、某国に属する(属していた)人に対するヘイトが随分とSNS上で話題になっているからだ。

 

自分は率先して嫌いになろうとも思わないし、それだけを理由に傷つけたり貶めたり不利益を与えるような行動はしない。

でも、その括りを好きにはなれない。

というスタンス自分にできる精一杯の誠意だ。

 

何故そのような考え方になったのかを綴っていく。

小説を模す。個人特定を防ぐためのフェイクを入れる。伏字をする。一人称敬称などは性別判別できないようにする。

匿名だし眉唾だと思われるだろうが、その姿勢は大切だと思うので是非続けていて欲しい。インターネット情報煩雑すぎる。

 

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まだ私が小学生だったころ。

地方に住んでいた。田舎だ。周囲には田んぼと畑ばかり。

小学生の頃の自分は随分と積極的他者との交流を図っていたし、いじめやいじりというような小さな「悪」ということを見過ごせない、俗にいうところの「イイ子」だった。

ただし、幼稚園時代からからまれただのなんだの大人から言われるような、イイ子ではあったが一筋縄はいかない人間だ。

 

同じクラスにAさんという人が居た。皆ともよく遊んでいた明るい子だったが、ある日突然いじられるようになった。

自分はそれを見過ごせずに、いじりの中心人物であるBさんに何故そのようなことをするのかと問うた。

Bさんは「Aさんは外国人から」といった。ばかばかしいと思った。他の国の人間というだけで人の嫌がることをしていい理由にはならないだろうと大きな声で反論した。

クラスの中で発言権を持つ私の言葉はすぐに広まった。そしていじめ未満のいじりは消えた。

 

それからしばらくしてAさんのいじりなんてなかったかのように皆でまた遊ぶようになったころ。Aさんが私を家に呼んでくれた。

この間、助けてくれて嬉しかたから家に来て欲しい。見せたいものがある。

私はその子言葉に応じた。家に帰った後、待ち合わせをし、Aさん宅へと向かった。

最後の曲がり角でAさんが妙なことを言い出した。「本当は誰も連れてきたらいけないと大人人達から言われているから、声を出さないで、こっそり行かないと」

言葉意味理解できたが何故そのようなことを大人が言い聞かせているのかわからなかった。ただ、子供の私はそれをスパイごっこみたいで楽しいと思った。

Aさんの言葉の通り静かに角を曲がった。数軒の件の家が並ぶ場所。その中の一軒が件がAさんの家だった。

Aさんの家に入ったあと、何をして遊んだかは忘れてしまった。ただ、そんなに長い時間ではなかった。Aさんの宝物を色々と見せてもらっては、すごいすごいと二人ではしゃいでいた記憶はある。

 

二人で夢中になっていると、時計を見たAさんが「帰った方がいい」と切羽詰まったような様相で言った。Aさんは「見送ってあげられない、もう家から出てはいけない時間から」と言っていたが、門限は家庭ごとに違うものだろうなと思って頷いた。

帰ろうとする私に、Aさんが宝物入れからつのキーホルダーを取り出し「これは私の国の~~の記念のキーホルダーで、仲良しの証だから持っていて欲しい。それから、もし万が一大人の人に会ってしまったら、このキーホルダーを見せて」と手渡した。(~~は忘れてしまった)

友達の証として物を渡されるのは、物目当ての付き合いの様で好きではなかったが、Aさんが頑として譲らないので受け取り、私はAさん宅を後にした。

家を出て、曲がり角を曲がってすぐのころ。大人の人が話しかけてきた。

「あの地区から出てきたけど見ない顔だ、どこの子だ」といった内容だったが、素直に答えるべきか悩んだ。Aさんが「誰も連れてきてはいけないと大人から言われている」と告げていたからだ。あのあたりで同じ年の子が何人いるかはわからない、友人の家に行ったと言った場合、Aさんが浮上する確率が高かった。

私が沈黙していると大人の人は「ここは来ちゃいけないところだ、もう夕方だし帰りなさい。大きな道まで送ってあげよう」と言った。私は追及を免れたことに安堵し、頷いた。

大人の人は色々と話しかけてきたが、そこから[誰が私をあの場所に連れ込んだのか]を特定しようとしていると感じて、色々と本当と嘘を混ぜて話したが子供のやることだ、話しているうちに矛盾に気付いたのだろう、大人は聞き出すことを諦めたようだった。話題は変わった。

 

学校勉強の話から戦争の話になった。「日本人戦争をして沢山人を殺した悪い人たちなんだよ」というから「私は戦争には参加していない」と言った。「でも君のおじいさんは戦争に行っただろう」と言われたから「祖父は体が弱いか徴兵されなかった」と言った。大人の人は悔しそうな顔をした。

「でもおじいさんはそうだっただけで、戦争に参加した人はいるだろう」と食い下がるので、苛立ってきた私は「それはおかしい。戦争は確かに悪いし人を殺してはいけないが、戦争が悪いと言うならアメリカイギリスドイツ戦争をしてきたし、なぜ日本人からという理由だけで悪い悪いと言われなくてはいけないのか。人を殺した子孫が悪いというなら、地球に生きているほとんどの人間先祖を辿れば人を殺しているはずだ。こういう話は日本からとか国の括りで話すべき問題じゃない。」という旨の話をした。

祖父の体が悪かったのは本当だ。徴兵されず家族の役にもたてず、それを悔い、戦わずに生き延びた者として戦死した人たちの代わりに悲惨さを伝えたい、もう二度と起こしちゃいけないと、晩酌の度に私にいろんな話をしていた。

から私にとってその話はセンシティブで、所属した国だけを理由に悪い悪いと言われるのは嫌だった。(当時の自分はそこまで自分感情理解せずにただただ嫌だとしか感じていなかったが、今の私から見るとそのように考えたのだろうと思っている)

 

大人の人の話の内容が、私を特定するものに変わった。流石にこのあたりで、子供の私でもおかしいと思い始めた。

「どこに住んでんでいるのか」「親はどんな仕事をしているのか」「家族構成は」「学校クラスは」色んな事を聞かれたか、答えなかった。「仲良くなりたいから教えて欲しい」みたいなことを言っていたが「住んでる場所名前がわからなくたって仲良くなれる」と返した。

そんなやりとりをしているうちに大きな道に出たので「もうここまでで大丈夫です、ありがとうございました」と言って大人から離れようとした。

大人の人は私の手を掴んで「教えないなら、車が来た時に突き飛ばしてやる」と言った。だから「やれるものならやってみればいい。私は学校では良い子で通っているから飛び出しをするような子じゃないって証言が出る。車の運転手だって加害者になりたくないから私の近くにどんな人が居たのか覚えるはずだ。それに、ここに来る途中の○○店の店主さんが表に出ていた(嘘)けれど、店主さんとはおつかいで何度も会う顔見知りだ。もし私が事故に遭ったと知ったら、その時にどんな人が近くにいたか教えてくれる」と答えた。

それに大きな道といっても田舎なんだから車なんてそうそう通らないし見通しも良い。いざとなったら車が見えたあたりで大暴れして運転手の目を引いて、自分から道路に飛び出してやろうとすら思っていた。そうすればよそ見運転をしていない限り、運転手は危ないと思って減速するなり避けるなりしてくれるだろうと思っていた。あわよくば、車を止めさせて「助けてくれ」と泣きついてやろうとも。

大人の人は手を離した。「恐いと思わないのか」みたいなことを聞かれた記憶がある。何と答えたかは覚えていない。

最後名前を」としつこく聞くので、この一帯では有名な地主(広い田畑を所有している人で、色んな所に顔のきく権力者をどう言っていいのかわからないのでそう表記する)の苗字を出した。大人の人はすぐに去っていった。

あの大人の人は一体何がしたかったんだろうと思いながらも、私は道すがら何度も振り返り、回り道をして、すれ違う人すべてに挨拶をしながら家に帰った。

 

翌日、Aさんに「あの後大人の人に会ったけど、もしかしたらAさんの家に行ったことに気付かれたかもしれない。Aさんは大丈夫だったか?」と聞いたがAさんは「大丈夫だった」と答えてくれた。

それ以降もAさんに何か変化がある訳でもなく、私や私の家族に何かがあった訳でもない。(一応親には報告したが)

子供ごまかしが効いたとは思えないが、地主名前が効いたのかもしれない。

 

大人になって何回目かの引っ越しをする時、そのキーホルダーが出てきた。

その時の私は既に裏面に刻印された形を国の形だと認識できたし、その国の名前も知っていた。

そしてようやく、小さい頃の私に起きた事象が何だったのかを理解できた。

私は日本人というだけで悪意を向けられていたのだなと気付いた。

キーホルダーは捨ててしまった。

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誰かの話ならそこまで深く根付かなかったかもしれないけれど、当事者には十分な衝撃だった。怖いことをされたと理解したし、そのようなことを施された事実を嫌だと思った。

ああやって子供に刷り込んでいくんだなとか、大の大人子供に向かって脅迫するんだなとか。過去出来事第三者視点なのにもかかわらず、当事者としての恐怖をじんわりと感じている。

何事もなかったのは運だけだろうと、勝手に思っている。受け答えを一つでも間違っていたら、とも思っている。(いや、かなり間違っていたからこその脅しだったのだろうが、実行されなくてよかったという意味で)

 

SNS話題に上がるたび、日本人から嫌がらせを受けた人もたくさんいるんだろうと心を痛めつつ、自分日本人からという理由でその国の人から脅されたんだけどなと思う。

(勿論、現実社会において四面楚歌状態である前者の方が立場的に辛いのは承知しているが)ハッシュタグが使えて羨ましい。誰かに伝えられて羨ましい。大変だったね、辛かったね、怖かったね、そう言ってもらえて羨ましい。それを言える環境に居るのが羨ましい。

でもこれを自分が素直にインターネットに流したら色々と言われてしまう。ハッシュタグを使って盛り上がれるくらい数が多い人たちに所属していた(している?)人に不利益を与えられたと言ったとして、その先はと考える。

自分はそういう目に遭ったという事実を伝えるだけなのに、国をほのめかしただけでSNS上ではこちらが四面楚歌になるし、自分意見はこうだという話に第三者が考えを押し付けてきてSNSを妙な討論の場として使われてしまう。フォロワーさんやフォローしている方に迷惑をかけてしまうのは嫌だ。

 

SNSとは違ったこ匿名ブログならば、傷つくこともない代わり、このような話をしても「釣り乙」で済まされてしまうだろう。

冒頭にも書いたが、それで良いと思う。自分に都合の良い情報ほど人は素直に受け入れてしまう。疑わずに読んだ人はどうか疑ってくれ。

最初から疑って読んでくれた人は、ここまで読んでくれてありがとう

 

最後に。

あの国に住む人全員が、あの地区に住む人と同じ考え方だとは思わないし、親や大人人達の言いつけを破ってでも宝物を見せてくれたAさんとの間に、確かに友情はあったと信じている。

(実はAさんが悪意を持って私を呼び寄せたのかもしれないと考えることもできるが、それならこんな中途半端にはならなかっただろう。その線は薄い)

大人になってからあの国の人と交流する機会があったが、丁寧で優しい人の比率は高かった。

(演技だと言う人もいるかもしれないが、自分だって日常の中でいけ好かない奴の顔面を殴りたいと思いながら手を出さずにいることもある。お互い様だ)

 

でも自分は好きにはなれない。その国というだけで身構えてしまうから、好きになるために向き合おうと努力する必要があるだろう。

他にも、普通とか嫌いではないとか、そういうカテゴリーに入れて、そこから関係を構築していくことになる。

一人一人と向き合う以上「それに属する全員を受け入れる」なんて軽々しく口になんてできないし、そんな無責任なことを言う気もない。

 

ただ、あの大人の人のように「嫌いだから」というただそれだけを理由に、誰かを傷つけたり貶めたり不利益を与えたりしないように生きていきたい。

それが今の自分ができる、人間に対する精一杯の誠意だ。

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