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はてなキーワード: 日課とは

2019-03-20

過激派財前時子Pという名の「厄介」

アイドルマスターシンデレラガールズの財前時子を担当しているプロデューサー独りよがりで厄介な人間が多すぎる。

財前時子はボイスがついていない、いわゆる「声なしアイドル」だ。声なしアイドル目標ひとつとして「ボイスの獲得」がある。それにはやはり、「世間的な人気」がどうしても必要だ。ボイスがつけば活躍の機会が格段に増え、曲ももらえるしイベントに出る機会も増える。もっと活躍が見たい、少しでも自分担当しているアイドルが人気になってほしい、そう考えている人も多い中で、一部の独りよがりな財前時子Pがどう考えても足を引っ張っている。

アイドルプロデュースするゲームの中で、財前時子は異色を放つ女王様アイドルでありとても好き嫌いが分かれる。

そんな中、「ときのりこ」というコンビが生まれた。財前時子と椎名法子コンビのことだ。天真爛漫な13歳の女の子椎名法子と、女王様女子大生財前時子。女王様として扱われる彼女が、どこまでもマイペースな法子に振り回される。このアンバランスな魅力が徐々にファンを生み、二次創作もずいぶん増え、ときのりこをきっかけに財前時子を好きだという人も増えた。

そしてデレぽ。「アイドルたちの架空SNSであるデレぽで、財前時子が小学生アイドルに対してソフトに接する場面が何度かあった。

プロデューサーファンを「豚」として接する女王様子供に好かれている、またしてもこのギャップが財前時子のとっつきやすい一面として魅力になった。

しかしこうやって好きになるきっかけのような意外な一面が描かれるたび、財前時子Pは「ときのりこは嫌い」「ユニットを固定するな」「子供に優しい面ばかり注目するな」「どこまでも女王様でないと嫌だ」と否定的なことをツイートする。

「時子様」「ときのりこ」など、しっかりと固有名詞を出し、検索に引っかかるような形で否定を発信する。ツイッターアカウント名にわざわざ財前時子の名前を入れてネガティブ発言をするやつも一人や二人じゃない。

自分担当するアイドル活動好き嫌いがあるのは普通のことだ。この子とのコンビは好きじゃない、こっちのユニットは好き、こういう仕事はしてほしくない、こんな風に活動してほしい、みんなそれぞれ意見があるのは当然だ。

そうだとしても、財前時子Pはあまりにも言葉のきつい排他的意見が多すぎる。

自分はもちろん財前時子Pなので、日課としてツイッターで財前時子関連の検索をしている。彼女に興味を持って検索をして、攻撃的なツイートたちに行き着いて「恐い人が多いからいっしょに応援したくない」と嫌気が差した人を何度も見てきた。作り話でも盛っているわけでもない、本当に何度もあった。あってくやしかたから、こうしてここにこんな文を書く羽目になったのだ。

新参が離れていくのは当たり前だろう、「こういう財前時子は好きじゃない」「こいつらは魅力が分かっていない」と、同僚と呼ばれる同じ財前時子Pの活動否定する意見ばかりでてきたら、そこに自分も参加して作品を作ったり応援しようと誰が思うだろうか。自覚がないかもしれないが、界隈の空気というのは本当に大切なものだ。攻撃的な人の多い、空気の悪い界隈というのはどうしても問題が起こるし、もちろん楽しくない。

創作は本当に好きじゃないとできないし、できない人には一生できない。そして、神と呼ばれる二次創作作家がいるというのは界隈の発展にとても大きく関係する。人気のあるうまい二次創作作家がいるということは、チームにイチローがいるのと同じだ。界隈の宝だ。

しかしそういう時一番被害を受けるのは、こういう風に真っ当に創作活動している人たちだ。好きなものを書きたい、自分の好きなものを他の人にも好きになってほしい、作品を作るきっかけになってほしい。そう思って時間と手間をかけて活動している人がいる脇で、「これは好きじゃない!!」と平気で叫ぶ奴が財前時子Pにはあまりにも多すぎる。

一生懸命やっている花屋の脇で「この花は好きじゃない!」「嫌いな花ばかり売っている!」と叫ぶ奴がいたとしたら頭がおかしいやつだろう。でも財前時子界隈はそんな奴が本当に多い。

ときのりこ」というコンビで財前時子は本当にファン担当が増えた。それを「ユニットの固定は個性を殺すことになる」と親の敵みたいに嫌うなら、同じくらい人気が出るようなものを作り出してみろと言いたい。ギャーギャー文句を言うだけじゃなく、同じくらい財前時子の魅力を伝えてみたらいい。みんなが好きになるような作品を作ってみてほしい。

「一斉××」というお手軽な企画で本当に興味をもってくれる人がいると思っているのだろうか。界隈が盛り上がっている空気を出したいのなら、それよりも財前時子Pを近寄りがたい空気にしているマイナス発言を控えるほうがよっぽど効果がある。

なにが「他人から嫌われてもいい!自分なりに財前時子を推す!」だ、嫌われるのはお前だけじゃない、財前時子も一緒に嫌われているんだ。独りよがりで視界が狭すぎる。財前時子の応援がしたいんじゃなくて、仲間同士傷の舐めあい馴れ合い楽しいのなら、もっとクローズド場所でやってほしい。

マイナスなことだろうと何を言ったって自由だろう!」と思うかもしれない。そりゃもちろん言ってもいいし自由だ、でもお前たちはライブで場を読まず大声で家虎を叫ぶ奴と同じ、自分気持ちよさしか考えられない厄介な嫌われものだ。現に自分あなたたちのヘイトスピーチと代わらない、応援の名を借りた意見押し付けが大嫌いだ。

本当に財前時子を応援したいなら、同じ財前時子Pとして嫌な空気や不機嫌をまき散らさないでほしい。あなたたちのやっていることは「財前時子の応援」じゃなくて「自分意見を貫き通したい」だけだと気づいてほしい。あなたたちはプロデューサーではなく「厄介なクレーマー」だ。

2019-03-16

アンチの燃料って何?

ツイートする毎に誹謗中傷リプライぶら下げにいったり、わざわざTwitterでその人の事褒めてたりするツイートに「あの人間は最低だ」と訂正して回るのが日課みたいな人がいる。アベ言ってる人も同じ部類かな。

その人の事が好きなの?嫉妬もっと惨めな感情あいつに騙されるなという正義感マジョリティ側の自分カッケーという特別感?

どんな感情を持ったら、そこまで毎日嫌いな奴の事を考える事が出来るんだろうか。嫌いな人と距離を取ろうとせず、よく耐えれるよね。

丁寧な暮らしライフハック

日常の小さな工夫を出来る人が私は好き。

バス旅行でS字フックを使って荷物をかけているオバサマたちには感心してすぐ取り入れた。

洗濯物を干すのが面倒で嫌いだったけど、物干し竿にソックス類は引っかけるだけで乾く、と雑誌で読んだとき以来、苦でなくなった(室内干し向け)。

原付の鍵を付け忘れたまま駐車してしまうことがあったので、リール付きのキーホルダーを鞄に付けることにした。

安全ピンを鞄の内ポケットに付けて、そこに小さなカラビナで鍵とつなぐ。

こうすれば、使うときだけリールをのばし、リールが巻き戻るので、鍵のはずし忘れがない。

安全ピンは使うすべてのバックにつけてあるので、どのバッグでも対応可。

鍵がバックで行方不明になることもなくなった。

鍵の行方不明対策やバックホルダーは百均で専用のものも売ってるけど、コスパ汎用性を考えればS字や安全ピンで代用する方がお得。

使わなくなっても、無駄にならないし。

生活の知恵、ライフハックって、楽しい

さなことだけど、こうしよう、という発見改善された後の快適さ、そこに小さな達成感があって、私はすごく好き。

さなストレスを見過ごさないで、ちゃん対策をとる。

私にとっての丁寧な暮らしは、そういうこと。

その人にとって快適であれば、靴下を竿に引っかけて干す手抜きも、作家ものの器を使って丁寧に入れたお茶を飲むという日課も、同等の価値がある。

まぁ、前者はお洒落雑誌にはでないだろうけどね。

2019-03-06

酔いつぶれてるっぽい人を見つけたらどうすればいいの?

ついさっき早朝5時頃、日課ランニングしてたら帰り道にうずくまっている女性がいた。発見先は渋谷繁華街から徒歩10分くらいの場所からおそらく酔いつぶれたんだろうなとは思ったけど、人通りの無い道だし、まだ寒くて雨が振り始めたから気になった。とりあえず大丈夫か聞きながら肩を揺すってみたが反応が無い。ランニング中でスマホをもっていなかったので、近くの交番に行くことに。行ってみるとパトロール中で誰もいない。一旦帰宅することに。救急車呼ぶかどうか迷ったら電話する番号があるのはなんとなく覚えていたので検索して電話してみたが、電話が込み合ってるって言われて通じない。結局初めて119番したんだけど、やっぱり119番しか無い?他にいい方法あるなら教えて。

119番って結構決断を迫られるんだな。「うずくまっている人がいて、多分酔いつぶれだとは思うんだけど、寒いし雨降ってるからちょっと気になってる。どうしたらいいか。」って聞いたら、救急車必要かどうか逆に聞かれて。まあでも仕方ないかアルコール社会的コスト半端ないな。自分も好きだけど。

2019-03-04

子どもに買ったおもちゃ

3歳 息子 プラレール 

反応は良かったけど3歳は作れないので親が作ることになる。

最終的にレール以外を走らせて遊んでた。スイッチ入れっぱなしで放置されるとうるさい。

3歳 息子 ニューブロック 

よく遊んだレゴより片付けは楽

3歳 息子 レゴデュプロ

よく遊んだ。でも妻がレゴあげとけばいいみたいな思考になって、その後シリーズ違いを2セット買った。

明らかに買い過ぎ。毎日全部床にぶちまけるけど3分の1も使わない。片付けが日課になる。

3歳 息子 忍者一番刀

すごい喜んだけど、効果音がうるさい。武器なのでいろんなところをたたくので取り上げ。

4歳 息子 トランスフォーマー

すぐに飽きた

5歳 息子 ベイブレード

まり遊ばなかった。回るスタジアムが動かす度、部品が外れるのでめんどくさい。動作音がうるさい

普通スタジアムにすればよかった。

5歳 息子 spinmaster

5歳には難しい。今でもたまにやるけどすぐに挫折

5歳 息子 サッカーゲーム

1回も遊べなかった。早すぎたのかもしれない

6歳 息子 ゾイド

少し遊んだけど三日ぐらいで飽きた。

6歳 息子 シンカリオン

息子の希望により購入。あまり遊ばなかった。三日ぐらいで飽きた。

2歳 娘 メルちゃん

風呂の友。おんぶもする。

3歳 娘 アンパンマン くみたてDIY

割と遊んでいる。インパクトドライバーがお気に入り

3歳 娘 お姫様の服

喜んだ。二三日は着たがる。

3歳 娘 マグネットパズル

娘も息子もそこそこ遊んでいるけど、レゴほど汎用性はないので作るのは大体同じもの

6歳 息子 3歳 娘 キッズカメラ

安物で液晶もしょぼいけど、割と使っている。撮った写真の9割はピンボケかよくわからないもの

次の息子の誕生日普通デジカメを贈ろうと思っている。

4月から小学生の息子は、俺のSWITCHで遊びだして頭の中はゲームファミコンスーパーマリオスーパーマリオオデッセイぷよぷよ)のことだけになった。

よく遊ぶんだのはレゴとニューブロックだけど、いっぱいあっても意味がなかった。

娘も遊ぶのは基本的レゴおもちゃより絵本の方が好きらしい。

だるまさん、こぐまちゃんアンパンマンを探せが鉄板

リンクを張りたいけど何故かリンクをつけると登録できないエラーも出ない。

オタクだけど

フェミでもあり、ネトウヨでもあり、リベラルでもあり、弱き者の味方で、1日2時間ジョギングに、瞑想、350gの野菜、8時間睡眠日課だけど質問ある?

2019-02-21

恋愛ができなくなったなあ。

好きで好きで仕方がないみたいな感情はどこにいったんでせうね…。

もう最近は「浪費癖がないか」「本人及びご家族はおおらかか」「求められても苦ではないか」の3点のみしか見ていない。

20くらいの頃~昔はあ~もっとぉ~「趣味を大切にしてる人がいいな♡」とかいってバイク乗りに恋したり(そいつは今もSNSで見る限りバイク乗ってて最近複数持ちしはじめてて浪費っぷりがヤバイ結婚しなくてよかった)「寡黙な人がいいな♡ミステリアスで素敵♡」とか言って軽く発達入ってるコミュ障と付き合ったり(5年付き合った挙句「おまえのこと好きだけど結婚は一生する気ない」とバッサリいわれて別れた…)「さみしくてしかたない…」って日は自分より倍以上年上のデブハゲおっさんとも平気でセックスできてたのに~

気づいたらなにもかもめんどくさい。

周りは結婚ラッシュ。よくあのクソしんどい道程を完走できたね…ああ2人の人生はこれからですかそうですか。

結婚いかんでええ?金がねえ。

恋愛するの好きだったんだけどな。

宇多田ヒカルとか聞いて自分の恋と重ねて自己陶酔しちゃったりして…

はあ

気持ちいいのは大好きでオナニーはどんどん上級者になっていくというかセルフ開発は進んでて感度は上がってるし性欲そのもの若いころの比ではないくらいあると思うんだけどコレが対外的な方向に全く働かない。さあ初めましての方と食事をして懇ろになって褥を重ねるに至るぞという工程を考えるとめんどいしコワイしだるい

ツイッターとかはてなでつかず離れずの距離感でありつつ内心ひそかにシンパシーを感じている男性ユーザーと付かず離れずの絡みしてるといいなあこれくらいが落ち着くなあ気づいてる?何でもない風にいつも接しているけどあなたは私にとってその他ユーザーとは明確に違うちょっとだけ特別存在なんだよってことでもある日突然オフとか誘ってくんないかなあ難しいなあ無理だろうなあ自分から言ってみようかなあ若いころなら何にも考えずに速攻アポとってたろうなあでもこのわたしが感じているシンパシーが実は独りよがりだったとしたら、その真実を突き付けられるのはやだなあ仮に向こうも同じように思ってくれてたとしても実物見たらうわ!デブス!ってなるだろうなあ…ああ、早いとこ痩せよ…なにをするにしてもまず痩せよう

というふうに帰結するのが日課

2019-02-17

片思いの子ラブレターを渡し続けた

片思いの子に振られたので短歌を見せて感想もらった」的なブログタイトルを見たとき、めちゃくちゃ心臓が痛くなった。最悪だ。あのとき気持ちをめちゃくちゃ思い出した

俺もすごく似た経験があるからな。正直これも書きたくない、恥ずかしいし

同じといっても、彼と俺とでは年季が違う。なんと15年もだ

忘れもしない、17歳ときだ。相手小学校中学校クラスは違えどずっと同じ女の子だった

ずっと好きだった。付き合ってください」

「ムリ」

一瞬だった

彼女一見飄々としていて、人を簡単に切り捨てることもあれば妙に情熱いところもあった。彼女のそういう矛盾までもが大好きだった。なんせ小学生ときからずっと好きだったんだから

振られて次の日に俺は何を思ったのか、彼女へのラブレターを書き始めた

ひたすら彼女への思いと世間話を書き綴った。もし今の俺が見たら俺の顔は核爆発を起こすであろう

手紙用紙5枚分位を毎日書き、相手に渡した。むしろ嬉しそうだった(そうであったくれ)

放課後彼女は「お返し」としてびっしり書いたラブレターへの感想を俺に渡してくれた

「〜って表現が良かった。私なら〜って書くかも

あと〜くんがーーー」

みたいな感じだ(今でもその手紙は全部保存してるよ)

もう一度言うが、彼女のこういうところが大好きだった

ラブレターはお互い17歳から始めて32歳まで続いている

大学生になっても近くに住んでいたので毎朝家のポストに届けに行った

夜には彼女も俺の家のポストに返事を入れてくれた

彼女は全てに返事をくれた。呆れ顔だった、「そこまでやるの?」とよく言った

それに対して俺が「好きだからしかたない」と返すのがお決まりだった

社会人になってから彼女上京することになり、ついにこれも終わるのか?と危惧された

結論から言えば、俺も金魚の糞のように一緒にへばりついて上京した

彼女の家の近くに住んだ

彼女も呆れ顔だった。しかし拒絶はしなかった

そしてラブレターを渡した。もちろん毎日

彼女への愛を書きまくった。とにかく書きまくった。好きだったから仕方ない

時が経ち、彼女には交際相手ができそのまま結婚した

俺も愛せる人を見つけて結婚した(その人にはラブレターは書いてないよ!)

段々、この関係フェードアウトしていった

徐々にレター内でもぎこちなくなり始めた

よく見れば、飄々としていた彼女はもういなかった。子を持つ母親の顔だ

やがてどこかへ引っ越ししまい、連絡先も繋がらなくなり、縁は断絶した

32歳になった今でもラブレターを書いている。もはや日課だ。渡す相手はいない

もう返事は帰ってこないが、それでもいい。好きだから仕方ないよね

2019-02-14

仕事ヘロヘロになって帰ってきた

義理チョコが配られたりもしたけどバレンタインことなんて3秒くらいしか頭に浮かばない一日。

そんな日だけどカフェに寄って読書をしていくという日課は欠かさなかった。

とてもきれいな店員さんがいて向こうもよく来る客だというちょっとした認識くらいはあるだろうけど、別にチョコを貰えるなんてそんなおこがましいことは考えるわけがない。

いつも通り閉店間際まで居座り、数人いる店員さん達があちこち掃除や片づけに散らばっている頃。

店を出た瞬間、メニュー看板の影から突然声をかけられた。

例の店員さん。手には小さい箱。

予想だにしない展開に、あたふたしすぎて何を喋ったかまり覚えていない。

「いつも来てるから」とか「突然ごめんなさい」なんて言っていた気がする。

こんな風にチョコを貰うなんて学生時代以来。

次にカフェに行く時、どんな顔をしていけば良いのかと思うと、気恥ずかしいやら嬉しいやら変な顔でにやけてしまう。

そんな現実が、本当にあったらいいなあと思う。

イマジナリー猫を飼っている

撫でたい時に逃げないし毛やトイレアレルギーのことを気にしなくていい都合のいいやつである

エサもイマジナリーエサで済むし

今度は日課ジョギングに連れていくイマジナリー犬でも飼ってみようかしら

2019-02-08

手柄を取られた、その時の心境

もうすぐリリースサービスがある。

春先から練りに練って、真夏エアコン壊れてサーバールームやすのにサマーウォーズ並に氷や扇風機買いに行ったり、年越しを会社で迎えたり、みんなで作り上げてきたものだ。

年が明けて新任の部長が来て、いつの間にか炎上プロジェクトという空気になり、半分のメンバーが外された。

後任はその人が贔屓にしてるという下請けslackから外され、プライベートchになって、入れなくなってた。

納期までまだ3週間もあり、大きなバグは片付いて、テストリリースも済んでるのにだ。

会社としては、完成すればそれでokだろうし、もう私達がいなくても資料ソース見ればやっていけるだろう、だから私達が居なくても問題はない。

私達がリリースしたところで、世に名前は出ないし、給料が上がる訳ではないし。

かに褒めてもらえるような事も無いだらうし。

と、理解しているつもりだが、寝る前の日課パズルゲームをしても、味気ないんだ…

私には横取りされた悔しさよりも、この必要とされていない感は、とてもダメージがある。ここ数日、何も考えることが出来ていないのが、あからさまに解るんだ。

今日、飯を食ったのかすら曖昧だ。

新任で手柄を必要としていたのは解る。だけど放り出す必要はあったのか?そう言ってくれれば、そういう事にして手柄としてあげたと思う…

いや無理か。下っ端に頭下げる意味はないな。

どうやらsvn管理者パスワードリセットしてないようでログイン出来てしまった。

流石に全部消してやる気力は湧かなかった、いや出来るわけない。賠償がーではなく、この半年間やってきたモノを消すなんて無理だ。

1日100MBずつログ出してディスク溢れさしてやらうかなんて考えるも、無力感?要ナシ感?に覆われて手が動かせなかった。

駅まで尾行して、後ろからドン

路地裏に引きずり込んでグサり?

ケンカとか、人生でした事も無いくせに黒い考えが浮かんでくる。別に結婚もしてないし、親は中学の時に居なくなったしで誰に迷惑掛けるわけではないから、踏み止まる必要も無いのだが、無力感が覆い被さり、萎えしまう。

ニュースで見る殺人事件とかは、よっぽどな事か、余程守りたいものがあったんだろうなって、ちょっと理解できた。

とすると、あのサービス自分の中でそれ程大したモノでは無かったのではないか??と思うようにしても…

ダメだ。

このまま消えてしまいそうだ。春先に死後2ヶ月のオッサン発見されたというニュース見たら、化けて出ないように、ちょっと祈ってくれ、最後のお願い。

anond:20190207004137

児童相談所 拉致 静岡市」などと検索すれば、当事者(親)が発信する記事を閲覧することができる。Twitter実名発信すら行っている。

彼らの主張と、裁判所認定事実とを対比しながら読めば、恐ろしさが伝わってくると思われる。

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損害賠償請求事件

東京地方裁判所平成21年(ワ)第25349号

平成25年8月29日民事第44部判決

口頭弁論終結日 平成25年4月25日

       判   決

(第1,第2 省略)

第3 争点に対する判断

1 認定事実

 前提事実に加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)本件小学校入学前後の経緯

ア 原告Q1は,原告Q2及びQ9との同居を始めた平成19年2月頃,Q9が時間を守らないこと,嘘をつくことを矯正させる必要があると考えて,原告Q2との間でQ9へのしつけの方法について話合い,その結果として,原告らは,Q9が小学校入学した同年4月頃から,Q9が上記の点について原告らの口頭での指導を守らなかった場合には体罰を与えることとした。

 原告らの体罰は,当初は頭を軽く叩く程度であり,その後顔を平手打ちするようになり,同年6月頃からは,Q9に木製の子ども用バットを持ってこさせて,臀部をバットで叩くことなどがあった。

(甲4,75,原告Q1本人)

イ(ア)Q9の所属するクラス担任であるQ12教諭は,平成19年4月頃,Q9の顔に痣があったこから,その痣について聞いたところ,Q9は,タンスの角にぶつけたと述べた。Q12教諭は,その後,Q9の顔の別の位置に痣があることを発見した。

 Q12教諭は,同年5月下旬頃,Q9が忘れ物をして登校してきたため,どうしたら忘れ物をしないようにできるか尋ねたところ,Q9は泣き出して,自分学校の支度をしていることのほか,原告Q1は殴るので恐いこと,原告Q2はQ9を守ってくれなくなり,原告Q1と一緒に怒ってばかりいるが,以前はそうではなかったことなどを述べた。そこで,Q12教諭は,Q9に対し,先生はいつも君の味方であり,先生が守ってあげるなどと述べた。

 原告らは,同月31日,本件小学校担任教諭保護者との間での連絡帳に,Q9から先生が守ってあげるという発言があったと聞いたが,その発言真意確認を求める旨の記載をした。

(イ)本件小学校のQ13教頭は,同年6月5日,原告ら宅を訪れ,原告らと面談した。その際,Q13教頭は,虐待の疑いがある場合についても適切な対応をとる必要がある旨述べ,原告らは,今までQ9はしつけを行われずに育ってきており,Q9を良くするのは今しかないこと,しつけの方針として,悪いことをしたら殴ること,虐待を疑っていることは理解していることなどを述べ,Q12教諭上記(ア)の発言について,Q12教諭からの直接の謝罪要求した。これを受け,Q13教頭は,一旦本件小学校に戻り,Q12教諭と共に再度原告ら宅を訪れ,Q12教諭上記(ア)の発言について,誤解を招く発言であったとして謝罪した。

 Q9は,同日以降,Q12教諭に対し,先生が来てくれてから殴られなくなったと述べた。

(ウ)Q9は,同年6月29日,右大腿部,右肩に赤色の跡があり,Q12教諭が,Q9がプールに入る際にその跡について聞いたところ,Q9は,原告Q2から叩かれたと述べた。

 また,Q9は,同年7月2日,右目の下部に痣があり,Q12教諭からその痣について聞かれたところ,原告Q2に殴られたと述べたが,Q13教頭からその痣について聞かれた際には,Q9は転んで怪我をしたと述べた。そこで,同日,Q13教頭原告ら宅に架電したところ,原告Q2は,Q9が2日続けて許せない嘘をついたこから原告Q2が殴った,私も人間から感情的になると述べた。

 原告Q1は,同月3日,本件小学校架電し,Q13教頭に対し,原告らは冷静にQ9をしかっていること,同じ状況であれば原告Q1であっても殴っているはずであり,原告Q2も同じ方針であることなどを述べた。これに対し,Q13教頭は,殴らないで育てることをまず考えるべきであるなどと述べた。

(エ)Q12教諭は,同月4日,原告から,本件小学校教育方針等についての意見記載された手紙が送付されたため,同日午後3時頃,原告ら宅を訪問した。その際,原告ら及びQ12教諭居間にいて会話をしていたところ,原告Q2は,一旦居間を離れてQ9の部屋に行き,Q9を叩き,居間に戻ってきた際に,「今私,Q9のこと,叩きましたから,守って下さい。叩きました。嘘ついたから。」などと述べた。

 その後,本件小学校のQ14校長教務主任及び生徒指導主任原告ら宅を訪れ,原告Q1から学校で行う教育と家庭で行う教育区別をしたガイドラインを示してほしいという要望があったため,Q14校長ガイドラインを示す旨述べて,同日午後8時30分頃にQ14校長らは原告ら宅を離れた。

(甲11,17,18,乙ろ2の12,乙ろ15,証人Q13)

(2)本件一時保護に関する経緯

ア Q14校長は,同月6日,静岡市教育委員会に対し,前記(1)イの経緯を報告した。静岡市教育委員会は,同月10日,静岡市α区の要保護児童対策地域協議会児童福祉法25条の2参照)の定例実務者会議において,Q9を要保護児童として提示し,Q13教頭が前記(1)イの経緯をまとめた報告書(乙ろ2の12の1ないし6丁)を提出した。上記会議に出席した静岡市児童相談所の所員は,同日,本件小学校に対し,Q9は保護を要する児童であるため,今後Q9に痣等があった場合には児童相談所に通告するように指示した。

イ Q9は,同月13日の登校の際,左顎及び左目下部に痣があり,Q14校長がその痣について聞いたところ,Q9は,嘘をついたことを原告Q1に怒られて殴られたと述べた。そこで,同日「Q14校長は,静岡市児童相談所架電してQ9について通告した。また,同日のプールの授業の際,Q9の大腿部及び背中に痣があることが確認された。

 静岡市児童相談所は,同日,上記通告を受け,子ども虐待対応の手引き(平成19年1月23日付け雇児総発第0123003号厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課長通知。乙ろ2の10)及び静岡県中央児童相談所作成家族支援ガイドブック(乙ろ2の11)に基づき,上記アの会議に参加していた所員等による緊急受理会議を開催し,Q9に行うべき支援及び援助の内容を判断するための虐待処遇アセスメント指標(乙ろ2の6)で判定をしたところ,虐待の程度は,5段階の上から2番目(打撲,広範囲の軽外傷等)であり,調査格付は,生命を脅かす(又は高い可能性がある。)状態として,直ちに立入調査を行うこととなる「R-1」と判定された。また,静岡市児童相談所のQ15主任主事ケースワーカー)等の所員3名が,本件小学校に立入調査をして,Q9の顔から足にかけて痣があることを確認し,Q9に聞き取りをしたところ,Q9は,原告からは,Q9が時間を守らないという理由毎日殴られること,原告Q2の方が多く殴ること,原告Q1からおもちゃバットでいろいろなところを殴られ,原告Q1から殴られた際に血が出たことがあることなどを述べた。静岡市児童相談所は,上記立入調査をした所員からの報告を受け,上記虐待処遇アセスメント指標及び所員の合議に基づき判定をしたところ,Q9の支援・援助格付は,直ちに一時保護必要となる「AA」と判定された。

 静岡市児童相談所長は,Q9に痣があり,Q9も原告から殴られていることを認めたこと,本件小学校から家庭訪問をした後も原告から虐待継続していることが確認できたことに基づき,Q9を一時保護し(本件一時保護),その後に原告ら宅に架電し,原告らに対して本件一時保護したことを告げた。

 Q9は,同日,静岡市静岡病院のQ16医師の診断を受けたが,同医師作成診断書には,「全身に打撲によると思われる皮下出血を認める」として,〔1〕両下眼瞼,〔2〕左顎部,〔3〕右肩甲骨上,〔4〕左大腿背側,〔5〕右下腿膝下部前面及び〔6〕両殿部について,「いずれも鈍器,または靴による打撲跡と考えられる」,「上記外傷について全治一週間と診断する」との記載がある。

 静岡市児童相談所は,同日,静岡県中央児童相談所の一時保護施設にQ9の一時保護委託した。

(甲11,乙ろ2の4ないし6・12,乙ろ15,16,乙は3の1・2,証人Q17,証人Q13)

(3)本件一時保護開始後の経緯

ア 原告らと静岡市児童相談所は,本件一時保護が開始された平成19年7月13日以降,電話等でやり取りをしたが,次のとおり,原告らは,Q9に対する体罰虐待ではなく,親である原告らの意思無視して本件一時保護継続することは不当であるとの意見を繰り返し述べた。

 原告Q1は,同月20日,静岡市児童相談所のQ15主任主事との電話で,虐待はしていない旨述べ,暴行肯定されると考えているかとの質問に対して「ええ,肯定されますよ。当たり前じゃないですか」「一時的感情だとかそんなことで虐待を繰り返してきているわけじゃないんだ」,「責任ある体罰っていうのだってあるんだ」などと述べ,静岡市児童相談所のQ18統括主幹との電話で,同月27日,「Q9をおたくらに任せますけど,やつが20歳ぐらいになったときにまともな,私らが考えているような大人になってなかったら,抹殺しますんで。おたくらも含めてよ。」,同月30日,「子どもがこう,おれらの考えてたとおりに教育できなくなったときに,おまえらどういう責任とる。とらなかったときは,おまえ,リンチしてもいいか」,同年8月1日,「根本からお前らの育て方とか教育論が間違ってるのに,何で間違ってる奴らと俺らが話し合わなきゃいけないんだよ。」などと述べた。また,原告Q2は,同年7月23日,Q18統括主幹との電話で,「私達は少なくとも体罰体罰だって考えてるんですね。私の思う虐待と言うのは自分憂さ晴らしですね。」,「体罰っていうのは暴力とは違う」などと述べた。

 静岡市児童相談所のQ19主任主事心理士)及びQ15主任主事は,同月20日から同年8月31日まで,一時保護施設を訪れてQ9と面談,行動観察,心理テスト等を行った。Q9は,同月8日以降の面接で,原告らと会いたくなく,施設から帰りたくない旨訴えた。Q19主任主事は,Q9について,同年9月20日開催の静岡市健康福祉審議会児童福祉専門分科会児童処遇審査部会に「現段階では,本児の家庭に対する拒否感が強く,両親と距離を置き,守られた環境下で,本児の話に耳を傾け,個別には母性的で受容的な対応が望まれる。」,「これまでの養育環境により本児の情緒面での成長が阻害されてきた結果が示されており,今後,両親の養育態度に改善が望めないようであれば,家庭との分離はやむを得ず,児童養護施設への入所が適当であると考える。」との心理診断の結果を提出した。同部会では,Q9の入所措置承認を求める申立てを行うことに異議は出なかった。

 静岡市児童相談所のQ20所長は,上記原告らの発言心理診断の結果及び上記部会の結果を踏まえ,原告らによる暴力継続される可能性が高く,Q9も帰宅拒否していることから児童養護施設への入所が適当であるとして,同年9月25日,入所措置承認を求める申立て(本件申立て)をした。

(甲11,14,乙ろ7の1ないし7)

イ 原告らは,同年9月28日,静岡市児童相談所を訪れ,Q20所長,Q17参事平成20年4月1日に静岡市児童相談所長となった。以下「Q17」という。)等の所員と面談した。この面談の際,Q20所長らは,本件一時保護の経緯や,Q9については児童虐待防止法2条1号所定の暴行が行われたもの判断していると説明したが,原告らは,「体罰虐待はこれ別物ですから」,「しつけの段階で,あざができるほどたたかなきゃいけなかった」などと述べてQ9の返還を求め,静岡市児童相談所はこれに応じなかった。

(甲9,10,乙ろ7の10)

ウ Q20所長ら及び原告Q1は,本件承認審判及び本件勧告がされた後である平成19年12月21日,静岡市児童相談所面談した。原告Q1は,本件承認審判の「二度と虐待に該当するような体罰をさせない」という文言から虐待に及ばない体罰については容認されたもの解釈している,体罰主体にしない努力はするが,目的によっては必要なこともあるなどと述べたのに対し,Q20所長は,しつけ自体否定するわけではないが,体罰を伴うしつけは子ども心理的な影響があり好ましくない,本件勧告を受けて,静岡市児童相談所から原告らに対する指導方法について年明けに提案する旨述べた。また,原告Q1が,原告らがQ9の通学している安西小学校に面会等を申入れることは問題となるか確認したのに対し,Q20所長は,今の状態だと問題となる旨述べた。

 静岡市児童相談所は,平成20年1月頃,上記提案として,Q9と原告らの家族統合に向けた「ご両親への支援プログラム」(以下「支援プログラム」という。)を作成した。支援プログラムでは,〔1〕目標は,「Q9君が安心して生活できるような家庭づくり。」であり,〔2〕方法として,原告らが静岡市児童相談所を訪れ、概ね1か月に1回2時間程度を目安に面接実施し,面接以外にも課題の提出をお願いすることがあること,〔3〕2月から3月頃にQ9の気持ち確認し,写真ビデオレターなどを通した親子交流を始めること,〔4〕Q9が原告らに会いたいという気持ち確認し,5月から6月に児童相談所内で原告らとQ9との面会を実施し,6月から7月初旬に親子での外出を実施すること,〔5〕面会・外出時の親子の様子,Q9からの外泊希望確認し,児童相談所所員による家庭訪問実施した後,7月初めに家庭への外泊を開始すること,〔6〕外泊が繰り返される中で,良好な親子関係が認められ,引取り後の支援のあり方について共通理解が得られれば,家庭引取りとなることが記載されている。

 Q20所長ら及び原告Q1は,同年1月11日,静岡市児童相談所面談した。静岡市児童相談所のQ21心理士支援プログラムについて説明するなどしたところ,原告Q1は,支援プログラムは本件勧告無視したものである原告らは体罰をしているのであって虐待暴力ではない,一時保護自体間違っている,おれは日常生活の中で普通にやっていく中で必要であれば絶対体罰は使う,まずはQ9を帰してもらいたいなどと述べた。そこで,Q20所長は,再度提案をする旨述べた。 

 Q20所長ら及び原告Q1は,同月24日,静岡市児童相談所面談した。Q17が,本件勧告に基づいてQ9を帰宅させるためには,虐待に該当するような体罰はしないことが条件になる旨述べたところ,原告Q1は,裁判所原告らが虐待をしていないと認めており,Q9をすぐに返してもらった上で静岡市児童相談所による指導を受けるというのが原告らとして譲歩案の全てである静岡市児童相談所原告らの意見を聞かずに一方的な主張をしているなどと述べた。

(甲9,10,乙ろ5の2,乙ろ7の11・12)

エ Q9は,平成19年12月31日,静岡ホームで転倒して頭を打ち,CT検査をしたが,脳に異常は認められず,頭部挫傷と診断された。

 静岡市児童相談所は,原告らに対し,上記転倒事故を通知せず,原告らは,平成20年3月7日に静岡市個人情報保護条例に基づき開示を受けた文書により,上記転倒事故の発生を認識した。

(乙ろ1)

オ 原告Q2は,同年2月1日,静岡市児童相談所に対し,Q9の毎日の詳しい言動や様子を報告しない理由等の回答を求める質問状を送付した。また,原告らは,同月8日,静岡市児童相談所を訪れ,本件抗告棄却決定に対して特別抗告申し立てた旨伝えるとともに,親権行使するとして,Q9の毎日の一時保護施設及び小学校での言動を報告することを求めた。さらに,原告Q1は,一時保護期間の7か月でQ9の身長が2.4センチメートル体重が1キログラムしか増えていないという理由で,Q9への精神安定剤等の投与を疑

2019-01-31

anond:20190131151739

お前KKOなの?

日課KKOごくろうさん!

今日目標達成はしたのか?

anond:20190131145706

毎日同じことをやる……日課みたいなものなら

スタンプとか目に見えるものがやる気出るぞ。

そして、進捗を同居人SNSの人に公開して褒めてもらうんだ!

褒めてもらうって結構原動力になるぞ。

2019-01-30

[]1月30日

○朝食:なし

○昼食:助六寿司羊羹

○夕食:手羽先白菜えのきを煮たもの納豆、卵。(の予定)

○間食:なし

調子

お疲れ様です。

昨日仕事愚痴を書いたバチが当たったのか、バグの巻き込まれ事故で、全く俺たちのチームは悪くないのに残業でした。

日付変わりそうだから自炊するのも面倒そうだなあ。

電車には乗れたけど帰ってからすぐ準備しないとなので、日課のこの日記電車の中で済ませます


コマスター

デッキ構成を考えてた。

圧迫にも1匹ぐらいはバトルが強いポケモンが欲しいのだけど、誰がいいかなあ。

フワライドとか数の優位も取れるからいい感じかも? と試してみたけど、あまりしっくりこず。

ただ、書いてあることは間違いなく強いから、もうちょい使おう。

はじめの一歩を読むのをやめたい

https://togetter.com/li/1310699

これを読んで吐き出したくなった。似たようなことでげんなりしているからだ。

それは、週刊少年マガジンでもう30年くらい連載してる「はじめの一歩」を読むのをやめられないということだ。

いや、単行本買ってるとかじゃなく、毎週コンビニ立ち読みしてるだけなんだけどね。

いちおう最初に持ち上げておくと、ごく初期のはじめの一歩は本当に面白かった。

絵もうまく、話のテンポもよく、試合シーンは大迫力。

おまけに時折絶妙に挟んでくるギャグの質も高く、まさにキレッキレであった。

これできちんと終わらせることさえできていたら、ボクシング漫画としては、すわあしたのジョーを超える大傑作にすらなりえていただろう。

それが今はどうだ。

かつての輝きはもはや見る影もない、どころではない。

かろうじてまだアマチュアレベルまで落ちてはいないといえるのは作画くらいで、あとはすべて無残なほど大凋落してしまった。

商業漫画とはこれでお金をとっていいのかと、疑問に思うほどである

どうでもいいサブストーリーばかり広げて本筋には一向に戻ってこれず、巻数ばかりが無駄に膨らみ続けて、早十年かいや二十年か。

作者や編集も忘れているのであろう伏線はたぶん十数年以上放置っぱなし。もう終わらせること自体を諦めているのではないだろうか。ダラダラ続けてれば食えるもんね。

一番ひどいと思うのは笑いの感性劣化である。そのほとんどが昭和オヤジギャグ以下の下ネタ

「これ本当に、面白いと思って描いてるのかな」と読むたびにため息をつかされる。

それがいつからか、凄まじい頻度で繰り返されるようになったのだ。それでページ数を大量に消費している。

連載作品キモである次週への「引き」は、素人でもわかるくらい、明らかにおかしいところで平気でぶった切るのが常習化している。担当編集者はまったく機能していない。

なのに、休載は当たり前のようにするのである

ワンピースキングダムとかは月一で休んでても許容範囲なのだけれど、この作品クオリティで……なのにしかジム経営やら他の仕事に手を出まくってるせいで、おろそかになった本職が破綻している。

そういえば震災の時だったかな、よせばいいのにそっちの仕事を同時連載し始めた挙句、結局案の定投げ出して他の漫画家が穴を埋めてたな。絵柄が凄まじくカオスになってあれはシュールであった。


読まなきゃいいだろって?

わかってる。

悪口がすぎたようだが、ここからが本題なのだ

その通りなのだが、こちとら連載初期からいちおう終わりを見届けようと時間投資してきたのだ。

最近つまんないなと薄々感じてきた頃からも、まあうまくいきゃ立ち直るか、悪くても近く終わるだろうって。

それがなぜか打ち切られることもなくいつまでもダラダラと、気づけば自分もこんな年になって、それでもまだ続いている。

まさにコンコルド誤謬で、費やしてきた年月を考えると今更やめるにやめられず、「今週もつまらなかった」という怒りだけが毎回湧くのだ。

初期は面白かったというかつての愛情があるだけに、感情は憎しみへと逆方向に転化するらしい。

もう一つやめられない重要理由がある。

朝方コンビニに立ち寄っては、その日販売された漫画雑誌を立ち読みするのはもはや学生時代から日課となっており、

マガジン販売される水曜日に一歩を読まないというのはむしろ

「わざわざ」「読まないために」「抵抗する」というエネルギーを、朝から余分に奪われるのである

長年の習慣に従ったほうが圧倒的に楽なのだ

何度か「がんばって」読まないように踏ん張ってみたが、禁煙を失敗するように、すぐ翌日か翌々日の朝あたりに読んでしまう。

かつてジャンプBLEACHが連載されていた時に同じような感情になっていた。

これも後先考えず広げた作者が畳むに畳めなくなっちゃって、しょうがなく引き延ばしてるだけだよなとイライラしていた。

早く終わんないかな、早く終わんないかな、と何年か我慢してたらようやく終わってくれた。

一歩は終わる気配はないから、こちらの方で見切りをつける必要がある。

いや、見切りはとっくについてるのだが、やめる具体策が見つからない。

駄目パートナーとの離婚に踏み切れない熟年夫婦みたいな悩みではあるが、「あ、それだ!」というような鶴の一声ナイスアイデアはないだろうか?

2019-01-28

毎日自慰してる

意味もなくしてる いいかげんやめたい

今もタイツ履こうとしてたはずなのに片方しか足入れられてないし 結局スカートの中に手を伸ばしてしま

マジで頭が悪いとおもう…

とくに冬は

こたつに横になる → スカートの中に手を入れる→アアア という流れが完全にこう、出来上がってしまっててあれ 夏はそうでもないんだけど(当社比)

行為をしたいわけじゃない 妄想はするけど 朝も昼も夜も気付いたらしてる 家に家族がいても自分の部屋でふつうにやってしまう 完全に日課になっている 最悪すぎる

気付いたらAV見てるし同人誌さがしてるし夢小説とかでもオナってる この前は全然関係いねこの画像とかでオナってて笑い話にしたいけど笑えない ごめんなさい

これは本当にバカだと思ってるんだけど、学校にもそれで遅刻していってて 本当に情けない 精神情弱なので死にたくもなってる アホか…

一応アラームかけてみてるけどあれではだめだ…身体がまったく言うことをきいてくれない あと一回ガチャ引けば推しが出るんじゃないかみたいな気持ちで、あと一回いけば満足できるだろうってそれがずっとループして今に至る

男女関係なく、オナ禁してる方や経験者の方(?) はどうしていますか…。ほんとうにどうしたらいいかからない…。

ドラクエ10、もう一緒に遊ぶフレンドもいなくなって日課にも疲れてログインしなくなって半年以上は経ったと思うんだけど

ふっとツールログインしてみたらまだ酒場フレンドがサポとして結構借りてくれてる

装備やアクセももう型落ちになってるんじゃないかと思ったんだけど

フューリー戦士がまだ役に立っているようならそれはそれで良かった

ももう今更ボスコインとか追いつけないだろうし再開するつもりはないか

2019-01-23

映画刀剣乱舞の初期刀あれこれについて

映画公開時から映画本丸の初期刀についてふせったー妄想する方がいらっしゃって

個人的もやもやしたので私の気持ちを整理するためにも書き記しま

特に誰かを否定するような気持ちではないので軽い気持ちで読み流ししてください。

まず大前提映画刀剣乱舞本丸の初期刀は

本丸ができたときから山姥切国広です!

これは私の妄想ではなく映画刀剣乱舞 オフィシャルガイドブック 72Pで山姥切国広約の荒牧さんのインタビューで判明しております

(買ったオフィシャルブックの内容を個々で言うのも気が引けますが)

しかたらここで「いやいや、山姥切が来る前に本当の初期刀がいて、折れてるんじゃねーの?」みたいなことを思う人がいるかも知れません

アニメ放映時にもありました

「〇〇は見えないからこの本丸ブラックだ!」とか「~~がいるのに〇〇がいないってことは折ってる!」とか「この刀はループしてる!」とか

ここからが一番言いたかたことなのですが

邪推は程々にね!!!

妄想することはむしろオッケーです!いい映画だったもんね、刀剣乱舞好きだもんね、妄想したいよね、わかるわかる。

でもそんなのわからなくない?

え?むしろわかるの?たった2時間の内容で?

もちろん、もしかしたら小林靖子大明神の中にはあるかもしれない

でもテレパスでもない限り、はっきり画面に出てないとわからないじゃないですか

本当かどうかわからない疑惑を声を大にして言うのは当たらない予言者みたいで恥ずかしいですよ

もっと刀剣乱舞オタク風に言うと

あなたとある本丸の主です。遠征カンストした初期刀に任せて、レベルを上げた男士で第一舞台を組みいつもの通り日課として演練にでかけました。

すると演練相手からあなた部隊に初期刀がいないのはおかしい!演練には初期刀を連れてくるのは当然!まさかあなた初期刀を折ってるんでしょう!?!」

と言われたら(は?こいつ何いってんの?演練部隊だけ見てなんでそこまで妄想できんの?)って思いません?

まり邪推ツイートを見てほぼ上のコメントと同じことを思いかすかな怒りを覚える人もいます

妄想邪推の線引って結構難しいですが

まず発表されてるメディアについて、まずは制作陣様方が作ってくれたものを素直にそのまま受け取りましょう

私自身古いオタクなので推しが動いて喋ってるだけで喜ぶ人なのでアニメ映画舞台も「あ、そうなんだ~~それはそれで推し可愛い」って思う人なので

あとそれこそ古いオタクなのでツイッターとか名前がわかるところで強いことを言わないほうがいいんじゃないかな・・・知らんけど

以上ですが余談として映画オフィシャルブックの中で山姥切はアンパンマン説を出す荒牧さんが可愛かったです

2019-01-18

睡運瞑菜」を実践して1年が経った

はてな民にとって、すでに常識となった「睡運瞑菜」。言葉の通り、これは四つの生活習慣の総称である

宣教師の際立った存在感のおかげでネタとして消費されがちであるが、これらが現代の厳しいストレス社会を生き抜くために極めて効果であることに疑いの余地はない。

一方で、これら全てを実践することが容易ではないこともまた事実である

ここでは、私がいかにして「睡運瞑菜」を実践してきたのかについて話したい。

「睡」:十分な睡眠

疲れを取るのに必要睡眠時間には個人差がある。

個人比較ロングスリーパーであり、経験的には、少なくとも8時間睡眠が確保できなければ明らかに仕事の能率が低下する。過去に1日6時間睡眠を続けた時期もあるが、金曜日には体力を消耗しきってしまい、まともに仕事ができない状況になってしまっていた。

また、長年にわたる学生生活 (入学から博士を取るまでに9年) での不摂生の結果、午前中には強烈な眠気が襲い、夕方から目が冴えてくるという体質になってしまっていた。

 (なお、睡運瞑菜を続けた結果、今ではこの体質は大きく改善した)

職場裁量労働制残業代が出ないこともあって、夜中までだらだらと職場に残って仕事をするのが日課になってしまっていた。

 

睡眠時間を確保する方法自体は非常に簡単である

  早く寝るか、遅く起きるか だ。

私は後者選択した。

以前は、裁量労働制であるにも関わらず、上司に気を遣って定時出勤を厳守していた。

上司は早い時間に出勤する生活習慣を取っているが、私までそれに合わせる必要はないと思うことにした。

その結果、朝ゆっくり寝て昼前に出勤し、夜は遅めの時間に帰るというペースを確立した。

上司は内心では快く思っていないようだが、それによって不当な扱いを受けるということはなかった。

どの道、以前の働き方では午前中の能率が低すぎたから、寝ていたほうがマシなはずだ。

「運」:適度な運動

仕事デスクワークであるため、普通に家と職場を往復しているだけでは十分な運動時間を確保することは難しい。

出不精な私にとって、ジム通いを続けることもハードルが高い。ジムでの運動が嫌いなわけではない。まともな人には理解できないかもしれないが、受付の人とほんの一言や二言やり取りするのを想像するだけでも、心の中に忌避感が充満するのだ。

新たにスポーツを始めるのも難しい。昔、嫌々やっていた部活なんて思い出したくもない。

そもそも、私の特性上、他人と関わりを持たねばならない習慣は中々続かない。完全に個人でできるスポーツというのも限られている。

そういうわけで編み出したのが「通勤の中で運動時間を確保する」という手法である

基本理念は非常に単純だ。

  1. 職場から徒歩1時間くらいの場所引っ越して、毎日歩いて通勤する
  2. エレベータを使わずオフィス (7階) まで階段で昇降する

雨の日も風の日も、とにかくこの二つをひたすら厳守して生活する。これにより、毎日およそ10kmを歩くスタミナ、加えて、階段を上っても息切れしないほどの心肺機能を手に入れることができた。

また、明らかに睡眠の質も向上し、以前よりも精神が安定し始めるなど、多様な効果が得られたように思う。

 (ただし、これは「睡運瞑菜」の相乗効果によるものであり、運動のみの効果と断ずることはできない)

「瞑」:瞑想による心の休息

睡運瞑菜」の中でも、何をすれば良いのかが一番分かりにくいのが瞑想ではないかと思う。

瞑想を行う目的は、はっきりとしている。現代人はとにかく脳 (心と頭脳) を使いすぎているのだ。

暮らしのこと、仕事のこと、たくさんの心配事でいつも頭が埋め尽くされて脳が疲れ切っている。

心配から気をそらすために、スマートフォンを握りしめ、さらに過剰な情報疲れた脳にぶち込んでいる。

こんなことをしていては、脳が「壊れて」しまうのも時間問題だろう。

目に見えて「壊れる」という状態にまでならなくても、いつでも頭の中はネガティブ思考が充満していて、まともな幸福感が得られなくなっている人は多いのではないだろうか。

 

とにかく、脳が疲れているのだから、休ませないといけない。

  瞑想は、脳に休息を与える手段である (諸説あります)

脳を休ませるにはどうすれば良いのか。様々な手段があるだろうが、私はマインドフルネス

https://ja.wikipedia.org/wiki/%e3%83%9e%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%83%89%e3%83%95%e3%83%ab%e3%83%8d%e3%82%b9

という概念に着目した。

Wikipedia記述にある通り、マインドフルネスとは「今現在において起こっている経験に注意を向ける」ことである

これは特にネガティブ思考を何度も頭の中で繰り返してしまう「反すう」や,頭からこびりついて離れない「心配」を減らす効果がある。

個人は非常に心配であるし、幼い頃から過去の嫌なことをひたすら「反すう」する癖がある。

学生時代、研究の成果を学会で発表すると周囲から褒めてもらえることが多かった。その日はすごく気分が高揚して、自己肯定感が急上昇したように錯覚する。しかし、次の日の朝に目が覚めると、胸の中には既にネガティブ感情が渦巻き始めて、一週間もすれば朝の目覚めが最悪になる。

  自己肯定感カケラもない「あの」自分を思い出してしまうのだ。

ポジティブ経験をすると、ほんの一瞬だけ気分が良くなるが、その後、楽しい気分は指数関数的に減衰する、というのが経験則だ。とにかく、「睡運瞑菜」を始める前は、メンタルがいつもズタズタになっている状態だった。

 

閑話休題マインドフルネスの話に戻ろう。

脳というのは非常に創造性の高い代物になっていて、放っておくと、蓄えられた膨大な記憶や刺激をもとに、極めて雑多で有害情報を次から次へと生成して人の精神を蝕んでしまう。

そこで、1日にほんの10分程度でも、過去の嫌なことや将来の心配をすべてシャットアウトし、無理やり今現在という限られた対象に注目させる時間を取る。

  これにより、脳の創造性を強制的に低下させるのだ

PCをつけっぱなしにしていると、どうしてもメモリにはゴミが溜まっていく。そうすると思わぬ不具合が出始める。

こういう事態を避けるために、再起動 (リブート) が大事であることはもはや常識ではないかと思う。

  1日1回、脳をリブートしよう!

経験上、睡眠だけでは不十分だ。睡眠中、脳はここぞとばかりに創造性を発揮する。夢の世界に浸るのは愉快かもしれないが、それだけでは脳はゴミにまみれたままだ。

リブートが、必要なのである

1日たった10分で良いのだ。難しい話ではあるまい。

「菜」:1日350グラム以上の野菜摂取

私のように家事の苦手な人種にとって、最大とも言える難関だったのがこれである

長年、コンビニ弁当スーパー惣菜依存しきった食生活を送っていて、お世辞にも栄養バランスが良いとは言えない状態だった。

   朝食は摂らず、昼食はコンビニ弁当、夕食はスーパー惣菜という黄金ループ

そもそも、手軽に購入できる食事は、栄養価が炭水化物や脂質に偏重していることが多く、十分な量の野菜を摂ることは難しい。

昔、自炊をしていたこともあるが、あれは学生時代に時間が有り余っていたからできたことだ。私のように手先の不器用人間は、野菜を切るだけで1時間以上かかるのだ。食後の洗い物も苦痛だし、やはり不器用なので時間がかかる。

私のスキルでは、仕事をしながら自炊をするなんて不可能に近い。

 

そこで、どうしたのか。

実は昨年、良縁に恵まれ結婚することになった。

相手は5歳年上の家庭的な女性健康栄養に詳しい医療専門職

(信じがたいことに) 家事が大好きで、私とは比べ物にならないスピード家事をこなしていく。

職場に不満もあったようで、結婚と同時に退職。今は専業主婦をやってくれている。

  毎日3食、手作り食事

厚労省策定食事摂取基準準拠して、献立を立ててくれる。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000041824.html

  妻曰く「野菜350グラムなんて、普通にしてれば余裕で摂れるわ」

……完全に他力本願であるが、こうやって「睡運瞑菜」を実践する環境が整ったわけだ。

 

あ、ちなみに瞑想の項で私自身の実践方法を書き忘れましたが、毎日、妻と無言でハグする (甘える) 時間をとって、マインドフルネスしてます

みなさんも、「睡運瞑菜実践してみてくださいね

2019-01-08

コミュ障初恋片思い6年間の一部始終

コミュ障婚活マッチングアプリ出会い別れるまでの一部始終」(anond:20190106214218)という日記を書いた者です。

前回の日記を通じて、自分経験文章に落とす作業をしている間はすごく気分が晴れるということに、生まれて初めて気づきました。文章を褒めてくださる方もいらっしゃったので、調子に乗ってもう1本、投稿してみます(読み手を選ぶ内容なので、さほどブックマークはつかないと思いますが)。また、前回の日記では、あたかも僕が恋愛経験コミュニケーション能力以外の点において完全なる真人間であるかのような印象を与えてしまったので、ちょっと彼女に対してアンフェアだったな、という懺悔の思いもあります

僕が中学生高校生時代に、人生で初めて好きになった方の話をしたいと思います

僕が通っていたのは、中高一貫男子校でした。所謂進学校で、有名大学進学率がKPIになっている、勉学を重んじる厳しい校風でした。

中学校の登校初日入学式を終えた新入生は、疲れた足取りで初めて行く自分教室へ向かっていました。殆どの生徒はお互い初対面なので、会話もまばらでした。1人で居ても目立たなくて良いな、ずっとこのままなら良いのに、などと思いながら、僕は人の波から少し外れたところを歩いていました。

廊下の角を曲がった時、僕は斜め前を歩いていた同級生の1人に気づきました。サラサラストレートの髪に、小さな顔、大きな瞳、長い睫毛。人生で見たことのある誰よりも格好良い男の子が、そこには居ました。

これが、一目惚れか、と、冷静に思ったのを、はっきりと覚えています

彼と僕は同じクラスでした。彼は、才色兼備な人でした。文武両道で、サッカー趣味。優しい性格で、愛嬌があり、話は面白く、友人も多い。笑顔キラキラしていて、王子様のように見えました。過去を美化し過ぎだと言われるかもしれませんが、アイドルグループ所属していてもおかしくなかったと思いますクラス文化祭に出店した、大して美味しくない割高なタコ焼きも、彼が声を掛けた女子学生は全員買ってくれました。

僕は、絶対に彼には自分の心の内を明かさない、と決めていました。傷つくのが怖かったのもありますが、彼の人生劇場の登場人物として、僕はあまり分不相応だと思ったからです。僕は、彼が僕を抱きしめ、名前を呼びながら優しく髪を撫でてくれることを想像し、時に嗚咽しながら床に就きました。僕の人生は泣いてばかりです。今思えば、この時の涙の理由自己憐憫でした。努力放棄し、自分自分のことを追い詰め、思考停止して悲劇のヒロインを気取り、自身を慰めて、精神的な安寧を得るのが日課になりました。幸せと虚しさが入り混じった複雑な気持ちで、彼と時空間を共有できない夜をやり過ごすことしか、できませんでした。

僕は「好きな人の好きなものを好きになる」タイプでした。彼があるアイドルファンだと聞けば、プロフィールを暗記し、出演するテレビ番組を観ました。彼がよく口ずさんでいた洋楽アーティストCDは全部借りて聴き、歌詞まで覚えました。そうして仕入れ話題で彼に話しかける勇気もないのに、です。

ある日僕は、彼と彼の友達教室の窓辺で繰り広げる雑談に聞き耳を立てていました。彼は、塾で出来た初めての彼女ファストファッション店に行き、お揃いのトレーナーを買ったと、少し恥ずかしそうに、しかしとても楽しそうに話していました。僕は彼に彼女ができていたことさえ知りませんでした。完全に狼狽しました。彼は彼女のことが好きで、僕が知ることのできない存在であるその彼女は、僕の見たことのない彼の表情を知っているのです。結局、その日は何もやる気が起きず、トイレに籠って残りの授業をサボってしまいました。泣き腫らした顔を誰にも見られたくなくて、放課後、日が沈んだ頃に個室を後にしました。親には怒られましたが、何も言えませんでした。

でも、サボってばかりいたわけではありません。むしろ勉強には必死で取り組んでいました。彼と同じクラスになるためです。入れ替わりの激しい特進クラスを6年間ずっとキープし続けたのは、とうとう彼と僕だけでした。彼は文系コース、僕は理系コースでした。本当は彼と同じコースに進みたい気持ちもありましたが、無理して高い授業料を払ってくれている両親の顔を思い浮かべると、人生を棒に振る可能性のある決断をする勇気は出ませんでした。それでも、少しでも多く彼と同じ空気を吸っていたくて、受験必要のない文系科目まで、教頭に頼み込んで時間割の許す限り履修していました。ただ、残念ながら僕の学力は彼に遠く及ばず、別の大学に通うことになるのは自明でした。最終学年になって勉強モチベーションを失った僕の成績は、急に翼を失った鳥のように落ちてゆきました。教師全員にひどく心配されたのを良く覚えています

高校3年の1学期の席替えで、僕の席が彼の後ろになりました。夏休みまでのたった数ヶ月だけですが、世界中の誰よりも彼と一番物理的に近い場所占有できる喜びで、胸がいっぱいになりました。居眠りの振りをして机に突っ伏し、いつの間にか仄かに甘い香りを纏うようになっていた彼の背中に近づきました。息をするたびに、彼と一体化してゆくような、幸せ気持ちが溢れました。放課後、憶えた匂いだけを頼りに、彼と同じ香水を探しました。塾を休んで、お店を何軒も梯子しましたが、結局見つけることはできませんでした。

ある授業の小テストで、僕が酷い点数を取ったことがありました。回収の号令が掛かり、自己採点した答案用紙を、前の席に座る彼に恥ずかしそうな顔で差し出すと、彼は僕の眼を見て「可愛い」、と言いながら、優しい笑顔で受け取ってくれました。どういう意味を持つ言葉なのか、しばらく理解できませんでした。その声色は、今でも耳にこびり付いています。辛いことがあった時に、何度も、何度も心の中で反芻して、その度に涙を流し、頬から耳まで真っ赤に染めました。

彼が僕の気持ちに気づいていたのかどうかは、卒業するまで、ついに分かりませんでした。

この日記は、彼の好きだったEric Claptonを聴きながら書きました(この日記では固有名詞を一切出さないという自分縛りがあったのですが、これだけ例外にさせてください)。自分の中で強く記憶に残っているエピソードを集めてみたのですが、結果として完全なる狂気という印象になってしまいました。常にこのような変態行為に走っていたわけではないことだけ、申し開きをさせてください。この時期にできた数少ない友人の一人とは、年に一度、母校の文化祭に行く間柄を保っています

彼とは、高校卒業以来、一度も会っていません。大学に進学すると、僕は別に男性が好きだったわけではないのだということに気づきました。ただ、6年間、彼という重いアイロンを掛け続けた心の折り目はなかなか消えず、随分とひねくれたまま大学生活を送ってしまいました。

客観的に読み返すと、僕は本来的には恋愛依存体質で入れ込みやすタイプなのかな、と思いました。これをコントロールできるようにしないと婚活中に精神病みそうですね。

この日記をどうしても書きたくなったもう一つの理由は、前の日記の「彼女」が、3次元ボーイズラブ小説執筆をこよなく愛していたからです。彼女は、本当に親しい人にしか言えない秘密だと言って、4度目のデートで僕にその趣味を打ち明けてくれました。彼女に僕の経験を伝える機会はついにありませんでしたが、あの時僕が彼女の良き理解者として振舞えたのは、中高時代の彼との思い出があったからこそでした。

この日記を、「彼」と「彼女」に捧げます

《2019/01/10 追記

ブックマークコメントを読ませていただきました。「まともな人かと思ったらヤバい奴だった」みたいなことを云われるのではないか心配していたのですが、杞憂でした。お薦めしていただいた漫画面白そうなので読んでみようと思います。あと、「明治文豪が書きそう」とあって笑ってしまいました。読書量の少ない人間がそれらしく文章を書こうとすると、学生時代に読んだ著名な本にしか影響されていないことが透けて見えてしまものですね。僕は「こころ」が好きでした。この日記遺書にならないよう精進します。

2019-01-05

京大受験の思い出

anond:20190102063518

なんか盛り上がってるので参加させてくれ。

[基本スペック]

ややADHD気味で人の話に集中できない。図形脳で言語スキル特に会話)が弱い。

親は両方中卒で無口、兄貴不登校引きこもり、弟は知恵遅れ気味。親に何かを教わったという経験があまりなく、親の無口が自分にも遺伝している。

家は全く裕福ではなく、父親過去名鉄会社で工員勤務。俺が小さい頃に仕事中の事故で片足を失ったがそれでも家族を養うために働き続けてくれた。

[中学校]

大阪西成に近い、低階層クラスの家庭が沢山あるエリア。なのでヤンキーが沢山いる地域だった。周りの奴らと比べて頭の出来が良いかも?という自信はあったが、ある時進研模試を受けて自分偏差値が55程度であることを知る。しかしその当時は偏差値意味もよく知らず、周りは皆偏差値45ばかりの中55とってる俺は輝いて見えたし、学年一番の偏差値60の奴が天才に見えた。

勉強はあまりしなかったが図鑑などを読むのは大好きだったし特に数学が好きで他のやつが解けない難しい問題を解けるという自信があった。

周りの友達にはあまり行儀の良い子はおらず、いつも誰かの家に集まって夜中までワイワイゲームしたり、夜の公園に集まって時には朝まで駄弁ったり、楽しかったがあまり真面目に勉強はしなかった。授業中はほぼ教科書落書きパラパラ漫画を書いていた。

授業中騒ぐようなことはなかったが、もともとADHD気味で人の話を聞けないのと、夜まで遊んでいたり早朝新聞配達バイトをしたりしていたので先生からの覚えは悪かった。受験の時に「お前は内申点いか公立いけんぞ」と言われた。金のない親には非常に申し訳ないことをした。

[高校]

結果偏差値55くらいの私立高校に行くことになった。

高校に入って最初の構内統一試験みたいなものがあり、そこで自分は大して頭が良くないらしいということに気づいた。周りの友達と話をしていても、なんか自分の考え浅いし遅いな、と感じることが増えてきて、それまで自分はそこそこ頭いいと思っていたのが叩き潰されて結構なショックを受けた。この時に感じた自分は凡人以下であるという自己認識はその後の人生に大きな影響を与えた。それと同時に英語国語は負けてもいいが数学だけは負けては行けないというプライドに火がついた。

高校偏差値は高くなかったが担任教師偏執的に関関同立に執着しており、お前たちは人生に勝つために勉強しなければいけないという脅迫まがいのプレッシャー毎日のようにかけてきた。もともと中高一貫の進学組は大学受験マインドが高く、関関同立目指して頑張るぞ、という空気があったので自分だんだん感化されて勉強するようになっていった。

担任教師人間性としてはそびえ立つクソだったが奴がいなければ今の自分はなかっただろうな。

だんだん勉強が楽しくなり、受験マニア友達ができたこともあり、書店参考書を眺めるという日課ができてきた。

当時家に金が無いことはわかっていたので小遣いはもらっておらず、どこかに遊びに行くとか美味しいものを食べるとかできる状態ではなかった。思い返せば高校の間友達プールに行くとか遊園地に遊びに行くとかそういう経験は一度もなかったな。

しか書店にある沢山の参考書を買いたい欲が日に日に強まってきた。そこで、小遣いはもらってはいなかったが毎日昼飯代として500円支給されていたので週の半分くらいは昼飯を食わずお金を貯めることで月5,000円くらい貯めてこれで参考書を買ったり駿台夏期講習に申し込んだりできる仕組みを開発した。

参考書の数が増え真面目に勉強をするようになり、やはり自分数学能力は人より優れているという自信を再度取り戻すようになった。数学は本当に楽しくて熱中した。そのうち数学先生から大学への数学」の存在を紹介されて毎月購読するようになった。

と同時にやはり自分の頭の回転は良くないので自分が将来何かを成し遂げたいのであればただ一つのことに時間を集中しなければ他人には勝てないという確信を持つようになった。

から毎日往復二時間に通学時間の間はずっと参考書を読むようになった。Z会速読英単語など、最初は全く意味を取れなかったが何度も何度も読みまくることで次第に英語が読めるようになってきた。

高校3年になった頃にはもう勉強が非常に楽しくて生活の中心になっていた。特に大学への数学では毎月巻末に難問が出されて解答を編集部に送ると添削してくれるのだけどそれに本当に熱中していた。この問題は本当に難しく、自分の頭では数時間考えた程度では全く解けず、数日、時には数週間同じ問題をひたすら考え続けるという生活を送っていた。夜寝る前まで布団の上で考えて、眠りながら考えて、朝起きたら布団から出ずにまた考え始めるということをしていた。今考えると頭の使い方が稚拙というか同じところをぐるぐる周ってる感じだったのだけど、そうやって何日も考えると解答が思いつく瞬間が必ず訪れるのでそのカタルシスに当時は本当にハマっていた。毎月添削結果が送られて来るたびに模範解答のエレガントさと、自分の地をのたうち回るような回りくどい議論の差を見せつけられやはり自分は凡人であるということをつきつけられた。点数はいつも150満点中145程度で一度も満点を取ることが出きなかったのは悔いが残る。自分過去の思い出とかにはあまり執着がなく、京大博士卒業証書も使いみち無いのでゴミに出したのを友人に止められたくらいだがこの添削結果だけは今も大切に保管している。

自分記憶力が異常に弱く国語歴史は非常に苦手だったのだけど、物理化学も覚えることが多くて困っていた。しか駿台の著名な先生山本義隆氏と石川正明氏)の書いた書籍を読み、覚える物理化学から考える物理化学へとパラダイムシフトを起こすことができた。ただ暗記するのではなく、なぜその式が成立するのか、なぜそのような化学反応が起きるのかというより深いところを理解できるようになった。同時に物事を深く認識するということが自分性格に非常にマッチし、そして自分はそのために人の10倍の時間を捧げることができるということが自分の強みである確信するようになった。この強みは40になった今でも活躍している。

この頃は駿台河合塾模試でも上の方に乗ることが多く、志望学科の中では上から2番目を取れるくらいにはなった。そうなると今度は予備校の方からただで授業を受けませんか、というお誘いが来るようになる。これは合格者一覧の名前を稼ぐマーケティングである。その中でも駿台数学特別講義という非公開の授業にお誘い頂いた。数学がよくできる学生を数十人集めて難問の講義を行うというもので、これもなかなか楽しかった。周りは皆灘とか東大寺の中に偏差値55の学校が混ざっているのはむず痒い感じではあったが、すぐに自分はやはり彼らとはレベルが違うということがわかる(毎回試験があって採点される)。一人明らかな天才がいて、その人は今有名な数学者になっている。

後のことは上記の事の結果でしか無いので端折るがセンターは確か国語社会が6割くらいしか取れず志望学科はC判定、というのが送られてきて先生が「気を落とすなよ」慰めてくれたが自分としては全く想定通りの結果であり過去模試の結果からこの差は二次で覆すことができるという強い自信が会った。

家の経済的事情から滑り止めを受けるということはできず、前記京大後期阪大のみを申し込んだ。これについては先生から怒られた。本当は阪大の後期にも申し込みたくなかった。

試験数学は色々ケアレスミスをしてしまったが大筋では正しい解答ができ、物理化学はどちらも1問しか間違えなかったので合格確信した。

しか合格した当時自分中二病を引きずっていたので一緒にいた親に笑顔特に見せず「合格した」とだけ言った。これは人生の最も大きな後悔の一つ。

大学に入った当時は研究者になることを夢見ていたが大学に入ってからは本当の天才を目の当たりにし、また博士課程卒業間際になり研究というコミュニティコミュ症では構造的に海外リア充に勝てないということに気づき断念、IT企業就職して今はスタートアップをしている。

2018-12-27

娘が性的な虐めを受けていた。

家には小学校低学年になる娘がいる。

ある日「もうそろそろお風呂入りー」と娘に入浴を促し、そこで「あ、やべ洗濯機回してねーわ」と気付き(我が家風呂場に洗濯機がある)ちょっくら失礼する形で風呂場の戸を開けた。

すると娘はスマホを床に置き脇を締めた状態で胴に縄跳びをぐるぐる巻いてそれを左右にぐーっと引っ張って悶えていた。身も蓋も無い言い方をすればSMプレイだ。セルフSMとでも言うべきか?

まりにも驚いた娘は悲鳴をあげ、私も慌てて風呂場を飛び出した。

かにブラも去年から付け始めたし性的な事に興味を抱く年頃だろうけどいきなり何故上級者向けコースへ進むのか?いやでも多分漫画アニメにそう言う描写があったのだろうと。私が子供の頃にだってそーゆーのはあったし(むしろ今より緩かった)考えてみりゃそんなに変な事じゃない、とはいえ流石にこのままだとバツが悪いし後日娘とお好み焼き焼きながら話し合う事にした。

私は当初「まあそーゆー事もあるから」で済まそうとしていた。しかし娘は意外な事を話した。

娘には柔道を習わせているのだがある日年上の男子が帯で娘の体をぎゅーと縛ったそうな。娘も初めのうちは痛くて苦しいからやめてと抵抗したが縛られてる内に段々ドキドキしてきて、その後自分で縄跳びを使い体を縛ったら気持ちよくなってしまい段々男の人に縛られる妄想をするようになったらしい。

私は「別に変な事じゃないし、やめる必要も無いから」と慰めるのが精一杯で、気がつけば一本の筈のチューハイを三本開けてた。

 

甘かった。いずれ娘も性的な悩みを抱えるだろうからこれこれこうすれば良いよと模範解答を用意していた筈だったのにあまりにもイレギュラー過ぎた。

本当に可愛い女の子なんだよ娘は。良い子で言う事聞くしお手伝いもするし怒鳴った事なんて一度もない。スウェーデン人義母そっくりな色白のべっぴんさんで、ちょっぴり滑舌悪くて髪の毛のボリュームが多いから毎朝必ずマリモになるし、大食いな私と違って少食で、それでいてあの小さな体のどこからと言うくらい柔道試合では大声を出して、豚玉が好きでお風呂上がりに豆乳野菜ジュースを混ぜた謎ドリンクを飲むのが日課で、幼稚園の頃はたまに私がバイクで送っていった。

正義感が強くて、友達女の子クラス男子に虐められた時にその男子に大外刈りを喰らわせて私が学校に呼び出された事もあった。ミニストップのイートインで二人でハロハロ食べるのが楽しかった。私が足つって悶絶した時に本気で心配してくれた。毎週金曜日旦那は呑んで帰って来ないか食卓で「帰ってこねーなあの野郎」と言いあった。

夏祭り、娘の浴衣が何かに引っ掛かって脱げかけて慌てた。茨城露天風呂絶景だった。大好きなYouTuberのワタナベマホトのイベントに連れていった時には生のマホトに感激して泣いていた。一家巨人ファンから甲子園阪神巨人戦を見に行って回りの阪神ファンに怯えてた。そう言えば大阪新世界ゲーセンにも行った。もう本当に色んな思い出があって、こんな夫婦からよくこんな良い娘が生まれたと自慢の娘に何て事してくれたんだ。年頃の、多感な娘に。

どうすれば良いんだ私は。

どうすれば良かったんだ私は。

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