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はてなキーワード: 烙印とは

2019-10-06

動作IQが高い分にはその辺の職場で難なく仕事をこなせるのに

言語IQが高い分には狭き門を潜り抜けないと適正な仕事につけず

不向きな職場に追いやられて無能烙印に甘んじるしかない

一億総活躍じゃなかったのか

私は一億に入れない非人間だったか

日本死ね

2019-09-29

世の男性への同情と戒め

とある女性ツイートを読んで、世の男性のなんと哀れなことかと同情せざるを得ない。

>https://twitter.com/kourei_mama/status/1177371710875521024>

「俺も我慢してる」「仕事で仕方ない」とか言うけれど子供は大きくなったらあなた求めない子供が大きくなったら妻もあなた求めないし年老いたら会社あなた求めない

今だけだよこんなに求められるの。それでも理由付けて自分優先して後悔しないようにね

と、夫に言ったら考え込んでる

<<

>https://twitter.com/kourei_mama/status/1177696583380389888>

家庭にもよるけれどうちは共働きだし父親けが稼ぎ役ではない。互いに支え合ってる。それでいつも自分を優先していたら妻も子も父が居なくてもドンドン歩んで行くから、後になって逆に求めても父不在で歩む力を既に妻子は持っているんですよ。

<<

察するにこの男性仕事人間なのだろう。子育てにはあまり関われていない。それを妻は諫めている。しかし、私にはこの男性の苦悩が良く分かる。ATM父親という二つの責務を如何にして全うするか。喫緊課題である父親役割と、将来的なATMの強化をどう両立するか。

ATMたれ。これは男性にとって強力なプレッシャーである。最早呪いと言っていい。ATMとして家庭に金を提供する。まずこれが出来ない夫はクズである評価される。平均以上で不自由のない生活が出来るだけの十分な量の金を提供できて、やっと一人前。妻も当然のように要求している。もしこれが不十分であるなら、父親役割どころではない。最優先で注力すべき事項であるしかも、妻も働いている。おそらく「俺の稼ぎが不十分なために働かせてしまっている」と負い目を感じているであろう。余計に熱が入るというものだ。まずはATMを強化するのが俺の役目。そう信じているに違いない。しかし、これを自分優先と非難されるのだから哀れである

運の悪いことに、社会において昇給が大きい時期と子供が育つ時期が重なっている。今仕事を頑張らなければ昇給は望めない。しかし今子育てしないと子供は大きくなってしまう。同時にこなせるだけの能力時間はない。詰みである。この男性が考え込んでしまうのも納得だ。

もし今、この男性仕事に重きを置くのを止め、子育て選択したとしよう。一時的に妻の要求は満たされ、家庭に円満が戻ってくるかもしれない。しかし、その先はどうだろう?子供が大きくなれば、今度は教育費が最大の課題となってくる。さらにその先には年老いた両親の介護が待っている。そこで問題となるのは一にも二にも金だ。その時収入が伸びていないとすると、妻は何と言うだろうか?「あれだけ子供を放っておいて仕事したのに、ATMとしても役にたたないわ」最早哀れという言葉以外何が当てはまるだろうか。自らの趣味などかなぐり捨て、仕事子供に全てを捧げて、この言われようである

価値観問題ではない。育メンなどともてはやされたところで、結局金を十分に稼げない男性不要物の烙印を押される構造になっているのである。若き未婚の男性諸君、現状で十分な金を稼ぎ出していないのであれば、努々(ゆめゆめ)結婚して子供を持とうなど思うなかれ。

2019-09-24

大学友達は物凄く良い奴で朗らかな性格でよく冗談言うけどそれがクソ寒い

本当に惜しい。とんでもなく良い奴だからとにかく歯がゆい

無味無臭的なつまらなさではなくて、引いちゃうレベルで寒くてしかセンスが古い。

彼は物凄く楽しそうに冗談を言い放つとき、よく「~しちゃったりしてwwwへへwww」みたいなセルフ笑いしてるけど、『ちゃったりして』って語尾のチョイスからしてもうきつい。

一緒に喫茶店行ったときカフェボクください。だわぁーっと(結構な大声)!!しまったああああ!!カフェ『オ↓レ↑』(強調)だったわーwww 」と上機嫌でウエイトレスかましたこともある。

テンション上がったとき電車内だろうと周りの乗客が振り向くほどの超大声を発する。

「(これは寒いから言わん方がいいな)」と脳内で事前に判断できるシステムがぶっ壊れてるんだろう。

繰り返しになるが、彼は本当に良い奴だ。根っからの善人だ。

下らない計算抜きにボランティア活動やるような男だ。

正直、教師とか地方公務員かにでもなってカルチャーセンターの仲間たちと土日をコミュニティセンターで費やす生き方なんかがものすごく合ってると思う。

若者は凍りつくけど、小さい子供や老人だけは朗らかに笑ってくれるような感じの素人臭いコミカル演劇小学校老人ホームでやってるところなんか容易に想像できる。

こんな彼だから俺も注意なんてできず、でも楽しみたいときに遊びに誘うことを躊躇してしまう。

彼が面白くなるボタンがあったとしたらなんの迷いもなく押すだろう。

こんな彼とどういうふうに付き合っていくべきなんだろうか。

彼のような純粋な善人に「寒い」という烙印を押すことに罪悪感が湧く。

2019-09-23

「された方がいじめだと思えばいじめです!」って理論

普通にゴミ屁理屈だと思うんだけどなんで受け入れられてんの?

類型に「された方が差別と思えば差別」ってのもあるけどこれもゴミ

メンタルクソザコが「あれはいじめに感じた!これもいじめに感じた!」って言い出したら無敵じゃん。

メンタルクソザコの鶴の一声があれば健常者はひたすらいじめ加害者烙印押されて謝罪し続けることになるんだが?

これ健常者いじめでしょ。僕がいじめだと感じたからこれはいじめです。差別です。健常者差別です。

2019-09-22

「"男"としての価値」を実感したい

「優しい」「面倒見がいい」「頼れる」のような抽象的な評価言葉・態度ではなく、「デートしたい」「付き合いたい」のような具体的な評価言葉・態度がほしい。

いくら仲良くできても最終的に付き合えないということは、「人としてはそれなりの評価に値するが、"男"としてわざわざ付き合うほどの価値まではない」という極めて屈辱的な("男"として見られていないという意味で)烙印を押されたに等しい。

こんな中途半端な判定をされ、"男"としてこれほどの屈辱はなかろう。

私はこの雪辱を何としてでも果たしたい。

2019-09-20

anond:20190920033245

低賃金でも勝手に作ってくれるから低賃金なら作らないような表現への渇望がない奴には才能なしの烙印を押して掃いて捨てても、自称芸術家なんて山ほどいるから困らない。

2019-09-05

これでEXIT兼近氏が圧力に潰されたら日本司法絶望する

どんな間違いや罪を犯しても一生犯罪者烙印を押されて再スタートが切れないなんて嫌だ

今回の文春の件で身震いしてしまった

EXIT本人やファンだけじゃなくて、全国民が克服するべき問題なんじゃないか

氏が過去に犯した犯罪擁護する気は全く無いけれど、ちゃんと取り締まられて然るべき法で裁かれて罪を償って出てきて謝ってはい終わり、で済む世界になってほしい

人の命や人生一つを奪ったでもない限り、更生の機会が与えられないんじゃどうしようもない

自分もいつか何らかの不可抗力で道を踏み外したら、何にも手を差し伸べられることもなく一生救われないのかと思うと

恐ろしくて仕方ない

おちおち息もできない

2019-08-30

anond:20190830105127

2019-08-27

■”聲の形”を見て思うこと

私は小学校の時にいじめ主犯格になった事がある。

最初に"聲の形"を見た時に重なる部分が多くて具合が悪くなった。

昨日何度目かの視聴をした。

かなり醜い話と懺悔になるが思うことを書いていく。

なんというか、人間記憶主観的だし恣意的だ。見たいものを見たいようにしか見ていない。

ファクトはあるが、どう見えているかはみんなバラバラだし、昔の事ともなるとファクト自体あやふやになる。

少しぼかして書いていることもある。

***********

私は小学生の時に学級カーストトップグループにいた。

クラスの中でも小柄だったが、テストは毎回100点、頭が切れて口喧嘩が強い、悪ガキで面白い遊びを思いつく。

何やっても要領が良い、どうするのが正解か知っていても大人に媚びるのが大嫌い。

喧嘩っ早くて体格が上だろうと年上だろうと取っ組み合いしてぶっ飛ばされたり怪我しょっちゅうしていた。

自分小学校教員であれば面倒を見たくない存在だった。

私には2つ上の兄と3つ下の弟がいる。お陰で交友関係が広かった。

そうした背景もあってか小学校に入ってからずっと、誰に対しても物怖じせずにあれこれ言ってきた。先入観をあまり持たずに人と接してきた。

男の子女の子、年上、年下、昼休みにドッチボールをする人、本が好きで静かな人、お金持ちの家の人、幼稚園上がりの人、保育園上がりの人、勉強が苦手な人、ゲーム好きな人ゲームを買ってもらえない人、野球をやっている人、サッカーをやっている人、わがままな人、音読で閊える人、発達障害っぽい人、同学年の女の子全員からキモがられていた「小1の時に教室の真ん中で***を漏らした人」とも。

カーストのどのTierの人とも話せるのが私の強みだったし、(今思えばやりすぎているが)笑わせたり弄ったりできた。

小学校5年生の時だった、私のいた小学校では各学年に4クラスあって3年生と5年生でクラス替えが行われる。

5年生のクラスメンバーには1年生の時から友達も3年生から友達も多く、割と見知った顔に囲まれ結構安心した事を覚えている。

登校班や子供会なんかが同グループだった友達が多かったこともかなり幸運だった。

いつだったか時期は詳しく覚えていないが何度目かの席替えの後、私の隣の席にはクラスの冴えない女の子がいた(以降Yさんと呼称する)

私が教科書を忘れて「見せて」と言った際だったか消しゴムを忘れて「借して」と言った際だったか、あからさまな態度と嫌味をもって拒否された。

初めて同じクラスになった私とそのYさんの間が、構築前から突如として誰にも知られずぶち壊れて険悪になった。

とにかく”きっかけ”は存在した。それは本人の属性や変えようのない部分ではなく、本人の言動のものに起因することだった。本当に瑣末な事だったが。

当時の私は、今よりもさらに「自分の損」に興味がなく、あけっぴろげの人間だったので、恥知らずわがままこそ言えど、「消しゴムが無い」と言われれば、ちぎって半分あげたし「教科書忘れた」と言われれば、そのまま貸すような人間だった。

また、奔放なぶん蛮行を働いて教師たちの御用になる事や、真面目タイプ女の子のチクリポイント稼ぎの養分にされる事も多かった。

要するにやりたい放題のガキ大将キャラだった。

クラス替えをして、全然知らない、普段かにしている、何の毒もなさそうな見た目の、ほとんど話をしたことが無いような人間からいきなり剥き出しの100%の敵意を出された事は私にとって苛立ちよりもまずはショックだった。そんなつっけんどんに拒絶されるものか?と思った。

多分Yさんも人付き合いがうまくなかったんだと今ならば思うし、人間の合う合わないはどうしようもない上に精神の未発達段階で大人対応をできるわけがない。

しかしたらどこかで知らないうちに嫌われることをしていたのかもしれない。

幼かった私は、Yさんから向けられた敵意を「あーなんか嫌われてるけどまぁいっか」とか「まぁそんなもんか」で処理することができなかった。

後にいじめと呼ばれるものになることの始まりは、あくま個人間の諍いであった。

私はYさんの剥き出しの敵意に対して意地になって目に見える形で露骨に応答した。

給食時間に同じ食器の運搬係になれば一人で給食から食器を運んだし、Yさんが牛乳係の時には自分のぶんは自分牛乳を配膳した。

大人であれば「なんやこいつ関わらんとこ」で済むような人間に対して、同じように敵意をむき出しにして徹底抗戦した。

当然相手も同じような態度を取り続けた。収束までずっと仲裁が入ることはなく、私とYさんの終わる事の無い喧嘩が始まった。

1人でやっているつもりでも教室内のピリついた空気は伝染する。

周囲が異変に気付き始める。

「何かあったの?」などと問われたことはなかった。当時の私はそう聞かれても、最初きっかけをうまく言語化できなかったと思う。ただ「あいつはわけからないけどなんか自分のことを嫌っているかこちらも戦う」という態度だけは徹底して取り続けた。私はYさんのあだ名命名した。キャッチーあだ名で、「デブ」とかの悪口では無い。まだ私はこの後大事になると微塵も思っていなかった。

しばらくしてクラス人間が真似をし始めた。地獄の始まりである

子供は愚かだ。ストッパーが無ければ増長して行動はエスカレートする。みんながやっていると善悪判断がつかないまま真似をする。

「仕掛けたのはあっちだ」とか「自分は嫌いな奴と1人で戦っていただけだ」と思っていたが、周囲がのってくると、自分もまたそれにつられて調子にのった。

「一緒にいじめよう」など口にせずとも、教室というフィールドの中で生じた歪みは波及していき、クラスメイトは不穏な空気を汲み取り同調していく。

かくしてYさんはスケープコートへと転がり落ちた。

当時意識していなかったが、不幸な事に自分にはそれだけの影響力があった。カースト上位に属するとはそういうことだった。アホアホが影響力を持つコミュニティ破滅に向かう。場面場面でお調子キャラが目立とうとして度を超えてやりすぎる事があったが、私はそれを止めなかったし、時には一緒になって参加した。「結託して集団いじめをしよう」などと言い出さなかったことだけは言えるが、言わなかっただけである。見えない鎖が教室に張り巡らされていた。

「〇〇菌」

誰が考えるのか、日本各地でいじめはなぜかいつもこの形に収束する。こうして個人間の喧嘩は、いつの間にか一見(というかどう見ても)私が主導したクラス全体のいじめ様相と化した。

ランダムペアを組むワークではYさんはいつもあぶれ、男子はおろか女子露骨に嫌がったし「Yさんの隣」や「Yさんを含む班」は席替えの度にハズレの席となった。いじられキャラは押し飛ばされてYさんとぶつけられるし、休み時間は「Y菌」で鬼ごっこが始まった。その頃には私がつけたあだ名は学年中に広まっていた。

愚かな私は、みんなが私の味方になった気がしていた。

今日今日まで喧嘩の発端(前述)すら誰にも話した事がなかった。「弱者一方的に」というつもりもなかった。私の中ではYさんが突如宣戦布告した戦争だった。

しかし結果としてやられたからやり返した「報復」という形をとって、一人の地味な女の子が得られるかもしれなかったささやか小学校時代をぶち壊した。

わたしはその頃、一度受けた傷はオーバーキル相手を倒しきるまで忘れない性格をしていた。一人で始めた戦いであって、自ら徒党を組むことはなかったが、加勢されることは私の正当性の現れな気がして拒否しなかった。その一方でこれは「いじめだ」とも頭のどこかでは認知していた。

勿論「つもり」が許されるいじめなど存在しない。

私は私の始めた喧嘩に、意図せずともクラス全体が引きずられていっておかしくなっていく事を止められるほど精神が発達していなかった。

これは言い訳も虚しいほど完全にいじめだ。物理的な暴力や器物の損壊が伴わなかっただけだ。個人間の不仲から発展した空気ムードとなって場を支配し、カーストを動かし、もはや私の手で収束できる問題ではなくなってしまった。

6年生になる。いよいよ看過できないレベルにまでいじめが広がる。

高学年にもなると知恵をつけて、その方法もより精神をえぐるものになる。

他のクラスでは直接的に集団で殴る蹴る下着を脱がされるの暴行や、給食費を盗が盗まれる物が隠されるとかの、より凶悪問題顕在化しており、6年生になってからは同学年の4クラス中2クラス学級崩壊していた。私のクラスでは、目に見えてYさんの村八分が酷くなっていた。Yさんがどれほど身の狭い思いをして修学旅行を過ごしたのか、私は想像もできない。他人事のように書いてしまっているが私の責任である自分の手を汚さないやり方を望んでいたわけではない。私は私でYさんと相変わらず徹底抗戦していたのだ。

Yさんが給食係をやれば「あいつが配ったスプーンご飯を食べたくない」という言葉が囁かれた。誰がどう見ても個人間の喧嘩では無い。

ある時、昼休みだったか総合」の時間割だったか時間に私はクラス担任から事情聴取を受けた。

あなたいじめをしているでしょう」という直球だった。

私は「していない!」と訴えた。(それはいじめというのだよ、小学生の私よ)それでもそれ以上続く言葉出てこなかった。罪への意識は十分あった。

私がYさんにやられてる以上に痛めつけてしまっていたことも理解していた。

その日の放課後ホームルームで学級裁判が起きた。

まずは「このクラスいじめがあることを認識しているか」といった主旨の質問が全員に向けて発せられた。周知の事実だったが全員がすっとぼけた。

なぜこんなことになっているのか、原因がなんなのか誰もわかっていないにも関わらず、Yさんへのいじめを知らない人間は同学年に居ない。

全員の前で「先生は(私)さんが主犯格でやっているように見えている」と担任から名指しで名前が挙げられた。

「Yさんにきちんと謝りなさい」と言われた。体がロボットのように動いたがどうやって謝ったのか覚えていない。

いじめだと内心で思ってきた事をここまできてようやく裁かれた気がした。

「手から離れた問題雪だるま式で大きくなり敗戦処理の段階になって、私はトカゲのしっぽとなって切り離された」という事実をもって。

私は確かにYさんと冷戦をして、原因も話さず、周囲が巻き込まれていくことを止めもせず、1人の小学校時代を壊滅させた。始めたのは私だ。止めなかったのも私だ。わかりやす戦犯だ。私の後に「私も加担した」と続く者はいなかった。

かに無視しろ」と命令したとか、「あいつのこと避けよう」とか私は言っていない。でも嫌悪感を態度で表して周囲はそれを忖度した。

「誰がはじめたいじめなのか」とか、「あいはいじめに加担してない」とかはどこからを言うのだろうか。教室はお通夜になった。

「むしろお前らこそいじめてただろ」とも思った。普通に考えて悪いのは私だ。理解している。

醸成された空気に異を唱える小学生はいない。我関せずすらも難しい。せめて普通に無視してあげる事が関の山だ。小学生カーストで一度つけられた烙印はなかなか消えない。玉突き事故を起こしたら自分の居場所が保てなくなる。

本来であれば穏やかに過ごせるはずだったささやか生活台無しにした。どれだけ胃が痛かったろうと思う。遠足修学旅行も楽しくないものだったろうかと勝手に思う。向こうはなぜ私と交戦状態になっているかもわかっていなかったと思う。私も当時はうまく言語化できなかった。

学級裁判の後、Yさんのいじめの件はクラス黒歴史のように禁忌となり、「聲の形」の石田くんのような転落を味わうことなく、私は卒業した。Yさんもついぞ何がきっかけで始まったのか口に出さなかったが(というか引き金を認識していなかっただろうが)一人静かにけがえのない青春の一部を失った。それは取り戻すことはできない。

その後、地元公立中学校に進学した私はスクールカーストに属する事をやめた。

自分の意地や些細な喧嘩で人を壊すと思うと恐ろしくなった。中学では勉強マシーンになり、人と仲良くなりすぎる事も辞めた。

私の進んだ中学校は私の居たA小学校と、一回り規模の小さいB小学校から進学してくる生徒でほぼ100%になる。

大規模ないじめに発展する問題を起こした人間が言うのはあまりおかしな話だが、B小学校から上がってきた人間は本当に問題児ばかりであった。母数が少ないのでA小学校出身者に舐められまいとして毎年こうなるのだと後で知った。

私は同じ中学校に進学したYさんの小学校時代の話は何も言わなかったし、Yさんとは一度だけ同じクラスになった記憶があるが直接会話もしなかった。

それでも誰かが広めたのであろう、私のつけたあだ名過去はB小学校出身者にも簡単に広がった。何が起きたのか事実も発端も知らずに面白おかしく吹聴する輩がいる。

中学1年生の時、B小学校出身の友人から話があった。英語の授業で当てられたYさんは"How many friends do you have?"という英語教師の問いに"I have many frieds."と答えたそうだ。友人は笑っていたが私はとても笑えなかった。

それでもYさんにはB小学校から来た友達が少しだけできたように見えた。私にとってそれは少しだけ救いだった。

私は中学校生活の中で、2年生から入った塾関連で話しをする人は居たが新しい友達(と言える存在)は出来なかった。

入ったバスケットボール部でも当たり障りのない会話をする人は居たし、たまに一緒にふざける人たちもいたが、順番に繰り返される暴力金銭授受の絡むいじめを見てから人間関係がわからなくなった。

どうしても同じ時間を過ごさなければいけないタイミングでは、それまでのキャラで場当たり的に属したが、残りの時間勉強を頑張る人たちや、それまでの小学校から仲良くしていた人たちと細々とつるんだ。

兄の影響で2個上の先輩達から可愛がられたが、1個上の先輩からはその反感もあってかすこぶる嫌われた。はっきりいって居場所はなかった。あれこれ「自分資格がない」と思って罰だと思って受け入れたし、居場所を作る気もなかったので当たり前だが。

私がおとなしくしている間にも悲劇は拡大・再生産されていた。問題児ばかりのB小学校出身者は次々とA小学校出身者を再起不能にして登校拒否にさせた。そんな中Yさんは大きないじめにあっていなかったように思う。あまり関わっていなかったので”多分"だが。

A小学校の時に明るかった人間クラスカーストでも最下層でもなかった人間が次々と再起不能にされていく様を見ると何か色々と惨めな気分になった。自分の愚かさにもしょげた。

そこからは影に徹してひたすら勉強ばかりした。

私はミステリアスキャラになった。B小学校の人たちからちょっかいをかけられたり、体育祭の後の打ち上げで軽くハブられて悔しい思いをしたり、順番に巡るいじめ被害にあった人間に擦り寄られたりすることもあったが、そんなことはどうでもよかった。なんだかんだで助けてくれた人はいた。とにかく適当に過ごした。気持ち悪くてダサい人間関係から離れたかった。自分黒歴史を見るようだった。

小学校時代猿山大将として過ごし、学級裁判だんじりから見事に転げ落ちた私はとにかく静かに過ごしたかった。今更許される事でもないが悪いことはもうしたくなかった。被害者ぶる事は無かった。昼休みは一人で過ごす事が多かったし放課後に誰かと遊ぶことも極端に減った。自分の中身がそっくり入れ替わった気がした。

高校に入ってからしょうもないことを言う人はいなくなった。とても楽だった。楽しかったし友達も沢山できた。

自分が変われた、受け入れられた気がした。でもそんなことを感じて良いのだろうか?被害者は忘れることはない。

大学ではもう完全にみんな大人になった。大学はもうそのまま社会だ。

アホはいるが当たり前の常識をわきまえた人間が多い。彼らの中にも私と同じような後悔を抱えていたり、するのだろうか?と思うことがある。

過去の過ちは消えないし心に負った傷や失ったものはもう取り返せない。

私は27歳になった。

人をいじったりすることは相変わらず得意だが、全然違う性格になっている。

職場で多くの人を見てきて、人に好かれる人間と人が離れていく人間について考えた。自分の悪かったところと向き合って見直せるようになった。

人に言われたことは言ってくれたことだと思えるようになった。

でも今の私がいろんな人に優しくしたり、何かを与えることでYさんには何かあるのだろうか?と思う。

これは償いか?罪滅ぼしなのか?何を?誰のために?自分が楽になりたいだけか?と思う。(申し上げにくいが今でもYさんと仲良くできるとは思わないが)

二十歳を超えてから仲良くなった人たちと話しをしていて、いじめを受けたことがある人間が多く存在することを知った。そうした話しを聞くと胸が苦しくなって呼吸がおかしくなる。都合のいい人間だ。いじめられていた人間自分の話をするかどうかで済むが、いじめをしていた人間は誰かに言い出すことができない。懺悔しかならないからだ。

いじめをうけたことのある人間は私を軽蔑するだろうか。憎むだろうか。

私は自分の身近な人や、大切な人がいじめを受けて苦しんだことに対して義憤を感じる。あまり勝手すぎる。そんなことを感じることが許されない前科者だ。

Yさんは今、何をしているだろうか?高校生の頃に制服姿のYさんを見かけた事がある。そのあとは知らない。友達はできたか大学に進学したのか。就職したのか。どこに住んでいるのか。小学校の頃の事など何処吹く風でどこかで楽しく生きているだろうか。自分に自信を持てただろうか。自己破壊けが目的人生を送らないでほしいと身勝手に思う。わたしは許されることは無いし、やったことが無かったことにもならない。だから私のことは怨み倒して構わない。

でもYさんはどこかで自己肯定して救いがあったと思える人生を送って欲しい。私は一生この罪を背負って生きていかねばならないと思っている。

精神成熟していないコミュティ悲劇だ。教員のせいにすることもできない。

とんでもないくだらない理由いじめが生じる。生贄が生じる。あるものは一生消えない傷を、ある者は罪を感じて、大多数は何も覚えていない。

イニシエーションとして自分の大切な人がスケープゴートになったら?私は許せない。傷つけた人間をタダでは済まさない。

***********

今日小学校の頃からの仲で、Yさんに関する顛末を知っている友人に連絡をしてファクトに関する認識合わせをした。

その友人はやはり「私が主犯格に見えた」と言った。と同時に「でも流された自分も同

2019-08-29

印鑑烙印指紋という非人道的行為から離れて行くために進化して行ったはずなのに

人権のために烙印のような非人道的行為に手を貸すなら印鑑存在意義は疑われるだろう

2019-08-27

目に見えないインク痴漢烙印を押されたんです

警察「誰から?」

増田「言えません。冤罪の恐れがあるので」

警察「」

🚓別パターン🚓

警察(完全物証主義)「誰から?」

増田「あの女です」

警察()「あの女が君にハンコを押したの?」

増田「そうです見ました」

警察()「錯乱した君の見間違いかもしれないね

増田「ハンコに付着した僕の皮脂でわかるはずです」

警察()「物証もないのに疑えないなあ。ハンコは無実無関係女性のものだし検査にも出せないよ」

増田「」

警察()「物証を探してから来てね」

anond:20190827152816

現行犯以外では不可能ですね。

から可能な限り現行犯で捕まえられるよう気を張ることになる。

「手がインクで汚れた」で賠償請求できるか見ものやな

これは違うな。

ただ「インクで汚れた」だけではなく、「痴漢烙印を押された」という点が重要

(服については「インクで汚れた」も含まれるが)

聲の形”を見て思うこと

私は小学校の時にいじめ主犯格になった事がある。

最初に"聲の形"を見た時に重なる部分が多くて具合が悪くなった。

昨日何度目かの視聴をした。

かなり醜い話と懺悔になるが思うことを書いていく。

なんというか、人間記憶主観的だし恣意的だ。見たいものを見たいようにしか見ていない。

ファクトはあるが、どう見えているかはみんなバラバラだし、昔の事ともなるとファクト自体あやふやになる。

少しぼかして書いていることもある。

***********

私は小学生の時に学級カーストトップグループにいた。

クラスの中でも小柄だったが、テストは毎回100点、頭が切れて口喧嘩が強い、悪ガキで面白い遊びを思いつく。

何やっても要領が良い、どうするのが正解か知っていても大人に媚びるのが大嫌い。

喧嘩っ早くて体格が上だろうと年上だろうと取っ組み合いしてぶっ飛ばされたり怪我しょっちゅうしていた。

自分小学校教員であれば面倒を見たくない存在だった。

私には2つ上の兄と3つ下の弟がいる。お陰で交友関係が広かった。

そうした背景もあってか小学校に入ってからずっと、誰に対しても物怖じせずにあれこれ言ってきた。先入観をあまり持たずに人と接してきた。

男の子女の子、年上、年下、昼休みにドッチボールをする人、本が好きで静かな人、お金持ちの家の人、幼稚園上がりの人、保育園上がりの人、勉強が苦手な人、ゲーム好きな人ゲームを買ってもらえない人、野球をやっている人、サッカーをやっている人、わがままな人、音読で閊える人、発達障害っぽい人、同学年の女の子全員からキモがられていた「小1の時に教室の真ん中で***を漏らした人」とも。

カーストのどのTierの人とも話せるのが私の強みだったし、(今思えばやりすぎているが)笑わせたり弄ったりできた。

小学校5年生の時だった、私のいた小学校では各学年に4クラスあって3年生と5年生でクラス替えが行われる。

5年生のクラスメンバーには1年生の時から友達も3年生から友達も多く、割と見知った顔に囲まれ結構安心した事を覚えている。

登校班や子供会なんかが同グループだった友達が多かったこともかなり幸運だった。

いつだったか時期は詳しく覚えていないが何度目かの席替えの後、私の隣の席にはクラスの冴えない女の子がいた(以降Yさんと呼称する)

私が教科書を忘れて「見せて」と言った際だったか消しゴムを忘れて「借して」と言った際だったか、あからさまな態度と嫌味をもって拒否された。

初めて同じクラスになった私とそのYさんの間が、構築前から突如として誰にも知られずぶち壊れて険悪になった。

とにかく”きっかけ”は存在した。それは本人の属性や変えようのない部分ではなく、本人の言動のものに起因することだった。本当に瑣末な事だったが。

当時の私は、今よりもさらに「自分の損」に興味がなく、あけっぴろげの人間だったので、恥知らずわがままこそ言えど、「消しゴムが無い」と言われれば、ちぎって半分あげたし「教科書忘れた」と言われれば、そのまま貸すような人間だった。

また、奔放なぶん蛮行を働いて教師たちの御用になる事や、真面目タイプ女の子のチクリポイント稼ぎの養分にされる事も多かった。

要するにやりたい放題のガキ大将キャラだった。

クラス替えをして、全然知らない、普段かにしている、何の毒もなさそうな見た目の、ほとんど話をしたことが無いような人間からいきなり剥き出しの100%の敵意を出された事は私にとって苛立ちよりもまずはショックだった。そんなつっけんどんに拒絶されるものか?と思った。

多分Yさんも人付き合いがうまくなかったんだと今ならば思うし、人間の合う合わないはどうしようもない上に精神の未発達段階で大人対応をできるわけがない。

しかしたらどこかで知らないうちに嫌われることをしていたのかもしれない。

幼かった私は、Yさんから向けられた敵意を「あーなんか嫌われてるけどまぁいっか」とか「まぁそんなもんか」で処理することができなかった。

後にいじめと呼ばれるものになることの始まりは、あくま個人間の諍いであった。

私はYさんの剥き出しの敵意に対して意地になって目に見える形で露骨に応答した。

給食時間に同じ食器の運搬係になれば一人で給食から食器を運んだし、Yさんが牛乳係の時には自分のぶんは自分牛乳を配膳した。

大人であれば「なんやこいつ関わらんとこ」で済むような人間に対して、同じように敵意をむき出しにして徹底抗戦した。

当然相手も同じような態度を取り続けた。収束までずっと仲裁が入ることはなく、私とYさんの終わる事の無い喧嘩が始まった。

1人でやっているつもりでも教室内のピリついた空気は伝染する。

周囲が異変に気付き始める。

「何かあったの?」などと問われたことはなかった。当時の私はそう聞かれても、最初きっかけをうまく言語化できなかったと思う。ただ「あいつはわけからないけどなんか自分のことを嫌っているかこちらも戦う」という態度だけは徹底して取り続けた。私はYさんのあだ名命名した。キャッチーあだ名で、「デブ」とかの悪口では無い。まだ私はこの後大事になると微塵も思っていなかった。

しばらくしてクラス人間が真似をし始めた。地獄の始まりである

子供は愚かだ。ストッパーが無ければ増長して行動はエスカレートする。みんながやっていると善悪判断がつかないまま真似をする。

「仕掛けたのはあっちだ」とか「自分は嫌いな奴と1人で戦っていただけだ」と思っていたが、周囲がのってくると、自分もまたそれにつられて調子にのった。

「一緒にいじめよう」など口にせずとも、教室というフィールドの中で生じた歪みは波及していき、クラスメイトは不穏な空気を汲み取り同調していく。

かくしてYさんはスケープコートへと転がり落ちた。

当時意識していなかったが、不幸な事に自分にはそれだけの影響力があった。カースト上位に属するとはそういうことだった。アホアホが影響力を持つコミュニティ破滅に向かう。場面場面でお調子キャラが目立とうとして度を超えてやりすぎる事があったが、私はそれを止めなかったし、時には一緒になって参加した。「結託して集団いじめをしよう」などと言い出さなかったことだけは言えるが、言わなかっただけである。見えない鎖が教室に張り巡らされていた。

「〇〇菌」

誰が考えるのか、日本各地でいじめはなぜかいつもこの形に収束する。こうして個人間の喧嘩は、いつの間にか一見(というかどう見ても)私が主導したクラス全体のいじめ様相と化した。

ランダムペアを組むワークではYさんはいつもあぶれ、男子はおろか女子露骨に嫌がったし「Yさんの隣」や「Yさんを含む班」は席替えの度にハズレの席となった。いじられキャラは押し飛ばされてYさんとぶつけられるし、休み時間は「Y菌」で鬼ごっこが始まった。その頃には私がつけたあだ名は学年中に広まっていた。

愚かな私は、みんなが私の味方になった気がしていた。

今日今日まで喧嘩の発端(前述)すら誰にも話した事がなかった。「弱者一方的に」というつもりもなかった。私の中ではYさんが突如宣戦布告した戦争だった。

しかし結果としてやられたからやり返した「報復」という形をとって、一人の地味な女の子が得られるかもしれなかったささやか小学校時代をぶち壊した。

わたしはその頃、一度受けた傷はオーバーキル相手を倒しきるまで忘れない性格をしていた。一人で始めた戦いであって、自ら徒党を組むことはなかったが、加勢されることは私の正当性の現れな気がして拒否しなかった。その一方でこれは「いじめだ」とも頭のどこかでは認知していた。

勿論「つもり」が許されるいじめなど存在しない。

私は私の始めた喧嘩に、意図せずともクラス全体が引きずられていっておかしくなっていく事を止められるほど精神が発達していなかった。

これは言い訳も虚しいほど完全にいじめだ。物理的な暴力や器物の損壊が伴わなかっただけだ。個人間の不仲から発展した空気ムードとなって場を支配し、カーストを動かし、もはや私の手で収束できる問題ではなくなってしまった。

6年生になる。いよいよ看過できないレベルにまでいじめが広がる。

高学年にもなると知恵をつけて、その方法もより精神をえぐるものになる。

他のクラスでは直接的に集団で殴る蹴る下着を脱がされるの暴行や、給食費を盗が盗まれる物が隠されるとかの、より凶悪問題顕在化しており、6年生になってからは同学年の4クラス中2クラス学級崩壊していた。私のクラスでは、目に見えてYさんの村八分が酷くなっていた。Yさんがどれほど身の狭い思いをして修学旅行を過ごしたのか、私は想像もできない。他人事のように書いてしまっているが私の責任である自分の手を汚さないやり方を望んでいたわけではない。私は私でYさんと相変わらず徹底抗戦していたのだ。

Yさんが給食係をやれば「あいつが配ったスプーンご飯を食べたくない」という言葉が囁かれた。誰がどう見ても個人間の喧嘩では無い。

ある時、昼休みだったか総合」の時間割だったか時間に私はクラス担任から事情聴取を受けた。

あなたいじめをしているでしょう」という直球だった。

私は「していない!」と訴えた。(それはいじめというのだよ、小学生の私よ)それでもそれ以上続く言葉出てこなかった。罪への意識は十分あった。

私がYさんにやられてる以上に痛めつけてしまっていたことも理解していた。

その日の放課後ホームルームで学級裁判が起きた。

まずは「このクラスいじめがあることを認識しているか」といった主旨の質問が全員に向けて発せられた。周知の事実だったが全員がすっとぼけた。

なぜこんなことになっているのか、原因がなんなのか誰もわかっていないにも関わらず、Yさんへのいじめを知らない人間は同学年に居ない。

全員の前で「先生は(私)さんが主犯格でやっているように見えている」と担任から名指しで名前が挙げられた。

「Yさんにきちんと謝りなさい」と言われた。体がロボットのように動いたがどうやって謝ったのか覚えていない。

いじめだと内心で思ってきた事をここまできてようやく裁かれた気がした。

「手から離れた問題雪だるま式で大きくなり敗戦処理の段階になって、私はトカゲのしっぽとなって切り離された」という事実をもって。

私は確かにYさんと冷戦をして、原因も話さず、周囲が巻き込まれていくことを止めもせず、1人の小学校時代を壊滅させた。始めたのは私だ。止めなかったのも私だ。わかりやす戦犯だ。私の後に「私も加担した」と続く者はいなかった。

かに無視しろ」と命令したとか、「あいつのこと避けよう」とか私は言っていない。でも嫌悪感を態度で表して周囲はそれを忖度した。

「誰がはじめたいじめなのか」とか、「あいはいじめに加担してない」とかはどこからを言うのだろうか。教室はお通夜になった。

「むしろお前らこそいじめてただろ」とも思った。普通に考えて悪いのは私だ。理解している。

醸成された空気に異を唱える小学生はいない。我関せずすらも難しい。せめて普通に無視してあげる事が関の山だ。小学生カーストで一度つけられた烙印はなかなか消えない。玉突き事故を起こしたら自分の居場所が保てなくなる。

本来であれば穏やかに過ごせるはずだったささやか生活台無しにした。どれだけ胃が痛かったろうと思う。遠足修学旅行も楽しくないものだったろうかと勝手に思う。向こうはなぜ私と交戦状態になっているかもわかっていなかったと思う。私も当時はうまく言語化できなかった。

学級裁判の後、Yさんのいじめの件はクラス黒歴史のように禁忌となり、「聲の形」の石田くんのような転落を味わうことなく、私は卒業した。Yさんもついぞ何がきっかけで始まったのか口に出さなかったが(というか引き金を認識していなかっただろうが)一人静かにけがえのない青春の一部を失った。それは取り戻すことはできない。

その後、地元公立中学校に進学した私はスクールカーストに属する事をやめた。

自分の意地や些細な喧嘩で人を壊すと思うと恐ろしくなった。中学では勉強マシーンになり、人と仲良くなりすぎる事も辞めた。

私の進んだ中学校は私の居たA小学校と、一回り規模の小さいB小学校から進学してくる生徒でほぼ100%になる。

大規模ないじめに発展する問題を起こした人間が言うのはあまりおかしな話だが、B小学校から上がってきた人間は本当に問題児ばかりであった。母数が少ないのでA小学校出身者に舐められまいとして毎年こうなるのだと後で知った。

私は同じ中学校に進学したYさんの小学校時代の話は何も言わなかったし、Yさんとは一度だけ同じクラスになった記憶があるが直接会話もしなかった。

それでも誰かが広めたのであろう、私のつけたあだ名過去はB小学校出身者にも簡単に広がった。何が起きたのか事実も発端も知らずに面白おかしく吹聴する輩がいる。

中学1年生の時、B小学校出身の友人から話があった。英語の授業で当てられたYさんは"How many friends do you have?"という英語教師の問いに"I have many frieds."と答えたそうだ。友人は笑っていたが私はとても笑えなかった。

それでもYさんにはB小学校から来た友達が少しだけできたように見えた。私にとってそれは少しだけ救いだった。

私は中学校生活の中で、2年生から入った塾関連で話しをする人は居たが新しい友達(と言える存在)は出来なかった。

入ったバスケットボール部でも当たり障りのない会話をする人は居たし、たまに一緒にふざける人たちもいたが、順番に繰り返される暴力金銭授受の絡むいじめを見てから人間関係がわからなくなった。

どうしても同じ時間を過ごさなければいけないタイミングでは、それまでのキャラで場当たり的に属したが、残りの時間勉強を頑張る人たちや、それまでの小学校から仲良くしていた人たちと細々とつるんだ。

兄の影響で2個上の先輩達から可愛がられたが、1個上の先輩からはその反感もあってかすこぶる嫌われた。はっきりいって居場所はなかった。あれこれ「自分資格がない」と思って罰だと思って受け入れたし、居場所を作る気もなかったので当たり前だが。

私がおとなしくしている間にも悲劇は拡大・再生産されていた。問題児ばかりのB小学校出身者は次々とA小学校出身者を再起不能にして登校拒否にさせた。そんな中Yさんは大きないじめにあっていなかったように思う。あまり関わっていなかったので”多分"だが。

A小学校の時に明るかった人間クラスカーストでも最下層でもなかった人間が次々と再起不能にされていく様を見ると何か色々と惨めな気分になった。自分の愚かさにもしょげた。

そこからは影に徹してひたすら勉強ばかりした。

私はミステリアスキャラになった。B小学校の人たちからちょっかいをかけられたり、体育祭の後の打ち上げで軽くハブられて悔しい思いをしたり、順番に巡るいじめ被害にあった人間に擦り寄られたりすることもあったが、そんなことはどうでもよかった。なんだかんだで助けてくれた人はいた。とにかく適当に過ごした。気持ち悪くてダサい人間関係から離れたかった。自分黒歴史を見るようだった。

小学校時代猿山大将として過ごし、学級裁判だんじりから見事に転げ落ちた私はとにかく静かに過ごしたかった。今更許される事でもないが悪いことはもうしたくなかった。被害者ぶる事は無かった。昼休みは一人で過ごす事が多かったし放課後に誰かと遊ぶことも極端に減った。自分の中身がそっくり入れ替わった気がした。

高校に入ってからしょうもないことを言う人はいなくなった。とても楽だった。楽しかったし友達も沢山できた。

自分が変われた、受け入れられた気がした。でもそんなことを感じて良いのだろうか?被害者は忘れることはない。

大学ではもう完全にみんな大人になった。大学はもうそのまま社会だ。

アホはいるが当たり前の常識をわきまえた人間が多い。彼らの中にも私と同じような後悔を抱えていたり、するのだろうか?と思うことがある。

過去の過ちは消えないし心に負った傷や失ったものはもう取り返せない。

私は27歳になった。

人をいじったりすることは相変わらず得意だが、全然違う性格になっている。

職場で多くの人を見てきて、人に好かれる人間と人が離れていく人間について考えた。自分の悪かったところと向き合って見直せるようになった。

人に言われたことは言ってくれたことだと思えるようになった。

でも今の私がいろんな人に優しくしたり、何かを与えることでYさんには何かあるのだろうか?と思う。

これは償いか?罪滅ぼしなのか?何を?誰のために?自分が楽になりたいだけか?と思う。(申し上げにくいが今でもYさんと仲良くできるとは思わないが)

二十歳を超えてから仲良くなった人たちと話しをしていて、いじめを受けたことがある人間が多く存在することを知った。そうした話しを聞くと胸が苦しくなって呼吸がおかしくなる。都合のいい人間だ。いじめられていた人間自分の話をするかどうかで済むが、いじめをしていた人間は誰かに言い出すことができない。懺悔しかならないからだ。

いじめをうけたことのある人間は私を軽蔑するだろうか。憎むだろうか。

私は自分の身近な人や、大切な人がいじめを受けて苦しんだことに対して義憤を感じる。あまり勝手すぎる。そんなことを感じることが許されない前科者だ。

Yさんは今、何をしているだろうか?高校生の頃に制服姿のYさんを見かけた事がある。そのあとは知らない。友達はできたか大学に進学したのか。就職したのか。どこに住んでいるのか。小学校の頃の事など何処吹く風でどこかで楽しく生きているだろうか。自分に自信を持てただろうか。自己破壊けが目的人生を送らないでほしいと身勝手に思う。わたしは許されることは無いし、やったことが無かったことにもならない。だから私のことは怨み倒して構わない。

でもYさんはどこかで自己肯定して救いがあったと思える人生を送って欲しい。私は一生この罪を背負って生きていかねばならないと思っている。

精神成熟していないコミュティ悲劇だ。教員のせいにすることもできない。

とんでもないくだらない理由いじめが生じる。生贄が生じる。あるものは一生消えない傷を、ある者は罪を感じて、大多数は何も覚えていない。

イニシエーションとして自分の大切な人がスケープゴートになったら?私は許せない。傷つけた人間をタダでは済まさない。

***********

今日小学校の頃からの仲で、Yさんに関する顛末を知っている友人に連絡をしてファクトに関する認識合わせをした。

その友人はやはり「私が主犯格に見えた」と言った。と同時に「でも流された このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2019-08-18

IQテストなんぞクソの役にも立たない

全く自慢でないが私はIQテストが得意だ。

「27,□,55,72」みたいな穴の抜けた数列を見て、

自然数の2乗から9引いたやつだから40だ」って気付いたり、

模様のパターン見て、

「90度左回転して白黒反転させて中に入ってるマークは上の段なら1増えて下の段なら1減らすのか」

って気付いたりするやつだ。

親が学習教材の営業マンだったこともあって、幼い頃から間違い探しや数を数えるプリントをやってたおかげだろう、

私はちょっとだけ頭のよい私立小学校入学できたし、テストも100点以外取ったことがなかった。

そのまま中学に進学してからは流石に100点ばかりという訳にはいかなかったが、

だいたいいつも学年順位1桁だった。

それから紆余曲折を経て、何故か私は大学を4年留年して卒業し、半数以上がが四大卒未満の零細企業就職し、

6年目の今になってようやく手当マシマシで手取り20万を超えた。

ちなみにボーナス残業代も出ない。

この間、社長がどこぞの営業に唆されたのか、社員全員に知能・性格・適性テスト実施した。

私なんかよりもっとずっといい大学出てる人は数人いるのだが、私は社内ぶっちぎりで知能判定が良かった。

まあ、昔からこの手の問題たくさんやってますからね、もう慣れとりますよ。

…みたいなことは一言も言わないが、周りからはやれ秀才くんだの期待の新人だの言われる。

普通に年功序列的に真ん中やや下くらいなんだが…。

しかし変なこと言われるのも当然で、私は社内で随一のポンコツ烙印が押されてる。

私自身も己の仕事ぶりを見て、ポンコツだなと思う。詮なし。

SNSIQテストやってみたよというコメントが流れてくる。

私もやってみると普通に全問正解してしま

あなたIQ150だのIQ170だの無責任評価してくる。

解答時間もみんなの半分以下だった。

私のIQが高いと言うならば、一体この無能さはどこから来るものなのか。

それを教えてくれるのは誰もいない。

から私は、あんものはクソの役にも立たないと思う。

2019-08-15

成年後見制度なんて考えた奴地獄へ落ちろ‼️

家族介護に直面している人は必ず1度は聞く成年後見制度

これ、劣悪極まりいから!マジで

金融機関医療機関で勧められるけどさ、簡単に言うと、紙切れのみで、国が本人を判断能力がない人って烙印押して、財産管理身上保護代理人を立てる制度なんだけど、実の家族悪者扱いして、見ず知らずの人に保護させることもあるわけ。

家族後見人になれたとしても、本人のためにお金使うのもいちいち司法許可取らないといかんし、本人のための施設自由に選ばせてくれない。

見ず知らずの職業後見人を立てた場合なんて、バカ高い報酬払わないかんし、横領事件も多発してるし!すさまじいほどビジネスライク!大して本人のこと見にも来ない。それに、 身上保護って言っても、入院した時なんか、身元引受人になるわけじゃないし、治療同意もできないんよ。

こっちは、大切な家族が病に倒れて不安でいっぱいなのに、本人のためにお金引き出そうとすれば、金融機関から犯罪者扱いされて、安易成年後見人を立てろって言ってくるけど、申し立てしたことあるか?後見人になったことあるか?

どうせ、親族間のトラブルに巻き込まれたくないだけやろが!

必要書類揃えてもやたらと厳しい日本郵政認知症高齢者に高額な金融商品不正販売してたくせに、「判断能力あるかないか確認させていただきますので、本人を連れてきてください!」「成年後見人立ててないなら請求を受けることはできません!」なんて、よくもまぁでかい口たたけるよな。

ずさんな管理体制組織資産を預けてる方が不安や!

成年後見制度考えた奴、どうせ介護とは無縁の世界に生きてるんでしょ!

地獄へ落ちろ‼️

2019-08-05

流す水やトイレットペーパーもったいないという理由で、職場しかうんこをしない。

小学生の頃、学校うんこをするとウンコマン烙印を捺されたものだけど、

今の俺はシン・ウンコマンとして逆に人気になれそう。

2019-08-04

anond:20190804195533

結婚に失敗してバツ2くらいになったら問答無用でヤベー奴の烙印が押されるけどな

2019-07-27

一番備えたい価値だけ備えられない

自分価値を感じられない。

昨今よく聞く(?)悩みの1つである

悩まない人はまったく悩まないだろうが、悩む人にはとても重大な問題である

かくいう私もそんな悩みを抱える1人なのだが、私の場合まったく何1つ価値を感じられないというわけではない。

自分や周りを見渡し、「この点においては皆に認められているな」とか「この点においてはちゃんと貢献できている感があるな」とか、感じる部分は多々ある。

しかし、これで私が満たされるということはない。

なぜならば、「私が最も感じたい、身に付けたい、備えたい価値を感じられない」からだ。

具体的には「男としての価値」をまったく感じられないということ。

それは有り体に言ってしまえば、「男として狙った女を自分の力でものにできたことがない=男として無価値」ということだ。

別に恋愛経験がないわけでも、童貞であるわけでもないのだが、どういうわけかこれまでのそれらは例外なく「相手から」であり、たまにいいなと思った相手がいて私から近付いても、決してうまくいくことはなかった、しかも、例外なく周囲で見聞きするよりもはるかに惨めで無様なフラレ方に終わっている(と思っている)。

それはすなわち、私に相手との関係を上手に進められるだけの男としての魅力も価値能力もないポンコツにすぎないという烙印を押されたことに他ならない。

私にはこのことがこの上ない屈辱なのである

一度でいいから、自分だけの力で狙った女を確実にものにし、その達成感や満足感、幸福感に包まれながら密かにかに死んでいきたいものだ。

このままだと死ぬときにきっと後悔する。

2019-07-17

やきそばパン

映画でも漫画でもアニメでもドラマでも何でもいいんだけど、まともな人間焼きそばパンを食べているシーンは決して出てこないことに気づいた。

 

ガリレオ博士焼きそばパンを決して食べない。ロングバケーション焼きそばパンを食べているシーンは出てこなかった。もちろん、おくりびとにも出てこなかった。雪ノ下雪乃焼きそばパンを食べないし、加藤恵焼きそばパンを食べない。ラスコーリニコフ焼きそばパンを食べないし、ジャン・バルジャン焼きそばパンを食べたという記述は、あの18世紀パリを詳述し、登場人物描写にも抜かりない原作小説にも出てこなかった。まだ見てないけれど天気の子焼きそばパンをおそらく食べない。

 

しかし、雨宮蛍はおそらく焼きそばパンを食べる。今期アニメで言えばバカ烙印を押されている田中望(女子高生無駄かい CV:赤﨑千夏)は実際に焼きそばパンを食べていたし、きんぎょ注意報主人公は恥ずべきことに1話につき何度も焼きそばパン連呼するという醜態晒している。おそらく澤村・スペンサー・英梨々焼きそばパンを食べる。ドン・キホーテはおそらく焼きそばパンを食べるし、狂言にも間抜け山伏が木の上の焼きそばパンを盗もうとして地主に見つかるという話があった(これら作品の中に焼きそばパンを食べるシーンが実際には出てこなかったとしても、陰では絶対に食べている)。

 

君が焼きそばパンを食べているとき、周りからどういうふうに見られているか意識したほうがいい。少なくとも木村文乃福山雅治のようには見られていない。万が一、君が福山雅治だったとしたら、焼きそばパンを食べた時点で福山雅治ではなくなる。焼きそばパンとはそういうものからである

この文章焼きそばパンを食べながら書かれている。

2019-07-16

発達持ちは理系学部に進学すべきだが院進はやめておくべき

電気機械などの就職がいい学科オススメ

ここで絶対バイオを選んではいけない。建築土木コミュニケーションの力が強いので親が建築家の場合を除き選択肢から外す。

大手メーカー品質管理部門への就職を目指そう。

なぜ院進をしてはいけないか大学研究室村社会である事がほとんどで、大抵の発達持ちはすぐバレて人間関係で辛い思いをする事が多い。

そして研究面でもどうしたらいいかからずただ時間が過ぎていくパターンが多い。

勤勉な発達もいるだろうけれど、研究勉強と違って、一人では絶対に完結しないし自分を律する力が勉強よりめっちゃ必要

指導教員から「変な子」と言う烙印を押されるだけでとても居づらく大変になる。

就活しながら研究少ししてみて、無理そうだったら就職するという選択肢は悪くない。

でも大抵就活出遅れがちになるのであまりオススメではない。就活は早ければ早いほど決まりやすい。特に理系学部レベルでも「推薦だします!」って言えば内定もらえることが多い。(後推薦)

就活しつつ院進学も視野に入れるという方法は、大学受験で言うところの仮面浪人に近いものがある。自制心が強くないと、「あー就活ダルいし院進学でいいや」ってなってしまい、結局思い入れもないまま院へ、その後研究人間関係がしんどくなり不登校がちになる。

2019-07-12

授業がつらい大学教員もいます

 大学教員になって十数週間、大学で授業することにも慣れてきたと思っていた。欠席しがちな学生会議で報告するんだけれど、なんか自分の授業はやたら欠席が多い。明らかに学期初めの新鮮な気持ちは消え失せ無気力な90分だけが広がっている。

 自分の中では、では欠席者など放っておきたいし、どうぞお互い自由にしようやという気持ちがある。一方で、あまりに落第者が多いと教員のほうに無能烙印を押されかねないので怖い。教員単位という絶対的権力を持っているように思われがちだ。しかし、いまどき学生事務に訴え出たら担当教員はただじゃすまないと思うし、学生にそっぽを向かれては研究室運営も上がったりだ。じつのところ、学生は懐に見えない刃を隠しているのだ。

 何が悪いのか、まあたぶん授業がつまらいから出席しないんだろうな。だけど、どうしたらいいのか。数式が多いのかな?でも、理系なら数式なしで説明するのは不義理な気がする。どうしたらいいですか、と率直に聞いてみたい気もするけれど教室という権力勾配の支配する空間忖度ない意見が得られるとは思えない。学生が関心を示さない授業をしている自分を、許してあげられるようにもなりたいがとにかく学生にそっぽを向かれるという未来が怖い。いまはギリギリ臨界点だが、何かの拍子に授業が崩壊たらこっちの精神が持たない。

 他の授業と比べて目立って意欲が低いのかもしれないと恐怖を感じている。自分担当しているこんなにも素晴らしい学問のすばらしさを伝えられないというのは辛いものだ。

 自分学生だったころ、大学教官の半分はえらく攻撃的で独善的だった。残りの半分は独善的自分だけの世界に生きていた。大学で授業をしてみるとそのどちらもとてもリスキーなことをしているとわかる。いったい彼らは何を考えていたんだろうか。

2019-07-07

anond:20190707002825

例えるなら将棋の駒だな。

現実では歩がと金になるような事は絶対にない。

歩は歩として活用しなきゃならない。

まあでも12マン程度しか給与支払ってない職員からって礼儀を欠けばしっぺ返しを喰らうけど。

カーストの一番下の存在必要から存在するんだよ。

だってそいつらが居なくなったら無能烙印を押されるのはお前らだから

2019-07-05

コンビニって時給安すぎだよね

俺はコンビニで働いてるわけじゃないからどうでもいいけど、奴隷を見るのは好きじゃない。

からさ、全然ストとかしてくれていいよ。

大学近くにあるコンビニなんて、最低時給の1桁目を繰り上げしただけの時給だぜ。

やること沢山あるのに最低の烙印押されてるようなもんじゃん。

2019-06-24

anond:20190624110854

本能をあまくみてはいけない。

例えば,生存必要リソース限定されているような状況だと,全体で平等に配布するなんてもってのほかで一部で独占することが必須になる。なので群れに序列をつけて,上が下を威嚇して不平等を受け入れさせるような性質が有利に働く。

ところが生存リソースば十分にあって全員の知的アクティティの総和を最大化しよう,というような状況だと,この性質邪魔しかならない。だが,人の本能10年や100年では変わらない。平気で部下を怒鳴りつけるような人間が上に立ってしまう。そういうのに従いたい,という本能もまた人間には備わっている。だが,支配を受け入れた人間は,節約モードともいうべき状態になって,パフォーマンスが下がる。

これから解放し,心理的安定性が高い状態におくと,人間確変モードみたいになって性能が上がる,というのがGoogle発見だ。実際,外資系企業ではこれは常識になっている。部下に怒鳴る上司イジメ放置する上司は,少なくとも中間管理職であれば,無能烙印を押される。

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