はてなキーワード: いびつとは
=========================
■育休について
両親ともに取るべき。新生児ワンオペ育児はまじできついと思う。こま切れでしか寝れないのまじできつい。
1カ月だと、まだ夜中に起きるのが日常なので、復帰はなかなかキツイ気がする。
2か月でも、ちょい厳しいなぁという印象。
夜の12時にミルクあげて、朝6時とかに起き始めるぐらいになると、仕事復帰してもいいかなぁって感じ。こういう状態にいつ頃になるのか、これから確かめてみる。
■睡眠について
どういうスケジュールかを書いた。
基本的には、下記の人のタイムスケジュール(引用させて貰いました)と同じ。このタイムスケジュールすげーわかりやすい。
https://takumif.hatenablog.com/entry/ikuzi
■泣く子をあやす
胎内音や反町隆史のポイズンについては、正直あんま効いてるかどうかわからん。泣き止むときは別にポイズン以外の曲でも泣き止む。
そして、やっぱ抱っこすると泣き止む。理研の人の研究は僕も参考にした。良い研究。
赤ちゃんの泣きやみと寝かしつけの科学 | 理化学研究所 (riken.jp)
あとまぁ、僕は泣いたらすぐに対応するって感じではなく10分~15分とかは泣かせといてもいいかなぁと思ってる派。あきちゃんはそう思ってないらしく、あやし対応格差が発生してるので、夫婦間で調整が必要になってくるかもしれない。
良い。というか付けるべき。赤ちゃんの泣き声直撃すると普通に耳悪くなると思う。健康被害抑えるためにも買うべき。あと、めちゃくちゃうるさいから精神衛生上も悪いから付けるべき。
ちなみに耳栓・イヤホンしてても余裕で泣き声聞こえる。多少泣き声がマシになる程度。
■ベビーベッド
うちは今、1LDKなのだが、寝る時間と場所を妻と僕とで分けているので、ベビーベッドを移動しやすいのは非常に良かった。僕が寝ている時は妻が寝てる寝室へ、妻が寝てるときは僕が寝てるリビングへって感じで動かしながら生活してる。
キャスターついてるの非常に良い。
後述するけど、1カ月間くらいは気づかなかったのだけど、向き癖があって、頭の形も歪んでたので、ベッドを動かしたりして、顔の向く方向を変えようとした時にキャスターついてると便利だった。
182cmだが、おむつを交換する時には中腰になるから腰が痛くなる。
ちなみに、妻は165cmだが、それでも痛くなったらしい。
■ガーゼ
・西松屋
・赤ちゃん本舗
まぁどちらが良いとかはない。どっちも普通に使える。西松屋の方がガシガシは擦らない方が良さそう。
■服はコンビ肌着か長肌着オンリーでOK!!(5/25生まれなので)
短肌着はいらないかなぁ。マストじゃない。短肌着使う時って、短肌着+上着を着せるときだけ。でもそれってただのお洒落のためだけ。親の自己満足。
でも可愛いよねー。外出する時くらいはお洒落したい人もいるのわかるし、貰った上着は使ってたりする!
■粉ミルク
近所のドラッグストアで買えるやつは大体こんな感じ。
産院で試供品的に300g2缶を貰った。こういう事してるから高いんだと思う。
・明治の「ほほえみ」:2,200円
赤ちゃんが飲んでくれないとか無いのであれば、もうね、和光堂の「はいはい」一択だと思う。
・雪印「ぴゅあ」は、サンプルを請求すると初回限定で1,200円くらいで買えるクーポンがもらえるから、発注する予定。
とりあえず、全部すんなり飲んでる。栄養の違いはほぼ無いと思われ。
ちなみに粉ミルクの缶は、ガーゼ入れになってたり、台所用品入れになってたり、活用されている。
缶のふちがちゃんと処理されてて、滑らかだから怪我とかしないし、使い良い。
ミルクを冷ますのは、タイマー使って、ボウルに水張って入れて冷やしてる。
100mlくらいだったら、真夏の今でも大体4分くらいで冷めるし、敢えて湯冷まし水とかは使わなくてもいいかなぁーって感じ。余分なお金かかるし。
タイマーはGoogleNestで計ってる。楽だからおススメ。アレクサでもいいと思う。アレクサ(echoshow5とか)は安い時は3,000円で買えるよ。おススメです。GoogleNestは安い時に5,000円で買った。
■哺乳瓶
とりあえず、安いの!って思って、
ピジョンのスリムタイプ120mlを1本買った。今のところ問題ないが、これからミルクの量が増えると容量が足りないから、最初から240mlを買う必要がでてきそう。(ちなみに、母乳と粉ミルクの混合育児にしてる)
電子レンジでやるやつとかあるけど、漬けるタイプの方が楽なような気もする。(レンジの奴使ったことないからわからんけど、便利なのかな?)
アイスクリームの空容器(2Lのやつ)にミルトン液を入れてキッチンに常備してる。
あと、哺乳瓶は1本で事足りてるわ。使ったら都度洗ってミルトンに漬けてる運用してる。
たまに洗うの忘れることあるけど、妻が母乳をあげてるタイミングで、洗ってミルトンに漬けるっていう感じでやってる。
あと、ミルトン液を捨てる時には、一旦ボウルに入れて台ふきとか突っ込んで、消毒して活用してる。
哺乳瓶の乳首用スポンジは、ピジョンから専用スポンジみたいなのが売られてるけど、高いし、すぐにダメになるしで、ダイソーで売ってる奴を使ってる。哺乳瓶用スポンジと乳首用スポンジのセットで100円!安い!!!!最高!!!!!!!ただし乳首の内側が奥まで洗えないのはちょっと気になる。
タイマーを使うだけのために買ってもいいと思う。アレクサのEchoshow5は安い時は3,000円なので、めちゃお得だと思う。
■おむつ
有名どころは全部試した。
アマゾン、西松屋、赤ちゃん本舗、ベビーザらスなどでもらえる試供品パックで、大体のおむつ試せた。
・メリーズ:90枚 1,180円
・パンパース:70枚 1,580円
・ムーニー:76枚 1,180円
・グーン:近所のドラッグストアに売ってなかったけど、ムーニーとかと同じ価格帯だと思う。
うちでは、まぁはっきり言ってどれも違いはなかった。
①赤ちゃんの肌にあうか?
②漏れるか?
③価格
で、①うちは全部もんだいなかった。②に関しては2か月の時点で違いはないと思う。③についてもあまり違いはないが、メリーズが安いことが多い。
なので、うちはメリーズを利用してる。
2か月間で、おむつ取換え中におしっこやうんちをされた事ないわ。
ちなみに、パンツタイプとテープタイプだと、僕はテープタイプがおすすめ。
おむつを取り替えるときに、テープタイプは、古いおむつを履かせたまま、新しいおむつ敷きこんでから、古いおむつを取ること出来て、おむつシート使わなくて済むから。
でも、パンツタイプの安心感もわかるから、まぁ好みなんだろうな。
普通に蓋つきのゴミ箱を使ってる。普通の燃えるゴミと一緒に突っ込んでる。特に不便は感じてない。臭いも今の所ない。
■おしりふきについて
・厚手タイプ:
①メリット:おしりが拭きやすい。うんちが貫通してくる感じが少ない(かと言って薄手タイプが貫通するわけではない)
②デメリット:高い。1枚で処理しきれなかった時に、かと言って2枚目があんまり汚れず結構きれいだった時に、無駄にしてしまったぁ!感が強い。
・薄手タイプ
①メリット:安い。枚数調整がしやすい。1枚無駄にしたって罪悪感が少ない。
②デメリット:比較的おしりが拭きにくい。水分量が少なくなっちゃうからうんち取りづらい時もある。(かと言って別に不便があるわけじゃない。)
なので、うちでは薄手タイプを使う感じになってる。
かなり助けられてる。
泣いてるときに、抱っこして泣き止んだら、ベッド直行だとまた泣き出す率が高かったけど、ベビーラックに置いて揺らすと、そのまま寝てくれることが多かった。良かったわー。
布団で転がりながら、足とかで揺らすと、両手があいてスマホとかタブレット使えるから、自分時間が作れてよい。
まぁベビーラックで泣き止まない時もあって、そういう時は、延々と抱っこして歩いた時もあった。
いつミルクあげたか、おむつ交換したかは、退院するタイミングでもらった育児記録ノートを使ってる。ぴよろぐとかいろんなアプリも入れてみたけど、アナログが一番楽だなってなった。
スマホ開いて、アプリ選んで、時間選択して、ミルク量入れてみたいなの、時間が掛かっちゃうし…。あと広告うざいしね。
ノートならバインダーに挟んでベビーベッドに掛けておいてすぐ書き込めるから、楽。
※AIスピーカーからぴよろぐ入力できるらしい。それはいいかも。ノートより良い説もある。
■みてね
親からのクソリプ問題については、はてブのホットエントリにも載ってたから知ってたのだけど、まさか自分の親からクソリプが来るとは思わなかったよ(笑)
まぁそこまで、酷いクソリプではなかったけど、1枚の写真や30秒そこそこの動画しかみれてないのに、アドバイスとかしてくんじゃねぇよってなった(笑)
■料理について
まぁ、僕が料理が好きだから、子供生まれる前と同じ感じで、料理はしてる。
■向き癖と頭の形について
最初の1カ月間で、向き癖とか頭の形とか全然意識してなかったのだけど、
いや、頭の形については、絶壁がーみたいなのは聞いたことはあったけど、ここまで形が変わるのかって思った。
今は、タオルを背中側に挟んだり、枕の高さを調整したり、あやす方向を調整しながら、向き癖をなおしてる。ちょっと良くなってきた。頭の形はまだいびつではある。
■お風呂について
友達から貰った、空気で膨らますタイプのベビーバスを使ってる。ありがてー!
キッチンシンクにベビーバスをセットして、沐浴させてる。ちなみにワンオペで対応できてる。
腰は痛いので、股を開いて調整してる。
あと、もう1カ月は過ぎたから、湯舟に入れてもいいらしいんだけど、
お風呂一緒にはいったら、服着せるのとか、めちゃめんどいから、まだキッチンで沐浴させてる。一緒に入るとしたらワンオペ無理じゃねって思ってる。
ベビーバスに入りきらなくなったら、一緒にお風呂に入るしかないかなと思ってる。
■ベビーカーについて
とりあえず、安いやつでいいから買おうってなって、AB型のやつを12,000円で買った。
不満は今の所ない。
2か月間で赤ちゃんと一緒に外出したの4回くらいしかない。しかも1時間の散歩程度。無理して外出する必要もないし、これだったら、ベビーカーAB型にする必要ないよなぁって思った。
けど、予防接種は必ず受けなきゃいけないし、数回は確定で外出はしなきゃいけないから、AB型よい選択だったかもしれん。
現状だと、歩道の勾配がきついと、ハンドルは取られる。ちょっとした段差も気になるっちゃ気になる。まぁこれから電車とか乗るようになったら、もう少し課題とか感じるようになるんだろうな。
■爪
はさみタイプの爪切りを使ってる。スタンダードなタイプな奴だと思う。僕がミルクをあげてる間にあきちゃんが切るってのが通常パターン。
ミルクあげてる時は、全然動かないから切りやすい。逆に通常時に切ろうとすると手をばたつかせて嫌がるから、難しい。
1か月くらいまでは、顔に爪でつけた傷が絶えなかった。ちなみに、爪を切ろうが切らまいが、顔に傷はつく。
最近は傷はつかないのだけど、傷がつかなくなったのは、顔をこすらなくなったのが大きいと思う。もしくは顔の皮膚が強くなってきたか。
ちなみに、爪切りは貝印(だったと思う)を西松屋で700円で買ったけど、ダイソーでも100円で売ってる。子育てグッズ買う時は、まずはダイソーをチェックした後、西松屋行くのが良い。
今年で終了してしまうらしい。
とりあえず今年分の80万円分の枠は使い切ろうと思ってる。全世界インデックスかなぁ。個別株買って博打しても楽しいかもしれないが…。
家に常にいるから、稼働させるとうるさいし、邪魔だし、時間がかかるしで使ってない。
コードレス掃除機で気になったタイミングで掃除するってのが良い。
仕事してた時は活用してたけどね。あとは週末とか出かけたタイミングで使ってた。
・結婚した時に買ったルンバ 606:2万くらいだったと思う。
めちゃ良い。置き型の食洗器使ってる。賃貸でも使えるが良い。容量は小さいけど2人の一日分はほぼ収納できる。まぁただ、全部は納まりきれなくてちょろっと手洗いしなきゃいけない食器も出てくる。
■洗濯
2日に1回くらいの頻度でやってる。赤ちゃんきてから頻度は増えた。2人だったときは週2回だった。
・鼻水吸い
・哺乳瓶、乳首洗い用スポンジ
・おしりふきの蓋
買えばよかったもの
■資格
・第2種電気工事士は取れたと思う。(結果発表は8/14だけど)
・消防設備士を取る予定。
※今後ここには資格取れたら増やしていく。
・マクロレンズがあると、赤ちゃんのパーツの接写ができてよい。細かい所とか変化がわかるの楽しい。
■まとめ
赤ちゃんが6時間くらいは1人で眠ってくれないと、ワンオペ育児は厳しいと思う。
やっぱ睡眠時間ってすごい重要で、眠れないとストレス大きいもんな。
あと泣きまくられた時に、きつくなったらバトンパスして耳栓(もしくはイヤホン)して別の部屋いけば、完全に気にならないから、ゆっくり眠るなり、TVみるなり、はてブするなりできる。このゆとりが非常に重要。
【ビッグモーター】「店長に生殺与奪権を与える」朝礼で毎日…いびつな“企業風土“ 店長が「ぶっ殺すぞ!」と“罵倒LINE”も
それが上からの指示とは言ってないんだよな。
いや厳しいノルマじゃないでしょ。できないだけじゃん。
店長だったらパンツで出るな。背広でガチっと決められない時点でだめじゃんか。
実態が出なかったのはお前に問題があったからとしか言いようがない。
@user-sm5fb3tl7l
1 day ago
ビッグモーターで真面目に働いてきた社員の方には勇気を持って辞められて新しい職場を見つけて心機一転で再出発してほしいと切に願う🙏
とりあえずおつかれ
試験も、勉強してた1年間も、どっちも大変し、できるかぎり頑張った。
でも、多分今年もダメだと思う。
試験はそもそも適切な解決ができなかった、論点の記述が不十分だった、考えやその道筋を上手く書けなかった。思うところは色々あるけど総じてうまくいかなかった。
めちゃくちゃ悔しくて多分、今が一番後悔の気持ちが強いだろうから今の気持ちをとりあえず文章として書き出してみようと思う。
冷静じゃないし正しいかどうかはわからないけど今のそのままの気持ちとして。
文章に吐き出してスッキリして、それで片付けちゃだめだぞ。何回も思い返して心に刻んで、そんでまた頑張れ。来年は絶対に受かろう。
司法試験は前に一度受けた。
院しかしらず試験を受けたから自分が全然できなくてきつかった。
だから1年は家で復習したら思い出すし定着もすると思ってた。
自分なりに適度に勉強して少しずつできるようになってる気がした。
成績が良くないのはもちろん、添削のコメントに出来が不十分なのではなく、そもそも答案としておかしいという趣旨のことが書かれていた。
しっかり絶望した。
勉強しようと思ってもこれまでの方法ではダメだってことばかりが浮かんで集中できなかった。
このままでは落ちると思うとずっと怖かった。
周りの人と差がどんどん広がる。一人取り残される。
そんなことばっかり考えて試験を迎えた。
①短答式
民法の問題はごちゃごちゃしたしてる。冷静に考えればわかる問題も試験会場でやったらすんなりいかない。
家で合格点とれるかなレベルじゃ全然ダメ。もっとスラスラと出てくるようにしなきゃ。考えてたら間に合わなかった。
特に憲法は論文で問われない範囲や事案に則した細かい判例の構造、言い回しが重要なのにあいまいな理解でわからなかった。
統治分野については全くと言ってもいいほどわからなかった。他の法律とちょっと違うから感覚が通用しなかった。
刑法は対立する自身がとらない学説について理解が不十分で思い出す時間が無駄だった。
②論述
必要ないことまで書いたせいで無駄に時間がかかって、結局いびつな解答になってしまった。
これは3つ理由があると思う。
1つ目は論点に対する知識自体が偏っていて、その結果として答案のバランスも崩れてる
結果的に、問題の事案について不十分な検討のまま、知ってることを一方的に吐き出すだけの答案になってしまった。
他にも単純に論点についての知識が不十分だったから正確に解決できない部分があったり、条文に引き付けて記述できなかった。
もう少し勉強してたら出来たところがいっぱいあった。
もっとやればよかった。
くやしいんだけどもう遅い。
全部終わってる。
これまではわからない論点をただ覚えて理解してる気になっていた。
ちょっとばかし論点を知ってるだけで勉強した、わかってる、そんな気になってた。
はずかしい。全然足りない。
問題を解くためのには事案の分析して、結論までの道筋立て、そこで問題になり得る点を判例の考えに当てはめて解決しなくちゃいけない。
自分は頭が良くないから事案の分析には十分時間を使いたい。そのためには判例の知識をいつでも素早く引き出せなきゃいけない。
道筋を立てるのも苦手だから事例の答案例の流れを見て、実際に手を動かして染みつかせるしかない。
判例の事案を覚えて検討・解決の手順のバリエーションをストックするのも必要。
・今年やること
まずは、まだまだ足りない判例や学説の知識を正確に抑えて素早く正確に引き出せるようにならないとだめ。
判例なら事案の内容、解決へ流れの把握、問題点とその判断方法の理解。
このときの理解は判例の言葉の意味と論理をしっかりと抑えること。それがスラスラ出てくるようにすること。
これは学説も同じで言葉や概念を正確にとらえ問題点についてそれらの概念を扱って論理な思考回路をスラスラと追えるようにする。
学説の場合には対立する説も同じように理解するべきだし、両説の異同、とくに結論の違いの把握は必須。
次にそれらの個別化された論点や理論が検討すべき異なる事例においてどのように適用されるか使い方を自分の頭で考えて、手を動かす。
そうじゃないと実際の問題解決に役立たない別に事例、もしくは抽象的な話しかできなくなる。
これは頭が良くない自分にとって一番重要というか難易度が高いように感じる。
・今の気持ち
やることは概念を正確に理解して問題の解き方を学んで、自分でも使えるようにする。より速く正確に。
なんだか書いてたら結局は勉強の当たり前のことばっかりになってしまった。
試験を受ける前も試験を受けてるときもどうしようもなく苦しかった。
でも試験前のどうにもできない、何もできない苦しみは少し減った。
うまくいくかわからないけどやってみようを思えることは出てきた。
ちょっと前向きにはなった。
来年の試験までは今年と同じような道を歩まないようにここに書いておく。
途中から思いつくまま書いててよくわかんなくなった。
この辺が頭の悪さを表してる。
文章もスッキリしてまとまったのなら、気持ちもやることもスッキリして頑張れてることを期待する。
たくさん読んでくれて嬉しい。元は友人とのTwitterDMが下書きになっていて雑な文章だから申し訳ない。なので以下、こちらの意図が伝わってないコメントに返す。
・この物語の各パーツ・キャラを現状のジブリのメタファとする解釈はこの児童文学作品を矮小化していると思う。あまり好きではない
→全く同意見で、書いた通り普段はテクスト的に解釈するのが好きです。矮小化されてしまってるのもそうなので、これだけが「正解」だとは微塵も思ってないし書いた通り自信はない。今回は宮崎駿の最後の作品、って思いが自分に強すぎて作家周辺の解釈がまず出たのだと自己分析している。作品そのものの解釈は海燕さん他書いているのがよかった。
→お前みたいなやつがいちばんダメ。観ろ。観ずになるほどすんな。
・一般向けではないというけど、次世代へのバトンや家族の話って極めて普遍的で、ジブリや宮崎駿のことを知らなくとも皆それぞれ自分の物語を重ね合わせて見ることができる作品だと思うよ
→この辺りは宮崎駿は自己言及と普遍的テーマを重ねて両輪でやっている気はする。
・あの作品の登場人物を実在のジブリ周りの人物に置き換える読み方はわかるけど非常に下品だと思っているので、する人を否定はしないけど、それが正解だと言って押しつけたりする風潮にならなきゃいいなと思っている。
→おおむね同意見で、自分もホッテントリに上がったことが押し付け風潮の一助になるのは避けたい。作家論は作家論でしかないし、それは基本的に狭い解釈になってしまうから、「正解」ではない。ただ言葉遣いとして、この人が作家論を「下品」としているのは、なんというか令和だなぁと思った。
前半はまぁ、とりあえず置いておいた撒き餌みたいな稚拙な解釈なので、「正解」ではありません。(一貫性の形成願望をとりあえず満たしておくために書いた、と思って欲しい)
むしろ、この作品は唯一解を求めたがることも含めた後知恵的な意味よりも、もっとプリミティブな意味を伝えようとする作品だと思います。だから自分の感想の本質は後半です。そこのところ言葉足らずだったみたい。
追記ここまで
初日に見に行って、いろいろ考えつつ見たが、たぶんほとんどの人が「意味わからん(けどジブリっぽくて面白い!)」ってなるやつだと思ったので、自分なりの考えを書いてみる。ちなみに全然自信はない(その理由は最後に書く)
見た人の多くは、ラストにかけてのメインストーリーラインがよくわかんねえとなると思うけど、同時に物語にいくつもの象徴や比喩が込められていることも、なんとなく察すると思う。
個人的な結論を先に書く。(自分は普段はテクスト論的に物語を読むのが好きなのだが、作家論としてこの作品が見えた。)
まず、内容で感じたのはセルフオマージュの多さ。「紅の豚」の死出の飛行機葬列が海の船になったり、ハウルの泥の人形が殺生できない住人になったり。老人の描き方はジブリの各種キャラを思わせたり。
オマージュ元には特にトトロが印象に残るように思って、抜け道や森から出た暗がりの風とか、ワラワラとか、宮崎駿はトトロ気に入ってたんやなと思わせた。まあワラワラは鈴木敏夫の入れ知恵な気もするし、観客へのサービスって感じかな。
そしてここから感じたのは、宮崎駿の人生が細かく千切られ散りばめられてるということ。
ていうことで、物語の根幹と宮崎駿の人生に準えてラストで明かされる物語の根幹をよんでみる。やっぱりラストについては大事だよな。
結論から書けば、空から降ってきた大岩は宮崎駿の才能、ギフト。宮崎駿は大叔父でありあの世界は宮崎駿によって作られた作品の集合でジブリそのもの。その血を引く主人公は宮崎吾朗や孫だと思われる。ただし、内面は宮崎駿が投影されていて二重のモデルがいる主人公になっている。駿はジブリを継いで欲しかったが、吾郎は拒否した。ジブリは駿の引退宣言とともに崩壊して、皆それぞれの暮らしにもどった。端的に言えば、それら経緯への駿の内面の告白、なんだと思う。つまり、スタジオジブリ(と駿)のために作られた物語なんだと思っている。
昔。降って湧いた才能に取り込まれた駿は、作品の世界から出なくなった(家庭を顧みなかったりしたんだろう)。そして世界の創造に励み、海や森の美しいファンタジー世界と、ユーモラスで残酷な鳥に代表される多くの愛すべきキャラクターを生み出した。
時々挟まれた、大岩が怒ってるとか。あれは才能から来る作品へのこだわり、そこから発される憤怒なんだろうな。時々駿キレてたし。
ただ、老いてきた。積み木を重ねられなくなった。積み木を安定させることも苦労するようになった。だからこの世界・ジブリの後継者を探して、館に主人公ら血族を引き寄せ始めた。(この辺りの傍迷惑さについての自覚が、人生を総括し始めた老境の駿らしい感じがする)
関係ないけど、インコの王は唯一宮崎駿に謁見できて最後に世界ぶっ壊したし、たぶん鈴木敏夫なんだろうなと思う笑
そして物語のラストで吾郎はジブリを継ぐのを拒否し、焦ってしゃしゃり出た鈴木敏夫がぶっ壊してジブリは崩壊した。でもそれを受け入れて?(この表現は適切じゃないかも。ただ眺めて?)老兵は去る、ってことを、ラストで宮崎駿は表したかったのだと思う。
総じて、人生全体を眺めて、ある程度中立的に感情も整理しながら、比喩的な物語と人物に落とし込んだ。そして達人のアニメーションで、それが分からなくとも万人が楽しめる2時間にした。
主人公が、みずから頭を傷つけて、それを最後の最後に告白し、汚れているから自分は継げないとジブリ世襲を拒否するシーン。
あれはなんかほんとに個人的な事件が、駿や吾郎にあるんかなて感じもするけど。いずれにせよ、今まで子どもをイノセントに描いた宮崎駿が、この主人公にはドロドロしたものを罪悪感と共に植え付けているのは、自身や自分の子どもみたいな、客観的に見られないし理想化もできない存在としてマヒトを描いているんだと思う。そしてそれが「真の人」って名前なのが、正直な曝け出しなのかなって感じさせる。
でもここは、ちょっと未整理。
まあたぶんに一義的な狭苦しい解釈なんやけど、とりあえずここまでは言語化できた。
ただ、ここまでこうして書いた考察について、正直自信がないというか、こうして作品が言語化されることを拒否している作品である、ということことを、作品を見ている最中からずっと感じてきていた。
子供のころからジブリ作品を見て、宮崎駿のひねくれた人物像も知ってるから、この作品は明らかに異質だとわかる。観客へのサービス(配慮)が欠けている。
はっきり言って、一般向けではない。大衆、子供に映画を作ってきた宮崎駿やジブリは、今までこんな映画を作ったことがない。上記のような一応に意味の通る解釈を自力でできる人間はとりあえずいいが、そういうことをしない人が圧倒的多数で、それが大衆なのだ。だから、今回のような、作品の展開の速さや密度、抽象度の高い映画は、一般向けとは言えない。自分が見た初日夕方の回は平日なのにほぼ満員で、しかし上映終了後のほぼ全員がタヌキに化かされたような顔をみんなしていたぞ。(正直自分もそんな気持ちだったので笑えた)
しかし、ここでそれを鑑みても面白いのが、この作品の「面白さ」は皆が感じているらしいということだ。
そして、これと同時に、自分のような批評する目線で映画を見る者は、それはそれで大衆客と別な側面で拒まれている気がした。何か見る者の賢しい批評を拒んでいるように感じた。
以下に、その理由を書く。自分の感想としての本質はむしろこっちだ。言語化しづらいのだが、見た人にはなんとか伝わるように書くと
となる。
例えば、食事のほおばり方。たとえば、黙ってうつむく表情。たとえば、真人がうそをつくときの顔。みんな圧倒的に生き物らしい。生命力を感じる。みんないびつで、あいくるしい。(カワンゴがお説教されたアレとは本当に真逆な、きわめて何か、生命に対する賛美を感じます)
これらすべてが、芝居をしている。客に直接的な理解を与える。この人物の感情や、物語における人物の立ち位置(正しい方向かどうか)など。あらゆる情報を、言語での理解を超越して、身体的・ダイレクトに観客へ伝わる。
作劇のうまさや間の取り方、ちょっとした身のこなしや振る舞いの描き方。それらすべてがアニメーションなのに自然で、本当にほれぼれする。達人のアニメーションは今でも健在だし、それはスタジオポロックみたいなのにもマネできてない駿の達人技だと思う。
で、それらの生理的な表現が今作で上げる最大の効果は「生理的な感覚として、見る者に言語の範囲外で意味を伝える」ことだと思う。
(自分は新海誠の映画が昔から好きなのだが、新海誠が「星を追う子ども」でやりたがって、でも全然できなかったようなことを、中盤くらいまでで軽々と全部やり尽くして、更に塗り替えていったような印象が途中した。)
はっきり言って、中盤以降は物語のテンポが速すぎて情報量も多すぎて、物語が何を表現しているのかまったくわからないし考える余裕もなく、何もかもを押し付けられていくだけのように感じるのだが、いち観客として言えば、作劇がうますぎてずっと楽しくて画面にずっと惹き寄せられたままで、一ミリの退屈もなく最後まで面白かった。作品が何を言いたいのか理解できねぇのにコレなのまじ意味わかんねぇ。ユーモアと人物の芝居とテンポと心地よさとその他あらゆる作劇でずっと作品世界へ惹き寄せ続けるの、冷静に考えてすごすぎる。
理解として言えば、言語の範囲外で生理的に伝わってこようとする情報が、最速で理解できる。だから理性で作品に好悪を判断つけたくても、生理的な理解が先に面白さを伝えていて、判断を保留し、物語が表す「意味」が分からない気持ち悪さをいったんわきに置く(打ち消す、わけではないのもポイント)
たまたま映画見る前に考えてたのが、美輪明宏のモロの演技や紅白のヨイトマケの唄なんだけど、あれもなんか、生理的に分からされる凄みがあるよな。あれと同質の、生理に訴えかけてくる理解が、この作品の全体にあった。
だから意味深がセリフが物語上の「意味」として理解できなくても、なんとなくわかっちゃうわけ。ああ、「そういうふうに」感じてるんだなぁ、って。
自分が書いたものも含め、なんか色々考察とか出てくると思うんだけど、この作品に関して自分はもうそんなのに大した意味を感じていない。いや言葉で説明することは俺も試みたと思うんだけど、そういった理解や「意味」は後からやってくるものであって、それより先にあるこの一次的な身体的感触の強さが、現在進行する映画鑑賞の今、圧倒的な作品だった。肌感覚で腹の底から湧き上がる力強さは、言語的理解を拒否して圧倒する。そんなプリミティブさ。
プリミティブな、といえばものすごく情報量が少ないように感じられるかもしれないけれど、ただそこで言う「情報量」ってつまりキロバイト的な情報の多寡でしかなくて、生理的な質感や圧倒的な情報の圧が含まれてない。この作品はそういった生理的な質感や圧、すごみをもってして最後まで観客をエンターテインする作品だった。面白さが言語の範囲外で生理的に伝わってこようとするんだよな。
「語り得ないことに関しては、沈黙せねばならない」という言葉があるけれど、宮崎駿は言語で語りえないことを語れる。対して、自分たち観客は語れないが、しかし生理的に理解している。
自分が最初の考察に意味を感じない、といったのは、考察の当たり外れよりも「こんな小賢しい考察なんぞしてんじゃねー」的なギルティ感覚がするからだ。賢しらぶってることが怒られそう。それこそ、宮崎駿に叱られるカワンゴみたいな、「意味」や思考の中だけに生きて現実に生きる生命を見ようとしていないと叱られている気が(これは完全に自分の勝手な感覚なのだが)する。強いて言えばそれが、本作のタイトルのごとく自分に突き付けられたお説教だったかもしれない。
一般には訳が分からなくてもいいし、読み解く材料も与えないし、理解されなくても面白くしなんか感覚的には伝わるでしょ?みたいな感じが、ただ壁を感じるし、見る人は選ぶと思う。ジブリ作品に壁を作ったことって今まであんまりないと思うんだけど、たぶん風立ちぬで少しやって、「あ、好きにやってもいいんだ」みたいなのを、それこそ庵野秀明とエヴァから知ったんじゃねーかwみたいな気もしていて、そして老境にさしかかりジブリの崩壊を見ながら、いろいろなことを感じ考えながら職人芸ですべて盛り込んだのが今回の作品なんだと思った。だから、一部の人の批評や感想、特に老人の走馬灯とかボケたとかみたいなのには全く賛成できない。
https://toyokeizai.net/articles/-/659824?page=2
あかりは小学校時代から成績優秀で、母親の妙子は娘のあかりを医師にしたいと考え、それも国公立の大学医学部に入学させたいという強い希望を持っていた。あかりも期待に応えようと勉強を続け、医学部受験を目指していた。
あかりは二〇〇五年に県内のキリスト教系進学校を卒業し、母の希望通り医学部を目指して受験を繰り返したが果たせず、二〇一四年に医科大学の看護学科に進学した。その間、なんと九年もの浪人生活を送っていたことも明らかになった。
母が娘に医学部受験を強要し、9年間も浪人させた。その事実は異常な学歴信仰や、いびつな親子関係を想像させる。近年、親が子どもに過度な期待をかけて勉強させ、成績が上がらないと暴言や暴力を加える「教育虐待」という言葉が知られるようになったが、あかりの母の厳しさは熾烈だった。
渾身のデートの誘いをさらりと流され早数日、今日も今日とて飲酒しながら日記を書き連ねる。
近ごろ忙しいのと、散々っぱら書いているように恋の失敗があり、悪天候も重なり、とにかく精神状態が悪い。しばらく使わずに済んでいた頓服を夕方ごろ飲んだ。胸の中に雨雲のようなものがある。重たくて苦しい。ああ、しばらく人生上手くいってたのにな。
月一で心療内科に通っているが、最近は特段医師に相談したいようなこともなく、先々月から減薬が出来ていた。主治医との相性はすこぶる良い。
先生は私の様子を真摯に聞き、しっかりと同意を取ったうえで処方をコントロールしてくれる。
精神医学が未発達な時代に生まれていたら、私はいまごろ座敷牢の鉄格子を掴んでいただろうから、つねづね現代医学には感謝している所だ。
だがこの調子では、減薬の努力も虚しく、ふたたび処方を増やしていただくほかないだろう。
少し上手くいっていた(ように思い込んでいた)男性に軽くあしらわれた位で、ハルマゲドン前夜のような絶望ぶり、我ながら滑稽である。
しかし誓って言うが私は今回の件に限って悲しんでいるのではない。
むしろ今回の件は、大きな大きなコンプレックスが噴出してくる小さな切っ掛けにすぎなかったと思う。
私は幸福ながら、今まで自らのコンプレックスというものに気付いて来なかった、というより見て見ぬふりをしてきたのけれど、よく考えてみれば、私はとても長い間、男性に愛されない=容姿や性格に魅力がない ことに深い悲しみを覚えていた。
驕りかもしれないが、勉強も仕事も人付き合いも、並み以上には出来る、という自負がある。周囲の人や環境に恵まれた部分が大きいものの、やはり自分自身で努力はしてきたつもりだ。その点に関して私は概ね満足するし、卑屈にならない。
天地がひっくりかえっても、人様に認めてもらえるとは思われない。お洒落は嫌いではないし、日ごろメイクも髪も整えるが、どれほど着飾ったとして男の人のお眼鏡には適うはずがない。
思い返してみると、中学校のころには、無意識の中にこのような考えがあった。
何故これほどまでに自己評価がいびつになってしまったのかは分からない。きっと原因があるのだが、今はそこまで思い至らない。
異性に対してあまりに卑屈がゆえに、好きな人から袖にされて、悲しいより先に、「ああ、やっぱり」と妙に腑に落ちた感じがしてしまった。
それが、堪らないほど辛く、虚しい。
私を選んでよと駄々を捏ねてみたかった。もう少し早く出会っていればと悔やめる女性でいたかった。
いずれにせよ手に入らないと諦めているから、そんな感情も湧いてこない。ただ、泥のような自己嫌悪の中に寝転がっている。
こんな思いはいつまで続くのだろうか。
以前の日記にコメントをくださった方々、ありがとうございました。失礼な表現かもしれませんが、まさに心のこもった叱咤激励、と思いました。お言葉しかと受け止めます。
ゲームやってて一番虚しい瞬間って何かと聞かれたら迷わず「ボタン連打」と答える。
連打しないで済むようにうまく工夫してあるゲームももちろんあるのだけど、いつになってもそれが共通認識になっていかないことが不思議でしょうがない。
アクションゲームとか、画面の中でどれだけキャラクターがスタイリッシュに立ち回っていても、画面の外に目を向ければ猿のように親指でボタンを連打している自分がいる。
このギャップが開けば開くほど虚しくなるしゲームそのものに対して萎える。
なので、基本的には連射機能がついていないコントローラー以外は使わないのだけど、そうなると今度は長押しを求められてキれそうになる。
ひどいのはメトロイド。
通常ステージでも基本的に連射したまま走り続けたほうが敵に邪魔されなくて効率がよいし、QTEでもミサイルを連続で打ち込む時に連打が必須になっている。
なのに突然ボタン長押しによる溜め撃ちを攻略として要求されたりして、その都度操作が止まってテンポがめちゃくちゃに悪くなる。
お前はこのゲームをプレイさせる上で、一体何割の時間連打をさせ続け無いと気がすまないというのか。
それなので最近は背面ボタンがついているコントローラーを使って、連打が必要なボタンをアサインして長押しできるようにしてあるのだけども、これって俺がしなきゃいけない苦労なのおかしくない?
勘違いしてほしくないのは、標準コントローラーに連射機能をつけろと言っているわけではないということ。
券売機でも自販機でも、とにかくなんでもいいけど、ボタンを連打している人がいたらどう思う。
せっかちで落ち着きのない猿としか思わんでしょ。
それくらいボタン連打というのは動物的で理性のない行動の典型なのよ。
なのに、ゲームの世界ではそれが作り手側からあたりまえのように求められているというのは、やっぱりどう考えてもおかしい。
だからといって、連打したくない人に連射機能付きコントローラーが売られていることも、長押しと併用できるように背面ボタンが用意されていることも、どう考えてもいびつ。
そういう本能むき出しで猿のようにボタンを叩き続けることが好きな人を否定するつもりはないけど、それならそれでゲーム側にもそろそろボタン連打の必要性に対する注意書きをつけてほしい。
「このゲームには感情的にボタンを連打する必要があるシーンが含まれています」
今古賀翔というジム経営者、パワーリフター、ボディメイカーがボディメイクの世界では170cm以上は基本、人権がないという話をネタで上げたら思った以上に炎上した。
でも、現実問題としてボディメイクの世界で170cmよりデカい奴はほとんど人権がない。
3位の木澤大祐が170cm
横川尚隆→170cm
田代誠→164cm
鈴木雅→167cm
合戸孝二→164cm
加藤直之→161cm
坂本陽斗→169cm
筋トレでつく筋肉量は身長、フレームの大きさにほとんど比例しない。
つまり50kgの筋肉を身に着ける努力は身長が160cmのホビットでも
その上で、
身長が高くなる=胴体四肢が長くなる=同じ筋量でも分布が広くなる=一か所につく筋肉が薄くなる
よって身長がデカくなればなるほど同じ筋量を搭載していても筋肉が小さく見える。
ちなみにオリンピアの選手はバンバン薬打ちまくって鬼のように筋量を搭載しているので
逆に身長が小さすぎると筋肉がいびつに見えるのである程度の高身長の人が多い。
ロニー・コールマンは180cmあるし、シュワちゃんも全盛期は183cmくらいあった。
分布を考慮してないとかいう話をしてる中でまさか全員満点なんていびつな分布を想定するとは驚きだが、通常考えられる普通の分布であれば中央値以上とそれより下に50%ずつ分かれるものだし、
仮に難癖みたいなアホみたいな設定だったとしても成り立ってるんだから、難癖ついてる/ついてないどっちの設定でも常に正しいじゃんっていう話なんだけど
そこに疑義の入る余地なくない?間違ってんの?うだうだ言い訳したり幼稚園児みたいなチャチャ入れてないで、間違ってるなら間違ってるで、反論するなら反論するでどこが間違ってんのか/反論したいのかはっきり書いてくれない?
もう一回書くけどさ
どうしても難癖つけたいアホが足りない脳みそで頑張って考えた難癖みたいな設定を採用してさえ正しいじゃんっていう当たり前のこと言ってるだけなんだけど君には難しかったかもしれないね
実際温水プール(水着着用)と温泉が一緒になってる温泉施設はすでに国内にけっこうたくさんあるんだよ
うちゆや家族風呂(プライバシーが守れる)と大浴場が選べるとこならもうビジネスホテル以外ほぼ全部だろう
ただ虹色の人(口だけ出す無責任な子供)がネット界隈に多すぎるだけ
あいてにしなきゃいいんだがなんかうれしそうに小銭稼ぎのネタにするインチキなネット文化人が多いだけだ
あたりまえのことをくりかえし当たり前のように言い続ける消耗戦につかれて
教師もまともな社会人もつぶれそうになってるのがこの国の病気だよな
ここでファッションについて書き込むと物凄い憎しみのこもった反応がある。
しかしその人がファッションに無関心ならそれはおかしい。興味がないなら「ふーん。俺は関係ないや」で流せばいいはずだ。
なぜそんな負の感情が発生してしまうかというと、本当は、自分もオシャレになりたいからだ。自分も、自分の着たい服を着てそれを褒められたいのだ。
それができないコンプレックスを刺激されるので過剰に反応してしまう。
この「本当はオシャレになりたいけど、そんなこと望んでいないと言う」というのは自分自身に嘘をついてることになる。
変な姿勢でいると体のあちこちが歪んだり固まったりするけど、人間の心も不安定なままでいると同じようにいびつに変形してしまう。
ファッションに無関心を装ってる問題は、心の健康を害して、偏屈な人間になってしまうことだ。
「たかが服」と思うかもしれない。でもそのたかが服の話題で激高してしまう人がここには多くいる。
自分自身に嘘を付き続けると、人としてのありように悪影響があるのだ。
ボクサーを撲殺したのは僕さ
これから満で数つけるわ
ナンを何枚も食べるのなんて、なんでもないよ
新患の新幹線に関する新刊に新館を立てて震撼し信管が作動する。
ケニアに行ったら生贄や
柑橘類の香りに歓喜し、換気を喚起したが乾季が訪れたので、寒気がした。
塗装を落とそうか。
観光客がフイルムに感光させた写真を刊行することが慣行になった。
サボってサボタージュ
景気が良くなりケーキを食べる契機を伺う徳川慶喜(とくがわけいき)
夫を成敗するオットセイ
つまらない妻の話
竹の丈は高ぇなー
餅を用いて持ち上げる
ロストしたローストビーフ
サボテンの植え替えサボってんな
過度な稼働は可動範囲を狭める
伯爵が博士の拍手に拍車をかけて迫真の爆死をし白寿の白人を白紙にもどす。
紅葉を見て高揚する
甲子園で講師をする公私混同した孔子の実力行使には格子窓も耐えられない。
死んでんのか?「心電図を取ってみよう!」
夜祭で野菜を食べる。
信玄餅を食べながら震源を特定するように進言する新元素を発見した人。
蜂の巣(honeycomb)を見てはにかむ
五反田で地団駄を踏む
ようやく要約が終わった
海溝で邂逅
豪華な業
甲板で甲板をかじる
甲板で乾パンをかじる
店頭で転倒
大枚をはたいてタイ米を買う
醤油をかける人「えっっ?」
神田でした噛んだ
少食な小職
牛の胆嚢の味を堪能する
あの娘にはどう告っても(どうこくっても)慟哭する結果に終わるだろう。
キーンという高音の起因が掴めない。
こんな誤謬は秒でわかるだろ
壊疽した箇所が治るというのは絵空事だ
経口補酔液
痴的好奇心
セントーサ島に行くのは正恩が先頭さ
軽微な警備
冬眠する島民
ベットは別途用意してください
The deserted desert in desert desert.
九尾のキュービズム
罹災者へのリサイタル
画家の画架
不納が富農になるのは不能だ
理工がRICOHに利口な履行
I sensed tha it is in a sense sense.
私はそれをある面では扇子だと感じた。
鯖を食べている人と、それを見ている人の会話
鯖 ça va?
ça va 鯖
ça va
ゆめゆめゆめをみるわけにはいけない
早漏で候
凪に難儀
東上線に搭乗した東條が登場
高校を後攻で煌々と口腔で孝行
蝉が転んでセミコロン
道徳をどう説く
写真はフォトんど撮りません
ダリ「絵ぇかくのだりぃなあ」
華美な花瓶のカビに過敏に反応
檻に入っておりいった話をする
夏のおサマー
夜は寝ナイト
渦中のカチューム
渦中のカチューシャ
リスボンでリスがborn
どうないはどないなってんねん
苫小牧でてんてこ舞い
市内を復旧しないと
石狩の石を借りる
おが置いてあるのを見た人「おはおっかねぇーから置かねぇ方がいいぞ」
砂がどしゃーw
東上線に登場した東條が登場
飽きない商い
おなか吹田市
観劇で感激する
側転に挑戦し即、転倒
別件を瞥見
凹地のお家
魚を初めてみた人「うぉー」
カラヤンの頭の空やーんw
豚をぶった仏陀
只見線をタダ見w
菊名でそんなこと聞くなよ
五秒で死んで御廟に埋葬
がらんとした伽藍
有給を使いすぎて悠久の時が流れた
長谷に想いを馳せる
Thinkerの真価
不具の河豚
暗記のanxious
半世紀にわたる半生での藩政を反省
タンチョウが単調増加
ショック死内親王w
カルカッタの石軽かった
天皇のこと知ってんのー
蒋介石を紹介した商会を照会した商會の船で哨戒する
其方のソナタ
先王に洗脳される
防潮堤で膨張した傍聴人
砂漠で鯖食う鯖を裁く
筒に入った膵島
サイコロを使った心理テスト(psychological test)
カラシニコフが辛子個踏んだ
皇帝の高弟が公邸の校庭の高低差を肯定する工程に拘泥した記録を校訂
にようかで酔うか?
うるさい人が売るサイ
どんなもんだい、を、どんなムンバイ、と言い間違える人
透徹した饕餮の眼球
チャカで茶菓を破壊
slimyなすり身
ゆうほど広くない遊歩道
いにしえのイニシエーション
コーランをご高覧ください
K殻の傾角を測定する計画
協賛した共産党員に強酸をかける
負けたのは聖者の静寂のせいじゃ
裏地見るウラジミール
カミオカンデの上に紙置かんでw
県大会がおわり倦怠感を感じる
夕暮れのユーグレナ
ストライキをする公務員に呼びかける人「 Stay calm(公務)」
エド・はるみの穢
祭壇を裁断
腐卵ダースの犬
全然人が集まらないクラブの人「参加数人は我々の十八番ですから。だけに。」
四苦fuck
都バスが人を跳ね飛ばす
怒るカロテン「なにカロテンねん」
嫌がる慰安婦「いやんっ」
かえるがえる帰る蛙
沈厳な青梗菜
トリコロールの虜
布陣を組む夫人
栗けっとばすクリケット🦗
婉容と遠洋漁業
アマルガムで余るガム
ハラスメントの疑いを晴らす
滋賀を書けない人を歯牙にも掛けない
他意はないタイ人の鯛の態度
鯛が蛇足
ダジャレではない↑
割と面白い
ハラッパーの原っぱ
紫に関して思案を巡らす
Huluが夏の風物詩だと思っている人「Huluですなぁ」(風流)
下調べのムニエル
わからないので
意味ない諱
よく分からんリポーター「うわぁ〜美味しそうですね!少なくとも不味そうには全く見えません!」
どうしても下がりたくない人「黄色い線の内側は、境界を含みますか??」
計算ができない人
着ていく服を決めた高橋是清「これ着よ」
enough、enoughは工夫がenough
負け負け山(カチカチ山)
薬師丸せま子
トーマス・マンの書いたふるさと「うさぎ〜おーいし、魔の山〜♫」
その心は
焼結が猖獗を極める
これはstaleだから捨てるか
衒学的な弦楽を減額
完全な勧善懲悪
イボ人の疣痔
イブに慰撫
(訳 ぬるぬるしてるありふれた魚)
盲いるのに飯いるの?
アーヘンで阿片を吸った人「あー変」
毒吐く独白
明借りるアスカリ(車)
丁寧な砂浜「Could you九里浜」
ゴーンと奉公
その心は
サンクチュアリに山窟あり
熟れたウレタンは売れたんか?
清澄な声調を静聴し成長
プエルトリコで増える虜
象さんを増産
兄弟が今die
Dose heで始まる疑問文に答える京都人、Yea, he どす
ソフィカルのソロカル
美人局に筒持たせる
十把一絡あげ
篤信な特進が涜神を得心
これは何という植物かな?ムユウジュでは?あそっか、なるほど。
クートゥを食うとぅいいよ
マイソールで昧爽に埋葬
ドクサは毒さ
暗殺で朝死んだ
クラシックについて語る人をそしる人「弦楽なんてペダンチックだなあ」
凛々しいリリシズム
衛生的な俳人
御髪も亂とはオクシモロンだ
コロナ後の世界を分析する学問→postcoronialism
影響が色濃いイロコイ諸族
あてのあてないアテナイ
https://anond.hatelabo.jp/20230115203346
『大怪獣のあとしまつ』と『シン・ウルトラマン』を見て、後者より前者の方が好きだった人間です。
なにが好きかと言われれば、内輪で社会の上層部が枝葉末節に囚われ下品なことに汲々としている中
一般人はそのしりぬぐいをさせられ辛酸をなめるという社会のひずみがちゃんと描かれていたことなんですよね。
怪獣処理のためダムを決壊させる場面でも「恐らくあの避難民の背景の家とかは巻き添えで流されたんだろうな」と想像する余地がありましたし
そもそも冒頭の怪獣退治後の場面からして徴兵された若者が犬死していることを暗示しているっぽいです。
(※「生きていてよかった」みたいに多くの若者の関係者が抱擁する→それなりに犠牲があったのでは?とにおわせる/普通の災害派遣でそうなるとは考えにくい
そもそも背景のポスターに「お前ら兵役逃れは許さんぞ」みたいなことが書かれていたし)
そういう社会のいびつさというか、社会的弱者に災禍を押し付け自分だけ安全地帯でのほほんとするというチキンホーク的価値観を揶揄していた時点でかなり満足しました。
逆に『シン・ゴジラ』なんかは政治権力(=政府与党)こそ善であるみたいな価値観丸出しで気持ち悪かったというか、はっきり言ってゴジラの看板に下痢汁ぶっかけたもんだと思っています。
『シン・ウルトラマン』も似たり寄ったりな感じです。はっきり言って土曜の朝にテレ東でやっているウルトラマンの方が何倍も物語がちゃんとしているし、なんならそれと同列に扱われること自体憤懣やるかたないです。
17・18日に2023年最初の日銀金融政策決定会合が開催されます。今回は経済・物価情勢の展望(日銀展望レポート)が公表される回にあたっています(1、4、7、10月の会合で公表)。
前回12月の会合では、大方の無風予想に対して、YCC(長短金利操作)の修正を行いました。長期金利(10年国債利回り)について、0%の誘導目標を維持しつつ、変動許容幅を従来のプラスマイナス0.25%から0.5%に拡大したものです。マイナスに振れることは現状では想定しにくいため、0.5%までの上昇を容認した事実上の利上げであると市場は捉え、一気に円高が進みました。2013年に始まった異次元緩和、さらには2016年に始まったYCCの転換点という見方が広がっています。一方日銀は12月会合の対応は利上げではないと否定しています。債券市場での利回りは長期に向かった上昇する中、指値オペなどにより0.25%に抑えられていた10年ところでいったん下がり、その後さらに上昇する形となっており、イールドカーブ(利回り曲線)は窪みのあるいびつな形をしていました。こうした歪みを解消し、市場機能の改善を図るためのものという説明になっています。
しかし、歪み自体は解消されていません。10年国債利回りは1月に入って0.5%で張り付く場面が目立ち、利回り曲線は10年ところで窪みを作っています。また10年国債利回りは13日に入って0.5%を超えて上昇しています。0.5%で無制限の指値オペを実施しながら0.5%を超えるというかなり厳しい状況といえます(指値オペの対象とならない補完供給オペで借り入れた国債などの影響)。
12月の会合後、1月の会合での再調整を見込む動きが見られましたが、6日に通信社が複数の関係者筋からの情報として、12月に決定したYCC修正の影響と効果を見極めるため、現段階でさらなる修正を急ぐ必要はないとの記事を報道。前回会合後も黒田総裁がYCC修正の決定は引き締めではなく、緩和を継続との姿勢を崩していなかったこともあり、再修正期待が後退する場面が見られました。
しかし12日朝に読売新聞が日銀は17,18日の会合で大規模緩和に伴う副作用を点検すると報じました。昨年末の政策終了後も市場金利に歪みがあるためと点検の理由を説明しています。国債購入量の調整などで市場のゆがみを是正できるかを見極まる、必要な場合は追加の政策修正を行うとしています。
市場では追加の修正として長期金利の変動許容幅を0.75%や1.00%にさらに拡大するという見方や、YCCを撤廃するとの見方が出ています。0.5%を超える利回り上昇が見られた13日の動きも、こうした市場の予想に基づいたものとなっています。ただ、例えば0.75%に再拡大した場合でも、日本の物価動向、海外との金利差などから0.75%に張り付く形で歪みが起きる可能性があります。一方いきなり撤回した場合は、これまでの緩和継続姿勢は何だったのかという批判が広がりそうです。
元日銀関係者などの間でも意見が分かれており、早川元理事(東京財団政策研究所主席研究員)は12日に今回の会合で追加的な修正に動く可能性は低いと発言していますが、同日、門間元理事(みずほリサーチ&テクノロジーズ エグゼクティブエコノミスト)は、1月の会合で日銀はYCCの撤廃を検討するのではないかとしています。
金融機関などのエコノミストの意見も分かれています。シティグループ証券は日銀が1月の会合でYCCを撤廃するとの予想を13日付で発表。三菱UFJモルガンスタンレー証券は同日、4-6月のYCC終了が依然メインシナリオながら、タイミングが1月会合に前倒しされる可能性を無視できなくなったとしています。BNPパリバ証券は0.75%への拡大では市場の攻撃にさらされ、さらなる拡大を余儀なくされるため、上限を1%に拡大すると予想、みずほ証券は国内金融機関の準備が整っていないとして、いきなりの解除は避けるべきとしています。
黒田総裁は次期総裁の下での日銀新執行部体制に向けて、金融政策の正常化の道筋を付けるという意向があるとの思惑もあり、来週の日銀金融政策決定会合でどのような対応がとられるのか、相当に注目を集めています。
市場の期待に反し、黒田総裁がこれまでの緩和策維持を強調し、何もせずとなった場合は一気の円売りもありそう。0.75%へのYCC再修正となった場合は、かなり微妙な反応が見込まれ、1.0%への修正もしくは撤廃となった場合は円買いが見込まれるところです。
なお、今回の会合で公表される展望レポートでは、2022年度の物価見通しを前回の前年度比2.9%から3%台に、23年度、24年度はそれぞれ1.6%からインフレターゲットである2%近辺に上方修正してくると見込まれます。予想通り足元の年度の物価見通しが3%を超えるとなると、2014年10月のレポート以来となります。この時は消費税増税の影響でした。今回は原材料価格上昇が要因として、持続的な物価安定目標は実現できていないという見方を示すと見られます。ただ、こうした物価見通しの上方修正と、来年度からのターゲット近くへの物価上昇見通しは、YCC修正・撤廃を後押しするものとの期待があります。
安西先生は優しい監督のように言われているが、実は才能がない人に対して極めて冷淡で、ほとんど興味すらないと思う。調べると同じような意見が結構出てきたので、スラムダンクファンの間では長く語られていたようだ。
スラムダンクをリアルタイムで読んでいたころ、おれは10代だった。40代になり、自分には才能も何もない、安西先生に無視される側の人間だと25年かけて思い知らされたいま、当時は気づかなかった安西先生の冷酷さが浮上してきた。レギュラーを取れない補欠としての人生が確定したような、苦い鑑賞体験だった。
スラムダンクを美化しすぎなんだよ。たくさん張った伏線を回収せずに終わらせちゃったのと同じで安西先生の人間性のことなんて作者が何も考えてなかっただけのことだろ。
「井上雄彦は一貫して安西先生を才能にしか興味のないキャラとして描いていた」「当時は気づかなかったが、その後の人生経験を経てそのことに気づいた」という話をしており、この人は真逆のメッセージを受け取っている。まあおれ含め、読者は読みたいように読むもんである。
この手の意見が多いことに困惑した。「いまの価値観から見ると違和感がある」みたいなことは想定していなかったので、なぜ大勢がそう受け取ったのかと不思議だった。
「ケガを放置するなんてありえない」という点を「令和の価値観」と受け取ったのかと考えたが、おれの感覚は異なる。例えば沖縄水産高校の大野倫投手が怪我を押して投げたことで全国的にバッシングされたのは1990年のことで、当時からして「怪我人を強行出場させるなど監督失格」という価値観は定着していたであろう(そもそも安西先生本人がそう言ってる)。「令和の価値観で批判するな」という人とは、この点の見解が食い違っているのかなと感じた。おれからすると「君らは平成のことがわかってない」となるのだが、まあどっちが正しいかは検証が必要であろう。
個人的にあの桜木が怪我した状況はいらなかったと思うんだよな。桜木の選手生命を失うかもしれない自己犠牲の上に成り立たせた感動の試合みたいな展開にはして欲しく無かったんよ。
半分は同感なのだが、山王戦は感動ポイントもりもりのデラックスパフェで、そこにさらに「怪我を押して強行出場」という沖縄マンゴーを乗せて蜂蜜をかけるようなことをしたため、あれほどのエモーションを生んだことは否定し難い。おれが編集者なら(嫌いな展開だが)桜木の怪我は切らない。サービスサービス。
安西って谷沢の一件で指導者を実質引退したんだろ。で、公立高校の顧問でのんびり隠居してたとこにとんでもない才能が現れて、急に昔を思い出してやる気になっただけ。
安西先生やる気全然ない監督で、流川という才能が入ってきたからやる気出したんだよね。そんでさらにまさかの赤毛素人が同じくらいの才能持ってた。
この手の意見は同感。
“安西先生は優しい監督のように言われているが、実は才能がない人に対して極めて冷淡で、ほとんど興味すらないと思う。”昭和生まれが高校生の頃のの強豪校の運動部はほとんどそんなイメージ。レギュラー以外無視
ブコメでも描かれているが、海南の高頭監督なんかはかなり選手のことを見ていて、神や宮益といった人をきちんとフックアップして戦力に育成している。こういうバランス感覚のある監督を敵将として配置している一方、自軍の大将にいびつな才能の悪魔を置いているあたり、井上雄彦の面白い点だと思う。作品の瑕疵だと言いたいわけではなく、むしろプラスの評価をしている。