「グリコ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: グリコとは

2018-12-13

[] 午後ティーChaiヌル

ホットPETの「キリン 午後の紅茶 ジンジャー香るあたたかチャイ」がヌルい。

温度の話ではない。

ジンジャーみが足りない。

もっとガツときてほしい。

何を基準に物足りなさを感じてるんだろ、と改めて考えてみたら自分の中のベンチマーク

永谷園の「冷え知らず」さんの生姜チャイだった。

そういやコンビニであまり見かけなくなったな。

商品自体はまだあるよね、とググってみたら…

「冷え知らず」さんの生姜チャイ商品情報永谷園

http://www.nagatanien.co.jp/product/detail/246/

なんか小さくなってる!

2016年9月発売のモデルでは、283g入り税抜き143円だったものが、

http://www.nagatanien.co.jp/contents/news_release/414.pdf

2017年9月発売のモデルでは、170g入り税抜き130円と、

http://www.nagatanien.co.jp/contents/news_release/471.pdf

わずかな値下げで容量は大幅減に。

グリコドロリッチとタメ張るレベルシュリンクフレーションだな、とググってみたら…

ドロリッチ、お値段据え置きで3分の2に減らしたのは知ってたが、容量を元に戻してる?

2015年 180g 150円(税抜)

2017年 120g 150円(税抜)

2018年 180g 150円(税抜)

http://shrinkflation.info/index.php?%E3%83%89%E3%83%AD%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%81

え?騙されてる?フェイク?

魚拓はあるものの俄かには信じられなかったので江崎グリコオフィシャルサイトを見るが、

商品サイトはあるが増量した旨のニュースリリースが無い。

ニュースリリース転載してる他所ニュースサイトにはリリースがある。

https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M101037/201809308582/_prw_OR1fl_iOE8vy2C.pdf

なんでオフィシャルニュースリリースないんだろ?

減量した際に散々ネットネタにされて叩かれたから?

2018-11-26

グリコローソンファミマ...オフィス系3大プチコンビニ※に出会うことができたので感想を書いておく。

オフィスの片隅に置いてある無人コンビニおやつなどが常備されている。

フリードリンクフリーランチ?それどこのFAGA?

※まだ昼前だけど仕事飽きた。

グリコ

言わずと知れた先鞭者。

支払方法が100円の現金統一されているせいかどや顔坊やの定番おやつに混ざって

プリッツなんだけどプリッツじゃない(でもプリッツの味)謎のパッケージおやつが時々ある。でも美味しい。ただ量がちょい物足りない。

ケロちゃんの集金箱も可愛い。あのカチカチいう口は餌付けをするひな鳥を思わせる。時々10円玉で払ってごめんなさい。

150円払えばアイスも手に入る。ひと頃はたい焼きアイスしか口にしてなかった。

我が体はたい焼きでできていた。

ローソン

期待の新生

支払方法スイカなどの交通系ICのみ。ただし、グリコと違っておやつに限らず多種多様である

お勧め冷凍食品であるが、ライスバーガーレンチンしたとき飯テロに違い香ばしさは誰もいないオフィス残業する自分へのご褒美である

仕事組み込み技術者なので、正直商品よりも電源スイッチがいつも気になって仕方がない。

機器が反応しなくなったときはこの電源ボタンを押してリセットください」

まさかおばちゃんスイッチ実用化させるとは...思い切った仕様だけど、このためにボタンタブレットと別の機器にしてまで用意した心意気がいい。

団地の階段にある赤い非常ベルを見上げては、押してみたくなってうずうずしていたあの頃を思い出して和やかな気持ちになる。押す機会は残念ながらまだない。

ファミマ

支払方法現金のみなのに190円とか最大公約数的な釣り要求する時点でまじ最悪。本当に最悪。

中間業者さんの手書きポップでふんわり可愛く抱えた、ちゃんお金合わせてね!というポップには同情する。

ただ悲しいかな、どら焼きはここしか扱ってないのだ。

でも集金方法がまじクソ。100円で割り切れる商品なんてほぼないのに...

2018-10-21

獣になれない私たち(けもなれ)は「新垣結衣」のドラマ

「獣になれない私たち」を2話まで観た。脚本家野木さんは新垣結衣が本当に好きなんだな~と思った。

「獣になれない私たち」は、新垣結衣演じる深海昌が主人公ドラマ。「常に笑顔」、「仕事完璧」で誰からも好かれ、愛されている女性だ。でもそれは、彼女の身を削る努力で成り立っている。みんなに気を遣い、我慢し続けていたら、次から次に仕事を任され身も心もすり減る様子が1話では描かれていた。

営業アシスタント」の仕事範囲を超えて、辞めた秘書の代わりにパワハラ社長無理難題に答え、自分仕事責任が持てない若手社員ミス必死カバーし、顧客の前で靴を脱いで土下座までする昌。(「女の子困らせるの趣味じゃないんだけどな~ごめんね~」と言って土下座している新垣結衣の頭を撫でた奴の気色悪い顔と声を俺は忘れない)

このドラマでは「獣」と「獣になれない人」二つの相反するキャラクターが描かれている。昌はもちろん後者だ。「獣」とは強い人。自分が着たい服を人目も気にせず着られて、本能直観で動いて、恋に落ちることが出来る人。菊池凛子演じる橘呉羽がその典型例だ。ブランドデザイナー彼女生き方自由のもの交際0日で結婚も決めてしまう。

自称簡単に人を好きになれない」昌はそんな呉羽に憧れる。一時は仕事で身も心もすり減り、線路に飛び込んで自殺しかけた彼女だったが、呉羽デザインするブランドの服(昌の言う「強そうな服」)を身に纏い、社長業務改善要求を出して抵抗する。

脚本家野木さんは、どんな日本社会コミュニティ存在する、昌のような「獣になれない人」に向けてこのドラマを作ったのだろう。3話からも「獣になれない人」がどう生きるべきか教えてくれるはず。


前置きが長くなったが、このドラマで何といっても重要なのは新垣結衣」の存在だ。

主人公の昌を演じる新垣結衣がなんというかもう、めちゃくちゃはまっているのだ。

1話でドキッとするシーンがある。

クラフトビール店「5tap」で松田龍平演じる根元は、昌をこう評する。

あの女がキモい。前から思ってたんだよね。なんかお綺麗だけど嘘っぽくない?あの完璧笑顔がなんかキモい。俺ああい人形みたいな女だめだわ。


それを後ろで昌は聞いている、けど聞いていないフリをするというシーン。もちろん昌に対しての根元の意見なのだが、「新垣結衣」に対して言われるように感じて視聴者はドキッとする。

女優界の「華の88年組」と言えば、新垣結衣戸田恵梨香堀北真希吉高由里子だ。新垣結衣は他の三人に比べて、知名度の割に作品の受賞歴や出演数は少ない。「同世代女優さんが実力派として認められているのに、私はいつまでも変われない」と本人も言ったとか言わなかったとか。確かにインターネットでは「ガッキーはどの作品に出てもガッキー」、「かわいいだけの演技」等、彼女の演技自体を褒める意見は少ない。

ガッキーかわいい」は日本国民の総意であり、この欺瞞偽証が渦巻く社会の中で唯一正しいと信じられる、決定的な事実であるしかし、私たち国民それを彼女に背負わせてはいなかっただろうか。彼女私たちが作り出した「新垣結衣イメージ」を崩さないよう必死に生きていたのではないか

新垣結衣ダンスについて、実は苦手だと語ったインタビューがある。

可愛すぎる新垣結衣 実は苦手「なのに、なんでいつも踊ってるんだろう」

グリコポッキー」のCM逃げ恥等、ダンスイメージが強い彼女だが、「ダンスは習ったことがないし、どちらかといえば苦手分野。なのに、なんでいつも踊ってるんだろうなあと思います」。と語る。周りの期待に応えるため、苦手なことでも受け入れて笑顔で楽しむ。出来てしまうからやってしまう。周囲もそれに甘える。まさに昌ではないか

脚本家野木さんは、日本社会コミュニティ存在する、昌のような「獣になれない人」に向けてこのドラマを作った。そして、それは昌を演じる「新垣結衣」にも向けられている。

決定的なのは新垣結衣がブーツ(しかもかなり高い)を履いたシーンである新垣結衣は実は身長が高い、というのは有名である公表では169cmだが、もう少し高いのでは?という意見もある。しかし、「かわいい」というイメージを守るため、共演者が厚底の革靴を履いたりして、彼女を小さく見せる工夫をするケースがこれまで何度かあった。脚本家野木さんはそんな彼女にブーツを履かせた。しかも前述した呉羽デザインするブランドの服(昌の言う「強そうな服」)としてだ。これは、野木さんから新垣結衣への「ありのままでいいんだよ」という愛あるメッセージに他ならない、と私は思う。



でも結局ガッキーかわいいから!!!

「お風呂入ろ~」って彼氏に言うとことかやばいから!!!

みんな見てね!!!

2018-09-22

大学での学問企業で役に立たない理由

先に言っておくが、主語デカ案件だ。

お前の業界だけだろって言われるとも思う。

大学と、企業根本的に方向が違う。

大学から企業に入ると、企業はモノづくりを放棄してるように感じる。

半分は当たりで、半分は誤解だ。

その理由大学勉強する学問と、企業活用する学問の違いにあると思う。

組み合わせ最適化

失望する理由の一つは、企業では、物事理由など考えないことがある。

意外かもしれないが、特に上流工程ほど原因の追究はしない。

研究目的とする大学と、開発、製造販売目的とする企業の違いだ。

たとえば、企業では、企画であれ、開発であれ、生産管理であり、経理であり、持っているカードを組み合わせて、最良な組み合わせを探す、それが目的だ。

それだけといっていい。

例えば、家庭で、カレーを作るとする。

肉は牛肉豚肉鶏肉か?

玉ねぎはそのまま煮るか、普通に炒めるか、飴色まで炒めるか?

ジャガイモは入れるべきか、入れないべきか?

ルーハウスのものか、SBのものか、グリコのものか?

これだけで、3×3×2×3=54通りの選択肢がある。

それを、企業活動現場で摺る場合、数百、数千、数万の組み合わせから、最良を探す、そういうことになる。

いちいち、カレーのおいしさの秘密を考えることはしないのだ。

もちろん、商品コンセプトはあるだろう。

一度方向性を決めたら、そこから先は一本道、仮説の検証などは行わない。

所詮は、手持ちのカード勝負するしかないし、手持ちのカードの組み合わせを試すだけで、精いっぱいなのだ

この、組み合わせ最適化については、ほとんどの学部で触れることはない。

学生がこれを読んでるかはわからないが、学生が考える組み合わせ最適化とは、違う学問体系で企業での開発は行われている。

最適化する条件を決めて、そして下流リリース、放りっぱなしとなることが多い。

これについては問題だと思う。

ただ、現状で最適な仕様を決定していても、現実として問題は起きる。

ラボでは理論通りの性能を発揮しても、量産してもそうなるとは限らない。

100万台に1台とんでもない欠陥が発生しないとは限らない。

もちろん、そうならないように設計していても、想定できなかったか想定外なのだから

法令規制、規格

当たり前だが、法令順守は重要だ。

法令だけでなく、技術的な要件であっても、国際規格国内規格、ガイドライン、といった規格や規制がある。

それに擦り合わせることは非常に重要であるが、時にそれに固執しすぎるところがある。

これらは宗教経典のようなところがある。

非常に分かりにくく、A4で数枚ほどの短い文章に対して、分厚い解説書やQ&A集が出版されている。

それらに精通している人が強い発言権を有し、誰も理解していないことをいいことに、拡大解釈がまかり通る。

技術的な議論であったはずが、「そんなこと聖書のどこに書いてあるのか?」という律法学者宗教論争に変わってしまう。

もちろん、上司であったり、経営層がその規格や規制が制定された時代背景や、理論の背景を理解していれば、部下も宗教論争をしないだろうが、そんな上司は滅多にいない。

そしてみな、科学技術を学ぶより、まるで法律家のように解釈論を学ぶようになる。

プレゼンテーション

上記に述べたように、企業活動本質は、組み合わせ最適化であり、各種規制へのすり合わせだ。

そこには、「なぜなら」も「それゆえに」もない。

現実世界物事ほとんどが、理由がないように、理由はあっても説明できるほど単純ではないのと同じで、白黒はっきり断じることはできない。

ところが、日常業務はそうであっても、意思決定には稟議がいる。

その場合、「こうである、だからこうする、なぜならば、すなわち」と理路整然と単純化して並べなければならない。

中長期計画に沿って各部門が計画を立て、それぞれの所属員が各部門の目標に沿って計画を立て、その結果を報告する、建前ではそうなってる。

実際のところは、「あらゆる選択肢の組み合わせのうち最良はこれです」以上のことは言えないのだが、そこは目をつぶり小説執筆しなければいけない。

その頭の切り替えが、大学卒業してすぐは出来ない。

2018-08-28

anond:20180826082217

教えてくれてありがとう増田

チャーハンの素、グリコのは試したことなかったから今度試してみる

チキンライスの素なんていうのもあるんだな

いちいち鶏使ったりが面倒だなーって思ってたからこれも試してみるわ

2018-08-26

anond:20180825230219

カレーの味は特にこだわりがないので、お勧めとかはありません。

チャーハングリコかな。

チャーハンではないけど、グリコチキンライスも好きです。

2018-08-20

anond:20180820122938

興味深い話だけど他にもっと良い例無い?

グリコキャラメルって完成品だと思うんだよね

2018-07-30

ジャイアントコーンが開けにくい

ジャイアントコーンを開けようと、普通にクルクル回して開けたら頭の部分が折れた。

(こんな感じ:https://twitter.com/search?f=tweets&q=%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%80%80%E6%8A%98%E3%82%8C%E3%81%9F

落ちて汚れるしで最悪。


グリコHPのQ&Aページでは、わざわざジャイアントコーンの開け方の説明gif動画を載せているけど、やることがズレてる。(https://www.glico.com/jp/customer/qa/18001/

多数のクレームが来たから開け方について載せてるはずで、そもそもパッケージの開け方の設計が悪いってことだから、開け方の説明ページを作るんじゃなくて、設計を見直すべき。

グリコ、頭悪い。


ジャイアントコーン、二度と買わない。

2018-06-21

anond:20180621110241

三越だか高島屋だかが扱ってる備蓄食がうまい

あと、災害サイトじゃなくて、グルメサイトで扱ってる備蓄食もだいたいうまい

メーカーで言えば、グリコ井村屋みたいなメジャー食品メーカーうまい

いたこともないメーカーや、備蓄食専門メーカーあんまり味に期待しないほうがいい

2018-05-21

anond:20180521144953

これははっきり言える

グリコリクルートの超巨大企業スポンサーに抱えながら、講演会企画していた奴らだ

ニトリ似鳥昭雄社長もっと早く山に入れ、日本に居ないで現地で暮らせと言い、その後スポンサー降板した

なぜそこまで講演会で稼ぎたがったんだろう

2018-05-09

8度目のエベレスト

栗城史多また高熱と咳で停滞

同時期のロブチェ隊、平岡隊は確実に高地順化して一歩一歩前進してるじゃん

なんで焦りまくって基本を守ろうとしないのかね

2018栗城隊スポンサー

グリコ

リクルート

THEO資産運用アドバイザー

アチーブメント自己啓発セミナー

2018-03-21

グリコGABA入りチョコ

よくみたら一日あたりの摂取目安量は5粒とか書かれていて、貪り食っていた俺を困惑させるのであった。

こういうのたまにあるよね。

ピルクルは一日65mlとか。

2018-03-13

みはじって習ったけど何がダメなの?

みちのり/はやさ*じかん

V/I*R

でしょ?それぞれの関係わかるじゃん

寡聞にしてモルグリコは知らないけど

「はじき」なんて30年前にも教わったぞ

学校じゃなくて塾だったか

「くもわ」「モルグリコ」は恥ずかしながら初耳

あとフレミング法則の語呂合わせを「電磁力」とする先生と「うんち出ん」とする先生がいたのを覚えてる

右手左手かは覚えてない

2018-02-25

anond:20180225234542

そんなことより新しくなったグリコジャイアントコーンが一番下のコーンのさきっぽが包装紙の巻きがきつすぎてちっとも取れずにポッキリ折れてしまうことについて私と一緒にグリコに抗議しに行きませんか

2018-02-13

グリコのおまけ」が誕生する前はグーで勝ったら「グ何」だったのか

そしてこの遊びをNHKでやる場合「グ何」と言えばいいんだろう?

2018-01-20

グー:グリコのおまけ

チョキ:チヨコレート

パー:パンティ

2017-12-26

報道しない自由」は問題ではない

 昨今のマスコミ批判において、頻繁に取沙汰される問題の一つに「報道しない自由」がある。

 この語は「報道の自由」に引っかけた単語であるが、要するに「メディア自分たちの主義・主張にとって都合の悪いことは報道しない」というものである最近の例では、加計学園獣医学部新設をめぐる一連の報道の中で、マスメディア前川文部科学省事務次官国会発言ばかり取り上げ、加戸前愛媛県知事の発言はごく短い時間しか取り上げないか、あるいは存在すらしなかったかのように無視たことが問題視された。「放送法順守を求める視聴者の会」がテレビ報道の在り方について新聞意見広告を出した他、主に右派系のネットメディアでも頻繁に取り上げられていた。同様の批判安保法制共謀罪に関する報道でも行われた他、日常事象においても「犯罪報道において犯人報道関係者だったら追及が甘い」など、「報道しない自由」の事例は枚挙に暇がない。

 この問題に対しては「マスメディア自分たちの都合の悪いことを隠蔽せずに報道しろ」という旨の批判がなされることがあるが、私はそれは不可能だと思う。何故なら、媒体を問わず偏向しないメディアなど存在しないかである

 ある事象において報道がなされる際、メディアが割ける報道資源には限りがある。テレビであれば一つの番組の中で数十秒~数十分。特番を組んだとしてもせいぜい2時間程度だろう。新聞であれば紙面の数%~全面、マックスでも広告欄を除いた全ページであるイラク戦争開戦の際に、新聞がほぼ紙面の全てをイラク戦争に割いていたのは、非常に印象的であった。

 一方で、報道の元となる一次ソースは、膨大な量となる。行政機関が発行する資料では、少ない物でもA4で1枚、多い物なら数百枚にものぼる。これらの内容を、テレビ新聞で一字一句逃さず報道するのは不可能であろう。ネットであれば可能かもしれないが、そんなに大量の情報に全て目を通す人はそう多くはない。これが事件報道になれば、事件の経緯、加害者の背景、被害者の背景、関係者証言、その他諸々…「事件に関わる全ての情報」を挙げていけば、際限が無くなってしまう。

 そもそも全ての人が一次ソースを参照するのであれば、報道など不要である一次ソースかいつまんで分かりやす説明したり、内容を解説して理解やすくすることが、報道に求められることであろう。それがいわゆる「編集」と呼ばれる作業である

 そして、編集過程において、どう頑張っても排除される情報というのは生じるものである。その事象にあまり関係のない情報、専門的過ぎたり限定的過ぎたりするために掲載しない方が理解やすくなる情報などは、むしろ省いた方が視聴しやすくなる。また、編者の意見に会わない情報は、意識的無意識かに関わらず、省かれてしまうこともあるだろう。すなわち、一次ソースをそのまま掲載しない限り、テレビだろうが新聞だろうがネットだろうが偏向は必ず生じるものなのである掲示板書き込み編集した「まとめサイト」などはその典型例で、記事の主旨とは異なる書込みは省かれるし、管理人主義主張に反する書き込みも、もしかしたら排除されているかもしれない。いくらメディアが「公平公正」を標榜していたとしても、それを100%成し遂げることは、到底不可能なのである

 だから私は「報道しない自由自体は全てのメディアが持っているものだと思うし、それ自体批判することは的外れであると考えている。その批判は容易にブーメランになり得るからであるテレビにおいては放送法第4条を根拠公平性を求められるケースもあるが、放送法自体問題が山積みの法律であるため、早急な改正必要と言える(テレビ局人間が「倫理規範からセーフ!」とか言ってる時点で機能してない)。

 では、マスメディアの持つ本当の問題点とは何か。当たり前すぎて今更語るまでもないことかもしれないが、今一度整理したみたい。

単一方向メディアである

 ネットとの比較という意味で、最も顕著なのはこの点だろう。テレビ新聞などの既存メディアは、発信者と受信者が固定されており、受信者が発信者に対して同じ立場で発言することができない。テレビ総務省許可が無ければそもそも放送できないし、新聞なら発行すること自体は誰でも可能かもしれないが、一般人大手メディアと同じ量の情報を発信するのは、現実的ではない。

 一方でネット上は、基本的に誰でも平等に発言することができる。もちろん、発言の影響力は立場によって異なるが、例えばツイッター上で批判されたら同じくツイッター上で反論することも可能だし、ブログ意見に対して別のブログ自分で立ち上げて反論することも可能であるグーグルなどのポータルサイトやSNSの運営会社が強い影響力を持つことは否めないが、利用者はそれらのサービスが気に入らなければ、容易に他のサービスに切り替えられる。また、例えば国が法律によってネット上の情報発信規制したとしても、法の及ばない海外サーバーを利用することだってできる。ネット上には絶対的情報発信強者存在しないのだ。

 これは利用者にとって、単一方向メディアにはない大きな利点である。今までは情報発信マスメディアが独占していたが、現在では個人が自由に発信者になれるのである。その一方で憶測捏造に基づいた情報を発信すれば、簡単に批判を受けてしまうというリスクも負っている。これまで独占的な情報発信者としてその恩恵を最大限に受けて来た既存メディアにとっては、到底受け入れがたいことだろう。だが残念ながら、どんなに望んでも時代が遡ることはない。

情報談合日常的に行われている

 いわゆる「記者クラブ」に関しての問題点であるマスメディア記者ほとんどは業界団体で作る「記者クラブ」という組織に属している。記者クラブには、行政組織大企業記者会見に優先して参加でき、クラブに属さなフリーランス記者などはそもそも会見に参加すらできないことが多い。すなわち、日本ではマスメディアによって、ジャーナリストに対する言論弾圧が行われているのである

 また、記者クラブの中で、異なる報道機関記者同士が取材した内容を互いに確認し合っているという問題も指摘されている。取材メモの内容を他の記者と「答え合わせ」し、内容に漏れや間違いがないか確認しているという。これは関係者が著書などにおいて発言した内容であるため、事実か否かを確認する術を私は落ち合わせていないが、もし事実であるとすれば、報道機関としていかがなものかと思う。扱うのが情報だという点を除けば、他業種における「談合」と何ら変わりない。

 記者クラブ存在別にするとしても、報道内容が画一的であるという点は批判されるべきだろう。特にテレビ報道においてその傾向は顕著で、芸能人スキャンダル政治問題相撲界の不祥事、どの事象においても、全てのチャンネルにおいて、まるでコピーペーストのように同じ論調しか報じていない。ワイドショーだけならまだしも、ニュースにおいても同様である。そして、同業他社であるマスコミ各社の不祥事については、どの報道機関も一斉に口を閉ざすのである。これではマスコミ同士の相互チェックは全く機能せず、業界全体が腐敗してしまう。

 さらに、冒頭に挙げた前川氏にまつわる報道では、読売新聞が「前川氏が未成年が働いている出会い系バーに出入りしていた」ことを報じ、他のマスメディアから一斉に批判がなされた。全く意味不明である読売新聞報道の自由に基づいて報じただけであるし、元文科省役人が、任期中に児童買春を行っていた疑いがあるのだとすれば、報道すべき大問題であろう。マスメディア各社の中で前川氏に関する報道姿勢について合意がなされており、それを読売が「抜け駆け」したことに対して怒っているのであろうことは、想像に難くない。前川自身は(苦しい言い訳をしながらも)出会い系バーに出入りしたいたこ自体は認めており、読売報道内容は事実であった。事実報道たことに対して批判をするのであれば、日本のマスメディア各社は報道機関として終わっているとしか言いようがない。

情報品質が低い

 もはや誰がありがたがっているかよくわからない年中行事の一つとして、自由国民社という一出版社が数人の選考委員会を集めて勝手に決めている「新語・流行語大賞」というものがある。最近では野球業界以外では全く流行っていない言葉や、日本に対するヘイトスピーチに当たる言葉流行語として選び、物議を醸している同賞だが、先日発表された2017年流行語トップテンの中に「フェイクニュース」という言葉が選ばれた。その定義は、新語・流行語大賞ホームページ引用すれば、「ネット上でいかにもニュース然として流布される嘘やでっち上げ。」だそうだ。

 このように、マスメディアネット批判を行う際の常套手段として、「ネット上には嘘や質の低い情報が多く含まれている」という主張がある。「それに対して新聞テレビは、社内で十分に内容を確認検証しているから、正しい情報である」と言いたい訳であるが、ちゃんちゃらおかしいとしか言いようがない。

 ネット上の情報に嘘が多いというのは事実であるし、そんなことは普段ネットを利用している人であれば十分承知の上である。一部の情報弱者が、良く調べもせずにその情報鵜呑みにしたり、タイトルだけ見て記事の内容を読まずに早合点したりして、騙されている訳であるネットを使っていれば関連する情報をその場ですぐに参照することは容易だし、先述した通り間違った内容であれば他者が指摘することも容易である

 対して新聞テレビは、偏向捏造があっても、個人が指摘して正すことはできない。サンゴグリコアジトや、椿事件慰安婦問題などは、捏造が明るみに出たため、謝罪、訂正した例であるが、間違いを指摘されても訂正・謝罪していない例もいくらでも存在する。そもそも先に挙げた「フェイクニュース」という単語自体、元々トランプ大統領が言い出した言葉で、「テレビなどの既存メディア捏造」を指す言葉であるが、マスメディアはこれを「ネット発の捏造誤報」という意味に「捏造」しようとしているのである

 近年、「若者テレビ新聞離れ」を憂う声がメディアから上がっているが、若者に原因があるのではなく、自分たちに原因があることを理解しているのだろうか。メディアにとっての商品は「情報である。その商品品質が低ければ、顧客が離れるのは当たり前だ。提供する料理がマズい店は、客足が遠のくのと同じである。これまでは情報のもの大手メディアにより独占されていたが、現在ネットの出現によってその独占状態も瓦解してしまった。既存メディアいくらネット情報玉石混淆だ!」と叫んでも、石しか扱っていない既存メディアは一笑に付されて終わりである

 徒然と書き殴ってしまったが、ひとまずここまでにしたい。他にも、視聴者が直接の顧客ではないこととか、テレビ局国民資源である電波を独占していることとか、新聞社企業買収から守られていることとか、メディア自体権力化していることとか、いろいろと問題はあるが、ともかく「既存メディアネットよりも優れている」というのはまやかししかない。「ネット情報ばかりでは偏る」という意見もあるが、それはテレビ新聞でも同じことであるメディア媒体わず、一つの報道だけを鵜呑みにせずに、様々な情報を加味して判断すべきなのだ。要は個人のメディアリテラシー問題しかないのである

 また、単一メディア情報だけを信じてしまう人の特徴として、「自分判断することを放棄している」という点が挙げられる。そういう人ほど誤報捏造報道があった時に、「騙された!」と叫ぶのである。もちろん、捏造したり、ちゃんと確認をせずに報道したりするメディアは悪であり、糾弾されなければならない。しか本来は、何が事実で何が嘘かは、情報受け手個人個人が、自分責任において判断しなければならない。それができない人間が「情報弱者」と呼ばれるのである

 メディアはその媒体を問わずに「報道しない自由」を有している。だからこそ受け手偏向誤報捏造に踊らされないように、一人一人がメディアリテラシーを身に着けることが重要なのではないだろうか。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん