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2017-08-16

妊娠したらつわり病気コンボで思った以上に辛い

https://anond.hatelabo.jp/20170816125019

増田なんだけど、現状把握メンタル落ち着けるために、今日までの経緯を書き残しておきたいと思う。

まず前提として、増田統合失調症である発症した時と比べてすごく良くなっているが、再発防止のためにセロクエルを主剤としてその他いくつかの薬を飲んでいる。そして、81kgの肥満でもある。

で、妊娠した。そうしたら5wくらいかつわり結構ひどくて、水を飲んでも吐くような日もあり点滴をしてもらうなどしてきた。けれども食べることがちょっと辛くて、妊娠前81kgあった体重が13wの今は74kg台にまで減っている。いい感じにダイエット成功していると思いたい数字だけど、ちょっとばかり不安

また、メンタルを患っており肥満でもあるハイリスク自分でもわかっているので、産科精神科もある大きな総合病院産婦人科にお世話になることにした。

そして、11wの検診の血液検査血糖値が引っかかり、12wの時点で血糖値の推移の検査もしたところ、妊娠糖尿病だと診断された。糖尿の専門医による詳しい診察は二週間後。そんなに大きく基準オーバーした値ではないので、それまでは食事制限をせず、つわりでも食べられるものを食べてくれ、との話だった。

そのことをメンタルの方の主治医に話すと、困ったなあという反応。聞いてみたら、セロクエル糖尿病の人には禁忌の薬らしい。でも、セロクエルにたどり着くまで相当色々試行錯誤した経緯と、血糖値基準値をそう大きくオーバーしているわけではないと言うことで、まだしばらくセロクエルを使うことにした。

それに加えて、血糖値の推移の検査をした日辺りから喉が痛む風邪をひいた。でも産科でお世話になっている総合病院に連絡したら風邪くらいなら他で受けてくれ、と言われたので、地元内科先生に診てもらって、トラネキサム酸を処方してもらった。一時は良くなったのだけれどぶり返してしまい、それからはトラネキサム酸が効かない。風邪を引き始めてから5日経っても治らない。夜中になっても喉の痛みと咳でろくに寝られない上に、私の咳で夫も寝られず寝不足自分だけじゃなくて夫にも迷惑をかけてしまい辛い。多分風邪が長引いているのは、つわりでろくにものが食べられなくて体力が落ちてるからだと思う。

からまた内科にかかろうとしたが、今週いっぱいその内科お盆休み。仕方がないので再び総合病院に連絡し、今週の月曜日産婦人科先生風邪を見てもらえることになった。そうしたらPLなんとかという粉薬と咳止めをもらい、木曜日になっても治らなかったらまた連絡してくれ、と言われた。

が、今日になって赤い糸みたいなものが模様のように入った痰が出て、咳をしてもお腹や胸が痛むようになってきて、これはまずいのではと午前中に総合病院に連絡。そうしたらなんとか明日呼吸器内科に予約を入れてもらえたが、それでも喉が痛いままなのは当然変わらないので辛い。この時点で上の増田を書いた。

辛いので横になっていたのだけれど、午後になってから左腕がピリピリと痺れ始める。ナニコレと思いつつ様子を見てたら右腕も痺れ始め、怖いので総合病院に連絡したいが今でも相当横紙破りな診察をしてもらっているのにまた迷惑をかけるのも気が引けて、まずは#7119に連絡することにした。

電話で問診を受け、妊婦であることも統合失調症があることも妊娠糖尿病であることも話し、そうしたらなるべく早く病院にかかれ、もし足まで痺れてきたら救急車を呼んでもいい、と言われた。

なのでその結果を持って再びかかりつけの産科のある総合病院に連絡。そうしたら、産科先生に診てもらえることになり病院に向かった。向かっている途中、足まで痺れてきて本格的に不安になる。

産科先生に今までの経緯を話し、最初に痺れ始めた左腕は手首にとても違和感を感じるくらいになっているということや、足も痺れてきて、特に右足首の痺れが強いことを伝える。

だが、痺れは息のしすぎで出ているものではないだろうか?と言われ、喉については明日の呼吸器内科で詳しく診てもらってくれ、という話で、この二つの症状については処置検査特に何もなしだった。でも、お腹赤ちゃんについてはちゃんと診てくれて、心拍もはっきりしているし元気だと言われ、そして帰された。

で、今また部屋で安静にしているのだが、手足の痺れは相変わらず、今こうしてキーボードを打っていても違和感は拭えない。

夫には会社から早めに帰ってきてもらったが、夫は手足の痺れについても、医者が何もしなかったのなら大丈夫なのだろう、というように鷹揚に構えている。

でも私は大変不安である

だって喉が痛いのは変わらないし咳だって出るしなぜか手足は痺れている。病院でもあまりちゃんと診てもらえなかった。後から調べたら糖尿で手足が痺れるとあるのに産科先生はその点にすら言及しなかったし。

なので不安不安定で泣き出したりし始めているが夫は持ち帰りの仕事で忙しく話を聞いてもらいづらいので、最初にも書いたが自分を落ち着かせるためにこの増田を書いた。

書いているうちに涙は止まったが、やはり不安は尽きない。

こんな状況でも元気でいてくれる赤ちゃんに励まされるが、しかしこうやって書き連ねてみると本当に大丈夫なのか色々と心配になるレベル

しかしながら、この乱文をここまでお読みいただいた皆様に感謝します。

2017-08-12

発達障害検査を受けている最中

元々統合失調症判断されて福祉施設につながっていたが、その福祉施設の方からあなた発達障害っぽいからちゃんと診断受けたらどうか?と勧められた。

そして主治医にその旨を話したところ、確かにそれっぽいところはあるんで、専門の病院でしっかり検査を受けるように、と言われて紹介状を書かれた。

その専門の病院の初診を受けて、検査の予約をして、これだけで3ヶ月くらいかかった。その上検査は一回3時間くらいかかるから2回に分けてやるのだけれど、これも予約がいっぱいで1ヶ月おきにやることになり、随分と時間がかかることになった。

で。先日1回目の検査を受けて来た。検査の内容はIQテストに近い感じで、口頭の算数問題や、常識問題漫画コマのように絵の描かれたカード物語が通るように並べ替えもの、積木遊びのようなもの、様々あったがどれもなかなか難しかった。

そのテストを2時間くらい休憩なしで受けて、最後に診察があって約3時間コース結構疲れた

次回の検査は育成歴も見るらしく、養育者に書いてもらって来てくれというアンケート用紙を5枚くらい渡された。

で、元々通っていた病院の定期検診で、主治医に、発達障害の診断のためにあんなに徹底的にテストをやるとは思わなかった、とぼやいたところ、主治医は以下のような旨のことを言っていた。

そこまでテストをしても、実は『こういう傾向がある』というところまでしかからないことも多い。中にはまさしく発達障害だとかアスペルガーだとかという、コアな症状を見せる人もいるけれど、多くの人はグラデーションというか、はっきりとそういう面が見える人は少ない。それなのに、こういったテストもせずに主治医判断だけで発達障害の診断を下してしまうこともある。精神医学というのはなかなか定量的評価ができないから難しい、と。

なんだかその話を聞いて、最近カジュアル統合失調症とか発達障害だとかい言葉が使われるようになって来ているけれど、それってたとえ医者の言うことであってもどこまで信用したらいいのかわからないな、などと思ってしまった。

ちなみに、自分統合失調症は誤診だと思ってセカンドオピニオンにも行ったしもう診断されてから10年くらい経つから生活の変化に合わせて病院も変わっているけど、全ての病院統合失調症ですと言われてしまったのでもう諦めてる。

2017-08-04

https://anond.hatelabo.jp/20170804212551

私も痩せ型だけど、甘いものが大好きなうえに、副作用として血糖上昇作用のある免疫抑制剤を2種類飲んでるから、いつも2型糖尿病発症については心配してるわ。

持病があるので2ヶ月に1度、血液検査と尿検査して、今のところHbA1cも食後血糖値も正常だし尿に糖も出たことはないし、主治医先生から心配しなくていいと言われてはいるが。

一応できる範囲でこまめに有酸素運動したり、コカコーラゼロカロリーのものにしたりしてるよ。

元増田はまだ若いだろうし、健康診断など定期的な検査を受けていればそこまで酷いことにはならないと思うけど、お身体自愛下さいね

2017-07-30

病気武器になる

 私は1型糖尿病だ。物心がつく頃には母に血糖値を測られインスリン注射を打たれ、3食きっちりバランスの良い食事を食べる生活をしていた。今でこそインスリンポンプという体の外に取り付ける膵臓β細胞を使ったりなんかすごい機器を使ったり医療恩恵あやかりながら好きなように生きている。そんな私は二十歳になった。私にとって持病「1型糖尿病」とは今や自分の一部である

 ある日、1型を発症したばかりだという女子高生出会った。インスリン注射をこれから始めるらしい。彼女は泣いていた。私には分からない。だって当事者じゃないから。もちろん病気自分構成する一部だと思う私の気持ちも、世界中のどこを探しても分かってくれる人なんていないだろう。だって当事者じゃないもん。私にはむしろいわゆる健康な人のことが分からない。

 分からいから、どうしようもない。正直向き合っていくしかいから頑張れとしか思えなくて、むしろ微笑ましかった。病院先生看護師さんも微笑ましそうにしていた。不謹慎なんかじゃない。みんな乗り越えていく壁なんだ、今は泣いてるけどそのうち笑い話になるから…というところだと思う。このへんの感覚は、なかなか理解しがたいだろう。

 1型糖尿病と生きていくには、それくらい軽くなきゃいけないというのが私のやり方だ。だって自分病気であるという事実に気を取られて生きていくの、息苦しいでしょ?

 まあもちろん電車の中で低血糖になって立っているのが辛くなったり安くない医療費を支払ったりする時には悲観に暮れないこともないけれど、そうだけじゃない。

 高校生という多感な時期に突然病気になって自己注射をしなければならないって相当ダメージ大きいというか、まあ私には到底分からないけれど、泣くのも無理ないと思う。物心がつく前に発症した私は笑いながら肩を撫でてあげることしかできない。

 ただ、これだけは伝えたい。私はそんな大層な人間ではないからあの場で彼女本人に言うことはできなかったし、次会うことがあるのかも分からない。だからこうして匿名で書いているわけである

 病気は弱みなんかじゃない。

 私自身の話をしよう。

 私は現在コントロール良好で、HbA1cは6%台前半を保っている。(基準値は〜6.2%)低血糖が多いというのもあるが、血糖値が250より高くなることは滅多にない。7%台だった頃は血糖値が200切ればいい方だと思っていたけれど、今では150より高いとなんだか悔しくなる。100前後にしなければならない意識がすっかり根付いたのだ。それもあって6%台を保てているのだろう。心持ちというのは大事だ。(もちろんやたら低血糖になりやすいという個人的な体質みたいなものもある)

 たいして生活制限は加えていない。ごくごく普通に暮らしている。間食だってする。太るからやめたいけれど。おまけに運動不足だ。病気とか関係なく運動しなきゃなあと思っている。運動不足はよくないからね。

 友人と飲みに行くこともあるし、食べ物の種類に気を遣う必要なんてない。食べちゃいけないものとかないの?と知り合ったばかりの人にはよく聞かれるけれど、全くないよと答えている。そりゃそうだ。食べた分だけ、インスリンを打てばいい。

 インスリンは太るという認識を持つ若い女性コントロール不良に陥ることがあるらしい。私は物心がついた時にはインスリン注射をしていたのでそういった先入観は全くない。食べた分だけガンガン打つ、そして時々低血糖になる。低血糖になったら甘いもの補給する。だから太るんじゃないの?その通りだ。打ちすぎたインスリン+補食で太るに決まっている。

 でも食べた分だけ正確にインスリンを打てば、平気だ。何故なら膵臓健康人達だって食べた分だけインスリンが分泌されている。同じことじゃないか。…と合っているのか分からない考えがふと頭に浮かんだ時、頑張ろう…って思った。何をって感じだけれど。

 とにかく、食べた分だけインスリンを打てばいいのだ。

 インスリン必要量は人それぞれどころか、自分自身の中でもよく変化する。生理前後なんかは上がったり下がったりする厄介者だ。だから血糖値はちゃんと測る。面倒なときは測らないけれど、まあそんなぐうたらも続かなければいい。ちゃんと測るんだ。そして、食べた分のインスリン不足が原因ではない、今までになかった高血糖低血糖が起きたら、即インスリンの量を変える。もし医者に指示されている量があっても無視していい。1型糖尿病は、医者の指示を待っていてはいけない病気だと思う。もしも通院日の2〜3日後に血糖値が上がって、次の通院日まで待っていたら1ヶ月も高血糖状態だ。きつすぎる。自己管理が大切な病気なんだ。頭を使うんだ。私は要領が良くて比較的頭が回る方だと自負している。だから結構あっさりできちゃっている。血糖コントロールのためにいつどこで打つインスリンの量を変えるか、筋が通るように考えて、やっている。

 血糖値を記録することもやめた。負担になるからだ。高校時代まではなんとなく頑張ってたけど主治医に見せるためだけで自分で見返すことが無かった。記録したところで体って不規則から、その場その場で調節するのがなんだかんだ一番いい。意味もなく書かなきゃいけないという負担感は、体に良くない。最近の血糖測定器は履歴が見れるし平均値や傾向まで出してくれるし、ハイテクなやつだとリアルタイムグラフ化して血を出さずともいつでも確認できる測定器もある。医療は発展している。

 毎月の通院はいからか分からないことを聞いたり新しいやり方を教えてもらったりするためのものになった。なんでコントロールがうまくいかないんだろうって思ったら数値的なものを教えてもらうのではなくその原因と解決のコツを教えてもらう。新しい機器や、同じ1型糖尿病人達について教えてもらう。そういうところだ。

  

 これが私のやり方だ。血糖値を記録しないのは、それでコントロール良好だからいいのであって、誰しもがそうしていいわけではない。いろんなやり方がある。自分に一番適したやり方がいい。

 ただ、こんな風に気楽に生きている患者だっているんだよって伝えたい。病気とうまく付き合うんだ。悲観的になることなんて何もない。難病指定してくれよ経済的に超厳しいよ一生治らないから金かかるんだよって悲しみに暮れることはあるけれど。

 医療の目指すところはQOL生活の質)の向上だ。健康のために生きるのではなく、快適に生きるために健康でいる。

 私は病気生活を阻害されているとは思わない。快適な暮らしのためにしっかりコントロールを行っている。実際、ぐうたら楽しくやっている。好きな勉強をしてやりたくもない大学試験に嫌気が差しながら夜更かしして、お洒落して、食べて飲んで、趣味に打ち込んで、将来やりたいことを考える。

 人生の楽しみのために血糖コントロールをやっている。…なんて言うけれど、私にとって血糖コントロールは歯磨きと同じだ。朝起きて血糖値を測ってインスリンを打ってご飯食べて…という生活の流れは自然である

 さて、やたら長々と綴ってしまったけれど本題はここからだ。しかも短い。(本題ってなんだっけ?)

 病気武器になる。

 病気は立派な個性で、武器だ。

 こんなことを言うのは私がまもなく就職活動を始めなければならないからだ。就活において病気を隠す気なんてないし、むしろ最もアピールすべき点だと思っている。病気があるけれど、うまく付き合って楽しくいろんなことをやってきました!って。いわゆる健康な人には絶対に語れないことだ。

 自己管理をするので迷惑はかけない。血糖値を測らなければならないことと、万一低血糖で倒れたらとりあえず携帯している蜂蜜を唇に塗ってほしい、とだけ伝えて。今までだって自己管理で生きてきた。その証は私自身だ。

 もしも私に病気があることが障壁となって雇えないなんて言うのなら、そんなところはこっちから願い下げだ。無理に採用されたってうまくやっていけるはずがない。病気と共に生きる私を採用したいと思っていただけるところで働きたい。

 社会は厳しいところだって、甘く見てるって思われるかもしれないけれど、そんな社会で生きたくない。そんなのこっちから逃げてやる。自分ハッピーライフが最優先だ。そうさせてくれる社会がないわけない。あいにく私は自分が一番かわいいんだ。

 だから病気武器にしてやる。というか武器になることを知っている。

 何年か前に、自由テーマである原稿を書くという機会があった。それは数百人の中から優秀なものを選ぶものだった。

 私は自分病気テーマにした。病気と共に生きる私をテーマにした。そうしたら、最優秀に選ばれた。なんだか当然の流れだと思った。

 人間ってそういうのに惹かれる傾向がある。抗えないだろうから否定はしない。人の病気の話とか、大好きでしょ?否定はしないけれどそういうテレビ番組は嫌いだから見ない。とくにスタジオがなんか反応するやつ。分かったふりしてるやつ。分かることは不可能だってば。同情とかなんかへんな気持ちはいらないよ。前向きな番組は見るけれど。

 実際優秀として選ばれたのは身内の病気話やそれに類似するものが多い。私としては、歯磨きと同義病気生活テーマにして選ばれるよりも、もっと行動的で才能と彩りに溢れるテーマで選ばれたい。そういう人間になりたい。

 最優秀に選ばれた時に確信した。病気武器になる。他の人にはない私だけの武器だ。生き方武器にできるんだ。残念ながら社会はそういう風にできている。何とも言えない話である。やっぱり病気とは別のところで武器を見つけたいよ。才能って何だろうね。

 ねえあの時の女子高生、見てる?

 生活が一転して大変だろうけれど、生きる価値観とかそういうのが変わったんじゃない?こんな経験普通はできないよ。

 血糖コントロールは難しいけれど、やるしかない。神様がやれって言ってるんだから従うしかないよ。やらなきゃ死ぬもん。

 病気は隠さなくていい。理解を示さな人間はそれまでの人なんだ。むしろ病気と共に生きる私というのは大きなテーマ武器になる。

 私は外出先で堂々と血糖値を測るよ。さすがに血は見えないように机の下とかカバンの中とかで隠しながらやるけれど、針も測定器も人の目につくところに出している。隠すの面倒だし、やりやすいから。だって、意外とみんな見ていない。

 病気にならなきゃ気づけなかったこととか価値観ってたくさんある。いわゆる健康な人には見えないものが見える。自己管理さえすれば不自由なく生きていけるんだ。自分のやりたいようにやるのが一番だよ。

 10万人に1〜2人という発症確率世界は狭いからこれだけ書いたら私のことを知っている人は特定できちゃうかもしれないけれど、まあなんというか、探さないでください。

2017-07-23

https://anond.hatelabo.jp/20170723050553

子供がいない理由難病からです」ってさ、難病患者女性に対する偏見を高めるだけだからやめてくれる?

私もあなたと同年代1983年まれ)で、しかも同じ指定難病患者ですけど、日常生活になんの問題もない軽症者が子供を産めないなんて聞いたことないですよ。

簡単に「難病から子供産めない」なんて言わないでほしいです。

たとえば、膠原病で適齢期の女性で、催奇形性のある免疫抑制剤とか飲んでても、みんな主治医先生自分の病勢と相談しながら必死妊娠出産子育てをしています

なかに妊娠出産すると症状が悪化フレア・アップ)する可能性があると言われてる病気もありますが、みんながみんな悪化するわけじゃないし、あくまでそういうリスクがあるというだけで、妊娠出産禁忌なわけではないです。

大昔は妊娠出産禁忌って言われてたこともあるようですが、増田さんと私は同年代なのでその可能性は低いでしょう。

今後は、子供を産まなかった理由難病を持ち出すのはやめてくださいね

あなたの書き方だと「難病=子供産めない=負け犬」と言わんばかりで、自己卑下のつもりなのかもしれないけど、同じ難病患者としては大変不愉快です

2017-07-17

https://anond.hatelabo.jp/20170717172219

http://1license.com/ippatusiken_news/menkyo-koushin-kaisei20140601/

運転免許の取得・更新時の質問は下記の5項目

  • 過去5年以内において、病気(病気治療に伴う症状も含みます。)を原因として、又は原因は明らかでないが、意識を失ったことがある。
  • 過去5年以内において、病気を原因として、身体の全部又は一部が、一時的に思い通りに動かせなくなったことがある。
  • 過去5年以内において、十分な睡眠をとっているにもかかわらず、日中活動をしている最中に眠り込んでしまった回数が週3回以上となったことがある。
  • 過去1年以内において、次のいずれかに該当したことがある。

添付文書で服用中は運転を控えるよう記載されているからと言って、免許の取得・更新ができないというわけではないし、元増田が言うように、運転が許されていない類の精神薬が決まっているわけでもない、同じように運転が許されていない類の疾患名が決まっているわけでもない。

医師の診断をもとにして判断されるとなっている。

まり主治医免許の取得についてGOサインをだせば問題ないことになる。

差別をしている自覚はありますか?

2017-07-15

人の心はどこにあるのか

友人は障害者福祉関係施設で働いている。自分精神を患っており手帳も持っている。二人で会うと四方山話の果てにこの話題になる。

「人の心は、魂は、精神とは何なんだろうか、どこにあるんだろうか」

例えば、急性期発作から治療を受け、治ったと思いこんで怠薬、を繰り返し荒廃した統合失調症患者

重度の痴呆症知的停滞も似たようなものだ。

飲み、食い、その辺でクソを垂れる。意思の疎通はほぼ不可能。はっきり言ってしまえば知的レベルはその辺の犬猫以下だ。

彼らに精神はあるのだろうか。

「ある」とするのはかなり苦しい。人間的な精神活動を観察することはかなりの困難を極める。

しかし、「無い」とするとまた別の疑問が生まれる。

彼らは「いつ」精神を失ったのか。

例えば、器質性の痴呆症と言うものがある。友人はくも膜下出血後遺症痴呆症になった人を見たと言う。

かつてはホワイトカラーであり、英語も堪能、楽器を弾く趣味もあった。

しかし、今は会話も不能、垂れ流しである

だが彼は時々知性を取り戻して昔の話をしてくれることもあると言う。

精神を失ったり取り戻したり、そんなことがあるのだろうか。

例えば、自分双極性障害を患っている。

気分が落ち込んだ時には精神安定剤頓服で飲むし、躁になりそうだと思えば抗うつ剤を減らす。

もちろんこれは主治医許可を得ている。

悲観的・厭世的な気分になっていたのが薬を飲むと消失してしまう。

化学的に操作できる、今、この感情は本当に自分の心なんだろうか?

2017-07-13

替え歌「死んだ方がマシだ」(元曲「死んだ妻に似ている」)

https://youtu.be/cpot2vM9Edk

頭サビ

死んだ、死んだ、死んだ

死んだ、死んだ、死んだ

死 ん だ 方 が マ シ だ

1Aメロ

Hey メンヘラってきた

色々苦労をしすぎた

バリバリ鬱病盛りの

何でも御座れのニート

死にたい気持ちは本気なんだが

だけどなかなか死ねないんだ

まだまだ…忘れらんない

1Bメロ

しかたらこんな僕を救う主治医(きみ)は女神様?

だけど、待って、それで、いいの?

自殺がしたい

1サビ

[生まれたのは喜劇じゃない

昨日までの僕は死んでいる

リスカしようODしよう

絶望の淵にやっと立てれた]

鬱病だけど言えないことが

ひとつだけあるの

それは僕は

死んだ、死んだ、死んだ

(\はぁ…死にたい…/)

死んだ、死んだ、死んだ

死 ん だ 方 が マ シ だ

2Aメロ

明るい躁の君より

暗めが似合うと思うんだ

いやいやいや…深い意味はない

2Bメロ

しかしたら飲んだもの

ただの幻覚なのかも

自分自身理解しがたい

リストカットがしたい

2サビ

まれたのは偶然じゃない

運命と言うにゃ遅いけど

死ぬでしょうか?狂うでしょうか?

からない ただ今は死にたい

過去があるから 今死んでる

けれど伝えられず

今日も僕は

死んだ、死んだ、死んだ

(\はぁ…死にたい…/)

死んだ、死んだ、死んだ

死 ん だ 方 が マ シ だ

コールアンドレスポンス

よっしゃー死ぬぞー!

クビ(クビ)ツリ(ツリ)

トビ(トビ)オリ(オリ)

トビ(トビ)コミ(コミ)

リスカOD

3Cメロ

しかたらこんな僕は

生きる権利などないんだろう

でもね、鬱が、止まらなくて

千の風になりたい

大サビ

[ ]内繰り返し

先月よりもさら死にたい

まるでただ死体のような僕は

死んだ、死んだ、死んだ

(\はぁ…死にたい…/)

死んだ、死んだ、死んだ

死 ん だ 方 が マ シ だ

2017-07-04

自分認識がまるで信用できない

から夢に自分認識を頻繁に狂わされてしまうのだが、似たような仲間はいないだろうか。

何かを読んだり、考えたりしている途中でフッと瞬間的に意識喪失して、気付かぬうちに夢でその続きを追っていることがよくある。

私の場合意識が戻ってもまばたきをしていたかな?くらいの感覚であり、さらに戻った直後は寝起きのせいか

ややぼんやりしているので判断力も低下しているらしく、意識喪失していたこ自体にうまく気付くことができない。

実際に経過している時間も、数秒から長くて数分程度のようだし、下手をすると周囲の人間も私が寝ていたことに気付かない程度の時間だ。

さらに夢による疑似記憶を埋め込まれ状態なので、その間の記憶というもの自分としては明確に思い出せる状態になっている。

大抵は、続きの文章に目を走らせて、整合性が取れずにおや?となってから、今意識が飛んでいたのかなとようやく気付くことになる。

そんな調子なので、いつ自分に疑似記憶差しまれいるかからず、

攻殻機動隊的な感じでいくと、日々記憶認識ランダムハッキングを受けながら生活しているようなもので、大変に危なっかしい。

時折、夢の中で読み終えたと納得して画面を閉じてしまったりすると、

ちょっとした記事小説なら勘違いしていても多少恥をかく程度で何の問題もないのだが、契約書やマニュアルだと高確率で後で困ったことになる。

なるべく気を付けてはいものの、買ってきたばかりのものを組み立てながら

「次はここをひねるらしい!固いかちょっと勢いをつけるのがコツだって!」と自信満々にパーツをへし折ってしまって、

どう見ても正常ではない結果を前に、そんなバカなと慌てて説明書を見たらそんな記載はどこにもなかったとか、そういった考えられない失敗をやらかししまう。

結局自分認識が信用できないので、一人で作業を進めるのはとても怖い。

なるべく説明書を開いたまま何度もチェックしながら作業を進めるとか、

少しでも異変を感じたら2秒前にチェックした項目でも行動する前に再度チェックするとか

自分を信用しないように気を付けてはいものの、作業スペース関係で紙に目を落としてから作業するために視線を上げたら、

もう疑似記憶が刷り込まれ状態になっていることもあるので、なかなか完璧対策というのが見いだせない。

どうやら今ヤラれていたと気付いても、どこからどこまでが疑似記憶なのかも自分では判断がつかないのも大変恐ろしいし、その度にイチから工程を追い直す手戻りが発生する。

さらに、瞬間的な意識喪失だけでなく、普通に寝ていたあとに寝ぼけて強烈な失態を犯すこともある。

起きるなり大慌てで支度をして、小一時間ほど鬼の形相でたこ焼きを焼いていたことがあるが、

その時は外国から久々に遊びに来る来客をたこ焼きで迎える約束をしていたのに忘れていた、もうすぐ来てしまう!

と慌てていたのだが、よく考えたら外国人の知人自体が私にはいなかった。

またこれは家族にも相談出来ていないが、パンデミック戦争や異星人の侵攻など、世紀末な感じの夢を見て、社会崩壊した状況にあると勘違いしてしまい、

「もうダメだ、こうなってしまった以上私が殺すしかない」と寝起きに武器になりそうなものの物色をし始めたことも実は数回ある。

パンデミックの夢を見た時に、家族が助からない病気にかかってしまっていて、

政府の出した命令によれば世帯主責任をもって感染者を殺処分し、その後感染拡大を防ぐため自死しなければならなくなったと思い込んでいた時などは、

幸運にも家に一人の時だったので途中で違和感に気付いて正気に戻ったために実行に移すことはなかったが、正直かなり危なかったと思う。

昼間に瞬間的に寝てしまうということでナルコプレシーなどの何かの病気なんかを疑ったこともあるが、

どうも文章の先を予測出来てしまって脳が一瞬退屈を感じると瞬間的に落ちやすくなる傾向があるようなので、もしかすると私の場合ADHDがあるので、そっち由来のものなのかもしれない。

ADHDの薬で昼間の眠気が無くなったみたいな話も見かけるので試してみたいけれど、主治医はあまり重症だと思っていないようなので投薬はまだ受けられていない。

そういえば、読んでいるときだけでなく、書いているときでも頭の中に続きが思い浮かんでいると途中で寝てしまうことがよくある。

タイピングが極端に遅いということはないと思うのだが、思考速度にタイピングが追いつかない限り、待っている間にダレて寝てしまう感じというか。

実はこの文章を書き上げるのにも、正の字を書いてカウントしていたが、既に14回意識飛ばしている。

2017-07-01

https://anond.hatelabo.jp/20170701073619

処方された薬を忘れずにきちんと飲む。私の場合レクサプロ

夜は眠剤を使ってでもよく眠り(7〜8時間以上)、日中はよく動く(5〜10km)。

食事はしっかり食べる。

プロテインマルチビタミンミネラル栄養を補う。

気分が悪くなるものに近づかない(調子が悪い時のSNSは毒)。

主治医に「最近ちょっと落ち気味です」と報告して、なんかアドバイスをもらう。

一番効果あるのはよく寝てよく動いてよく食うことですかね。

専門医制度頓挫してくれないかなあ

2018年施行されると言われている新専門医制度頓挫しないかなあ、とずっと思っている。昨年一年延期、てなってカリキュラム制が追加されたり小さい病院での研修必須化されたりとかしたけれども若い医師の状況は金銭的にも勉強的にも上がってないんだよね。

結局のところ、臨床医としてのスタートはサブスペシャリティ勉強を始めたときだと思うんだ。サブスペシャリティを始めてやっと1-2年してまあなんとか形になってきたかな、て感じ。上級医もそれを見越して一生懸命教えるわけ。実質、機動力として4〜6年目(サブスペシャリティの2〜4年目)の医師を頼りにしている市中病院って多いんじゃないかな。

出産留学例外は認めるという風にはなったけど、新専門医制度は結局2年ローテーションして1年サブスペシャリティが基本になってるから簡単に言うと丸々2年分サブスペシャリティ勉強をする医者がいなくなる。たぶん4〜6年目を頼りにしていた多くの病院が、数年で立ちいかなくなる。

本当になんで研修医でやったローテーションをもう一回させるかなー、て思う。サブスペシャリティに行ったら、使わない知識なんて忘れるから!忘れなくても他科の新規治療を完全には会得なんてできないから!あと、半端に知識が残ってるのも危ないから!

結局、ローテーションって研修医がしたことのやり直しだから、正直教える方も教わる方も身にならないんだよね。指導医立場からしたら今までは将来の投資として頑張って教えてたのが、これから一生懸命教えても2ヶ月程度でハイさよなら。てなっちゃうんだし。勿論患者さんにとっても主治医がちょいちょい変わるから、誰も得しないと思うんだけどな。

あと問題なのが、専修医のポスト予算捻出がどこも難しいところ。今まで後期研修医ポストを持ってた病院はそれでいいけど、持ってなかった病院は専門の先生ポストを削ったり、大学院生を無給で働かせたりしないといけなくなるみたい。研修医待遇があまりにも悪すぎる!と今の研修医制度は始まったはずなのに、また誰かが低賃金・もしくは無賃金で働かないと行けなくなるのか。。。と思うとなんかね。

まだモデルプログラムも出てないうちから入局を決めろと迫られてる研修医気の毒やな、と思いつつ、しわ寄せが来るであろうちょっと上の学年も気の毒だなと思う。

理解いまいちできてない部分とか、勘違い部分もあるかもしれない。自分内科医なので、内科に特化した内容になっちゃってるかもしれない。(内科はサブスペシャリティを同時にできるプログラムも、、、とか言ってるけど、具体的にはどうすんのかね)。あと、ちょっと感情的になって読みにくい文章なっちゃったかもしれない。とりあえずぼやきたくて書いた。

2017-06-29

しんどい

吃音だか学習障害なんだか知らないが、口で何かを説明するのがつらい。生まれつきか、成長過程で苦手になったかはわからない。両方だろう。

ある程度はできるから障害者認定されづらいが、ああまた伝わらなかった、と思うたび心にひびが入る。

なのに役所手続きとか、そもそも何に困っているのか?を説明するのに口頭だったり電話を使われたりする。

大事な時はさすがに文章で伝えているけれど、なぜ、という気持ちは抜けない。

今日雇用保険手続きで、これこれこういう証明必要から主治医に書いてください、と言われ、主治医にそれを伝える段でパニックを起こしてしまった。

ちなみにこれでも知能検査をしたところ知能に遅れはないそうだ。

耳も聞き取りづらい時があるのだがおそらく聴覚障害ではないだろう。

色々工夫はしていたつもりだがもうつらい。

そんな中バニラエアの件を見て暗い気持ちになる。おそらく自分の生きづらさは「甘えるな」の一言で終わるだろう。

まれてこなければ良かった。

離人症

離人症になってもう丸3年になる。

今年の1月正式に診断されて治療を始めたけれど、薬の副作用に悩まされる。

最初に出されたドグマチール生理の間隔がおかしくなって5か月で終わり、

ホルモンバランス整えるのに主治医の指示で薬抜いたら不安定になって急遽病院に行って出たのはエビリファイ

エビリファイ生理おかしくならないけれど、だるくて、吐き気がして、昼間は眠いし、朝は早く起きすぎる。

今の不安離人症統合失調症の前駆症状かもしれないっていうのを目にしたので、もし自分統合失調症だったら…と思うと怖いことかな。

2017-06-28

なんか妊娠したらしい

まぁ、こういうデリケートなことはいろいろ固まらないうちにSNSなどで報告する気にはならないけど、どっかに記録は残しておきたい。

なので増田を使わせてもらうことにした。

ここ最近体調が悪く、持病が悪さをしているなと思っていたのだが、持病の調子の悪さとはなんか違う。

そういえば最近生理が来てないけど、もしかしてつわりなんだろうかと思って妊娠検査薬を使ってみたら陽性反応が。

もちろんこれで確定ではないので明日病院に行ってくるが、持病の薬はどうしよう?飲んだ方がいいのか、飲まない方がいいのか。もう診療所に人はいいであろう時間なので、主治医に訊けない。主治医には明日連絡するとして、今晩の薬はどうするべきか。

あと転職したばかりなんだけど、会社はどうしようとか、考えることは多い。

でもとりあえず、夫は喜んでくれているのでよかった。

私自身は、喜びというよりこれからどうなるんだろうという困惑の方が強い。特に会社関係。どう考えてももめる。

でも、幸い夫の稼ぎがいいので私が辞めることになったからといって生活心配をしなくてもいいのは幸いだと思う。

しかし、あと10ヶ月もしたら母になってるかもしれないなんて、なんだか想像ができない。いや、子作りしてたやんって自分でも思うけど、いざ実際に身に迫ってくると、なんだか信じられない気持ち

あと10ヶ月で完璧な母にならねば、みたいな気持ちが湧いているけれど、それは無理な話なので、というか完璧な母自体幻想だということは理性でわかっているので、そういう思い込み気持ちが引っ張られないように気をつけたい。

もう少し楽に生きられるようになりたい

 

 

 やっぱりあれだ、生きづらい。

 

 昔から死ぬことなんて一度も考えたことがない、とは言わない。

 小学4年のときクラス女子からいじめられて、机に「死ぬ」「死なない」なんてあみだくじを作ったことがある。中学2年のとき友人と口論をして、教室の窓から身を乗り出し、飛び降りようとしたことがある。

 でも、どちらも本気じゃなかった。その考えはすぐに放棄できた。生きたかったし、死ぬのは怖かった。

 

 それに比べ、ここ3年くらいの死にたさはやっぱり異常だ。

 ほぼ毎日死ぬことを考えている。以前は何年かおきに一度「ふと頭によぎる」程度であったのに。

 それに、とても具体的に考える。未遂だって何度もしている。いつ実行してもおかしくはない。

 死のうとしていなかったときの私を思い出す。通学や入浴や起床などに対し、やらないと…なんて葛藤とともに行っていたことなどない。ごく当たり前に当たり前のことができていた。生きること自体には、困難なことなど皆無だった。

 

 最近、以前に増して「やばい」と思うのは、無気力に死のうとしていることだ。

 あまり深く考えていない。死にたくて、もがき苦しむエネルギーもない。生きたくない。もう十分だ。死んでもいいかな…。

 考えが綿菓子みたいに軽い。希死念慮なのに、軽い。

 

 通院が苦手だ。

 中学3年の時にホルモン系の持病が発覚した。原因はストレスらしい。幸いにも生活で困ることはそれほど多くない。寝るときの呼吸が浅くて、パートナーとの会話のネタになる程度だ。

 実家にいたときは、親が病院の予約をしてくれた。当日、私は車に乗りさえすれば、通院は完了していた。まったく苦ではなかった。

 

 しかし、大学入学を機に一人暮らしを始めて2年、発病時よりも数値が荒れた。それまで3か月に一度通っていた病院に、2年もの間全く訪問しなかったのだから当たり前だ。

 実際、当時はとても生きづらかった。必死に死のうとしていた。何度も自殺未遂自傷を行って周囲に迷惑をかけていた。結果、一人暮らし不可能判断された。

 

 病院の近所に引っ越して3年が経った。指示された時期よりも訪問が遅くなることはしばしばあった。しかし、通院は続けられていた。

 なにより、相性のいい主治医出会えた。数年かけて、先生とは近況報告をするほど距離が縮まった。

 精神面はある程度回復した。自殺未遂自傷も止めた。社会復帰もした。以前よりはうまく自己を調整できるようになった。

 

 ところが先日、病院の予約をしようと思ったら主治医名前がない。ホームページには彼女退職したとのお知らせが掲載されていた。

 ここ半年就活などでバタバタしていた。指定された通院時期の2倍近くも遅れて予約をとろうとしたのだから主治医は悪くない。適切な時期に訪問していれば、次の医師に引き継いでもらうこともできただろう。

 

 通院する気が消滅してしまった。

 そもそももう7,8年も通院して、未だ同じ薬を服薬し続けている。一回の診療に一万円弱の出費がかさむ。

 次の予約時に指定できる数人の医師のことを私は一切知らない。また一から主治医との関係を築くことから始めなければならない。

 発病時、一生ものの病とは聞いていた。しかし、もう闘う気力がない。

 

 持病についても深刻だが、心のほうも深刻だ。

 一人暮らしをしていたとき自力精神科に通っていたことがほんの数か月間だけある。

 当時は今にも増して酷い状態だった。自殺未遂自傷もそうだが、睡眠食事にまで弊害がでてきた。あまりにも生きづらいので助けられたかった。一度受診してみれば生きづらさは劇的に回復するイメージがあった。

 

 お分かりの通り結果は悲惨だった。

 精神科複数回通うことが必須だ。一度の通院で、病名の診断と、的確な投薬が可能なわけがない。薬には調整が必要である。それに、じっくりと対話を重ねて、医師に己を伝えなければならない。

 しかし、私は通院を止めた。薬が合わなかったから。医師が合わなかったから。お金がなかったから。面倒だったから。予約を忘れてしまうから。劇的に生活は変わらなかったから。

 

 当時は、強制的に何もしなくていい時期を作ってひとまず危機を脱した。

 しかし、今度は金銭的にも時期的にも、同じ手は使えない。

 

 もう少し楽に生きられるようになりたい。それだけだ。

 何も今更すごい成果をあげたいとか、そのためにすごい人になりたいとか、そんな贅沢は言わない。

 ただ、学校部活習い事や遊びに、なんの躓きもなく、最低「行くこと」くらいはできていた私に戻りたい。

 生きたいと思いたい。楽しいことをしたいと思いたい。死にたいと思いたくない。

 

 

2017-06-27

https://anond.hatelabo.jp/20170627034504

>>上記は主治医診断書必要になるので治療方針が食い違うと書いてもらえなくなるかも。

偶に自立支援申請必要診断書交付を拒む医師がいるらしいが、医師法19条2項違反からな。

申請受理するか却下するかは役所判断することで、医師がその申請が通るかどうかを必要以上に気にすることは無い。

患者との信頼関係を気にするのなら、申請が通らないこともあるがそれでも良いか確認した上で診断書を発行すれば良い。問答無用拒否するよりはよっぽどまし。

それとも、自立支援診断書を多く交付してると、どっかからか目をつけられるのかね?

https://anond.hatelabo.jp/20170626215134

知ってると楽かもしれない発達・精神障害持ちの経験談

こんな公的支援がある

自立支援医療制度

医院薬局を一カ所だけ指定して申請すると、精神科医療費と薬代が一割負担になる。転院したり引っ越ししたりしてもまた申請すれば大丈夫収入によっては一カ月の中で支払う上限が変わる。

自立支援医療とは?精神科の通院治療費を軽減できる制度です。

http://seseragi-mentalclinic.com/jiritu-shien/

障害年金

18歳未満に病気が発生したか、それ以上かによって支給要件変わる。発達障害単体だと無理の可能性高いけど二次障害起こしてるともらえるかも。受給するための支援してくれる障害者支援施設もあるので使ってみてもいい。

精神障害者保健福祉手帳

一番のメリット障害者雇用に応募できる。配慮をもらえるのはすごく楽。あと公的施設の入場料が無料になったり映画が1000円で見られたりバスなど移動手段が割引になったり。電車は割引不可のところがまだまだ多い。持っていると色々役立つ時がある。ただし障害者雇用賃金がだいぶ安くなるから気をつける。

上記は主治医診断書必要になるので治療方針が食い違うと書いてもらえなくなるかも。要相談。ちなみに障害年金受けてるとその受給者証を見せれば楽に手帳申請ができる。

学生生活では、いちかばちかテストレポートすみっこに、これこれこういう理由で授業を受けるのが困難だった、と書いてみる。時々同情してもらえて単位もらえる。最終手段として。

退学するかどうかは家族と良く話し合おう。うつ症状は判断を狂わせるので、あまり重要決断をしないのが一番いい。どれだけ時間をかけても卒業するか、休学しながら体調を回復させるか、はっきり辞めてしまうか。道はたくさんあると思う。

やりたい勉強があったなら、退学は最終手段にしてほしいな。やめるのは簡単だけど、入るのはすごく難しいから。お金問題もあるから一概には言えないけど。コメにもあるけれど通信教育放送大学という手もある。

ざわつきが気になるならデジタル耳栓とかイヤーマフなんかを試してみてもいいかもしれない。授業になったら外す、とか。周りの目は気にしなくていい。好きなように言わせとこう。

何よりも、無理せず。やりたいようにやろう。

私も卒論指導教授には、たぶん見えないところでたくさん下駄を履かせてもらえたと思う。うつ治療しながらではあったが、なんとか卒業させてもらえた。ありがたかった。味方は必ずいるから。

大学卒業後の話。

都道府県には必ず「発達障害支援センター」や「障害者職業センター」が存在する。場所によっては「障害者生活就労支援センター」などもある。「若者サポートステーション」などもいいかも。公的機関とは別にNPOなんかも。相談はいくつかあると楽。たまに信用できない支援施設相談員いるから気をつけて。

うそもそも発達持ちなら自営業とかの方が合うかもしれないとつくづく思っている。ブログ副業とかどうなのだろう。そこはお好みで。

ADHD自閉症スペクトラム併発すると結構職業が限られると思う。これは私も今模索中。広々した場所で全員の挙動が全部見えるデスクワークは最悪だった。経験談として。

また何か思い出したら書くかも。

お互い頑張ろう。

あ、あと自分からガイジ」という言葉を使うのはおすすめしない。あまりにひどい言葉だしはてなにもたくさんいる発達持ちに失礼。

※色々追記

ADHDは治らないよ。薬で症状を押さえてるだけ。でもこのコンサータストラテラを飲むと、発達持ちの特性である創造性が失われるという話もある。それが嫌なので私は飲まなかった。元増田はいい方向に行ってるようなので何より。

一割負担の話は政府文句言ってくれ。だけど精神障害持ちはロクに働けなかったり薬がべらぼうに高くなる傾向なので大目に見てくれると助かる。

精神障害二級はだいたい労働生活にかなりの支援必要とする、くらいだったと思う。

ガイジって言葉は誰であれ使うなと強く言っておく。アスペもあまり好きでない。

発達持ちは謎の体調不良を起こしたり疲れやすかったりするので授業にたどり着くだけでもけっこう大変。そして休んでも友達ノートを借りたりできずに落とした単位がいくつかあった。人によるから簡単にちょろいと言ってやらないでくれ。

またまた追記

>>偶に自立支援申請必要診断書交付を拒む医師がいるらしいが、医師法19条2項違反からな。

申請受理するか却下するかは役所判断することで、医師がその申請が通るかどうかを必要以上に気にすることは無い。<<

そうなのか。一番最初自立支援申請をした医者がどうも渋り気味だったから印象で書いてしまった。補足助かる。

それも十年近く前だから、きっと少しは良くなっていると信じたい。申請マイナンバー必要になったのはアホかと思ったが。

まだ成人の発達障害は誤解も多く、私の主治医はとても良い信頼できる主治医だが、私が発達障害であると認めてくれない。(主治医内緒発達障害専門医セカンドオピニオンに行って発覚した)

発達障害に詳しい医師にかかるのが一番だろうが、地方ではそれも難しい現状だ。

ただ、障害者職業センターはだいぶ発達障害に力を入れ始めていると聞いた。何かの助けになるかもしれないから、元増田以外の発達障害持ちも相談してみるといいかもしれない。

2017-06-21

幸せが壊れていく・・・」私を絶望に追いやった更年期障害悪夢

更年期障害なんて他人事だと思っていた。



しかし、50歳の春、私は更年期障害になった。正直、更年期障害なんて大したものではないと思っていた。



でも全く簡単病気ではなかった。



更年期障害は私の人生を大きく変えてしまった。
家族、友人、多くの人を傷つけ、大切なものも多く失った。



でも周囲の粘り強い支え、幸運出会いもあって、何とか克服ができた。今では元の幸福を取り戻すことができたと言える。



更年期障害は心身共に症状が現れる。それゆえに知識がないと混乱をしてしまい、治りが遅くなるばかりか、周囲の人を傷つけ更に自分自身を追い込むことになる。



もっとこうしていれば、苦労しなかったのにな・・・」



そう思うことが沢山ある。

それを今更年期障害に悩んでいる人に伝えたくなった。


興味があれば読んでみてください。

普通幸せ、そこに突然訪れた「ある変化」・・・



私は昔から特に見た目、賢さに恵まれたわけではなかったが、健康だけには自信があった。風邪らしい風邪は引いたことがないし、入院したことも出産ときぐらいだ。



子供を産んだときもあまりにあっさりと産んでしまったので、主治医が若干苦笑いをしていたほどだ。



そんな私は、当然、華やかな人生を歩んできたわけではない。しか女性としての普通幸せは手に入れることができているという満足感はあった。



私にはもったいないくらいの優しい夫、26歳の長女は嫁ぎ、23歳の長男社会人に。子供が自立したのと、夫の定年退職もあと数年に迫っていたので、「老後ものんびり楽しく過ごしていこうね。」と仲良く話し合っていた頃だった。



その変化は突然やってきた。



なんだろう。暑い・・・・



最初異変を感じたのは3月事務パートに行く電車の中だった。



暖かくなってきたとはいえ、その日はさほど暑い日ではなかった。



午前10時、電車の中は通勤ラッシュも終わって混雑はしていなかった。それなのに顔がほてり、汗が止まらなかった。私はそんなに汗っかきではないはずなのに。



「なんだろう・・・」



不思議に思いながらもその場は特に深刻に考えることもなかった。



だが、職場に着いても汗は止まらない。クーラーの効いた室内でみんなが涼しそうにしているのに私だけは暑くて汗がでてしまう



「これは何かがおかしいのではないか?」


一瞬そう思ったのだが、仕事が忙しかったため、その心の声をなんとなく流してしまった。

この判断が私を長い苦しみの追いやったのかなーと今でも後悔している。



続く症状、心まで蝕まれていく



汗の症状はその後も続いた。



特に夜に暑くて目が覚めてしまうことは辛かった。パジャマシーツが汗で濡れて冷たくて目が覚めたこともあった。



汗だけであれば慣れてしまえばどうってことはなかったのだが、1ヶ月経つ頃から別の症状も出るようになった。



朝起きるのが辛く感じるようになった。起き抜けから身体がだるく、軽いめまいもあった。なにより気分が重い。仕事行きたくないな-と思い休んでしまうことも増えてきた。



家事に関しても大好きだった料理もする気がおきず、惣菜を買って帰ってしまうことが増えた。

掃除洗濯苦痛になり週末まで溜め込んでしまう日が続いた。

これまで主婦としてしっかり家事をこなしてきたことには自負があったので、そんな自分が許せず、罪悪感でいっぱいだった。



そんな心身ともに不安定な時期が続く中、

あの事件が起きてしまった。

大事ものが次々に壊れていく・・・



さすがの夫も家事が以前のように行われていないことに気がついたのだろう。



「最近家事あんまりできてないみたいだけど、何かあった??」



心優しい夫は気遣いながらもそう聞いた。



夫は優しく聞いているだけだっただろう、ただ罪悪感に追い込まれていた私は夫に対して怒りを露わにして



「何にもわかってないくせに!私を追い詰めるの!!」



と大きな声をあげてしまった。



私が感情的になることなんて結婚してから一度もなかった。昔から気が長い方で怒ることなんて滅多にない。ただこのときの私は感情までコントロールできなくなっていた。



夫の驚いた顔が今でも忘れられない。



ケンカ一つしない、互いを尊重し、問題は優しさで解決するそんな関係を長年続けてきた。でも、その大切に育んだものに大きなヒビが入ってしまった。そう思った瞬間だった。



すぐにフォローをしなくては。そう思うけど心が追いつかない。
一体わたしはどうなってしまったのか。



唯一の相談相手



「何かおかしいんじゃないか?」



夫はそう言ってくれるけど、私は認めたくない気持ちがあった。



こないだの1件で心に溝ができてしまったこともあるんだろう。



夫は最も信頼できる人ではあるけれど、異性ゆえに相談しにくいこともある。特に心や身体のことは打ち明けるのに抵抗があった。



はいえ、私にも明らかにおかしいというの自覚はあった。けどどうしたらいいかからない。追い詰められていた私は遂に親友相談をした。



大学の同期の加奈子だ。大学卒業してからも定期的に会い、今でも家族ぐるみの付き合いをしている。私の全てを話すことができる唯一の人。それが加奈子だ。



私は加奈子にこれまで起こった全てのことを打ち明けた。



「それって更年期障害じゃないの??」



加奈子の意外な言葉に私は驚いた。



今まで、病気一つしたことが無い私は、正直更年期障害と言われてもピンと来なかったが、加奈子の言う典型的な症状と私のそれを照らしてみると、確かに当てはまることが多い。



実は加奈子も昨年に経験をしたという、加奈子とは3ヶ月に一回は会っているのに全然気が付かなかった。



「私は軽かったというのもあるけど、職場の友人が更年期障害を疑ってくれて、早めに対処できたのが良かったかもね。まさみも早いうちに病院に行ったほうがいいよ。更年期外来ってのがあるから。」



やっと踏み出せた一歩、しか・・・



友人の話というものはすんなり入ってくるもので、すぐに病院を探し、近くの婦人科に足を運んだ。



その医師によると、更年期障害一般的に2から3年続き症状が収まることが多いとのこと。



「これが2,3年も続くのか」



そう思うとこれから人生が暗く重く感じた。



この医師HRTという療法があると提案をくれた。しかし、あまり病院に慣れていない私は、なんだか大掛かりな治療のように感じ少し抵抗感があると伝えた。



それであれば漢方という方法もあるとのことなので、まずは漢方治療から行うことにした。しばらく加味逍遥散喉、半夏厚朴湯、大防風湯、抑肝酸、を服用し様子をみた。



最初の1ヶ月程度でほてりに関してはだいぶ改善してきた。



しかしながら、3ヶ月経過しても、だるさ、めまい、気分の重さに関しては改善がほぼなかった。これでは辛い生活は続くばかり、夫に対しても感情的になってしまうことが多くなったため会話も減ってしまった。



娘、息子への連絡も減ってしまったし、たまにする電話でも以前より感情的で口うるさくなってしまったのか、前ほど家に寄り付かなくなってしまった。



私の世界がどんどん狭くなり、壊れていくような感覚に包まれていった。居てもたってもいられなくなった私はまたも加奈子相談した。



意外な解決策



加奈子は何で治したの?」



以前はなんとなくプライド邪魔して具体的な治療までは聞けなかったが、今度は率直に聞いた。



「私はHRTをやったんだけど、あんまり改善しなかったんだ。軽度だったというのもあって大豆製品を中心に食べる食事療法をやってた。途中からちょっとサプリメントも飲んだよ」



漢方にも改善はみられなかった。HRTはやはり抵抗があったので加奈子と同じ治療選択した。



私は加奈子より症状が重いように感じたので、食事療法を中心に最初からサプリメントも服用した。



溢れ出る希望、なくしたものを取り戻すために



友人同士体質が似ているというのはないだろうが、この選択は私にとって正しかった。



効果はわりとすぐに現れた。約2週間程度でずっと持っていたイライラ感が少しずつ減ってきた。それに伴い感情コントロールができるようになり、夫との会話の回数が増えてきた。



1ヶ月経った頃には身体のだるさが改善してきて、家事に対して前向きになれた。



掃除は軽くではあるが毎日洗濯は週2程度、料理は週に1度くらいしか作れなかったが、簡単ものなら毎日作ろうという気分になってきた。



一度改善兆しが見えると気分は晴れやかになってきた。治療に対してどんどん前向きになって大豆食品を多く取り入れた食事を調べたり、サプリメントに関する知識積極的仕入れ、よりよいものを探すようになった。



そして、3ヶ月目には、ほぼ以前の私を取り戻すことができた。



休みがちだった職場の方々も理解をしてくれて、職場にも以前のスケジュールで復帰することができた。



家事も以前のようにしっかりとこなせるようになった。夫も私を気遣って家事を身に着けてくれたので、以前より2人で一緒に家事をやるようになった。



夫との会話も以前のように弾むようになり、信頼関係も戻ってきたように感じた。夫も私が更年期障害であることは理解してくれていたようで、



「症状が収まろうが収まるまいが、ずっと寄り添っていくつもりだったよ」



と言ってくれた時には思わず大泣きをしてしまった。この感情の動きは更年期障害によるものではないと今では確信できる。



結果的に私は友人の進めた食事療法サプリメント民間療法で幸い比較的短い期間で更年期障害を乗り越えることができた。



自分の心と身体が思い通りにならない約半年間は本当に苦しかった。



周囲も理解はしてくれるけど、気持ちが離れていっていることはわかる。その孤独感が特に辛かった。どうにもできない自分も本当に歯がゆかった。



あなたに伝えたいこと。



私が今も後悔していて、あなたに伝えたいのは、一つだ。



ほてりを感じる日が続く、気だるさ、気分の重さがなかなか抜けないといった症状を感じたら、すぐに更年期障害かな?と疑い病院に行くべきだということだ。まずは更年期障害であるということを理解してほしい。



もちろん私に効果のあった治療あなたにとってベストだとは思わない。HRT受診したほうがいい場合もあると思うし、漢方が効くこともあると思う。また他にも治療法があると思う。



なので、どんな治療でも良いと思う。開始することで前向きになれるし、意外と周囲の理解も得られる。更年期障害は早い人は30代後半から、誰もが抱えうる問題であって、決して恥ずかしいものではない。



一人で抱え込んで、症状が悪化し、周りに迷惑をかけることが、孤立を招き更年期障害を非常に辛い病に変えてしまう。



病院が嫌だということであれば、気軽にカウンセリングを行ってくれるNPO法人もある。まずは更年期障害であることを疑い一歩を踏み出してみて欲しい。


はいちばん大事家族という存在を失ってしまう寸前まで精神的に追い詰められてしまい、本当に苦しい体験となってしまった。



あなたには同じ思いを絶対にしてほしくない。



この体験談が役に立ってくれることを願っている。


2017-06-07

パキシルの恐ろしい離脱症状

うつ病で7年間服薬してきたパキシルを切って、3か月たったころ。

吐き気やふらつき、船酔いのような違和感が徐々に収まってきた一方で、

情緒不安定悪夢、不眠がひどくなってきていた。

体調不良で1日有休をもらい、ほぼ寝たきりで過ごして目を覚ました夕方

異常な不安感とのどが締め付けられるような違和感、落ち着いて着席していられないほどの焦燥感が現れた。

一人暮らしの部屋にいるのが恐怖で、実家の母に電話し、眠るまで切らないでとお願いして2時間つないだままにしてもらった。

翌日からなんとか1週間出社した。

得体の知れない不安とひどい焦燥感は日増しにひどくなった。

時間くらいしか眠れない状態が2週間近く続いていた。

頭も回っていなかった。

「あと少し、あともう少し」と言い聞かせ、何とか出勤していたが、とうとう

職場でも着席していられない症状が現れた。

限界だった。

休職して実家で療養することになった。

主治医は、離脱症状ではない、うつの再発だからと服薬の再開を強くすすめてきたが、薬をやめたい一心だった私は最低限の睡眠薬安定剤だけ飲んだ。

症状は日増しに悪化していた。片時もじっとしていられず、家じゅうをうろつき食事も着席してとれない。

夕方~夜は多少落ち着くものの、寝起きから午前中は地獄だった。

ほかにも、のどが締め付けられるような違和感ヒステリー球というらしい)。

車やバスなどの狭い空間にいると閉塞感で落ち着かず、窓を開ける。

トンネルを通るときなどは恐怖で、運転席に座る母の腕にしがみついていた。

明け方日中も一人でいられず、常に誰かのそばにいて、それでも不安と恐怖が強いときは手を握ってもらっていた。

窓とドアを開け放しておかないと閉じ込められているような閉塞感があり、真冬なのに網戸にしていた。

テレビラジオで「殺人」「強盗」などの言葉を聞くとひどく恐ろしかった。

火星に一人で取り残される宇宙飛行士映画オデッセイ」も、恐怖でまったく見られなかった。

目にするもの、耳に入るもの全てが恐怖の連想につながり、今までどうしてこんな世界で生きてこられたのだろうと思った。

今思えば、脳内不安や恐怖の感情コントロールする偏桃体が、過度に興奮した状態だったのだろう。

こんなに辛いなら死んだほうがいいと思うほど、文字通り生き地獄だった。

2017-06-04

父の癌

一昨日の夜、22時09分、父は他界しました。最期呼吸不全でした。苦しかっただろうに。

それは私に取っては唐突だった。

4月に父と義理の兄と三人でゴルフを行く約束をしていた朝、急に父から行くのが難しいと言われた。

胃が痛くて、眠れなかった。地元病院胃潰瘍と診断されていた。

その日は残念ながら、義理の兄と二人でいくことにした。

そして4月後半。仕事鎌倉に行っていると、母から電話がなった。

父が貧血気味で、急遽、大学病院に運ばれたとのこと。しか最初内視鏡で癌があると言われたらしい。

とは言え、父は71歳。癌が見つかることぐらいありうる。癌は昔と違って治る病気だ。

とりあえず、貧血もあって父は入院することになった。

そして数日後。急遽、主治医先生家族だけ呼ばれた。ちなみに主治医先生は30歳の背の高いイケメン

まずはCTの結果を見せられ、癌の状態説明される。癌は胃から十二指腸に向かっているそうだ。胃の出口を幽門と言うのだが、そこが癌のせいで固くなり、食べ物が腸に流れない。そして出血がひどい。

しか肝臓転移が見られる。つまりステージ4。余命は半年と告げられた。

この時、初めて人生で気絶した。父の癌を宣告され、あまりにショックだった。一緒にいた母と姉に聞いたところ、1分半ぐらいの気絶だったそうだ。

ちなみに主治医先生は、本当に丁寧に説明してくれた。ショックを最小限にしようという配慮は、とても感じられた。

2017-06-01

http://anond.hatelabo.jp/20170601153659

主治医から、「夫さんの精液には、一匹も精子がいません。」と言われた。

主治医の顔は見れなかった。下を向いて私は「あー…なるほど。」と口にしてた。


よくこんなキモいポエム創作で駄長文書釣りに付き合ってやろうと思うな。

自分で書いた文章に泣いてるオナニーやろうだぜ?

夫の不妊

大学で知り合い、結婚して6年。夫と私は性格は違えど、食べ物旅行の楽しみ方がとても合う。この人と家族を作りたいと思って結婚した。

結婚してから子作りを頑張った。夫は子供が得意ではなかったが、私が望むなら、と協力してくれてた。お互いフルタイムで働いているので、次の日仕事でも頑張ってタイミングを合わせたりするのは大変だった。私は同時に婦人科に通って色々と検査した。ホルモン値を測る血液検査、卵管造影、排卵誘発剤など一通りやった。私は生理痛が酷かったので私のせいだ…と何度も何度も自分を責めた。

子作りを始めてから2年目くらいで、ある記事を読んだ。男性不妊記事記事には、旦那さんの性器サイズも平均的でEDなどもなく、普通に行為が行え、旦那さんも全く自覚が無かったという話だった。この記事を読んだとき、これかも!と思った。それから、意を決して夫に一度精液検査を受けてほしい、とお願いしたが、夫は「原因は僕じゃないと思うよw」と半笑いで返してきた。それから私は、私が悪いんだ…とずっと悩んでいた。

それからも3年子作りを頑張った。夫は直接は私を責めた事はなかったけど、なんとなくお前が悪いって言われてる気がしてた。

子供ができないことで夫の前で泣いたことは二回ある。でも、一人で泣いたことは数え切れない。この頃、不妊な私は人間として、生物として価値がない、死んだほうがましと、思ってた。でも、死んだら夫が悲しむだろうなぁと思うと死ねなかった。

子作りを始めてから5年、引っ越した事で、今まで通ってた婦人科をやめて新しい婦人科に移った。そこで前の病院から受け継いだカルテを新しい主治医に見せると、これは旦那さんにも検査してもらう必要がある、と強く言われた。どうしていいかからず、色々込み上げてしま主治医の前で号泣した。主治医困惑しながらも、「これ以上の検査旦那さんの精液検査の結果がないと出来ないと、旦那さんに言いなさい」と優しくアドバイスしてくれた。その夜、その通りに夫に伝えた。夫はいやいやながらも精液検査を受けることを了承してくれた。おそらく夫は、私の検査に付き合うのは面倒だなぁ思ってたんだろう。

検査から2日後、病院検査の結果を一人で聞きに行った。

主治医から、「夫さんの精液には、一匹も精子がいません。」と言われた。

主治医の顔は見れなかった。下を向いて私は「あー…なるほど。」と口にしてた。

長年不妊の原因が自分である自分自分を責めてきた。でも違った。私じゃなかった。3年前にそれを知ってたらこんなに自分を責めなくて済んだのに…。と色々頭を巡った。

その次に夫にこの事をどう伝えるか悩んだ。どう伝えれば傷つかないだろうか。ものすごく悩んだ。病院から家に帰る車の中でものすごく泣いた。そうして腫れぼったい目で夫に伝えた。「検査の結果が良くなかった。夫くん、無精子症みたい…」夫の顔は見れなかった。夫はしばらく固まって「そっか…」と呟いた。

そこからは私が男性不妊場合の子供を授かるための方法を調べて夫に提案した。夫は「そこまでしてやりたくない。二人で、楽しく暮らそうよ」と言う。

私は夫と子供がいる家族を作りたいか結婚した。今、その夢がぽろぽろと崩れてる。子供が居ない選択肢なんて今まで考えたことが無かった(考えようとしなかった)。

これから先、周りにずっと「子どもはまだ?」と言われ続けないといけないのか。

これから先、あの人子供いなくて可哀想、と指を指され続けられないといけないのか。

私はこれから先、どうやって私は生きればいいんだろう。どうやって生きたら死ぬ前に後悔しないんだろう。

2017-05-21

発達障害者連帯できない

NHKの方に投稿しようとしたけどこんなの絶対まれないだろうから増田の方に投稿する。

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ASDADHD併発の当事者です。

**歳のとき休職した際に診断をうけ、現在障害者雇用に切り替えて就労しています

就労については理解のある上司存在もあり上手くいっているのですが、

家と職場の外の居場所を作ることが出来ません。

 

これまでいくつもの当事者団体自助会に参加したのですが、真っ当な団体存在しないのです。

大手当事者団体であるNeccoですら不正受給を行い都から処分を受けています

(http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2014/08/20o8t400.htm )

中小団体も多かれ少なかれ参加費の不正会計などの不適切行為が行われています

参加者レベルでも障害者手帳等級主治医と結託して不当に上げるような話が当たり前のようになされます

私はそのような不正行為が許される風潮に耐えることができません。

 

そもそも既存当事者団体自助会が社会に参加できない重い症状の当事者向けのものであって

自分のようになんとか働けるレベル当事者向けの団体存在していないのもあるのですが、

重く社会参加できないが故に社会寄生しても良いとする基本的思考がそうさせているのではないでしょうか。

少なくとも当事者にある社会に対する、ひいては人類に対する憎悪もその傾向に拍車をかけているのは確かだと思います

 

私も確かに人類憎悪してはいるのですが、症状が比較的軽いが故に当事者連帯できず、社会とも繋がることができません。

私はどうすれば良いのか分かりません。

2017-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20170510144623

元増田さんは現行の措置入院制度問題点(ロクに治療が行われず、措置解除後はすぐに出されてあとは放置)についてはどうお考えなんでしょうか?

あとですね、

警察が介入することによって、日々警察による監視等の妄想をもたれている人が悪影響を受ける

というのはほとんど言い掛かりに近いかと。

私の家族の話ですが、「主治医から監視されている」という妄想を持っていましたが、だからといって病院にかかることを止めるわけにはいかないですよね?

普段から警察沙汰になっていて、警察署名前も住所もすべて控えられてる人間が、あらたに悪影響を受けますと言われても、そりゃそういう人もいるだろうし、そうでない人もいるでしょうけど、警察介入否定根拠にはなりえません。

プライバシープライバシーって言いますが、すでにトラバにも書いたように措置入院にいたった時点でプライバシーもクソもありませんし(ちなみに隔離の個室は24時間監視カメラつきですけど、これも監視妄想悪化するから止めるべきですか?)、私はデメリットメリットを勘案して、今回の改正案にはメリットのほうが大きいと感じます

それより年間措置入院件数都道府県格差(140〜200倍くらいの差がある)のほうが措置入院制度のものに関わる深刻な問題を孕んでそうなので、そっちをもっと真剣議論していただきたいなと。

2017-05-09

から揚げレモン問題増田考える得願化出す魔をイ段紋漏れ毛アラか(回文

たびたび、

増田で見掛ける話題

から揚げレモンかけるかけない問題って出てくるんだけど、

まぁ、私にとってはどちらでも委員会に入ってる手前、

正直どっちでも医院だけどね!

って主治医が言ってたわ。

でね、

私思っちゃったの。

から揚げレモン問題解決する画期的調理法

それはレモン油を使って揚げること。

揚げたてレモンの爽やかな香りがして

とても不思議から揚げよ。

レモンの産地ならではの瀬戸内海産のレモンから作られたレモン油。

なかなか希少らしくって、

もこみちオリーブオイル

トルコの塩かけヌスラトガネーシュシェフばりなレアさよ。

でも、これでから揚げレモンかけるの賛成さんとかけるの反対さんが仲良くなれるわ。

それよりもさ、

あの、トルコシェフが使ってる

ディックの肉切りナイフ

めちゃくちゃ欲しいわ!!!

ペルシャシャムシールの剣みたいに

反り上がっててカッコいいわよ。

切るときはちゃんと左手猫さんの手で添えてね。

よく切れるからね!

切れ味は抜群なのよ。

丁寧に猫さん手にして添える割りには

その後の雑に肉をポイって放り投げるところがワイルドわ!

彼の店がアンカラにあるなら

友だちに偵察行ってきてもらおうと思ったんだけど、

どうやら

飛んでイスタンブールにあるんだって

ちょっと遠いわね。

ディックの肉切りナイフがカッコいい!って思ったわ。

うふふ。


今日朝ご飯

商品サンドイッチ見付けたわよ!

クリームチーズブルーベリーサンドイッチ

デザートサンドしらね

甘いけど美味しいわ。

クリームチーズから

生クリームみたいにモッタリ甘み感がなくってさっぱりよ。

今日デトックスウォーター

水出し緑茶ウォーラー

朝の目覚めにスッキリとした爽やかな味わい。

普通急須に入れる普通お茶っ葉で水出し出来ちゃうのよ。

よく、水出し用的なの売ってるけど、

普通お茶っ葉でもOK

一晩付けて置いておけば、

雑味のない、急須でいれるお茶とはまた違う感じ。

試したことない人は試してみてね。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

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