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2018-07-18

anond:20180717173436

30代半ば、軽度のクローンです。自分場合は手術を受けていないので身体障害者手帳を取得出来ませんでした。手術をしてるかしてないかが分かれ目になるようです。

長年のうつ病もあったため精神の方で手帳を取得、就労移行支援を受けながら半年就職しました。35歳でした。

手帳を取得したらトントン拍子で決まりました。

この場合身体障害者手帳を取得出来るのではないかと思います

主治医役所相談してみましょう。

また、病気やご家庭の事でかなり悩まれ苦しんでいるかと思います

心療内科には通院していらっしゃいますか?文章を読んでいるとうつにも該当するような気が。。。地域健康課などで精神手帳取得についても相談してみた方が良いと思います。お医者さんを紹介して頂く事も可能かと。

ここまで追い詰められていると心療内科受診して精神でも手帳を取得しておいた方が良いと思いますメンタルケアをする事でクローンの方も多少良くなる可能性はあります

手帳取得して就労移行支援施設Excel,Word,PowerPointの授業受けてスキル磨きましょう。

また、履歴書の書き方、ビジネスマナー研修コミュニケーション研修など積極的に受講し面接時にアピールすれば仕事見つかると思います

あとは第一印象がかなり大事なので髪を切って身なりを清潔にしましょう。

容姿がどうとか関係ないです。清潔感です。

笑顔も作り笑顔で全く問題ないです。

時短勤務や週3日などのお仕事もあります

働き出してお給料が貰えるようになったら高卒資格取りましょう。まだまだ若いのでチャンスはいくらでもあります

それからMicrosoft Office Specialist(MOS)の資格も役に立ちますよ。

無いよりかは絶対あった方が評価されます

病気で大変だとは思いますが、むしろをそれを自らの武器にするぐらいの前向きさがあれば必ず道は開けます

自分メンタルヘルスマネジメントTOEIC勉強中です。

出来れば通信制大学入学したいとも考えていますちょっと前まで無職絶望して塞ぎ込んでたのに。

気合いとか精神論は不要ですが、病気でも前向きに明るく生きてる方がラクです。

役所ハローワーク(障害者窓口)などをフル活用してみて下さい。手助けを求めつつ諦めずに!!

2018-07-17

誰でもいいか病人の僕を雇ってほしい、ほんとお願いします。

時給1000円の仕事なんて探していない。

正社員になれないのもわかってる。

保険とかもろもろややこしいものもいらないから、お金を稼ぎたいです。

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僕のスペック

・中卒(正確には高校中退

学力的には小卒レベル

・年齢20代

資格 普通自動車免許

就労経験はなし

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中学生のころにクローン病という病気発症。当時は過敏性腸症候群だと診断された。

その後腹痛で通学できなくなり、不登校状態卒業通信制高校に進学したが三年で卒業できないとわかった頃、クローン病だと診断されて退学した。

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クローン病ってなに?って人向けに説明すると、粘膜に炎症が起きる病気。原因がわからないので、完治はできない。症状をコントロールするのが目標

僕の場合症状がでてから診断されるまで間があったので治療が遅れた。クローン病だとわかったときには小腸大腸で炎症がおきていて、狭窄ができていた。

腸管内で繰り返し炎症がおきて、傷口にできるかさぶたが積み重なって狭くなったといえばイメージやすいかもしれない。

炎症を抑えるために免疫抑制剤を使いながら様子を見てたんだけど、狭窄の痛みが酷かったので腹腔鏡手術で切除した。

手術のおかげで狭窄の痛みはなくなったけど、これが原因で現在慢性的下痢に苦しんでる。

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慢性的下痢になると、痔になる。酒飲みのおっさんみたいだが、笑えない。酒飲みは酒を絶てば治るが、僕の場合食生活ではなく腸のせいだから治らない。

痔が慢性化すると、膿んで痔瘻になる。こうなると発熱するし、痛くて座れなくなる。肛門周囲に膿が溜まって、水ぶくれができて、その後自壊(破裂)して中身が垂れてくる。

痔瘻の手術もした。シートン法といって、膿んだ部分をくり抜いて、ストローみたいなチューブをぶっ刺すんだ。

こうするとチューブ邪魔でくり抜いた部分がいつまでたっても埋まらない。その間ずっと膿が出てくるわけだ。

だけど腫れが引いてシートンを抜いたあとで再発してしまった。

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毎日の排泄が辛い。トイレにいくたび痔瘻が腫れる。トイレにいって、横になって、なにやってるんだろうと思う。

トイレにいく回数がふえるだけで、横になる時間が増える。これじゃ予定も入れられない。

コンビニバイト面接を受けたときが印象的だった。

「治してからにしてください」

いや、治したいよ。だけど、治せんのよ(´・ω・`)

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無理して両親のつてで土木建築現場を紹介してもらい、バイトしたこともある。

だけど、現場トイレは使えないかコンビニまで行かなきゃいけないし、下痢プラス痔瘻コンボで漏らしてしまった(文字通り)。

それ以前に、免疫抑制剤のせいで道具を握れば突発性じん麻疹が出てしまう。

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どうしようもないが、悲しいし、悔しい。

働く意欲はあるんだ。だけど、働ける仕事が見つからないんだ。

クローン病患者の会に出席したことがある。職業について語る場面で、普通に生活保護です」と喋っている人たちがいた。

いずれ僕もそうなるんだろう、とは感じてる。だけど、今は働きたい。20代で諦めたくない。

だけど、手伝ってくれる人なんて周囲にいないし、相談相手もいない。金もない、仕事探しに使える資格もない。学校通ってないか友達もいないし、ネット上の友達っぽい人もいない。ヒモになれるイケメンでもない(というか、ブスだ)。体力もないし、すぐじん麻疹でるし、かゆみから貧乏ゆすりがとまらないどうしようもない人間だけど、それでも諦めるのは辛いんだ。

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両親には今まで数多くの迷惑をかけてしまった。顔を見ただけで疲労困憊しているのがわかる。申し訳なく思う。

からこそ、経済的に自立、もしくは家計を手助けするぐらいのことをしたい。

だけどネット求人を探しても、中卒の病気持ちを雇ってくれるところはない。学歴不問のラブホ厨房のような仕事でも、スケジュールに穴を空けられると困るし、勤務中にトイレに行くのは困ると言われてしまった。

狭い知見しか持ち合わせていないから、これ以上僕一人でできることはない。

雇ってくれる経済力のある人は自殺者1人減らすと思って声をかけてほしい。雇用者じゃない人も、こういう仕事ならいけるんじゃね?と思ったら書き込んでほしい。

現在夢も希望もないが、ここに書き込めばなにか見つかるかもしれないと思った次第。できるだけ返信はするので、よろしく

Twitter twitter.com/kuron_hatena

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追記

まず高校卒業したら?と考える人いるかもしれないけど、親父が借金抱えていて経済的な余裕がないんです。学歴のせいで中卒OKバイト探すだけでも苦労する有様なので、将来的には高校卒業したいと思っています。だけど、まずはお金です。そういうこともあって、この日記を書きました。

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追記2

クローン病患者なので、特定疾患による医療費助成は受けていますが、障害者ではありません。だから障害者雇用枠で就職することは出来ません。

障害者と健常者の間でセーフティーネットからこぼれ落ちた男の話として読んでもらえれば理解やすいかと思います

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追記3

>>住み込み単身赴任でもいいのだろうか。通院があるから難しい? 希望勤務地とかそのあたりの条件が意外とポイントじゃない? 引っ越しも可なら、意識高い系農業法人とかなら宣伝も兼ねてワンチャンいかな?

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僕が使っている免疫抑制剤はヒュミラといいます

二ヶ月に一度通院して、ヒュミラをもらうサイクルを繰り返しています

二ヶ月に一度なのは特定疾患助成の度合いが「高額かつ長期であるか」で決まるからです。都道府県によって違うみたいですが、僕の県では高額の支払いが年6回以上あって、世帯収入が低収入場合、月の支払い上限額は5000円になります。ヒュミラ二ヶ月分で30万円ほどかかっているので、一割負担でも三万円。かなりデカいです。

なので、二ヶ月に一度クローン病IBDでもいい)に詳しい先生がいる病院に通院ができて(高額かつ長期のための実績づくり)、ヒュミラが受け取れて、医療費助成が受けられる立地なら、どこでもいいです。

もちろん農業もばっちこいです。ただし、ヒュミラのせいで感染症になりやすかったり、怪我が治りにくかったりするので、そういう仕事には注意が必要です。

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追記4

>>gonzales66 京都難病支援パッショーネ 上野山さんの京都新聞の連載 > 難病患者 就労への挑戦

>> 「41歳男性難病患者で通院中、はい重症筋無力症という病気です。短時間労働希望していますはい障害者手帳は持っていません。あ、そうですか…失礼します」。おおむねこんなパターンで撃沈します。後で担当者からいつ頃病気は治るのですかと聞かれ、「いやあ基本治らないっすわあ」とこのくだりまでがいつもの流れです。

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僕のバイト面接もこんな感じでしたね。この気まずさ痛いほどわかります

長時間労働希望のほうがシフト埋めやすいのはわかるんですが、慢性的下痢痔瘻患ってるとトイレが長いんでワンオペ無理です、短時間労働希望です、と告げると理由を聞かれます

病気を告げると、障害者手帳の話になり、持ってないというと、いつ治るの?と聞かれて撃沈。

唯一の例外新聞配達バイトでしたね。人柄採用でした。下血が酷くなり痔瘻悪化、患部が腫れて自転車を漕げなくなり、一週間の研修が終わると同時にやめちゃったんだけどね(´・ω・`)

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追記5

>>worris 戀塚昭彦さんがUCで在宅勤務ですね。私はCDで経腸栄養剤を補助的に摂取して通勤できています

僕もそれ試してみたんだけど、経腸栄養剤(エレンタール)にすると下痢の回数が増えちゃうんだよね……浸透圧のせいかと思って薄めに作ったり、鼻チューブで就寝中に一滴ずつおとすのとか試したんだけど、お腹ゴロゴロして日中なにもできないわ、下痢の回数増えて痔瘻悪化して、外科先生に排膿(患部を切開)してもらうことになったりと散々だった。主治医のススメで栄養指導も受けたんだけど、エレンタール無理なら他にない、とさじを投げられてしまった。

クローン病の好発部位である回腸を切除すると下痢になりやすなるみたい。

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追記6

>>a254103 患者の会に生活保護を受けていない人たちもいそうだけど、その人たちはどんな仕事をやってるのだろう?参考にならないかな??

患者の会は今現在健康的な生活を送れている人しかこないので、あんまり参考にならないんですよ。

パターンA、下痢痔瘻に悩んだことはないし、狭窄になったこともない。免疫抑制剤エレンタールコントロールできている人。

パターンB、下痢痔瘻や狭窄に苦しんだが、ストーマ造設手術を行い、オストメイトになった。現在障害者として普通に生活できている人。

から参考にならないし、相談するとストーマにしちゃえば?としか言われない。主治医にそのことを伝えると、クローン病自体コントロールできている(実際小腸大腸の縫合後に潰瘍が見られる以外再燃していない)。QOL生活の質)と就職は別問題(なので関知しない)と言われました。

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追記7

>>dc42jk なんでそれを匿名ダイアリーに書くんだ

自分健康面での将来が不安で「クローン病を患っていて、とうとうストーマになった患者さんのブログ」を見ていたんですが、コメント欄をみてもアドバイス殆どなかったんですよ。僕自身fc2アメーバだったかも)で一度記事を書いたことあったんですけど、最初コメント通販サプリメント売りつけている別ユーザーの慰めのコメントでした。そういうのはもうお腹いっぱいなので(いっぱいなので)あえて増田かな、と。

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追記8

>>pmonty きっついね自助努力ならプログラミングだと思う。あとブロガー(文才あるよね)。流行りならYoutuber, Vtuber とか?住んでる県か市くらい明らかにした方が救済が期待できるのではないかと。

どこまで書いていいのかわからなかったので書いてなかったんですが、大阪府在住です。

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追記9

>>いちおう欲しい収入は書いたほうがいいんじゃね

本音でいうと、お金をもらえるなら具体的な金額はどうでもいいです。10円とかじゃ困るけど……。

高校ちゃん卒業するためのお金を貯めたいって目標はあるのですが、それだって残ってる単位40ほど×1単位9000円でけっこうな額になっちゃうし、入学費用(退学してるので)も含めるともっと増える。

二年以上新しく服買えていない(バイト面接ジーンズダメと言われて本気で困った)、未払いで電話が止まること多い、というかクレカが全部死んでる、家差し押さえられた、車手放した状況なんで、世帯収入増えるならなんでもいいです。

そのうえでですが、僕の医療費の支払い上限は5000円で、特定疾患による医療費助成から逆算すると世帯収入は370万円以下のはずです。これが370万円~810万円になると、上限が10,000円になります。年6回通院なので、30,000円の負担増がペイできて、家計に貢献できるならうれしいです。

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追記10 20180719

みんないろいろありがとう。まだ報告できることはないけど、TwitterアカウントDMがたくさん来て嬉しいよ。

ブログやらないの?って書き込みはあったけど、このアカウント思いつきで取ったので、IDがkawango2525なんだよね。誤解しか生まないからどうしようか悩んでるよ。

ちなみにkawango2525なのはTwitter低能先生トレンド入り→kawango2525のつぶやき話題になってるのを知る→低能先生についてのはてなアノニマスダイアリー記事を読む→自殺を考える→禁止されていた飲酒をする→酔った勢いはてなアノニマスダイアリー記事投稿しようと思い至る→アカウントを取得するって流れだったからだよ。

Twitterアカウントは見ているので、なにか用事のあるかたはDM送ってくれたらと思うよ。

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追記11 20180719

来週中になにか報告できるかもしれません。DM送ってくれた皆さん本当にありがとう。この恩は働いて返します。

2018-07-15

これからどうすればいいのか

5年間精神病で働けず、精神科に通院しているが、先日治らないだろうと宣言された

もちろんこの5年間いくつも薬を変え、治療してきたが一向に薬が効かない。他の病気かとも思い検査も受けてみたが、まったくどこも悪いところはないらしい

薬飲んでも何も変わりないんだから、減薬してみてもいいか主治医許可をもらい、時間を掛けて1日1錠だけ飲む状態になった。1日4錠飲んでた頃と本当に何も変わらない

薬がゼロになったら今後どういう治療をするのかと聞くと、「ここに来ても私と数分話すだけで何も変わりませんから、(別の常用薬)が欲しいなら内科ももらえますよ」とのたまった

意味がわからず聞き返したら、将来的に効く“かも”しれない薬が出てくるまで待つしかないんだと。他に治療法や検査法もないと主治医に言われた

どうやら5年間周りから家族からもやいやい言われながら治療に費やした日々は無駄だったらしい、30代で働けない病気も治らない身動きもまともに取れない人間は何のために生きればいいのか

死ぬしかいかなと思うが、年老いた両親の事を思うとこんな役立たずの出来損ないでも生きてた方が何かの役に立つかもしれないしなと葛藤する

リアルでは誰にも言えないのでここに吐き捨て

2018-07-11

anond:20180711100706

から見たらどっちも病気だよ。

しろ、過食だけの巨デブと、過食嘔吐の人や拒食過食がセットの人だと後者のほうが病気としては重い。それは増田だってわかってるだろうし、「重病だから自分らのほうがつらい、軽症の人と一緒にしないでほしい」って、病人心理もあるだろうけど、そんな堂々と威張って主張できるようなことでもない。

世間からみたら、巨デブはわかりやすく自制心がなくてだらしないダメ人間って見られるから増田の主張はそれなりに同情されると思うけど。

でも、本当は、過食嘔吐の人も、拒食と過食繰り返す人も、過食の時は巨デブと同等の質量を食べてるでしょ。健康を保つ普通の量を食べることができないことには変わりない。嘔吐したり拒食があるから一見痩せて見えるだけで、身体の中はボロボロで、さらに臭かったりもする。嘔吐とか拒食は努力とか自制とは違う。病気だよ。

さらに、巨デブ忌避して憎み、「自分はそうじゃない」というところに自尊心を持つ限り、嘔吐や拒食をやめられなくなるので非常にまずいと思う。だから増田インターネット遮断して主治医とか信頼できるリアル人間関係気持ちをぶつけたほうがいい。ネット安易同意もらってたら命に係ることになりかねない。

2018-07-08

心療内科必要

もう何年も前のことだが仕事ストレスで体調を崩し主治医の勧めで心療内科の世話になったことがある。世話になったと書いたが実際には何の世話にもなっていない。私は自分が抱える人生問題解決する知恵が得られると期待していたが心療内科はそう言う場所ではなかった。例えるなら歯が痛い人に痛み止めは出すが痛みの原因である虫歯治療しないような場所だ。これはカウンセリングも同じで、話は聞くが問題解決に役立つアドバイスがされることはない。

心療内科やカウセリングがそういう場所であることは別に構わない。ただ、そのような機関が何のために存在するのか未だに謎である。世の中に心療内科医者カウンセラーに救われた人は本当にいるのだろうか。結局、私は人間認知の仕組みを独学で学び、古今東西哲学書や苦労人の伝記を読み漁り自分生き方根本から見直すことで体調不良から抜け出した。その経験から言うと現代人に必要なのは心療内科医者カウンセラーではなく生きるための知恵や知識を伝える人ではないかと思う。

もちろん心療内科精神科)での治療必要な人もいるだろう。認知症や統合失調症などの重篤病気物事に対する考え方を変えても治らない。病気治療効果があるとされる薬物を医者の指示に従い適切に摂取して症状を和らげる必要がある。しかし、そういった病気でなければ必要情報を集め偏った考え方を変える努力をした方が病院カウンセリングに通うより有益である

どうするかは本人の自由だが、少なくとも私は物忘れや幻聴が起きない限り心療内科に通うことはないだろう。

2018-07-05

恋愛は少なくともメンヘラとは両立できなかった話

 本文をうっかり読んでしまうのは時間無駄なのでいくらか前置きで警告をしておく。

 これは一人のクソ女の自分語りだ。

 多分恋愛をしている人にもメンヘラをやっている人にも響かないと思うので、ノンフィクション小説好きな人とかが読んで哀れむなり蔑むなりネタにするなりしてくれたらいいと思う。

 文章にすると落ち着くたちなので、一回字に起こして整理したかっただけだ。

 特に意見アドバイスを期待してはいないけれど、私が想像も出来なかったような現実を打開する魔法があるなら教えて欲しい。

 そうじゃないなら今はほうれん草を沢山使うレシピくらいしか知りたいことはない。

 石を投げたりして気持ち良くなるなら好きにこの文章の私を罵ってくれて良い。もし肯定したいとか共感したとか優しい言葉を掛けたいとか思ったら、それは上手く受け取れないので胸に仕舞うか何かしておいて欲しい。言って満足するなら言って満足して欲しい。

 それから、ぼかしたりフェイクを入れてはいるけれど一応念のため。私の彼氏さん。あなたがこれをもし読んでいたら、私にいい加減愛想を尽かして下さい。メールもしなくていいし、顔も合わせなくていいです。ここにはあまり書いてないけどあなたはすてきな人なので、きっと可愛くて気立てが良くて知的趣味の合う恋人や奥さんがそのうち出来ると思います。私抜きで幸せになって下さい。でも今までありがとう

 さて、数えてないけど多分これ五千字くらいある本文。

 私には彼氏がいる。中学生の頃男女混ざった仲良しグループに居た同士だったが、彼は当時テンプレ中二病クソ女であった私に親切だった。私はいわゆる愛情に飢えたメンヘラであり、被虐待児でもあったので親切な彼を好きになった。

 親に無理矢理突っ込まれ進学塾、殴られたくないから沢山勉強して、私が目指した志望高校は彼と同じ学校だった。志望理由は、当時不良やヤンキーが苦手だったのでそれでもやって行けそうな校風であることと、私のやりたい部活の成績が良かったこと。通える範囲で目指せる偏差値勝手に割り出されたその高校を志望していると自分に言い聞かせるために、彼と一緒に高校に通えるかもしれないことを考えていた。彼は頭が良かった。彼の頭が良いところにも好感を持っていた。

 結果として高校受験は失敗だった。兄弟が多い我が家は長子の私の滑り止めを用意出来なかった。模試きれいな紙に印刷された合格する確率が70%まで落ち込んだ。挑戦は許されず漫画のように家庭の都合で通いやすくそれなりの偏差値の親が決めた高校受験して合格した。

 妥協のご褒美に私は携帯電話を買い与えられた。猿のように熱中した。友達とひっきりなしにメールをするのが楽しかった。そんな携帯中毒に付き合ってくれたのが彼だった。

 彼は愚痴をうんうん聴いてくれた。肌寒い日にはコートをかけてくれて、雨の日は傘を差して家まで送ってくれた。

 彼は誰にでもそうする人間だ。

 そういう人間を私は好きだと思った。

 高校一年の夏、好意を伝えた。彼はいわゆる恋愛恋愛した面倒は嫌だけど、と前置きした上で私と付き合う返事をくれた。友達にも家族にも内緒だった。私はおおっぴらに恋愛満喫して盛大に恋心に振り回される友人たちのようになりたかったが、その夢は絶たれたと言ってもいい。

 彼は時折、家族が留守にしている放課後休日、私を自宅に呼んだ。彼の家は急な坂の向こうにあり、私は暑い日も寒い日も自転車こいで彼の呼び出しに応じた。二人でカーペットの床に並んで座って、他愛もない話をするのはとても楽しかった。彼はキスがしたいと言ったので応じた。こんなもんか、と思った。彼は私の胸や下半身に触れたがった。胸は触らせたが、下半身他人に触られるのは嫌だったので精一杯かわいこぶって断っていた。

 彼が満足そうで良かった。私にかわいいとか偉いとか頭が良いとか言ってくれるのは彼だけだったからだ。

 たまにデートなるものもした。彼は共通の友人にばれたら面倒だから地元ではないところで待ち合わせて、博物館などに行った。博物館が好きなので楽しかったが、多分一人でいても楽しかったとは思う。彼は理系なので解説をしてくれて、知らないことを知れたのは楽しかった。

 いわゆる中学生ぐらいのいじましいお付き合いは高校三年生になるまで続いた。

部活大会模試で顔を合わせたら、こっそり示し合わせて抜け出して会って話したりしていた。

 関係が、と言うよりも私が変わったのは高校三年生の秋頃だっただろうか。

 私は学校へ行けなくなったというより、身体が動かなくなった。

 鬱を発症していたと知るのは年明けに通院をはじめてからだ。高校卒業も危うくなった。彼のメール無視し続けた。友人たちのラインブロックした。手首を切った。酔い止めを何箱も一気に飲んだりした。苦しかった。とにかく早く死にたかったが、癇癪を起こすと椅子を投げてくる母親から兄弟を守らなければならなかったので死ねなかった。

 音信不通を続け、両親の説得も不登校支援センター保健室も諦め、私は精神科に通院することになった。

 高校三年生の一月、私はセンター試験どころか学校へも行かず精神科に通った。薬が効き始めるまでが地獄のように長かった。向精神薬睡眠薬がなんとか効力を発揮する雰囲気を醸しはじめた頃には、卒業はほぼ絶望的だった。

 私は主治医から診断書をぶん取り、校長などのお偉方と交渉を重ね、補講を組んでもらうことでなんとか、卒業から数日はずれが生じるものの年度内に卒業出来ることになった。周りの大人は私の想像はるかに超えて優しかった。同情し、時には私の身の上話に涙ぐんでくれた。そんなことで悩んでいたなんて知らなかった、と口々に言った。進学校だったので不登校前例が無かったのが幸いした。先生方は私一人のために会議室卒業式をやってくれた。

 さて、話を恋愛に戻そう。私はなんとか卒業証書をぶん取り、彼は第一志望の難関大学合格していた。サイゼリアで久し振りに会って彼は「元気そうで良かった」と言った。

 私は全くもって元気では無かった。

 恋愛どころじゃない、何度も死にかけた。

 人に説明する元気もあまり無かったので、かなり端折って私はことの顛末説明した。ずたずたの腕を見せて「メンヘラと付き合うとろくなことがないって言うから、別れるなら今だと思うよ」と彼に提案した。彼は「それは別れる理由にはならない」と言った。

 そういうことでお付き合いは継続されることになった。

 彼は大学入学した。私はそれを祝福した。彼が受験勉強を頑張っていたのを知っていた。とても尊敬している。

 私はといえば、自分を殺そうとする自分に耐え、病状を必死家族説明し、ひたすら精神科に通った。

 彼は以前と変わらず家族が留守の合間に私を家に呼んだ。私は行かなかった。外に出る元気も無かったし、当日朝「今日家誰もいないよ」と言われても動き出す頃には翌日の昼間だ。

 彼はサークルが忙しかった。理系から男ばかりで可愛い子いないよ、と言っていた。

 私達はあまり会わなくなった。

 彼は学業を、私は治療を、お互い頑張っていた。

 彼は私が死んだら悲しむだろう。優しくて弱い人だから自殺だけはしてはいけないと自分に言い聞かせた。

 色々なことがあった。

 死なないために意識を失うことが必要だった。私は酒浸りになり、睡眠薬はどんどん強いものに変わった。早朝起きて、Amazonで買ったウォッカを水で割り、それで頓服を服用して眠り、昼過ぎに起き出して母に罵倒されながら(これは10年来の日課だ)食事をとり、薬を飲んでまた眠った。眠れない夜は頓服を酒で服用した。そうすれば眠れる。眠っている間は死にたくならないので楽だった。

 私某居酒屋で酒を飲みすぎて意識を失い救急車に乗った。倒れたはずみに骨折もしていたのでそれを治療するため更に入院した。入院中は母に罵倒されず三食昼寝付きだったので手術の痛みを差し引いてもお釣りが来るくらい快適だった。

 退院してからはまた酒を飲んで眠るだけの生活をした。

 そんな状況を医者は許さず、私は精神科閉鎖病棟入院することになった。彼は見舞いに来たがったが、私は断った。誰にも会いたく無かった。自分自身と二人きりになりたかった。何もかもに疲れ果てていた。

 入院生活幸福だった。

 看護師さんは優しい。変な人が沢山いるけどそれぞれが自分のことで精一杯だから誰も干渉してこない。

 母の罵倒が無いなら、現実逃避するためのスマートフォンは要らなかったので無くても困らなかった。

 少しの本、ポータブルCDプレイヤーと何枚かのCD。それだけで完結した生活は確実に私の心を癒した。

 これが人生の正解だと思った。誰も、何も要らない、天国だと思った。

 あらかじめ定めていた期間が過ぎ、私は退院した。

 閉鎖病棟入院したことがあるレッテル付きの私は母から罵倒が少しは薄まったと感じた。もう死にたくならないために一人で十分だった。

 そして同い年の彼が大学二年生になると同時に、私は大学一年生になった。

 母が勝手に推薦入学に出願して受験料も払い込んでいた。仕方がないので面接に行ったら大学に受かった。入学した。

 彼はおめでとうと言ってくれた。

 新調したスーツきれいなキャンパス、好きな学問、新しい友達

 私はまともな人間に戻れるかもしれないと期待した。

 アルバイトもはじめた。友達徹夜で飲み明かしたりした。

 しかし、ゴールデンウィークが明けた頃には既に私はくたびれていた。夏休みが明けて、大学へも行かなくなった。アルバイトはクビになった。

 主治医からストップがかかり、休学する事になった。

 私はただ家で時間を潰し、母の(以前よりはマシな)罵倒に耐え、薬を飲み生活していた。もう死のうと思っていた。

 大学で新たな人間関係を築いた彼は、私の死を受け入れるキャパがあると思った。

 そういえば私は彼とセックスしていなかった。

 呼ばれても家に行かない、共通の友人たちと遊ぶ以外では会わない、そんな恋人であったから、私はなんだか彼に申し訳が無かった。

 セックスすることでそれを清算できると思った。

 セックスする前に私は酒を飲んだ。

 薬の副作用で性欲は無く、彼とキスしても気持ち悪いと思ったからだ。

 彼が取ったホテルで私は彼と昼間からセックスした。

 こんなもんか、と思った。

 彼は別にセックスたからといってこれまでより優しくなる訳でも冷たくなる訳でも無かった。

 その日私からやや強引に誘い、夕食を食べながら話をした。私は彼と話がしたかたからだ。彼と話すのは楽しかった。

 それが数ヶ月前のこと。

 それ以降、私は彼と一度も顔を合わせていない。

 なんだかひどく億劫で、気の許せる女友達しか話したくない。

 精神科に通い続けて、自傷行為をやめられた。アルコール中毒も治った。睡眠規則的になった。

 兄弟が進学と同時に一人暮らしを始めた。もう自分の身を自分で守ってくれる。

私の生きる価値は無くなった。

 ある夜母が癇癪を起こして私に出て行けと怒鳴り、私を家から蹴り出そうとした。

 終電が無かったので私はははに頭を下げて「一泊止めてください、明日出て行きます」と言ってその場をおさめた。

 翌朝、私は最小限の荷物だけを持って逃げるように家を出て、何度か遊びに行っては掃除をしてやったりしていた兄弟一人暮らしをしている家に転がり込んだ。

 それから紆余曲折あり、結局兄弟仕送りで私は生活している。兄弟大学に行き、私は自分兄弟の二人分の家事をしている。おそらく幸せなのだろう。私が欲しかった暮らしは手に入ったのだろう。

 もう死んじゃおっかな。くたびれた。もう何も要らない。

 今死んだら同居している兄弟がショックを受けるだろうから、死んでないだけ。

 彼と連絡を取っていない。

 これが自然消滅と言うのならそうなのかもしれない。

 私は多分もう駄目だ。大学は妹宅から距離的に通えないので中退する。アルバイトでせめて食い扶持を稼ぐのが目標だが、達成出来るのはいつになるやら。

 こういう駄目な人間恋愛などしても彼に何の得も無いだろう。

 だから自然消滅であってもさよならを言っておきたい。

 もう恋愛感情がどういうものなのか思い出せないのだ。

 自分異性愛者ではないのかもしれないとも思ったが、同性も好きにならないのでたんに今恋愛をしたくないだけだと思う・

 彼は人間としてすてきだから好きだけれど、セックスはしたいと思わない。それじゃあ社会的地位の高い彼にぶら下がりたいだけの厄介メンヘラだ。しかセックスさせてくれないときた。そんなクズになってまで恋愛かいフィールドに立っていたくない。情けないし申し訳ない。

 友達に戻って彼と飲みに行きたい。手を繋がないで一緒に博物館に行きたい。一緒に食事がしたい。でも今は会いたくない。

 さよならを言うために約束を取り付けようと思って、彼が通う大学夏休みの期間を調べている。

 でも何だか会うのも連絡するのも嫌になってきた。

 こうやってぐずぐずしたまま、付き合い始めてこの夏で四年。嫌だ。

 生活が忙しくて、朝起きて夜寝るのが精一杯で、恋愛なんかやってる場合じゃない。

 そろそろ死んじゃおうと思っている。

 メンヘラはよく人生を虚無虚無言うけど例に漏れず私もやはり虚無を感じている。

 恋愛には向いてなかった。

 多分健康でいることが出来なくなった段階で恋愛なんかやめにしておけばよかったのに、彼の優しさでそれは人工的に延命措置を受け続けている。

 罪悪感はそれだけで健康を害するから排除しなければ、と、病気治療する上で判断出来る。だからさっさと別れようってメールを打てば良いのだ。

 参ったなあ。

 

2018-07-02

ADHDプログラマブログを読んで考えたこ

夫婦心療内科に通っている。

今日SNSを眺めていた。ADHDプログラマの人が書いたはてなブログが流れて来た。

http://simplearchitect.hatenablog.com/entry/2018/07/02/080248

読んだら涙が出てきた。

私もADHDと診断されて、プログラマのようなことをやっている。ブログの人は47年も生きて働いているけれど、私はその半分も生きていない。共感したなんて言うのもおこがましいのだが、一つ一つの事例が胸に刺さった。

遠くから見ていると私は何かが出来てるように見えるかもしれないが、冗談抜きで人の3倍ぐらい時間をかけないと成果が出ない。しかも、中途半端しか完成しない。

小学生の時、自分は人の3倍時間をかけないとモノにならないことに気づいた。すぐに身につかない絶望から目を逸らすために、今日努力は3ヶ月後に力になると自分に言い聞かせた。それなりに聞こえのいい国立大学に入ったけれど、それは他人の3倍勉強たからと自負しているし、実際、合格最低点とコンマ1点まで同じ点数の滑り込みだった。

同僚がバケーションを楽しみながらも、効率よく色々なものマスターしていくのを横目に、自分時間がずっとかかり、しか中途半端

新卒プログラマ就職した。俗に言う文系プログラマというやつだ。慣れない土地、見知らぬ言語、慣れない人たち。研修が終わったら、本社に帰社して短時間業務をする。日誌を書き、添削を受ける。帰って次の日の予習。1度で理解できないため、ノートにまとめて、単語帳をつくる。朝は起きれないので、夜のうちに次の日の服と荷物を用意する。最初の3ヶ月は本当にパンクしていた。毎晩お風呂場で寝落ちしそうになり、浴槽から這い出て洗い場で仮眠していた。

先日プログラミング技術調査をして、サンプルコードを書こうと思っていてパソコンに向った。やりたかった事は、たった1つのAPI検証しかし朝7時から初めて気づいたら15時だった。しかも、終わっていない。ADHDの私が昔から何回も体験した感覚。いつもながら自分がっかりする。自分が知らず知らずに無意識にやってる見積りでは、「2時間ぐらいでできるかな。余裕を持って」だった。しかし、いつも私の考えている見積りは大幅に遅い方に間違うのが普通だ。

未だに時間見積もりが上手くできない。優先順位も上手くつけられない。遅れているのがわかっているのに、追い詰められるほどに助けを求められなくなる。何度も何度も同じことを繰り返し、毎回自分の首を絞めたくなる。絶望

かにも、大事コンクールの時に限って遅刻したり、いつの間にか部屋の足の踏み場がなくなったり、前日に用意したはずなのに忘れ物をしたり、形式の変わっていない勤務管理表を今も書き間違えたり。

ADHDだと言われてから、まだ1年も経っていない。言われるまでは、自分がそうだと思いもしなかった。みんな同じようにミスをしたり苦しかったりする。だからこれらの出来事は、全部自分集中力が足りないからだと考えていた。

主治医先生が言うには、

ADHDの人の一番大きな特徴は、よくミスをするとか時間を守れないということではなくて、その回数が他人より多いことによって自分を責めてしまって、他人よりずっと打たれ弱いことだ」。

思い起こしてみると、もっとも大きな問題は「最初に思ったことと、関係ないことを大量にしていること」だった。ちなみに、次点は、「何かを調べているうちに、前にやっていたことを忘れる」だった。

ストラテラを飲みはじめる前は、起きている時間の8割は、自分が今していること(例えば歯磨きとか)、別のことを複数スレッドで考えていた。そのうちいくつかのスレッドは、過去自分が失敗した出来事で、もうどうしようもならないのに何度も何度も自分を責めた。

心療内科に行ったのは、仕事に追い詰められて眠れなくなったため、家人の通っているクリニックを勧められたから。鬱になって不眠気味だから、薬で眠れるようになったり休めるようになればいいな、と思ったからだ。

病院先生に「ADHDだね」と言われて、帰ってその特徴を調べた夜、寝る前にベッドで大泣きした。

苦しい思いをしたとき精神力が足りないかだって自分を責めなくていいんだ。脳の特徴だから仕方なかったんだ。薬を飲めば、治る病気なんだ。

そう考えたら、安心して止まらなくなった。

いまは家人可愛い猫たちと一緒に、「無理しない」「健康になろう」をテーマ生活を立て直している。ADHDについて調べたとき、「まんま君のことじゃないか」と言ってくれた家人でも、よく分かっていないんだな、とたまに感じることがある。

親にはまだ言っていない。家人が「君が分身したみたいにそっくり」だという彼らも、きっとADHDなんだろうな、と考える。離れて暮らしいるから、言わなくても生活はまわるし、できれば一生言わずにすめばいいと思う。

弟たちには、機会があれば言ってみようと思う。私以上に不器用な彼らが、そう望んだとき、少しでも生きづらさを減らせるように。

タスクリストは前からつくっていけれど、ついタスクリスト無視して動いてしまうことが多い。前日までに荷物を用意したり、他人の3倍練習できるようになったのは、繰り返した失敗と後悔の日々から身につけた私の処世術

これからも何度も失敗を繰り返して、いつの日に限って、タスクリストに沿って動くことができるようになるだろう。

そう希望を持って、明日も私は机に向かう。

とりあえず同じ双極性障害である自分は「生きよう」と強く思った

生を噛みしめて生きる

生きてるうちしか生きられないか

病気のせいで死んだりしない

主治医のために生きるのでも家族のために生きるのでもなく

自分のためだけに生きる

そういう生き方でいいよ

遊牧民みたいに生きよう

2018-07-01

anond:20180630150652

40代女医麻酔科医です。子供いないので、あまり参考になるようなことが言えないかもだけど。

かに責任は重く、労働時間は長く、突然の呼び出しもあり、私生活に対しても社会の目は厳しい。

こんな状況で出産子育てなんてできるかという気持ちはごもっともです。

でもそれって女医だけの問題でしょうか?

社会全体を見れば、共稼ぎ世帯が増加したことで、男性育児参加は当たり前、育休収得も増え始めています

男性医師も少しずつ意識が変わりつつありますメジャー科の男性医師でも「子供入学式にために休みます」という人も珍しくない。

長期の育休を取った男性医師はまだ見たことがないのですが、制度上は問題ないんだし、そのうち出てくるんじゃないでしょうか。

今までの医師ロールモデルは「(家庭を顧みる必要のない男性医師私的領域まで犠牲にして働く」という昭和的なものだったのですが、

平成も終わろうという今、これを踏襲し続けなければならないわけがありません。

陳腐な言い方であまり好きではないのですが、「女性が(家庭を顧みなくていい)男性並みに働く」ではなく「男女ともに家庭を大切にしながら働く」。

正直男性医師だって休みたいし、家庭を大事にしたい人は多いんです。メジャーだって、これから時代医局員増やしたいならここらへんちゃんと考えてます

今後老年人口が増加していく中で、これ以上医者疲弊しない労働環境づくりは結構重視されてます

主治医制を撤廃した病院もありますベテランだって皆、もっと楽に仕事が回るようにしたいんです。

あなたに「メジャーに行け」という意味じゃなくて、「『出産子育てをする女性からできない』という考え方は、次世代への呪いになるからやめときなさい」と言いたいのです。


あと新専門医制度は悪い文明。一回滅びろ。一回と言わず永遠に滅びてろ。


最後ちょっと厳しいことを。

産後復帰しようとしたら入局後2-3年は、あなたの言うようにすべてを捨てて頑張ったほうがいい。そうしないとまともな産後復帰は難しいです。

復帰しても指導者監督下で簡単なことしかさせてもらえない→やりがいもなくなって退職というコースになりやすいです。

サブスペシャリティが得られるまで頑張ったなら、よいバイト先もまわってきてやりやすくなるのですが、そこに至るまでの年数がネックですね。

まー、意地悪な言い方ですが、夫が医師でない場合経済的理由からか復帰への意気込みが違います

正直「旦那さんが医師で入局1-2年以内に出産」ってパターンの子は、まず戻ってこないだろうなーと思って見てます

どうなるにせよ、医師という職業を続けるからには一生勉強なのです。

子供いるから・育休取ってたから」は労働時間制限にはなっても、医療の質を下げていい言い訳にはなりません。

子供がいて育休たくさんとってても、時間内の仕事の質が高く、医局内でも評価が高く後輩から尊敬されているような女医さんもいます

近くに良いモデルになるような先輩がいないのかもしれないけど、産休・育休取った女医さんのこと、あんまり低く見ちゃだめだよ。

「女が女を低く見る」構図は、ますます男性有利な状況を作り出すよ?

医療崩壊なんて、あなた一人の決断ぐらいでそんなに簡単に起きないから。自分のやれることをやるだけだよ。

(つーか、お若い方だからだろうけど、私ぐらいの世代だと今は「いったん崩壊した後の焼野原になんとか芽が生えてきた」という認識なんだけどねえ。)

女医さんがやってきた

https://anond.hatelabo.jp/20180630150652

タイムリー投稿があったので、女医さんと一緒に働くことになった男性医師側の意見を書いておく。

ちょうど、元増田言及していたマイナー科の一人として。


結論から書くが、「次は元気な若い男を回してくれ」だ。


さて、俺のいる科はこの数年、5人で仕事をやってきた。この業界、5人というのは数字だけみると恵まれているほうだ。

1.ジジイ名目上のトップ現場仕事ほとんどしない。たまに外来をやるくらい。出張多い。

2.上司:実務上のトップベテランにさしかかってきた年で、体力がないと言いつつなんでもバリバリやる。

3.俺:10年目で、専門医になってしばらくたつ。

4.若手:5年目。ルーチンワークは一通り覚えている。

5.新人A:研修医上がりで、この科を選んだばかりの卒後3年目。


以上の体制が、新年度から以下のようになった。なお全員が某医大医局人事に従っている。

1.ジジイ

2.上司

3.俺

4.女医:育休明けたばかり。いちおう専門医で、俺より1つ2つ上だが修練歴は短い。

5.新人B:上の新人とは別のやつ。新人は毎年交代になる。


異動にあたって医局ジジイが話をつけてきたのだが、「若手を減らすかわりに、非常勤だが専門医を一人増やす」とのことだった。

ふたを開けてみれば、

女医さんは週3.5日来るはずが、週3日・時短勤務に→人数に余裕のない曜日時間帯が増える

・夜間の呼び出しに対応できない→ジジイ新人は無理なので、上司と俺で時間外の電話を全部受ける

・当然、内科医師に割り当てられる当直の仕事もこなせない

対応できない時間があるため、単独主治医を任せられない

・今まで下っ端二人に病棟の細々した仕事をお願いしていたのが、年の順で俺にも回ってくるようになる

女医さんは久しぶりで仕事を忘れている部分もあるので、俺がそのつど教えることに

など明らかにきつくなっている。帰宅時間は平均して1-1.5時間遅くなった。

元々呼び出しはかなり少ない科ではあるが、2日に一回の拘束が生じ、心理的にきつくなった。


少し俺の話をしよう。俺自身が今の診療科を選んだのは「楽だから」だ。

うちは3代続く外科系の家で、長兄も外科だ。俺自身は家に帰らない親父の仕事ぶりを見て「あれは無理だな」と思っていた。


10年以上も前になるが、2chでQOML(quality of my life, quality of medical staff's life)という考えが流行たことがあった。

仕事もいいが医者自身私生活大事にしようぜ、というものだ。(雪月花ブログ、と言えば一部の人に伝わるだろうか?懐かしい。)

俺は大いに感銘を受け、医学生時代2chのQOMLスレに入り浸った。フリーター・ドロッポ(ドロップアウト)のスレなどもあった。

どこの科が楽だ、研修病院はこう選べ。地方医師不足や診療科の偏在?構うものか。医療崩壊ハードランディング上等じゃないか

いやなら辞めろ、代わりはいくらでもいる。逃散だ。そう言って盛り上がった。

今の若い人たちもQOMLの影響は受けているようだ。今は単にQOLと称することが多いらしい。

研修医やる気なしクラブスレッドなど、その思想は受け継がれている。


とにかく患者が少ないか、急変しないかそもそも患者を持たない。それが進路選びの大前提だった。実際それに従って進む科を選んだ。

10年経って、意外に医療崩壊の進みは遅く、ゆっくりシュリンクしていく様相を見せている。

産科小児科外科の減少のために人が殺到するかに思われた当科も、思いのほか人手不足のままである


今年、女医の影響というか、女医にまつわる産休や育休の影響をはじめて受ける立場になった。

女性の同僚はいたが、フルタイムだったためこれまで特に気にすることもなかった。

しろ自身女医の働き方に理解があるつもりだった。半分が女子学生大学だってある時代だ。

そして実際に影響を受けて思った。これはきつい、と。


女医さん、時間あたりで外来件数比較すると、俺の1/3くらいしか働いてない。

それでいて時給換算すると俺より高い額をもらっている(なんで知ってるかというと雇用通知書を机の上に置いてたからだ)。

朝のカンファレンスが終わった頃やってきて、多少の仕事をして、早く帰っていく。俺たちは溜まった仕事もそこそこに、夕方カンファレンスに臨む。

彼女ときおり電話1本で「子どもが熱出たんで休みます」と言い、俺たちは一つ減ったブース外来をこなす


そんでこの前、彼女さら時短を望んでいるとかの話を小耳にはさむ。

ジジイ上司は、家庭は大事からねーと言う。認める方向のようだ。

いやいやお前それ、俺らの家庭が間接的に犠牲になってるのはいいのか。聖人か。

短いなら短いでせめて同じ密度仕事できませんかって聞きたいが、当の女医さんはいい人そうなので、ってか多分普通にいい人なので聞けない。


やる気はない、医者はただの生きる手段病院業界に対する忠誠心はまるでない、と俺は自分で思っていた。

それでもQOMLを達成するためには馬力と要領が必要で、全力投球して9時5時を目指すもんだと考えていた。

そこへ余りにもマイペースな(ように見える)同僚が現れて困惑している。じつはQOML派じゃなかったのか俺。


業界みんなで支えなきゃ。

お前は誰の股からまれたんだ。

パート女医でもゼロよりはいいじゃん。

お前も無理って言えばいいじゃん。お前も真似してみれば?

女医のせいっていうより実質上の減員だから医局に増員を頼め。

マネジメント問題だ。人を別に雇え。できなければ診療規模を縮小しろ

業務効率化をしよう。

非常勤のほうが雇用の調整弁なんだから待遇がよくて当然。

男も時短勤務を選べる時代にしよう。

主治医制を廃止だ。


そんな正論はいくらでも思いつくが、理想論の上に即効性もなく、さえずるなという感じ。

給料上げてもらえば?とかね。俸給表で決まってるんですがね。ま、残業や呼び出しで10万ほど増えましたがね。


「やっぱさー、一緒に働くなら元気のいい男の子がいいよ」

昔、他の病院に勤める先輩と一緒に飲んだときに言われた。

この人がそんなこと言うんだ、まだこの業界後進だなって思った。

でも今度から俺も言おうと思うわ。「次は活きのいい若い男を頼む」


あ、増田はできるだけ人の多いところに行って好きにすればいいと思う。とにかく人が多いところだ。お互いの幸せのために。

2018-06-30

人間らしい生活がしたい

人間は、週5〜6日働くらしい。

私は週5〜6日働くのが辛い。

5〜6日の内訳はこうだ。

4日派遣事務(時給1500円)

1日ソープ(1日4〜6万円)

1日デリヘル時代の客の裏引き(1回4万)

ソープが減ることと裏引きが減ることはある。派遣事務は週4の契約なので基本は減らない。私が突発的に休むと減る。

小学生まではまともな人間擬態ができていた。中学受験のため塾に通っていたのもあり、成績は良かった。

難関中学合格し、人生順風満帆に見えた。

中学3年のころから、なにかをこじらせて自傷行為を行なった。

過食嘔吐リストカット。度胸がないので傷は浅い。アラサー現在残ってはいるけれどそう目立たない。

高校になって遅刻を覚えた。

母に電車で寝過ごしたか遅刻と伝え、体調不良のため遅刻と連絡をいれてもらった。私は体調不良でもなんでもなく、ただ環状線をうとうとしながらやりすごし、3〜4限目から学校に行った。

大学はいり、生活はいよいよ破綻した。大学に行かないので当然単位は取れない。とくに宿題のある講座が苦手で、宿題ができていないために出席ができない講座がいくつかあった。語学系の講座と、学科の必修科目だった。

大学1年の夏、チャトレ的な仕事で稼ぐ予定だった出会い系サイト援助交際を知り、サークルの先輩で処女を捨てていわゆる援交少女となった。

大学5年目の秋、卒論の提出期限を家で過ごして安堵したのち、自分の現状が不安になって「やるべきこと できない」でGoogle先生に聞いてみた。

ADHDという言葉をここで知った。

実家から一番近い"大人ADHD"を扱う精神科医にかかり、心理検査などを受けてあなたADHDですねという診断を受けた。

大学県内いちばんいい私立大学だったこともあり(中学受験をした学校付属校だ。成績が悪くても推薦入学可能だった)、大学を辞めるのはもったいないのではと主治医に言われた。

私は6年目を過ごしたのちに大学卒業する自信がなく、親に診断結果を告げて大学を5年で退学した。

実家を出て、インターネットで知り合ったデリヘル嬢と暮らしはじめる。彼女に紹介してもらい、デリヘルで働く。

実家を出て2年目の夏、両親に今の仕事心配されて正社員になる。第二新卒に強い転職サイトを利用した。

しばらくは順調だったが、友人との関係がこじれたことをきっかけに鬱状態になる。

高校時代学習塾に思うように行けなかったり、大学時代軽音部の課題キーボードが進まなかったことで自殺を図ったことはあったため、彼女が悪いとはとても言えない。

鬱状態になってから、それまでの趣味が色褪せていたこともあり、精神科にかかる。

私の主訴は、見捨てられ不安から鬱状態だったためか、双極性Ⅱ型の疑いを持たれ、躁鬱向けの投薬をされていた。

ご存知のかたも多いとは思うが、精神科を予約するためには1〜2ヶ月待つ必要がある。私が待っている間に友人との関係ゆっくり改善され、主訴はADHD的な、毎月1日くらい当日欠勤してしまうとか、仕事中ねむいとか、集中できないとか、そういう内容になるはずだった。

主治医ADHDよりも躁鬱を優先すべきだと言った。わたしADHD自己否定感情の由来であり、躁鬱の原因なのではと話した。

私が大学時代検査を受けた病院診断書を今の病院に届けるのをめんどうがり、そうこうしているうちに職場へはどんどん行かなくなった。

職場に行けていないことや、風俗生計を立てていることをきちんと話せない病院なら通う意味はないのではと思い、病院に行くのをやめた。

有給がなくなったことをきっかけに、職場を1ヶ月休職した。1ヶ月間給料はもらえなかったがのびのびと過ごした。

生活のなかで、私のできる仕事は今の職場仕事だけでなく、もっと選択肢があるのではと気付くことができた。

休職するまでは、そのとき勤めている会社で働けないことはすなわちふつう会社に勤めていけないことだと考えていた)

仕事を辞めて、派遣仕事を探しはじめた。私は自分面接をセッティングすることを避けていたし、できればフルタイムではなく週3〜週4の仕事をしたかった。

派遣会社登録し、週4の仕事をはじめた。

派遣先は大企業で、仕事は暇だ。私がいなくてもまわっていく職場にいるとはっきりと言える。

私の当日欠勤の癖はなおらない。朝起きて、仕事に行くことがどうしても無理な気がしてしまう日が月に1〜2度ある。

ソープや裏引きの日も合わせると月に4〜5度ある。

今はマネージャーソープ店員、裏引きの相手に連絡することで休みをいただいているが、次の派遣先はこうもいくまい。あるいは、今の派遣先でもすでに私の欠勤は問題視されているかもしれない。

人間は、週5〜6日働くらしい。

私は週5〜6日働くことが難しいと感じることがよくある。朝行くことができないと感じたり、遅刻してでも出勤できないと感じたりする。

宿題のある講義が苦手だったことを踏まえると、在宅であっても仕事ができるとは思えない。

しかしたら、毎日家まで迎えに来てくれる人がいることで私の当日欠勤癖は治るのかもしれない。でもその人の給与は誰が払うんだろう。

人間らしい生活が遠く感じるとき、私は消えてしまいたい。

2018-06-24

母の作ったからあげが食べたい

私の母は3年前にがんで亡くなった。まだ50代半ばだった。

ヘビースモーカーだった母が肺がんを患ったのは、まあ仕方ないことだったのかもしれないが、

驚くべきスピードでがんは進行し、病名告知からわずか1年も経たずに、母は逝ってしまった。

余談だが、母は病気がわかってから煙草を吸いたいと言っており(禁煙はしていたが)、

喫煙の習慣性、あるいは依存性は恐ろしいと思った覚えがある。

当時は正直あきれてしまった。

これは私が喫煙者でないから、彼女の心情はあまりからなかったのだろう。



病名告知の時点で、種々の抗がん剤が効かなければ、手術の適応にすらならないと言われていた。

がんだとわかった時点でもう左の肺はレントゲン上で真っ白、ほとんど機能していなかった。

この時から、本当は近い将来母が死ぬことはわかっていたのに、わたしはこのことについてきちんと考えることすらしなかった。

残された時間が短いことはわかりきっていたのに、5年後、10年後も母は生きていると信じていた。



亡くなる2か月前、母は治療してもらっていた病院退院し、自宅療養となった。

母が言うに「医者に見放された」ようだったが、これは現在のがん治療方針を考えるとしかるべき流れだったのだろう。

わたしとしても主治医に思うところがなかったわけではないが、それも仕方ないことだろうと納めていた。

とあるごとに、母はこのことについて主治医に恨み言のようなものを言っていたが、そうだね、としか返せなかった。

一人暮らしをしていたが、父や兄弟からヘルプがあり、仕事を辞め、実家に戻って母の介護をすることになった。

少し回復しては悪化し、またそれを繰り返し、だんだんと母はできることが少なくなっていった。

呼吸が乱れて大好きだったお風呂に入れなくなった。

歩けなくなった。立てなくなった。座れなくなった。

トイレにも行けなくなり、オムツになった。

スプーンすら持てず、自分では食べられなくなった。

オムツを変えて、体を拭いて、食事の介助をして、いつも母の隣にいた。

浮腫がひどく、水分出納バランスを見なくてはならないときにはバルーンカテーテルも入った。

私は看護師だが、所属が全く違うために寝たきりのバルーンはすぐ詰まることすら知らなかった。

母はバルーンが嫌で、少しでも違和感があると、流出問題なくてもカテーテルの交換をしてほしがった。

ほぼ1~2日おきだったと思う。

訪問看護師さんに頼んで、バルーンキットを何個か家に置いて行ってもらっていた。

母にバルーンを入れるなんて、看護師になった当初は想像もしなかった。

夜中は背中が痛むといって隣で寝ている私にさすってくれないかと頼んだ。一晩に何度も何度も。

さすがに私も眠くて、いら立って「もういい?」と言ってしまう夜もあった。

はいつも「ありがとうね」と言っていた。



でもそんなこと、何度だってしてあげればよかった。

死んでしまったらなにもできない。

母が好きだったもの、したかたこと、なんでも話せばよかった。

母の声はどんなだったかときどき思い出さないと忘れてしまうのが怖い。

母が何を好きだったのか、どんな夢があったのか、なんとなくしか知らない。

できないことが増えていく母がどんな思いだったのか、きちんと聞けばよかった。

あんなに一緒にいたのに、看護師なのに、

母に何もできなかった。

本当に親不孝な娘だ。



私は小さいこから母が作るからあげが大好きだった。

そのレシピは、地元スーパーにおいてあったチラシに書かれていたもので、

中濃ソース醤油ケチャップなどで味付けがしてあった。

一人暮らしをして以降、実家に帰ると必ず母はからあげを作ってくれた。

母が自宅療養となって、あるときこのからあげのレシピを教えてあげる、と言った。

自分はもう作ってあげられないだろうからと。

縁起でもないといって私は聞かなかった。

あのとき素直に聞いておけばよかった。

もう母はいない。

夢に出てくる母はいつも病気になる前の、元気で働き者の母の姿をしている。

病気になったのは夢だったんだな、よかった、と思ったところで起きる。

そして、もう母に会えないことを思い出す。

もう一度母が作ったからあげが食べたい。

時間が悲しみをいやすというが、あれは嘘だ。

いつまで経っても悲しいままだ。

2018-06-12

anond:20180612212849

普通に指導しろよ。あと主治医にも報告するべき。

双極性障害(躁うつ病)の患者躁転してるのをコントロール出来ない、そういう病気なんだから

薬(リチウムなど)で上がりすぎている状態を落とさないといけないんだよ。

2018-06-08

検査結果見忘れるやつ

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180608-00000086-mai-soci

千葉大病院>がん報告見落とし2人死亡 治療1~4年遅れ

自分自身検査結果見忘れトラブルを起こしたことはないけど、前任の主治医が見忘れてカルテに挟んであった結果表を見つけてしまたことはある。

SLEっていう、難病ではあるんだけどステロイドはじめいろいろコントロールしようはある病気で、それを診断確定する結果を見落としていたものから「原因不明の腎炎」のまま透析導入になって腎機能ももう尿がほとんどでないところまで来てしまっていた。

見忘れていなければ腎臓は救えていたというだけでなくもっと悔しい事実があった。実は前任主治医時代看護記録に「膝の痛みに整形外科ステロイドを出したら尿がよく出るようになり患者さん本人が『魔法の薬だ』と喜んでいた」という一節があったのだ。それ、飲み続けていれば本当に効いたんだってば。

というか看護師さんから何も聞かされていなかったの?

まあ教授激怒して前任医は派遣先病院から呼び出されてきつくお叱りされたようでしたね。院内放送かかって呼び出されたとか。

ニュースになってた覚えはない。

2018-06-04

プライベートがつまらない

仕事楽しい。でもプライベートでは友達もいないし家と職場以外にいられる場所が無いし要するに居場所がない。

とてもつらい…

休日引きこもっていても何もする気も起きない…

精神的にはかなりヤバい状態であることは認識しているんだけど頓服デパスを飲んでもちっとも改善されないし

一体どこに行けば俺の居場所はあるんだ。職場以外のどこに俺を必要としてくれるところがあるのだろう…

こういう話を主治医にしても大した答えは返ってこないし俺はどうすれば良いんだろう…

2018-06-03

anond:20180603191345

主治医を変えればいいんだぞ?耄碌ジジイってのはこういうとき活用するんだよ。ジジイ趣味でやってるような個人医院なんて腐る程あるだろ。

anond:20180603191311

主治医相談したら「お前じゃ無理w」って言われたけど?

2018-05-26

HPVワクチン関連雑感

この問題については、あまりにもいろいろな人が熱心に議論しているので、本筋はそちらをご覧ください。HPVワクチンにもその有害事象を受けた方にも関わったことはありません。二流の医学研究者としての雑感です。ナラティブな感じでまとめます

HPVワクチン有害事象が発生された方とそのご家族

突然に病気となられたこと、そしてその病気の原因がわからず苦労されたことについては心から痛みいります病気怪我というのは理不尽暴力的個人生活を壊してしまます家族や周囲の方に多大な影響も及ぼしてしまます。原因が何かと求めてしまうのは当然のことでありますし、それが理不尽であればあるほど怒りや不満、そして将来への不安などで胸が張り裂けそうな毎日だと思います

そして、それがよかれと思って打ったHPVワクチンのせいかもしれないというと、すべてが信じられなくなるのもよくわかります。親御さんであれば、なぜあの時に止めてあげられなかったのかとかそういう思いもあり、なおさらつらいことと思います

しかし、それは誰のせいでもなく病気理不尽に誰にでも起こります池田としえ市議が「あなたが悪いのではない」と患者さんとご家族お話されたのはまさに正しいことで、その一言で救われたような気持ちになられた方も多いと思います医学医療は近年かなり進歩してきておりますが、いまだに限界があり、病気がどういうメカニズムで起きて、原因が何かを突き止めることはそう簡単なことではなく、時間もかかります。ましてや、多彩な症状があるとされるHPVワクチン後の症状を一元的説明するためには、データの集積および基礎的研究、臨床疫学データ収集必要となります医療者としても早く元気になるように手助けしたいのですが、現状お役に立てないことを心苦しく思います

一つだけわかってほしいのは、あなたがたを攻撃したり批判する意図は実際のところ誰にもなく、皆がなんとかしてあげようと思っていいます。その思いがSNSなどではなかなか伝わりにくかったり、表面だけで捉えられてしまっておりますこちらとしても悪意はありません。ともすれば、HPVワクチンのせいではないかもしれないと指摘しただけで、本人にとっては侮辱されたような気持ちになられるかもしれませんが、その意図はありません。複雑な病態はいろんな観点からみて、いろいろな見解総合して、自分の考え自体にも違うかもしれないと常に疑いを抱いてその疑問点を潰していくことで真の姿に近づいていきます。色々と大変なのはわかりますし、憤りをぶつけたくなるのもわかりますがあまり攻撃的な態度を周りに振りまいていると、こちらとしても助けの手を伸ばしづらくなりますHANSと呼ばれる疾患群はまだわからないところも多く、鑑別が難しい他の病気である可能性もあります。他の患者さんで良い治療あなたに良い治療ではないこともあります。色んな情報が溢れていて、混乱することもあるかもしれませんが、あなたを一番知っているのは主治医であり、主治医にまさる情報源はありません。HANSに対して否定的意見であるからといって、あなたに起きていることを否定しているわけではありません。他の病気可能性も検討してなんとか糸口を探そうとしている人もいます心因性の疾患であるからといって、いわゆる「気の所為」ということで病気ではないと否定しているのではありません。心因性病気であっても、重篤場合身体にも影響がでますし、恥じるようなことではありません。

先にものべましたように患者さんを直接見たこともなく、HPVワクチンにも関わっていません。あくまで、医療者、医学研究者としての個人的な見解について申し述べます

HANSについて(個人見解

HPVワクチン後に痙攣や神経障害などの副作用があるというニュースや、積極的勧奨中止となったことは一般的ニュースとして知りました。その後で、池田班によりNFκB P50欠損マウスによる実験結果が発表されたことで日本人には副作用やすいのかなと思いました。マウスの結果なので、それがヒトにそのまま当てはまるかどうかはわかりませんが、NFκBについては以前にも研究していたので自己免疫性疾患への関与があるというのは説得力のある研究成果だと思いました。

しかしながら、村中璃子氏らによって、その実験結果には大いに疑問とすべきところがあるということを知ってからHANSのものについて懐疑的となりました。さらに、HPVワクチンによるモデルマウス作成実験について、Scientific reportsに掲載された論文がretractになりました。retraction自体は珍しいことでもありません。研究が正しいか間違っているかについてはいろいろな見解もりますが、いま雑誌掲載されている論文のうち80%は20年後にはどうせ間違っていることになるのが科学です。しかしながらretractされた後に記者会見が開かれるというのはめったにあることではありません。会見の様子が動画で公開されていたので拝見しました。以下の2点ほど疑問が残りました。

Figure 3について

病理組織でどこが病変として指摘されるべきか、図の解釈についての質問に対して誰もきちんと回答できていませんでした。論文撤回されたことをうけて、論文の内容を説明し、その正当性を主張するための会見ですから実験結果について聞かれたら、普通であれば待ってましたとばかりに答えられるはずです。学会研究会、学位審査公聴会であのように答えられなければ、研究成果は認められません。たとえ、病理の判定を第三者委託したとしても、論文発表する時点ではどこが病変であるのかは少なくとも共著者も含めて全員が知っていなければいけません。そうでなければ、研究不正と言われてもおかしくありません。(参考:http://www.wiley.co.jp/blog/pse/?p=27806

学位審査公聴会で図について、主査、副査として質問したことのあるような方々が、このような致命的と言われるようなエラーを起こされたことについては誠に不思議というか残念としかいいようがありません。

モデルマウスについて

この分野の実験にはあまり習熟していないのですが、マウスとヒトでは免疫系も神経系も違いが多く、ましてやHANSとよばれる疾患については、複雑な症候がからみあっております。一方で、この論文作成されたモデルマウスではtail drop(尻尾が垂れる)と若干の筋力低下がおこるとされております。このtail drop現在起きているとされる多彩なHANSの症候がどうも結びつきません。実験結果として、視床下部に異常のあるモデルマウスができたのかもしれませんが、これをもってHANS証明とするのはいささか言い過ぎのような気がいたします。まぁ、だいたいの研究論文自分たちが主張したいことについて、主張しすぎる傾向はありますが。

自己免疫疾患を起こしやすいBALB/c使ってさら高濃度HPVワクチン百日咳毒素を使って、視床下部に病変のあるモデルマウス作成したことまでは現象として認めるとして、それでは他のワクチンでは起きないのか、HPVワクチンのものなのか、アジュバントによるものなのかについても検討必要だとも思われます学会座長風に言えば、「今後のご検討をお願いします」といったところでしょうか。

HANS発症HPVワクチン積極勧奨中止後に少なくなっていることについて

HANS定義HPVワクチン接種を前提としているので、HPVワクチン摂取した人が減ればHANSもまたトートロジー的に減ってしまますHPVワクチン接種していないかたでも、同様の症状を呈する人が名古屋レポートで報告されてはおります。SMONの例が出されておりましたが、SMONの定義キノホルムの投与を前提としておりまん。HANSHPVワクチン接種後1000人に一人あるいはそれ以上に発症するという根拠もあれば示してほしかったです。

HPVワクチン後に病気になられた方のためになんとかしようとして、HANSという概念提唱し、動物実験を進めてこられた熱意は尊敬には値しますが、主張しすぎたばかりに結果としてはおそらく、HANSという概念医学的に広く受け入れるには遠くなってしまったと思います

HPVワクチンについて

医師として患者さんの診断、治療を進めていくに当たってこちらが予期しないこと、悪い方向に向かうことはしばしば経験することです。色々と論文を集めて読んだり、色んな人の意見を聞いてまわって、患者さんやご家族と話してお互いに納得していても、結果が悪ければ悔やんでもくやみきれません。99%にとってよいことでも、1%に当たった人にとってはたいへんなことです。せめて、自分以外にも納得してくれる人が多ければ、やむを得ない選択であったと評価してもらえることもあります一部の人からは、医学者のお遊びともうつるかもしれませんが、有力な雑誌掲載されている論文やコクランが出している内容は広く医師としては受け入れられているものです。この中には間違いがないとは言えませんが、その時点での有力な見解を示しています。もちろん、そんなのはデタラメだ!自分はこう思う!ということで先に進まざるを得ないこともありますが、それが良い方向に向かわなければ、その責任は一人で追う必要があります法廷でその是非を争うことになった場合に、「個人思い込み」を応援してくれる人はあまりいません。

したがって、一般的医師科学エビデンスがあるかどうか、それが一般的コンセンサスとなりうるものであるかどうかを重視します。

HPVワクチンについての医学的な検討については、NATROM氏の「2018-05-21 HPVワクチンの「重篤有害事象」7%は高すぎるか?」 (d:id:NATROM:20180521)で、私が言いたいことはほぼ全てのべられていますし、多くの医師妥当と考えるでしょう。有害事象は、医学介入(薬やワクチン、手術など)が起きたあとに発生し、患者さんの不利益になったすべてのイベントを指します。因果関係があるかどうかは、その時点では不明確なことが多いので起こったことはすべて「有害事象」として記録されます。「重篤な」の定義一般的には、「少なくとも入院治療必要状態」です。2年間の追跡調査で、入院治療をされたかたが7%程度いらっしゃったということです。学校でいうと、40人のクラス怪我病気で年間1−2名が入院するというのは決して多くも少なくもないと思いますHPVワクチン対象として生理食塩水ではなく、A型肝炎ワクチンが使われるのは、痛みや腫脹などのワクチン特有の症状が出るかでないかで、偽薬であることが本人にわからないようにするためということについて、「痛みとか精神的なもので症状に影響するのか」と疑問を持たれた方もいますが、プラセボ効果ノセボ効果というのは厳然としてあり、時に厄介にもなりますA型肝炎ウイルスにはアジュバントが含まれておりませんが、それについても「アジュバントなしと言っておきながら、実際にはT細胞活性化させるKRM003が入っているではないか」と疑問におもわれたかたもいらっしゃいましたが、KRM003は「不活化したA型肝炎ウイルス」で、ワクチンのものです。アジュバントではありません。

池田としえ市議について

困っている人の役に立ちたいという思いで政治家になられて、HPVワクチン後の有害事象で困っている方などに対して、なんとかして救いの手を差し伸べようという姿勢は素晴らしいと思います。この問題がなぜ、ここまで大きな問題になったかというと、ワクチンを始め薬剤に対する有害事象が起きた際にサポートする体制が不備であったことによります。神経難病に対しては研究も臨床体制も十分ではなく、国の医療抑制策の中で現場が縮小しつつあり、対策を建てるには政治の力が重要です。PMDAも本来であれば薬害オンブズパーソン的な役割を果たすべきですが、機能しきれていません。サポート体制を整えるには、行政だけではなく、広く医師薬剤師研究者などを巻き込んで協力体制をつくってかなければなりません。そのためには、一人でも多くの医師見方につける必要があり、あなたから見て問題があると思っても、現場医師恫喝するのは逆効果です。そういう発言を見ると一般的医師が見たら、協力するよりも引いた態度を取ると思います医学論文などの評価についても、ブログを読むだけではなくて、信頼できる専門家意見を直接聞くなどされたほうがいいかと思います。diploid(2倍体)をデブリ翻訳されているのをそのまま引用されたりしていると、頭を抱えざるを得ません。

まり一般医師が受け入れられない考え方の意見尊重することもまた、現場医師が離れる原因となります。彼らはプロパガンダ的に、あるいは彼らの商売上の理由あなたがたを利用しようとすらしますのでご注意ください。そういうところに偏ると一般的医師はどんどん離れてしま危険性があることもご承知ください。

政治家として、反対意見の人も見方につけるくらいの政治力を発揮していただきたいと陰ながら応援しております

村中璃子氏について

いろいろと発言が難しい状況で、Wedgeに書かれた文章はこれまでもやもやしていたのがすっとしたような感じがしました。ジョン・マドックス賞の受賞もおめでとうございます。ただ、小B方さんなみに脇が甘く、言葉使いが雑なところが気になります。ウェット系の実験の読み方もあまりなれていらっしゃらないですよね。裁判についてはあなたが主張されることはごもっともではあるのですが、負ける可能性は十分にあると思います文部科学省研究不正をこのように定義しておりますhttp://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu12/houkoku/attach/1334660.htm

(1)捏造

 存在しないデータ研究結果等を作成すること。

(2)改ざん

 研究資料機器過程を変更する操作を行い、データ研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工すること。

(3)盗用

 他の研究者アイディア分析・解析方法データ研究結果、論文又は用語を、当該研究者了解もしくは適切な表示なく流用すること。

問題となっている論文では、データ研究結果は存在するので「捏造」とはいえません。むしろ研究結果を真性でないものと主張したという「改ざん」ですが、これも論文によくある「言い過ぎ」といえば言えてしまます

その他、「売名オヤジ発言などtwitter軽率に出してしまうと、「売名オヤジ」扱いされたくない男性医師研究者は協力したくなくなります。これは、流石に問題あると思って消したようですね。いろいろと積年の思いが会ったにしても、記者会見でしどろもどろになっているのを揶揄するような発言をtwitetrでして、あなた気持ちははれるかもしれませんが、得することは少ないでしょう。研究して論文出して、結果が間違っていてretractされることは研究ではよくあることで、それ自体が悪いことではありません。今回のretractionをもって、研究費にまで言及してしまうと、研究者まで敵に回すことにもなりかねません。

バズフィード岩永さんとか、同性できちんと指導しくてくれる人に文章を見てもらったりしたほうがいいんじゃないでしょうか。どうしても、「オヤジ」は女性に甘くなりますので、あまり参考にはならないでしょうね。

続く

2018-05-21

anond:20180521032346

まーたやってんのか

いかげん主治医睡眠導入剤の健忘で遊んでますって言え

2018-05-04

anond:20180504170912

増田さんが病気なのに「約束したでしょ!」なんていう家族はひどいですよ。

(こんなこと言うと大事家族に酷いことを言うと嫌われそうだけれど。)

その件、主治医さんに相談してみては?家族が原因で安らげないのなら、一時的にでも連絡を絶つとか。

2018-04-24

anond:20180424121116

お父様がアル中だったら、主治医さんが家族とも話さないんだろうか?

まりにも、家族がお父様を放任しすぎなような。

心配してない、冷たさを感じました。

家族健康って、家族単位で協力しないでしょうか。


そういえば友人宅で、お母様が高血圧、うちの母もなので、親の健康について話したとき

料理とかどうしてる?ときいてみた。彼女はなかなかの美食家

友人がこう言った

「でもさ、降圧剤呑んでるので、食事普通でいいでしょ?」

びっくり。

塩分制限してないの??味付けとか……。」

「してないよ、ぜんぜん。だってそのために降圧剤のんでるんでしょ?」

彼女の身内でなくて良かった。

ここで、もっと仲良しなら、少しは考えてあげたらって言えるんだけど、言えなかったな。

増田さんの話で思い出しました。彼女の事。

2018-04-17

性的少数者が性被害にあった話 4/18追記

追記

たくさんのコメントありがとうございました。

多くの人にこの現実を知ってもらえただけで、匿名でも公表して良かったと思います

  • 恋人に慰められたかったとのことだが、どんな言葉を掛けられたら嬉しいのかも書いてほしかったな。

もし自分の身近な人間が性被害に遭ったときのために知っておきたい

恋人通報を渋ることを怒ってしまい、萎縮した私は「1人で出歩くときは十分気をつけます」と自分危機管理不足を謝りました。

実はこの件が起こる数ヶ月前に、都内ターミナル駅付近トイレにて襲われ、男性器を口に突っ込まれるを被害を受けていました。

被害を2度も受けたことに、恋人自身も怒りや無力感を味わったのだと思います

それから被害にあってしまったのは、自分のせいだと反省し続けました。

関係性にもよると思いますが、隣にそっといてくれるだけ、自分の味方である宣言してくれるだけで、何よりも心強いです。

また、「辛かったね」「言ってくれてありがとう」といった共感してくれる言葉が欲しかったのだと思います


心身共に男性の方です。

性同一性障害人間自分性自認と同じ性別を好きになることは、数年前まで

性的少数者の中でも仲間はずれにされてきたこと、一般的に混乱を招いてしまうため

今でも誰かにカミングアウトすることは中々ありません。

私は高校生の時に生活する性別女性から男性に変えました。

女子高生男子高生の制服を両方着て、電車通学をしていましたが、両方とも痴漢あいました。

合わせれば片手では足りない回数です。

また、幼少期(当時は女児)に、公衆トイレでいたずらされたこともあります

被害一種類で決められるものではない、それだけではないのが現実です。

嘘だと思う方もいらっしゃるかもしれません。でも、嘘だったら良かったです。

どうか、多くの人に知って頂けたらと思います

-------------

私は女性として生まれ性同一性障害人間である

乳房摘出手術を受け、男性ホルモンの投与をしている。

子宮・卵巣摘出手術はしていない。男性として生活している。

数週間前、夜に都内公園を歩いていたところ

いきなり見知らぬ男に腕を捕まれ男子トイレに連れ込まれた。

辺りはあまり人気がなく、何となく帰り道で歩いていた矢先だった。

そのまま個室に追いやられ、脅された。

「黙ってれば殺さない」

自分よりも背が高く、とても抵抗出来る力は持ち合わせていなかった。

男性ホルモンの投与をしていれば女性よりも体は筋肉質になると言われているが、

日頃から鍛えているわけではなかったので、圧倒的に負けた。

大声を出すということが思いつかないくらいには、パニックだった。

人間、びっくりすると力も声も出なくなる。

体を触られ、股間に手が伸びた時点で、体が女性だということがバレた。

「お前女なのか」

男は私を男だと思って、襲ったようだった。

から解放してくれるかと思った。

そんな希望的観測は、一瞬にして砕け散った。

妊娠させてやる」

「女で生まれてきたくせに」

たくさんの罵詈雑言が降っていたが、私の防衛本能のせいか途中から聞こえなくなった。

ただ、屈辱的だった。

男性器を口に無理やり入れられた。

衣服は脱がされ、女性器に男性器が侵入してきた。

殴られるような衝撃と不快感が一気に襲ってきた。

はいつのまにかいなくなっており、私は何とか家に帰ったようだった。

被害を受けた日から最近までの記憶は少しずつ欠けていた。

一応、恋人には被害を受けてしまった報告をした。

多少は受け止めて慰めてくれるかと思っていたが、恋人は怒りのあまりそれどころではなかった。

話したのは失敗したと思った。この件は自分の心にそっと閉じ込めておこうと思った。

被害を受けた日から今まで、通報を考えたことはあった。

しかし、自分性別カミングアウトすること、事の顛末を事細かく警察に話さなければならないことは、警察へ行くのを躊躇う要素になった。

先日、以前からかかっていた精神科主治医が私の様子を察してくれ、話を聞いてくれた。

警察にとっては、あなたのような被害があると知るだけでも情報になります

それがきっかけで、その後警察匿名通報をした。

電話口での性被害の訴えはそれほど優しいものではなかった。

声変わりをしているため、電話をかけた時点で男性だという認識で話が進んだが

根掘り葉掘り聞かれ、状況を喋っている途中で自分性別を話すことになり、声が震えた。

性別性別なので、刑事課の方も戸惑っていたようだった。

それは当然のことだと思うが、その説明をするのも苦しかった。

名前や住所を聞かれたが、伏せた。

捜査は出来ませんが、大丈夫ですか」

更に戸惑った声が聞こえた。

大丈夫です」

自分セクシャリティ名前とともに公表することは、簡単に譲れることではなかった。

電話を切り、一気に体の力が抜けて、震えた。

その日の夜は恋人と会って抱きしめてもらったが、何も言われなかった。

ただ寝る前に、「頑張ったな」と言われて頭を撫でられ、初めて泣いた。

何も言わずに怖い顔をしていた恋人は、加害者に対する怒りに震えながらも、それを私にぶつけることをせず

ただ冷静にじっと我慢し、現実を受け入れることに徹していたのかもしれないと、ふと思った。

もう泣くのも、この件で悲しむのも、この日で終わりにしようと思った。

女性の方も、男性の方も、私のような性別の方も、そうでない方も

被害に遭い、声を上げられない方は、たくさんいるのかもしれません。

必ずしも声を上げることが正解ではないと思います

得られるものが、失うものよりも必ず大きいとは言えないからです。

でも、声を上げれば、世界が変わるかもしれないというのも、また事実だと思います

私は、この件を乗り越え、そして受け入れるべき過去として抱えながら、前を向いて、生きていこうと思います

2018-04-14

anond:20180413002003

①のシステムで受け持ち件数を見た時に、ケアマネ一人あたりの件数があまりにも多い事業所も避けたほうがいい。

一人35件以上(要支援者を含めて39件以上)受け持つと報酬減算になるから、そんなに沢山受け持っているケアマネはあまり居ないはずだが、たまにいる。

受け持ちが多いケアマネは、心身に余裕がないか、一人ずつへの対応をテキトーにしてるかのどちらか。


あと、個人的には医療ニーズ高くても看護師あがりのケアマネじゃなくていい。

看護師資格を持ってても、ほとんど看護師経験がなかったり、たいした医療知識アップデートをしてない場合が多かったりする。そもそも優秀な看護師ならわざわざケアマネしてない。本気で在宅介護に関わりたいなら訪問看護とかしてる。

高齢者特有病気なら、介護職あがりのケアマネでもそれなりに知ってたりするし、

医療依存度が高ければ主治医とか訪問看護とか医療専門チームと連携を図ればいい。ケアマネ仕事ケアマネ本人が病気を治すことではなく、専門家との連携を上手く図ることだ。

介護経験者のほうが、親身になって話聞いてくれるし、アドバイスくれたりする。もしかしたら認知症については看護師より詳しいかもしれない。

それになんか看護師ケアマネ怖いし。

全ての興味や意欲を失った結果人生詰んだ

今40才。約3年をかけて色々なものへの意欲を失った結果人生詰んだ

意欲を無くすという事がこれほど恐ろしいことだとは思わなかった。

初めは料理ができなくなった。

10年以上自炊してて料理好きとは言えないまでも生活サイクルの一つとしてこなしていたのに急にお米すら炊けなくなった。

同時に不眠も併発していたので心療内科に通い始めた。眠れるようにはなったがご飯は作れなかった。

次に自分の見た目に対して興味がなくなった。

見た目を整えることは好きだったし洋服も好きで買いすぎないよう毎月気をつけていたくらいだったのに何も欲しくなくなった。

美容院に行ってもやりたい髪型はなく、洋服は欲しいものがないので買わない。

そのうち美容院に行くことすら面倒くさくなった。

一番やばいのは体重すら気にしなくなったこと。3年間で10キロ太った。

歳の割に小綺麗だとお世辞でも言われていた自分はもういない。

ここまでが意欲をなくし始めてから2年くらい。

かろうじて趣味活動は出来ていたので甘く考えてたが、気持ちの落ち込みと不眠は改善せず薬だけ増えていった。

何かをする事がとにかく面倒臭くて友達付き合いも酷いものだった。結果何人かの友達を失った。

様々な意欲をなくし始めて3年目。

ついに仕事に対しての意欲がなくなった。

web制作会社に身を置いていたのでこのことはかなり致命的だった。

新しい技術表現に興味を持てない。

やってやろうという気概が持てない。

自分目標クリアしようという気持ちも起きない。延々と目の前のチケットを消費するのが精一杯。

そんな中、社内でやらなければいけないことが増えた。フルスタック人材要求され困り果てた。もちろん話し合ったりもしたがやらなければならないこととされ、ただでさえも気力が足りてないのに重い石が頭上に降り注いできた。

弱音も吐けずyesしか認められず逃げ場はなかった。

そのうち本当に精神病み人生2度目のドロップアウト

心療内科でもらう薬は限界MAXになるも何も改善に至らなかった。眠れない時は眠れないし、やる気が蘇ることも気持ちが楽になることもなかった。

趣味ほとんど畳んだ。3ヶ月に1回くらい趣味時間を割くことがあってもそれを楽しみに生きることはなかった。

結果、定職を失い貯金を食い潰し日払い派遣でなんとか生活する中年誕生した。

こういう話をすると親や親族に頼れって言う人が出てくるけど、半年前と2年前に親から帰ってくるなって言われてるので帰るところがないんだ。

日払い派遣は時給も安く生活は苦しいが、頭を使わずに働くのは楽で精神も安定している。

心療内科通いは辞めた。一度主治医がいない時に通院したら代理医者が処方量にドン引きして減薬を始めたことがきっかけになり断薬した。3年経っても改善しなかったしな。

この全ての意欲を無くす前、私は努力を重ね派遣社員から正社員へ昇格し年収100万以上アップさせた。

なのに自ら派遣社員に戻った上年収もその時以下に下がるなんて皮肉だなと思った。

全てのことに意味があると思い生きてきたが、さすがにポジティブ意味を見出せない。

そして何かしらの意欲を取り戻したかというとそうでもないところが一番怖い。

相変わらず料理はできないし(米は時々炊けるようになった)自分の見た目はどうでもいいし何より仕事への意欲は皆無だ。

意欲が皆無なのでまた再び正社員を目指すことも老後を考えることもできない。

「何かやりたい」という思い、それが「お寿司を食べたい」だとか「早くあのゲームやりたい」でもいい、そういう類の気持ちがごそっと失われているこの状態が一番怖い。意欲や興味を持てず、このまま老いていくのが怖い。好奇心だけで行きてきたような若いから想像がつかない状態だが、もしかたらこれが老化なのかもしれないとも思った。

相変わらず貧乏気持ちの変化も何もないけれど、生を終える時は楽しかったと思えるのかな。あの時変に頑張らず現状維持を選んでおけばよかったのかなど思うことはあれどどうしようもない。

せめて、何か一つでも楽しみに生きる人生にしたい。

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