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はてなキーワード: 陽菜とは

2020-09-27

何言ってんのかわからんと思われるかもしれないが、

おじいちゃんおばあちゃんは「重夫」「トメ」であれよと思う。

「悠人」「結衣」「陽菜」みたいな名前のおじいちゃんおばあちゃんがこれから数十年後には出てくるわけだけど、違うだろ(何も違うことはない、本当にごめん)

「陽翔」くんもおじいちゃんになったら自然と「治(おさむ)」然としてくると思うし。

俺はおじいちゃんになったら名前を「勇造」にしようと思ってる。

2020-07-04

さらの『天気の子感想

感想要約

『天気の子』は"子どもたち"(陽菜さんと帆高さん)が自然災害対立する話ではなく,実際には"大人たち"と対立する話であるという視点大事だと感じた。

『天気の子概要

『天気の子』では"大人たち"や社会は,"子どもたち"と"世界の仕組み"のふたつを無視していることが描かれる。

そして偶然にもそのふたつを兼ね備える子どもたち,つまり世界の仕組みを担っていた子どもたち(陽菜さんと帆高さん)が,今度は今まで自分たち無視してきた社会無視するという決断をする。

この決断が天気の巫女をやめて東京沈没を選ぶということだった。

『天気の子』内容の確認

自然災害無慈悲かつ強力なので人々は受け入れるしかないが,天気の子人柱にするなどの方法はあった。(これが"世界の仕組み")

しか世界のことに興味を持つ"大人"はほとんどおらず,大人の多くは自分生活を優先していた。

同様に子どもたち(帆高や陽菜さんたち)を優先する大人もあまりいなかった。

たとえば警察は帆高の天気の巫女の話を無視して仕事を進めた。

児童保護施設陽菜さんたちがあのまま暮らしたいという意思無視した。

須賀さんも家出した帆高が東京で暮らすことを手助けしていたが結局は娘のために帆高を島に帰らせようとした。

大人たちが良識的で常識的対応を続けた結果,帆高たちは追い込まれしまった。

帆高は一度は手に入れた3人暮らし幸せをもう一度実現するために,人柱になった陽菜さんに対して帆高は自分たち幸せに生きるために社会のことは無視しよう,と伝える。

陽菜さんが天気の巫女をやめて雨は降り続き東京沈没する。

④数年後に帆高が東京に戻ると,何人かの大人たちは東京沈没を受け入れている様子が見られた。(もともと海だった場所を埋め立てた土地がまた海に戻った,など)

これは①の自然災害は受け入れるしかないものという態度が一貫している。

帆高はこれで本当に良かったのかと自問する。そして自分たちならきっと大丈夫だと確信して終わる。

感想タイム

改めて,帆高と陽菜さんの決断はよかったかと考えるとあんまりよくはないだろう。

最も良い可能性とは大人たちが子どもたちのことを理解し,世界の仕組みを知り,一致団結して自然災害対峙することだった。しかしそうはならなかった。

じゃあ陽菜さんの命と東京とでどっちが大事か,とか聞かれてこっちですとか言える人もあんまりいないだろう。それはつまり帆高のやったことが間違ってると言える人もあんまりいないということである

から自分は帆高たちのことはあんまり悪いとは感じない。

そもそも帆高たちには人柱東京を選ぶトロッコ問題スイッチたまたま与えられただけで(陽菜さんにとっては自殺東京かを選ぶスイッチである),彼らは別に英雄総理大臣とかじゃない。彼らが人々を助けなきゃいけない理由特にない。

だがしかし陽菜さんは一度は晴れを届けるという形で人々と関わることを自分生き方の形として納得していたので,陽菜さんにとって人柱になることはそういった生き方の延長線上にはあったかもしれない。

帆高の言葉は,そうやって新たに獲得できたばかりの天気の巫女というアイデンティティも捨てて生きていこうという提案だったわけだ。

この辺は前作の『君の名は。』より話が一段階難しくなっているなと感じる。『君の名は。』では,三葉は隕石から町を守るにあたって父親(大人たち)の協力を得られなかったが,結局子どもたちだけでうまく問題解決することができた。

一方で『天気の子』では東京沈没はうまく回避できなかったし,世界の在り方だけでなく,これから陽菜さんたちはどう生きていけば良いのかという彼ら自身問題まで提示されている。

君の名は。』の話を出したので,『天気の子』含めこれら2作における"世界の仕組み"観についてちょっと振り返る。

これら2作では何か神様のようなものもつ絶対的ルール(黄昏時とか入れ替わりとか天気の巫女とか)と,自然が持つ絶対的な脅威が関連している。

これらは新海誠監督の美しい自然描写や生々しい街の描写によってより説得力を持つものになっている。

まず世界に都会(東京)と自然があり,そしてその両方を支配している絶対的ルールがある,というのが世界観の基本にある。そして2作ではその絶対的ルールに巻き込まれ若い男女がテーマとなっている。

都会と自然の中に同じ神秘的な仕組み現れるというのは現代アニミズム的な思想を感じる。

君の名は。』では神秘的な存在というのは,神の領域としてしか現れず,つまり肉体(?)を持つ神様のようなものが目の前に現れるということはなかったが,『天気の子』では雲の魚や龍のような存在が描かれていて,神秘的な存在の具体的な描写が新しく行われていると思った。あの龍みたいなやつかっこいい。

ちなみに雨が続くやつは台風ではなく巨大な寒冷前線(真夏に雪が降ったのも特徴)として描かれている。これは非現実的災害として描かれていた。

『天気の子』の大人たちについて,彼らの対応が極端に間違ってたかというとそうでもないだろう。一応,陽菜さんが空に消えた夜に多くの人が陽菜さんが泣く夢を見たらしいが,それでも天気の巫女とか信じて行動するのは難しいだろう。

とくに刑事たちの働きぶりは淡々としていて彼らの思想が見えてこないと最初は感じたがむしろ仕事内面が出ないというのがまさしく大人らしい態度だったのだろう。

高井刑事が帆高にイラついたり,安井刑事が泣いている須賀さんに声をかけるというシーンは彼らの人間味を出しているが,しかし彼らはとくに雨や天気の巫女については言及しなかった。(つまり世界の仕組みを認知していないあるいは興味がなかった)

その一方で,世界のことに興味があり,また就活中の身でありながら帆高や陽菜さんを助けるためにバイクでお尋ねものになってくれた夏美さんは"大人たち"には全く当てはまらない人物として描かれていると感じた。

夏美さんのこの作品における存在意義,特に就活に失敗するような描写がなんの意味をもっていたのか,夏美さんが持つ就活問題が帆高たちとの関わりでどう変化したのか,あるいは変化しないならなぜそんなシーンを入れたのかを結構不思議に思っていたのだが,こう考えるとあのシーンは夏美さんが大人たちの側の人間ではないことを描写していただけだったのかもしれない。

ついでに帆高が銃持つ必要あったのかという疑問もあって,最初陽菜さんの天気の巫女の力と対比するための帆高の力として与えられたのかな〜〜くらいに思っていたがあれもやはり帆高と社会対立を深めるための舞台装置だろうと思っている。

『天気の子』は大人たちと子どもたちの対立を強調しているが,これらに当てはまらない大人も当然いた。

天気の巫女人柱の仕組みについて知っている老人や,雲の上についてはしゃいで話す研究員などは世界の仕組みに関心のある人たちだった。また立花さんや天気の巫女の一環で関わった人たちのように,誰もが帆高たちの邪魔をしていたわけではない。

須賀さんについて振り返ると,家出理由を明かさないがとにかく東京暮らしたいという未成年の帆高の意思を初めて尊重仕事と住処を与えたひとだった。しかしやがては帆高を匿うことのリスクを考えて,万札と帽子を渡し帆高に帰るように伝えた。

(よくあんなにパッと出せるお金があるなと思った。)

帆高の家出理由最後まで明かされなかったが,深刻な事情あるかないかに関わらず意思を受け入れるというのは尊重の仕方として正しい形だろう。

須賀さんは最後は帆高のもう一度陽菜さんに会いたいという心に,妻を亡くしもう一度会うことが叶わない自分と通ずるものを感じたのか,警察対立し帆高を解き放つ選択をとる。

ここは帆高解放連盟のなかでも夏美さんや凪(先輩)たちとは全く違う動機を持っている感じがする。須賀さんはなんというか常に帆高を対象として動くキャラだなという感じがした。初対面でビールたかるシーンから想像できないキャラクターの広がり方だった。

そんな感じで『天気の子』はどうにもならない話だったという感じがあるが,帆高はまだ未来があると確信してたので今後に期待大。

帆高まとめ

家出し,東京ホームレスになり,高1で好きな女の子ラブホ宿泊し,東京沈没させた。

2020-06-24

[] いまさら天気の子を観たので感想考察を書きます

ネタバレを含むのでまだ観てない方はご注意ください。

もう多分に語り尽くされていると思いますが、

結論から言うと本当に素晴らしい作品でした。

私は世間的にはもういい歳したおっさんであり、登場人物では須賀さんの方が年齢が近く、

10代の若者ボーイミーツガールを観てはたして楽しめるのだろうかと思っていたが、何のことはない、とても楽しめました。

もう日曜からずっと天気の子の事ばかりを考えてる。

いい加減、仕事に支障をきたすので、ここでまとめて区切りしま

陽菜さんは雨女

序盤でまさか野沢雅子さん演じる占い師が現れ、晴れ女と雨女について語るシーンがあり、

悟空をチョイ役に使うわけがないって事で耳の穴かっぽじってラノベ設定を聞いてましたが、

雨女龍神系、晴れ女は稲荷系ってことで、順当に行くと陽菜さんは晴れ女=稲荷系なのかと思いきやどうにも特徴に合わない。

というのも拳銃ぶっ放したサイコ野郎の帆高くんに救いの手差し伸べ、二人きりで廃墟に逃げ込むほどの胆力があり、

相手が年上と知りつつ、自分の方が年上だと偽る豪胆な見栄っ張り具合を備えており、

またよく見ると陽菜さんの家には2.5リットル級の麦茶ピッチャーを始め、背景に無数のティーポットが描かれており、

料理も大雑把に目分量で作っていて特徴的に完全に龍神系なんですよね。

作中では帆高くんがひたすら晴れ女とのたまうので、一見晴れ女に見えるもののこれは意図的ミスリード

彼女雨女に間違いない。

晴れが一時的なのは雨女なので雨雲を操作することはできても消すことはできないんでしょうね。

本当の人柱は帆高くんなのでは?

もしかしてこれ天気の子ファンの間では常識なんですかね?

帆高くんは神津島からキャッチャー・イン・ザ・ライという小道具とセットでフェリー東京に来るわけですが、

なんで東京に来るのか、途中まではっきりとした理由は明示されません。

しか物語の後半で分かる事ですが、親父に殴られたのか何なのか、心象風景で彼がここじゃないどこかを求めており、

島で光を見つけ、その光の中に入りたいがため、それを追って東京まで来たと言う理由が明かされます

この光というのは作中で陽菜さんが導かれた光と同じで、恐らくは龍神の導きによるもの

まり彼は龍神に導かれてやって来たわけです。では何のために?

冒頭、フェリーのシーンで彼は降り出した雨に喜び、フェリーの甲板でなぜかはしゃぎまわるわけですが(このあたりの考察は足りてません)、

その時突然の大雨が降り、あやうくフェリーから落ちそうになるわけです。

正確には落ちそうになったところを須賀さんに助けられるわけですが、

実は帆高くんはこの時海に投げ出されて死ぬ運命だったんじゃないでしょうか?

それがなんの因果か須賀さんに助けられ人柱とならなかった。

彼が人柱にならないので当然雨は止まず、以後、治安のよくない地域徘徊させたり、拳銃を持たせたり、

チンピラと格闘させたり、警察と取っ組み合いさせたり、老朽化した階段を踏み抜かせたりしてもまだ死なない。

から龍神の巫子?である陽菜さんを撒き餌に無理やり彼岸に誘ってみたものの、結局人柱とならなかった・・・

と言う風にとらえられないかって気がするんですがどうですかね?割と良い線いってませんか???

これでなぜ帆高くんが彼岸に行けたのかという理由にはなる気がします。

しかしなぜ彼が人柱に選ばれたのかは天の気まぐれ以外に理由が見つかってません。

狂った世界で賢い大人になんかなるな

野田洋次郎さんが歌うわけです。「諦めた者と賢い者だけが勝者の時代」と。

劇中で須賀さんが言うわけです。「もう大人になれよ」と。

ちょっと話は逸れますが少し前に功利主義というものが取り沙汰されました。

よくあるのがトロッコ問題です。多数を助けるために少数を犠牲にするか否かとか言うやつですね。人それぞれ答えが違うやつです。

しかしですね、こんな問題はじめっから狂ってんですよ。

狂人が考えたんですよ。しかしその狂人を生んだ世界さらに狂っている。

狂った中で誰もが生きているから狂ってることに気がつかない。

歯黒って知ってますか?纒足は?コルセットは?

大小違えど狂人なんですよみんな。狂人達がお前の方が狂ってる、いや狂ってるのはお前の方だって言ってんです。

滑稽ですよね。でもみんな本気なんです。

本当は、本当は誰一人として賢いやつなんていないんですよ。

全員が全員狂ってて誰がどうやって賢さなんてものを測れるんですか?

天気の子登場人物もはっきり言ってまともな奴は一人もいない。

全員が全員みんなどっか狂ってんです。でもそれが何か。

大人になれって言った須賀さんは帆高に触るなって言ってタックルかますんですよ。最高ですよね。

帆高くんも全部わかってて陽菜さんに晴れ女をやらせ、晴れ女なんかやらせてごめんって言ってんですよ。

陽菜さんも諸々わかった上で晴れ女をやって、人の役に立てて嬉しい、ありがとうって言ってんです。

凪くんも女装して登場して今さら全部お前のせいじゃねえかっていって泣くんですよ。

夏美さんも凪くんの彼女ズも(ところで、花澤綾音...新海監督、本当にありがとうございます...!)

みんな分かった上で狂ってる。だがそれがなんだと言うのか。

青空よりも俺は陽菜がいい! 天気なんて狂ったままでいいんだ!!」

みんな狂っているのであれば、結局それが普通なんですよ。

もし、帆高くんが島から出なかったら、フェリーの甲板ではしゃがなかったら、

須賀さんにビールを奢らなかったら、ネカフェ難民にならなかったら、拳銃をすぐ警察に届けていたら、

陽菜さんを見て見ぬ振りしていたら、陽菜さんの窮状を知って児童相談所相談していたら、、、

そうやって賢い選択をしたのであれば狂った世界はまともになったのかもしれません。

しかし、それが賢い選択だと言う保証はどこに?

「今の子はかわいそう。昔は春も夏も素敵な季節だったのに。」

はたしてそうかな?

その後の坂道のシーンで雲の隙間から差す光に帆高くんは感動していましたよ。

それをかわいそうとは私は思いません。

2019-12-30

女の子キリスト教預言者名前をつける親の多さにびびった

ふとした事で子供名前を沢山見るきっかけがあったんだけど、その中で驚いたのは

ノア(字は色々)」

という名前が、女の子名前に使われている件が、非常に多かった事。

人命ランキングで上位に来ている凜とか陽菜とかよりも多いんじゃない?っていうくらいに多かった。

ノアっていったらノアの方舟のあのノアじゃないですか。旧約聖書創世記の!

なんでキリスト教預言者名前日本女の子名前にこんなに多く使われているんだろう?意外とキリスト教徒が多い?

えーと、これって娘に人類を滅亡から救う救世主匹敵するほどの偉大な人物になって欲しいという想いを籠めて付けた名前なのかな?

壮大な願いだな…。

一方で、男の子には「ノア」を全然見掛けなかったのが不思議

ノアといえば男性イメージなんだけどなー、なんで女の子名前にこんなに多いんだろう。

2019-12-27

独断偏見で選ぶ2010年代ベストアニメ10

2010年代が終わるわけだが、2010年代アニメベスト10独断偏見で決めてみたくなった。ので増田に放流。

見てない作品は語れないので見た作品だけ挙げる。見た作品の数が少なくラインナップが偏っている結果チョイスが偏った点については先に謝っておく。また、順番は順位ではなく放映順である

魔法少女まどか☆マギカ』(2011年

長いゼロ年代の終わりを飾るというか10年代の始まりを告げるというか、とにかくエポックメイキング作品だった。紛れもなく一時代を画すアニメであり、こんなに議論が盛り上がって人々の印象に残ったのってマジでエヴァ以来なのではという衝撃があった。

Fate/Zero』(2011/2012年

2010年代にはFate/stay night [Unlimited Blade Works](2014/2015年)とFate/stay night [Heaven's Feel]』(2017, 2019年)がアニメ化され、さらにはFGOや『Fate/Apocrypha』に『ロード・エルメロイII世の事件簿』もアニメになり、いずれも素晴らしい出来だっただけにどれを入れようかすごい迷ったのだけれど、Fateシリーズに新しい客層を開拓したという点でZero存在感がなんだかんだで大きいかなと。切嗣重要台詞微妙原作改変でそれはどうなのかと思わなくもなかったがラストの桜ちゃん原作ではなくボツになった原案通りに作ってくれて素晴らしかったですね。人間オルガンちゃん再現されなかったのは残念だけど仕方ない。Heaven's Feelも本当に素晴らしかった……。何も言うことはない。俺たちの見たかった最高の桜ルートだ……。2010年代Fateアニメ化で盛り上がった10年だったと回顧できるだろう。セイバールートも作り直して。

おおかみこどもの雨と雪』(2012年

一作くらいは細田守を入れておいてもいいんじゃないかと思って挙げてみた。細田守はてなでは評判が微妙だが普通に『おおかみこども』は良い作品だと思うんだ。純粋家族愛物語として見ると違和感とかも出るのかもしれないけど、歪められた関係性も理想化された田舎も、すべては花の回想をもとにして雪が語ったことであって、花というある意味信頼できない語り手を通して見た世界なんだよね。加えて言うなら、花が雪より雨を構っていることに批判的な意見も多々見られ、それは雪から見ればそうなのだろうし実際にきょうだいより構われなかった思い出を持つ人にとっては良い気持ちはしないのだろうけれど、でも完璧人間でないと母親になってはならないか、といったら違うわけでしょう。母親欠点を持つひとりの人間だし、それでも母親なのだ、という話だと思いますよあれは。それらの偏愛や歪んだ世界像を卓越した映像美でくるんで提示してくるところに、細田守が色んなひとの神経をざわつかせる理由みたいなものがあるんじゃないのかな。

サカサマのパテマ』(2013年

アニメ映画を1つだけ挙げろ、と言われたらこれを推す。名作名作アンド名作。何を語ってもネタバレになりそうなので最高のSFアニメ映画だという当たり障りのないことしか言えない。ボーイミーツガールSFの傑作。いいから何も言わずに見やがれください。

SHIROBAKO』(2014/2015年

単純なアニメ業界楽屋ネタに留まら人間ドラマとしてしっかり作り込んでいてくれて良い作品だった。23話はみゃーもりにつられて泣いちゃうでしょ……。5人の歩く道は凸凹していて、正解はわからずに手探りで進んでいくしかなく、それでもアニメに関わりたいという意志を持って進んでいけば夢に手が届く。そういう話の筋としてはありふれた成長譚を細やかな人物造形と堅実な脚本で良いアニメにしてくれていた。「万策尽きたー!」「どんどんドーナツどーんといこう!」などのフレーズも印象に残る。ただアニメというフィルターを通してもなおアニメ業界ブラックさが滲み出ており「これは美談にしてはいけないやつでは」みたいな感もあって、アニメの放映スケジュールが狂うことがあちこちで頻発しているのを放映予定の変更とかで視聴者目線でも感じ取れるだけに複雑な気分である

放課後のプレアデス』(2015年

紛れもないジュヴナイルSFアニメの傑作。可愛らしい格好をした魔法少女たちが土星の輪に突入するとか太陽系外縁部を探査するとかブラックホールを反転させるとかのハードSF冒険を繰り広げるギャップがすごいし、荒唐無稽ファンタジイとリアル宇宙描写を融合させた映像美はアニメからこそ実現できるものだろう。ちょっと宇宙が出てくる魔法少女ものだと思って見始めたわけだけど土星の輪に穴を開けてエンジンを探し始めた辺りでガチSFをやろうとしてるんだと理解したし実際かなりSFだった。降着円盤温度まで考察されてるのすごくない……? そして根底には傷つきやすい繊細な心と他者を思いやる優しさが流れていて、映像の美しさと相まってリリカルさに心が洗われるような気持ちになる。放映終了後の喪失感は半端なかった。『サカサマのパテマ』と並ぶ2010年代SFアニメ金字塔ですわ。これが星雲賞を獲るべきだったのでは。

プリンセス・プリンシパル』(2017年

アクションのキレの良さ、百合描写の濃密さ、黒星紅白キャラの可愛さ、音楽テンポの良さ、細部の丁寧さ、どこをとっても娯楽アニメとして超一級の出来だったと言うほかない。特に5話の剣戟シーンはここ十年で一番の殺陣だと思う。梶浦由記オサレ音楽BGM美少女たちが流れるような作画チャンバラするの控えめに言って最高としか言えない。また「神は細部に宿る」を地で行くような作品であり、アンジェプリンセス手紙の遣り取りとか、脱出用の荷物に書かれた文字とか、さり気ない描写ひとつひとつに込められた情報量が半端なく、それによって世界観と百合に奥行きを持たせることに成功していた。アンプリ、いいよね……。劇場版むっちゃ楽しみ。

宇宙よりも遠い場所』(2018年

素晴らしい作品だった。2018年TVアニメ豊作の年でありゾンビランドサガ』『SSSS.GRIDMAN』などオリジナルの良作が次々と放映されたわけだが、なかでも別格だと思うのが『よりもい』。毎話毎話が最終回のごとき余韻を残し話ごとのメリハリも利いていて軽くシネマっすねという感じだったし、「先に行けって言われて先に行く薄情にはなりたくない!」「友達ってたぶんひらがな1文字だ!」などの印象に残る名台詞の数々は記憶に焼き付いて離れない。花田! 神回しか作れずに恥ずかしくないのか? 視聴者を泣かせて食うメシは美味いか? なかでも特筆すべきは12話で、まさか受信メールフォルダを映し出した画面に泣かされるなんて思ってもみなかったアニメ史に刻まれる名シーンですわ。

さよならの朝に約束の花をかざろう』(2018年

岡田麿里が本気を出してファンタジイをやったらなんかすごいのが出力されてきた。失ったものいつまでも抱いてしま妄執とか、恋と愛の区別あやふやになって煮えたぎる思いとか、無理やり連れ出されて見せられた世界の美しさとか、そういったドロドロした感情を叩き込んだ闇鍋から人は互いに織り上げあう物語であるというテーマを掬い上げて観客の前にどーんと呈示してくる素晴らしい映画作品。ただただ名作と言うほかない。15歳しか離れていない不老の種族美少女なお母さんに育てられたいだけの人生だった……

『天気の子』(2019年

君の名は。2016年)で俺たちの新海が一気に一般人にも知られるアニメ監督にのし上がってしまい、遠くに行っちゃったんだな……とゼロ年代に魂を囚われたオタクたちが訳知り顔でホロリとしていたところに投げ込まれた傑作。いや~原作PC版のクライマックスを忠実に再現してくれてましたね! 私は原作だと夏美ルートが好きで、彼女が晴れ渡った青空を見て浮かべる笑顔の爽やかさと、その青空意味を後続のルートで種明かしされて味わうことになる切なさがめちゃくちゃ印象に残ってるんですよね。でもやっぱりあの長編エロゲから1ルートを取り出して劇場アニメにするとなったら陽菜ルートになるのも納得がいくわけで(甲高い早口

……という感想を諸人こぞりて口にしはじめる辺り、完全にゼロ年代エロゲだったテン年代最後の年にゼロ年代を煮詰めたような要素てんこ盛りの作品を公開してしかもそこにセカイ系を力強く肯定するオチをつけるわけですよ。ゼロ年代の亡霊が昇華された感があり、なんというか新海誠すげえわ、一生ついてくわ。

2019-11-28

『天気の子』と『ジョーカー』の共通点と、その差異

2019年に印象を残った映画を上げるなら、僕は天気の子ジョーカーを上げるだろう。どちらも大ヒットをした作品で、どちらも非常に「似た要素」を持つ作品だ。

新海誠作品は前回の君の名はの時も、非常に似た要素を持つシンゴジラがヒットした。新海誠作品は、どうも数奇な運命作品に巡り合うらしい。

天気の子ジョーカー、どちらも公開時期は近いから、どちらかがどちらを参考にしたという事も無い。

しかし内容と、そしてモチーフまで非常に似通っている。

「都会で、周りの人にぞんざいに扱われる」「銃を手に入れ、物語を動かす狂言回しとして存在する」「どちらも既存の正しさに異を唱える作品

これらの共通点は、単に箇条書きマジックか、偶然だろうか。僕はそうではないと思う。

新海誠も、トッドフィリップスも、どちらも現代社会を描いた結果導かれた必然ではないかと思う。

しかしながらそのような大きな共通点がありつつも、その結果と印象は全く異なる。

トッドフィリップスジョーカーを「人の温かさを描いた作品だ」と言った。社会的思想だとあえて言わなかった。

明らかに現代社会風刺しているにも関わらず、だ。

先ほど内容とモチーフが似通っていると言ったが、実はその共通点の中に、二つの物語差異存在する。それはまさしく、「人の温かさ」なのだ

・都会での周囲の人の暴力

風俗店経営者と聞くと、多くの人は「ちょっと怖い」とか「金持ちそう」とか「褒められたものではない職業」と思うだろう。

これは天気の子主人公が都会や社会に対して抱いていた感情と似たものがある。

ジョーカーでは、その役割看板を壊した褒められた存在ではない不良、新卒サラリーに抱くちょっと怖く金持ちそうという存在に負わせている。

天気の子の須賀は主人公を体のいいコマとして使うが、同時に役目と居場所を与えている。

ジョーカーではその役目を、ピエロを雇う事務所と、精神科医が担う。ピエロであることで、役目を与え、向精神薬によって居場所を与えているのだ。

そして周囲の人の中に居た女性は、自分の事を気にかけている、までは一緒だったが、ジョーカーではそれは妄想だった。

ジョーカー母親妄想しか目を向けておらず、誰もジョーカーの事を見ていない。

天気の子主人公は猫に自分を重ねて助ける優しさを持っていた。

ジョーカーも、幼少期のバットマンの寂しげな顔に自分を重ね、笑わそうとする優しさを持っていたのだ。が。

・『銃』という存在

この銃は、両映画にとって「社会にとっては間違っている、主人公の正しさ」を象徴するアイテムだ。

二人が銃を手にした理由は違えど、持ち続ける理由は、同じだ。片方は風俗店経営者暴力(足掛け)をされたこと。もう片方は、不良に襲われた事。

社会に恐怖を感じ、自分の身を守る為に銃を持った。

しかし、その銃を持った結果には差異存在する。「銃を見た人の対処」そして「誰に向けたか」だ。

天気の子では、主人公銃をヒロインの前で撃った。標準を「自分を拒絶する社会」としての風俗店店員に定め、しかし恐怖か迷いかで弾は逸れる。

ヒロインは一回それを拒絶するも、主人公家出して不安に感じたことを理解した上、それを許容する。

そして主人公も、その自分勝手な正しさを投げ捨てるのだ。

ジョーカーでは、銃を小児病院で落とす。しかしそれに対して社会や人々は、ジョーカーが銃を持った理由理解しようとせず、拒絶した。

ジョーカーは部屋で銃を持ち踊る時、自分世界象徴である母親椅子に向けて標準を合わせている。結局ジョーカーはその正しさの行き場を失い、自己に閉じ込め、

電車のシーンでは「自分を拒絶する社会」としての新卒サラリーに迷わず発砲する。

天気の子では、あくまで向けるだけで発砲しない。自分の都合の良いように女の子を使って、いなくなっても気にせずに呑気に笑ってる人に対して、脅しとして使う。

主人公にとって世界は「自分を拒絶する社会」ではなくなっていた。主人公も同時に社会を拒絶していた事に気付いて、優しさに触れた。

女の子一人を見捨てる社会」に対して銃を向けていたのだ。かつて自分がそうなりそうな時に拾ってくれ、見捨てずに愛を教えてくれた一人の女の子に対し、同じことをしたのだ。

ジョーカーはその銃で、「男一人を見捨てる社会」の象徴であるコメディアンを撃つ。自分への愛などないと教えてくれた一人の男に対し、同じことをした。

・『正しさに異を唱える』

天気の子では、兎に角「正しさ」に対して異を唱えている。神社で言われた、「現代の人の考える正しさなど、1000年スパンで考えればないも同じもの」という趣旨セリフ

最後マンションのシーンでも、「昔は海に沈んでいた場所が、あるべき姿に戻ったのかも」というセリフ。正しさというもの絶対的ものとして語られがちな現在に対する批判である

そして極めつけは、最後主人公の「天気なんて狂ったままでいい。青空よりも、陽菜がいい」というセリフ主人公にとっての正しさを「選び取る」セリフだ。

新海誠も「選び取る」事に対して、意識して制作したと言っている。

ジョーカーは「正しさ」を雄弁に語るテレビの向こうの人物を見て笑う。ジョーカーは誰も自分を見てくれず、平気で見捨てる社会に銃を向ける。明らかに世界は狂っているのに、その世界自分をことごとく無視する。

薬を辞めて、あるべき姿に戻ったことを感じる。正しさの無い世界で、正しさなんて自分で決めていいんだと気付くのだ。「正義なんて自分で決めたっていい」という、主人公にとっての正しさを選び取る。

天気の子ジョーカーも、暴力に遭いつつも、主人公は誰かを見捨てない優しさを持ち、社会から自分を守る銃を持ち、その銃で正しさを行使し、既存の正しさに異を唱えた。

しかジョーカー場合は、誰もジョーカーを見ず、助けず、愛など与えなかった。結果的に優しさは失い、銃は社会を襲い、誰かを救うためにその力を使えなかった。

天気の子現代社会で愛を描くことで愛を表現し、ジョーカーは愛を絵が描かない事で愛を表現した。

愛を与えればいい、そう結論付けるのは簡単だが、僕たちはまだ犯罪を犯してない、

だが金がマックで寝る男を、精神障害を持ち銃を落とす男に優しさを向ける事が出来るだろうか。

少なくとも、優しさを与えないのなら、ちゃんとその道を選んだ覚悟認識を持ちたい。

そう考えた雨の降る夜であった。

2019-10-27

稗田礼二郎天叢雲剣に雨を降らせる力が…?」

稗田礼二郎「ははは…そんな話は聞いたことがないよ」

森嶋帆高「でもみんなネットでそう書いてますよ。叢雲というのは雨を降らす雲のことじゃないんですか?」

稗田「叢雲というのは八岐大蛇の頭上に雲がかかっていたということから付けられたんだ。古事記にも日本書紀にもそんな記述はないよ」

稗田「あまりネットの話を鵜呑みにするのは良くないぞ帆高クン」

帆高「すいません…」

客A「見ろ!空が晴れたぞ!」

帆高「あっ…稗田先生!みてください!陽菜さんが成功したんだ!」

稗田(100%の晴れ女…まさか本当に?)

客B「虹も掛かって…新天皇を祝福しているんだ!」

帆高「わあ…縁起がいいですね!稗田先生!」

稗田「いや…何か気にかかかるな…虹というのは古代日本中国では凶兆ともされていたんだ」 

帆高「そうなんですか?」

稗田「ほら、虹という漢字には虫という字が使われているだろう…これは蛇と同じ意味だ」

稗田「虹蛇と言って、古来より虹は蛇や龍と同一視され、神格化されてきた。」

帆高「でも日本神話ではイザナギイザナミが虹をわたって地上に降りてきたって話があるみたいですけど、蛇は出てきませんよ」

稗田「またネットか?確かにそういった話はある。だがイザナギという名も、ナーガ、つまりインドの蛇神が由来だという説がある」

稗田「これはイザナミイザナギ神話によく似た構造を持つ中国の『伏羲女媧』が蛇神であることにも繋がるだろう」

帆高「虹蛇の神話にはどのようなものがあるんですか?」

稗田「代表的なのはアボリジニの始祖蛇エインガナ、ハイチに伝わるアイダ、またアフリカでは虹の蛇が世界創造を手伝ったとも言われる」

帆高「それならい存在じゃないですか。凶兆だと捉えるには…」

稗田「いや、この蛇を人間が怒らせると空や大地に体を叩きつけて災害を起こすとも言わてるんだ。荒れる川や地割れを蛇の姿と重ねたんだな」

帆高「それじゃまるで八岐大蛇じゃないですか!」

稗田「そうだな…虹の色は古来日本では8色とされていたともいう。八岐大蛇が虹蛇神話の変形である可能性もあるかもしれん」

帆高「じゃあ、あの虹はもしかして八岐大蛇が殺された復讐にやってきて…」

稗田「まさか八岐大蛇神話皇族祖先である天照大神とはなんの関係もない。あの天叢雲剣形代であって、本物は熱田神宮だ!」

陽菜「キャーーーッ!!!

帆高「陽菜さん!?

稗田「!?そうか!」

稗田「八岐大蛇が攫った宮簀媛は天火明命の子孫!天照とは別の太陽神だ!」

稗田「太陽神の力を受け継ぐ巫女天野陽菜天火明命の子孫だったんだ!」

2019-10-02

天気の子陽菜って確実に陰キャラだよな

おそらく中学校を途中から通わなくなったにも関わらず友人らがいる気配もないし、もとからかなり陰キャラ寄りだったんちゃうん?

2019-09-18

anond:20190725001919

【天気の子ネタバレ


ここにぶら下げて書く


新卒採用

雇用問題ひとつテーマだというのはあながち外れてもいなそう。

陽菜詐称していた年齢18歳、そして実際の年齢16歳は、それぞれ高校卒業中学卒業の年齢だ。

不景気による就職難のときに、大卒以上に求人倍率悪化したのは高卒や中卒だ。

陽菜はそうした困難を一手に象徴していたのかもしれない。

また、夏美さんは「御社第一志望です!」と叫んでいたが、これは大卒就職難の象徴だろう。


副業

本作は副業の話でもある。

須賀が帆高に月給3000円しか出していないということに対して、夏美が「そりゃバイトもするわ」と批難するシーンもあった。

時勢としても副業解禁というターニングポイントが反映されたのかもしれない。


コト消費:

ミレニアル世代の特徴とされるのが、デジタル機器SNS活用、そしてモノの所有よりも体験やつながりを重視するという点だ。

服は古着ファストファッションで、他のことにお金を使いたいという傾向があるとされるが、作中で最初の依頼はフリーマーケットだった。

シェアリングエコノミーイメージさせる面もある。

また、作中の他の依頼も、運動会コスプレ花火お盆送り火、といったイベント事で、コト消費なのだといえる。


神津島

帆高の出身地の島は神津島モデルと言われている。

この島が選ばれた理由としては、神木隆之介の神と新津誠の津を合わせた島名だったから説、都道府県的に東京都だったから説、キリシタン女性島流しにされた逸話が残っているから説、などがある。

ここでもうひとつ付け加えたいのが、日本労働組合総連合会略称連合の会長、神津里季生からという説だ。

帆高と対立する父親や島の息苦しさのバックグラウンドとしてのイメージけがあったのかもしれない。

2019-08-23

天気の子面白くなかった話

天気の子を見た。2回見た。

結論から言うと、ガッカリした。面白くなかった。つまらなかった。

まらないと感じたポイントメモしておく。

1.ひたすらスポンサー商品アピールするCM映画

冒頭のバニラからまりチキンラーメンCCレモンプレモルカップヌードルetc

挙げればキリがないが特定企業商品描写がまー詳しい詳しい。

穂高女の子の部屋に行くのに何故かチキラーポテチ手土産に持っていくし(いくら高校生でも普通ケーキとかじゃない?)、陽菜がそれを使ってアレンジ料理作るところでは思わず苦笑いしてしまった。YouTuberかよ。

乾杯のシーンではこれみよがしにスクリーンに大写しされたほろよいCCレモンプレモル

カップヌードルは2分が美味しいだとかキャラに言わせるのは興醒めだった。

公開前のタイアップCMが俗っぽくて心配だったが、本編はそれに相応しいCM映画だった。

2. 本田翼いる?

ネットでは本田翼の演技が酷いとか言われてたけど、自分はあまり違和感を感じなかった。アニメ映画芸能人声優ってこんなもんでしょ、という感想

それより物語における必然性が見えなかった。

そのくせやたら出番がある。

もっと子供大人中間」みたいな役割を強調してもよかったし、お色気枠ならもっと性愛的に穂高を導く役割でもよかったと思う。

3. 登場人物感情移入できない

特に穂高ことなんだけど、あまりに身勝手すぎて感情移入できなかった。

家出理由不明なところとか、ご都合的に拳銃を拾うのとかは別にいい。

思春期の閉塞感から逃げ出したのは分かるし手に余る力を手に入れるのはなんとなく陽菜と対になってる。

でも陽菜にサイテーって言われて捨てた拳銃をまた拾ってぶっぱなすのはどうよ?

一連の行為があまり独りよがりすぎてついていけなかった。

疲れた

後で追記する

2019-08-18

天気の子プロメア寿司🍣

今日は、

東宝シネマズで13:10の天気の子を見た。

チネ・ラヴィータで16:00からプロメアを見た。

寿司を食べに行った。

では以下、感想(ネタバレあり)

  

・天気の子

タイトルが天気の子って言うから、雨にしたり晴にしたりを

自由にできるかと思ったらほとんど晴れの子じゃないか

ってツッコミを入れたくなった。

背伸びする二人の主人公の姿を見て青春だなあとぼけーっと見ていた。

  

俺が特に好きだったシーンは、

・序盤でライター仕事頑張る帆高

・晴れにする仕事がどんどん話題になった所

・帆高が陽菜指輪渡す所

夏美バイクで走り回る所

  

だった。青春系の映画ハッピーエンドだったので明るい気持ちになれた。

  

気になったシーンは

序盤の占い師の婆さんの話が「天候を操作するのにはリスクが伴う」

とかなんとか言ってたが実際その通りだったのが面白かった。

実は名のある占い師だったんじゃないかと思ってしまった。

  

そんなわけで、あーなかなか良かったなあなんて思いながら、

BiVi仙台映画チネ・ラヴィータまでプロメアを見に行ったのだった。

  

プロメア

  

応援上映とやらに行くのは初めてだった。みんな色々応援で盛り上がっていたのだが

俺は一番前の席だったので、サイリウムなどを使っていた人はほとんど見れなかった。

が、途中から少し離れた席に座った人がサイリウムを持って応援していたので

なるほど、こういうものなのかと感心した。

  

俺はどうだったのかというと、ほとんど何もしゃべらなかったが、

後半でガロが突っ込むところで「いっけえええええええええええええ!」と叫んでしまった。

でも、そのシーンで叫んだの俺だけだったんだよ!!

他の人たちみんな他のシーンとかで合わせて叫んでたりだったのに!

お、俺だけあのシーンでいっけえええええええ!だよ! 流石に少し恥ずかしくなったぞ!

  

ちなみに俺が好きなキャラクターヴァルカンだった。

俺、こういう分かりやすキャラクターが好きなんだよ。

やりてえようにやって、やりてえようにやる。終始一貫してブレることが無かったので

悪役と言えどいいキャラしていると思った。

  

ストーリー単純明快で分かりやすくて良かったな。

グレンラガン彷彿させるシーンもあったけれど、そこはご愛敬ってところだろう。

プロメア語源ってプロミネンスか何かとトロメアか何かが混じった言葉だったのだろうか。

そこが気になっていたりするが分からないままだ。

とにかく熱い展開が続いたので最高だった。十分堪能した。

応援していた人もお疲れ様でしたって感じで映画を見たことで一体感が出来た気がして良かった。

ありがトリガー! (みんなこんな風に応援していた。)

  

寿司

  

今日寿司画像https://imgur.com/mznoFf7

  

今日今日とて寿司だ!🍣

今日はなんと!タコが美味かったんだぁ! 食感がたまらない!🐙

滅茶苦茶たまらなかったよ!!! もう映画見終わって寿司食えるなんて

最高だよ! マジで最高の最高!

明日からまた残業だらけの忙しい日々もなんとかなるだろうって思えるくらい

最高の寿司だった!

  

え? 今回は量が少ないって!?

ポップコーンコーラを飲んだらお腹の中に溜まっていたんだ。

から今日は7貫だ!!!🍣

エビも美味しかったし、というか全部美味しかったし、

やっぱり寿司を食うと元気がでるなぁ。えっへっへ?

  

今日立ち食い寿司屋だったのだが、美味しかったなあ。

あぁまた今日も、いい一日だった。

今日も生きていて良かったと思える日になった。

よおおおおし! 明日からも頑張るぞおおお!🍣

anond:20190818155209

2019-08-11

天気の子2回見た雑感

君の名は。」旋風が落ち着いたころに自宅で見て、

最近アニメすごいな、流行るだけあるな」と思った。そういうレベル人間視点

セカイ系とかは知らない

ネタバレは多分少しあり


一回目(ひとりで)

面白かった、けどストーリー上ひっかかる所は多く感じた

映像美に見入った、雨の描写の大変さは素人でも想像に難くない

・気になったのは

 「ホダカ無茶苦茶しすぎで正直引く問題

 「キャラの背景描かれなすぎで厚みない問題

 「なんだかんだご都合主義蔓延ヲタク臭プンプン問題

・総じてネットでよく言われてるやつ。まあ「そういうもんだし」で片付くので大きな問題はない。

・あえて悪い言葉でいえば「幼稚」な印象をもった

・でも抗えない魅力があった。男の子女の子が互いの名前を叫べばそれだけで立派な物語だ。

 いわゆる「ボーイミーツガール」のエモの強靭さを思い知る。

抗えず二回目(ひとりで)

おしっこしたくてたまらなかった

・開始前にトイレ行ったのに、少人数+冷房のパワーで思考キャパ尿意によってみるみる浸食されていった

夏美コーヒーやらビールやらごくごく飲む頃にはすでに漏れそうだった

・でも頑張った。同じ映画を二回見る経験なんて初めてだから、なんとしても失敗するわけにいかなかった

・それがもう失敗であった。エンドロールが始まるや、慎重にかつ速やかにおずおずと情けなく退出したのは私です

陽菜かわいいよ陽菜

 一回目の視聴では「いやいや、出会ってからホダカがなんで陽菜に恋したかが貧弱すぎて感情移入できねー」と

 思っていたが、冷静に考えればこれほど魅力的な女の子日常に現れたら好きにならないはずがないのだった。

 君じゃないとないよ、意味は一つもないよ、と。そういうこと。

 二回目ってことで「陽菜はいから自分の体の変化を認識してたのだろうか」という視点が持てた。

 太陽に手をかざす描写がこれでもかと出てくるんだけど、一回目と意味合いが全然違って見えてくるのね。

 あとあんまり喋ってない気がするんだよね陽菜。気のせいかセリフ少ないと思う。もっといろんな声聞たかった。

 陽菜最後最後、どういう感情だったのか、これがもう少し描かれていてほしかった気はする。

 当事者として彼女葛藤は誰よりも大きいはずなのに、基本的にホダカ視点からなこの映画

・凪、かわいいよ

 言わずもがなの、センパイ然とした大人顔負けのサービス精神子供の無邪気さが共存する魅力的なキャラ

 一回目の視聴では釈然としない部分に気を取られてかそこまで感動しなかったけど、

 二回目は凪先輩のパンチライン「姉ちゃんを返せ!」で涙を流させていただきました。

 でもなんで凪先輩はあのビル来れたんだろうね

 あとこのキャラは抜群に声がいいと思う。声優とかわからんけど演者の方もっと評価されるべき

・声がいいといえば、ホダカ。これはすごいことだ。

 序盤の「帰りたくないんだ」で見せる弱さは胸を突くし、なにより終盤の叫び連発に込められたエモさはヤバイ

 叫びってのは基本的には耳障り悪いはずなんだけど、ホダカの叫びは淀みない真っ直ぐな感情が乗ってて

 聞き手の心をぐいと動かす力がある。最優秀ボイス賞。

 一回目は「いやリーゼントとかあり得ないし」と冷めた部分もあったが、この良質な叫びのおかげで二回目は変に引くことなく楽しめた。

・総じて二回目は話の流れがわかってるだけに、キャラ感情の動きに注目して見ることができた。

 (これはこの作品に限らず、そういう楽しみ方があるという発見

 スガさんとかね、「実は奥さん晴れ女だった」考察話題になってたけど、そういう視点で見るとなかなか面白かったり。


さすがに三回目はないけど、機会あれば見たいし誰か誘ってくんねーかなくらいに思ってる

言うほど賛否両論ではないと思う

好きな人と見るよりは、見たあとで好きな人のもとに全力で駆けつけて、もう離さない!とかしたくなるそんな映画

2019-08-10

ネタバレ】天気の子ネタ

810の日なので書く


要人物の大半がタックルしてるという指摘があって、たしかに帆高、須賀、陽菜さん、凪センパイが作中でタックルしているんだが、


この元ネタ日大危険タックルだと考えられる。

監督という絶対的存在選手コーチ大学側すらも意見できない、そんな状況を時代の息苦しさの表出の一事例としてタックルに込めたのではないか

新海誠さんへ 天気の子を観ました。

新海誠さんへ

お久しぶりです。突然こんな文章を送ってしまってごめんなさい。

こうして手紙?を貴方に送るのは初めてかもしれませんね。

新津くんと呼んでいた貴方を新海さんと呼ぶのは、恥ずかしいような、なんだかちょっと不思議な気分です。

私が誰か、わかりますか?

今、貴方の中で聞こえている声がきっと私の声であると信じて、筆を進めます

先日、天気の子を観ました。

公開初日新宿は、作中と同じ長雨でした。

あの日、あの劇場にいた人たちは確かに作品の中の新宿にいましたね。

最後の展開にはちょっと驚きましたが、私はとてもハッピーエンドお話だと思いました。

かに、世の中をうまく生きていて、社会を上手に使っているような人たちには眉を顰められそうなお話だとも思いました。

けれどそれ以上に、帆高や陽菜のように、きっとこの国に存在している、さまざまな理由でどこか生きづらさを感じている人たちにとって救いになるお話だったと思います

それは私にも同じことでした。

小海線の向こうは別の世界で、この小さな山間の街で生きるしかないと思い込んでいたあの頃の私が観たら、私にとっての陽菜ちゃんがどこかにいないかと願わずはいられなかったと思います

私のような外から来た人間にはどうしてもどこか窮屈さを感じる東京ですが、ちょっとだけ肩の力を抜いて生きてみてもいいのかなって、心が軽くなった気がします。

なんの根拠もありませんが、この作品は直接誰かを救うわけではないけれど、それでも生きづらさを抱える誰かが少しでも希望を持てるような、祈りを与えてくれたように思います

そして最後の展開について。

環境は変わっても人はいつの間にか順応してなんだかんだ生きていくんだろうなと思うと、あの世界もそこまで悪いようには思えませんでした。ずっと涼しそうだし笑

そんな中でも登場人物たちは生きていて、それなりにしっかりやっていくという希望かあることが、狂った世界の中で生き残るための拠り所だと思うんです。

いろいろあってもやっていくぞという感じ。

いつもニコニコしてるけど、譲らないところは絶対に譲らない新津くんらしいなって思います

どうかこの世界が、貴方にとっても誰かにとっても、少しずつ息苦しくないよう、私もこの日本のどこかで願っています

この願いは、貴方が気づかせてくれた、せめてものこの世界へのささやか抵抗です。

そしてこのページが、本当に貴方の所まで届くのか、それは私自身の賭けであり願いです。

あらゆる"距離"を超えて届く物語を紡いできた貴方への、私の祈りです。

貴方にとって、私が私だったらうれしいです。

ところで野田さんか神木くんか、本命を決めないと!

早くしないとふたりとも拗ねちゃいますよ笑

それではまた、どこかで。

2019-08-04

ネタバレ】天気の子に込められた権力構造

またみてきたので書く。


歌舞伎町

本作の主要な舞台であり、水商売の一大拠点でもある。また隣接する地域には、コリアンタウンである新大久保があり、本作とのコラボキャンペーン商品を出しているロッテ本社もこの地区にある。スペシャルスポンサーである日清東京本社もある。


代々木

代々木駅のあたりは北参道と言われていて、明治神宮敷地まですぐそこだ。神宮野球場といえばヤクルトスワローズだ。ビニール傘をふる観戦ファン応援の動きは、本作でてるてる坊主のついた傘を振る動きの元ネタだろう。

また、明治神宮の広い敷地を超えた先には代々木公園があり、そこにはNHKの社屋がある。

共産党本部建物代々木駅の近くにある。


銀座

ビルモデル代々木会館だが、屋上神社銀座朝日稲荷神社といわれている。

銀座といえば高級クラブも想起される。

また、隣接する汐留には、日本テレビ本社がある。さらには、電通朝日新聞の本社もあり、本作のスペシャルスポンサーソフトバンク本社もある。


お台場

最初の依頼の舞台となるお台場といえばフジテレビの社屋だ。天然水タイアップCMを出しているサントリービルもある。


六本木

花火の依頼で浴衣で登場したシーンが六本木ヒルズだ。テレビ朝日本社がある。バイトル運営する株式会社dip本社もこの地域だ。

高級クラブをはじめとする夜の街でもある。


芝公園

須賀が娘と面会した公園だ。ところで新海作品には東京タワーがあまり出てこない、という指摘が以前からあった。今作で珍しく描かれているのは、放送象徴という意味合いがあるのではないか


さて、ここで確認しておきたいのは、話題になっているこの指摘だ

https://twitter.com/gentledog/status/1156039018594750465

スポンサー企業は色々登場するんだけど、ヤフー知恵袋ゴミみたいな回答しか返ってこないし、バイトルはろくに仕事を紹介してくれないし、バニラトラックが走る街で未成年が無理やりホテルに連れ込まれそうになるしで「金は貰ったがそれはそれだ!」という作り手の強い意志が伝わってくる。”


まず、特にテレビ放送において、スポンサーを不利にするような表現ができない現状がある。

競合製品を写すことができず、不自然なボカシがかけられる場面をご覧になったことがあるだろう。

そのくらいスポンサー不可侵存在とされているわけだ。


そしてそれを端的に示すような、こんな出来事リークされている

https://www.google.com/search?q=%E7%9A%86%E8%97%A4%E6%84%9B%E5%AD%90%E3%80%80%E3%83%93%E3%83%B3%E3%82%BF&source=lnms&sa=X&ved=0ahUKEwiMorK09OfjAhWFBKYKHcaWDLYQ_AUIDCgA&biw=958&bih=959&dpr=1

歌舞伎町近くのスタジオアルタでの放送内容であり、お天気お姉さん発言した内容でもある


このような現状に一石を投じるべく、先鋒となって、スポンサー製品の失礼にあたるようなことをあえて盛り込んでいったのではないか

ところで、田端が何を意図しているのかなかなかこじつけられなかったのだが、やや強引なのを承知で進めていく。

田端には『株式会社ジェイアール貨物不動産開発』の本社がある。注目してほしいのはこの不動産の部分だ。

あわせてこんな記事確認いただきたい。


フジテレビ赤字転落、もはや不動産会社がテレビ局経営している状態

https://biz-journal.jp/2017/12/post_21616.html


放送事業は急速に儲からない事業となってきているのだ。インフルエンサーとしての力は絶大であるにもかかわらずだ。

作中依頼が多くなりすぎて引き受けるのを止めた端緒として「テレビに出ちゃって」というセリフとともに描かれてもいる。

(うろ覚えなのだけど、陽菜アパートと須賀の事務所テレビが無かった気がしていて、もしそうだったら現在生活ではiPadはあってもテレビは..

みたいな方向でも書こうと思っていたのですがやめときます。もう一回観ようと思いますが、いやテレビあったわという方はコメント等で教えてください。)


さて、終盤洪水によって東京土地の大部分が水没した姿が描かれる。

現状に対する突破口としての「土地」。本作には、そんな意図が込められていたのではないだろうか。

2019-08-01

天気の子イリヤの空みたいだって言う人いるけど

俺もイリ空にかけられた呪いが解かれたような気分ではあるがあのエンドを帆高の実力のように言うのは違う。

違うところを挙げればキリがないけどすべてが集約されるのがイリヤパイロットスーツの寄せ書き。

大勢に望まれながら、でも浅羽だけのためにイリヤは飛んでそして戻ってこなかった。

陽菜さんも確かにそれに通じるところがあるけどあれは結局二人だけの秘密から全然違う。

そういうことにならないように「秘密があまりまらないようにした」っていうのがこの映画の一番のポイントだな。

2019-07-30

ついに「天気の子」を見に行ったわけだけど

陽菜ちゃんエロいなって思って見たら思ってたよりエロくてすごいよかった。

反原発を選んだ天気の子世界

ネタバレ含む

天気の子ラスト世界って、帆高と陽菜が選んでああいう風になった訳ではなくて、人類が目先の恐怖しか考えず、二酸化炭素放出を抑える現実的方法である原発の稼働停止を望んだせいで気候変動した世界だよね。主人公達が悪いわけではなく、人類全てが少しずつ悪い。非セカイ系世界

皆、地球温暖化異常気象に対して何が出来るか、もう少し真面目に勉強しようよ。

2019-07-25

天気の子勢い実況感想めっちゃネタバレ

はじまった!…病院少女、誰か入院してる、雨、モノローグが、めっちゃ新海誠めっちゃセカイ系!!わかりやすすぎるくらい!雨の中差し込む光、その光の指すボロいビル屋上にぽつんとある鳥居へ駆けていく少女鳥居をくぐる!異世界!空から落ちてる!なんかすごいキラキラしてる!おそらくなんか異能力ゲット!きっとセカイに関係している!

場面が変わり少年。こいつが噂の美ショタか?違った。時間軸は今昔どこだ。冒頭からちょっと時間過ぎたくらいだった。船ですごい土砂降りにあって落ちそうになるのをなんかやさぐれてそうだけどそれなりにかっこつけて生きてそうな30歳くらいの男が助ける!藤原啓治が百万回演じてそうなキャラだ(実際は小栗旬)。少年、帆高は家出仕事探すけど新宿はこわい!バーニラバニラ高収入Yahoo知恵袋ちゃん企業許可取ってるね~~~!帆高が体売る気配を感じさせつつもそうはならず藤原啓治事務所を頼り、手伝いのやさぐれ美女とともにライターバイトをする!女のつくる飯がうまい!意外と仕事頑張る帆高!充実した日々!ここでRAD!完全にPVはやくも疑似家族ゲット!

とにかくずっと雨降ってるけど冒頭の少女陽菜と会って晴れ女営業で稼ぐ!新しい仕事かわいいイケショタの凪!新しい家族!ここでもRAD!!!完全にPV新海誠

でもうまく行かず警察に追われる。帆高、家出してるしなんか拳銃拾ってたしね。藤原啓治、「大人」の象徴としてシンプルすぎる!帆高に金だけ渡して帰るよう言う!でもやだ!陽菜と一緒に生きて行きたい!めっちゃ土砂降りでやばい新宿警察に追われつつもなんとかラブホを見つけ三人で休憩。ラブホ冷蔵庫で宴をする!楽しい!帆高と凪のお風呂シーン最高!!!晴れ女能力しすぎると消えてしまい、変わりに止まない雨が止むと判明。朝になると陽菜消える!日本晴れる!帆高逮捕!でも逃げる!俺は陽菜を助けるんだあああああ冒頭の鳥居行くぞ!!凪も花澤香菜佐倉綾音の力を借りて女装で参戦!!鳥居をくぐって空から落ちる!!雲のむこう、約束の場所!!ほしのこえが聴こえる!!!陽菜復活!!晴れが終わり日本は雨でけっこう沈む!!でも俺は陽菜を選んだからそれでええんやで… FIN

なんか消化不良でした。

2019-07-22

ネタバレ】天気の子みてきた。須賀が昔の新海主人公で味わい深い

点数をつけると100点満点で50点ぐらいなんだけど、主人公兄貴分にあたる須賀はちょっとおもしろい。

須賀はいわゆる新海主人公の末路として措定されている。過去に起きた、いまさらどうしようもないことに拘泥し、時を止めてしまったキャラクターだ。

須賀は愛した女性過去に失っていて、そのことをずっと引きずっている。そしてその忘れ形見の娘がいるものの、義母にその父としては不十分と見られており一緒に暮らすことが出来ていない。大人になれない須賀の象徴として一緒に暮らせていない娘がいて、その原因は最愛女性過去に失って時を止めてしまたことにある。

須賀が帆高に言う「もう大人になれよ、少年」というセリフは、大人になりきれない須賀自身に向けられたものとも言える。

そしてそんな須賀と主人公類似性夏美によって指摘される。「昔の自分を見てるみたいでほっとけなかったんでしょ」。須賀もまたかつて地方から東京へやってきた人間だ。そして東京で愛し合う女性が出来、しかし失ってしまった。須賀は陽菜を助けることができなかった帆高でもある。

ボロビルで帆高を止めようとする須賀はそういうコンテクストの上に立っている。帆高と相対する須賀がやけに物分りのいいことを言うのは彼が大人になろうとしているからだ。警察という社会的ものに取り入ろうとしたり、1人が犠牲になって社会全体が良くなるならそれでいいと嘯いてみたりするのは、娘がいて尚、大人になれない彼が大人になろうともがいているからだ。

帆高はそんな須賀に向かって「俺はただもう一度あのひとに会いたいんだ!」というようなことを言う。それを聞いた須賀は帆高ではなく帆高を止めようとする警察に襲いかかる。

このシーンはけっこうぐっとくる。大人になるってのは社会論理に馴致されることじゃない、後悔や本当の願いに向き合うことだ、という作品なりのアンサーになってると思うから。だからいい。

明確な描写がないからただの想像になるけど須賀はかつて最愛女性を失った時、こうしたいと思うことがあったにも関わらず出来なかったのではないか。そのことをずっと悔いているのではないか。だから時をとめてその場に立ち尽くしたままなのではないか。もしそうであるなら、警察に襲いかかる須賀は、帆高のためではなく、かつての自分のためにそうしていると言える。

事件の数年後、須賀が小さいながらもちゃんとした編集プロダクションを構えているのは彼が心に抱えた傷を乗り越え、大人になることができた証だ。往年の新海ファンとしては、やっと踏切の向こうに明里を見送った貴樹のその先を見れたような気さえする。

惜しむらくは帆高がそれをまったく理解していないことだろう。

面白い物語論理的に分解したときちゃん構造化がなされているものだ。

ラストバトルはただの殴り合いじゃない。主役と敵役それぞれの正義がぶつかり合う、積み上げたコンテクストが激突するから映える。『天気の子』は、主人公主人公の影(須賀)が対決し、その結果、影の呪い浄化され、いっしょに真の敵(警察)と対決するという構図を描くところまでは良かったのだが、「影の呪い」を主人公理解していないため観客にもそれがちゃんと伝わらずシーンの強度がかなり減じてしまっている。それはどう考えてももったいない。

『天気の子』はそういった練り込み不足が目立つ。帆高が家出して東京へ来たのは「帰りたくない」ぐらいの何かがあるからなのか、「あの光の中に入りたい」からなのか。あるいは陽菜が「天気の子」をやるのは、弟を養うため早く大人になりたい気持ち象徴である理解しつつも、母への想いはそこに乗っていかないのか、そこに何かもうワンパンチないのか。そういうブレや要素が浅いのはやはり残念だった。

個人的に100点満点50点となってしまったのはその辺り。もうちょっと作品として練り上げ、そしてまとめ上げてほしかった。

2019-07-20

陽菜さんのツインおさげめっちゃ可愛い

可愛いシーンは数え切れないけどあの髪型が一番いいわ

「天気の子感想

他の人の感想批評を目にする前に、見たばかりの自分が感じたことを雑に書き留めておく。雑に。

結論からいうと面白かったし、楽しめた。

君の名は」のような複雑な構造をもたない、テンプレ的な物語を新海なりの作画演出で見せる映画

良い意味で頭の悪いボーイミーツガール

新海誠自分のことを利口に見られたいタイプかと思ったけれどそうでもなかった。

とくにこじらせている感じもすかした感じもしない少年少女の恋の物語

不思議少女出会う、その少女不思議な力を使うことで一時の幸せが訪れ2人は惹かれ合う、

しかしその少女が力を使いすぎたせいで悲しい別れが訪れる、

少年童貞力でミラクルを起こして少女との再会を果たす。

本当にどこにでも転がっているような話。

君の名は」がヒットしすぎて次回作ゆっくり練っている間もなくて

開き直って小細工なしの王道勝負しようと新海誠が思ったのかどうか知らないが、

個人的にはその試みは成功していると思う。

クライマックス、再会を果たした少年少女が2人で空から落ちていくシーンにはけっこうじんと来るものがあった。

どうやって着地するつもりなんだとはらはらもしたがカメラ変わったら廃ビル屋上鳥居の前にちゃんと戻されていた。

いいんだ、この映画は頭の悪い恋愛ストーリーなんだ。

帆高が家出をしないといけなかった事情だとか、

母親病気で死んだぐらいしかからない姉と弟の2人暮らしとか、

誰でも好きに侵入できる廃ビルなんか東京のど真ん中にあんのかよとか、

東京に雨を降らし続けている謎の存在の正体だとか、

なぜ晴れ女が人柱になったら雨がやむのかだとか、

とくに説明はされないけど、時間がなかったのかやけくそなのか前作で意図したことがちっとも客に伝わってなかったからなのか、

理由はともかく削ってよかったと思う。

空っぽにして作画演出の美しさを楽しむことができた。

ひなさんかわいいですね。ブヒ

公開前に新海が賛否両論になるといったのは、

帆高と陽菜が雨を止ませることよりも自分たちの幸せを選んだことについてだと思うんだけど、

それはべつに賛否を呼ぶようなことでもないような。

世界を敵に回しても僕は君一人を救うことを選ぶ、みたいなのセカイ系でさんざん見てきたんで

それに比べたらこんなのぜんぜんマシ、常識範疇

秒速5センチメートル」でも「君の名は」でもない、

童貞力はそのままに批評余地もあまりなさそうな頭悪いエンタメに走った新海についてという話なら

それは賛否両論あるだろうなとは思うけれど、自分としては楽しめたからよし。

前作が売れたからと個人的趣味に走って退屈な作品になりさがるようなのよりかずっといい。

もっと身悶えするような気持ち悪い新海が見たいという需要もわからないではないが。

『天気の子』浅い感想

じゃあ、書いてくぞ。ネタバレ注意。

『天気の子』を振り返る。

森嶋穂高モノローグから始まる

ていうかモノローグが多い

・ほんもののお姉さん(間宮夏美

少年さ~」

須賀圭介の姪。

自然災害系で信仰

ー天気の子巫女

鳥居神道系。

豪雨ー2年前の西日本豪雨などを彷彿とさせる。

君の名は。』では隕石落下という自然災害が起きた。

人間はどうしても自然に勝てない?

君の名は。』でも宮水神社舞台になっている。

陽菜には「陽」が入っている。

・銃

少年マンガ定番

・龍

ー魚

魚は龍の派生。(SEKIROより)

浴衣

花火

自然な形で陽菜浴衣を見せた。

倍賞千恵子立花冨美

立花瀧のお母さん?

ここでは瀧のお父さん?の初盆

後で宮水三葉も出てくる。

四葉どこいた?

・「公妨ォ!!!

すき。

未成年で将来を誓い合う

青春モノ定番

・涙=雨

雨は天の涙という。

実際、陽菜が泣く。

警察カーチェイス

青春モノ定番

夏美就活

いやほんと誠さぁ・・・

・生傷だらけの顔、手錠

青春モノ定番

手錠はさぁ!!手錠フェチkore

最後空中でもつれつつ手錠がかかさって離れなくなるとか思ったじゃん。

・狂った世界 とは?

その後、警察に確保された二人は2年離れ離れになる。

誠はエンディングの前に必ず離れ離れにしたくなる病にでもかかっているのだろうか。

お前、、、やめろよ、、、(秒速の恐怖)と思ったがちゃんと再開。

ここでの陽菜巫女というより聖女という印象。

結局、銃の出どころや、水に沈んだ東京への納得の仕方は、消化不良。

だが、こんな狂った世界でもいいんだよ、というエンド(?)

まとめ

君の名は。ほど青春喪失感がなくて精神衛生上よかった

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