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はてなキーワード: アニミズムとは

2019-10-15

anond:20191015055028

しか増田よりは大自然のほうが心あらわれるかな

 

天道様と自然擬人化してたアニミズムのほうが増田よりは全然健全だろうね

2019-06-12

今こそw3mを使おう

w3mが(個人的に)アツい。

https://ja.wikipedia.org/wiki/W3m

テキストベースWebブラウザです。

昨今のサイトを見るにはとても不便で、操作性も何もかも非効率だけども、ブラウジングがとても新鮮なものになるよ

いかポエム

CDが売れなくなっている昨今、EPLPとかレコード好調らしい。

なんかそんな記事を見た中に、

「もはや音楽聴くことに娯楽的意味がなくなってしまい、CDセールスが衰退、アーティスト音楽のみで身を立てることが困難になっている中で、

音楽聴く”ことを愛でるようになった人がいる。

ライブに行き生演奏を目で体で聴くことで原初的感動を受ける人や、繊細なアナログメディア音楽享受する”儀式行為”により、新しい価値見出している人がいるため」

というようなことが書いてあって、なるほどなあと思った。

効率無視した献身的行為、ある種の狂信とも言うべき自慰的な活動こそが、拡散してしまいがちなアイデンティティを収斂するための一助になっていると考えているので、

それが音楽であれ、ピュアオーディオであれ、ルリ儀式筋トレ政権批判ガチャ課金、なんにでも没頭できるものが見つかるということはとても喜ばしいと思う。(誰かに迷惑をかけなければ)

音楽ほど歴史が長くないが、Webブラウザも年々大きく変動している最中で、研究者ツールだったもの大衆向けに整備され、一般化されるコンテンツに合わせてWWWの利用も複雑化している。

SNSと高度に連携したスマホファースト無味乾燥に大量消費されるコンテンツを見ていると、WWWを見るという行為を愛で、儀式行為価値見出しても良いように思う。

きっかけとしては何年か前のYAPCで、

インターネットを介したコミュニケーションでは情報が多すぎる、たくさん情報を受け渡しすると疲弊する。

情報量を極限まで削ることで、原初的な伝わったことが嬉しいという気持ちを得られる。

→だからモールス信号を使う」

といったネタのようなLTを見たこと。

ここからw3m適当Webブラウジングをするのが習慣になった。

原理主義というならLineModeBrowserとかLynxとかを選ぶべきなのだろうが、

日本発というアニミズム的発想(とドキュメントの多さ)からW3mを選んだ。

何よりも、w3mは「WWW-wo-Miru」の略だというと、上にあげた「WWWを見る」という行為儀式意味を持たせるためには必要な要素だと思われた。

最近だとBrow.shという画像も何とかテキストで表示してやろうという意欲的なものもあるんだけども、これは端末の解像度依存が大きいため断念。

というか画像必要であれば普通ブラウザ環境も使うという腥っぷり。

twitterは、twtermを使ってこれも余計なTLチェックが不要となった。

というような落書きを、適当EC2インスタンス上のw3mから書いている。

EC2tmux + w3m + twterm という環境をほぼ放置してあり、コマンド一発でほぼ同じ環境無料AWSを乗り継いで利用できるようにしてある。

はてブテキストベースで閲覧する方法を探している。それがあれば、より原初的感動を持ってクソのようなコメントを投げ合えるパラダイスが待っていることは自明である

2019-05-09

そうかポケモン現代妖怪なのか

それで人気があるのか

付喪神的なものも入ってるからなんか違う名前の方が相応しいんだろうけど

なんだろうアニミズム

2018-12-26

anond:20181226093419

なるほど。

それならもっと真面目なレスができる。

 

広義の宗教定義は「普通の人が特に人生に迷わず普通生活ができるようにするための生活習慣、考え方」になると考えてる。

正しい。俺はそのことを「宗教とは文化である」と一言表現できると考えている。

文化継承されるなかで、必然的にその一部もしくは大部分としてついてくるもの宗教

 

そうすると日本人生活習慣は宗教儀式で金を使わせる、考え方も金が基本になってるようにしか思えないんだよ

から結局、日本人拝金教という結論になってしま

八百万の神とか物に魂がやどるとか、アニミズムもあるけど、結局それも金に結び付いちゃう

これはちょっと違うと思う。

日本人は金を払っているのは、宗教儀式にではなく、神社仏閣にだ。

坊さんがお経を唱えてくれるからではなく、坊さんがわざわざ来てくれるから"気持ち"と称して金を払う。

なぜそうするのか。神社仏閣はコミュニティの基礎だからだ。山本七平は、日本教は神への信仰ではなく「和」を基礎とすると言った。お金重要視しているのではなく、お金を払うことでコミュニティが保たれ、払わなければコミュニティから弾かれることを重視する。参拝は、神をたたえる儀式ではなく、皆で行ってよかったねという気持ちになるためのイベントである

 

しかし金を払っていることだけ見るとこういう話になるが、それだけで全部が説明つくわけじゃあない。

ここでは山本七平古典の一つとして挙げたが、よければ日本教について他の本も読んでみてはいかがか。

anond:20181225110239

物を大切に使えば魂が宿る、アニミズムも入ってます

ただ

大切にする→時間をかける→素晴らしい

時間をかけない→大切にしてない→素晴らしくない

前者はいいけど、後者の考え方は、必要条件十分条件区別がついてないだけの論理的な欠陥があります

anond:20181226092215

なんか真面目なレスありがとう

そもそも日本人は「宗教とは何か?」という問いに対して「神を信じるやつ」という認識しかいから、宗教定義からさないといけなくて

そうすると広義の宗教定義は「普通の人が特に人生に迷わず普通生活ができるようにするための生活習慣、考え方」になると考えてる

そうすると日本人生活習慣は宗教儀式で金を使わせる、考え方も金が基本になってるようにしか思えないんだよ

から結局、日本人拝金教という結論になってしま

八百万の神とか物に魂がやどるとか、アニミズムもあるけど、結局それも金に結び付いちゃう

2018-07-09

日本入れ墨刑罰だったかイメージが悪いと言う人がいるが

これって元は中国文化だよね?

アイヌには罰としてではない入れ墨があったし九州沖縄にもそういう風習があった

アニミズム的な文化入れ墨の相性って結構良い

単純に入れ墨が嫌いってのはわかるし、それはいいと思うんだけど日本の文化と絡めるのはどうなんだろうと

日本歴史が長いんだし時代時代意味合いが変わるわけじゃんか、単一なわけでもないし

2018-05-07

anond:20180505151100

ニューワールドオーダー、世界システム陰謀論などのキーワードを調べてみるといい。そうすれば、キリスト教布教とともに階級化が進み、貧困が導入されて、自治から世界規模の支配へと移り変わっている本当の歴史の姿が見えて来るから。本当にしなければいけないのは、規模の縮小であり、地域独立性の回復であり、アニミズム以外の宗教排除である

2018-01-13

[]ひさかたのおと

ひさかたのおとを読んだ。こういう物語大好き。ゆるーいアニミズムというか、超自然的な非日常と日々の暮らしが隣り合っている物語は、読んでいてわくわくするし何だか安心してしまう。

今のところ一話完結の連作ものでまとめてあるのも読みやすくて素敵。精緻な描画に宿っている力と効果的なオノマトペがどんどん世界観を広げていく漫画になっていると思った。

内容としては、都会で学芸員をしていた主人公が、靑島という架空の島の学校に赴任してくるところから始まるんだけど、あんまり学校生活に傾倒していないのが珍しかった。

かといって島の暮らしを詳しく描く漫画でもないし、とにもかくにも神宿る自然とのファンタジックな触れ合いに重点を置いている漫画だと思う。

雰囲気漫画って言ってしまえばその通りなのかもしれないけど、独特な雰囲気に溶けてみたい人やじっくりと浸かってみたい人にはおすすめしたい。

透明感のある漫画だったので今後が楽しみ。

2017-12-25

anond:20171225103202

単一民族というのがそもそも違うと思うよ。いわゆる多数派日本人だって南方民族北方民族ミックス。

学生時代に教わってたイギリス人先生曰く、日本人宗教観ヨーロッパ的な世界観で見れば

東南アジアから続くアニミズム多神教的)な側面がかなり大きな要素だと感じるみたいだったよ。その上に、大乗仏教的な「規律」が乗っかってきているという感じ。

2017-12-05

anond:20171205174759

ソースを探そうとググってみたけど糖質制限ダイエット系のブログばっかり引っかかってうんざりした。

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/9448.html

世界の各大陸には熱帯、温帯、寒帯の各地に農耕を開始する以前の生活を維持している狩猟採集民がいる。

熱帯では、年間を通じて何らかの食料が得られることや貯蔵がそもそも困難であるため非定住の集団が多い。

温帯では四季があるため食料を貯蔵し植物栽培するような「豊かな食料獲得民」も発生し、農耕民の段階へ進んでいった。

北極圏では衣食住すべてを極地動物クジラアザラシトナカイなど)に依存し、低温のため食料貯蔵ができるため季節的な定住を行う狩猟採集民が暮らしている。

1 少数者の集団子どもの出生間隔が比較的長いため集団人口はそう増えない)

2 広い地域に展開して居住する(低い人口密度、最も縄文人などは現代狩猟採集民より人口密度が高かった)

3 土地所有の観念がない(共同利用)。縄張り意識はある

4 主食がない(多様な食物)

5 食物の保存は一般的ではない

6 食物の公平な分配と「共食」。平等主義

7 男女の役割分担(原則として男は狩猟、女は育児採集、図録1019参照)

8 リーダーはいるが、原則として身分階級制、貧富の差はない

9 正確な自然知識畏敬の念にもとづく「アニミズム」(自然信仰

10 散発的な暴力行為殺人(とくに男)はあるが、「戦争」はない

ただし、5~10は「豊かな食料獲得民」では例外があるとされる。

地域によるってことじゃね?

2017-11-29

1991年高円寺商店街クリスマスツリー

神戸クリスマスツリーの件で思い出したことをダラダラと書き殴っていく。

当時自分専門学校生高円寺とある商店街飲食店アルバイトをしていた。

クリスマスシーズン店長は1~1.5mくらいのなにかの針葉樹の鉢植えを買ってきて、ツリーの飾り付けをした。営業中の店内は暖房乾燥タバコの煙も充満。

植木には過酷環境だった。水やりをするくらいしか世話もできなかったが、一ヶ月あまりクリスマスシーズンをその木は枯れずに乗り切った。

クリスマスが終わると店長は飾り物をはがし、裸になった鉢植えの樹を指差し粗大ゴミ※に出せと命じた。

は?生きてる木ですよ?なんで捨てるんですか?しか粗大ゴミってなんなんですか?捨てるならなぜはじめから造花を買わないの?

怒りで目がグルグル回った。一通り抗議したが無駄だった。十人ほどの従業員なかに賛同するものはなく、ただドン引きされた。

誰か別のアルバイト街角粗大ゴミ置き場に木を持っていった。

収集日まで数日の猶予があることを確認し、翌朝レンタカーを借り、荷台にツリーだった木を横たえ、環七目黒通り環八第三京浜から横浜新道を通って、藤沢実家までひとりで運んだ。

親に頼み込んで北側の庭に植えてもらった。幸い根付いた。強い木だった。今も生きている。立派な枝ぶりになった。垂れ下がるような茂り方なのでモミではなくトウヒのような気がする。庭木なので植木屋さんに剪定してもらっているから樹高は二階の屋根より低くなっている。あと100年生きるのだろうか。自分の死後こいつはどうなるだろう。

クリスマスが終わればゴミとして殺される木はあの頃も今も、毎年何万本も存在するのだろう。

神戸のあの樹だけが特別なわけではない。

バブルの頃から時代は流れ、サステナブルとか自然との共生とか生物多様性とか言われるようになったけど

今回の神戸のツリーニュースを見た瞬間、あの高円寺ときと同じ怒りがふつふつと沸き上がってきた。なにも変わってないじゃん。

いやもっと悪いよ。鎮魂とか復興象徴とか輝けいのちとか、心にもないお題目ならべてるところがね。樹の命なんて毛ほども考えてないくせに。

いっそ正直に、集金集客のため大木を引っこ抜いてツリーにするけど用が済んだらバラバラにして売るからね、樹には被災者の鎮魂のための生け贄になってもらったってことでいいよねって言ってた方がここまではムカつかなかったよ。

でもしか割り箸だって材木だって同じことだろう?いや同じだろうか?間伐材は仕方ないよな?

食べる野菜はどうなんだ?牛や鶏は?かわいそう?矛盾してないか

ずっとずっと、考えてきたが答えは出ない。

他の生き物の命を奪わないと生きていけないのに

時として他の生き物に愛着を持ってしまうのはなぜなのだろう?神が与えた罰なのか?

人は生きていくために樹木の命をもらってきた。雨露しのぐ快適な住居のため。暖をとる燃料のため。箸や器、さまざまな家具や道具。

集客のためという経済活動お祭りで神に供える宗教的行為も広義では生きていくために入るのかもしれない。

イベントで巨木を抜いた。乱暴なやり方だしたぶん枯死するよ。でも経済活動のため。うん、それはわかるよ。時には仕方ないよね。

でもどうしても腹が立つんだ。理屈じゃないんだ。抑えられない怒りがこみ上げてくるんだ。DNAに刷り込まれアニミズム精霊信仰なんだ、きっと。

少数派か多数派かはわからない。今はネット自分に近い意見を探せる時代から多数派錯覚することもできる。

古いものには霊魂が宿る。老木は神になる。長生きした猫は猫又になる。(なってほしい)うちも築100年を越え、梁に愛国婦人会って金属ステッカーが貼ってあるけどなんなのこれ。よくわからないけどこわくて剥がせない。

栗の柱は黒くてつやつや。100年前にうちを建てるために先祖が殺してごめんなさい。これから大事に住むから許してください。

クリスマスツリープロジェクト反対署名サイトも見た。7千人以上集まってるじゃないか。すげえ。

結構いるんだ。自分けがおかしい人なのかとずっと思ってたよ。

経済学者が、コピーライターが、役人が何を言っても変えられないよ。

土着信仰だ。原始人だ。老害だ。田舎者だ。うん、その通りだね。嗤いたければどうぞ嗤って。

くだんの高円寺の店はバブル崩壊の後、すぐ潰れた。

店長は売り上げをちょろまかしていたことがオーナーにバレて闇社会の人に追われていると聞いた。

そのオーナー自身千葉でのゴルフ場開発にからん揉め事商店街ビルを手放すことになった。

バブル直後はどこもかしこもそんな話だらけだった。

 

糸井重里バブルのころからあんなだったし、自分も上で書いた通りあの頃と同じだ。

時代が変わって糸井のやり方は受け入れられなくなってきたのだろうか?

もう少し推移を見守ろう。

※当時はごみ分別は今よりずっとゆるかったし粗大ゴミも申し込み制ではなかった。確か。(あるいは資源ゴミだったか記憶が定かではない)

11/30追記 署名8500人越え。樹木の一部を使ったバングル販売する予定だったフェリシモは、販売中止を発表。主催者後出しでいろいろ発表。当初は「植樹」と言っておきながら「移植は無理だった」ウソつきか。知ってた。あと、樹木の命について考えるきっかけを与えてやった、みたいなことを言ってやがるのも腹立つ。こちとら1970年代から今日まで考えてるわ。答えは出ないがな。

12/1追記 「嫌なら見に来るな」あ?公園晒しといて何いってんの?・・・急に署名が増えて1万人越えに…まとめサイトおそるべし

12/2追記  1万5千人

2017-07-15

連邦議会・党試案 2

https://anond.hatelabo.jp/20170715102110

↑1「連邦議会・党試案」

ベンチャー政党

党員数が多い順に掲載・1~10ランク付け。10は1万人以上。

選挙前に調整があった場合は「事前協定」と記載

連邦各地で活動する大きめなベンチャー政党政治組織

同胞

(→穏健な複数宗教団体が共同で結成した救貧運動団体

宗教保守主義地域家族の絆、反新自由主義を掲げる。

連邦レベルでは、保守共和党リベラル派や緑の協同体と連携している。

郡部や小都市の地方議会議席を持つ。与党のケースも多い。

「反新自由主義、反無神論、反ファシスト」を掲げており

示威行動の一環として、国政選挙出馬したこともある。10)

実践家同盟(反資本主義者党、共同体党が中心)

(→反資本主義左派(毛沢東思想)グループ

直接行動を得意とするが、地方議会には党員を送り込み

地方にまず合法的事実上解放区を作る方針も持つ。郡部では半ば成功している。

都市では労組組織化企業組合の設立と地方では共同体建設も行う。

へき地など、経済的に貧しい地域では保守層にも浸透を図っている。8)

③公民ファーストの党

(→行政議会改革福祉国家建設など穏健な政策を並べているが

実は移民反対派のファシスト

都市部支持層が多い。

隠れた国家革新党の別働隊との声が高い。

一見すると穏健で柔らかそうなイメージ

革新党住み分ける形で近年、国政選挙にも出馬し始めている。

同時に地方議会でも議席を増やしている。8)

地方改革同盟

(→自由改新党を除名された地域主義者の集まり。中道右派

行政改革を掲げるが、中央集権を必ずしも志向しない。

各地の地方議会議席を持つ。連邦議会には議席を持たない。

連邦レベルでは、保守共和党民主中道同盟に所属する一部の連邦議員を非公式支援している。7)

地域生産同盟

(→特定地方州に基盤を持つ小政党農民や漁民など「生産者」のための政党

地方議会や公益農業漁業法人、福祉法人、土地改良区などの議員、役員にメンバーを送り込む。

農民と漁民のネットワークを持つ。

農本主義政党。緑風共生党や緑風社稷党とは共栄関係にある。6)

⑥新○○連合

(→連邦西部地域独立過激派

直接行動をしつつも「合法部門」が一部の州や郡部の議会議席を持つ。6)

自由改革連絡会(リバタリアン党・急進減税改革党表現の自由党)

(→3党はそれぞれ自由改新党から急進主義を理由に分離したグループ

平和裏に分離したため、除名されたわけではない。

今でも非公式のつながりはあるため、改新党の「別働隊」という見方もある。

夜警国家経済的自由放任主義。減税を掲げる。

都市部に支持者が多い。連邦議員はいないものの、若干の地方議員がいる。

連邦レベルでは、非公式自由改新党を支持している。5)

⑧生存のための共闘

(→マイノリティ主体の運動。全国的活動

非暴力の直接行動をモットーとする。

行政や半公的組織が設立した「差別に関する諮問組織」には若干の役員を送っている。

人民戦線」とは、相互に協力している。5)

解放戦線

(→アナルサンディカリストかつトロツキー主義者政党

街頭や職場労組での直接行動を得意とする。都市部に支持者が多い。

国境線の廃止と政府の解体を呼びかけており、世界革命志向する。

労組組織率はかなり高く、ストライキなどの中核を担う場面も多い。5)

10.女性の権利

(→左派系のフェミニスト団体

左派各党に入らず、独自の動きをするメンバーが結成。

役所企業に対しての直接抗議がモットー

行政や半公的組織が設立した「性差に関する諮問組織」には若干の役員を送っている。社民党の一部政治家を支持している。5)

11.地球戦線(動物の権利党・反炭素党・菜食者党)

(→環境グループトロツキー主義的な左派全国的活動

時に直接行動(街頭活動対象企業への直接抗議)をモットーとする。

過去に数度選挙擁立例があるもの

現在は他の緑系の政党のような議会主義は取らない。

ただし、一部の地方議会には少し議席がある。4)

12.スポーツ新党

(→スポーツの普及のために結成。健康志向地方議員が若干いる。

タレント性のある選手を選挙擁立して闘い始めた。3)

13.連邦進歩同盟

(→古い時代連邦政党の生き残り。

中道政党連邦主義進歩主義を掲げる。

現在は名目名誉存在に近い。

国政から遥か昔に議席を失っている。

余り独自の動きを取らず、事実上中道系の地方議員交流会となっている。

国政では民主中道同盟に協力。

今後も最低限度の地域ネットワークは、維持し続ける方針。3)

14.王党派連盟

(→連邦建国功労者宗教権威に「王位」や「爵位」を授与するべく活動する団体

右派。王党派貴族制の創設、立憲君主制派。

ただし、当の当事者の多くは君主制には興味がないため、活動は一部にとどまる。3)

15.連邦前衛党

(→連邦政府が積極に対外進出することを求める。前衛右派。

世界中を「連邦」の枠組みに取り込み、「世界新秩序」の確立を目指す。

現状の社会スターリズム規定しており、それに反対している。

自らを「前衛政治集団」と規定しており、街頭活動を盛んに行う。3)

16.自由教会(連邦シェアスぺース連絡会議隠者当事者連合

労働時間短縮会議・最低所得保障を求める市民の会・教育制度を考える会)

(→自由主義者福祉国家を求める者、宗教リベラルグループ

自由な働き方、学び方を求める。最低所得保障多文化共生も求めている。

既存の労働学校批判的な教育者市民連合体。3)

17.セックス新党

(性風俗業界に勤める人たちの団体性風俗業界の正しい認知の拡大や雇用環境向上を掲げる。雑民の党とは友党関係にある。3)

≪小さなベンチャー政党組織

連邦議会選挙に参加経験が一度でもある組織。≫

①理性会議

(→理性主義を掲げる。科学者哲学者団体

社会的アピールのための「選挙への出馬」であり

そのたび毎に活動している。2)

②愛酒・愛煙家同盟

(→いわゆる「民酒主義」を掲げる。

アルコール飲料たばこ販売や消費の推進を呼びかける。

夜の社交場こそが民主主義の原点という信念も持つ。2)

愛国会議愛国団体国家夜明け」など右派各団体。)

(→右派、直接行動主義

右派各党から金銭的援助を受けて

左派系への政治妨害目的とした政治ゴロ団体

独特の示威スタイルは一部で話題になっている。2)

④自然大麻

(→大麻合法化を目指す団体環境保護派、アニミズム

都市中心の街頭活動から山間部、離島コミューンを作る方向にシフトし始めた。

郡部の議会に隠れた支持者を送り込んでいる。2)

快楽至上党(正式名:ポゴ無政府主義者耽美主義者のための政党

(→反議会制民主主義反資本主義、脱労働耽美主義を掲げる。

労働小国寡民ブロック国家論)、快楽至上主義を掲げる

支持層サブカル層やアーティスト、ニヒリストが多い。都市部が拠点。2)

⑥憂国無境輪

(→万物尊いとするアミニズム政党。1)

禁欲

(→禁欲主義を掲げる。

アルコールタバコ販売停止は勿論、ポルノ雑誌性風俗禁止を求めている。

宗教右派系の影響を受けている。1)

意識電脳化党

(→自身意識インターネット移植して、実質的不老不死可能とする

ことを求めている党。1)

銀河連邦連邦支部(宇宙人民党、宇宙神秘党、次元同盟)

(→前衛的な宇宙人肯定派の集まり。

主張としては…

「開星」して「銀河連邦」へ加入すべきと訴える。

宇宙人次元超越者に対する連邦政府人権保護を訴える。

宇宙港」と「タイムトラベル駅」の建設を呼びかける。

突飛な主張で話題さらう。

オカルト雑誌の発行や示威行為選挙活動マス・メディアへの露出を図る。1)

10.反文明党

(→現状の世界は文明発展を急ぎすぎ、このまま行くと世界破滅が起きると信じる集団。

文明を退化させ、人口を減らして、人は自然に還るべきと主張する。1)

2017-03-14

http://anond.hatelabo.jp/20170314073211

養殖漁場に見えた

案外中国は持続的な漁業してるのかもしれないし

もちろんほら、ジャップ漁業問題は乱獲でさ、といういつものアレ

日本アニミズムではたどり着けない境地ってのが人口問題可視化してるんだろう

2016-10-19

ピューリタンなき国のピューリタニズム

 最近公共の場における(いわゆる)萌え絵についての議論が盛んだ。

 風潮として議論がもりあがってる背景は主に三つあると思う。


 一、日本でも一般レベルフェミニズム意識されるようなり、ああいのものが「女性に対する抑圧」である認知されるようになったため。

 二、特に twitterマイノリティの声(とそれに対するバックラッシュ)が広まりやすくなったため。

 三、もともとセクシャル画像で溢れているお国柄。


 日本特殊で、かつ問題を一番ややこしくしているのは三だ。

 欧米なんかではそもそも歴史を通じて公共の場性的イメージがあまり氾濫してこなかった。

 なぜかといえば、キリスト教性愛セクシャルものに対してとても潔癖な宗教で、そういうものを基盤に文化を作ってきた人たちはそもそも「えっちな絵を描いてそれを世間に出しちゃいけないんだ」と自制が働いていた。フリーセックス時代を経てさえそうだった。エロ文化がないではなかったが、それはあくまで秘すべきものだった。

 だからラリー・フリントというおじさんが高級誌気取ってる『プレイボーイ』につばはいてお下劣エロ雑誌を創刊したときは大変な大問題になって、「表現の自由」論争が沸き起こった。


 そこへきて日本他力本願宗教の国だからエロを抑えるのはお坊さんに任せていればいい。

 嫌悪するにしろ称揚するにしろ庶民エロに対する政治的な定見など持ってない。

 西洋エロ絵に対する嫌悪には良くも悪くも宗教的な裏打ちがある。だから保守勢力マジョリティ)を説得しやすいし、そのためにエロ擁護派はカウンターカルチャー側に位置していきた。

 日本人にはエロ絵の感情に対する何のバックボーンもない。ただ、「その人がえっちなのを嫌悪している」か「その人がえっちなのを好き」か、それだけだ。完全に感覚。だから、互いに互いを説得しにくい。嫌悪側はフェミニズム議論を援用して、擁護側は70年代的なフラット表現の自由標榜して、それぞれぶつかりあうが、そのどちらも西洋から輸入品で、結局は自分感性へのお仕着せでしかない。


 宗教は無根拠であるけれど、それ自体がなぜか強力な根拠となりうる不思議な道具だ。

 こういう方面文化は、結局ロジックよりそうした宗教的文化の気分の勝負になるんだと思う。

 キリスト教国家性的規範が強烈に強いか規制が働く。

 日本はなんとなくのアニミズム自然っていいよね=セックスって自然だよね=セックスで溢れてて何が悪い? という土壌が保存される。

 事実これまではそうなってきた。


 性的イメージがこれほど突出してしまった国は他にない。

 裏を返せば、ここに至るまで揺り戻そうとする力があまり働かなかった。

 実は文化の隆盛を決定づける大きな要因は政府と法だ。法で規制されると文化は意外にもろい。

 政教分離を謳われながら、キリスト教団体は古くから西洋国家の主要なロビイング団体であったわけで、政府としてはそういう人たちの意をくまねばいけなかった。ただしい清い方向にふらないといけなかった。

 もちろん日本にも宗教団体を背景とする政治団体やロビイ団体がいくつか存在するけど、それらはあまり庶民の性規範にあまり興味を持たない。

 日本の不幸(あるいは幸福)は、その性的放縦を増幅させるだけの表象文化レベルの高さを持ってしまったことになる。

 この世をエロ絵でうめつくす土壌と技術を兼ね備えた国は歴史上、まだ日本以外に登場していない。


 これから日本規範や法がどういう方向へ動くのかはまだわからないけれど、あと四五年は肌感覚disったり擁護したりみたいな実のない喧嘩が続くんだと思う。実のない喧嘩自体は悪いことじゃない。そうやって問題認知され、議論の場が醸成されていくのだから

2016-08-27

一神教多神教の違いが分からない

一般的ユダヤ教キリスト教イスラム教一神教で、日本のようなアニミズム多神教って言われるけど、よく分からない。

一神教絶対的存在の神がいることで、それがヤハウェアッラーなんだろうけど、じゃあ聖母マリア信仰とかって何なのさって思ってしまう。

日本人天照大御神を最高神として祀ってる一方で、トイレの神様~♪ってはしゃいでるのと何が違うのかよく分からない。

唯一神以外のものに神性を見出すって一神教って言えるの?

誰か教えて。

2015-01-07

http://anond.hatelabo.jp/20150107232231

君が「気持ち悪い」と言ったところで世界宇宙)の有り様は変わらないってことなんだけど、

そういう発想は無いというか、心の奥底の根本的な発想としては「変わりうる」と思ってるのかもと。

その辺がアニミズムっぽいなって話。

http://anond.hatelabo.jp/20150107231045

今日のまとめ

http://anond.hatelabo.jp/20150107222230

俺は散々西洋思想的な教育を受けてきたから染み付いちゃってるんだけど、確かに、そもそも「基本原理」という考え方自体西洋的で日本国民には受け入れ難いものかもしれない。アニミズム的な、個々の神様が個々の宇宙を持って生きている、みたいな感覚なのかもな。確率概念とは全く関係ないが。

日常のあまねく事象に基本原理として確率概念を置く」という発想は、もうどこから突っ込んでいいかも分からないくらい日本国民感性とはかけ離れているのかもしれない。

2014-01-12

はてな脳」は感性を殺す?

はてな村の住人は分析論理を重んじる。重んじ過ぎている、とすら言える。

先日、昔投稿していた小説サイトを久しぶりに覗いて、過去自分の作品を読んでみたのだが、技術の如何はさておき、小説としては今はてなで書いている自分の文章よりはるか面白い

当時は自分小説がそんなに面白いものだとは考えていなかった。プロの書くものにはかなわないと思っていた。

歴史ものを書くときには史料にしっかりとあたるように心がけていたが、それ以外のジャンルを書くときには、感性の赴くまま、理性のたがを外すようにして、心の隙間から生まれ出てくるものをそのまま創作物にしている感覚だった。

それは謎を謎のままとして楽しんだり、不可解なものごとに理由を付けず、ただ気味の悪いものとしてそのまま恐れるような感覚を文章にしていたといっていい。

それに比べて最近自分が書いている文章は、論理的分析的かもしれないが無味乾燥だ。なぜこんなに心が乾いてしまっているのだろう。

2chはてなで論争を繰り返し、理論武装するようになってからこうなってしまったように思う。

謎や不可解なものの裏側にある秘密を暴いて、構造を明確にしてゆくと、圧倒的なものに触れたときに生まれた表現への初期衝動は薄れていく。「セックスなんて所詮脳が生み出す電気信号のやりとりに過ぎない。脳の特定部位に電極を突き刺せば同等の快楽は得られる」などという、大脳生理学にかぶれた輩の物言いにも似た事態だ。

はいえ、その物言いは、事実無根だと切り捨てられないのがもどかしい。たしかセックスとき人間が感じている感覚は、脳の反応を見ればただパルス適当な部位にはしっているだけのことだろう。いや、そうではないのだ、といくら強弁したところで、科学的な根拠は提示できない。ネット言い回しを使えば「ソースはない」ということになる。

学研「ムー」という、オカルトの有名雑誌がある。どう読んでもネタしか思えない。だがしかしひょっとしたら事実かもしれない。そんな虚実の入り混じった面白さを楽しむことが、かつての日本の言論状況では可能だった。しかし、はてな村以降の世界では、虚実の虚には完膚なきまでに論破され、挙句、あんな曖昧雑誌はなくなってしまえばよい、という科学原理主義者の物言い正当化される。

別に私もあんな雑誌がなくなっても日常生活に不都合はありはしない。しかし、日常を彩るエッセンスひとつとして、タバココーヒーのように、害を知りつつもほどほどに付き合い、楽しむことが出来るものとして存在していてもいいのではないか、と思うだけだ。

都市伝説ひとつ存在しない、川口浩探検隊のような種類のエンターテインメントがまったくない世の中が、今よりも素晴らしいといえるのだろうか。

サブカルチャーの中で描かれる妖精精霊は認めるのに、一方で、その源流たるアニミズム的な発想はくだらないオカルトとしてバッサリ切リ捨てるような状況には、矛盾したものを感じなくもない。

散漫になった。まとめると、創作に感動をもたらすのはうさんくさい「隙間」だ。隙間なくびっしりと埋められた世界からは、感動するものは出てこない。逆に言えば、感動は理由づけした時点で死に絶える。批評重要だが、創作物には作者すら理性的には踏み込めない部分があり、そこは尊重する必要がある。

目に見えない可能性を潰して回っていると、人類世界を見る目は皮相的な、浅いものになっていくばかりだ。何もファンタジーに限らない。全部理論的に何一つ矛盾なく説明できるSFは突飛さがなくつまらない科学読み物になってしまうし、予測不能の事態が起こらない歴史もの教科書を読んでいるようであくびが出る。

この文章にも反論はあるだろう。論破しようとすればいくらでも出来るだろう。理屈と膏薬はどこへでもつくのだからしかひとつだけたしかなことは、隅から隅まですべてを認識し、理解し、分析しようとする態度は、感性を殺す。仕事ときならそれもいいだろう。仕事感性関係がない。しか仕事と離れた場所で、つまりはてなブックマーク匿名ダイアリーで、仕事のように論理的な態度を崩さずにいることは、不健康だ。もっとはてな村は気楽になったほうがいい。クリエイティブ空間としてはてな村再生されることを望む。

元ネタhttp://anond.hatelabo.jp/20140112071842

2013-11-03

http://anond.hatelabo.jp/20131101050226

宗教」という単語が直接、宗教団体と結びついてさらにそこに強烈な反発がくる、

これってかなり日本に固有の現象な気がするがどうなんだろ。

一般に宗教信仰している人は他の宗教を攻撃しやすい、

てのがあるように思うけど、この話題周辺で強烈な反発が起きてるのって、

まさに日本人アニミズムという(宗教)を無意識信仰しているからだと俺は思うんだけど。

2013-11-02

http://anond.hatelabo.jp/20131101091839

宗教信仰する(自制する)」と「対象を崇める(幸運を求める)」との違いがあるから

アニミズム宗教といえるかどうかは、なんともいえないな。

高齢者はわりとアニミズムで「神社自然を崇め」たり、「権威を崇め」たり、

資格者や教授を立て」たりして、それらを批判することが少ないようだから

神社はさておき、どうも「大きく見えるもの」を神格化して、ただバチがあたるのを恐れているのみだという気もするのだよね。

2013-11-01

みんな大学に何しに行ってるんだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20131031224610

「例の宗教の記事について」を読んで、概ね同意した。

「俺はこの大学教授を叩いてるやつが理解できない。」は上から目線で言い過ぎかなぁと思ったけど。私は同じ気持ちにはなれないけど理解はできる。こういう人、私の周囲にも多いから。

「こういう人」っていうのは、アニミズム信仰宗教に含まれるとか、宗教学的にはこういうのも宗教に含まれてねって話をされて、「だからなんだよ、学問的にはどうこうとか知らねーよ、俺の中では宗教じゃないんだから宗教じゃねーよ」みたいに感情的に否定する人、って意味なんだけど。

宗教どうこうに限らず、「俺の価値観を揺さぶるんじゃねーよ」って人、ってことね。

そういう人の学歴を誰かに統計とって調べてみてほしいと思う。煽りとかじゃなくて。

その中に大学生大学卒業者が結構いたら、その考えって損してるなあと思う。

大学に何しに行ってるの?or行ってたの?と感じる。

大学って、新しい知識や考え方を好きなだけ学べる場でしょ。

そういう知識を得るって単純にわくわくしないかなあ? 「こういう考え方もあるんだー!」って気づきを貴重だと思えないのかなあ?

件の教授が教鞭執ってる大学学生だって、新しい知識を得るために大学入学したわけでしょ。で、文化人類学的なことが学びたくてこの教授講義履修したわけでしょ。

(違うのかな? 就職のためだけに大学入って、単位取るためだけに履修したのかな。それってえらい時間お金無駄だな)

それで最初の授業で、無宗教だと思っていた自分の根幹に実は宗教的なもの存在すると知らされる。

「おー!」ってならない? 面白いなーってならない?

自分価値観が絶対で正しい、だから他者に否定してほしくない、そういう自分大好き超大切!な人でも、生きていくうえで普段困ることとかは特にいかもしれないけど。

でも、その凝り固まった考えで大学行くのは絶対勿体無いよと思う。

別に大学で教わることを全部鵜呑みしろって話ではないよ。

大学教授から教わるものって、最先端から、逆を言うとまだ定説として確立してないものも多い、すごく危ういものもある。

から「この教授アニミズム的なものを含めて宗教だって言ってるけど、それって正しいのかなあ」って疑問を抱くことは否定しない。

それを議論するのはいいことだと思う。そうやって学問成熟するんだから

でも議論にもなってない、「宗教学上の定義とかどうでもいいんだよ、気づきなんていらねーんだよ」派の人は本当、大学で何がしたいんだろうと思う。

今までの自分価値観を否定されるのは怖いって気持ちは分かるけど、だからって「教授むかつく」「態度が気に入らん」って個人攻撃に走られてもなあ……

もっと冷静になろうよ。

自分教授の言うことの何が受け入れられないのか。それはどういう素地から来る感情なのか。

そうやって自己を見つめ直す体験って貴重だし面白いと思うんだけどなー。

面白いと思えない人でも、そういう考え方ができないでどうやってレポートやら論文やら書くのかなと思う。ネットの丸写し?

あと、ちょっと違う話になるけど「『宗教信じてますか?』と言われて『信じてます』と言わないのは現代日本人として正しい」みたいな意見は正しいかも。

私も初対面の人に「はじめまして! ところで私、××教の信者なんです!」とか言われたら、勧誘されるかもと思って身構えるし。

そういう日本人宗教アレルギーと、実は根付いている宗教的な考え方や風習との関係って、真面目に勉強したら面白そうだなあ。

http://anond.hatelabo.jp/20131031224610

なんとなく実感としてあるアニミズム

Religionの訳語としての宗教ってのを当てはめられると

不快ってのがあるかも

あと、特定の政治宗教なりの団体に所属することを表明するのが

生活してる家族学校クラスなどのコミュニティの中では

とてもリスキーであるってのはあって

こうした問題に対し感情的に反論にならない反論をするのが

社会動物としては正しいサバイバルなのかもしれない

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