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はてなキーワード: 長谷川博己とは

2018-07-28

BSプレミアム金田一耕助シリーズ

今日の夜やるやつね、「悪魔が来たりて笛を吹く」なんだけどこれ主演吉岡秀隆さんなんだな

おそらく同じシリーズの前回の「獄門島」が長谷川博己さんだったか

また次もあるとすれば同じ俳優さんだと思ってた

もしかしてこのシリーズ、やるたびに金田一耕助役が変わるのかな

と思って調べたら第一弾は池松壮亮でもうすでに短編ドラマが作られてたみたい

いっそここまできたら3作で終わらずにもうちょっと続けてくれたら面白くなりそうな気する

(でも長谷川博己金田一ができたらもう一度見たいかな)

2018-02-07

長谷川博己ってそんなにいいかなあ

顔も微妙だし、いつまでたっても大げさな舞台演技のクセが抜けないし

2017-09-09

映画 散歩する侵略者あなたの街にキュート宇宙人!~

ホラーというものが苦手で(映画に限らず)黒沢清か~ホラーだなーって避けてた監督

予告と紹介されるあらすじや、増田推薦に興味があったものの、「ホラーじゃないよ」という話を聞かなければ見ることは無かっただろう。

見てきましたよ。はいホラーではありませんでした。

これなんていうんだろうな。シニカルコメディSF

爆弾が落ちるシーンが予告にはあるけれど、全体的には元が舞台だったこともあり、人間の心情が中心の話になっていた。

その心情が面白い

松田龍平「ぼく宇宙人なんだ」

長澤まさみ「ハァ?冗談言ってると施設に入れんぞ」(そんなことは言ってない)

みたいなところから始まって、いろんな豪華登場人物概念を奪っていく宇宙人

その無邪気さが、最初は「やべぇよ…」って感じだったのに、純粋すぎてたまらなくキュートに思えてくる。

長谷川博己が「ああもう仕方ねぇこいつらに何言っても無駄だ案外可愛いし…」って金八先生のようになっていくのも面白い宇宙人JKとかガンガン人殺すのに。

キャラクターが本当に愛らしい。役者が見事に全員ハマっている。

概念を奪われると、どうなってしまうと思う?Dr.スランプアラレちゃんになるとは誰も思わなかったよね。

人間宇宙人の絆だったり、絆の再構築みたいなものテーマとしつつ、「私たちを縛る概念とは?」と難しく考えるのもいい。考察のしがいがありそうだ。

例えば海外SFのように宇宙人が指や眼から光線を出すこともなかったが、その背景でどんどん動く展開に、飽きることもなく最後は感動。

起承転結がハッキリしていて、見終わった気持ちも良い。

邦画が目指せる繊細な一種SFってこんな感じなのかな。新鮮な感じ。

ホラーだなとか、意識高い感じかな、とか疑ってる人にこそ見てほしい。見て損は無し。

対象年齢は中高生年寄り。男女関係なく見られます

なので映画監督キャストたちが放つ雰囲気をぶっ壊すタイトルのようなサブタイを入れてはどうですか?駄目ですか。そうですか。

2017-04-05

口角のスキマというフェティシズム

玉木宏戸塚祥太成宮寛貴長谷川博己星野源

  

彼らに共通するもの、それは口角のスキマだ。

「ニィ」と笑うとき、左右の口角に現れる空間だ。

一般的人間の顔が「ニィ」と笑うとき、唇に囲まれ領域は、左の口角から右の口角まで、すき間なく歯に満たされて見える。

しかし彼らは違う。

口の横幅が広いのか、歯並びが縦長なのか、正面から見えるのはせいぜい犬歯あたりまで。

その先は口角まで、唇にはさまれた、何もない空間が広がっている。

  

このすき間、審美歯科用語では「バッカルコリドー」というらしい。

しかし忌むべきことに、笑顔に影を作る悪役であり取り除くべきものだとされているようだ。

何を言うか。あの空間宇宙だ。愛の源泉、まぎれもない性的アピールポイントだ。

  

私はあのスキマがたまらなく好きだ。

「口角のスキマ」と名付けて昼夜愛で倒している。

そしてたぶん、適切な言葉存在しないから気づいていないだけで、同様のフェティシズムを持つ人は一定数いると思う。

  

「口角のスキマ」

同志よ、この言葉のもとに集え。

2016-10-12

http://anond.hatelabo.jp/20161011120132

俺TUEEEの異世界転生ものSFラノベにありそうだ(笑)

ゴジラヲタの俺、怪獣概念が全くない並行世界政治家になる!」みたいな

中級官僚矢口蘭堂長谷川博己)は、この事態が巨大生物によって引き起こされたものであると気づく。

 おそらく劇中人物のなかでこの男だけが、二ダースにも及ぶ他の東宝ゴジラ映画を観たことのある唯一の人間なのだろう。

2016-10-11

ニューヨークタイムス』紙の『シン・ゴジラレビュー翻訳

レビュー:『ゴジラ』がまた戻ってきたよ。ウィンクしながらね。」

By ニール・ジェンズリンガー

http://www.nytimes.com/2016/10/11/movies/shin-godzilla-review.html?_r=1


シン・ゴジラ』は日本スタジオ東宝によるゴジラの最新ヴァージョンだ。


 とっちらかった特殊効果てんこもりはあたかもわざと印象を散漫にしようとしているのかのよう。物語はかなり雑でついていくのに苦労する。嵐のごとく大量に登場するキャラクターはまあ日本人の観客にとってはアメリカ人の思う以上にたぶん意味があるんだろう。

 本作は、パロディに徹しているときには最高のパフォーマンスを見せる。だが、それだけで二時間の尺がもっているかといえば、あやしいモンスターよりもユーモアをもうすこし付け足すべきだったのではないだろうか。


 映画が開幕すると、打ち捨てられた船を捜査している最中に、水中火山噴火したと思しき突然の爆発が起こる。政治家政府関係者真相を突き止めようとあわくって右往左往する一方で、中級官僚矢口蘭堂長谷川博己)は、この事態が巨大生物によって引き起こされたものであると気づく。

 おそらく劇中人物のなかでこの男だけが、二ダースにも及ぶ他の東宝ゴジラ映画を観たことのある唯一の人間なのだろう。


 蘭堂とアメリカ公使石原さとみ)の二人だけがトーキョーに向かって上陸進撃してくる怪物対処しうる能力を持ったキャラクターであるオリジナルゴジラ原子力黎明期の恐怖から誕生した怪獣であったが、この2016年ゴジラ原子力要素を孕んでいる。他にも、アメリカに対する日本の愛憎が大雑把かつ幼稚に描かれたりもする。


 最終的に核爆弾をぶちこむか――日本にとっては過激手段だ――、あるいはフリーズドライめいた変わった作戦を試してみるかの二択を強いられる。

 そのクライマックスに、特別印象的な特殊効果シーンがあった。

 日本在来線車両は、客を運ぶよりも怪物をひるませるほうが得意らしい。

2016-09-23

靴の形

靴の内底に名前を書いてたら笑われたんだけどさ

靴って見分けがつかないというか、違いがあるのはわかるんだけど、どれが自分のだったかからなくなっちゃうんだよね

メーカーとかブランドを選んで買ってるわけでもないし

この形いいなあと思うのと、この形は自分の、この形じゃないやつは他人の、みたいな区別がつかないというか

靴に限らず、たとえば、顔でもそう

とくに意識しなければ自分の顔は鏡に映るあのぶさいくな顔なのだけど

映画を見たりすると、自分の顔は長谷川博己になったり、瀧くんになったり、石田ショーヤになったりしてしま

自分の顔の形がわからなくなる

あるいは自分の顔は、大杉蓮だと思ったり、てっしーだと思ったり、永束くんだと思ったり、してしま

しかしたら、石原さとみ宮水三葉川井みきの顔が鏡に映ったとしたら、

入れ替わりを疑ったりすることなく、それがもともと自分の顔だったと思い込んでしまうような気がする

相貌失認、おそろしいおそろしい

2016-08-29

邦画恋愛描写不要なケース

http://anond.hatelabo.jp/20160827221613

を読んで思ったけど、邦画全体に恋愛描写不要ということではなく、作品テーマ関係なく恋愛描写を入れるのをやめろ、というのがゴジラ信者(?)の主張なんだろう。

シン・ゴジラ』を例にとれば、そのテーマは、①重大な危機に瀕した際われわれはどう行動すべきか、②核兵器原子力利用の是非、ということになるだろう。

これらのテーマを描くのに、石原さとみ長谷川博己恋愛は要らないわけだ。

他方、『君の名は。』はまだ観てないんだけど、「この夏、日本中が恋をする」というキャッチコピーからして恋愛テーマなんだろう(たぶん)。

このテーマを描くのに恋愛描写を省くことはできない(当たり前)。

ちなみにトラバに『ゴジラ(54年版)』にも恋愛描写あったよね、というコメントがあったが、あれは初代ゴジラに「戦中世代(芹沢博士)、戦後世代宝田明)の差」というテーマがあって、それを描くのに、戦後世代宝田明ヒロインを奪われるという描写をするのが都合がよかったということだろう。

2016-08-22

シン・ゴジラは、 『特撮好き』なら失神レベルの大傑作で、『一般人』なら視聴に耐えうる娯楽作

シン・ゴジラの真価は、これから広がるであろう一見さんによる批評の中にこそ有る。

まり、「満点からマイナスされうる特撮映画」が帰ってきた、と言う意味だ。

1週間ほど前に話題ゴジラを見に行った。面白かったは面白かった。

が、事前ハードルが上がりすぎていたのか、粗(に私には見えた)の部分が結構気になってしまい、正直世間で言われている程に「大傑作」にはあまり見えなかった。

シン・ゴジラそんなに言うほど面白いかあ??

シン・ゴジラには、決着のカタルシスが無い。

確かにその通りで、それは欠点だ。

それは、長年特撮ファンが受けたくても受けられなかった指摘だ。

特撮ファン向けの映画から一般人向けの映画に

「まあ、子供向けの怪獣映画にしては良く出来てたよね」という感想からの脱却。

対象年齢を考えても酷い」とか「大人の視聴に耐えうる人間ドラマ」とか

そういった「オヤクソクを共有している視聴者」向きの話じゃない。

まり、「ファインディング・ドリーと比べて」とか

ゴーストバスターズの脚本比較して」みたいな、

一般的な映画と比肩しうる水準に特撮映画を押し戻した。

からこそ「大傑作」であり、それ故に「まあまあ面白かった」という感想が併存しうる。

今あるものでやるしか無いんだ。

特撮は、リソースがないことをイイワケにしてきた過去がある。

平成に入ってからゴジラをどれでも良いから観て欲しい。

シン・ゴジラ比較するべくもないヒドイ作品ばかりだ。

一般人から見れば。

最近は「ゼロからプラスして積み上げる特撮映画」しか無かった。

「(全体の質はハリウッド比較しようも無いけど)特撮部分は良かった」

「(全体の質はハリウッド比較しようも無いけど)ドラマパートはヒドイ」

みたいな「邦画予算規模で制約の多い特撮映画において」という限定が常についていた。

シン・ゴジラは、正面からそれを覆してみせたと思う。

イイワケの無い、特撮映画としてのゴジラ

粗はある。荒削りでもある。

世界最高峰の映画では無く、手を入れるところもまだまだある。

それでも恐らくは邦画現場における特撮映画のベストを尽くした映画だと思う。

それは特撮ファンなら邦画の環境に絶望せずに希望を見いだせる一筋の光であるし、

一般人から見れば、「怪獣映画だけど面白いらしいよ」と観に行ける映画になってる。

まり何が言いたいかというと

日本特撮映画として100万点」のシン・ゴジラで終わるならソレまでだ。

でもきっと「世界の映画の中で70点」のシン・ゴジラだと評価してもらえる。

怪獣を通じて、日本災害を正面から描き、国のあり方をポリティカル視点から捉える。

世の中は稼いだもの正義で、投資してもらえるのは評価された作品だけだ。

その意味で、きっと一般人からみても、投資に一口のれる出来じゃないだろうか。

おまけ

ダシに使ったので、不満点に共感しつつ、違う視点提供しておくよ。

映画観に行った後のファミレスでダベってる感じで読んでもらえればと思う。

(人は感じたことが全てであり、反論しようとは思っていない)

登場人物ゴジラへの理解度が要所要所で不自然に高い』

主人公矢口会議中に巨大生物言及するのだが、この時点で矢口がそう判断に至った材料は精々ネットの動画程度であり、あそこでアレを「生物」と考えるのはかなり不自然だ。

この時点では矢口は単なる夢想家レベルである

矢口の人物像について、多少のフォローはされている。

シン・ゴジラ主人公である長谷川博己演じる内閣官房副長官矢口蘭堂は、

竹野内豊演じる内閣総理大臣補佐官国家安全保障担当)の赤坂秀樹から

会議結論ありきで進んでいる。かき回すな」と助言を受けている。

また、エレベーターの中で、立場が上の人間に対して「楽観やこうあって欲しいという願望が、先の大戦で何百万人も殺した」とワリとハッキリ苦言を呈している。

矢口生物と断定しているのではなく、「巨大生物の可能性を俎上に載せないのはマズイ」と判断しているのではないだろうか。

ネット上の映像フェイクであれば、それを作った人間動機テロで無いことを確認するまで安心しないタイプ

ニュース映像での「巨大生物尻尾」について、ニュースの真偽を問うシーンがないのは映画の都合だと思う。

ニュース第一報だと見るのが妥当なシーンだし、それならアレは何のジョークだと笑うのが現実的ではなかろうか。

同種の別個体については、検討は並行で続けているが、映画の都合でカット、じゃないかな。

個体だとすると、観客は「ゴジラ対究極生物なのか?」という疑念を抱きながら観ることになり集中力が削がれる。

『人の死の描き方について』

(一つは倒れるマンションから逃げ遅れた家族、一つは溢れた川から逃げる男性、もう一つどこかで同じことを思った気がするが覚えていない)

 この点はあまり大きな不満という程では無いのだが、どうにもモヤモヤとしてしまった部分だ。

たぶん、残りの一箇所は、自衛隊戦車が潰れるシーンか、注入第一部隊の全滅の部分じゃないかな。

マンション荷物を詰めていてマンションごと押し倒される家族、川からの逃げ遅れ(たぶん画面の奥側に向かって走る男性)は、

災害の描き方の問題で、ゴジラによる人死を描いているわけではないと思う。

あの一連のシーンで感じる「いまどこに災害が近づいてきているか一般市民には把握できない」という恐怖は演出として一貫していると思う。

(状況把握のしようがなく、気がついた時にはもう遅いという恐怖は、5年たってやっと直視できるようになった映像だと思う)

ただ、予算の都合による表現の制限を感じる部分ではある。

病院とか今まさに災害現場は出てこず、災害が通り過ぎた後の映像だしね。

密室俯瞰した映像に寄る災害描写は、予算制約を逆手に取った脚本の作り方の問題であり、

その意味で「巨大不明生物がなぎ倒したビルにも当然人が残っている」というのを伝える手法に限界があったのかな、と思う。

ほぼあの家族しか直接の被害は確認できないのに、それ以後の緊迫感は違う。

だけど、アレ入れて欲しくない、というのも判る。

石原さとみキャラが明らかに浮いている』

浮いてると思うよ。これはシナリオの歪みが集中してるせいだと思う。

これ、後でちょっと付記するけど、「シナリオの都合の上で」リアリティラインは高く見えるようにしてあるんだと思ってる。

例えば、東京駅前に当然あるはずの広大な敷地について劇中一切言及されていない。明らかに不自然。

筋論として、日本が米国に頼り、米軍日本国内武力行使する、という流れのハズ。

仮にも主権国家に対して、他国が熱核攻撃を短期間に強行する理由がない。

米軍による強行じゃなくて、国連安保理での決議言うてたし)

日本が壊滅するまで自由にさせておき、主権が及ばないところに出てから攻撃になるはず。

ちょっと日本以外のまとまりが良すぎるというか、世界があまりにも日本に対して冷淡すぎる。

日本に核攻撃」という荒唐無稽な一手と、

ゴジラを生み出したのは、牧元教授という日本人では?」という点、

外務省駐在武官無視して政権が直接軍事について外交を行うと言う部分を抑えると

祖母が原爆による被害者であり、日系人アメリカ政権に対して一定の譲歩を引き出しうる通常外交ルート外の存在は、

石原さとみ演じる米国大統領特使のカヨコ・パタースン以外であっても、

やっぱり荒唐無稽に見えるだろうし、どうしても浮いてしまうのは仕方がないと思う。

彼女シナリオの不備による歪みを一手に引き受けて浮いているのだと思う。

まあ、じゃあどう直せば良いかって言うと、アメリカ側を描くには予算が足りなそうだな……

『ヤシオリ作戦について』

ゴジラ原子炉載せて、排熱への対処(生存本能)で進化するって道筋つけると、焼却 or 凍結ってのは判りやすい。

シナリオの都合でアメリカに熱核攻撃を担わせると、日本特撮的な花である爆発(焼却)を使うのは難しい。

そもそも「カタルシスを得られない」ということそのものが、演出意図なのではないかなと思う。

一応、血を流すことから排熱に血流を用いているのではってのは合理性があるし、血液凝固材も30種類?試して効くのは確認してる。

元素変換する相手ならどこに投与しても一緒って意味では、口に見える部分に引っ掛けて体内注入するってのは効果的とも思う。

仮定仮定を積み重ねて、地味な作業原子炉の終息にもってくってのは、福島第一原発事故対応への直喩だろうし。

「ショボい」処理で、しかも「まだ終わってない」ってのを、東京駅に凍結させたゴジラで示しているのでは、と。

政府冷温停止宣言したのも、冷やし続ける必要があるってのも、同じ構図だよね)

 加えて、ヤシオリ作戦に関しては、矢口の陣頭指揮の部分にも中途半端さに違和感があり、これまで徹底して「対策室で対応する政治家」を描いてきて、結局最後は「主人公現場の陣頭指揮を取りに行く」というのを描くのか、というのに少し落胆した。

 せめて矢口本人が言うように「自分現場にいる事で出来た微妙判断」が描かれていればスッキリはしたかも知れない。

一応は、逃げ遅れた人がいるかもしれないけどやる?とか、線量が予定よりも多いけど続行するのか?とか、判断はあったと思う。

どっちかというと、多分最初に感じたであろう「え?総理大臣は逃げるの?残らないの?」みたいな感覚

「いや、指揮官は後方に控えてないと死んだら終わりだから」に観客の気持ちを変えたかったんじゃないかな、と思う。

それでもまあ、良くあるヒーロー映画みたいにゴジラに触れるような最前線までは最後まで行かないし、良かったんじゃないかな。

(良く言われる「陣頭指揮」を観客がどう捉えるかが、映画を見た後で変わったのではないか

『「国」のアピール

 総体としての「日本」とゴジラとの戦いを描くのがテーマであるのであれば、

 あそこまで「東京」のみの話に終始したというのはどうなのだろうと思う。

正直に言えば、予算の都合で、東京のみの話にしないと収拾が付かないと思う。

ただ、あれは東京一極集中への軽い皮肉にも見える。

福島第一原発事故」が「東京駅」で起こったとして、煽りじゃなくて日本としての機能がどうなったか考えるとゾッとする。

その俺の思いと重なるが、何度も「経済的」な話が出てくる。

経済的には莫大な損失とか、熱核攻撃を受けて世界から支援を受けないと復興できないとか。

損得勘定で熱核攻撃を仕方がないと受け入れる「論理」と、象徴的な意味で核攻撃を受け入れられない「感情」との対立軸にも見える。

「国」とは何なのかを観る人に問うシナリオになってたんじゃないかな、と。

まあ観たひとに届かないのであれば、そりゃ成功してないわけだけど。

その他のダメ出しポイント

まあ、観たひとに届かない思いは独り善がりなワケでダメなんだと思うけど、

最初に書いたように、そういう「普通の映画のダメ出し」してもらえるところにシン・ゴジラ価値がある。

と、思うわけで、やっぱり気になる点を俺も最後に列挙して置こう。

東京駅のど真ん前の話が無い

東京駅の正面真っ直ぐに、東京の中心である大きな空間がある。

熱核攻撃をあの付近で行うことに対して、日本人が触れないってのはあり得ない。

「彼らはここがニューヨークでも同じことをするそうだ」とはセリフにあるけど、あれ「ワシントン」じゃないんだよね。

あくまでも経済の中心であるというセリフであって、象徴的なんだけども)

陸上理由が判らない

突然地上にさまよい出た、排熱の為に進化した、冷却のために海に戻った。

突然さまよいでることも、デタラメに動くのも、再冷却の為に海に戻るのも災害っぽい。

鎌倉から上陸する理由がわかんないんだよね。

進化の方向性として陸上に特化してしまったとして、海水を捨てて地上に出てくる理由不明

牧元教授が好きにした結果、ゴジラを生み出して、意思を方向づけたなら判らなんでもないけど。

配偶者を原爆で亡くし、国と核を憎んだ牧元教授なら、先の大戦の直接の責任者である国の象徴にまず向かい、その後アメリカ上陸を目指すのは理にかなっている)

国連安保理が核攻撃容認するのが判らない

途中、スパコン計算能力貸して欲しいって海外の研究機関に依頼するときに、

一旦「ウチの技術を盗むかもしれないから断ろう」みたいなセリフがあるんだけど、

もしも「間に合わなかったら首都が熱核攻撃を受ける」みたいな状態なら、

「ひとを信じよう」みたいなのんびりした話にはならないと思う。

人類ってそんなに日本に冷淡なの?と言う。

秘密裏国連安保理が熱核攻撃容認するって、日本外交ゼロってことになる)

(そうすると、フランスと裏取引する外交技術との整合が取れない)

駆除一本槍なのに違和感がある

シナリオ福島第一原発事故念頭に置いてるからなんだろうけど、

ゴジラに対して調伏(焼却or冷却)しか選択肢が無くなってるのに違和感がある。

最初に言ってたけど、追い出すか、退治するか、保護するか。

保護が無理、退治が難しそうなら、通常は追い出しの手段検討するんじゃないか

餌で釣るのか、行動パターンを読むのか、押し返すのかは別にして。

追い出しにリソースが避けないって言う描写は欲しかったかな……

(これはほとんど「他の個体についての言及がない」ってのと同じポイントだな)

とは言え、

映画を見ながら、実際に災害になったらどう逃げようか俺は考えた。

かなり踏み込んで災害を描いてるような気がするけれども、どうかな。

2016-08-21

http://anond.hatelabo.jp/20160821224639

各人によって認識は異なるだろうけど、ジャンクかそうでないかってのは作品広報手段にも拠るとは思うんだな。

例えばジャンクフード代表であるルパン三世」なんかは主演・小栗旬とかその他諸々ジャニーズ俳優だったりをちりばめたりしてあざとい戦略だったわけじゃん。

翻ってシン・ゴジラは主演・長谷川博己だよ。進撃の巨人実写版でシキシマ鎧の巨人)を演じた長谷川博己さんだよ。

ぶっちゃけイケメンの類ではあるけど声が無用に低かったりして存在感のある俳優ではない。

石原さとみが抜擢されてることはちょっとジャンクっぽくはあるけど、それはそれ。

全体的に見れば地味目な広報であったこと(これは意図的だったらしいけど)に間違いはないじゃん。「硬派で売る」方針だったわけだし。

実際に中身を見たらドンツクドンクエヴァな音楽流したりしててゴジラというよりエヴァジャンクっぽさはあったかも知らんが、

「硬派」な体制自体は崩さずやり遂げられたわけじゃん。(プロトンビーム威力過剰になってないのでエヴァ方面に傾かずに済んでいる)

なので、一応の(プレーンなウルトラQ怪獣映画という意味での)白米って表現は割といいと思うんだけどなあ。

世の中にはもっとちゃごちゃした怪獣映画が山と存在するんだし、それと比べれば大分、ね。

2016-08-17

シン・ゴジラについて密かに楽しみなこと。

来年春の日本アカデミー賞

いやあどう考えてもほとんどの賞のノミネートを独占にかかると思う。

しかも配給が東宝なんだから呼ばれないはずがない。

下半期にどういう映画が出てくるかが分からんけど。

主演男優賞

ついに長谷川博己。もう一作絡んできそうだけど。

主演女優賞

たまに助演俳優が主演に回るから石原さとみがあるかもしれないけど……。

助演男優賞

竹野内豊高良健吾が来るかもしれないが松尾諭高橋一生に貰ってほしいところ。

助演女優賞

ここが楽しみでしょうがない。尾頭vsカヨコ一騎討ちか。ダークホース余貴美子を。

作品賞

もののけ姫にあげたんだからやらなきゃいけないでしょう。

2016-08-11

怪獣映画に無縁だったけどシンゴジラ見た

面白かった

ネタバレ注意

20代前半の自分は、ゴジラ、それどころか怪獣映画とも無縁な人生を送ってきた。

上映前にゴジラについて知っている情報といえば

・でかい怪獣

コナンパロディとして出てきた

・なんかハム太郎と同時上映してたらしい

これくらいである。そのため、見るまではどんな話かは全く想像つかなかった。

因みにエヴァは一応見ており、エヴァ好きの兄弟に誘われる形でなんとなく、見に行った。

さて、じゃあそんな人の初ゴジラ感想はというと、真っ先に出てくるのが「ゴジラ本当怖い」という恐怖心だった。

一時期ガンダム格ゲーにはまっていたのだが、戦っている時ガンダムから放たれるビーム系の攻撃は「かっこいー!」とかそんな風に思っていた。ガンダムXサテライトキャノンとかウイングガンダムゼロカスタムビーム必殺技とか好きだった思い出がある。

しかゴジラの口、そして背中から出るレーザー攻撃は見た瞬間、自分は「格好良さ」は全く感じず「恐怖心」に支配された。その攻撃で町が破壊される描写にも生々しさと恐ろしさを感じた。普段他の創作物で町が壊れる描写を見ても大人になるにつれ心の何処かで「フィクションだし」という心の余裕を持っていたのだが、今回はそんな余裕を全く持てなかった。

とにかく怖かったのだ。見終わった後はあのゴジラの黒い形態を極力見たくないと思ってしまったほどだ。(余談だが一緒に行った兄弟は第二形態?の方が嫌だったという。エラの生々しさが嫌だったとか。自分はそっちは嫌悪感を持たなかったので人によって違うんだなと思った)

じゃあ何故そんなにシンゴジラ攻撃は怖く感じたのだろうか…まだまとまりきれてないところはあるが、恐らく1つはその時が夜中だったこと、2つ目はゴジラの圧倒的な生命力破壊力にあったのかもしれない。

夜の中というシチュエーションは非常にリアルで怖かった。地下?で人々がぎゅう詰めになってる中停電になって「あっ!」とか悲鳴が上がる描写には「あの状況で真っ暗になったら怖いよな」と思ったし、後闇の中でゴジラ紫色に光る→ビーム発射描写も印象的だった。2つの描写は夜だからこそ怖さが際立ったシーンだった思う。

後者について、その前の自衛隊攻撃を受けてもケロッとしてるゴジラのシーンの時点で「あれゴジラつえー」とは思った。そこからのあの口と背中ビームである。口の攻撃レーザー状で猛スピードで凄い遠くまで届いて周りを火の海にするし、背中攻撃バンバン米軍飛行機を撃ち落とすし、避けれる軌道でもないし…あの「防護策のない攻撃」と「火の海に包まれ建物描写」は非常に絶望感があった。対処法はゴジラエネルギー切れのみであるエヴァ使徒ビームを守った盾もないし、というかエヴァもいない。あのシーンの恐怖心は希望がほぼ見えなかったというところにあるのかもしれない。ヘリもビームに当たってしまったし…

他のフィクションだと悪役キャラでもこう、ネタにしたり可愛いとか言ったりして愛着を持てたりするが、自分ゴジラを茶化せそうにない。「触れたくないほど恐ろしいもの」という印象だ。コナンでよく少年探偵団はゴジラあんな楽しそうに見てたな!凄いな!と思ってしまった。

シンゴジラでは人々の生々しい死体や血の描写といった直接的なグロテスク描写殆どなく、人々の逃げ惑う姿とか諸外国との駆け引きとか自衛隊攻撃ダメージ0とかそういった、精神的に追い詰めてくる感じの描写が多かったのも印象的だった。2番目に自分ハラハラしたのは核が使用されると決定されたあたりの一連の描写だ。核自体の恐怖もあるし、都民だけじゃなく神奈川千葉疎開させる無理ゲーさとか、総理大臣代理の嘆きとか、「日本世界の同情と支援?を必要としている(うろ覚え)」とか色々な不安要素やどうにもならない感じが怖かった。作中に人間の方が怖いみたいな台詞があったと思うのだがまさにそんな感じ。あの長谷川博己石原さとみが2人で会話している時徐々に引いていくカメラワークも妙に心細さ、不安を煽られた。

他にも人物の描写が良かったとか最後のヤシオリ作戦の所がそれまでの絶望的な描写も合間って凄く熱くなったとか色々雑多な感想はあるのだがもっとちゃんとした言葉で書いている人がいるので割愛

歳を重ねるにつれフィクションで衝撃的な描写を見ても、一歩引いて「自分とは関係ない世界」と考えることで心に致命傷を負わないように出来ていた。が、久々に心に傷を負った気がする。それはゴジラの容赦ない脅威の描写と…後非常にリアル世界観が構築されてることもあって、自分があのゴジラ映画世界で逃げ惑う姿が想像やすい、「もしかしたら関係なくない世界」と思わされてしまたからかもしれない。

そしてそこまで人の感情を揺さぶってきたシンゴジラは傑作だったと改めて思った。

2016-08-07

にわかサブカルくそ女、「シン・ゴジラ」を観る。

ゴジラ名前基本的な設定しか知らない。

から来る怪獣で、なんか水爆実験関係してて、悪いだけのやつじゃないっぽい・・・とか、それくらい。

ガメラは2と3だけテレビでやってたの観たけど、あんまり覚えてない。

庵野監督のことも「エヴァの人」ということはわかるけどエヴァは観たことない。

シンジくんとかカヲルくんとかアスカとか綾波レイはわかる。

使徒と戦うとか、シンクロが云々とか、「逃げちゃダメだ」とか「ありがとう」とか、なんとなくは知ってる。

特撮は日曜朝の戦隊ものをたまに観るくらい。ゴーバスターズは良いぞ。

強いていうならパシフィック・リム映画館に7回観に行った。

(今、私が同じ映画を何度も観たり、映画館に年20回以上行ってるのも、すべてはパシリムがあったから)

シン・ゴジラに関する予備知識はゼロ

てもなんか観ないとヤバいヤバいやつな気がする…。

そんな思いに駈られて、行ってきました、シン・ゴジラ

土曜のレイトショー劇場は8割方埋まっていたように思う。

最後列やや下手より。一席あけて右にはおじさん、左には若いカップル

全体的な客層は男の人が多いような気がした。


シン・ゴジラを観た率直な感想一言でまとめると

「思ってたんと違う!!!!」

これにつきる。

断っておくけど、良い意味で。

良い意味で予想と期待を裏切られまくった。



以下、ネタバレ注意の覚書。

はいもののすでに記憶がかなり曖昧なので、間違ってるところもあるかもしれない。






ゴジラがなんか思ってたんと違う!!!

シン・ゴジラゴジラは、第一形態から第四形態まで「進化」する。

それを全く知らなかった私は、初めて巨大不明生物(=ゴジラ)がその姿を現したとき、驚いた。

なんかもうひたすらキモい

目玉ぎょろぎょろで、エラから赤い液体ドバドバさせて、不格好に地面を這いずる姿は、キモいしか言えなかった。

そして私はそれが最初ゴジラだとは思わなかった。

私の知ってるゴジラ二足歩行で、もっと無骨な、かっこいい怪獣というイメージがあったからだ。

「このキモい変なやつを倒しに来るのがゴジラなのかな」とか思ってた。

そんな私の目の前で、ゴジラは突然「進化」した。前足が生え、直立して、吠えた。

「えっ、何それ・・・すごい・・・

そんな私の想いをスクリーンの中で口にしてくれたのが長谷川博己演ずる矢口だ。

観客である私はゴジラを知っている。

でも、映画中の人物たちはゴジラのことを何も知らない。

進化する未知のゴジラは、そんな両者の溝を埋めてくれた気がする。

あの瞬間の「そんなんありかよ」という気持ちは、間違いなく私と映画中の人々との間で一致していた。

そして完全に「私の知っているゴジラ」になった瞬間に流れるゴジラテーマ!これにはめちゃくちゃ興奮した。

ゴジラだ!ゴジラがやってきた!!!!うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!

応援上映とか絶叫上映とかなら確実に叫んでた。

というか叫びいからどこかの映画館でやってほしい。やってくれると信じてる。

ゴジラに対する「何だそれ、すごい・・・」の瞬間は、完全体の第四形態になってからも何度も訪れる。

まずこのゴジラめちゃくちゃ硬い。

自衛隊の総攻撃もびくともしない。

完全にノーダメージかつノーリアクションで、なんかもう絶望感がすごい。

いったいどうしたらこいつに勝てるのかまったくわからない。

そんな絶望さらに増すのが、火炎放射からレーザー光線発射のシーンだ。

米軍攻撃が効いた!これでゴジラを倒せる!と思った瞬間、ゴジラは口から火を噴く。

この瞬間まで私はゴジラが火を噴くことを完全に忘れていた。

やはりここでも、ゴジラのことを何も知らない映画中の人々と同じ驚愕絶望を味わうことになる。

パシリムで言うと「こいつ飛べるのか!?」のあたり。

しかゴジラは口からだけでなく背面から無数のレーザー光線を発射。

なぎ倒され爆発するビル群、あっさり撃墜される米軍機、理解範疇を越えた圧倒的攻撃力。

もう東京・・・日本・・・人類おしまい・・・という気持ちになってくる。

思ってたんと違う姿で現れたゴジラは、私が知らず知らずの内に抱いていた「ゴジラってこういうもので、きっとこういう話で、こういう映画でしょ」という先入観を完全に破壊した。

からこそ、新鮮な気持ち物語に入り込めたんだと思う。





破壊シーン、戦闘シーンが思ってたんと違う!

私はシン・ゴジラを、パシフィック・リムマッドマックス 怒りのデスロードを観に行くのと同じような気持ちで観に行った。

ドーンってなって、バーンってなってズダダダドカーンってなるのを楽しみにしていた。

そしたら、全然違った。

シン・ゴジラ破壊シーンや戦闘シーンは、全体的にとても地味だと感じた。

最初上陸した第二形態ゴジラはずるずる移動するだけだし、第四形態ゴジラ積極的に街を破壊している印象はなかったし、対する人間の方にも必殺技秘密兵器があるわけでもない。

というかそもそもゴジラは、そういうアクションがメインの映画ではなかった。

ド派手なアクションで魅せる洋画とは全く違う、上手く言えないけれど、とても「日本映画」だった。

でもそれは決して悪い意味ではない。むしろめちゃくちゃ良かった。

東京に巨大不明生物が現れた。そんなとき動き出すのは巨大ロボでも特殊戦隊でもなく、日本政府

そしてひたすら繰り返される、会議会議会議

でも、それが不思議なことに全然退屈じゃない。

「はやくドギャーンってなるとこ見せてくれよぉ」と思いながらも、堅苦しい言葉と、面倒くさい思惑が飛び交う会議シーンに釘付けだった。

思ってたんと違うけどなんかむっちゃ面白いポイントである

正直、政治には明るくないし、次々と表示される役職名全然頭に入って来ないし、聞き取れなかった台詞もあったが、でも入って来なかった情報はきっとなくてもいい情報だったんだと思う。

たぶん映画作った側も真剣理解させようとしてない。

大事なのは、「今の東京に本当にゴジラ(のような巨大不明生物)が現れたらきっとこうなるぞ」という感覚だと思う。

前例のない事態に混乱しながらも結論を急ぐべく無理やり型に嵌めようとして結局対応が後手に回ったりして、そういう「上手くいかない」「そうじゃない」ってとこも含めて、リアルでとても良かった。

でも、もたもたして見える政治家たちも、みんな事態解決し、東京(日本国民)を救うために全力を尽くしている点は皆同じである

そうして面倒な会議を経て、ゴジラの脅威を一通り目の当たりにして、ようやく立ち上がるのが、巨大不明生物災害特設対策本部通称・巨災対だ。

この巨災対はいゆるオタクや変人の集まり個性派ぞろいなのだが、みんな論理的なことしか言わないのがとても良い。

誰もが自分論理に基づき、ゴジラ真剣に向き合っている。

どのキャラクターもたいへんチャーミンである

きっとこんな事態じゃなければ日の目を見ることのなかった厄介者たちが活躍するロマン

アツいのは現場で戦う者だけじゃないのだ。

からと言って、現場で戦う者たちがカッコ良くないわけがない。

自衛隊の皆さんによる戦闘シーンもアツかった。

前述の通り、この映画必殺技秘密兵器は登場しない。

からこそ、隊列を組んで飛ぶヘリや、次々と持ち場につく戦車のかっこ良さが際立つ。

作戦を練り「確実にやります」と言い切る自衛官や、黙々と遂行する自衛隊員たちのストイックさにも惚れる。

戦闘シーンといえば、私が一番興奮したのが新幹線爆撃と在来線爆撃だ。

無人走行ゴジラ突撃する電車たち。

ここでまたゴジラの有名な曲(曲名思い出せない)が流れるのもアツい。

とくに在来線爆撃は、色とりどりの在来線が同じタイミングゴジラ突撃し、爆発と共に宙を舞うのが最高だった。

リアルを追求した今作の中で、実際にあるものを使ったありえそうな攻撃ながらいったい誰が思いついたんだというこの攻撃

マジで映画内の誰の発案なのか教えてほしい。

戦闘シーンで最も「思ってたんと違う!!!!」のは、ヤシオリ作戦だ。

物語の終盤、核兵器による解決をなんとか回避しようと急ピッチで進められたこの作戦

無人機による攻撃在来線爆撃、ビルの爆破によるゴジラの保定を成功させる流れは堅実ながら華があり、とても良かった。

工事車両(建設機械)が好きな私としては、コンクリートポンプ車の活躍も嬉しかった。

そうしてゴジラ活動を完全に停止させ、ヤシオリ作戦大成功に終わるのだが、何が「思ってたんと違う」かって、この作戦終了の瞬間が地味なのだ

観ている側としては、

「やったーーーーーー成功だあああああああああああああああ!!!!!!

と飛び上がってハイタッチして抱き合いたいくらいの気持ちなのに、映画中の人々は一切そういうことはしない。

静かに作戦成功を噛み締め、せいぜい握手をするくらい。

私のこの気持ちどこにやったらいいの状態

でも、あとから思うと、この映画の中ではそれで正解だったのだと思う。誰もが想像もしなかった巨大不明生物の来襲。大きすぎる被害、多すぎる犠牲者を出しながら、成功するかわからない作戦にかけた結果なのだ

現実感がない中で、静かに「俺たちはやった・・・やりきったのだ・・・」と噛みしめるのが、似つかわしいような気がする。

「倒したぞやったああああああ」は、きっと、ゴジラ虚構だと知っている側の感想なのだと思う。





シン・ゴジラに対して言いたいこと、話したいことはまだまだたくさんある。

豪華すぎる出演陣どこにいたのか全くわからなかった、とか。

秘書高良健吾ヤバい、とか。

石原さとみやっぱりめちゃくちゃ美しい可愛いZARAはどこ?、とか。

巨災対のメンバー活躍だけにクローズアップしてもう2時間観たい、とか。

ラストゴジラ尻尾のアップどういうこと?、とか。

でもまとまらないのでこれくらいにしておく。



そもそもこうして書き殴っているのは、こういうことを話したくても話せる相手が周りにいなかったからだ。

劇場を観たあと、複数人で来ていた人たちが口々に感想を言い合っているのが、とても羨ましかった。

私も映画感想あーだこーだ言いたい!好き勝手話したい!

その物足りなさを埋めるように、今まで封印していたネタバレブログレビューを漁って、それでますます我慢できなくなって、この文章を書いている。

ネタバレブログを読んでいて気になったのが、「万人受けはしなさそう」とか「知らない人はわからないんじゃない?」みたいな意見だ。

とくに昔からゴジラが大好きで、新作公開を待ち望んでいた人たちが、よくこう書いていた。

そんな心配無用だぞ!!!

と、にわかサブカルくそ女は思う。

とりあえず私は少なくともあと2回は観たい。

そして売り切れていたパンフをなんとかして手に入れたい。


何も知らなくても、なんかよくわからなくても、ゴジラはすごかったです。





おわり。

2016-08-06

シン・ゴジラ福島第一原発その2(ネタバレ

http://anond.hatelabo.jp/20160805000418

さて上記↑のシンゴジラについて長々と感想を書いた増田です。

ブコメがずいぶん集まったので何か書きます

私の意見を要約すると。

・大絶賛の嵐だからこそあえて批判したい。

シン・ゴジラって3・11の震災福島第一原発事故政府対応に重ねてるよね。

シン・ゴジラではイケメンエリート官僚科学者がでてきてかっこよく科学的?に処理したけど

・実際の福島第一原発官僚科学者もブザマに敗北したよね。

・つまりシンゴジラって福島第一原発事故処理に成功した日本政府のIFものだよね。

・これは「第二次大戦米軍に勝利する日本軍」を書いちゃう、こっ恥ずかしい仮想戦記の類の何かだよね。

しかシンゴジラでは自衛隊ゴジラに冷却材(凝固剤)のホースを突っ込むために特攻して全滅しちゃうんだ。

(かっこいいね、いさぎいいね、素早いね決断力あるね)

・でも実際の福島第一原発事故では、よくも悪くも戦後民主主義で人命第一の日本政府はそんな事はさせなかったよね。

退避を繰り返し非正規労働者を大量に投入してゆっくりと泥臭く処理したね。

(状況が進捗しないし、かっこわるいね。でも現実はそういうものだよね。

日本人はそれをこれから何十年も見守るんだよね。)

・かっこよくスタイリッシュ原発処理。

そんなものを描いちゃったら政治的意思表示必要なんじゃないの?

格好いいから描いたですまされないんじゃないの?

というところです。

で、↑のエントリーに集まったDISコメを集めてみました。だいたいこんな感じ。

「僕達の楽しいエンタメ作品であるシンゴジラ虚構)」を(現実)フクイチに重ねるのはやめて下さい!!派

シンゴジラをフクイチに重ねるのは妄想だよ!派)

「僕達の楽しいエンタメ作品であるシンゴジラ」に政治的意図なんかないよ派

庵野はかっこいいから作ってるだけだよ派」

上記はつまり「こども(庵野)がウルトラマンごっこ、ゴジラごっこで遊んでるだけ」

なのに政治的意味合い見出したり回答求めるのはヤメてよ!っていうことなんだろう。

エヴァなんかは「沖縄決戦」パクってごっこ遊びしてもなんでもいいけど。

震災から5年しかたってない2016年に、フクイチを取り扱って子供のふりして許されるわけがない。

逃げまわるつもりかもしれないが、なんらかの政治的意思表明が必要でしょう。

庵野に梯子はずされるぞ」とか言ってるエヴァオタ。

(はどうでもいいです)

ちょっと考えさせられたのは下記のようなブコメ。↓

①「現在でも福島第一原発過酷労働環境で消耗戦だよ派」

現実のフクイチだって頑張って収束させつつあるじゃないか

ゴジラは凍結されただけ。フクイチと同じで収束してないんじゃね。ゴジラ活躍はこれからだ!派


ここらへんは考えたい。

「①現在でも福島第一原発過酷労働環境で消耗戦だよ派」については…

シンゴジラでは泥沼感や絶望感や虚脱感がなかった。これを指摘するのは飽きるけどエリートばかりだった。

軽トラから載せられた日雇い労働者ゴジラ特攻させられる描写」があったらば強烈な皮肉にはなっただろうなと思う。

「②現実のフクイチだって頑張って収束させつつあるじゃないか派・日本現実でも頑張ったし負けてないよ派」

「③ゴジラは凍結されただけ。フクイチと同じで収束してない。ゴジラ活躍はこれからだ!派」

これにはフクイチという重いテーマを扱ったのに、リアリティに寄せることがなかったことへの苛立ちがある。

とくにラスト

ラストに「お肌すべすべの長谷川博己石原さとみが、

次期大統領候補云々について、いちゃいちゃしながら喋ってる」

エンディングだと悲壮感がない。

ボロボロの感じで虚脱状態で「延々続く収束作業を無言で見守る」』みたいなエンドなら伝わったかもしれない。

(これはまさしく、わかりやす政治的意志表示である。)

もしくは、どこかのブコメに「あのまま核攻撃されて東京まるごと吹き飛ばされればよかったのに。」

ってのがあったけど、そうなったらホント庵野信者になったかもしれない。

『「次期大統領候補石原さとみ」というアニメキャラを配置しアニメ的なコメディー会話をさせることで、

ラスト虚構に寄った!これが庵野監督一流のアイロニーだ!』というご意見

↑この解釈はなんだか流行りそうだ。

だがしっくりくる。途中まではフクイチに寄せたが、最後アニメ演出で完結させる。

虚構でした!」「この映画フィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません」

というオチで締める。

なんだろうかこれは。結構毎回やってるような感じがする。夢オチに限りなく近い何かみたいな。

これは「息の長い芸人TVコメディアン」のテクニックとか処世術とでもいうのかな。

と延々DISブコメについて検討しているうちにシンゴジラ否定派になりそうになっている。

ここ2日、創作者ってほんと大変だなと思った。

現実を切り取ってそれを虚構化して、針の穴を通すようにすりぬけて、

ポリティカルコレクトから上手く逃げ切る。

そういう意味でもエポック映画なのかもしれない。

最後感想はやっぱり「シンゴジラはいい、素晴らしい、シンゴジラはいいけど、でもね…。」

に戻るんだな。

ちょっと頭を整理したらまた見よう。

2016-08-05

震災映画としての「シン・ゴジラ」を見て「日本希望がない」と確信

シン・ゴジラと三一重工と馬英九

以下、ネタバレ感想。未見の人はまず映画館へ。かなりよくできていて、金の無駄だと発狂するレベルではありません。少なくとも「エヴァンゲリオンQ」よりは面白い!!!平成ゴジラではナンバーワンだね!(白目)

ストーリー

2004年以来、12年ぶりの国産ゴジラ。いわゆるリブートってやつで、今までのゴジラシリーズをちゃらにしてゴジラ初登場という映画になりますエヴァンゲリオン庵野秀明脚本総監督

で、ストーリーはだいたい以下のとおり。

東京未確認巨大生物出現!

自衛隊出すの?鳥獣駆除防衛出動関係省庁の意見のすりあわせ大変や~とかステレオタイプ官僚主義会議が続く

まあ自衛隊だしたらワンパンチやろ!と思ったらめっちゃ強いじゃん

つーか体内で核分裂してる?歩く原子炉やん!

当初は「ゴジラで得られる科学的知見はうちがごっそりいただいていくで~」と陰謀たくましくしていたアメリカゴジラ子どもを産んで世界滅亡の危機ありと知るや核ミサイル東京にぶっこむ宣言

日本米国の犬なので従うしか……

東京を救うべくぎりぎりのところで粘る日本の政治家&官僚研究者

最後は高層生コン・ポンプ車でゴジラの口にお薬を注入して封印成功

原発事故映画

映画の枠組みを一言で言ってしまうと、「福島原発事故がこんな感じで解決されていたら良かったね☆」というものポンプ車での冷却とか、米軍無人機出動とか、放射線気にしながらの作業とかわかりやすすぎ。官僚主義とか御神輿首相とかダメダメ日本だったわけですが、危機に際して覚醒。「この国にはまだ希望がある」(わかりやすく劇中で出てくる台詞)ですよ。棚ぼたの奇跡じゃなくて、人々(といっても政治家官僚科学者自衛隊土建企業の皆さん、あとトモダチ作戦米軍有志)の努力日本は救われる。

映画見ていてちょっと泣いた。あー、こんな風に福島原発事故解決していたら良かったのに、と。

日本人にはまだ力がある。このダメダメな現状を変えられるッ!」というエールととらえればすばらしいんじゃないでしょうか。

でもね、もう福島原発事故から5年が立っちゃったんですよ。震災で民草がうちひしがれている時、2012年ぐらいまでにこの映画があったら手放しで喜べたと思うんですよ。私も2011年当時、「この大震災から日本は立ち直るのだ、復興するのだ」とがらにもなく魂をふるわしましたよ。でも結局、日本人覚醒しなかったし、ダメダメ構造は今も続いている。その状況で「福島原発事故がこんな感じで解決されていたら良かったね☆」っつーのはたんなる自慰行為ではないでしょうか。

日本のなにがダメダメかっていちいちあげませんが、少なくとも映画内でもそのがっかり感はたっぷりとにじみでています米国が主導する多国籍軍の核攻撃を遅らせる官僚のがんばりが「知り合いのフランス政府関係者に連絡」「首相代理駐日フランス大使に頭を下げる」だったのにはあんぐり。あと「日本政府米国の犬なので、米国大統領東京攻撃するよ♪」日本首相「I Understand」と速攻受け入れ」とかの単純化を見ていると、問題本質に向き合おうとしない日本ダメさかげんが反映されているとしか

中国台湾はどこへ消えた?】

シン・ゴジラには米国以外の外国ほとんど出てきません。

首相代理にひたすらお願いされるフランスゴジラの解析にスパコンを貸してくれるドイツ研究所の偉い人。そして「安保理東京への核攻撃に賛成。特に中国ロシアが」「東京に核ぶっこんだら、おわびに各国が復興資金出してくれるんやって」という台詞ベース説明ぐらい。

でもさ、ゴジラの口にお薬をぶっこむポンプ車ですが、あれって福島原発事故の時に中国の三一重工が供与してくれたエピソードから採用しているわけですよね?なんで中国が出てこないの?台湾ぼくらの馬英九総統(当時)が特番煽りまくって募金を集めまくってくれたわけですが、そのエピソード無視

いや、福島原発事故エピソードを全部ぶっ込めというつもりはないっすよ。でも日本にとっての国際関係米国しかないのかい?!とか言いたくなってしまうわけで。この薄っぺら国際感覚日本覚醒できるのでしょうか?復興できるのでしょうか?

【その他】

・さんざん文句つけましたが、絵作りとか特撮とか最高。予算15億円と聞きましたが、古い怪獣映画らしい雰囲気を出すことで低予算を苦にしない絵になっていると思いました。特に列車爆弾のシーンはスタンディングオベーションしたいぐらい。最高っす。ハリウッドゴジラと比べたら100倍ぐらい面白いよん。

テンポ邦画とは思えないほどいい。会議シーンが多いのに飽きさせない。

・なぜスカイツリーを壊さないのか?!隅田川にこいよ、ゴジラ

石原さとみは大好き。妻が見ていたドラマ洋菓子屋の若旦那不倫するやつ、坊さんと恋愛するやつ、IT企業の風雲児と恋愛するやつ)を見ていて思ったんですが、あんなにエロさを出せる女優さんは日本にいないんじゃないでしょうか。でも今作は……。石原さとみ英語を聞くたびに発狂しそうに。

市川実日子さんの演技がすばらしかった。

長谷川博己の演技が堺雅人しか見えなかった。いつ倍返しだと言い出すのかはらはら。

2016-08-04

シンゴジラのシン

ゴジラ映画のすべての概要

ゴジラが現れる→人間が知恵を絞って努力して平和が訪れる

この間に「あったこと」が映画になる。

シンゴジラはこれまであったけど省略したところをじっくり描きこれまでの映画であった人の生き死にやドラマをごく薄めにするという手法をとっている。

総理が死んで号泣する長谷川博己心配する妻をふりきって出て行く長谷川博己石原さとみと国を超えた愛に落ちる長谷川博己を描くことはできた。でも、シンゴジラではしなかった。

そのかわりにこれまでずっとあっさりと省略され続けていた法の解釈や人や道理世論を動かすための手順を描いた。その間にもゴジラ東京破壊活動を続けている。ギリギリ気持ち総理東京都内自衛隊への発砲許可を出した。

「こんなことしてる場合かよ」。若い閣僚ファイルをたくさん抱えながら愚痴る。いろいろなものが手枷足枷になり物語の進行を阻害する。その「いろいろなもの」がこれまでとちがうわけだ。

みているあいだ「アルマゲドン」(的な戦意高揚映画)だったら大統領が3秒で「やっちまえガイズ!」っていうところを40分かけてるなと思ったりした。

怪獣が現れ解決するまでを現実のこととして。

上記の話し合いのところも、人の生き死にも、同時にドラマとしてそこにある。

フランスのえらい人がおっしゃってたのを元ピチカート・ファイヴ小西康陽さんがおっしゃっていたのの受け売りなのですが「すべての創造編集である」と。

ポイントはどこをカットアンドペーストするか。どう編集するか。

庵野監督が「やりやがった」とある方のTwitterで称されたのは、実にそこだ。

オタクらが過去パロディバカ話で延々といってた「おれらがみたいマニアックなところに着眼点をおいたゴジラ」ってのをやってのけたんだ。

映画シン・ゴジラ公式サイト <http://shin-godzilla.jp/>

これらを裏付けるのが「脚本編集総監督 庵野秀明」と。

彼はこれまでのゴジラを「編集」したわけだ。そして描かれなかったところを拾い上げて描いてみた。

しかおもしろく。

これまでのゴジラ映画においても実は各人は物語の裏でこのような策略や話し合いなどを乗り越えてそこに立って作戦を実行しているんだと思いを馳せるとまた感慨もひとしおになる。

シンゴジラのシンとは新でも真でもなく芯だ。苦くて硬くて取り除いたりされがちな芯だけど、ゴジラオタク愛によりそれを美味しく調理した。それはかつて味わったことのないごちそうとなった。

そこに多くのゴジラファン特撮ファンが反応したのではないか

2016-07-31

シン・ゴジラ』の元ネタまとめ(8/12追記)

筆者は半分くらいしか観てないので間違いとかあったら指摘してください。

◇関連性大

庵野秀明エヴァ(旧世紀版&新劇場版)』 : 同じBGM使用している。ヤシオリ作戦の内容・名称元ネタ

岡本喜八日本のいちばん長い日』 : 激しいカット割りの元ネタ日本危機に直面した時の官僚政治家の動向を描く点は同一。監督岡本喜八写真が本作に登場する牧吾郎写真として使われている。

本多猪四郎ゴジラ(初代)』 : 冒頭に映る古い「東宝」画面、第2形態時の咆哮音、冒頭に襲われる船の名前(「栄光丸」⇒「グローリー丸」)はこれが元ネタ

押井守機動警察パトレイバー the Movie』 : 『シン・ゴジラ』に登場する牧吾郎のあり方が、『機動警察パトレイバー the Movie』に登場する帆場暎一と被る点が多い。①冒頭で海に消える、②事件解決の鍵を握るが、本人は既に死亡しているため、彼の思考の解明に主人公たちが翻弄される、③東京破壊する動機が匂わされる、等。

福島第一原発 : ①ラストシーンで凝固剤をクレーンで投入するシーンは、福島第一原発コンクリートなどを流し込む姿を模しているとの指摘あり。②また、ラストにおいてゴジラは死亡せず凍結されるに留まるが、これは福島原発事故の現状を表してるとの指摘あり。すなわち、冷温停止状態ではあるが、これからもきちんと処理を続けないと、また放射能汚染惨禍を生むということ。

◇関連性中

長谷川和彦太陽を盗んだ男』 : ラスト石原さとみ長谷川博己が語り合う建物が、菅原文太ジュリーの決戦の場と同じ。ヱヴァ破でこれのサントラを使っていたため、意識して使用した可能性がある。また、制作中の仮題が『日本対俺』であり、これは『シン・ゴジラ』のキャッチコピーである現実(ニッポン)対虚構(ゴジラ)』に類似する。

庵野秀明巨神兵東京に現る』 : 終盤、ゴジラ尻尾から出てくる人型が、『巨神兵東京に現る』に登場する巨神兵酷似している。

橋本幸治=中野昭慶ゴジラ(84年)』 : 今回のシン・ゴジラと同じテーマ危機に直面した日本がどう対応するか)を扱った作品。第4形態時の咆哮音の元ネタ。『シン・ゴジラ』のキーマンである吾郎の初出。

本多猪四郎宇宙大戦争(59年)』 : ヤシオリ作戦シーンのビーム作画ビームSEBGM元ネタ。ただし、マーチについては、直接の元ネタは『怪獣大戦争』ではないかとの指摘あり。

富野由悠季イデオン』 : ゴジラが、背びれから全方位ミサイルを出し、尻尾からソードを出しているのは、これが元ネタではないかとの指摘あり。

岡本喜八沖縄決戦』 : 上述した『日本のいちばん長い日』と同じ理由。ただしこちらはシン・ゴジラと違って民間人視点から事件を描く/人の死亡シーンまで描く。また、『シン・ゴジラ』のラスト付近に登場する第32普通科連隊丹波一佐は、『沖縄決戦』で第32軍長勇参謀長を演じる丹波哲郎元ネタ

◇関連性小

佐藤純彌新幹線大爆破』 : 東京駅作戦をするシーン、新幹線爆弾を積んでぶつけるシーンの元ネタ

赤井孝美『八岐之大蛇の逆襲』 : 「ヤシオリ」という名称ヤマタノオロチを酔わせた酒)からすると、ヤシオリ作戦元ネタエヴァではなくこちらを挙げるべきであるとの意見あり。また、血液凝固剤を注射ではなく経口投与にしたのは、ヤマタノオロチ伝承に倣ったものか。なお、これに登場する八岐之大蛇は第2形態に似ている。

◇その他名前ネタ

山崎豊子白い巨塔』 : 財前正夫(國村準)、大河内清次(大杉漣)、里見祐介(平泉成)、花森麗子(余貴美子)、東竜太柄本明)、柳原矢島健一)、金井中村育二)の”苗字”の元ネタ。たぶん探せばもっと出てくる。

安野モヨコ作品 : 矢口蘭堂(長谷川博己)(⇒『ジェリービーンズ』)、カヨコ・アン・パタースン(石原さとみ)、尾頭ヒロミ市川実日子)、花森麗子(余貴美子)(⇒『ハッピー・マニア』)の”名前”の元ネタ。たぶん探せばもっと出てくる。

補足

http://anond.hatelabo.jp/20160812012224

シン・ゴジラ鑑賞メモ

微妙ネタバレあり。

見て来た!!!!!!!!!

ハンパなく面白かった…!!!!!

時勢的な意味もの凄い時期にもの凄い映画公開されちゃったなって思ったけど、めちゃくちゃ面白かった…!

夏休み時期映画だけど、ちょっと子供向けではないね。きっと読めない漢字字幕役職名など)もたくさんあるので。

から隅まで庵野監督が作ったんだな〜と思える最高傑作でした…。

じっくり何度も行き来して観たいのでDVD出たら絶対買う事決定。

カット割と構図が庵野監督。完全実写以外(庵野監督場合アニメ)の場合だと「カメラ絶対に置けない場所」なんてものはなくて、どんなアングルからでもあらゆる構図が作れるけど、この実写作品でも普通にやってたw

印象づけるために、特別なシーンとして変わったアングルを作ったりってのはあると思うけど、普通にどってことない部分でもそこにカメラ!?みたいなのがいっぱいありましたね。

冒頭、受話器を置くシーンでいきなりそれが始まってめちゃくちゃ興奮した。

戦闘シーンはいわずもがな、それ目当てで観に行った自分としては「やっぱり自分庵野監督戦闘シーンが一番好き」って再確認できました。

ここに関してはあんま言わない。

いやいやそんな手法はって思うかもしれないけど、以前ヘリで水撒いてたの思い出したら「使えるものはなんでも使う」のは当たり前ですよね。

色んな俳優さんがたくさん出てるらしいことは知ってたけど、あの人がこんなところに!とか、えっこの人でてるの!?みたいなのもたくさんあって面白かったw

しか有名人出して話題性出してやろう根性よりもホント適所適材の配役が多くて、こういう立場の人はこういう顔してそう〜とかこういう偏屈そうな性格してそうだよねって思えてとってもよかった。

配役よかった過ぎて誰の話をしたらいいか…。

石原さとみさんほんと素敵だった。最初ルー大柴かな?って思ったけど全然ですわ。あまり(というかほぼ…)彼女の出てる作品観た事なかったんですけど綾瀬はるかさんみたいなあの世代のほんわか可愛い感じの方なのかなって思ってたので驚いた。

「若く、かつ大胆で、セクシーさもあり、賢くしたたかで、それでも年相応に夢見がちで、残酷になりきれない部分がある」これをまとめて一つにして威風堂々と演じてらした。

長谷川博己さんも似合ってたね〜。そこそこ地位の高めの政治家。かつ主役。もの凄いイケメン顔じゃないところがとってもいい。上司竹野内豊さん、部下に高良健吾さんだからね、主役までどイケメン顔にしたらどんだけドリーム映画だよって感じ(政治家こんなイケメンばっかじゃないだろ的な)するし、あっさりさわやか・清潔感たっぷりで「こういう若手政治家いるよね」思える。そして長谷川さんと正反対のもろ政治家顔の松尾諭さんが悪友というか信頼してる仲間議員というこの顔の配役の絶妙さ。これは計算されてないかもだけど、部下の高良さんの方が背が低くて、二人が並んだり前後で歩くシーンでどっちが上役なのか視覚的に感じれるのもとてもいい。

余貴美子さんも凄くかっこよかった。防衛省大臣だよね。そこに女性を置くって配役がまたうまい。ずるいよね〜。硬派な女なんてかっこいいに決まってるわ!

今まで過去ゴジラ関係映画みたことないけど、「現実日本に、ゴジラが攻めて来たらどうなるか?」っていう映画なんですね。

架空の超強力な組織もないし、特別な才能を持った人もいない。学者政治家がそのとき持っている知恵と人脈と能力を糧に未知の生命体に対抗するって話でした。

すっごい考えさせられた。

未知の生命体を侵略してくる仮想敵国歌に置き換える事はできないけど(なぜなら未知ではないから。軍事力はある程度わかるし。)侵略されるってこういうことなんだな、と思った。

そして有事の際に、政治的方面から見ると自分の国はこんなに弱いんだとも思った。

これは映画から、実際はどうかは本当のところはわからないけど、3.11の時、どうだったんだろうとは思った。

もしそういう日が来たら、あ、来ないとは絶対に断定できないだってイラク戦争はたった13年前の話しだし、シリア騒乱は2011年から今でも続いてるし。戦争現実にまだ起こってることだからね。

もしそういう日が来たら、こうなるのかなと思うとホントになんか胸が詰まる思いで魅入ってしまいました。

自衛隊の扱いとかね。政治家は軽く「行け」っていうし、特定の層は抗議活動してるし、それでもまっさきに私たちの為に体を貼って死んで行くのは自衛隊なんだと思うとなんかもうほんとね。たまらない気持ちでいっぱい。

同じ人間で、同じ重さの命なのに「どうしてそこまでできるのか」って気持ちと「親兄弟気持ちを考えると死んでしまったら悲しい」って気持ちと「意志の強さと尊さに感動する」って気持ちと、とにかく入り乱れてなんとも言いようのない気持ちになってはっきりと理由はないけど、途中から泣きながらみましたよ。

またその亡くなる若い命が斉藤工さんなんですよね。モブじゃない配役最高。有事の際には彼のような男が死んで行くって思ったらほんと泣ける。

なんていうんでしょうか。軍人Aじゃなくて、顔もしゃべり方もこんな感じの人柄もなんとなく知ってる人が理不尽に亡くなるってこんな切ない事なのかと痛感したというか。切ない。

小出さんもそうだよね。ああい若者最前線にかり出されるんだなって思った。

凄い考えさせられる。

やっていいルールはあるけど、前例はないか自衛隊を使っていいのかとか、国民が一人でも被害を受けそうなら一切作戦はできないとか。

大義の前に一人の命なんてどうでもいいって意味じゃなくて、ロシアだと普通に人質ごとガス責め作戦実行(モスクワ劇場占拠事件)してたし各国なんだかんだいってそういう風潮あるけど、自国民を守るのが使命っていう信念をどこまでも通し抜こうとするとことか凄いなって思う。

果たして現状、実際の自衛隊にきちんとした立場と栄誉は与えられているんだろうか?有事の際だけ駒扱いじゃないだろうか?悪い意味で日陰者なんじゃないだろうか?

海保消防警察と同じくらい尊敬される職業であってほしいな、と思う。

憲法上の存在云々の問題は色んな思想国際的問題もあるからそのあたりに関してはなんとも言えないけど、実際の実務としてはなくてはならない職業だと実感しました。

と、いう内容を含むので右だ左だ強烈な思想をお持ちの方を刺激しそうな…気もするけど、思想のせいで善しも悪しも語って欲しくないなというのが思うところ。

これは、娯楽だから

あ、エヴァの続編は別に遅くなってもいいです。そりゃ仕方ないよねって思わされる作品でした。

※TOO YOUNG TO DIE!もめちゃくちゃ面白かった!

※次に見たいのはスーサイド・スクワッド

2016-04-14

予告を見るに、シン・ゴジラ天災

モチーフなんだろうな。

元々第1作は核モチーフだったが、既報のインタビュー役者が「今つくる意味のある話」みたいなこと言ってたし、

崩壊した街のシーン描写東日本大震災ニュース絵を思い出す。

ゴジラが「倒すべき敵」や「人類の味方」ではなく、

「抗いようのない天災モチーフで、それに翻弄されながらも闘う人達の話なら、

328名っていうキャストの多さも、あまりスター性の強くない(失礼)長谷川博己が主演なのも寧ろプラスだろう。

ゴジラ自体ビジュアルは、まぁ、、

特撮感が強い本体と、良く動くCG尻尾違和感が予告からアレだけど。

2016-03-22

あなたが実写進撃の巨人を見て悪口を言うべき3つの理由

1.私に新しいシキシマ成分を与えるため

以上です。

3つもあるはずがない。

とりあえず前編の本編時間の90分とレンタル代の500円を無駄にする代わりに10分くらい無駄にしてこのエントリを読んでくれ。

最初にシキシマ説明だけしておくと、シキシマとは実写進撃の巨人に登場するオリジナルキャラクターであり、大体はリヴァイ立ち位置であるが、どうやらエレンの兄(伏線はあるが説明はない)で最後自分のオンナにしたはずだったのに結局初恋の男であるエレンに奪い返されてしまったミカサに「あなたの壁は?」とくそぺらっぺらな言葉を投げかけられることによりラスボス無理心中を図ったもっさりヘアにダサいヒゲを生やした埃っぽい長谷川博己のことです。

去る2015年9月1日、見えてる地雷でお馴染みの実写映画進撃の巨人(前編)」を私はわざわざ一人で見に行った。

そして、開始10分で「クソ映画だとわかっていながらファーストデーの映画料金である1100円と上映時間の90分をわざと無駄にした」ことで神の怒りを買い、その罰として拷問を受けていることを理解した。

なんとこの映画、「文明の廃れた地球っぽいとこで壁に囲まれ暮らしているバイトの続かないどう見ても20代半ばの三浦春馬不発弾の上で飛び跳ねながら『俺が活躍する場所はここじゃねえ。東京ヒップホップで食ってく』旨の発言をしているのを水原希子が惚れてる目で見てる」という絵に描いたような大学生恋物語を見せられるところから始まる。

開始10分ですでにクソ映画。求めてたものとまったく違うじゃないか。

確実にこの先80分クソ映画を見せられるという気付きをどうしたって得るでしょこれ。

ああ、無念、私は拷問を受けることになったのだ。

私、クソ映画を見せられここに眠る

そもそもにして私は進撃の巨人に触れたことがほとんどない。

なぜ見に行ったのかというと、進撃の巨人原作が好きな友達映画を見た上で「メディアミックスにおいてストーリー面のみで批判されるのは納得がいかない」と言っており、「じゃあ原作ストーリーを知らない人間(私)が見れば原作とは関係なしに映画として面白いのではないだろうか?」という気持ちが起こったかである

とりあえず先に結論から言うと、めっちゃソ映画なんで「大切な家族人質に取られその解放条件としてこの映画を見せられている」くらいの気持ちで見ないと死にます絶対です。純粋面白さに対する期待はすべてその手で殺してください。よろしくお願いします。

話を続けます

かくして、1100円に対する貧乏性と事前になんとなくこの事態予測していたために逃げられないように自分に課した「その直後に上映されるジュラシックワールド映画の席を取ることにより今出て行ったらどうにか時間を潰さなければもう1100円を無駄にする」という枷と罰だというなら受けるしかないという決意のために、私はその後80分の拷問を受け入れることにしたのだった。

その後、

「『壁外に巨人なんていないことを証明してやるぜ』と自分に惚れてる女にいいところを見せるためというアホなヤンキー青春映画文法により水原希子とオマケの本郷奏多を連れて壁の近くに行く三浦春馬

すると壁を守ってる兵隊に見つかって捕まりそうになったので反撃するアホなヤンキー青春映画文法そのままの三浦春馬

兵隊のお偉いさんであるピエール滝が知り合いだったというアホなヤンキー青春映画文法で助かる三浦春馬

そしたら壁よりめっちゃおっきい巨人が現れてドーンって爪先蹴りで壁が破壊されて3メートルくらいの穴が開いたのでそこから量産型どう見ても人間が演じている設定上知能のないはずなのに人間っぽい動きしかしない巨人』がいっぱい入ってきて人間を食い散らかす」流れを

監督による『俺が考えた最強にかっこいい巨人による殺戮グロシーン』というぺらっぺらの演出で見せられる拷問を受け、

神様に「違うんです。無駄にするつもりはなかったんです。面白いかもって思ったんです。本当です」と何度も心の中で謝罪をする。

この映画原作ストーリーがかけ離れているうんぬんはとりあえず置いておいて(私が原作ストーリー知らないし)、

脚本が下手、演出が下手、映画としてすべてが不完全で、

予算以外すべて『映画を撮ったことがないくせに自分のおつむの中でだけ一流だと思い込んでる高校生レベルで本当につらい。

んで、「水原希子巨人に食われて死んで(当然死んでない)、守れなかった女の仇を取るためにもう一つ壁の内側で兵隊になるというアホなヤンキー青春映画文法を辿る三浦春馬本郷奏多、あといっぱい」が出てくる。

作中ではさくっと2年が経ち、ようやくヒップホップ信者三浦春馬がきちんとした目的意識を持って動き始めたかと思いきや、

素人の寄せ集め兵隊集団の同じ班である無意味好戦的三浦貴大煽り合いで喧嘩をする」という統制の取れてなさを猛烈アピール

このことにより、アホなヤンキー青春映画文法永遠に終わらない気配を見せつけられ、絶望がより明確に。

この辺りで大きな声で「乳首」とか「性器」とか「こんなの初めて」とか言ってくれる石原さとみが現れてほんの少しの救済が図られるが、焼け石に水とはまさにこのこと。

巨人から一番外の壁を奪取するために内側の壁から出た三浦春馬たち

(この辺りでモブキャラ巨人つえー演出のための使い捨てとして登場するがほとんど全員が無能なのでサンナギくんという作中唯一の良心だけ覚えておいてくれると私が喜ぶ)

(この際食料がない設定なのにサンナギくんがデブとか非常に些細な問題

が当然のように兵隊とは思えないクソみたいな働きにより巨人殺戮されまくる」辺りで場面転換。

突如、「よくわからない地下のような空間(今後もう一度出てくるが説明はない)で全身を逆光で陰を作り、めちゃくちゃ日本人体系のおっさんがめちゃくちゃもた…もた…と装備を確認する」シーンが挿入される。

監督の『俺が考えた最強にかっこいい最強の男の映画内登場シーン』という意図は察せられるものの、

どう見てもダサい

めっちゃダサい

まじでダサい

「地上で三浦春馬たちが死にそうなのにのんびりと自分かっこいいアピールをする日本人体系のおっさん」という演出の下手さにより生み出されたスベリ要員。

それが、シキシマである

もうね。光明光明。わかる?わかるよね?当然わかるよね?私は神によって天罰を受けていて、その天罰がまだ半分もあるのかと絶望を味わってた時にね、現れたわけよ救世主が。私を拷問から救ってくれる男が。もうね。するよね入信。するよね信仰。当然だよね。この男により私の1100円と90分が救われるんだって思ったらね。感謝するよね。当然ね。

まり、その瞬間、シキシマは私の神になった。私が無駄にした1100円と90分を救ってくれた神に。

カルトに入信させる時、相手を極限状態に追い込んで判断能力を鈍らせるって手法があるって聞いたことがあるんだけど、まさにそれだったってわけ。

ついでに本当に監督演出下手なので、たぶん監督の中でキムタク役であろうシキシマの初セリフ巨人を倒した後の

「たまにはいい女の巨人に会いたいねえ」なんだけど、

スルーされた上に大して誰にも称賛されず、さらにその後続いて出てきた巨人を前にその場にいたモブキャラたちに今しがたの功績を完全に無視されて「もう終わりだあ」とか言われます

最高。

キムタク役のもっさり髪型おっさん最高。

スベリ要員確定。

その後「シキシマ三浦春馬を見初めてさっきの地下空間に連れていき、婚活パーティーよろしく三浦春馬にかっこいい俺を猛烈アピール

シキシマ巨人を倒せてなおかつ死んだはずの水原希子を連れていただけでなく巨人を倒せるほどに成長させていたために三浦春馬は猛烈に心酔」し、

こうして私は三浦春馬と一緒にシキシマ教徒になったのであった。めでたい。

それからリンゴ大好きシキシマくんによるリンゴ食べさせタイム」を経て、

まあその後はわりとどうでもいいんだけど

三浦春馬と既成事実作ろうとしたシングルマザーホラー映画のえろいことした奴から死ぬ法則に基づき巨人に食われて死に、

ついでにそこで先にセックスしてたいちゃつき方が電車内のうざいカップルであるモブ二人もその法則に則って死に、

他にもいっぱいモブが死に、

三浦春馬ビルの上で巨人が出てきてるのに自分は一切戦わずに指示してくるシキシマに従ってなんとか巨人を倒すものの多勢に無勢で死にかけたところ巨人覚醒して暴れて残りの巨人をぶち殺す」

というのが大体の前編のストーリー

ソ映画、ああクソ映画、クソ映画

でもクソ映画しか私の教組であるシキシマが出てないんだから、みんなにシキシマ認知してもらうにはこのクソ映画を見てもらうしかなくない!?

しか今日ついさっき後編のブルーレイが届いてそこに豪華版だからついてる絵コンテ集を読んでしまえば私は新しいシキシマ成分を得ることができなくなるんだよ!?だったらこの世のありとあらゆる人間にシキシマ認知してもらうために映画を見てもらって、まあうんもう称賛されないことは理解してるから称賛しろなんて贅沢は言わないので批判でもコキおろしでも何でもいいから私に新しいシキシマを見せてよ!あなたの目から見たシキシマは私にとって新しいシキシマからそれを感じさせてよ!お願い!

って思ってこのエントリを書きました。

ついでに前編を凌ぐクソ映画の後編では

「国のお偉いである国村隼が芋女が落とした芋をわざとらしく踏んで悪役アピールをしたのでミスリードかと思ったらまじで悪役でなおかつ最初に壁壊した巨人ラスボス」で、

「その国村隼にレジスタンス扱いされてたシキシマミスリードかと思ったらまじでレジスタンスで実は巨人になれ」たり、

私がシキシマ教徒の先輩だと思ってた「水原希子全然シキシマのこと好きじゃない」のに

そんな「水原希子三浦春馬に敗れたシキシマがぺらっぺらの言葉をかけられて国村隼に最初不発弾を抱えて突っ込んで無理心中」をしたり、

無意味に「三浦貴大が死んだ」り、

カップリング厨の監督による先の電車カップルと同レベルのアルサシャのいちゃいちゃを見せられたりするけど、

後編のシキシマははっきり言ってただのDV男なので見なくて大丈夫です。

とりあえず前編を見てくれ。

そして時間と金無駄にした本気のヘイトを見せてくれ。頼んだぞ。

何でもいいからシキシマ認知した人によるシキシマへの感想が見たいんです。よろしくお願いします。

2015-08-04

実写映画版「進撃の巨人批評違和感

感想なら、クソを素晴らしい香りと言おうが白地図に対して白い!と文句をつけようが自由だ。

だが、「進撃の巨人」と「Mad Max: Fury Road」を並べて批評するのは、適切だろうか?

クソリプ、という言葉がある。便利かつ端的だ。

例えば、最近映画だと『ドラゴンボールZ 復活の「F」』がある。

フリーザ進化形でゴールデンフリーザってダセえ!子供か!」と言うのはクソリプだろう。

無意味比較

作品の質を「進撃の巨人」と比較するなら、「スポンジ・ボブ 海のみんなが世界を救Woo!」とかのハズだ。

フィニアスとファーブ ザ・ムービー」と「映画けいおん!」を比較してはいけないのだ。

どちらが偉いとか、どちらの方が優れていると言う意味では無く、分類が違うのだ。

同じ図鑑に載っていない。動物園なら違うコーナーに展示されているのだ。

似ていても「パシフィック・リム」と「巨神兵東京に現わる」を比較するのは違うというのは判るだろう。

同じように「Mad Max: Fury Road」と「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」の比較ナンセンスだ。

羽生善治と町内一将棋に強い八百屋の親父の打ち筋を比べるような、傲慢でかつ無意味比較だ。

なぜ、「ローレライ」や「日本沈没」での実績がある樋口真嗣監督を、

音痴だがタップダンスの上手いペンギンタップペンギン世界を救うという

愛らしくもマッドさとは無縁な「ハッピー フィート」でアカデミーまで取ったジョージ・ミラーと比べるのだ。

ペンギンで稼いで世紀末映画撮れるって小躍りするジョージジョージだが)

映画目的

例えば、樋口真嗣は「日本沈没」で国内50億から稼いだ。

パシフィック・リム」は、全世界でこそ400億だが、日本に限ればわずかに15億の興行収入だった。

まり広報宣伝テレビが大きく絡むキャスティング出資者の納得するシナリオ必須など、

魑魅魍魎跋扈する邦画界において稼げる稀有監督が、樋口真嗣なのだ

その意味で、「みんなの感想面白いけど批評としてはなんか違う」というのを言語化するきっかけになった

壁から出ることを拒んだ制作者たち 進撃の巨人 ATTACK ON TITAN - 小覇王の徒然はてな別館が「ハンガー・ゲーム」や「メイズ・ランナー」をあげているのは、実に慧眼だと思う。

内気な女子高生イケメンバンパイヤが恋をする少女漫画のような「トワイライト」とか

高校生になると性格診断で中二病名前グループに振り分けられて争う「ダイバージェント」とか

様々な欲望をストレートに発散できなかった鬱屈を青臭さでコーティングしたようなヤングアダルト映画比較すべきなのだ

クソリプにならずに批評するには

そうした文脈を踏まえれば、以下のポイントが見えてくる

  1. 芸術作品ではなく、娯楽商品として稼ぐ映画
  2. ごくパーソナルな悩みや疑問、恋愛友情などを描く
  3. 思想整合性、筋立てなどは、描きたいシーンよりも優先度が低い

これを外すと、クソリプになってしまう。

大金庫の奥に女性たちを大事保護し、同時にモノとして扱っていると端的に示すシーンや、

急な方向転換にもボス意向確認してから迅速に隊列を組み直すウォーボーイズ

轢くまいと同乗者を無視して咄嗟ハンドルを切るイモータン・ジョーの姿など、

アレだけ判りやす演出しながら終始ハイテンションマッドマックスとは違うジャンル映画なのだ

文脈を踏まえた上で「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」を観ると

娯楽商品は、まず手にとってもらうことから

三浦春馬水原希子渡部秀などで、顔立ちの整った役者

國村隼長谷川博己などで、演出意図を汲める大人枠を

石原さとみピエール瀧高橋みなみなどで、広報班を

桜庭ななみ松尾諭本郷奏多などで、演技の締めを

水崎綾女武田梨奈などで、お色気担当

主要なキャスティングで、手堅くまとめている。

所属事務所の調整がエクストリームなのに、比較的演技派で固められている。

演技や配役に関しては、さほど文句は出ない(観た人が納得する)キャスティングと言える。

かつ、きちんとバラエティー出演やワイドショーで取り上げられやすい人を入れていて、広報的にも万全。

日本映画は(洋画邦画も)「テレビ宣伝→一斉に人が来て儲かる」という流れなので、

たまに演技の素人さんが入るのもご愛嬌なんだけど、そんなことはない手堅い布陣。

はてブよりさらに「あのシーンが良かった」をする観客向け

はてブは、ワリと「要旨全無視で1行だけにツッコム」という日本人(主語)の減点指向を振り返る場所だが、

邦画を観る観客は、それよりももっと訓練されている。

面白かったね!じゃ、ご飯食べてラブホ行こっか」みたいなカップルとか、

「カッコ良かったな!キモかったし!カラオケ行こうぜ!」みたいな高校生とか

「あのシーン泣ける~とツイートしたしファミレスお茶行こ」みたいなグループとか、

ターゲットとなる観客たちにとって、本作は微妙ラインではある。

要らないエロがある。エロならエロ、重いシーンなら重いシーンと、きちんと分けないと観客が戸惑う。

また、主役級のキャラクター動機フラフラすると理解できずに置いてけぼりになる観客が多くなるので、

その意味で単純に「必要のないシーンが有る」「描きたいシーンを繋ぐシナリオが甘い」という残念な出来ではある。

描きたいシーンが、大きなウリになる

矛盾するようだが、シーン優先、つまり場面やある瞬間の一連のお芝居だけを覚えて帰る観客は意外に多い。

機関銃ぶっ放して快感言っとけば客が喜ぶ時代から人間さほど進歩してないとも言える。

特撮は流石に良い出来で、その点を見に行くのであれば問題はない。

ただし、ドラマパート監督脚本思想によるものか、全体を通して複数人レビューを受けてないお芝居に見える。

動機付け感情の流れ、イベント対応演出、全てがパッチワークというよりは、ツギハギになっている。

まとめに代えて

クソリプ良くない。

例えばオーストラリアゴア映画と、ハリウッドマイケル・ベイ映画比較しても意味は無い。

同じように「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」と「Mad Max: Fury Road」との比較ナンセンスだ。

キチンと適切な比較対象を持ってきた上で、クソな部分をクソだと言うのが、批評だ。

儲かる、だがしかし面白くはない。ハリウッド映画とは方向性が違う。

そういう実に邦画らしい邦画で、ちゃんと儲けて実績も残ると思う。

たぶん、次のゴジラもそういう映画になるんじゃないかな。

平成ゴジラハリウッド2回めGODZILLA中間みたいな。

個人的には、町山智浩文句つけながら諫山創ヘッドギア脚本書いてもらえば良かったと思う。もう遅いけど。

総評としては、「良いキャスティング」「演技は良い」「特撮は良い」「シナリオは悪い」「演出は悪い」。

演技が良い分、邦画特撮映画としてはマシな方だと言える。まあ夏休み中高生若者向けだろう。

蛇足

映画には様々な見方存在するので、ハリウッド映画フランス映画が優れているというわけではない。

映画館内で飲み食いして踊る社交場になっているインド事情的には、フルコーラスで踊りが入っている映画が良い映画だ。

インドも南の方は保守的なのでそこまで騒ぐわけではないみたいだけど)

話題性テレビ宣伝して人に来てもらって稼ぐ邦画が悪いとは言わないし、そういう方向性もあると思う。

ドニー・イェン仕込みのアクション和風に落としこんで撮り切った谷垣健治だってワーナーからカネ引っ張る理由に「るろうに剣心」を使ったわけで。

好きな映画は見に行く、嫌いな映画積極的に見に行かないを徹底しないと、いつまでたっても方向性変わらないぞ。

世の中カネ稼いだものが偉い。勝てば官軍負ければ賊軍

 
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