はてなキーワード: 細田守とは
2020-08-07
沢田役の本谷有希子が後に大江健三郎賞、三島由紀夫賞、芥川龍之介賞の純文学新人賞三冠を獲るんだから世の中わからんよな。
2021-07-05
本来はサブカルど真ん中の人材なのになまじ一般層に届く大ヒットを飛ばしてしまったせいで、メインストリームに担ぎ出されてちょっとバツが悪そうに妥協しながら作品作ってるのって正直萌える。
でも私はカレカノの大ファンだったので「俺、庵野ぞ」みたいにゴミみたいな実験アニメにした庵野秀明を今でも許してない。
後に純文学新人賞三冠作家になる本谷有希子を見出したのは慧眼があったのかとも思うけど演技はゴミオブゴミだったので声優としては一切許してない。
思い出したらムカムカしてきたわ。
2022-01-21
■いまだに庵野秀明を許してない
新進気鋭の監督だったか何だか知らんが、俺の青春のバイブル彼氏彼女の事情を半分素人の学芸会にしたことを私はいまだにおこているよ。
2億歩譲って「生感」を出すためにリアルな高校生を採用したことは許すとしても、作画も演出も手を抜きまくったことは許されないよ。
ただ小説家少女の沢田亜弥に当時は単なる演劇科生だったが後に鶴屋南北戯曲賞、岸田國士戯曲賞、野間文芸新人賞、大江健三郎賞、三島由紀夫賞、芥川龍之介賞を受賞する本谷有希子を採用した眼力だけは認めてやってもいい。でも演技はヘタクソだったからやっぱりおこているよ。
>日本アニメーション特集 月刊ニュータイプ Selections Animation Odyssey 2003 ~検証! 監督たちの劇場デビュー作~
>https://www.kyo-kan.net/oshii-ig/report/200301106.html
>"押井「高橋留美子と僕の印象がよく似ているらしいんですね、兄妹みたいだと。冗談じゃないと(笑)。二人ともかなり怒ってた。初号の後、原作者の言葉をいただく儀式というのがあるんです、監督にとって裁判みたいな席なんですが。オンリー・ユーの後原作者が何を言ったか覚えてないけど、2本目は凄かった。『人間性の違いです』ってその一言言って帰っちゃった(笑)"
これとオンリー・ユーの反応比べてみる
>高橋 「オンリー・ユー」なんかは手を叩いちゃったんですけど、あの後で見るとちょっと難しいというか。
https://twitter.com/htGOIW/status/1527568789923311617
オンリー・ユーの時は手を叩いてしまうぐらい受けたのにBDの時は『人間性の違いです』の一言だけ言って帰った
押井守も周りの関係者もこれを怒ってないと思うのは無理じゃないか?
ことの発端の椎名高志の発言はただの憶測だし、このBDの話は昔からあるから文春とかメルマガの近年の押井守の発言を根拠に出されてもそんな最近出てきた話じゃないし、そんな簡単な話じゃないだろって思った
最後に俺が声を大にして言いたいのは攻殻映画もSACも見なくていいから漫画を読め!シロマサはいいぞ!
追記終
>ysync 監督の色がつくのはある程度仕方ないのかもとも思うけど、自ら「原作者激怒」と吹聴は絶対にリスペクト無いだろ、はよ消えろ老害。
「原作者激怒」と発言してあちこち言いふらしてるってのはちゃんと確認したの?
あなたの「はよ消えろ老害」を「はよ死ね老害」に捏造されたら困るんじゃない?
追記終
高橋留美子先生と縁深い椎名高志先生「私の知る限り、某先生は某映画に別に怒ったりはしてないはずだ」反応「ビューティフルでドリーマーな映画のことかな」/『押井守のうる星やつらビューティフル・ドリーマーに原作者激怒』デマの出所は?
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1889879
椎名高志のツイートは一次情報でもなくてインタビュー読んだ感想じゃないの?奥方がアシスタントだったのは関係ないわ
ブコメにもあるけど本人がそう言ってるからそのまま受け取るのはおかしいし、公での発言なら何でも本心を語るものじゃないだろ
https://twitter.com/htGOIW/status/1527568789923311617
高橋留美子氏については押井氏が「(試写会の後)『人間性の違いです』とひと言だけ言って帰っちゃった」
https://twitter.com/straydogs_roost/status/1312654143895400449
ソース無い。ツイート主はアニメ関係のライターで押井守の情報サイトやってる。
以前私が伊藤和典氏に聞いたところによれば「(製作会社の)キティとか(TV局の)フジとか高橋留美子さんにもすごい評判が悪かった」
https://twitter.com/straydogs_roost/status/118627547926896641
85年に出たムック本「お客さんとして大いに楽しめました」
https://twitter.com/Ryu_Hikawa/status/1527643666881228800
https://twitter.com/sTwoJapan/status/1439203397308010501
>「完成度が高く、嬉しいですが、押井氏のカラーがもっと前面に出た方がよかったかな……とも思います。スタッフの努力が実ることを祈るだけです。」(『ぱふ』 1995年12月号)
もっと前面に出た方がいいとか・・・まー好きな映画にBDと天使のたまご上げるぐらいだしな
むしろSACで素子をハイグレ露出狂に変えられたのと神山監督に不義理な対応されたのにキレてるのが攻殻1.5巻で読めるぞ
細田守監督といえば「時をかける少女」や「サマーウォーズ」で有名だし、
近年でも金曜ロードーショーで何度もリバイバルされたり、サブスクで定期的に見放題になるので知っている人も多いだろう。
私は細田守監督作品が好きだ、出会いは1999年の劇場映画「デジモンアドベンチャー」(20分映画)、
それに続く2000年の「ぼくらのウォーゲーム!」(40分映画)だ。
どちらも非常に短い上映時間にも関わらずそれを感じさせない魅力が多く、本当に大好きだ。
「サマーウォーズ」は「ぼくらのウォーゲーム!」のセリフリメイクとして、デジモンアドベンチャーを見ていなかったひとにも勧められる高品質な映画として大変嬉しかったし、絶対に映画館で観続けてやるぞと思うようになった。
しかし、「おおかみこどもの雨と雪」を皮切りに、細田監督はスタジオ地図という独立スタジオを立ち上げて映画を作るようになったのだが、どうにも様子がおかしい。
様子がおかしいというのは語弊があるかもしれないが、なんだか「感動路線」や「国民的映画」というのを意図して作り出そうとしている印象を受けた。
そして「バケモノの子」「未来のミライ」といった映画を世に送り出したわけだけれど、クレジットを見ると「時をかける少女」〜「おおかみこどもの雨と雪」まで脚本を担当していた奥寺佐渡子氏の名が消え、細田守氏が直接脚本を書くようになっていた。
おそらく観た人の評判から「未来のミライ」のことはご存知の方も多いと思うが、その他も脚本の質としてはかなり低品質に思えた。
具体的には登場人物の感情曲線が支離滅裂で、動機と行動に一貫性がなにもない。
作りたい展開を作りたいように継ぎはぎしている。
そういった印象を受けた。
そして、満を辞して公開された「竜とそばかすの姫」は極力期待しないようにして公開日に劇場へ足を運んだ。
だが、自分は少しは期待していた、なぜなら舞台が「ネット上の仮想世界」ということで、原点回帰のような面が伺えたからだ。
独立後は自然派やファンタジーに寄った作品が多かったので、監督のオタク的心理を取り戻してくれると少しは期待してしまっていた。
しかしいざ観た内容は、「時をかける少女」と「サマーウォーズ」を足して薄く引き伸ばして再生産し、モヤモヤっとしたまま〆て終わりのような作品だった。
最後のスタッフロールで全国の日本テレビ各局番宣スタッフが長々と列記されている部分だけが色濃く脳裏に残っている。
もちろん、場面の絵作りとしては高品質なところもあるし、単純にミュージックビデオとして見ればそう悪くない場面もあることはあった。
しかし、それらを踏まえても、一本の映画として観た場合に違和感やモヤモヤばかりを劇場の外に持ち帰る脚本はいただけないなと思った。
「感動路線」「国民的映画」を目指しているそぶりは続いていたが、感情移入できるキャラクターも「観てよかった」「おもしろかった」と太鼓判を押せる要素も消え失せていた。
「美少女」という単語と「萌え」の接点は深夜アニメとエロゲ―じゃないかな。
(こういうとフェミが「ほらみたことか!萌え絵はエロだ!ポルノだ!排除しろ!」と騒ぐかもしれないが)
一般的に深夜アニメ・恋愛アドベンチャーゲームは「美少女アニメ」「美少女ゲー」と呼ばれてたので、一定年齢以上だと萌えと美少女はイコールなんですわ。
エロゲ最盛期?の2000年代中期くらいでも、既に「萌え」という言葉は浸透していたが、ジャンル的には「美少女ゲーム」と呼ばれてた。
しかし、だからといって「現代萌えの起源はエロゲ」と言い切れるほど単純ではないと思う。
「デ・ジ・キャラット」なんかも今の萌え絵の直接的起源だと思うが、別にエロゲではない。
さらに言えば、デ・ジ・キャラットのこげどんぼの源流はアニパロ誌「ファンロード」にある。
ではファンロードの起源はと、そうやってどんどん遡っていくと、やはり「シベール」とかの話になってしまうのだなあ。
で、個人的な感覚で言うと「現代萌え絵」とか「美少女絵」って、
漫画とかパチンコよりも前に「ゲーム」で目にしやすかったんじゃないかなあと思う。(エロゲ―に限らず)
今の「一億総萌え絵時代」よりも前に「一億総ゲーマー時代」があったわけで。
萌え絵の一般への浸透の話では、ゲームやゲームソフトの販売コーナーで萌え絵に親しんできた土壌があると思うんだよな。
「ガンガン」の話があったけど、あれもゲーム系の会社の雑誌なわけで。
ゲームにそこまで詳しくないからあまり実例を上げられないが、「テイルズシリーズ」なんかは初期から藤島康介がキャラデザだ。(藤島康介も現代萌え絵に貢献した作家だと思う)
ちなみに『エウレカ』の吉田健の絵柄は、『OVERMANキングゲイナー』でカプコンの花形イラストレーターだった西村キヌ、エロ漫画家の胃之上奇嘉郎と三人でデザイン作業をしたことからああなったと思われる。(三人とも似てる)
意外に思うかもしれないが、この中では西村キヌが一番「萌え」色が強い。メインの宣材イラストではなく、少し気の抜けた時の絵はとにかく可愛いし、こたつでみかんを食べたり完全に「日常系」の系譜だ。
で、カプコンから格ゲーの話をすると、「ギルティギア」シリーズが結構大きかった気はする。
かなり萌え成分が多く、なおかつゲームシステムも他社の格ゲーよりも入力が簡単で、画面もアニメ的にスムーズで、素人でもプレイしやすかった。
(田舎にいたからかもしれないが、「女性専用台」を初めて見たのもギルティ)
あと、ゲームだけじゃなくて、やはり「涼宮ハルヒの憂鬱」(それに続く「らきすた」「けいおん!」)の一般への影響はすごかった。
個人的な話だが、それまで「深夜の美少女アニメ」を見ているなんて話は、よほど仲のいい友人にしかできなかった。
(そして、それでも引かれる。何せ、今を輝く細田守の「時をかける少女」を劇場に見に行くという行為がぎりぎり白い目で見られる時代だったのだ。信じられないが)
作品の質に加え、テレビでたまたま見かけたという言い訳が可能なこと、携帯電話の普及で中高生でもネットが利用しやすくなり、趣味の話題が思う存分できたことも大きいと思う。
「萌えの一般への浸透はパチンコ」などと言われることが多いが、ごくごく一部の話でしかないと思う。
家庭教師をしていた知り合いによれば、ハルヒ放映時にすでに中学生の男子の間で人気だったらしい。
あと結構大事なのが、意外にも「モーニング娘。」じゃないかと思う。
そもそも90-2000年代は「アイドル冬の時代」と呼ばれていたほど、アイドルらしい女性アイドルがいなかった。
「見た目や衣装が可愛い女の子」にみんなでキャーキャー言う文化が、今では考えられないほど少なかったのだ。
今のアイドル文化の大きな柱となると同時に、「アイドル=可愛さ」と「スポ根」(オーディションの勝ち抜きや、映画「ピンチランナー」、フットサルチームのガッタス等)を両立させた点も、オタク文化に共通するものがあるのではないだろうか。
かたや、「紙コップで乾杯」「目覚まし時計が壊れてしまった、目覚まし時計を買いましょう」というつんく♂の気の抜けた歌詞も、今の「日常系」の感覚にかなり近いと思う。
とにかく、可愛さをめでるアイドル文化が育まれたからこそ、萌えが浸透する余地が出来たのだと思っている。
と、
とりとめもなく萌えの話を描いてしまったが、「どれが萌えの浸透の一番の要因か」という話は非常に難しいと思う。
そもそもエロゲ絵には女性作家の貢献が大きいとか、少女漫画などへも話が広がるので、個人でこれをまとめるのはすさまじい労力が必要なのだ。
保守的なイメージのあるNHKが「春ちゃん」で萌えに乗っかったのが2009年なので、とりあえずそれ以前の流れがポイントかとは思う。
フラ・フラダンスが爆死しようとしている
事前の予約状況が芳しく無いのである
やはりオタク向けに作られていない、がしかし一般向けにしては絵柄が微妙という結論が出てしまった
集客をディーンフジオカに頼むあたり製作陣の感性がズレ過ぎてる
おばさんにあの絵柄の映画を見ろというのか
罰ゲームに等しい
・誰に向けているのか
・誰にどう思って欲しいのか
ここらへんきちっと考えていないと難しい
細田守は性癖をしまって大衆受けしそうな要素だけぶっこんでとりあえず映画にしたものでキャリアハイなのである
どれだけ良いものであろうが市場がでかくないと映画というのはヒットしないのだ
宮崎駿みたいにオナニーで稼ぎたいというのは無理な話であれは鈴木敏夫という一流の詐欺師がそばにいたからで大衆を騙して売る技術を持ってる必要がある
とはいえ最近はネットのおかげで大衆を騙すテクニックがバレやすくなってきているからジブリが凋落したわけだが・・・