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はてなキーワード: 煩悶とは

2021-05-17

友人をネトストしたい。友人の推しキャラアイコンにし、友人と相互フォローしているクラスタフォローしてから、鍵垢フォロー申請がしたい。

もちろん、本当にそんなことをするつもりなんてない。休み時間に友人のアカウント名で検索して、友人の所属するクラスタ飛ばしリプライを見る程度だ。めったに更新しないアカウントらしく、頻繁にリプライが飛んでいるわけではない。だから、よくやり取りしているアカウント記憶してしまっている。

友人との付き合いは長く、学生時代からだ。元々は一緒に小説を書く仲間だった。友人が小説を書き始めたきっかけも、私がブログに詩を掲載していたからだ。紆余曲折を経て友人は小説デビューしたけれど、私は芽が出なかった。最終選考には残ったが、プロから小説に向かう態度が甘いと言われた。数年ほど公募に挑戦したが最後には心が折れた。

私は最善を尽くした。けれどもダメだった。結果は受け入れている。友人がプロデビューしたのは、友人がさら努力たからだ。けれど、最近はその友人もプロとしてではなく、小説サイトに連載することを選んだ。商業でやっていくことの大変さを知ったからだ、と言っていた。自分よりも構成キャラクター造形が優れているのに、すごくもったいなく感じている。私よりもずっと読まれるべき作品を書いているのに、商業出版しないなんて。私は友人の保護者でも何でもないのに、そうした気持ちになってしまう。友人の小説を隅から隅まで読んだわけでもないのに。むしろ、友人に対する嫉妬と作中の地雷描写のせいで商業作品より後の作品には眼を通していないのに。私はあなたファン一号、と言われたことをずっと引きずっているんだろうか。

私が友人に対して屈折した思いを抱いているのは創作にまつわることのほかにも、鍵垢で私よりも深くつながった友人がたくさんいるからだ。よくある話で、自分相手に向けている感情が、相手自分に向けている感情が大きいらしい。それだけのことだ。文学サークル時代にもそういう友人がいた。私が一方的に憧れて毎週のように会いたくても捕まらない相手がいた。

友人にも、私のあずかり知らないところでやりたいことが山ほどあるのだろう。だから、友人にこっちに振り向いてもらおうとは思わない。でも、複雑な家庭の事情を私にはあまり詳しく話してくれなかったのは単純に寂しい。

それでも、数か月に一回飲みに誘ったとき、なんだかんだ言いながら顔を出してくれるのだから、そこは素直に喜びたい。昔の人間関係にずっと執着してもしょうがない。書いてすっきりした。この煩悶ネタ小説を書くこともないだろう。もうちょっと職場で人付き合いをよくしよう。友人とも細く長く付き合っていきたい。

2021-03-29

シン・エヴァンゲリオン庵野秀明の手になる死海文書である

 ネタバレあり。

 つまり散逸してバラバラになった過去記憶の断片という意味合いで、それは死海文書なのである

 はっきり言えば今作で庵野のやりたかたことが十全に表現できているとは思えない。本来別の青写真があったにも関わらず、着地点が微妙にズレている気がする。

 例えば、アスカシンジ行方だとか、マリの作中での扱いとか、あるいは、ループする世界とか、月面の世界とか。

 そういうものが完全に描き切られていたとは思えない。

 庵野忸怩たる思いなのではなかろうかと、外野ながらに推測する。

シン・エヴァンゲリオン庵野秀明の手になる死海文書である

アスカシンジ行方

 アスカヒロインであるしかシンジとは最終的に結ばれることは無かった。最終的に彼女の心を射止めたのは相田ケンスケである

 正直なところ、アスカの扱いがやや雑なのは否めない。当方アスカ派なので、「お、おう」といった気分である

 庵野秀明がアスカ役の宮村優子にフラれたのが原因であるとか、そういう説もある。

 実際のところよく分からないけれど、要するに庵野自身アスカを受け入れられない理由があったのは間違いあるまい。旧劇のラストシーンに見られる通りである

 旧劇のラスト解釈は様々に別れるのだけれど、アレは結局、他者自己エゴの延長としてしか捉えられないことへの絶望だったのではなかろうか。

 他者を愛しているはずが、結局他者を介して自己投影し、その自己愛着しているに過ぎないことへの絶望があのシーンには表れていたように思う。

 他者に決して行き着くことのない煩悶こそが、旧劇のラストシーン意味ではないか個人的には思っている。

 とは言え、旧劇における破滅的なラストを、今作で繰り返すことは無かった。

 否定的評価を随分と集めている今作ではあれど、あのラストシーンの繰り返しにならなかったことは庵野における重要進歩であることは間違いない。あれをもう一度繰り返さなかっただけでも、今作は評価に値する。

 庵野アスカへの執着を振り切り、別の愛を見つけたのである

 それは良いことなんだけれど、やはり視聴者としては少しばかり置いてけぼりなのだ

 そして、マリ=モヨコ女史説が頻りに訴えられている通り、マリ庵野にとってどこまでもエゴとはかけ離れた場所からやって来た存在であり、だからこそ、エゴ呪縛に苦しめられることなく、庵野マリヒロインとして愛することができたのではないかと、そう思う。

 それにしてもシンジ心理描写も雑であるそっくりさんとの悲劇的な離別を経て、彼が何かを学んだことは間違いない。

 つまりそっくりさんクローンであり、偽物であったとしても、その一回の生を全力で生きており、そこに生命尊厳があったのだ……ということをシンジは学んだのであろう。

 これは、後述のループ世界観とも合致する成長プロセスである

 とは言え、やはりその描写簡素というか説明不足な感が否めない。というかまだまだシンジは「神話になれ」と唄う例のテーマソング示唆する精神状態には、行き着いていないのではなかろうか。まだ成長の途上段階なのではあるまいか。まだ、父親を救済できるほどの人格を備えてはいなかったのではあるまいか

 彼は本当に神話になれたのであろうか。

 ラスト近くにてゲンドウを救済するシンジくんの姿に、些か置いてけぼりの感があった。

マリの作中での扱い

 散々言われている通りである

 庵野氏が相互的な愛情をほぼ初めて維持できたのが、伴侶であるモヨコ女史との関係性だったのだと思う。

 庵野エゴの外側からやって来た彼女によって、彼はエゴ呪縛から解かれたのであろう。

 でもそのエゴ呪縛が解かれるシーンを作中でちゃんと描いてないから、やっぱり展開が唐突に見えてしまうのだ。

ループする世界

 あの世界はループしているというのはもはや自明だったと思う。真っ赤になった海は、旧劇のラストシーンの流れを受け継いでいる。

 また、貞本義行によるコミック版のラストシーンもまた、ループを思わせる展開に収束する。

 エヴァ世界ループしている。それが庵野秀明の世界であることに間違いはあるまい。

 我々の暮らす宇宙は遥か昔にこの座標に生まれ、未だにそのエントロピーは激しく運動し続けている。

 しかし、いつかはそのエントロピーが相似形を描き、同じような結末と始まりを繰り返すのではないか、などと想像したことのある諸氏は多いことと思う。

 エヴァ世界は、そのような意味合いループしている。その周期は何年周期なのだろうか?

 相対性理論的に、物体運動に基づいてのみ時間を測定しうるのであれば、そこに時間的経過を求めることは難しそうだけれど。

月面世界

 Fly me to the moon.

 And let me play among the stars.

散逸した記憶としての死海文書

 人々の記憶を結びつけるものを俺は描いてもらいたかった。

 何度闇を潜り抜けても息づいている記憶の姿を全力で描いてもらいたかった。

 庵野が描いてくれたものには、ある程度は満足することができたのだけれど、完全な青写真ではなかった感がある。

 それはあくまで、後世に受け継がれた、散逸した記憶の断片の内の一枚に過ぎなかったのではなかろうか。

 まだ、散逸した断片は幾つもこの世界残留していることと思う。

 それを繋ぎ合わせるのは庵野ではなく、この世界に無数に存在している無名有名のクリエイター達なのかもしれない。

2021-03-14

恋愛ゲームから降りられて本当に良かった

自分は数年前に結婚できた(元?)非モテ男性なんだけど、結婚したこと恋愛ゲームから降りられて本当に良かった、というのが、noteの某記事を読んでの感想

女性ダッチワイフであるかのように眼差すホモソーシャル的な男の子ノリには小学生の頃からまったくついていけず、そうかといって、いわゆる女心の機敏みたいなものにも疎くて当然モテるわけもなく、周囲からちょっと爪弾きにされたような感じで人生の大半を過ごしてきた。

でも、そういう立ち位置にあったって、自身の内側からは多少の性欲や孤独感が湧き出してくるわけで、そうした衝動かられて異性と良い仲になりたいと思ったりもしていた。イケイケの男女の交際恋愛理想的祭り上げる世の中の雰囲気価値観もそうした衝動に一役買っていて、自分モテないという事実必要以上に焦っていたと思う。

性別考慮するより前に相手人格尊重したいと思うのだけれど、そうした内外の圧力によって形作られた衝動ときどき理性を裏切り、あわよくばもっと仲良くなれないだろうかという感じで、男性相手であるときにはしないような内面への踏み込みの試みを、女性相手したことが何度もある。それはたとえば、偶然を装ったメールを送って会話を続けてみることだったり、一緒に街を歩いたり美術館に行ってみませんかと誘ってみることだったり。

当時の自分としては、嫌なら断ってもらえれば良いし、という気持ちでそうした誘いを投げかけていた。けれど女性からすると、下心の透けて見えたかもしれないそうした誘いを投げかけられること自体不快だったかもしれないし、男性から女性に対して絶え間なく押し付けられる性的ハラスメントに連なるものとして、忌避感を抱かれていたかもしれない。冷静になると、そうした男性としての自分の業に嫌悪感を抱き、異性にそうした迷惑をかけるくらいなら自分は一生ひとりで生きていくのだとも思う。けれど、内側から湧き出してくる性欲や孤独感が理性をたぶらかし、いつしかまた女性に「あわよくば」という誘いかけをしている自分を認め、自己嫌悪に陥るのだった。

今考えて唯一救いに思えることは、社会的立場自分より下にある女性に対しては、そうした誘いかけをしなかった(と思っていたけれどひとつだけあった。業が深い…)ことだ。

恋人配偶者などのパートナー自身にいない状態では、内側から湧き出す衝動に突き動かされ、しか獰猛男性性を理性は拒否し、ダブルバインド状態女性に接することになる。自身の下心と格闘し、相手の心を読もうとし、自分がどう思われているか好意を持たれ得るのか、メタメタ視点を重ねて自身相手のことを考えに考えるが、答えはどこにもみつからない。

こうした葛藤と心の読み合いの恋愛ゲームは本当に自分を消耗させる。もし自分がこうした煩悶なく、目の前の相手性別関係なく対等な人間として向き合うことができればどんなに良いだろうかと、何度も何度も思うのだった。

そんな時代を経て、私は運良く結婚することができた。そして、この恋愛ゲームから降りられて本当に良かったと思う。当時、パートナーも異性との駆け引きみたいなものに憔悴しており、お互いに早くこのゲームから降りたいということで、付き合いはじめてからすぐに結婚しようということになった。

誰かの配偶者という立場になることで、もう相手を探さなくていいのだという安心を得ることができ、他者からは「この人は下心を持って私に接してきているのだろうか」と思わせてしま負担を減らすことができる。独身時代は、性別関係なく人間として惹かれた異性に対し、もっと相手のことを知りたいと何らかのアプローチを試みていく際、下心を持って接してきていると思われていないだろうか、という恐怖が常にあった。たとえ結婚していても不倫などはあるからゼロにはならないものの、夫というステータスを手に入れ薬指に結婚指輪がはまっている現状、異性との人間関係を構築していく際、過剰な自意識に悩まされる場面はだいぶ少なくなった。

女性からすると、気持ちの悪い下心を振りまいておいて、贖罪もなしに自分だけ「あがり」になってまたこんな気持ちの悪い文章を書いているのかよ、ということになってしまうかもしれない。そんな人間がこんなことを言うのはまったくおこがましいかもしれないけれど、誰しも目の前の相手性別関係なく対等な人間として向き合うことができればどんなに良いだろうか、ということを心の底から思う。

2021-03-12

anond:20210302175818

こういう風に長文かける人はそれだけ煩悶・自問自答しているわけで、ヴィーガンになる傾向があるだろうし、

99%の人間はそんなに深刻に考えられないという意味で、すばらしいプロセスだと思うよ

仮に動植物ありがとうとか一緒にいてくれて助かるとかいつもお世話になってますと言ってくれるなら、それは人間が何をしたときなんだろね

これはワイの考えやが、人間に置き換えればええんちゃう

かりにだが羊に生まれたとしよう。

それで広い空気きれいな牧草地で仲間と一緒に草をはんだり遊んだりする。

春になるとバリカンで毛を刈られてスースーする。

羊の間にしか見えないコミュニケーションがある。

ひょっとしたら1日が1週間くらいの密度かもしれない。

そして何年かすると、老人(老羊)になって死んでいく。

長年連れ添った友人たちも、さようならといっている。

長年、牧草地で草を食べさせてくれた人間や牧羊犬も、悲しそうな顔をしている。

長生きできたし、友達もいたし、悪くない羊生だったなあ」

「毛も何十kgも刈られたけど、まあそれで誰かぬくぬくしてくれるならええかw」

「ほなさいなら、ありがとなー」

って感じで、羊ながらに充実した人生を送れたと。

人間のおかげで、安全場所で、オオカミにおびえないですんだと。

その逆を考えてみよう。

まれた瞬間に真っ暗闇な空間にいる。

隣には病気や青白い顔の人間がたくさんいる。

糞尿にまみれた床で、動けるのは半畳ほどのスペースもない。

みんな何もしゃべらない。何も知らない。

太陽があることも、川があることも、牧草があることも知らない。

食べ物にはホルモン剤が入っていて、乳だけは張る。

しばらくすると人間に腕をつっこまれ受精させられる。

機械につながれて、乳が出る。

しばらくすると、乳がでなくなる。

エサが与えられなくなる。するとまた乳がでる。

それを繰り替えして、いよいよ乳がまったくでなくなる。

狭い一方通行の道を進まされる。

ガシャンと後ろのシャッターが閉まり、額に銃のようなものを充てられる。

ドン、という音がして、真っ暗になる。

なんだったんだろう、この体験は。なんだかよくわからないけど、すごい場所だった。

覚えているのは、青白い顔をした人がたくさんいて、乳が張って、食事がなくてひもじかった記憶だけ。

もしオスにうまれしまったら?

オギャーと生まれて、そのままスクラップ処理である

から男は全員、オギャーしか知らない。

広い世界を歩いたり、水を飲んだり、太陽がまぶしかったりすることを知らない。

ママどこー?って泣いてたのだけ覚えてる。

しばらくしたら、全身がバキバキという音を立てて、画面が真っ暗になったのだけ覚えてる。

(参考)世界家畜

https://honkawa2.sakura.ne.jp/0450.html

世界家畜頭数)

 FAO2014年データによると、世界人口は73億人であるが、牛は14.7億頭、豚は9.9億頭、羊は12.0億頭、山羊10.1億頭などとなっており、この他、水牛、馬、ロバ、ラバラクダなど大きな家畜を含めると合計して50.0億頭となっている。世界人口の4分の1は15歳未満の子であるので、世界全体で、だいたい大人1人当たり、約1頭家畜を飼っていることとなる。

 また鶏は採卵鶏あるいはブロイラー等として214.1億羽飼養されているので、人口1人当たりでは、2.9羽飼っていることとなる。

2020-12-23

anond:20201221230333

人生意味を見つけるために子どもを作るのはやめよう。

無意味さに絶望しながら、苦悩と煩悶を引き受けて生きよう。

2020-10-29

フェミニストの話が食い違う理由

フェミニスト表現規制話題で新作が出ました。

https://b.hatena.ne.jp/entry/blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/2004043.html

今度はこの江口寿史っぽい女性イラスト問題だと。

 

1.「とぼけている」という頻出問答

イラストを見た感じ、露出度は高いですが、まあイケイケ感ある夏の水着と言う感じで、

卑猥描写18禁的な描写がないことはどの立場の人も同意できると思います

実在女性がこの格好で夏の海岸などを歩いても逮捕されることは無いでしょう。 

 

では何を問題とするのか。

どのような論陣を立てて当該イラストを取り締まるのか。

これは規制の側に立つ人へ説明を求めて良いことですし、規制側に説明責任があります

はてなでの陣営トップコメントは以下のような物でした。

 

tobaritooth

別に私は元の看板問題だとは思わないけど、美人かどうかじゃなく生々しさの問題だってことぐらいは理解できるよ。

つかみんな理解してるのにすっとぼけてるだけだよね。

2020/10/29

この「とぼけている!」という怒りの声は

この種の規制問答で規制フェミニスト陣営から繰り返し出てくる特徴的な物です。

 

声高く何かを糾弾し、

その問題点や規制根拠を尋ねられたフェミニストサイドはしばしば

理解できるはずだ!なのにとぼけている!」と激昂の声を上げてきました。

ポイントは、主張の根拠論陣について質問された時に返答がこうなるということです。

 

Q.「あなたの主張の根拠わからん説明を求める」

A.「理解できるはずだ!なのにとぼけている!」

 

このやりとりはあまりにもしょっちゅうます

これはなんなのでしょうか?

 

 

2.フェミニスト側が考える「説明

結論から言うと、

双方の考える「他者への説明で満たすべきライン」が大幅に異なるためにこれが起きています

 

規制側・フェミニスト側の人達

「これを見て私の感情マイナス方向に動いた」ということで社会的アクション理由説明に十分だと考えています

「生々しい」とか、「なんかエロい気がする」とか、「キモい」とか、「オタクがこれ見てシコってそう」とか、

そういう瞬間的にハッとする心の動き。

 

ですからそのアクションに対して、同意されなかったり、反論されたり、根拠説明を求められたりすると、激昂します。

「え?なんでか説明して?」

とぼけている!」

明らかに相手とぼけている、私の心を無視して踏みにじっている、というわけです。

 

私の気持ちが現にある。

なのに賛同しないどころか説明を求めてくる。

この相手は私の心を否定している、許しがたいほど不誠実である

から怒る。

  

 

3.質問側が求めている「説明」 

ですが、説明を求めている側はそういうことを聞いてはいないわけです。

感情の動きは誰にでもあります

イラストを見れば何らかの心の動きは万人にあるでしょう。

そこがあるとかないとかを争われているのではないわけです。

 

かくいう私だってたとえば宇崎ちゃんの絵は下手糞な気持ち悪い絵だと思います。忌憚のない意見って奴っす。

しかしこの個人的な「気持ち悪い」のような嫌悪感と言うのは

そのままで他者通用するような何かではありません。

「私は宇崎ちゃんが嫌い、あの絵がキモい。」「ふーん、あなたはそう感じるのね」そこまでの話です。

 

社会的運動をして、宇崎ちゃんの絵を取り締まろうとか、降ろさせようとするならば、

そういう個人的情動を取れたてそのまま未加工で大声で叫んだって駄目で、

「なぜそれが社会的に許されないのか」という論理的説明理論武装必要になります

規制を唱える人達説明を求められているのはこの論理です。

 

まずオフェンス面としては「言葉による定義」や「その定義に当てはまるもの社会的有害性のエビデンス付き証明」ぐらいは必要ですし、

ディフェンス面としては「同じ定義に当てはまるもの社会に大量にあったりはしないかのチェック」ですとか、「エビデンス恣意性がないかのチェック」ぐらいはしておかないと討ち死にリスク高まるでしょう。

 

そうやって規制の為の論理を立てて、

それを規制に反対する側の人達論理チェックされて、

反論されて、再反論して、ディベートになっていくわけです。

  

 

4.話の噛み合わなさが常態化している

しかし昨今のネットで活発なフェミニスト陣営と言うのは

「私の心にネガティブな動きがあった」で説明が終わりです。

論陣構築の能力意志ゼロ

 

宇崎ちゃんの件では厳しく説明を求められたせいで渋々ながら論理構築を試みて、

陣営トップの知恵者達によって「環境セクハラである」だとか「献血自主性の問題である」だとか後付け論拠が次々示されましたが

建付けが甘いのですぐ破れ、また別の誰かが頑張って新しい論拠を立てたので大挙して引っ越したけどまたすぐ破れ、

陣営全体で酔っぱらったヤドカリのような右往左往を呈することになり、

論理より先に「気持ち」があったのは明らかでした。

 

今回の香港の絵にしても、

「生々しいだろうが!」と頑張ったって、

そう感じる人もいるし、感じない人もいるし、そんなの人それぞれなんです。

 

更に、1000歩譲って社会万民満場一致で「この絵は生々しい」と同意されたと仮定して、

生々しいから何なのですか。

「生々しい」と「道に貼ってはいけない」を繋ぐ論理が全く提示されていません。

 

tobaritoothさんがこの絵を生々しいと感じた。

それは誰も否定しません。争う必要意味もない領域です。

tobaritoothさんが嘘をついているとか、tobaritoothさんの感性おかしいとか、そんなことも言われてないわけです。

 

ただ、

Q.「あなた感性気持ちは分かったけど、それで何が問題なの?規制の為の論陣はどうなってるの?

A.「あきらかに生々しいだろう!とぼけている!

 

これは絶望的に話が噛み合っていません。

  

 

5.まとめ 

tobaritooth

別に私は元の看板問題だとは思わないけど、美人かどうかじゃなく生々しさの問題だってことぐらいは理解できるよ。

つかみんな理解してるのにすっとぼけてるだけだよね。

2020/10/29

この発言問題点をまとめると以下の通り。

 

1.「生々しい」という感想自明ではなく定量的でもなく、そもそも立場の異なる相手との議論に適さない。

2.そのような言葉を選んでしまう・同意されないと怒りだしてしまう点で自己他者境界あいまい

3.仮に「生々しい」ことに同意を得たとしても、肝心の「生々しいもの規制するべき」の論理ゼロ

 

要するに

他者通用する論理を扱う気が最初からなく、

自分感情内面体験を何よりも尊重し、

他者もそれに従うべきだと純真確信している。

 

自分不快の意は疑いようがなく正しく、

その表出はただ「不快である!」で説明終わりで、あとは周りがいいように計らってくれるべきで、

不同意されたり質問をされたりしたら「まだわからないのか!」「とぼけている!」。

 

このライフスタイルで通るのは幼稚園児と独裁者だけです。

 

 

6.この人達の苦しみの原因

tobaritooth さんにしてもよく読めばかなりおかしな言い方をしていて

別に私は元の看板問題だとは思わないけど、美人かどうかじゃなく生々しさの問題だってことぐらいは理解できるよ。

実は看板の絵が問題なのか問題じゃないのかはっきり言おうとしていません。

 

規制論議をぶち上げるたびにさんざん根拠説明を求められては言葉に窮してきたため、

「これこれこうで問題である。したがってこの絵は社会から排除すべきである!」という大上段で対決する知性や気迫をもった規制論者やフェミニストは半ば絶滅して

規制をするとかじゃないし~」「問題だとは思わないけど問題だし~」

のようなクネクネした振る舞いが増えてきているように思います

 

個人的にはこの人達意識的であるとか悪意があるという印象は持っていなくて(太田弁護士を除く)、

自他の境界あいまいであるとか、

自分感情客観的に捉える能力がないとか、

そのために感情が動くたびに大問題が起きたと感じてしまうとか、

そのために”大問題”を他者に通じるコード言語化することが出来ないとか、

そのような煩悶真剣に苦しんでおられると思います。 

 

しかしこの種の人達社会思想が包摂してしまうことはむしろ

この人達の苦しみの原因を助長する動きしかしないのではないでしょうか。

そしてこの種の人達を取り込むことは、フェミニズム自体パブリックイメージ議論能力を下げるという形で

最終的にフェミニズムにも祟るであろうことはほとんど予知できることです。

適していない人には「あなたは別の科へ」と敢えて参加を断る勇気こそ学問としてのフェミニズムを守る道ではないでしょうか。

 

2020-10-25

家計簿はつけとけマジで

お金いか節約すべきかという話になると、よく出るのが「家計簿つけましょう」という話だ。

まあはてなーはそこ「あったりまえでしょ」という人と「むりっす」という人に極端に分かれそうだけども、「家計簿」というとつきものなのが「挫折」。

何故挫折するかとなると「手間に見合うと感じられない」ということだと思う。

「感じられない」というのがポイントで、「思わない」ではない。

さらに「長く続けないと効果がないと感じる」のもあるだろう。

要するにわかっちゃいるけど実感として手間と利益バランスしてないということなんだろう。

なので、重要なのは2方向から攻めることで「利益想像する」と「手間を減らす」とについて話すことだと思う。


まず利益について

これは感情的利益が明確にある。

「心穏やかになる」のと「エキサイティングチャレンジができる」だ。

家計簿というと出費を節約する為にやるものだと思ってないだろうか。

コツコツやった挙句、出費を我慢する為に乾いた雑巾を絞るような思いをする羽目になると。

節約について話し始めたのに、前提を否定するようだが、これはNOだ。

正確にいうと節約もできるが、それ以外にたくさんの可能性が開けるし、不意にガツーンとくる大きなストレスが減る。


過去現在支出をつかむということは、「減らすべきところを見つける」より「あとどれだけ使えるか正確に捉える」のと「未来に起きそうなことを予測する」効果が大きい。

先月の給料からいくら残ったのか正確に分かれば、来月、再来月の給料からいくら使う余裕が生じそうかわかる。

今今持ってる金からいくら使えるか、だけでなく、いくら使ったら何ヶ月で取り返せるかがざっくりとわかる。

まあ自営業だと給与所得みたく安定しないだろうけど、自営業で帳簿つけてないとそもそもそれ長続きしないだろう、そこら辺は給与所得者より神経質なはずだ。

まあ即ち家計簿つけてれば「まとまった金を使う時に過度に不安にならない」ということだ。

不安にならない」だぞ、はてなーにとってこんな魅力的な言葉あるか!?


それなら貯金通帳だけみてりゃ十分と思うかもしれないけど、それだけだとやや粗い。

出ていく金には毎月ほとんど動かない「固定費」と月によって支出に幅が出る「変動費」と時々発生する「臨時出費」がある。

これらがどういう配分かわかっていないと「生じそうな余裕」が見えてこない。

臨時出費」があったせいである時点の支出が膨れ上がり、将来においてもそれが発生するとぼんやり感じられて、余剰の予測が過度に少なく感じることはある。

うなっちゃうとそれは無駄我慢無駄ストレスだ。


もちろん「減らすべきところを見つける」こともできるけど、これは3ヶ月に一回か半年に一回やればいいと思う。

「減らすべきだなー、無駄だなー」と心理的に思ってることも、半年単位で見ても実は大した金額使ってなく、それより納得しているつもりで規模のでかい金食い虫が見つかるかもしれない。

そういうのは半年に一度整理すればその金額もっと有効に使える。

それで年末までにいくらまでリスクを引き受けられるかを掴んだら、そのお金でなにかにチャレンジするなりすればいい。

それはもうささやか小市民的ではあるけど、コントロールされたリスクだ。


繰り返すけど、家計簿は「もっと我慢する為につける」ものではなく、「もっと心穏やかに生きる為」と「もっと大胆にリスクを取る為」につけるものだ。

お金使ってもいいのかな、取り返せるような気がする、でも失うのが怖いな」という煩悶を「まあこれで失敗してもクッションできる金だってわかってるし」という心理で乗り越えられる。


ちなみに自分計算した挙句問題ないと判断した金額オンライン英会話ロボット掃除機洗濯機に使った。

英会話はまだまだだけど、ロボット掃除機洗濯機に関してはもう、すぐにメリットを感じている。

洗濯機は今まで徒歩5分にコインランドリーがあったのと、かつて洗濯機も置けないような狭さの部屋に住んでいた頃の生活記憶で慣れきっていて、引っ越し全然スペースができた後も金額の大きさに二の足踏んでたんだけど、コロナで在宅になったので、設置の時間も、その後の日々の洗濯いくらでも時間作れると思ってやっと買った。

結果、別にコインランドリーでも生活はできたけど、大幅に時間節約できてる。

ロボット掃除機についてははてなでは語り尽くされてると思うけど、時間節約できるのはもちろんのこと「ほぼ毎日掃除やってもらえる」日々は想像を超えた快適さだ。

ここら辺の「時間節約できたり手間を忘れられる物や事」を手に入れられればもっといろいろ考えられて、プラスのサイクルに突入していくんだよね。

やる前って「失う金」のことばっかり想像できるけど、「やった後の利益」はなかなか想像しづらい。

ホリエモンとか秋元康みたく「やれ、とにかくやれ」というのは彼らの他の発言キャラクターもあってなかなか反発心もわく話だが、ぼんやり見える将来の利益にむかって踏み切るのは大事で、それには度胸か工夫が必要になる。

それが人間だ。


閑話休題

挫折したらかけた労力の意味ないと思うかもしれないが、最低1ヶ月あれば、たとえ不測の事態で次の月に挫折しても、お金が入る→出るのサイクルが1個成り立つので、ざっくり予測はたつ。

まあもちろん続ければ続けるほど予測精度は上がるけど。

最低1ヶ月は必要

でも1ヶ月ならもつでしょ。

あと、早くからやってればいいのに今やっても遅きに失している、と感じてしまうかもしれないけど、この言葉を送ろう「すべての人類例外なく今後の人生において、今が一番若い



こうなってくると重要なのが「手間を減らす」だ。

これは「アプリを使う」と「3分以内にできることは即座にやる」「3日に一回は記録する」ということが重要だと思う。


アプリを使う」に関しては、自分はこれらのアプリから選んでやっている。

https://my-best.com/2204

買ったものはなならずレシートをもらうようにして、3日に一回はこれでパシャっとやる。

何らかの理由レシートが保存できないキャッシュレス決済は、「その場で記録する」か「まとめて明細がやってきた時に記録する」というふうにしている。


「その場で記録する」ケースが発生するのがスマホだけ持って出かけた時のバーコード決済などで、まあレシート持って帰ればいい話だけど、手ぶらで通したい場合に「3分以内にできることは即座にやる」対応をしている。

「まとめて明細がやってきた時に記録する」はカード決済などで、これは多少面倒だけど、ここに至るまでに他の手間を削減して余裕を作っておくことが大事だ。

なので、日々のレシートは「3日に一回は記録する」という態度がいいと思う。

1週間溜めても無理ではない。

実際じぶんはやってたし。

でも1週間分となるとレシート撮影し続けるだけで30分から45分くらいかかる。

そこは3日に一回の10分なら軽くできるし、毎日3分以内は考えなくても終わる。

こまめにやれば「あー、これから30分、レシート撮り続けるのかー」という重さがない。


ここら辺のそれでも若干のこる小さいめんどくささは「配偶者がやってくれる」「外注できるサービスを知っている」という人にとってはまあどうでもいい話だろう。

配偶者には表現できる限り最大限の感謝を示して、サービスに関しては教えてあげて、世の無駄な苦労をしてる人を減らして欲しい。

こんなことをするよりその時間で大きく稼ぎたいと思う人、家計簿つけてるとその大きく稼ぐためのチャレンジいくら投資できるか明確になるぞ。



ことほど左様に家計簿には利点が多い。

面倒くさいと思う人も、こころ穏やかに、そしてエキサイティングに過ごすため、家計簿をつけることを勧めちゃうぞ。

2020-10-07

anond:20201006215439

増田よ。大変だったな。辛いし自分に浴びせられる、身体を駆け巡る憎悪嫌悪身体燃え尽きてしまわないのは何故なんだと煩悶したりしただろう。職に関する描写の状況が変わっていないなら金が無い以上容姿の向上は難しいしこれからも大変だな。増田の今までとこれからに同情しかできないし、勝手に斟酌する失礼を詫びる。 

増田と実際に顔を合わせた瞬間に失礼な事を言わないでいる自信はあるが、怯んだりはするかもしれないな。増田描写によると。

しかしながら増田の男の非モテこそという言には賛成できないし、しない。

俺のような男こそが真の非モテだ。と言い、

同程度の容姿の女と比べてみるならまだともかく、男の非モテ千差万別であるのにも関わらずかなりのハードモードであることは間違いない自分基準に置き「“男だから”辛い」 「“女は”楽」だと。それは駄目だろう。

男の非モテを語るにも女の非モテ否定するにも増田の語りは主語が大き過ぎる。

増田のは一般的ぼんやりとした非モテを語るには特異なケースに過ぎる。モテ以前の話だ。 

女の非モテ無視するなと憤っていることの一つは、地獄に置かれて苦しんでいるのはお互いなのにお前のは苦しみと認めないお前が俺を苦しめていると断言することだ。

カンダタ蜘蛛の糸を独り占めしようとして同じ地獄から出たいと糸に掴まる他人を蹴落とし罵倒したが、増田は蹴落とす際に俺は地獄で苦しんだ人間だがお前らは苦しんでもないし俺を苦しめる獄卒だと叫んでいる。

2020-09-27

私としても、本当に被害者の方々には申し訳ないと思ってはいますしかし、反省しろ反省しろ、と言われるが、反省します、悪かったです、と額を地面にこすりつけて煩悶して何か変わるのでしょうか?もし交通事故が起きたなら、その右折レーンで対向車が見えにくかったからだ、などと原因分析をして、そうならないような信号の配置を考えるなどの「対策」を考えるはずです。

2020-09-23

身体ライン

私は身体は男で女の人を好きになることが多いです。

幼い頃から女の人の身体ライン特に曲線が美しいなと思っています

そこから、男の人の身体ラインも素敵だと思うようになりました。

痩せていても太っていても曲線ってのはあるもので、それなりに美しいものです。

おっぱいとかくびれとかお尻とか脚線美とかよく言われるところももちろん好きなのですが、

もう大人になってなんでもどこでも好きになってしまっています

例えば手首の細いところとかふくらはぎから足首のラインとか首筋のうなじラインとかもいいですし、

爪とかも綺麗だなって思います

この前はちょっとフェチぽいんですが、パンプスを履いた女性椅子に座ってちょっと踏ん張るような感じになった時に、

パンプスの中に土踏まずラインたまたま見えてしまって、すごく綺麗だしなにか靴の中で秘められた物のような尊さを感じ、

いい歳こいて中学生みたいに煩悶してしまいました。

当然セクハラとかはないし露見しないように振る舞うのですが、たまたま見えてしまう美しさには参ってしまうことがあります

皆さんもそういう人間身体ラインで美しいと思うところがあれば是非教えてください。

2020-09-13

anond:20200913203223

誠実っていうのは、相手不安にさせない、相手不安になった時に真摯に向き合うって事

そりゃ君定義でしょ。

例えば芥川龍之介の『開化の良人』で

その中にまた三浦が、沈んだ声で云いますには、『が、僕はまだ妻の誠実を疑わなかった。だから僕の心もちが妻に通じない点で、――通じない所か、むしろ憎悪を買っている点で、それだけ余計に僕は煩悶した。君を新橋に出迎えて以来、とうとう今日に至るまで、僕は始終この煩悶と闘わなければならなかったのだ。・・・

っていう一説があるけど、この三浦はめちゃめちゃ不安になってるけど妻の誠実を疑ってないんだよ。不安にさせないことが誠実ならこの時点で誠実じゃないよ。

2020-09-05

anond:20200904215143

批判側の意見は「ゾーニング問題である」という方向に収束しているらしい。子供の目に入ったらどうするんだ、と。

しろフェミニストミサンドリストの目に入ったら騒がれて面倒だから」という程度ではないでしょうか。「子供に見せるのはヤバい」と言う人がいたとしてもせいぜい建前で、実際にそんな心配をしている人がそれほどいるとも思えません。「という方向に収束しているらしい」というのはあなた思い込みか、あるいはそんな大人の建前論に引っかかってしまったがゆえに(あなたが「〝子供〟の立場からこのトピックで論を立てたい」と考えるあまり採用してしまった間違った(あるいはあまり意味をなさない)前提なのではないかと言う気がします。

18禁レーティングを、子供を守るためのものなんて本気で考えている大人は、ごくごく少数でしょう。それは「なにも考えてないから」ではなく、「大枠としてある子供と性という真の問題解決コストと労力を費やして社会全体として傾注するつもりがなく、といって当該のイシューが原因または遠因となって実際に子供が傷ついたとき責任も取りたくないから」といったところだと思います(まあ、そういうのはなにも性に関することだけではないです)。

大人というべき立場の人たちが、当事者である子供の性欲の「安全かつ倫理的」な解消に無関心なのはそもそも彼らに当事者性がないからです。彼らの中にも青春時代に異性や同性との関係を求めて煩悶した人はいるでしょうが、それでもどうにか切り抜けたり、あるいは同じような片割れをうまく見つけて乗り切ったり、それでどうでもよくなってしまったのです。放っておけば今の子供たちも適当よろしくやって育つだろうみたいな、一種生存バイアスですね(青春時代にしくじって身を持ち崩した人は、ここには含まれません。そんな人たちのなかには、次の世代の子供たちに同じ思いをしてほしくないと活動する人もいれば、逆に同じ目に遭わせてやろうと引きずり込んでくる人もいることでしょう)。

だいたい、そもそもみんながみんな若いからといってそこまで性欲に支配されるわけでもありません。そこを間違えると、単に個々人のフェティシズムを満足させるためというだけの成年向け創作を、隠された人間の本性を暴き描いて禁忌の扱いを受けた真実みたいに思い込むことになりかねません(そういう人こそ、本来「成年向け創作」を鑑賞すべきではない人だと個人的には思いますし、成年向け創作はそういう人に多かれ少なかれ実際に悪影響を与えていると思います)。性は究極のプライベートなので、親しい仲でもそうそ意見を述べ合ったりすることもない問題ですから、知見もたまりにくい。娯楽としての偏った性知識勝手に変な方向に積み上がっていくんですけどね。

ところで思ったのですが、

このnoteでは「フィクションに影響されてロリコン子供に手を出す危険性がある」という主張と「ロリコン子供に手を出さないのにその努力台無しにするな」という正反対の主張が混ぜられている。

このあたり以降であなたが書いていることを読むに、ペドファイル(ここに「ロリータコンプレックス」を含めるとしても、未成熟身体性を持つ少女への愛好のことで、成年女性に対しての性衝動は皆無か、あっても薄い)と、いわゆるロリコン趣味者(社会倫理としては許容されていない、制服を着た女子高生なども性の対象にする成年男子。機会があれば同世代女性とも普通に性的接触を行うし、また女子小中生であっても「女体」であれば性的対象となる)の意味の切り分けができていないので、話が通らなくなってしまっているように思います。後で出てくる「子供に手を出す人の7割はロリコンじゃない、という話、あれは信用していない」というあなたの考えありき――Wikipediaでいうところの独自研究――で話を進めているからですね。

そもそも大元ネタは成人男子男児型の人形を買って性衝動を語っているという話から始まっており、「ロリコン」の話ではありません(元ネタの人は自分男児ではなく女性が好きで、単にネタとして言っただけ、みたいな話になってるようですが)。このあたりも、あなたが書きたいことを書くチャンスが来たと前のめりになりすぎて、周りが見えなくなっているのではないかと感じた理由です。

2020-06-09

anond:20200609185126

こういうとき元増田と違って真に教養ある俺はコーパスを参照する

江戸川 乱歩

被害者は同国の大法官。その他の登場人物も凡て最高の社会的地位にあり最高の 教養を持 つ人々である

杉山 英昭

源氏は入道の岡部の宿に娘を訪れ、二人は結ばれる。欠けるところのない美貌と 教養を持 ちながら、明石の君は源氏との身分の差を思い煩悶する。

中野 重治

そのことは言葉だけの問題ではなくて、非常に高い 教養を持 ちながら、ひとりのまじめな日本人として当時の日本人生活漱石が生きたという証拠

2020-06-04

seoアフィは終わったとか言ってる人は間違ってると思う

自分は某上場企業で200以上のメディアサイトseoを預かる者だ。

ちなみに預かっているのはすべて自社サービスサイトで、代理店ではない。

自分(自社)にとって今回のアプデはプラスにもマイナスにもならなかった。例によってぶっ飛んだサイトもあれば、躍進したサイトもある。

eatといえば格好はいいが、その実大規模メディアドメインランクの高いサイトドメインエイジの古いサイトが過大に評価された先祖返りの印象は自分自身もやや同感だ。

からと言って、オレはなんとも思わない。

1スタッフとした15年ほどseoに携わってきたので、「またか」くらいだの感興だ。

なによりオレのサラリーは今月も同額支払われる。

報酬がぶっ飛んだアフィリエイターの方とは、受けたパンチの重みが違う。

このタイミングだとイヤな風に聞こえるだろうけど、これは事実だ。

ただし、もう一つの事実としてこれだけはアフィリエイター側の方に知っておいてほしいことがある。

仕事SERPで勝ち星をあげるために、いろんな企業からコンサルを受ける。

たとえば麻雀大好き社長のところもいたし、Appleの敵だったところもいる。

からと言って彼らの持っているノウハウが、アフィリエイターでイケイケの人がもっているノウハウより優れているか?と聞かれたら全力でNOと言いたい。

バカ高いコンサル料を払って、

needs metなコンテンツを作ってください」

とだけコンサルされ愕然とすることもあった。

それに彼らは基本的クライアント受けのいい、定量的でだれがやっても同じような結果になるノウハウしか言ってこないので、実は大したノウハウではない。

オレが言いたいのはココだ。

特に記事コンテンツに関しては、トップアフィリエイターたちのほうが、そうした組織よりもっと研究できていると思っている。

いつしか個人seoアフィリエイトは終わったと喧伝されるようになったが、企業に雇われてつつseoを担ってる立場から見ればそんな風にはちっとも見えない。

かい資本アフィリエイト市場が飲み込まれると言う人もいる。

でも100人単位ライター編集者1000万円単位施策をもってしても叶わないアフィリエイトサイトは今だっていくらでもあるのだ。

それにそもそもSERP相対評価だ。

定量的アプローチで80点をとる方法があったとしても、取らなきゃいけないkwで10位内のサイトが81点以上のスコアなら、そのノウハウは勝てないノウハウだ。

資本リソースを振り回しても、seo無双できるようなノウハウなんてハナからないんだと思う。

資本力のある企業に属するseo担当者も、アフィリエイターの方と同じように、頭を悩ませ、煩悶し、雷に打たれたような錯覚に身を焦がし、そして落胆している。

と言いながらも、オレはアフィリエイター迎合したいわけではない。

から最後に耳障りの悪いことも言おうと思う。

アフィリエイターに言いたいのは、それだけ読者のニーズを汲み取って寄り添える分析力、分析に基づいて行動を駆り立てるコンテンツ力があるのなら、アフィリエイトではなく、自身の手でサービス商品を創るべきだと思う。

かにseoアフィリエイトはうまくハマれば利益率の高いおいしい投資だ。

でも肝心のソリューション他人任せにしてる時点で、限界がある。アフィリエイトは決して万能ではない。

あなたが太る以上に、広告主やaspは太っている。

今回seoアフィから退場された方とも、またSERPで戦いたいと。

今度は企業seo担当者vsアフィリエイターではなく、サービス商品提供者のライバルとして。

お互い苦汁を舐めながら共に歩んできたのだから、きっとオレたちは戦友だよ。

seoアフィは終わったとか言ってる人は間違ってると思う

自分は某上場企業で200以上のメディアサイトseoを預かる者だ。

ちなみに預かっているのはすべて自社サービスサイトで、代理店ではない。

自分(自社)にとって今回のアプデはプラスにもマイナスにもならなかった。例によってぶっ飛んだサイトもあれば、躍進したサイトもある。

eatといえば格好はいいが、その実大規模メディアドメインランクの高いサイトドメインエイジの古いサイトが過大に評価された先祖返りの印象は自分自身もやや同感だ。

からと言って、オレはなんとも思わない。

1スタッフとした15年ほどseoに携わってきたので、「またか」くらいだの感興だ。

なによりオレのサラリーは今月も同額支払われる。

報酬がぶっ飛んだアフィリエイターの方とは、受けたパンチの重みが違う。

このタイミングだとイヤな風に聞こえるだろうけど、これは事実だ。

ただし、もう一つの事実としてこれだけはアフィリエイター側の方に知っておいてほしいことがある。

仕事SERPで勝ち星をあげるために、いろんな企業からコンサルを受ける。

たとえば麻雀大好き社長のところもいたし、Appleの敵だったところもいる。

からと言って彼らの持っているノウハウが、アフィリエイターでイケイケの人がもっているノウハウより優れているか?と聞かれたら全力でNOと言いたい。

バカ高いコンサル料を払って、

needs metなコンテンツを作ってください」

とだけコンサルされ愕然とすることもあった。

それに彼らは基本的クライアント受けのいい、定量的でだれがやっても同じような結果になるノウハウしか言ってこないので、実は大したノウハウではない。

オレが言いたいのはココだ。

特に記事コンテンツに関しては、トップアフィリエイターたちのほうが、そうした組織よりもっと研究できていると思っている。

いつしか個人seoアフィリエイトは終わったと喧伝されるようになったが、企業に雇われてつつseoを担ってる立場から見ればそんな風にはちっとも見えない。

かい資本アフィリエイト市場が飲み込まれると言う人もいる。

でも100人単位ライター編集者1000万円単位施策をもってしても叶わないアフィリエイトサイトは今だっていくらでもあるのだ。

それにそもそもSERP相対評価だ。

定量的アプローチで80点をとる方法があったとしても、取らなきゃいけないkwで10位内のサイトが81点以上のスコアなら、そのノウハウは勝てないノウハウだ。

資本リソースを振り回しても、seo無双できるようなノウハウなんてハナからないんだと思う。

資本力のある企業に属するseo担当者も、アフィリエイターの方と同じように、頭を悩ませ、煩悶し、雷に打たれたような錯覚に身を焦がし、そして落胆している。

と言いながらも、オレはアフィリエイター迎合したいわけではない。

から最後に耳障りの悪いことも言おうと思う。

アフィリエイターに言いたいのは、それだけ読者のニーズを汲み取って寄り添える分析力、分析に基づいて行動を駆り立てるコンテンツ力があるのなら、アフィリエイトではなく、自身の手でサービス商品を創るべきだと思う。

かにseoアフィリエイトはうまくハマれば利益率の高いおいしい投資だ。

でも肝心のソリューション他人任せにしてる時点で、限界がある。アフィリエイトは決して万能ではない。

あなたが太る以上に、広告主やaspは太っている。

今回seoアフィから退場された方とも、またSERPで戦いたいと。

今度は企業seo担当者vsアフィリエイターではなく、サービス商品提供者のライバルとして。

お互い苦汁を舐めながら共に歩んできたのだから、きっとオレたちは戦友だよ。

2020-06-01

幸せな夢を見てェ

好きこそものの上手なれ

これこそが生活するうえでうまく立ち回っていくことだと思う。

初夏の蒸し暑い夜にこんなことを書いているのは、偏に将来への不安に包まれたかである

というのも、僕はい大学四年生なのだが、そろそろ将来の事から逃げるのは無理があると考えたからで、高校までの友人を見ていると、結婚したり同居したりまじめに働いていたり、ちゃん社会に出て適応することができている。その中でも最もすごいと思うのは小学校高校の友人のTくんだ。彼とは同じ小学校だったが、途中で僕が転校して、高校で再開した。

Tくんは高校では成績はさほど良くなく、がんばって偏差値50程度の情報系の大学に進学した。その後、彼はプログラミングに目覚め、めきめきと実力を伸ばし、みんなもよく知っているし利用している会社インターン積極的に参加したりして、立派なエンジニアとして確立した。自分から会社を選ぶことのできる立場にある(と僕は認識してる)。これは好きこそものの上手なれの顕著な例だと思う。彼は楽しそうだ。

僕はといえば……興味のあった数学物理は全く興味がなくなり(僕の好きなのは数字パズルだった)、ただ自堕落に本を読みゲームをしながら、単位をとりこぼしながら生活してる腑抜け大学生だ。

興味がないことを勉強するのは苦痛だった。興味がないのだからなんの専門性も身につかず、卒業したらただの肉に意思が宿ったただの人になってしまう。

たとえば料理人や、彫刻家みたいな専門性のある事をガチでやっている人はそれで飯を食っていける(それがとてつもなく険しい道なのは分かるけど)。しかし僕の想像するサラリーマンは、ただの人が、電車に揺られ、会社に行って上から与えられる業務をこなし暗くなったら帰る、という日常を繰り返しているだけのように見える。

何事に興味が湧かず、ずるずると就職していった人は脳裏陰鬱ものを堆積しながら日々を過ごしていくのだろうか?

サラリーマンになったら、学生だった時代のような、数年単位環境がかわり、後に期待するということができなくなってくるように思う。たとえば、中高では彼女ができなかったけど、大学ではできたみたいな。だってサラリーマンって約40年もある。のっぺらぼうみたいな移ろいで40年も過ごさなきゃいけないなんて酷だ。

胸を焦がすような恋愛なんてなかなかないし、学生以降はさら機械が減るだろう。結婚現実的なのはおよそ30前半までだと思ってる。しかも胸を焦がす恋愛成就するのなんて一握りだしそれ以降は妥協恋愛になる。

僕のサラリーマンイメージは、ツイッターから来ている。だってみんな「満員電車つらい」「朝起きるのつらい」「上司うざい」「飲み会いきたくない」「仕事したくない」「残業いやだ」しかいわないじゃん。

それで、興味のないことを仕事にしてる人がどうやって生きているのかアイデアが欲しい。どうやって仕事に向き合っているのか?

言いたいことの三割も伝わらないし軸がブレブレの説得力のない駄文になった。

要するに、僕は単調増加する幸福の微睡みの夢にずっと浸っていたいということです。

成功して、理想化された生活をしたい。

好きなあの子と手をつないで、学校帰りを一緒にあるいて、もどかしさと煩悶感情を跳ねまわらせる、そんな恋愛は夢なんだなあ。

最近は夢を見てるときしか気分が楽にならなくなりました。

幸せになりてェ

2020-01-21

性欲のほとんどを描くことで解決している

自分性的欲望ほとんどを絵に描くことで解決できていて

これは実はとても楽をしてるのではないかということに最近気づいた。



例えば今日増田だけ見てもそうなんだが

女の子に足で踏まれシチュエーション

https://anond.hatelabo.jp/20200119231422

「こういう女の人にこういう風に踏まれたい、脚のこういうところに魅力を感じる、ああでもない、こうでもない、」

という煩悶試行錯誤は脳で練ったあと絵に描くことで解決する。

私は女性の脚のラインを描くことはすごく好きで、

長さのバランスもいろいろ、筋肉脂肪割合や太さ、いろいろ描いてる。

(ところで理想の1パターンしか追求しない人、つまりいつも同じ脚を描く人の絵はだんだんまらなくなっていくとおもっている。

 極端な話今は魅力を感じてないような脚も描いておくべきだ。どうせ自分の中でだんだんすぼまっていくのだから。)


ここで絵という欲望アウトプットと消化があるから私は人に迷惑をかけずに生きていられるのかも知れない。

描けなかった場合女性の足や脚に対する欲望をどうすればいいのか、コネクタがないようなもどかしさにかられる。

ももに抱きついたり頬擦りしたりしても多分かなり違う。

よくある「踏まれたい」も、ピュアマゾの人を除けばコネクタ追及なのではないか

ダイレクトな衝撃や痛みを求めることで脚とのつながりを持とうとしているのだ。

それ以外では後は型を取るとか、食べるとかになっていくかもしれない。


必要子供を触りまくる老婦人

https://anond.hatelabo.jp/20200119200050

これもなんか広義の性欲のにおいを感じる。

肉欲というか接触欲というか。

でも自分場合はこういうことも「こんな可愛い子に触りたいなあ」というビジョン脳内で作り上げて絵に描けばいいのだ。

おでこの丸さはこれぐらい、ほっぺたはこんな感じ、髪の毛の質感はこう、髪形はこう、服は最近のお洒落子供服はこう、靴はこう、

ここまで出来上がってくれば別に触らなくても絵に描いてるだけで満足できるというか絵の方が充足度が濃い。


世の中の多くの人は自分の性欲を解消するベストソリューションにたどり着けていなくて

その結果としてかなり達成感から遠い代替手段あいまいな満足を得ながら不満を持ち続けていたり、

ときにはその不満が自分の中でぐるぐるして人に迷惑をかけるような手段になってしまったりするのではないだろうか。


かといってみんなが絵を描きなさいというのも現実的でない話で、

やはりこれからはやはりいろんな感覚のVRがその辺を解決して行ってくれるのだと思う。

それまでは絵は結構お勧めです。

2019-10-01

素人童貞になって逆に絶望感が増した話

29歳非正規雇用低所得の俺が、会社の先輩に連れられてソープに行って玄人童貞卒業してから一ヶ月くらい、精神不安定になっている。今日もこれを書く前に軽く泣いてしまった。

先に言っておくと、ソープ体験自体は本当に素晴らしかった。尊敬できるくらいにかっこよくてキレイ女性の方に、筆おろしさせて貰えて、童貞なりに自分でがむしゃらに腰を振って(ゴム越しだけど)膣内で射精が出来た、というのは、下手したら人生の中で一番充実感のあった瞬間だったように思える。

もし俺がこれから自分人生と向き合って、恰好良くなって、そういうやり方を学んで、この人が良いと思えた女性と結ばれたなら、俺は今度こそ本当に幸せになれるかもしれない。というか、そもそも俺はそういうことを望んでいたのだと、この体験を通じて身を持って思い知ったような気分だった。

童貞ソープに行けだの、風俗人生が変わっただの、と言うけれども。俺から言わせれば、人生はちっとも変わらないけれども、人生観は十分に変わりうる体験なのだ

で、それから俺は、無頓着に等しかった服装にも気を使うようになり、オーラケア洗顔を念入りに行うようになり、体臭にも気を使うようになった。元々、一年くらい前に体重が百キロを越えて「あっ、俺このままだと死ぬな」と思い、通い始めたジムも、今まで以上に気合を入れて通うようになり、今年中には90キロを切りそうな勢いだ。それでも、やたらと汗っかきな自分身体結構本気でコンプレックスになり始めている。

今の環境だと出会いがなさすぎるので、マッチングアプリも始めた。まさか自分がこういうアプリ登録して、例えば自分写真プロフを載っけて、女の子に片っ端からいいねだのナイスだのを送るようになるとは思わなかった。

でも、上手くいかない。いいねはぜんぜん返って来ないし、マッチングしてもただマッチングするだけで何も返ってこないことがほとんどだ。一度だけ話がものすごくはずんだ子がいたけれども、結局会うことさえ出来ずにフェードアウトされてしまった。

そりゃそうだ。俺、二十九歳。先述の通り非正規雇用フリーランス、というとそれっぽいけれども、要するにコネで入った雑用係に過ぎない)。年収でいうと、300万にギリギリ届かないくらい。手取りはそこそこ貰っているけれども、保険厚生年金もないどころか、フリーランスから交通費さえ出ないのだ。

そもそも俺は短期離職を繰り返してる人間だ。一番最初ブラック営業はいざ知らず、倉庫業、WEBゲーム管理インフラエンジニア……全部正社員か、または戦力として期待されていた業務委託だったけれども、全部一年ももたずに辞めてしまっている。業務委託を抜きにしても、笑えるだろ? 正社員一年行ってないんだぜ? 29にもなって。最後インフラエンジニアは二ヶ月で辞めてるしな。なまじ導入研修で優秀っぽく振る舞ったせいで、「構築」っていうちょい上流工程からいきなりスタート出来る代わりに、めちゃくちゃスパルタ研修に行かされて、そこで潰れて休職してやめてしまった。それで二年くらいアルバイトに行っていた出版社ほとんどコネで拾われて、今の立場というわけだ。

それから、俺はいわゆるクソワナビだ。小説家ラノベ作家)になりたいなりたいとずっと思っているけれども、長編なんてちゃんと書けた試しがない。たまに大学文芸仲間に小説を読ませても、いつも微妙な顔をされて酷評される。大学OB誌を出して、自分以外の部員たちが「これ面白いね」「あー俺これめっちゃ好き」「流石○○だわー!」と褒めあっている中で、自分一人だけが微妙な顔をされて、あれが駄目これが駄目と言われる状況の惨めさが分かるだろうか。一度、ライターテストのようなもの試験合格して、シナリオを書いていた時も、ぜんぜん書けずに遅刻を繰り返し、期待してもらっていた上にこっちも尊敬していた先輩に「貴方は足手まといです」と言われた時の絶望感を俺は今でも覚えてる。そもそも、この文章だってへっっったくそで読みづらいだろう? 今、自分負の感情をこうバーって書いてるからってのもあるのだけれども、要するに俺は、今まで大した努力もしてこなかったクズなのだ

さらさらに、お恥ずかしながら俺は未だに実家ぐらしで、その上母と折り合いが悪くていつも喧嘩ばかりしている。ある時、「お母さんってぶっちゃけ俺のことどういう人間だって思ってんの?」と聞いたことがある。逆に「じゃあお前はお母さんのことをどう思ってんだ」と聞かれたので、「ものすごく色んなことを我慢して一生懸命頑張ってる人」と答えたのに対して、母は俺のことをなんて答えたと思う?

「思いやりがない」「自己中」「物事を深く考えすぎ」……。

ああ、俺、やっぱり母親に嫌われてんだなぁって思った。少なくとも母親にとって俺という存在は、決して誇れる存在じゃねーんだなって思った。下手したら居なくなって欲しいって思ってんじゃねーかな? 俺は親父は死んでいるけれども、母はもし時間が戻っても、決して父とは結婚しないと言っていた。

要するに、自業自得なのだ。俺が低所得で、年齢=彼女いないで、社会人として全くの無能なのも、全部俺が悪いのだ。性格も悪ければ、それを治そうという努力もしないし、それを補ってあまりあるような能力だって何一つない。正直、俺が今のこの立場でなければ、ワナビだって辞めている。今は逆に何もなさすぎて、ラノベなんていう今やすっかり斜陽になった業界で、「年収300万が400万くらいになったらいいなー」みたいな情けのない望みにすがって、書けもしないラノベを書こうとあがいているのだ。あがいているアピールをしているだけなのだ

こんなことなら、あんなに素晴らしい女性とのセックスの素晴らしさを知ってしまたことで、こんな風に情けのない自分自身と向き合うことになるくらいなら、俺は玄人童貞なんて捨てなければよかった。童貞童貞らしく、みっともなく逃げ回るべきだったのだ。

その癖に、俺は諦めきれないのだ。今からでも頑張れば、俺はかっこいい人間になれて、ラノベ作家にもなれて、俺が選んだ女性と結ばれて、幸せになれるかもしれない、なんて望みが頭をかすめてしまうのだ。

ソープにいって男としての自信がついた、みたいな話もあるけれども、俺から言わせれば「自信がつく」のではない。「俺が俺であるために雄として強くならなければならない」という強迫観念に襲われるのだ。それが結果として「自信」に見えるようななにかになるのかもしれない。でも、その裏で、そのような強迫観念に潰されそうになっているのだ。

ああ、無駄に長くなってしまった。こんなクソ下らない素人童貞煩悶にこんな長文を使うことがもったいない。こんなことを書き連ねても、どうしようもない29歳素人童貞の惨めな自意識しか出てこないのに。こんなことばかりはいくらでも書けるのに、小説なんてぜんぜん書けない。だからいつまでたっても上手くならないし、面白いという言葉をかけてもらえないのだ。

最近書いた小説を、たまたまコネで知り合えたフリー編集者に見せる機会があった。

「本気でこれをエンタメだと考えてるなら向いてない」「やっぱりこの人は純文学を書くべきだ」

うるせえよ。純文学なんて誰が書くか。こんなくっそくだらねえ自意識グダグダグダグダグダグダグダグダグダ書いて、「これが純文学でござい、芸術でござい」なんてほざくような人間になるくらいなら死んだほうがマシだ。

俺は純文学ライトノベルも大好きなんだよ。だから純文学なんて書きたくないし、ライトノベルを書きたいんだよ。

だって自分自意識くそみたいな私小説風に書いたら、そんなもの純文学に対する侮辱しかならないから。そうなるくらいなら、俺はライトノベルという土俵で、みんなに面白いと思ってもらえるような小説が書けるようになりてぇんだよ。

からこんな下らない自分邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔だ。自分なんていらない自意識なんていらないただただみんなが面白いと思うものを書き続けられるロボットになりたい。こんな悲観なんて捨てて、みんなが喜んでくれるような楽観を書けるような人間になりたい。

だって、きっとその方が、俺がいいなと思えるような女の子だって振り返ってくれるだろう? そういう人間になってしまえたほうが俺は幸せになれるんだろう?

「いちいち考え過ぎだよ」も「深く考えすぎるなよ」も「自分を変えるしかないんだよ」も「何回も同じ失敗をするなよ」も「お前はこんなことも出来ないのかよ」も「コミュ障」も「キモい」も「要領が悪い」も、十回くらいは死に到れる程度には、言われ続けてきた。

それでも変われなかった、俺は変われなかったんだよ。むしろそうやって変わっていった連中を、そういうことを言う側に回った連中を、俺は憎むようになったんだよ。

なあ、誰か助けてくれよ。マジで。こんなどうしようもない俺を、誰か助けてくれよ、頼むよ、なあ……。

追記

「あーあムシャクシャしてやっちまった。ここ増田だし、さぞや死にたくなるような集中砲火をくらいまくるんだろうなー」と思っていたら、案外温かみのあるコメントが多いですね。ありがとう。今はちょっと精神が落ち着いてるから、お礼だけでも言わせてください(お礼だけ言って去るとは言っていない)。

全ての始まり会社の先輩にソープに連れて行って貰ったことだけど、その時は「金払って玄人童貞捨てたところで俺みたいなクズが変わる訳ねーじゃんバーカw愛のないセックス如きネタにしてくれるわw」みたいな気持ちだったんですわ。元増田にも書いた通り、嬢がすごく良い人で。こういうかっこいい女性を、自分の力で口説けるような男になりたいな、という感情を五百倍くらいグチャグチャにしたような情念が急激に襲ってきまして、で、今に至るというわけです。

ごく端的に、俺はあまり人生無駄に過ごしてきてしまいました。呑気に童貞やってる場合じゃなかったんだな、と(まあ素人童貞なんて実質ただの童貞ですわ、あはは)。

正直、どーせ結婚恋愛も出来ないし、俺は作家にはなれそうもないし、社会人的にも救い難く無能からあとはゆるゆる詰むだけですね、こんなヤベー奴の人生女性を巻き込みたくないし、なんて他人事みたいに思っていたわけですが、それが全部ひっくり返ってしまって。今からでも人生をもう一度考えなくては! みたいな事態なわけなんです。

「あの夜を自分の手で取り返せるのならば、俺は命だって賭けられる」

結構マジで、そんなことを思いながら今は生きています。でも、それと同時に、そう決意するにはあまりに遅すぎた、という思いも拭えません。まあ実際のところ、命は賭けられんからな。恋人でもないどころか友人ですらない人間のために命賭けるとかないわー

でも、僕は僕の玄人童貞を奪ってくれた嬢のことは、恩人だと思っています純粋に、感謝しています。命は賭けんし、金がなけりゃ行かんけどな。

というわけで、「俺は強くなる、強くなるんだ!」と力強い決意がみなぎることもあれば、「俺はもうだめだ……俺の人生は惨めなままなんだ……」と死にたくもなる、みたいな躁鬱的日常を今は過ごしていますまぁなしろ、29歳非正規低所得なんてそりゃ普通なら積みだからな! ガハハハ!

俺は本当に、社会人としてはあまり無能です。少なくとも営業絶対出来ないなー。だから俺はどうあがいても稼げん人間なのです。作家目指すほうがまだマシ、というレベルで。

でも、取りあえずあがいてきたいとは思っています。この投稿はその一環で、ぶっちゃけ、「自分の赤裸々な感情小説ですらない文章にして不特定多数に読んでもらい、忌憚のない意見を貰う」みたいな経験、なかったわけですよ。純粋に、すげー勉強になりました。しっかし俺、マジで経験値低すぎだな! ガハハハ!

というわけで、お付き合いいただきありがとうございました。

以降は追記はせず、適宜気になった方、特にお礼なり質問なりなんなりを言いたい人に、個別コメントしていきます

2019-06-04

anond:20190604135907

いやいやいや

オタク嫌悪は実際激しかっただろ

迷走に迷走を重ねて一般芸能人路線に行ってやっぱ無理でさ

メレンゲとかしゃべくりにあの人が出てきた時のオタク臭さは強烈で共感性羞恥最後まで見れんかった

バンドメンバー全員穴兄弟にして変な写真流出したのもあの人なりの「非オタのいけてる女」模索の結果じゃないかと疑ってる


あの人ぐらいがオタクとしての自意識同族嫌悪煩悶するオタク最後だったと思う

あの人自身大分遅れてきたそういうのの尻尾

今はもう「オタク=非洗練=魂からキモくて振る舞いがキモい」みたいな図式は成立しなくなった

オタクからってきもくはないしきもいやつはきもい

2019-03-22

大人の女性でも男の性機能全然分かっていない

元増田煩悶を見て欲しい

あらゆる可能性を妄想しているのに

根本的に彼氏には性欲・性機能が無い」可能性だけは全然考慮されてない

風俗とか浮気とかパートナーの魅力欠如とかそんなことより根本根本可能性なのに

性欲・性機能は年齢によってかなり減るうえに個人差も非常に激しい

なのに男性の性欲・性機能はあることを前提とする女性が多すぎる(殆ど全員そうと言ってもよくない?)

パートナーがいてそれなりにセックス経験もある大人の女性でもそのへんについては全然理解してない。

あなた達の認識する男性の性欲・性機能知識は、20代前半ぐらいまでの若い男性しか当てはまらない。

それ以降はすごく落ちつくし個人差が激しい。

ニュースや人の噂だと中年痴漢とか中年性犯罪者とか中年セクハラモンスターが出てくるけどあれはエリート個体だ。


30代以降のあんたのパートナーセックスの回数減ったら

浮気とか自分の魅力欠如とか変なこと想像するより前に

単純に「性欲が収まった」もしくは「性機能が落ちた」可能性を考えてくれ。

原因の過半数はそれだ。


メディア医療情報ですら

よく「仕事ストレス」とか「関係スレ違い」とか言うのは

男性にとっての性欲や性機能の低下をプライドに結びついた問題だと思う人が結構居るから

ぼやかしてるだけだよ。

俺は25ぐらいから性欲がかなりなくなったし肉体的にもチンチンが不用意にたったりしなくなった。

運動はしてるほうだけどこんなもんだ。


ED治療薬とか言ってチンチン立たないことを病気みたいに表現するけど

単に年齢で急速に勃起機能が衰えていくだけ。

そうはっきり書かずに「何らかの障害でEDなだけだからそれを治す薬」みたいな表現になるわけ。

レビュー見てるとわかるけど買ってる人は20代~60代まで幅広い。

anond:20190321231435

2018-12-05

anond:20181205103602

めぞん一刻は、結婚するまで純潔を守るべき、という古い価値観をみんなが共有していた(守っていたとは言ってない)最後時代遺物なのだ

五代君は響子さんが未亡人であることに夜な夜な煩悶し、響子さんは五代君がこずえちゃんキスをしたなどど聞くと嫉妬に狂う。かわいいったらない。

五代君は童貞であったが、これは必ずしもモテない設定ではない。そこそこイケメン童貞でも珍しくなかったのだ。

時代に「ふぞろいの林檎たち」というドラマがあったが、両者の世界線共通していると思う。

2018-11-14

[]ボヘミアン・ラプソディ

ボヘミアン・ラプソディ』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向けですぞ

総評

すごいぞなんと140点。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」。なんでサントラ買いたいくらいには良かったです。

ただその一方で実はこの映画感想を書くつもりは当初なくて、というのも自分クイーンリアルタイム応援してたファンではないからなんですよね。もちろん日本人普通に暮らしていればCMやら飲食店の店内楽曲クイーンの曲は耳にしてるし聞けば、あああれね! くらいのことは言えるんだけど。

でもどうせファンの人がたくさんレビューを書くと思ってたんで自分が書く必要はねえでしょうと、思ってました。

フィクションでええやないか

んだけど、実際見てみてその周辺の感想とか聞くと、もやもやした気持ちが募ってきたわけです

やはり133分という限られた尺の中では出来事を省略する必要もあったり、感情動線設計エピソードの順序入れ替えなどは行われているわけです。そういう意味でこれはノンフィクションではなくて、エンドロールにも書かれているようにフィクションです。

本国広報プロデューサーもそうフィクションだと発言しているんだけれど、コアなファンであればあるほど史実との違いが目につき、ニコニコ笑いながら(多分なんの悪気もなく)貶すという光景がなきにしもあらず。実在人物フレディ・マーキュリーの伝記的な映画でもある以上仕方ないのだけれど、正解/不正解という視点がついてきてしまう。

オタクオタクであるゆえ仕方がない心性で「かー。しょうがないな、この部分もうちょっとこういう描きを入れてほしかったな。かー」「よくやってるけど30点!(地獄のミサワの顔で想像してください)」的な、本当は大好きなクイーン映画がすごく良い出来で嬉しいのだけれど一言わずにはおれないような。そういう反応多いのです。

気持ちはすごくわかるのだが、ソロで鑑賞にいったこ映画の後ろに行ったカップル男性が「あいクイーンのことになると早口になるよな」とかで、なんか、すごくいたたまれなかったりもする。キミのその愛情彼女さんには全く通じてないし、むしろ映画の感動いまどんどん減らしてるよみたいな。

からこのレビューでは物語フィクション)としてこの映画おすすめします。

若い人もクイーン知らない人もちょっとしか知らない人も寄っといで。これはとても良い映画だったよ。知識なんていらないよ。単体で物語としてよかった。だから観るといいよ。そういうレビューです。

何もないという窒息

映画はフレディがクイーン前身バンドであるスマイルメンバーに声をかけるあたりからまりますデビュー前のフレディは当然まだ若く、瞳だけがギラギラした挙動不審青少年で、当たり前の話だけど何も持ってないわけです。

何も持ってないというのは、金も実績も名声も持ってないし、家庭ではなんだか居心地が悪いし、将来の確固たる保証もないということで、その何も持っていないという閉塞感が初っ端から強烈に描写されます

それがすごく良かった。

それは、この映画ロック界のスーパースター伝説偉人フレディー・マーキュリーを崇める映画ではなくて、何にも持ってないチンピラのフレディから始める映画だっていう鮮烈な意思表示なわけですよ。

野心を持った若者っていうモチーフ映画でも小説でもよく出てくるモチーフなのだけれど、若者は野心を持つってわけではなくて、それは全く逆で、財産らしきものは他に何も持ってないから野心ぐらい持たないと惨めでやってられないってことですよね。

作中で描かれるフレディがまさにそれで、デビュー後彼はすぐさまオレ様キャラを発揮し始めるのだけれど、最初デビュー前のシーンでは内気で繊細な少年なわけですよ。オレ様ってのは虚勢だとすぐわかる。スカウトの前でも音楽プロデューサーの前でもでかいことを言うけれど、それは「いまは何者でもないチンピラだ」ってことを当の本人たちが痛いほどわかってるからにすぎない。

かに伝説バンドクイーンメンバー全員が稀有な才能を持っていて音楽に愛されていたのかもしれないけれど、でもそれは人間的な弱さを持っていなかったことは意味しないし、何も持ってないし、何も確かなことがない。将来何になれるかわからないし、不安だけど、弱みを見せるわけにも行かない。それって、青少年普遍的鬱屈だとおもう。そういう意味で、スクリーンの中のフレディは、たしかに観客席と地続きだと感じました。

生存戦略としての虚勢

から無駄に見栄を張り無駄喧嘩を売ってオレ様は天才なので何をやっても大成功なんだぞー! と嘘でも吠えなきゃならない。それは文字通りの意味で虚勢なのだけど、フレディはその意地を張り通して段々とスターへの階段を登っていくわけです。

生存戦略としての見栄と意地で、それがある程度以上に通用成功する。

からこそフレディは問題解決する手法として去勢音楽しか持たないわけです。下手に成功しちゃったから。そして、バンド内で揉め事が起きても、スポンサー揉め事が起きてもこのふたつで解決していくしかない。他のノウハウはびっくりするほど何もない。

でもその問題解決手法アーティストとして成功するために最適化されているために、フレディ個人内面の寂しさや煩悶を癒やす役には全く立たない。

溝ができつつある恋人であるメアリーとの間をなんとかつなぎとめようとするフレディのやり方は、小学性みたいに真っ直ぐすぎて、純真ではあるのだけれど多分恋愛検定で言うと偏差値43くらいでとてもつらい(っていうかお前隣り合った家の寝室の窓から明かりのオンオフ相手確認するとか昭和少女漫画クラスやぞ)。

バンドメンバーとの関係傲慢ワンマンが過ぎてギクシャクしていくが、こち解決傲慢&虚勢に仲間に対する甘えをトリプルでどん!! しているわけでお前よくこんなんで空中分解しないな?(とおもってたら分解した)という感じで、これまた辛い。こっちは偏差値41くらい。素直でない分2低い。つらい。

全体的にコミュ力中学生レベルでしょう(つらい)。

自分性自認ヘテロなのかゲイなのかで悩むフレディは、その鬱屈がたたって恋人メアリーとは距離を置くことになってしまうし、それをきっかけとして私生活が荒廃していくわけです。周辺に金をばらまき、ドラッグ乱交パーティーに溺れていくけれど、それで内面の寂しさは癒せない。

そもそも音楽&虚勢という生存戦略アーティストとしてのし上がることに特化しているので、私生活を豊かにするには役に立たないわけです。それどころかスターダムにのし上がればのし上がるほど、マスコミの下世話な視線に晒され、心無い詮索で私生活崩壊していく。仕事音楽)に逃げ込もうとするその弱い心が、事態を決定的に悪化させてしまう。

バンド危機だし、フレディは仲間からも「キミって時々本当にクズ野郎になるよね」といわれてしまう。スクリーンを見ながら「せやな」と言わざるをえないわけですよ。

フレディは、フレディの才能に殺されつつあるわけです。

でも、やっぱり、救いはある

この映画ふたり大好きな登場人物が居て、そのひとりはバンド精神的なリーダー?であったブライアン・メイ(演グウィリムリー)。この人の演技が、めちゃくちゃ良かった。特にセリフにならない表情の動きみたいなもので、映画の深みを何層も掘り下げてくれました。

喧嘩をした直後に浮かべる「仕方ないなあ」というような許容の表情や、ラストライブシーン中の「言葉にしなくてもわかってるよ」とでもいいたげなさりげない承認の表情など、どんだけバンドが砕け散りそうでも、メンバー音楽に対する愛を、演技だけで表現してのけた。ぶっちゃけすごい。

朴訥な、言葉は悪いけれど垢抜けない田舎者風のキャラ構築だけど、静かな思いやりと知性が感じられるっていう難しい役だったのにね。

もうひとりはジムマイアミハーバー。このひとは、当初クイーンというバンドプロデューサーから紹介された弁護士として登場します。契約面でクイーンを支えるためのスタッフのひとりでした。

出会ったその最初のシーンで(ヤング傲慢な)フレディからジムという名前はつまらないんでマイアミに変えろ」くらいのことは言われて笑いのもととなり、つまりコメディキャラ位置づけです。

でも物語中盤、フレディは誤解と癇癪からマネージャーであるジョン・リードを一方的にクビにしてしまうわけです。そしてフレディは、後任のマネージャーを「次のマネージャーはきみだ」のひとことで、その場に居たジムマイアミハーバー押し付けちゃうわけっすよ。

そんなの嫌でしょ。自分なら引き受けたくないです。だってクイーンの連中は音楽やってるとき以外は飲んだくれてるか喧嘩してるか女といちゃついてるかで、偉そうだし、わがままだし、人の話聞かないし、どう控えめに評価しても糞ガキ(主にフレディ)だもの

でも、ジムマイアミハーバースタジオ演奏しているクイーンを見て、引き受けてしまう。「わかった、やるよ!」といってしまう。それがすごく胸に詰まるシーンでした。

だってさ、たしかクイーンは(主にフレディ)は人の迷惑を考えないクソ野郎だけど、音楽の才能は本物で、それ以上に音楽と観客に対して真摯なのは見ててわかるんだよね。そこだけは本気で一切手抜きしないで、いいものを作ろうとしてるのがわかるのだ。

ジムマイアミハーバー弁護士としてのキャリアもあるし、こんなワガママ集団のお守りなんかしなくても十分生活できるはずでしょ。一方、クイーンマネージャーを引き受けるっていうのは彼らのツアーもついていくだろうし、各方面からの問い合わせやスケジュール管理もしなきゃいけないわけでしょう。それは控えめに言って、人生を捧げるってのとほぼイコールですよ。このわがまま集団を守って、彼らの盾になり続けるという意味だ。

立派な大の男の人生進路変更させてしまう、クイーン音楽のちからってのは、別段彼らの業績を知らないスクリーンこちらの素人にも、やっぱり分かるんですよ。そこで迂闊にもホロリと泣けてしまった。

(あとで調べて、彼ジムマイアミハーバー本人は最後までマネージャーを続けて、この映画制作にも関わったことを知って二度泣けました)

チャンピオンは誰だったのか?

フレディは前述の通り、性自認問題やら持ち前の癇癪から疑心暗鬼になって、「家族」とまで思っていたバンドメンバーを遠ざけて孤独になり、その孤独がつらくてより酒におぼれて生活がぼろぼろになっていく。

でもそういう最悪の時期を、元恋人メアリーの助言で断ち切ってバンドメンバーのもとに戻るわけです。

そこから映画クライマックスへ、復帰のための厳しいレッスンから1985年のライブエイドに向かっていく。自分HIV罹患していて余命がいくばくもないこと。でもそれでも「同情はゴメンだ。俺の望みは残りの人生音楽に捧げることなんだ」とフレディは仲間に言うわけです。

それに対する仲間のアンサーが「お前は伝説だ」と。

でもフレディは「俺たち全員だ」と応えてライブへとつながってゆきます。幾つもの和解があって、ライブ当日、フレディは素晴らしいパフォーマンスを見せる――というのがクライマックスの展開なわけです。そこで立て続けに流れる名曲の数々ですが、やはりひときクローズアップされているのが"We Are The Champions"という楽曲です。

おそらく誰もが耳にしたことがあるこの曲が名曲だってのはもちろんあるんですが、やはり、この物語の中では、すごく重いです。そして良かったです。

この曲は確か公開当時「傲慢歌詞だ」という批判を受けたはずなんだけど、実際映画館で、物語の中で聞くと、ちっともそういう曲には聞こえないんですよ。歌詞のものは「俺たちはチャンピオン勝利者)だ。今まで色々やってきた結果勝利者になった。敗北者に用はない。俺たちはこれからも挑むんだ」というもので、なるほどそう要約してみれば、傲慢にも聞こえます。とくに大セールスを記録した世界アーティストのそれともなれば、そういうやっかみを受けるかもしれない。

でも、そういうふうには聞こえなかった。

しろ、今まで自分たちがやってきた努力や行動のすべてを自分たちは自分たち自身に胸を張っているけれど、それを周囲には理解してもらえてない、“未だ自分たちは最終的な何かを何も受け取っていない”若者である自分が、自分自身に対して「俺たちは勝利者だ」と励ましているような、自分友達鼓舞するような、そんな曲に聞こえるのです。

しかに名声も金も手に入れたけれど、でもだからといってそれがゴールだなんて思わない。今現在環境は決着ではない、だから敗北者に用はない。もっともっとおれたちは目指す何かに向かって、求めていた何かに向かって手をのばすんだ。そんな歌詞に聞こえてしかたがないわけです。

人間人生の何処かのシーンで、自分を励まさずにいられない心境になるってどうしようもなくあると思うんですよ。

苦境にあっても、自分は間違っていない。今まで歩いてきた道は愚かだったわけではない。それを証明するために現在という試練を超えて、未来で何かを手にしたい。

そんな気持ち世界アーティストであろうともそこらに兄ちゃんおっさんであっても、抱くことはある。むしろそこらのおっさんやおばさんだからこそ、自分応援する必要がある。多くの観衆のそういう内面祈りのような感情を、本人に変わって歌い上げるからこそ大スターになれるんじゃないかと思うわけです。

から"We Are The Champions"という曲におけるWeは、フレディでありクイーンメンバーであり、ライブエイドの観客であり、そしてこの映画を見ている人間でもあるわけです。

それがとても良かった。この映画自分に関する物語として見れることが、とても良かった。

これらのことは別段クイーン情報を知らずとも、楽曲に対する知識がなくてもこの映画を見るだけで十分についていけます

この映画は、伝説バンドクイーンというのが居てその偉業にひれ伏すためのものではなく、かと言って歴史的事実に対して○×クイズをするための出題でもなく、音楽に深い愛を捧げた内気な少年プライドと虚勢を頼りに世界と戦った――そして最後には家族の元へと戻り偉大な勝利を得た。

そういうビルドゥングスロマン映画であって、あるいは中途半端知識のあるファンよりも、何も知らない世代や人々にこそ深く刺さるものだったと思います

2018-09-25

「くっ!殺せ!」って言ってる女騎士精神的に陵辱したい

「殺せ!」って言ってる帝国騎士隊の女隊長丁重に扱ってさ

共和国の豊かな生活食事文化を楽しませて着飾らせて可愛がってさ

帝国での過酷な訓練と戦いに塗りつぶされた灰色人生観を塗り替えさせた後にさ

「ところで殺せと言う例の話ですけど。」って切り出したいよね。

「落ち着いてきたので、どうしてもというなら残念だけど意志に沿いたいと思います。」って。

「出来たら考えを変えてくれてたらとても嬉しいんですけど」って。


騎士は内心ではもうかなり死に疑問と躊躇いが生まれてるんだけど

まだ残ってる騎士モラルとか一旦大見得切った立場とかのせいで今更「生きたいです」なんて恥ずかしくて言えなくて煩悶してるとこに

あなたが死んじゃうと捕虜になってるあなたの部下達の境遇にもいいことないんですよ?」とか助け舟を出したいよね。


それで女騎士も勿論その話が助け話だと気づいて、

自分の内心の葛藤まで見透かされたことを理解して、

それでもその助け舟に乗っちゃって顔真っ赤にしながら「部下の為にも死ねないし生きたいです」みたいな答弁を小声でしちゃうところを見守りたいよね。


当然「殺せ」の撤回と命乞いを聞いたらちゃんと快適な待遇生活供与ちゃうんだよ。

帝国共和国停戦した後も立場を保って母国と行き来出来るような体裁も整えてあげるの。

騎士人生の楽しみを知ったことで自分が変わっちゃったことに気づいていて

部下を言い訳にした命乞いまでしちゃったことを自覚してるからふと思い出すたび悶絶して無意味な奇声を上げそうになるけど

そこで自決するような誇り高さがもう自分にないことも理解するわけ。


そんで段々とふにゃふにゃした人間になってきて

帝国右派の中の融和派みたいになっちゃって

共和国との和平を実現したうえに熱心に求婚してきてた共和国の男と結婚して

帝国の一部からは「売国奴の雌豚」とか罵られるけど

殆どの人には「和平の象徴」とか「戦争英雄にして遺恨を捨てて平和を到来させた聖人」とか言われて

共和国結構かに幸せな生涯を送るの。


そういうのが読みてえな。

すごい陵辱でしょ。

レイプしたり約束破って殺したりするのなんて目じゃないよ。

2018-09-05

anond:20180905184317

結婚に夢見る女の子かよ。一緒になりたい相手もいないのに結婚さえすれば幸せになれるなんて幻想だよ。きっと増田結婚してもいつか「この選択は間違っていなかったんだろうか、、」って煩悶してるね。結婚はい幸せな奴がさらなる幸せを目指してするもんだよ

2018-08-27

Vtuberになったけど再生数50とかばっかりで3桁超えると大成功みたいな気持ちになってきた

登録者数も未だに2桁止まりなのでもうやめようと思う

10もつぎ込んでこれとか哀しくなってくる

追記

こんなに反応があるなんて思わなかったありがとう

心がポッキリ折れた決め手になったのがかんなちゃんという化物の登場でした

Palantir 増田やぞ、リンク貼れ

もう既にチャンネルは削除してしまったのでURLを貼ることはできない

でも代わりに自分Vtuberを始めようと思うきっかけになった人を紹介する

https://soundorbis.com/2017/09/youtuber.html

この人はsoundorbisさんというフリー音源とかを作ってる人なんだけど

ブームが来る数ヶ月前にVtuberを始めたうちの一人だったりする

しか個人勢なので狐耳の人より先駆者ではあったりする

記事を読めば分かるけど個人で何から何まで機材を揃えて独学で始めたという逸材で

何十万もかけて全身キャプチャー用のデバイスを買ったというのには驚いた

自分もこの人に影響されて始めたんだけど結局上手く行かなかったのであった

ちなみにsoundorbisさん自身再生数が伸びなくてVtuberは半引退状態の模様

https://www.youtube.com/channel/UC49E4ArtuURcOiTR0YCFVlw

pseudomeme やっぱり時代異世界チートVtuberでは

そこはもう本家でもアニメの方でも飽きられつつある気がする

というかキャラ付けなんかより結局は本人の面白さなんだと思う

noemi_itoh 増田vtuberってだけで10再生余裕(要出典)

後で見るよりブックマークのほうが多くなりそう

cript 趣味なら10万なんてほんの入り口

学生の身としては10万円でもすごくキツかった…

貯金を下ろそうかどうしようか一ヶ月ぐらい悩んだ末の決断だった

sumika_09 片手間にやってるはてブ大喜利でもらえるスターの数と、10万かけて手間暇もかけた動画再生数がどっこい。

始める前は舐めてかかってたけど動画って本当に手間がかかる

まず動画編集ソフトの扱いを覚えるのに時間かかるし字幕ですら最初全然おぼつかなかった

PremiereProもPhotoshopみたいに割と楽に扱えるものなんだと思ってたけど違った

しか3D系の知識もなかったから何をどう出力すればいいのかも最初はわからなかった

10分ぐらいのゲーム実況動画でも思った以上に人手や機材や技術必要なんだということがわかった

これは大きな収穫だったと思う

htnmiki 新しいことを始めるってたけで凄いことなんだぞ。それだけは自信持っていい。

正直この失敗が自分の中では大きすぎて

自分はだめな人間なんだと自分を責め続ける数ヶ月間だったように思う

新しいことを始めるのに億劫になっているのも実感していたので

そう言ってくれるだけでまた新しいことに挑めそうな気がする

ありがとう

irinoia 数字のことしか書いてないな…もっと具体的な思い出とか書いていけ

始める前は本当に楽しかった

自分の考えたキャラクターならみんなに楽しんでもらえると信じて疑わなかった

自分の頭の中でどんどんキャラ像が固まってきて喋り方とか性格も明らかになっていって

他のVtuberとも楽しく掛け合いしたりコラボしたりみたいな展望も広がってた

でもいざ始めてみるとそれは夢物語なんだと思い知った

見てくれてた人たちには本当に申し訳ないけど正直しんどかった

death6coin カクヨム・なろうから撤退?してしまった飽きっぽい私に言えることは何もありません。ニコニコへのMMD投稿レスポンス少なくてしんどい・・・

周りからの反応がないと自分がやってることに疑問を覚えてくるよね

最初意気揚々でイケるビジョンしか無かったのに段々自信を喪失していって

最後にはやらなきゃよかった何やってんだ自分って感じで後悔するというね

pptppc2 つぐちゃんとか一部の特例除いて、あのキズナアイですら横の繋がりを大事にせにゃならんというか、動画投稿も当然大事だけどTwitter毎日毎日他のVtuberに絡んで行く姿勢必要だし、想像以上にキツイ業界やで実際。

あのバーチャルおばあちゃんですら視聴者との関わりを大事にしてるしね

あと周りに積極的に関わっていって営業とかできる人たちは本当に強いなと思う

もともと人付き合いが苦手な所あるのでそういうのを苦に思わない人たちが羨ましかった

quwachy ミライアカリとかイニシャルで4000万かけてるんだけど、せめて1000万くらいは突っ込みなよ

10万円ですら煩悶してしま自分にとっては1000万円なんて想像もつかない

から個人でそういう事ができたエイレーンさんは本当に尊敬する

自分の抱えてるVtuberなんやかんやで大事にしてるし敬意を持って接してるし

彼女パブリックイメージよりずっと器用で良識的なんだろうなと思ってる

駄目駄目な自分と比べると余計にそれは実感する

naruhodokun1 続けるやつが結果出るんやで

それはそう本当に思う

でも3Dめっちゃクオリティ高いのに伸びない人たち(ほぼ同期)をずっと見ていると

自分は参入するのが遅すぎたんだな思うことが増えていって気持ちは右肩下がりだった

具体的には朝ノ光とかAyaminaGamesとか珠根うたとか銀河アリスとか織田信姫とか

そういう企業勢でめっちゃ力入ってるようなVtuberですら3桁4桁当たり前だったので

所詮個人勢の自分なんかが…っていう感じで落ちていった…

でも織田信姫は当初は考えられないくらい伸びたのでやっぱり継続は力なりなんだなって

nejipico biimシステムRTA動画上げた方が再生数取れるぞ。

一定需要はあるけど淫夢ネタとかとの親和性が強い界隈なのでそれはやりたくなかった

Vtuberにも淫夢ネタにする人がたまにいるけど止めた方がいいと思う

あれで盛り上がること自体出演者同性愛者の名誉毀損しているところがあるので

otiken9 インターネット歴史を積み重ねてこそ光るものがある。特にVBの"すあだ"とかそうじゃないかね。

バーチャルおばあちゃんで初めて知ったんだけど確かにすごいし継続力の人なんだと思う

でもかなりアウトなことをやっててサシャ・バロン・コーエンとかを連想するので素直に尊敬できない…

jkjg そもそもYouTuberってそんな感じじゃなかったっけ

やる前はなぜだかVtuberならイケるって気しかしなかった

自分の中の自信家がやれやれ信号を出していて乗るしかないと思った

SndOp うっかりブコメを書くとVtuberに読み上げされかねない

自分動画についたブックマークコメントに返信する人はまだいなかった気がするので

うまくすればTwitterとか質問箱とか動画コメントとの差別化もできる???

morokyu Twitterとかつべコメント欄みてると、客の殆どは他のVtuberとの関係性に物語想像価値見出してるよね…(現状個人でやれる"ならでは"が無いんだろう)だから常にコラボ意識して立ち回る必要がある。厳しいね

にじさんじ勢はそこが一番の強みなんだと思う

気軽に身内同士でコラボしてファンがそれを見てどんどん盛り上がっていくという構図

特にあの二人という大きな軸があったことがそれに拍車をかけているのかと

Weintraub けいおん観て楽器弾けないのに楽器買うこと思えば・・・

そういうことにはならないだろうと思っていた人間自分です

ketudan その点増田は元手も付き合いもなしに500ブクマ1000ブクマからレス乞食はいいよね

さすがにその数字に行く人も一握りなのでは

otihateten3510 "10もつぎ込んで" 新たなビジネス被害者

かに役に立たない商材を買わされたわけではないので被害者ではないけど

Vtuber界隈に目をつけてる詐欺師も実際いると思うので気を付けたほうがいいかもしれない

募集をかけて応募者からお金だけ取ってハイさよならみたいな事件とか今後ありそう

steel_eel Vtuberには未来を感じてたが、結局古代から続く人間関係世界やなぁってなって辛くなってきてしまった。

始めてから二ヶ月くらいでようやくそ事実に気付いて自分も哀しくなった

いまある人間関係大事にできている人や上手くやれている人がネット上でも強いのだという…

va1nchamber 数千人もいる中ではよほど面白いこと、ユニークなことしないと埋もれて終わりよ。個人勢はクオリティじゃ勝負できないんだから

自分が始めようと思った時点で数百人いて埋もれまいと思っていたのにこのザマです

思い返せば最初ユニークなことをやろうという気持ちが溢れていたのに

時間がたつにつれてどんどんユニークからかけ離れていった気がしている

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