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2020-01-24

ぺこぱ多様性の受容ではない

まず、このエントリにはM-1でのぺこぱ漫才に関するネタバレが入る。知りたくない人は閉じて欲しい。

anond:20200124131120

上記エントリのように、ぺこぱ漫才多様性の受容だという変な重りをつけられているが、多様性需要なんかじゃない。ツッコミを見ればわかるはずだ。

まず、M-1 決勝の松蔭寺大勇(本名松井勇太)のノリツッコまないボケを見てみよう。

「被っているなら俺が避ければ良い」

「どこ見て運転してんだよって言えてる時点で無事でよかった」

「俺が車道側に立っていたのかもしれない」

「スーンの車がもう町中に溢れてる」

しらねぇんだったら教えてあげよう」

「右になってる」

「実際に時間が返ってきたよって人」

「休憩は取ろう」

ハンドルを握らなくても良い時代がもう目の前まで来てる」

ナスじゃねぇとは言い切れない服装だ」

キャラ芸人になるしかなかったんだ」

「さっきとった休憩は短かった」

「お前よりはうるさい」

「急に正面が変わったのか」

「戻り方は人それぞれだ」

「良い加減なことなんかない」

この中で相手のことに触れてるコメントはいくつある?

しらねぇんだったら教えてあげよう」

「戻り方は人それぞれだ」

ぐらいだと思う。

全然受容してない。(もちろん貶してる訳でもない)

ではなんなのか?

それは、自己完結だ。

相方の変な行動、相方が生み出した変な状況を自分の中で納得させて完結させているだけ。

人を貶しもしなければ、人を受容する訳でもないしない。

漫才一般的形式は、ボケが変なことを言えば、その変なことを行った「人」に対してツッコむ形式だろう。

ぺこぱ場合は、ボケの言った変な言葉が松蔭寺大勇(本名松井勇太)によって処理されるだけだが、それが今までの漫才とは違う流れを生み出している。

もちろん、この時の言葉選びと間、そしてネタ面白いので笑える。これはセンス努力の賜物だろう。

では、なぜこのような自己完結世界が心地よく感じられるのか?

それはSNSを見れば明らかだ。

Twitterなどを見ればやれネトウヨだバヨクだ、ヲタクフェミだ、人に貼られたレッテルに対する不平不満の言い合いであふれている。

しかし、そんなのは声の大きな一部の人たちでしかない。

普通の人のSNSの楽しみ方といえば、

「○○に行ってきた」「○○美味しい」

そんな自己完結話題は、誰もきづつけることもなく、朗らかな日常幸福感を感じさせる。(辻希美等の一部の例外は除く)

自分に起こったこと、自分が見たもの自分言葉で処理し、発信する。

それがベースにあるのがぺこぱ漫才だと思う。

そんなSNSネイティブ時代漫才だと思ったよ。

多様性需要なんかじゃない。そんな表現は、フェミだバヨクだのレッテル貼りとなんら変わりない。

お笑いの末期?

んなこたない。笑いは時代を反映するものだよ。

2019-06-04

anond:20190604144407

http://www.namaejiten.com/h12/boy01.html

MH4の発売日が2013年なので、まぁターゲット層はこの辺。

優、勇、裕、悠って文字結構目立つからじゃないかな。

 

個人的考察だと、中二病でも恋がしたい!の富樫勇太からじゃないかな、と思う。

ハーレムアニメだし。

2019-03-09

ことでん1080形の京急ラッピングは何故炎上したのか

還暦の赤プロジェクト”とは?

京浜急行にて活躍し、現在ことでん譲渡されて走行しているデハ1000形赤色ラッピング製造60周年を祝う と言った趣旨である

趣味者が主催となりクラウドファンティングを用いた資金調達電車ラッピングを実現したこと話題となった。

公式HP

http://tkr-charter.jp/type1080project/

炎上

このプロジェクト概要が発表された当初から否定的意見が(勿論肯定的意見もある)twitter等に投稿された。

その中には「(京浜急行時代の姿を再現するのだからことでんロゴを無くせ」などという物もあり、ついにはことちゃん言及するに至った。


クラウドファンティング主催企画同意して支援金拠出する制度であるし、支援を行わない人間が口出しする権利など無いのは当然である

それなのにどうして常識範囲内のラッピング運営因縁を付けるような批判が多かったのだろうか?

第三者人間が見ても理解できないか、「鉄道オタクは細かいことに拘るんだなぁ」くらいにしか思わないだろう。

しか因縁がかった批判が多いのには理由があるのだ。

普段の行い

以下の引用還暦の赤プロジェクト代表を務める佐羽内氏の発言である

写真土砂崩れによる脱線事故で廃車になった車両である

リプライ先は本プロジェクトの主要メンバーの一人(ID変更や転生を行ってるためアカウント現存しない)で、度を過ぎた不謹慎ツイート他人への攻撃的なツイートも多く見られた。

ここでそれらの証拠を列挙しても仕方ないので割愛するが、本プロジェクトの主要メンバーの多く(該当しない方ももちろんいらっしゃいます)がそのような行為をしていた。

そのような人達京急ファン代表かのような立ち振る舞いで、今までの行いなど無かったかのように、事情を知らない人間からクラウドファンティング資金を集め始めたのだから過去を知る人間がこれを快く思わないのは当然だ。

そうした背景を元に因縁めいた批判が”返ってきた”のでは無いだろうか?

結果としてクラウドファンティングは達成され、ラッピングされた実車が走りだしたもの批判的な意見が未だに散見されるのが実情だ。

最後

赤い電車はかっこいい(真理)

この事実を素直に喜べないような状況を生み出すような人間により主催されたことが非常に残念だ。

2017-08-02

あずきちゃんあずにゃんに見えてどきっとした

ゆうのすけって名前かっこよすぎだよなあ

自分小学生とき勇太郎ってやつがいバスケやってて瀬高くてイケメンだけどチビだって散々ばかにされたかキライだった

2014-03-27

中二病でも恋がしたい!戀感想

中二病でも恋がしたい!二期の見どころは、七宮の心の葛藤の描写、モリサマーと凸森の関係、そして、中二の幻想世界のシーン

勇太と六花の恋愛を軸に、この3つのストーリーと言ってもいいかな。が描かれた作品。

中二病というフィルターを通して、上手く人間関係を描いた作品だったなと個人的には思うけど、終わらせ方は難しい作品だったと思う

最後キスしなかったのは、今後の展開があるからなのか、ここから先は視聴者想像にお任せしますなのかしらないけど、余韻を残したが、まあ微妙だったと思うけど、これが二人らしいといえば二人らしかった

ただ、勇太はあれだけ女の子に囲まれてこれからどうするんだろうか

くみん先輩はともかく、モリサマーなんかはどうなんだろうかと思ったりしたね

中二病でも恋がしたい!戀の最終話を見終わって

一期では、六花にとって中二病家族問題(父の死)という現実から自身を保護する手段としてあった。それが勇太との恋愛というリアル要素や、現実直視させようとする姉の行動によって徐々に機能しなくなっていく。

勇太立場は揺れ動くが、最終的には中二病をむしろ肯定・活用する方向に位置付けなおされる。生きづらい現実フィルタをかけて相対化することで、そこに飲み込まれることなく、同化することなく、自分なりに生き抜いていくための道具として。

そういう捉え方は、中二病を恥ずべき過去として抑圧してきた勇太にとっても変化だった。かつての自分のありかたを素直に評価し、いまの六花を受容するという意味で。

そして多かれ少なかれ、人はそのようにしてこの社会を生きているのではないか、と。だからラストの「人はみな中二病」というナレーションは、普遍的メッセージとして心を打つものだった。

しかしこのようにうまく物語として完結してしまったがゆえに、二期では六花と勇太恋愛関係を主軸にせざるを得なかった。結果、きわめて恋愛至上主義的なストーリー展開になってしまったのが残念。

二期の六花にとっては終始「恋愛」が主で、「中二病」が従、という位置付けだったように思う。せっかく一期の最後解放されたのに、また別の穴にはまりこんでしまった的な。

六花と勇太のぎこちない関係性は見てて微笑ましい(&死にたくなる)反面、結局すべてそこに回収されていくのか、という息苦しさを感じてしまった。新キャラの七宮も同様。

2010-12-19

高校の休憩時間には教室で1人座り、夏目漱石太宰治の本を読んだ

http://anond.hatelabo.jp/20101219200313

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101217-00000630-san-soci

斎藤容疑者は「友人のいない孤独な男」 取手駅・無差別襲撃

産経新聞 12月17日(金)22時46分配信

 「友人のいない孤独な男だった」。殺人未遂容疑で逮捕された斎藤勇太容疑者(27)と小学校と高校で同級生だった男性(27)は斎藤容疑者のことを振り返る。

 茨城県取手市内の県立高校の卒業アルバムクラスメートたちは手をつないだり、肩を組んだり、同じポーズレンズ笑顔を向けていた。斎藤容疑者はただ1人笑わず、ほかのクラスメートとも絡んでいなかった。

 高校の休憩時間には教室で1人座り、夏目漱石太宰治の本を読んだ。小学校卒業文集に私の宝物を「本」、趣味を「本よみ」と記し、将来の夢を「小説家」と書いていた。

 高校で副担任によく「声が小さい」としかられるほど、物静かな青年だった。男性は「容疑者名前を聞き、すぐに、あいつだと思った。おとなしい男なのになぜ」と絶句した

 

友人もいなく、休み時間に太宰を読んでるようなのも犯罪者予備軍として後ろ指をさされるようになるのですね。

 
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