「寓話」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 寓話とは

2021-06-17

https://anond.hatelabo.jp/20210616125503

大学生時代に学前のガストでよく駄弁ってたテーマで、大変懐かしく思った。

増田の考えを解き明かす分野としては法哲学に入るのだが、結論

まぁ法律宗教なので「日本人お気持ち」で全て決まるってことでいいんだけど。

と、ややトーンダウンした感じで締めくくってる事。そして関連エントリ

自然科学的な根拠

社会科学的な根拠

どっちの話だ

https://anond.hatelabo.jp/20210616162123

 

社会科学って「社会科」学であって、社会-科学ではないよね?

科学自然科学)と社会科学並べるのかなり違和感あるよ。片方は検証再現不可能占星術的なものでしょ

https://anond.hatelabo.jp/20210616165329

というコメントがある事から社会科学視点について議論が浅い部分が見受けられたので、そこについて補足しておきたい。

(なお引用した『社会科学検証再現不可能占星術的なもの』という理解は何から何まで間違ってる。社会科学とは社会の “関係性" の部分に焦点を当てた学問なので、法律学を社会科学視点分析するのは正しいし、数多の論文はもちろん研究講義普通にある)……閑話休題

 

 

さて。

Q. 科学根拠のない法律存在することは許容できる?

という元テーマに回答すると

A. そもそも法律科学根拠だけで作られてるものではない

という回答になる。身も蓋もなくて申し訳ないというか、「そりゃそうだろ」と言われそうだが。

 

社会の便益と個人利益。それらが相反するとき妥協点を定めるのが、法とコミュニティである

という言葉がありまして。個々人が好き勝手にやった結果、社会に損をもたらしてやばい → だから法で規制/ルール化しよう。ってのが、多くの法が作られる基本的な流れと思って良い。すなわちそもそも法が作られる理由/初動の多くが「誰かが好き勝手やったせいで、他の誰かの利益/権利をおびやかしている」である。大抵の場合において、科学問題提起から発祥したものではない。

もちろん「この方法患者不利益になるから規制すべき」(医事法令)や「この方法施工主が行うと顧客安全性を損なうから規制すべき」(建築法規)などもあるが、これらの科学根拠誰かの利益/権利をおびやかしているから、それらを保護/フェアネスにすべき という原則が先であり、科学根拠はその理由付けに過ぎない。

 

よく語られる話ではあるが「大麻規制されてるが、酒は規制されていない。科学根拠に照らしたときに、矛盾があるではないか。両方似たものから、両方規制するか両方解禁すべきだ。」という人がいる。この指摘は科学的な視点から合理的かもしれない。

だが、これは時の権力者が「大麻/酒を規制したとき社会の便益と個人利益、どれを重視し、着地点を定めるか」と議論をしたり、賄賂だったりコネだったり、時代の情勢やら経済施策だったり、決めた権力者の気分だったり、そんな事情あん情事でアアダコウダして、その結果……今の大麻禁止・酒OKなのであろう。

科学二の次である。残念ながら。

 

 

最後ひとつ与太話をしよう。

ひとたび法が作られてしまうと、その後は妄信的に信じる輩が出てくる。コア・コンピタンス経営という本に「猿とシャワー」という寓話がある。有名な話だが、要約するとこうだ

檻の中に、4匹の猿がいた。部屋の中央にはバナナが吊されてある。

当然、猿はバナナを捕ろうと飛びつく。すると天上から冷たいシャワーが降ってくる。猿はバナナを諦めてしまう。

4匹の猿を1匹を入れ替える。新入り猿はもちろんバナナに飛びつこう……とするが、古参猿3匹に「やめておけ」と止められバナナには触れなかった。

猿の交換を繰り返し繰り返し、ついには誰もバナナに見向きもしなくなった。

だがしかしバナナに飛びついてはならぬ」だけが呪いのように猿を支配し、バナナに飛びつかない理由自体は誰も覚えていない。

とっくにシャワーが噴き出す仕組みも、なくなっていたというのに……。

時代が変化しているのに、過去妄信的に信じる猿に、僕らはなっているのではないか

しがらみに囚われなければ、より良い利益(バナナ)を手に入れられるのではないか。この視点/議論は常に必要だと思う。

 

科学とは、多くの場合において、根拠再現性ある形で、世の中を照らす。

古くに権力者によって作られた法は、本当は科学根拠に欠けているのではないか。新しい科学的な発見を取り入れ、検証され、アップデートされてしかるべきではないか

理想論をいうなら、私もそうであってほしい。しか過去の法/ルールに縛られ、大抵の場合は喧喧諤諤の議論となってTwitterつぶやき藻屑と消えゆく。私の見る

Twitter見てたら思ったより科学的な正しさと法律矛盾を指摘する人が多かったので気になった。

科学的根拠のない法律が存在することは許容できる?(追記あり)

も多くがそんな話をループしているように感じてしまう。増田のような科学的知見から疑問を呈する者が、確固たる根拠を述べ、社会にとっての新たな利益アピールし、歪んだ法を叩き直してほしい。そう願う。

2021-06-12

口だけで何も動かないワナビーの友人が50歳になった

タイトルの通りなんだけど、なんだか現代寓話を見ているような気分。

友人は派遣社員をやりながらずっと漫画家を目指している。

学生時代からずっと──つまり30年近く目指しつづけている。

難関私大に入るもどうしても漫画家の夢が追いかけたくて中退

漫画専門学校に入り直し、卒業後は就職せずにフリーターをしながらの投稿生活を選んだ。

仕事は週4日に抑えて、家賃生活費も最小限にして暮らしていたね。

30歳のときはまだまだ余裕があった。40歳ときは焦っていた。

何も成果がなかったわけじゃない。

20代ときは頑張っていた。

青年雑誌で佳作かなにかを取ったこともある。

ガロに持ち込んだこともあるらしい。

でも、その頑張っていた時期でさえ──作品を完成させるのは2年に1回とかだった。

30代のときは人脈を作ろうと頑張っていたね。

いろんなクリエイタートークショーに行って話しかけていたそうだね。

それで仲良くなった有名クリエイターもいたようだね。

でも、きみはずっとプロになれなかった。

だって──作品を作らなかったんだから

40代になると人脈活動もやめてしまった。

そして、パッとしないまま──ついに50歳になった。

彼に会うと楽しそうに「こんな話を考えているんだ」と語ってくれる。

うんうん、そうなんだ。完成したらぜひ見たいよ。

けれども、彼の作品はいつまで経っても完成しない。

ほんとうに作っているかどうかもわからない。

いつも語られるのは構想だけ。

それなりにセンスのいいアイデアが出てきても、それを形にしないと意味がないんだよ。

それでいてコロナになって──友人は派遣社員のクビを切られた。

その報告をフェイスブックおもしろおかしくする友人。

コメントは励ましや同情であふれいて、ちょっとしたいい光景だった。

自分はこれで友人は創作活動に打ち込むんじゃないかと思った。

作品の持ち込みをするのでも、SNSでの発信を頑張るのでもいい。

後ろ向きな理由とはいえ時間ができたのだし、それに人生を賭けてきたのだからやらない理由がない。

しかし、なんと友人は──なにも動かなかった。

同居人の話によると、家でずっとYouTubeを見ているという。

もう10年ぐらいやっているツイッターは、たまにだれかの告知をリツイートするだけになった。

おいおい、無職になる前よりも発信が減ってどうする!

やる気が出ないのかもしれない。でも、きみはずっと漫画家になるための人生を送って来たんだろう?

友人はこのまま人生の終末期に入ってしまうんだろうか。

この30年、なんでもっと動いてくれなかったんだい。

大学漫研で同期だったあいつは、青年誌で連載して作品映画化もしているよ。

昔はよく仲いいアピールネットでしていたけど、ここ数年はぱったりと止めたね。

きみの人生漫画家になるためのものじゃなかったのかい

せめて作品だけでも作ってくれよ。

そうじゃなきゃ、いったいなんだったんだよ、きみの人生

2021-06-09

anond:20210609171510

https://web.archive.org/web/20121229231526/http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n2993

アルコール依存症の特徴

治癒しない病気

一度この病気になると、殆どの方は、もう一度飲酒を始めると、最も悪かった状態に逆戻りします。そういう意味で「治癒しません。

<進行性の病気

飲み続けている限り、薬物アルコールへの心身の囚われ、アルコール依存症に伴う健康障害などは深まります。そういう意味で進行性の病気です。

死に至る病気>

飲み続けるアルコール依存症者の平均寿命は 52、3才

女性場合、もう数年短い。

・死因の多くはアルコール関連身体疾患です。

・肝疾患などを連想する事も多いですが、心疾患や消化器系疾患、糖尿病脳血管障害悪性腫瘍など全身に及びます

事故死や自殺なども多く、時には事故とも自殺とも判断できないケースもあります

・身近な人から殺されたりという事も、決して珍しくありません。

・もし生物学的に死に至らなかっても、社会的信頼を失ったり、家庭崩壊アルコール性の認知症などに陥るなど、社会的な死に至る事が多いものです。

*もしアルコール性の認知症に陥ってしまっても、介護を行うはずの家族をすでに失っていたり、失わないまでも、家族関係が甚だしく損なわれている事も多々あり、悲惨ものです。

「この世の地獄を見たければ酒害者の家庭を見るがよい

この世の天国を見たければ断酒家の家庭を見るがよい」

・・・松村春繁氏の言葉・・・

<人を巻き込む病気

アルコール依存症は「人を巻き込む病気」です。

正しい知識と適切な支えもなく進行中のアルコール依存症者と接していると、「共依存」と言われる不健康関係に陥り、結果的に、ご家族が「善かれ」と思ってとった行動が、病気を進行させてしまます

この過程を「巻き込まれ」と言います

「この世の地獄・・・・」

これは、進行中のアルコール依存症者と「巻き込まれ」によって陥っていく世界です。

∴ご家族など身近な方の正しい認識と行動が大事なのです。

*下記の関連知恵ノート

「ご家族アルコール依存症でお悩みの方へ」

世代間を超えた影響がある病気

アルコール依存症の影響は、配偶者兄弟、親などだけでなく、子供などへ残す恐れのある病気です。

アルコール依存症の親(親同様の人)に育てられ、すでに大人になった人を“Adult Children of Alcoholics” (ACOA) と言います

アダルトチルドレンという概念は、診断名でも人へのレッテルでもありません。

しかし、人によっては、生きづらさを持ったり、ACOA以外の人より、依存症に罹るか、依存症配偶者を持ちやすいという統計もあります

ただし、これは運命ではなく、アルコール依存症者本人の回復、影響を受けた子供が正しい認識を持ち、場合によっては正しい支援を受ける などで、危険は低下します。

否認病気

アルコール依存症は「否認病気」。

進行すればするほど、自分自身問題に気づけなくなっていく厄介な特徴があります

○「否認」の根本的な原因

ブラックアウト

アルコールという「依存性薬物」の直接の影響によって、酔っていた時の記憶曖昧になったり抜け落ちたりします。

これが「ブラックアウト」 です。

★程度の差はあるものの、アルコール依存症者の多くは、そもそも自分の酒害を覚えていません。

防衛機制

アルコール依存症の方の心の底には、必ず「このままではいけない」 という気持ちがあります

しかし、度重なる酒の上での失敗を経る中で、自尊心を維持するために、コントロールを失いかけている(失っている)事が認めにくくなっていきます

自尊心を保つ為に 「否認」という防衛上着必要とするのです。

*この二つが、アルコール依存症を難治性の病気としている原因である否認」の根本的な原因です。

○「否認」を強める、二次的な要因

・「巻き込まれ」た ご家族などは、必死に責めたててしまう事も多いものです。このような「巻き込まれ」に基づく言動によって、さらに「否認」という防衛上着を重ね着する必要が高まります

イソップ寓話 「北風と太陽」 にある「北風」 のようなものです。

・巻き込まれたご家族などは、「北風」とともに 飲んだ後始末 をしてしまます

その為、酔っていた時の痕跡 が残っていない事も多く、ブラックアウトと相まって、さら自分の酒害を認識できない状況が強まります

・ご本人の酒害による問題を、周囲の人が解決してしまう事も多く、アルコール依存症者に不健康依存心を作り出します。

*これらの行動を “イネイブリング” と言います

アルコール依存症治療では、ご本人の治療を受ける意志が最重要で、それを引き出す為に「否認」を切り崩す事が重要です。

否認を切り崩す為のポイントは、身近な人のイネイブリングをなくしていく事です。

∴ご家族の行動の変容が必要 なのは、このような意味からです。

回復可能病気

アルコール依存症とは、飲酒する頻度や量を減らしていく事が不可能病気 です。

いっさい飲酒しない事、言い換えると「断酒」 をする以外に回復への道はありません。

正しい治療的行動を自ら続ける事で、「断酒」も不可能ではありません。

断酒継続する事で、治癒はしないものの、健康断酒生活が送れる可能性も十分あります

これがアルコール依存症からの「回復」です。

ポイント

断酒」は可能ですが、「節酒」は不可能です。

2021-05-22

anond:20210521210755

これ何かの寓話なのかな?と思って考えたんだけど判らない。

からマジレスしてしまうんだけど

自転車ほど追い風が明確にわか乗り物はないだろう。

車とかものすごくわかりにくいし、

バイクはわかるんだけろうけれど、

おっ?追い風じゃんラッキーみたいにはならないよね。

でも自転車追い風ときはっきりとわかるし漕ぐの楽になるからうれしいやん。

どうしても、わからないよ!っていうのであれば

厳しい向かい風のときにクルッと方向転換して

逆方向に走っていきにゃよ。そしたらわかるよ。

2021-05-12

もし自分がスガだったらオリンピックを強行する気がする

だって、なんだかんだ自分社会を恨んでるから

今、目の前に世界破滅するスイッチがあったら迷わず押してしまいそうである

もちろん、自分も消えるわけだが、これでこれまでの人生モヤモヤしたことがすべてスッキリする

リセット願望ってやつだ

もし自分がスガなら、

オリンピックを強行してもコロナの状況が大して悪化しなければそれもよし、

状況が悪化すれば尚良しという気がしなくもない

スガさんが状況を悪化させたって、処刑されるわけでもない

なんとなくなんだけど、そういう点ではスガ氏に似たものを感じなくもない

というか、自分よりも悪質なタイプなんじゃないかとさえ思ってる

自分はごちゃごちゃ言うなら学術会議自体スパッと廃止したらいいのにと思った派なのだけど、

結局、スガ氏のあの任命拒否も思い付きだったみたいで、

なんか、その場で自分が思ったとおりにならんと我慢ならんタイプなのではないか、と思えてきた

こういうタイプ田舎金持ちのお坊ちゃんに多いような気がする

というか、自分田舎でそういう同級生がいて、

そういうタイプと遊んでいて不愉快なことが多かったので偏見があるだけなんだろうけど、

普段は黙してるけど、突然癇癪を起こすタイプというか、

なんかスガ氏もそういうタイプみたいで、

といっても、同級生証言では、

普段いるかいないかからないぐらい存在感がなかったとか、

犯罪者同級生証言あるあるかよ、と思ったけど、

まあ、普段まりにも黙っている人ってのにも色々なタイプがいるわけだけど、

癇癪を起こすというのはストレスを溜め込むタイプでもあると思うんだよね

あと、意外と忍耐力がない人だったり

から金持ちの家庭でも、家庭生活で親が抑圧的な人だったりすると、

子供ストレスを溜め込むわけで、そこでグレるとか反抗期とか吐き出さなタイプだと、

学校とかで俺たちに癇癪をぶつけてくるとか、そういうメカニズムな気がした

まあ、その家の親も含めて、凡人の自分はなんか色々気に喰わなかったんだよな

話を戻すと、官房長官の時点でもブチ切れるような話は週刊誌なりに出てたわけだけど、

それはアベシとの関係嫌悪になったからであって、

なんだかんだ権威主義というか、アベシに徹底的に逆らったら総理大臣への道が閉ざされてしまうわけで、

考えようによってはアベシもわざと延長を1年と決めてバトンを渡した可能性もある

スガ氏が官房長官だったとき週刊誌が言うように関係悪化してたなら恨みもあっただろう

でも、国の首相総理大臣になるのがスガ氏の人生の最終目標だろうし、それにも文句は言えない

総理椅子さえ譲ってもらえればそれで良し、という考えの人だと思う

そこに大義があるようには思えない

昭和だったらそれでも良かったんだろうけど、本人が掲げたように今は令和なんだけどね

コロナに打ち勝った証だの、1日100万回接種だのも周囲からも寝耳に水みたいだし、

思い付きで物を言う、権威主義ではあるので上がいるうちは従うが、トップにしたら癇癪を制御できない、

というのは、自分のような人間でさえトップとして、君主として最悪というか、

寓話というか、銀座英雄伝説というか、そんな世界の小物感が漂うわけだが、

うその船に乗ってしまっている感がなんとも…

俺は自分リセットスイッチでこの世界が吹っ飛ぶのは痛快だしたまらんが、

他人リセットスイッチ死ぬのは嫌なんだよな

自分自殺他人を巻き込むのはまだいいが、他人に巻き込まれるのは嫌なんだよ

スガさんも子供に恵まれたかったみたいだし()そんな気持ちだったりしてな

2021-05-10

anond:20210510101615

なんか寓話でありそう

最終的に全員スパイで潰そうとしてるはずの組織運営してるって

2021-05-06

anond:20201011021955

長い、白黒、抽象的(寓話的)、東欧

と言えばどうしたって「サタンタンゴ」を連想するわ。

7時間19分には及びもないが、よっぽど気合いが乗らなきゃスルーちゃうよね。

2021-05-04

anond:20210504013231

それも討伐されるやつは強くなるしか無いという方向の寓話に見えるんだよね

雑魚い虫に同情するやつはいない

いかわはある種の現代社会の縮図であり、総意の反映であり、それゆえ共感を呼ぶのだ

2021-05-01

Zガンダムでレコアさんが裏切ったのって

メタスみたいなスペックが低いマシンを充てがわれてたからでは?

転職したら充てがわれたマシンメモリが4Gだったか転職したみたいな

まりガンダムとか百式とかリックディアスだったら裏切らなかったのでは?

ライバル企業転職してほしくなかったら、まともなマシンをよこせみたいな、

そういう寓話だったのではないだろうか

2021-04-27

anond:20210427201610

働かなくても給与もらえて気が済むまでポスト確保させ続ける権利お国に与えられたがばかりに地雷と化してしまったってなんとも寓話的で素敵やね

2021-04-25

緊急事態宣言ってオオカミ少年みたいな受け止められ方をしてないか

あの寓話最後にひどい目に合ったのは村人に信用されなくなった少年だっただろうか

それとも少年の話を信じなかった村人だっただろうか

2021-04-07

anond:20210406154303

日本人は神は信じているけど、人は信じていない

大多数の人は信仰していない

キリスト仏陀なんかも信じてないし、聖書ファンタジーだと思っている

信仰なく、宗教の教えはその他の童話寓話、教訓、なんならラノベと同列に扱っている

ファンタジーから積極的否定もしないし肯定もしない

故に日本人宗教はない

anond:20210406154303

日本人は神は信じているけど、人は信じていない

大多数の人は信仰していない

キリスト仏陀なんかも信じてないし、聖書ファンタジーだと思っている

信仰なく、宗教の教えはその他の童話寓話、教訓、なんならラノベと同列に扱っている

ファンタジーから積極的否定もしないし肯定もしない

故に日本人宗教はない

2021-03-25

雑誌映画秘宝』の記憶(26)

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.05)

元『映画秘宝編集部員の秋山直斗(ナオト)さんにも不正義や不公正と一緒に闘ってもらえるように、引き続き頑張ります。これまでと同じく、出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判』(2002年洋泉社)、発言者を「町山」及び「柳下」と表記記述形式

   [ページ数]

   発言者発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

 なお、問題発言だけでなく「今から見返したら『味わい深い』」と云う発言も有ります

〈警告!〉「同性愛者に対する差別発言」などの引用が含まれるため、読むと気分が悪くなる可能性が有ります

引用ここから

[p213]

【※】『スペースカウボーイ』の話題

 柳下:『スペースカウボーイ』って『アルマゲドンそっくりだよね。

 町山:あれは「ドカタは地球を救う」だったけど、こっちは「ジジイ地球を救う」。

【※】肉体労働者に対する差別意識も度々見られる。

(初出『映画秘宝』00年vol.19+『MEN’S CLUB』00年11月号)

[p217]

【※】『X-MEN』の話題

 町山:最初ゲイブライアン・シンガー監督ってことで心配してたんだ。ゲイジョエル・シュマッカー監督の『バットマン』(89年)が新宿オカマパブのショーみたいだったからさ。

【※】町山智浩が貶す基準の一つが「ゲイであること」です。

[p219]

【※】『パーフェクトストーム』の話題

 町山:男にはダメだとわかっていても、荒波に立ち向かわなきゃならない時があるんだよ!

【※】立ち向かうよりも、逃走するパターンの方が多くないでしょうか。

(初出『映画秘宝』00年vol.19)

[p222]

【※】『マルコヴィッチの穴』の話題

 町山:でも『シュワルツェネッガーの穴』だったら入りたいというか、入れたい人多いと思うよ。淀川先生とか(笑)

【※】またも、反撃ができない故人のセクシュアリティ揶揄

(初出『映画秘宝』00年10月号)

[p229]

 柳下:さて、最近スキャンダルといえば、まずはメグ・ライアン不倫ですね。ヘッヘッヘッ。

 町山:それ、嬉しいか

 柳下メグ・ライアンって、日本じゃ好感度女優で、良妻賢母イメージだけど、夫と息子を捨てて、年下の種馬ラッセル・クロウに走った。ほれ見ろ。僕は昔から絶対バカ女だと思ってたんスよ。

 町山:バカ女に決まってるよなー。

【※】個人的好き嫌いはともかく、必要以上に不倫スキャンダルの発覚を囃し立てたり、バカ女呼ばわりしたりと、女性憎悪蔑視感情垣間見える。

[p231]

【※】節の小見出しが「演じたいレズ否定したいホモ?」と差別意識を顕にした表現。それに続けてまたも「疑惑」呼ばわり。

 町山:本人が否定しても否定しても、一向にゲイ疑惑が消えないケヴィン・スペイシー

(中略)

【※】『ペイ・フォワード』で共演したヘレン・ハントケヴィン・スペイシーとの交際情報が流れた話題に。

 柳下:だからスペイシーに乗り換えたのかも。「オスカー男優の方がいいわ。ホモハゲだけど」(笑)

※最終的には交際否定されたとはいえ他人交際相手揶揄するのも如何なものかと思うし、加えて「ホモだけど」と言うのは欠点呼ばわりで明確に差別でしょう。

(初出『クレア』00年12月号)

感想他人恋愛沙汰や不倫スキャンダル話ではしゃぎ過ぎると後でしっぺ返しを受けるという、まるで寓話を見ているようです。

今回はここまでにします。ヘイル・サタン

【2021/03/26誤字脱字等を訂正しました。】

2021-03-21

anond:20210317050415

あれから日経ってすっかり忘れていたけど寝起きでふと気づいた

このエントリは何かを伝えようとした寓話、あるいは寓エントリなのではないだろうか

そういう事か

思い当たる節あるし

俺の場合はたまにわざとやっている

というか、元の文がそうなんだから

それは俺の責任じゃなくて筆者の責任だと思うんだが

元の文でたまに出てくるおちゃらけテイストを最大限伝えようとしている

逆に聞くけど、じゃあむしろ俺が改変して

口調を揃えろということか?

2021-03-12

なぜ僕や君の増田が注目を集めないのかその答えが

単に陰謀であるだけだ

僕らは思い思いのことを書き連ねることになるだろうということ

一緒に頑張ろうな

世界をよくするためとは言わないまでも

おおよそ共感して欲しいトピックを上げ続ける

そうだろ

こうして世界最大のブックマーク数を誇るページが出来上がったのである

そうでなくても1ユーザーブックマークは獲得したのである

そういいつつもそうこれは0ユーザー数を目的としたものであった

これは寓話になり俺は最強である(いや筋肉モリモリの柔道部にはかなわんさ)

2021-03-11

庵野や頭のいい日本人の持つ「アニメ漫画子供卒業しなさい」思想の正体は複雑である

すべては「アニメ漫画政治を持ち込むな」精神が根源だと自分は考える

 

例えばアメリカなんかは、SVODのオリジナルドラマでも普通にアメコミ原作作品が多い

これは社会問題容赦なくぶち込む、真摯に考えるアメコミ性質が絡んでる

奇を衒った馬鹿馬鹿しいアメコミでも、社会問題を扱えば実写化した際、リアリティラインが高く鑑賞に堪えうるのだ

 

また、ネトフリでは普通にドキュメンタリーも(アメリカでは)ランキングに入ったりするし

視聴する作品にたいしてリテラシー要求する文脈があちらでは明確に存在する

ので大人でも普通にコミックを読む文化があり、庵野のように突き放したメッセージは少ないものだ(レディプレイヤーワンが近かったが)

 

翻って日本アニメ漫画政治を持ち込むのは否定される

あったとしても与党有利のプロパガンダ作品ばかり

これは基本的オタクは「気持ちのいい世界を壊したくない」という本能的、性欲的な動機がすべてだから

なので不快だったり、仲間同士で対立したり、現実直視させる要素は排除される

(仲間が終始裏切らない鬼滅と、政治編に入った瞬間人気を失った進撃が対照的だ ゲースロも日本では流行らなかった)

  

では結局、庵野スピルバーグは何を否定したのだろう?

それこそがまさに「オタクにとって気持ちのいい」作品なのだ

 

現実直視せず、己の欲望だけで構成されたご都合世界

デビルマン銭ゲバなどの寓話性や哲学性を持てた時代と違い、そういうもの絶対正義である今の日本漫画アニメ

深入りすればすなわち宗教と化す(実際、アニメオタクとQアノン、トランピストの親睦性は高い)

 

アニメ漫画子供卒業しなさい」というお決まり文句は決して老害戯言でなく

現実直視しないオタククラスターへのリアル警句なのだ

2021-03-08

anond:20210308005636

なるほど

他者尊重するための想像力は、物語もつ寓話性によってのみ養われるということですね

2021-03-07

村上春樹文章は「うまくはないが読みやすい」(補足あり)

https://note.com/historicalmoc/n/n284957b96801

出したな! 俺の前で! 村上春樹文章の話を! 

村上春樹作品はほぼ読んだので大体同意だけれど、肝心の文章について全く語られていないのは片手落ちしか言いようがない。こういう何かを語っているようでその内実がわかりにくい言葉を並べるからハルキストだのなんだの揶揄られるんだ。ファンなら真面目にやれ。村上春樹以外の人間村上春樹の真似したら中身がない駄文しかならないって小学校で教わらなかったのか。

つーか村上春樹文章別にうまくねえから。特徴的で読解大好き人間ほいほいってだけ。

  1. リズムがあり、断定調である(巧くはないが読みやすい)
  2. 比喩表現を多用し、不思議モチーフをたくさん取り入れるが、書いてることの中身について説明しない
  3. めちゃくちゃはっきりした含意が含まれていることがある(ないこともある)

というこの3点が村上春樹文章もっとも印象に残る要素である。本気で語るなら時期によっての文体の変化とか、もっといえば情景描写についてもまとめたいのだけれど、とりあえず書き散らす。なお、3に関しては他作品に関する読解を含み、ひとによってはネタバレ解釈しうるものも混じるので注意。

1.リズムがあり、断定調である(巧くはないが読みやすい)

実例を挙げてみる。

四月のある晴れた朝、原宿の裏通りで僕は100パーセント女の子とすれ違う。

正直言ってそれほど綺麗な女の子ではない。目立つところがあるわけでもない。素敵な服を着ているわけでもない。髪の後ろの方にはしつこい寝癖がついたままだし、歳だってもう若くはない。もう三十に近いはずだ。厳密にいえば女の子とも呼べないだろう。しかしそれにもかかわらず、3メートルも先から僕にはちゃんとわかっていた。彼女は僕にとっての100パーセント女の子なのだ彼女の姿を目にした瞬間から僕の胸は地鳴りのように震え、口の中は砂漠みたいにカラカラに乾いてしまう。

村上春樹4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて

1文1文が短い。技巧的な表現を使うわけでもない。文章から浮かんでくるイメージ閃烈鮮烈なわけでもない。日常語彙から離れた単語を使うこともない(「閃烈鮮烈」とか「語彙」といった単語が読めない人間は思いの外多いからな。ここでの「外(ほか)」とか/悪いATOKに頼りすぎて誤用なの気づいてなかった。指摘ありがとう)。ただただ「シンプル」だ。わかりやすい。

また、冒頭の1文の次にくるのは「~ない」で終わる文章連続だ。テンポがいい。あと、どのくらい意図的なおかわからないが、↑の文章音読していみると適度に七五調がまじっているのがわかる。そして、大事なところで「彼女は僕にとっての100パーセント女の子なのだ。」という断言を入れる。リズムで読者を惹きつけた上ですっと断定されると、その一文がすっと印象的に刺さってくるのである

まり別にうまい」わけじゃないんですよ。ただ「読みやすい」。それにつきる。読みやすい以外の褒め言葉あんまり信用しちゃいけない。「うまさ」って意味なら村上春樹をこえる作家なんてゴマンといるし、村上春樹の「文章」がすごいなんてことは絶対にない。うまいとか下手とかを語るならナボコフあたり読んだ方がいい。

とはいえ個人的な所感だと、この「読みやすさ」は村上春樹発見あるいは発明した最大のポイントだ。「リズムがよくわかりやす文章で圧倒的リーダビティを獲得する」という、一見してみんなやってそうでやっていない方策村上春樹が徹底しているせいで、誰でも座れそうなその席に座ろうとすると村上春樹と闘わなければならない。

2.比喩表現を多用し、不思議モチーフをたくさん取り入れるが、書いてることの中身について説明しない

で、そのあとにくるのが「彼女は僕にとっての100パーセント女の子なのだ彼女の姿を目にした瞬間から僕の胸は地鳴りのように震え、口の中は砂漠みたいにカラカラに乾いてしまう。」という文章である村上春樹比喩表現は独特で、たとえば『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を適当パラパラめくって見つけた表現として、「不気味な皮膚病の予兆のよう」「インカの井戸くらい深いため息」「エレベーターは訓練された犬のように扉を開けて」といったものもあった。この、比喩表現の多様さは彼の最大の持ち味であり、真似しようにもなかなか真似できない。

そして何より、「100パーセント女の子である。何が100パーセントなのか、どういうことなのか、この6ページの短編ではその詳細が説明されることはない。ただ、語り手による「彼女は僕にとっての100パーセント女の子なのだ。」という断定だけが確かなもので、読者はそれを受け入れざるをえない。それはこの短編に限らない。「かえるくん、東京を救う」におけるかえるくんとは。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』における〈世界の終わり〉とは。「パン屋再襲撃」はなんでパン屋を襲うのか。「象の消失」で象はなぜ消失するのか。「レーダーホーセン」でどうして妻は離婚するのか。羊男ってなに。

こういった例には枚挙に暇が無い。文章単体のレベルでは「読むことはできる」のに対して、村上春樹小説比喩モチーフ物語様々なレベルで「言っていることはわかるが何を言っているかがわからない」ことが、ものすごく多いのだ。

3.めちゃくちゃはっきりした含意が含まれていることがある(ないこともある)

じゃあ、「村上春樹作品ふわふわしたものを描いているだけなのか?」と言えば、そんなことはない。村上春樹作品には「答えがある」ものが、地味に多い。

たとえば、「納屋を焼く」という作品がある。ある男が恋人の紹介で「納屋を焼く」のが趣味だという男性出会いふわふわした会話をして、ふわふわとした話が進み、語り手は時々恋人セックスをするが、そのうち女性がいなくなる。読んでいるうちは「そうか、この男は納屋を焼いているのか」という、村上春樹っぽいよくわからないことをするよくわからない男だな……という風に、読んでいるうちは受け入れることができる。

だけれど、この作品問題は、「納屋を焼く」とは「女の子を殺す」というメタファー可能性がある……ということを、うっかりしていると完全に読み飛ばししまうことだ(あらすじをまとめるとそんな印象は受けないかも知れないが、本当に読み落とす)。それが答えとは明示されていないけど、そう考えるとふわふわとした会話だと思っていたものが一気に恐怖に裏返り、同時に腑に落ちるのである

その他、上記の「レーダーホーセン」においてレーダーホーセンが「男性にぐちゃぐちゃにされる女性」というメタファーでありそれを見た妻が夫に愛想をつかした、という読みが可能だし、「UFO釧路に降りる」でふわふわゆきずりの女と釧路に行ってセックスする話は「新興宗教勧誘されそうになっている男」の話と読み解くことができる(『神の子どもたちはみな踊る』という短編集は阪神大震災地下鉄サリン事件が起きた1995年1-3月頃をモチーフにしている)。

勿論、これらはあくまで「そういう解釈可能」というだけの話で、絶対的な答えではない。ただ、そもそもデビュー作『風の歌を聴け自体断章の寄せ集めという手法をとったことで作中に「小指のない女の子」の恋人が出てきていることが巧妙に隠されていたりするし(文学論文レベルガンガン指摘されてる)、「鼠の小説には優れた点が二つある。まずセックス・シーンの無いことと、それから一人も人が死なないことだ。放って置いても人は死ぬし、女と寝る。そういうものだ。」と書かせた村上春樹がその小説の中で実は死とセックスに関する話題を織り込みまくっている。近作では『色彩をもたない田崎つくると、彼の巡礼の年』で○○を××した犯人は誰なのかということを推測することは可能らしい。

何が言いたいか

まり村上春樹は信用できないのである

たとえば、『ノルウェイの森』で主人公自分のことを「普通」と表現する箇所があったが、村上春樹作品主人公が「普通」なわけない。基本的信頼できない語り手なのだ。信用できないからしっかり読み解かないといけないようにも思える。

(なお、なんなら村上春樹自分作品について語ることも本当の部分でどこまで信用していいのかわからない。「○○は読んでない」とか「××には意味がない」とか、読解が確定してしまうような発言はめちゃくちゃ避けてる節がある)

ただ、勿論全部が全部そうというわけじゃなく、羊男とかいるかホテルって何よとかって話には特に答えがなさそうだけれど、『海辺のカフカ』『ねじまき鳥クロニクル』『1Q84』あたりは何がなんだか全くわからないようにも見えるし、しかし何かを含意しているのでは、あるいは村上春樹本人が意図していないことであっても、読み解くことのできる何かがあるのではないか、そういう風な気持ちにさせるものが、彼の作品なかにはある。

このように、村上春樹メタファーモチーフには、「答えがあるかもしれない」という点において、読者を惹きつける強い魅力があるのである

増田も昔は村上春樹を「雰囲気のある作家」くらいの認識で読んでたんだけど、『風の歌を聴け』の読解で「自分作品ちゃんと読んでないだけだった」ということに気づかされて頭をハンマーで殴られる経験してから村上春樹には真面目に向き合わないと良くないな」と思い直して今も読み続けてる。

……なお、それはそれとして、セックスしすぎで気持ち悪いとか(やれやれ。僕は射精した)、そもそも文章がぐねぐねしてるとか(何が100パーセントだよ『天気の子』でも観とけ)(なお「4月のある晴れた朝に~」が『天気の子』の元ネタひとつなのは有名な話)、そういう微妙な要素に関して、ここまで書いた特徴は別にそれらを帳消ししてくれたりする訳じゃないんだよね。

たとえば『ノルウェイの森』は大多数の人間経験することの多い「好きな人と結ばれないこと」と「知人の死を経験し、受け入れること」を描いたから多くの人間に刺さったと自分は思っているが、だけどそれが刺さらない人だって世の中にはたくさんいるのは想像に難くない。

から、嫌いな人は嫌いなままでいいと思う。小説は良くも悪くも娯楽なんだから

余談

マジで村上春樹論やるなら初期~中期村上春樹作品における「直子」のモチーフの変遷、「井戸」や「エレベーター」をはじめとした垂直の経路を伝って辿り着く異界、あたりが有名な要素ではあるんだけれど、まあその辺は割愛します。あと解る人にはわかると思いますがこの増田元ネタ加藤典洋石原千秋なので興味ある人はその辺読んでね。

文章うまい」に関する長い補足(「小説文章」に限定

「うまくない」って連呼しながら「『うまい』のは何かって話をしてないのおかしくない?」 というツッコミはたしかにと思ったので、「この増田が考える『うまい』って何?」というのを試しに例示してみようと思う。村上春樹に対する「別に文章うまくない」とはここで挙げるような視点からの話なので、別の視点からのうまさは当然あってよい。

小説家の文章が読みやすいのは当たり前だが、「文章が読みやすい」なら「文章が読みやすい」と書けばいいのであって、わざわざ「文章うまい」なんて書くなら、そこでの文章」は「小説じゃなきゃ書けない文章であるはずだ。

じゃあ、増田が考える「(小説の)文章うまい」は何か。読んでる間にこちらのイメージをガッと喚起させてくるものが、短い文章のなかで多ければ多いほど、それは「文章うまい」と認識する。小説のなかで読者に喚起させるイメージ情報量が多いってことだから

具体例を挙げてみる。

 長い歳月がすぎて銃殺隊の前に立つはめになったとき、おそらくアウレリャーノ・ブエンディーア大佐は、父親に連れられて初めて氷を見にいった、遠い昔のあの午後を思い出したにちがいない。

 そのころのマコンドは、先史時代怪獣の卵のようにすべすべした、白く大きな石がごろごろしている瀬を澄んだ水がいきおいよく落ちていく川のほとりに、竹と泥づくりの家が二十軒ほど建っているだけの小さな村だった。

ガルシアマルケス百年の孤独』の冒頭。大佐子どもの頃を回想して大昔のマコンドに話が飛ぶ際、「先史時代の」という単語を選んでいることで文章上での時間的跳躍が(実際はせいぜいが数十年程度のはずなのに)先史時代にまで遡るように一瞬錯覚する。

津原泰水バレエメカニック』1章ラスト昏睡状態のままで何年も眠り続ける娘の夢が現実に溢れだして混乱に陥った東京で、父親世界を元に戻すために夢の中の浜辺で娘と最期の会話をするシーン。

「お父さんは?」

「ここにいる」君はおどける。

彼女は唇を尖らせる。「五人兄弟の」

「さあ……仕事で遠くまで出掛けているか、それとも天国かな。お母さんがいない子供は いないのと同じく、お父さんのいない子供もいない。世界のどこか、それとも天国、どちらかに必ずいるよ」

 彼女は君の答に満ち足りて、子供らしい笑みを泛べる。立ち上がろうとする彼女を、君は咄嗟に抱きとめる。すると君の腕のなかで、まぼろしの浜の流木の上で、奇蹟が織り成したネットワークのなかで、彼女はたちまち健やかに育って十六の美しい娘になる。「ああ面白かった」

 理沙は消え、浜も海も消える。君は景色を確かめ自分腰掛けていたのが青山通り表参道形成する交差の、一角に積まれ煉瓦であったことを知る。街は閑寂としている。 鴉が一羽、下り坂の歩道を跳ねている。間もなくそれも飛び去ってしまう。君は夢の終焉を悟る。電話が鳴りはじめる。

作中の主観時間にしてわずか数秒であろう情景、ありえたかもしれない姿とその幸せ笑顔から夢のなかで消えて一瞬で現実に引き戻すこの落差、そこからまれる余韻の美しさですよ。

あるいは(佐藤亜紀小説ストラテジーから受け売りで)ナボコフ「フィアルタの春」という小説ラスト

フィアルタの上の白い空はいつの間にか日の光に満たされてゆき、いまや空一面にくまなく陽光が行き渡っていたのだ。そしてこの白い輝きはますますますます広がっていき、すべてはその中に溶け、すべては消えていき、気がつくとぼくはもうミラノの駅に立って手には新聞を持ち、その新聞を読んで、プラタナスの木陰に見かけたあの黄色自動車がフィアルタ郊外巡回サーカス団のトラックに全速力で突っ込んだことを知ったのだが、そんな交通事故に遭ってもフェルディナンドとその友だちのセギュール、あの不死身の古狸ども、運命の火トカゲども、幸福の龍どもは鱗が局部的に一時損傷しただけで済み、他方、ニーナはだいぶ前から彼らの真似を献身的にしてきたというのに、結局は普通の死すべき人間しかなかった。

ふわーっと情景描写ホワイトアウトしていって、最後にふっと現実に引き戻される。この情景イメージの跳躍というか、記述の中でいつの間にか時間空間がふっと別の場所に移動してしまうことができるというのがナボコフの特徴のひとつである

散文として時間空間が一気に跳躍して物語世界を一気に拡張してしまう、この広がりを「わずかな文章」だけで実現していたとき増田は「文章うまい」と認識する。自分村上春樹文章を「うまくない」って書く時、そのような意味での「小説としての文章」を判断軸にしてた。

村上春樹は下手ではない。村上春樹に下手って言える人いるならよっぽどの書き手だし、その意味村上春樹に関しちゃ言うことはないでしょう。しかしごく個人的私見を言えば、「文章」って観点だと、文章から喚起されるイメージに「こちらの想像を超えてくる」ものがめちゃくちゃあるわけではないと思う。

日本語文法に則りシンプルで誤解の生まれにくい文章を書くことは高校国語レベル知識可能で、その点村上春樹文章プロとしてできて当たり前のことをやっているに過ぎない。平易な文章を徹底しつつその内実との間に謎や寓話モチーフを織り込んで物語を構築するところがすごいのであり、そこで特段褒められるべきは構成力や比喩表現の多様さだろう。その際に使うべきは「構成力がうまい」でも「比喩表現うまい」であって、「文章」などという曖昧模糊とした単語で「うまい」と表現することはない。小説=散文芸術において「文章うまい」と表現しうるときもっと文章としてできることは多いはずなので。そして、このことは、村上春樹がしばしば(「小説」ではなく)「エッセイ面白い」と言及されることと無関係ではない。

ちなみに、増田津原泰水ナボコフ文章技巧には翻訳村上春樹じゃおよぶべくもないと思ってるけど、面白いと思うのは圧倒的に村上春樹ですよ。技巧と好き嫌いは別の話なので。

ここで書こうとした「うまさ」は佐藤亜紀がいうところの「記述運動」を増田なりに表現したもので、元ネタ佐藤亜紀小説ストラテジー』です。

2021-03-01

anond:20210301165009

生物由来の肉が残ったとしても、現代ジビエ料理のようなブランド価値に頼った商品になると思う。

これは的を射ていると思う。

1500年前は日本では獣肉や卵は禁忌とされていた(仏教理由)。

にわとりの卵を煮て売っていた人間が、にわとりの化け物に「子供より可愛いものはない」と言われながら追いかけられて焼かれてしまったという話がある。

もちろん寓話だが、当時はそんな価値観が主流だったのである

https://is.gd/NQCIRR

https://is.gd/D5mgnW

2021-02-23

anond:20210223222547

どういうこと?

夏目→猫目線で?

芥川寓話古典から似た噺を引っ張ってくる?

2021-02-15

anond:20210215111341

ファブルは、英語で「fable」です。

フランス語にも、同じ寓話という意味の「fable」という単語があります

英語ファブル(fable)には、「嘘をつく・寓話を作る」という動詞としての使い方もあります

ぬまくんぬまくん

フランス昆虫学者のファーブル(Fabre)もいるわん!

くろちゃんくろちゃん

フランス名字だにゃん!「Favre」とも表記するにゃん!

2021-02-09

螽斯

「アリとキリギリス」という寓話お話ではアリ側から慈悲をかけているけど、現実世界では外野であるカブトムシ辺りが「アリさんよーそんなに持ってるなら助けてあげなよー」とか言ってくるし、それどころかキリギリス側が「困っているキリギリスを助けるのはアリの義務だ!」とか言ってくる。

虫以下。

2021-02-08

一昔前に比べて考えられないくらい清潔で豊かで自由平等社会になったけど、子供が生まれなくなって先細りになって崩壊していくサピエンス寓話

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん