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2019-01-26

fate//ZEROとStayNightの矛盾点を指摘する人の気が知れない

HFが公開されたついでに、ZEROとSNを見直したりしていた。んで、snの人がわりとZEROを受け入れてないという話がちらほら聞かれるんだが、正直まったく共感できないので書き散らす。個人的に思うんだが、snとZEROをやたら違うといいたがる奴は、単にセイバーに対するキャラ萌えが足を引っ張ってるんじゃないかZEROでのセイバーの扱われ方が気に食わないか虚淵に噛み付いてるんじゃないか

セイバー騎士道馬鹿ではない

よくこういう反論を聞くんだが、これってそんなに重要ことなのか?ZERO騎士道馬鹿みたいな描かれ方をしていたことが気に食わなかった、としか読めないんだが。ZEROにおいてセイバー挫折切嗣との決定的な考え方の違いや齟齬を描く上で、彼女英雄としての立場と実際に救われる側の意識の違いは避けて通れないし、『祖国を救った救世主』が何故『民草の心が分からない人物』と評価を下されるに至ったかにおいて、十分説得力のあるデフォルメになっていたと思うけどな。ZEROでの出来事彼女に大きな影響を与え、SNでの行動になっている、という考え方を大きく嫌う理由も分からない。単に気に食わない、というだけにしか聞こえない。SNにおける士郎の謎な『女の子は守る』行動なんかよりもよっぽどZEROにおけるセイバー騎士道理念という行動基準は至極まっとうで納得できる設定に思える。それにSNでもセイバーは愚直で不器用少女として描かれていたと思う。そういう意味でも、騎士道を前面に押し出す選択が何故そこまで矛盾表現されるのかが分からない。さっぱり理解できない。

セイバーの願いが『選定のやり直し』から祖国の救済』に変わっている

これも反論としてよく効くんだが、これってそんなに(ry 実際ZEROの影響を受けてSNで変わったと考えてもまったく問題ないんじゃないの?『選定のやり直し』も本質的には祖国の救済であることに変わりはないだろう。どこに矛盾があるのか??というよりこの二つにそれほど大きな乖離があるとも思えない。ただセイバー自分自身がその役を辞すことを望んでいるというだけで、その理由も明確にZEROで示されているだろう。むしろZEROではセイバー挫折をしっかりと描いているわけで、これほど説得力のあるスピンオフもないと思うんだが。

イスカンダルギルガメッシュとの問答シーンでのセイバーの扱われ方が不満

ここはむしろZEROの良いところだと思うんだが。やっぱりセイバーに対するキャラ萌えが起こしている不満なんじゃないかセイバーの『人の心が分からない』理由は、『聖人である』ことが原因だ、という至極全うな指摘だろう。イスカンダルギルガメッシュが正しいとは言っているわけではないが、セイバーに欠けている資質をこれ以上ない仕方で言い表していたと思うぜ。実際よくあることなんじゃないか?人を大いに動かすのは夢を持つことであり、大成する人間はたいていそういうものちゃんと持っている。それは言い方を変えれば『欲望』だ。学校優等生だったからといって、世の中に出て大成するわけじゃない。優等生優等生的な生き方しかできないし、大抵そういう子は世の中に出て挫折経験してしまものだろう。重要なのは自分がどうなりたいのか、何をもってして幸福になるのかをきちんと考えることであり、いわばそれは『利己的になること』そのものだ。そこを見据えずに幸福のための『自己犠牲』と『優等生的な生き方』だけを追求してしまえば、やり方は間違っていなかったはずなのにどういうわけか息子や娘がグレてしまった親=国を救えなかった王、となってしまうことはさほど想像に苦しくないと思うし、SNのセイバー矛盾するとは思えない。

おそらくだが、イスカンダルギルガメッシュが正しい、みたいな描かれ方が気に食わなかったんじゃないか?それはあくまで作中での描写であって別にセイバーが間違っていると断罪したわけではなく、そういう受け取り方をしたのは「あくま視聴者」だろ。そしてそういう風に受けとれるような作品の作り方をしている。だってそういうコンセプトなんだもん。それを真に受けて「あんな書き方はないんじゃないかセイバーの扱いがあんまりだ」と反感を買うのは、ぶっちゃけ作者の思うツボであって、むしろそういう読者の反応を引き出すことが出来ている虚淵さんが上手いと俺は思うけどね。

セイバーエクスカリバーイスカンダルジャンプでよけたことが不満

これってそんなに(ry  こういう発言自体疑惑を抱かざるを得ない原因というか、、やっぱりsnとの矛盾点を指摘する奴らのセイバーに対するキャラ萌えから来る擁護愛がすべての根っこだと思えてならない。お前らそんなにセイバー好きかよ??

ZEROにおける『騎士の誇り』を否定する描き方が不満

これもやっぱり否定された、と思ったのは「視聴者」であって(ry 切嗣セイバーとの考え方の決定的な断絶を表す上ではこれ以上ないほどの表現であろう。セイバー切嗣は根幹は似ているけど、置かれている立場が決定的に異なるせいで、視座の違いからどうしても見解が相容れないものになってしまった。間違っているわけではないけど、結果的挫折に繋がってしまった決定的なセイバー視点の見逃をここまできっちり描いているスピンオフは明らかに原作リスペクトからくるものだし、正直この点はきのこ氏の描き方よりも虚淵氏の描き方の方がはっきり言って上手い。むしりSNも虚淵氏が書いた方が、士郎のキャラクターとしての説得力もっと増すんじゃないかとすら思う。そもそもZEROという作品は「騎士道批判している」わけではないし、別にセイバーが間違っていると断罪する作品というわけではない。ただセイバーの『実直で気品と正道を重んじる在り方』(それそのものは正しく、そしてそれがあるからこそ世界を成り立たせている非常に重要な要素)=優等生であるからこそ、彼女挫折した、という運命フェイト)についてきっちりした情報補完をしただけ( というか優等生ってのは挫折するって相場が決まってんだよぶっちゃけ。もうそれは運命みたいなもんだ。彼女別に失敗したわけではなくて、為政者としてあまり優等生であり正解を選び続けて成功し続けたからこそ、運命的にというか優等生宿命的に王として国が滅亡するという結果になったというか。そこに王としての自分のあり方はあったけど、もっとそうではない生き方についての考察がなかったというか)

なんでこういう感想(「セイバーの扱い方が不満」)になっちゃうのかというと、やっぱりキャラ愛のせいなんじゃない?「ボクのセイバーはこんな無能じゃない!!」みたいな?

切嗣セイバー関係原作SNと大きく矛盾している

これに関しては矛盾というか、印象論だと思うんだよな。だってSNであんまり切嗣の話しないじゃん。ほとんど語られていない内容に矛盾も糞もあんのかよ。

(1)三回しかしかけないなんて切嗣が幼稚すぎて、効率主義とは思えない

三回についてはSNの設定準拠だろ。というか、そもそも効率を考えるとコミュニケーション重要だ、という主張そのものが間違ってると思う。だってコミュニケーションを取れない奴って現実いるからね。コミュニケーションって言葉は基本「相手自分の言うことを分かってくれる」という思い込み押し付けから来る理想論であって、本質的に人と人は分かり合えないものだし、対立って本質的には決定的なもので落としどころを作って妥協するしかない代物だし。最終的には殺し殺される関係で結果だけがすべてを物語るという世界に生きて何よりもそれを重視してきた切嗣が、「正しさ」とか「語る」なんてまどろこっしいことするか?ぶっちゃければ軍隊みたいなもんだよ。「視聴者」として層が厚いだろうヲタクが一番大嫌いな体育会系世界理屈だよこれは。そりゃお前らには受けが悪いだろうけどさ、やっぱり問答無用じゃないと先に進まないことってあるぜ。それのどこが幼稚なのかさっぱり分からんアイリを間に噛ませることで精神的なケア軋轢をしっかりと回避しているあたりも、切嗣はしっかり妥協をしている。妥協できる奴っでのは子供じゃなくて大人代表だよ。そういう意味でも、切嗣の行動が幼稚だという指摘は受け取り手側の問題といわざるを得ない。

(2)切嗣が泣き言言い過ぎ

これって矛盾なのか???切嗣ロボットになりきれなった人間。これを見事に表現できていると思うんだが。

(3)切嗣セイバーペアが強かったと思える程の活躍をしていない

これに関しては表現問題しか言いようがない。が、別に矛盾でもないだろう。セイバーはもともと最優サーヴァントなわけで、そこにさらに「星の聖剣」を使える奴をセイバーとして召喚できたらそりゃ強いに決まってる。作品では内輪事情に踏み込んで表現されているからさほどそうは見えないが、相手からすりゃ十分脅威だったと思うし、結果的セイバー相手方のサーヴァントをきちんと切伏せているわけだからその名に恥じない活躍をしている。単に「扱われ方がセイバー推しには納得のいくものではなかった」っていうだけ。それにしたって、ZEROセイバー挫折を描くというコンセプトで作られているのだから、当たり前のことなはずだが。

(4)ケイネスを殺した後の、切嗣セイバーアイリをはさんでの会話=「英雄のせいで戦場悲惨さが覆い隠されている」という話が意味不明

なにが意味不明なのか分からない。切嗣言葉には説得力しかないと思うんだが。そもそもこの反論ってセイバー英雄馬鹿ではないとしたら成立しないのでは?彼女英雄馬鹿ではないのなら、切嗣のこの考え方に賛同してもおかしくはない。戦場地獄であり騎士道なんてもので誤魔化そうとも敗者は敗者でしかないし、そもそもいくら周りがなんといおうと本質的兵士英雄として死んでいくわけではない(※この辺は与謝野晶子でも読んどけって感じでいまさら語ることでもないだろ)このくだりを意味不明と扱うのは、やっぱりセイバー切嗣にけちょんけちょんに言われているという扱われ方不満なのであって、ストーリーの完成度というよりは単にキャラ萌え問題なんじゃないのか?

ていうかそんなにセイバーが好きか?

見ていて多分ここが決定的に違うと思うんだよな。増田別にセイバーきじゃないです。リビドーをぶつける対象ではあるけど、それ以上の目線特にないです。別に彼女のあり方とか考え方とかにはあまり興味もないし、snを通してセイバーが最終的に救われたとも特に思わない。そもそも士郎自体理解不能に描かれているので「士郎がどうにかしたいと思うセイバー」という存在にもあまり共感は出来ていないのがそもそもの原因だとは思う。ぶっちゃけセイバーENDよりもUBWエンドの方が好きだしな。。。士郎は何かとセイバー不憫に思ったり彼女を救いたいと思ったりしているけど、セイバーってそういう存在だっけ??という違和感がどうしても先行してしまう。もともとヒロイン枠で作られた存在ではなかったというだけあって、やっぱり攻略対象としてはちょっと異質なのが彼女なんじゃないかなぁ。。。

ZERO原作矛盾批判する人はやっぱりどこかsnセイバー好きな感じがあって、snセイバーものすごく神聖ものとして扱っている節があるんだけど、個人的にそれは癌だと思う。だってsnのセイバーってストーリー強度や設定で言えばかなりガバガバで無理がある存在なんだよ。あそこでキャラクター個性をFixしてしまうと、そりゃその後の作品が受け付けなくなるよな、と思う。キャラ萌えひとつ作品の楽しみ方ではあるけれど、もっと純粋ストーリーとしてのFate考察をするべきでは?

余談:snのセイバー好きの人はHFの桜とか嫌いなんじゃね?

これも結構あって、俺はわりと桜好きなんだよなー。Fate//EXTRA CCCとかのBBを見てると、桜はリビドー対象としてもヒロインとしても実に正統派だと思うんだけどどうなんだろう。HFルートはいいと思うよ、あれ。桜嫌いって言う人がわりといるんだけど、結構確率セイバー好きが混じってる気がする。そしてそういう奴に限ってsnセイバーに拘ったりする。まあ楽しみ方は人それぞれだし、別に俺はキャラ愛を誰かと共有したいとかそういう願望はないんだけど、あえてここに切り込みをいれると、おそらくこういう層の楽しみ方や考え方ってある種アイドルヲタに似てるんだよね。自分推しメンがいて、それを共有できるかできないか、みたいな思考回路なんだと思う。いいとか悪いとかではなくて、まあそういう思考回路なんだってことなんだけど。

問題なのはアイドル的な楽しみ方でFateを語るときに、そこにZEROとsnにおけるセイバーの扱われ方の確執という問題が起こっているに過ぎないのであって、決してZERO矛盾しているというわけではないということを俺は断言したい。そういう意味でもイスカンダル女体化ではなく渋い男として表現した虚淵ファインプレーと称えたいし、設定ガバガバで厨二前回の型月Fateシリーズの中で実に渋い出来栄えとなっているZEROを俺は推したい。ZEROという作品のおかげでFateキャラ萌えだけではない作品になっているし、切嗣代表とする厨二とはまた一線を画すキャラクターが織り成す絶望と儚く淡い幸福への渇望の描き方が非常に上手い、絶妙作品になっている。OPの曲もいいしね。

2019-01-25

anond:20190125054134

だってFate魔術師はたいてい代々の家業だもん

ウェイバー切嗣とかは一時的マンションみたいなところを住み家にしてても違和感ない

2018-06-05

anond:20180604012358

いや王の仕事はまず国民生活の安定だろ。

生き方を示したとか単なる自己満足やん。

部下ならまだしも、当時の農民とかが王の背中で語られた!とか本気で考えてたと思うか? あり得ねーだろ。

東征なんて雲の上の王様が雲の上でやってた事でしかなかったろうし、民衆には単なる迷惑だったんじゃねーの。

国内統一たかもっと大きい夢を見せるぞ!とか言って朝鮮出兵したどっかの老害猿と同レベル

あの場に切嗣がいたら何て言ってたんだろうな。

2017-10-17

anond:20171017150542

成る程。

虚淵玄氏が脚本〜みたいな事聞いてたかまどマギサイコパスレベルの鬱が待ち構えてるんだと思ってた。

ちなみに切嗣氏が師を葬る所までしか見てないのでネタバレはご勘弁下さい

anond:20171017073305

そうかも。特に切嗣が師を失ったシーン。

本人があまり感情の起伏がない性格の為か、あんまり感情移入出来なかった。涙もどっか唐突に思えてしまって…

本筋追うと鬱ってのもそういう意図も分かるんだけど、なんか決定打に欠けるというか…

2017-07-03

アニメ2017-2Q感想

名前が出てこないのは0話切り

5: 面白い(優先的に見たくなる)

ロクでなし魔術講師と禁忌教典

王道石鹸。あとちょっとだけ理屈っぽいのが良い。主人公、ほんと切嗣

サクラダリセット

台詞回しが最高。高校生とは思えないくらいに淡々とした登場人物ばかりなのだけどそれが良かった。

あと一応SF要素があるのだけど物語としての帳尻の方を優先しているのであまり気にならなかった。

兄に付ける薬はない!-快把我哥帯走-

テンポが良い。

アリスと蔵六

アリス可愛い。あと演技が良い。声質だけではあのアリス感はでなかったと思う。あとダブル大塚も耳が幸せ

つぐもも

王道バトル&エロ。ちゃんとエロかったしちゃんと熱かった。

エロマンガ先生

妹も可愛いけど山田エルフ先生が良すぎて--でも作者の傾向的に妹エンドなんでしょうって言うのがあれだけど--良かった。

俺妹でも一悶着あったらしいけどサブヒロインを魅力的にしすぎだと思う)。

ゼロから始める魔法の書

4.5 くらいの 5。ちょっとテンプレすぎるきらいはあるけど原作買ってしまうくらいには面白かった。

武装少女マキャヴェリズム

予算枠として楽しめた。キャルバリーといい「オネエ」表現を廻るジェンダーに関するPC的に問題がある作品が低年齢層に読まれるているというのが気にはなるが。

畠中祐ラノベ主人公というのも面白かった。

Re:CREATORS

金のかかっている臭いがする作品結構それだけで好き。って言うか正解するカドみたいにストーリーがだめでも映像BGMがしっかりしていればそれだけで見る気は起きてしまう。Re:Creators はこれからって感じだけど、楽しめている。

4: 面白い

クロックワーク・プラネット

3 に近い 4 だけどまあ一応楽しんでみていたような気がする。

ハーレムもので全員が恋人枠なのではなく、配偶者、娘、と家族に収まっていくのが新しい気がした。

だめSF要素があるけど主人公全然理解してないって口にしているのでOK.

リトルウィッチアカデミア

TRIGGER なので見た。動きはいいし、終わり方も良かった。でも新しさがなかった気がする。

3: 一応見た


銀の墓守り

なんかあまり記憶がない。

グラブル

ゲームを途中までやっていたのではじめ3話くらい退屈だったけど、声優キャスティングが全体的に豪華なので、見るというより聴いていた。

ソード・オラトリア

外伝的というか原作のつなぎだよなーという感じで流し見。あんまり盛り上がりがなかったような。ていうか完結してないし3Qもやるんだよな。

<2 切り

正解するカド

駄目なSFロジックがだめ。

カドを運ぶ時転がすくらいで「頭の切れる人」を表現しているのを見て馬鹿じゃないのかって思った。

カド重力を感じないようなものなら、立方体の対角を鉛直にした状態で滑らせればいいじゃないか

笑ゥせぇるすまん NEW

違和感しかなかった。

見逃し(VOD契約等の関係来季以降見るつもり)

2017-03-27

目的を成し遂げるために手段を選ばない主人公

が読みたいor観たいんだけど、誰かいる?

Fate/Zero切嗣セイバー適当におだてて上手いこと使ってたら完璧だったのになぁ。

2016-05-09

絶対恋愛関係に発展しないおっさん少女が見たいんだって100回くらい言ってる

おっさん少女、いいよな。好きだ。無骨おっさんと可愛らしい少女の組み合わせは色んな可能性に満ち溢れているよな。

別におっさんじゃなくてもいい。線が細い文系インテリ30代くらいの兄ちゃんでもいい。そんな兄ちゃんが少女とどんな関係性を築いているかというの、いいよな、萌えるよな。叔父と姪でもいいし引き取った養子でもいいし遠い親戚でもいい。

でもな、恋愛関係に落としこむのだけはやめてくれ。いいな。

おれはおっさん少女が色々あって父娘だったり兄妹だったりそういう関係になっていくのを見たいんだ。別に男女になっちゃいけないというわけじゃないが、そういうの多すぎないか

いや別にいいよ。最初から「これはおっさん少女が男女関係になりますよー!」と周知してくれてる作品はいいよ。ほら、『恋は雨上がりのように』、あれなんか親切だよな。最初からそういう展開になりそうだと明示されてる。

でもさ、『うさぎドロップ』とか『高杉さんちのお弁当』とか、あんなのどうやって回避しろっちゅーんじゃ! 特にうさドロ! 真面目な育児マンガ家族になっていく展開かと思ったら予想外すぎるわ! 確かに最終的には家族になってるけどおれが見たかった家族はそういうのじゃないんだ! 『ハチミツとクローバー』読んでて先生がはぐちゃんのこと好きだったなんて伏線をどこから読み取ればいいんだ!

最初からおっさん少女がいちゃいちゃちゅっちゅする本ならまあそういうのも嫌いじゃない(ツンデレ表現)ので普通に読めるし大好物ではあるのだが、育児モノetc.と見せかけて途中で恋愛モノになるのは罠すぎるだろ。

状況が逆ならまだ許容できるかもしれない。つまり世には少年を拾ったおばちゃんや姉ちゃんが少年と恋仲になる漫画が多々あるという状況だ。うん、それならまだ許せる。でも、そういう作品のおばちゃんや姉ちゃんはたいていまじめに母親やってるよな。

(あれ、でも、『Fate/Zero』のナタリアさんはあれ切嗣に惚れてたんだっけ? けど最終的に母親やること選んでるよな、うん)

けっきょく、おれがそういう展開嫌いなのは、男と若い女が仲良くしてたらいずれ恋仲になるだろ、みたいな安易な発想が多すぎるからかな。それは第一に想像力を狭めてるし、第二に、男は歳を食っても若い女と恋愛できるししてよいと社会的にみなされているけれど歳を重ねた女と若い男の場合はそうじゃない、という非対称に乗っかってて、なんというか男の端くれとしては忸怩たるものがある。

おっとポリコレがーとか言うのはよしてくれよ。別におれは社会正義の狂戦士じゃない。ただおれは良質な育児モノが読みたいし恋愛以外の方向に収斂する作品が読みたいってだけだ。そういう作品が悪いってんじゃなくて最終的にそういう作品になりがちな傾向をどうにかしてくれってことだ。何度も言ってるけど最初から「これは恋愛になりますよー」的な伏線を張りまくってる『一緒に暮らすための約束をいくつか』みたいなのは別にいいんだよ。あれは実に素晴らしかった。

そういう点でいくと今期待できるのは『シノハユ』かな。『夏の魔術』とか『夢幻都市』とか『晴れた空から突然に…』とかみたいな田中芳樹作品は割とそういう方向ではあるよな(おじさんは12歳くらいの女の子が好きなの? 好きだよ!)。他にもオススメがあればトラバブコメで教えてくれると助かる。

はぁー睦月型駆逐艦5番艦の皐月ちゃんを養女にしたい。

2015-06-25

Fate SN UBW 21話 メモ でもにっしょん

「俺の勝ちだ、アーチャー

「―――ああ。そして、私の敗北だ」

100万回見返したFate屈指の名シーンがついに来たな

UBWある意味でこの瞬間を迎えるための物語から、今回の演出特に力が入ってた

ufoスタッフの方々は本当にお疲れ様でした

・・・よし、来週は別の意味で大注目の回だな!ufoさんには期待してますよ~(ゲス顔)


素晴らしい点

決着のシーン。士郎がまっすぐにアーチャーへと突き進んでいくのがすごくよかった。

結界内の空の描写。士郎とアーチャーの心情を上手くあらわしている。空が晴れる描写は、士郎が理想を張り続けるということと、アーチャー

それを思い出すという両方をあらわしていると感じた。

セイバー描写。うまくFateルートの文を組み込むことで、セイバーの変化を示してTrueにつなげられる。まさかここからGoodはないよな……

ワカメ

不満点

蹴っ飛ばされた後、士郎が倒れてしまったこと。「倒れれば起きあがれないと、体が頑なに転倒を拒否していた。」のはずが、倒れてしまったの

で、モヤモヤした。

その後、立ち上がって間がかなりあったこと。士郎がかなり休んでいるように見えて、我武者羅さが半減されてしまった。


UBWでは士郎がアーチャー背中を押し、HFではアーチャーが士郎の背中を押す

この構図がほんと好き


そうなんだよ

UBWは士郎にとっては自分を救い出す物語で、アーチャーにとっては自分を取り戻す物語なんだ。偽りの正義を為していく内に自分を失ったエミヤ(切嗣含めて)を救えるのは、いつだって士郎なのだと思い出させてくれる回だった。


士郎が自分の信じたものを信じ続けるために立ち上がるように、

アーチャーだって士郎を殺す以前にまず折らないと、

今の自分承認できないんだよな。

アーチャーが士郎に追撃かけないのは、

士郎が立ち上がるのを諦めるのこそが見たいから

そこには自然と間が発生するから、上手いこと必要モノローグねじ込めると。

こういう流れだから、なんか、士郎が立ち上がるのに藻掻いてる間があるのも

あんまり違和感なかった。


社会システムにとっての善は個人を救わないよ的な話、及び現実論諸々。

士郎の助けたい人は顔の見える個人だけど

対象を個人として認識してるからこそ「一人も取りこぼしたくなくて」

結果、「より多くを」助けようとしだすと、

最終的にシステムにとっての善を行うことになるっていう自己矛盾

助けたいのは個なのにな。

その矛盾の極限が守護者なわけで、そこに至ってとうとうアーチャー

「そんな願いはそもそも間違ってるし、そもそもからして借物じゃねぇかー」

とか言い出したわけだ。

で、対する士郎の答えは

まりは憧れでも根底にあったのは願いだし、

達成できないのは願いの正しさを否定しねぇだろ俺は届かなくても歩み続るぞ、と。


EMIYAの使い方が面白かった。

最初流れた後に一瞬止まって、再び始まるというちょっと変わったシーン。最初のものと再開後のもの音楽微妙に違う。

思うに最初のEMIYAはアーチャーが士郎から影響を受けて響いてきたかつての理想。そのシーンで彼は月下の誓いを思い出しかけるが、認められず拒んだために、EMIYAが消える。

再開後のは間違いではないとする士郎の理想。音が増えて厚みをましたそれは、アーチャーに届く確固とした思いを表現している。アーチャーはその姿をみて、一度拒んだ誓いを完全に思い出す。

映像マッチした使い方だった。















2015-05-26

Fate Stay Night UBW 20メモ

そこだよね 翻訳日本語ニュアンスの違いとかいろいろあるんだろうけど、

この物語は、『可能性の1つに過ぎない未来自分が厄介なことに自分文句つけてきた』

なんてものじゃなくて、『命題の結末』としての未来が、その命題破綻していて

『間違っている』ことを告げ、お前は間違っているその在り方をどうするのかと問うてきた

それに対する士郎の答え っていうのがUBW主題なんだよ

士郎と切嗣の「全ての人を救う」という在り方は、そのもの最初から間違っている

でも 『誰かを救いたいという願い 全ての人に涙してほしくないという祈り』

その一番最初の一点、そもそもの最初の願いそのもの

それが決して『間違いなんかじゃない』というのが、士郎とこの物語の答えなんだよ

劇場版ときもその部分が描けていないと不満に思っていたか

次回予告でそのポイントをちゃんと押さえてくれることが分かって凄く嬉しい


アーチャーは別の媒体だと自分生き方を「サバイバーズ・ギルト権化」だと言ってるな。

メサイアコンプレックス英雄視されることが自己承認欲求の昇華に繋がるから士郎には当てはまらないと思うよ。

士郎は他人自分を認めて貰いたいとかこれっぽっちも思わない人間だし、凛に心配された時すら凛のお人好しさに感動してるし。

しろ自分価値が低くて、生き残った事に罪悪感を持ってて他人を助けなきゃ!!ってなるから確かにサバイバーズ・ギルトの方が合ってると思う。


「士朗がアーチャーになる可能性はほぼ無い」ってのは、

きのこが凛というキャラを通じて残したささやかな救いであって、それ自体はこの話のテーマじゃない。

これは士朗の救済の話じゃなくって、あくまアーチャー(士朗の未来)の救済の話。

「悔しいけど私じゃあいつを救えない」って言葉の通り、凛ではどうやってもアーチャーは救えない。

アーチャーは、他でもない士朗によって救済されるんだよ。

それは守護者でなくなるとか、そういう設定上の話ではなく、

もっと根本的な、自己肯定によって。

アーチャーが苦しんでる本当の理由は、守護者になったからでも、地獄を見たからでもなく、自分を見失ったからなんだよ。



確かクリア後のタイガー道場(?)でアーチャーセイバールートの士郎なのか?っていう疑問に対して

セイバールートではイリヤが生きているため士郎を止める人間いるから、アーチャーになることはまずないっていう回答がある。

UBWルートにおける凛の存在も同様。

士郎は絶望しないからアーチャーにならないんじゃなくて、士郎一人だとどこまでも突き進んでしまうから

その士郎を止めてくれる人が近くに居るかどうかが士郎のアーチャー化の有無に関わってるんだと思うよ。

止めてくれる人が誰も居ないとアーチャーのようになってしまう可能性があるってぐらいに思っておけばいいかと。


正しいだけだと「正しく出来なかった人達」を取りこぼす事になるからな。

最初の士郎の願いって、まさしく正しい答えを選べなかった(その場所にいなければ良かったという正解)人達をこそ救いたいってものだったわけで、だからこその正「義」の味方なんだろうな。

まり選択肢ミスった後に出てくるタイガー道場こそ士郎の目指すべきポジション・・・ってアレ?


切嗣覚悟があった。大勢を救うためならば少数を殺す事も必要であることを知っていた。その少数がたとえ肉親出会ったとしても引き金を引く覚悟があった。でもそれは間違いだったとアンリマユに気付かされた。 

それが間違いだと気づかされたというのは違うんじゃないか?

切嗣小数を殺さずに済む方法聖杯に求めたが、自分自身がやっている少数の犠牲の受容を極端な形で拡大解釈して大勢犠牲にして小数を救うという最悪の回答しか得られなかった

少数の犠牲の受容という現実的解決方法のものが間違いだったのではなく、それ以外の方法は結局ないんだということに気づかされた

しかも、聖杯はそれよりももっと最悪な解決しか引き出せなかったんだ

アーチャー場合契約時点で理想を追求するには自身が無力すぎることを痛感している状況で理想を実現するための力を求めていた

契約して力を得ることで理想を実現できると思っていたが、力を得ても少数の犠牲を受容しなければならないという現実を覆すことはできなかった

それどころか、力があるがゆえにその現実をいやになるくらい体験させられたということだと思う

その結果の「絶望」なんだろうけど、彼のは厳密にいえば「失望」であって「絶望」とは違うんだよな(少なくともアニメ描写を見ている限りは・・・

現にアーチャーはあれだけ失望し続けながら、なおも救おうとしているわけだし


端的に言えば「動機」と「結果責任」の問題なんだろうな。

100人を救おうとして1人も救えない。

1人を見殺しにして99人が救われる。

動機」の観点では前者が正しく、「結果責任」の観点では後者が正しい。

考え方は様々だけど「全員が救われる事が理想である」という点では異論はないはず

仕方がないという現実理想理想でなくす理由には成り得ないし、

決して届かないとしても理想を追い求めることは間違いじゃないだろう。現実を見失わない限りにおいては。

現実と向き合いながら理想劣化させることなく生きていくのは人として味わうことができる最上級苦痛かもしれない。

その上、そこまでして行き着く先には何もない(理想は実現しない)というのだから、こんなに酷い話(現実)もないだろう。

それでも、それら全てを踏まえたとしても、「何が正しいのか」と問われれば「答え」は決まっているよね。

それは「誰かの願い」であって「誰もの願い」でもある。


士郎は目につく人みんなを助けたかった。人類全部なんかじゃなくかつての自分のような目の前で危機に陥ってる人を。せめて自分の手の届く人たちを。士郎はその通りのことをしようとした。でも自分英雄なんかじゃなくただの人で無力だった。死後の命を預けてようやく英雄になり、英雄になってようやく目の前の人を救えるようになった。つまり衛宮士郎は死後を売渡し、エミヤにならなければ人を救うことができない」英雄エミヤは間違いなく士郎の理想であり到達点。自分理想を正しく達成した成功例。しかし死後、待っているのはただの殺人。救いたいはずの弱者を殺す役目。「人を救う」という理想を叶えるということはエミヤ(英雄)になるということ。

エミヤ(英雄)になるということは人を殺す道具になるということ。士郎の理想とする英雄では誰も救えない。

救う術を知らず、救うものもなく、誰かの為にならなければという強迫観念、憧れただけでは人は救えない。

エミヤが忘れていたのはその憧れただけの理想にも願いがあったこと。

エミヤはずっと正しい選択をしてきた。愚直に真っ直ぐに不器用に。でも"この"衛宮士郎は時には正しい選択を否定するという決意をした。


うそう。士郎がよくUBWルートだと真相知ったか守護者にならないってSSでも結構あるけど例え全てを知っても士郎は守護者として契約ちゃうんだよ、ね。

ただアーチャーのように絶望後悔はしないって言ってるだけで。もし真相知ったか契約しないって言うのはすでに見返りを求めている、自己愛があるって事だからそれは士郎ではない。UBWキモはそんな士郎を絶対守護者にしないように凛が頑張るって話だから詠唱にあるような誰にも理解されない士郎にはしないって言ってるklと)


アーチャーが数ある士郎の未来の姿の失敗例の一つに過ぎないのならアーチャーは士郎にこだわらないし

士郎もアーチャー言葉に信念が揺らいだりしない。士郎がアーチャーにほぼ必ず行き着く理由がある。

士郎もアーチャーも二人とも核が同じだからだ。「誰かを救いたいという願いが綺麗だから憧れた。」二人はこの核からなる人間

その強い憧れを叶えるためにできることは限られている。過激な思想を持つ人間が行き着く先が銃を手に取るしかないのと同じ。


いやあ士郎はかっこいいよね。

例え絶望約束されていても自分が間違いじゃないと信じた理想を貫き通す以上絶対に後悔しないと言い切ってるんだもの

これは士郎の目指したもの共感できるかどうかとか関係ない熱さだよね。

特にアニメ演出では、結構クール独白が多くて、ブレなさの表現が上手いから余計ね。

士郎は甘いのでも現実が見えてないのでもない、現実悲惨さを知りながら揺らがないんのだものね。かっこいいよ


アーチャーが後悔したのは守護者になってからってのを理解してない人が多いのかもな

アーチャー生前助けた人々に裏切られて絞首刑に処せられても一切そのことについて後悔してなかった今回士郎が言ってたように完全に正しかった正義の味方だった身を捧げる覚悟も出来てたしそれで良いと思ってた

そんな覚悟まりきった正義の味方でも守護者として人類の滅びを救うために延々と滅ぼす可能性のある事象とその関係者を殺し続けることには耐えられなかっただけ

UBWの士郎でも正義の味方として突き詰めるならエミヤになるしかない。ただ凛が人間として幸せにしてそれは回避されるだろうけど人としての幸せ手に入れる時点で正義の味方として完全じゃない


たとえ本物になれなくても、抱いた理想が間違いでないと思えるならば、それを追い求めることは正しい、

といことがテーマだと、どっかのインタビューきのこが言ってたな。

ただ、それは非人間的な機械のように生きることには変わりないと。

で、桜ルートは、別の解答を示すために作ったらしいね

一人の大切な人を守るために、理想に折り合いをつけ、機械のような男が人間になるはなしだと。

どちらが正しいという話でなく、それぞれの解答がある。


アーチャーが失敗例だと思って語ってる人が多いのはどうなんだろって思ったけど、来週で変わるかなあ

結局士郎は道を変えない(アーチャーと違う道を選んだりしない)ってのは話の肝だけど、伝えづらいよね

>>33

>「アーチャーは失敗したエミヤの一例でしかない」

>「アーチャー(失敗作)を目撃したこと(と、遠坂との絆を得たこと)によって士郎はアーチャーと違う道を歩むことが約束された」

テーマとしてはむしろ正反対だよ。アーチャーが失敗例っていうならそもそも衛宮士郎自身が生まれた時から失敗例になってしま

士郎はアーチャー忠告されたからって違う道を歩むような人間じゃないってのがややこしいところだし自分殺しの動機でもある


今回の話も対比。抗魔術で身動きできない凛は瀕死のランサーに救われた。原作ゲームでは

凜は、なけなしの魔宝石ランサーを救おうとするシーンがあったらしいけど、人が誰かを

助けたいと思う気持ちに、何の打算もなく反射的な時もある。

慎二ランサーの槍先が刺さっただけで逃げ出したけど、それが普通人間の反応。

何の覚悟もないし、痛い物は痛い。士郎はアーチャーに串刺しにされたけど、セイバー

そばにいてアヴァロンのおかげで治癒したけど、それがなくても立ち上がれただろうけど、

それでは、何の解決にもならず、いずれ未来選択肢の一つに負けていた。

からこそ、ここで救われた弱い士郎は、心が折れず、正義の味方を夢見ていられる。

救いたいのは、他人のためでなく、自分の願いだから正義エゴなのだから


衛宮士郎は、切嗣と凛、そしてアルトリアという3人にかつて命を救われた弱者ということを。

からこそ、誰かを救える力を求めたけど、その理由を「人の為」と「偽った」からアーチャー

疲れてしまった。憧れたのは綺麗だったから、余りに幸せそうに笑った「爺さん」のために、

大勢の両親、友人、知人や知らない誰かを救えず、見捨てて、死を受け入れた虚無から生きよう

と思っただけなのに。アーチャーは力を得たけど、それ以上の暴力に打ちのめされ、滅私奉公

しすぎて、正義が摩耗し、絶望のあまり、己れの願いすら呪いと捻じ曲げてしまった。

士郎は、救われる以前から、弱いからこそ、負けられない頑固者だったのに。


アーチャーは失敗作なんかじゃない。英霊エミヤってのは正義の味方を目指した衛宮士郎としては最高傑作だ。衛宮士郎正義の味方であることを突き詰めるとどうやってもあぁなる。凛との繋がりが出来てUBWの衛宮士郎エミヤにはならないことが確定してるけど、それって特別な一人が出来たことで正義の味方としては不純になるってことでもある。


ところでやっぱり、Zero…というか、虚淵さんのセイバーの像が、原作と深刻なズレを起こしています

Zeroしか通過してこなかった視聴者は、原作であるSNのセイバーの行動や思考がわからずに、なかなかに頓珍漢なことを言っている

あと相変わらず慎二ヘイトためってる人は、型月的にも平凡な人なんだな

非凡以外の何者でもない、あの作品の大半の登場人物たちにとって、慎二は本当に極限まで「どうでもいいやつ」なんだ

から殺意というもの対象にもならない


物語序盤の士郎の人助けって気味が悪いくらいなんだよね。

数回前の凛にも怒られてたけど、自己犠牲が強すぎて中身がない。手段目的になっている。

その原因は「キリツグの代わりにその夢を叶えてやろう」っていうだけのものしかなかった。

そのまま大人になってしまたか英霊エミヤという存在が生まれしまった。

でも今ここで、未来過去自分と向き合うことで、手段意味見出した。

「キリツグの夢」が「自分の夢」とイコールになったと言えばいいのかな。

これからもやることは変わらないだろう。でもそこには〝中身〟がある。

きっともうエミヤようにはならないだろう。


2014-10-18

Fateレイシストをしばき隊によって乗り越えられた。


こんなツイートを先日ツイッターで見た。

https://twitter.com/Morgenthau0217/status/521845540087021569

正義」と言うと胡散臭く感じたり、他の正義との対立の火種と捉える人も多いでしょうね。でも欧米系の政治哲学では、正義はどちらかと言うと「公正」のニュアンスに近いの。日本アニメなんかに出てくる「正義の味方」って「善」のニュアンスに近いでしょ。哲学用語正義は、善とは異なる概念なの。

今放映中のアニメFateのことを連想した。

Fate主人公衛宮士郎は、モロにこのツイートにあてはまる「正義の味方」になりたいというキャラ

主人公なんて大抵いい人でいいことをするから正義の味方なんだけど、Fate特に正義の味方ということにこだわった作品で、士郎は命がけで聖杯戦争を戦う中で正義の味方になろうとして苦悩する。だから特に日本アニメなんかに出てくる正義の味方概念を考えるのにいいと思う。

そしてFateと対比するのにいいのがタイトルに書いたけどレイシストをしばき隊。こちらはフィクションじゃなくて現実日本存在する組織だ。

しばき隊リーダー野間易通(kdxn)は自分しばき隊のコンセプトを細かく説明している。読むとこれがね、国際政治学たんの言うところの欧米政治哲学での正義であることがよくわかる。ジョン・ロールズの影響を語っているので間違いないだろう。

http://kdxn.tumblr.com/post/81061752924

リンク先。kdxnにとっての正義というのは弱者を守ることではないと説明されている。むしろそういう考えを批判どころか否定するのが大切なんだとされている。日本アニメのファンとしてはけっこうおどろくよね? 俺もおどろいた。Fateの士郎の考える正義は困っている人を助けるとか死にそうな人を助けるとかいうことだ。みんなそう思っているはず。なのでFateが真っ向から全否定されているようなものだ。Fate物語の中で士郎は正義の味方であることにこだわりすぎて自家中毒になってアイデンティティクライシスに陥っちゃう。士郎の父親の切嗣も同じだ。kdxnはツイッターでくりかえし完璧正義へのこだわりを批判している。それはもちろんFateとは関係ないんだけど無理やり読めばFate批判みたいにも読める。

しばき隊批判派で争いがあってその結果は言葉議論だけだと結局納得しない人が多いだろうけどしばき隊は相当話題になってテレビに出たりした。現実問題しばき隊が勝ったといっちゃっていい。政治は結果がすべてだからね。

しばき隊現実日本自分たちの考える正義概念実践してアピールしてみせた。すごすぎでしょ。もう正義なんてとっくに古くなって無理だとみんな思ってたのにw ここでFate現実に負けた。

しばき隊は注目を集めた短期的な成功だけじゃなくて長期的にもFateに勝っている。士郎みたいに「「正義の味方」とはなんだ~?」と悩まない仕組みになっている。正義を追求しているのは同じでも正義概念が違う。

しばき隊弱者のためではなく社会のために行動するので弱者に対して思い入れすぎない。完璧正義ではなくて比較的な正義を求めるので完璧主義で悩まなくてもすむ。多数を助けるか少数を助けるかなんてのはくだらない。助けるためじゃなくて社会の公正さのために戦うらしい。ヤバイ

士郎的な正義は実は正義じゃなくて善なのよね。困っている人を助けることは正義関係がない。慎二みたいなクソ野郎しばき隊は助けるわけがなく罵倒するんだろう。

まりぶっちゃけて言うと士郎は正義理解してないから正義の味方なんてくだらないことで悩んじゃうのである

正義自分犠牲にして化け物と戦うことより、「ヘイトスピーチをやめろ」と言うことなんだ。これに納得しない人(俺も半分はそうw)でも主張の強さは認めないといけない。

アニメゲームもこれからしばき隊正義を扱わないと現実に負けちゃうだろう。それじゃ存在価値ないしねw 現実フィクション面白がらせてほしいw

2014-02-11

暁美ほむらは俺なんだ!」と叫ぶtyokorataに催す吐き気とはなんなのか

ミストバーン暁美ほむら鷹野三四という愛着障害者が物語における敵になる理由 - tyokorataの日記

http://d.hatena.ne.jp/tyokorata/20140209/1392025251

タイトルからして吐き気を催すなにかを感じるッ!

邪悪とか漆黒意思とかそういうちゃちなもんじゃねえ……もっとドス黒い吐き気を感じるッ!

ブコメを見てみるとあの人の事をどんな奴なのか知らない人もいるようで纏めてみる。

tyokorataとはなにものなのか

名前の由来はジョジョ第五部のゲスこと「チョコラータ」が元ネタだってバカッターで言ってた。

原作ジョジョを知らない人に説明すると虐殺を楽しむクズ野郎であって、こいつの数ページにわたって無駄無駄ラッシュがかまされタコ殴りにされるというキャラ

でも結局は自分に自信がない現れらしい。

とにかく家族関係コンプレックスがすげーあるらしい。

口を開けば母親への恨みをしょっちゅう吐いてる。あの人と少しでも絡んだ人なら「母親を憎んでいる人」という事はよくわかるんじゃないかな。

ぶっちゃけまどかマギカ特にほむら)に執着してるのも、その碌でもない母親投影してるらしい。溜まったもんじゃないけどな。

そのせいでミソジニーもこじらせてる。昔の作品に拘るけど「強い男、弱い女」がいいらしい。

今までよくTogetterとかで炎上しなかったなこの人……。

最初に言っておくけど、あいつの見てるほむら原作ほむらじゃない。

ゼロ年代セカイ系的な糞ヒロイン」としてのテンプレを詰め込んだモノらしい。

から叛逆で見せたマミさん杏子に対する捨てきれない情とか、さやかなぎさ蘇生させた部分があるという「功利」はない。

からくりサーカスフェイスレスみたいに改心して反省して後悔のままくたばらないと許せないらしい。

その一方でまどマギ以外の虚淵作品にはどうもそれほど執着してないらしい。

Phantom鬼哭街沙耶の唄Fate/Zeroとかもそれほど執着してない。男が活躍するから

サイコパスの槙島の方がよっぽど「愛着障害者」だと思うんだが、多分あいクレイジーサイコホモだし。

でも狡噛からある種の友情みたいなもの向けられてるからどうでもいいらしい。

それが多分見てないか、ぶっちゃけあいつが見てるのは「俺の理解出来るもの」であってそうしたものから逸脱してる作風にも興味ないんだと思う。

ちなみに彼にとって虚淵藤田和日郎先生に似てるらしいが、俺は全く思わんけどな。

少年漫画は大なり小なり「悪い奴は反省させるか後悔させるかして負けなければいけない」という要素があるのもわかるし、荒木飛呂彦先生藤田先生がそういう人なのは分かる。

別にそういう作風が好きでもいいさ。問題はそれを虚淵押し付けるのを当然だと思ってるからその妄言吐き気を催すわけで。

母親ほどではないけど父親やお姉さんにも複雑らしい。

姉だか忘れたけど(もしかしたら母親かもしれないけど)「ナウシカ原作は気持ち悪い。アニメの方が好き」という家族意見に対してキモオタ的な蔑視コメントを吐いてたと思う。

他に好きな作品はジョジョダイの大冒険藤田和日郎作品・荒川弘作品・トライガンヒラコー作品あたりはよく引き合いにしてるね。

あの人どうも最近の作品についてこれない節があって、作品の引用70年代90年代が多い。

別にジョジョネタや懐古ネタだけに特化してれば結構面白い人だと思う。そこは彼の強みだと思うし、ほんと勿体ない。

問題は嫌いなキャラはかなり多い。

まどマギキャラ全般(特にほむら)・ドラゴンボール悟空しょっちゅう叩いてるし、絶対に彼らを認める発言はしないどころかジョジョ藤田作品の下衆キャラと同類扱い。

エヴァアスカを初めとした暴力ヒロイン全般・母性キャラ全般もしょっちゅう叩いてる。怖いらしい。

嫌いなものに対して絶対に認める事とかしない。(例に出すなら、彼がほむら悟空に抱いてる「憎悪」はエターナル東方艦これに対して抱いてるような「憎悪」に近い)

しかエヴァ時代のノリをまどマギ投影しちゃってて、しか虚淵とかシャフトとかと全く無関係の「俺が好きな作品の方が作風は上なんだ!」「虚淵先生だって俺の好きな昔の少年漫画と同じなんだ!」って偏執性がある。

虚淵が昔の少年漫画好きなのはわからんけど(多分好きだと思うがわからん) それが作風投影されてるかっていうとね。

「悪いことした奴は苦しむか反省しなきゃいけない」という倫理に囚われてるんだと思う。

そういう善悪も結局は流動的なのにね。

まどマギ以前のtyokorata

ドラゴンボール』の悟空碇ゲンドウ共通性について - tyokorataの日記

http://d.hatena.ne.jp/tyokorata/20100512/1273598659

こんな記事描いてたけど、こういう時期はまだ楽しめてたよ。

あんまゲンドウの事触れてないけど、少なくとも悟空キャラ性はあながちブレてなかった。

問題は彼の思考は90年代くらいで止まっちゃってる所でね。

ジョジョ記事は全体的に楽しかったんだけどねぇ。うん。

ただ今思えばあのマンガの「正義」「邪悪」の倫理が彼が頭おかしくした原因なんだと思う。

まどかマギカ以後のtyokorata

まどマギ10話ですごい勢いでぶちギレたらしくて、その日に「ほむらキュゥべえの同類だった」とか言い出してすごい剣幕でほむら叩き出してなんだったんだと思った。

賛否分かれるのは分かるけど俺はあの話すごい好きだったし、何言ってんだこいつと思ったよ。

しかもどんどん「邪悪ほむら」像が蔓延して行って、「まどかほむらキモがってる」とかそういう前提でね。

ほむらフェイスレスという説 - tyokorataの日記 - はてなダイアリー

http://d.hatena.ne.jp/tyokorata/20110313/1300032043

いやほんとこの人何言ってんだろ。

つーかこの人まどかも嫌いなはずだけど、エレオノールと一緒にしていいのだろうか。

からほむらは「反省するか倒されるしかない」と思ってるのかもしれんけど、それキャルとルイリーと沙耶と切嗣と槙島とシドさんの前でも言えんの?

別にほむら叩いてもいいんだけど、あの人のほむら像って「自分の中で知ってる作品で培われたもの」だからな。

叛逆ほむら民間人に直接的な危害を加えることしなかったし使い魔にもさせなかったこととか都合の悪いもの無視してるでしょ。

そして織莉子さん(スピンオフ「おりこマギカ」の主人公)を引き合いにしてほむらdis(笑)か、織莉子さんも可愛そうだな。

余談

本当に久々にあいつの日記を見たけどこんな事のたまっていた。

>ジョジョ少年漫画に埋め込まれた意図や作者の描いた哲学を掘りだすことがモットーです

何言ってんだこいつ

要するにtyokorataに感じる「吐き気」は「邪悪」なんかそんなものでもない。

> きもちわるい

ですよ。

> 私は貴方じゃないもの

> 自分しかここにいないのよ! その自分も好きだと感じた事ないのよ!

ほんと、この人はまどかマギカに触れておかしくなったと思うのでそういう意味ではすごい同情してます

どうしてあんな吐き気を催すキモい人になっちゃったんだか。

追記

別にほむらがどうとかじゃなくて、彼の言う「暁美ほむら」への自己投影うんざりするというだけです。

碇シンジは俺なんだ!」的なそういうノリなのかもしれませんけども、あれは自己投影するようなキャラでもないし、

そもそも「自己投影やすく屈折したほむら」なんですよね。ヘイト創作キャラをゆがめる手法のもの

他の漫画は見れてるけど、まどかマギカに関しては間違いなくあの人作品を見てないし、自分しか見ていない。

そういう態度が「吐き気を催すキモさ」を感じるんですよね。

もうちょっと他人を認めてもいいのに。

2012-02-09

ふぇてぜろ

キャスター討伐はライダーが王の軍勢で一時的に封じ込める

切嗣場所を指定して固有結界を解除させる

ライダーが宝具の槍を折ってセイバーの親指が解放されてエクスカリバーキャスターを倒す

龍之介切嗣が射殺

討伐の報酬を受け取るためにロード・エルメロイ神父と交渉して令呪の一画をもらう

その後エルメロイ神父を銃でぶっ殺す

綺礼が神父死体を見つけるけ。ダイイングメッセージに書かれてた聖書の一文を読み上げる。

神父の持っていた令呪は残り全部綺礼のものになる

遠坂邸で綺礼が時臣からいままでの労をねぎらわれて宝石剣をもらう

もらったそれで時臣を殺す。

綺礼が雁屋を教会に呼ぶ

ほいほいやってきちゃった雁屋が時臣の死体と対面

なにこれwww?

時臣の妻、葵も綺礼に呼ばれていらっしゃい

雁屋おまえがやったのかーwww

おれじゃねーwwwwで葵の首絞めまくる。葵失神

この後も酸欠の後遺症で脳がおかしくなる。

間桐雁夜を綺礼がそそのかす。

バーサーカーランスロットイスカンダルの姿で舞耶を殺す

殺された直後察知した切嗣が令呪でセイバーを衛宮邸に瞬間移動させる

アイリスフィールはさらわれる

イスカンダルがさらったと思い込んだセイバーバイク使ってライダーを追う

戦闘の結果ライダーチャリオットエクスカリバーでぶっ壊される

綺礼は龍之介たちが使ってた下水道に潜伏する

アイリスフィールも殺される。あっさり殺される。

イスカンダルギルガメッシュギル乖離剣で王の軍勢崩壊させる

馬で突っ込んだイスカンダルは負ける。死ぬ。

ウェイバーの令呪は戦闘前に「聖杯を手に入れ勝利しろ」で三回使われる

ウェイバーは死なない。

セイバーバーサーカーセイバー負けまくりだけど雁屋おじさんの魔力切れでセイバーの勝ち。

雁屋おじさんはなぜか生きて間桐邸まで帰るけど桜を逃す寸前で死ぬ

切嗣と綺礼の対決は綺礼の勝ち

切嗣死ぬ

けど復活ヒーローから復活!アヴァロンの力で復活!

ぶはwwwwでも聖杯の中身降ってきたぜwwww

セイバー聖杯破壊しろ

令呪でも逆らっちゃう俺マジカッケー

重ねて命じる聖杯破壊しろ

あああwwwwww

2008-04-12

Fate/Zeroに関するチラシの裏

で、感想な訳ですが。。。

「あぁ、もったいない。」

読後、最初に思ったのがこれ。これだけの設定、これだけの面子揃えておきながら、たったこれだけで終わらせちゃって良いの? 特に時臣と雁夜。見せ場の一つも用意できないなら、無理に出さなくっても良いんじゃないか? ライダー組の話ぐらいエピソードぶち込んで、やっとキャラって立ってくるもんだろうに。

まぁ、最低でも7×2人用意せにゃならん舞台だけに、ライトの当たり具合に濃い、薄いが出るのは仕方ないし、原作からの縛り(切嗣セイバーは、3言しか喋らなかった。とか)があるにせよ、ナンカ浅い。それならいっそ各チームで1冊割くぐらい、本腰入れて書きゃ良かったのに。たとえ完結まで10年掛かったとしても、月厨は黙ってついて来るだろ? 1、2巻はけっこうテンポ良く書けてたのに、終盤にかけて失速、最後になんとなく辻褄だけあわせちゃった感が残っちゃうのは、やっぱ他人の土俵で相撲取らされてるからなんかなぁ? あとがきでも、イチイチ許可取りながらやってるような事書いてたし。

ただ、文章の書き方は流石。ちゃんと文体は奈須きのこなんだけど、説明クドくない分、読みやすい。そんでもって、クトゥルフネタで大怪獣とか、魔改造バイクでバトルとか、きっちりニトロ全開。(笑) あえて言うなら、虚淵持ってきた割にゃ、まだまだ不幸が足りない。ランサー組はもっとグチャグチャ内輪揉めの挙句自滅するべきだし、バーサーカーへの魔力供給の為には、臓硯からお裾分けなんかじゃなくて、桜から直接奪い取るべし。もちろんイラスト付きで。(汗)

今回の評価は、4冊トータルで70点。期待大きかった分、やや辛目な採点。もし聖杯が手に入るならば、同人で良いから、もう一回、セメントな虚淵版を!

 
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