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はてなキーワード: 嘔吐とは

2018-07-11

anond:20180711100706

から見たらどっちも病気だよ。

しろ、過食だけの巨デブと、過食嘔吐の人や拒食過食がセットの人だと後者のほうが病気としては重い。それは増田だってわかってるだろうし、「重病だから自分らのほうがつらい、軽症の人と一緒にしないでほしい」って、病人心理もあるだろうけど、そんな堂々と威張って主張できるようなことでもない。

世間からみたら、巨デブはわかりやすく自制心がなくてだらしないダメ人間って見られるから増田の主張はそれなりに同情されると思うけど。

でも、本当は、過食嘔吐の人も、拒食と過食繰り返す人も、過食の時は巨デブと同等の質量を食べてるでしょ。健康を保つ普通の量を食べることができないことには変わりない。嘔吐したり拒食があるから一見痩せて見えるだけで、身体の中はボロボロで、さらに臭かったりもする。嘔吐とか拒食は努力とか自制とは違う。病気だよ。

さらに、巨デブ忌避して憎み、「自分はそうじゃない」というところに自尊心を持つ限り、嘔吐や拒食をやめられなくなるので非常にまずいと思う。だから増田インターネット遮断して主治医とか信頼できるリアル人間関係気持ちをぶつけたほうがいい。ネット安易同意もらってたら命に係ることになりかねない。

2018-07-09

ユリと私のこと※DDLCネタバレ

 ※DDLC(Doki Doki Literature Club!)ネタバレ注意

 

 

 件の、DDLCをやった。2時間ほどで初めてエンドロールに辿り着いた。だがトゥルークリアはしない。少なくともここ暫くは。

 このゲームのおおよその顛末はおおよそ知っていた。だがゲームを進めるうちにユリにすっかり陶酔した。彼女の知性と陰鬱さと上品さと弱さともうとにかく全部全部が好きだった。自己投影でもなんでもいい。そうして彼女を追いかけてただ画面に釘付けになっていると、幼馴染が首を吊っていた。マウスカーソルが抵抗した。画面が瞬いた。ユリはどんどんおかしくなるけれど自分はそれでも好きなままでいた。どんな恐ろしい化け物のような姿になっても彼女彼女であるならそれでずっとよかった。ただひたすら追いかけていればきっと、一度だけでも、それが紛い物でも彼女とのエンドロールを迎えられると信じていた。

 気が付けばユリはそこで死んでいた。それでもそれが彼女にとっての一番の幸福なら構わないと思った。きっとここから彼女にとっての最高のルートが始まるのだと思った。手始めに私はフルスクリーンを解いて「character」フォルダからyuri.chr」以外すべてを削除した。彼女が悪く言ったあの二人の少女も消して、私の愛する彼女の愛する私だけの空間にしてしまえばきっと彼女幸せだと思ってやった。それから彼女死体ばかりが続く。心なしかからは、血の気が引けているように見える。もともと彼女の肌はこれほど白かったか彼女が無残に腐ってしまわないだけよかった。美しい顔をそのままにしていられるのがよかった。きっと時間が進むだろうと思って、何度も何度もロードしてようやく開いたところに出たと思えば、まだいた後輩が嘔吐して教室を飛び出す。あの部長が来る。意外と終わりがくるのが早かったなと思った。

 すっかりネタバレ記事で見飽きた、部長との対面画面に出た。部長自分の素性を打ち明ける。私の知らないこともあったが、私はそのときユリのだけの世界になってくれないことを疑問に思っていた。モニカ私に交際を迫る。選択肢は一つしかない。渋々「はい」を選択するがそれを喜ぶ隙は部長にない。画面が乱れる。画面の部長乱れる

 

 部長が私に罵倒を浴びせてから、それでも私が好きなんだと言う。ユリは来ない。

 部長のいない文芸部が再スタートした。綻びが目立つがみんな幸せそうだ。私の行動はとくに意味がなかったらしい。部長と話す時間があってもよかったなと後悔した。ユリのことを話してくれたかもしれない。とにかくこれなら、ユリと、何とかエンドロールを迎えられるのではと私は期待した。しか彼女とまともに話す暇なくゲームはもろとも壊れた。

 

 駄目だった。ユリのこれ以上はどこにももうないらしい。コンプリートなんてのは興味がない。

 デスクトップには、あのとき念のためとコピーしてあった「yuri.chr」がデスクトップに転がっている。彼女含めてみんな、私を好きになるようプログラムされた空っぽなんだとというのは部長の弁だ。そんなのわからないじゃないか

 どうせ誰も救えないようになっているんだから、私は最後までユリを愛したかった。

 今度、アロマディフューザーを買いに行こうと思う。

2018-07-06

イラスト相場自分相場

正直、いま目の前が全く見えなくって日々頭を抱えている

イラスト仕事をしはじめて既に5年、幼い頃からかに出ていた嘔吐恐怖症が10代後半で自分の首を絞め

外に長時間出ることも、外で食事をとることも出来なくなり、幼い頃から好きだからと続けていたイラストで何とか生活をしていた

在宅で仕事ができること、家にいてもお金を得ることができる事実感謝をしている反面

イラストの単価は下がっていき、今では正直生活ができない状態

イラスト会社とのつながりもなく、イラスト仲介業者に頼り仕事を紹介してもらっているが

勿論、正規の値段はこちらに入ってくることはない仲介にも幾らか入る状態

そんな状態で今はイラストの値段が「1枚12000円」がざらな状態

分担作業になればもっと安くなっていく

ミニキャラでもない、自分デザインをして、ラフかいて、下書きをして、線画工程をし、色を塗って12000円

勿論交渉はする「その値段では到底無理だと」

周りのイラスト会社に勤めている人々も、ネットの人々も口をそろえて言う「そんな単価の安い仕事は断れ」

しかし私にとってその12000円は大事収入

その収入があると無いとでは大きな違いがある、病院にもいける食事もとれる、とりあえずは生きていける

それにもしここで断って、仕事が来なくなってしまったらどうすればいい

入金は2か月後なんて会社もざらにある、もしその期間に仕事がなにも来なかったらどうする

そう考えると断るに断れなくなっていく

仕事の紹介もたくさんあるわけではない、ひどい時には月の収入が3万以下の時だってある

今はありがたいことに、親との同居で雨風に困ることもないがこのまま親に頼り続けるなんてことはできない

親にただただ申し訳がない

どこかに就職をしたい、でも自分学歴や、どこかの会社正社員として勤めたことがない事実

フリーランスとして働いてきた長い期間のこの空白の期間

そして、このままならない体をどうしていけばいい

好きだったものは、今になっては必死に食つなぐ唯一の命綱で、その命綱世間でいうひどく安い単価でとられていく

仕事必死な分、好きな絵を描く時間もない、描いた絵はなかなか世に出ない、名前表記されない、宣伝も出来ない

褒められることもない、毎日毎日修正言葉ばかりで自分の絵は本当に世間でいううまいものに入るのかも解らなくなってきた

私は何のためにいきてるんだろうか、なぜ死ぬことを許されないんだろうか

こんなにも人に迷惑をかけるぐらいなら、自分相場はその程度だといわれているなら

そう考えることが日に日に多くなっていく

世の中のイラストを描いて生きてる人々はどうなんだろう、表立ってこんな事実も言えない、聞けない分苦しくてここに吐き出した

イラスト相場自分相場

正直、いま目の前が全く見えなくって日々頭を抱えている

イラスト仕事をしはじめて既に5年、幼い頃からかに出ていた嘔吐恐怖症が10代後半で自分の首を絞め

外に長時間出ることも、外で食事をとることも出来なくなり、幼い頃から好きだからと続けていたイラストで何とか生活をしていた

在宅で仕事ができること、家にいてもお金を得ることができる事実感謝をしている反面

イラストの単価は下がっていき、今では正直生活ができない状態

イラスト会社とのつながりもなく、イラスト仲介業者に頼り仕事を紹介してもらっているが

勿論、正規の値段はこちらに入ってくることはない仲介にも幾らか入る状態

そんな状態で今はイラストの値段が「1枚12000円」がざらな状態

分担作業になればもっと安くなっていく

ミニキャラでもない、自分デザインをして、ラフかいて、下書きをして、線画工程をし、色を塗って12000円

勿論交渉はする「その値段では到底無理だと」

周りのイラスト会社に勤めている人々も、ネットの人々も口をそろえて言う「そんな単価の安い仕事は断れ」

しかし私にとってその12000円は大事収入

その収入があると無いとでは大きな違いがある、病院にもいける食事もとれる、とりあえずは生きていける

それにもしここで断って、仕事が来なくなってしまったらどうすればいい

入金は2か月後なんて会社もざらにある、もしその期間に仕事がなにも来なかったらどうする

そう考えると断るに断れなくなっていく

仕事の紹介もたくさんあるわけではない、ひどい時には月の収入が3万以下の時だってある

今はありがたいことに、親との同居で雨風に困ることもないがこのまま親に頼り続けるなんてことはできない

親にただただ申し訳がない

どこかに就職をしたい、でも自分学歴や、どこかの会社正社員として勤めたことがない事実

フリーランスとして働いてきた長い期間のこの空白の期間

そして、このままならない体をどうしていけばいい

好きだったものは、今になっては必死に食つなぐ唯一の命綱で、その命綱世間でいうひどく安い単価でとられていく

仕事必死な分、好きな絵を描く時間もない、描いた絵はなかなか世に出ない、名前表記されない、宣伝も出来ない

褒められることもない、毎日毎日修正言葉ばかりで自分の絵は本当に世間でいううまいものに入るのかも解らなくなってきた

私は何のためにいきてるんだろうか、なぜ死ぬことを許されないんだろうか

こんなにも人に迷惑をかけるぐらいなら、自分相場はその程度だといわれているなら

そう考えることが日に日に多くなっていく

世の中のイラストを描いて生きてる人々はどうなんだろう、表立ってこんな事実も言えない、聞けない分苦しくてここに吐き出した

2018-06-30

妊娠病気だと思うようにしてから気持ちが楽になった話

絶賛つわり中の妊婦です。

症状は、

乗り物酔いのような気持ち悪さがずっと続く

青汁を飲んだ直後のような苦味を口に常に感じる

・体温調節が下手になり突然滝のような汗が出たり寒さでガタガタ震えたりする

・ある特定の物しか飲食できない。それも1〜2日で変わる。

あとは細かく言うと頻繁なめまいとか頭痛がたまにとか。

自分嘔吐がないのとダイエット中のOLよりちょっと少ないぐらいの量なら食べることが出来るので、症状は中程度だと思う。

こんな状況がかれこれ2ヶ月。会社には行けていない。要介護

掃除洗濯食事さら自分の看病など家事の130パーセント現在夫がしてくれているのでそれには本当に本当に感謝しかない。大好きなW杯観戦中でも寝室で自分が唸り声をあげれば、「大丈夫?何か飲む??」とお見舞いに来てくれる。自分が弱音を吐くと励ますのでもなく面倒くさがるのでもなく「そうだね…つらいね可哀想に…すごく頑張ってると思うよ」と闘病中に聞きたい100点満点の回答をしてくれる最高すぎる夫。

そう、これは闘病。

いくら医学的に病気認定されていなくても、つわりの症状は『病』と言わずしてなんと言うか。

現在マタニティモードトランスフォーマーしたボディは新たな生命を生成することを第一目標としている為、それ以外のもの二の次三の次にされているのだと粛々と感じる。痛みを伴う改革というやつなのかな。わたしライフはもうゼロよ。

お腹に宿る我が子を感じることは、ほぼ、ない。

妊娠初期なので見た目も変わらず、胎動なんてもちろんないし、体重は減っていくばかりだ。

ただ唯一存在認識するのは2週間に1回のエコー検査。画面に映るボヤボヤした映像の中からかろうじて「我が子?」と認識出来た1分間だけは幸せを感じることが出来る。そんなぽやぽやタイムも家に帰宅する頃には終わる。

まだ最初の頃は良かった。

つらいながらもこれからの為に頑張ろうという気概があった。しかし、2週間…3週間…と続くうちに頭がおかしくなってきた。

不調が回復しない辛さ。いつまで続くのかという不安職場迷惑をかけている罪悪感。自身も忙しいであろう夫に負担をかけ続けている不甲斐なさ。

ベランダを見つめて、この柵を、ひょいと跨がれば、もう苦しみが終わるのかなと考えたり……

考えてみれば体の不調が回復しないまま10日以上続くというのは、人生初の体験なのかもしれない。原因がなんであれ体調不良が続くと人間おかしくなってくる。

楽しいことを考えよう。つわりがもし落ち着いたら現在絶賛賛否両論中のマタ旅に行く妄想しよう。無理だ。何かを楽しむ余裕はない。行くなら養生施設的なところで体をなんとかしたい。

そうだ、自分は今、マイナス状態ゼロに近づけたいんだ。

妊婦生命力の塊のようだと思っていた。もう一つのいのちを育むプラスエネルギー集合体であると。自分もそうならねばと。

しかし、実体は程遠かった。寝たきりで動けず、社会生活とも離れ、体は弱っていった。

生命力の塊と言いつつも常に「死」も意識していた(前回の妊娠流産だった)。

要は自分が思っていた妊娠像とのギャップに苦しんでいたっていうありがちなやつだったのかな。

それからは、妊娠状態の体はプラスなのではなく、マイナス状態なのであると思うようにすると正直気持ちが楽になった。我が子をマイナス権化のようにしてしまう気がして申し訳無かったが、子は子、妊娠中の体の不良症状とは別だと考えるようにした。

つわり自体はまだ解決してないけど、妊娠が終了すれば嫌でも終わる。優しすぎる夫と、そしてその夫の子供がいてくれる。これから先まだ色々あると思うけどもうちょい頑張ろう。

以上、妊娠初期を始めて経験した感想です。

2018-06-26

君たちはどう排泄するか(私はこう排泄する)

こないだ同居人ウイルス性胃腸炎になった。旅行から帰宅した朝に気持ち悪いと言いだして横になったかと思うと、トイレへ爆走し、前夜に食べたタイ風から揚げやモンゴルパンの残骸を吐いた。その一連の動作すばやさは初期ミスターポポを思わせるほどで、これは大変だと駆け寄り背中をさすったところ、「さわらんでぇ!」と渾身の北陸式ノーサンキューを受けた。気持ちはわかる。吐いてるとき背中をさする人のおせっかい感はピンクフロイドアルバムおせっかい20枚分くらいに相当する。しかたなく水を持って後方待機していると、彼女の全身は嘔吐の瞬間、筋肉が隆起してビキビキになっていく。全力だ。もうめちゃくちゃに全力淑女だった。さっきの韋駄天のごときスピードも考えると、異常な力を発揮している。思えば人間は「なにか」を催してしまったとき、このような通常の範疇をこえた力を出すことがある。そうやってこの緊急事態に立ち向かうのだ。「なにか」は三種に分類され、それぞれ「うんこ」「おしっこ」「ゲロである。催し界の三強。というか催し界はそれ以外にいない。この界隈は衛生陶器業界以上の完全なる寡占市場である。かくいう私もこのビッグ3には幾度となく辛酸をなめさせられてきた。特にうんこである。私にとってのうんこ錦織選手にとってのジョコビッチに相当する(だいたい負ける)気まぐれな小悪魔うんこにより私の自尊心は何度もズタズタにされ、何枚ものオキニパンツたちが葬られてきた。つまり私はうんこ辛酸をなめさせられてきた。そう、私はうんこ辛酸をなめてきた(!)あるとき花園神社境内でむせび泣き、あるときは仲間たちの嘲笑を受けながら学校トイレにこもり、あるときは家でも寸前で間に合わずカーペット張替えの大惨事をひきおこしてきた。そのときそのときは全力で最悪を回避すべく尽力したが、私は非力だった。彼女のように人の心を捨てミスターポポと化してもどうしようもならないことはある。ビッグ3は強大だった。催し界のチャンピオンズリーグを制すには身体能力以外の力が必要だったのだ。私は年2・3回の戦いをコンスタントにこなしながら、ついに王座を奪取するたったひとつの力を知る。それは、「決断力」だ。「決断力」とはなにを「決断」するのか。それは開き直ってクソをすることである。もうただその場でクソをするのであるおしっこならサーモス水筒へ、ゲロなら弁当箱突っ込みうんこリュックの中にしてしまうのだ。この力をもってして、私はかつてないピンチを乗り越え、それどころかチャンスに変えてきた。ベイブリッジ夜景を眺めていた際の急襲にもなんなく嘔吐決断し、直後スムーズなキッスをかました。富山のまんだら遊苑では天国ゾーン横の森にてナップザックグソを選択しすれ違う子供たちを欺くどころか、軽薄な交流すらしてみせた! もう何も怖くなかった。2010年くらいのサッカースペイン代表みたいだった。ティキ・タカ状態だった。最近ではもう敗北することはまったくない。私は催し界のCLを制したのだ。喜びのあまり、この話を会社飲み会でした。今日、私に話しかける同僚はいない。王者はいだって孤独である

彼女が手マンクンニフェラも受け付けない

タイトル通り。かわいいし、頭もいい頼もしい子で結婚したいと考えてるんだけど、セックスに不満がある。手マンクンニも嫌がるし、フェラなんかは地球が滅びてもやってくれないだろう。なんか、顎関節症があるのと生まれつき嘔吐反射が激しい、口の中に異物があるのが苦手なのでフェラはできないってきっぱり言われてさ。仕方がないんだけど不満

2018-06-24

結局ずっとノートとか眺めていた。

ノート論文もはさんであったか

そっちも読めたし( ^ω^)・・・

とは言え、夜は厳しかった。長丁場だった。

ひたすら飲酒

翌朝は辛苦。といっても嘔吐するほどではないけど。

翌日午前も相当寝て過ごした。

それでもしんどい疲れた

しかも帰路に病院みたいなもの

に立ち寄るために乗り合わせたバス

遅くてORZ

本当にショックだったわ。

しかも真夜中に息子が嘔吐して

対応に追われるし・・・・・・


ああああああああ!今日は退屈な一日だ。

スマホの画面眺めて過ごすわけにもいかんし( ^ω^)・・・

本を持参するとしても正々堂々読めないし( ^ω^)・・・

寝れれば一番いいが、昨晩十分寝たしORZ

馬鹿だな 俺

2018-06-23

アル中治療をはじめた

私はアルコール依存症だ。

「山型飲酒サイクル」に近く、寝酒に毎晩飲んでしまう。

禁酒しようと思うと1週間とか1ヶ月くらいやめられるときもあるが、何かのきっかけで飲むと、毎晩止まらなくなる。

離脱症状はなく、トラブルも起こしていないが、家族の強いススメでアルコール外来受診した。

診察の結果、投薬治療をすることになった。

実は以前に「レグテクト錠」という断酒補助剤断酒を試みたことがあるのだが、自分には効果がなかった。

今回は「ノックビン」という薬が処方された。

この薬には肝臓アルコール代謝機能抑制する作用があるらしい。

服用して飲酒すると、嘔吐したり、ときには救急車を呼ぶような事態になると説明を受けた。

私としては少量の飲酒をして、実際に具合を悪くして、もう飲酒できないことを身体で覚えたいのだが、医師には実験しないよう止められた。

まり断酒しているのは薬のおかげではなく、自分意思によるものだ。

さて、ここからが本題なのだが、私にとっては飲酒しているときが唯一楽しい時間だ。

それを無理矢理やめて、いったい何のために生きているのか疑問がわく。

繰り返しになるが、飲酒によってトラブルを起こしたことはない。

暴力事故はないし、外で嘔吐したこともない。

自分では善良な酒飲みだと思っている。

血液検査をすると必ず肝機能障害で引っかかるが、それだけのことだ。

2018-06-17

anond:20180617231119

頭痛吐き気って、普通胃じゃなくて中枢系じゃね?と思うんだけどな~

だって頭痛脳みそで起きてるしさー

だいたい診てもないのに「頭痛嘔吐!処方は?」とか言われてもな~

俺としてはうまく回答したつもりだったが

まあ冷えピタバカにする医者は少ないんじゃない?

医者商売だしねー

anond:20180617224509

胃が弱ってるから嘔吐なの? めまい嘔吐かと思ってましたわー

頭痛がひどければ麦角アルカロイドなんて大して効かないもんよりNSAIDsだろ?と思ってすいませんでしたー

もう知らねーよお前の頭痛嘔吐の処方クイズなんて

わかるかよ!笑

冷えピタで熱は下がらないけど熱が下がってる感じがするんならいいんでは?

自己満足世界ではね

anond:20180617222204

どこで言及頂いていますか?

嘔吐するって言ってるんですけど。

吐くから飲めないのに、ロキソニン??

タオルいいですね。

ただし、動けない重病患者さんならいいかも。あるいはよいっぱりで看病して貰える方でしたら。

セッティングして置き去りにされる場合、頭って痛い場合は余計に、寝ていても動かしませんか?

めっちゃ小さい時に氷嚢で冷やしてもらってたけど、くるしいので寝返りうつとまったく意味がないんですよね。

2018-06-16

アイカツ!シリーズ5thフェスティバル!!」について思うこと

 あの日武道館で『輝きのエチュード』を聴きながら、左隣りの人も右隣の人も、嗚咽を漏らして泣いていました。私も泣いていて、まともにサイリウムを振ることすらできませんでした。会場中から鼻をすする音が聞こえてきました。でも、こんな企画をやられてしまうと、あの武道館は一体何だったんだろうと、そう思わざるを得ません。

 別に「卒業」したはずの歌唱担当が『アイカツ』のイベントに登壇することに文句を言いたいわけではありません。「あなたたちは卒業したので来ないでください。歌は全部声優が歌います」なんてことになったら、それこそひどい話です。だからそういうことではなくて、「5周年」にかこつけてイベントを乱発すること自体問題だと思うわけです(というかもうすぐ6周年じゃないですか?)。「思い出は未来の中に」ではなかったのか。「同じ光のなかこれからも 迷わないでわたし歩いていける」と、あの日誰もがそう思ったのではなかったのか。「心に集めるたくさんの永遠」とは、「いやあアイカツは素晴らしいね尊いいつまでも終わらないね」と定期的に執拗確認しないと消えてしまうような「永遠」だったのだろうか。これではまるで、星宮いちごアメリカ行きを無理矢理引き止めているみたいではないか。なんでも弁当スターライト学園も全部放ったらかしにして、無理矢理マスカレードステージに立たせているようなものではないか。霧矢あおいが、光石織姫が、星宮りんごが、一体そんなことをするだろうか。大げさかもしれませんが、そう考えてしまます

 東日本大震災が起きたあの日を契機に、『アイカツ』は「皆で一緒に笑いながら身近な幸せを改めて感じ、明日を信じる力、未来への夢を持てる作品」を目指してきました。「こんなことが起きたら、いままで話したような作品はできないね」と。

——その後、ゲームおよびアニメ企画は、どうなったのでしょう?

加藤陽一)大きな転機になったのが、東日本大震災です。コンセプトを固めている最中2011年3月に、東日本大震災が発生しました。地震が起きた瞬間、僕は東京浅草バンダイ本社で『アイカツ!』の会議に出席していたんです。地震電車が止まったので、車で来ていた僕が3人に声をかけて、皆を送っていくことになりました。TV原発津波ニュースを見ながら進むうち、都心で車も動かなくなっちゃって。結局浅草を出て、皆を送って23区内の家に帰るまで12時間位かかりました。そのとき一緒にいたのが、アニメアイカツ!』の若鍋竜太プロデューサー企画スタッフです。車に缶詰状態で、8時間から10時間ぐらい、地震の影響を目の当たりにしながら、皆で『アイカツ!』のことを話しました。まるで合宿みたいな濃い時間でした。「こんなことが起きたら、いままで話したような作品はできないね」という話もその場で出て。それを受けて書き直した企画書の内容が、そのときの僕らの思いを込めたものだったんです。

——どんなふうに変わったのでしょうか?

 ネガティブ出来事も起こりえるレトロスポ根路線は消えてなくなり、代わりに、「皆で一緒に笑いながら身近な幸せを改めて感じ、明日を信じる力、未来への夢を持てる作品」が必要だろうということになったんです。「トップアイドルを目指すスポ根サクセスストーリー」の部分はそのままに、「温かくて前向きな気持ちになれる作品を作ろう」と、企画ブラッシュアップしていきました。この段階の企画書に書いてあることは。現在のところほぼすべてが、作品内で実現しています。あの震災が、『アイカツ!』という作品にとっての転機だったと思いますね。

アイカツオフィシャルコンプリートブック』(学研パブリッシング2014年、130頁)

 そして『アイカツ』はたくさんの人を「温かくて前向きな気持ち」にし、たくさんの人が前へと進みました。「今日が生まれかわるセンセイション」、「いつだって、ここから、あたらしい夢 どこにだって行けるよ!」。『アイカツ』を観たたくさんの人が「素敵な明日」を迎え、「未来向きの今」から未来へと全力で走り出したはずです。『アイカツスターズ』もそうです。あれだけの作品を前にして、前作とは別の方向へと舵を切るなど、並大抵の覚悟ではできません。巴山萌菜さんもそうです。私は詳しい動向を追ってはいませんが、TVドラマ『賭ケグルイ』のOPを歌っていたようですし、ワンマンライブもやっていたと思いますSTAR☆ANIS/AIKATSU☆STARS!から卒業し、自分の決めた道で頑張っています

 それが、何故こうなるのでしょうか。別にイベントをやるなとは言いません。「卒業」した歌唱担当を呼ぶなとももちろん言いません。ただ、何故今なのか。10周年や20周年まで待てないのか。これではまるで、私たちに「明日を信じる力、未来への夢」なんかないのだと言わんばかりではないか。全く「未来向き」じゃない、完全に過去を向いている。私にビジネスの知見はありませんが、商業的に考えてもこんなやり方では長生きできないと思います

 昨年9月、甘粕試金氏によって『この幼形成熟の世紀に』と題された原稿が公開されました。当時それを読んだ私は「言いたいことはわかるし何も間違ってないと思うけど、アイカツファンダムはそんな人ばっかりじゃないのになあ」とかなんとか思っていました。でも、どうやらもうそんなことを言ってはいられないみたいです。

アイカツ!』が放送終了して新シリーズアイカツスターズ!』が始まった今『アイドル活動!』よもう一度とばかりに『アイカツメロディ!』が来ることの意味は、先述の原稿の論旨で言えば「和声」的解決意味することになり、『アイカツ!』も円環的時間気持ちよさによって欲望生産する作品だったという結論にならざるをえなくなる。それを証し立てるきっかけになったのが「シリーズ5周年記念企画」の楽曲だったという事実は、フランチャイズ圏内にある作品ファンク的時間を持つことの不可能性をも証明してしまったのではないか。このことに私はほとんど嘔吐せんばかりになってしまったわけです。

「なんで和声的ならダメなの? 気持ちよければ良いじゃん」という問いに答えるには、それだけで一つのまとまった原稿必要になるのでここでは書きません。フランチャイズに話を絞りましょう。ここ数年で最も忘れがたいフランチャイズ批判高橋ヨシキさんが『ローグ・ワン』を前にして発表した「幼年期の終わり 〜さようならスターウォーズ』〜」を部分的引用しま

観客が耽溺し続けること自体を難ずる権利はぼくにはありません。〔中略〕それでも、観客を「耽溺させることを目的に」商品を作り、供給することは邪悪なことではないかとぼくは思うのです。

〔中略〕

なぜなら、それは観客を消費者へと変え、幼児化させ、駄々っ子のように振る舞うことを是とするものであり、その駄々っ子の口に好物を際限なく突っ込み続けることで、彼らを判断能力を失った中毒患者へと変える行為からです。

〔中略〕

「前へ!」というのは、ルーカスだけでなく、どのようなクリエイターにとってもいちばん重要姿勢だとぼくは信じています。その先に何があるか分からなくても、あるいはそれがどういう評価を下されるにせよ、とにかく 「前へ!」。これはクリエイターに課せられた祝福でもあり呪いでもあるのですが、「前へ!」という大前提は旧三部作でも、またプリクエルでも(プリクエルは実は後退していたわけではないとぼくは思っています。何度も言いますがコンセプトに対してエクセキューションが貧しかったのがまずかった)、そして部分的ではあれど『フォース覚醒』にも共通していました。前へ!

〔中略〕

ところが『ローグ・ワン』は「もはや前に進む必要などない」という、ルーカスフィルム/ディズニー宣言のように、ぼくには見えました。なぜ前に進む必要がないのか? なぜならそれを誰も望んでいないからです。誰も、 というのは『スター・ウォーズ世界に耽溺することに慣れきった観客のことです(ぼくも含みます

〔中略〕

興行的に、『スター・ウォーズ』が「前へ」進む必要がないことを『ローグ・ワン』は証明してしまったのです。

Crazy Culture Guide Vol,30-30,5(http://www.mag2.com/m/0001673228.html

 SWシリーズにまったく思い入れを抱いていないうえに『ローグ・ワン』も(ドニー・イェンドン・キホーテ役をやっている映画なのだし)楽しく観ることができてしまった私は、当時「はぁ、そういうものなのかなぁ」程度にしか読めなかったのですが、少なからず前のめりに接してきた『アイカツ!』5周年企画に際して、これらの文章は「あっ、この状況を言ってたのか!」という今更の得心とともに蘇ってきました。「前へ」進む必要がないこと、それは「和声」的時間に閉じること、フランチャイズの体系に閉じること、円環的時間=手回しオルガンの歌に耽溺しきることを意味してはいいかベケットらを念頭に置いて「終わる必要がない」作品だと言うとき、それは「終わりが永遠に引き伸ばされる」作品偽装された姿を言っていはしないか。それこそがフランチャイズの罠であり病ではないのか。という疑惧と危惧が一斉に襲ってきたわけです。これは単に「前に書いた文章矛盾しちゃった」から狼狽えているのではありません。「あれっ、自分は《これ前にも聴いたことあるわ、良いわ〜、知ってるわ〜、延々と続けられる正当な伝統、良いわ〜》みたいなことに気持ちよくなりたくてこの作品を支持してたのか? そもそもこれってそういう気持ちよさを是とする作品だったか?」という、本質的な足場が揺るがされたことに原因があります。それも公式の「5周年記念企画」によって。

甘粕試金『この幼形成熟の世紀に』(http://petrushkajp.blog.fc2.com/blog-entry-165.html

 

アイカツシリーズ5thフェスティバル!!」を楽しめる人を悪だとは一切思わないですし、主催者ダメだとも思いません。もちろん、私が正しいとも一切思っていません。私も何かの手違いでチケットを手に入れたら、それはそれでそれなりに楽しめるんじゃないかと思います。そりゃあ声優歌唱担当が揃ったら嬉しいです。生アフレコなんてしたら最高です。そりゃそうです。ただ、あの日「車に缶詰状態」で「合宿みたいな濃い時間」を過ごし、それを受けて書き直した企画書は、そこに込められた思いは、「皆で一緒に笑いながら身近な幸せを改めて感じ、明日を信じる力、未来への夢を持てる作品」とは、こういう類のものだったのか。木村監督プロットを書いた「大スターいちごまつり」のMCの「みんなの今日が、明日が、少しでも素敵になったらいいな」とは、「いつでも何度でも集まって際限なく盛り上がれる。いつまでも終わりを引き伸ばせる。ずっとここにいられる」という意味だったのだろうか。『アイカツ』が3年半、『アイカツスターズ』が2年かけて描いてきたことは、そういうことだったのだろうか。どうしたって、そう頭を悩ませずにはいられないわけです。そして、“「終わる必要がない」作品だと言うとき、それは「終わりが永遠に引き伸ばされる」作品偽装された姿を言っていはしないか。”。このことは、常に考えるべき問題であると思います

 でも、ツイッターを見ている限り「歌唱担当戻ってくるなら純粋に楽しめばいいじゃん」「そんなにヒリつくことじゃなくない?」という人が多数派を占めているようです。だから私がおかしいのかもしれません。「めんどくさいオタク」なだけなのかもしれません。なので、「アイカツシリーズ5thフェスティバル!!」に行かれる方には、純粋に楽しんで来て欲しいと思っています皮肉でも嫌味でもなく、本当にただ純粋に、楽しい時間を過ごしてきて欲しいと思いますアイカツファンの方々——あるいは演者スタッフの方が読んでいないとも限りません——、お気を悪くされた方がいたら、本当に申し訳ありません。拗らせたアイカツファン戯言だと思って、どうかご容赦ください。

2018-06-08

推し名前を忘れてしまった腐OLの話

ハンターハンタークラピカという存在に、脳の「腐」を司る部分をぶん殴られてから十数年、腐女子として生きてきました。

クラス友達がいなかった高校時代予備校の硬い椅子のせいで尻に青痣ができた浪人時代、「死んでも成果(賞)を上げろ」というゼミで啜り泣きながら論文を書き続けた大学時代ギリギリのところでいつも私の心を支えていたのは二次元推し達でした。

推しと一緒ならどこまでも頑張れる。どこまでも走っていける。

自分身体が弱いことなんかすっかり忘れた新社会人の私は、お気に入り香水やヘアミストを並べた棚に推しアクリルスタンドを立てて、「今日も頑張ってくるね」と話し掛け、毎日意気揚々会社に向かっていました。

「老舗の会社に入れた」という驕りもあり、密度の高い報告書いかに速く提出するか、グループワークでどうやって他のチームを叩きのめすか(自分のチームの案を採用させるか)、どうしたら同期の誰よりも早く大口契約を取れるか、頭の中はそんなことで一杯でした。

(私は過去経験から、頑張らないと、死ぬ気で頑張り続けないと、自分が深くてどうしようもない穴に落ちてしまうと信じている節がありました。)

レベリングする時間があったら、家で仕事して精度を上げたい」

今日は8時間勉強するまでTwitterは見ない」

契約取るまではアニメは見ない」

気付いたら私の隣に推しはいなくなっていて、ひとりで突っ走っていた私は痩せて目の下に黒ぐろとしたクマを作っていました。

そんな生活半年ほど続いた辺りから、何故か毎日不安不安不安で、言い様のない虚しさに襲われるようになりました。

すうっと冷たい、足元から立ち昇るような強い不安感は、そのうち酷い嘔吐や「文字が読めない」という形で身体に出ました。

自分香水香りで気分が悪くなる日もあり、気が付けば香水棚で微笑む推しに「行ってきます」を言う習慣も無くなっていました。

0655を横目に無言で化粧をして、何とか朝食を流し込み、ヒールを履いて、ずた袋のように重たい身体を引きずって駅へ向かう私は、完全にひとりぼっちです。

駅の電光掲示板文字も読めなくなっていたので、遅刻ギリギリ会社に滑り込むことも増えました。

それでも死ぬ気で踏ん張って仕事をしていたら、ある朝会社トイレで盛大に吐きました。さながらマーライオンでした。

涙と涎と吐瀉物と、痩せた腐女子役満です。

診断は案の定というか、うつ病でした。

負けず嫌い完璧主義で、社会性に難のある人間が、自分の心の拠り所を土足で踏みにじった結果です。

ちょっと駄目になってしまった」「助けて欲しい」と親に電話した時でも、本棚に飾った推しフィギュアは凛々しく、美しい顔をしていました。

電話を切った後、自分の中にあった、あの燃えるような推しへの愛着や思いがすっぽりと無くなっていることに気付きました。

鬱による記憶力の低下は凄まじく、あろうことか私は推し名前すら忘れていました。(名前長いし難しいんですよね)

推し名前も忘れてしまった自分が悲しくて、でも何だか可笑しくて、部屋の隅に置いたハンモックに揺られながらへらへら泣いて、あとどれくらいでこの地獄に親が迎えにきてくれるのか、そればかり考えていました。

その後、多少正気を取り戻した私は推し名前を取り返し、推しフィギュアは今、テーブルの上で静かに微笑んでくれています

名前、一度忘れしまって本当にごめんね。

あなたのその雄っぱいに埋まりながら大声で泣きたいと思えるくらいには回復しました。

ごめんね。ありがとう。大好き。

2018-06-02

世界摂食障害の日

初めて投稿します。

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みなさんは6月2日が何の日かご存知ですか。

世界摂食障害の日だそうです。

私もそれを知ってから今年で2回目。

せっかくの日なので、私も少し、摂食障害のことをみなさんに知ってもらえたらという思いで書き綴ります

自己満足です。

ただ自分過去をこの機会に振り返ろうと思って記す備忘録です。

ある程度道が拓けたと感じている今の思いも綴れたらと思います

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摂食障害というと、拒食症が有名でしょうか。

異様に痩せ細った身体がよくメディアに取り上げられますよね。

でも摂食障害はそれだけではありません。

大量に食べては吐く過食嘔吐

また大量に食べるが吐くことができない非嘔吐過食もあります

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私は高校生の頃、拒食症でした。

きっかけは1kg増えてしまった体重を落とさなきゃとダイエットを始めたこと。

たったそれだけです。

でも何も食べなかったら4kgくらい落ちたのが気持ちよくて、

また何も食べず体調を崩してしまったのを周囲に心配してもらえたのが嬉しくて、

どんどんハマっていきました。

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当時は難関の大学を目指しており、寝るとき食べるとき意外は言葉どおり全て勉強に費やしていたりして知らず知らずにストレスが溜まっていたこと。

家庭環境が複雑だったこと。

母親から強く責められることが多く、もともと自己否定感が強かったこと。

完璧主義だったこと。

色んな私の性格に、ダイエットというきっかけが合わさって、拒食症世界に引きずり込まれて行きました。

大学合格とともに手に入れたのは、身長164cm体重37kgの身体でした。

拒食症としてはそこまで軽い体重ではありませんが。

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当時は自分が大好きでした。

ダイエットを頑張れる自分は凄いと思ったし、

大学合格のため一日中誘惑に負けず勉強できる自分もすごいと思いました。

もちろん口には出しませんが、自分の周りの人たちはそれができない心の弱い人だと内心見下していました。

今思えば、一番心が弱かったのは自分自身です。

摂食障害ドーピングしないと、生きていけないほどに心が弱かったんです。

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大学入学後、一人暮らしを始めました。

入学後しばらくは本当に楽しく過ごしました。

完璧主義だった私に、一人暮らし大学は、良くも悪くも色んなことを教えてくれました。

授業でSを取らなくても、単位がもらえること。

部活練習後、夜遅い時間友達ラーメンを食べに行くこと。

勉強のため毎朝5時に起きなくてもいいこと。

夜遅くまで友達と飲んで、ときには昼の12時に起きたっていいこと。

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そんな中で完璧主義は多少和らいで、そのせいなのか体重も5,6kg自然に増やすことができました。

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大学1年生の夏、家族が私の住む家へ遊びに来ました。

そこで、私がどんなに高校生の頃自分の首を絞めて生きていたのか、思い知りました。

から色んなことを言われました。

「〜ちゃんは少食だから、このお店の定食全部は食べられないでしょ?」

「〜ちゃんは今でもきっと朝早くから起きて勉強してるんだよね、えらいね

「部屋いつも綺麗にしてるのね、えらいね

自由に生き始めた自分を押し殺して、少し高校生の頃に戻って「いい子」で過ごした4日間はとても苦痛でした。

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このあたりから父と母の関係が更に悪化したこともあって、家族とは連絡を極力取りたくないと思うようになりました。

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そして時は流れて12月。

忘年会シーズンで、色んな団体忘年会に参加しなくてはならず、体重は更に増え、拒食になる前の体重をついに超えました。

そこからどうしたらいいのかわからなくなってしまいました。

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もともと、飲み会など食べ物がたくさん出る場は、何をどう食べていいのか分からず、苦手でした。

からいからこそ、人以上にたくさん食べ過ぎてしまます

飢餓から解き放たれた獣のような感じで、たくさん食べて、翌日後悔します。

だいたい今までは、その翌日に断食をする事でなんとかやり過ごしていました。

そう振り返ると、大学に入ってからも完全に拒食症から解き放たれていたわけではありませんでした。

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12月は飲み会続きで、翌日断食をすることもできず、不安と恐怖だけがつのりました。

自分自分制御が効かなくなり、気付けばコンビニスーパーで大量に買い込んでは、一度に食べるのが習慣になりました。

その頃新しく始めたバイト先で、毎日暴言を浴びていたストレスも原因にあったと思います

そこからは、非嘔吐過食の始まりです。

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ここで忘れないで頂きたいのは、非嘔吐過食に苦しむ人たちは、いつも頭の中は「痩せたい」でいっぱいなのだということです。

行動と照らし合わせたら、信じていただけないかもしれませんが、誰よりも痩せたいと思っています

いつも「痩せたい」で頭が支配される病気、それが摂食障害なのかもしれません。

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拒食症の時から一変、非嘔吐過食の時は何もかも頑張れなくなりました。

朝起きるのもつらく、おしゃれをするのもつらく、化粧もしなくなりました。

勉強も頑張れませんでした。

学校休みがちになりました。

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そして拒食症の頃、自分で内心バカにして来た対象自分のものとなりました。

ダイエットすら頑張れない。

勉強も頑張れない。

過食して家にこもって涙を流してばかり。

そんな自分が大嫌いになりました。

高層の建物に忍び込んで、飛び降りようとしたこともありました。

犬のリードを買って、首を絞めたこともあります

すべて死に切れないことが怖くて、最後まではやり遂げられませんでした。

.

医者にも行きました。

初めて行った医者では摂食障害は専門には診ていないところだったからか、個人的に心が傷つくことを言われ、薬を出されて帰されました。

そしてまた誰もわかってくれないという思いで、過食が酷くなりました。

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ただそんな私も、色んな人に支えられて、あれから1年以上経って、普通食事を取れる日は増えて来ています

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2回目はすがるような思いで専門病院を訪ね、そこで良い先生出会えました。

「過食しないと生きていけないくらい、心が辛いんだよ。過食は悪じゃない、ないと生きていけない大切なものなんだよ。」

そう言われてからスッと心が軽くなり、過食は減ることはありませんでしたが、罪悪感で心がはち切れそうになることはなくなりました。

今は授業の関係上、病院に通うことはできていませんが、今でもたまにまた話を聞いていただきたいな、と思うことがあります

.

また大学休みがちになった時、1人だけ熱心に私に電話をかけたり、家を訪ねたりしてくれた友人がいました。

の子は私とは対極的の楽観主義者で、今はどんな状況でもその子に励ましてもらって頑張ることができています

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今の自分の体型はとても、嫌いです。

今でも痩せたいといつも思っています

メンタル完璧ではありません。

特に生理前は特に気持ちが崩れやすく、学校に行けない日もまだまだあります

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でも私は摂食障害経験できて良かったと、心の底からと言ったら嘘になりますが、少しだけ、思っています

もし摂食障害にならなかったら、私は挫折経験せず、自分より劣る人の気持ちなんて考えず、内心バカにして生き続けたでしょう。

そんな私の心を広くしてくれました、また人の気持ちがよりわかるようになりました、思いやりを持てるようになりました。

神様から「お前はこのままではいけない」と与えられた試練だったのではないかと、今は考えています

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先ほども述べましたが、私もまだまだ万全ではありません。

身体健康的になりましたが、時には辛くて辛くて仕方ない日もあります

過食が止まらない日もあります

まだまだ自分が大嫌いです。

人と自分を体型や成績、全てのことで比べがちです。

まだまだ課題が沢山あります

摂食障害と私のおつきあいは、きっとこれからもしばらく続くんだと思います

それでも平穏にお付き合いをして、いつかはお別れをしたいです。

.

一番伝えたいのは、「一見健康そうに見えても、摂食障害と闘っている人は沢山いる」のだということ。

これは摂食障害の9つの真実、というものにも取り上げられています

http://peerful.jp/articles/eating-disorder/7255.html

あなたの周りにももしかしたら、闘ってる人がいるかもしれません。

気づいたらそっと、見守ってあげてください。

辛そうな時は寄り添ってあげてください。

それだけできっと救われます

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上長々と失礼しました。

少しでも摂食障害への理解が深まりますように。

2018-06-01

胃腸炎職場に来るの本当に本当に本当にやめて欲しい

職場胃腸炎流行っている。ピークは過ぎたはずなのに、未だに流行っている。毎日カキが食べられるほど、裕福な会社でもないのでおかしいと思い、トイレにいったときに、同僚が手を洗う様子を観察していた。そして気付いた、手洗いが3秒くらいで終わっている事に。

ふざけんなと思った。そして職場トイレ嘔吐している人間もいる。はやくハイター消毒して欲しくてこっちはストレスお腹を壊している。

あとトイレスマートフォン持ち込むのもやめて欲しい。インドかと思うくらいに衛生面が怪しい。

というか「胃腸炎会社に来るなよ」とさり気なく話したら「こっちだって生活がかかってんだよ」と言われて絶句した。

なぜ他人利益搾取するリスクもあるのに自分利益だけを優先するのだろうか、恐ろしい。本当にこの会社大丈夫なのだろうか。

2018-05-30

anond:20180529135934

酢で締める

時々何故か嘔吐下痢が止まらなくなる以外は意外と簡単だよ

彼氏から服薬自殺を試みたと話を聞いた。


新卒就職した会社仕事希望している内容ではないのと、

個人としてかなりキツイ部類に入っているせいでとてつもなくしんどいのは知っていたし、

入社してすぐの泊まり込みの研修で倒れたり吐いたりを数回していたのも聞いていた。

2回目の泊まり込み研修の前の晩、とてつもなくしんどいと言うので私は思いきって「辞めちゃえばいい」と言った。

正直、フリーランスアルバイト挙句親元で生活している甘ったれ人間の私が新卒正社員の彼に言うにはあまり無責任一言なのは分かっている。

けど「もうちょっと頑張ってみなよ」は私以外の人がきっといくらでも言ってくれるのだから1人ぐらい「こういう道もあるんじゃない?」を示してもいいと思って言った。


結局彼はそのまま仕事をきちんと続けている。

研修時は合わない社風と人間関係に嫌気がさしていたようだったので今月に入って新しい配属先になることで改善されればなあと2人で思っていた。

聞いた話の印象だと多分人間関係は改善されたんじゃないかと思う。

ただ仕事の内容が「就活時に聞いていた内容と大きく異なるブラックだった!」というわけではないが、

個人としてかなりキツイ内容が付帯されることになったらしく、そこから段々と多分しんどくなったんじゃないかな~と踏んでいる。

少し前までは仕事帰りなんかに連絡をくれていたのがここ一週間ほどなくなり、

それでも今日は彼の誕生日だったので連絡をした。


最初休日の過ごし方の話なんかをしたものの、段々と仕事の話にシフトしていく。

最終的に聞いたのは、出勤の前日と当日の朝は嘔吐を繰り返していることと、ここ一ヶ月のうちに服薬自殺を試みたということだった。

服薬自殺を試みたと言っても聞く限りは精神科の薬とかではなく、市販薬範囲に留まっていたのと、

局部屋にある薬を半分程度飲んだあたりで恐怖に駆られ止め、症状が出たことでタクシー救急に駆け込んだと聞いた。

正直びっくりしたものの「そうか...」という感想第一だった。

元々彼のメンタルがかなり弱いのは知っていたし、その話の前に「何も分からない方が私は不安だ」と話したことが紛れもなく事実から

実際それを聞いて今聞いておいて良かったなと思った。

と同時に、自殺したいと思った時とか、その一歩前で「連絡を取りたい」と思ってもらえないんだなと思ってしまった自己中心的自分気持ちが出てきた。

何かつらいことがあっても「言っても現状が解決できるわけじゃないか意味がないし」と詳細を言ってくることがない人だったので、

普段からこちからそれとなく「言いたくないこと以外は言ってくれていい」と伝えていたけど、駄目だったみたいだ。

そこまで認識して悲しくなってしまった。

「私は彼の生きる理由にはなれないんだな」と思う気持ちと「そりゃ遠距離精神いっぱいいっぱいの時に人に連絡する余裕もないよな」という気持ちちょっと泣いた。


私は今でもそこまでしんどいのなら本当に会社を辞めてしまえばいいと思っている。

今でこそ私は脳内花畑プラス思考クソ女だが、10年程前は同じような人間だったので逃げたいときに逃げるのはある程度必要だと知っているから。

自分正社員という形で社会に出たことのない甘ちゃんなのは確かだし、多分ある程度真っ当に生きている人は「そんなことでw」とか言うんだろうと分かっている。

考えなしの挙句根っからダメな奴なので私はヒョイと逃げてしまうが、彼は典型的な「真面目で色々苦にして自殺してしま人間」に比較的該当するので、

無責任に色々なものを放り出して"生きて"逃げるという選択肢を取ろうとしない。

仕事しんどいなら転職するしかいねと話して、それを計画してはいものそもそも新卒二ヵ月目で独り暮らし時間もないのでそこまで早急には多分動けない。

から極論今の仕事を頑張りつつ転職を狙うか、勢いで辞めてしまうかの二択しかないが(精神科に行き休職を勝ち取るのもアリか...?)彼には後者選択肢は私が提示しても目に映らない。

900kmある遠距離で、顔も満足に見れない私がどうのこうのできる立場じゃないんだろうけど「無力」ってこういう時に使うんだなあ。

「親御さんに相談してみたほうがいい」と散々伝えても「意味がないから」「転職するにも現状はこのまましかない」の一点張りでどうしようもない。

正直どん詰まりだと思う。何を言うのが正解なんだろう。

から中二病とかじゃなく本気で人の気持ちが分からないので何を言えば彼が逃げ道を選択してくれるのかが全く思いつかない。

2018-04-30

ゴキブリ対策第1類医薬品バポナを買ってきた。

薬剤師対話しないと買えない強力な殺虫剤だ。

んで、話を聞いていてふと思ったのだが

以前ホッテントリした機械室で事務仕事させられて入院した人https://anond.hatelabo.jp/20180403154941って

もしかして、風上にバポナが吊るされてたりしないかな。

Q;どんな症状がでますか?

A;ジクロルボスは、吸入、経皮、経口によって中毒症状がでますが、特に吸入による中毒に注意が必要です。有機リン系農薬による中毒症状としてコリンエステラーゼ活性阻害による症状を示します。

   軽症;倦怠感、頭痛めまい、胸部圧迫感、吐き気嘔吐、多量の発汗、下痢、腹痛、軽い瞳孔の収縮など

   中程度の症状;(軽症の症状に加えて)瞳孔の収縮、けいれん、歩行困難、言語障害、除脈など

   重症;瞳孔の収縮、意識混濁、全身けいれん、血圧上昇、失禁など

http://www.eiken.pref.kanagawa.jp/008_topics/files/topics_081016.htm

2018-04-24

カウンセリングに行った

カウンセリングに行った。

大学カウンセリングルームみたいなやつ。

小さい頃からずっと自分ってみんなとちょっと違うんじゃないか?と思ってきた。でも「マイペースなんだね!」ってよく言われるからまあそんなものかと自分ごまかして生きてきた。

中学生の時に「増田さんって浮いてるよね」「おかしいよね」ということが原因で部活の先輩にいじめられた。元々苦手意識のあった集団生活が完全に無理ぽょ〜になった。

高校生の頃は先生に「テストだけきちんとやったって内申点はあげられません」と言われた。別にいらなかったけど、なんでそう言われるのかわからなかった。

で、知り合いが誰もいなかったらもっと上手くやれるんじゃないかと思って、地元から進学した人が誰もいない土地大学生になった。手に職をつけたかったので医療系の学部に進んだ。

大学に入ってすぐ発達障害についての授業を受けた。

そしたら、ビーーーーーックリした。

ADHDとされる子どもが幼少期のわたしそのままだった。ビデオで見たことある幼稚園時代わたしそのままの行動を取っていた。その後に出てきた特徴も、みんなみんな見に覚えのあるものだった。

集中力がキレやすくて忘れっぽい

・いつもきょろきょろしてしまってじっとしていることができない

ケアレスミスが多い

時間管理が苦手

・別のことに気を取られて本来やるべきことを完遂できない

他にも色々あったけど、特にこの5つがわたしにとってどうしてもできないことだった。そして、ADHDの主な症状としてあげられるものだった。わたしがどうしても解決できなくてつらかったこと、全部説明できた。

でも、みんなこんなんなんじゃないかな?って思って「こんなのみんな当てはまるんじゃないかなあ」って友達に聞いてみた。みんなきょとんとしてそんなことないでしょ?って言った。

アーーーーー完全にこれは、わたしADHDの傾向があるんですねぇ!と思った。

ネットで調べたチェックリストみたいなのをやった。真っ黒だった。

4つ以上マークがついた場合専門家相談を、とあった。だからカウンセリングルームに怯えながら電話をかけて、予約を取った。

あと、母親に連絡した。遠回しにその話題を振ってみたら、小2の時に担任からADHDASDの疑いがあると言われたことがあるらしい。

今までそんなことを言われたことがなかった母は驚いて専門機関にかかるべきか聞いたが、特に大きな問題が見つかっているわけではないか大丈夫でしょうと先生は言ったらしい。最終的には確かに忘れっぽいし集中力がないところはあるけど元気で優しい子に育っているか大丈夫、また生活不自由するようなことがあったら考えましょう。と、母親結論を出したらしい。

そして、カウンセリングに行った。何をするかわからなくて怖かったので、一応不安に思っていることをまとめてから行った。

静かな女性カウンセラーさんだった。

まとめてきたから言いたいことは上手く言えた、けど、話してる間にどんどん涙が溢れてきた。なんでか全然からなかった。全然うつもりなかったのに、しんどくなると家中の食べものを食べまくってしまうとか、嘔吐するまでやめられないとか、眠れない夜があって辛いとか、冷蔵庫お酒がないと不安になるとか、大きい音が苦手ですぐ驚いて頭が真っ白になってパニックを起こしてしまうとか、朝どうしても起きられない日があって学校に行けない時があるとか、無意味に涙が止まらなくなることとかまで話してしまった。

カウンセラーさんはいいとも悪いとも言わず、ただ、そうなんですねとだけ言って相槌をうってくれた。やさしかった。

みっともなく泣き崩れるわたしに、カウンセラーさんが「次回は発達障害に詳しい先生がおられますから、その方にお願いしたいのですがどうですか?」と言ってくれたのでよろしくお願いします、と返して次回の予約を入れて帰ってきた。

泣いたのは恥ずかしかったけど、誰かに辛いという気持ちを聞いてもらうだけで楽になることを実感した。

2回目のカウンセリングに行った。

この前のカウンセラーより年上の女性だった。メモはもらっているけど、もう一度自分の口でお話していただけますか?と言われたので前回と同じような話をした。

途中で先生が「ふんふんふん」「あーはいはい」「それでそれで?」とかいうのがなんか怖かった。

わたしが話し終わると、その人は「あなた自分の口で辛いことを説明できるので、大丈夫です!」と言った。

は?何がどう大丈夫なんだ?と思ってぽかーんとしていたら「わたしだってイライラしたらお菓子とか食べすぎちゃいますよ」「でも大丈夫ですよ、その気持ち自分コントロールしましょう!」とか言い出して、ますます唖然としてしまった。

わたし別に過食について相談に来たんじゃなくて、もっと別の、その原因の生きづらさについて誰かに助けて欲しくてここにきたんですが?と思ったしそう言ってみたけど、馬鹿にしたように「それは大丈夫ですから」と言われただけで終わった。

次回の予約はいつにしますか、という質問になんと答えたかは覚えていない。

カウンセリングルームを出て、学校から家に帰っている時間唖然とした気持ちは怒りになって、最終的にわたしの苦しみは甘えなのかー、という悲しみになった。

家について、もう、うわーとなって御釜にあったごはんを全部食べた。釜から直接。気持ち悪くなって全部吐いてしまった。

いま、トイレの前の床に座り込んでこの文章を書いている。もうどうしたらいいかからなくて、ただただぼんやりしている。

このような状況に陥った人いたら連絡ください

2018-04-03

機械室で働いて心と体がぶっ壊れた一年後の話(追記あり)

 月手取り17万円、残業代交通費は別途支給賞与なし。

 人に誇れる収入ではあるまいが、ワーキングプア定義年収200万円以下」は辛うじて上回る。下を見ればきりがない昨今、地方都市女性派遣社員としては恵まれ待遇かも知れない。

 一年と少し前に、私はこういう記事を書いた。

https://anond.hatelabo.jp/20170315161240

 今回の記事は、その後日談だ。





 前の記事には「5月くらいには再就職するはず」とあるのだが、一年以上経った今も、私は無職のままブラブラしている。情けないと思う一方で、当然だという気もする。

 何しろ就職希望面接に、ノーメイクで行くような非常識な女なのだ。その理由が「道々涙が止まらなくなり崩れたメイクを落とさざるを得なかった」という、年齢不相応の情緒不安定である面接の途中で気分が悪くなって退出し、トイレまで我慢出来ずに廊下嘔吐したこともあった。私が人事担当者なら、こんな人間採用しないし、それを採用するような企業で働くのは私も不安だ。

 どうやら私の精神は、重度の労働アレルギーになってしまったらしい。病院先生は「軽いアルバイトから始めてみたら」と仰るのだが、やはり面接中に泣き出してしまった。

 一年前の私は「自分で思っていたよりダメージを受けていた」という記事を書きながら、心のどこかで「すぐ回復する」と、やはり事態を軽く見ていた。バカは死ななきゃ治らない、というのは本当かも知れない。





 このアレルギーの原因は、前の職場環境だけではなく、退職後の傷病手当失業保険生活していた期間にもあると思う。

 傷病手当にせよ失業保険にせよ、支給額は「働いていた時の給与の何割か」という式で算出されるため、収入は激減する。

 その期間中に、私の貯金は随分増えた。おかしな話だが、収入が減って、貯金は増えた。

 理由簡単。働かなくなったことで、収入以上に出費が減ったのだ。

 仕事着のスーツを買わなくていい。当然クリーニング代も不要であるオフィスサンダルパンプスも、ストッキングも要らない。通勤電車でもみくちゃにされないので、服も鞄も傷まない。

 疲れて帰ってきて惣菜で夕食を済ませたり、寝坊してしまって昼はコンビニ弁当、ということもなくなった。冷凍食品も買わなくなった。残業帰りの夜道が不安バスタクシーを使うこともないし、楽しくもない忘年会歓迎会の会費とも無縁だ。

 娯楽にしても、平日の昼間はほとんどの施設安価で、映画レディースデー料金で観られる(働いていても夜の部を観れば良いのだが、私にはその余裕がなかった)。友達とたまにしていた夜の外食は、相手職場付近でのランチに置き換えてもらった。1回あたりの話せる時間は半分になったが、2回会っても出費は夕食の半分以下だ。

 通勤時間に読むための本を、無闇に買うこともなくなった。代わりに図書館に通ったり、書店で読む時間たっぷりあるので、通読して気に入ったものだけを買う。読み終わっている本を買うの?と怪訝に思われるかも知れないが、本好きとしては極限レベル妥協である

 そうした出費の減少が積もり積もって、私の総支出額は激減した。

 働いて得た収入の大部分を、働くために使っていた。仕事をやめる前と後の家計簿を見比べると、そういう結論に辿り着く。職を失って節約を心掛けていたにせよ、それだけで出費が半減するはずはない。

 私は確かに、月の半分は自分が生きるために働いていたが、残りの半分はそうではなかった。





 最近、人に食われる夢をよく見るようになった。私の内臓を食べている人は、前の派遣先上司であったり、PC操作を覚えようともせずに丸投げしてきた社員であったり、派遣会社担当者であったりする。

 私が自由に使えるはずの時間と体力、心の健康。それらを犠牲にした対価であるはずの雀の涙ほどの給与までもを、仕事が、彼らが貪り食ってしまった。夢の内容をそう解釈してしまうのは、私の心が病んでいるせいだろうか。

 夢に出てくる人たちのことを、悪い人だとは思っていない。だからといって、私自身も生きながら内臓を食われなきゃいけないほど邪悪人間ではないと思う。他に呪うべき相手は思い付かないけれど。

 子供の頃、仕事とは誰かの役に立つことだと思っていた。その時生じる「ありがとう、助かりました」を、お金に変換したものがお給料である。「えほんがすきだから、しょうらいはさっかさんになるの!」と同じくらい、子供らしくて純粋で、現実度外視した世界観だった。

 でも、人の役に立つって、本当はこういうことなのかも知れない。

 はらわたを食われる夢の中の私は、大抵そんなことを考えている。腸が滑らかに引きずり出されていく様、それが相手との間でぶらんと垂れ下がる様を、冷静に観察している。がらんどうになった胴の軽さ、残された骨の軋みを感じている。

 傷病手当も、失業保険も切れた。貯金が尽きる前に、労働アレルギーを治して、また彼らに食わせるための肉をつけなければ。そう思うのだが、それを出来る自信がない。





【同日22時過ぎ 追記】

 こんな文章を深夜に書いているのはおかしいと自分でも思い、一晩眠って心療内科に行ってきた。ついでに足を伸ばして博物館特別展を見て、一旦帰宅した後、五キロジョギングを終えてPCを起動させ、反応の数に驚愕した。

 深夜の病んだ精神状態をも発信出来てしまう、インターネットは怖いツールだ。

 職と収入を失ってから一年間で、私が更に失ったものがある。前の記事に書いた「たっぷり寝て美味しいもの食べてジョギングしてプール行って本読んで映画観てカラオケに篭もる」を実践した結果、体重が少しだけ、体脂肪率は5%も落ちた。

 失われた贅肉を惜しむ気持ちは勿論なく、体調に限って言えば自分史上、最も体が軽くて健やかな部類である

 心の方も、そう悪くもない。本文の通り、金はないが時間が有り余る生活謳歌している。

 あの夢は確かに不快だが、私が己の内臓差し出すような働き方をしていたのは事実であり、夢の中=過去の私は現実現在の私とは別人なのだ。夢は一年前の出来事を離れた所から、多少冷静に見られるようになった証のようにも思える。せっかく夢が警告してくれているのだから、次の仕事を探すときは、同じ過ちは繰り返すまい。

 その冷静さのせいで、家計簿を見て凹んだりもしたが、渦巻く気持ちネットの海に吐き捨てたら憑き物が落ちたようにスッキリした。この記事を読んで心配してくださった方、すみません。揺り戻しで自己憐憫に溺れることもあるけれど、私は元気です。

 吐き出しついでに考えてみたところ、労働アレルギー発症しているのは私の心ではなく、体のように思えてきた。

 犬を「散歩に行くよ」と騙して動物病院に連れて行くと、その後「今日は本当に散歩だよ」と飼い主が誘っても、「またぶっとい注射を打たれるんでしょ?」と拒絶することがある。

 あれと同じで、私の理性が「もう働けるよ、今度こそいい職場探そうよ」と呼び掛けても、動物的な部分は「また暗くて寒い場所に閉じ込められるんでしょ?」と尻尾を巻くのだ。動物から言葉による説得は通じず、泣いたり吐いたりして拒絶を示す。体の記憶は強固である

 労働環境はともかく、仕事の内容も職場の人も、私は結構好きだった。少なくとも理性の部分では、そう思えるようになった。あとは体が追い付いてくるのを待つだけだ。

 まず来てくれるのかが心配ではあるが、時間を掛ければ大丈夫だと、先人たちが証明してくれている。それまで貯金が持つよう祈りつつ、在宅の仕事支援制度についても調べてみようと思う。

 今度こそご心配なく。死にさえしなければ生きて行ける。






 ところで最寄りの書店ソファで昼寝している人がいるような大らかな雰囲気の上、店員さんには「読み終えようがレジには来る」という情報込みで顔を覚えられている。元々常連だったこともあり、いつもニコニコ対応される。

 が、書店迷惑ではないにしろ、本を買わずに読むという行為情報窃盗には違いない。図書館の利用にも似たような罪悪感がある。就労云々とはまた別に、早く好きなものを心置きなく買えるようになりたい。

2018-03-30

anond:20180330023834

韓国で開催中の平昌冬季五輪で、ノロウイルス感染が広がっている。16日にはスイスの2選手感染が明らかになった。選手感染が発覚したのは初めて。

フリースタイルスキー選手らは、ノロウイルスと診断されるとスイス選手から隔離されたという。スイスメディアによると、感染したのはファビアン・ベシュ選手エリアス・アンビュール選手

伝染性が高く嘔吐下痢などを引き起こすノロウイルス感染者は、これまでに200人以上に上った。

2018-03-27

anond:20180327184857

持病なく過労でもない成人なら酷い嘔吐下痢症状に見舞われても大抵は大丈夫だけど、独居では万が一脱水起こして危険になったら大変なので、水分補給にだけは気を付けね。

anond:20180327104308

小さいときオート下痢かい自動的ブギーポップみたいな下痢をした

便座で泣きながら下痢をしてる俺の前で親が洗面器をかかえててくれて、それに泣きながら嘔吐もした

あれはひどい経験だった

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