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はてなキーワード: 嘔吐とは

2017-06-17

酔える草を飲んで酩酊した話

アカシア根皮茶(ACRB)を試す機会があったので、様子を書いてみる。

例えば飲酒したとき、吐く寸前くらいの酩酊時は、気分が大きくなり、説教を垂れたり思考が飛び飛びになったりする経験がある人も多いと思うが、この草の場合酩酊と同時に視覚聴覚幻覚も一緒に楽しめる。

(効果は人によって異なり、効かない人はアルコールの悪酔い程度にしかならない。自分は多いにキマった)

試してみたい場合や調べてみたくなった場合はこのURLから辿っていけば一通りを知ることが出来る。 http://storys.jp/story/24344

当日の朝食は抜いて13:00からお茶摂取開始

13:20 アルコール酩酊に近い状態になる。寝転がっているのが楽で、座っているのが面倒に感じる。目を閉じていた時にも視界に液晶モニタを間近で見たようなツブツブが見えてくる。

13:30 目を開けていても、気を抜いていると何も無い白壁や、陶器の皿にプリズムのような幾何学模様のパターンが見えてくる(ルイス・ウェインフラクタルな猫のような見え方)白い皿の輪郭部分から色収差のように赤と緑の線が見える。

13:32 気分が悪くなり、嘔吐。体温が低く感じる。

13:40 目を開けて意識をしっかり持っている時はアルコール酩酊と同じ感じ。目を開けてぼーっとしていると視界が何重にも見え、幻覚幾何学模様のパターンが更に激しくなる。この視界が何重にも見えるのをぼーっと楽しんでいるだけで多幸感がある。目を閉じていても、フラクタルパターンモノクロの部屋など、各種幻覚強制的に見られる。

14:00 感覚の鋭敏感のピーク。瞬きしたときの視界の変化が知覚できるようになる。蛇口から水がポタポタ落ちる環境音などにタイミングを合わせて視界が歪む。毛布や服の感触安心感を覚える。同居人現在の様子を説明するときに、自分の心情や見えている物が伝わらないのがもどかしく感じる。

14:10 音楽映像摂取すると精神が持って行かれそうな状態になる。音楽映像を全部止めて、ぼーっと天井を見ている。その時に天井シーリングライトの丸い形状が愛おしく感じる。角張ったものに対する忌避感がある。

14:30 思考断片化しているのを自覚する。喋ったり文字を打っている途中にもう別の事を考えてしまい、発話がおいつかなくなる。おそらく、ボイスレコーダーをセットしておいて独り言を言い放題にしておくと、後で聞き返して悶絶しそう。

15:00 視覚聴覚幻覚幻聴が無くなる。以降は酩酊した状態に近い精神状態連続した思考が出来なくて、自分意思無関係に考える対象ポンポンと飛ぶのが、まるで自分の頭が良くなった、悟りを開いた、と誤解してしまう。

16:00 酩酊も一通り収まり、外に出る。太陽の光がまぶしい。

まとめ

ここまでキマると思っていなかったので、音楽映像の用意をしていなかったのが悔やまれる。人と話していたいのか、映像を流して視覚がめちゃくちゃに過敏になっているのを楽しみたいのか、ぼーっとしていたいのか、の様に方針を決めておくほうが良い。

思考制御が出来なくなった状態の時に、うっかり神からの啓示や、けものフレンズを見ると悟りを開いてしまいそうだった。

2017-06-14

アメリカ映画ドラマアニメってすぐ吐く

なんなのあれ?気持ち悪いんだけど。見てるこっちが吐きそうになる。

極度の緊張感から吐く、酔っ払って吐く、グロものを見て吐く。

なんの脈絡もなく「ヴッ!ブシシュッ!ボトボト...」とか言って吐く。

必然性も無いのに吐く。しかも作り物の吐瀉物もチラッと写ったりするし最悪。

ロックバンドPVカートゥーンネットワークの子供向けアニメとかでも出てくる。

向こうの面白映像とかでも吐いてる系がやたら多い気がする。

日本だったらトイレうずくまって咳き込む後ろ姿ぐらいでとどめるよね。

エログロには厳しいのになぜ嘔吐にはあんなに寛容なの?

気色悪いのでエログロと同様にレイティングの基準に含めてほしい。

そうすれば見る方も心構えして見るからさ。

ロリコンとか痴漢強姦願望が全くなくなった

小学生の頃から世代の異性に興奮して、対象はそのままに自分けが歳を取っていった。中高生になって回りが恋愛を始める頃でも、同世代以上の女性には興味もわかなかった。自分が人とは違うかもしれないと感じ始めた頃から、周囲が女優アイドルの話で盛り上がる中、怪しまれないように好きでもない誰もが好きそうなアイドル名前を出してはその場をしのいでいた。社会に出てからも、表向きはどこにでもいるような流行りの女性が好みだと吹聴しては、周囲には絶対に気づかれないように振る舞い続けた。

自分理想とする相手とはまともな恋愛セックスまでのプロセス通用するわけがない。だから行為に至るためには痴漢強姦という選択肢しかなかった。もちろん実際にそんなことをしてしまったことなんかない。そうならないために、漫画やそれ風のAVなどで処理をしてきた。

そんな自分にも、子供がほしいという願望はあった。それは間違っても性処理のためというわけではなく、純粋自分の子孫を残したいという願望だ。適齢期を過ぎかけたころ、見かねたから提案された見合いに乗っかってすんなりと結婚し、さらに何事もなく子供まで授かることが出来た。見合い相手のことは好きでも嫌いでもなかった。ただ、子供を生んで育ててくれそうだという理由だけで結婚した。性的にも全く興味は沸かなかったのだが、お互い未経験同士だったこともあり気持ちが一向に高まろうとしないことを緊張という言葉で置き換えることができたのは幸いだった。

妊娠後、数回目の通院で生まれてくるのが女の子であろうことがわかった。このときは正直不安になった。この子が程よい年齢に至った時、自分からの愛が親からのものであり続けられるのだろうか。自分の子自分の子として見続けることができるのだろうか。出産が近づくにつれてその不安は強くなる一方だった。そうしていよいよ出産の日。陣痛より前に破水してしまったことで慌ただしいままに病院に行き、そのまま大騒ぎのうちに産声を聞くことになった。あまりの忙しさと、陣痛促進剤によってあれよあれよと野生を露わにし始める妻を前に、つまらない不安を思い返す余裕などなくなってしまっていた。

看護師の大げさに芝居がかった「おめでとうございます。」という言葉とともに、赤黒い顔に拭いきれない鮮血が着いたまま精一杯に泣き叫ぶ赤子が手渡される。両の手でその重さを実感した途端に、全く意図していなかったにも関わらず目から涙が溢れた。自分の命をかけてでもこの小さな命を守らなければならない。そして、自らの命を危険晒してまでこの生命を産み落としてくれた妻に対して、いままで持ち得たことのないような気持ちが沸き上がってきたことがわかった。

その日を境に、自分を苦しめ続けてきた児童性愛願望はさっぱりとなくなってしまった。むしろ自らの娘がそうなってしまうことを想像しようものなら胃袋ごと口から嘔吐してしまいそうな焦燥感に駆られるようになってしまった。自らの子供を愛するという気持ちは自らの娘を性の対象として見てしまうかもしれない不安をいとも簡単に一蹴してしまものだということがわかった。それから数年経ち、娘は小学校に通うようになった。娘の周りには、かつて自分欲求を刺激してやまなかった年頃の女子たちで溢れている。しかしそれを目の当たりにしても、かつてのような邪な衝動は一切湧いてくることはなかった。むしろ自らの娘を見るのと同様に、彼女らが安全に、健全に育つことを願うようになってしまった。

自らの性的嗜好を棚に上げるつもりはない。しかし、自分性的対象は気付いたときにはすでに決まっていたものコントロールできるものではなかったのだ。今だに過去自分を憎む気持ちとどうしようもなかったと同情する気持ちとが葛藤を続ける日々を送っている。世の中の同じような境遇人間自分と同じことが当てはまるかはわからないが、少なくとも児童性愛に対して嫌悪感が芽生え始めていることは確かだ。かと言って自分普通に女性を愛せるようになったかと言われるとそうではない。いうなれば、児童性愛がなくなると同時に性の対象のものがなくなってしまったのだ。自らの遺伝子を受け入れ命をかけてまで産み落としてくれた妻には今でも変わらぬ感謝と、一緒に生活をしてくれる家族としての深い愛情がある。しかしそれ以外の感情が一切湧き上がってこない。そのことを妻はこれからも受け入れ続けてくれるのだろうか。

2017-06-11

まぜそばわさびマヨ入れたら気化したわさび成分が食道に触れた時の酸っぱいような痛みが嘔吐前に胃液が込み上げてきた状態にそっくりで思わず吐きだしてしまった。

まだ腹は一杯じゃないのに・・・

2017-06-06

うちの猫嘔吐の後、心なしかしょんぼりしている

体調不良とか食欲がないとかではなく、掃除してる近くで神妙な顔をしている…気がする。

正直、仕事で疲れて帰ってきてベッドの上に吐瀉物があると、やられたー…とは思うけど、猫が吐くのはしょうがないので「あ、吐いちゃったのかー」って明るい感じで言って、頭をなでなでして「お水飲んできたら?」とかって話しかけるようにしてる。

2017-06-03

大人になっても続く給食呪い

小学校の時、ぽつんと残って休み時間まで給食を食べていた生徒は

クラスに必ず1人はいたのではないだろうか。

食が細かったわたしも、そのうちの一人で泣きながら給食を食べさせられた。

5年生の時担任だった男性教師は、残すことに厳しく、完食するまで永遠に給食タイムは終わらない。

しかも、最初に減らせる量は向こうが管理しており、

その上、完食できた翌日は、事前に減らすことが不可能というトンデモシステムだった。

それがつらくて6年生のクラス替えの日、ウキウキして登校したのに、またソイツだった。最悪だ。

給食地獄は2年間だったが、大人になった今でもその弊害が残っている。

食事に対する嫌悪感

2年間も続けば、男性教師の怒号と「満腹感」が自然と結びついてくる。

食べることに対する幸せみたいなのは全く見いだせず、

早くiphoneのように充電式になるか、人間として満たされる錠剤1粒で生きたいとすら思う。

人間の三大欲求のうちの一つが、恐怖によって潰されるのは、生活にも支障をきたす。

◆人付き合いも億劫

親睦会、合コン歓迎会、祝賀会…一般的交流を深めるために使われる手段食事だ。

給食というものは、人が必ずいる環境提供される。

人と食事をする「会食」が、給食の恐怖に結びついてしまい、せっかくの人付き合いにも支障が出てきてしまう。

お店に入るまでは大丈夫だったのに、お店に入った途端吐き気がこみ上げてくる。

お手洗いに行って、何度かえづいておかないと座席に戻れない。これがかなり苦しい。

せっかく誘っていただいたのに、残すことになりお互い気を使ってしまうので、

誰かと行く外食は、ほとんど断るようにしている。

今、22歳なので、給食地獄10年以上前出来事だ。

ただ、驚いたのがこの悪しき風習は今でも続いているらしい。

富山県小矢部市の市立小学校で今年1月、嫌いな給食のおかずを残した当時4年生の男児に無理やり食べさせ、嘔吐させた」

http://www.sankei.com/west/news/170504/wst1705040035-n1.html

というニュースを見かけて戦慄した。

下記URLを見てもらえると分かるが、嘔吐しただけでなく、その後の掃除までさせられている。

・全員の前で吐くという羞恥と恐怖

・食に対する嫌悪

は、その後もトラウマとしてずっと残っていくだろう。

給食に悩むお子さんを持っている場合、これは未来の子から手紙です。

学校という子供にとっては絶対的な狭い社会で、子供を守れるのは大人たちのみ。

給食呪い10年以上も続くのだ。

少年少女たちが、不要トラウマを抱えず、せめて人間らしく生きられるように

校長先生教育委員会なんでもいい。とにかく厳しすぎる教師たちを告発してほしい。

食事の裏には

農家の人や犠牲になった動物たちがいるということは、無理やり食べさせなくても理解は出来る。

それよりも。

無理やり教師が食べさせた裏で

大人になっても食に苦しむ元生徒たちがいることを、忘れないでいてほしい。

2017-05-29

会社に行けない

私は正社員仕事をしていたけれども、仕事場環境の変化に耐えられず、体が会社に行くのを拒んだ。

頭痛嘔吐過呼吸がひどくなり休職することに。

仕事を投げ出しやがって!と思われているんじゃ無いかとか、責任を果たせないまま仕事を止めてしまう後ろめたさがあって休職しても毎日のように苦しくて布団を被って泣いてた。

病院に行ったところ適応障害と診断された。

治療はどうだったかと言うと、心療内科先生に話を聞いてもらったり、抗不安薬(私はデパスではなくエチゾラムをもらってた)や、眠れない時は睡眠薬をもらって飲んでいた。

エチゾラムは飲むと頭の中がポワーっとしてきて、考えられる深さが浅くなる感覚になる。筋肉の緊張がやわらぐ成分が入っているせいか力が抜けるので、本当に腑抜け人間になる。

睡眠薬は飲んで寝れたとしても朝の目覚めは最悪。頭が痛かったり二日酔いみたいな感覚に近いかもしれない。

薬を飲んでいても頭痛嘔吐過呼吸はすぐ良くならないし、眠りの質もとても良いものとは言えない。

こんな状態になるなら薬なんて飲まない方がいいのでは?とも思ったけど飲まないと治らない気がしてお守りのように飲んでた。

治療に関しては、心療内科先生と話して最近の状況の報告を2週間に1回くらいのペースで通院する。

ぶっちゃけ先生問題解決プロでは無い。私の場合会社環境が原因だから先生にはその根本的な問題をどうすることも出来ない。(自分でもどうしようもないのだけど。)

先生提供出来るのは体調を戻すための期間(休職診断書)と症状を和らげる薬。

結局、自分問題自分解決するしかない。気持ちの奥にある嫌なものや気にくわないもの、どうしようも出来ない問題自分でどのように捉え直さないといけないかは、ホント自分次第なのだ。誰も助けてくれない。

実は私が心療内科に行くのはこれが初めてではない。何人もの先生に会ってきたけど違う角度でものを見る方法なんて誰も教えてくれなかった。みんな時間解決してくれるよ〜といった人ばかり。

診察も「最近どうですか?」から始まるけど、体調の話をして何処か悪ければ薬を出す。

仕事復帰の話は自分で切り出さないと進まない事が多い。

特に話す事が無くても通院する期間は、薬を処方して貰えるとはいえ、ただお金を取られるために何で病院に行かなきゃ行けないんだとさえ思うこともあった。薬の処方がない時は特に。一緒に問題解決してくれる場所ではないのに。

しかしたらお坊さんと週2で話した方が考え方や心のあり方のお話が聞けて有意義かも知れない(ちなみにお坊さんとお話しした事がないのであくまイメージ)とさえ思った。

私は仕事に、復帰しないと自分アイデンティティがなくなってしまう気がして正直焦っていた。仕事だってまだやりたい事がある。もっとやれる。

から、半ば心療内科先生産業医先生を騙して「もう大丈夫です」と言って無理やり復帰した。

自分や周りを騙し騙し仕事をするのは正直しんどいけど、こんな思いをして仕事をしている同士はいないものかと興味が出たのでこんな事を書いてみた。

2017-05-05

[]

自分の現状について親と話した。正直に言ってずっと親とまともな会話はなかった。ずっと止まった時間

自分の将来について考えたことのなかった、ずっとニートを続けたかった私。

両親はどんな大学でもどんな学部でもいいから、入って卒業しておけという。

いい大学に入りたかったのは私だった。いい大学に行かなければ道は開けないと思い込む自分

大学受験するならいい大学に入らなければならない、たくさん勉強しなければならない。

今も固くそう信じて、それでいて勉強に手がつかなく、焦ってしまって、こんな時間に目が覚める。

勉強時間はめっきり減ってしまった。強い不安自分精神の病だったらどうしようという不安

自由に外に出れる。嘔吐をするわけでもない。ほんの少しの寒気と早くに目が覚めてしまうだけ。

気に悩む時間は全くの無駄。悩んだところで何もない。生産的な努力を積み重ねるしかない。

そう言い聞かせても体が動きにくい。人はロボットではなかった。

客観的に見ればさんざん遊んできたニートがやっと自分の将来を考えて嘆いているだけだ。滑稽なことこの上ない。

両親はほかの選択肢否定的だ。中卒の人生は考えられないという。本当にそうか。

必ず道は開けるから、年齢のことは考えないで、目の前のことに集中しろという。希望はあるのか。

からでも予備校に通わせてくれるという。でも歪な進度な私が予備校で学ぶのが合理的か。

通えず挫折経験が増えるだけじゃないのか。解説を聞く時間が勿体ないと予備校却下した自分はどこに行った。

両親はいくらでもサポートしてくれる。自分は一人ではない。でも孤独すぎる。

人生おとぎ話ではない。サクセスストーリーはない。最初日記で、起承転結おしまいなのは外野の話。

私は努力を続けなければならないのに。あきらめてニートを続けていいと思っているのか。

2017-05-04

小学生の時、自殺すれば教師が喜ぶと思っていた

小4の口に給食押し込み、嘔吐させる 50代教諭 富山

http://www.asahi.com/articles/ASK53340FK53PUZB004.html

ご飯も焼き魚も、給食牛乳で流し込んだ小学生時代。うちは、「全部食べないと給食のおばさんが悲しむ」というのが、担任先生の口癖だった。要は、自分たち小学校教師被害が及ばないように、「給食全部食べルール」を給食のおばさんのせいにして言い逃れ戦略で、今考えるととても卑怯なのだが、当時、小学生だった自分には分からなかった。「自分は苦しんでご飯を食べている。給食のおばさんは自分たちが苦しむことで喜ぶ。大人は、自分が苦しめば喜ぶ。だから自分自殺すれば大人は喜ぶに違いない!」という理屈で、「死にたい死にたい」と連呼して親を苦しめてしまった。

あーだこーだ言い逃れ教師が多いので、記録のために残しておく。「給食を全部食べさせる」教育は、「自殺したい小学生」を生む。「そんな前例はない!」とか言い逃れるなよ。実例がここにいる。

息子は積極奇異型アスペルガー

児童精神科に通院し強迫性障害衝動性を抑えるためリスパダールストラテラを服薬している。

1/2成人式を終えた頃から「授業中に勝手なことをしている」「急に大きな声を出す」「自己中」と級友から名指しで言われることが多くなり、最近クラス女子全員を敵に回している。

「お父さん僕はガイジなの?」「ガイジって何?」「みんなからお前はガイだって言われる。病院に通っているのは僕がガイジだから?」「いまは言えない。もうちょっと待って欲しい」これだけ答えるのが精一杯だった。

告知はまだ先と甘く考えていた自分が情けなかった。2ヶ月悩んで息子にASDのことを告知してみた。

「この色は何色に見える」「赤色」「その色は何色に見える」「赤色」「じゃこの色とその色は同じかなぁ」「同じじゃない」

「そうだね。赤色でも薄い赤もあれば濃い赤もある。人によって色や匂いや音の感じ方は異なるんだ」「うん」

人間の脳の感じ方は人によって異なっているけど、どうも多数派の感じ方と少数派の感じ方があるみたい」「ふーん」

多数派の方が正義で少数派の方が悪というわけでもない。ただ左利きと同じで少数派の方が不利なことが多いようだ」「うん」

あなたの好きなさかなくんや庵野秀明さんもあなたと同じ少数派のようだ。少数派も生きるのに困らなければこれは障害ではないんだ」「ふーん」

こんな感じで告知してみた。翌日妻から息子が同級生に「この色は何色に見えるテスト」をやったことを知り、告知のミスに気がついた。

アスペルガーは言われたとおり(文字通り)に受け止める」ことを計算に入れておらず、息子が同級生アスペルガーであること知られてしまリスクを背をわせてしまった。

先週中ごろから学校行きたくないと渋り始め就寝中に嘔吐し38度の熱が出た。1日休ませたら平熱に戻ったので登校させたのだが、給食を食べた後再び嘔吐し再度38度の熱が出た。

救急外来検査したが異常なし。嘔吐発熱を繰り返す息子が「学校で具合が悪くて倒れたら顔にティッシュを被されて『○○さんはお亡くなりになりました』と言われて皆に笑われた」

と言われ頭に血が上った。本人はなぜ笑われたのか理解できていない。午前2時頃まで息子について妻と悲観的な会話をしていたら息子が呻きだし38度の熱が出た。

カロナールを飲ませて寝かしつけをし、いまこの日記を書いている。

2017-04-27

排便したら緑色物体が出てきた

んだけど、なんじゃこりゃ。

この間、嘔吐した時にも、同じ物体が口から出てきた。

スライム状で、緑の色をしているものだ。

釣りとかじゃなくて、マジなんだけど、

これは、一体なんなのだ

2017-04-24

過食嘔吐後遺症 40代になって

私は今年44歳になる。17歳~19歳、34歳~36歳の間に日常的に過食嘔吐をしていた。嘔吐はしても痩せはせず、むしろジリジリと体重が増えていく吐き下手な摂食障害だった。毎日過食嘔吐してた10代の頃は159cmで56キロあった。過食嘔吐が治っていた時期は、若かった頃は48~50キロ過食嘔吐しなくなって8年経った現在は56キロ程度ある。ちなみに過食嘔吐していたとき喫煙者だった(今は禁煙して6年目)。

過食嘔吐をしている人たちは将来どういう影響が体に出るか気になると思う。ご想像どおり、心身に確実に影響が出る。私が悩まされてるのは3点。

まず第一に歯周りの問題過食嘔吐していたとき、それなりに気を付けて歯をよく磨くようにしていた。それでも酸の影響と喫煙と加齢が重なり30代後半で歯茎の後退が進み知覚過敏になった。そして42歳で全ての歯周ポケットが4mm以上(普通は1mm以下で、3mm以下は治療必要なし)になってしまった。その結果、歯茎全部をルートブレーディングしてもらい、そのうち1本は手術して、人口の骨を注入してもらわないといけなかった。嘔吐していなかったら、タバコを吸ってなかったら、と今でも後悔する。今では朝晩、歯間ブラシ、フロス、電動歯ブラシマウスウォッシュをフル稼働して歯のケアをしている。過少嘔吐をしていた頃は電動歯ブラシマウスウォッシュのみだったのでその時からフルでやってればよかったかな、とも思うが、そもそも過食嘔吐(と喫煙)をしていなかったらここまで歯は悪くならなかったはずだ。

第二の問題血糖値だ。39歳で妊娠した時に妊娠糖尿病になった。血縁には糖尿病を患っている人が一切いないことを考えると、何年も過食嘔吐血糖値強制的に乱降下させたせいだと思う。出産後は正常範囲内に戻ったけどいつも血糖値はやや高めだし、パスタ一人前の分量を食べてしまうと血糖値がガーンと正常範囲外に跳ね上がってしまう。過食嘔吐さえしていなかったらと強い後悔が常にある。

第三の問題心理的な影響。何か不調がある度に、関係ないと頭ではわかっていても『過食嘔吐してた悪影響が今頃でてきてるのか』と思ってしまう。3回連続流産したときも、盲腸が破裂して腹膜炎になったときも、多発性子宮筋腫が再発したときも、プレ更年期障害でも、『もしかして過食嘔吐の影響?』とふと考えてしまう。吐くために食べて、多い時には一晩で3回も食べ吐きするような日常生活を数年間してたから、体の調整機能が蝕ばまれてあちこち及んでも不思議はない、と思ってしまう。元気がいいときはそんなことは考えないけれど、人間心身共に弱くなると何でもかんでも結び付けてマイナス解釈してしまもの

この日記を読んでくれた人の中には過食嘔吐に悩みつつ社会生活を続けている人もいると思う。悪い、やめたい、と思っていても、すぐにやめられないやっかい病気だ。やめる難しさと再発してしまう頻度はタバコ禁煙と同じ感じではないだろうか。過食嘔吐をしてしまっていてもせめて20年後の自分のために①1年に一回でいいので糖負荷試験を受けて血糖値モニターする、②半年に一回は歯科検診し、虫歯だけでなく歯周ポケットの深さのチェックもお願いする、③歯間ブラシとフロスを使う、④過食嘔吐以外の楽しみを探し続ける、ことをおすすめする。

2017-04-23

働くのが苦しい

就職して3年目、苦しいので転職を考えている。

特にやりたいことはない。けど興味のある分野はあるのでそれに関係あるキーワード転職サイト検索したりエージェントに伝えたりしている。こんなんだから「これなら…!」という求人はない

なぜ働くのが苦しいのか?

職場言葉が通じない(日本人でもそれ以外でも)人が増えた

取引先にきちがいがいる。

仕事内容に興味がない、どうでもいい。

転じてやりがいを見つけられない。

などなど…

いっそ会社がつぶれた方が転職活動時間もとれていいのに。ありがたいことに業績はv字回復グループ会社好調結構なことで。

でも別に転職たからってこれらが解決されるものだろうか。よしんば解決しても自分は何か他の理由を見つけるのでは?という疑問が浮かぶ。働くのが嫌いなんだ。皆そうか。本当に?

自分にも大学の仲間のように何か強烈な目的意識があれば違ったのだろうか

医者になりたい」「教師になりたい」「イギリス暮らしたい」「ピアノ先生になりたい」「新聞記者になりたい」「放射線技士になりたい」「学者になりたい」「起業して金持ちになりたい」などなど…

皆自慢の仲間たちだが羨んでしまう。妬んでしまう。お門違いなんだけども。

「じゃあお前は何がしたい?何が好きだ?欲しいものは?」

特にしたいことはない。好きなものは急には思い付かない。強いて言うなら家にいるのが好きだ。長い時間部屋で何もせず座っていたい。欲しいもの自分時間

うーん、だめだ。働く限り叶えられそうにない。時間給料が振り込まれてもボーナスがでても買えない。

からとりあえず世をはかなんで会社トイレで泣いて嘔吐します。

2017-04-20

お前らに貧困女子大生リアルを教えてやる。(4.21追記)

東北田舎から東京大学に進学した女子大生です。もう私の生活限界です。

親は父親だけ、DV野郎パチンカス年収300万以外。

勉強ができたし田舎が大嫌いだったか東京大学に進学した。本当は私立大学に行きたい学部があったけど学費が桁違いだったので諦めて国公立受験した。

まず大学受験にかかる交通費入学金や新居の敷金礼金銀行から200万円借りて乗り切った。残ったお金生活費の足しにする予定だったのに父親の昔やってた事業借金返済に使われた。

学費の安い大学に受かった。引越し業者を使うお金も無いかスーツケースに少ない服と毛布だけ詰めて東京にきた。しばらくは服を床に敷いて毛布に包まって寝た。カーテンを買えるお金ができるまではシャッターを閉めて生活した。

大学生一年目は、おっさんと月20万円の愛人契約を結んだ。おっさんに飽きて捨てられるまで一年間続いた。

進級して二年生になれた。おっさんに捨てられたので風俗で働いた。そしたらメンタルを病んで大学に行けなくなって留年した。

留年したら学費免除奨学金も止まった。また風俗で働いた。過食嘔吐自傷癖が酷くなった。食べたもの全部吐いて15キロ痩せた。ブロンとお酒の力を借りて大学に行って単位はたくさん落としたけどなんとか進級はできた。

そして今月3年生になれた。もう風俗で働ける精神力もない。でもお金もない。オナクラで知り合って仲が良かった友達最近自殺した。嘔吐をやめたら太った。66キロになった。キャバクラガールズバーでも雇ってもらえない。デブ専風俗で今までより安い値段でまた働くしかないのかな。奨学金は利子付きで月に10万円借りた。東京で月10万でなんて生活できるわけない。学費もこれからは払っていかないといけない。家賃は駅から徒歩20分の六畳ワンルームで月5万円。後期には20万円かけて大学海外実習に行かないと卒業できない。本当は運転免許だって取りたかった。

もう自分父親より年上の気持ち悪いおっさんに抱かれるのも体を触られるのも嫌だ。

大学辞めるしかないのかな?

大学勉強して友達作って、大好きな彼氏とだけセックスをして、卒業したら英語を生かしてBOPビジネスでみんなが幸せになれる仕事をしたかったのにな。

(追記)

こんなに反応してくれる人がたくさんいるとは思ってなかった。あまりにも酷い酷いと言われすぎて、そんなに酷かったのかーって気付かされるほど。

質問があったけど、最初200万円は国の教育ローンです。銀行って書いたせいで憶測を招いてしまってすいません。私は妹もいたから国の教育ローンは通りやすかった。貧乏家庭こそ教育ローンだと思う。使い込まれたけど。

普通バイト高校生の頃からやってて、東京に来てから居酒屋コールセンターで働いたよ。風俗ソープイメクラピンサロデリヘルオナクラ転々とした。風俗と並行で居酒屋とか普通バイトやってる時期もあった。その結果、バイト学業一人暮らしの両立ができなかった。風俗を増やせばメンタルが崩れて、普通バイトを増やせば生活が崩れた。最後の方は自傷やブロンODが酷くなって普通バイトはできなくなった。

私は貧困連鎖を断ち切りたかった。「東京の良い大学卒業して良い会社に入って自分の子供には不自由させないようにバリバリ働くぞ!」と思って進学した。進学さえすれば奨学金バイトと学資ローンの200万円で何とかなると思ってた。でもそんなのは夢物語でよっぽどメンタルと体が丈夫じゃない限り、貧乏家庭は大学になんて行かない方がいいという事が分かったよ。次の人生に生かそう。これから親の助け無しでの大学進学を考えてる高校生の子にも私と同じ道は歩まないでほしいな。

身バレだけは避けたいか個別に連絡はできなかったけど、見ず知らずの人間のことをこんなに心配してくれる優しい人が世の中には沢山いるんだと思って泣きました。優しいコメントをくれた人達本当にありがとうございました

2017-04-10

2017年某月某日、私は晴れて精神病患者になった

2017年某月某日、私は晴れて精神病患者になった

いくつかの長ったらしい病名と薬を与えられて、

二十と数年の人生に判子が捺された。

薬を飲むと、ぼんやりとする。

思考は奪われ、やる気も起きず、

もともと脱力気味な生活拍車がかかった。

加えて、嘔吐感。

常に吐き気がして、これも思考を奪っていく。

薬に効果があるかは、まだ分からない。

時間がかかるし、量も増える可能性があるらしい。



薬には想像以上にお金がかかる。

これだけで生活が圧迫されてしまう。

けれどまともに働ける精神状態でもなく、

それがまた私を不安にさせて、夜に眠れなくなる。

いや、そんなことはどうでもいいのだ。

確かに薬やお金仕事のことも不安だ。

不安不安でたまらなくて、

動機もするし涙も出るし、不眠にもなる。

でも、そんなのは些事なのだ

もっと強大な不安が、私を押し潰しているのである

人生だ。

これまで積み重ねてきたはずの人生が、

重く重くのしかかっているのだ。



から、人の心を理解できない人間だった。

普通に自然に、みんなと同じように、当たり前に。

そういうことができない子どもだった。

他人が悲しんでいる時に、

なぜ悲しんでいるのかわからない。

嘘泣きではないか偽善ではないか

泣いているというステータスを人に見せつけて、

自己保身をしているだけなのではないか

誇張無く、嘘偽り無く、

気取りや逆張りマウンティングでも無く、

純粋に、心からそう思っていた。

ということを、精神科医と話して初めて知った。

そして言われたのが

「それは普通じゃ無いんですよ」

という類の言葉だった。

他にもいろいろなことを話し、

いくつもの違いを指摘された。

そしてその後語られた症例が、

これまでの自分人生にあまりにも一致していて、

ああ、自分は心の病気だったのだ。

普通人間のように生きることができていなかったのだと、

その時に初めて知った。

そう、知ったのだ。

この時は知っただけで、まだ何も考えられなかった。

それからとりあえず

「いい薬があるから

という言葉と共に処方された薬を飲み、生活を再開した。

そして幾何かの時が流れて、はたと思い当たってしまった。

私のこれまでの人生はなんだったんだろう、と。

精神科医を訪れたとき

私は熱に浮かされたような状況だったから、

まともに何かを考えることは、当然できていなかった。

過去の苦悩が全て病気だったのだと知り、

一種安心のような、許されたような気すらしていた。

そしてそれは治療できるというのだ!

なんと素晴らしいことだろう!

私はようやく普通人間になれるのだ!

そう考えていた矢先、ふと、思ってしまった。

私のこれまでの人生はなんだったんだろう。

もしこれまでの私の人生が全て病気で。

病気ということは正常じゃない、間違った状態で。

それを薬を飲むことで治療できるとして。

その先にある、正常な私は、

これまでの人生を歩んできた私と同一なのか。

治すということは、これまでの人生否定ではないのか。

特に公言をしているわけではないが、

私には信念というか信条のようなものがある。

子どもの頃に行き着いた一つの結論で、

それを裏切らないように、生きてきた。

いまはいちいち意識しなくても、

行動は全てそれに準じている。

それは私のアイデンティティであり、

誰にも犯されたくない、一番大事ものだ。

でも、これまでの話を総合すると、

そのアイデンティティは、どうやら病気由来らしい。

病気によって生じた柱をもとに、二十数年を歩んできたのだ。

これまでの人生は、案外悪くなかった。

親とは不仲だし、顔を合わせたくもないし、

小学校の頃はいじめられていたが、

そんなことはどうでもいいくらいには、

自分人生を歩んできた自覚がある。

親との不仲も、いじめの原因も、

結局は病気由来だったことも判明したのだけれど、

それを含めても、まあ、歩いてきたなと思う。


社会人になって大きく躓いた。

激務に次ぐ激務だったが、

他の人間には、それができていた。

でも自分にはできなかった。

自分生活がを、人生犠牲にして働くことが、

自分には不可能だと悟った。

限界を感じていた。

そして仕事で失敗をして、

巡り巡って精神科医にかかることになったわけだけれど。


そして今回発覚したのが、病気だったということだ。

しかも、社会人になって発生したのではなく、

おそらくは生まれ持ってのものだった。


それを「治療」することが、途端に怖くなった。

これまで意識をしたことはもちろん無かったが、

自分人生病気によって作られたものなのだとしたら、

それを治療してしまったら、私は誰になるのだろう?

これまでの価値観は、人生観は、全部間違っていた?

薬を飲んで治れば「普通の人」になることができる?

病気を治すことは、過去自分否定ではないのか?

その時に自分は変わらず自分のままでいられるのか?

いままで歩いてきた人生はすべて間違っていたのか?

怖くて仕方がない。

病気は治さなくてはいけないのだろうか。

でも、このままでは、生きていくことが難しいのだ。

お金も無い。人とのつながりも無い。親には関わりたくない。

きっとこのままなら、職も失う。

病気を治さないと、生きていくことができない。

病気を治すと、これまでの人生がすべて否定されてしまう。

私は何を選べばいいのだろう。

何も分からなくなってしまった。

2017-04-05

http://anond.hatelabo.jp/20170405075700

秋、野原、草木が風に揺れる音、すすきに囲まれた中、遠くを見る少女、薄手のジャ

冬、街角ジングルベルの音、ツリーの下、見上げる少女、白いコート、厚手の手袋ケット、たなびく長い髪

春、公園宴会の賑わい、桜の木の下、うつむく少女背中にかけられた毛布、輝く嘔吐

2017-03-12

毒親持ちのシステムエンジニアSC合格するまで

こんにちは

私(♀)は今、北日本のどこかにある某システム会社システムエンジニアをしています

20歳就職し、今年で5年目になります

小さいときからパソコン電子工作が好きで、高校卒業後は情報系の専門学校入学しました。

飛びぬけて優秀というわけではありませんが、進学の推薦に困らない程度の成績は維持していました。

卒業がせまったときに進学か就職かを決めることになりました。

私子ちゃんの成績なら進学なんでしょう?」「私子は進学のほうが向いてるよ」と周りからは言われました。

私も進学したいという気持ちがありました。

親に相談したところ、母は「ダメとは言わない。進学するなら奨学金を借りてほしい」と言いました。

父は「四大を卒業した女はすぐに結婚して辞めると思われる。四大なんて女が行くところじゃない」と言いました。

父が言うならそうなのだろうと思いました。

奨学金を背負うだけの覚悟もなかったので、就職を選びました。

今のシステム会社入社し、同期の1人と一緒に運用系の部署に配属されました。

学生時代はCやJavaの基本について学んではいましたが、その部署ではプログラミングをすることはほとんどありませんでした。

代わりにLinux,TCP/IP,ネットワーク構築の技術が求められました。

LinuxTCP/IP,ネットワーク構築は初めて見る知識で先輩が教えてくれる業務をこなすの必死でした。

一緒に配属された同期は性格の明るさと器用さでどんどん仕事を覚えていき、私と差がついていくのがわかりました。

のし我が家

同期と差がつけられるのが悔しかった私は、勉強をはじめました。

とりあえず応用情報(AP)を取得しようと思いました。

基本情報学生時代に取得済み)

そのころ、我が家祖母介護めぐりよく父と母がけんかしていました。

母が「殺せ!殺せ!私を殺せ!」とはさみを持ってよく叫んでいました。

私と弟が母親をよく羽交い絞めにして止めました。

祖母は、父に対しかなりの毒親っぷりを発揮&クソトメであったため、介護も大変だったようです。

家族喧嘩を見つけたら止めなくてはいけなかったので、

喧嘩を見なければいいと思った私はよく図書館勉強していました。

その秋のAPは落ちました。

パワハラおばさんとの出会い

配属されて1年ほどたったころ、私はある女性40代、既婚)の下で働くことになりました。

ほぼ男性部署で、私が入社する前は部署唯一の女性でした。

以下おばさんと呼ぶことにします。

「なぜわからないの?」「かんがえたの?」「もう1回調べて」とよく言われたので、言うとおりにしました。

厳しいなぁと思いましたが、私の成長を思ってしてくれているのだと思いました。

自分なりにがんばってみるものの、つき返される日々がつづきました。

そのうちに、夜眠れなくなりました。

おでこにきびで埋め尽くされました。

出社前に嘔吐するのが日常になりました。

毎日倦怠感がありました。

仕事 がんばる 方法」「仕事 落ち込み 立ち直る」でぐぐることが多くなりました。

いろんなにきび治療方法を試したので、にきび治療に詳しくなりました。

元気出す系のドーピングアイテムにも詳しくなりました。(レッドブルからプラセンタまで)

ある日、おばさんが言いました。

あなたを見てるとイライラするのよ。あなたの成長なんて知ったこっちゃないのよ。さっさとやってよ。」

その後、うつ病と診断され、1ヶ月会社休みました。

うつ病になってから

我が家うつ病理解があるとは言いがたい家庭です。

土日出勤・給料未払いというブラック企業勤めの弟が居たので、相対的ホワイト企業勤めの私がうつ病、ちゃんちゃらおかしかったのでしょう。

夕食のときに、父が「会社を休むのなら学校にでも行け」といいました。

私はおもわず泣きました。

「飯がまずくなる」と父にしかられたため、自分の部屋で食べました。

休んでいる間の家族の目がつらかったので、1ヶ月で仕事に復帰しました。

「つらかったら半日で帰ってもいいんだよ」と上司男性、おばさんとは別人)に言われましたが、家に帰ってもろくなことがないので、定時まではたらきました。

そんな中、弟が交通事故で重傷を負いました。

弟は障害者手帳を持つようになりました。

弟の日常生活を、家族サポートするようになりました。

ある日、私が自分と弟の夜ご飯を作るよう言われていましたが

用事があり作りませんでした。

弟は帰るなり私を殴り、「なぜ俺の飯がないんだ」と叫びました。

さすがに理不尽だと思い親に訴えました。

母は「あの子やかんみたいな子だからね。すぐに沸騰するのよ」といいました。

その後親から弟にお叱りがあったようです。

弟は私に会うたびににらむようになりました。

親に言いつけたことへの報復が怖くて、夜は自分の部屋の扉に、机やいすでバリケードを作って寝ました。

一人暮らしをはじめる

APは5回ぐらい落ちました。

親の怒号や弟の報復におびえることな勉強できる場所がほしいと思いました。

実家暮らしで、うつ病趣味もなくなっていたので、お金はありました。

親は、一人暮らしをすることについては何も言いませんでした。

引っ越したのは大通り沿いの木造アパートでした。

隣の部屋のおじさんの声、車の音がうるさかったですが、親の怒号や弟におびえた日々に比べたら天国でした。

好きな時間にご飯が食べられる。

好きな時間勉強ができる。

好きな時間に帰ってこられる。

家事料理も楽しくて苦になりませんでした。

引っ越しからAPに受かりました。

調子に乗ってSCも受けたら、受かりました。

以上です。

2017-03-09

体育で何が一番嫌だったって

怠けてる、ふざけてるって言われることだった

小中学生の時は日頃の行いが良い生真面目な増田くんで通っていたので

ちょっとくらい何か失敗してもお咎めなしだったが、体育の時「だけ」周りが別人のように冷たくなるのがキツかった

正直どう見たって誰よりも息切れしてゼエゼエハアハア言って嘔吐寸前、毎時間死にかけてたのに

あいつは怠けていると白い目で見られ、聞こえるように悪口を言われた

別に走る距離を短くしてもらってたなんてこともないし欠席もしてなかったけど

「凄く息切れしてるね、大丈夫?」なんて先生にもクラスメイトにも一度も言われず成績は五段階中ずっと二だった

高校大学底辺からかだいぶゆるくて楽だったな

小中学生の時には一切なかった競技ルール説明指導もしてくれたし

ちゃんと出席してるからってそこそこの成績をもらった

最近では、左右の目で視力が大幅に違うのに黒板の字は読めるからという理由眼鏡なしで生活していたり

脈拍が人より速めで血圧も低め、扁桃腺も常に腫れ気味で喉が詰まっている、空間把握能力も低いのが

ボールをうまく追えない・すぐに息切れする原因ではないか?と分かってきたので

今なら自分なりに対策を練ったり、自分はこういう体質だからしょうがないと諦めがついたり

周囲に説明したりもできるのだろうが

子どもの頃はただただわけもわからず苦しくて辛くて死んでしまたかった

体育があると思ったら子どもの頃になんて絶対に戻りたくない

2017-02-28

趣味も考えも合わない人間イギリスに行った

二週間ほどイギリスに行ってきた。

久々の海外であり、初ヨーロッパであった。

寒かったし、水も油も体に合わずに帰りの飛行機嘔吐しっぱなしで素敵とは言えない。

旅を共にしたのは高校時代に仕方なく一緒にいた豚みたいな顔をしたネトウヨ批判するネトウヨである

彼とは趣味も考えも微塵も合わず自分から話して口論になったり別行動が多くなった。

旅程の都合で彼と戦車博物館に行った時は、苦痛だった。

彼の趣味で行ったのだが破壊兵器戦車が好きではないし、そんなもののために田舎に連れてこられて疲れていたのだ。

実際に乗ればいいじゃんと彼に言うとそれは違うといい、それなのに戦争万歳的な考えであるのに呆れた。

他にも女王陛下が乗っていた船やらの見学の時には、立憲君主制を維持するか云々で口論になる。

システムを持たせるために云々という。

正直顔が悪くてマクロ的なものに走るものほど虚しいものはない。

一番呆れたのは、ホテル野党は緊縮がーとか言い始めた時だった。

彼は財政緊縮意味はあまりわかってなさそうだし、大好きな党が何をやっているか直視していない。

結局は自民党が好きで、あれこれ理由をつけていたとしか思えない。

肉屋を支持する豚である

最終的には、食事をしているところが家畜食事をとっているようにしか見えなくて不快であった。

なぜ、自分がこんなに考えが合わないやつと旅行に行ったかといえば、自分の顔がひどく醜いからだろう。

容姿が悪いもの同士でいるだけなのだ

自分が顔がよければ、こんなやつと旅行に行かないで済んだし自分もっと楽しく過ごせるのだろう。

お顔がよく生まれマナカちゃんは慶応大学に通いながら自己実現に専念してペニスをしゃぶり楽しく過ごせたりするのだろう。

あぁ、自分も顔がよくなりたい。

美容整形外科では自分免疫抑制剤を飲んでいるという理由から断られた。

もう、彼とは連絡を取ることはないだろう。

2017-02-24

いままでで一度だけ景色に対して本気で感動したときの話

以前よし死のうと考えて、何やらある市販薬がそれなりに低用量でイけるという情報を入手した。

その情報によれば体重1kgあたり1錠で召されるでしょうということで、念のためその倍の量を用意し

用法用量(前述)を守らずにご使用

緊張しつつ少し経つと強烈な吐き気が襲ってくるがここは根性で堪える。

だが更にもう少し経つと今度は泥酔なんて目じゃないくらいに頭があっぱらぱーになるのがわかった。

自制心はあっという間に吹っ飛び即嘔吐。そして人生最悪の悪寒

夜が明けると頭がおかしいので家にいる家族に全て説明しなければとその時は考えたのでそうした。

顔真っ青で悪寒に震え呂律が回らない状態だったからたぶん違法クスリをやったと思っただろうね。市販品ですよ!

会話の内容はあんまり覚えてないけど、

「いや、割とすぐ吐いたか大丈夫だと思う」「たぶん全部」と6回くらい言った記憶がある。

今思うと病院連れて行けよと思うけど、その後は部屋で暖かくして静かにしていた。

完全にラリってる状態で(椅子に毛布掛けなきゃ!)とか考えながらうつ伏せに寝てたかな。

お昼くらいになると父親自分を連れ出して車でどこかに向かった。寝かせとけよ。

しかし頭がおかしいので当たり前のように付いていく。そこに疑問はなかった。

車は山の方に向かい、着いたのはダム湖


...残念ながら人間の闇!みたいな恐ろしい展開はないです。

キレイダム湖が見渡せる食堂があるような休憩所で他の車も結構いた。平日だったと思うんだけどね。

その日は晴天だった。

その時見た(はず)の湖面の輝きとその辺の雑草の眩しいくらいの緑が人生一番美しく印象に残っている景色

頭がおかしかったからかな。本当にこの世のものとは思えない美しさで「死ぬのはやめよう」と思ったものです。

その後はそろそろ行くかと他人の車に乗り込もうとしたり(頭がおかしいので)

昼飯にラーメンを頼むも1口すすってお腹いっぱいになったりして帰りました。

そこから2, 3日の記憶がないんだけどまあどうでもいいだろう。

以前から誰かに言いたいなーと思いつつ話せる内容でないのでここに書きました。

2017-01-27

主張したいことがないと論文かけないなら博士課程なんて辞めてやる

だって大学院入ったばかりの頃はもうちょっと希望に溢れてバリバリがんばるぞ!とか思ってたはずなんだ。

工学部機電系就職も恵まれてたのにそれを捨てて理学系に来たんだ。当然そのつもりだった。

研究室セミナーで数々のマスハラをうけても、進捗報告で「それは違う、君の言ってるここはおかしいでしょ!」って毎回のように炎上しても、それでもちゃんと耐えていられると思ってた。

甘かった。

いつ頃からか、毎週の報告会が近づいてくると脈拍がおかしくて胃がひっくり返りそうな感覚で何度も嘔吐するようになってた。

たぶん酸蝕のせいか前歯が欠けていることも、言われて初めて気がついた。

精神安定剤睡眠導入剤は一度それに頼るようになると増えることはあっても減ることなんてない。

ただでさえ立派な肩書きのついたおじさんってだけで私にとっては威圧感を感じるのに、私のためだけに一対一で圧迫面接を毎週やってくれるのだ。こんなに効率的に削られる環境もそうそうないだろう。

処世術を身につけた私は、報告会の時にはなるべく断定的なことをいって詰められるより、ボスの気分を害しないよう曖昧な返答に終始するようになっていた。

詰められるかわりに今度は「何言いたいの?意味がわからないんだけど。」と言われる回数が増えていった。

でもあからさまにマスハラ受けるよりはそっちの方がずっとマシだ。ボスよりずっと私のことをよく知ってる友人たちにもよく言われてることだし、たぶん自分でも言ってる意味がわかってないことのほうが多いから。なんで間違ってるか自分でもわからない詰められ方してる時より、そうだよなあやっぱりわかんないよなあ、って自分でも納得できたから。

D進するかどうかは悩んだけど、親類縁者で理系大学院にいくのなんて私が初めてで両親はそんな私を誇りに思ってくれてた。研究テーマが決まってなくて学振すら出せなかったけど、それでも両親は支援してくれた。まだいける、まだいけるはず。

療養のために半年休学したりもしたけど、なんだかんだで3年乗り切ってきた。幸いなことに後輩の卒研指導などの役割分担からは外されていた。自分のことだけで精一杯な現状に引け目を感じつつがんばって、なんとかようやく原著論文投稿にお許しをもらった。レフェリーコメントが帰ってきた。introduction からなかなcriticalな指摘がきてる。進捗報告の時に改定案を見せなきゃ。

見せたところで帰ってきた返事は「言ってる意味がわからない、つまりどうしたいの?」。いつものことだ。昔の私じゃない。こういう時はどうするか?ボスがどのように理解したがってるかなんてこっちは知ったこっちゃない。こちらが取りうるほぼ唯一の戦略はどうとでも取れる玉虫色の返答をジャブとして繰り出して、相手の出方に応じて適切な返答を作る。即興ながら官僚の作る国会答弁問答集にだって負けないぞ!私の頭はキレッキレだ。

いつものこと、どう返事したかなんて細かいことは覚えてない。その代わり、呆れ返った声で彼が返した言葉はジャブどころか私に向かってストレートに投げつけられてきた。

「あのねえ、◯◯さんがこの論文でどういう事を主張したいのか、まずそれをはっきりさせてくれないことにはこっちだってアドバイスしようがないんだよ」

なんで今更そういうことを言ってくるんだ。私が何を主張しないべきかだけはあれだけしっかりわかってるくせに。辛い。苦しい。私は何を主張したいべきなんだ?わからない。わかってたらもっとはっきり自分意見を今までも言えてきたはずだ。でも私が知ってのは、ただただ「私は何をしないべきか?」。それだけだ。

「何をしないべきか」を彫刻刀で一つづつ削っていったら、版画みたいに「何をするべきか」がネガとして浮き上がってくる、そううまくはいってくれなかったようだ。

私は何をしたいべきなんだろう??最初論文の主張の話だけだったはずなのに、考えれば考えるほど、この問いに人生のものまで絡め取られていってる気がする。

何をしないべきか?逃げ出すことが敗北なのはわかってる。ボスだけじゃなく共著者みんなに対しても無責任なことだ。中退なんて高校だけでもうたくさんだ。でも、いくら「何をしないべきか」を潰していっても、どこからも「何をするべきか」は浮かび上がってこない。あとどれだけ「何をしないべきか」を潰していけばこの暗闇の中から一筋のネガが見えてくるんだろう。

疲れた。来週もまた研究室に行ける気がしない。レフェリーへお返事書く期限もたぶん間に合わない。「何をしないべきか」だけははっきりわかる。もっと別のことを私はわかりたかった。とにかくもう疲れた

2017-01-18

インターネットにも吐き出してきたけど

人を拒絶する気持ちから嘔吐するようになった

2017-01-01

http://anond.hatelabo.jp/20161231224550

治療お疲れ様

闘病記って伝聞の部分はいい加減になるので注釈いれてみた。

 小児の片頭痛はどのように診断するか(周期性嘔吐症、腹部片頭痛

 http://www.jhsnet.org/GUIDELINE/7/7-2.htm

 岡山大学での新規片頭痛治療

 http://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id300.html

医者は恐らく筋緊張型頭痛だと考えられるが、念の為頭部MRIを撮るかと言ってその日のうちにMRIを取ることになった。MRICTと違い放射線ではなく磁気で人体内部を走査するもので、1回に40分ほど、1万円くらいかかった。

 3テスラ以上の機械で行うMRIは1600点である。単純計算で4800円である

 この日は初診料、採血なども加わったので1万円程度になったと考える。

そこで初めて医者から「未破裂脳動脈瘤」という単語を聞かされることになった。

 未破裂脳動脈瘤:どんな病気

 http://www.sankikai.or.jp/tsurumaki/disease/brain/miharetu.html

 絵で見る脳と神経の病気(未破裂脳動脈瘤

 http://neurosurgery.med.u-tokai.ac.jp/edemiru/miharetsu/

 未破裂脳動脈瘤について

 https://square.umin.ac.jp/neuroinf/medical/102.html

動脈瘤の原因について尋ねたが、未だによく分かっていないらしく、先天的に血管の壁が薄いところがあって、そこが年を経ていって膨らんでいくというふうに考えられているということだった。

 知られているリスク

 家族歴:1親等以内の2人以上に脳動脈瘤がある場合一般の人の4倍程度

 高血圧糖尿病高脂血症喫煙

 多発性嚢胞腎では10%程度

 40歳以下の若い時の脳動脈瘤

 歯周病https://medicalnote.jp/contents/160216-002-PZ

関東では全身麻酔でやることが多いらしいが、関西ではカテーテルを入れる入り口であるもも付け根に局所麻酔をするだけが多いらしく、関西病院だったので局所麻酔だけだった。

 治療中にどこに血栓が飛ぶかわからんから全国どこでも目が覚めたままでやると思うけれど。

くも膜下出血を起こしてからでは遅い。MRIを撮ったことがない人、特に片頭痛に悩んでいる人は一度MRIを撮ってもらうことをおすすめする。

 こういうお勧めはどうかなと思う。今回は片頭痛とは違う痛みだから医師判断でやったわけでしょ。(たぶんAVMのほうを除外したかったと思う)医者に任せよう。

 むしろ頭痛がある人は頭痛日記つけて、頭痛専門医にかかろう、ってアドバイスが良い。

 http://www.jhsnet.org/dr_medical_diary.html

 片頭痛と言われてますっていうけどそうじゃないひと結構いるよ。

2016-12-26

婚活女が「男の年収は800万」と言ってて、吐きそうになった。あとあかひげ薬局教えて #婚活

こないだ遅い夕飯を食べた後、食休みしようと思ってTVをつけたら、「マツコ会議」という番組で、相席居酒屋での30代以上婚活パーティーをレポしていた。

そしたら婚活女(見た目肌年齢から30代後半?)が「希望する男性年収800万」て言ってるの。

それ見て、なんかその女の気色悪さに「おぇぇ」とさっきの夕飯をえづいて嘔吐いてしまった。テレビ見てて本当にヘドが出たのは初めてだった。

とっさにチャンネルを回したら、テレ玉ピーチ9という番組(あかひげ薬局スポンサーの今時珍しいAV女優が出る番組)だった。

「私のおしりでおっきくなって」というおしりピストンで風船に空気を入れるコーナーだった。

まったく勃起しなかった。

ツイッターマツコ会議感想を見てみると、当然のごとく「だから結婚できないんだろ」「自分の顔と年齢みろよ」という意見だったが、

なかに女性が「あーもう仕事なんて休んで南の島にバカンスに行きたいレベルの、現実逃避まじりに言ってるんだろね」というコメがあったのだが、

本当にそんなものなのだろうか?

私も30歳になり結婚したいのだが、彼女がいないので、結婚相手を探すとなったら婚活するしかないだろう。

しかし世の婚活女性が全員とは言わないがあんな感じの事を内心思っているのなら、私は結婚できないだろうし、そんな相手とは正直したくない。

目の前で「年収は800万希望してます!」と言われたら、私は気色悪さに本当にゲロ吐くだろう

婚活経験ある女性諸氏(男性でもいいです)は婚活でそういう体験(痛い女、男に会ったとか)をしたことがあったら教えてほしい。

あと、最近勃起(持続)力がないので、あかひげ薬局に行った方がいいのか、何かオススメ品はないか教えてほしい。

今の所オナニーしか予定ないけど

2016-12-25

婚活女が「男の年収は800万」と言ってて、吐きそうになった。あとあかひげ薬局教えて #婚活

遅い夕飯を食べた後、食休みしようと思ってTVをつけたら、「マツコ会議」という番組で、相席居酒屋での30代以上婚活パーティーをレポしていた。

そしたら婚活女(見た目肌年齢から30代後半?)が「希望する男性年収800万」て言ってるの。

それ見て、なんかその女の気色悪さに「おぇぇ」とさっきの夕飯をえづいて嘔吐いてしまった。テレビ見てて本当にヘドが出たのは初めてだった。

とっさにチャンネルを回したら、テレ玉ピーチ9という番組(あかひげ薬局スポンサーの今時珍しいAV女優が出る番組)だった。

「私のおしりでおっきくなって」というおしりピストンで風船に空気を入れるコーナーだった。

まったく勃起しなかった。

ツイッターマツコ会議感想を見てみると、当然のごとく「だから結婚できないんだろ」「自分の顔と年齢みろよ」という意見だったが、

なかに女性が「あーもう仕事なんて休んで南の島にバカンスに行きたいレベルの、現実逃避まじりに言ってるんだろね」というコメがあったのだが、

本当にそんなものなのだろうか?

私も30歳になり結婚したいのだが、彼女がいないので、結婚相手を探すとなったら婚活するしかないだろう。

しかし世の婚活女性が全員とは言わないがあんな感じの事を内心思っているのなら、私は結婚できないだろうし、そんな相手とは正直したくない。

目の前で「年収は800万希望してます!」と言われたら、私は気色悪さに本当にゲロ吐くだろう

婚活経験ある女性諸氏(男性でもいいです)は婚活でそういう体験(痛い女、男に会ったとか)をしたことがあったら教えてほしい。

あと、最近勃起(持続)力がないので、あかひげ薬局に行った方がいいのか、何かオススメ品はないか教えてほしい。

今の所オナニーしか予定ないけど

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