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はてなキーワード: 産後とは

2017-10-12

女性の上昇婚志向はしゃーない

少子化問題格差問題の大きな原因の一つに上昇婚志向があげられることがおおいけど、仕方ない気がする。

まず、男女の賃金格差が今もあるってのが大きいよね。

2016年の時点で、女性の賃金は男性の73%。

自分収入があてにならない女性なら、結婚相手は少なくとも自分以上には収入があてにできる相手を選ばずにはいられないと思う。

まあこれについては納得が得られやすくて、あんまり叩かれたりはしない。

フェミニスト弱者男性キモくて金のないオッサンも、現状で低収入生活してる女性相手に安定した経済力を求めることについては理解してることが多い。


明確に叩かれやすいのはいわゆるパワーカップル

本人も十分な収入のある強者女性が、それに飽き足らずもっともっと収入のある男性を選ぶのはどうなんだよ、ってやつ。

でもこれにもちょっと異を唱えたい。

キャリア持ってたり士業だったりして高収入女性は確かにいるけど、でもそういう人って男社会の中だと茨の道を進みつつキャリア積んでることが多い。

これまでは上手いことやって出世してこれたけど、何か隙を見せたら足を引っ張られたり冷遇されたり舐められたりハブられたり馬鹿にされたり、そういう突然の妨害がくるのではという将来への不安女性エリートには強い。

男性エリート生き馬の目を抜くハード社会だが、女性はそれに輪をかけて足元をすくわれやすい)

おまけに子供を産むスキル自分しかなくてそれなりの期間休みを取らざるを得ない以上、いくら手厚い子育て支援がある職場でも、しばらく仕事から外れることがキャリア仕事勘に与える悪影響への不安は大きい。

更に体質変化や体力消耗などがあった産後も同じくらいバリバリ働けるか、男社会の茨の道を歩き続けるメンタルが保てるかっていうのも心配だ。

要するに、いまだ男性社会ビジネス環境と、妊娠出産アウトソーシング一般的でない状況においては、現時点では収入が多くて成功している強者女性であっても、今後も順調に歩んでいけるという展望を持ちづらいわけ。

それなら配偶者には男性なのでキャリアにおけるアクシデントリスクが少なく、かつ自分現在生活レベル合致するエリートを選ぶでしょう。


高収入女性に「自分収入が多いなら、一家大黒柱として主夫子どもを養うという気概を持て」って言うなら、

一家大黒柱としてのビジネス界で生きていく人生設計が、男性と同程度に安定して描ける社会を実現してからの方がいい。

そうなったら三十路職歴なし恋愛歴なし精神病の俺を養ってくれる白馬プリンセスが現れるはず。

早くしてくれないと四十路職歴なし恋愛歴なし精神病になってしまう。

2017-10-04

結婚した相手とその家族発達障害だった

もう耐えかねて離婚した。

発達障害と向き合われている方を非難する気はない。発達障害を持ちながらも、素晴らしい人柄の方も知っている。

発達障害当人方への支援は進められようとしているが、そのパートナーへの支援はまだまだ薄い。というかカサンドラ症候群なんてあまり知られていないだろう。

じぶんがおかしいのかと思って精神科で見てもらったが、定型発達だった。

大したことは書けないけど、パートナーが変わっていて悩んでいるひとの何かしらの参考になったらいいと思う。

そしてこれから書くのは発達障害パートナーを持った私の個人的な所感です。

発達障害は実に多種多様です。これが全てではないことをお見知りおきください。

元旦那

長所

特定学問作業に突出して秀でているので一部の人々には頼りにされ、尊敬もされる。

教員医師アーティストなどには向いているんだろうなあと思う)

・心を開くと人懐こい。天真爛漫でこどものように笑う。

(こういうところが魅力的に見えるひともいるだろうと思う)

・何か言い争いになるとすぐに反省して謝ってくれる(ポーズをするから、わかりあえたと勘違いする。これに関しては短所の方にも書く)。

短所

・こだわりが強い。こだわりがかなわないとキレて理不尽なことを言い出す。

洗濯用洗剤も柔軟剤食器洗い用洗剤もこだわりがあって、それ以外を使うと、何でそれ使うの?!とキレるなど)

自分の思い通りにしたい。思い通りに物事が進まないとキレて理不尽なことを言い出す。

目的場所にどのように行ってどのように帰るかを執拗確認したがる。決めた通りにならないと不機嫌になるなど)

・つけた電気を消すことを忘れる。

・開けた扉をしめることを忘れる。

・朝余裕をもって起きられない、遅刻は常習。

・片付けが壊滅的にできない。家を荒らし、汚して回るも、平気。

料理をすると台所が崩壊し、鍋や菜箸が使い物にならなくなる。そしてまずい。

・一緒に家庭内ルールを決めても守れない。

こちらがいくら怒って訴えも、「かわいい」と笑っている。

・話し合いができない。

これがいちばん困ったことだった。長所に、すぐに反省して謝るというところがあったが、これはがただのポーズだった。反省しているふりをして、何を謝っているのかわからないけどとりあえずごめんねと言えばいいと思っていたようだった。

互いが気持ちよく生活するための話し合いをしているはずなのだが、自分の嫌なことは絶対にいや。相手が嫌がっていることはわかっても、その内容が理解できないようだった。

話し合いも終わらせたいからとりあえず謝って理解したふりをする。

それの繰り返しだから、一週間後一ヶ月後にはきれいさっぱり忘れて、また同じことをやっているのだった。

離婚を決めたときは、私が耐えられくなった理由を事細かに説明すると、俺が悪かったでもどうすればいいのかわからなかったごめんねと泣いていた。しかし3ヶ月も経つと、「お前が自分の都合で離婚した」になってしまっていた。

元旦那の妹は一見ふつうだし、魅力的だが、人間関係でいつもトラブルを起こしていた。本人はそれが普通と思っている様子。

長所

・優しい。

・人の話を聞くのがうまいカウンセラーのよう。だからか、メンヘラが集まってくる。

・明るくておっちょこちょいなところがかわいらしい。

特定作業の才能がある。

短所

・朝起きられない。遅刻魔。

・口がめちゃくちゃ軽い。人のプライベートを、天気いいですねレベルペラペラしゃべる。

セックス依存恋人依存が激しい。

特定の事に対してのみデリカシーがない。

・いわゆるサークルクラッシャー

母親

長所

・優しい。

・面倒見がいい。

短所

・口が軽い。

・過干渉

セックス依存

不倫相手が定まるまでは相手を探していろんな人に声をかけていたようだった。

父親

彼は本当にアスペルガーだったと思う。

そこまで関わっていないが、東大卒で賢く、物腰が柔らかい

しかし、娘に性的な目を向けていたり、その場の空気が全く読めず、見当はずれな話題唐突に始めて家族スルーされるのは日常茶飯事だった。

発達障害には、結婚して家族単位での関係が濃厚になってからやっと気が付いた。

子どももいたので、産前産後はこの家族との関わりがほとんど全てになっていた。

産後いくらか経ってから定型発達の友人と久しぶりに関わるようになった。その時わたしが思ったのは、「あれ?生きるのってこんなに楽だったっけ?」ということだった。

今は離婚して本当によかったと思う。

これが理想職場なの?

20名程の部署で働いている。

部署や他会社から見ると、ウチの部署

社員の家庭やプライベートを重視してくれる、理想的部署」らしい。

時短勤務のAさんは、週に1~2日ぐらいのペースで休む。

ほとんどの理由は「子供が体調を崩したため」だ。お子さんはかなり病弱らしく

1週間まるっと休むこともある。

子供を連れて行った病院風邪をもらってくるのか、出勤しても体調が悪い時が多い。

一部の社員感染を防ぐために、露骨職場内でのみマスクを着けているが、Aさんは知ってか知らずか。

最近子供が生まれたというBさんは、奥様の調子産後から良くないらしい。

Aさんほどではないが、そこそこのペースで急な欠勤をかましてくる。

また、ウチの職場は土日も数名程度出勤する必要があり、土日出勤はシフト制にしているのだが

それも平然とすっ飛ばしてくる(Aさんはシフト外。時短から)。

その穴埋めをするのは、当然ながら残りのメンバーとなる。

Aさんの事務仕事は締切りがシビアなので、締切り間際で休まれ場合には

他の人たちが頑張って残業して仕上げる(もちろん自身業務を行いながら)。

Bさんが穴を空けたシフトは、自分も含めた「身持ちの軽い」人間が代わって出勤する。

先日、珍しく若手社員から飲みに誘われ、そこで色々と不満を吐き出された。

穴埋めも含めてよく頑張ってくれている子だったが、

AさんとBさんから「君は結婚しないの?」的な事を言われて、ブチ切れかけたらしい。

その他の人からも不満は出ており、職場内の雰囲気は表面上悪くないように見えるが、裏側はドロッドロ。

現状を上にありのまま報告しているのだが、当人が異動を拒否している等を理由

手を打てない状況。クビなんて論外。

これが理想職場なの?

泥舟じゃね?

2017-10-03

結婚当初、姑と上手く噛み合わなくて、会うと気疲れしていた。

意地悪されたりはしなかったけど、気さくで良く大声で笑う実母に比べ

足を悪くするまでずっと看護士として働いていた姑は、喜怒哀楽を直接表現せず

シャキシャキ・パキパキ黙々って感じで、ついこっちも身構えてしまっていた。

何となく「私、あまり好かれてないな」と思う時も有って、当たり障りなくつき合っていた。

 

その年は、私が秋に二人目を出産した事もあり、混雑を避けて一月中旬帰省する事になった。

そして早朝、今まで感じたことの無い揺れと衝撃を感じた。阪神淡路大震災だった。

釣りに行くという夫達の為に、お弁当と朝食を作っていた私と姑は立っていること出来ずに座り込んだ。

食器棚が空いて、次々と皿やグラスが降ってきた。

名前を呼ばれた気がして目を開けると、姑が私に覆い被さっていた。

私を抱きしめる腕も肩も頭もちが出ていた。

 

夫と舅が子供達を抱いて台所に飛び込んできて、私達を廊下に連れだしてくれた。

歪んでなかなか開かない玄関ドアを開けると、街の景色は一変していた。

義実家マンションの高層階だったが、エレベーターは止まり階段にはヒビが入っていた。

呆然とする間にも、大きな余震が襲ってきた。

廊下の壁にも大きな亀裂が入り、揺れが襲う度に何かガラガラと大きな物が落ちていく音がした。

姑が「あなた達は早く逃げなさい!」と部屋に戻り皆の上着やマフラーを持ってきた。

泣きながら「あなた達って・・・義母さんは?」と聞くと「後で逃げるから、良いから早く!」と恐い顔で言われた。

足が悪くて階段では逃げられない自分は、足手まといになると思っているんだと分かった。

夫が「母親を見捨てて逃げたら、俺はもう子供達に顔向けできない」と姑を背負おうとしたら

姑が夫をひっぱたいた「あんたの守るのは子供と嫁!産後で完全じゃない嫁を幼子二人を守ることだけ考えなさい!」

そしてちだらけの手で、私の髪を撫でて「ごめんね。帰省させなきゃ良かったね。ゴメンね」と笑った。

 

結局舅が姑を連れて、後から逃げると説得され、私達夫婦子供二人と先に階段下りました。

避難所で無事に再会出来たときは、安堵のあまり「おうおうおう」と言葉にならない声で抱きついて泣いた。

マンションは数日後に全壊した。

避難所で再会して気が付いたが、姑は家族の上着を持って来てくれたが自分はセーターにエプロンという服装だった。

初めから、皆だけ逃がすつもりだったんだと思ったら、また泣いた。

未曾有の事態母乳が出なくなったり、出ても詰まったり色が変だったりで

痛くて脂汗を流しながら、マッサージをしていると、産婦人科にいた事もある姑が

「熱を持ってるね。痛いね。でも出さないともっといから。代わってあげられなくてゴメンね」と泣きながらマッサージを手伝ってくれた。

避難所では「ブランクがあって、知識が古いけど」と看護士として働いて、まわりを元気づけていた。

 

あの時、赤ん坊だった下の子はもう高校生で、舅は既に他界した。

福島震災をみていると、どうしても阪神地震を思い出してしまう。

同居の姑は、今も喜怒哀楽をあまりさないけど、今では何を考えているかちゃんと分かる。

ありがとう、おかあさん。あの時のちだらけの貴方を忘れません。

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増田警察

2017-09-13

anond:20170910181855

私も子供達が産まれたばかりの頃は、まとまった睡眠時間が一時間半を超えない日々が続いてふらふらだったなぁ。でもそれなりに辛かったけど、夫を怨むような事にはならなかった。

というのも、細切れ短睡眠しか出来なかったものの、定刻に起床してこなさなければならない用事基本的に無い、というもしかすると特殊な家庭環境だったからなんだと思う。

何でそういう家庭環境なのかは説明すると長くなりそうなので適当に流すけど、要は夫の仕事関係自分無職であったこと、そして就園就学した子供はいなかった事によってそういう環境となっていた。

前夜どんなに眠れなくても、絶対に何時までに起きてしなければならない事があるのでなければ、そんなにイライラはしないのだ。眠いのは眠いけど。滅茶苦茶眠かったけど。

日中母子だけで過ごしていたが、同居人が誰もいないって、家事を手伝ってもらえないのは痛いけれど、一日中パジャマで赤子と一緒にゴロゴロして、僅か数分でも自分タイミングうたた寝が出来、思い出した頃にカロリーメイトとか酷いと食パンだけみたいないい加減な食事をモゴモゴ頬張りながら、おっぱいさらけ出し赤子に授乳したり、うんちのオムツ替えたり、などという事をしていても、誰も何も言わないし見ていないというのはとても気楽だった。

勿論誰も何も言わないのをいいことに掃除や溜まった洗い物の片付けは完全に放棄していた。

どう見ても、人として最低限の健康文化的生活レベルを大幅に下回る動物に近い生活だった。

夫は元々すぼらであまり色々な事を気にしない人なので、帰宅したら電気も点いていないくっそ汚い部屋の敷きっぱなしの布団に妻子が転がって爆睡していても平気だったし、休日は私と子供と一緒になってごろごろぐうたらしまくっていた。

人間並みの生活ではなかったけれども、あの頃は私達家族にとっては幸せな時期だったと思う。

今では上の子幼稚園児で、下の子は3歳で遊び盛り。子供達は徐々に手がかからなくなっていっているけれども、上の子入園以来、しんどさは増す一方だ。

まず第一に、夜中に下の子が何度目を覚まして愚図っても、朝は6時には起きて家事を始めないといけないし、どんなに子供達が駄々をこねても予定通りに送迎や色々な用事をこなさないといけない。

外に出て人に会わなければならない事も多いから、忙しくても自分の身繕いもしなければならない。抜かれば、心配という体でダメ出しや嘲りを他人から受ける。こっちの事情など一切汲まないクソバイスのシャワーを浴びせられるのも日常だ。

自分自身意識も、産後朦朧がすっかり消え去ってクリアなぶん、細かい事が一々気になる様になった。自分の中の要求水準が上がっている。何が何でも人並みの暮らしがしたい、いやするべきだ、と思ってしまう。

つくづく、人間の子育てが辛いのは人間らしく生きたいという欲があるせいであり、動物並のクオリティまで落とせればそこまで苦しいものではないんだなと思う。

子供のうんちも寝ゲロも舐めて処理するだけでおKなら洗濯物も出ないし楽チンだ。そんなこと出来っこないけれど。

しかし、夫を含め誰かに色々な事をして貰うこともいいけど、逆にすることを減らす、可能な限り人間らしさを捨てていって、最低すれすれの状態家族適当に過ごしてみるというのも一つの手だと私は思うのだ。

2017-09-12

産後は働かないつもりとか、出産育児費用を安く見すぎじゃない?

https://anond.hatelabo.jp/20170912120546

anond:20170912111737

産後も働くつもりとか、出産育児を甘く見過ぎじゃね?

妊娠出産をきっかけに雇止めされそう

とりあえずどこに相談にいけばいいんだ

東京なら労働相談情報センター(似た名前NPOがあるがそっちじゃなくてココ)、その他地域なら「労働局」の労働相談窓口

妊娠中および産後1年以内の「この人妊娠出産たから」という理由での解雇自動無効

「粘ってまでこんなクソ会社残りたくねえすぐ蹴る」と思うのはもっともだけど、それこそ後輩のために公的情報を残しておくことは大事、次のあなたを生まないためにも、ほんの少し踏ん張って(ほらおめでただけに)

妊娠出産きっかけに雇止めされそう

来年3月までは雇うけど、4月からは辞めてもらうことになると思うよ!

 出産後どうなるかわかんないかしょうがないよね?

 お腹赤ちゃん第一だもんね?旦那さんともよく相談しといてね☆」

だって

ふざけんなクソ!!!!!!!!

産後収入の道が断たれるのに安心して産めるかボケ!!!!!

弊社に漂う男尊女卑的な雰囲気からそんな感じはしてたけど、実際言われるとすごくムカつく

出るとこ出てやりたいけど、そんなクソみたいな弊社訴えるために労力払うのも馬鹿馬鹿しいし、

素直に応じてさっさと次の職見つける方が、茨の道でもより建設的な気もしてきた

先人のお母さんたちはこんな屈辱を受けてきたというのか

ムカつく

本当にムカつく

こんな会社に入らなきゃよかったのか

子供つくらなきゃよかったのか

独立もできない、しがない会社員の私が悪いのか

とりあえずどこに相談にいけばいいんだ

2017-09-07

産後の腹の皮のふくふく感が意外なもの代用できた話をどうしても聞

産後のさ、

伸びきってたるんだ腹の皮。

あれ、触るとめっちゃ気持ちいいんだよね。

ふっくふく。

ふわっふわ。

でもさ、

数日で戻っちゃうわけ。

出産後ほんの数日の間、

人生で数回しか味わえない

限りなく限定されたお楽しみ。

だと思ってたんだけどさ、


旦那金玉の皮つまんだらほぼ同じ感触だった。

玉の付け根のあたりがおすすめ


それを、誰かにどうしても聞いてほしかった。

産後セックスレスになった

妻が5月出産から、夜の生活がすっかりなくなってしまった。

子育て想像以上にやることが多く、精神的にも追われるので、双方に性欲を感じている余裕がないことが大きな理由だ。

かつては毎日のようにセックスしていたことを思うと、少し寂しくもある。

夫婦には、心だけでなく体のつながりも必要だと思う。

裸になって、ぬくもりを感じると、なんとも言えない安心感があるんだ。

子どもをどちらかの親に預けて、妻を誘ってみよう。

2017-08-29

https://anond.hatelabo.jp/20170829205723

読んで自分の一人目出入院中の事を思い出した。私は運が良かったのかもしれない。

入院していた産院はあまり人気のないところで、産後の病室は二人部屋なのだけど余程出産が立て込まなければ一人で一部屋使えるということだったので、コミュ障ぼっち気質な私には願ったりだったのだが、私が出産した前日当日に何故か出産がたて続いたせいで、結局相部屋になってしまった。

相部屋に為った人は私と同い年だったが4歳の上の子もいる経産婦だった。彼女子育てに慣れており、生まれたて赤ちゃんの扱いも上手。赤ちゃんが起きている時は昼でも夜でも赤ちゃんに話しかけていた。

この、赤ちゃんに話しかける、という何気ない行為が私には衝撃的だった。私は、言葉の通じない新生児宇宙人動物みたいなもので、ちゃんと人間になるまでは話し掛けても無駄だと思っていたからだ。

だがしかし赤ちゃん人間になる前に話し掛けてもいいんだ!試しに話し掛けてみると、目の前の生き物ががぜん一人の人間に見えてきた。

同室の彼女との、授乳しながらの他愛ないおしゃべりも、何か特別な事を教えて貰った訳ではないが、かなり役にたったのだと思う。私はそのお陰で自分人間性を見失わなくて済んだと思う。

また、担当助産師さん達から指導も良かった。

助産師さん達の教えでは、赤ちゃん意思表示は泣くだけではなく、泣く前に赤ちゃんの出来うる限りのジェスチャー意思表現しているという。

そう言われてみると、赤ちゃんお腹が空いたらしきりに唇を舐めたりちゅぱちゅぱ鳴らしたりしているのが分かった。しかもなんだかこちらに目配せしている様にも見えた(しかし、赤ちゃん視力は大変弱く、注視が出来る様になるのももっと後の筈なので、これは気のせいなのだと思う。だが、もっとさな何かサインの様なものを私が赤ちゃんから受け取っていたから、そういう風に見えたのかもしれない。)オムツを替えて欲しいとき一生懸命、地団駄を踏む様に足をぶんぶん降っていた。

赤ちゃんが泣き出してしまってから対応するより、それらのサインに気が付いたら速やかに対応する方が、ずっと楽だった。赤ちゃんはひと度マジ泣きモードに入ると、自分が何で泣いているのか分からなくなり、自分自身の泣き声に興奮してパニック状態に陥り、手がつけられなくなる。特に授乳の時は、あまり待たされるとお腹が空いているのに飲まなくなるというか、ちゃんと乳首を捕らえて母乳を飲み下す事ができなくなる。

赤ちゃんがそわそわし始めたら要求に応える→赤ちゃんが満足して落ち着く

それを繰り返していくうちに、赤ちゃんのことがどんどん可愛くなり、益々人間味のある存在に思えて来た。

お陰で、たった6日たらずの入院期間のうちに、赤ちゃんは私の家族になった。

それから一年くらいは、ワンオペ育児だったから勿論大変だったし、当時の日記には毎日だるい疲れた、何にもやる気が起きない、あれもこれも出来なかった」など書かれていて鬱状態ではあったが、子供は何も喋れなくとも私にとっては意思を持った一人の人間であって、尊重すべき存在だった。

産後の早いうちに育児の先輩や助言者に出会うって、きっと大事なんだね。

https://anond.hatelabo.jp/20170828091936

期間は短いけど、めちゃめちゃ産後鬱してた私の経験を書く。少なくとも私はこれで急速に改善したので少しでもヒントになればいいのだけど。

産後鬱については本やブログを読んで予習していたつもりだったけど、実際に産まれるとあまりにも物理的に大変なのと、「初対面のお客さんが常に自宅にいて、24時間対応を求めている」ような緊張感であっという間にやられた。生後すぐの赤ちゃんは笑わない(新生児微笑は反射行動なので楽しいわけではない)から、あるのは「泣く」というネガティブフィードバックばかり。ダメ出ししかしない上司みたいだった。

毎日、夫がでかけると、リビングの真ん中で授乳したまま寝入ったこどもを腕に抱えてじっと時計を見つめ、夫が帰るまであと◯時間…とカウントダウンしていた。テレビは消音かごく小さい音だから聞こえないし楽しくない。こども抱えたままスマホいじるくらいしか出来ることがなかった。当然、これもすごく楽しい訳ではない。こどもを置いて出かけられないから、夫がいてくれなければ、徒歩1分のコンビニすら行けないのだと思い込んでいた(今思えば全然そんな事ない。近距離なんだから普通に連れていけばいい)。昼も夜も、いつ泣き声が聞こえるかとビクビクして、空調の音を泣き声に空耳したりしていた。

から聞いたけど、夫はこのとき、私がそのうちマンションの窓からこどもを放り投げるんじゃないかと恐ろしく思っていたらしい。心配させてごめん。

この頃は、死にたいとは思わなかったが、消えてしまいたいとは思っていた。

産後1ヶ月過ぎの頃。うちの地域では初産の母親のところに市役所から派遣された保健師訪問することになっている。

この機会に飛び付いた。

ボロボロ泣きながら辛いと訴えると、定番の「辛いよね、みんなそうなんだよ」という相づちの後で、徒歩すぐの親子広場を紹介された。というかそのまま連れていってくれた。

聞けば市内にいくつかNPO運営で市公認無料の親子広場があって、私の最寄りのところは市の中心ということもあり平日は毎日開いている。低年齢のこどもがいる母親がこどもと訪れて、ただ時間を潰していくのだそうだ。

私はもともとお喋りなので、一番ヤバイのは1日誰とも話さず無言で過ごすことだとなんとなく理解していた。精神が死にそうだった。

とにかく、学校職場のように「毎日通う」ことを目標にしてとにかく通った。最終的に「あまり時間だと赤ちゃん負担になりますよ」と注意され1日あたりの時間は短くしたが、それでもほぼ毎日通っていた。

親子広場には、少し先の月齢~一歳半くらいの子達が遊んでいて、うちの子よりは表情豊かに、寝返りしたり、ハイハイしたり、駆け回ったりしていた。しかめっつらで泣くことしかしないこの子が、あんな風になるんだろうか、と不思議に思った。

ママさんたちはみんな、直近の子育ての悩みや愚痴を話し合い、少し先の先輩ママアドバイスを貰ったりしていた。

こどもが寝ているときは、隣に座って置いてある育児系の本やマンガを読んだ。

結果的に、2週間ほどで私のメンタルは劇的に回復した。毎日外に出て太陽の下を歩いて、十分におしゃべりをする。少し先の赤ちゃん達を見て、数ヶ月~半年先の見通しが具体的に持てる。育児経験の長いスタッフさんや、他のママさんの語りかけを参考にして、自分赤ちゃんとのやりとりを楽しめるようになる(赤ちゃんアテレコしながら会話するのは特によかった)。

育児本やネットでも学べたことだったけど、実例を目の当たりにするととても参考になるし、自分もああしようと思えた。

生後1ヶ月半で「この子可愛いのかもしれない」と思い始め、生後3ヶ月の頃には「可愛い」と確信半年の頃にようやく、「常に一緒にいる、私の家族」になり、ここから精神的な辛さはもうなかった。家にいるのはお客さんじゃなくなった。毎日一緒にいるのもお世話するのも当たり前になった。

夫はこの期間、とてもよくしてくれたのだけど、やはりたまに「どうしてお皿洗いも掃除洗濯もしてないの?(俺は仕事してるのに家事もするの?)」的なやりとりはあった。夫からみれば「俺は遅くまで仕事してるのに、家事もしてる。お前は1日中家にいるのに」、私は「昼も夜も土日もなくこどもを見て家事をしているのに、なんであなたには毎日休憩時間と土日休みがあるの?私だって月に1日でもいいか休みたい!」って感じ。

これ、たぶんお互いにやってみなければ分からないのだろうけど、子育て専業主婦になると「プライベート」という感覚が消え失せるのが衝撃、かつ辛かった。「24時間呼び出し待機、休日なし」って感じで、寝てる間も気が休まらない。正直、この辺の感覚は未だに理解してらえてないと思う。

なので、夫の上記の理解に苦しむ部分はあったから、他のママさんに「夫に理解してもらえない」と吐き出す場がなければもう少し辛かったと思う。

長くなったけど、言いたいのは、夫の理解や周囲の物理的なサポートもとても大事だけど、私の場合公共の「子育てネットワーク」と、そこで出会った「子育て同志、先輩」たちにとても助けられた、ということ。

公共の親子広場NPO生協など、専業主婦向けの平日の集まり結構いから探してみてほしい。市役所の子育て課にはそういう情報が集まってるし、市報とかにも載ってる。

奥さんが元気ないみたいだから、一人で行かせるより、土曜開催のものか、なければ平日休みを取って一緒に行ってみたらどうかな? だいたいどこも旦那さん歓迎だ。

行って、奥さんと他の人が話せるようにしてあげてみたらいいんじゃないかな。話すのが苦手なら、他の人の苦労話を聞くだけでも「みんなそんなもん」的に少し楽になるかも。

※注意点として。行ってみて、もし子育ての仕方や、なぜか人間関係についてやたら批判的なこと言われるようなら逃げ帰ろう。NPO隠れ蓑にした宗教勧誘みたいのが実際にある。まともな所のスタッフはたいてい同情的で適切なアドバイスもくれるけど、「こどもが泣くのは両親を大事にしないから」とか「夫を大事にしないから。家事育児させずに下にも置かない扱いをするべき」とか言われたら割とヤバい

2017-08-28

https://anond.hatelabo.jp/20170828091936

帰れる実家があるなら帰らせてあげるのがいいんじゃない

産後って精神状態がピリピリしてて実家の親でも訳もなく敵だと感じたりするので、奥さん本人に実家に連絡させるよりも、増田が連絡した方が上手くいくと思われる。

これは実家だけでなく子育て支援センター相談機関に助けを求める場合にも言える事で、奥さんが直接相談員と話すと、奥さんは相手のつまらない言葉のあやを深刻に受け止めてしまって絶望し、より一層病を拗らせてしま危険があるからだ。

鬱の時は、他人の全てが敵に見えたり、人に会うのが酷く億劫になったりするもの。だからまずは増田相談機関相談をすることをおすすめする。

その際は赤ちゃんも連れて行き、それと奥さんの鬱がどれだけ酷い状態で、どうしてそうなったのかを詳細に記録したものを持参するといい。

                              

2017-08-27

https://anond.hatelabo.jp/20170827123912

から一歩も出ない生活、できなくはないよ。

食材ネットスーパーで、オムツ日用品も全部アマゾンで買えるから

子供服もそれなりにネットで揃えられる。

実際私はそうしてた。

でもそれで一歩も外に出ない生活半年も続けたら、産後鬱にかかる人とか増えそう。私もちょっと鬱っぽかった。

それができないの?って言う人は、実際に毎日泣きわめく赤ん坊を家から出ないでずっと家であやし続ける生活をしてみたらどうだろう。

家庭によってはプラス家事ができてないって叱られることもあるよ。

旦那仕事ばっかりで見ててくれない家だってあるだろうし、実家にも頼れない人もいるだろうし。

追記:

はいはいじゃあ「上の子がいなくて、検診、予防接種病院に行くなどの外出を除けば、それ以外の用事で家から出ない生活をすることは可能だよ。」でいいかな?

虐待なんかするわけないでしょ!なんでも想像で決めつけるのやめてね。

2017-08-26

結婚したい

結婚したいんだよ。

結婚したい。

うちに帰ってきたらあの人が待っててくれて、「今日も一日よく頑張りました」って生活が、明日明後日も続く日々がほしい。

妊娠したい。妊娠して出産したい。

まれてきた子どもと、一個の人格を持つ個体として接して触れ合い子育てするあの人の姿が見たい。

愛玩動物でも下僕でもない距離感で、子供を育てるという理想を叶えるあの人の子育てを間近で見てみたい。

わたし10ヶ月頑張るから

婚約もした。合意も取れた。結婚後も産後シミュレーションもたくさんした。未来展望も、望む将来像も共有してる。

結婚式マイホームも都会の生活も要らないから、田舎で部屋を安く借りて、支え合いながら暮らしていきたい。

わたしの体は日々老いていく。

わたしの体は毎月卵子を垂れ流す。

ああ勿体無い。

あとはわたし資格を取るだけ。それさえ叶えば結婚できる。

結婚したい。

2017-08-18

産後

産後生理が戻ってきてから再びナプキンを使うようになって驚いたのは、その薄さと吸収力。CMでは女優ナプキン片手に乗せて薄いとか軽いとか言ってるけど、今までは誇大広告だと思っていた、だって実際は畳んでも開いてもモコモコしているし。だけど産後トイレナプキンを開き、ふと横からながめたら、その薄いこと。フチだけじゃない、真ん中の吸収体のとこまでちゃんと薄いんだからすごい。そしてこれがすごくきちんと吸収してくれるので、生理の時の不快感が本当になくなった。「多い日でも、瞬間、サラサラ」、まさにそんな感じ。あまりストレスフリーなのでついつい交換のタイミングを逃してしまい、やっとトイレに行くと経血を限界まで吸ったやつと対面するハメになったりして、ようここまで耐えてくれたと申し訳なく思ったりするのだよ。もちろんモレたりなんかしていない。すごい。わたし妊娠出産して生理が戻るまでの1年半で、ナプキン界隈に技術革新が起こったのだと感動している。

ブログTwitterもあるけど、そっちでは書きたくないくせに吐き出したいからここで書く。

治療してる人もいて胸くそ悪い話だろうけど。


昨日の夜、旦那としたんだけどさ。

最初ゴム着けてしてたんだけど、昨日はなかなか終わらなくて。

いつもならとっくに果ててるくらい以上の時間が経った後、生でしたい、って。

えっ?って言ったけど、内心は、やっぱりそう来たかー、って思ってた。

始める時、なんとなく、生でやりたいんだろうなって感じたんだけど、ちゃんと着けてくれたし、あー良かったって思ったんだけどさ。

で、結局生でいたして、ついでに中で果てられたんだけど。

朝起きてからずっと、子ども出来たらどうしよう、って考えてる。

生理は4日前に終わったばっかりなんだけど、旦那のが腹の中でどれくらい長く生きるか分かんないし、私の方がもしかしたら早く卵出てくるかも分かんないし、そもそも生理終わった直後、もう既に卵出てるかもしれないし。

子どもはあともう2年くらいは欲しくないんだよ…。

だって第一子、まだ生後9ヶ月だもん。

産後半年生理再開して、まだ周期とか不規則だし、予測が難しいんだ。

今は育休中だから良いけど、育休終わって仕事に復帰する頃にまたつわりで休む、とか勘弁してほしい。

っていうか、つかまり立ち始まった長子の世話しながら妊婦生活しかも不規則仕事旦那が頼れないかワンオペで、って絶対無理だって

なんで生をOKしたんだろ。

長子は自然妊娠だったから、治療してる人よりも出来やすいのかも知れないし、昨日の一回で当たっちゃうかも知れない、って考えると、憂鬱になる。

床に座ってると膝によじ登ってきて、ニコッと笑う長子を、まだまだたくさん抱っこして可愛がってあげたいんだ。

あてにならないだろうけど、下旬になってから次の生理来るまで、多分何回も検査薬使うと思う。

まだ妊娠するな、まだ妊娠するな、って思いながら。

責任取るよ、って言ってた旦那

どうやって責任取るの?

もう結婚してるし、私が仕事辞めても大丈夫なくらい稼げるの?今の職場で。

私はまだ長子の時のつわりのしんどさと妊娠中の諸々忘れてないし、長子の世話は結局私がワンオペでするんでしょ?

あー、24時間巻き戻らないかな。

2017-08-17

https://anond.hatelabo.jp/20170817005344

男性経験夫一人、年齢差も同じぐらいで親近感沸いたので私の経験を。

やっぱり、精神的なものが影響してるんじゃないかな。

産後は、産まれたばかりの赤ちゃんを置いて何てことをしてるんだろうという罪悪感とか、最中赤ちゃんが泣き出して中断されたりとか、しっかりとした母親にならなきゃいけないって必死だったりして、セックス楽しめなかった。

自分や、人間として自立してる夫より、自分が常に見てなきゃ死ぬかもしれない赤ちゃんのほうが最重要になってるから

から、そろそろ卒乳しても大丈夫、次の子供が出来ても大丈夫って状態になったら気持ちよくなったよ。

私は二年かかった。

生理一年以上戻らなかったし、まず身体が無理だったんだと思う。それくらいまではよく寝てる子供心音確認したりしてビクビクしてたしね。

まだ痛むとか、生理が再開してないとか安定してないとか、卒乳しても大丈夫なくらい成長してないとか、状態の違いはあるかも知れないけど、参考になれば幸いです。

https://anond.hatelabo.jp/20170817005344

そりゃ乗り気の方が満足感はあるだろうけど、それでも応じてくれないよりはマシ程度な感じ。妊娠中の男の性欲をパートナーがどうすべきかはコウノトリという漫画で描かれてるから参考にしてみるといいかも。あくまで一つの考え方として。

女性産後その気になりにくいのはホルモンの影響。男も同じホルモンの影響を受ける。それは射精後。

から、もし旦那さんが射精後も優しくピロートークに応じてくれているなら、それは終わったからといって冷たくしてはいけないという義務果たしてるということ。本音では射精後は女なんていらんくらい冷めるのが普通

もし旦那さんがそういう義務果たしてないなら、相手に求める権利はあると思う。

一番あかんのはお互い義務を果たさず、レスに陥ること。

こうなるともう男女関係というモチベーションがなくなり一気に夫婦関係は冷え込む。

それを覚悟して身の振り方を決めるといい。

夫婦の性生活について

結婚後の性生活について「そんなの知らなかった、想定外だ」という思いが強い。

男の人は定期的に出さないと溜まるらしい、とかいあやふや知識があっても、適当に一人で処理するんだろうって思ってた。

もちろん一人でもしているようだけど、3日から一週間性的な接触がないと辛いらしく、できるならば私に相手をしてほしいと言う。

セックスレス離婚事由になることは知っていても、ここまで相手をしないといけないなんて知らなかった。

(みんな知ってる?!)

ちなみに私は夫に会うまで男性経験がなく、セックスについては夫に全て教えてもらった。

サンプル数1なので「男」でくくってはいけないのだけど。

結婚してすぐに妊娠したが、妊娠中も求められるなんて想定していなかった。

私自身、妊娠中も性欲が無くはなかったのでそれなりに応じていたが、断ることも多かった。

手でも口でもいいからと言われるけど、それも体調や体勢的にしんどかったりする。

妊娠にともなう体調の変化、辛さなども口に出して伝えてはいたが、それでも溜まるものらしく、機嫌が悪くなったりしていた。

しょうがいからこっちから「しようか?」って声かけるけど、ご機嫌取りのために持ちかけてる感じが否めない。

それでもいいの?って聞くけどそれでもいいらしい。

産後にいたっては子育ての大変さもさることながら、性欲が消え失せてしまい、会陰切開した部位も引きつるし、

中も変化してしまったのか感じにくくなって、セックスに応じるのが苦痛だった。

はいえ、まったく応じないのは悪循環になりそうで、努力必要だと感じてなるべく応じてきた。

ついには、自分が持ちかけたとき拒否されるとダメージが大きいからと、

できる、もしくはしたいときには私の方から早めに言ってほしいと言い出した。

「じゃあ今晩しましょう」「今日は手で」「今日はそのまま寝るよ」なんて毎日表明しないといけないなんてどうかしてると思う。

この制度は後に実践して無しになったが。

自分は性欲が強いわけではないが、それなりに身体うずくし、セックスも嫌いではない。

すれば、夫をより愛おしいと思うし、関係もいい方向に回るのでコミュニケーションの一つとしても必要だと思う。

最近はもとの感覚が戻ってきたし、子育てに余裕もできてきたので、一週間に一度は、と心がけている。

はい自分の気分が乗らないときは、もはや奉仕義務感で相手するんだけど、男の人ってそれでもいいの?


追記

随分赤裸々なことを書いてしまったが、こんな相談誰にもできないので、思い切って書いてみてよかった。

補足として、夫は子育てにもよく参加しているし、家庭の運営にも協力的で、夫婦間での話し合いもよくできている方だと思う。

セックスは無理強いされることはないし、独りよがりなところもない。

溜まると一人で処理しているようだが、できれば好きな人と触れ合いたいんだそうだ。

やるせないのは、自分が変化してしまったこと。

夫のことは今でも愛しているし、私に欲情してくれるのは嬉しい。

結婚前のようにのめり込めたら、変わらず体のコミュニケーションも取れたらと思うのに、気持ち身体が付いてこない。

したくないわけではないが、ムラが激しく、日課、習慣のようになってくるとしんどいのだ。

手や口でもいいと言われても、淡々作業のようにこなすことも拒否感があり、気持ちよくなってもらうために奉仕するとそれなりに疲れる。

夫としては0か100かで、しないならもう今後全くしないで、諦めて気持ちを切り替えたい。

セックス余地がある状態は期待してしまって生殺しで非常に辛いんだそうだ。

なお、私は外注について肯定派で、浮気も分からないようにしてもらったらいい。

本気になったら気持ちは戻ってこないだろうから、そうなったらしょうがないと思っている。

それは伝えているが、性格的に無理なんだそうだ。

夫は今40代前半、私は30代前半で、これがいつまで続くのか、というのが正直な思いではあるが、

セックスレスになってしまったら、乾いた関係になってしまうのではという恐れもある。

皆さまの意見を拝見した今、家事が面倒な日もあるけどやらなきゃいけないように、

炊事洗濯掃除生活としてこなしていけばいいのかなぁと思っている。

もちろん夫を愛し理解尊重しつつ。

2017-08-11

https://anond.hatelabo.jp/20170811132246

普通産後鬱というから

産後鬱は病名として存在するくらいポピュラーだけどな

というか釣りだろ

増田にいてそんな常識が分からないなんてあり得ないし

2017-08-10

私のつわり対策

妊娠し、つわりに悩まされる辛い日々がありました。その際の対策について共有します。

もちろん、体質等があると思いますが、情報の探し方など含め、少しでも誰かの役に立てますように。

私のつわり対策は、ビタミンB6飲食物マタニティウェア、頭部冷却、辛さの数値化の5点から成ります

前提

私のつわりは、妊娠がわかった当初から14週ごろまで続きました。

ピークは7週から12週あたりまでで、特に自分なりの対策方法確立するまでの7~8週は、

日に10回以上嘔吐し、週に2kgずつ体重が減少していきました。

以下に説明する対策を講じることで、嘔吐頻度を大幅に改善するとともに、心身の消耗を減らすことができました。

ビタミンB6

書籍および厚生労働省ページにて、ビタミンB6効果的という情報確認し、早速試してみたところ、大幅に状況が改善しました。

私にとって最も効果が大きかったのは、ビタミンB6摂取です。

一日の容量を守るため、ビタミンB6サプリメントを錠剤カッターで分割し、日に4回(6時、12時、18時、24時)に飲んでいます

参考:宋美玄『産婦人科ママ妊娠出産パーフェクトBOOK-プレ妊娠から産後編まで! 』

   http://www.ejim.ncgg.go.jp/pro/overseas/c03/15.html

飲食物

つわりの時期には、一般的に食べられるものを食べられるだけでいいと言われていますが、

何を食べたいか朦朧とした意識の中で考えるのは非常に辛いことでした。

一方で、つわり中の飲食物の嗜好は個人差が大きく、周りの人や口コミもそれほど参考にできませんでした。

そんな中で、私が一番参考にしたのは妊娠悪阻入院した方のブログでした。

イオンウォーターヨーグルトを中心に、あとはブログで公開されている写真を見て食べられそうなものピックアップという形をとりました。

マタニティウェア

妊娠出産関連の記事には、よく「お腹が目立ってきた頃かと思います。そろそろマタニティウェアを…」

ということが書かれていますが、私は、妊娠初期からマタニティウェア(下着、洋服)を使用しました。

結果として、腹部圧迫による不快感嘔吐が減り、随分楽になりました。

はじめにネットショッピングで下着と何枚かの洋服を購入し、その後、実店舗へ改めて洋服を購入に行きました。

辛い時期にはネットショッピングの画面を見ていることさえ負担であることに加え、

マタニティウェア購入に関する土地勘がなかったため、素材や重さの感覚がわからず、何枚か購入に失敗してしまいました。

多少楽になってから、実店舗でまとめて購入し、満足がいっています

(とはいえ、ネットショッピングができたことに非常に感謝しています。それがなければ、仕事もままなりませんでした。)

頭部冷却

つわりの酷い時期には熱っぽさ、ほてりがあり、横になっていても吐き気を催していましたが、

アイスノンで頭部を冷却すると、眠れるようになりました。

(話が逸れますが、横になっている際、気を紛らわせるためにモバイル機器に手を伸ばしましたが、

 画面を見るだけで気持ちが悪くなりました。そんな時は、ラジオアプリに助けられました。)

辛さの数値化

家族にどの程度辛いか説明する際、辛さを数値化して説明することが役立ちました。

私の場合は、夫と同じタイミングノロウィルスに罹った経験があったことから

「今の辛さは0.8ノロ」等と伝えていました。

辛さ自体主観的指標ですが、数値化することで相対的時系列推移が確認でき、現状理解が進みました。

以上です。つわりはそれぞれの人がそれぞれの辛さを持っているものだと思います

もし、どなたかの参考になれば幸いです。

2017-08-06

人工妊娠中絶を受けた話(数年前) ※追記訂正あり

https://anond.hatelabo.jp/20170805221741

ホットエントリーに入っていた上記を読んだ。

自分体験と違った部分と、その数年後に結婚出産して分かったことを書く。

中絶費用手続き

自分全身麻酔20万円。全麻じゃないクリニックはもっと安かった。手続きではパートナー同意必要だったが私の場合パートナー海外にいたので代筆で通した。

麻酔

手術前日の夜からシールのようなパッチのようなものを腕に貼った。麻酔の効きを良くするためだった気がする。

・手術

当日、1つめの麻酔で夢うつつ状態になり、その状態で手術台まで連れて行かれる。そこで本格的な麻酔。その時には無意識に恐怖心が沸いて抵抗した記憶があるが、身体を抑えられて麻酔が入ると瞬時に意識を失った。あとは目が覚めたら処置が終わっていた。

身体への負担

術後に意識が戻ってから猛烈な吐き気めまいがあった。全身麻酔だと吐き気が出る人がいるらしかった。目が覚めてからおそらく1時間くらいは病院で休ませてもらったが吐き気がおさまらず、病院近くのカフェで休んで(たぶんこれも1時間ほど)、ようやく帰れる感じになった。(記憶曖昧で、どれくらいの時間で落ち着いたかは定かでない)

術後の吐き気以外だと、排尿時に陰部がものすごく染みた。その痛みで、「ああ自分は手術したんだ」ということを改めて実感した。

・その後の心境

各々の状況によってかなり異なると思うが、自分にとっては処女喪失の時の感覚と似ていた。体験する前はものすごく重大で怖いことと思っていた、最中はあっという間に終わった、終わった後は痛みがあったがそのうち痛みも引いた、そしてそのことは誰も気付かずにいつもと同じ日常に戻る、でも自分の中の何かは確実に変わった、と。

ちなみに、なぜ手術をしたかというと、愚かにも避妊に失敗してしまたからだ。当時の彼氏はちょうど仕事海外に行ったばかりで1年は戻って来ない、自分はまだ社会人2年目で結婚出産も早すぎると思っていた、かつ当時の彼氏結婚する決意も持てなかった。それなのに彼氏が出立する直前の行為避妊に失敗した。結局、彼は予定より早く帰国し、その後一緒に水子供養に行った。その数ヶ月後、別れた。

・数年後の妊娠出産

中絶から数年後に別の男性結婚し、妊娠した。産院では妊娠回数と分娩回数を聞かれる。妊娠経験があり分娩経験がない=流産中絶ということになる。私は夫や自分家族には中絶のことを絶対に知られたくなかったため、過去妊娠回数は誤魔化した。もちろんネットでも色々調べた。中絶経験は診察で医師にバレるのか、申告内容は秘密にされるのか、等々。ネットでは様々な意見があった。多かった意見は、経産婦かどうかは絶対に誤魔化せないが妊娠初期での中絶は分からない、申告内容は秘密にしてもらえる、という意見だった。しかし私は申告しなかった。それでも妊婦検診などでは全く問題なかった。実際に分娩間近となった際、私の産院では、再度妊娠回数と出産回数を確認された。最後最後に申告すべきかどうか一瞬迷ったが、やはり、隠し通した。結果、それは正しい判断だったと思う。

何故なら、産院から出された出生証明書妊娠回数と出産回数の記載があったからだ。(追記:すみません訂正します。出生証明書記載されるのは妊娠回数ではなく22週以降の死産を何胎か書くようでした。トラバのご指摘ありがとうございました)

産院の出生証明書自治体への出生届の提出に必要だった。我が家は私の入院中に夫が出生届を提出しに行ったため、正直に申告していたらそこでバレる可能性があった。危なかった。(追記:出生証明書には死産記載のようなので、堕胎はバレないということですね。産後数日でのヘロヘロ状態だったため早とちりした模様…。勇んで勘違いの内容を書いてお恥ずかしい)

中絶経験があって、それを隠して出産するか迷っている人の参考になれば、と思う。

終わり

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