「初詣」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 初詣とは

2019-02-19

狐さん勘弁してください

昨日家でどん兵衛を食べたら油揚げが小さくなっていた

今日丸亀製麺きつねうどんを頼んだら油揚げが薄くなっていた

油揚げ高騰しているのか

色々調べて考えてみたんだがよく分からなくてさっきカレンダーを見たときにピンと来た

初詣稲荷神社賽銭油揚げ爆買い…一斉値上げ…すべてが繋がったのだ

2019-01-29

今年は厄年なんだけど

初詣の時に厄年だったんだけど5円しかお賽銭入れなかったんだよね。

翌日さ、FX豪ドル暴落したんだよ。

朝起きたら500万くらい消えてた。一時期は一千万超えてたんだけど。

でもね、その日ね、息子と凧揚げする予定だったから、沢山公園で走ったんだよ。

とてもすがすがしい気持ちでした。

FX卒業を決めました。

2019-01-28

おまえら最後に漏らしたのはいくつ?

俺は23歳の初詣屋台の物食べすぎて腹を下して人でもみくちゃにされてトイレに近づけず漏らしたのがラスト

おおよそ7年前かな

2019-01-20

四国、寝台

寝台では浅く眠っただけだった。起きるとそこは横浜駅を発車したばかりで、車内は人々がまばらに朝の眠気を横たえていた。

金曜、仕事が定時を少し回って終わった。

エンジニアとして現場研修をしている私は、帰路につくためバスから電車へと乗り換える赤羽駅にいた。

――どこか遠くへ行きたい

そう思いたち、改札を抜ける前にみどりの窓口へと向かった。

「22時東京発、寝台券はまだありますか」

用意されたのは、琴平行きの座席特急券。それを手にしたあと、大宮にある自宅へ一旦戻って、身支度を始めた。

最低限の替えの着替えと、歯ブラシタオル文庫本リュックサック突っ込み、口座から少しだけ金を引き出し、気付くと東京駅9番線ホームサンライズ瀬戸を待っていた。

人生初の寝台列車だ。

入線してきた赤色薄茶色の車体に乗り込み、間もなく発車したサンライズ瀬戸号の車窓へ目を向ける。

通過する品川駅にはまだ多くの通勤客が帰路を急ぐ。彼らを裏切るかのようにして、私は東京を離れた。

小学生遠足ときのように、興奮で眠りは浅く、然し心地の良い揺れはまるで子守唄のようだ。

沼津を過ぎるまではそんな調子で、しかし体がいよいよ慣れたのか、それから岡山出雲市行きと分割するまでぐっすり眠った。

瀬戸大橋線に入り、車窓には瀬戸の島々が並ぶ。それまで横になっていた私は、その時を待っていたかのようにすぐさま体を起こし、洗面台で丁寧に顔を洗い、歯を磨いた。高松では多くの乗客が下車し、それから延長運転を行う琴平行きの車内は伽藍であった。

定刻で琴平に到着したサンライズ瀬戸は、しばらくホームに身を横たえ、旅を始める我々を見送っていたように思えた。

観光案内所も閉まっている。まだ9時前だった。

急ぐ必要もない私は、とりあえずその足で気の向くままに、初めて足を踏み入れた四国の道を歩き出した。

金比羅山の長大で急な階段参道はやはり足に堪えたが、御本宮からの眺めを見てそれも消えてしまった。

初詣からまだ数週間足らずで再びお参りをするのは変な気分だったが、この旅の無事を願い、参道列に加わり手を合わせる。

いきあたりばったりでこのあとの予定も何一つ決まってはいない。不思議とそれが心地よかった。

来た道をそのまま下り琴平駅に戻る間に土産の品をいくつか買った。飴、手ぬぐい(今治のものだ)、饅頭

すれ違う人々は意外にもスーツ姿の団体が多く、1人の私は割に目立った。それもまた不思議と気分を高揚させた。

琴平から土讃線上り特急に乗り、松山を目指す。

予讃線に乗り継ぐ多度津駅で近くの食堂に入り、日替わりの昼食を注文した。

予想はしていたが、メニューにはナチュラルうどんが設定されていた。かき揚げおにぎりと一緒にいただく。もちろんとても美味しかった。

予讃線下り松山行きの特急いしづちしおかぜ自由席は半分ほど埋まっていた。

空いている窓側席に腰を下ろし、金比羅山で蓄えた疲労をしばしの間、癒やす

文庫本を開いてすぐ眠ってしまい、松山駅の到着案内で目を覚ますことになった。

松山駅を降りると、失礼ながら想定していた風景とはだいぶ違った街並みが広がった。

すぐそば伊予鉄道路面電車が走り、人々が休日らしい顔持ちで道を往きかっていた。

バスターミナルにて1Dayパスを購入し、中心市である大街道電停に向かう。

大街道電停松山城の目と鼻の先にあり、電停を降りる瞬間、目に入った。

琴平駅では松山方面に向かうか、高知方面に向かうか一寸悩んだのだが、松山に来て正解だったようだ。非常に立派な天守閣だった。

城を横目にマンホールカード収集のため坂の上の雲ミュージアムに赴き、1時間ほど観賞したのち、喫茶店に入りたばこを吸った。

道後温泉行きの時刻に合わせて喫茶店を出て、再び路面電車に乗り込む。

きっとこのまま温泉宿に泊まるのだろう。車内は温泉客でほぼ席が埋まっていた。

道後温泉街は本当に賑わっていて、改めて今日土曜日だということを私に再認識させた。

――少し急がなければ。

人混みを縫うようにアーケードを抜け、道後温泉本館で湯に浸かった。

復路の寝台が高松駅を21時半前に発車する。

琴平駅のみどりの窓口ですでに確保していた、その列車のことを念頭に置きながら、再び路面電車に乗り、JR松山駅前電停で降りる。

駅前キオスクで少しのビールつまみを購入し、もうすぐ発車する高松行きの特急に乗り込んだ。

もうこの旅も終わりだ。

余韻と若干の寂しさを感じながら、日が暮れかかっている四国風景を見て、ビールを飲んだ。

2時間以上瀬戸内海のふちを走りきり、降り立った高松駅は、高層ビルがいくつかそびえ立つ、立派な港町だった。

連絡船時代面影をほんの少しだけ残したホームでまたうどんを食べ、キオスクビールつまみを買い足す。最後の晩餐ともいえるような光景だった。

もう少し、ここにいたかったな。

そんな気持ちを奪い去るようにして、寝台特急サンライズ瀬戸高松を出発。途中の岡山出雲市から来た列車と連結し、東京に私を運んだ。




追記

座席特急券

往路はノビノビ座席を、復路はソロ寝台券を取りました。

座席特急券」と書いたのは、ノビノビ座席について、寝台券必要がなく座席として発券される特急券というニュアンスを込める為です。

高知について

今回でサンライズが大好きになったので、また近いうちに乗って、高知城も見てみたいです。

あと、四万十川も。

2019-01-16

初詣あなた幸せなんか願わなければよかった。

人生で初めて逃げた

これまで、何度も目の前に迫ったこから逃げ出したいと思ってきた。  

  

でも、何からも逃げなかった。私が休んで誰かが困ることになるのは嫌だった。

私は不器用人間から、準備の段階でいないほうがましだと態度に出されていても、役に立たないと思われていたとしても

当日休んでしまうことで、「あいつ逃げたんだな」と思われるのは悔しくて、私のプライドが強くて、どれだけ体調が悪くても休めなかった。

  

から学校で声が出なくて、そのことでからかわれても、泣きそうになっても、絶対に泣かなかったし毎日学校に行き続けた。

私は強い人間から、誰にも逃げたなんて思われたくなかった。

  

けれど、本当は臆病で、怖がりだからちょっとしたことでもすぐ泣きそうになってトイレにかけこむし、

何で私は学校では喋れないんだろうってずっと考えていたし、ずっと悔しかった

喋れなかったから一人も友達が出来なくて、毎年初詣では「今年こそ友達ができますように」って神頼みをしていた。

  

大学生になって、普通に話せるようになっただけでも充分かもしれないのに、自分自分の首を絞めるように海外留学に行ってみた。

コミュニケーション力なんてやっぱり私には皆無で、他の国のルームメイトの子と1か月間何も喋れずに終わった。何でここに来てしまったんだろうって沢山後悔したけど、今でもよく分からない。

でも、初めて行った海外がつらかったから、あとは何があっても大丈夫だろうと、1人で旅行に行くのも平気になった。

  

プライドが高くて、負けず嫌いで、誰にも弱いところなんて見せないように頑張ってきたけど

本当はずっと、何もかも知らない顔して逃げ出したかった。

実際、直前で逃げ出す友達は沢山いた。その逃げ出した人のフォローをしないといけなかったことで、何で私が怒られるのか分からなくて、誰かを置いて勝手に逃げるのは卑怯だと思った。

しかしたら大人になって、学校というしがらみから抜け出せば、きっと私は自由に逃げられるようになるのかもしれないと思い描いていた。だから学校卒業して、そのしがらみのない環境が来ることをずっと楽しみにしていた。

でも実際にやってきたのは、学校のその先、働くことだった。これは大人義務から、仕方ないし、必ず働かないといけないことは分かっていた。

  

から4年生になる前、周りの子達と同じように就活をした。

色んなセミナーに参加して、本当に企業がそう思っているのかよく分からない情報真剣メモして、

親に頼み込んでスーツを買ってもらって、初めてメイクをしていないことで講師から注意されて、就活はよく分からないことだらけだった。

から、少し興味が持てる企業に行って、とりあえず説明を聞いてみようと思ったら、いきなり面接のようなことが始まってあれこれ質問されて、正直に答えて怒られたのは本当に意味が分からなかった。そのうちスーツを着て、化粧をして、吐き気をこらえて、どこにでもいるような就活生を作り上げた。

その中に、少し個性を混ぜれば、最終面接の案内まではきたけど、そこでためらってしまった。

  

こんな嘘が混ざった私が評価されている。もしもこのまま、内定をいただいてしまったら、私はこの面接官の方に対して不誠実な人間になるんだ。

誠実に生きることだけでは世の中渡れないとはわかっている。けれど私は、本音と建て前を使い分けるのも、人をだますようなことも苦手だし、そんな人間にもなりたくなかった。

  

  

から人生で初めて逃げ出した。

就活はやめた。

  

まだ辞めない選択肢を選ぶのは間に合うかもしれないけど、スーツを着ると吐き気がする。きっと私が無理しているから。

から自分のために、初めて逃げ出す。

何も目的もなく逃げ出すわけではない。あんなにつらかったのに、私はやっぱり海外に行きたい。

会社理念を並べて適当に「御社社会貢献がしたいです」なんて言ったけど、意味が分からなかった。どうせやるなら今自分の目の前で、目に見える社会貢献がしたい。

  

大卒就活もしないなんて、親には反対されたし、卒業後には不安しかないけど、

就活という目の前の大嫌いなことから、初めて潔く逃げられたのは嬉しかった。

2019-01-11

anond:20190111013001

じゃあ俺は今年の12月31日に行って

2019年初詣2020年初詣を同時にこなしてくるわ

いつ初詣行こうか迷っている

3月くらいでいいかな?

2019-01-06

共産党初詣したとか言うけれど

公明党が確実にいない場所でやってるわけで

的確な住み分けと言えるのでは

初詣逝った増田

いるかい?

そんなに人手少なかったの?

キノコブログではけっこういたみたいな雰囲気だったのに

2019-01-05

何故神社で並ぶようになったのか

特にこの時期は初詣で参拝にいらっしゃる方が多いため気になるのだけど、

ここ数年、メディアパワースポットブームの影響を受けて賽銭箱の中心でお詣りするための行列が出来るようになった。

 

古来より神社寺院では横に広がってお詣りするのが通例であり、別に中央で一人で御参りする必要はないし、そんなことで御利益がどうこう変わることもない。 

日本人の並ぶという行動がやたらに誉め称えられ続けたことにも関係あるのだろうか。

勿論、並ぶ精神というのは素晴らしいものではあるが、時と場合によってはそれが正しいとは限らない。

伊勢の神宮をはじめ多くのお社では「横に広がってお詣りください」と呼びかけてはいものの、人員もそれほど充てることが出来ず、常に呼び掛け担当を置くことも出来ないため、結局のところ中央行列が出来てしまう。

行列が出来ることで参拝を諦めてしまわれる方も多くいらっしゃるし、何より少しでも快く参拝していただくほうがより良いでしょうし、どうしたものか。。。

 

このことについて佐藤愛子氏が「かくて老兵は消えてゆく」の中で言及していたり、近頃はhttps://sirabee.com/2016/05/21/122682/ などのネットメディアにて取り上げられていたり、ブログにてお書きになっている方もいらっしゃるものの、やはり世の中にはまだまだ広まっていないようで、是非ともテレビ番組等では御利益観光観点ばかり着目するのではなく、そういったところも取り上げていただけたらなあと心から思う。

anond:20190105100448

ふと俺も手を洗おうとしたが、そもそも何で手を洗うんだろうと思った。

偉い人に怒られるからか?

とりあえずそんな理由しか思い浮かばなかった。

多分、徹底的にやるのだとしたら滝にでも打たれないといけないのだろう。

どこまで簡略化して良いんだ?

手を洗い方だったり、鳥居のくぐり方だったり、手をぱんぱんやる方法だったり、全部ちゃんとやらないとダメ

全部ちゃんとやれない気がしたので初詣やめた……ってやると電車代がもったいないので、

賽銭放り込んで手を適当にぱんぱんしておいた。

それでバチを当ててくるようなら二度と祈らん。

初詣で人を観察して思ったこ

クソ寒いのに全員あの手を洗うやつ律儀にやってる。信心深い人こんなにいるんだな。

2019-01-04

初詣行くと毎年思うけど、絵馬の願掛けとして「○○大学合格!」とか試験合格祈願を書いている絵馬が多いが

試験自分の実力でどうにかしないといけない事なんだから神頼みしても意味無いんじゃないのか?と思ってしまう。

試験勉強の妨げが無くなります様に」とか「試験当日は事故病気等、何事も無く終わりますように」みたいな自分ではどうにも出来ない事を願うなら話は分かるが。

自分でどうにかできる範囲の事を神に願ったってどうしょうもないでしょ。藁をも掴む思いで絵馬に書いているんだろうけど。

(ちなみに、絵馬は丸見えなので書いている事も遠目からでも見えてしまう)

初詣行列かと思ったら

ハローワーク行列公道まで伸びていた。

本当に景気がいいのか?

一度振られたけど今でも好きな人初詣にいった

誘われた時には嬉しくて嬉しくて完全に舞い上がってしまった。親には、友達初詣に行くって言った。

大学入学の時に着た着物をわざわざ出してもらって、小物をちょっとだけ減らして着ていった。明治神宮の人の多さに目を回しながら、お賽銭を投げてお参りして、屋台村みたいなところでお昼食べて、スタバコーヒー飲んで帰った。今でも好きだってことは言えなかったし、他愛ないことばっかりしか話せなかった。楽しかったし、苦しかった。

高校の時に一度告白したんだけど、「そういう風に見れないし付き合うってよくわかんないから」と言われて振られた。

その後同じ大学に行くことになった。偶然のような振りをしていたけど、実際には、人見知りの彼なら大学でなかなか友達が出来ず、顔見知りの私を頼ってくれるんじゃないかと思ったからだ。そう思ったのはまあまあうまくいって、今でも彼は私と友人付き合いをしてくれている。といっても、キャンパスで会った時にはちょこちょこ話す、くらいの関係だ。

けど、今でも、あの振られた日の夜の真っ黒な目の前を思い出して、私からはとても先に進めない。

私に敗者復活のチャンスはあるんだろうか?初詣に誘ってくれたってことは、少しは意識してくれているんだろうか?

「付き合うってどういうことかわかんない」って言った彼は、今では付き合うってどういうことなのか分かったのだろうか。分かったとして、彼の周囲に見える他の女性の方にそれを向けないなんて保証があるだろうか。

漫画みたいだと思ったけど、「何お願いしたの?」とは聞かれなかった。だから、「ないしょ」とも答えられなかった。

初詣でお祈りした内容

ハゲませんようにっていうのを第一にお祈りした

悲しいけれども

でもハゲたくないか

あとは世界平和

平和ならハゲない

2019-01-03

なぜ初詣ババアが手を合わせて祈る時間は異常に長いのか

初詣行列ができる理由は異常に長く祈り続けるババアが大量にいるせい。

二礼二拍手一礼だけなら一人10秒もかからん

初めて初詣に行かなかった

年越しそばおせちも食べなかった

今年はどんな年になるかな

anond:20190103152527

ワイは初詣にも行かんしテレビも見ないけどな

初詣なんて非合理なことしといて参拝の作法に拘らない合理的な俺アピールしてる奴ら笑える

作法どうでもいいなら家でテレビ見ながら「神様よろしくチーッス」ってやっとけばいいじゃん

正月早々、初めて漏らした

増田で頻繁に目にする漏らした事実

そんなこと、よっぽどの緊急事態じゃ無きゃめったに無いだろうと思っていた。

ネタにするくらいだから、仕方の無いシチュエーションばかりだと。

そして、まさか自分がそうなるとは。

正月、まさに1月1日元日初詣に出かけるために着替えていた。

目的神社は参拝の列が日陰で寒そうなので、パンツの下にタイツを仕込んで着替え中。

そう、ちょっとおならをするつもりだった。

いつものおなら

プリッ、というか、ブッ、という感じのカワイイものだ。

でも、なぜかいつもと違い音が出ない。

生ぬるい感触

湿度の高いオナラかとも思った。

でも、明らかに違う、たれた感じ。

そう、おなかが緩んでいるからだ。

水がこぼれた感じで、すぐにケツ筋をしめた。

トイレに行き、タイツおろしパンツ確認する。

漏れている… 

真っ先に思い出したのは増田だ。

まさかじぶんが当事者になるとは。

家の中であることが唯一のすくいだ。

急いで処理をしなければ。

トイレパンツを下ろすときに、背中方面もついていたらしく便座も汚れている。

ウォシュレットで洗うだけでは足りない。

尻じゅうを拭い、便座も拭く。

すぐ側にトイレマジックリンを置いていたのがこんなに役立つとは。

パンツは幸い捨てても良いと思っていたものだ。

ウンチトイレットペーパーで拭き取り、コンビニの小さな袋で二重にくるみゴミ箱へ。

ゴミの回収はいつだったかな、暫く先だ。

そのままバスルームに向かいシャワーで洗い流す。

よし、清まった。

初詣にふさわしい、清らかなカラダだ。

今年も良い年でありますように。

初詣出会う酷い巫女さん

毎年、熱田神宮初詣に行き、お札を買い、おみくじを引くのだが、二年に一度ぐらいの割合で酷く横柄な巫女さんに出会う。

今年は、お札授与所と、おみくじを引くところ、二カ所で酷い巫女さんに出会った。

からさまに無視する、授与の前にも後にも何も言わない、顔を合わせようともしない、その上で間違える。

コミュ症なの?人見知りなの?

コンビニバイト天使に見える。

人が多くて大変なのは分かるが、混雑の中、そんなのを相手をするとこっちが疲れる。

年始から本当に勘弁して欲しい。

面白いことに、二年に一度は丁寧な人に会うのだけども。

創価学会を辞めました

誰に話していいのかわからず、悶々としている間に10年も経ってしまったがようやく心の整理ができたので書き記しておこうと思います

表題通り私は、創価学会を辞めました。

ネットを調べると辞め方というのがあったんですけど、住所を記入して送ることや彼らと再び関わりを持ってしまうことが怖くて提出することができませんでした。

もう一切信じてはいないし、誰も自宅に尋ねては来なくなったので籍が残ってしまっているのは癪だけど辞めたということにします。

ちょっと前向きに描きたいので退職エントリ風に書きます(笑)

どんな人物なのか

私は創価学会員の二世でした。生まれた時から親が勝手に入会させており学会員です。(酷くありませんかw)

母は熱心な学会員でした。父は特に信じてはいませんでしたが、学会員になっていました。

下の兄弟創価学会二世でした。弟は生まれながらに知的障害者で途中から大学中退してしまいました。その頃からなぜか創価学会を盲信し始め、私はなぜか今も嫌われています

裕福な家庭ではないことは物心ついた瞬間から理解した。

生い立ち

物心ついた時から創価学会自分のすぐ近くにありました。

学会」「勤行会」「勝利」「池田先生」などの文字が並んだ新聞を読まされ、家には仏壇がありなぜか母親は毎朝毎晩何かをつぶやき祈っていました。

私はこれが普通のことだと思っていました。

新年には必ず新年勤行会という行事に行き初詣には中学まで行ったこともその文化があることも知りませんでした。

私は体が弱く、学校休みがちでした。しかし、勉強人一倍でき、小学校の頃から特に苦もなく高得点を取り続けました。

得点の高い友達はそれだけ御本尊様に祈りを捧げたんだと信じていました。

しかし、小学校の高学年になり創価学会信者である自分マイノリティーだと知りました。そして宗教のことを口にすることはよくないのだと思いました。

中学になると少し勉強自分でしないと上位に上がれなくなった。部活を始めたが、なかなか難しかった。

勉強しつつ部活をやりつつ祈りを捧げると成績は良くなるのだと信じていました。しかし、ある日気づいた。「この時間勉強部活をしたほうがいいな。」と

親になぜ祈りを捧げるのか聞いても意味全然からず、なぜ信じているのか不思議でした。

でもきっと理由があるのだと思っていました。これだけパワーを注いで時間を割いているもの意味を私は知りたかった。

任用試験という試験があるらしいことを知った。今はあまり覚えていないが、創価学会検定みたいなもんで上の位を受理されていると教えることができる資格っぽかった。

あっさり試験に受かってしまった。

でも全くわからなかった。

なぜ時間を割いて勉強したのかもわからなかった。それくらい当時の自分にとって理解不能で単純なテストだった。

私は可愛くない子供だった。

クラスメイトが信じている朝の占い大人たちが適当にそれっぽいことを書いているため信じなかった(今だに12星座がわからない)。

人造人間18号はなぜ後継機なのに16号に劣るのか理解不能だった。

でっち上げられた歴史教科書パチモンみたいなので勉強させられた。

要するに、創価学会を盲信し続ければ幸福になるということがあの手この手で書かれているらしかった(詳しく覚えていない)

私は「なぜ信じるのか」を知りたかっただけなのに誰も知らないらしいことに愕然としてしまった。

それから創価学会は親との付き合いのためだけに仕方なく行くことになった。

親をがっかりさせたくなかった。常に良い子でありたかった。

私を創価学会二世にした親は何の疑いもなく登録して何の疑いもなく、幸福になることを望んだのだから裏切ってはいけない。

創価二世はつらい「誰が生めと頼んだ! 誰が造ってくれと願った!」というミュウツーセリフが心に沁みた

なぜやめるのか

努力価値を知った
不信感が湧いた

努力価値の話

創価学会はだいたい謳い文句が決まっている。

要約すると「○○さん大勝利勝利の裏には1日○時間唱題をしていた!」ということがあの手この手で毎度出てくる。

ちょっと待って冷静に考えてほしい。

「その時間別のことやったらもっとすごい成果が得られるのではないか

目的に向かう努力をした方がいい。

唱題(御本尊に向かって題目を唱えること)の時間も半端じゃない!一日10時間

ちょっと待て!と普通なら思う

創価学会努力をあまりできない人が努力した気になるシステムがある。

題目という祈りだ。

時間が長ければ努力したとカウントされる。失敗しても責任自分にはないので楽なのだ

本気で努力する必要がない。

そこで得られる報酬や結果の理由は「題目をたくさんあげたから」となる。

私は中学の頃テスト100点をとった。親はこう褒めるのである「よく頑張ってお題目たくさんあげたね。次も頑張ろうね」

この100点は自分努力をした結果なので素直に褒めて欲しかった。

子供にとって親に自分努力が褒められないことほど悲しいことはないと思う。

そこから私は猛烈に努力した。自分努力証明たかった。

部活も、勉強も猛烈に頑張った。

高校は猛烈に勉強県内トップ3に入る高校に行った。

部活全国大会に行き大学国立大の行きたい学科合格した。

裕福な家庭ではなかったので学費バイトで稼いだ。

祈っている時間は1秒もなかった。祈りに屈する自分も悔しかった。

仕事もめちゃくちゃ頑張って同世代の平均年収を抜いた。

特にお金のことを心配しなくても一人で生きていけるようになっていた。

不信感の話
不信感1

創価学会員はなぜか引越し後の住所を知っている。

ある日見知らぬ人間が知り合いのような口ぶりで尋ねて来るのだ。

そこまで冷酷ではないので口ぶり合わせて軽くあしらっていた。

大学の頃アパートの1階に住んでいたんだけどなぜか窓から間取りややっていることを見られていた。

現場は見ていないけども、訪問時見られているとしか思えないような話をよくされた。

見知らぬ土地自分が知らない人が自分生活を見ているのだとしたら怖すぎる。

不信感2

選挙の前親から毎回電話が来る。

公明党をひたすら勧めて来る。

他党と比較して何がいいのか教えてくれない。なぜいいのかも説明してくれない。

とにかく勧めて来る。謎

勧め方が露骨すぎやしないだろうかと毎回笑ってしまった

「なぜ信じているのか説明できない信者」と「わかりやすい組織の利益」わかりやすくて大変よろしい

そんなこんなで努力して自分目標を見つけることが大事なんだなぁとか普通によくわからないという感想が出てきて自分には必要なくなっていった。

これから

でも創価学会を一概に悪だと言えないことも最近気づいてきた。

人間努力して努力してどうにもならないときどうするのかというと、祈ります(笑)

神社に行ったり、神棚に祈ったり、そのとき信じるもの祈ります

宗教ってこのためにあるんだなって思ったりしました。

今私は世界中を飛び回り、いろんな国の人と話して物を作る仕事をしています

いろんな価値観の人がいます

宗教もいろんな人がいて、そういう人の境遇や想いを理解してあげるのは大切なんだと思いました。

人生何があるのかわからないので、今後私も宗教に入ることがあるのかもしれません。

でも大切なのは事実自分で見極めて、自分で納得することだと思います

悩み続けた信者生活でしたが、常に自分がどうあるべきかを考えさせられ勉強になりました。

これからどうするのか何も決めていません。結婚もどうしていいのやら

でも正しいことは自分で見極めてしかるべき努力を重ねていきたいと思います

幸せってなんだろうって思うことも多々あります

親は創価を盲信するあまり認知症の初期症状っぽいの幻覚ならぬ幻臭を感じているようです。

それを聖教新聞で抑えられるみたいなことを言い始めていますが私は元気です

みなさん幸せですか?私は初期ステータスの割にはそこそこ幸せです。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん