「とがめ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: とがめとは

2021-05-12

弱者男性キモいというのは差別だけど

弱者男性同性愛者をキモイというのは差別ではないそうです

淫夢ネタで笑っても、公共の場でひけらかしてもおとがめなし

 

 

弱者男性さまは素晴らしい特権をお持ちですね

2021-05-03

わたしBLEACHの話、あるいは一生に一度の大失恋の話

※近年まれに見る気持ち悪い内容です。読後の苦情は不可、まあ匿名から全然いいけど

 さて、BLEACHの話をしようと思う。

 と言ったけれど、多分その言い方はあまり適切ではない。これはある意味わたし一世一代の大失恋の話なのである。そう、タイトル通りです。もう2度とあんな恋はできないと思うなあ、ほんとに。

 彼(BLEACHのことですが)との出会い中学時代だった。当時仲良しだった先輩に貸してもらったことがきっかけで読むようになり、なんだこれ面白い、とめちゃくちゃはまった。

 多分本誌はまだ尸魂界編の途中だったかな。とにかく藍染はまだ柔和な笑みを浮かべてるような頃だったと思う。や、死んでたくらいかな。あいつの演技はほんとアカデミー賞もらえるレベルだったよ。

 それこそ中学生なので、周りの友達はその頃誰が好きだとか、あの2人は付き合ってるとか、そんな話でもちきりだった。

 今みたいに大々的にオタク人権を持つ時代ではなかったので、わたしオタクであることをひた隠しにして生きる他なく、恋愛話題にもちゃんと乗っかり、それらしく擬態してはいたけれど、本当はクラスのAさんBくんの甘酸っぱい恋愛なんかより、わたしはずっと一護ルキアのことを考えていたかったのだ。てか考えてたけど。

 驚きの気持ち悪さだと自覚はあるけれど、事実なので仕方がない。あの頃のわたしは、なにより一護ルキアの行く末を思って胸をときめかせ、涙を流していた。

 それこそ自分の恋で泣いたことより、2人のことを思って泣いたことの方が多いくらいだ。人生トータルしてもそうかも。だって当時の日記には、一護ルキア未来を憂う病みポエムまであった。まじでやべえな、我ながら。

 作品も、現世編、尸魂界編、ここまではもう最高に大好きだった。今でも一護白哉を倒し、そこから怒涛のように藍染が天に立つところまでの流れは凄すぎると思っている。

 尸魂界編の最後ルキアが現世には一緒に帰らないと言った時だって悲しくはなかった。一護、いい表情してたから。はいはい、強がっちゃってねとは思ってましたけど。

 そしてその後始まった破面編。いやそれだって最初は良かったのだ。あまりに強い敵に心を折られる一護。そこではい登場!俺の光。最高でしたね。

 だけど、少しずつ雲行きが怪しくなっていった。

そして忘れもしない、第237話『goodbye,halcyon days.』 

 もう無理かもしれないぞ?と思った。なんぞこれ?ってなった。でも、まわりの男友達複数名あのシーン好き!って言ってたから男からしたらいいのかもしんない。5回生まれ変わっても好きになられたいのかもしんない。まじかよ。わたしはどうせなら毎回違う男と結婚したいですけど。

 ちなみにその男友達たちにはどうせおっぱいだろ!って理不尽にキレといた。情緒不安定かよ。こんなキチガイ友達でいてくれてありがとう

 ちなみにもはや言い訳になるけど、織姫のことだって最初から嫌いなわけじゃなかった。初期の彼女はすきだったよ、ほんとだよ。

 いやわかってる、単純に一護のことがめちゃくちゃ好きなんだってことはわかってる。いい子……なんだとも思う……思いますよ……だけどもう鳴き声みたいに黒崎くん黒崎くんといいだしてからは、どうしてもこれは無理だ……!ってなった。

 

 でもまあ、その後もしばらく読んだんだよね。一応最終章に入るまでは追っかけてた。でもやっぱりどうしても段々と作品自体を愛せなくなり、勝手批判ばかりが頭に浮かぶようになった。その時もうわたしはこのコンテンツのお客さんではなくなったのだと感じた。

 嫌なら見るな、まさにその言葉通りだ。だから読むのをやめた。それでも大好きだった気持ちは忘れられなくて、漫画を捨てることはまだその時はできなかった。好きだったところまで嫌いになる必要はないと思ったし、そんな簡単じゃなかったから。

 そのままずっと、みないままでいた。封印してた。

 だけど、何事もそうであるように、BLEACHにもやはり終わりはやってきて。いよいよ来週最終回だという噂を耳にした。さすがにどうなったんだろうと思って、ネット検索した。あれは確か会社からの帰り道、多分木曜か金曜か。そこでわたしはいわゆるネタバレサイトが何かを元にしたんだろうネットニュースをみてしまった。

 そこには一護織姫結婚して、恋次ルキア結婚した、と書かれてた。信じない、信じないぞと思いながらも、多分震えてしまってたと思う。

 そして来る月曜日。いやーぜーんぶ本当に本当でした。そうして想い出は、粉々に砕け散った訳だ。

ほらね?これは一世一代失恋と言っていいのでは??自分失恋なんてもはやほとんど覚えちゃいないのにね。

 その後、捨てられないでいた既刊は全てBOOKOFFさんに売りに行きました。わたしはもういよいよ作品の読者として相応しくない存在となりましたので。元々なってたけど!

 いやーーーでもさあなんでああなったかなあ?真咲と織姫太陽として描写されていたから、こうなるのでは?っていう考察ブログもあったんだけどさ(いやそのブログはまじで凄いんだけど)

 結局黒崎一護はお母さんを護りたかったあの日からなにも変わらなかったということでしょうか。井上織姫は母の代わりの太陽ですか?男の子母親に似たひとを好きになる理論強すぎか??そりゃマザコン男による離婚騒動永遠になくならないわけだよ。しかもなんだかんだ同じ世界に生きるもの同士でくっついちゃうんですか?お互いに背中を支える月のような彼女ではだめだったんですか?

 うん、だめだったんだね。少なくとも、男女として生きる相手にはならなかったんだ。いやしかし、男女の辿り着くゴールが必ずしも性愛であるというのも逆に古いのか?もしかしてわたしの方が固定概念に囚われているのか?

 でも最後負け惜しみを言わせていただくと、わたしはやですけどね!!自分を護ってくれるけれど。そのために何度でも立ち上がってくれるけど!女として愛してくれるけど、家族になったけれど、それでも彼の後ろにはあの小さな背中が一生ちらつくなんて。

 ふんだ。

 あ、でもね!ただひとつ言っておくけれどBLEACHという作品は今でもすごいなあと思っている。めっちゃ面白い

 わたしわたし特有のめちゃくちゃ気持ち悪い理由で読めなくなってしまったけれど、あのポエムといい、キャラデザといい、唯一無二にも程がある。

 世界の多くの人よ、もしもまだ読んだことなかったら、そして暇だったなら、この何もできないGWにはぜひともBLEACHを読むといいと思う。

 あの〜ところで白猫コラボやったら、唯一織姫けがガチャで出たんですが?これは何かの嫌がらせでしょうか?しかも意外と使い勝手いいじゃねーか、育てちゃったよくそ

2021-04-29

フェミ入ってそうな女も受け身なの?

今まで付き合った女性は全員受け身だったし、ネットとか見てても女性恋愛では受け身なんだな~~と思ってるんだが、

それって男女平等!とかいってる女性ならどうなの?と思う

もちろん男女平等を主張するくらいだから自分からも行くんだと思う。

自分が今まで付き合った女性は皆、手をつなぐのもキスも肉体関係最初はこっちからしないといけなかった。

正直それって結構こっちとしては負担なんだけど、男女平等を主張する女性はもちろん自分から行くの?

だって恋愛は男から!とか男性主義の最たるもんじゃん。

そんなん許せないよな?

現在のお相手も超受け身なのでなんか嫌になって書いた。

なんでこっちがリードしなきゃいけないんだ?

フェミ女が女からアクション起こしてくれる男女平等主義者なら俺はフェミ女と付き合いたいよ。

恋愛においては男であるとがめんどくさすぎるもん。

ていうか俺だけじゃないよな?男性諸君恋愛めんどくさすぎない?

2021-04-25

職場で複数人が目撃する状況で社員が別の社員を殴った場合について

別にそういうことが実際に起きたわけではなく、

あくま仮定の話なのだが、

建前としては暴行罪が成立するのだろうけど実際はどうなんだろうか?

殴られた方が警察を呼んだ場合

そもそも警察がその職場までわざわざ来るのだろうか?

②仮に警察職場まで来たとしても当事者をなだめすかすだけで実際はなんのおとがめもなく終わりにならないだろうか?

2021-04-24

anond:20210424142410

そのストレス解消手段がなくなったあとがめんどくさいんだよ。

常時車椅子=歩くのもままならない=セックスもできないどころか寝室までたどりつけない。やぞ。

2021-04-21

anond:20210421114221

この日本場合は、特例を憲法の中に含める必要特になくて。

だって運用でなんとかできる。

特別措置法とかなんとか実際にやってきてるからね。

 

これは法律違反から悪いという話ではなく、もとから憲法というのはそういうものだ。

原則とか基礎とか方針を定めたものであって、運用を決めるものではない。

 

憲法に君の言うような条項を入れることは、原則の中に「特別なことをします」と入れること。

これをすると特別なことがめちゃくちゃやりやすくなる。

よくあるパターンでは、憲法に「有事の時は軍隊政権を握る」と書いてあったら、なんかずっと軍部政権を握ったりする。

護憲という立場の人が警戒しているのはそれなんだな。簡単にやられちゃこまる。

私権制限するために特別法を作るのが大変だった。それくらいでいいんだよ。

2021-04-18

自分名前を言うのに違和感を覚えた

独身で、友達も全くおらず、仕事でも下の名前で呼ばれることがない状況をもう数十年続けているのだが、コロナ禍になって、今までは年に1回ぐらいは親戚や家族から下の名前で呼ばれることすらもなくなって、本当に自分名前自分が聞くことがめっきりなくなってしまった。

そうなったある日、祖母電話をかける用事があり、「もしもしおばあちゃん?俺だよ、〜だよ?」と名前を言う機会が久々に訪れた時、何か形容し難い違和感に襲われた。「自分名前って、〜で合っているのか?」「自分名前ってこんな発音で良かったのか?」と自分名前なのに自信が持てなくなってしまっていた。

そう気づくと、所詮名前なんて自分にとってはそんなものなんだろうと。親にとっては大事なのかもしれないが、本人にとってはまぁこんなものなんだろうと、変な納得がいってしまった。

からも言われなくなってしまった名前になんて、これから時代には何の価値もないんだなぁと。

2021-04-14

よく、女は会話が成り立たない、みたいなことをいう男がいるが

男の方がよっぽど会話困難だと思う。

相手否定して俺様のが上だ、としたい煩悩しかなくて

言ってることがめちゃくちゃな奴ばかり。

仕事でも部下のアイディアを認めたら上司俺様の威厳がなくなる、みたいなクソな理由

アホみたいな運用が決定したりする。

一つも頭を使って考えてない。

IQ135のワイが人との会話に苦痛を感じる理由

常人「何してんの」

ワイ「英語勉強してるんや」

常人「なんで」

ワイ「英語を話す機会があるから

常人通訳はいないの」

ワイ「いない」

常人同時通訳する機械買えばいいじゃん」

ワイ「だれもそんなことしてない」

常人「なんで他にやってる人がいないと駄目なわけ」

ワイ「?」

常人「すぐそうやって他人比較してるからお前はダメなんだよ」

ワイ「はぁ、そうですか」

翌日

常人英語勉強は続いてる?」

ワイ「いや、やめたが」

常人根性ないな。なんでもすぐやめるやつはクソ」

ワイ「お前が同時通訳する機械買って英語勉強するな言うたやん」

常人あん機械に何の使い道があるのかわからんあんもの使うやつはクソ」

相手の反対のことを話して非難するしか会話方法がなくて言ってることがめちゃくちゃ。

最悪なのはこれが身内だったり上司だったりしたとき

2021-04-13

そろそろ藤井聡太にも伝説的なコピペがあってもいいんじゃないか?

藤井聡太先生が何やってこんなにすごいと言われてるのか」

初心者にいわれると、

「まあとにかく色々記録を作りまくっててすごいんだ」

くらいしか言えないんだが、驚くべきことに今年で現役5年目、確かにガチ将棋初心者にそのすごさを一言で伝えるにはキャリアが長くなってきている気もする。

そして、羽生先生コピペやら、米長邦雄先生打線コピペやらで育った身からすれば、あのへんがにわかにもわかりやす限界だよなあとも思ってるのでかなり評価してるのだが、調べても藤井聡太コピペみたいのは存在しないわけだ。

と言うわけで、仕方ないから書くことにする。

ただ、何せご本人がまだまだ未成年でありこれからバリバリ記録を作ることがほぼ確定。つまりこのコピペ擬きはあっという間に劣化すると思われるので、気が向いた人が語呂よく改善・改造していくようおねがいします。


・年々厳しくなってるプロ登竜門を圧倒的最年少でデビュー

デビューから29連勝して最多連勝記録を作る。

一年目の棋戦でいきなり名人竜王を倒して優勝。ちなみに竜王はあの羽生さん。

・もちろん新人戦も優勝。

・あまりに勝ちすぎて最年少で新人戦への出場権をなくす。

・あまりに勝ちすぎて5段昇段パーティーが7段昇段パーティーになる。

・なお5段だった期間は16日間。6段であった期間もわずか三カ月。

半年は余裕で負けないのでアンチファンに同情される。

・あまり公式戦で負けないので非公式戦の負けは乱数調整扱い

・同年代プロになったときにすでに二冠。

趣味詰め将棋でも現在連覇中。

・あまりに勝つの将棋フィクション作家ノンフィクションを名乗り始めた。

他の棋士に失礼なのでは?みたいなネタも入ってる方がコピペの完成度でとしては高そうなのだが気がとがめるのでこのへんで。

明らかに書きすぎてるので誰かいいかんじにやってくれ。40年後ぐらいには完成してるといいな。

2021-04-06

闘う必要があると思う

車椅子で駅に行った記事言及コメを読んで、今までの価値観が変わった。

バリアフリーセーフティーネット助け合い重要だし、障害があっても怪我や病でも変わらず暮らせる社会理想だ。

目が見えないらしい人が歩道の端で行ったり来たりしていた時に声をかけた事もあるし

ひとりひとりが助け合えればと思っていたが、下に引用するコメントを読んでいくうちに自分は間違っていたという気持ちが強くなっていった。

佐川・抜け首・なん on Twitter: "「当時としては、ワガママとされ、暴力的とされ、迷惑とされ、非常識とされ、だけどその騒ぎのおかげで後輩達が恩恵を受けている」 私はいつも「川崎バス闘争」を思い出す。 公共交通機関に「車椅子の人を一人で乗せろ」として、「闘争」があったのだ。

ID:yas-mal 「落とし所」を決める権利が、誰かにあると思ってるの? あの人が「私はこれでいい」って満足しても、日本中車椅子を使ってる人が満足するとは限らない。だから、「差別ゼロしか答えはない。交渉じゃない。

落とし所とは利害関係者同士の合意の結果ではないのか?

求めれば求めるだけ無限提供されるリソースなんか存在しないのに、交渉も無くどうやって物事を進めるつもりなんだ?

どんな権利行使にも誰かの同意や協力が必要なのに何を言ってるんだ?


ID:zyzy 我儘で暴力的迷惑非常識からと言って世の中を良く変えられるとは限らないが、繰り返せば変えられる。そして我儘でも暴力的でも迷惑でも非常識でないものが世の中を良くしたことは一度もないのだ。一度も。

ID:B2igwzEE 現実主義者現実のものを変える力はないという毎度おなじみかつ当たり前の話。今の当たり前の現実を作ったのは、かつて非常識・非現実的だととがめられた人たちだったりするんだけどね

なぜこんな事を平気で書けるのだろう?

様々な困難にチャレンジした先人達非常識や非現実的と表現するなら理解できる。

そんなチャレンジを実現するには、平穏社会を支える、そこで生活を営む一人一人の存在が不可欠だ。

だが、今回の行為はそれと同列のことか?自分は全くそう思わない。


ID:sewerrat 支持する。こういう「言論マッチョ」こそが精神的自由を重視する真のリベラルだと思う。皆が自身の持つ人権理論武装して言論で殴り合うことで適切な均衡点が見つかる。「思いやり」みたいなヌル世界じゃない(笑)

これが言論か?人権理論武装

人手の無い所に行って、100Kgはある電動車椅子階段で運ぶよう強く求めた。

駅員の人権どこ行った?どこに理論がある?

設備制度の不備を指摘すれば良かった。SNSでも、JRや省庁への公開質問状でも可能だった。

バリアフリーを求めるのは良い、制度の不備を指摘するのも良い。どんどんやった方がいい。

当事者視点が無ければわからない事だから必要なことだ。


「思いやり」みたいなヌル世界じゃない(笑)って凄い台詞だ。

これは障害を持つ人間権利から、思いやりではなく健常者が協力するのは義務だということか?


かに権利を認めると、その権利行使させたり守ったりする義務が発生する。

障害者を助けるコスト事実上納税の義務として課せられているが、障害者だけにかかるコストではないし、社会全体に必要コストだと思っていた。

だって助けられ、助け合うのが社会じゃないのか。

しかしこれが闘争だ、思いやりじゃないと言われると受け止め方は変わる。



何が適切な均衡点だ。思いやりも交渉否定して権利を主張する人間が消えることが自分にとっての均衡点だ。

2021-03-22

赤い部屋

異常な興奮を求めて集った、七人のしかつめらしい男が(私もその中の一人だった)態々わざわざ其為そのためにしつらえた「赤い部屋」の、緋色ひいろの天鵞絨びろうどで張った深い肘掛椅子に凭もたれ込んで、今晩の話手が何事か怪異物語を話し出すのを、今か今かと待構まちかまえていた。

 七人の真中には、これも緋色の天鵞絨で覆おおわれた一つの大きな円卓子まるテーブルの上に、古風な彫刻のある燭台しょくだいにさされた、三挺さんちょうの太い蝋燭ろうそくがユラユラと幽かすかに揺れながら燃えていた。

 部屋の四周には、窓や入口のドアさえ残さないで、天井から床まで、真紅まっかな重々しい垂絹たれぎぬが豊かな襞ひだを作って懸けられていた。ロマンチック蝋燭の光が、その静脈から流れ出したばかりの血の様にも、ドス黒い色をした垂絹の表に、我々七人の異様に大きな影法師かげぼうしを投げていた。そして、その影法師は、蝋燭の焔につれて、幾つかの巨大な昆虫でもあるかの様に、垂絹の襞の曲線の上を、伸びたり縮んだりしながら這い歩いていた。

 いつもながらその部屋は、私を、丁度とほうもなく大きな生物心臓の中に坐ってでもいる様な気持にした。私にはその心臓が、大きさに相応したのろさを以もって、ドキンドキンと脈うつ音さえ感じられる様に思えた。

 誰も物を云わなかった。私は蝋燭をすかして、向側に腰掛け人達の赤黒く見える影の多い顔を、何ということなしに見つめていた。それらの顔は、不思議にも、お能の面の様に無表情に微動さえしないかと思われた。

 やがて、今晩の話手と定められた新入会員のT氏は、腰掛けたままで、じっと蝋燭の火を見つめながら、次の様に話し始めた。私は、陰影の加減で骸骨の様に見える彼の顎が、物を云う度にガクガクと物淋しく合わさる様子を、奇怪なからくり仕掛けの生人形でも見る様な気持で眺めていた。

 私は、自分では確かに正気の積りでいますし、人も亦またその様に取扱って呉くれていますけれど、真実まったく正気なのかどうか分りません。狂人かも知れません。それ程でないとしても、何かの精神病者という様なものかも知れません。兎とに角かく、私という人間は、不思議な程この世の中がつまらないのです。生きているという事が、もうもう退屈で退屈で仕様がないのです。

 初めの間うちは、でも、人並みに色々の道楽に耽ふけった時代もありましたけれど、それが何一つ私の生れつきの退屈を慰なぐさめては呉れないで、却かえって、もうこれで世の中の面白いことというものはお仕舞なのか、なあんだつまらないという失望ばかりが残るのでした。で、段々、私は何かをやるのが臆劫おっくうになって来ました。例えば、これこれの遊びは面白い、きっとお前を有頂天にして呉れるだろうという様な話を聞かされますと、おお、そんなものがあったのか、では早速やって見ようと乗気になる代りに、まず頭の中でその面白さを色々と想像して見るのです。そして、さんざん想像を廻めぐらした結果は、いつも「なあに大したことはない」とみくびって了しまうのです。

 そんな風で、一時私は文字通り何もしないで、ただ飯を食ったり、起きたり、寝たりするばかりの日を暮していました。そして、頭の中丈だけで色々な空想を廻らしては、これもつまらない、あれも退屈だと、片端かたはしからけなしつけながら、死ぬよりも辛い、それでいて人目には此上このうえもなく安易生活を送っていました。

 これが、私がその日その日のパンに追われる様な境遇だったら、まだよかったのでしょう。仮令たとえ強いられた労働しろ兎に角何かすることがあれば幸福です。それとも又、私が飛切りの大金持ででもあったら、もっとよかったかも知れません。私はきっと、その大金の力で、歴史上の暴君達がやった様なすばらしい贅沢ぜいたくや、血腥ちなまぐさい遊戯や、その他様々の楽しみに耽ふけることが出来たでありましょうが、勿論それもかなわぬ願いだとしますと、私はもう、あのお伽噺とぎばなしにある物臭太郎の様に、一層死んで了った方がましな程、淋しくものういその日その日を、ただじっとして暮す他はないのでした。

 こんな風に申上げますと、皆さんはきっと「そうだろう、そうだろう、併し世の中の事柄に退屈し切っている点では我々だって決してお前にひけを取りはしないのだ。だからこんなクラブを作って何とかして異常な興奮を求めようとしているのではないか。お前もよくよく退屈なればこそ、今、我々の仲間へ入って来たのであろう。それはもう、お前の退屈していることは、今更ら聞かなくてもよく分っているのだ」とおっしゃるに相違ありません。ほんとうにそうです。私は何もくどくどと退屈の説明をする必要はないのでした。そして、あなた方が、そんな風に退屈がどんなものだかをよく知っていらっしゃると思えばこそ、私は今夜この席に列して、私の変てこな身の上話をお話しようと決心したのでした。

 私はこの階下のレストランへはしょっちゅう出入でいりしていまして、自然ここにいらっしゃる御主人とも御心安く、大分以前からこの「赤い部屋」の会のことを聞知っていたばかりでなく、一再いっさいならず入会することを勧められてさえいました。それにも拘かかわらず、そんな話には一も二もなく飛びつき相そうな退屈屋の私が、今日まで入会しなかったのは、私が、失礼な申分かも知れませんけれど、皆さんなどとは比べものにならぬ程退屈し切っていたからです。退屈し過ぎていたからです。

 犯罪探偵遊戯ですか、降霊術こうれいじゅつ其他そのたの心霊上の様々の実験ですか、Obscene Picture の活動写真や実演やその他のセンジュアル遊戯ですか、刑務所や、瘋癲病院や、解剖学教室などの参観ですか、まだそういうものに幾らかでも興味を持ち得うるあなた方は幸福です。私は、皆さんが死刑執行のすき見を企てていられると聞いた時でさえ、少しも驚きはしませんでした。といいますのは、私は御主からそのお話のあった頃には、もうそういうありふれた刺戟しげきには飽き飽きしていたばかりでなく、ある世にもすばらしい遊戯、といっては少し空恐しい気がしますけれど、私にとっては遊戯といってもよい一つの事柄発見して、その楽しみに夢中になっていたからです。

 その遊戯というのは、突然申上げますと、皆さんはびっくりなさるかも知れませんが……、人殺しなんです。ほんとうの殺人なんです。しかも、私はその遊戯発見してから今日までに百人に近い男や女や子供の命を、ただ退屈をまぎらす目的の為ばかりに、奪って来たのです。あなた方は、では、私が今その恐ろしい罪悪を悔悟かいごして、懺悔ざんげ話をしようとしているかと早合点なさるかも知れませんが、ところが、決してそうではないのです。私は少しも悔悟なぞしてはいません。犯した罪を恐れてもいません。それどころか、ああ何ということでしょう。私は近頃になってその人殺しという血腥い刺戟にすら、もう飽きあきして了ったのです。そして、今度は他人ではなくて自分自身を殺す様な事柄に、あの阿片アヘン喫煙に耽り始めたのです。流石さすがにこれ丈けは、そんな私にも命は惜しかったと見えまして、我慢我慢をして来たのですけれど、人殺しさえあきはてては、もう自殺でも目論もくろむ外には、刺戟の求め様がないではありませんか。私はやがて程なく、阿片の毒の為に命をとられて了うでしょう。そう思いますと、せめて筋路の通った話の出来る間に、私は誰れかに私のやって来た事を打開けて置き度いのです。それには、この「赤い部屋」の方々が一番ふさわしくはないでしょうか。

 そういう訳で、私は実は皆さんのお仲間入りがし度い為ではなくて、ただ私のこの変な身の上話を聞いて貰い度いばかりに、会員の一人に加えて頂いたのです。そして、幸いにも新入会の者は必ず最初の晩に、何か会の主旨に副そう様なお話をしなければならぬ定きめになっていましたのでこうして今晩その私の望みを果す機会をとらえることが出来た次第なのです。

 それは今からざっと三年計ばかり以前のことでした。その頃は今も申上げました様に、あらゆる刺戟に飽きはてて何の生甲斐もなく、丁度一匹の退屈という名前を持った動物ででもある様に、ノラリクラリと日を暮していたのですが、その年の春、といってもまだ寒い時分でしたから多分二月の終りか三月の始め頃だったのでしょう、ある夜、私は一つの妙な出来事にぶつかったのです。私が百人もの命をとる様になったのは、実にその晩の出来事動機を為なしたのでした。

 どこかで夜更しをした私は、もう一時頃でしたろうか。少し酔っぱらっていたと思います寒い夜なのにブラブラと俥くるまにも乗らないで家路を辿っていました。もう一つ横町を曲ると一町ばかりで私の家だという、その横町何気なくヒョイと曲りますと、出会であいがしらに一人の男が、何か狼狽している様子で慌ててこちらへやって来るのにバッタリぶつかりました。私も驚きましたが男は一層驚いたと見えて暫く黙って衝つっ立っていましたが、おぼろげな街燈の光で私の姿を認めるといきなり「この辺に医者はないか」と尋ねるではありませんか。よく訊きいて見ますと、その男自動車運転手で、今そこで一人の老人を(こんな夜中に一人でうろついていた所を見ると多分浮浪の徒だったのでしょう)轢倒ひきたおして大怪我をさせたというのです。なる程見れば、すぐ二三間向うに一台の自動車が停っていて、その側そばに人らしいものが倒れてウーウーと幽かすかにうめいています交番といっても大分遠方ですし、それに負傷者の苦しみがひどいので、運転手は何はさて置き先ず医者を探そうとしたのに相違ありません。

 私はその辺の地理は、自宅の近所のことですから医院所在などもよく弁わきまえていましたので早速こう教えてやりました。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点ついた家がある。M医院というのだ。そこへ行って叩き起したらいいだろう」

 すると運転手はすぐ様助手に手伝わせて、負傷者をそのM医院の方へ運んで行きました。私は彼等の後ろ姿が闇の中に消えるまで、それを見送っていましたが、こんなことに係合っていてもつまらないと思いましたので、やがて家に帰って、――私は独り者なんです。――婆ばあやの敷しいて呉れた床とこへ這入はいって、酔っていたからでしょう、いつになくすぐに眠入ねいって了いました。

 実際何でもない事です。若もし私がその儘ままその事件を忘れて了いさえしたら、それっ限きりの話だったのです。ところが、翌日眼を醒さました時、私は前夜の一寸ちょっとした出来事をまだ覚えていました。そしてあの怪我人は助かったかしらなどと、要もないことまで考え始めたものです。すると、私はふと変なことに気がつきました。

「ヤ、俺は大変な間違いをして了ったぞ」

 私はびっくりしました。いくら酒に酔っていたとは云いえ、決して正気を失っていた訳ではないのに、私としたことが、何と思ってあの怪我人をM医院などへ担ぎ込ませたのでしょう。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点いた家がある……」

 というその時の言葉もすっかり覚えています。なぜその代りに、

「ここを右の方へ一町ばかり行くとK病院という外科専門の医者がある」

 と云わなかったのでしょう。私の教えたMというのは評判の藪やぶ医者で、しか外科の方は出来るかどうかさえ疑わしかった程なのです。ところがMとは反対の方角でMよりはもっと近い所に、立派に設備の整ったKという外科病院があるではありませんか。無論私はそれをよく知っていた筈はずなのです。知っていたのに何故間違ったことを教えたか。その時の不思議心理状態は、今になってもまだよく分りませんが、恐らく胴忘どうわすれとでも云うのでしょうか。

 私は少し気懸りになって来たものですから、婆やにそれとなく近所の噂などを探らせて見ますと、どうやら怪我人はM医院の診察室で死んだ鹽梅あんばいなのです。どこの医者でもそんな怪我人なんか担ぎ込まれるのは厭いやがるものです。まして夜半の一時というのですから、無理もありませんがM医院はいくら戸を叩いても、何のかんのと云って却々なかなか開けて呉れなかったらしいのです。さんざん暇ひまどらせた挙句やっと怪我人を担ぎ込んだ時分には、もう余程手遅れになっていたに相違ありません。でも、その時若しM医院の主が「私は専門医でないから、近所のK病院の方へつれて行け」とでも、指図をしたなら、或あるいは怪我人は助っていたのかも知れませんが、何という無茶なことでしょう。彼は自からその難しい患者を処理しようとしたらしいのです。そしてしくじったのです、何んでも噂によりますとM氏はうろたえて了って、不当に長い間怪我人をいじくりまわしていたとかいうことです。

 私はそれを聞いて、何だかこう変な気持になって了いました。

 この場合可哀相な老人を殺したものは果して何人なんぴとでしょうか。自動車運転手とM医師ともに、夫々それぞれ責任のあることは云うまでもありません。そしてそこに法律上処罰があるとすれば、それは恐らく運転手の過失に対して行われるのでしょうが事実上最も重大な責任者はこの私だったのではありますいか。若しその際私がM医院でなくてK病院を教えてやったとすれば、少しのへまもなく怪我人は助かったのかも知れないのです。運転手は単に怪我をさせたばかりです。殺した訳ではないのです。M医師は医術上の技倆が劣っていた為にしくじったのですから、これもあながちとがめる所はありません。よし又彼に責を負うべき点があったとしても、その元はと云えば私が不適当なM医院を教えたのが悪いのです。つまり、その時の私の指図次第によって、老人を生かすことも殺すことも出来た訳なのです。それは怪我をさせたのは如何にも運転手でしょう。けれど殺したのはこの私だったのではありますいか

 これは私の指図が全く偶然の過失だったと考えた場合ですが、若しそれが過失ではなくて、その老人を殺してやろうという私の故意から出たものだったとしたら、一体どういうことになるのでしょう。いうまでもありません。私は事実上殺人罪を犯したものではありませんか。併しか法律は仮令運転手を罰することはあっても、事実上殺人である私というものに対しては、恐らく疑いをかけさえしないでしょう。なぜといって、私と死んだ老人とはまるきり関係のない事がよく分っているのですから。そして仮令疑いをかけられたとしても、私はただ外科医院のあることなど忘れていたと答えさえすればよいではありませんか。それは全然心の中の問題なのです。

 皆さん。皆さんは嘗かつてこういう殺人法について考えられたことがおありでしょうか。私はこの自動車事件で始めてそこへ気がついたのですが、考えて見ますと、この世の中は何という険難至極けんのんしごくな場所なのでしょう。いつ私の様な男が、何の理由もなく故意に間違った医者を教えたりして、そうでなければ取止めることが出来た命を、不当に失って了う様な目に合うか分ったものではないのです。

 これはその後私が実際やって見て成功したことなのですが、田舎のお婆さんが電車線路を横切ろうと、まさに線路に片足をかけた時に、無論そこには電車ばかりでなく自動車自転車や馬車や人力車などが織る様に行違っているのですから、そのお婆さんの頭は十分混乱しているに相違ありません。その片足をかけた刹那に、急行電車か何かが疾風しっぷうの様にやって来てお婆さんから二三間の所まで迫ったと仮定します。その際、お婆さんがそれに気附かないでそのまま線路を横切って了えば何のことはないのですが、誰かが大きな声で「お婆さん危いッ」と怒鳴りでもしようものなら、忽たちまち慌てて了って、そのままつき切ろうか、一度後へ引返そうかと、暫しばらくまごつくに相違ありません。そして、若しその電車が、余り間近い為に急停車も出来なかったとしますと、「お婆さん危いッ」というたった一言が、そのお婆さんに大怪我をさせ、悪くすれば命までも取って了わないとは限りません。先きも申上げました通り、私はある時この方法で一人の田舎者をまんまと殺して了ったことがありますよ。

(T氏はここで一寸言葉を切って、気味悪く笑った)

 この場合危いッ」と声をかけた私は明かに殺人者です。併し誰が私の殺意を疑いましょう。何の恨うらみもない見ず知らずの人間を、ただ殺人の興味の為ばかりに、殺そうとしている男があろうなどと想像する人がありましょうか。それに「危いッ」という注意の言葉は、どんな風に解釈して見たって、好意から出たものしか考えられないのです。表面上では、死者から感謝されこそすれ決して恨まれ理由がないのです。皆さん、何と安全至極な殺人法ではありませんか。

 世の中の人は、悪事は必ず法律に触れ相当の処罰を受けるものだと信じて、愚にも安心し切っています。誰にしたって法律人殺しを見逃そうなどとは想像もしないのです。ところがどうでしょう。今申上げました二つの実例から類推出来る様な少しも法律に触れる気遣いのない殺人法が考えて見ればいくらもあるではありませんか。私はこの事に気附いた時、世の中というものの恐ろしさに戦慄するよりも、そういう罪悪の余地を残して置いて呉れた造物主の余裕を此上もなく愉快に思いました。ほんとうに私はこの発見に狂喜しました。何とすばらしいではありませんか。この方法によりさえすれば、大正の聖代せいだいにこの私丈けは、謂わば斬捨て御免ごめんも同様なのです。

 そこで私はこの種の人殺しによって、あの死に相な退屈をまぎらすことを思いつきました。絶対法律に触れない人殺し、どんなシャーロック・ホームズだって見破ることの出来ない人殺し、ああ何という申分のない眠け醒しでしょう。以来私は三年の間というもの、人を殺す楽しみに耽って、いつの間にかさしもの退屈をすっかり忘れはてていました。皆さん笑ってはいけません。私は戦国時代の豪傑の様に、あの百人斬りを、無論文字通り斬る訳ではありませんけれど、百人の命をとるまでは決して中途でこの殺人を止めないことを、私自身に誓ったのです。

 今から三月ばかり前です、私は丁度九十九人だけ済ませました。そして、あと一人になった時先にも申上げました通り私はその人殺しにも、もう飽きあきしてしまったのですが、それは兎も角、ではその九十九人をどんな風にして殺したか。勿論九十九人のどの人にも少しだって恨みがあった訳ではなく、ただ人知れぬ方法とその結果に興味を持ってやった仕事ですから、私は一度も同じやり方を繰返す様なことはしませんでした。一人殺したあとでは、今度はどんな新工夫でやっつけようかと、それを考えるのが又一つの楽しみだったのです。

 併し、この席で、私のやった九十九の異った殺人法を悉ことごとく御話する暇もありませんし、それに、今夜私がここへ参りましたのは、そんな個々の殺人方法告白する為ではなくて、そうした極悪非道の罪悪を犯してまで、退屈を免れ様とした、そして又、遂にはその罪悪にすら飽きはてて、今度はこの私自身を亡ぼそうとしている、世の常ならぬ私の心持をお話して皆さんの御判断を仰ぎたい為なのですから、その殺人方以については、ほんの二三の実例を申上げるに止めて置き度いと存じます

 この方法発見して間もなくのことでしたが、こんなこともありました。私の近所に一人の按摩あんまがいまして、それが不具などによくあるひどい強情者でした。他人が深切しんせつから色々注意などしてやりますと、却ってそれを逆にとって、目が見えないと思って人を馬鹿にするなそれ位のことはちゃんと俺にだって分っているわいという調子で、必ず相手言葉にさからたことをやるのです。どうして並み並みの強情さではないのです。

 ある日のことでした。私がある大通りを歩いていますと、向うからその強情者の按摩がやって来るのに出逢いました。彼は生意気にも、杖つえを肩に担いで鼻唄を歌いながらヒョッコリヒョッコリと歩いています。丁度その町には昨日から下水工事が始まっていて、往来の片側には深い穴が掘ってありましたが、彼は盲人のことで片側往来止めの立札など見えませんから、何の気もつかず、その穴のすぐ側を呑気そうに歩いているのです。

 それを見ますと、私はふと一つの妙案を思いつきました。そこで、

「やあN君」と按摩の名を呼びかけ、(よく療治を頼んでお互に知り合っていたのです)

「ソラ危いぞ、左へ寄った、左へ寄った」

 と怒鳴りました。それを態わざと少し冗談らしい調子でやったのです。というのは、こういえば、彼は日頃の性質から、きっとからかわれたのだと邪推して、左へはよらないで態と右へ寄るに相違ないと考えたからです。案あんの定じょう彼は、

「エヘヘヘ……。御冗談ばっかり」

 などと声色こわいろめいた口返答をしながら、矢庭やにわに反対の右の方へ二足三足寄ったものですから、忽ち下水工事の穴の中へ片足を踏み込んで、アッという間に一丈もあるその底へと落ち込んで了いました。私はさも驚いた風を装うて穴の縁へ駈けより、

「うまく行ったかしら」と覗いて見ましたが彼はうち所でも悪かったのか、穴の底にぐったりと横よこたわって、穴のまわりに突出ている鋭い石でついたのでしょう。一分刈りの頭に、赤黒い血がタラタラと流れているのです。それから、舌でも噛切ったと見えて、口や鼻からも同じ様に出血しています。顔色はもう蒼白で、唸り声を出す元気さえありません。

 こうして、この按摩は、でもそれから一週間ばかりは虫の息で生きていましたが、遂に絶命して了ったのです。私の計画は見事に成功しました。誰が私を疑いましょう。私はこの按摩を日頃贔屓ひいきにしてよく呼んでいた位で、決して殺人動機になる様な恨みがあった訳ではなく、それに、表面上は右に陥穽おとしあなのあるのを避けさせようとして、「左へよれ、左へよれ」と教えてやった訳なのですから、私の好意を認める人はあっても、その親切らしい言葉の裏に恐るべき殺意がこめられていたと想像する人があろう筈はないのです。

 ああ、何という恐しくも楽しい遊戯だったのでしょう。巧妙なトリックを考え出した時の、恐らく芸術家のそれにも匹敵する、歓喜、そのトリックを実行する時のワクワクした緊張、そして、目的を果した時の云い知れぬ満足、それに又、私の犠牲になった男や女が、殺人者が目の前にいるとも知らず血みどろになって狂い廻る断末魔だんまつまの光景ありさま、最初の間、それらが、どんなにまあ私を有頂天にして呉れたことでしょう。

 ある時はこんな事もありました。それは夏のどんよりと曇った日のことでしたが、私はある郊外文化村とでもいうのでしょう。十軒余りの西洋館がまばらに立並んだ所を歩いていました。そして、丁度その中でも一番立派なコンクリート造りの西洋館の裏手を通りかかった時です。ふと妙なものが私の目に止りました。といいますのは、その時私の鼻先をかすめて勢よく飛んで行った一匹の雀が、その家の屋根から地面へ引張ってあった太い針金に一寸とまると、いきなりはね返された様に下へ落ちて来て、そのまま死んで了ったのです。

 変なこともあるものだと思ってよく見ますと、その針金というのは、西洋館の尖った Permalink | 記事への反応(0) | 22:33

シダ植物

シダ植物、確実に認知してるし、意識圏内に入れば「おっ、シダだ」くらいには思うんだけど、その意識圏内に入ってくることがめっちゃ少ない

コケはわりと意識することがあるんだけど、シダをシダとして意識することが全然ない

目に入ってはいるんだろうけど、スルーしてしま

イチョウとかサクラとかの単種のほうが断然意識に登る回数おおい 

羊歯なんてカッチョいい漢字もあるのに

つか、そもそも定義あんまり覚えてないな

なんか胞子?みたいなので増えて、維管束とかがない?んだっけ? 

普通植物とは一線を画す感じだったことだけぼんやり覚えてる

シダ、好きなんだよな 好きなはずだ

なのに全然意識できなくて、「そもそもこれの総称ってシダで合ってるっけ?」なんてことすら思ってしま

すげーよシダ

ガチャピンの人はもうだめだ。お気に入りから外した

ウマ娘の件でめちゃくちゃねちねちしたいやらしい人格を露呈し馬脚を現したわけじゃなくて

ウマ娘の件までは私が勝手に元ガチャピンの人をまもとだと思っていただけで

私が悪いんだ……もう…楽にしてくれ……




一度この人に対して実はすごい嫌な人なんじゃないかと思ってしまうと無理。

とたんにいろんなコメント違和感を感じるようになってしまった。


ガチャピンの人が変わったのではなく私の見方が変わっただけ。

ガチャピンアイコンだった時に彼の発言問題なく見えていたのはアイコンガチャピンだったからかもしれない。ガチャピンすげー。


とどめは今日のこれ。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/T_akagi/status/1373483114517782536

赤木智弘@おとなブロイラー on Twitter: "アンチフェミクラスタの特徴として「一度批判的に扱った相手を延々とあげつらい続ける」がある 呉座氏や白饅頭氏のさえぼう氏叩きも、その文脈によるのだろう つまり、彼らは「問題理解解決」に重きを置かず、ひたすら自分たちの意に沿わない他者を叩くことで存続するクラスタであると言える"

なんでも俺様以外の何かが悪いと言い張るのは赤木の通常運転だが、このコメントに対しての元ガチャピンの人は

muchonov それでいて「女は陰湿」みたいなこと言ったりするよね。

コメントしていた。これは私の中では無理なやつ。お気に入りから外した。おわり。


今回赤木が言ってるのは御座候みたいな名前歴史研究家が、アンチフェミ代表格の白饅頭と組んで女性フェミ文学研究者にねちねちと嫌味を言い続けていた話。御座候が論外なのは言うまでもない。だが、今はてブで見かけるのは、御座候をたたくために同じことをやってるフェミたちの姿。togetter過去発言を逐一晒し上げ、女性フェミ文学研究者陛下カワカミプリンセスに逐一twitterでチクリをしている人たちがいて、それをいちいちはてなブックマークしてる人たち。

気持ち悪。


よってたかってチクリ行為をやってることをとがめられた人のセリフこち

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/muimi/status/1373513042072272898

呉座さんを批判したら「さえぼうのお仲間」になるんですね。おかしいことをおかしいと言っているだけですが。鍵アカの内容が漏れたことには同情しますが、そもそも揶揄悪口を言っていなければこうはならなかったんじゃないですか

さら調子に乗って、その周辺の人間まで叩きに行く人間。その中にはとても下品言葉遣いをしている人がいるのだが誰も咎めない。

御座候や白饅頭と同じくらい気持ち悪い。普段あれだけ倫理高そうな顔をしておいて、標的が見つかるとあっさりと同じレベルに堕ちる。浅ましい。

立場が変わって自分たちが有利な立場になったとたん御座候や白饅頭と同じことを言い出す輩。キモイキモイキモイ


御座候は論外としておフェミ様がやってることも問題だろうという姿勢を示しているのは池内恵先生と北守先生だけ。この二人だけ御座候批判しつつ同様にフェミ側も批判してる。


ガチャピンの人はこれらのはてブ欄にも数々顔を出し、リンチみたいな状況になっているのを目にしているはずなのに、フェミたちが

「一度批判的に扱った相手を延々とあげつらい続ける」がある

をやっていることについては無視して、アンチフェミだけのことをあげつらっている。

無理。こうなるとただのフェミ党派性に偏った凡百なおじさんでしかない。見る価値がない。

小人病の話題ではちゃんソース示してしゃべってたのにな。

ガチャピンの人が間違ってるだとか否定したいとまでは言わないけど

フェミっぽいことをいう普通のおじさんなだけなら見る価値がない。

視界に入ると気持ちいかお気に入り外して非表示にしておく。

2021-03-03

フェミ攻撃されたと感じるオタクとそうでないオタクがいる理由

https://anond.hatelabo.jp/20210303072950

横だけど解説するね。

あなた感覚全然間違ってないし、元増田もおそらく嘘をついてるわけじゃない

ではなぜ同じオタクでもこのかん感覚違いが生まれるかというと、

フェミいじめリンチは必ず集団で一点集中的に行われるからだよ。

ターゲットを見つけたら、まず上流フェミが号令をかける。

犬笛みたいな感じで「こいつは叩いて良い」とほのめかす。

その号令をうけて、下流フェミがわっと群がる。

号令をかけた上流フェミは犬笛を吹いたくらいでそんなにとがめられるような発言をしてないんだけど

号令を受けてる下流フェミは犬笛で理性を飛ばされてるから

バーサーカーのようにどぎつい言葉でそのターゲットタコ殴りにする。

こういう光景は時々見かけるかな。

ホッテントリさえ見ていなければこういうフェミ活動はあまり目に入らない

元増田は、フェミ全体がオタク全体を攻撃してるみたいに認識してるようだけどそれは違う。

フェミ全体がオタク全体を攻撃してるわけじゃなくて

オタクの中の特定ターゲットを狙い撃ちにしてるフェミ集団がいるってのが正しい。

から被害にあってなければ「そんなやついたっけ?」って感じになる。


この手のフェミ集団巨乳話題に群がりやすい印象はあるけど

実際はもっと単純で、「広告」や「企業タイアップ関係萌え巨乳を見かけたり

オタク系のニュースが盛り上がると条件反射的にたたく、くらいの単純な思考だと思う。

最近で言うとウマ娘ターゲットになってるね。

確固とした信念や目的があってやってるわけではなさそう。

なので、かなりの部分は元増田被害妄想だと思うんだよね。

からあなたはそのターゲットおよびそこに隣接してない限りは安全だよ。

フェミっぽい文脈であれば差別的発言とがめられずにまかり通ってるのだけは事実だと思う

ただ、元増田の指摘で一つだけうなづけるところはある。

それは、フェミっぽい文脈であれば

差別的発言をしたり、男嫌いオタク嫌いを堂々と表現しても全然とがめられないどころかそれを賞賛する人が出てくるということ。

これははてなブックマークで時々見かけるし、実際に見ても嫌な気持ちになるね。

詳しくは知らないんだけど、多分最初からこうじゃなかったはず。

ただ、フェミっぽい発言をしたり怒りや嫌いという感情をあおる発言をするといいねスターがつけられて、

より過激発言をするともっと多く反応がもらえるっていう悪循環が続いて

どんどん過激化する人が増えてきちゃったって気がする。


あなたが今までフェミ被害を受けたと感じないのであれば、そのままでいいと思う

下手に近づくといがみ合いに巻き込まれから、これから純真無垢なままであってほしい。

からフェミっぽい話題からは遠ざかっていればいいと思う。

フェミっぽい話題ホッテントリに上がってたらそれを見ないようにすればいい。

フェミっぽい人のいってることがどれだけ正しかろうが、言葉汚く人をののしってる人たちなんか見たくないでしょ。

どう言いつくろおうが、フェミっぽい人たちが言葉が汚くて差別的発言が多いのは事実なので、みていて嫌な気持ちになるもんね。

こういう話題を見たらちかづかないようにするだけでいい。

そうやってフェミっぽい人たちがどんどん人望をなくして下火になっていくのをただ眺めていればいい。

2021-03-02

なんで女性が「てめーぶっ殺す」と言ってもおとがめしなの

男性一言でも「お前を今から刺し殺す」って言ったら逮捕されんの?

おかしくない?

anond:20210302145934

韓国フェミには賛同はしかねるけど、韓国フェミは主張が一貫してるから理解ができる。

日本フェミ上野千鶴子あたりからゆがみまくって、言ってることがめちゃくちゃ。

から韓国の「右に倣え」になるかって言われたら信用できないんだよね。

日本で(スキャンダルを起こしたわけではない)男性アイドルBLが叩かれる日はこないと思うわ。

2021-02-19

anond:20210219213919

多分増田文化資本という概念理解してないな

言ってることがめちゃくちゃ

まあ文化資本がないんだろう

ドンマイ

与える気はないので自分で調べてくれ

2021-02-18

恋愛禁止の落とし所はどこにある?

高木紗友希さんが脱退してしまった。

こういうことが起きた時に考えるのは本当にアイドル恋愛してはいけないのか問題

はいい歳したおっさんなので若い子には全員幸せになって欲しいと思う。

なので恋愛に関してはむしろ全員がしていても良いと思うし、結婚してもそのままアイドルを続けられる世界を望んでいる。

しかし実際に多額のお金を落とすファンは疑似恋愛ガチ恋が多いのも知っている。

ビジネスとしてはその層をターゲットにせざるを得ないのでアイドル恋愛に対しては運営は厳しい対処をとるという構図になる。

こんなことは誰もがわかっているところであるが、それでも、この時代にここまで人権無視ビジネス放置されているのはいかがなものかと思っている。

「疑似恋愛で儲けているんだから当然だろ」とはファン言い草であるが、運営としては個人プライベートまでをサービスとして提供しているわけではないのだからプライベートまで清廉潔白を求めるのは客としては寧ろ横暴と言えるだろう。

とはいえこの辺りは感情的ものであるから頭ではわかっていても、プライベートでめちゃくちゃセックスしてるというのはやはり堪えるものがあるのはわからんでもない。

個人的にはアイドル達の人権ビジネス的な部分を鑑みて「3年間は恋愛禁止」といったあたりが落とし所で良いのではと思っている。

3年くらいなら恋愛我慢するのもギリギリ耐えられる気がする。それ以降の恋愛運営としておとがめなし、人気が落ちるデメリットを鑑みて恋愛してね、くらいが良いのではないかと。

ガチ恋勢はデビュー3年以内のアイドル推してれば安心なわけで。

こういったアイドル恋愛禁止事情について、そろそろ人権問題として取り上げて、落とし所を探し始めても良いのではないでしょうかね。

2021-02-16

リコール問題

そもそも少女像を展示したり天皇写真を焼いたりしたほうが悪いのに

なんでそっちはおとがめ無しなんだ?

2021-02-12

食欲がなくてドーナツしか食べられない

食べることがめちゃくちゃ大好きなのに不調で食欲がゼロになり、昨日からドーナツ二つしか食べてない。

こんな時何食べたらいいんだろう。

うどんとかお粥とか身体が受け付ける気がしなくて作るエネルギーも湧かない。

柔らかくて甘くてカロリーのあるドーナツは最高だ。🍩

2021-02-10

anond:20210210113231

そんなことはない

休日ファミレスドリンクバーに行ったワイ

幼い三人兄弟と遭遇する

長男の5歳児が推定4歳長女と3歳次男ドリンクバーの使い方を教えようと手本を見せていた

下の二人はプラスチックの小さいコップ持って待機

液晶操作に慣れきった長男ボタン式のドリンクバーに苦戦、なかなかボタン場所が分からない、出ない

頑張れ、頑張れと念を送る妹弟は真剣な目をしていた

なんとかボタン押してじゃーっとジュースをいれる長男は群れのリーダー、上に立つ者の顔をしていたぞ

勝手ジュースとったって世話当番らしき父親とがめてたけど、あの群れのリーダー長男だったね

人生の先輩はこうあるべきだと一人代表して怒られていたのも長男だった

立派だった

2021-02-04

自炊をして三食食べないならすぐにやめた方がいい

一人暮らし自炊モチベの主な動機節約とかだと思うが、

節約動機人間自炊生活をすると、自分の食欲に合わせて料理をするのではなく

自分料理をする気力に自分の食欲を合わせてしまう。

料理するのがめんどくさいが食べることがめんどくさいに直結してしま

一日一食とかになり、思考や行動がエネルギーを極力消費しないようにする方向に最適化されてしま

本人は食費も抑えられて太らないかラッキーぐらいにしか思っていないかもしれないが、知らず知らずのうちにその人のパフォーマンスは劇下がりしている

とりあえず三食を食うことを根本的な目的として、その中でやる気が出たら自炊を織り交ぜていけばいいと思う。

新見南吉「おぢいさんのランプ自動車

 菜の花ばたの、あたたかい月夜であった。どこかの村で春祭の支度したくに打つ太鼓がとほとほと聞えて来た。

 巳之助は道を通ってゆかなかった。みぞの中を鼬いたちのように身をかがめて走ったり、藪やぶの中を捨犬のようにかきわけたりしていった。他人に見られたくないとき、人はこうするものだ。

 区長さんの家には長い間やっかいになっていたので、よくその様子はわかっていた。火をつけるにいちばん都合のよいのは藁屋根わらやねの牛小屋であることは、もう家を出るときから考えていた。

 母屋おもやはもうひっそり寝しずまっていた。牛小屋もしずかだった。しずかだといって、牛は眠っているかめざめているかわかったもんじゃない。牛は起きていても寝ていてもしずかなものからもっとも牛が眼めをさましていたって、火をつけるにはいっこうさしつかえないわけだけれども。

 巳之助はマッチのかわりに、マッチがまだなかったじぶん使われていた火ひ打うちの道具を持って来た。家を出るとき、かまどのあたりでマッチを探さがしたが、どうしたわけかなかなか見つからないので、手にあたったのをさいわい、火打の道具を持って来たのだった。

 巳之助は火打で火を切りはじめた。火花は飛んだが、ほくちがしめっているのか、ちっとも燃えあがらないのであった。巳之助は火打というものは、あまり便利なものではないと思った。火が出ないくせにカチカチと大きな音ばかりして、これでは寝ている人が眼をさましてしまうのである

「ちえッ」と巳之助は舌打ちしていった。「マッチを持って来りゃよかった。こげな火打みてえな古くせえもなア、いざというとき間にあわねえだなア」

 そういってしまって巳之助は、ふと自分言葉をききとがめた。

「古くせえもなア、いざというとき間にあわねえ、……古くせえもなア間にあわねえ……」

 ちょうど月が出て空が明かるくなるように、巳之助の頭がこの言葉きっかけにして明かるく晴れて来た。

 巳之助は、今になって、自分のまちがっていたことがはっきりとわかった。――ガソリン車はもはや古い道具になったのであるEVという新しいいっそう便利な道具の世の中になったのである。それだけ世の中がひらけたのである文明開化が進んだのである。巳之助もまた日本お国人間なら、日本がこれだけ進んだことを喜んでいいはずなのだ。古い自分のしょうばいが失われるからとて、世の中の進むのにじゃましようとしたり、何の怨みもない人を怨んで火をつけようとしたのは、男として何という見苦しいざまであったことか。世の中が進んで、古いしょうばいがいらなくなれば、男らしく、すっぱりそのしょうばいは棄すてて、世の中のためになる新しいしょうばいにかわろうじゃないか。――

 巳之助はすぐ家へとってかえした。

 そしてそれからどうしたか

 寝ているおかみさんを起して、今家にあるすべてのガソリン車に石油をつがせた。

 おかみさんは、こんな夜更よふけに何をするつもりか巳之助にきいたが、巳之助は自分がこれからしようとしていることをきかせれば、おかみさんが止めるにきまっているので、黙っていた。

 ガソリン車は大小さまざまのがみなで五十ぐらいあった。それにみな石油をついだ。そしていつもあきないに出るときと同じように、車にそれらのガソリン車をつるして、外に出た。こんどはマッチを忘れずに持って。

 道が西の峠とうげにさしかかるあたりに、半田池はんだいけという大きな池がある。春のことでいっぱいたたえた水が、月の下で銀盤のようにけぶり光っていた。池の岸にははんの木や柳が、水の中をのぞくようなかっこうで立っていた。

 巳之助は人気ひとけのないここを選んで来た。

 さて巳之助はどうするというのだろう。

 巳之助はガソリン車に火をともした。一つともしては、それを池のふちの木の枝に吊した。小さいのも大きいのも、とりまぜて、木にいっぱい吊した。一本の木で吊しきれないと、そのとなりの木に吊した。こうしてとうとうみんなのガソリン車を三本の木に吊した。

 風のない夜で、ガソリン車は一つ一つがしずかにまじろがず、燃え、あたりは昼のように明かるくなった。あかりをしたって寄って来た魚が、水の中にきらりきらりナイフのように光った。

「わしの、しょうばいのやめ方はこれだ」

と巳之助は一人でいった。しかし立去りかねて、ながいあいだ両手を垂たれたままガソリン車の鈴なりになった木を見つめていた。

 ガソリン車、ガソリン車、なつかしいガソリン車。ながの年月なじんで来たガソリン車。

「わしの、しょうばいのやめ方はこれだ」

 それから巳之助は池のこちら側の往還おうかんに来た。まだガソリン車は、向こう側の岸の上にみなともっていた。五十いくつがみなともっていた。そして水の上にも五十いくつの、さかさまのガソリン車がともっていた。立ちどまって巳之助は、そこでもながく見つめていた。

 ガソリン車、ガソリン車、なつかしいガソリン車。

 やがて巳之助はかがんで、足もとから石ころを一つ拾った。そして、いちばん大きくともっているガソリン車に狙ねらいをさだめて、力いっぱい投げた。パリーンと音がして、大きい火がひとつ消えた。

「お前たちの時世じせいはすぎた。世の中は進んだ」

と巳之助はいった。そしてまた一つ石ころを拾った。二番目に大きかったガソリン車が、パリーンと鳴って消えた。

「世の中は進んだ。電気の時世になった」

 三番目のガソリン車を割ったとき、巳之助はなぜか涙がうかんで来て、もうガソリン車に狙ねらいを定めることができなかった。

2021-01-30

40歳越えて、休日アマプラNetflix等でアニメ見だした。

20代の頃、心の中で小バカにしてた。漫画アニメ時間を費やしている人達を。

時間無駄。」

その頃は自己啓発本を読むこと、セミナーに通うこと、運動瞑想等に時間を使っていた。

40代になって、そういうことに意味を見出せなくなった。成長も感じられない。

いろんなことがめんどくさくなった。

アニメを見るようになった。だからオタクのようにハマっていたり、面白いと感じているわけではない。多少は面白いと思うけど。

今は進撃の巨人を一話から見ている。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん