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2018-03-02

とある社員に何か指摘されると涙が出るようになった

当方新入社員

ここ最近3ヶ月ほどで漸く本配属が決まった

同じチームに1人、中年くらいの男性社員がいるのだが、最近その人に何か注意される度に涙が出るようになってしまっているのだ

きっかけとしてはつい1ヶ月ほど前、その人にひどく叱られたことに起因する。その人はベテランであり、至極真っ当なことは言っていた。けれど、言い方がなんというか、キツイかったのだ。人格攻撃はしてこないのだが、口調も責め立てるような形で。

その人が怒り終わった後、私も傍にいた先輩も泣いてしまい、思わず休憩室に行った程だ。

その後そのことが上席にも知れ渡り、その人は態度について注意を受けたらしい。

私もまた、上席に話す機会を頂いた。

上席曰く、その社員は昔から仕事は出来るが態度に問題があるらしい。どれくらいかというと

派遣会社の人と揉めて2週間で辞めさせた(派遣会社に謝る事態になったらしい)

・機嫌に左右される 機嫌が悪いと他の社員に当たってしまう また人によっても態度を変える

・これまでも人間関係トラブルを起こし、前の部署の上席や自分も再三注意している

退職者への送別品など、チームでカンパするものも1人「払わない主義から」という理由をつけて払わない

個人情報を扱う職場のため携帯使用禁止なのだが平気で使う

新人OJTをしていた時、あまり物言いがキツくて見かねた教育チームからOJT変更の申し出があった

との話だった。

それでも、仕事ができるから…という事である意味大目に見られているらしい。注意をしてもあんまり直らないそうで、上席も「直ってくれないかなあ…」とぼやいていた。全くである

さて、その後その人が態度が改まったかというと勿論そんなことがなかった。

その結果、最近では呼ばれる度に身構え、何か些細なことでも言われてしまうと涙ぐむようやってしまった。

最初の叱責で完全に恐怖心を植え付けられてしまったのである。早い話がトラウマ(笑)になってしまったらしい

先日も、その人が参加するMTGを仕切ることなったのだが、案の定そこそこに言われ、終わった後緊張の糸書かれた後もあってまた泣いてしまった

今日も、注意された内容で一部疑問があったので聞いて見たところ「せっかく教えてやってるのに、その態度は失礼だ!」と言われた

個人的に、メンタル弱いマンで基本八方美人、人を怒らせないように気を遣っていたので態度を褒められることはあっても失礼と言われたのは初めてなので驚いた 自分は寧ろ貴方に失礼な態度以外とられたようなことがない気がする 挨拶しても帰ってきた来ないし

ADHDで元々心療内科に通っていたのだが、ちょうどその人にひどく怒られた日と通院日が被っており、その余波で先生の前でも涙が止まらなくなり、心配させてしまった。

「その人の前だと涙止まんなくなって普通に業務支障出るんすけどどうしたらいいですかね」

相談すると、

「その人の前で涙が止まらないのはちょっとあれですね…なら不安を抑える薬、少量ですがお出ししましょうか?」

デパスという向精神薬を貰った。

次の日、早速ちょっとその人と関わる会議の前とか、怒られた後に飲んでみると結構落ち着いた。ADHDの薬飲んだ時も思ったけどく、薬ってスゲー!

はいえ、その人と関わるのに薬が必要状態って、健康じゃないよなあとも思うのだが。でも飲まないと多分涙が止まらなくなってしまうのだ。

ADHDからそもそも会社生活もその中の対人関係普通より困難だとは思っていて、理不尽さを覚えつつも頑張ろうとは思っていた。

けれと、些細なことで叱責される度にADHDじゃなければこんなことにはならなかったのかなあ、と思わざるを得ないのである

はいえ、デパスってそんなずっと飲めるもんじゃなみたいだし、涙が止まる良い方法何かないものか 薬以外で

それとも、涙が止まらないことって社会人として普通なことなのだろうか

2018-02-28

中学受験で得たものがわからない

中学受験で得たものがわからない。

中学受験を始めたのは小3のあたりだった。年の離れた兄は少し障害を持っていて、母親自分勉強面での希望を託したのかもしれない。模試のようなものを受けて、塾の方から此方に「塾に通いませんか」という連絡が来て、その塾に入った。

親に言われるがままの勉強だったので、最低限のことしかしなかった。親の見ているところでは勉強をして、影でこっそり漫画を読んだりネットをして遊んでいた。多分小学生にしては頭が良い方だったのか、見せかけの努力でも、そこそこの偏差値の高い中高一貫校に入ることができた。

でも、そこから地獄だった。

何も目的がない、勉強に対する欲もない。

自分にとってとりあえずのゴールが中学受験合格だったので、そのゴールに到達してしまった自分には、夢も、進学の目標も、何もなかったし、親の呪縛から解放されて、自由になったと思い、遊び呆けるようになった。

中高一貫校には、当たり前だが自分と同じような学力のやつがわんさかいた。公立小学校で一番頭のよかった自分でも、努力をしないのだから、勿論学校内で落ちぶれた。

母親はそんな自分裏切り者といった。

高い教育費が、無駄になったといった。

留年こそしなかったが、それギリギリでどうにかやり過ごしている自分母親に恥ずかしいと罵られた。

極真っ当な意見だが、こちらとしては、「お前が望んだこと」をやって、やっと自由になったのに、まだとやかく言われるのか、という感情だった。

生憎自分は実技方面で一応の能力を持っているようで、そっちに進路を決めたが、母親釈然としない様子だった。高い偏差値大学に行くことを望んでいた、公務員母親にとって、自分は本当に理解しがたい存在らしい。

中学受験で得たものは本当に何もないと思っている。母親にお前も不良品かと罵られるだけだった。

小学生で、本当に自分から中高一貫校への進学を望む奴などいるのだろうか。

2018-01-23

anond:20180123222552

極真」の名前を出している以上、ライバル企業誹謗中傷可能性もあるからね?

他にも格闘技団体なら、いろいろあるでしょ?

2018-01-22

極真空手に対する冒涜!?

口で言っても分からない奴には、「体で教える」しかない。

この増田事実なら、極真どころか空手名誉にかかわる事態と言わざるを得ない。

残念ながら事実なら、性根の腐ったDV男(空手2級w)には、鉄拳制裁を下すしかない。(名目上は組手、スパーリングで)

 

漢なら、自分より弱い者をいじめるのではなく、自分より強い者にこそ挑まなければいけない。

女子どもに手を出す男は、空手家を名乗る資格がない。

 

大山倍達 名言

http://qq572vyd.wixsite.com/kyokushintodakukou/blank-4

「男は骨だ!肉を支える心棒だよ。女は肉だよ、骨を包む温かい真綿だ」

権力にこびることなく 暴力に屈することなく 常に弱者の味方である。」

 

大山倍達 強く生きる言葉

https://www.amazon.co.jp/dp/4880862657/

anond:20180122115346

極真って泥仕合イメージだよ。

頭部へのパンチがないから、基本的にお互いの手が届く距離に立ち会って拳で打ち合う。

そりゃ、頭部へ蹴りが決まれば一撃で終わることもないけど、ほとんどないぜ。

anond:20180121152257

他の武道に比べると極真は野蛮なイメージがある。極真の道の精神関係者を頼るのはうまくいかない気がする。法律を盾にすることを考えたほうが良いと思う。踏み出して失敗してもそこでやめないで、ちゃんとあがききってほしい。あなた自身子どもを守れるのはあなたしかいない。守ってやってください。

まともな極真道場があるのは知ってる。まともじゃないところも多いよ。極真のひとごめんね。

2018-01-21

極真空手二級の夫から受ける暴力について

自分メモ

極真空手をしている夫の暴力が酷い。

今日は右膝を思いっきり蹴られてアザができ、足の甲にも傷ができた。歩く事も辛い。

正当防衛で、夫の腕に爪をたてたら、更にボコられた。

夫いわく「本気で蹴ってない!本気でやったらお前死んでるわ!」と、よく分からない『俺は強い』自慢をされた。

たまに5歳の娘に対しても暴力を振るう。過去に娘は蹴飛ばされた事がある。

投げ飛ばされた先に四角い棚があり、耳を強打して内出血した事もあった。

夫は、大手外資系コンサルファーム勤務で、コンサル仕事をしている。

警察に訴えても、私が負けるような理由を作るのなんて簡単にできるだろう。

コンサルの得意分野だ。

夫はADHDの気もあり、話が通じない、人の気持ちが分からない。

夫と言い争いになると、私を見下した物言いで、コンサル業務ありがちな専門用語や、まるで一つの案件をまとめているような話し方で攻撃されている。

私はどうしたらいいんだろう。

幼い子供が二人いるので、子供連れて逃げられるかな?

だれか助けて。

追記

2018/01/21日曜日

大阪河内地域出身の夫が、子供達の喧嘩に対して汚い方言で怒鳴り散らしている。特に5歳の娘に対しては、壁を思いっきり叩きながら威圧している。キレるといつもこう。

ちなみに、過去に上の子を蹴飛ばして、子供が吹っ飛んで負傷した時に止めに入った私へ言った言葉は「手加減したけど、飛んでいっただけ。」だ。

夫は虚言癖と記憶改ざんが多く、事実自分の都合の良いように記憶がすり替わっている。一種脳障害。だから事実に対しての話し合いが困難。

追記2

2018/01/21日曜日

ドラマ関西人チンピラが巻き舌で相手を脅す喋り方…夫がキレた時がまさにそれ。

私、明日生きてるのかな。脚動くかな。攻撃されてから時間経過した今脚見たら、立派にアザが濃くなっていた。

もし夫が通う極真支部長に夫から受けた暴力相談しても、信じてくれなさそう。夫は普段、温厚な人だから。。。

疲れた。。。

追記3

2018/01/21日曜日

しかける夫を無視していたら「いちいち一つの事にこだわって無視して感情的に怒ってるって、お前はおかしい。これはこれ。もう済んだ事引きずってんなよ。これだからバカなんや。」と、暴言が続いた。

身体も心も傷つけられて、何事もなかったように明るく夫の相手ができない私はバカなのか?

私は「じゃあ身内が殺されたら、事件あなた犯人普通に話せるの?」と聞くと、「それは話を飛躍しすぎだろ」って。

例え話も通じない。

追記4

2018/01/22月曜日

何事もなかったかのように、夫が話しかけてくる。そして私に「長女が不安定になっているんやけど?」と、さも私に原因があるように言い放ってきた。

夫が昨日、5歳の長女に対して暴言暴力ふるった事は無かった事になっている。

しろ暴言暴力をふるった意識が全くない状態

もし警察に届け出たとしても、この虚言がつきまとうので、解決しないかもしれない。

人の事を散々傷つけた夫の中で、昨日の傷害沙汰は「もう済んだ事。はい、終わり。」なのだ

いつもそう。

追記5

2018/01/22月曜日

夫と喧嘩になった時、私が家を飛び出そうとしても、力づくで引っ張られて叩き落とされるため、脱出できません。

空手をやっているだけあり、圧倒的に力が強すぎて喧嘩中は外部に逃げられない

とりあえず、昨日負傷した脚を写真に撮っておく。変色してるわ、見事に。

追記6

2018/01/22月曜日

夫に黙って、整形外科に行った。

問診票に症状や痛い箇所を記入した。

そして診察時、担当医に「夫に蹴られました。」と言った。

医師からは「そう。どこが痛い?曲げると痛いのか。」。

問診後に衣類の上から簡単な触診があったので、次にアザや傷の確認があると思っていたが、医師が私の蹴られた箇所を目で直接見確認する事はなかった。脚を出した方がいいか医師に聞くと、「いや、いい。レントゲン撮るから。」とだけ言った。

レントゲンの結果、ヒビや骨折は無かった。医師から「打撲だね。湿布と痛み止めの飲み薬出しておきますはい、終わり。」と言われ、病院を後にした。

夫に蹴られて痛みがある事を伝えても、アザの状態なんて、いちいち確認しないものなのか。

どのように蹴られたか、なんて質問も一切なかった

妻が夫に蹴られて打撲する事なんて、普通なのかな。

結局、問診とレントゲンだけで診察は終わった。

次は調剤薬局

処方してもらい、薬剤師から「転んだんですか?」と聞かれたので、「家族に蹴られました。」と答えた。薬剤師は、「はははは、そうですかー。」と言って、薬の説明を始めた。

医師薬剤師も、私のこの脚を見たら、どう思うだろう。この何度も蹴られた、色濃く散らばるアザを見ても、何とも思わないままなのだろうか。骨にヒビや骨折、脚が全く動かない限り、大したことないものとされるのか。

身内に蹴られた打撲って、こんな軽い扱いになるんだ。知らなかった。

医師薬剤師ですら、こういった対応なのだ

警察DV相談窓口に連絡したとしても、「ただの夫婦喧嘩」扱いとなり、相手にされないだろう。

きっと1日に何十件もDV被害相談はあるだろう。私が夫に攻撃される事なんて、緊急性の低い面倒な案件扱いにされそうで連絡できない。してはいけない。

子供との無理心中を悩む親の気持ち、大切な家族を守る為に加害者である身内を殺めるしかないと思った人の気持ちって、今の私みたいに頭がおかしくなる位に苦しんだんだろうな。

そして夜。

夫は何事もないように、普通に私へ接してくる。

から暴力を受けた私も、何事もなかったように夫に接しなければいけない。

ひきずると、逆ギレされるから

子供達に見せたくない。

疲れた疲れた

私は、なんで生きてるんだろう。

子供達へ。産んでごめんね。

義両親へ。あなた達の息子が、まさか嫁や孫に暴力を振るっているなんて事実、言っても信じないでしょう。あなた達の前では、優しくて優秀な一千万プレーヤーの自慢できる息子だから

整形外科先生へ。お忙しい中、打撲程度で診察をお願いしてしまい、申し訳ございませんでした。空手をしている人間からの蹴りなので、脚が大丈夫なのか不安でした。先生が直接脚を見ない診察に対し、蹴られたぐらいで病院へ行くべきではなかったと反省しております

どういう状態なら、病院に行っても良かったのだろうか。

涙が止まらない。

脚が痛い。

追記7

2018/01/23火曜日

から夫が大声をあげて私を威嚇してくる。

子供達の前だったけど、私は涙が止まらず、激しい動悸と手の震えが止まらなくなった。子供たちが不安に「大丈夫?」と、声をかけてくれる。

夫の威嚇と汚い言葉は、数分後に全て無かったことにされた。そして怒鳴る原因は全て私のせいらしい。

そんなに私が不快なら、私は死ねいいんじゃないの?

しかし、死ぬ事を許さない。

以前から何度も、夫の攻撃で頭が回らなくなり、自傷行為をした事がある。夫の目の前で。その度に夫から「お前頭おかしわ!」と、言われ続けた。

あくまで、私の自傷行為の原因が夫にらある事にしたくないらしい。単に私がバカで心が弱いから、『私自身に原因があり、勝手自傷行為をしているだけ。』という扱いだ。

夫が原因で私が自殺する事は、絶対避けたいようだ。法的に不利になる事だけは避けたい人間だ。

誰にも助けが求められず、生きることが辛いなら、自分が消えるしか道がない。選択肢がないのだから

人の気持ちが分からない夫は、なぜ私が思い詰めるのか全く理解できないでいる。

本人いわく「僕は論理的思考から相手感情なんていちいち見ない。そんなもの見ていたら先に進まない。」。

しかし、夫自身気持ちが害されると、相手攻撃する。

私の夫は、そういう人です。

モンスターは多分ずっとモンスターから

多くの人には関係のない話。

色んな界隈で節操のない愚痴アカの流れ弾を受けている人が多くて心配になる。色んなと書いたが主に若手俳優アイドルかな。

ここで話しているのは、鍵をかけていたり検索に引っ掛からないように理性を持って行き場のない思いを共有する優しい愚痴アカではなく、明らかに行きすぎた、人を傷つける目的愚痴アカの事です。

相手モンスターなんです。話が通じないんです。そんなことを目にしたら傷つくとか悲しむとか至極真っ当な意見なんて通じないんです。何ならそれが目的なんです。傷つくとか悲しむなんて言葉じゃおさまりきらない刃物のような言葉を振り回す人もいますし。

きっとみんな、心のどこかで人の良心を信じているから諭すような事を言ったりするけど、そういうの全く通じない人っているんです。中高生ならともかく20代以上なら後悔とか反省なんてする日がくるのかもわかりませんよ。何ならストレス解消くらいの感覚で人を傷つけるようなことつぶやき続けますよ。それで半年後くらいにはそんなことしてたのも忘れてその辺でパフェでも食ってますよ。

からそういうものを目にしてあなた疲れたり怒ったりする必要ないです。とりあえずしばらくは検索なんてやめて過激なことをいちいちRTしてくるような人はブロックもしくはミュートしてモンスターなんかいない綺麗な場所で過ごしてください。

そしてあなた楽しいことをたくさんつぶやいてくれたらその界隈は本当の意味で綺麗なお花畑がまたできるのではないかと思うんです。

身近な人が疲弊していてつらかったので、何でもない普通の事だけど書いてみました。

2018-01-20

主人公が嫌いだ

諸君、私は主人公が嫌いだ。

綺麗事を真顔で言う主人公が嫌いだ。

汚い手段を綺麗な顔をして使う主人公が嫌いだ。

極真っ当な正論を放つ主人公が嫌いだ。

現実的に動く仲間を批判し夢を語る主人公が嫌いだ。

夢を語る仲間を批判現実を見る主人公が嫌いだ。

その発言内容の如何に関わらず最終的に正解になる主人公が嫌いだ。

主人公は正解を話しているのではない。主人公の話したことが正解になるのだ。

2017-10-20

anond:20171020005831

極真っ当な考え方だと思う。不法滞在正当化するために同性婚を認めてほしいというのは筋違い

2017-09-30

保毛尾田保毛男をワンピースとかと比べるのは違うと思う

ありゃ子供のやる「戦争ギャグ」とかと同じレベルで「不謹慎から面白い」みたいなところだろう。戦争は遠いか葬式コントみたいな感じ。

実際子供が見て「おっさんが変なメイクしてる」って面白いと思う。

ワンピースは至極真面目にしています

まぁ復活して文句言われるのは仕方ないw

2017-09-23

[] #37-2「同じアホなら」

俺はカン先輩に頼まれて、夏祭りの会場で綿菓子売りの手伝いをしていた。

カン先輩は人格者とは言えないが、俺に労働イロハを教えてくれた人だ。

多少の恩義は感じているので断れない。

何より、そんな先輩から「ウマい話がある」と言われれば尚更だ。

はい、お釣りね。お買い上げ、ありがとうな~」

「『おおきに』じゃなくて、『ありがとう』なんですね」

「マスダよー、つまらん粗探しやめろや。本場でコテコテな喋りするのは少数なんやから

カン先輩は持ち前の愛嬌で売り子として、俺は綿菓子を作ることに専念していた。

ラメを綿菓子機の真ん中に設置された釜に入れる。

綿が出始たら、濡らした割りばしをタライの中でクルクル一定リズムで回して絡ませる。

ある程度の大きさになったら、ソレを袋に突っ込む。

多少コツはいものの、すぐに慣れる簡単作業だ。

せいぜい気をつけるべきことは、ほんのりと漂う甘ったるい匂いに頭をやられないようにする位である


作業に慣れ、脳の思考リソースに余裕が出来る。

俺はそれを埋めるように、カン先輩に疑問を投げかけた。

カン先輩、なんで綿菓子がこんなに高いんですか。これ材料砂糖だけでしょ」

それに出来たての方が美味いのに、わざわざ袋に入れて時間のおいたもの提供するってのも奇妙な話だ。

そんなものに高い金を出して買う奴らがいるのも理解に苦しむが。

「チッチッチ、甘いなマスダ。綿菓子より甘い。お前そーいうとこやぞ、ホンマ」

「どういうことです?」

物事は、必ずしも本質ばかりに目を向けていて解決できるものじゃないんや」

抽象的な物言いで何か大層なことを言っているように見せる。

カン先輩お得意のやり口だ。

材料の原価だけで推し量ってはいけないと?」

「この綿菓子を入れる袋に秘密があるんや」

自信満々に袋を差し出されて、俺はとりあえず念入りに触ってみる。

感触からし普通の袋だとしか思えないが。

他に何か特別理由があるのだろうか。

「目ン玉ついとんのか。この絵や」

俺の薄い反応にカン先輩は苛立ち、袋に描かれた絵を指差す。

アニメキャラクタープリントされており、確か『ヴァリアブルオリジナル』の登場人物だと思う。

「つまり、この袋が高いってことや」

たぶん、それを踏まえてなお割高だと思うのだが、俺はひとまず納得して見せた。

「なるほど。プリントの特注、そしてキャラ使用料というわけですね」

「そ、そうやな。後は綿菓子機のレンタル代とか、ショバ代とか……」

カン先輩の目が泳ぐ。

どうやら、どこかの過程でチョロまかしているらしい。

これは深く切り込んだら面倒くさい案件だな。


周りの出店を眺めてみる。

子供の頃は気づかなかったのか、それともここ数年で様変わりしたのか、阿漕商売ばかりが目につく。

何だかすごくグレーなことをやっているような印象が」

俺にとっては至極真っ当な疑問だったが、カン先輩にとっては愚問であった。

やれやれと、溜め息を大げさ気味に吐いてみせた。

「マスダ。こういう所で楽しんでいる客はな、“積極的に騙されている”んや」

積極的に騙されている?」

何とも奇妙な表現である

「そうそう。夢と希望の国みたいなもんや。愛くるしいキャラたちは実際には着ぐるみで、その中では愛くるしくない人間が汗水たらしとんねん」

「俺もガキじゃないんですから、それ位は分かってますよ」

「そうや。タネが分かってても楽しめるってことが言いたいねん」

「それは、気持ち問題でしょ」

「分かっとるやないけ。つまりはそういうことや。夢と希望なんてもんはな、見たい人間が見れるようにできとんねん」

先輩の言う「積極的に騙されている」っていうのはそういう理屈らしい。

なんだかもっともらしいことを言っているようにも聞こえるが、俺たちがその実やっていることは割高な綿菓子を売っているだけだ。

仮に先輩の言う通りだとしても、人を騙して楽しませる代物としては些かお粗末に思えて仕方なかった。

「この綿菓子袋に、騙されても良かったと思えるほどの夢や希望が詰まっていると? 傍から見ればバカみたいに見えるんですが」

「傍から見てアホだと思われるくらいの方が、楽しんでるって感じせえへん? なんにでも言えることや。ゲームめっちゃ課金しまくるヤカラおるやろ。ああいうのも積極的に騙されに行ってるから楽しめるんやで」

「楽しもうとする気概が大切、ということですか?」

「そうそう、要は“楽しんだもん勝ち”ってことや」

そもそも勝ち負けで語ることなのか、仮に語るならば明らかに負けていると思うのだが、それ以上は何も言わなかった。

俺たちはそんな人間から利益を得ているので、案外悪い気はしなかったからだ。

(#37-3へ続く)

2017-09-21

https://anond.hatelabo.jp/20170921113137

いやー、そのシチュエーションエッチできない相手を「彼女」だなんて!

自分彼女に対する至極真っ当な性欲は自分で処理しろって?

そのお金で3回風俗に行った方がいい。

2017-08-22

アニメ製作委員会幹事会社プロデューサー」とやらのTwitter面白いことになってる

https://twitter.com/Production_Comm

昨日あたりからアニメ制作関係者の間で話題になっているこのアカウント

正体不明だが「アニメ製作委員会幹事会社プロデューサー」を名乗って、製作委員会陰謀論の誤解を解きたいといった主張を主に、

アニメ制作関係者一般の人にアニメ制作システムについて、聞いたり答えたりを繰り返しているのだが、これがなかなか興味深い。

なんというか一般的ビジネスマンアニメ制作現場人間意識乖離というのがすごく感じられる。

正直自分はこの自称プロデューサー意見肯定的で、

アニメーター製作委員会文句をいうより、まず制作会社に対して賃上げ要求をすべきだというのは至極真っ当であると感じる。

まあ一方でその結果製作費が高騰してもそれに見合うビジネスモデルを考えるから大丈夫というのはいささか楽観的すぎるのではと思うのだが。

とにかく、アニメ業界労働問題に興味がある人なら、このやり取りは是非見ておくべきだと思う。

2017-07-17

箱推しドルオタ現場をやめた話。

アイドルグループファンには箱推し単推しが居て、

箱推しグループ全体をまとめて推している人、単推しグループの中の個人を推す人です。

私は箱推しでした。

彼らがみんなで仲良くしていればとても幸せですし、全員の事をそれぞれ好きでした。

現場にも必ず足を運び、グループ全体のコンサートは勿論ソロイベントにも必ず足を運びました。

どの現場自分チケットを取り、抽選に当たり、当たり前ですが至極真っ当な正規方法で参加していました。

毎回とても楽しく、帰る頃には幸せ気持ちに満たされて「ああ〜やっぱりこのグループが好きだなあ」と

噛み締めながら過ごしていました。

SNSで行ったイベントの素晴らしさやグループへの愛を独り言のように語っていると、

同じような方々と仲良くなる事が出来ました。そのうち現場でもその方々と会うようになり、

普通友達にはこのグループを好きな子が居なかった私は誰かと好きを共有出来る楽しさに嬉しくなりました。

そういう繋がりを続けつつ現場に行く日々を過ごしていたある日、メンバーソロイベントが発表され、

私は喜んで応募しました。激戦だったようなのですが、有り難い事にチケットがご用意されたのです。

でもこれが私が現場をやめたきっかけになってしまいました。

間内チケット確認をし合っていた時、チケットが当たったのは私だけでした。

すると今まで仲のよかった方々が一変、私を攻撃してくるようになりました。

色々と言われました…

箱推しとか節操ない

何で何枚もCD買って応募してる私達じゃなくて1枚だけ買ってるあんたなの

個人推してる私がSNSでも一番愛が強いのに何で

間内箱推しは私だけで、現場に行く数が多く金銭的に何枚も買ったりする事は出来ない私でしたが、

それでもメンバー一人ひとりへの愛は強いつもりでした。

そんな一人ひとりが集まった家族のような彼らが大好きだったのに、この件で私のファン活動の全てを

根本から否定された気持ちになりました。

裏切られた気持ちになった私でしたが、チケットを譲ったりするのは悔しかったので意地でもソロイベントには行きました。

でも折角のイベントなのに楽しめなくて、周りに居る彼のファン全員が私のような箱推しの事を軽蔑しているのではないか

という気持ちにすらなりました。

ソロイベントをした彼は相変わらず素敵で彼を好きな気持ちに変わりはないけれど、でも帰る道すがら、これから毎回こんな

気持ちにならなければならないのかと切なくなり、泣きながら今後ソロ現場に行くのをやめる決意をしました。

SNSも苦しくてもうやめたし、

もう二度と同じ趣味の人を信用するのはやめようと思いました。

今でもグループ全体のコンサートにはこっそり行っていますが、誰とも仲良くしていないし、毎回一人ぼっちで参加しています

ソロイベントには行っていません。

どす黒い気持ちを吐き出すなら、私は思います

チケットは欲しいと思ってきちんと正規方法お金を払った人には、平等に与えられる権利だと思っています

その権利の上で、抽選ならあとは運です。

私を軽蔑した人たちは言葉を選ばずに言えば、そんな精神からチケット運も巡って来なかったのだと思います

自分が一番愛が強いから私に用意されないなんておかしい、あの子は私より応募した枚数が少ないのに、

の子はこの間も当たっていたのに…

そんな気持ちを持つなとは言いません。人間ですから、好きだからそそういう気持ちになるのも分かります

けれどそれをその当人に伝えたり差別するのはどうでしょうファンとしての行動と言えますか?

ちなみに今回の事で出て来た人間は皆分別のあるであろういい大人達ばかりです。

私も成人式なんてとっくの昔に終えた大の大人ですが、

私を攻撃して来た人は私が尊敬するべき立場であろう私より年上の人間でした。

私はあの人達のようなモンスターになりたくないし、

私に幸せが巡って来たら誰かの幸せも寝返るようになろうと、心から思いました。

そうしないとこんな人が沢山増えるから

2017-07-14

人手不足倒産おもしろ

人材が確保できなかったところは潰れる」

という至極真っ当な現象おもしろ

 

まり人手不足になっても給料は上がらず、会社数が適正になるまで淘汰されるだけということだ

じゃあい給料上がるんだろう?

そもそも人手不足になったら給料上がるって言ったの誰だよw はなからそれが間違ってんだろ

2017-06-23

特別であるということ

私が通っていた保育園には、とても可愛い女の子がいた。名前を仮にリカちゃんと呼ぶ。リカちゃん可愛いだけでなく、大人しく、聞き分けが良かった。

そして、保育園のH先生は、彼女が大のお気に入りだった。所謂依怙贔屓である。以下、具体的なエピソードを語る。

保育園お遊戯会で、白鳥の湖をやることになった。園児女の子が8人、男の子は3人。綺麗な衣装を着れるということで、女の子は皆白鳥役をやりたがった。ところが、H先生は「主役の白鳥リカちゃんでいいよね。それ以外の役は、あみだくじで決めよう」と言った。園児達はリカちゃん特別だと理解していたので、異議は出ず、それ以外の白鳥役5人をあみだくじで決めることになった、というものだ。

私はH先生リカちゃんに非常に感謝している。

H先生というのは、リカちゃんを依怙贔屓するが、それ以外の全ての園児平等にぞんざいに扱った。感謝している理由はここにある。私は保育園児にして、自分が世の中で取るに足らない、その他大勢のうちの一人であることを知ることができたかである

自分特別でないことを早いうちに理解することが出来て、良かったことは、嫉妬をしなくなったことと、自己顕示欲や、承認欲求を持たずに済んだことだ。自分幸せであることを人に知ってもらうためにSNS自撮りをあげたり、ある種の選民意識を持ちたいがために自分病気や生い立ちを漫画にして発表したりせずに済むし、嫉妬によってfacebook友達幸せを見て落ち込まずに済む。自分のこの傾向にはかなり満足している。

あえて自分特別な点を探してみるとわりと何もない。顔はブスだが十人並みのブス。身長体重も平均だし、右利き。大学も良くも悪くもないところ。就職先は誰も聞いたことない程度の会社だ。変わった病気もないし、至極真っ当な家庭環境

本当に何もない。

2017-05-29

pixiv論文問題の落としどころを考える

公表された(と見なすべき)作品自由に利用できるかどうか、そして作者に不快感情を抱かせる利用形態についてどう対処すべきか、実用的な面から考えてみたい。

pixiv論文日本文学研究者引用について語ってみる

http://hibi.hatenadiary.jp/entry/2017/05/28/130000

上記の記事では、「公開」「半公開」というカテゴリを作り、後者の「ネット上にあって、閲覧資格制御することによって、公開のあり方に制限がかかっている」場合には配慮必要だとしているけど、ポイントはそこではなく、「個人コンテンツ作成者が公開状態自由制御できる」という点ではないだろうか。「公開」「非公開」を自由制御できるというウェブサイトのあり方は、学術世界の中ではあまり想定されていなかったことで、現時点で有効対処が出来ているとはいいがたい。

例えば、

http://anond.hatelabo.jp/20170525145352

NHKウェブ版の記事引用するときとか、政治家の人のホームページ引用するときとか、めちゃくちゃ大切な情報が書かれている個人ブログ引用するときとか、くっそ面白いウェブ小説文学作品として研究するときとか、Wikipediaデタラメが書かれているか批判したいときとか、そういう個々のコンテンツそれ自体価値があって第何版を見たのかが大事ときにはURL必須だし閲覧日も載せるべきです。

これは至極真っ当だし大抵のガイドラインにもそう書かれていると思うけど、Wikipediaみたいに過去の版にアクセス可能ウェブサイトでもない限り(=ほとんどのウェブサイトにとっては)、意味が無い。過去にどういう情報掲載されていたとか実質的には検証不可能からね(魚拓を取って魚拓URLを載せるとか、著作権法的に大丈夫なんだろうか)。個人個人責任において公開するコンテンツにおいては、「気持ち次第」で公開を取りやめてしまうケースだって考えられるわけでしょ(もちろん企業ウェブサイトにおいても考えられるが、ここでは取り扱わない)。だから研究使用することによって「非公開」(=利用不可)とならないように許可を取るべきではないだろうか。

このような考えは、例えば「腐女子にとって二次創作小説著作者人格と切り離せない云々」という説明よりは遥かに納得しやすいと思う。(もちろん、腐女子に限らず(今回のケースでも全ての作品BLではなかったように)個々の作者の事情理解する/理解してもらうことは必要かもしれないけど、納得してもらうのにはかなりハードルが高い。)そして、今後想定されうるであろう、「Webで公開された二次創作小説文学的研究対象としてガチ研究する」ケースにも対処できるんじゃないだろうか。

ちなみにだけど、「ものごとをうまくまわすための配慮」なんてのは古典に限らず近代でも現代でもやってる。遠巻きに「研究」するのなら著作者を怒らせようが何しようが構わないんだろうけど、例えば著作者や遺族から作品の成立にまつわる資料を得ようとする場合、彼らとうまくやっていく必要があるわけなんだよね。

ただし難しいのは、「私の配慮」が「相手にとっての無礼」と受け止められるケースがあるわけで・・・。そうなってしまった場合、「配慮してますよね!」「この無礼者が!」と延々と殴り合わないようにじっくり話し合ってくださいね(無理な場合もありますけどね(体験談))

2017-04-29

旧軍の裔

陸軍の、殊に青年将校精神性が強く残っているのはミャンマーである、と説いていた教授なら知っている。ってか師事していた時の余談で出てきたんである

*まあ、こんなところで言っても信じられないだろうが、至極真っ当な(左派から見れば、リアリストであるがゆえに軍国主義者と罵られるだろうが)先生です

曰く、見よ血縁でも地縁でもないにも関わらず存在する鉄の紐帯を、農村に対する厚遇を、裏切り者内ゲバがの少なさを、さらに(比較すれば、ではあるが)蓄財も少ないではないか、と。あれこそがある意味旧軍青年将校が求めた道であったと。

んなわけあるかい、と思ったが問題はあるにせよ割にすんなり民政移管に政権交代を許したことは、何かしら特殊ものを感じる。そもそもああい体制で、保証があるとはいタン・シェがちゃんと身を引いたというのは確かに驚異的な話ではある。

なお、軍の行進様式旧軍に似ている。これは曰く「泥田の中を歩くためのモノである」という。確かに稲作国家ではあるが・・・

http://anond.hatelabo.jp/20170428202714

2017-03-08

就活ハイヒール

就活生のヒールの話をみて自分過去面接を思い出した。私はヒールでは面接に行かなかった。それはその日雨だったから。集団面接だったが他のみんなはヒール。当然みんなの足はビチョビチョ。私は長靴だったからなんとも無し。その後、内定を貰い、その会社就職し今に至る。あの時の他の子たちは誰も見ていない。みんな不採用だったということだ。しばらくしてから当時の面接官と話す機会があったので、当時のことを聞いてみた。

私「私はお陰様でこの会社に入れましたけど、あの時の他の人たちは何故不採用になったのですか?」

面接官「そりゃ君が長靴だったからだよ。雨の日にわざわざ濡れることがわかっている靴を履いてくるなんてどうなんだい?ってことだよ。その場その場で臨機応変にやってくれなきゃ困るわけよこっちは。こっちはというか仕事は何でもそうだよな。杓子定規であれはこうだからこうって型に嵌めてるだけじゃ上手くいかないわけ。その点、君はそこら辺の感性が柔軟だったか採用したの。まぁ就活ではハイヒールでって言われて素直にそうするのも別に悪くはないけど、その意味を考えて自分の頭で判断するってことが必要だよな、現場ではさ。」

極真っ当な意見で何も言うことはなかった。

2017-02-12

ふと我に返る問題

自分好きな物事でも、途中で白けてしまうことがないだろうか。俺はしょっちゅうある。

例えば趣味作曲したり絵を描いたりするんだけど、ふと、こんな思いが浮かんでくる。

「俺、なんでこんなことやってるんだろう??」

こう思った時はもうダメで、その日はもう何も出来なくなってしまう。

この現象アウトプット作業を行っている時に起こるもので、映画読書などのインプット時には起こらない。

ついさっきも絵を描いていたら興覚めしてしまい、モヤモヤしてしまって仕方がないので今、こうやって文章にすることで多少の発散を試みている。

しかし、どこかのタイミングでこの文章入力作業頓挫してしまいそうな気がして、少し怖い。

何故このようなことになってしまうのだろうか。

昔はこういった現象はあまり起こることがなかった。

作曲してる時は、それこそ何時間でも没頭出来た。では、何故今は出来ないんだろう。

少し考えてみたのだが、これはアウトプット作業における目標設定の問題のような気がする。

例えば昔は作曲行為のもの目的化していた節があって、その目的を果たす為にアウトプットリソースを存分に注いでいた。

しかし今の自分にとって作曲並びにアウトプット行為はそれ自体目的足りえない(多分バンドをやめてから)。

では今、何のためにアウトプット作業を行っているのか?

それを考えたときに、何も答える事が出来なくてゾッとしてしまった。

ようするに、以前はアウトプットの為にアウトプットを行っていたのに、いつの間にかその目的は失われてしまい、それでも習慣でアウトプットを行っている状態なのではないだろうか。

そう考えると辻褄があう。なんせ目的がないのだから「なんでこんなことやってるんだろう?」という疑問は至極真っ当なもので、この場合「我に返った」と表現すべきだろう。

(というか、アウトプットの為のアウトプットってすごいな……)

そこから更に考えてみると、自分は“過程を楽しむこと”が酷く苦手なのではないだろうか、という疑惑が湧いてくる。

アウトプットの成果にのみこだわって、その過程を楽しんだり、そこに自分の成長を実感したりすることがほとんど無かった。

そして今も漠然と“良い物”を生み出そうとしている。その“良い物”は一体何のために作られているのかは一切不明だ。

となると、アウトプット作業に適切な目的を与えるか、もしくは不毛アウトプット作業は潔く止めてしまうかを選ばねばならない。

少なくとも、目的らしい目的が見つかるまでは余計なことは控えるよう心がけよう。

そもそも、どうして俺はこうも何かを作ろうと躍起になっているのだろう……

2016-12-21

セブンコード

https://togetter.com/li/1061401?page=4

残業しなきゃ日本の質が下がるのは確かだと思う。

人口増によるボーナスステージが終わった

資源が無い日本が豊かになるには、今の生産性

低い体質を抜本的に変える何かが必要で、それが無理

であればやはり、残業増やして苦労して何かを生み出す

必要がある。この人がいっているのは生産性が高い人が

残業しない事については文句をいわないけども、生産性

低い人が、声高に残業させるなというな。という事だと思う。

経営者として至極真っ当な意見だと思う。

ただ、労働者側としてみた時に、あくま生活をするために

仕事をしているので、向上心もそんなに無いかもしれないし、

楽しくなんて無いかもしれない。ましてや経営者としての

視点なんて持ち合わせていないと思う。

自分に向いている事(好きな事とは違う)をみつかれば必然的生産性も上がるし、残業しても苦にはならないと思う。

根本問題はそれが見つけにくい硬着した日本雇用体制や、

教育にあると思っている。

2016-12-03

http://anond.hatelabo.jp/20161202172148

人間として」素晴らしい文章だと思う。

何一つとして間違っていない。

君の文章は「男」と「女」を全て置換しても文章破綻しない。

これは資本主義社会幸せ人生を終える為に「人間として」必要な要素を説いている、至極真っ当な内容だと思う。

2016-10-30

評論)第85回日本音楽コンクール 作曲部門本選演奏会@2016年10月26日

http://blog.mainichi-classic.jp/?eid=554

http://mainichi.jp/classic/articles/20161027/ddm/041/040/134000c

やあ(´・ω・`)

うん、「また」なんだ。済まない。急遽、今日の予定が無くなって、一気に文章いたことを謝って許してもらおうとも思っていない。でも、このページを見ている君はきっとまたしても不毛ネットサーフィンして来てくれたってことだから、つまりはそういうことなんだ。だから言葉では言い表せない「ときめき」みたいなものをこの記事にも感じてくれると思う。殺伐とした現代音楽界隈で、そういう気持ちを忘れないで欲しい。

関係者がなにかやらかした時(kwsmのスピード違反とか、ntdの大麻とか、前例はいろいろとあるけど、これ以上の不名誉なことだったら嫌だなぁ・・・・)に本名なんかで検索してたどり着く人もいるはずで、そんな人に向けてこの評論を書いたんだ。ああ、でもこの記事は至極真面目に書いてるから恣意的に扱うのはNG

じゃあ、注文を聞こうか・・・・・・・・

2017年追記

身近な人から抗議があり、個人的意見は全部削除することにしました。

第85回日本音楽コンクール 本選演奏会2016年10月26日開催)

(審査員は、伊左治直、北爪道夫、野平一郎、原田敬子松下功、南聡、山根明季子、山本純ノ介、以上9名の各位)

日本音楽コンクールの応募規定により、以下は原則全部初演となる。

久保哲郎(1992-):Fantasia :“ Vol degli uccelli” on manuscript of Leonardo da vinci ~ Memory of Tsiolkovsky’s Diary ~

聴衆賞、2位。

構成的に申し分無し、オーケストラをよくわかっている作曲家。しっかりとクラシックの流れを踏まえている。これから活躍を期待したい。今回の4人の中で最年少(24)で、その書法は勢いだけでなく円熟する可能性も秘めていた。

引地誠(1988-):「Cの連鎖」 for orchestra

3位作品曲名曲名から、当然最初「C」から始まるかと思った!


青島佳祐(1989-):「齟齬し続けるきみの為に」― オーケストラの為の

調性が露骨に隠れているような曲はいまの時代トレンドなのだろうか?

悪い曲ではなかった、入選

白岩優拓(1987-):BIRTH 0ー0(ZERO

彼の経歴が中学校教員というのは面白いし、彼が今回のコンクールで1位というのはメディア的にはかなり美味しい結果だった

2016-09-03

二重(ふたえ)と日本人

突然だが、私は外見にコンプレックスがある。

私は一重(ひとえ)、それもかなり腫れぼったいタイプの一重だ。生まれからずっと、自分のまぶたを呪い続けてきた。

一重が嫌で仕方がないので、私はアイプチ(まぶたを固定するノリのようなもの)を利用して二重を装っている。

毎晩寝る前にアイプチを使って二重を作り、そのままの状態で寝て次の日はアイプチを落とし、さも生まれつき二重であるように装って生活を送っている。

この習慣を続けたおかげでまぶたにクセがつき、前日アイプチしなくても次の日も二重で朝を迎えることができるようになってきている。

アイプチを使いすぎるとまぶたの皮膚が伸びて老後酷いことになるそうだが、数十年後にはもっと安く簡単に整形手術が受けられるようになっていることを祈って今はゴリ押ししている

…と、私の話から入ってしまったが、本題はもっと別のところにある。

私はアイプチを使い始めてからずっと、

「(若い日本人ほとんどは一重であるはずなのに、テレビに出ている若い人のほとんど全てがキレイな二重なの、おかしくね???

と思っている。悶々としている。

ちなみにこの考えにはいくつか注意書きが必要で、

(1)歳を取るとまぶたの脂肪が落ちて皮膚が薄くなるため、生まれた時は一重の人物でも歳を取って二重になることは結構ある。つまり、年齢層の高い二重の人は多い(はず)

(2)男性の一重or二重が重要視されることは女性比較して少ないので、テレビに出てる人でも一重の男性結構多い。

(3)ただしジャニーズを見れば分かるが、女性ウケを狙う「若いイケメン男子ほとんどは二重まぶたである

ということをツッコミをさけるために先に断わっておく。

私はまぶたにコンプレックスがあるので、コンプレックス意識し始めてからずっと他人のまぶたに注目して生きてきた。だからこそ言えるのだが、ほとんどの若い日本人はやはり一重まぶたなのである(ちなみに私は大学生なので、基本的若い日本人のまぶたの傾向しかからない)。これは男女両方に言えることで、どう考えても一重まぶたの人が多い。私の主張に疑問を持つ人は一度小学校中学校卒業アルバム個人写真ざっと見てみればいい。化粧も整形もしていない少年少女ほとんどのまぶたは一重のはずだ。

それでもって若い女性の多くは私と同じようにアイプチを使って二重まぶたを装っている。言い忘れていたが、アイプチは完全な一重まぶたの人のみが使うのではなく、奥二重の人が綺麗な二重に形を整えるのにも用いられるので、今では結構多くの若い女性アイプチやこれに準ずる化粧品を使っている。さらに、男性がこのアイプチを使うこともある。整形手術をせずとも誰でも二重まぶたになれるのだから、かなり便利(?)な世の中になったのだ。

別に独自客観的統計をとったうえで、その分析結果に基づいてこの主張をしているわけではないのだが、少なくとも女性に関しては間違いないと胸を張って言える。くらい明らか。

是非ともこの日記を読んだ方は、テレビに出ている人物が一重まぶたである二重まぶたであるかを意識してテレビを見てほしい。別にテレビでなくとも、電車の中の広告SNSタイムラインに流れてくる画像の人物のまぶたに注目してほしい。びっくりするほど二重まぶたの人物で溢れ返っているはず。

さて、ここまで読んだ読者にはきっと「そりゃあ多くの視聴者が見るテレビなんだからウケの良い(と思われる)二重まぶたの人物を多く起用するのは当たり前のことじゃないか」と考える人もいらっしゃるだろう。確かにその考えは至極真っ当で、私だって一重が嫌で二重に憧れてアイプチを使っているわけで、多くの人々が二重まぶたを美しいと感じているのは事実だろうし、テレビ番組視聴率を取りたいわけだから一般に美しいと思われている二重まぶたの人を積極的に起用するのは理に適っている。その通りである。間違いない。

しかし一度立ち止まって考え直してほしい。

我々が「二重まぶたは美しい」と考えるようになるのは、幼いころからテレビ雑誌二重まぶたの人たちばかりを見ているからではないか

我々がもとから二重まぶたは美しい」と考えるのではなく、メディアによって「二重まぶたは美しい」という選好を植え付けられているのではないか

我々が日本史の授業で目にする平安時代の絵巻物や江戸時代浮世絵の「美人」はみんな一重まぶたではなかったか

我々が「二重まぶたは美しい」と考えるようになったのは西洋人が身近になった明治以降のことではないか

そして私のように、一重まぶたにコンプレックスを抱き、様々な化粧品を試して必死二重まぶたを装おうとしている人こそ一度考えなければならないのは

世の中のトレンドを作り出すことで私腹を肥やす薄汚いブタ野郎が、「まるでそれが普通であるかのような空気を作り出す」ことで、消費者の行動を一つの方向に導くことがある

ということだろう。ブタ野郎の手のひらの上では踊りたくないのはきっとみんな同じ。

普通に考えて、多くの日本人が一重まぶたであるにもかかわらず、二重まぶたの人ばかりが日本メディアに出ているのは異常ではないか

これを言うと陰謀論臭くなって嫌なのであまり言いたくはないし費用対効果の点から現実味ほとんど無いのだが、この状況、化粧品会社美容外科業界タレント業界メディアが結託してしたりしないか政治学には「非決定権力」やルークスという人が唱えた「第三の権力」という概念がある。興味のある方はぜひとも調べてみてほしい。

※私は「二重まぶたの人がテレビ画面を占め、それを見る我々一般人がそれを普通だと認識している」この状況が異常であると主張しているだけで、二重まぶたの人をテレビから引きずり出せとか一重まぶたこそが真に偉大であるとか言いたいわけではない

自分で書いていて着地点が分からなくなってきたのでこの辺にしておこう。

一重まぶたには一重まぶたの、二重まぶたには二重まぶたの良いところがあるわけだから、それぞれの良いところを認め合える世の中になればいいなぁ。

二重まぶた女性しか出てこないテレビ普通の人はおかしいと思わないのかなぁ。

普通だと思われていることに、常に疑問を投げかけられる人間消費者?)でありたいなぁ。

ああ、二重まぶたになりたい。

―――――――――――――

追記

実はこの日記、私が初めて匿名ダイアリー投稿したものだったのだが、予想以上に反応がきてとても驚いている。

読者の方のコメントを拝見して、なるほどと思うことも多かったので、いくらか追加で書き記しておこうと思う。

①「ほとんどの日本人は一重」という表現について

確かにこれは少し誇張が過ぎていた。あと、地域性によってまぶたのパターンが大きく変わることは恥ずかしながら考えてもいなかった。

北海道九州沖縄あたりでは縄文系の顔つきの人は多いだろうし、二重まぶたの人も多いはずだ。ちなみに私の居住圏は、恐らく弥生系が最も多いであろう関西地方である。そのため、私の脳内サンプルにはある程度のバイアスがあることは断っておかなければならない。バイアス絡みでいえば、私自身が「日本人の多くは一重まぶたである」と意識し過ぎた状態脳内統計を取っているせいで、無意識的に実数よりも過剰に一重まぶたの日本人の数を計上している可能性もある。

ただ、これらのバイアス考慮に入れた上でもやはり私は身の回りの人は一重まぶたが多いと思うし、テレビ中の人特に女性)たちは二重まぶたが多いと思うのだが、これは私の頭がおかしいからそう思うのだろうか。

②二重or一重まぶたの人口に関する学術統計調査について

思った以上に一重の人口が少ない説を唱えるコメントが返ってきたので不安になってciniigoogle scholar適当論文を調べてみたのだが、一重or二重まぶた人口比に関する学術論文は見当たらなかった。ということで私は正確かつ客観的統計データを持っていないし、恐らく手に入れることが出来ない(一応文中でも断っているのだが)ので、断定的な主張をおこなうのはまずかった。一応お詫びしておこうと思う。

③二重の極みについて

このタイトル日記を公開するわけなので、ある程度この反応があるであろうことは予想していた。

冨永愛多部未華子について

確かに彼女たちは一重まぶたであるもっとも、彼女らは膨大な女性芸能人の中のほんの一握りのケースであることは言うまでもない気がするのだが。さらに言えば、私は「テレビに出ているほとんどの女性」と述べているだけで、「テレビに出ている全ての女性」とは書いていない。

⑤私が本当に主張したかったことについて

コメントの多くが「一重まぶたの人はそんなに多くない」という趣旨のものだったので、私としては少しうーんといった感じ。譲りたくはないがあえて100万歩譲って、日本人の51%が一重まぶたで49%が二重まぶたであるとしよう。しかテレビで我々が目にする日本人の多く、少なくとも半分以上は二重まぶたではないか?私が本当に主張したいことは、明らかに現実乖離している風景テレビに映っているのに、我々がそれを異常とも思っていないのはおかしくないか?ということだ。もうひとつ挙げれば、そのように異常なものを異常と思わないように世の中が動いていることが怖くないか?ということだ。

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