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2021-07-10

anond:20210710123229

電卓で調べてみたんだけど、大学生になりたいのが440000。

なりたくないけど、親がいけって言ってるからしぶしぶってのが110000。

合計で550000なんだそうだ。

2021年の子供は790000なので、2040年四年制大学の進学率は69.6%。

大学に行ったって何の意味もない」という親を持つ子供は、ちゃん電卓計算して「少数派だと危ない」「日本で少数派が勝ったことは明治以降一回もない」とちゃんと主張しよう!

2021-04-27

anond:20210427100836

明治以降天子様のお住まい東京なのだよw   

そして、天子様のお住まいに一番近い駅は東京なのだよ。

わかったかね? そういうことだ。

2021-03-31

anond:20210331163515

刀が指揮官を表すものっていうのは明治以降認識だよ。

刀は足軽でも装備しているのが普通。というか刀はおびただしいほど出回っていてすべての男が装備しているのが普通だった。

槍は「長さをそろえる必要があったので」支給される場合が多いが、使える場面がむしろ局所的(戦の序盤か早期に決着がつくときには集団が密集しているので強いが、だんだん長引いて来ると雑兵士気が衰え撤退も増えるので槍の特性があまり生かされなくなってくる)。

また足軽そもそも槍で人を倒すのではなく槍衾で敵の動きを制御して誘導する役割だった。足軽は大した戦闘訓練も受けていない場合が多いからもっぱら補給戦闘補助。

実質的戦闘員は場面によって槍も日本刀も使う。だが槍はかなり重いので早期に決着がつかない場合はとてもじゃないがいつまでも使えるものではない。そういう実践的な視点がないと槍長いじゃん強いじゃんという短絡的なもの見方しかできなくなる。

2021-03-26

伝統のふりをしているが明治以降に広まった歴史の浅い風習

初詣元旦に好きな神社に行く「初詣」が定着したのは明治中期の鉄道会社キャンペーンによる。)

除夜の鐘1927年NHKゆく年くる年」の前身ラジオ番組が「除夜の鐘」を放送したこときっかけで日本全国に広まった。)

おせち正月料理を重箱に詰めるようになったのは明治以降で、それが全国に広まったのは戦後デパート業界キャンペーンによる。)

・二礼二拍手一礼(一般の参拝客が行うべき「正式作法」とされて広まったのは戦後、あるいは平成以降であるとも言う。)

いただきます(食前の挨拶としては、軍国主義教育を通して1930年代ごろから普及していったと思われる。)

正座明治以前にも存在はしたが一般的でなく、正座正式な座り方とは見なされていなかった。「正座」として広まったのは明治以降である。)

六曜明治以前にも存在はしたが一般的でなく、本格的に普及するのは明治に入って太陰暦から太陽暦に切り替わって以降である。)

信楽焼の狸(明治期の陶芸家藤原銕造が製作したもので、全国に広まったのは1951年昭和天皇信楽焼の狸の和歌を詠んだことから。)

他にある?

2021-03-16

宇部高等学校的シン・エヴァンゲリオン考察

いろいろな考察が出ていて、それぞれに説得力もあり、なるほどと得心したりしている。

私はエヴァTVシリーズから全部見てすげーすげーと楽しんできたが、考察にはあまり興味はなく、いろんな謎にも詳しくないが、庵野さんの同窓生ということで、主に宇部高校とシン・エヴァンゲリオンとの関連を考察したいと思う。(かれこれ40年以上前ことなので、記憶違いや勘違いはご容赦を)

エンディングに出てきた宇部新川駅や宇部興産の工場群を見て、あ、庵野さん、宇部を許したんだな、と唐突に浮かんだ。なぜそう思ったかは分からない。そもそも「許す」って。

宇部山口県瀬戸内にある工業都市。美しくもなんともない味気ない街で、明治以降炭鉱で栄えるまでは寂しい漁村だったとか、歴史文化も無縁のところだ。

宇部新川駅は宇部市の繁華街にある駅で、庵野さんの育った地区に近く、少し海側に行くと宇部興産の工場がある。

庵野さんは地元進学校宇部高校出身だ。あれだけアニメの才能(空間認識力)がある人だから、頭が良くて、中学ではろくに勉強しなくても宇部高に入れたろうと思う。高校生活は1年生から受験中心。2年生までに3年生の教科書を消化して、3年生の1年間は受験勉強のみという方針だった。勉強価値を見いだせないタイプは授業について行けない。当時の校長キャッチフレーズは「国立300、野球甲子園」。ちなみに、ノーベル賞本庶佑さんは宇部出身で、伝統的に京大を目指す生徒が多い。民主党の菅元総理ユニクロ柳井さんも宇部高。

そんな文化不毛受験偏重宇部高で庵野さんを魅了したのが、宇宙戦艦ヤマトアルプスの少女ハイジなど、ポップカルチャーとしての黎明期にあったアニメではないか。一番好きなのは特撮かもしれないが、当時はウルトラマンゴジラも低迷していた。

庵野さんは宇部高にあって勉学はともかく、生徒会長中村さんを主人公にしたナカムライダーや、文化祭用に短編アニメなどを作って校内有名人だった。

短編アニメは、宇宙戦艦ヤマトが爆発しながら太陽に突っ込んでいく、というような内容で、セル画のために美術部の予算をひとりで全部使ってしまったといううわさだった。アニメの出来は素晴らしく、「高校生がこんなプロのようなアニメを作れるんだ!」と驚嘆したし、校内では数少ないアニメファンたちの間で天才として知れ渡った。

だが、庵野さんの才能がその活躍の場を見出すのは大学に入って以降で、たぶん、庵野さんにとって宇部での暮らし高校生活は、灰色鬱屈とした、愛せない時間空間だったのではないか

漠然とした印象だが、庵野さんは宇部がきらいなんだと思っていた。それが、シン・エヴァンゲリオンでは、聖地にしてもいいよ、的な振る舞い。なんか、ずっと嫌っていた宇部時代自分を、ほかのもろもろのトラウマとともに昇華、あれで良かったんだよと受け入れたように思う。

ちなみに、聖地巡礼なら観光起点として山口宇部空港から入り、レンタカー宇部新川駅へGO、車で約10分。駅を見学したら190号線から宇部湾岸道路山陽小野田方面に向かえば、車窓から宇部興産の工場群が見学できる。あとは秋吉台とか角島大橋、萩、山口など、観光地へ赴くのが吉です。

2021-03-12

あなた達の政治運動には迫力が足りない


https://www.chugoku-np.co.jp/local/news/article.php?comment_id=730608&comment_sub_id=0&category_id=256

小森龍邦氏死去、88歳 元衆院議員部落解放同盟広島県顧問

 解放運動の巨星がまたひとつ墜ちた。私もあと十年生きるか怪しい身である自分政治運動に対する考えを少しばかり綴ってみてもいいだろう。

 上のニュースの人は、かつて解放同盟事務方トップだった方だ。昭和7年に広島県東部被差別部落に生まれ中高生の時分から老年に至るまで部落解放運動に携わってこられた。

 私が活動していた地域とは遠く離れているが、それでも半年に一度は彼の実家の傍にある、ちんまりとした選挙事務所へ行き、地元産のワインを飲みながら語り合ったものだ。

 私などが知己と呼ぶのがおこがましいほど尊敬できる人格の持ち主だった。家族地域や仲間のためであれば、危険を顧みずに行動する力を持っている。それでいて、思慮深いうえに頭の回転が速く、無謀な策を講じたりはしない。講じるとしたら、背後に確かな計算を持っている。そういう方だった。

 それが、こんなに早くにお亡くなりになってしまった。悔しい限りだ。

 私の番はいつ来るのだろう。運が良ければ二十年は生きられるかもしれない。運が悪ければ数年後か。その前に、自分の想いを吐き出す機会が欲しい。



 さて、表題意味について。あなた達の政治運動には『迫力』が足りないとは、どういう意味か。

 言葉どおりの意味だ。特に伝統的な分野、例えば労働組合などが挙げられる。昔に比べて弱体化が著しい。

 企業ごとの組織率は低下し、労働者組合加入率も低下し、賃金は下げられ放題、追い出し部屋希望(半強制退職蔓延も放っておかざるを得ない。数十年後には、労働組合というもの事実上消滅していてもおかしくはない。

 また、高校大学など、学校内の自治を求める活動もそうだ。私は元高校教師だが、昔に比べれば、学生たちが自ら声を上げて学校ルールを変革するために動くことは減っている。感覚としてはそうであり、数字においてもそうなっている。悪い意味で、子ども大人のいいなりになっている。

 反対に、成功しつつある政治運動もある。

 近年話題になったものだと、#MeToo運動だ。女性がこれまでに男性から受けた、性を主とする嫌がらせ公共の場告発することをいうようだ。

 日本ではそこまで定着しなかったが、本場のアメリカでは著名な人物の一部が職や名誉を失っている。最悪の場合は、裁判により実刑判決を受けることになる。

 LGBT社会運動も、社会価値観を変革しつつある分野のひとつだ。

 大衆消費社会が訪れてそうまで時間も経たない頃から同性愛者としてのカミングアウト文学活動デモ行進芸能界での活躍自分たちを侮辱する者に対する訴訟提起(府中青年の家裁判)、ゲイであることを周囲に言いふらした者及びその所属校への糾弾一橋大学アウティング事件)など、仲間の権利を守るための諸活動を行ってきた。

 以前は、映像作品において、同性愛者が精神異常者として描かれるのは当たり前のことだった。子ども向けのアニメなどでもそういった描写があったが、昔に比べればなりを潜めているように思える。批判を恐れて、ゲイレズビアン人達を描けなくなっているだけかもしれないが。

 これらの成功している政治社会運動には、共通する点がある。

 相手の痛いところを突いていることだ。

 この方針なくして勝利はない。しかし、近年の伝統的な政治運動の類を見る限り、相手の痛いところを見抜くことができる知性、または攻撃する度胸を欠いているように思う。

 特に組合関係団体がそうである。昔の労働組合は、使用者と刺し違える覚悟があった。

 意図的給与の支払いを遅らされても、当局側が雇った暴力団に夜道で襲われても、工場社員寮ごとロックアウトされても、それでも不屈の覚悟で戦い抜いてきた。

 それが今では、使用者の言いなりとなり、組織から仲間を追い出すための行為に協力している。情けない限りだ。



 話が逸れた。

 相手の痛いところを突くことの具体例として、昭和40年頃の話をする。私の高校時代の級友の話である。K君とする。

 高校二年の時だった。夏の午後の授業中に、ある教師教室の窓の向こうにある山を指さして言った。「お前らみてみい、あの山にはよっつが住んどる」(※手の指が四本であるという意味

 その教師は、部落に住んでいる人間馬鹿にしたのだ。当時はまだ、被差別部落生活する人々と、それ以外との間に貧富の差があった。馬鹿にされやすかった。

 どれだけ悲惨生活だったか、今の生活と対比しながら述べると、家にトイレはなく(集落で共同のトイレだった)、上水道は通っておらず、生活汚水は外に垂れ流しであり、雨樋や排水溝がないので大雨が降ったら屋内は水びたしになっていた。

 家族食卓を囲んだ光景にいい思い出はない。口に出して述べたくないし、思い出したくもない。

 さて、その男言葉に頭にきたK君は、翌日に地域の仲間(私を含む)を連れて職員室に入っていった。K君が連れてきた解放委員会の男が怒鳴ったのを覚えている。「教頭、どういう教育をしとる!」という大声に、周囲に緊張が張り詰めた。校長までやってきた。

 その教師に向けて、「そんなことは言ったらいけんど」と説得しようとしたものの、それ以前の問題だった。その教師は、私達の質疑に対して、最後までしらを切り通したのだ。「そんなことはしていない」と言い張った。

 このままではK君の立場が危ういわけだが、私にはどうすればいいかからない。しかし、協力をしたかった。

また翌日、K君は教室の中で証言者を探すために、級友の前で声を上げた。「このままでは俺は嘘つきになってしまう。証言をしてくれ」と皆に伝えた。が、私ともう一人か二人以外に協力者は出なかった。

 次の日だった。今度は、級友一人一人と話をする作戦に切り替えた。校庭に級友を呼び出し、どうして協力してくれないのか、と訴えたのだ。それでも駄目だった。みな、「それは勘弁してくれ」と言うばかりだったという。

 さらに次の日、K君は50枚ほどのA6程度の大きさの小紙を持ってきた。それを級友の一人一人に渡して、「これに証言を書いてくれ。後で預かる」とお願いして回ったのだ。

 翌週、K君は再び、地域の仲間と、同じ地区解放委員会役員を連れて校長室に入っていった。私は外で待っていたが、勝利確信していた。K君は、20枚以上はあろうかという紙の束を持っていたかである

 その年度の末をもって、その教師は異動になった。県内の一番端にあるエリアに転勤していった。彼はまだ赴任して2年目だったこから、今回の作戦が功を奏したとみていいだろう。

 この、K君の動きを間近で見たことが、私が政治運動を志したきっかけだった。



 今度は、少し規模の大きい話をしよう。

 それから三十年以上が経って、平成の初期だったと記憶している。被差別部落生活文化的環境改善するという一連の政策国会での議決を受けてから、長い時が経っていた。

 K君の事件きっかけにして、私は解放委員会正式に加入し、高校社会科を教えながら政治運動に身を投じていた。40になる頃に教師を辞めて、今度は別の公職に就いた。

 ある年の冬だった。私が活動していた県の幹部職員が、「同和関係補助金はすべて凍結する」と、あろうことか県議会で答弁した。

 寝耳に水だった。まさか、そんなことはあるまいと考えたが、確かな事実だった。議会答弁はテレビ中継もされていた。

 当時、私が所属していた団体幹部が全員呼び出され、偉い方々から対策を指示された。それぞれの支部からも、来年度の予算について雨後の筍のように質問が寄せられていた。

 発砲ふさがりかと思われたが、ふと、K君のことを思い出した。彼はもう立派な社会人であり、解放委員会からも抜けていた。それでも藁にすがる思いで相談に行こうとしたものの、気が乗らない。

 彼に迷惑をかけるのでないかという想いもあったが、何よりも私個人の意地だった。同和教育人権思想を啓もうする活動を担う一員である以上は、自分達の力で解決せねばならないという気概があった。

 とはいえ、K君と話をしたかった。結局、正式相談ではなく、共に食事をしながら今回の件について話し合うという形式を取った。K君は、「ここで折れたら前例になろうが」という話からまり、諸々の助言をいただいた。今でも感謝している。

 後日、県の横暴に対する対抗策がまとまった。開始時期は、一週間後とした。

 数万人規模の組織で、ここまでの速度で動くのは無理がある。組織全体の足並みが揃わなくなる恐れがあったが、予算全凍結は目の前だった。

 まずは、各自治体の教育委員会オルグ実施した。

 あの時のK君のように、各市町の教育委員会庁舎に数人で飛び込んだなら、「どうしてこんな卑劣なことをするのか。子どもらが人権意識もつための活動ができなくなっていいのか」というメッセージを何時間にも渡って、毎日伝え続ける。

 庁舎の外には最大100人程度を待機させていた。みなそれぞれ、横断幕拡声器を使って、スローガンを堂々たる態度で表し、相手方にこちらが本気であることを知らせた。朝方から始まって、日中は休憩を挟みながら、日が沈む頃まで毎日続けた。

 場所関係なかった。公共機関であれば、どこででも実施した。教育委員会だろうと、市役所入り口だろうと、学校門前だろうと、警察署の前だろうと、県会議員の自宅の玄関だろうと、場所関係なかった。

 かつて、私たち基本的人権の享有を受けられなかった。その歴史を繰り返してはならない。私たちは本気だった。

 議会での答弁から半年後、私達の本気は伝わった。予算の凍結が撤回されたのだ。

 これまでと同じように、これまでと同じだけの金額子ども達への教育活動個別学習会や勉強会に使うことができるようになった。

 私たちは、相手の痛いところを突いた。突き上げを受けた教育委員会は、通常の業務を行うにあたって支障が出る。日中は、私たちが絶えず抗議をするので、それに対応せざるを得ないからだ。

 それが数日であれば持ちこたえるだろうが、何か月にも及ぶとさすがに根を上げる。

 「予算の凍結はやめてくれ。現場がもたない」と各市町とその教育委員会は、県の決定に抗議する流れができる。

 さらに長い期間に渡って続けば、県としても、予算の凍結の続行と、各市町の疲弊とを天秤にかけざるを得なくなる。

 私たち勝負に勝った。

 相手の痛いところを突けばいいというものではない。こちらも痛い目を見る覚悟必要だ。というのも、現実的には、まずはこちらが痛い目を見る可能性が高いからだ。

 上記場合、県による予算凍結の撤回を求めて戦うにあたり、相手方に攻勢をかける必要があったわけだが――初期の段階が一番苦労した。まず、動員をかけても会員は集まりにくかった(当事者意識の欠如)。これがただの動員ではなく、緊急事態を打破するための闘いであることをわかってもらうために熱弁を振るう必要があった。この説得のための活動、すなわち県内支部巡りに最も時間を要した。

 人が集まり相手方に攻勢をかけることができるようになったとして、最大のリスクがある。警察通報されることだ。特に要職にある者が動けなくなるのはまずい。敵にとっての追い風になる。

 今回は、そうした事態が起こることはなかった。絶対暴力行為脅迫行為をしてはならないと、組織内で固く申し合わせをしていたからだ。

 私が若い頃の解放運動だと、警察など介入する余地はなかった。デモ活動オルグ最中通報があって警察官が駆け付けたとしても、我々を見て尻込みをするのは当たり前で、あちらの方が逃げ出すこともあった。

それほどまでに、当時の私たちは気迫に満ちた政治社会運動をしていた。物事に対する「本気」というものが、警察すら怯えさせるほどに昇華されていた。

 時が経ち、平成時代になると、部落に住む人々も豊かになったこともあり、ハングリー精神が見えなくなっていた。集団の気迫はすっかりと消えてしまい、周りから見ると――デモ活動の全てが滑稽なものに映るようになっていた。満たされた人間政治運動はできない。それだけのことだった。

 ところで、予算凍結に対する対抗策の実施にあたり、最大の懸念事項があった。

 県と市町との連携だ。もし、予算凍結の議会答弁を打つよりも前に、県議会が各市町に根回しを行い、さらに我々を抑えるための手を考えていたとしたら、負けていた可能性が高い。

 逆に言えば、同和対策事業に関する予算の凍結という重大事項について、事前に各市町と連絡調整をしないというミスを県が犯したからこそ、我々は勝利することができたと言っていい。



 最後になる。

 相手の痛いところを突くこと、その直近の事例としてミャンマーデモを挙げたい。

 アウンサンスー・チーを頭に据える民主派が勝つにはどうすればいいだろうか?

 武力では国軍に勝てない。ならば、「国軍は間違っている」というメッセージを、自国内と国際社会に訴えかけるしかない。

 経済面ではゼネラル・ストライキを行い、社会面では民主的思想制度について啓もう活動を行い、政治面では大規模デモによって世界に窮状をアピールする。

 アメリカがすでにミャンマーへの経済制裁を行っているし、世界的な空気として、国軍より民主派を推す声が大きいのは間違いない。

 民主派のやり方というのは、それでいい。とことん大きなデモを打って、自分達の正義アピールする。

が、その代償として、民主派は多くの命を失っている。つい先ほど、未成年デモ参加者が銃で撃たれて亡くなったというニュースが飛び込んできた。先日のデモでは50人以上が亡くなったという。

 民主派グループの中でも、指導者に近ければ近い者ほど、身体危険が迫る。国軍にしてみれば、今が正念である世界各国から評価が低下することを気にかけず、民主派指導者層を徹底的に弾圧し、デモ活動を先導する者を少なくし、事態を膠着状態に陥らせ、軍事政権を持続させるとともに――軟禁しているアウンサン自然死を狙うメリットの方が大きい。

 もし日本が、ミャンマーのように危険状態だったとして、あなたが立ち上がって戦わねばならなくなった時、どういう心構えで、どういう行動を取るべきだろうか? 相手の痛いところを突くために、どこまでのリスクを背負えるだろうか?

 その問題に直面していたのが、私が生まれ時代よりもさらに昔、明治以降被差別部落に暮らす人々だった。あまりに苦しい生活環境であるがゆえ、生存権を得るために戦わねばならなかった。しかし、どうやって戦えばいいのか?

 多くの者が基本的人権を得るために戦い、痛い目に遭いながらも戦いを続け、そして今の、(経済的意味に限っては)被差別部落問題解決した現在に至る。

 あなた人生にとって、重大な戦いをせねばならない時がくるはずだ。その時に、どういった行動を取ればいいのか、当日記がその際の助けになれば幸いだ。

 40代以下の若い人に向けて、このトピックを書いたつもりだ。あちらへ、こちらへとぶれた文章になって申し訳ない。読み返してみると、まとまりのなさに驚いている。ご容赦いただきたい。

 あなた幸せのあらんことを。

2021-02-18

anond:20210218203634

でも明治以降はだいたい授業時間足りなくてさらっと流されるよな。

明治維新日清日露太平洋戦争原爆2発・高度経済成長、とか

今の教科書だと「失われた30年」とかも教えるのだろうか。

2021-02-01

令和の次の元号、次の次の元号、更にその先の元号

社会保険関連の書類を見ていて、元号略称として使われるアルファベットに思いを馳せる。

明治以降は、M、T、S、H、Rの5つ。

明治の前の慶応がK。その前は元治のG、その前は文久のB。ここまではかぶってない。

その前の万延がMで明治かぶるので、文久以降かぶらないようにしてるもの仮定する。

AIUEOの母音はあり得る。安永や永禄、応仁など。

調べてみると過去「い」から始まる元号は無かったけど、S50やH15のようにI11とか書かれると判別が非常に難しいので実務上使いたくない。Oも同様。

残ったのは、AUEと、N、Y、W、Z、D、P

「じ」あたりをJで表記するかどうかも難しいところ。ローマ字は難しい。ヘボン式だと「ふ」もFになる。

「う」から始まる元号過去にはなかった。「う」自体元号の読みとしては2音目や最後で最多出現なのに。

宇宙元年とか宇宙天皇とかどうだろう。22世紀くらいに。宇宙世紀。

これも過去には無かったけど、ぱ行から始まる元号ファンキーでいい。

天平天保、天福など中程にぱ行が現れることはあった。

「乳瓜」でパパイアと読ませるとか。パパイア20年。パパイア天皇アフロっぽい。

2021-01-21

屋敷家ってどうやって千年間も没落せずにいられたんだろうか?

ネタバレ注意

鬼滅の刃』人気キャラ煉獄杏寿郎が弟に遺産相続させるにはどうすべきか

https://diamond.jp/articles/amp/260382

に、鬼殺隊の生命保険の話が書いてあって考えた。あんな死亡率が高い職業生命保険は無理では? 加入できるとしたら産屋敷生命保険くらいでは?

そもそも、産屋敷家って鬼殺隊や刀鍛冶たち(元、も含めて)を養っているけど、その金はどこから出てるの?

平安貴族家系とのことだが、当主が代々30まで生きられない上に、無惨から屋敷を隠し通している隠密ぶりを思うと、まともな経済活動政治活動も出来なさそうなのに。

平安から江戸時代まで

鬼すら殺せる武装勢力を抱えている以上、人間相手荘園とか分捕られる心配はなかったろうな。

大正時代と違って人々には「舐められたら殺す」がOSに組み込まれいるから、

・鬼を殺す

・お館様を守る

に反しなければ、一揆とか野盗とか殺すくらい問題ないだろ。

明治以降

鬼狩りに助けられた人から支援は、藤の花の家紋の家みたいな感じで色々あるんだろう。

政商とか貴族でも、スタンドを使うゾンビみたいな鬼滅の鬼に対抗するのはきつそうなので、恩を売る機会は山ほどありそう。

で、みんながみんな快くドネートするとも思えないので、鬼殺隊が決断的ドネートを求めたりしたんだろう。

応じないと、なぜか邸内の藤の木が切られたりしたかもしれない。

鬼殺の料金が払えないと「貴様を鬼殺の国に連れて行く」とか脅されるのかもしれない。

2021-01-20

anond:20210119162309

国家神道絶対価値観として国民天皇陛下のために命を捧げなければならないとする全体主義的な国民規範だって別に日本古来の伝統でもなんでもなく、明治以降に作られたものなんだよね。

2020-12-25

夫婦別姓だの日本家族制度だの言っているが、そもそも

そもそも氏名を連ねて書く習慣は日本古来なかった。氏と名を連続して書くようになったのは明治以降

2020-12-13

anond:20201212235843

「持っていた」と言っても

全体の8割以上を占める

平民にとっては、貴族武士のような

家柄に関わるものではなく、

識別記号だろ?

そもそも平民が「家」について

考えるようになったのが、

明治以降西洋文化の浸透と

江戸幕府が進めていた

寺請制度の撤廃による

家父長制の導入なわけで、

家のような面倒なこと考えるより、

衣食住整ってれば良いぐらいな感覚

夫婦別姓議論ってそもそも日本人

馴染まないものだと思うよ

2020-12-12

anond:20201212234221

庶民であっても割と苗字は持っていた、公文書記載してはだめという江戸時代の幕藩の方針があっただけで

まあそもそも明治以降苗字江戸以前の苗字が必ずしもイコールではないが

夫婦別姓とか何とか

一般人苗字出来たのって、

明治以降だろ、しかも大半が

適当創作苗字作って名乗り出した

始末なんだから、意地張って

守るものでもないだろう

男に揃えるか、女に揃えるかの

バランスについて議論必要だと

思うが、同姓自体は何も問題無い

どうよ?

2020-11-26

anond:20201126114608

男爵は最下級だが明治以降に新しく叙爵されたひとも多いから、そういう人はお金あるだろう

お金ない貴族は書生もおけない

江戸時代公家なんかは貧乏だったよ

2020-11-18

なぜ勉強して良い大学を目指さないといけないのか

人生を無事に送るためには、法律を守って正直に生きることが大切だ。

ところでこの「法律」って、どこかの誰かが作ったものだって知ってた?神様から授かったとか先住高等民族が遺したとかじゃない、明治以降 ここ百数十年くらいでどこかの誰かが決めたものなんだ。全部ね。

決めたやつの中には良いやつもいれば悪いやつもいたし、賢いやつもいればバカなやつもいた。具体的に言えば、国会議員のみなさんだ。みんな、議員連中の中にはどうしようもない奴がいるって知ってるだろ?でもあいつら、実は法律を作る権限を持ってるんだ。

もちろん、議員ひとりで法律作れるわけじゃない、賛成多数で可決されなければならない。でもさ、自分に有利な法律をつくったり、自分に有利なトラップを仕込んだりはできるわけ。冗談じゃなく実際に仕込まれてるんだよ、いま通用してる法律なかにも。

何が言いたいかというと、法律正義じゃないってことだ。議員の誰かにとって都合の良いことがあって、その狙いのもとでつくられてるってことだ。そして俺らはそれに従わなくちゃいけないってことだ。従わなければ違法行為だ。叩きまくって良い。文字通り物理的にタイーホしてもOKだ、違法だしな。

勘の良いひとは気づいたかもしれないけど、良い大学を目指して勉強しなければならないのは、良い大学に入って 国会議員になるためだ。日本国に俺ルールを作らせるためだ。なんせ完全合法からな。

もし国会議員になれなかった場合法律運用する行政府とか 法律解釈を決められる弁護士とか判事とか法律関係者になるのもあるが、やっぱり大元法律を決めらる立場いちばん美味しいと思うよ。

2020-11-17

大正製薬寛永通宝みたいな元号の使いか

つくられた時の元号をそのまま冠するものってどれくらいあるの。俺が思いつくのは貨幣だけだった。

皇朝十二銭で発行時の元号をそのまま名前につけたのは、承和昌宝、貞観永宝、寛平大宝、延喜通宝の4種類。和同開珎は元号和銅から少し字を変えたので違う。

江戸時代貨幣は材質を変えた寛永通宝以外は小判も銭貨もすべて鋳造当時の元号を冠している。

明治以降の例はたくさんあるからそれ以前のが知りたいのだけど貨幣以外にある?あとになってから古い元号をつけたりするのではなくてね。

2020-10-06

anond:20201005180337

他にも書いてあるけど、「お焚き上げ」に見られるように「焼くことで供養する」という感覚日本には古くから存在している。

お盆迎え火送り火もあるように、「火」は古来日本の宗教観ではむしろ聖性を持った存在で、祭りにも多く取り入れられている。(火葬明治以降なので違うのだが)

仏教に限ればさらに、死んで仏となったものは何かを燃やした「香り」を食べるともいうな。だから線香。

そうした感覚の持ち主(である自分からすると、ご父君のご友人方の行為は、「思い出を煙と化して、天に昇った友人に届けようとする」、手紙のような行為だろうなと想像される。

生き死にの場面で「何かを焼くこと」が侮辱になるのは、棺桶に収めた上での土葬が中心の、キリスト教的な価値観ではなかろうか(いつか来る復活の日のために遺体はそのままにしておく。焼くのは復活を不可能にしてしま行為)。

元増田はこうしたことも改めて理解した上で、その行為をもう一度咀嚼してみて欲しいと思う。

2020-10-05

anond:20201005140519

良い例の方が少数派だからこそ

女が外で働く権利要求したんでしょう

考え方の違いの問題だな

男は外に出て働く事でまぁ世の中と戦ってたわけで女は家で守られていたっていう面もあるんだけど。

で、昭和から自殺者数の統計って男女比で男がずっと多いんだけど女は辛かったんだ!って主張するのであれば

女の自殺の方が多いとは思わないかね?

貴方ジェンダー論者のように見えるんだけどまぁ男女平等にしようってなったとして

じゃあ全ての職業を男女同数やらなければいけませんってなったときゴミ収集って誰がやる?

今ってほぼ男しかいないんだけど女の中からも誰か出さなきゃ行けませんってなったら誰を出す?

子供売り飛ばしたり暴力を振るったりはしなくても

子供を売り場していたとかどうこうってそれ貧乏農村とかの場合だろ?

子供を売り飛ばした金で母親も飯食って冬を越してたわけで何是それが父親だけの悪行になるんだい?

それは、一家の悪行で有り父も母もない。

それを男だけの罪にするのはなんで?そもそも現代論理感でしか話せないのは何で?

当時の論理の話しを現在で考えれば大抵何でも悪になるさ

浮気はし放題モラハラし放題たいした稼ぎでも無いくせに偉そうにし放題

そら、浮気をやめようみたいな論理自体キリスト教圏の考え方が入ってきた明治以降の考え方で日本全国に広まるわけがなかろう。

明治より前なんて男色普通だったんだけどわかってる?時代が違えば論理感は違うの。

それを現代論理感で批判する時点で私は時系列を分離して考えられない人間ですって名乗るのと一緒な?

たいした稼ぎでもない人ばかりだったら今の社会存在しない

女は生殺与奪権握られてるから泣き寝入り

意味分からん

anond:20201005132749

> 子供を売り飛ばしたり

の子供を守るためであったりしたし今の日本でなくなっただけでアジア圏の国だと未だに普通にあるよ?

否定する?小さい妹を守るためにお兄ちゃん金持ちおっさんに買われるとかあるけど否定する?

の子供たちに仕事を与えようとすれば先進国論理感で「子供労働させるなんて!」ってくるんだけど知ってる?

教育を与えれば良い?教育を与えている間の生活費は誰が負担するの?

でさ、現代論理でそうなるだけの話しで社会的教育を与えることが正しいってみんなが理解していない時代って子供労働力であり資産になるのよ

からアフリカでは未だに子供労働であるから多産し児童の売り買いも発生するし教育もするモチベーションが上がらない。

日本だって明治以降教育を与えようとしてもだめだったか給食出したりとかしてたわけで。

なんていうか、それが悪いことだと考えるのは今の論理感であって当時の論理感を考えないで批判的に捉えている時点で

貴方はその結果の裕福な社会に生きていることを自ら否定しているのでそういった物の資産の上に胡座をかいて暮らすな。

> 家にろくに金を入れず外に女作ってた家長もいるわけで

一部の例外を引っ張ってきてどうこうっていうなら旦那を殺す、子供を殺す女もいるわけでどうするの?

なんで例外を引っ張ってきたらブーメランになるだけってわかんないの?

> そして妊婦救急車呼ぶなと言う鬼畜どこにいるの?

妊婦だけであるのであれば救急車を呼ぶべきじゃないよ?

自宅内で破水とかして緊急なら呼ぶべきだけど妊婦であるだけで救急車を呼ぶ理由にはならないんだけど

なんで呼ぶなが鬼畜になるのかわからん

> 家父長制度美化してる人って

> 善良な家長しかいない前提で語るから無いわ

これもブーメランで家父長制度をだめって言ってる人って

少数の悪い例だけをあげているとも言えるわけでどうするんだ

メリットデメリットもあるし良いも悪いもあるし全てが悪いわけでも全て良いわけでもない

この世の物は0か1にはならない

2020-09-21

アジア人の分際でリベラルやってて空しくなんないの?

「後ろ向き」発想で行くならそっちの方がちゃんちゃらおかしいと思うんだけど

彼らの言う「人権先進国」とやらの基準西海岸とか北欧かにあって、そこの住民が全部決めていて、そこから全然動かない

同じ黒人に売られた結果なぜか被害者性を獲得した黒人ならともかく、アジア人とき既存人権を弄くり回すポリコレパワーなどない

彼らの保護したいものけがマイノリティであり、アジア人はせいぜいBLMの数合わせでもやってろということである

まりアジア人リベラルなんぞ自称したところで、永久に彼らの風下に立ち続けることになるだけだ

基準があっちにあってあっちから動かない以上、そういうことになる

この先彼らがイスラムに乗っ取られでもしない限り、いや仮にそうなったとしても変わらない

人権思想欧米崇拝を分離できなければ、それこそ明治以降欧米の尻馬に乗ってゲイ迫害した連中のごとく今度はイスラムに傾倒するだけであり「いやアジアこそが人権思想最先端なのだ」ということにはなり得ない

同じ日本人相手マウント取ってイキれるならそれでいいって、自分で志が低すぎるとか思わないんだろうか

2位以下でいいんですか?

2020-09-01

事実を認めたがらない人は、なぜそうなってしまうの?

たとえば漢字の筆順なんてものはどうでもいい。歴史的に「正しい筆順」なんてもの存在せず、明治以降文部省が便宜的に決めたものに過ぎないことは、調べればすぐに分かる。

ところがどういうわけか、世の中には「漢字の筆順が重要である」と強弁したがる人たちが一定数いる。彼らはあれこれ理由こじつけて、客観的事実否定しようと試みる。

そりゃあまあ、たとえば自分の親戚が変な宗教に入ってるとか、性犯罪者であるとかで、それを隠さないと普通社会生活を送りにくいとかなら、事実を捻じ曲げたがるのも分かる。他にもたとえば、普段疑似科学なんか全く信じない人でも、いざ自分が癌とかになったら代替医療に縋る可能性もあるかも知れない。けど、漢字の筆順なんてほとんどの人類にとっては、それに意味があろうがなかろうが、人生に何の影響もない。

そういうものに頑なに拘る人というのは、一体何を考えているのだろうか。

2020-08-05

日本人宗教観

靖国で待っている』『ここで止めたら、英霊申し訳が立たない』

大量殺人自殺)を「善」と位置付けた国家神道靖国神社)崇拝。

生きているうちは人権軽視されて、死んだら神様になれる宗教ってヤバすぎだろう。国家主義者の生み出した最悪の思想だ。

日本多神教だ」と言いたがる人もいるが、土着のマイナーな神を崇拝する人もほぼ居らず、

明治以降日本の150年は実質的に「天皇崇拝の一神教カルト

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