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はてなキーワード: 国民意識とは

2019-08-16

anond:20190816090950

子供を産む必要なんてない。

そもそも日本騎馬民族による征服者トップであった天皇に従う者が

征服者被差別部落民、薩摩隼人アイヌ琉球民族などを近代以前から搾取し、

近代以降は朝鮮人中国人などのアジア人搾取してその上に成り立ってきた存在であるから

民族意識国民意識を捨て去り反日闘争を闘った同志(世界革命浪人)以外の日本人は滅びるべき。

2019-08-07

「#好きです韓国」が間抜けである理由

日韓関係を諦めたくない」両国Twitterユーザーハッシュタグに込めた思い

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.buzzfeed.com/jp/sumirekotomita/hashtag-japan-korea





1.韓国人の反応を見よう

翻訳元:http://cafe.daum.net/ok1221/9Zdf/1691571

陰湿な国だからからまた何かするかと思って信じられない。

いや、そうじゃなくて安倍退陣こういうのし・・・

どうでもいいことしてるねwwwww

独島韓国領土強制徴用安倍退陣、こういうの上げろ。

ほんとだよ。

うそう、それでこそ常識を備えた市民であって。

または本人が直接デモをするとか。

そのハッシュタグを付ける前に歴史を先に学ばなければならないようなんだけど。

歴史を知れば「好きです韓国」なんて書けなくて「申し訳ありません韓国」と書くことになると思う。

これ。本当に良好な関係を持とうとするなら「申し訳ございません。反省します」という言葉を使わなければならない。

ああしておいて選挙とき安倍を選びそうwwwww

から韓国謝罪するなら、高位層から国民すべてきちんと謝罪して・・・

歴史捏造して加害者被害者嫌悪することが話になるか・・・本当に・・・

ほんとそう。

韓国国民性がいいんでしょ^^

お前たちの国民性と同じだと思うのか。

wwwwwwwwww

独島韓国領土と書けよ。

なんでそうしながら安倍を選ぶの?

独島韓国領土と書いてみて。

まずは歴史から学んで。

え?この子たちはイルベのような子たちなのか?wwwww

正しい歴史を習ってから言って。信じられない。

私たちは嫌い。

日本信者たちがこれを見て、それでも日本人たちは善良だとふざけたこと言いそう。

それでも不買wwwww

からどうしろ・・・頑張るね、本当に。

で?謝罪でもしろよ。

良い記事だ。

それでどうしろと。このような記事をしきりに出すのはなんで?

こういう良い日本人もいるから、もうこれくらいにして日本に行ってお金を使えと?

一体どうしろと言うんだ?いい加減にしろゴミ記者

民主市民の団結された力が必要です。

心温まる文に感謝気持ちです。

勇気のある日本人に敬意を表します。愛してる日本

日本人たちには無限の優しさを施しましょう。

安倍政権には断固たる不買意志をみせてあげましょう^^

それで?日本人たちの大多数が韓国制裁を歓迎しているんだけど。

良心のある日本人は全体でごく少数。そんなので韓国を慰めるのは捨てるべきだ。

私たち不買運動永遠に続けて行かなければならない。

韓国不買運動をするからああするんだよwwwww

そして、ゴミ記者たちは不買が広がるかと思って、こういう記事も書いて。チッ。

はいはい。今回の世論調査韓国ホワイト国除外支持の世論が90%ではなかったか

国民意識の違いを明確に見せる事例だと思う。

韓国ファシズムおかしくなっているところだから・・・

好きです日本

私たちもムンが恥ずかしいです。

好きです韓国と言う前に、しっかりとストップ安倍と言わなければならないんじゃないの?

韓国に来る日本人たちを防ぐ必要はない。

彼らはそれなりに良心的な日本人だと思うから。だから韓国に来る日本人たちは親切にしよう。

そして、私たち絶対日本に行かないようにしよう。

今回きちんと日本に見せなくちゃ。私たち一時的ではないと、はっきりと見せてあげよう。




2.講評

如何でしたでしょうか。

韓国人観察をたしなむ人間なら「#好きです韓国」を見た瞬間頭から尻まで完璧に予想できる反応です。

ポイントをまとめます


彼らはフラットな友好ではなく「日本人が頭を下げ続ける関係」を願っているし、それが正しいと心から思っています

そのような趣旨発言複数あったので目に付いたと思います

これは悪態挑発で言っているのではありません。

から道徳的発言のつもりで言っています

相互の冷却や和解ではなく屈従を願っています

和解したいなら韓国歴史認識を受け入れろ」

和解したいなら反安部デモしろ

和解したいなら「ごめんなさい韓国」と唱えながら生きろ」

ということです。

繰り返しますがこれは煽り無理難題のつもりでいってるのではありません。

から正しい正義だと言うつもりで言っています


相手が軟化したと見るや付け上がります

「#好きです韓国」を相手の理性や寛容さとして見ている人は殆どいません。

弱さ、弱気と捉えてここぞとばかりに強い要求を飲ませなければならないと吹き上がっています

これは韓国人特に甚だしいだけで、どこの国の人間でもこういう状況で「#好きです韓国」みたいなものを見たら

こういう風に相手弱気になってるととらえて付け上がるものです。


喧嘩はやめよう」に対し「許してほしいなら土下座して謝ってこれとこれとこれを飲め!」

ホワイト国に戻せ」どころではないたくさんのことを注文しているのがわかると思います

友好に資するどころか、嗜虐心を刺激してより攻撃的にさせていることをよく見てください。

国内親韓派と言うののやることは常にこのようなものです。

→超マイノリティなのに勝手ダイレクトに融和の声をかけて、 

 その卑屈な態度で韓国人マウント欲を刺激し「よーしじゃあこれとこれとこれをやれ!」と興奮させる。

→実際に日本社会は韓国人の期待したように動かないので「後頭部打撃だ!(だまし討ちと言う意味韓国ネット用語だけど最近メディアにも載る)」と怒る。

韓国人上下関係欲を刺激しては裏切る、ということを繰り返して歪んだ希望と落胆のループに陥らせているわけです。


親韓派は独り善がりの現実逃避

そもそも韓国日本にはあまりにも大きすぎる感性の違いや歴史韓の違いがあります

そこを無視して「好きです韓国」とか「仲良くやろうぜ」とやるのは現実から目を背ける動きです。

複雑な問題を単純なアプローチ解決できると信じたがる人は馬鹿です。

馬鹿が大きな声を出すのはみんなの迷惑です。

2019-05-21

anond:20190521104815

そもそも日本騎馬民族による征服者トップであった天皇に従う者が

征服者被差別部落民、薩摩隼人アイヌ琉球民族などを近代以前から搾取し、

近代以降は朝鮮人中国人などのアジア人搾取してその上に成り立ってきた存在であるから

民族意識国民意識を捨て去り反日闘争を闘った同志(世界革命浪人)以外の日本人は滅びるべきなのに、

日本の子供を産むなどという行為のものが間違っているから。

2019-05-15

anond:20190515135757

未来永劫日本はお通夜ムードで過ごさなけりゃならなくなっちゃ

そもそも日本騎馬民族による征服者トップであった天皇に従う者が

征服者被差別部落民、薩摩隼人アイヌ琉球民族などを近代以前から搾取し、

近代以降は朝鮮人中国人などのアジア人搾取してその上に成り立ってきた存在であるから

民族意識国民意識を捨て去り反日闘争を闘った同志(世界革命浪人)以外の日本人は滅びるべき。

通夜ムードですら生温い。

2019-04-19

ネット露悪趣味ネタがどんどん現実になる今にワクワクする

20年ぐらい前のネット普及期以来2ちゃんねるをはじめとする匿名の場でクズどもがクズであることを自覚しながらどれだけ悪趣味なことを言えるか競い合ってひり出していたネタが次々に現実になっているかのような今が最高に楽しい

ネット在日韓国叩きなんてありゃネタだったのに真に受けて路上に飛び出した在特会とか、国家としての韓国は俺たちのネタ以上にアレだったようで一連の事件嫌韓日本人国民意識になったかのような世論調査結果がでたりとか、非モテが本当にリア充逆恨みしてテロを起こすインセルになったりとか、「じゃあ、お前はテロリスト予備軍の難民自分の家にずっと住まわせてやるのかよぅ」と煽ってたらアメリカ大統領が同じこと公言するとか、昔は匿名掲示板で糞の見せつけ合いをするのより楽しい遊びは無いと思っていたのに、今では現実の方がずっと楽しい

2019-02-23

所得増による経済成長を目指すのが戯言だと証明されたが

みんなどう思う?

韓国では低所得者層所得増により経済成長を目指していた

しかし、結果はというと過去最大に所得格差が開く事になった

経済学博士号を持ってる立場からすると当然も当然

愚作も愚作だったしか思えない

立民を中心に野党がこれと同じことを言って選挙戦ってたがそりゃ負けるわなとしか言いようがない

経済学素養があれば低所得者ちょっとお金を持つくらいのことで経済が動かないことはわかる

しろ、体力のない中小企業疲弊してより強者が勝つ構造を明確にするのだから格差はむしろ広がると考えるのが当然

じゃあ、どうすればいいのかというとインフレ気味で物価が高くなってもたくさんモノ、サービスが売れる社会を作るしかない

単純じゃないし難しいがこれしかないんだよ

これは政治経済政策というよりもむしろ国民意識によろところが多い

経済もっと良くなる社会もっと良くなるこれを政治家や影響力のある人間アピールして国民に信じてもらうしかない

から日本ディスカウントしてるような政治団体やその界隈を支持して日本オワタポルノ自慰してる連中には本当に海外に言ってもらった方がいい

2019-01-22

anond:20190122231128

そもそも皇室大陸から渡来した農耕・騎馬民族の子孫で、日本全土が侵略で得た征服地。

征服民は、やがて皇室に連なる『天孫民族』と同化農耕民族となり、同化拒否した一部被征服民が被差別部落民となった。

中世以降も南北に着々と侵略を進めていき、明治になってアイヌ琉球王国併呑し、内地における侵略完了させた。

このように、日本国の歴史はまさに侵略搾取歴史に他ならない。

このような侵略伝統があるからこそ、日本によるアジア世界侵略が起こったのであり、日本民衆所詮は「犯罪国家日本」の構成員にすぎず、アイヌ琉球民族犠牲の上に生活が成り立っている。

からまずこの邪悪日本民族意識・国民意識を捨て去り反日闘争を闘った同志たちが滅ぼし、反日闘争に協力しない全ての日本人を殺すことによって悪の歴史を捨て去るべきだ。そう思わないかい?

2018-12-02

anond:20181202085618

なんの負担責任も負わない人がなんで善意なの?

もう既に実施されてて、今度は新しい入管法が始まる

これはもう決定事項ですよ

それを無視して何も行動を起こさないのはむしろ悪意でしょ

人権無視された状態から少しの負担で救えるのに放置するんですか?

そんな無責任で残忍な国民日本人くらいですよ

中東でもアメリカでも困ってる人がいれば無条件でお金放棄する

それが当たり前になって先進国国民意識があると言えるのでは?

国民意識が変わらなければ日本を変えるなんてことできるわけ無いでしょう

2018-11-23

まさか嫌韓厨のこの世の春が来るとは

嫌韓厨には、とりあえず「おめでとう」と言いたい。

「爺さんみたいなカビの生えた差別意識を持った連中だな」というのが2chやヤフコメ嫌韓厨なる存在を知った時の俺の感想だったのね。

それから10年以上、嫌韓ネットの一大ブームで、ネットを飛び出した在特会なんてのも出てきて国や自治体対応するまでになったんだけど、ここ数年ようやく嫌韓なりネトウヨ思想なりの流行も治まってきた様子だった。

日本ネット思春期に罹ったハシカみたいなものだな、これからはいつまでも嫌韓を続けているオッサン若い世代からバカにされるフェーズだな、くらいに思ってた。

そこに衝撃的なNHK世論調査韓国徴用判決「納得できる」2%・「納得できない」69%ですよ。

自身「納得できない」69%の方に入るけど、それでもいやしくも他国最高裁が下した判決日本人の大多数がリアルで拒絶するとは。

ネット普及前の20年前に同じ判決が出ていたら、30%くらいは「納得できる」と答えていたのではないかと思う。

いえね、一昔前の日本世論では、朴正煕独裁政権が結んだ条約蔑ろにされた韓国人民への日本さらなる謝罪と賠償必要性否定するなんて、少なくとも大学まで行った人間のすることじゃない、無教養な・田舎者の・年寄りの・要するにバカ邪悪差別主義者の意見だったんだよ(これもまた学歴地方・年齢差別ではある)。

「一昔前の日本世論」というが主語が大き過ぎるなら、自らを教養があって良識的な市民であると信じる、当時の言論支配していたインテリたちとその追従者たちの意見と言い替えても良いけど。

そういうかつてこの国にあった韓国への原罪意識のようなものはもう完全に消え去ったのだろうね。BTS原爆Tシャツや「和解・癒やし財団」の一方的解散凶悪コンボが繋がったもの痛い。

さすがに今でも「ザイニチチョーセンジン日本から出てけー」と叫ぶ嫌韓厨に多くの良心日本人はドン引きすると信じてるけど、それでも「韓国って約束を守らない国だね。過去の終わった話をいつまでも蒸し返すよね。あまり付き合いたくない国だね」くらいの意見安全世間話として楽しめる程度に「厭」韓は日本人の国民意識になったと言っても過言ではない……気がする。

ここまで日本人の対韓感情悪化した原因の第一韓国側にある(彼らが自身正義と利害によって「反日言動を止められないのも理解している)けど、いくらかはネット韓国批判を拡散し続けた嫌韓厨の貢献もあるのではないかと思う。

俺は嫌韓厨とは議論しても無駄だと思っていたから敵と呼べるほど戦った相手じゃないし、特に憎んでもいないので、彼らが望んだ時代になったことに素直に「頑張りが報われて良かったね」と祝福したい。

2018-08-25

美しくない国日本

時折聞く言葉だけど、聞くつどに日本は本当に美しくないのだろうかと考える。よくわからない。時代ごとの文化が異なるのは日本に限らずのことであり、至極当然のことだが、その文化一つ一つにも残虐な行為があった背景や多少はともあれ人々の肉体や精神犠牲になりたった文化がある。それらについての問題点を指摘していくことを悪いとも無意味とも言わない。むしろ良いことだと思う。

けど、「だから日本は美しくない」と言い張ることは民族意識に反しているようでいながら、却ってナショナリズムである。負の要素を日本という言葉で括って語り、美しくないという言葉帰結するのは、いかにも民族的であり、しかもそれらはひどく後ろめたい。一切の問題がなくては美しさは認められないとは潔癖が過ぎて、しかもすべての国々への批判文言となりうる。

こんなことを言い出せば、どんな批判意見でも例外によって排斥されなければならないのか、と指摘されることは分かっている。自分としてもそうだと思う。けれど、ただ単に、美しくないとはショックだ。どれだけ汚職事件があろうと、性犯罪が横行しようと、文化排除されようと、ムラ社会的な要素があろうと、人権尊重されなかろうと、それらの問題とは別に、それぞれのものには必ず美しさが存在していると自分は信じたい。一つの問題国民意識にしてまとめてしまうのは問題提議としてよくあるやり方だけれど、納得しがたい。

美しくないという言葉から来るショックは想像以上だ。

2018-07-21

アンドルー・ゴードン日本の200年」を読んで

この本に書かれている内容はアメリカ人のために作られた偽りの歴史である

徹頭徹尾日本人に対する人種差別感情日本人に対する優越感が垣間見える。

アンドルー・ゴードンの主張に基づけば、日本文明開化しようが近代化しようが

そんなことは結果的には全く無意味で結局は西洋列強養分になったに過ぎないという。

不平等条約締結はアメリカ良心日本近代化への貢献(つまり不平等条約西洋人の横暴を許した結果、国民意識が高まったという逆説的な詭弁)だと言い切り、

原爆投下世界平和のためであると信じてやまない。

まるでアメリカ政府公式見解の主張のようである

ただ、私達日本人はこれが戦勝国アメリカでおける最もポピュラー思想であるということを知らなければいけない。

そして、アメリカではこのゴードンの主張さえも親日的とされるほど、アメリカ中心的な思想がまかり通っていることも知らなければいけない。

この本の序章には、「西洋諸国から『特異な国』と見られる日本歴史が、実は世界史とも関連を持っていた」ということをベースにして書いたとされている。

しかしながら、我々日本人は、日本史が世界史と関連していることなどは小学生でも知っている。

この本は一見して、日本史を世界史の中に対等に組み入れ、俯瞰的に論じたグローバル的な歴史であるように見えるが、

実際は全く異なっている。

ヨーロッパ中心史観に(彼らにとって)イレギュラー日本を組み入れた上、やはり日本異端であると信じ込みたいアメリカ人のための本である

ゴードンの主張で明らかにおかしいのは、日本人の行動が自分日本人のためにされた行動であるということを理解していない点だ。

太平洋戦争日本では大東亜戦争)、開国日米安保などなど。

すべての行動は日本人日本人のために、最善を尽くした結果なのだ

ゴードンはそれらすべてを外圧に屈した日本人が致し方なく行動した結果と判断している。

おそらく、欧米諸国の人々皆がそう信じているのであろう。

このような考え方が、ヨーロッパ世界アメリカ合衆国内に跋扈し、参考にされるようなことが

続くようであれば、

この世界から『第二次大東亜戦争』が発生する火種が消えることはないだろうと思われる。

2018-07-07

日章旗燃えたぎる血

「今、日本の旗のことを侮辱していたのか。」私はおもむろに席をたち、まったく知らないその男の大きな肩をポンとたたいて静かに訊いた。

経緯はこうである。大きなお腹の妻を連れてカフェ一服していると、6人の様々な国籍の男連中が入ってきた。うち一人が、携帯日章旗を表示して連れに見せ、何か冗談いたことを言い(聞き間違いでなければ「...日本の旗はこういう格好をしているんだ。」という言葉で終わった)、皆が下品に笑った。その後、旭日旗を見せてまたげらげら。詳しい会話の内容は分からなかったが、あの雰囲気だけで十分に礼を失する態度だと思った。

男は私の問いに、「No, no, no...」というばかりで言い訳言葉もでない様子だった。私はもういいだろうと考え、不機嫌そうに相手を一瞬睨んで席に戻った。

意外だったのは、あの会話を耳にした瞬間、体中の血が沸騰するような怒りの感覚に陥ったことだ。日本を去って18年。最終学歴キャリアアメリカの中で収まり、今のビジネス殆どのお客さんは日本以外の会社だ。妻を含めほとんどの友人も日本人でない。日本ニュースも正直他人事になってきて、これは本当に国民意識のない根無し草かなと自分を軽く笑うものだが、こういう事に直面した時、人間というのは自分を含めて分からないものだ。

それから私が幼い頃、父親が曲がったことを目にするたび放っておけず、物を言いに行くシーンを思い出した。私よりも遥かに血気盛んな壮年だったので、相手ヤクザにでも絡まれたようにぎょっとしていたのを今でも思い出す。気をつけて入るが血は争えないものだ。

2018-05-21

anond:20180521001620

横だけどそんなんないよ。

人口が半分になるってーのは

内需が、日本土地建物インフラを欲する人間が半分になり、

12000万人が欲しがるものが6000万人が欲しがるものしかなくなる

まり価値が半分になる

これが稼ぐ力も半分になるって意味移民反対派は誰ひとりとして理解していない

教育の失敗、政策の失敗、国民意識の転換の失敗により

外需に生きる道を見いだせなかったか撤退戦悲惨な物にしかならないし

そんなもん断行した日にはネトウヨ売国奴呼ばわりでボッコボコにされてしまうに決まってんじゃん

これからは謂わばゲームオーバーのその後の時代だよ

責任なんか誰も取らないし取れないんだよ

2017-11-05

08憲章

一、まえがき

 今年は中国立憲百年、「世界人権宣言公布60周年、「民主の壁」誕生30周年であり、また中国政府が「市民的及び政治的権利に関する国際規約」に署名して10周年である。長い間の人権災害と困難かつ曲折に満ちた闘いの歴史の後に、目覚めた中国国民は、自由・平等・人権が人類共同の普遍的価値であり、民主・共和・憲政が現代政治の基本的制度枠組みであることを日増しにはっきりと認識しつつある。こうした普遍的価値基本的政治制度枠組みを取り除いた「現代化」は、人の権利をはく奪し、人間性を腐らせ、人の尊厳を踏みにじる災難である21世紀中国がどこに向かうのか。この種の権威主義統治下の「現代化」か? それとも普遍的価値を認め、主流文明に溶け込み、民主政体を樹立するのか? それは避けることのできない選択である

 19世紀中葉の歴史の激変は、中国の伝統的専制制度の腐敗を暴露し、中華大地の「数千年間なかった大変動」の序幕を開いた。洋務運動(1860年代初頭から約30年続いた)はうつわの表面の改良(中体西用)を追求し、甲午戦争日清戦争1894年)の敗戦で再び体制の時代遅れを暴露した。戊戌変法(1898年)は制度面での革新に触れたために、守旧派残酷鎮圧にあって失敗した。辛亥革命1911年)は表面的には2000年余り続いた皇帝制度を埋葬し、アジア最初共和国を建国した。しかし、当時の内憂外患歴史的条件に阻害され、共和政体はごく短命に終わり、専制主義が捲土重来した。うつわの模倣と制度更新の失敗は、先人に文化的病根に対する反省を促し、ついに「科学と民主」を旗印とする「五四」新文化運動がおこったが、内戦の頻発と外敵の侵入により、中国政治の民主化過程は中断された。抗日戦争勝利後の中国は再び憲政をスタートさせたが、国共内戦の結果は中国現代全体主義深淵に陥れた。1949年に建国した「新中国」は、名義上は「人民共和国」だが、実際は「党の天下」であった。政権党はすべての政治・経済・社会資源を独占し、反右派闘争、大躍進、文革、六四、民間宗教および人権擁護活動弾圧など一連の人権災害を引き起こし、数千万人の命を奪い、国民と国家は甚だしい代価を支払わされた。

 20世紀後期の「改革開放」で、中国毛沢東時代の普遍的貧困絶対的全体主義から抜け出し、民間の富と民衆生活水準は大幅に向上し、個人経済的自由社会的権利は部分的に回復し、市民社会が育ち始め、民間人権政治的自由への要求は日増しに高まっている。統治者市場化と私有化経済改革を進めると同時に、人権の拒絶から徐々に人権を認める方向に変わっている。中国政府は、1997年1998年にそれぞれ二つの重要な国際人権規約に署名し、全国人民代表大会2004年憲法改正で「人権の尊重と保障」を憲法に書き込んだ。今年はまた「国家人権行動計画」を制定し、実行することを約束した。しかし、こうした政治的進歩はいままでのところほとんど紙の上にとどまっている。法律があっても法治がなく、憲法があっても憲政がなく、依然として誰もが知っている政治的現実がある。統治集団は引き続き権威主義統治を維持し、政治改革を拒絶している。そのため官僚は腐敗し、法治は実現せず、人権は色あせ、道徳は滅び、社会は二極分化し、経済奇形的発展をし、自然環境と人文環境は二重に破壊され、国民の自由・財産幸福追求の権利は制度的保障を得られず、各種の社会矛盾が蓄積し続け、不満は高まり続けている。とりわけ官民対立の激化と、騒乱事件の激増はまさに破滅的な制御不能に向かっており、現行体制の時代遅れ直ちに改めざるをえない状態に立ち至っている。

二、我々の基本理念

 中国の将来の運命を決めるこの歴史の岐路に立って、百年来の近代化歴史を顧みたとき、下記の基本理念を再び述べる必要がある。

自由:自由は普遍的価値の核心である言論出版信仰集会結社・移動・ストライキデモ行進などの権利は自由の具体的表現である。自由が盛んでなければ、現代文明とはいえない。

人権人権は国家が賜与するものではなく、すべての人が生まれながらに有する権利である人権保障は、政府の主な目標であり、公権力の合法性の基礎であり、また「人をもって本とす」(最近の中共のスローガン「以人為本」)の内在的要求である中国のこれまでの毎回の政治災害はいずれも統治当局が人権を無視したことと密接に関係する。人は国家の主体であり、国家は人民に奉仕し、政府は人民のために存在するのである

 平等:ひとりひとりの人は、社会的地位・職業・性別経済状況・人種・肌の色・宗教・政治的信条にかかわらず、その人格・尊厳・自由はみな平等である。法の下でのすべての人の平等の原則は必ず実現されなければならず、国民社会的経済的文化的政治的権利の平等の原則が実現されなければならない。

 共和:共和とはすなわち「皆がともに治め、平和的に共存する」ことである。それは権力分立によるチェック・アンド・バランスと利益均衡であり、多くの利益要素・さまざまな社会集団多元的な文化と信条を追求する集団が、平等な参加・公平な競争・共同の政治対話の基礎の上に、平和方法で公共の事務を処理することである

 民主もっと基本的な意味は主権在民と民選政府である民主には以下の基本的特徴がある。(1)政府の合法性は人民に由来し、政治権力の源は人民である。(2)政治的統治は人民の選択を経てなされる。(3)国民真正選挙権を享有し、各級政府の主要政務官吏は必ず定期的な選挙によって選ばれなければならない。(4)多数者の決定を尊重し、同時に少数者の基本的人権を尊重する。一言でいえば、民主は政府を「民有、民治、民享」の現代的公器にする。

 憲政:憲政は法律と法に基づく統治により憲法が定めた国民基本的自由と権利を保障する原則である。それは、政府の権力行為の限界を線引きし、あわせて対応する制度的措置を提供する。

 中国では、帝国皇帝権力の時代はすでに過去のものとなった。世界的にも、権威主義体制はすでに黄昏が近い。国民は本当の国家の主人になるべきである。「明君」、「清官」に依存する臣民意識を払いのけ、権利を基本とし参加を責任とする市民意識を広め、自由を実践し、民主を自ら行い、法の支配を順守することこそが中国根本的な活路である

三、我々の基本的主張

 そのために、我々は責任をもって、また建設的な市民的精神によって国家政治制度と市民的権利および社会発展の諸問題について以下の具体的な主張をする。

1、憲法改正:前述の価値理念に基づいて憲法を改正し、現行憲法の中の主権在民原則にそぐわない条文を削除し、憲法を本当に人権の保証書および公権力への許可証にし、いかなる個人・団体・党派違反してはならない実施可能な最高法規とし、中国民主化の法的な基礎を固める。

2、権力分立権力分立現代的政府を作り、立法・司法・行政三権分立を保証する。法に基づく行政と責任政府の原則確立し、行政権力の過剰な拡張を防止する。政府は納税者に対して責任を持たなければならない。中央と地方の間に権力分立とチェック・アンド・バランスの制度を確立し、中央権力は必ず憲法で授権の範囲を定められなければならず、地方は充分な自治を実施する。

3、立法民主:各級立法機関直接選挙により選出され、立法は公平正義の原則を堅持し、立法民主を行う。

4、司法の独立:司法は党派を超越し、いかなる干渉も受けず、司法の独立を行い、司法の公正を保障する。憲法裁判所設立し、違憲審査制度をつくり、憲法の権威を守る。可及的速やかに国の法治を深刻に脅かす共産党の各級政法委員会解散させ、公器の私用を防ぐ。

5、公器公用:軍隊の国家化を実現する。軍人は憲法に忠誠を誓い、国家に忠誠を誓わなければならない。政党組織は軍隊から退出しなければならない。軍隊の職業化レベルを高める。警察を含むすべての公務員政治的中立を守らなければならない。公務員任用における党派差別を撤廃し、党派にかかわらず平等に任用する。

6、人権保障人権を確実に保障し、人間尊厳を守る。最高民意機関(国会に当たる機関)に対し責任を負う人権委員会設立し、政府が公権力を乱用して人権を侵害することを防ぐ。とりわけ国民の人身の自由は保障されねばならず、何人も不法な逮捕拘禁・召喚・尋問・処罰を受けない。労働教養制度(行政罰としての懲役)を廃止する。

7、公職選挙全面的民主選挙制度実施し、一人一票の平等選挙を実現する。各級行政首長の直接選挙は制度化され段階的に実施されなければならない。定期的な自由競争選挙と法定の公職への国民選挙参加は奪うことのできない基本的人権である

8、都市農村の平等:現行の都市農村二元戸籍制度を廃止し、国民一律平等の憲法上の権利を実現し、国民移動の自由の権利を保障する。

9、結社の自由国民結社の自由権を保障し、現行の社団登記許可制届出制に改める。結党の禁止を撤廃し、憲法と法律により政党の行為を定め、一党独占の統治特権を廃止し、政党活動の自由と公平競争原則確立し、政党政治正常化と法制化を実現する。

10、集会の自由平和集会デモ示威行動など表現の自由は、憲法の定める国民基本的自由であり、政権党と政府は不法な干渉や違憲の制限を加えてはならない。

11、言論の自由言論の自由出版の自由学術研究の自由を実現し、国民知る権利監督権を保障する。「新聞法」と「出版法」を制定し、報道の規制を撤廃し、現行「刑法」中の「国家政権転覆扇動罪」条項を廃止し、言論の処罰を根絶する。

12、宗教の自由:宗教の自由と信仰の自由を保障する。政教分離実施し、宗教活動が政府の干渉を受けないようにする。国民宗教的自由を制限する行政法規・行政規則・地方法規を審査し撤廃する。行政が立法により宗教活動を管理することを禁止する。宗教団体〔宗教活動場所を含む〕は登記されて初めて合法的地位を獲得するという事前許可制を撤廃し、これに代えていかなる審査も必要としない届出制とする。

13、国民教育:一党統治への奉仕やイデオロギー的色彩の濃厚な政治教育と政治試験を廃止し、普遍的価値市民的権利を基本とする国民教育を推進し、国民意識確立し、社会に奉仕する国民美徳提唱する。

14、財産保護私有財産権を確立保護する。自由で開かれた市場経済制度を行い、創業の自由を保障し、行政による独占を排除する。最高民意機関に対し責任を負う国有資産管理委員会設立し、合法的に秩序立って財産権改革を進め、財産権帰属責任者を明確にする。新土地運動を展開し、土地の私有化を推進し、国民とりわけ農民の土地所有権を確実に保障する。

15、財税改革:財政民主主義確立納税者の権利を保障する。権限と責任の明確な公共財政制度の枠組みと運営メカニズムを構築し、各級政府の合理的な財政分権体系を構築する。税制の大改革を行い、税率を低減し、税制を簡素化し、税負担を公平化する。公共選択住民投票)や民意機関議会)の決議を経ずに、行政部門は増税・新規課税を行ってはならない。財産権改革を通じて、多元的市場主体競争メカニズムを導入し、金融参入の敷居を下げ、民間金融の発展に条件を提供し、金融システムの活力を充分に発揮させる。

16、社会保障:全国民カバーする社会保障制度を構築し、国民教育医療養老・就職などの面でだれもが最も基本的な保障を得られるようにする。

17、環境保護:生態環境保護し、持続可能な開発提唱し、子孫と全人類に責任を果たす。国家と各級官吏は必ずそのために相応の責任を負わなければならないことを明確にする。民間組織環境保護における参加と監督作用を発揮させる。

18、連邦共和:平等・公正の態度で(中国周辺)地域の平和と発展の維持に参加し、責任ある大国のイメージを作る。香港マカオの自由制度を維持する。自由民主の前提のもとに、平等な協議と相互協力により海峡両岸の和解案を追求する。大きな知恵で各民族の共同の繁栄が可能な道と制度設計を探求し、立憲民主制の枠組みの下で中華連邦共和国樹立する。

19、正義の転換:これまでの度重なる政治運動政治的迫害を受けた人々とその家族名誉を回復し、国家賠償を行う。すべての政治犯と良心の囚人を釈放する。すべての信仰により罪に問われた人々を釈放する。真相調査委員会設立歴史的事件の真相を解明し、責任を明らかにし、正義を鼓舞する。それを基礎として社会の和解を追求する。

四、結語

 中国世界の大国として、国連安全保障理事会の5つの常任理事国の一つとして、また人権理事会メンバーとして、人類の平和事業人権進歩のために貢献すべきである。しかし遺憾なことに、今日の世界のすべての大国の中で、ただ中国だけがいまだに権威主義の政治の中にいる。またそのために絶え間なく人権災害と社会危機が発生しており、中華民族の発展を縛り、人類文明進歩を制約している。このような局面は絶対に改めねばならない! 政治の民主改革はもう後には延ばせない。

 そこで、我々は実行の勇気という市民的精神に基づき、「08憲章」を発表する。我々はすべての危機感責任感・使命感を共有する中国国民が、朝野の別なく、身分にかかわらず、小異を残して大同につき、積極的市民運動に参加し、共に中国社会の偉大な変革を推進し、できるだけ早く自由・民主・憲政の国家を作り上げ、先人が百年以上の間根気よく追求し続けてきた夢を共に実現することを希望する。

(括弧)内は訳注。

原文:

http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/8f95023140c18356340ca1d707aa70fe

http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/84859dc4e976462d3665d25adcd04987

http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/d5a614fa9b98138bb73cd49d3e923b40

転載自由、出典明示)

2017-06-09

現在民主主義システムはどう考えたって不完全

タイトルの通りなのですが。

知識が足りないので理解が間違っていたら申し訳ないんですが。

反例もあるだろうし。

イラクってスンナ派シーア派クルド人勢力があって、

イラク議会シーア派クルド人の影で少数派のスンナ派が割を食ったのがIS出現のきっかけじゃないっすか。

スンナ派地域資源に乏しいとか、

マリキがシーア派利権確保しか考えていなかったとか?色々あるらしいけど。よく知らないけど。

でさ、こういうイラクみたいな大きな集団がいくつかある構成の国って

現在民主主義システムってうまく機能してない場合が多い気がするのよ。

わかんないけどうまく行ってないところは基本そんな構成国民によって国家ができている気がする。

現在民主主義システムって議院内閣制大統領制だあるけどこういう国ではあまりうまく行ってない感じ。

アフリカだろうとヨーロッパだろうと。

いい制度から民主主義を導入しようって気になるのはよくわかるんだけど、

ぶっちゃけそのまま導入してもあまりにもうまく行ってないこと多くねーか?

いやわかんないけど。

うまく行ってる(ように見える)国って大きい集団複数あっても国民意識ってーの?、

集団への帰属意識よりも統合された国というもの所属してる意識が強い気がする。

もしくは大きい集団があってポツポツ小さい集団?いやどうだろ。

ま、とにかくどう考えたってうまくいってないよ。

どうすんだろうな。

国への帰属意識集団への帰属意識より大きくするか、

分離するしかないんじゃないか

ただ分離したらそれまでの持ちつ持たれつの関係はどうなるんだろうとか思ったり。

資源で争ってしまうなら資源がなくても食べていける経済提案しなければならないし。

問題所属意識帰結するか、民主主義システムのあり方に帰結するかよくわかんないけど、

食いっぱぐれんのが嫌で、食いっぱぐれないためには国より集団にいたほうが利益になると考えられる状況ってあるのだろうなと。

一種圧力団体だもんな、宗派民族だっていうのは。

そこに分断があると利益配分妥協するのが難しくなる?らしい。人間って生き物はよ。

国に帰属意識が常にあるとは限らないのだから、そこらへん民主主義システム仕様に改造加えたほうがいいのかなって思うけど、

思いつくのは二院制上院優越が発生する条件を法律に書き込むぐらいの考えしか思いつかない。

上院はもちろん各集団同数。

既存議会システム上院みたいなバカかい組織じゃなくても規模の小さいのとか。

なんか他にいい考えないかな。穴あると思うし。

2017-01-04

http://anond.hatelabo.jp/20170104112215

高齢者って普通は65歳以上ですね

まさか高齢者定義すら知らないで他人世間知らず呼ばわりとか

念のため言っておくと、国民意識調査的には現在70歳ぐらいからが「高齢者」で、どちらかというと引き上げ方向な

2016-09-10

ライバル1964年』ってCM気持ち悪い

2016年度全国キャンペーン:ライバルは、1964年|ACジャパン

ACジャパンが今年7月1日より開始した『ライバル1964年』というCM

自分がよく聴く民放ラジオ基本的TBSラジオ)では結構な頻度でこのCMが流れている。

自分はこのCMを耳にする度に、得も言われぬ不快感に襲われる。

何故不快感を催すのか、自分なりに少し考えてみることにする。

はいえ単なる根拠に乏しい繰り言でしかないので、そこは留意してほしい。

 

その1.いたずらな過去の美化

あの頃の日本人に、笑顔で負けるな。

見る夢の大きさで、人を思いやる気持ちで、心の豊かさで、絶対負けるな。

ライバル1964年テレビCMより

このCMにおいては、「笑顔」「夢」、「思いやり」といった根拠の不確かな理由過去を美化している。

加えてこのCMには「あの頃の日本人と比べて笑顔や夢、思いやり、心の豊かさで負けているのではないか」という言外の意味も込められていると考えられる。

そうでなければ、律儀にあの頃の日本人と今の日本人を比べる必要なんてないはずだ。

まり居酒屋談義としての「昔はよかった」の変奏でしかない。

また、この10年ぐらい俗流の「昔はよかった」に対するカウンター的な言説も勃興している。

これらのカウンター的な言説の場合、だいたいは統計などのデータを用いた上で「昔はよかった」的言説の欺瞞を浮き彫りにしている。

ライバル1964年』で提示される「昔はよかった」を構成する要素のうち、「思いやり」は犯罪件数の推移をもとに論駁が可能であるかもしれない。

しか「笑顔」「夢」場合犯罪統計のような定量データ存在しない。そのため、「笑顔」や「夢(の大きさ)」を昔と今とで比較するのは至難の業である

結果「あの頃の日本人と比べて笑顔や夢で負けているのではないか」というCMメッセージに論駁することすら叶わなくなる。

論駁不可能概念を持ちだすということは、それだけ「昔はよかった」ことをゴリ押ししたいのだろう。そこにはある種の狡猾さすらも感じさせる。

 

その2.政治的意味合いが強いCMを流すACジャパンへの違和感

このCMにおいては、東京五輪が行われた1964年東京五輪が再度行われる予定の2020年とが対比されている。

2020年に向けて日本を考えようというのは、東京五輪に向けた行動をとれというメッセージを婉曲して表現しているということは容易に推測できる。

また、ACジャパン公式サイト記載より、「日本を考える」ことは具体的に「(東京五輪に向けた)ポジティブモチベーションと、日本人の活力を高める」を指すようだ。

今の日本において、五輪政治的意味合いが強いイベントとして意識されているようである

例えば、2012年に取りまとめられた「スポーツ基本計画策定について」には以下のような文言がある。

4.国際競技力の向上に向けた人材養成スポーツ環境の整備

(中略)

国際競技大会等における我が国アスリート活躍は、国民日本人としての誇りと喜び、夢と希望をもたらし、国民意識を高揚させるとともに、社会全体に活力を生み出し、国際社会における我が国存在感を高めるものである我が国アスリートによるメダル獲得は、その一つのあらわれである

4.国際競技力の向上に向けた人材の養成やスポーツ環境の整備:文部科学省

また、2009年には塩谷立文部科学大臣(当時)が以下のような発言を行っている。

2016年オリンピック招致については、立候補ファイル2月12日までに国際オリンピック委員会に提出することになっていまして、そのために今準備を進めているところですが(中略)やはり、国威発揚ということも含めて、ぜひ、招致を実現したいと思っています

大臣会見概要(1月27日):文部科学省

これらのことを踏まえると、今の日本において五輪政治的意味合いが非常に強いイベント位置付けられているようだ。

特に国威発揚」や「日本人の誇り」といったナショナリスティックな意識の醸成のための手段として強く意識されているようである

これは、IOCの掲げる「政治的商業的利用がなされない五輪」という理想とは大きくかい離したものである

さて、ACジャパンの行うCMの特徴として、政治的宗教的事柄は一切扱わないということがある。

実際にACジャパンの会則の中にも、以下のような文言がある。

<その4 団体活動について>

(中略)

4.特定政治的党派的、宗教的主張を標榜する団体支援しない。

支援キャンペーン実施諸規則|広告キャンペーン|ACジャパン

一方『ライバル1964年』においては、政治的意味合いが強いイベントである五輪に向けた行動をとれというメッセージ提示されている。

解釈によっては、「日本人の活力を高める」ということもナショナリズムと連関したかたちで捉えられる可能性もある。

このことから、『ライバル1964年』は政治的宗教的事柄は一切扱わないというAC方針とは大きくかい離したCMであるといえる。

このようなかい離が何故発生したかについては分からない。

可能性として一番高いのは、制作者サイドがIOC提示した「政治利用されない五輪」という理念を無邪気に信じ込んだということである

一方、五輪の持つ「国威発揚」や「日本人の誇り」といった事柄政治的事柄ではないと誤認している可能性も完全には捨てきれない。

愛国心の醸成といったイデオロギー丸出しの教育が「偏向ではない」と見做される時代である

 

なお、2002年にも公共広告機構(当時)は『ニッポン人には、日本が足りない』というCMを放映していた。

しかしこれは国際交流の推進を目的とするものであり、『ライバル1964年』とは似て非なるものである

 

その3.新聞広告

ACジャパン公式サイト新聞広告画像データ掲載されている。

小学生が作ったような(プロとしては)粗雑なコラージュに、テレビCMナレーション文章としてこれみよがしに綴られている。

そのくせ「昔はよかった」オーラ瘴気?)はびんびん流れ出てくるからまらない。

2015-08-26

国民意識希薄になった

自分人生のある段階から国民意識が急激に希薄化した。

というのも、生まれた瞬間から日本国民として生きることを背負わされてしまい、

その選択をする機会に恵まれなかったことに不満があるからだ。

もちろんその選択には「無国籍」という選択肢があっても良いんじゃなかろうかと思う。

日本国民であったから良かったことだってたくさんある。例えば、日本国民であったか

憲法上、自然権が守られているという事実もあるし、日本国籍で、日本経済圏にあるから

現在生活するのに充足する収入が得られているという点もある。

だがどれもこれも自分が選択して日本国籍者となったのなら、より納得がいくということが言いたい。

ちなみに、日本国民としての意識はかなり薄いけれど、

日本という地域暮らしているという意識はあるし、日本列島への愛着もある。

日本語という言語が好きだし、この言語の元で発展した文化諸々も愛している。

半分は、ネトウヨ大嫌いって感情が、自分にこの文章を書かせてるんだよね。

もう半分は、もっと自分勝手に生きていきたいって気持ちだね。

ああ、未来世界では国籍選択の自由もっと活発に運用されてるといいな~

2014-11-13

頭が悪い人間の、お花畑な思い付きでしかないんですが。

従軍慰安婦問題は、女性問題であり、労働問題でもある」という方がいるじゃないですか。

で、今の日本ではそれが軽視されているんだから、解決するわけがない、と。これ見てなるほどなぁと思ったんです。

ただそしたら、もし今がんばって何とか日本に謝らせたとしたって、内心は「チッうっせーな」のままで、本質的な解決にならないんじゃないですかね。

同じ政治的リソースを割くなら労働問題女性問題に振って(そっちの方が自分問題として支持する人も多いはずだし)、国民意識を変えていって、から慰安婦問題という道筋のほうが、支持を得やすいんじゃないかなぁと。

そもそも歴史学的に見て大ウソぶっこいてんのを“今”放置できん、というならそれはそれだとは思いますが、ニセ科学問題なんか見ていても、闇雲に「正しさ」を付きつけても反発を食らうことが少なくないと思うので……。

***

トラバ見てすごく納得しました。タイムリミットですか。

ここに並べていいのか分からないですが、個人的には拉致問題も「今いくら交渉してもまともな返事は来ないんじゃないかな……」と思っていて、ただご高齢の家族を見ていると「それでも今言わなければならない」ということは(そして、ご家族鬼籍に入ったら下火になってしまいそうだということも)理解できる気がします。

慰安婦問題に取り組んでいる方も、「今の日本からまともな返事は来ないだろうけど、それでも今やっておかないといけない」と思っていらっしゃるのかもしれませんね。

2014-10-23

橋下徹vs桜井誠についての所感

 橋下徹桜井誠の約7分にわたる「意見交換」へと感想はさまざまあるが、どれもしっくりこない。

在特会意見を聞いていないという反応

言論の自由】「橋下vs桜井意見交換会を見て[桜H26/10/22]https://www.youtube.com/watch?v=vu0fpCZikIk&list=UU_39VhpzPZyOVrXUeWv04Zg

 まずは「論外」という反応から見ていく。

 この動画で言ってることは結局「橋下は桜井誠の「在日特権」についての主張を聞かなかった」ということにまとめられる。そもそも問題となっているのは「ヘイトスピーチ」についてである在日韓国人朝鮮人侮辱して、憎悪を煽る言動についての意見交換なのであって、「在日特権」について意見交換をする場ではなかったということを確認する必要がある。よって、私はこの種の意見を「論外」である評価している。

 てか、もともとチャンネル桜は、桜井誠を世に出したメディアでもあるんだから(途中で喧嘩別れにしたにせよ)、その辺をちゃんと清算すべきだよね。水島総氏は「ヘイトスピーチ情報謀略戦において不利に働く」と様々なところで、さかしらに言っているけれども、ようは「保守がみんな在特会みたく見えるようにつくられてしまうからやめろ」って言ってるだけである水島氏のこうした発言ヘイトスピーチへの本質的批判には程遠い。「自分に不利になるからやめろ」と言ってるだけだから

 あと、「在特会アンチ在特会平等規制する法律をつくらなければアンフェア」だと動画で述べているが、この点に関しても詭弁があることを述べ添えておく。問題となっているのは「ヘイトスピーチである。「ヘイトスピーチ」とは、特定人種国籍に対して差別を煽るような憎悪表現であるアンチ在特会にそのような発言は、明示的には存在しないはずだ。(アンチ在特会も「ヘイト」だ、という意見をよく聞くけれども、ヘイトスピーチについての基本的知識がないのだな、とそのたびに私は思っている)

橋下と在特会どっちもどっちという反応

 中道左派に多い意見だと思う。おそらく国民の多くは、桜井氏の下品さに嫌悪感をもよおし、橋下氏の「公人」としての振る舞いに疑問点を抱いたことだろう。

 橋下氏の発言には、たしか同意できない部分がある。例えば「本当に政治的主張を行いたいなら選挙に出ろ」といった類のことだ。これは彼が昔から言ってたことだが意味不明デモ活動は立派な政治的活動であり、直接に法整備を行うわけではないにせよ、国民意識を変えていくことで、ひいては国会にも影響を与えうるものであるから、立派な政治的活動である。こんなことは、グラムシヘゲモニー論を引用するまでもなく常識で考えれば分かることだ。

 こうした疑問点は様々あるにせよ、今回の橋下の綿密な行動に私は驚嘆した、というのが感想であった。橋下氏自身も述べていることではあるが、彼の行動はきわめて計画的であったとリアルタイムで見ていて感じた。彼はなかなか感情的には流されない人間であり、冷徹人間性を見せる。そもそも桜井氏の今回の言動くらいで激昂して理性をなくしてしまう男ではない。「帰れ帰れ」という言葉もおそらくはじめから用意したものであっただろう。というのも、在特会が常々言っていた「朝鮮人半島に帰れ」という言葉模倣して、桜井氏個人に突きつけるという手法を橋下氏はとっているのだと私は理解しているかであるそれから、より政治的に言えば、「ヘイトスピーチ」を行う人間公人が思いっき面罵した、という点も評価できる。ヘイトスピーチを行うものはこのように扱われても仕方がない、と世に流布した功績は大きい。

 他方、桜井氏の行動について。彼の「激昂」も半分以上は作為的・演技的であっただろう。そもそも彼の「激昂」それ自体が演技的であるのだから、当然と言えば当然なのだから仕方あるまい(この点については「ネットと愛国」における西村修平桜井誠出会いについての記述を参照いただきたい)。しかし、彼の「激昂」は、残念ながら、その容姿・恰好からしても、多くの国民賛同を得られるものではない。クレーマーのものである。多くの国民は彼の言動に不愉快を覚えたことだろう。

 桜井は自著がAmazonで一位になったことを喜んでいるが、それはあくま一過性のものだと私は考えている。動物園にいるチンパンジーを見たがる好奇心以上のものではない。二三年の視点から見れば、この会談が自分に大きな打撃を与えるだろうことから目を背けているに過ぎない。

 なお、こうした人物評にまどわされずに、あの場にいて、どちらかに組せねばならぬ、という当事者視点から見れば、100人中99人は橋下につくのではないかと思う。第三者的視点だけではなく、こうした当事者意識を持ってみることは様々なコンフリクトを見つめてみる上ではきわめて重要なことだろう。

 したがって、「どっちもどっち論」に対して私は違和感を覚えている。

「やっぱり私は桜井誠より橋下徹の方がはるかに嫌いだ。」

 外山恒一ツイッターで「やっぱり私は桜井誠より橋下徹の方がはるかに嫌いだ。」と述べている。

https://twitter.com/toyamakoichi/status/524541443637919745

https://twitter.com/toyamakoichi/status/524558184594173954

https://twitter.com/toyamakoichi/status/524577760044277760

 言葉数が少ないのでその真意は測りかねるが、外山氏らしい発言だと私は受け取った。外山氏は、世の中でヘイトスピーチ批判的になってきたのを見計うかのように、反ヘイトスピーチを大上段から罵る「パフォーマンス」をおこなう橋下氏の「したたかさ」に不愉快を覚えるのだろう。私は全力で同意をしたいと思った。それにしても、「橋下徹か、桜井誠か」という二者択一を迫られるような事案が出てくるとは、やはり悲しい出来事であるだろう。

ヘイトスピーチと法

 法的にヘイトスピーチについて見てみたい。まだ日本にはヘイトスピーチ規制する法律はなく、日本国憲法第21条における「表現の自由」に抵触しないかどうかという慎重論も上がっている。しかしながら、これは国内法だけではなく国際法にも目を向ける必要がある。日本批准している人種差別撤廃条約だ。この条約は、「京都朝鮮学校公園占用抗議事件」の民事訴訟においても注目されたことで記憶に新しい。京都地裁は「我が国裁判所に対し、人種差別撤廃条約2条1項及び6条から、同条約の定めに適合する法の解釈適用義務づけられる」と述べ、大阪高裁も支持している。司法によって国際法の直接適応を受けるのには、立法府のだらしなさを私は思う所である。同条約4条1項では「人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布、人種差別扇動、いかなる人種若しくは皮膚の色若しくは種族的出身を異にする人の集団に対するものであるかを問わずすべての暴力行為又はその行為扇動及び人種主義に基づく活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供も、法律で除伐すべき犯罪であることを宣言すること」を締約国に求めている。しかしながら、日本1996年正式批准してからもう20年近く経とうとしているのに、いまだに「表現の自由」を盾にして足踏みしているのは情けない。憲法98条2項に基づき、早く法整備を行うべきである

在日特権

 「在日特権」について最後一言

 日本国において日本人以上に「特権」をもっている人は存在しない、というのが私の意見である。もし日本人以上の特権在日の人が持っているのだとすれば、具体的に教えていただきたい。

 なお、私的には、むしろ竹田特権」を告発したい。竹田恒泰のことである。彼は慶應大学憲法学講師をしていたというが、通常ではありえない「特権」がなければ、とても彼は講師になれる人間ではない。彼は修士号も持っていないし、学部時代憲法学をおさめていたわけでもない。学術論文も一つもない。なぜそのような人間大学で「憲法」の講師をすることができたのだろうか。これは「特権」以外の何ものでもないだろう。「特権」という言葉はこのように使うのである

2014-03-20

現代ベートーヴェンを生んだ社会について

現代ベートーヴェン」、佐村河内守聾者を装い、別人に作曲をさせたもの自分作曲したと偽って、収入を得ていた男。

彼を取り扱う記事は一様に彼に批判的である。それは尤もなことだ。なぜなら彼は詐術手法収入を得たのだから。彼が間違った人間であることは、自明であろう。矯正しなければならないだろう。

しかし、彼の詐術を通用させたこの社会は、間違っているのだろうか。もう二度と「現代ベートーヴェン」を生んではいけないのだろうか。私はそう考えない。

彼が聾者であるからと考えて、CDを買った人があるかもしれない。その購入者を一様に「音楽センスがなく、コピーだけで買う偽善者」などと考えていいのだろうか。答えは、NOだろう。新垣氏の作曲した曲が素晴らしいかはさておいて、「聾者作曲した」というコピーで買うことが、「偽善的」であるとは思えない。障害者は、このような芸術的分野であるしろ、あるいは他の製造現場などであるしろ、必ずしも就職が容易であるとは言えない。生活保護受給者の内、3分の1は障害者であるといわれるほどである。その様な彼らの取り組み、あるいは発表に対して、支援の気持ちを表すのは、むしろ障害者の就労支援にとっても、国民意識の啓発にとっても、よいことなのではないかと考えられる。

彼を取り上げたメディアに対しても同じようなことが言える。障害者をまったく我々と関わりのないところに生きていると考えないで、芸術家として向きあった。そのことは決して糾弾すべきことではない。また、見破れなかったことも、彼の人格尊重し、彼の言葉を重んじたならば、それも仕方のないこと。

この「現代ベートーヴェン」問題は、ひとえに彼、佐村河内氏と、新垣氏によってなされたことであって、彼を生み出した社会を責めるべきではないと思うのである

2013-12-20

http://anond.hatelabo.jp/20131220154147

多分、詭弁だと思ってるのは君だけだ。提示したキーワード調べるくらいはして欲しかったなあ。

まりだ。君が思うような、地縁血縁で結ばれたムラ共同体連帯の延長上には近代国民国家はありませんよ、ということを言ってるんだ。

君の認識は80年代以前レベルなんだよ。それ無理だから

国民意識は、国民国家国民教育によって醸成するものだ。地縁血縁の外にあるものだ。時に対立さえするしな。自然発生も素朴実在しません。

君も受けてるだろ、義務教育。6年3年受けた課程が俺たちを国民として育て上げてるんだ。生まれたときから遺伝的条件で日本国民としての自覚を得ているわけじゃない。

国民意識国家デザインし、教育で植え付けるものだ。古くは教育勅語廃藩置県も、そのためにあった。国家なしにはありえない。

つーか、地縁血縁だけで作れる国家なんて部族連合程度だろ。

封建制郡県制の違いさえ君の認識じゃ記述出来ないんじゃないか

2013-09-04

マスダ80年代女性アイドル論~薬師丸ひろ子

これまでの記事。

80年代女性アイドル格付

マスダ80年代女性アイドル論~松田聖子論

マスダ80年代女性アイドル論~中森明菜論

マスダ80年代女性アイドル論~小泉今日子論

マスダ80年代女性アイドル論~インターバル


脇道から入りましょう。

資生堂松田聖子デビュー以来サポートしてきた企業でしたが、『Rock'n Rouge』の時に聖子はカネボウのCMに出演し、カネボウの業績が大きく伸びるきっかけになっています(『Rocn'n Rouge』の歌詞唐突に"pure, pure lips"と入っているのは口紅のCMに用いられたからです)。このことについて、当時、資生堂からは聖子を裏切り者扱いする声もありましたが、聖子をイメージキャラクターとして徹底して囲い込まなかった、資生堂戦術ミスでしょう。カネボウは一時期、資生堂に追いつき追い越せで急成長するのですが、元々は紡績会社であり、旧部門を整理しきれず、経営資源を集約化できない決断力の無さを「ペンタゴン戦略」と言い繕っていましたが、そのことが結局、命取りになりました。好調だった化粧品部門は今は花王の子会社です。

先年、アメリカではコダック社会社更生法適用を申請しました。写真フィルム業界は事実上日本2社、アメリカドイツがそれぞれ1社の寡占市場で、高収益を見込める市場だったのですが、ご存じのとおり、デジタル技術の普及によって市場が壊滅しています。その変化に対応しきれなかった、ということでしょう。

生物学では適者生存と言いますが、パラダイムの変化が起きる時に、真っ先に滅びるのは最適合していた強者です。似たようなことは生物史においてだけではなく、経済歴史文化においても起こっています

日本映画大国です。アニメーション映画も含めて年間400本以上制作されていますが、制作本数が割合多い方の国であるドイツの制作本数を日本人口に比例させて置き換えれば300本程度なのですから、相対的にも日本映画産業好調な国だと言えます。この映画産業が壊滅的に縮小したのが70年代であって、言うまでもなく、これはテレビの影響です。どこの国でも映画産業模索時代を迎えていたのですが、世界市場を持つアメリカ映画しか生き延びることは出来ないのではないか、そういう見方もありました。そのアメリカ映画でも従来の大手映画会社による支配が大きく崩れ、独立系の新進の若い映画人たちが大量に参入し、映画産業を立て直してゆくのも70年代のことです。ルーカススピルバーグらもそういう人たちでした。

日本映画製作会社大手五社のうち、日活はロマンポルノに特化し、大映はテレビドラマ向けの撮影所だけが存続しました。東映松竹東宝映画製作会社としては規模が大幅に縮小して、「洋画の興行」と不動産事業で何とか生き延びていたような時代です。日本映画はそのまま衰退していたとしてもおかしくはありませんでした。こう言う状況を受けて、70年代末期には独立系の志のある映画人、新興の映画製作会社市場に参入しています。代表的な企業としてはキティフィルムで、80年代には『うる星やつら』や『銀河英雄伝説』の制作で知られる、アニメーション制作スタジオとして有名になりましたが、元は映画製作会社で、『限りなく透明に近いブルー』を映画化しています

もうひとつ、大きな足跡を残したのが角川書店角川春樹事務所)です。薬師丸ひろ子はこの両企業の黎明期の作品に関わっています。そういう意味では日本映画復興を象徴する女優でした。


角川春樹事務所映画製作に乗り出しのは、本を売るためであって、メディアミックスの先駆けでした。メディアミックス戦略映画産業にとって荒天の慈雨となったのには理由があります。角川のように、映画出版、両方に関係していれば、グロスで元が取れればいいわけです。極端な話、映画の興行は赤字でも、本の売上で補えるなら、映画を作る意味はあります映画単体の採算ラインでは撮れなかった映画も撮れるようになりますし、制作費の規模自体が拡大するわけです。角川春樹映画人ではなかったからこそ、新しいビジネスフォーマットを提示することが出来たのです。

角川映画嚆矢は『犬神家の一族』ですが、『人間の証明』『野生の証明』と大作を毎年制作しました。この頃は、映画になりやす原作を選んでいましたが、本を売ることも目的ひとつなので、原作になる本は長ければ長いほどいいわけです(それだけ売れますから)。80年代アニメーション映画化した『幻魔大戦』は作品の長さで選んだきらいがあります

角川映画テレビCMをどんどん流し、サウンドバイトなコピー流行語になりました。『人間の証明』で言えば「母さん、僕のあの麦わら帽子、どうしたんでしょうね」です。続く『野生の証明』のキャッチフレーズが「お父さん怖いよ。何かが来るよ」でした。「母さん」の次は「お父さん」なのでしょうか。これは劇中、薬師丸ひろ子が演じる少女セリフのままです。


薬師丸ひろ子は『野生の証明』の一般オーディションを経て、デビューしています。当時14歳中学2年生です。どういうつもりでオーディションに応募したのかは分からないのですが、当時東京在住の女子学生にとって、あまり深い意味はなく、応募したのかも知れません。と言うのは、『野生の証明』で名を売ってからも、高校に進学するまで、薬師丸の芸能活動は抑えたものだったからです。当人も親も、深く考える間もないまま、日本中の喧騒に巻き込まれていった、その中で「普通であることを一生懸命守ろうとした、そういう感じです。

アイドル映画に出ることは多いのですが、薬師丸の場合は映画に出た後にアイドルになっています。その映画アイドル映画ではなく、日本映画界が渾身の力を込めた大作『野生の証明』で、監督スタッフキャリアがある人たちで、共演は高倉健という、新人デビュー作品としてはこれ以上はないほど、グレードの高い環境でした。おそらく薬師丸は今もってデビュー作ほどの環境に恵まれた現場は他には知らないでしょう。

彼女は日本映画界の最後王道を通って女優になった人です。アイドルとしてデビューしたわけではありませんが、彼女は日本中に知られ、彼女の台詞日本人なら誰でも知っているまでになりましたから、そうなってみれば彼女は角川映画資産です。彼女と言う資産をどう展開するか、それがその後の角川映画課題になりました。

薬師丸は学年で言えば松田聖子よりは3学年下になります。けれどもデビュー自体は2年早い。80年代と言う時代が聖子によって、聖子と共に輪郭をくっきりと明瞭にしたのだとしたら、薬師丸はその前に、登場した人です。70年代の色彩を持っている、だからこそ選ばれた、ということになります

70年代は学園闘争の時代が終わり、ノンポリティカル雰囲気が前面に出てきた時代ではありますが、成長がすべてを癒すのだとしたら、その果実がまだ蔓延なく行き渡っていない時代です。国民意識の総中流化が完成する一歩手前、むしろその完成が近かったからこそわずかな差違が表層に反映された時代でもあります。その時代に逢って薬師丸は本当の中産階級が持っていた無意識象徴する存在でした。

無意識は持てる者の特権です。異端は常に、自分が他と違うことを意識させられます無意識はいられないのです。薬師丸には70年代若い世代、それも東京山の手若い世代無意識が濃縮された形で詰め込まれています。薬師丸は男女の同級生の中で自然にリーダーシップをとる女子の役を多く演じているのですが、そのような存在無意識存在できたのは70年代東京だけだったでしょう。80年代には女子の商品化が進み、いずれの女子も商品としての自分無意識でいられることは出来なくなるのですが、70年代はまだマルキシズムの残り香のようなものがあって、ある意味都市部では若い女性の意識がニュートラルであることを許された最後時代かも知れません。

から薬師丸にはどこか、連合赤軍日本赤軍の流れみたいなものを感じます。彼女が政治見解として左翼的マインドを持っているということではなくて、ノンポリティカルであるがゆえに、マルキシズムの持っていた理想のようなものの流れを維持して、そこから生じた文化的な派生の中に身を置いている、そういう印象があります

それが以前言った、薬師丸にはジュヴナイル的な匂いがある、というものの正体です。

薬師丸は『野生の証明』以後、言ってみれば角川が彼女の鮮度を維持するために『戦国自衛隊』でカメオ出演させた他は、初主演で本格的に芸能活動を開始したのが、1980年公開の『翔んだカップルからです。高校2年生になっていました。この『翔んだカップル』は相米慎二の初監督作品でもあり、制作は角川ではなくキティフィルムです。やがて90年代にかけてそれぞれのジャンルで主流を担っていく人たち、そういう人たちが80年代最初期のこの時期に、ジュヴィナイル路線で台頭してきた、エポックメイキング意味がこの今ではほとんど知られていないこの作品にはあります。翌年、相米監督と薬師丸は『セーラー服と機関銃』で再び組むのですが、特に演技指導が厳しいことで知られる相米慎二洗礼を受けて、それだけに日本映画の最も濃厚な部分を最初から薬師丸は味わったことになります

今、『あまちゃん』で共演している尾美としのり主人公天野アキの父親役)とは『翔んだカップル』以来の付き合いで、尾美としのりもまた80年代日本映画界のジュヴナイルルネサンスの中心にいた俳優です。尾美としのり大林宣彦監督作品にほぼ漏れなく出演していて、大林監督は「彼は私の作品の署名のようなもの」と述べていますが、薬師丸が続いて出演した『ねらわれた学園』の監督大林宣彦です。

大林監督70年代後半、ホリプロに起用されてアイドル映画を撮っていますが、80年代以後は角川映画の印象が強い人です。『時をかける少女』は原田知世主演のアイドル映画でありながら、同時に自身の代表作品である尾道三部作の中核をなしているように、相当に監督側に委ねた撮影になっています(だからこそ今なお『時をかける少女』はアイドル映画の枠を超えて傑作として継承されているのですが)。

ねらわれた学園』は角川映画プログラムクチャとして初めて手掛けた薬師丸主演映画です。原作は当時の10年前の世相を背景にしていますが、それだけにジュヴナイル雰囲気特に強い作品です。この映画は、大林監督の名を売ると同時に、主題歌松任谷由実の『守ってあげたい』もヒットしました。松任谷由実の第二次黄金時代きっかけになった作品です。ただし楽曲の完成度自体は、第二次黄金時代に入る前、むしろ低迷期の方が出来がいいのですが。

この、『守ってあげたい』という楽曲も、ジェンダーフリーという意味において非常にジュヴナイル的です。ここでは女子は守られる側ではなくて、守ってあげたいという主体的な立場に立っています。こうして考えてみると80年代少女商品化の進行は、供給者としての少女立場を強めるのと同時に、主体的な消費者としてジェンダーとしての女性立場を弱めたのではないかという疑いが濃厚になってきます

私は薬師丸を理系的と言いましたが、薬師丸の映画キャラクターの10年後、20年後想像してキャリアのある姿は思い浮かべられるけれども、専業主婦ではおさまりがつかない、そういう印象があります。しかし松田聖子の場合、当人の生き方別にして、パブリックイメージとして結婚して主婦になって物語にエンドマークがつく、そういう側面を強化した面もあるのではないでしょうか。


一般にはアイドルとしての薬師丸のキャリアは続く『セーラー服と機関銃から始まります。ここから彼女は主題歌担当することになったからです。

角川映画は主に大作路線を手掛けていましたが、大作では数が作れません。これ以後、薬師丸らを主演に据えて、小品を季節ごとに提供してゆく、そういう手堅く儲ける路線に転化しました。薬師丸にとっては主演映画連続でしたが、初期の現場環境の完成度の高さに比較すればむしろ規模が縮小した感じもなくはなかったと思われます

歌手としての薬師丸の特徴は、中音域を含めてファルセットで歌い通すということで、本来のファルセット意味合いとは異なる用い方をしています。単に高音域をカバーするというのではなく、美空ひばりが「七色の声」と言われるように、歌唱に表情をつけて楽曲としての魅力を強める意味合いがあります。全編をファルセットで歌ったアイドルとしては天地真理がいますが、非常に嘘っぽい。そういう印象があります。薬師丸の場合は幸か不幸かファルセットも地声に近い印象があって、嘘っぽさはないのですが、表情に乏しい分だけ分かりやすい上手さもありません。

上手い下手で言えば、今聴くと異常に上手いなと感じますし、当時も上手いとは思ってはいたのですが、歌唱世界観が合いすぎて、印象に残らない、個人的にはそういう感じがあります

鉛筆で例えるなら原田知世は2Hで薬師丸は2B、松任谷由実がそう評したことは以前に述べましたが、薬師丸はわりあい線が太い、それが持ち味であるのに、薬師丸は歌唱では輪郭をぼやかしていますリアリティが無い。歌の題材も10代の少女不安げな感じをテーマにしているのですから、それが世界観に沿っているというならばそうなのですが、輪郭が細いのではなくて薄い、引っかかるところがないのです。ファルセットは本来、「引っ掛かり」として用いられるものですから、それで押し通すのは、強弱の表情が歌唱から無くなってのっぺりとなってしまうことを意味しています。非日常常態化すれば日常です。

彼女の楽曲では『Woman~"Wの悲劇"より』が比較的その弊害を免れているのは、歌詞が生々しい情事を歌っているからです。実態が生々しい情事であるからこそ、そこで用いられた詩的な表現が美しく浮かび上がりますし、薬師丸の加工的な歌唱現実の中のファンタジーにとどめられていて、現実と言う力を持っています。『探偵物語』や『メインテーマ』では、あら、きれいね、で終わってしまう、その傾向があります

器楽として美しいだけに、表現として弱いのです。

角川映画主演作品で主題歌を薬師丸が歌う、と言うのがアイドル薬師丸の代表的なフォーマットであるとすれば、実はそれに相当するのはシングルでは4曲しかありません。『セーラー服と機関銃』『探偵物語』『メインテーマ』『Woman~"Wの悲劇"より』だけです。『Wの悲劇』を最後にして、彼女は角川映画角川春樹事務所を離れ、それ以後も、主演映画主題歌を歌うというフォーマットは続きましたが、そこから先はもう、アイドルとしては取り上げなくてもいいでしょう。

続く

http://anond.hatelabo.jp/20130904155640

2013-05-03

http://anond.hatelabo.jp/20130503093535

同じく。

韓国が(政府外交姿勢国民意識として)いい国だ、とは全く思わないし、同じく北朝鮮がいい国だ、とも思わない。

しろというかごく自然に「ひどい国だよなこいつら」って思う。

でも、その「スカッとする」という意識は全く共感できない。

別に韓国北朝鮮が落ちぶれたからといって日本自分になにかいい事があるわけでもなし。

在日朝鮮人が困ったからって自分には何の利益もない。

それよりも、たとえしっかりした理由があろうと、直接自分が被害受けたわけでもないのに他者に対して攻撃的になる人間のほうが

ずっと脅威に感じる。

もし何かのきっかけでこの意識自分に向けられたら怖いよなぁ、と思うから

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