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はてなキーワード: 刹那的とは

2019-07-24

anond:20190724033623

自覚すべきとしたら「今の批評家は遅れてる」ではなく、「メインカルチャー批評家とは常にサブカルチャーに遅れを取るものである」ということだと思う。サブカルチャーって実験の場だから、後にメインカルチャーになれるものもあれば、そうでなく消えていくものもある。だからこその刹那的面白さはあるし、それ専門の批評価値見出し得るけど、それと「メインカルチャーに値するか」は違う。アーリーアダプターは確かにかっこいいけど、別に偉いわけではない。個人的には憧れるけどね。

まあその「メインカルチャー批評家とは常にサブカルチャーに遅れを取るものである」を自覚してなさそうな人が少なくなさそうな印象もないわけではない。

2019-07-14

ミリも知らないBTSコンサートに行ってきたin 静岡


結論

とても楽しかったし、面白かった。

雑な感想

はじめに、この感想BTSほとんど知らない人間が、印象だけで書いた感想であるので、事実とは異なる部分も多くあると思うし、

アーミーのみなさまには不愉快な部分もあるかもしれないことをはじめに謝罪しておきます

しかし、私自身はとってもたのし時間を過ごせたので、せっかくだから書き残したいなと思う。

背景

ひょんなことからBTSコンサートチケットを手に入れた。私はほとんどテレビも見ないので、BTSの曲もメンバーも知らない。

もともと、ロックバンドライブフェスには足を運ぶ方であり、知らないバンド演奏を聴いたりするのが好き(それをきっかけに新しい出会いがあるため)なので、軽率に行くことを決めてしまったが、そんな、メンバーすらあやふやな私よりも、コンサートに行きたくて涙を飲んだ人の方が、チケットの行く先はふさわしかったに違いない。ファンの人には一抹の申し訳なさを感じたが、個人的にはそんな遠慮よりも好奇心が勝ってしまった。アーミーのみなさま、許してほしい。

いちおう予習はした。曲はけっこう好みだったので、ハマったし、いちおうコールも少し覚えた。

ただ、バタバタしてて、メンバーの顔と名前を一致させるのは間に合わなかった……。

感想

音楽番組と違って、長丁場となるコンサート。ずいぶんといろいろな発見があった。

メンバーの体力や集中力の差は如実に現れる。しかし、それがマイナスなのかというと、そうではないことを知った。

少し集中力が切れてきたメンバーに、余裕のあるメンバーが絡みに行って見せ場を作ってあげたような場面もあった。

なにより、そういう現場の苦悩を知ったことによって、ぐっと彼らの人間的魅力が増したように私は感じた。

・ずば抜けてパフォーマンスが目を引いたのは、ナムジュンとジミン。

この二人は、自分のやりたい表現方向性と、周囲の求めるものがほぼ一致に近いのではないだろうか。両者ともに、パフォーマンスに隙がない。

コンサートの後半までパフォーマンスが決まり続けていたのはこの二人だったな。

ナムジュンは、ラップダンスも、どこを切り取ってもキメてくる感じだ。精神的にも、体力的にも余裕がある。

かといって、前に前に出てくるというよりかは、きちんと周囲を見ているように見えた。ファンサービスも旺盛。

予習の段階ではそこまで注目していなかったが、今回一番好印象だった。能力が高いことで他のメンバーを気後れさせてしま可能性さえも、考慮しているかのような賢さを感じた。

MCでも、日本語英語韓国語を堪能に混ぜていたのがすごい。"雨 EDITION"という表現に、彼の語学センスの高さを感じた。英語表現に引っ張られていたら、形容詞的に「雨の」 EDITIONといってもおかしくないところを、日本語センスでうまく名詞形容詞化してとっさに喋れるのがすごいと思った。後から調べたら、この人はIQが高いそうですね。

とにかくシンプルにかっこよかったし、ずっと目で追ってしまう力強さがあった。

・ジミンは、ソロの曲の時に「えぐいダンスうまいやつがおるぞ」と思って注目していた。

彼は表現力がすごい。表情も半端ないし声も綺麗。

バラードの曲の時、ずっとその曲の世界観の顔になってたもん。美意識プロ意識の高さを感じた。とにかくダンスが上手い、いいものを見せてもらったという感じ。

歌もうまいし、オーラがある。

・その他のメンバーで印象に残ったのはJ HOPEことホソク。

彼はずっとにこにことしていて柔らかい雰囲気門外漢から見てもわかる、絶対必要メンバー

あの余裕のあって安心感のある顔を、しっかり自分役割として自覚し、振舞うことができるのは強い。

見ている側も、安心するし、きっとメンバーにとってもそういう人なのかな、と想像した。

世界一かっこいい顔に選ばれたらしいVことテテ。この子に関して私はどう評価したらいいのか、とても慎重に言葉を選ばねばならない。語弊を生みかねないのを承知で、素直な感想を書けば、

体力や集中力のあるメンバーと対比的に、ムラがあった。バラードの曲の表情の作り込みも、ジミンと比べたらあまりに素直すぎる。しかし先にも書いた通り、それが彼の魅力にもなりうるポイントである。彼の天然っぽいMCで私は、彼はこういう不思議バランスで、自然でいることを隠さないことで、スターになっているのだとわかった。

隙のなさすぎる人に、果たして魅力を感じるだろうか。うっかりすれば高嶺の花のような偶像になりかねないほどの美しすぎる顔を持つ彼が、一人の人間として受け入れられることは相当にすごいことだ。テテはもっと刹那的バランス感を持っており、ほんとうに、「今しか見れない魅力」に溢れたメンバーだと思った。

もっとも苦悩して見えたのはユンちゃん。。。この人は、自分のやりたい表現と、自分のできる表現の間にギャップを感じているように見えた(妄想です)。しかしそう思ったのは、彼のパフォーマンスから努力の跡がにじんでにじんでしょうがなかったからだ。表情の真意は、ファンですらない私には読み取れなかったが、ジミンが自身の美意識をある程度形にできる段階にいるのに対し、ユンギはその過渡期にあり、苦悩しているような印象をもった。そして彼のパフォーマンスは、もちろん申し分のない素晴らしいものだったので、すごく応援したい。

・ごめんなさい!後のメンバーはよくわかりませんでした!!でもみんなかっこよかったです。

まとめ

帰宅してさっそくBTSを復習している自分がいる。今回きちんと追えなかった残りのメンバージン、グク)のこともきちんと知りたいと思った。

基本的に完成度が高く、いいものを見れた素敵な時間を過ごせたので、行ってよかったと思った。

そして、彼らの関係性やひとりひとりの性格が、長丁場の中で見えてくるのがほんとうに面白かったし、

知れば知るほど、魅力が増していく、とてもいいグループだと思いました。またどこかで見たいです。

2019-06-24

anond:20190624100622

から貧困層だろ。

食費だの生活費だの全部削ってまで課金に全投入する。パチンカスとかと同類

そういう刹那的生き方してる奴なんてたくさんいる。貧困層はそういう生き方しかできない。

2019-06-18

ぼっちストレス解消法って何だろうか。

酒が飲めなくなってしまった。眠剤飲んでるのもあるが。

ぱーっとしたいときに、独りカラオケか、スーパー銭湯まったりぐらいしか、思いつかない。

  

サッカー観戦も、したりだけど。負けると辛いし、勝っていても終了のホイッスルがなるまでの逃げ切りまでの選手の走りが大変そうで、見ててハラハラちゃう

風俗もはまっていたけれど、安いマッサージだと変なところを押されて痛めるし。イってスッキリも、なかなかないし、何よりも金が無い....。

享楽的刹那的な楽しみも、なくなってしまった。

  

家族と楽しく過ごすのが良いのだろうか。それにも、金がいる。

健康身体を、心を取り戻すには、どうしたら良いのか...。

  

瞑想は、良かったが、スッキリした後でもイライラ妄想止まることはない。 

スポーツも、しんどい。その日は良くても、次の日や一週間ぐらい不調になる。

  

ぐったり、休むのが最適なのかな。  

タピオカでも飲むのがいいのかな。  

2019-06-17

anond:20190617103648

流行自体刹那的になってるからなあ」

「ところで最近漫画はだらだら続きすぎ」

アニメリメイクも多すぎ」

劇場版を小分けで作るのやめろ」

anond:20190617103315

流行自体刹那的になってるからなあ

アニメが3か月で終わった途端に飽きられるのが分かってるから

即作れるような手抜きグッズを短期間で売り捌く、しかないんだろうな

anond:20190616150116

ブラインドがやっぱ増えたね。ガチャでも箱でも。選んで変える商品とか少なくなったわ

あとメルカリヤフオクが普及して転売屋が一気に増え、初日初回じゃないと買えなくなったり

業界自体末永い発展より刹那的儲けを望んでいるんだろうな

2019-06-11

anond:20190611003111

刹那的価値があるのが良いだろ

またその期間だったら、何をしたって良いところがよい。

俺は服装や顔等にコンプレックスがあるから、そこばかり思いついてしまうけど、

髪を染めたって露出の高い服装したって、コスプレしたってセックスしたって何したって成立する土壌があるよね。

また子供が産めるのも良いし、裕福層と結婚したら実質上がれるところも良い。

2019-06-05

意味がありそうでないものが好き

わたし音楽好きなので音楽の例が多いけどMV映像かに多く見られるような

例えばこんなような

Oneohtrix Point Never - Problem Areas

https://www.youtube.com/watch?v=uvDzaQOSZ3E

いろいろ映るけど理解を求めてない、意味はないかもしれない

Visible Cloaks, Yoshio Ojima & Satsuki Shibano - Stratum

https://www.youtube.com/watch?v=JRxDysnjlzs

アートって感じなんだろうけど、まあ理解あん必要としてない感じ。

POPなのはこんなのとか

https://www.youtube.com/watch?v=Y5bk3VmBpIs

group_inou / JUDGE

昔、モヤモヤさまぁ~ずのデーマになってていいなと思ったけどMVめっちゃシュールだよね。

シュールって単語シュールレアリスムって言葉を思い出したけど、リアリズムって感じは特に感じないんだよね。でも無意識からまれるって近いかもしれない。でも最近感じるこれらは明らかにシュールレアリスムとは違う気がする。

映画で言うと

トム・フォードノクターナル・アニマルズ。これは美術家セレブの奥様に突然元彼から小説が届いて読み進めていくんだけど、それはとても胸糞の悪い話で...というような話なんだけど、ここの出来事小説の内容には全然一貫性一見なくて、かと思ったら少しつながっているような...最後までよくわからなかった映画なんだけど、なんか良いなって。

アーティストマシュー・バーニーDVDをいくつか持ってるんだけど、これもなにか意味がありそうでない感じ。もしくは深い意味があるが、見る側は理解しなくても良いと言われている感じ。口に布を縫い付けられた白い衣服を着た男が白い建物の中の吹き抜けになった階層をよじ登っていくと、様々なシュール出来事が起こるやつ。わたしはなにをいってるんだ。

現代美術といわれるジャンルコンテキストが複雑だから最悪わからなくても良いもの、みたいなのはある気がするんだけど、最近の世の表現物(わたしの見える範囲)はなにかこういう「意味がありそうで無いもの」みたいなものテーマにしたものが増えてきた気がするんだ。あとわたしはこれらのどのジャンル専門家でもないよ。好きなだけ。

結構こういうのって刹那的感覚だったり大分後に思い出されたりしてまとめるのが大変なんだけどいまパッと浮かんだのはこれぐらい。

みんなの「そういうもの」あれば教えてほしい。

2019-06-04

[] #74-8「ガクドー」

≪ 前

ウサクは渋いというか、俺たちから見るとビミョーなものをよく食べていた。

パッケージデザイン一世代前みたいな、俺たちが第一印象候補から外すような、子供ウケの悪い駄菓子だ。

「その『ミソッカス』って駄菓子、よく食えるな。明らかに不味そうじゃん」

「食べてみなくては分からん

しかも、チョイスの理由がまた奇妙だった。

「なんで、そんなの食べるんだ? 好きなのか?」

「店に並んでいる以上、何らかの需要があるはずだ。企業陰謀か、或いは食べた者を中毒にさせる成分が入っているのかもしれぬ」

「で、実際に口に入れてみて、『ミソッカス』はどうだった?」

「名は体をあらわすというが……まさにその通りらしい」

「つまりミソのカスみたいな味だと」

この頃から、ウサクは独特な目線物事を見たがる人間だった。

その知的欲求オヤツの時も例外ではない。

「というか、店のオバチャンに聞けば、売ってる理由が分かるんじゃないか?」

「むぅ、一理あるな。店主、つかぬことを伺うが、この『ミソッカス』はなぜ売っている?」

「たまに興味本位で買う奴がいるからだよ。アンタみたいな」

「……なるほど」


カン先輩は直情的だった。

くそっ、ハズレや。なあオバチャン、当たりだけ抜いたりしてへんやろな?」

「そんなこと出切るわけないだろ」

とにかく「当たればもう一個は断然お得」という理由で、当たりつきの駄菓子をよく食べる。

一度だけ当たったことがあるらしく、その時の快感が忘れられないらしい。

また当たりが出るのではと、その菓子がそこまで好きでもないのに買い続けた。

「これもハズレ!?

結局、学童時代カン先輩が当てたのは一回のみ。

「ほんまに当たり入っとんのか?」

「あ、『当たりが出たのでもう一個』きた」

「あ~! タイナイ、お前なんやねん。ワイの方が買っとんのにぃ!」

カン先輩の熱中ぶりは凄まじく、特にタイナイが一発で当ててしまった時の拗ね方は酷かった。

タイナイぃ! ワイの持ってる未開封のと、その“当たり”と書かれた蓋を交換や!」

カン先輩、それは横暴すぎますよ!」

「いや……というか意味ないだろ」

その日を境にカン先輩は当たりつきの菓子を買うことはなくなり、俺たちの間では“あの菓子”の名前を呼んではいけないほどタブーとなった。

カン先輩は刹那的欲求に忠実なタイプだけど、それはこの頃から変わっていない。


そんな風に、俺たちは自由オヤツの時間を様々な工夫で楽しんだ。

ミルせんにパチキャン、更にのびーるグミ! これで『パチグミサンド』の完成!」

複数駄菓子を組み合わせて、新たな菓子を作るのも一時期流行った。

着物ガムに、金チョコ、更におっちゃんイカを入れる! これぞワイの完全オリジナルKKO団子』や!」

「確かにオリジナリティはありますけど、それ本当に食べるんですか?」

「当たり前や。ワイの意志で買って、作ったんやからな」

ただ食べ合わせは良くないことが多く、複数買った菓子を一つにまとめて食べると勿体無く感じてすぐに廃れたが。

「あ~……金チョコ甘味おっちゃんイカの酸味が絡み合い、それを着物ガムが口の中で留め続ける……まあ、失敗に限りなく近い成功やな」

「それを成功とは呼ばないのでは?」

次 ≫

2019-06-02

弱者と脳の働きについての試論

anond:20190601192836

弱くて参っている人間は、脳の疲労がだいぶ強い状態にあると考えられる。

これは自分自身体感から感じる脳の疲労と行動パターンの推測である。僕が脳の分野の専門家で「脳の疲労オンデマンドで計測できて、当人時系列、並びに他人との比較ができる」のなら

取り組んでみたいとは思う。だけど、あいにく僕は遠い分野が専門で、軽く見てもどうもそこまでの脳の疲労の計測手法はなさそうな感じはする。

脳の疲労が強いと言うのは脳のメモリがいっぱいの状況である。なので、行動を変えるためのメモリもないし、新しい行動を受け入れるメモリもない。判断能力も落ちている。

故に、惰性の行動をし、周りの助言を受け入れられず、刹那的な惰性から導けられる欲求を求める。欲求の一つは承認欲求

それから、脳の無意識側として、脳の疲労が強いとき防衛モードになっていると感じる。というより、危険を感じると脳が急激に疲労するとでも言うべきか。

防衛モードになると次の3現象が起きると思う。

1つ目として簡単な行動についての多動になる。

これは、昔の恐ろしい状態というのは外敵に襲われていることが多かったから、逃げるといった簡単な行動について多動になるのが望ましかたからだろう。

2つ目として、外からのいままでの延長線にない刺激に対して拒絶する。危険ときに来る新たな刺激からはとりあえず逃げたほうが安全だったからだろう。

3つ目として、周りに対する攻撃もする。外敵から襲われた時に攻撃こそは最大の防御だからと反撃した名残だったと思う。

故に脳が強く疲労している状態で、周りがああしたらいいこうしたらいい、というのは受け入れられない。むしろ防衛的に反撃してくる。

脳の疲労状態他人からからない。もちろん、当人意識をしないとわからないだろう。さらに、先程述べた、自分の脳が疲れているのか?の判断もつかない。

他人からからないし、わからないのに表面的な事をいう。

他人からしたら、よくなるためにアドバイスしているのに、反撃という名の攻撃されてくるのがザラ。まあ、人間心理的に仕方ない。故に遠巻きに軽くアドバイスをしておしまい

あるいは、先程の「承認欲求」だけを満たすために上辺的に褒めるだけ。けど、これは問題解決ではないから、意味はない。それは言う方も感じることだろう。

それこそ、弱まってるやつの承認欲求を満たすために、こちらを攻撃して奴隷にさせようとするケースも有るな。

一言で言ってしまえば「手負いの獣」

故に、軽く関わっただけの人間は弱まってるやつに問題解決できることはない、ろくなことはないということで、弱いやつを助けない。となってしまう。

だけど、まずは、弱まってて、脳疲労が強いんだから危険から逃げて脳の疲労を和らげるさせるのが先決。

加えて、多少攻撃してくるのも見込まれから距離は少し置いておいての立ち位置にいないとならない。そのうえで、休んで、うまい逃げ方をアドバイスをするのが良い。

脳の疲労が少ないというのは脳のメモリに余裕がある状況である。行動は変えられるし、新しい行動も受け入れられる。

まずは脳の疲労が少ない状態に落とし込まないと、正しい判断をもとに行動を変えることはできない。一つの解が、マインドフルネス瞑想だと思う。霊魂精神世界微塵も関係ない。

オフラインでは「医師カウンセラー」という一歩おき、手負いの獣のあしらい方が得意な立ち位置である必要がある。

最も「こうすればよい」というのが科学的に確立されてるものでもないから、医師カウンセラーでも玉石混交ではあるが。

まあ、だから、悪いけど、「まず逃げろ」、「プロにかかれ」というのと、プロを金のない弱者でも扱えるようにしろというのぐらいじゃないかと思う。

更に、そんな苦しまなくても稼げる道があることだな。

2019-05-22

結婚価値観のすりあわせ

先日結婚した。

結婚するということは価値観の異なる二人が一つの家庭を作ることである

からお互いが良く話し合い、歩み寄り、目をつむりながらも物事を決定していくことが大切である

そう聞いて育ってきた。

個人的にも上記の考え方は間違っていないと感じる。

新婚の身で一番苦労していることは、妻と意見のすり合わせができないことだ。

建設的な議論ができないのだ。妻は感情的刹那的な事しか言わないので、まるで子供と会話している様に感じるし、実際子供の用にすねる。

そして文句は一人前に言う。

本質的性格が合っていないのだと感じる。

自慢ではないが自分は上昇志向が強く、常に上に上にと考えて生きてきた。才能はなくても誰よりもよく考え、悩み、もがいて前へ進むのが人生だと思って暮らしてきた。

その甲斐あってか日本で一番良いと言われる大学卒業し、企業研究職として働けている。

妻の考え方は生ぬるく、甘えて幼いものに感じてしまう。

何かを伝えようとしても、ひとつずつ基本を丁寧に説明しないと理解してくれないし、理解したと思っても考えが局所的かつ短絡的で全体を見渡せていなく、また説明しなくてはならない。

自分職場や旧友にはいないタイプ人間だ。1を知って10を悟れとまでは言わないが、なんでそんなに思考が遅いのかと感じて足枷をつけられたような気分になる。

何か真剣な話をすると、すぐに妻を怒らせてしまう。

自分は恐らくモラハラ人間なのだもっと正しい伝え方があるのだと悩む毎日で辛く悲しくなる。

彼女にも辛い毎日であることは間違いない。最近は話しかけても無視されることがある。

まるで周波数の合わないラジオの様だ。

どうしたら妻に歩み寄れるのかがわからない。

2019-05-07

anond:20190507174600

さすが性欲サルは何でもオナニーに利用できるとおもってる

オナニーと同様、あとで男性不妊になっても自業自得なのに刹那的性欲に従ってる態度が気持ち悪い

2019-04-30

前立腺開発状況報告

昨年夏ごろからエネマグラを使い、前立腺開発に勤しんできた。

これまで、ドライオーガズム経験は3回。

昨日、丁度3回目のドライオーガズムを迎えることができた。

  

いつものように、エネマグラを挿入れて、20分ほど経過すると

全身が脱力状態になり、そこから更に15分程度力を抜いていくと、

脳に快感が走るようになっていく。この時、尻に力をこめると、快感が広がっていく。

1時間もすると、体も心も快感支配されるようになる。

  

ここで、前立腺を刺激したことが無い者にこの状態危険性について説明したい。

この、体も心も快感支配されている状況は、凄まじい状態だ。

目につくもの全てが快感の道具に見えるようになる。

そして脳内から様々な記憶が呼び起こされて、その記憶にあるもの全ても快感の道具になる。

  

具体的に説明すると、女性に対してのみならず、男性に対しても性的な興奮を覚える。

だがそれだけにとどまらない、人外に対しても性的な興奮を覚える。

例えば、ハムスタースズメイヌネコ、そして魚や豚、二次元世界キャラクターなど

全てが性的対象になるという凄まじい状態になってしまう。

これがエネマグラを挿入1時間後に到達する領域である

  

この状態になると、もうずっと体中が快感に呑まれているので、それ以外のことが何も

考えられない。快感以外の事がどうでもよくなってしまう。快感だけを求めるようになる。

そして、最終段階である

そう、昨晩のドライオーガズムは凄まじかった。

どうなったのかというと、失神したのである快楽で、だ。

  

全身から汗が噴き出るような、体全体が痺れるような、脳みそがとろける様な

それが三位一体になり、真っ白な世界に導かれたような、あらゆる苦しみから解放されたような

そんなうっとりするような領域に踏み込んだと思った時の記憶刹那的だが恒久的な

矛盾したものとして残っている。

  

自分はそのあまり快感に失神したのだと気づき呆然とした。

前立腺への刺激は凄まじい。尋常ではない、と。

そして、この領域に踏み込んでしまたことに対して少々後悔した。

  

なぜなら、ドライオーガズム領域はつまり神の領域に到達することのように

感じてしまたからだ。あのような領域踏み込むという事は、やってはならない

ことなのではないかと思った。

  

だが、またあの領域に到達したいと言う思いもある。

自分が恐ろしくなってくる。なぜなのかというと

2回ドライオーガズムを達成した時もここまでではなかったが

3回目がそれを超えた快感だったからだ。

このまま回数を重ねれば、どうなるのか、それが怖い。

から、しばらく前立腺への刺激は控えようと決意した。

これ以上行くと戻れなくなってしまう、だからそうする。

今後、前立腺を開発しようと考えている人はこうなるかもしれない

ということを考慮してやっていただきたいなと思った次第である

2019-04-26

「なんで生きているのかわからない」というより、生きているうちにしたいことは全てやってしまって特にしたいことがない。

刹那的快感を得たいとは思うけど、別にないならないでいいし。

2019-04-24

ゲイの寂しさ

30歳前後となると、友達や同期が結婚して行き、子供がいたりしてライフステージが変わってゆく。

昔は自分には関係のない話、他人事、だと思っていた。

だけれど、

周りが家庭を築いて、昔みたいにバカをしなくなり、話題が変わっていき、大人になっていく。

取り残された寂しさみたいなものを強く感じる事が多くなった。

これは、別にゲイから、というわけではなく、独り身のヘテロの人も同じ感覚なのかもしれない。

そして、昔は分からなかった、ゲイの人が2丁目とかで大勢で遊んでいる姿、今はわかる気がする。

周りの人、仲の良かった友人と最新の関心、話題が違ってきて取り残された感じがして切ないと感じるゲイも多いのではなかろうか。ゲイという共通項、結婚出産で変わらない友達のままでいられるし、さみしいから群れを作って明るくいこう。的な。

そこから繋がる老後への不安

残すものもないし、と刹那的に飲み明かす朝まで。

人生に正解はないし、

後悔もないけど、

味わってみたかった、

タラレバの明るいノンケ生活

長年の友人の結婚話をメデタイと思いながら1人感じるゲイの寂しさ。

2019-04-22

anond:20190422140839

刹那的相手ならそうだね。

結婚して子供産むの考えると「作り変えちゃうほど元がアレ。もしくは気軽に整形しちゃうアノ国」を想像してしまって無理。

2019-04-06

ピエール瀧は終わりなのかと言われれば

相方あんだけラブコール送ってんなら終わりも何もねえって感じ

もし、電気グルーヴ石野卓球やらテクノ音楽やらに理解が無いのだとしたら、音楽業界なんて清濁併せ持ったクソの掃き溜めでは多少トンだ事やってようが最高の曲を作れば一生どころか死んでも歴史的評価され続けるもの

電気グルーヴとか人生だったか好きな人って刹那的かつ恒久的に「あの時は楽しかったなぁ」を出来る人達だと思うので、ピエール瀧石野卓球のどちらかが死なない限り彼等を愛し続けるんだと思う

しかしたら、死んでしまっても、両方一緒に死んでしまっても悲しみに包まれはするけど何かしらのギャグを呟いて電気の曲を聴き続けるんだと

というかむしろ最近の瀧は表で活躍しすぎぐらいに思う、

しろ公共放送なんぞに出て活動が縛られてやりづらくねえかと思うところもしばしばある。

なんつーか、どこぞの誰かが思っているより、公の場で活躍し続けるってのは、ストレスフルで名誉よりも不名誉でその人のやりたい事と合わなければとことん合わず精神が擦り減っていくものでしょうに。

享楽的な芸風の彼等にとってそうやってわざわざ歯車を合わせに行った業界がそんな自分達に今更ギャースカ言ってるのなんてアホらしくて仕方がないと思う。

正直、謝罪会見の時に「めげるなよ!」とも「にげるなよ!」とも「ウェげるなよ!」とも「ドラゲナイよ!」ともわからない声がかけられた事も彼等にとっては格好の音ネタであり、最高の声援だと思うし。

なにより、他者を傷つけてはいないが社会的には許されない犯罪を犯した人にとって帰ってきても「お前バカだなー!」と言って待っててくれる人が一人でも残っていることはとても心強い事だと感じる訳で

まり、その時点で終わりでもなんでもなくて、瀧が今回の件て疲れてない限りはまだまだ活動してくれそうだなぁっていう感じ

まぁ、瀧が謝りに行くところは多いと思う。

2019-03-31

意識が数カ月先にある

5月に何して、6月に何して、7月に何するから、逆算して今あれやんなきゃいけなくて

とか考えていくと、2019年もう後半な気分がしてくるけど

カレンダーみると3月終わるところか

うーん何だか怖い

 

もっと刹那的即物的生き方をしたい

2019-02-03

anond:20190202230112

ならない。

50年して地獄に行くの怖いなあ……とか思いあたれる人間そもそも犯罪などしない。犯罪というのは基本的もっと刹那的

2019-01-14

地方風俗の思い出メモ(はじめてのマッサージ編)

なんだか最近趣味と呼べるものが、風俗に行くことになってきた。昔は本を読んだり、何かを創ったりそういうものを楽しめていた気がする。思春期より今のほうが性欲に流されている気がする、どうして。

お金知的なことや創造的な趣味に向けられたら、人生もっとかになるだろうに、ついつい刹那的快楽に流れてしまう。

さて、風俗に行ったらここにメモを残しておくことにしている。戒めだ。

今回は3連休旅行のついでに、地方風俗マッサージを受けてきた。もちろん、性的なやつ。

いきさつ

これまでマッサージ系は受けたことがなかったので、どんな感じかと思って試してみた。しかしながら結局ソープなんかと同じくらいの値段を払うことになり、そんなに大したものかと思うはめになった。受け身男性にぴったりとかなんとか、そんな広告に反応した。

お姉様

風俗お姉様を選ぶときには、ネット上の情報から最大限用心深く絞り込んでいく。第一髪型ストレート黒髪がいい。第二に身長は低くて貧乳がいい。第三に女性は責め系がいい。そんなふうに条件をつけていくと、当然そんなお姉様存在しない。どれかを妥協しなければならない。妥協し、決断を迫られるこの瞬間が一番嫌いだ。限られた予算で新しいPCを買うときのような気持ち。泣く泣くグラボランクを落としたり、ケースは再利用しようかと悩んでみたり。嫌いだけれど楽しいからやめられない。

今回のお姉さんは条件は全部忘れて、限られた情報の中で一番写真から容姿推定できそうなのを選ぶことにした。

会ってみれば、推定40歳くらいの美熟女であった。あえて例えるなら熟女と化した新田美波で、もう少し現実的には庶民的加藤綾子という感じ。たぶん、客観的には綺麗なのだろうが、結局緊張していてうまく理解できなかった。茶髪でまとめられた髪質は歳相応で、ホテル証明に照らされてほうれい線やら目のシワをみつけては、最近熟女モノAVもイケるようになった自分が誇らしく感じられた。身体はよる年波に全力で対抗するがごとく、引き締まっていた。胸はもめる程度であり、腰はくびれていた、その下に据えられた尻は大きすぎない程度にどっしりしていた。しかし、上からの強いライトが作る細かな陰影が、肉の質感を強調させ、もう若くないのだと教えてくれた。なるほど、このデティールに気づけるのはAV鑑賞では得られない恩恵だった。

地方風俗店は情報が少ない気がする。みんなそんなに容姿にこだわりなくご指名してるんか?

マッサージエッチサービス

お姉さんはプロフェッショナルであった。淡々仕事を進めつつ、気遣いして話しかけたりしながら作業を進めた。ベットに横たわると身体ウラからマッサージが始まり、全身優しく揉んでくれた。ああきもちい。裏返されたらもうマッサージは終わり。乳首を舐めなめされた。ヌメッとした舌が乳首を絡めとっている。いま乳首が凄く敏感なのだと気付かされる。睾丸をわさわさする、それはとてつもなく気持ちいい。でも最後には射精へと収斂してしまう。お姉さんは自分でアレをしごいてみろといい、私が手を動かすと、「いつもこんな感じでオナニーしてるんだ」と耳元で囁いてくれて興奮した。耳元で囁かれて、最旬的には射精した。

前回との比較

なんか耳舐められながら射精することがノルマみたいになってる。前回のお姉さんと今回のお姉様は年齢的にはい勝負かもしれない。前回のお姉さんはウエストはだらしない感じでそれがそれで興奮要素だったし、おっぱい揉んだらシリコン感を感じてしまサプライズがあった。そして即即でぼくの犯されたい願望をほんのチョットだけ叶えてくれた。そういう意味では、今回は美熟女淡々とお相手頂いたということになる。よろこんでいいはず、もっとよろこんでいいはずなのに、何かが足りない気がする。なぜ?いやいやコレ以上な何もないよ

まとめ

マッサージは少し身体が楽になった気がする。全身をくまなく触られるのは気持ちいいけど、払ったお金を考えると割に合わない。広告ウソはなかったわけで過度な期待をしていた自分を攻めている。

お姉さんは努めて丁寧に接してくれたのだろう。いつも通り何を話したら良いのか分からなかったのは自分責任だ。毎度のことながら、お姉さんにはありがとう気持ちしかない。

何が嬉しいかって、これからマッサージものAVを見て実体験と重ね合わせて興奮できるんだよ!

あーやっぱ

2018-12-26

みんなお金奴隷だよね

例外は親類やパトロンお金享楽的かつ刹那的に生きてる高等遊民ニート

印税キャピタルゲインのような不労所得で生きてる文人資産家と

自給自足が成立してる集落民・隠遁

この3パターンだけだね

生活保護障害者ようなセーフティネットに守られている人は実はもっと奴隷度が高いと思う

なぜならそのお金は味方ではない赤の他人からのものから監視付きのようなものだしね

まあ、賃金労働者赤の他人からお金を貰っているが故に奴隷度が高いって構造は同じだ

赤の他人を仲間と思い込ませて、社会的監視のかわりに労働を課されてるだけで本質的には何も変わらない

決定的な違いとして、労働者価値を生み出しているって事になってるけど、自分はそれが疑わしいと思ってる

価値を生み出せる人は、ほっといても労働という形態を取らなくても自然に生み出しているんだよ

2018-12-19

anond:20181219064120

「多動力」読んで思ったけど、ホリエモンって何かしら信念があるわけじゃなくて刹那的に生きてるから自ら一から何かを生産することはできなくて他人の褌で相撲とるか批判するしかやることがない

2018-11-25

anond:20181125055531

家庭環境、親の状況理解、現状、非常に近い。

共感するには辛すぎた。

 

そして、こうした日々に何の意味価値もないことをはっきりと知覚しながらも、さりとて刹那的にもならず、二律背反的だが、人生意味価値があると思いながら、未来を考えて前向きに生きることができるようになったと思う。ニーチェのいうところの超人というやつらしいけど、そんな上等なものではない。現代では一般的なありふれた考え方だと思う。

それは流石にないと思うぞ。

ネット見てるとそういう人が目立つけど、大半の人間は軽い現実逃避常識の中で生きている。

 

最近、あ、よくわかる、という本を発見たから、読んでみるといいぞ。

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ぼくが自殺を決行した話をする

今だからあんまり気負わずに言えるけど、当時は人生に対して切実な思いを持っていた。もちろん自殺には失敗したから今生きている。

当時、ぼくは20歳ニート生活をしており、よくわからないまま何の目的意識もないまま、とにかくこの先の人生絶望しながら生きてきていた。

ぼくはそのとき大学中退してそれなりの年月が経過していた。大学に行ったのも特に目的は無かった。働きたくないし勉強もしたくなかったが、親が金を出してくれるということで、自分人生に対して責任というものがなく、ただ言われるがままに進学をしていた。受験勉強は全くせず高校時代は家で勉強したことはなかったが、学校の授業を高校1年生から2年生まではしっかり受けていたこともあって、受験成功し、ランクは落としたが大学に進学した。それでもそこそこの国立大学には進学したので、ぼくは同級生ほとんどを見下していたように思う。

大学に入ったときは「遊びまくれる」という意識があって、いままでの家庭内での抑圧が弾けるかのようにぼくは遊び回った。当時隆盛していたモバゲーやらGREEやらでメンヘラ漁りをしたり、ネトゲにハマったりPCゲームにハマったり映画を見たり、一般的パラサイト大学生として過ごしていた。大学ははじめのころは新鮮でおもしろいと思って通っていたが、慣れてくると結局勉強をしなければいけないことに気づきだんだん卒業後の現実が見え始め、やる気がなくなった。勉強をしてなんになると思い始めて学校に行く頻度が落ちた。卒業して働くということに絶望を感じていた。就活というもの意味がわからなかった。

「少なくとも残り38年、あるいはそれ以上、奴隷として働かなければいけない」という絶望感があった。ぼくはそこまでして生きたいと思っていなかった。好んで死にたいわけではなかったが、人生目的が本当に何もなかった。ただ言われるがまま、子ども学校に行くもんだという指令のもとに生きていた。こうした呪縛から解き放たれて自由を得た代わりに、選択肢が何もないように感じていた。「働いて、生きて、それでその後は?」「何十年も生きて、それでその後は?」「生きていれば楽しいこともあるだろう。それでその後は?」「たとえば何かしら名声を得るとして、それでその結果何が得られるのか?」という風に感じていた。すべての物事人生最後にどう意義深くなるのかを考えていた。こういう考え方は、防衛機制の知性化というらしい。

ひとまず2年生に進級した。必修単位だけはなんとか落とさなかったが、そのほかの単位ものすごく落としていた。状況は何も変わっておらず、相変わらず特におもしろいとは感じないながらも、まだおもしろさが比較的マシなゲームや女遊びに没頭していた。しか現実逃避に過ぎないと考えてぼくは自殺を考え始めた。「死」が選択肢に入ってくると、おもしろいほど転がり落ちるのが早い。ただの堕落した大学から、終わり始めていった。

ふつう人間は、何か行動を選択するときに「死ぬ」という考えは浮かばない。「おなかすいたかコンビニに行こうかな。めんどくさいな。まぁ食わなきゃ死ぬしいいか」というふうにはならない。どんな選択でも死ぬことが関わってくる。死神に呪われているがごとく。「窓が汚れてるなぁ。窓ガラスに首を突っ込んだら死ぬだろうか」「料理はめんどくさいな。包丁を刺すのは痛いだろうなあ」と、だんだん普通の行動を取れなくなる。完全に何かしらの病気なのだが、金がないし「この状況が薬で改善されるとは思わない」と思っていた。

当たり前だが大学には行かなくなった。大学をやめてバイトだけやろうと考えた。当たり前だがうまくいくはずもない。そもそも働きたくないのだから、すぐにバイトにも行かなくなった。身分学生なだけの人間に成り下がった。ぼくは大学も行かず、バイトで貯まっていた20万円を使って、「起きる→ゲームする→眠くなると寝る→腹が減ったとき、朝や昼なら近くのスーパーに行き、夜なら近くのコンビニへ行く」という生活をしていた。ゴミは出たらそのまま放置し、いよいよ虫が出てきたときゴミ捨てをするという、現実逃避以外の何物でもない生活をしていた。

何度も「餓死しようかな」と考えて飯を抜いては「限界。無理」と考えてがっつり食べたりしていた。「3日食べない」「たくさん食う」「2日食べない」「たくさん食う」の繰り返しをしていた。この食べるという行為けが幸福だった。コンビニの同じような弁当ばかり食べていたが、ただただ「うまい」と感じていた。脱水症状手前の状態から飲むポカリは格別だった。体全体が食物を欲している中で食べるハンバーグは絶品だった。ある種中毒になっていたのだと思う。

そうした生活によって金が尽きる前に、母親が迎えに来た。ぼくが携帯電話の電源を切っていたので心配になって見に来たということだった。ぼくは「失敗した」と思うと同時にそれを拒絶した。「現実がやってきた」というふうに感じていた。未来への思考をしないようにしていたところに現実を考えなければいけないトリガーが出た。死を保留することがもうできなくなったと考えて、ぼくはすぐさま死ぬことを考えた。急いで財布だけ掴んで家を飛び出し、ネカフェに3日ほど滞在したあと、富士山樹海で首を吊るのがいいんじゃないかということで、なけなしの金をはたいてぼくは中央線に乗り込み、最後の晩餐として、いくらかの酒やお菓子食べ物ビニール紐と睡眠導入剤を買い込んで、残金がほぼないような状態で、河口湖駅へついた。そこからバス民宿方面へ向かった。民宿の予約はしていない。

ついたのは夜だった。ぼくは民宿の前の道路から少し離れたところで樹海に入った。樹海は街とは比べ物にならないほど暗く、岩は月あかりのせいか血のように光っていた。懐中電灯などというものは持ってきていない。飛び出したおかげか携帯電話も持ってきていなかったので、でたらめに移動した。引き返すつもりもなかったので、財布の中に入っていたお札や小銭を取り出して、破いて樹海の中にばらまいた。そうして移動した。怖くはあったが「動物に襲われたくない」という怖さだった。死にたいが痛いのは嫌だったからだ。樹海は暗すぎて木に紐を結びつけることができなかったので、一夜を明かさざるを得なかった。当時は雪が降る時期で、異常に寒くまともに眠れなかった。「寝たら凍死できればいいのに」「寝たら死んでいますように」と考えていて、必死で寝ようとしては起きてという繰り返して、朝を迎えた。何時だったのかは全くわからない。薄明かりで木に紐をくくりつけられるぐらいになった。

ビニール紐というのは何度も巻き付けて首に巻くとものすごく痛い。そもそも数秒耐えることもできない。睡眠導入剤や酒など飲んだが何の効果もない。意識はかなり明瞭で「死ぬ」という恐怖心と戦わなければいけなかった。「死ぬ。これから死ぬ。なぜ死ぬのか。そもそも死ぬ必要があるのか。これで本当に死ねるのか。考え直した方がいいのではないか。死ななくてもいい方法があるのではないか」と考えた。痛いし寒いし死のうという決意も薄いしで、結局ぼくは死ぬことを諦めた。

朝を迎えた樹海景色が綺麗だった。樹海の中にある道を探すと、あっけなく道が見つかった。その道をまっすぐ進むとすぐ道路にたどりついた。全然道路から離れていなかったらしい。

道路に出て、ぼくは適当に歩き始めた。明らかに変なところを歩いているのに誰も話しかけることはない。それはそれでよかった。変に話しかけられても困るだけだった。道路をまっすぐ進むと甲府方面看板が出てさらにまっすぐ進むと、幸運なことにお店があって、横に公衆電話があった。あとで調べると12kmほど歩いていたらしい。何のためらいもなく110番をする。「自殺に失敗したんですけど」といって、ぼくはいろいろあって実家に帰ることになった。おまわりさんには「いろいろ人生つらいこともあるけど死ぬのはダメだよ」みたいなことを言われてぼくはひととおり泣いていた。ただ、そんな言葉で心変わりするぐらいならここまで悩んでいない。泣いて「ちゃんとした方がいい」と思ったのはほんの数瞬だった。

実家に戻ってまず思ったことは「状況が何ひとつとして良くなっていない」という絶望感がただそこにあるだけだった。死の保留が再びできて安堵していただけだった。当時の家庭環境もよくなかった。父母の仲はぼくが家を出たあとでいっそう最悪になったらしく、父は仕事に没頭しており、そもそも母と情報共有できていなかったので、ぼくが樹海に行ったことを知らないようだった。今も知らないだろう。ぼくも積極的に言うこともなかった。「自殺を図った」という言葉の上っ面では、他者にそこに至った経緯など伝わるはずもなく、その理由理解され難かった。

ぼくはそのまま自堕落生活を送った。

堕落生活で、ぼくはひたすらネット動画を見ていた。「動画を見る・起きる・夜目覚めて冷蔵庫にあるものを漁って食う・眠くなったら寝る」というクズ生活を送っていた。その一般的クズニート状態のまま1年がたって、当時の「死ぬことの怖さ」みたいな思いが風化して、ぼくは再び死ぬことに決めた。「親に迷惑をかけている」とは思っていなかった。「今まで虐待みたいなことを散々してきて育ったのだから当然の報いだろう」と思っていた。申し訳無さではなくて、この先どうすればいいのかを延々と考えていた。未来がない。「奴隷か・死ぬか」という二分的な思考の中で揺れ動いていた。いま思えば思考があまりに先鋭化しすぎているが、周りの環境がそう簡単に変わるわけでもない。むしろぼくの存在によって周りの環境がぼくの闇に引きずり込まれるように悪化し始めた。

死ねなかったのは、前回のプランが悪かったのだ」「そもそもプランをたてる暇がなかったのだ」と考えるようになっていた。「そもそもビニール紐で死ねるわけがないではないか」などと思って事前調査することにした。実際にはビニール紐ではダメで、ロープが良いのである死ぬというのは勇気というか、一大決心がいるものであるが、準備ができていないと死ぬことはできない。感情的であればあるほどめちゃくちゃなことができるが、めちゃくちゃゆえに準備不足で失敗することもある。ぼくの場合死にたい!!」という一撃の思いではなくて、ずっと心にためていた漫然とした「このまま生きていたくない」という学習無力感だったので、痛い思いもしたくなかった。

着々と準備を進めてぼくはやっぱり首吊りをすることにした。何度も首吊り選択している理由がわからいかもしれないが、首吊りリーズナブル苦痛が少ないという合理性からだ。ただし実際には苦痛は他の死に方と比べて少ないというだけで、ものすごくあることもあるし、一般的生き方での「痛い」と比べるべきものではない。基本的にはほぼすべての死に方について、死ぬほど痛い。幸運にも苦痛なく死ぬことができる人もいるはずだけど、最悪の場合永遠に苦痛を味わいながら生きることになる。

ともかく、ぼくはロープを買い、痛くないようにハンカチなども買って準備を万全にした。睡眠導入剤や酒も以前と同じく買った。

夜、ぼくは家を飛び出して近くの山に向かった。田舎だったので山には困らなかった。白昼堂々山に入って通報されたらたまったものではない。夜に行動するのは基本だった。

樹海ときと同じように外で寝た。犬の鳴き声が聞こえて不安を煽られたが、地元ということもあったのかそれはそこまで気にならなかった。今回は夏で、じゃっかんの肌寒さしかなかった。準備は万全で、今回は変に目が覚めることはなく、いったいどういう神経をしているのか、熟睡できた。

明け方ロープを準備した。ネットで調べてきたとおりにハングマンノットという結び方で、枝に結んだ。ぼくは最後の晩餐だとして、買い込んできたご飯を食べた。睡眠導入剤をすべて飲んで水やお茶を飲み、酒を飲みまくり最後ファミリーマートで買ったエクレアを食べた。食べ終わると猛烈な不安が込み上げてきた。「死ぬのか」という感情が心をとにかく揺さぶった。

ぼくは木に登った。木に登って、太い枝に立ち、丸く結んだロープ首にかけ「ジャンプすれば死ぬ」というところまで準備した。猛烈な恐怖が体を襲った。ぶるぶる震える。ジャンプする。ジャンプしさえすれば死ねる。足はとにかくすくむ。今でも怖いと思う。思い出すだけで恐怖心が現れる。

それで、どうやったかよくわからないけど、ぼくは自殺を決行した。枝からジャンプした。

しばらくするとぼくは暗闇の中にいた。そこにはものすごい多幸感があった。眠りから覚める以上の幸せがあった。何かの扉が見えて、眼の前には光があった。あとで「この世に生まれてくる」とはああいうことかというように表現できるたぐいのものだった。ぼくは目を覚ました。ぼくは何をしているんだろう。ここはどういう世界なんだろうか。不可思議感覚だった。

次の瞬間、全身に激痛が走る。人生で生きてきた中で最も痛い激痛だった。ぼくは理解した。死のうとしていたのだった。ぼくは痛さで発狂していた。ぼくは痛いのをなんとかしたいという一心で、自動的ロープから必死に首を脱出させようと試みた。痛い。とにかく脱出しなければ。痛い。ロープから首を。痛いの嫌だ。ロープに手でぶら下がれば首は締まらない。痛さが軽減した。

ぼくはロープから首を出してそのまま枝から落ちた。体がドスッと地面に落ちたがそんなことはどうでもよく、首が熱を持っていた。喉がひたすら痛かった。それどころか頭まで痛かった。どれくらいそこにいたかからなかったが、ぼくは死ねないことに深い辛さを感じていた。鋭い痛みと「死ぬことはできないのだ」という選択肢がなくなったことでぼくはずっと泣いていた。

この経験以来、ぼくは「あのとき実はすでに死んでいて、今も実は死んでいるんじゃないか」という感覚がある。いつかあるとき、今生きていることは夢だということで目が覚めて、あの飛び込んだときに戻るのではないかという感覚がわけもしれずある。当時の体験2chの関連スレにそっと書いていたが、あまりまれることもなくひっそりとスレの中に埋もれていった。基本的にみんな他人には興味が無いのだ。

どのくらいそうしていたか覚えてないが、ぼくは家に帰った。太陽はもう高くあがっていた。どのくらいぼくは首を吊っていたのか全く判然としない。数秒だったのか数時間だったのかわからない。現実的におそらく長くても十分も経っていなかったのではないかと思うが。家につくと母はぼくの首の痣にびっくりしていた。とにかくぼくは生きる選択肢を選んだ。痣は1ヶ月ほど消えなかった。

その後お寺に連れて行かれてカウンセリングを受けた。なぜお寺なのかは理解できなかったが、言われるがままについていった。自分でもカウンセリング必要だと感じていたからだ。話を聞いてて思ったのは「ありきたりな話の集合のくそくらえ」ということで、ぼくが考えていたのは「こいつは使い物にならねえ」ということと、今後の指針だった。幸いにもカウンセラーの口がそこまで達者ではなかったので、ぼくが宗教にハマることはなかった。精神的にだいぶ弱ってはいたが、ぼくが欲していたのは「現実的に機能する今後の指針」であって、よくわからんスピリチュアル的なものではなかった。ましてや自殺決行後の人に、死のうか悩んでいる人向けのカウンセリングをしたところで何の効果もないだろうと、ことここに至ってもまだ人を見下していた。逆にぼくではなく、母がスピリチュアルに頼るような人種になっていた。

自分正当化するようだが、母も別に聖人君子ではない。こうなるまでぼくは小さい頃、虐待とともに生きてきた。第三者から見ればただぼくが悪魔のように見えて、切り捨てたい汚物のようだと思うだろうが。ぼくは今になってようやく、母も祖母祖父からめちゃくちゃな教育を受け、育児嫁姑問題や父との不仲、父のめちゃくちゃさ等でストレスがたまっていたということを理解して客観的に見ることができるようになった。いわゆる毒親というやつだろう。今は遠く離れて住んでいるため、適切な距離を保てていると思う。

まぁそれは置いておき、死ぬという選択肢が消えたことで、ぼくは図書館にいって本をただ読んだり、ぐだぐだと生きていた。結局保留する癖は死ぬ目に遭っても治っておらず、相変わらず親同士は喧嘩が絶えない状態だった。ぼくはとにかくグダグダとしていた。前よりは安穏としているものの、結果的にそんなに状況が好転していないのだった。

そこで東日本大震災が起こった。ずっとテレビを見ていて思ったのは「いとも簡単に人がたくさん死ぬ」ということだった。

ぼくがずっと考えていたことは自然にとってはありふれたことで、一生懸命自分人生を生きてきた一人の人間が、人生を無理矢理終了させられ、大して深い意味もなく死んでいくという「人間ゴミのように死んでいく」光景が新鮮だった。可哀想などと思う人間気持ちを持つ余裕はまだ無かった。失礼な話だが、人が一人死ぬのを見るたび希望が湧きあがってきた。震災はぼくの死生観に強い影響を及ぼした。「人間が生きる意味などない」というのをかなりポジティブに感じた。

「そんなに簡単意味もなく死ぬなら深く考えるのはバカバカしい」と考えた。文字通り死ぬほど悩んだ結果、ありふれた結論に達するという虚無感に、絶望ではなくて乾いた笑いが出た。「死ぬことについて死ぬほど深く考えた結果、死ぬほど深く考えるのはバカ」という結論に達した人はそうそういないだろう。つまり思考停止なのだが、死に関しては思考停止するのが「生きる上で正しい」のだった。

よくよく考えれば奴隷にならない道もあるはずだと思って、ぼくは震災から数週間経つと、金もないのに家を飛び出して都会に出た。都会に出たあとは、世間知らずと社会不適合者が混ざった状態で、その後もまぁ紆余曲折あったのだが、今は生活好転し、ふつう人間のようにして日々を暮らしている。

いま、ぼくは当時を懐かしい思い出として、あるいはいささかの教訓を含む昔話として扱うことができるようになった。

そして、こうした日々に何の意味価値もないことをはっきりと知覚しながらも、さりとて刹那的にもならず、二律背反的だが、人生意味価値があると思いながら、未来を考えて前向きに生きることができるようになったと思う。ニーチェのいうところの超人というやつらしいけど、そんな上等なものではない。現代では一般的なありふれた考え方だと思う。

まぁ、自殺の決行がなんだとかって話だけど、何かの参考程度に受け止めてもらえれば嬉しいと思っています

追記

長すぎて最後の方の行が弾かれたのでこちらに書きました。

https://anond.hatelabo.jp/20181126040934

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