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はてなキーワード: 刹那的とは

2018-12-19

anond:20181219064120

「多動力」読んで思ったけど、ホリエモンって何かしら信念があるわけじゃなくて刹那的に生きてるから自ら一から何かを生産することはできなくて他人の褌で相撲とるか批判するしかやることがない

2018-12-08

anond:20181208193120

刹那的国民性からじゃね

欧米世界は美しいか学問も美しく体系化されていなければみたいなのがあると思うわ

2018-11-25

anond:20181125055531

家庭環境、親の状況理解、現状、非常に近い。

共感するには辛すぎた。

 

そして、こうした日々に何の意味価値もないことをはっきりと知覚しながらも、さりとて刹那的にもならず、二律背反的だが、人生意味価値があると思いながら、未来を考えて前向きに生きることができるようになったと思う。ニーチェのいうところの超人というやつらしいけど、そんな上等なものではない。現代では一般的なありふれた考え方だと思う。

それは流石にないと思うぞ。

ネット見てるとそういう人が目立つけど、大半の人間は軽い現実逃避常識の中で生きている。

 

最近、あ、よくわかる、という本を発見たから、読んでみるといいぞ。

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ぼくが自殺を決行した話をする

今だからあんまり気負わずに言えるけど、当時は人生に対して切実な思いを持っていた。もちろん自殺には失敗したから今生きている。

当時、ぼくは20歳ニート生活をしており、よくわからないまま何の目的意識もないまま、とにかくこの先の人生絶望しながら生きてきていた。

ぼくはそのとき大学中退してそれなりの年月が経過していた。大学に行ったのも特に目的は無かった。働きたくないし勉強もしたくなかったが、親が金を出してくれるということで、自分人生に対して責任というものがなく、ただ言われるがままに進学をしていた。受験勉強は全くせず高校時代は家で勉強したことはなかったが、学校の授業を高校1年生から2年生まではしっかり受けていたこともあって、受験成功し、ランクは落としたが大学に進学した。それでもそこそこの国立大学には進学したので、ぼくは同級生ほとんどを見下していたように思う。

大学に入ったときは「遊びまくれる」という意識があって、いままでの家庭内での抑圧が弾けるかのようにぼくは遊び回った。当時隆盛していたモバゲーやらGREEやらでメンヘラ漁りをしたり、ネトゲにハマったりPCゲームにハマったり映画を見たり、一般的パラサイト大学生として過ごしていた。大学ははじめのころは新鮮でおもしろいと思って通っていたが、慣れてくると結局勉強をしなければいけないことに気づきだんだん卒業後の現実が見え始め、やる気がなくなった。勉強をしてなんになると思い始めて学校に行く頻度が落ちた。卒業して働くということに絶望を感じていた。就活というもの意味がわからなかった。

「少なくとも残り38年、あるいはそれ以上、奴隷として働かなければいけない」という絶望感があった。ぼくはそこまでして生きたいと思っていなかった。好んで死にたいわけではなかったが、人生目的が本当に何もなかった。ただ言われるがまま、子ども学校に行くもんだという指令のもとに生きていた。こうした呪縛から解き放たれて自由を得た代わりに、選択肢が何もないように感じていた。「働いて、生きて、それでその後は?」「何十年も生きて、それでその後は?」「生きていれば楽しいこともあるだろう。それでその後は?」「たとえば何かしら名声を得るとして、それでその結果何が得られるのか?」という風に感じていた。すべての物事人生最後にどう意義深くなるのかを考えていた。こういう考え方は、防衛機制の知性化というらしい。

ひとまず2年生に進級した。必修単位だけはなんとか落とさなかったが、そのほかの単位ものすごく落としていた。状況は何も変わっておらず、相変わらず特におもしろいとは感じないながらも、まだおもしろさが比較的マシなゲームや女遊びに没頭していた。しか現実逃避に過ぎないと考えてぼくは自殺を考え始めた。「死」が選択肢に入ってくると、おもしろいほど転がり落ちるのが早い。ただの堕落した大学から、終わり始めていった。

ふつう人間は、何か行動を選択するときに「死ぬ」という考えは浮かばない。「おなかすいたかコンビニに行こうかな。めんどくさいな。まぁ食わなきゃ死ぬしいいか」というふうにはならない。どんな選択でも死ぬことが関わってくる。死神に呪われているがごとく。「窓が汚れてるなぁ。窓ガラスに首を突っ込んだら死ぬだろうか」「料理はめんどくさいな。包丁を刺すのは痛いだろうなあ」と、だんだん普通の行動を取れなくなる。完全に何かしらの病気なのだが、金がないし「この状況が薬で改善されるとは思わない」と思っていた。

当たり前だが大学には行かなくなった。大学をやめてバイトだけやろうと考えた。当たり前だがうまくいくはずもない。そもそも働きたくないのだから、すぐにバイトにも行かなくなった。身分学生なだけの人間に成り下がった。ぼくは大学も行かず、バイトで貯まっていた20万円を使って、「起きる→ゲームする→眠くなると寝る→腹が減ったとき、朝や昼なら近くのスーパーに行き、夜なら近くのコンビニへ行く」という生活をしていた。ゴミは出たらそのまま放置し、いよいよ虫が出てきたときゴミ捨てをするという、現実逃避以外の何物でもない生活をしていた。

何度も「餓死しようかな」と考えて飯を抜いては「限界。無理」と考えてがっつり食べたりしていた。「3日食べない」「たくさん食う」「2日食べない」「たくさん食う」の繰り返しをしていた。この食べるという行為けが幸福だった。コンビニの同じような弁当ばかり食べていたが、ただただ「うまい」と感じていた。脱水症状手前の状態から飲むポカリは格別だった。体全体が食物を欲している中で食べるハンバーグは絶品だった。ある種中毒になっていたのだと思う。

そうした生活によって金が尽きる前に、母親が迎えに来た。ぼくが携帯電話の電源を切っていたので心配になって見に来たということだった。ぼくは「失敗した」と思うと同時にそれを拒絶した。「現実がやってきた」というふうに感じていた。未来への思考をしないようにしていたところに現実を考えなければいけないトリガーが出た。死を保留することがもうできなくなったと考えて、ぼくはすぐさま死ぬことを考えた。急いで財布だけ掴んで家を飛び出し、ネカフェに3日ほど滞在したあと、富士山樹海で首を吊るのがいいんじゃないかということで、なけなしの金をはたいてぼくは中央線に乗り込み、最後の晩餐として、いくらかの酒やお菓子食べ物ビニール紐と睡眠導入剤を買い込んで、残金がほぼないような状態で、河口湖駅へついた。そこからバス民宿方面へ向かった。民宿の予約はしていない。

ついたのは夜だった。ぼくは民宿の前の道路から少し離れたところで樹海に入った。樹海は街とは比べ物にならないほど暗く、岩は月あかりのせいか血のように光っていた。懐中電灯などというものは持ってきていない。飛び出したおかげか携帯電話も持ってきていなかったので、でたらめに移動した。引き返すつもりもなかったので、財布の中に入っていたお札や小銭を取り出して、破いて樹海の中にばらまいた。そうして移動した。怖くはあったが「動物に襲われたくない」という怖さだった。死にたいが痛いのは嫌だったからだ。樹海は暗すぎて木に紐を結びつけることができなかったので、一夜を明かさざるを得なかった。当時は雪が降る時期で、異常に寒くまともに眠れなかった。「寝たら凍死できればいいのに」「寝たら死んでいますように」と考えていて、必死で寝ようとしては起きてという繰り返して、朝を迎えた。何時だったのかは全くわからない。薄明かりで木に紐をくくりつけられるぐらいになった。

ビニール紐というのは何度も巻き付けて首に巻くとものすごく痛い。そもそも数秒耐えることもできない。睡眠導入剤や酒など飲んだが何の効果もない。意識はかなり明瞭で「死ぬ」という恐怖心と戦わなければいけなかった。「死ぬ。これから死ぬ。なぜ死ぬのか。そもそも死ぬ必要があるのか。これで本当に死ねるのか。考え直した方がいいのではないか。死ななくてもいい方法があるのではないか」と考えた。痛いし寒いし死のうという決意も薄いしで、結局ぼくは死ぬことを諦めた。

朝を迎えた樹海景色が綺麗だった。樹海の中にある道を探すと、あっけなく道が見つかった。その道をまっすぐ進むとすぐ道路にたどりついた。全然道路から離れていなかったらしい。

道路に出て、ぼくは適当に歩き始めた。明らかに変なところを歩いているのに誰も話しかけることはない。それはそれでよかった。変に話しかけられても困るだけだった。道路をまっすぐ進むと甲府方面看板が出てさらにまっすぐ進むと、幸運なことにお店があって、横に公衆電話があった。あとで調べると12kmほど歩いていたらしい。何のためらいもなく110番をする。「自殺に失敗したんですけど」といって、ぼくはいろいろあって実家に帰ることになった。おまわりさんには「いろいろ人生つらいこともあるけど死ぬのはダメだよ」みたいなことを言われてぼくはひととおり泣いていた。ただ、そんな言葉で心変わりするぐらいならここまで悩んでいない。泣いて「ちゃんとした方がいい」と思ったのはほんの数瞬だった。

実家に戻ってまず思ったことは「状況が何ひとつとして良くなっていない」という絶望感がただそこにあるだけだった。死の保留が再びできて安堵していただけだった。当時の家庭環境もよくなかった。父母の仲はぼくが家を出たあとでいっそう最悪になったらしく、父は仕事に没頭しており、そもそも母と情報共有できていなかったので、ぼくが樹海に行ったことを知らないようだった。今も知らないだろう。ぼくも積極的に言うこともなかった。「自殺を図った」という言葉の上っ面では、他者にそこに至った経緯など伝わるはずもなく、その理由理解され難かった。

ぼくはそのまま自堕落生活を送った。

堕落生活で、ぼくはひたすらネット動画を見ていた。「動画を見る・起きる・夜目覚めて冷蔵庫にあるものを漁って食う・眠くなったら寝る」というクズ生活を送っていた。その一般的クズニート状態のまま1年がたって、当時の「死ぬことの怖さ」みたいな思いが風化して、ぼくは再び死ぬことに決めた。「親に迷惑をかけている」とは思っていなかった。「今まで虐待みたいなことを散々してきて育ったのだから当然の報いだろう」と思っていた。申し訳無さではなくて、この先どうすればいいのかを延々と考えていた。未来がない。「奴隷か・死ぬか」という二分的な思考の中で揺れ動いていた。いま思えば思考があまりに先鋭化しすぎているが、周りの環境がそう簡単に変わるわけでもない。むしろぼくの存在によって周りの環境がぼくの闇に引きずり込まれるように悪化し始めた。

死ねなかったのは、前回のプランが悪かったのだ」「そもそもプランをたてる暇がなかったのだ」と考えるようになっていた。「そもそもビニール紐で死ねるわけがないではないか」などと思って事前調査することにした。実際にはビニール紐ではダメで、ロープが良いのである死ぬというのは勇気というか、一大決心がいるものであるが、準備ができていないと死ぬことはできない。感情的であればあるほどめちゃくちゃなことができるが、めちゃくちゃゆえに準備不足で失敗することもある。ぼくの場合死にたい!!」という一撃の思いではなくて、ずっと心にためていた漫然とした「このまま生きていたくない」という学習無力感だったので、痛い思いもしたくなかった。

着々と準備を進めてぼくはやっぱり首吊りをすることにした。何度も首吊り選択している理由がわからいかもしれないが、首吊りリーズナブル苦痛が少ないという合理性からだ。ただし実際には苦痛は他の死に方と比べて少ないというだけで、ものすごくあることもあるし、一般的生き方での「痛い」と比べるべきものではない。基本的にはほぼすべての死に方について、死ぬほど痛い。幸運にも苦痛なく死ぬことができる人もいるはずだけど、最悪の場合永遠に苦痛を味わいながら生きることになる。

ともかく、ぼくはロープを買い、痛くないようにハンカチなども買って準備を万全にした。睡眠導入剤や酒も以前と同じく買った。

夜、ぼくは家を飛び出して近くの山に向かった。田舎だったので山には困らなかった。白昼堂々山に入って通報されたらたまったものではない。夜に行動するのは基本だった。

樹海ときと同じように外で寝た。犬の鳴き声が聞こえて不安を煽られたが、地元ということもあったのかそれはそこまで気にならなかった。今回は夏で、じゃっかんの肌寒さしかなかった。準備は万全で、今回は変に目が覚めることはなく、いったいどういう神経をしているのか、熟睡できた。

明け方ロープを準備した。ネットで調べてきたとおりにハングマンノットという結び方で、枝に結んだ。ぼくは最後の晩餐だとして、買い込んできたご飯を食べた。睡眠導入剤をすべて飲んで水やお茶を飲み、酒を飲みまくり最後ファミリーマートで買ったエクレアを食べた。食べ終わると猛烈な不安が込み上げてきた。「死ぬのか」という感情が心をとにかく揺さぶった。

ぼくは木に登った。木に登って、太い枝に立ち、丸く結んだロープ首にかけ「ジャンプすれば死ぬ」というところまで準備した。猛烈な恐怖が体を襲った。ぶるぶる震える。ジャンプする。ジャンプしさえすれば死ねる。足はとにかくすくむ。今でも怖いと思う。思い出すだけで恐怖心が現れる。

それで、どうやったかよくわからないけど、ぼくは自殺を決行した。枝からジャンプした。

しばらくするとぼくは暗闇の中にいた。そこにはものすごい多幸感があった。眠りから覚める以上の幸せがあった。何かの扉が見えて、眼の前には光があった。あとで「この世に生まれてくる」とはああいうことかというように表現できるたぐいのものだった。ぼくは目を覚ました。ぼくは何をしているんだろう。ここはどういう世界なんだろうか。不可思議感覚だった。

次の瞬間、全身に激痛が走る。人生で生きてきた中で最も痛い激痛だった。ぼくは理解した。死のうとしていたのだった。ぼくは痛さで発狂していた。ぼくは痛いのをなんとかしたいという一心で、自動的ロープから必死に首を脱出させようと試みた。痛い。とにかく脱出しなければ。痛い。ロープから首を。痛いの嫌だ。ロープに手でぶら下がれば首は締まらない。痛さが軽減した。

ぼくはロープから首を出してそのまま枝から落ちた。体がドスッと地面に落ちたがそんなことはどうでもよく、首が熱を持っていた。喉がひたすら痛かった。それどころか頭まで痛かった。どれくらいそこにいたかからなかったが、ぼくは死ねないことに深い辛さを感じていた。鋭い痛みと「死ぬことはできないのだ」という選択肢がなくなったことでぼくはずっと泣いていた。

この経験以来、ぼくは「あのとき実はすでに死んでいて、今も実は死んでいるんじゃないか」という感覚がある。いつかあるとき、今生きていることは夢だということで目が覚めて、あの飛び込んだときに戻るのではないかという感覚がわけもしれずある。当時の体験2chの関連スレにそっと書いていたが、あまりまれることもなくひっそりとスレの中に埋もれていった。基本的にみんな他人には興味が無いのだ。

どのくらいそうしていたか覚えてないが、ぼくは家に帰った。太陽はもう高くあがっていた。どのくらいぼくは首を吊っていたのか全く判然としない。数秒だったのか数時間だったのかわからない。現実的におそらく長くても十分も経っていなかったのではないかと思うが。家につくと母はぼくの首の痣にびっくりしていた。とにかくぼくは生きる選択肢を選んだ。痣は1ヶ月ほど消えなかった。

その後お寺に連れて行かれてカウンセリングを受けた。なぜお寺なのかは理解できなかったが、言われるがままについていった。自分でもカウンセリング必要だと感じていたからだ。話を聞いてて思ったのは「ありきたりな話の集合のくそくらえ」ということで、ぼくが考えていたのは「こいつは使い物にならねえ」ということと、今後の指針だった。幸いにもカウンセラーの口がそこまで達者ではなかったので、ぼくが宗教にハマることはなかった。精神的にだいぶ弱ってはいたが、ぼくが欲していたのは「現実的に機能する今後の指針」であって、よくわからんスピリチュアル的なものではなかった。ましてや自殺決行後の人に、死のうか悩んでいる人向けのカウンセリングをしたところで何の効果もないだろうと、ことここに至ってもまだ人を見下していた。逆にぼくではなく、母がスピリチュアルに頼るような人種になっていた。

自分正当化するようだが、母も別に聖人君子ではない。こうなるまでぼくは小さい頃、虐待とともに生きてきた。第三者から見ればただぼくが悪魔のように見えて、切り捨てたい汚物のようだと思うだろうが。ぼくは今になってようやく、母も祖母祖父からめちゃくちゃな教育を受け、育児嫁姑問題や父との不仲、父のめちゃくちゃさ等でストレスがたまっていたということを理解して客観的に見ることができるようになった。いわゆる毒親というやつだろう。今は遠く離れて住んでいるため、適切な距離を保てていると思う。

まぁそれは置いておき、死ぬという選択肢が消えたことで、ぼくは図書館にいって本をただ読んだり、ぐだぐだと生きていた。結局保留する癖は死ぬ目に遭っても治っておらず、相変わらず親同士は喧嘩が絶えない状態だった。ぼくはとにかくグダグダとしていた。前よりは安穏としているものの、結果的にそんなに状況が好転していないのだった。

そこで東日本大震災が起こった。ずっとテレビを見ていて思ったのは「いとも簡単に人がたくさん死ぬ」ということだった。

ぼくがずっと考えていたことは自然にとってはありふれたことで、一生懸命自分人生を生きてきた一人の人間が、人生を無理矢理終了させられ、大して深い意味もなく死んでいくという「人間ゴミのように死んでいく」光景が新鮮だった。可哀想などと思う人間気持ちを持つ余裕はまだ無かった。失礼な話だが、人が一人死ぬのを見るたび希望が湧きあがってきた。震災はぼくの死生観に強い影響を及ぼした。「人間が生きる意味などない」というのをかなりポジティブに感じた。

「そんなに簡単意味もなく死ぬなら深く考えるのはバカバカしい」と考えた。文字通り死ぬほど悩んだ結果、ありふれた結論に達するという虚無感に、絶望ではなくて乾いた笑いが出た。「死ぬことについて死ぬほど深く考えた結果、死ぬほど深く考えるのはバカ」という結論に達した人はそうそういないだろう。つまり思考停止なのだが、死に関しては思考停止するのが「生きる上で正しい」のだった。

よくよく考えれば奴隷にならない道もあるはずだと思って、ぼくは震災から数週間経つと、金もないのに家を飛び出して都会に出た。都会に出たあとは、世間知らずと社会不適合者が混ざった状態で、その後もまぁ紆余曲折あったのだが、今は生活好転し、ふつう人間のようにして日々を暮らしている。

いま、ぼくは当時を懐かしい思い出として、あるいはいささかの教訓を含む昔話として扱うことができるようになった。

そして、こうした日々に何の意味価値もないことをはっきりと知覚しながらも、さりとて刹那的にもならず、二律背反的だが、人生意味価値があると思いながら、未来を考えて前向きに生きることができるようになったと思う。ニーチェのいうところの超人というやつらしいけど、そんな上等なものではない。現代では一般的なありふれた考え方だと思う。

まぁ、自殺の決行がなんだとかって話だけど、何かの参考程度に受け止めてもらえれば嬉しいと思っています

追記

長すぎて最後の方の行が弾かれたのでこちらに書きました。

https://anond.hatelabo.jp/20181126040934

2018-11-01

「この人しか俺のこのブコメスターつけてない」率が高い青南京錠シイタケ

まりにも典型的な、おそらく第一世代ネトウヨブクマカスターをつけられることが度々あるんだけどさ。多分皮肉のつもりなんだと思うんだけど。青南京錠アイコンあいつ。

俺の中ではあいつがはてウヨ代表格。はてサシイタケね。何故なら、「この人しか俺のこのブコメスターつけてない」率がすげー高いから。通知が来たからわーやったーなんて思いつつ確認すると青南京錠シイタケマーキングのごとく俺のブコメに1つだけスターをつけてる。他の人たちから無視されてるのに。

はてブには、つけたスターを一覧表示するような機能はない。つけたらおしまい過去を振り返らない刹那的な星なのさ。なのに、なぜ、彼らは、俺のブコメマーキングをするのだろう。青南京錠相手馬鹿にする意思を感じるけど、シイタケの人は本当に不思議

2018-10-23

心を折られた人間はどう立ち直ればいいのか 追記

答がでないので増田で吐き出してる。

前にホームレスにまで墜ちた人が自助努力で立ち直った人の話が話題になってた。

あの人は本当にすごいと思う。なぜならここまでどん底に堕ちても自力で立ち直れる精神を保っている人は稀だからだ。

元々のメンタルが強い方なのかもしれない、または文面になかっただけで精神的に頼れる親族恋人がいて、見守ってくれていたのかもしれない。

残念ながら大抵の人はこうはならない。心を徹底的にたたき折られて自力で立ち直ることが不可能になる。

僕の知っている限りここまで墜ちてダメになった人がたどるパターンは2つ。自分を責め続けて鬱状態になって自殺願望の塊になる。もしくは責任他者社会なすりつけてに被害妄想の塊になる。精神が荒廃した状態になる。

ここまで墜ちて心を折られた人は、もう自力で立ち直るのが不可能になる。親しい家族親族がいたら彼らに支えてもらって回復を試みることも可能であるが、そこまで墜ちる過程でそういった大切な人間関係自身暴言暴力でぶち壊した人も少なくなく、家族親族も誰も近づこうとしない。

こういった人が生活保護案件になると、「国の金で支えてもらっているのに感謝するどころか周りに悪態つきまくって刹那的に金を使い果たす生活しかできない」というネットでもフルボッコ案件ができあがる。心がある程度正常でないと将来に備えてお金管理して使うということができないのである。そしてそれを注意してくれる家族もいないのである

僕の身内にも後者のケースが一人いる。何度も話し合いをしても被害妄想の塊で、彼自身言動や行動で家族との絆を粉々にして、年老いた両親とあいつの息子はあいつを残して他県に引っ越した。そして彼は現在住む場所もなく軽自動車の中で寝泊まりしてる。

からも何度か仕事を紹介したが、初めて数日で「俺をだました両親やお前に落とし前つけるまで仕事なんてする気にならない」とバックレてもう紹介するのも無理になった。

なんとか彼が通えそうな病院施設への入居を勧めたら激怒されて、それっきり連絡も途絶えた。

何を話しても過去自身の失敗を認めることができず、結局他者や両親に責任なすりつける。

正直彼がどうやって立ち直ったらいいのか見当もつかない。生活保護でも受けたらいいんだろうが、そうしたら彼が大事にしてるあの軽自動車も手放すことになるので申請してないらしい。

あんなボロ車、売っても二束三文しかならないのに。

僕も彼の件があっていろいろな制度を調べたが、どれも当人自発的に動かないと使えないものばかり。

世の中の制度というのは「自分のことは自分解決できる大人」むけに設計されていて、彼のようないいおっさんなのに自分では何もできないクズが使える制度は見当たらない。

精神病院などの強制入院人権侵害に引っかかるのでハードル高い。そりゃ俺や周りの人間素人判断で「精神案件だわ」って思っても、医者の診断なしで入院させることなんて無理筋だろう。だがこういった人間自分精神科に診察すら行ってくれない。心が壊れているのに自分が正常で回りがオカシイと思い込んでいる人間に何ができるのか。

高校時代あんなに活発で面白かったあいつが、あそこまで墜ちて、それをみて僕や両親すら何もできないのが現状である。このままだと万引きなどの軽犯罪を犯して刑務所に入れられるのがベストシナリオなんじゃないかとすら思えてくる。

彼のように心が折れてしまった人はどうやって生きていけばいいのだろうか。答が出ない。

追記:これの末路です

https://anond.hatelabo.jp/20161019074216

2018-10-17

愛も深い思索存在しないし

 あるのは殺意憎悪だけだからな。Hagex刺殺も、警官刺殺も、その辺からきている。

誰も、愛や哲学があったことは忘れているし、殺意憎悪を抱えて刹那的に生きているだけだし

街に出ているのは、犯罪者だけだからな。

2018-10-04

逃げ癖が酷すぎて生きることから逃げた

上司に誘われて2人で飲んだ酒が抜けないので、このまま匿名をいいことに思いのまま書いてみたい。酒が入ってる。フェイクだ。これは作り話だ。創作だ。

から人の顔色を伺う癖が抜けない。私は頭は悪いが愛想だけは良い人間だ。いつもニコニコしている。人の顔色を伺うくせにワーキングメモリが人より小さいので器用に立ち回ることも出来ず、私にとって人間関係とは精神の磨耗でしかなかったと振り返って思う。

小学生の頃から粗暴な同級生に囲まれ空気を読みとってイジメもした。他人が傷つくのを同級生と一緒に指差して笑った。周りに気を使いすぎた私が不登校気味になるのは極めて早く、親には無理やり学校に行かされていた。が、何かに対して逃げることが唯一の安息を得る方法だと悟ったのは小学生の頃で、この悟りは今に続く。

何かを得ることや知ることは楽しかったが、学校が嫌いになってしまった私は学校に関わるもの全てが嫌いになってしまい、勉強微塵もする気が沸かなくなっていた。そもそも頭が悪いせいもあるが、中学生の頃、偏差値は30も無かったとおもう。

中学生の頃の記憶といえば、家で布団に篭りながら教育テレビを見ていたこと、学校にいるときは体が重く、常に眠かったことだ。私の髪質は剛毛で重度の縮れ毛で、私のようなエネルギーの無い人間は呼吸をしているだけで同級生から軽視されているのが手に取るようにわかった。コンプレックスがあちこち肥大していった。もうどうしていいのかわからず、中学生ながら人生をすでに手放していた。パートに行く母が悲しそうな顔をしながら私を怒鳴り、申し訳なさそうに学校電話をするのを布団の中で聞いていたっけな。

週に1度は休むような散々な成績だったが、近所の公立高校に進学した。

遊びに出歩かなかったので、祖母からもらえた毎月1000円のおこづがいはそこそこ溜まっていて、その金で縮毛強制をした。高校デビューというより、解決の一歩を踏み出した。しか同級生に「それ縮毛?」といわれ、奈落に落ちた。縮毛強制ひとつで何かも解決したと思ったが、伸びてくる髪は縮れ毛でアフロのようになるし、抜本的な解決方法が無いことを知った私が気づいたときには、酷く内向的人間になっていた。

高校生の頃の思い出も、やはり毎日が眠かった。頭の中が霞んでいた。体が重かった。ただ、晴れ渡る天気の良い日に仮病を使って早退して、住宅街を歩きながら抜けるような青い空を眺めてるときだけ、爽やかな風を浴びているときだけ、心の中にぽっかりと空いた穴の中に暖かく心地よい風が通るような、そんな気分になれた。遠い空に自分の居場所があるんじゃないか、どこか遠くにいけばそんな場所があるんじゃないか。そう思えた。そしてそう思い込むことでしか心が救われなったんだと思う。

そんなこんなでボーっと行き、ボーっと就職浪人し、ボーっと就職した。地方公務員になった。市職員である。同期たちはノビノビと学生時代を精力的に楽しんでいる上に私よりはるかに頭の良い人種だった。人間は急に変われるものじゃないみたいで、適応障害を起こし、バックレて退職した。家族から顰蹙を買ったが、怒りの声ももはやノイズしか聞こえなかった。社会人として最低なのはわかるが、バックレた時だけは救われる気持ちになれた。唯一生きてて気持ちよかった瞬間だった。乱暴にもぎ取ったモラトリアムの獲得に刹那的希望を持てた。

その後も職については絶望的な気持ちになり、バックレることを繰り返した。私の履歴書職務経歴書は、虚偽と虚栄と余所行きの顔で塗り固めてある。この話は創作である

私はあらゆる能力が劣っている人間なので、どうしても周りの人間に軽視されやすい。そしてそのことが肌感覚でわかると、酷く逃げ出したくなってしまう。逃げることへの安息に逃げてしまう。

そんな私も今仕事半年続いてる。奇跡的に周りの人間に恵まれた。本当に良い人たちだ。私のことを何かと気にかけてくれるし、同じような質問をしても嫌な顔をせず教えてくれる。

そして新たな感情がわいた。「私はこの優しい人たちの役に全く立てず、期待にも沿えず、片っ端からガッカリさせてしまうのではないだろうか」

今日飲みに誘ってくれた上司と会話していて、その杞憂だんだんと形あるものに感じてきた。

皆とても優しいのだ、その優しい人たちと接していると罪悪感に苛まれてくる。自分がこの人たちに何も応えられる自信がどうしてもわかないのだ。

また息が詰まりだしてきた。逃げたくなってきた。安息が恋しくなってきた。

軽視されて強く当たられるのが辛いとばかり思ってきたが、優しくされることすら辛く感じてしまう事をこの時気づいてしまった。

生きているのが苦しい。この世に居場所はどこにも無かった。高校生の頃に思いを馳せた遠い場所にいけても、きっとこんな気持ちになるんだろう。

ホーム電車を待っているときホームドアの向こうに初めて誘惑を感じた。人目も憚らず帰りの電車の中で涙が止まらなかった。そして体が重くなってきて、酷く頭の中に霞がかかってきた。グチャグチャな汚い顔のまま寝た。

昔、増田兄弟2人とも自殺した人の書き込みをみたことがある。その人も自殺を考えていて、「いつも眠かった」という記述があったと記憶している。

それを思い出したとき、きっと私はもう取り返しがつかない所まで着たんだと思った。

私の話なんて「こんな奴みたいにならなくてよかった」という優越しか与えることしか出来ないと思うが、そう思ってくれるなら冥利に尽きる。役に立てるのはそんなことぐらいだろう。

チィチィよ、ハァハァよ、あなたの良い子で、居られなかった僕を許してください。

来世は漬物石になりたい

2018-09-28

anond:20180928132652

sangping

要は想像力(あるいは心配性度)の問題だよね。いざ自分不利益が襲ってきたら怖いから、世の中を公正に保つことで「保険」をかけておきたいと思うか、刹那的に目の前の利益だけを重視するか。保険と全く一緒だね。

リベラルさんのおっしゃる「公正な世界」って、結局自分好き嫌い感情で肩入れするかそれとも殴るかを決めて、しかもそれが正義だとふんぞり返る世界なわけでしょ?

だったら彼らに同情されるような属性を持たない奴らがそんなものに乗りたくないのは当然じゃん

何かあっても保険金の支払いなんか渋るくせに、掛け金だけ払うようなバカいるか

2018-09-26

バカが多い!

何でそんなに雑な仕事するの?

何でそんなに相手のことを考えないの?

何でそんなに刹那的に生きれるの?

こんなバカばっかりの職場で働いてる自分バカ

2018-09-25

「緩慢な自殺者」の7つの特徴

1.常に「自分などどうなっても構わない」という感情に苛まれている。最悪死ねばいいのいつも思っている。

2.食事に気をつけなくなる。結果、体重がどんどん減っていく。(注:暴飲暴食して体重が増える自暴自棄はこれと異なり、精神的に健全な反応である

3.体のことを一切気にせず酒を飲む、あるいはタバコを吸うようになる。

4.睡眠が極端に不規則になり、寝る時間が減って次の日のパフォーマンスが落ちても気にしなくなる。

5.享楽的刹那的になり、体に悪いとは知っていても気にせずバイアグラなどのQOL改善薬を多用する。

6.無責任ビジネスを拡大していく。手に負えない仕事を引き受けるようになる。

7.急に人付き合いがよくなった様に見える。

周りにこんな人がいたら要注意。

2018-09-23

秋風と胃の衰え

地元の友人と焼肉

すごく楽しみにしてたんだよ。お互い進学で遠方に引っ越して2年ぶりくらいに会う予定で。

一緒に焼肉なんて高校の頃以来じゃん、なんつって会話も気持ちも弾んで。

なのに、行ってみたらどうだ、少し食べただけで胃がしくしくと泣き出す。焼肉自体はすごい楽しいんだよ。でも、胃だけがひたすらに辛くて、結局ほとんど食べられなかった。

なんつーか、脂のにおいがしんどい、みたいな。

そんなこと、生まれて初めてだった。

断っておくが、その焼肉屋が特別劣悪だったり、質が低いわけではない。

それこそ地元でお馴染みで高校の時も何回か行ってるし、ごくごく普通に美味しい。

美味しいんだけど、自分が思っているより全然食べられないことが悲しかった。

女子大生といえば、パンケーキクレープ

子供騙しの小さなパンケーキは席に着いた時はいくらでも食べられるような気がするのに半分もいかずに胃が限界を訴える。

炊飯器盗難きっかけに買い換えずにそのままだ。

共用スペースに置いてただけで炊飯器まれたって時点で意味がわかんないんだけど、お金がないわけでもないのに買わないで1年くらい経つの自分でも一番の驚愕だ。

米、それなりに好きだったのに、炊いても食べられなくなっちゃったんだよな。ゆえに、炊飯器もいまの私には無用なのである

あと、これは単純に頭が悪いからなんだけど、食べる量と作る量が見合わない。

「これくらいいけるでしょ!むしろ足りないくらいなんじゃない?」なんて、張り切って作ったご飯を4日くらいかけて食べる虚無よ。頭が考える量と胃が明らかに喧嘩をしている。

そのほかにもたくさん食べられないものが増えた。好き嫌いではなく、むしろ全部もともと好物であったのに、言葉通りに“食べられない”のだ。

食べようとすれば自らの身体限界を訴える。

どれもこの1年だ。20歳と21歳のたった1年の間に私を内包する器官は日に日に衰える。その中でも特に胃、もしくは満腹中枢は顕著に、私を無理やり子供から大人に変貌させようとする。

よく言うじゃないですか、大人になると味覚が変わるって。そりゃ、酒も嗜むし社会的には成人としての義務なんかも果たしている中で未だに胃や味覚だけは若いままでいることを主張するなんて、それほどに身勝手なことはないのだけれど、でも、その味覚の変化とやらがこんなに早く、そして急激に来るものだと思っていなかった。

それに、もっと段階を踏んで訪れるものかと思っていたら、本当に急激にダメになっていくものだなんて知らなかった。

そりゃあハンバーガーも濃い味付けも糖尿すれすれの暴力的糖質健康志向には見合わない。がゆえに、全能感が強い子供の頃が一番適しているし、若いうちはいくら何を食べようが全てがエネルギーに変わるのは理解している。けれど、仮に60で死ぬとしてまだ1/3ほどしか生きていないのに、食事が楽しみから苦痛に変わりつつある。

食べることは人生の楽しみの一つである。そのはずだ。

しかし、ここ最近食べるたびに疲れてしまうし、それならば食べなくていいや、と1日1食、ひどいときは2、3日食事をサボってやっと何か食べようと考えてまた食事に疲れて自己嫌悪、というループを繰り返している。

この怠惰さこそが私の胃を、味覚をどんどんおかしくしていっているのは重々承知しているのだけれど、いまは、ただひたすらにしんどい。

もし、これを読んでる10代の増田がいたら、今のうちに食べたいもの全部食べとくべきだと思う。カロリーが、なんて言ってるとあっという間に食べられない日がきっと来るからダイエットしたい気持ちもわかるけど、食べたいものを食べれるのは若さゆえの才能であり、泡沫の刹那的期間限定だ。

タピオカミルクティーも、スイーツパラダイスも、卵たっぷりトロトロオムライスも今のうちだぞ。

これ、この先もずっとこのままなのかなあ。残りの人生無理ゲーすぎない?

とりあえず、まだ鍋いっぱいに残ってる一昨日の肉じゃが、どうしよう。

2018-09-21

最後の日かもしれない

明日は大好きな人最後の日かもしれない。

そんな予感がずっとしていた。

私には大好きな人所謂推し』と言われる女性がいる。

彼女生誕祭ライブ明日、行われる。

告知からずっとずっと楽しみにしていた。私は彼女が大好きだった。大阪公演も凄く楽しかった。泣いて笑って、今までで1番楽しくて、キラキラしてた。

でもひとつ、胸にひっかかる。

彼女は2年半前にもうひとつ名前を持った。

歌い手」としての名前と、もうひとつ、「役者」としての名前を掲げた。

嬉しいより先に困惑した事を覚えている。当時の私はまだ高校生で、今よりももっともっと子供だったから、「どこへ向かうの?」と、単純に、残酷に、思った。

それから時間をかけて、彼女は「1度諦めた夢を追いかけようと決意した」と説明してくれた。彼女の演技に触れて、何より「演技が好き、楽しい」と苦悩しながらも笑う姿を見て、私も彼女の夢を応援しようと自然に思えた。

その姿には見覚えがあったからだ。

彼女は歌が好き、大好きと、本当に楽しそうに歌う。

なんだ、一緒じゃん。

そう思って、肩の力が抜けた。

私が好きな人本質は何も変わってなかった。

そんな、大きいようで小さいようで、やっぱり大きな変化が起きた日からもう2年半も経っていた。

そして明日

明日はその、もうひとつの、彼女が長年連れ添ってきた名前から卒業かもしれない。

そう、思ってしまう。

伏線は幾つもあった。

大阪公演で披露したセットリスト、1度だけ顔を出したもうひとつの声、「夢」の話。

そして、長年見てきたから、やっぱり少しわかる。

これから彼女の夢を叶える為には演技の名前へ移行した方が良いのではないか。実際そう思ってたし、その時はいずれ来ると覚悟していた。

していたはずなのに、いざ直面するとこんなにも寂しい。

頭ではわかっているのに、心はこんなにも弱くて、嫌になってしまます

ずっとずっと、笑っちゃうぐらいずっと、初めて会った日から毎日毎日毎日、好きだった。

歌う彼女に会って、毎日動画サイトへ行って、毎日時間生放送彼女の声を聞いて、

動画があがると言われれば1時間も前からパソコンを立ち上げて、待って、イヤホンを耳に当てて、ドキドキしながら時計の針が進むのを待って、

好きだった。

好きだった。

なんか、ほんとに、好きだったんだなって、馬鹿みたいな言葉しか出てきません。

そんなに大好きな人の、最後ライブかもしれない。

別の名前彼女は歌う。だけど、出会った貴方としてのステージ最後かもしれない。

きっと、大事なことは何も変わらない。そう思うし、彼女を信じているけれど、今日だけはセンチメンタルに浸らせてください。

人間感情刹那的もので、喉元を過ぎれば熱さは忘れるし、一年前の自分感情なんて覚えていません。

あんなに彼女の事を好きだった人が、友人が、沢山の人が去っていく所を見てきました。

感情というのは本当に流動的で、掴めなくて、変化していきます

だって、この『好き』をいつ失ってしまうか分からない。

ずっとずっと好きでいたいし、好きでいようと思っているけれど、未来ことなんて誰にもわかりません。

から、書きました。

今、思ってることを、剥き出しの感情を、記憶できないなら記録しておきたい。

そんな中で、変わっていくけれど、大切なものは変わらないでいてくれる、彼女がいます

から大丈夫

歌い手」という枷は私達が思っているよりずっと、大きいのかも知れません。

名前を変えること、それを聞いた彼女ファンは様々なことを言うでしょう。

数年前の私ですら、思ったから。

彼女はどんな気持ちでいるのだろうと思います

私には怖くて到底できない。

私の推しは本当に凄いことをしているのだなと思う。

いつまでも夢を追ってくれるのが、その姿を見せてくれるのが本当に本当に嬉しい。

そんな彼女にできる最大の恩返しは、彼女が帰って来れる場を作ることだと、思います

満面の青のサイリウムの海の景色を、いつまでもいつまでも見ていてほしい。

胸を張って夢を追ってほしい。

から、どうか私は、

明日、何を言われても、笑っていてね。

彼女背中をそっと、押せるように。

「推す」という行為は、本来そのような事だと思うから

運がいいことに、きっと明日の私は一番前で彼女を見ているから、彼女が私を見た時に、些細な「頑張れ」と「ありがとう」が伝わるように。

それしか出来ないけれど、それしか出来ないから。

文字にしたら少しスッキリしました。

今日ゆっくり歩いて帰ろうと思います

ちゃんと「終わり」をくれるのは、彼女がその名前を私達と同じぐらい、愛していてくれてた証拠なのかもしれません。

今まで本当にありがとう。本当に、本当に、沢山の思い出をありがとう

一緒に、これからを見たい。

広がった道の続きを描けば鮮やかに、新しい夢の姿を照らした。

遠ざかった街の景色の眺めは晴れやかに背中を押されて今走り出した。

渋谷の真ん中で、たくさんの人の、色々な想いが交錯するステージで、

それでも絶対に、世界一素敵で忘れられないライブになると思います

来年9月23日は何をしているんだろう。

明日はどうか、彼女に最高の景色をと、花束に願いを込めて。

2018-09-17

anond:20180916200956

単に収集付かなくなって

超人ではありえないような刹那的虐殺しまくってる進撃の巨人

ニーチェ扱いしないで欲しい

2018-09-16

年代舞台オタクを見てると辛くなってくる

私はそれなりの企業で昇進もしているし、婚約中の彼氏もいる。その傍らで全力でオタクをしている。どちらの人生も楽しんでいて他にも趣味がたくさんあるから、なにかを失っても割と継続的に楽しく生きていけると思う。今死んでも、何十年後に死んでも、後悔しない生き方をしたいと思っている。

これはマウンティングなんだろうか?オタクとしての自分への自己投影なんだろうか?なんだかわからないけど、同年代オタクを見ると最近悲しくなる。

恋愛経験皆無、もしくは少ないであろう女性たちが、推しのグッズを作ったり推しの色を身に纏って着飾って、生活を削ってまで舞台イベントに足を運んでいる様子を見てるとなんともいえない感情になる。今まで平面だったキャラクターが同じ次元で生きている。お金を払えば会いに行ける。こちらを見てくれる。その行為自己満足ながらもとても楽しいことなのはわかる。

でも、キャラクターへの投資が報われることはない。それがなにかしらの形で自己投資へ形を変えると話は別だが、基本的に残るのは一時的な楽しかった記憶だけだ。

人それぞれ幸せの形は違う。そして私は彼女たちの内面や行動の全てを理解できているわけではない。だから正しい判断ではないかもしれないけど、彼女たちはとても儚く、刹那的存在に見える。決して何かが報われるわけでもなく、没頭できる目の前の楽しみを失ったら、その先に何があるんだろう。

そもそも、生きることに意味なんてないかもしれないけどさ。

2018-09-13

anond:20180913154903

文句ばっかみたいになってすごい悪いと思うんだけど、増田増田ちょっと刹那的すぎるんだよな。

Twitter増田の間くらいの空気感があればあるいはいいのかもしれない。

いっそ、ネットから離れた方がいいのかなぁ?

2018-09-11

晴れない気分を誤魔化す方法

大きく手を振りながら歩く、ただそれだけ

根本解決にはならないが刹那的はいいぞ

ては横に振るなよ、それじゃただの陽気なはてな民

2018-09-08

RTで回ってきた「公式タグ等で腐ツイするのはやめてほしい」ってツイ

RTで回ってきた「公式タグ等で腐ツイするのはやめてほしい」ってツイートに関して書く。

まず、私の立場

当該ジャンル二次創作する腐女子公式タグはまず使わないし、公式イベントなどで使うときは、当然そうした腐的内容はいれない。でも、フルネームで腐ツイはしちゃうかな。それは今後もう少し気をつけようと思った。エロとかはやっぱり良くないよね。

で、当該ツイ主が意見募集じゃないけど、マシュマロでやりとりをしていたので、論点確認したいと思って文章ぽちぽち打っていたら、ツイ消し&垢消ししてらっしゃったので、行き先のなくなった文章をここに放り投げようと、打ち直して情報追加している。

では本題。

1.問題ツイートとそのアカウントの経緯について

すでにツイートは削除されて、アカウントは鍵がかけられているので、リンクは貼れない。

当初のツイートは具体的に実際にあったツイートをそのまま例示していたり、その後他のツイートで補足などしているので、それも含めて要約すると下記の通り。


当初のツイートRTで例としてあげられていたものは以下。


その後、周囲の反応をご本人が拾った部分や、ご本人の対応は下記の通り。


私としては、絡んでったツイートが語調強くて、この人の相手疲れたんだろうなと思うので妥当と思いつつ、野次馬的に見てたから、その後が終えず残念に思いました(野次馬なので)

2.論点整理

ここを確認したくてマシュマロ用の文章ぽちぽちしていた。投下できず確認できてないので、まだ残してある過去ツイのスクショキャッシュ等を元に、自分なりに再度検証しつつまとめる。

当初のツイートでの指摘はまず2種類の分類ができる。

ツイート形式について2種類と、内容について2種類。ここが混同されると、差別とかわがまますぎるとかになるのかな。

ツイート形式については、以下の2点。


内容については、例にあげたツイートの内容から以下の2種類。

※その後無断転載等についても指摘している。

上記2側面から分類すると、当初ツイの例示は以下のように整理できる。

さらに、その後のツイートを追うと、「せめて公式タグだけでも」「すごく過激性的単語が含まれる腐ツイは検索避けして欲しい」とあるので、主な論点は①公式タグを含むツイートの、(ⅰ)二次創作的内容にあると考えられる。

そのため、同性愛差別等の指摘は論点が異なる。

また、他のジャンルでは許されている等の主張については、論点は「すべてのジャンルで、公式タグを含むツイートで、二次創作的内容を含むものは避けてほしい」部分にあるので、許されている現状に対する問題提起であるので、それを再検討して欲しいという意見であるから思考停止になっている。

例示で実際のツイートをそのまま、CP名やキャラクター名を伏せずにコピペしたのは問題だと思うけれど、その後指摘されて謝罪しているのでとも思う。




以下蛇足。(私個人の感じたこと)




本当は上記の2だけ打ってあったんだけども、確認できないので、仮に上記の通りの論点だったと仮定して、勝手に論じる。確認できてないので、ツイ主の主張は異なるかもしれないし、以下は当該ツイと一連の流れから、私が勝手に思ったことなどの話になる。

とりあえず、検索をかけた。

Twitter上の論争なので、検索先はTwitter限定

Twitter公式webサイトをPCから閲覧した状態で、2018年9月7日深夜~8日深夜にかけて検索

検索時には、アカウントでの既ブロック等の影響を減らすため、ほとんど使ってないリア垢を使用

検索する公式タグはツイ主が指摘していたり、話題に出していたジャンル公式タグ

日本語ツイートのみカウント

公式タグ検索

無断転載しているのは、案の定、175腐女子が多い印象。

プロフィールに旬ジャンル複数大量に並べ立てて、繋がりたいタグつけてて~みたいな。

これを腐女子がやってる!といわれるとちょっと困るかなと感じた。

「そのジャンル腐女子」というよりは「175アニオタ腐女子」という区分かなと……。

腐ツイはこのときはそんなに目立たなかったかなぁというかほんとに無断転載多いな。

腐ツイが溢れてる腐ツイで埋まってるという印象はなかった。時間問題

公式タグCP名」思いついた限りの主要CPをいれる。

そんなに数が出てこないので、これ、個別ブロック連打で解決しませんか?

腐女子なんだろうけれど、やっぱり繋がろうタグとか無断転載と並記している人も多いので、175アニオタですね。

公式タグセックス」「公式タグホモ」で検索

あー、これは男性アニオタも多いですね。男性キャラ主体水着肌色上半身推しって時点で腐向けと断定する集団です。はいはいはいはいって感じ。今期のアニメだいたい追ってるみたいな人たちですね。

たぶん、今回のツイートが届いて、省みようと思った人って、そこそこにジャンルに対する愛情がある人だと思うんですよ。

そうするとね、175腐女子も、腐女子でもないアニオタの人たちも、関係ないんだと思います

ジャンルイメージとか言ってもね。上の検索例の最後のとか、見ればわかるけど、全然作品がすごい好き!とかって訳じゃないと思うし。

なんなら腐向けと思って下に見てる人たちもいると思うんだよね。刹那的消費のために見てるだけ、みたいな。

175腐女子は噛みついてて、省みようとは思ってない感じだったしね。

ツイ主が一番主張したい層って、そういうマナーも知らん!無断転載とか気にしない!みたいな層だよね(腐女子目の敵にしてるだけだったらごめんな)。

そうだったら、たぶん、届いてないと思うし、その人たちはそういうの省みることはないと思う。

検索避けか~とか、表に出るのにある程度危機感持ってる腐女子は、身の振り方を多少考えたりするかもしれないし、

実際、公式タグとの並記が問題だって主張はそれなりの数の腐女子同意を得られてた。

でも、それにすぐ同意されるって事は、危機感持ってもいない・問題だって事もわからない人たちには、届いてない。


そりゃ、さっきみたいな腐女子だの騒いでる害悪ファンの分類なんて、「原作ファン様」から関係ないのかもしれないけど、

とはいえ、実際、ミーハーライトに旬ジャンルいかけてる175もいれば、声優さんだけで追っかける人もいるし、放映中アニメだけ追いかける人もいる。

たぶん、腐女子ってくくられても、作品に対する真摯さとかってかなり差があるので。

で、そういういろんな一番先端で尖ってる人たちは、わかんないと思う。実際に、腐の側にいる感覚として。

ていうか、今回、害悪!と一概にくくられた腐女子としての側から見ても、公式タグとは混ぜないだろ~って思うし、

公式タグBL要素を並記してる人って、そのジャンルの始まった頃から見てる腐女子の界隈からも、175とか害悪として認識されてると思うよ。

フルネームとか検索避けはそれとはかなり温度差あるけど。

数字がないと納得できない!アンケ取る!って言うなら、実際に公式タグ検索したときに、CP名をあげてるとか、エロ発言してるとか、無断転載してるとか、

そういう人のプロフィールとか少しツイート見てみたら層が見えると思います!!!分析したいならね!!!

繋がりたいタグと合わせて大量のタグつけてるやつは大体やばい!!!中学生高校生か、やんちゃ盛りの自我が芽生えたばかりのオタクだったりするぞ!!!!!

あと!!!!1期のラストは最高だったんで!!!!!!!!!

ツイート遡っててこれだけすごい言いたかった!!!!!!!!!!!最高だったんで!!!!!!!!!!!!!!!!!!

それだけです!!!!!!!!!!!!

2018-08-29

はてながつまらないけど他に行くところが思い浮かばない

はてながつまらない。なんていうか刹那的になった。ホッテントリが2chの実況板とかサロン板とかと内容が似てきた。

SNS女子シェアしてくる犬猫動画とかどうでもいい

2018-08-12

愛と勇気けが友達

毎回、頭を取り替えられてると

このような刹那的な発想になるのだろうね

死ぬときは、誰だって独りきり

このように開き直ると

楽になるのかもしれない

2018-08-08

ご報告

【ご報告】

・A社落ちました(多分社風的に合わなかったような気がします)

・B社は結果待ちですが、最終面接雰囲気が全く合わなかったためステイしようと思います

違和感が拭えない人事ローテーションを受けて、この一ヶ月間転職活動を全速力で走り抜けましたが結果的には現状維持ということになります

とても疲れました。我ながら私らしい結末ですが、現状他に採りようのある方法もないので仕方がありません。正直やりがいもなく、面白くもない仕事をして、面白くない時間を延々と過ごすことが、人生の浪費と言わずしてなんと言えばよいのか疑問です。しかしながら、今はそれが私の歩む道なのです。

思えば何をしても根本的には満足を得られない人生を過ごしてきました。これは誰の責任というわけでもなく、私の特性上そうなってしまものです。考えれば考えるほどに辛く、しかし考えることをせずにはいられない。楽観的に、刹那的に生きることを善しとできない性分は、常に私を苦しめ続けますしかし、そんな自分が嫌いなわけではないのでさらにややこしい。一種病気のようなものであるのには違いなく、多分40歳ぐらいになれば落ち着くと思うのですが、それはそれで先が長くて思いやられます

人は何者かになりたいと思いつつも、結局何者にもなれず死んでいくことがほとんどです。私は何を求め、何になりたいのでしょうか。答えは藪の中であります誰も知らないし、誰にもわからないのです。一つだけわかっているのは、そうは言っても新しい日は自動的にやってきてしまうということ。来るなと願っても来てしまうこと。私は乗り越えなければなりません。乗り越えて生きていかなければなりません。その意味では、どちらに転ぼうが結局のところ変わらないのです。

志望した会社業界に落ちたことがショックということではなく、何も変わらない、変えられないということに無力感を持っています。私にできることはそもそも多くありません。おそらく力を発揮できる環境も限られているでしょう。客観的に見れば私の大嫌いな今の環境が、私にとっては適した環境なのです。それは現職における私の評価が異様に高かったこからも推察されます。その事実にも私は苦しまずにはいられません。

大変にご心配をおかけいたしました。今は励ましも何も必要ではありません。私は今日ちゃん会社に行きます。もはやそれだけが、今の私のアイデンティティなのです。

2018-08-07

低能先生はてブ増田という刹那的な場でしか活動しなかったというのは本当に孤独さらされてたんだなという気がする。

継続的表現を出来なかったという証左かもしれない。

ネットリンチ(と認識していた現象)に対して何か反論し、状況を打開すべきと考えていたなら、やはり継続し、積層する物が必要だったと思う。

俺もこのままだと人殺しちゃうだろうな。殺さないようにアーカイブサイト作るか…。

2018-08-03

善悪がわからなくなりつつある

人の立ち位置を考えて、なぜそう思ったのか、なぜそんな行動をしたのか、そういったことが理解できるようになってきた。

なぜ物事はこうなっているのか、どんな経緯でシステムがこうなったのか、どうしてこういう思考が発生するのか、この思想の源流はどこか、なぜそれを思いついたのか、なぜこの人からこの発言が出たのか、どういう人生を送ってその発想が生まれたのか、いまどんな環境にいるのか、どのような生活を送っているのか、感情ストレスはどう変化しているか、ということを考えるようになった。

気付けば「世界とはそんなものだ」という感覚が身についた。怒りも笑いも悲しみもない。あるのはそこに横たわった現実と、それをどう変えればどれが解決するかという発想だ。

ぼくには目的がない。自分自身感情を強烈に揺さぶらせる、雄大で荘厳な、人生をかけたいと思うような目的がない。ある意味怖いのかもしれない。目的自体はたまに思い浮かぶ。どれもこれも解決が困難な課題だ。ただ「人生をかけたのに達成できなかったら……」というブレーキが働き「人生をかけるほどのものではない」とたかをくくってしまう。この先何十年もそれに邁進するという選択が取れない。

自分が何をしたいかがわからない。自分が何を考えているかからない。ぼくは刹那的に、そしてただ外部からの刺激を受け取って、過去のできごとの蓄積から考えをアウトプットしているパブロフの犬しかなかった。今もそのことは変わらない。変わらないが、それを自覚して、ぼくは自我が芽生えたとでもいおうか、ぼくはぼくが動物機械であることを知った。

ぼくは知識貪欲に求めるようになった。世界はまるで子どものころのように新鮮に見える。ぼくはほとんど何も知らない。毎日知らなかった概念発見する。そうなると1ヶ月前のぼくはぼくではなくて、ぼくはだんだんぼくでなくなっていく感覚を覚える。知らないことを知ること、知らなかったことを知ったことで、他者が何を考えているか想像やすくなった。知識はぼくの心の渇きを忘れさせてくれる。ぼくが何者かを考えさせないように没入させてくれる。ぼくにとって、ぼくが暇であることは毒なのだろう。

ぼくはきっとそのうち悪の道を選びそうだ。わかりやすいし自由を尊びたいし、善の道は舗装されているからだ。

ともかく、ぼくはこうしたなんとなくの切なさと寂寥感を抱えて、今日も元気に一日を過ごそうと思う。

2018-08-02

仮面うつ病新型うつ)になった

職場自分「死にて~~。生きてる価値無さすぎて死にて~~。空気吸ってるのや給料もらってるのがとにかく申し訳ね~~。来週の土日辺りに首吊ろ~~」

家の自分「うほ~~人生楽しすぎる~~。給料泥棒とか言われてもいいから生き延びて~~」

家で将来について考える自分「死にて~~仕事辞めたいとか言いつつ転職活動しようとすると面倒臭さに押しつぶされて勉強すらしてねえとかクズすぎて死にて~~就活サイト登録してもこんな自分オファー出させるのが申し訳ね~~」

家で全てを忘れて楽しむ自分「うひょ~~~肉うめ~~野菜うめ~~お菓子うめ~~映画おもしれ~~漫画のし~~衝動買いした本あんまり面白くねーけど1000円程度だからセーフ」

職場自分「早く死にて~~。今持ってる貯金ニートしてから死ぬのもありかと思ったけど、ニートする前に仕事辞めるのが面倒くせ~~。全部面倒くさいからさっさと死にて~~次の連休にでもヘリウムガスで安楽死しよ~~」


うーんこの変わりよう。

共通点があるとすれば「自分人生において他人にとっても価値のある何かを積み上げているという実感が全く無く、刹那的な楽しさと辛さに振り回されている状態であり、長期的なビジョンは全て真っ暗闇であり、その中にポツポツと刹那的快楽が街灯のように瞬いておりその明かりを希望にして生きている状態である」って所かなあ。

脱出方法は「自分人生において自分にとっても他人にとっても価値のあるものを積み上げているという実感を持つこと」なんじゃねーのかなっと。

それとは別に「そんなもの必要なくて犯罪さえやってないなら自分さえ楽しければセーフだし堂々と給料泥棒して死ぬまでダラダラ暮らすのもあり」と心の底から割り切るっていう方向もあるんだろうなあ。

さて、どっちに進むかだなー。

思考力が残っているうちにカウンセリングを受けて西洋医学に全部なんとかしてもらうってのもありな気もするけど、精神病の薬による薬効は思考力を取り戻すことであって、思考力は残っているが行動に移すためのビジョンが見えていないってのはどうしようもない気もするんだよなー。

あーでもそれを聞くためにカウンセリングを受けるのもありかな……いやでも精神科医医者先生であって人生先生ではないからそういうのを期待するのは見当違いな気もするわ。

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