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2020-10-10

2020年新語・流行語大賞を予想する

第1位.コロナ新型コロナウイルスコロナ禍,withコロナコロナ太り)

第2位.3密(三密,密です!)

第3位.アベノマスク

第4位.緊急事態宣言

第5位.ソーシャルディスタンス

第6位.PCR検査

第7位.自粛警察帰省警察マスク警察

第8位.最年少二冠(藤井聡太棋聖王将

第9位.総合的、俯瞰的

10位.時を戻そう(ぺこぱ

↑ここまでがトップ10。↓以下30位圏内

Go To(トラベル,イート)

ロックダウン

BLACK LIVES MATTER

一斉休校

テレワーク

STAY HOME

新しい生活様式

東京アラート

買い占め騒動マスクトイレットペーパー,消毒用アルコールイソジン

投げ銭

100日後に死ぬワニ

リモート飲み会

TOKYO2020

完全な形で

エッセンシャルワーカー

うちで踊ろう

夜の街

8割おじさん

ダイヤモンドプリンセス

憲政史上最長(安倍晋三首相二階俊博幹事長

競馬で牡牝ともに三冠馬となれば,ダブル三冠なる言葉候補に入るかもしれない。

他にあるだろうか?

2020-08-21

非対称

将棋少しでもやってる人間なら木村九段スーパーウルトラハイパードチャクソ将棋強いマンなのを理解してるので敬意を払うのは当然と思うが、将棋興味ない勢からすると藤井棋聖にやられる雑魚モブ扱いなのでそりゃ齟齬が生まれるよなあと思う。

木村一基の不撓の闘い

藤井聡太棋聖が瞬く間に二冠、そして八段となり、世間は大きく湧いている。

けれど、ここでは、番勝負で敗れた木村一基九段の話をさせてください。

悲願は実る

将棋ファンをやっていて一番辛かった瞬間は、と問われれば、2016年の第57期王位戦番勝負第7局を挙げる。このシリーズ通算6回目のタイトル戦挑戦となった木村一基八段(当時)が、羽生善治王位相手に3勝2敗と先行し、悲願の初タイトル王手をかけていた。しかし、第6局、第7局と木村は連敗する。またしても、悲願の初タイトル獲得はならなかった。これで木村は、あと1つでタイトル、というところで8連敗を喫した。あと一つは、どこまでも遠い。

いつもは負けた後も気丈に振る舞う木村だが、この日は様子が違った。記者質問言葉が詰まる。言葉が、出ない。結局、言葉を発さないまま、木村右手を小さく振って質問をさえぎった。8度目の正直。期するものはどれだけだったか。胸にこみ上げた思いはどれだけだったか。胸が潰れるような思いだった。こんなに辛いことが世の中にあっていいのか、と思った。

この時、木村43歳。次々と若手が台頭してくる将棋である。43歳の木村に残されたチャンスは多くない。もしかしたら、これが最後のチャンスだったのではないか。そんな思いが頭をよぎった。

そんな思いが頭をよぎったことを、私は今でも恥じている。

それから3年後の2019年木村は再び王位戦で7度目のタイトルに挑む。そして、豊島将之王位(当時)を相手に、4勝3敗でタイトルを奪取。史上最年長記録となる、46歳での初タイトル獲得である。43歳で8度目の正直を逃し、それでもなお、木村は這い上がってきた。そして、ついに悲願は実った。解説会場で見守っていたファンは、立ち上がって木村拍手を送ったという。この悲願は、将棋ファンにとっての悲願でもあったのである

将棋ファンをやっていて、一番辛かった瞬間と、一番嬉しかった瞬間。その両方を味わわせてくれた木村一基は、私にとって特別棋士である

ついにタイトルホルダーとなった木村一基王位も、1年後には初めての防衛戦を迎える。2020年7月、第61期王位戦木村の前には、まだどこか慣れない和服に身を包みながらも、凛とした佇まいで盤の前に座る挑戦者がいた。

藤井聡太七段(当時)。厳しい、あまりに厳しい防衛戦が幕を開ける。

遠い勝利

番勝負第1局。藤井七段の先手番で角換わり。木村王位は、38手目に△4四歩と突く。これは、「攻めてこい」という手で、ここを突くと先手の猛攻が始まる。強い受けを得意とする木村。初めて上位者として臨むタイトル戦。藤井七段の攻めを堂々と受け止める覚悟で突いた歩であった。

当然、藤井七段は次の手から攻めかかる。厳しく、刺さるような攻め。藤井が攻め、木村が受ける。それが延々と続いた。受けを身上とする木村である面目躍如の粘り強い受けが次々と飛び出す。絶体絶命と思える場面でも、受けはある。藤井の攻めが止まり、一手でも木村に攻めの手が回れば、たちまち逆転である

しかし、その手は最後まで回ってこなかった。藤井聡太七段、攻め始めてから守りの手を指すことなく、攻め倒しての快勝。盤上に衝撃波が残るような、そんな幕開けとなった。

第2局。先手番の木村選択したのは得意戦法の相掛かりであった。この戦型は、定跡が整備されておらず、一手一手が難しい戦いになる。お互いの構想力、真の力量が問われる戦型ともいえる。木村藤井、互いに盤上没我し、深い読みで盤の底の海を泳ぐ。2日目の午後になってもまだ本格的な戦いが始まらない。あまり難解な応酬の中、一歩抜け出したのは木村だった。8六に角を上がった手が、藤井も困ったという好手。深い読みと、これまでの艱難辛苦に裏打ちされたような丁寧な応対。木村がついに優位に立った。

しかし、藤井は全く楽にさせてくれない。逆転に向けて絶えず圧をかけ続けるような指し手で、木村を追い詰めていく。序盤、中盤で考えに考え、優位を掴んだ木村。終盤まで来ると、時間が残っていない。時間に追われるように指した手は、わずかに足りなかった。木村一基、2連敗。終局後、遠くに目をやった姿が印象的だった。

迎えた第3局。第2局と第3局の間に、藤井は初タイトル棋聖を獲得していた。これでこの番勝負は、初タイトルの史上最年長対史上最年少の番勝負となった。果てしない苦難の末にタイトルを手にした木村に、彗星のごとくタイトルまで上り詰めた藤井が挑む。同じタイトル1期でも全く対照的であり、意味が違う。将棋神様がどこかで筋を書いているとしたら、将棋神様が憎い。

戦型は矢倉。先手番の藤井が、土居矢倉に雀刺しという温故知新の構想を披露する。盤上を転換する角が輝いている。改めて、恍惚とするような構想力である。またしても藤井の攻めを木村が受け止める展開となるが、藤井の攻めは淀みなく、木村、苦しい。

はっきりと苦しい90手目。木村は自陣に銀を打った。うめき声が聞こえてくるような苦しい銀打ちである。この手を見て、中継画面を思わず凝視した。辛抱も辛抱、鬼辛抱の受けである。ここに銀を打ったところで、幸せになる未来はなかなかやってこない。それでも木村は打つ。これまでも打ってきたし、ここでも打つ。

中継を見ながら並べていた将棋盤に、木村の手つきを真似しながら何度も銀を打ち付けた。自慢できるような華麗な手ではない。しかし、これが木村の手なのだ

「これが木村一基だ」。そう念じながら、何度も、何度も打ち付ける。報われてくれ。幸せになってくれ。まずは一つ、返してくれ。

木村の執念の粘りに引きずられたのか、藤井が終盤に一手寄せを誤る。辛抱を続けてきた木村に巡った最終盤の大チャンスであるしかし、そこから木村が優位を掴む手は相当に見えづらく、難解だった。突然現れた勝利へのか細い糸だったが、木村、惜しくもこれを掴めない。番勝負は3連敗、あっという間のカド番となった。

2020年8月19日王位戦番勝負第4局。カド番の木村は、相掛かりに命運を託す。敗れはしたものの、第2局で優位を築いた得意戦法に全てを懸けた。

カド番とは思えないような積極的な指し回しに、藤井も一歩も引かずに応じる。激しい突っ張り合いの末に封じ手を迎えた。飛車に銀を当てられた藤井。36分の考慮に沈んだ末、次の一手を封じた。飛車を逃げるか、バッサリと斬ってしまうかというところである。そして、後者は相当に勇気がいる。

封じ手の場面、ある一手を思い出した。藤井聡太代表する一手の一つ、「△7七同飛成」。場面は異なれども、あれも飛車をバッサリと斬る手であった。鮮烈な一手が去来して、予感を巡らした。そして、翌日開かれた封じ手藤井棋聖はやはり、飛車を斬り飛ばした。

一歩も引かない突っ張り合いは2日目も続く。しかし、局面藤井に傾いていった。終盤の局面は、見れば見るほど、木村にとってどうしようもない。全てを悟った木村王位は、潔く駒を投じた。藤井王位誕生し、木村にとっての初の防衛戦の幕が閉じた。

木村から見て「0勝4敗」という星取りは、正直すぐには信じ難い。紙一重の、いや、間に紙一枚もないような攻防の中で、残念ながら木村勝利を掴むことができなかった。どこまでいっても勝利の遠かった番勝負。そこには、歴然たる「差」があるのかもしれない。しかし、木村一基王位は、初めての防衛戦となるタイトル戦で、最後まで全力で戦い抜いた。彼が初めてタイトルを獲得した時、解説会場でファンたちがそうしたように、今回も立ち上がって、全力で拍手を送りたい。

折れない心

藤井王位は、記者会見で木村の立ち振る舞いから学ぶことが多かったと述べていた。それは、偽らざる実感だったと思う。多くのタイトル戦を経験してきた木村だが、これまでは全て挑戦側。上位者として迎えるのは初めてで、しか相手自分よりも30歳近く年下の若者、加えてこのコロナ禍の中での異例づくめのタイトルである。戸惑う部分は大きかったはずだが、それを感じさせないくらい、木村の振る舞いは堂々としていた。

初めての封じ手所作に戸惑った藤井棋聖。優しく所作を示したのは対戦相手木村であった。その封じ手、通常は2通であるが、今回は3通作成することを提案したのもまた木村である。通常より多い1通は、販売し、収益豪雨災害被災地などに送ることを想定したチャリティーである

目を覆うような負け方をした後でも、感想戦リードし、記者質問にも気丈に答える。厳しい番勝負の中でも、木村他者へのまなざしを忘れない。あと一歩のところで敗れ続けてきた。苦難に満ちた将棋人生が、棋士木村一基を創っている。

感想戦の後、駒箱に駒をしまう。タイトルホルダーとしての最後所作を終えて、木村一基王位戦は幕を閉じた。47歳。あの時より、4つ年を取っている。しかし、木村一基はまた戻ってくる。苦しい手しか残っていなくても、まだ指し続ける。「百折不撓」折れない心は、木村の信念である

今度は、微塵も疑っていない。

2020-08-20

藤井聡太棋聖が4連勝で王位を獲得 最年少で2冠&八段昇段を達成

[]木村一基王位王位戦で4連勝すれば藤井聡太棋聖の二冠を阻止できるってマ?

王将はまだ残ってる、ここを耐えれば藤井聡太に勝てるんだから

2020-08-16

王位棋聖の二冠と、竜王一冠ならどっちの藤井が格上なのだろうか。

2020-08-15

anond:20200815145907

そういう発想のおっさんもっと酷い版が棋聖危害を加えると予告して逮捕されたそうだ。

若くして人生が上手くいっている、いい歳こいて上手くいっていないは本人の自己責任

しか残酷なことだ。

2020-08-05

藤井聡太棋聖に勝つ唯一の方法

藤井聡太棋聖の机にこっそり隠してあるエロ同人誌と同じものを対局の時に持ってきて「これ、君の好きな奴だよね?」と揺さぶりを掛けるとかどうだろう。

なんか他に良い方法ある?

2020-07-31

師弟関係理想の形

リアルでも創作でも師弟関係があると注目してしまう。

藤井棋聖杉本八段の関係を見て、師匠ってのは弟子より強くなければならないわけじゃないことに気付かされた。天才、とくに将棋のそれは顕著かもしれないけれど、見守り支える師匠とその元で大いに羽ばたく弟子の良さは尊い

でも、いろんな創作の中にある師弟関係も好きなのだ

超えられない壁としてずっと立ちはだかり続ける師匠。時に友でありライバルでもある師匠。ふだんはまるで頼りないのにいざとなると半端ない師匠エロすぎる師匠。それぞれの師弟関係が好きだ。

2020-07-28

anond:20200728113438

その通りだね

ネット上で藤井棋聖とか大谷とか所謂成功した人たちを叩きまくってる連中がいるけど

あいつらはみんな自己評価低いが故に成功した人たちを妬んで批判してるだけ

自己評価低い」と「他人に異常に厳しい」ってのはいくらでも両立する

2020-07-27

anond:20200724163613

「オスとしての魅力」と書いてしまうということは、相手のことをメスだと思っているのかな?と思いました。

もちろん、そういう野性的な?生物の根源的な?魅力が重用される界隈もあると思うんですけど、

ほとんどの人は倖田來未でもEXILEでもないので(年齢がばれてしまう!)、

男とか女とかじゃなくてもっと人間らしい、理性的で穏やかな魅力を磨いた方が汎用性が高いのではないかと思います

そもそも自分磨き努力をしたり、出会えるきっかけを増やしたり、増田さんは本当によく頑張っていてそれだけで素敵だと思います

あとは、すぐには難しいと思うんですけど、恋愛対象のことを“女”という別の生き物ではなく、

同じ人間として認識すると色んな事がスムーズに流れていくと思います

以下、自分語りなのでお暇ならどうぞ。


夫がまさに「いい人なんだけど男として見られない」と言われ続けてきたタイプで、

初めて会ったとき(近所の居酒屋でお互いひとりで飲んでいた)、彼は恋愛経験ゼロの25歳でした。

(片思いをして何度か告白したことはあったけど、お付き合いには至っていなかったそう)

私は何度か恋愛をしてきたものの結局結婚には至らなかった30歳で、

若いうちはリードしてくれて、話が上手くて、経験豊富男性に惹かれていたのですが、

何度か失敗を繰り返す中で、結局パートナーシップを築ける男性こそが最重要とようやく悟ったところでした。

彼は恐れ多いけど藤井聡太棋聖みたいなビジュアルで、

いつも微妙サイズの大きい、アイロンのかかってないちょっとカビ臭い(部屋干し?)ユニクロのチェックのシャツを着ていて、

恋愛経験の少なさからか、女性への偏見蔑視がうっすらと言動ににじんでいるというまあ、そらモテへんやろな…という感じだったけれど、


まり屈託がなく、素直に私の話を聞いてくれて、他の男性マウントを取られてもニコニコ流していて、

美術館博物館コンサート海外旅行などにひとりで行って楽しめる自立した人でして、

ああ、こういう人と一緒に暮らすのは素敵だろうなと思ったので、彼が引くギリギリの強度でぐいぐい寄って、寄り切りました。

今は残念ながら抜かれてしまいましたが、結婚前までは私の方が年収は高かったし、常に割り勘か私のおごりでした(私が年上だし!)。

デートコースは2人で話し合いながら決めたし、私の方が食いしん坊なので飲食店探しは私の係でした。

彼のこだわりがあれば別にそのままでもよかったんだけど、もう少しおしゃれしたいけどよくわからないと言うので、

彼に似合いそうな服を一緒に選んで、角刈りとアイパーが得意、みたいな床屋さんから、オシャレ床屋さんに換えてもらいました。

あと性行為経験テクニック必須というのは大嘘で、相手コミュニケーションする気があればマジで何の問題もないです。

3年付き合って結婚して、子供が2人産まれペアローンで家を買って幸せ暮らしています

2020-07-25

anond:20200725170741

人権無視とか言ったって、本人だって人権なんてことはわかっていて、非常に稀な素質を持つ有益人間について人権を停止してもいいんじゃないかってところから始まってるんだから人権重要性をいくら指摘したところで平行線だろうよ。

「どの業界でも遺伝子トップを決める」と思っていて、かつ、「国が配偶者を決めることで遺伝子コントロールできる」と思っていて、かつ、「国にとって有益天才配偶者を決める事は許される」の3つがそろって、初めてああいう考え方になる。 最後の、許されるかどうかの倫理的問題については指摘しやすいからみんな誤ってると指摘してるが、それ前の2点についても誤りだからね。

こういう論法採用すると

「本人だって全分野に適用できない、分野の精査が必要なことはわかっていて単なる例としてあげている」というのも成立しちゃう

大体、藤井聡太棋士って何だよ。将棋に少しでもリスペクトがあれば、棋聖か、棋聖になる前の発言でも7段っていうだろ。報道でも、全部そうなっているだろ。藤井聡太棋聖に「棋士」ってつけてる有名人、初めて見た。リスペクトも何もなく、完全にバカにしている…

この話とはずいぶん離れた話になってる。

君はどちらかというと本筋を批判したくて枝葉を突いてるというより

将棋ファンかなんかで藤井棋聖に対する無礼が気に入らなくてついでに本筋も叩く理屈捏ねてるタイプなんだろね。

anond:20200725150729

とりあえず、藤井聡太棋士、と書いてある報道を探してきてから言ってくれ。

新聞記事だっていろんなスポーツ芸能も混じってるのに、藤井聡太棋士と書いてある記事ほとんど見かけないぞ?

棋聖でも棋の字が入ってるんだから棋士だってわかるだろ。

anond:20200725150925

難癖じゃねぇよ、なら、藤井聡太棋士」って書いてる報道探してこいよ。棋聖役職名じゃなくて称号だぞ?

Twitterでも、将棋界のルール知ってる人は皆、棋聖って書いてるわ。個人でもな。別に文字数増える訳じゃなし。少なくとも、将棋界の事知らずに書いてるのは確かだろ。将棋を引き合いにしておきながら、将棋界について知らないとか、持論展開に将棋利用してるだけじゃん。将棋界をリスペクトしてるとは言えないことは確かだろ。

社長のこと社員って呼んでるようなもの。間違いじゃないけどさ。

anond:20200725145007

大体、藤井聡太棋士って何だよ。将棋に少しでもリスペクトがあれば、棋聖か、棋聖になる前の発言でも7段っていうだろ。報道でも、全部そうなっているだろ。藤井聡太棋聖に「棋士」ってつけてる有名人、初めて見た。リスペクトも何もなく、完全にバカにしている…

この部分は単純に難癖だろ

袈裟憎んでる状態

RADWIMPS野田洋次郎が幼稚すぎる

前も話したかもだけど大谷翔平選手藤井聡太棋士芦田愛菜さんみたいなお化け遺伝子を持つ人たちの配偶者はもう国家プロジェクトとして国が専門家を集めて選定するべきなんじゃないかと思ってる。お父さんはそう思ってる。

https://twitter.com/YojiNoda1/status/1283752963052167169

…だそうで。この方、もう35歳で慶應SFC入学できた方なんですよ(卒業はしてないけど)。100歩譲って配偶者選定されたとして、ご本人のご意志は…?本当にその方々を選ぶの…?

皇族ですら、いざ結婚となったら、あんなにもめているのに、実際これをやってもめ事にならないと思っているとしたら、幼稚すぎる…

で、その後、「冗談だ」とツイートしたそうだけど、冗談なら、なんで「天才スポーツ選手」「天才棋士」みたいにぼかして言わなかったの?実在人名上げておいて「冗談です」で済むと思っているの?それぐらいの想像もできないぐらい、判断力を失っているようにしか思えない…

大体、藤井聡太棋士って何だよ。将棋に少しでもリスペクトがあれば、棋聖か、棋聖になる前の発言でも7段っていうだろ。報道でも、全部そうなっているだろ。藤井聡太棋聖に「棋士」ってつけてる有名人、初めて見た。リスペクトも何もなく、完全にバカにしている…

2020-07-22

これから将棋を観る人へ

藤井棋聖フィーバーを受けて、将棋を観始める人に、ここが将棋を観る上でのの魅力、ポイントというのを言いたくなったので書いてみる

それはずばり、最終盤から投了までの棋士の佇まい、投了後の第一声だと思う

それまでの序盤、中盤は、最後の瞬間に感情移入して見られる程度に追っていればよい

盤面はわからなくてよい

解説を聞いてなんとなく情勢がわかる程度でよい

どうしてこの瞬間か

それは棋士感情が溢れる瞬間だから

将棋は負けると滅茶苦茶に悔しいゲーム

運の要素のない完全情報ゲームから自分の負けは即ち自分一人の責任になる

読みが甘かったから、気を抜いたから、能力が不足していたから、負ける

ウォーズ2級程度の腕の私すら、頭が火照るほど悔しい時がある

多くのプロ棋士は、小学生の頃からその地域大人はまず敵わない

そんな天才が全国からまり奨励会に入り、プロになるのは年数人の天才の中の天才

ちなみにプロ棋士の中でタイトル獲得まで至るのは一握りだし、タイトル保持を続けて覇権を握るのは羽生九段など、さらに限られた存在となる

そんな天才たちが何時間もの対局時間をかけて、生活の多くの時間を対局に備えて、人生将棋に賭けてきた棋士が負けた時の悔しさは業火に焼かれるような感じだろうか

想像も出来ない

もちろん、ずっと勝負世界に身を置いてきた棋士達が取り乱すわけではない

それでも、溢れるものがあるように思う

投了のずっと前には敗勢を認めて、

棋士によって潔く首を差し出したり、泥臭くあがいたり、幾重にも罠をはったり

そうした中で逆転もある

将棋は逆転の多いゲームで、終盤ほど一手の重みは大きくなる

勝っている方は一手のミスでこれまでの時間台無しになってしまプレッシャーの中、極限の緊張と興奮の中で読み抜けている筋はないか探し続ける

そんな時間には、身体を揺らしたり、頭を掻きむしったり、ぼやいたり、はたまた微動だにせず盤面を見続けたりと、棋士それぞれの色が出る

それでも、局面が進むに従って盤上にあった可能性は一方の勝ち、一方の負けという形に収束する

勝ち負けがはっきりするに従い、棋士も落ち着き始める

負けを認めるまでに、選ばなかった選択肢を思ったりするのだろう

そして、戦い自分を負かせた相手に敬意を表して、着衣、姿勢を整え投了する

暫しの間を置いて、一局の中で生じた別の展開の可能性について話し始める

この過程将棋を見ていてどうしようもなく美しい、これが魅力だと、個人的には感じている

もちろん、好きに観て楽しめば良いのだけど、ただ藤井棋聖一人に注目するよりも対局者二人の物語を感じた方が将棋面白いんじゃないかと思って

また、ここからの数年、藤井棋聖覇権を握っていくのだろうけれど、

個人的には藤井棋聖が悔しがらせる姿が見られるよう、他の棋士活躍を期待したい

2020-07-20

1970年7月18日世代

anond:20200720212826

年齢棋士
58大野源一(B1/11位)
57
56
55塚田正夫A級/32位)
54
53花村元司A級/19位)
52升田幸三A級/9位)
51丸田祐三A級/15位)
50
49
48
47大山康晴名人/1位)原田泰夫(B1/13位)
46加藤博二(B1/16位)
45
44
43 灘蓮照(A級/18位)
42
41
40
39
38二上達也A級/7位)
37
36山田道美(A級/5位)】
35
34有吉道夫(A級/5位)
33佐藤大五郎(B1/14位)芹沢博文(B1/17位)
32
31
30内藤國雄(A級/3位)加藤一二三(A級/4位)
29板谷進(B2/20位)
28大内延介(B1/8位)西村一義C1/10位)
27米長邦雄(B1/6位)
26
25
24
23
22中原誠A級/2位)桐山清澄B2/12位)
21
20

タイトルホルダー(棋王戦創設前で全五冠)

大山康晴名人十段棋聖王将王位独占)

概観

1950年代半ば過ぎより、将棋連盟財政事情から1年間に採用される新四段を年に2人から3人と極端に絞っていた時代で、そのため若い世代に分厚い有力グループができる新陳代謝があったわけでもありません。もちろん俊英はきちんと昇段していくわけですが、そもそも奨励会の人数自体が少なく、年齢制限有名無実な時期さえありました(なので1960年に移ってもほぼ変化がないため、遡るのはここまでにします)。そういうこともあって1960年代は大山康晴が全タイトルを独占する時間が長く続き、二上達也加藤一二三が僅かにそこに手がかかる程度の圧倒的な独走状態でした。しかし打倒大山にその生涯を賭けたと言っていい山田道美が67年に棋聖位を奪取します。難病に斃れた山田はこの時点からわずか1ヶ月前の70年6月に36歳でA級在位のまま死去(そのため表中に特掲しました)。しか山田が開いた研究会でも鍛えられた中原誠が翌68年に山田から棋聖を奪取し20歳の若さで初タイトルさら内藤國雄が中原から69年に棋聖を奪取と、大山統一王朝終焉が間近な時期でした。

1980年7月18日世代

anond:20200720204513

年齢棋士
57大山康晴A級/3位)
56
55
54
53
52
51
50
49
48二上達也(B1/19位)
47
46
45木村義徳A級/34位)
44有吉道夫(B1/12位)
43
42
41
40加藤一二三A級/6位)内藤國雄(A級/7位)
39板谷進(A級/21位)
38大内延介(B1/15位)
37米長邦雄A級/2位)
36
35勝浦修(A級/4位)
34森雞二(B1/16位)
33石田和雄A級/10位)田中魁秀(B2/17位)
32中原誠名人/1位)桐山清澄A級/13位)
31佐藤義則B2/14位)
30 森安秀光(A級/5位)
29
28
27青野照市(B1/8位)宮田利男C1/20位)
26
25
24
23小林健二(C1/11位)
22
21
20福崎文吾(C1/18位)
19
18谷川浩司B2/9位)

タイトルホルダー(王座戦一般戦時代のため全六冠)

中原誠名人十段棋聖棋王米長邦雄王位大山康晴王将

概観

筆者にとってはここから数年後が将棋に興味を持ち始めた時期のため個人的には印象の深い顔ぶれが並ぶのですが、改めて1990年世代表と比較すると、羽生世代と55年組が年齢の関係で登場していないことを除けば、主たる顔ぶれに大きな変化がありません。大山から中原への世代交代を経て米長の台頭と加藤の才能の遅れながらの円熟を迎えた70年代の熱が、80年代いよいよその盛りに達しようとするまさにそういうタイミングであり、それが1990年の段階でまだまだ勢いを持っていたと見るべきでしょう。そういう意味でも、羽生善治は「最も最適のタイミングで出現した」と言えるのかもしれません。

谷川浩司登場

そういう熱の中に、1人とびきりの若さで登場した谷川浩司の衝撃、をリアルタイムで感じることのできない当時の私の年齢ではありましたが、こうして見ればその存在感の突出さも別の意味理解できようというものです。ただ、谷川80年代を通してついに「自らの統一王朝」を開くまでには至らず、中原と押し引きを続けている間に羽生とも戦わざるを得なくなるという状況を迎えました。

板谷四郎一門の存在感

藤井聡太大師板谷進とその弟弟子石田和雄A級に、さら板谷進の弟子小林健二が将来を期待される俊英として名を連ね、板谷四郎一門のある種の盛りを迎えています。途中石田弟子高見泰地が叡王位を獲得するとはいえ、ここから40年を経て「東海タイトルを」が結実するというのは、年月の長さを感じます

藤井棋聖のことを「藤井くん」とか言うおっさん

何だよ藤井くんて。友達か。

棋聖が言いにくいんだったらせめて藤井先生と言え。

1990年7月18日世代

anond:20200719124707

ここまで来たら1970年までさかのぼってみようと思います

(なお、データはけんゆう様作成の「将棋棋士成績DB」を参照しています。けんゆう様には感謝を申し上げます

年齢棋士
67大山康晴A級/27位)
66
65
64
63
62
61
60
59
58
57
56
55
54有吉道夫(A級/22位)
53
52
51
50加藤一二三(B1/13位)内藤國雄(A級/17位)
49
48
47米長邦雄A級/8位)
46
45
44
43
42中原誠名人/3位)
41
40淡路仁茂(B1/18位)
39
38真部一男A級/50位)
37青野照市A級/7位)
36
35
34
33
32
31
30高橋道雄(A級/12位)福崎文吾(B1/20位)
29
28谷川浩司A級/1位)
27南芳一A級/5位)島朗B2/14位)
26神崎健二(C2/19位)
25塚田泰明(A級/11位)中田宏樹(C2/16位)
24森下卓C1/2位)
23
22阿部隆(C2/10位)
21
20佐藤康光C1/5位) 先崎学(C2/15位)
19羽生善治B2/6位)
18屋敷伸之C1/9位)

タイトルホルダー

中原誠名人棋聖王座:この直後8/1に屋敷伸之棋聖位を奪取されます谷川浩司王位羽生善治竜王米長邦雄王将南芳一棋王

縦長の表

このシリーズで一番の縦長ですが、その原因は言うまでもなく大山康晴です。この2年後69歳でA級在位のまま死去。ほんの数年前までは羽生善治ならそれに並びうるのではと思われていましたが、さてそれが達成できるかは見ものです。私も健康に気をつけてせめてその歳までは健康に生きていたいと願っております。あと、有吉道夫・内藤國雄の西の両巨匠もまだまだ指し盛りですね。ご両名はそれぞれ74歳、75歳まで現役を務めました(内藤規定による引退を待たずの自主引退)。このお二人が関東在住でしたら、2020年において長老格として加藤一二三けがメディアを独占する、ということもなかったのではないかなあ、とも。

55年組

この表だけ見ると谷川浩司の周りにずらっと名前があって多士済々。しかタイトルホルダーやタイトル経験者、A級在位者が多い。特に南芳一にいたってはこの前後数年でタイトル5期を重ねるなど最充実期といっていい活躍。にもかかわらず「谷川世代」という呼ばれ方はついにされず、しかもその後の歴史を見るに多分それは正しかった。1991年最後に、福崎文吾まで含めてこの年代棋士谷川以外誰一人タイトルに届きませんでした。そういう意味では、棋界の「見る目」というのは冷徹なほどに的確です。また、もしかしたら2020年における30歳前後棋士たちへの評価に重なる部分があるのかもしれません。

森下卓

この表だと塚田泰明とは1つしか年齢が違いませんが学年では2つ、プロ入りでは3年度下なので、55年組よりは「羽生世代」に近い位置づけをされる森下卓。昨年木村一基が初タイトルを奪取するまでは「無冠の帝王といえば森下木村か」と言われる存在でした。この年24歳、C1在籍ながら準タイトル戦格の全日本プロトーナメントを制しています。棋界一の律儀者とも称される物腰の柔らかさとじっくりとした矢倉を得意とする棋風で人気も高く、一般棋戦優勝8回、タイトル挑戦6回を数えながらついに54歳の今日までタイトルに手が届いていません。そのことについては本人の口からも幾度か語られてはいますが、それを判定できる人はだれもいないのでしょう。書かずもがなの無内容なことながら、それでも一筆書かずにおれないところがあります

羽生世代ポスト羽生世代

はい、30年前にもうこうやって出てくるわけですよ。この表の中には名前ないですけど村山聖森内俊之はレート的にはすぐこの下にいますし、郷田真隆丸山忠久はこの年の4月に新四段になったばかり、翌91年4月には藤井猛が、同10月には深浦康市が四段に上がってきます。そして屋敷伸之上記の通り、2回目のタイトル挑戦中で中原から棋聖を奪取し史上最年少タイトルホルダーに輝く。上は大山から下は屋敷まで、そして中原谷川羽生の3人のスターを抱えるこの時期の「幅の広さ」はその前後には見られない豊穣さといえましょう。

若き羽生善治、そして藤井聡太

レーティングという指標で見るなら、実は羽生藤井聡太よりもほんの少しだけ早い17歳6ヶ月で全棋士中1位になっています(88年3月藤井聡太20202月17歳7ヶ月。この比較こそ数字遊びに過ぎませんが羽生のほうが藤井よりプロ入りが遅く勝率も低いのに対局数と勝数の要素でこうなっています追記eloにせよglickoにせよ「将棋棋士場合は」全体のレートがマイルドインフレする(対して大相撲力士レーティングは目立ってインフレしない)ので攻略する頂の高さは羽生より藤井の方がずっと高いのでした。その分藤井のほうが増やしやすくはありますが)。この時期は、ちょうど羽生にしては珍しい「不調」といえる時期で、もしかすると当時史上最年少でのタイトル獲得に伴う環境の激変の影響が出ていたのかもしれません。この年の秋には谷川の挑戦を受けた竜王戦で防衛を果たせず、年明けの棋王戦で南から棋王位を奪取してすぐにタイトルホルダーに復帰するものの、「前竜王」の呼称がなくなった現行の方式であれば、この4ヶ月弱ほど「羽生七段」になっていたということになります。そういう意味では、藤井聡太のここから1年ほど、あるいは高校卒業したあとの1年くらいの動向には注目すべきでしょう。これまでは学業優先で免除されていた普及活動将棋連盟主催イベントタイトル主催企画シンポジウム講演会の依頼、単著執筆依頼、テレビ出演への依頼などがそれでなくても多い対局の合間に豪雨のように降ってくるわけですから

2020-07-19

2000年7月18日世代

anond:20200719101400

ここまで来たら羽生世代でとことん笑ってみよう。20年前までさかのぼっても全然動かないんだもの

年齢棋士
60加藤一二三A級/30位)
59
58
57
56
55
54
53
52中原誠(B1/17位)
51
50
49
48
47青野照市A級/31位)
46
45
44
43田中寅彦A級/40位)
42
41
40
39
38谷川浩司A級/2位)
37島朗A級/23位)
36
35塚田泰明(B2/18位)
34森下卓A級/8位)
33
32中川大輔B2/19位)
31
30佐藤康光A級/6位)先崎学A級/26位)
29羽生善治(A級/1位)藤井猛(B1/3位)森内俊之A級/4位)丸山忠久名人/5位)郷田真隆(B1/10位)
28深浦康市B2/9位)屋敷伸之C1/14位)
27木村一基C1/11位)野月浩貴(C2/20位)
26三浦弘行(B1/7位)行方尚史C1/15位)鈴木大介C1/16位)
25 堀口一史座(C1/13位)
24久保利明B2/12位)
23
22
21
20

渡辺明はこの時点でまだデビュー後3ヶ月】

タイトルホルダー

羽生善治(王位王座王将棋王:四冠の平常運転、直後に谷川から棋聖を奪取して五冠)谷川浩司棋聖:この直後無冠に)丸山忠久名人藤井猛竜王:やっぱり竜王といえば藤井

ベテラン

順位戦システム上、ベテランが上位クラスで奮闘と粘りを見せやすいという特性があります中原十六世名人は00年3月A級から陥落し引退も囁かれていたのですが引き続き順位戦にとどまり、むしろそれまで以上の自由な棋風に変貌しました。ただ、やはり競争は厳しく、この年度で田中と島が、その次の年度で加藤(とベテランではありませんが先崎も)が陥落し以後A級には復帰できませんでした(加藤の62歳A級は史上2位の高齢で実に見事なものです)

谷川浩司の奮闘

96年3月羽生の七冠独占を許した谷川ですが、その年のうちに羽生から竜王位を奪取、さらに9年には羽生から名人位も奪取し羽生より先に永世名人資格を取ります。98年には佐藤康光名人位、藤井猛竜王位を奪われてまた無冠になりますが99年に郷田真隆から規制位を奪取、上記の通りその棋聖位も1年で羽生に奪われるものの2年後の02年には40歳羽生から王位を奪取。分厚い羽生世代40歳で伍していく気迫と覚悟には、全盛期とはまた異なる谷川将棋の魅力として輝くものがありました。

2010年7月18日世代

anond:20200718090944

id:BigHopeClasicです(元増田ではない)

ブコメの中に「10年前はどうだったんだろう」というのがあったので、ちょうど10年前のを同じ基準レーティングトップ20+A級棋士)で作ってみました。

年齢別の方がわかりやすい面もあるのでそちら基準で(名前の横のカッコ内は順位戦クラスレーティング順位です)

年齢棋士
50高橋道雄(A級/31位)
49
48谷川浩司A級/15位)
47
46
45
44
43
42
41
40佐藤康光(B1/6位)
39羽生善治名人/1位)丸山忠久A級/4位)森内俊之A級/9位)藤井猛A級/12位)郷田真隆A級/14位)
38深浦康市(B1/7位)
37木村一基A級/18位)
36行方尚史(B1/16位)三浦弘行A級/17位)
35
34久保利明A級/2位)
33
32
31
30松尾歩(B1/11位)
29山崎隆之(B1/5位)
28阿久津主税B2/13位)
27
26渡辺明A級/3位)
25
24
23広瀬章人C1/8位)戸辺誠B2/10位)
22佐藤天彦(C2/20位)
21
20豊島将之C1/19位)

タイトルホルダー

この当時の七大タイトル保有者は次の通りです。

羽生善治名人棋聖王座三冠なので不調と半ばマジ気味にネタにされてた時代ですね)/深浦康市王位:ちょうどこの時期広瀬章人王位戦を戦い広瀬が初タイトルを獲得します)/渡辺明竜王:敵なしの6連覇中)/久保利明棋王王将

アラフィフ

十七世名人谷川については多くを語る必要もないですが、50歳でA級を堅持していた高橋道雄については説明を。

昭和55年度(1980年度)は、今とはシステムが違うとはいえ1年度で8人もの棋士が四段に昇段し、かつその中で5名ものタイトルホルダー(高橋道雄、中村修島朗南芳一塚田泰明)を輩出するという将棋史上でも空前のビンテージイヤーとなりました。そこでついた名前が「55年組」です。ただ、彼らとほぼ同じ年齢の谷川浩司は彼らより4年も早くプロ入りしていたためか「谷川浩司と同じ世代」というくくり方にはされることがありませんでした。この辺は「実年齢でくくるのか」「プロ入り年度でくくるのか」というくくり方で「羽生世代」と大きく異る部分ですね(ありていにいえば「くくる側の願望や思惑」が出るところでもあります)。

さて、谷川には及ばないもの17歳18歳で早々に四段昇段した他の4人と比べると、高橋は一歩遅れて20歳で四段昇段となりました。将棋界は面白いもので、このわずかな昇段年齢の差がその後のキャリアで大きな差を生むことが知られていますが、高橋は他の誰よりも早く23歳で初のタイトルを獲得し、そしてやや早枯れの傾向のあった同期たちの中では一人熟年まで力を保ち、48歳でA級に復帰し52歳までA級にとどまりました。「棋界における世代」の一挿話として特筆した次第です。

羽生世代ポスト羽生世代

「ここから10年経っても脱落者ほとんどいねーよ!」

いやもう、さすがに呆れるしかないですよね、森内こそ順位戦から撤退してフリークラス転籍しましたが、10年後の表から名前が消えたとはいえ行方はB1にとどまっています藤井猛B2でまだまだ力強さを見せています。この分厚さと力強さが、20歳年下の豊島世代まで重い蓋になったのがよくわかると思います

アラサー

この時点ですでに、松尾山崎・阿久津(と橋本崇載)の4人は「もう若くないぞ、そろそろ一花咲かせないとあまり時間の余裕がないぞ」と言われ始めていたはずです。とはいえ、この4人でタイトル獲得どころか挑戦に届いたのさえ山崎1人、A級昇級すらままならないことになるとはまださすがに予測されていませんでした(松尾山崎A級に上がれず、橋本は1回、阿久津は2回昇級したもののすべて1年でB1に送り返されています)。それでも山ちゃんを諦めない。

20代前半

上記の通り、この年のこの直後に広瀬が初タイトルを獲得するのですが、その翌年羽生に奪い取られてしまます(なお「魂を抜かれた」のはさらにその4年後になります)。

もちろん天彦、豊島渡辺に続く新鋭としてひとかたならぬ期待はありましたけど、初タイトルはともに28歳のときでした。広瀬も含め30歳手前で「実力と実績の均衡が取れて充実の盛りを迎えた」のですが、特に豊島についてはそれでも「遅れてしまった」感はあります

そして渡辺明孤独

というわけで、10年前にさかのぼってみると、「渡辺孤独」により見えてくる部分があるのではないでしょうか。というかむしろ谷川浩司孤独」のほうが浮かんでしまうのかもしれないなこれ、とここまで書いて思いました。

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