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2020-05-18

anond:20200518110217

ブルーピリオド』読むと、作る側は自分作品に込めた意図ちゃん言語化できる人ばっかりみたいだ。

から、作る側が今度評する側に回ったときも、アート言葉説明する行為自然とできる人が多いのかもしれない。

観て楽しむだけなら別に、「よかった!」「すごかった!」だけでいいんじゃないかとも思う(何がよかったか自分に対してちゃん言葉で残しておくと、似たようなものを探しやすい、似て非なるものを避けやすい、というのはありそうだ)。

2020-04-22

不慣れな印刷プリンター増田すまー単利富津三位慣れ名府(回文

おはようございます

あのさ、

プリンターによって紙を入れる方向、

縦横裏表ってあるじゃない。

それこんがらがっちゃって、

裏側に印刷しちゃったり、

縦向きに印刷しちゃったり、

あげくはてにはページの最後から印刷されちゃったりして

順番が逆になっちゃったりと、

もう不慣れなことはするもんじゃないわねって

思えば遠くにきたもんだって思うわけなのよ。

でも歴史は繰り返さなわ!

失敗しても覚えて次同じ失敗をしなければいいだけじゃない。

そうやって歴史は繰り返されてきたわけだし、

ローマへの道も続くわけよ。

でもさ、

なんか歴史の話をいきなりし出す人って、

オチはだいたい道はローマへ通ずるってオチ多くない?

うその話し聞いたわよ!って

そんでもって、あのローマのお風呂映画の話もし出すわけじゃない。

ここまでがワンセット。

だってそんな映画名前はすぐに分からいか

ローマ風呂 映画 阿部寛検索したら一発で出てくる検索結果よろしく

道はローマへ通ずるってそんなマエストロなのかテルマエロマエなのか

どっちか分からなくなるのよね。

でもさ、

裏表に印刷間違えるのは凡ミスだとしても、

印刷プレビューで出てきた左側の文字が何故右側に印刷されるの?って言う

謎は一向に解けないまま、

私は次やるときにはもう覚えてるから失敗しないもん!って言っても

次やるときはすっかり忘れちゃってたりするので、

ああ歴史は結局は繰り返されないのねって

もう私の業務マニュアル

左は左!右は右!って謎のメモキノコ書き残されてるわけよ。

その時は覚えてるから

右だ左だって覚えてるけど、

やっぱり3日ぐらい経つとすっかり忘れてしまうわ。

まあ私の取り柄としては

寝たら忘れるってところかしらん?

長所短所

短所長所

ピンチはチャンスって言うけど、

私はピンチが来たら遂にやってました!って踊り出したいところよ。

荻野目ちゃんの曲をビージーエムにね。

まあとりあえず、

今日お仕事は終わったようなものから

今日は早くにランチに行けそうよ!

うふふ。


今日朝ご飯

贅沢タマゴ三昧サンドイッチよ。

オムレツスクランブルエッグゆで玉子ゾーンがあって、

完全にオムレツスクランブルエッグとは似て非なるものだと思うけど

それらも1種類ずつでカウントされてるから3種類って訳ね。

なるほどー!

美味しいは美味しかったわ。

今日デトックスウォーター

枇杷もさ出てきてるんだけど、

さすがに1粒200円とかはデトックせないから高いわね。

枇杷って買って食べるものじゃないって、

木になっているものをもいで直接ワイルドイメージから

買ってまではねって感じよ。

逆にいつもの柑橘系ピンクグレープフルーツ実家からフレッシュミント摘まんで持ってきたやつ、

ピンクグレープフルーツミントウォーラーね。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2020-04-20

anond:20200419193722

ウーロンもジャスミンコンビニペットボトルはおいしいけど本物はいまいちなんだよね

結局保存料入り飲料似て非なるものをたまに飲むだけが好きなだけ

2020-04-09

[] #84-9「幸せ世界

≪ 前

「なんで俺が?」

「キミじゃなきゃ次元に直接干渉できないからだよ。厳密には“普遍的存在”じゃなきゃ、だけど」

さも当然のように、また固有名詞を出してきた。

いや確かに、この“普遍的存在”って言葉と、俺がそうらしいってのは以前も聞いたことはある。

生涯でそう何度も聞く言葉じゃないから覚えてないだけで。

「“普遍的存在”と言われてもピンとこないんだが」

次元の影響が極めて少ない存在のことだよ」

ガイド説明によると、この世に存在するものは、有形無形によらず流動的なものだという。

この世界でいうならば、生活教とその信者達が最たる例だろう。

世界が変われば人も変わる。

俺のいる世界ではマイナーで無害な新興宗教でも、ここでは一大カルト教団だ。

教義の内容も、信者達の性質も大きく異なる。

似て非なる存在実質的な別人だ。

しかし中には、そういった変化に乏しい存在もいて、それを“普遍的存在”というようだ。

「つまりマスダは、どの世界でもマスダってこと」

「それ嫌味か?」

“お前はどこまでいっても変わらない人間だ”って言われているみたいで癪なんだが。

別に他意はないよ。ボクだって普遍的存在から

「それは初耳だぞ」

何となく分かるだろ。だからタイムスリップも許されているわけで」

そもそもSFまがいの概念に馴染みがないんだから、分かるわけがない。

「だったら素人の俺より、お前がやった方がよくないか

あくまでボクは“未来世界普遍的存在”なんだ。時間軸が違う」

「あ~ん?」

理解に苦しむ返答に、思わずヤカラみたいな反応をしてしまう。

自分なりに咀嚼してみたが、要はXYグラフみたいなものだと思う。

ガイドは“蓋然性という横軸”は合っていても、“時間という縦軸”が合っていない。

その両方がより近いのが俺ってことなのだろう。

「いわば“波長が合う”ってやつさ」

この世界にいるはずの俺は粛清されているので、“波長が合う”といわれてもしっくりこないんだが。

「詳しく説明している暇はない。“彼ら”だっていつまでも待っててくれるわけじゃないんだ」

信者達は未だ痙攣しているが、いずれ回復するだろうし、増援がくる可能だってある。

何だか言い包められている気もするが、悠長なやり取りをしていられる状況じゃないのは確かだった。

「じゃあ、具体的なやり方を教えてくれ」

「まず、ボクが“入り口”を開こう」

ガイドは銃らしきものを取り出すと、次元の歪みに向かってレーザーを打ち出す。

レーザーは弧を描くと、空間にぽっかりと数十センチほどの“穴”を開けた。

「さあ、中にある“次元が裂かれた箇所”を掴んで」

不可思議な“穴”を、俺は恐る恐る覗き込んだ。

その中は形容しがたい光景が広がっていた。

何もないようで、無限に在るともいえるような景色

そこには俺の目では知覚しきれない、凄まじい情報量が詰まっていた。

カオスという言葉が、これほど適切な空間はないと思う。

だが目を凝らしてみると、一点だけ“糸”のようなもの存在感を放っているのが見える。

次元が裂かれた箇所”とは、あれのことだろうか。

「ぐっ!」

それを見た瞬間、俺の頭に衝撃が走った。

脳内ガンガンと、ハンマーで殴るような音が響きだす。

後で知ったが、俺の鼻や耳からは血が流れていたらしい。

「あ、あんまり見続けちゃダメだよ! 多次元情報は、肉眼で見るには刺激が強すぎる。脳に過負荷を与える」

それはもっと早く言うべきことじゃないか

しか文句を言う気力も湧いてこない。

穴の中に右手を突っ込む。

「掴んだら、引っ張って!」

朦朧とした意識の中、俺は言われるまま“それ”をガムシャラに引きずりだした。

次 ≫

2020-04-06

弁当珍しく作ってきた増田酢また来てっ靴知らず目宇富部御(回文

おはようございます

午前中ミーのティングでこのありサマンサよ。

ランチも引き続きミーティングならぬランチミーティングはさすがのさすがにお断りよ。

私は今日珍しくお弁当作ってきたので、

それまた持って帰って処理するのもどうよ?って感じだし、

あなたたちはランチミーティング行っておいでなさいという感じよ。

からミーのティングが長引いて長引いて、

事前に資料とか読んでる前提で来ない?普通

とかはさらさら思わないけど、

事前準備ぐらいはして欲しいものよ。

まあ午後からもこれで時間潰れちゃうのは勘弁願い隊の承知の助だわ。

そんでさ、

まりに久しぶりにお弁当作ったもんだから

今日のメインは茹で鶏よ。

コショウの塩誇張が弱かったにしても、

1時間ぐらいで仕込んで作った割りには上々に美味しかったし、

やっぱり鶏肉の分厚いところは火が通って無かったりしない気もしないこともないか大丈夫だったけど、

このぐらいガッツリ鶏肉は頂きたいものよ。

とりあえずの彩りには

アスパラガスミニトマト

意識しないと茶色くなるばかりだし、

茹で鶏がメインってことで、

鶏すでに遅し!って訳で茶色系が多いのよ。

ご飯健康的に発芽玄米と押し麦を惜しげもなくふんだんに使った分量通りの2対1の割合で炊くと絶品よ。

今は玄米でも浸水時間0秒でオッケーなものが多いから、

半信半疑で炊いてみたけど、

やっぱりふっくらとは伊佐坂先生もいささか美味しいとは頷かない感じの炊き上がりなのね。

トータルテンボスの忍びねぇって言う人も言いそうなほど

トータルでは美味しく出来て作れて食べれたから、

よしとするしかないわ。

スープーとかもあったらよかったわね!

茹で鶏のそのゆで汁もひと手間加えて玉子なぞ落としたら

きっと、

私も作っていながらビビるほどの薄味の白湯

その本場中国白湯とは似て非なるモノ。

ジャパニーズ鶏白湯的な、

玉子ボリュームを増やし味も誤魔化し、

結構胡椒けが強く利いた薄味胡椒味の白湯だってことよ。

もうちょっとから美味しいスープが出てもいいとコロナんだけどね。

そうこう言ってる間に、

また迫り来る午後がティーを乗せてやって来るから

お昼から仕事もさっさと片付けちゃいたいわね!って

その意気込みは一丁前よ!

うふふ。


今日朝ご飯

早起きしたので珍しくご飯も炊けたことだし

その炊いたご飯納豆ご飯かっこんできたわよ!

納豆玉子海苔があれば、

炭水化物タンパク質海苔野菜の分類でカウントされるから

野菜も摂れてほぼ完全栄養食品だと思うし、

から私ん家の冷蔵庫はいつもあるとき納豆でいっぱいよ。

ないときはないけど!

デトックスウォーター

リングスライスウォーラーと、

珍しく林檎率高めで且つ林檎なんて使うのも珍しいわねって思うほど、

そのリンゴウォーターはやっぱり白湯に勝るとも劣らない薄味の微か遙かなる向こう彼方にリンゴがいる感じがまたいいです。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2020-03-04

anond:20200303235015

濃厚:可能性が高いこと、コロナでいえば半径2メートル以内

濃密:密着度が高いこと、ゼロ距離

両者は似て非なるもの

2020-03-02

子供感染率が低いことと子供発症率が低いことは似て非なるもので、現在わかっているのは子供発症率の低さであり、子供感染率の高さ低さは全くわかっていない。

なぜなら発症してないか検査もしていない。

そして無症状感染者の感染力の強さは弱いということがわかっているが、それでも密閉した空間だとクラスター感染を引き起こすことがわかっている。

これらのことすらわからない人が知識人ぶって声高に叫んでいるのがとても気分が悪い。バカ雰囲気世論形成しているのがとても気分が悪い。

2020-01-28

ダブルチェックの呪縛から解放された

ダブルチェック』

俺はこの言葉をとても恐れていた。

何か問題が起きたとき、その防止策としてダブルチェックを挙げた場合

ダブルチェックなら防げるんか!?

「次はトリプルチェックか!?

などと考えられるからだ。

しかし今英語圏で働いてるのだが、ダブルチェックという言葉職場で頻出している。

「そっちでそんな問題が出るって?OKちょっとこっちでも起きるかダブルチェックさせて。」

ネット落ちてない?そっちの島は別のハブ使ってるよね。ダブルチェックしてくれない?」

「なんか動いてるみたいだけど、念の為そっちの端末でも動くかダブルチェックしてくれる?」

みたいに使われている。

そう、別にガチ検査じゃない、主に不定期で手作業での気軽な動作確認などに使われるのだ。

今まで自分呪縛のように感じていた、事故防止のガチ方法論としてのダブルチェックとは似て非なるものだ。

なんだ、ダブルチェックってそんなもんなのか。

最初は、あらやだダブルチェックってこんなに簡単に使っていいのかしらと思ったけど、性質理解してれば問題ないやつなんだ。

100%問題発見する為の検査方法としては問題があるけど、ある程度信頼性を上げるのが目的ならイケてるやつなんだ。

ってね。

こうして俺はダブルチェックの呪縛から解放されたのだった。

2020-01-24

パーキンソンとキーパーソン

似て非なるもの

GOSMIAとGSOMIA

正しいのは前者だけであり後者は単なる誤解なので忘れること

2020-01-18

バカウヨ今日デマ安倍信奉。

こいつらネトウヨこそが日本を駄目にした癌だ。全員消えてくれ。

2020-01-12

anond:20200112043844

最近ADHDと診断された30代東大卒男だが、わかる。問題はバックレるかどうかじゃなくて、「成功する可能性」だけで満足できてしまうこと。

実際に成功するかどうかは本人の幸福にとって問題じゃないんだよ。だからといって、一般の人が思う「失敗を怖がっている」とか「プライドが高い」とかも完全に的外れ大間違い。

「まだチャンスがあると思える」事の方が、実際にチャンスを生かして成功することよりも、自分幸福にとって、ずっと重要なんだよ。

失敗しまくっているから、失敗しても自分人生がそこまでは悪くならないと知っている。成功体験がないのが問題でもなく、何回も成功した経験はあるが、大して嬉しくなかった。ADHD報酬系にも問題があるから成功時の「得した」感が普通より低い。だから、実際に成功たか失敗したかよりも、「成功する希望があるか」「成功する可能性があるか」といった期待感を持てるかどうかの方が、本人にとって生きる上でずっとずっと重要なんだ。「成功する可能性」の期待感だけあれば、希望を持って生きられる。「成功する可能性」が生きる希望なので、「成功する可能性」の期待感喪失を避けることが最優先になる。

バックレれば、「バックレなければ成功たかどうか」は誰にも永久にわからない。だから、「成功した可能性」は残る。「バックレなければ成功たかも」と思える。「バックレた」のは自分の行動だから自分で決められる。

まり、「バックレる」ことによって、「成功たかどうかの決定権は自分が持っていたんだ」と思うことができる。「やれば自分成功たかも」と思える。繰り返しになるが、「失敗を怖がっている」のとは全く違う。「自分にもチャンスがある」と思えなくなることを避けているのであって、たとえ失敗しても「またチャンスがある」と思えるのであれば全く問題ない。

たぶん、君が努力して手に入れようとしたものを手に入れる直前で手放してしまうのは、こういう理由だ。努力すると、同時に、「同程度の努力をもう一度行うのは不可能」という感覚も増す。最後最後で、成功をつかみかけて万一失敗したら、「同程度の努力をもう一度行うのは不可能」と知っているので、「自分成功たかも」とは思えなくなる。期待感を持って生きられなくなる。本人の幸福にとって重要なのは、結果ではなく期待感。なので、期待感の方が優先され、直前でバックレる。そうすれば、「もう二度手に入れる事が不可能ものを失った」とは思わなくて済む。自分人生に不可逆的なダメージを負った、とは思わなくて済む。「自分がバックレていなければ手に入れられたはず」と思えるし、「人生に不可逆なことはない、未だ何も失っていない」と思い続けたまま生きられる。

で、どうすればいいかわからん。結局、「幸福の感じ方」の問題感性問題成功すること自体よりも、チャンスがあると思えることの方がはるか重要

自分場合は、バックレる直前まで何もせずにいて、直前から努力して当たって砕ける…というタイプだったので、現実世界でも最低限の幸福は手に入れられた。

若いうちはそれで何とかなる。20代まではね。一般の、普通の「失敗した人」に紛れて暮らしていける。多分、元増田より年上だからアドバイスするとしたら、一般向けの「失敗を怖がるな」とか、その手の自己啓発のようなアドバイスは基本、役に立たないと思った方がいい。直すなら自問自答したり、ちょっとでも成功したら贅沢したりしてよいとかルールを作ったりして、「成功すること自体による幸福」の方を、「チャンスがあると思える期待感による幸福」より重要に感じられるようにするしかないと思う。それは、一般の人が行うやり方とは似て非なるものになると思う。

追記

合格しているのに手続きしない話はこれでは説明できない」という意見があった。また、「回避性パーソナリティ障害」というのがあるというのも初めて知った。

回避性パーソナリティ障害」については読んだけど、要するに人から批判されることを徹底的に避けるという話で、「合格しているのに手続きしない場合」を説明できないことについては回避性パーソナリティ障害説も同様だと思う。

合格しているのに手続きしない話」は、おそらく、「合格のもの」が成功なのではなく、「合格したことによって他人から自分評価が上がる/幸せになる」ところまでを「成功」だと無意識認識しているのだと思う。そう考えれば、上と同じ「成功する可能性を維持したい」説で説明できる。元増田資格危険物取扱者乙4種?)は、自分は分野外なので正確には知らないが、少なくとも弁護士公認会計士のような難関資格の類ではないことは確かだろう。つまり合格して手続きしたところで自分評価が上がったり、自分生活がよくなるとは限らない。せっかく合格して手続きしても、「成功」と思えるような外的評価が得られないかもしれない。そうなると、やはり、「成功する可能性」は失われる可能性がある。「手続き」しなければ、「成功する可能性がある」状態は保持できる。だから元増田にとって、「手続きする」のは億劫からやらないのではなく、そもそも「損するかもしれない行為」、自分幸せに生きるために必要な「成功する可能性」を不可逆的に毀損するかもしれない行為。だから無意識のうちに手続きしたくない、そんなのありえない、と思ってしまう。例えて言えば、近視の人がレーシック手術を受けるのと同じだと思う。高い確率で目がよくなるが、低い確率疲れ目のような症状が出るかもしれず、角膜削るので一度手術すると絶対に元には戻れない。だから、近視の人でも皆がレーシック受けるという選択をするわけではないことは理解できる。これと同じ。

追記2:

別に元増田の原因が「これだ」と決めつけているわけでもなく、元増田自身がこの仮説で納得するかどうかもわからない。そもそも元増田ADHDかどうかもわからないし、発達障害かどうかすらわからない。ADHDだが、この話は自分に全く当てはまっていないと思う読者もいるだろう。ただ、結局のところ、発達障害かどうかはキレイに分けられるわけではなく、中間段階があるもので濃淡のある連続的なもので、万人が少しはもっている傾向が極端に現れて生活に支障をきたすのが発達障害、というのは、おそらく学術的にも正しい言説だと思う。

元増田自分の症状の両方を説明できる、現時点で一番合理的な仮説と自分が思えるのが「可能性を実現より重視してしまう」説だというだけ。自分一年前は全然違う仮説を持っていたし、単に「失敗を恐れているだけ」なのではないかと思って自分を追い込んでみたこともあるが、どれも、自分先延ばしにして直前になってやり始める症状をうまく説明できなかった。別に失敗してもクビになるとかキャリアに大きな影響を及ぼさない場面でも、「できるだけ良いものを」と思うと先延ばし癖が出るのが自分の症状。

この「可能性による期待感を結果より重視する」説だと、選択肢が多いければ多いほど幸せになるはずだが、そうはならない。多分、選択肢が増えすぎることを忌避する傾向(選択選好)も、普通の人と同様、同時に持っていて、これも考慮しないといけないのだと思う。スーパーで同じ「プリン」というカテゴリのものを、様々な種類のものをたくさん仕入れすぎると、結局迷って買う人が少なくなるというアレだ。自分場合は、選択肢が少なくても、場合によっては選択肢が1通りしかなくて、それを行うか行わないか選ぶだけでも、「その選択肢を実現するか実現しないか自分の好きに決められる状態を維持したい」ということになり、結局最後最後まで決定権を行使しない。なんにせよ、何かが実現してしまうと、その何かが「実現しなかった」という可能性は0になってしまうわけで…実現しないことが後々プラスに働く可能性もあるような場合、なるべく、実現しない選択肢に後から切り替えられるように、最後最後まで決定をしない傾向がある。自分場合ね。多分、元増田も、そのあたりまでちゃん考慮して、「可能性による期待感を結果より重視」以外に、もう1つ2つ仮説を立てないと、ちゃん現象をうまくモデル化できないと思う。

追記3:

ブコメにいくつか返信。

>「東大卒って言う必要性ある?」

ある。元増田がその一人になるかどうかはわからないが、「先延ばし」症状に真剣に悩んでいて、この記事を読むことで症状が緩和される人が一人でもが出てくるなら喜ばしい。

音楽と同じで、何が刺さるかは人それぞれなので、合わない人が人がいることは想定内。だが、読んでもらわないと仕方がない。注目度を上げるためには、「東大卒」を出した方がよい。

それが鼻について気に食わない人も出てくるだろうが、そういう人は自分の「先延ばし」症状で真剣に悩んだ経験がないのだと思う。

本当に先延ばし症状に苦しんでいるのであれば、書き手東大卒だろうが高卒だろうがそんなことはどうでもよくて、自分の症状の一部に当てはまる部分があるかどうかを必死に考えるはずだから

>それを世間一般に「失敗が怖い」「プライドが高い」と言うのだ…

うそう、この手の分析開陳すると、「それを失敗が怖いというのだ」という反論をする人が必ず出てくる。結論から言えば、この手の発言は単なるマウンティングだと思っている。

1)仮に、世間の一部に「失敗が怖い」=「可能からくる期待感を結果より重視すること」を常識だと思っている人たちがいたとしても、これほど「腑に落ちた」というブコメがつくということは、明らかのその常識は一部の限られた人たちの常識であることは否めないだろう。自分常識が皆にとっても常識だと思うのは間違いだ。

2)「失敗が怖い」から、「バックレ」までの間を説明してくれ。先延ばしにしたりバックレたりしたら確実に失敗するのだから、「失敗が怖い」とその時点で矛盾するだろう。

3)「プライドが高い」の「プライド」とは何か、定義したうえで、「プライドが高い」となぜ先延ばしやバックレにつながるのか、説明してくれ。

4)少なくとも自分は、「失敗が怖い」とも「プライドが高い」も、自分先延ばし症状を改善するうえで役に立たなかった。真剣に「失敗が怖いのだろうか」と思って、失敗したらどれぐらい損をするのか多少強引にでも金額に換算し、失敗しても大した損にはならないと分かっている場面でも、先延ばしは発生した。「プライドが高いのだろうか」と考えて、実際に自尊心を低く保つように努力してみたこともあるが、先延ばし症状の改善には全く役立たなかった。「失敗が怖い」も「プライドが高い」も、結局、本人の症状改善につながらないなら分析として意味がないんじゃないか

自分経験したが、結局、この手の発言は、先延ばし症状を持っていない人間が、極端な先延ばし症状を持っている人間一般的な「弱さ」と結び付け、自分より格下に位置づけると同時に、惑わせて先延ばし症状の改善を遅らせる効果しかない。極めて悪質で卑怯な類のマウンティングだと思う。例えていえば、食べ物アレルギーのない人間が、食べ物アレルギーを持っている人間に対して、アレルギー存在自体を知ろうともせずに、「そういうのを、世間一般には食わず嫌いというのだ」と言って、歪んだ善意説教するのと同じ。赤ん坊蜂蜜与えて殺しておいて、「自分は悪くない」というジジババと同じだよ。何もいいことがない。

先延ばし症状に10年以上苦しんできて、いろんな人からいろんな事を言われたが、結局、アレルギーと同じで、症状を持っている人間がそれぞれ対処法を見つけて対処するしかないのだよ。

医者の反応もアレルギー比較すると分かりやすい。重篤で生死にかかわるようなアレルギーには医者真剣になって対応してくれるが、軽度なら医者一般的な注意をするだけ。

精神科医も同じで、今にも自殺しそうな患者をたくさん抱えている中で、先延ばし症状で困っている人間なんて、軽度の話だから大して真剣対応してくれない。だから、本人が自分対処法を考えるしかないのだよ。

追記4:

「見通しが立たないこと自体、不確実性自体を避けていると考えた方が説明がつきやすいのでは?」という意見があった。その可能性は自分でも考えたし、確かにその傾向はあるが、その仮説だと、そもそも成功するかどうかわからない資格試験とか大学受験とかスポーツ大会とか、そういうものに参加すること自体を極力避けようとするはずなので、何かに挑戦することそのものを避けないとおかしくなる。元増田自分も、何かに挑戦すること自体、挑戦への入り口自体は、特に精神葛藤なしに行えている。また、不確実性を忌避する傾向は普通の人にもある程度ある話なので(大学受験で滑り止めを受けるとか)、不確実性を避ける話は関係していると思うが、「不確実性を避ける」だけでは説明できないと思う。

追記5:

「不成功防衛」のキーワードも何回か見た。要するに、「成功しないことで自分を守る」という話のようだけど、結局、何をしたら「自分を守る」ことになるのかよくわからないし、自分の何を守っているのかも人それぞれ。なので、何にでも当てはまってしまうように見える。フロイトをひいて解説しているものもあるが、フロイト今日のような統計科学としての心理学が発達する前の人だし、あんまり信用できない。

人間が何を幸福と思うのか、リスク回避の傾向がどの程度あるのか、などは、統計が発達した後、行動経済学心理実験を通じたよく調べられている話。この記事に書いたことも、その辺の書店に売っている、プロスペクト理論の話にヒントを得て書いた。ちゃんと考えれば、意思決定の仕組みが定型発達と先延ばし症状のある人で、意思決定の仕組みがどのように違うのか、少数の器質的ハイパーラメタの値の違いで説明できるように思う。

追記6:

「では、どうすればいいか?」については、言及すると、「自分にはそれが合わなかった」という人がワラワラ出てくるだろうから意図的に放り投げて最初から言及しなかった。とりあえず、自分自身について書くと、今のところ一番有効だったのがスマホマルチタイマーアプリ。5分とか7分とか、そのレベルまでやることを細分化して、とりあえず目先のことを1つ終わらせる。

ただ、現状の不満は、どのタイマーアプリも「時間を測っていない瞬間」が存在すること。これによって、すぐにタイマーを回し忘れて、気が付いたら膨大な時間が過ぎている。とりあえず、「何かタスクをやっている」「休憩している」の2つでいいから、ボタンを押すとタイマーが切り替わると同時に時間計測を始めて、「時間を測っていない瞬間」が存在しないようなタイマーアプリを誰か開発してほしい。ストップウォッチより、何も入れないとデフォルトで5分とか15分とか計測時間自動的に設定されるタイプタイマーの方が自分には効果的だった。あとは、スマホのある場所職場か自宅かぐらいはスマホなら取れるので、その辺も考慮してくれるとなおうれしい。

追記7:

東大卒と名乗らなかったら、こんなにコメントつかなかったのでは」は、自分もそう思う。増田は、「東大」の名前効果的に出せるので良い。ハンドルネームでも本名でも、名前を出している状況で東大卒と名乗ると、必ず反感を持って個人的粘着してくる人が現れるので、自分から東大卒を名乗ることは基本的には難しい。

2019-10-23

anond:20191023172222

分かるんだけど、婚活も互いに品定め前提(減点方式)だとうまくいかいかなと思う。

結婚はおおごとではあるけど、結局相手に情を持てるかどうかってのが大事だと思うんだよね。どんなに条件に一致していても、人って変わるし、知らない見えない窓もあるし。

情って、相手と人として付き合って行ってその人の考えや過去を知ったり状況を知ったりして湧いてくるものなんだよね。「条件」とは似て非なる

婚活って選択肢がない人も不幸だけど、選択肢ありすぎる人も不幸だなぁと思うよ。2,3人から選ぶしかない!って状況が一番幸せかもね。結婚なんてしたことない(もしくはせいぜい1,2回)から、「ジャムの法則」に陥らざるを得ないし。

2019-10-22

anond:20191022014421

一重二重三重は共有する電子軌道と数の問題であってあえて区別して教える必要有機化学をやらない限りは無い

ファンデルワールス相互作用本質的クーロン相互作用と同じだからイオン結合と似て非なるわけではないし、閉殻構造を取ろうとするために発生する相互作用ではないから3種類とは若干違う。原子相互作用として重要なのはあくまでも3種類。

anond:20191022012115

共有結合には基本だけでも一重二重三重の三種類があり(共役系だと1.5重といわれたりする)

その全く埒外ファンデルワールス結合もある(イオン似て非なる結合)

全然3つじゃねえんだよな 

ティファール圧力鍋

2019-10-21

似て非なるもの

何かの商品がヒットすると二匹目のドジョウを狙って模倣品が作られることがあるが、その商品が元にした商品よりも優れたものになることはまずない。優れたものを作るのはそれほど簡単なことではないのだ。

追記日赤ポスター宇崎ちゃん

https://anond.hatelabo.jp/20191019021148

を書きました.たくさんのコメントありがとうございます.もう食傷気味かもしれませんが,追記します.

ただ,この追記基本的コメントに対するものではなく,前増田が長文になりすぎたために書けなかった部分についてです.論点はここ数日で既出のものリンク)に近いかもしれないです.

https://anond.hatelabo.jp/20191018230535

結論は,「フェミニズム性的表現非難する時には,非モテ男性に与える不平等感について自覚配慮し,主張をするべきである」というものです.いわば,私が前増田で書いた主張と対になる主張をします.

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増田では,「『公的な場で,女性男性目線性的に描くことには,女性規範に悪影響を与えるリスクがある』という認識が共有されるべき」と主張した.これは,当然,絵のみでなく,コンパニオン女子アナ芸能等の実在人物にも平等に主張されるべきだ.一方で,「では,なぜ絵には、とりわけフェミニズム非難が集中するのか」を疑問視する立場がある.この論点重要だ.

まず,前増田説明したフェミニズム非難の内容を再確認する.公的な場で,男性目線性的女性を描くことは「女性は,男性から見て性的存在であるべき」という社会的規範を強化する.この規範の例は,

だ.男性目線性的存在として女性を繰り返し描くことで,それが『通常』と認識され,規範となる.規範は,そこから逸脱する女性自由を制約する(例:「女性は皆,お酌をしている.自分もお酌をしなければ,普通じゃない生意気な女だと思われそうだから,お酌をする」).

規範特に問題となるのは,相手男性性的魅力がない場合である.例えば,「女性は,通常,『好意がある男性には』お酌をする」という規範と,「女性は,通常,『好意がない男性にも』お酌をする」という規範では,後者の方が,女性意思に反するだろう.このような規範を強化するのは,「性的に魅力のない男性非モテ男性目線で,性的に描かれる女性像」である.件の献血の絵の問題点は,前増田で述べた通り,公的な場における性的表現であるため,「女性存在は(一般に)男性目線で魅力的であることが『通常だ』」という規範を強化することであるしかし,それだけではなく,オタクであるために,「女性は,非モテ男性にすら性的に振る舞い,消費されるのが『通常だ』」という規範を強化しうることも問題なのだ.このように,非モテ男性向けの性的表現が,一般向けの性的表現よりも忌避されるのは、感覚として自然である.(これは、「単に非モテ男性作品自体を嫌っている」のとは似て非なることには注意が必要である)

このため,ある性的な絵がフェミニズム的に非難されるとき,「性的表現の程度(例:胸の大きさや強調され方)」だけではなく,「画風,タイトルセリフ知名度などを総合して,一般人にとって,『非モテ男性向け』なイメージがある絵かどうか」によって非難の程度が変化する.しかも,判断基準客観的事実(実際に非モテ男性がそれを性的に消費するか)ではなく,主観的事実一般人にとって,非モテ男性がそれを性的に消費しているイメージが湧くか)である.なぜなら,その社会の誰かが,非モテ男性女性性を消費するイメージを持った段階で,その人の主観においてその規範が繰り返され,強化されると想定されているかである峰不二子セーラームーン芸能人の有害性よりも,オタク絵の有害性が強調されるのは,一定数の人は,知名度の低いオタク絵に対し「非モテ男性向けの性的表現」というイメージを持つからである

ここで最も重要なのは上記フェミニズム文脈におかれた,非モテ男性立場配慮することである上記を雑に換言すれば,「モテ男性の好みの女性像は,多少性的表現されても問題になりにくい」「非モテ男性の好みの女性像は,少しでも性的表現されれば問題になりやすい」ということだ.しかも,それは,しばしば,事実と異なるイメージにより一方的判断される(例:「実際にはエロの要素が少ないマンガでも,作品を知らない人から一方的に,絵柄からオタク性的に消費する姿が想起されるために公的な場には不適切だと判断される」).つまり男性の間には,女性モテる/モテないの格差に上乗せして,好みの女性像が持つ市民権にさえ格差がある.非モテ男性立場からすれば,これは控えめに言って不平等であり,もっと言えば差別的である社会から女性差別的規範排除する試みは,自然に,非モテ男性差別的な側面を持つことを認識するべきである

フェミニズムがこの差別的側面を無視するのは得策ではない.無視するための手段としてよく見られるのは,性的表現非難する際,もっぱら「性的表現の程度(例:胸の大きさや強調され方)」だけを議論し,「表現対象非モテ男性向けか,一般向けか)」の影響は無視するというものだ.一見,これは,非モテ男性だけを問題視しない,公平な態度であるしかし,表現対象に依らず,同程度に性的表現の全てを非難するのは現実的でない.なぜなら,主張する本人すら必要性を実感していない様々な対象非難する必要があるからだ(例:オタク絵への非難正当化するために,峰不二子非難する.しかし,本人も実際には,峰不二子には不適切さを感じていない).すると,フェミニズム非難は無関心層・中間層には実感として理解されにくく,建前や自己目的化、更には単なる嫌悪表現と誤解される.当然,社会から性差別規範排除するためには,この無関心層・中間層から理解必要であるフェミニズムは,非モテ男性向けの表現特に問題視するということを認めなければ,社会から女性差別的規範排除することは難しい.

以上からフェミニズム性的表現非難するときには,まず,「非モテ男性向けの性的表現特に問題視する」という立場を認めるべきである.その上で,非モテ男性に与える不平等感について自覚配慮し,主張をするべきである.どちらの立場にとっても,一面的正義を主張することは,火に油を注ぐだけである

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10/21 12:49 加筆・修正

10/21 22:00 加筆・修正

2019-10-14

嫌い と 憎い は言葉が異なる以上は似て非なる感情であって、しかしそんな細かい機微に触れる機会あるかねぇ、と思っていたけど、明確にその違いが分かるようになってしまった。

嫌いな相手にはそもそも関わりたくない気持ちが一番強いけど、憎むのは一定プラス感情があったからこそ転じるもののようで、「愛憎入り混じる」って表現のものが憎いという感情のようだ。

愛が抜けたら恨みに転身する。

それだけなんだけど、あんまり自分の持つ感情としては理解したくなかったわこの違い。

2019-08-13

anond:20190813172427

あれはひたすらポジティブなのが素敵な文化だろう

例に挙げてるのって似て非なる物じゃね?

2019-07-26

anond:20190726144820

それはふて腐れとエネルギー低下による無関心なので正解に似て非なる危険な解だと思う

仏教の無執着を学んで取り組んでみて欲しい

明晰な心で何でもありのままに誰よりも正確に捉えつつ執着無し

これが本当の心の平穏だよ

瞑想でその一端を感じられるよ

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