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2018-10-31

アラフォー処女の秘め事3 男性セラピストオイルマッサージ受けて

まず始めに謝っておく。

私が悪いのか、相手が下手なのか

(多分きっと両方・・・

タイトルから想像する色っぽい話は皆無だ!!

期待に添えなくて大変申し訳ない。

ガッカリされた方は、今すぐ他のページへ

飛ぶことをオススメする。

先日、某マッサージ店に行ってきた。

お店の中はとても素敵な

雰囲気

基本的に人の目(顔)も見れない私だけど、

出てきたお兄さんはつい凝視

写真の通り、2枚目さん。

詳しく書くと限定されてしまうので避けるけど、

ひとつだけ写真といでたちが違って、そのお陰で

私は安心して顔を見ることができた。

(ヒント:ヨン様

緊張するととにかく水を飲む私がシャワー

浴びている間にお代わりを置いてくれたり、

至れり尽くせり。

シャワーを浴びて紙パンツガウンで部屋に戻ると

まずは肩揉みをしてくれた。

なんか、、、親戚のおばちゃん気分。

若い異性が背中にペッタリくっついてくれるんだけど

どうも何も感じない。

ガウンの中に手を入れられた時はびっくりしたけど

それだけ。

そのあと、パンツ一枚で施術を受けるのだけど、

正直、施術のものより、会話に夢中になってしまった。。

多分、雰囲気作りのため?沈黙してるのかもしれないけど、

私はセラピストさんの経歴や仕事に興味津々。

普段相手の話を聞き出すことを生業にしてるので、

ついそのモードが出て喋り過ぎ、聞きすぎた。

マッサージも、うーん、、、これが俗にいう愛撫

てか、話に聞いた際どさはなく、まるで肉の塊に

オイルを塗られているような錯覚に陥ってしまった。。

唯一、私が苦手な脇の下に手が伸びた時は跳ね上がって制止。

本当に弱いのだ、そこ。

何度かくすぐられたけど、笑ってしまってダメだった。

言っておくけど、私は決して不感症ではない!(はず)

女性セラピストオイルマッサージは何度も受けてきたし、

その時に、苦手な脇の下に手が及んでも、歯を食いしばって

耐えるくらいのエチケットは持ってる。

上手な方だったら、時々モヤモヤした気分になることも

ないこともない。

きっとね、セラピストさん、良い子なのよ。

私の話をちゃんと聞いてくれるし、色々気遣ってくれた。

ほんと可愛い子なの。

から悪くは言いたくない。

ふつうお茶相手してくれるサービスなら喜んで

次も申し込んだ(かもしれない)。

でも、マッサージとか恋人気分は、ないなぁ。

すっごい二枚目で感じも良い人だから、今回

お金を払ったことに関しては後悔していない。

相手してくれて感謝してますありがとう

多分、それ以上に私の問題だと思う。

というか、お店で顔見た瞬間、私の営業スイッチ

入ってしまった。

まり、色々聞き出しちゃえモード

別になんの取材でもないのに、ただの好奇心

勝ってしまった。

気持ちよくなりたかったし、コリもほぐしたかった。

恋人気分で夢心地になるのを想像して、終わった後

ハマってしまうことを心底恐れて店に入った。

なのに、、、。

これさ、興味本位で入った「執事カフェ」と同じだ。

全然お嬢様扱いとかに夢はなかったけど、面白そうという

理由だけで時間もあったしブラッと入った。

好奇心いっぱいで執事やお客さん、店の内装など

眺めてたら、執事に「お行儀が悪いですよ」って怒られた。

(客なのに)

店を出る時に、執事が手を出してくれるんだけど、

それに思わずゲッとなってしまったりした。

お嬢様と呼ばれるのもサブイボで、全くそ世界観に入り込めず

単なる「変わった経験」の一つとして、終わった。

今回もそう。

普段できない経験をさせていただきました。

結構、高くついたけど、ずっと気になってた事を経験できて

良かった・・・です、ハイ(涙)

寒いなぁ・・・

あ、バストマッサージも受けました。

結構ゴリゴリされるんだなぁと。

目隠ししてたので見れなかったけど、多分結構触ってた。

中心は外してたけど。

どうですか?と聞かれたけど、目隠しされてるから

なんとも、と正直に答えてしまったが、失礼だったかな?

もっとハグされたり、頭撫でられたりを想像してたけど

多分、そんなムードどころでなかった。

ほんと、ムードはきっと二人で作るんだろうなあ。

私のが大人なのにごめん。

相手にも親戚の人と話してるみたい、っつわれる始末。

きっとお互いすごいやり辛かったんだろうねぇ。

でも、お金払ったの、私・・・

客よ、私。。

そういうムードを私が先導したのは自覚してる。

彼はステキ男性でした。

好みはあると思うけど、10人中10人はイケメン

答えるでしょう。それは事実

私も好みだったのでお願いした。

でも、最初にじっと見た時、恋人気分でないなと

思ってしまった。

素肌に触られる事自体別にいいんだけど、

どうしてもそんな気にならなかった。

(もちろんお相手もそうでしょうけども)

自分でもなんでだろう〜と歌いたいくらい、分からない。

別にここに申し込んだ時点で、何があっても(本番以外は)

自己責任で引き受けようという覚悟があった。

営業妨害にならないといいのだけど、

私の決死覚悟に彼のチャラさが合わなかったのかなぁと。。

チャラいといっても、とても丁寧だったのだけど、部屋の外から

結構大きめのポップな音楽が流れ込んだり、物音がしたり

決してセラピストさんが悪いわけじゃないけど、そうした要因も

私の気分に水を差したのは否めない。

この人間嫌いな私が色々話して見たいと思うというだけでも

担当してくださった方は良かったと思う。

悪くは言いたくない。

でも、私には合わなかった。

どうしても、その理由がわからない。

私はそんな潔癖な人間ではないのに。

しろ、これがよければ、さらもっと深いマッサージ

体験してみようと、その手のマッサージを受けている女性

ブログ読破してるくらい、積極的だったのに。

タイミング

相性?

私の魅力不足

どーしても、どーしてもわからないのです。

だれか、わかります

とりあえず、、、いつもの整骨院でコリを取ってもらおう。

2018-10-30

[]劇場版 はいからさんが通る 後編 ~花の東京大ロマン~

劇場版 はいからさんが通る 後編 ~花の東京大ロマン~』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨です。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向け。

総評

なんと100点。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」。とは言え、これ、評価難しい。良いところと悪いところと混在しつつ、今の自分からこの点数なんだけど、ちょっと違う自分だったらこの点数は著しく下がっていたんじゃないかと思う。いつにもまして主観的な点数であり他の人におすすめする自信がない。

アニメとしての出来は良かった。演出音楽なんかも水準以上の仕事をしてたんだけど、キャラデザ脚本声優の3点がそれ以上の出来だった。しかそもそも企画で疑問な点も多々ある。

無茶ぶり企画

大体の話原作マンガはいからさんが通るからして相当ボリュームが大きい作品なのだTVアニメ42話やっても完結できてないのがその証拠で、その原作を100分ちょいx2の前後編にまとめるということが最初から無理難題

から素直に作れば駆け足どころかダイジェスト気味になり、点数なんて30点前後になるのが当たり前だと思うのだ。今回の劇場版は、その問題に対して、脚本とか演出技術とかをぶっこんで善戦してたことは確かなんだけど、それってつまり「ハンデを克服するための戦力投入」に他ならないわけで、100点から先に積み上げていく役に立ったかと言えば難しい。

原作ジャンルは一応ラブコメということになると思うのだけど、原作はいからさんが通る』には実は様々な要素が詰め込まれている。主人公紅緒と伊集院少尉の間のラブロマンスを中心としつつも、大正期うんちくマンガの側面、スラップスティックギャグの要素、膨大な登場人物群像劇、そして女性の自立というテーマももちろん重い。

今回の映画企画では、これを前後編で本当にうまくまとめてある。駆け足感は否めないもの違和感は感じない。このへん優れた原作映画脚本の特徴でもあって、印象は原作に忠実なものの、実を言えば改変は結構大胆にはいってる。

今回映画で例を上げれば、大震災後の炎上する廃墟をさまようのは映画では紅緒、少尉編集長という3人なのだが、原作ではさらに鬼島を入れた四人だ。三角関係描写とその解消をクライマックスの中心に持ってくる構成シンプルに伝えるため、鬼島は退場させてあり当然セリフ再構成圧縮されている。

しかし一方でそういう技術的な圧縮だけでは全く追いつかないわけで、群像劇的なキャラクターを絞り、ギャグパートほとんど捨て去って、映画で残すのは「主人公紅緒を中心とした(はっきり言っちゃえば伊集院少尉と青江編集長との三角関係ラブロマンス」と「大正ロマン期の女性の自立」というふたつの大きなテーマに絞った。その判断は正解だと思う。

正解だと思うんだけど、じゃあそのふたつが現代的な視点で見て満足な出来に達しているかといえば――この部分が評価に迷った原因だ。

ダメピープルどもと光のプラスワン

はいからさんが通る』の原作からそうなので、映画(だけ)の問題点というわけではないのだけれど、個人的見解で言うと登場人物のメインどころのうち三人がダメピープルだ。

初っ端から大戦犯のラリサ=ミハイロフ。ロシア貴族である彼女は、満州出征中に部下を救うために突出して倒れた伊集院少尉を見つけ、その命を救う。しか戦争の傷跡で記憶を失った伊集院少尉に、自分旦那(死亡済み)の面影見出し、都合よく嘘記憶刷り込みして、自分の夫として病気自分の世話をさせるのだった。

いやあ、ないでしょ。どんだけよ。しかも病弱な自分を盾にして伊集院記憶を取り戻したあとも関係強要するのだ。クズでしょ(言った)。一応言葉丸めダメピープル(女性なのでダメンズではない)と呼んでおく。

じゃあ、そのラリサの嘘の被害者たる伊集院少尉主人公紅緒の想い人)はどうなのかと言えば、彼もまたダメピープルなのだった。記憶を失っていた間はまあいいとしても、記憶を取り戻し紅緒と再会したあとも、病弱なラリサの面倒を見るために彼女のもとにとどまり続ける。命の恩人だと言えばそりゃそうなのかもしれないが、周囲の誤解をとくでもなく、未来への展望を示すのでもなく、状況に流されて、紅緒のことが大好きなくせに「他の女性を偽りとはいえ面倒見ている関係」を続ける。続けた上でそれに罪悪感を覚えて、紅緒から身を引こうとする。

それだけなら海底二千マイルゆずってもいいけれど、ラリサが死んだあとは紅緒のもとに駆けつけるあたり、手のひら返し恥知らずと言われても仕方ない罪人である(言った)。っていうか伊集院少尉ラリサ関係は明らかに共依存でしょ。カウンセリング必要だよ。

とはいえ主人公紅緒もけして潔白とはいえない。病気ラリサに遠慮をして、二人の間の愛情を誤解して別れを告げられ、告げたあと、心がフラフラしている時期に、少尉実家を助けてくれた編集長にほだされて交際宣言。他の男性伊集院少尉のこと)を心に宿したまま、編集長結婚式まで行ってしまう。それは伊集院少尉に対してもそうだけど、青江編集長に対してはより罪深い。その嘘はやっぱり問題だと言わざるをえない。

――こういう恋のダメピープルトライアングルが炸裂して、映画の前半は結構ストレスが溜まった(この辺個人差はあると思う)。このダメピープル共が。問題解決しろ

まり北川悦吏子なのだ

両思い恋人がいい雰囲気になって決定的にくっつきかけたところで、理不尽トラブルが起こり二人は引き裂かれる! どうなっちゃうの二人!? 以下次週!! で、次週になってトラブルを乗り越えて、またいい雰囲気になると今度は二人が(独りよがりの)善意から身を引くとか、ずっとお幸せにとかいい出して、誤解のすれ違い。神の見えざる手によってやっぱり二人は結ばれない!

連続ドラマのアレ。アレなのですよ(机バンバン

北川悦吏子だ!」といったけどそれは北川悦吏子女史の発明品というわけではなく、自分の中での代名詞彼女だと言うだけなのだけど。もっと言うのならば、年代的にみても北川悦吏子が『はいからさんが通る』やら『キャンディ・キャンディ』に影響を受けた可能性は高く、むしろ原点はこちらだ。イライラは軽減されないが。

そんなイライララブロマンス時空において癒やしは青江編集長である

光のプラスワンこと青江冬星はまっとうで良い人なのだ。登場時は女性アレルギー(と大正時代的な女性蔑視)があったものの、雇用主として新人編集者である主人公紅緒を導き、支え続ける。その人柄に触れて、紅緒に対する愛情自覚したなら、変にこじれぬように即座に自分の口から誤解の余地のない告白を行う。これ以上イライララブロマの炎症を防ぐその手腕。良いね

しかも「お前の心に伊集院がいるうちは土足で踏み込まない」「いつかその気になったとき思い出してくれれば良い」といって加護者の立場に戻る。見返りを求めず、高潔で、慈悲深い。癒やしのキャラだ。

読めば分かる通り自分編集長推し原作当時からだ)なので、そのへんは差し引いてほしいのだが、ダメピープルの中にあった彼が一服の清涼剤であったのは確かなのだ

この映画のおそらく二大テーマである「紅緒を中心としたラブロマンス」はダメ人間もの間違った自己犠牲イライラするし(加えて言えば、何の罪科もない編集長貧乏くじも納得し難いし)、「大正ロマン期の女性の自立」については、無邪気と言えば聞こえはいいが無軌道体当たり主義の紅緒の迷惑編集長が尻拭いし続けるという構造なので、本当に自立しているのか怪しく、どっちもそういう意味ではスカッとしない。

まりこの映画は(原作込みで)イライラする。

60点。レビュー終わり。解散!!

大正東京の迷い子

でも、そうじゃないのだ。そうじゃなかったのだ。

上映終了後、イライラ&60点だと思っていたら、意外なことに結構穏やかな満足感があったのだ。この気持ちはなんだろう? 不思議気持ちで、言語化時間がかかった。

なぜなのか考えた。

紅緒が可愛いあんだけダメな娘なのに、可愛い

やったことや構造を追いかけていく限りイライラキャラではあるはずなのに、可愛い

やばいことに原作よりも可愛い

現代的に変更したキャラクターデザインと、作画と、なによりその声が印象的なのだ

作中、紅緒は本当によく「少尉」という言葉を口にする。二言目にはそれだ。

このおてんば娘は作中のセリフの大半が「少尉!」なくらい連呼なのである伊集院少尉のいるシーンでは脳内その声でいっぱいなのだ。声の表情というか、演技が本当に良かった。

少尉の事で頭がいっぱいで、東京から満州に行き、馬賊親玉体当たりで話を聞き、少尉を探して駆け巡る。東京に戻ったあとも諦めきれず、その面影を探して、亡命ロシア貴族にまで突撃を掛ける。紅緒は、たしかに、周囲を顧みない行動主義で、無鉄砲なおてんば娘で、そこにはイライラさせられる要素があるにせよ、少尉を求めてさまよう姿は、涙を一杯にたたえた幼子のように見える。

それでようやくわかったのだけれど、結局紅緒は子供だったのだ。

少なくともこの劇場版後編において、紅緒は迷子の子供だった。

愛する伊集院少尉とはぐれて、彼を探すために声の限りにその名を呼ぶ子供だった。

それが胸を打ったし魅力的だった。スクリーンこちから彼女を助けたいと思った。

劇場版 はいからさんが通る 後編 ~花の東京大ロマン~』は迷子の紅緒をハラハラキドキしながら見守り、応援する映画なのだ

大正ロマン期の女性の自立」というテーマに対してイライラするのも当たり前だ。彼女は行動力だけは溢れていて、家を出てしまうわ、死んだ(と思いこんでいた)婚約者実家に行って支える手伝いをするわ、女性ながら出版社就職するわするのだが、どれも力が足りずに周囲に迷惑を掛けてばかりで、そういう意味では「自立」はしきれていない。むしろトラブルメーカーだ。でもそんなのは子供から当たり前なのだ

彼女はその実力不足から失敗してしまうけれど、チャレンジをするのだ。失敗はチャレンジの結果であり、チャレンジをするという一点で彼女の幼さは正しい。

前述したとおり自分推しは青江編集長なのだけれど、彼は作中、何らミスらしきことをしていない。つまり罪がない。罪がない彼が、恋愛において自分の望んだ愛を手に入れられない(紅緒は最終的に伊集院少尉とくっつく)のが納得がいかなかった。その理不尽さにたいして原作読了時は腹がたったのだけれど、今回映画を見終わってしばらく考えたあと、仕方ないのかもと、やっと思うことができた。

なぜなら紅緒は(この映画物語の期間では)未熟な子供からだ。その子である紅緒が、青江編集長という加護者とくっついてしまうと、その保護力のお陰で自立できない。青江編集長は全く悪意はなく、むしろ大きな愛情で紅緒を守るだろうし、その実力がある人だろうけれど、その愛情は空を羽ばたく紅緒にとっては重すぎる。

はいからさんが通る』は紅緒が自立していく物語ではなくて、未熟な子供である紅緒が、自立のスタートラインに立つまでの物語なのだ。だから作中で自立してないのは当たり前なのだ

無鉄砲子供で、何かあればすぐべそべそと泣き、でも次の瞬間笑顔で立ち上がり再び駆け出す紅緒は、この映画の中でとても可愛らしく魅力的だった。

その紅緒は自分の心に嘘をつくという罪を犯し、同じく自分の心に嘘をつくという罪を犯した伊集院少尉と結ばれる。伊集院少尉少女漫画約束として「頼りになる加護者」として登場したが、罪を犯して紅緒と同じ未熟者のレイヤーに降りてきた。降りてきたからこそ「これから自立するいまは不完全な紅緒の同志」としての資格を得た。

青江編集長は同志ではなくてやはり保護者だから、どんなに良い人でも、「これから一緒に成長していく同志」にはなれない。

考えてみれば、紅緒が少尉を好きになった理由は「優しい目で見てくれたから」だった。けっして「助けてくれたから」ではない。彼女にとって助けてくれる(実利)は重要ではなく、ただ単にそのとき自分を見ていてくれれば十分だったのだ。

そういう意味で、青江編集長スパダリであり、伊集院少尉スパダリから降りて結婚相手になったといえる。宮野Win。「立川オワタぁ!」とか「ちゃんちゃんちゃんちゃんか♪」とか言い出さないんで、格好いい主要キャラみたいな演技だったからな。

顔を上げて光に向かって

そういうふうに言語化が落ち着くに連れて、紅緒の親友・環がしみじみと良かったな。と思えた。

「殿方に選ぶのではなく自らが殿方を選ぶ女になるのですわ!」と女学生時代気炎を上げていた彼女大正デモクラシーにおいて「女性の自立」を掲げて紅緒とともに時を過ごした親友である彼女

でも、彼女と紅緒の間にあるのは思想共鳴なんかではなかったと思う。

女性の自立」と言葉にしてしまえばそれはどうしてもイデオロギー的な色彩を帯びざるをえないけれど、本作においてそれは、そこまで頭でっかち教条的ものでもなかったのだろう。

劇場版サブタイトル元ネタはおそらく菊池寛短編小説「花の東京から来ているのだろうけれど、そこで描かれた女性(の自立と言っていいのかなあ)も、現代フェミニズム的な意味でのそれではなかった。どちらかと言えば「どんな環境でもめげずに生き抜いてゆく」という、ただそれだけのことだった。

それはもしかしたら、現代価値観ではむしろ非難される態度かもしれない。なぜなら、男性支配的な社会で「めげずに生きる」というのは、ときその男支配社会迎合しているようにも見えて、原理主義者には利敵行為とされるかもしれないからだ。

でも人間は結局与えられた環境ベストを尽くすしか無い。まだまだ男権社会的な大正社会も、作中クライマックスで描かれる関東大震災崩壊した東京も「与えられた環境」だ。

その与えられた環境の中で酔っ払って肩を組み、愚痴を言い合いながらも諦めずに笑い合う同志として、紅緒と環のコンビ尊い

ことによると、紅緒と伊集院少尉のそれよりも確かな絆があったのではなかろうか?

いつどんなときでも、どんな環境でも、うつむかず、意気軒昂と拳を突き上げて、笑顔で生きていこう! 女学生時代無鉄砲友情のそのままに、二人は大正という時代自分人生を描いた。

女性の自立」と主語をおけば、それは成功したり失敗したりしてしまう。でも彼女たちが持っていたのは、成功したり失敗したりするようなものではない。どんな環境でもくじけうず、へこたれず、転んでも立ち上がって歌を歌いだす。それはイデオロギーではなく心意気の問題なのだ彼女たち二人のあいだにあったのはモダンガールとして時代を先駆ける思想などではない。ただ単に、お互いがかけがえのない友達で、楽しかったのだ。

女の子は元気よく未来に向かって生きる!」。紅緒が愛しく思えたのは、多分その一点だったし、伊集院少尉彼女を愛したのもその一点だった。本作では描写が欠如していた伊集院少尉も、そのテーマに沿うなら、大震災後の東京意気軒昂未来をつくるべきだ。紅緒同様「未熟者の仲間」になった彼はそれが出来るし、その義務もある(でないと編集長はほんとうの意味道化者になってしまう)。

原作を読んだ学生時代には持てなかった視点をみせてくれた。その意味合いにおいてこの映画には100点をつけたく思う。

2018-10-27

anond:20181027155327

Java代替の条件=オープンソース、可用性、並列化

 

LL4兄弟

インタープリタ言語は第2候補以下で。

 

関数型勢

ぶっちゃけ使いづらい?

 

マイクロソフト

Oracleと同じ穴の狢

 

Apple

マイクロソフト以下

 

JS

エコシステムが拡大してるけど、JVMの代役には力不足

 

Javaの天下が長く続いたため、今すぐ代役を果たせる言語/実行環境が不在?

anond:20181006125741

本当に、要領が悪いのでクラッチ操作習得時間を要したのか?

その他の可能性を考えてみる。

1. 筋力不足

  オートバイキックスタートが苦手な女子ってのは筋力不足だと思う。これと同じ。

2. シューズソール問題ある。シューズが柔らかすぎると足裏感覚が掴みにくい。

3. シートポジション問題がある。

  教習所指導教官が指摘すべき。

2018-10-22

被害妄想と、説明力不足と、読解能力不足

最近被害妄想が拡大している人が多い気がする。

イエローって言われただけでアジア系とか思わないし

イエローモンキーって言われても歌手?とか思うし

ジャップって言われたところで正直何とも思わない。

とはいえ価値観押し付けてくるパターンもある。

「こういわれたこう思って当然だろ!」みたいな。

なんていうのかな。最近ずっとモヤモヤしてんだよね。

被害妄想が拡大している人と、そうじゃない人との争い見ていると

説明力が不足している人と、読解能力が少し足りないひととの争いみたいなさ。

不毛しか感じないんだよね。

まぁ、怒ったほうの負けってのは確かだよ。

2018-10-21

プライド自意識が異様に高い惨めな絵描きの話

私は産まれからほとんどをオタクとして過ごした。

息をするかのように絵を描き、ゲームをし、漫画を読みアニメを見るような生活をしてきた。

pixiv歴は9年、Twitterアカウント作成しては潰してを繰り返してはいるが、初めてアカウントを持ってから6年が経過した、一般的オタク絵描きだ。

ただ、どんな時もオタク絵描きとして生きていて楽しいことはほとんどなかった。厳密には人と関わって楽しいと思えたことがなかった。

私の異常なプライド自意識邪魔をするのだ。

今、本当にオタク絵描きである意味を見い出せないほどに楽しくなくなってしまっているので、整理の意味を込めて自分語りをさせてほしい。

小学校では教室で絵を描いても、どの学年のクラスにいても1番にはなれず、いつも2番かそれ以下だった。

パッとすることもなく遠足のしおりの表紙を任されることもなく、1番絵の上手い子がちやほやされる姿を眺めては羨む日々が続いた。

中学校では「クラスという狭い世界でも1番なれない私は、相当絵が下手なのだろう」という自覚も持ち、イラスト部のような部活はあったが入部することはなかった。

画力人格までも叩き潰されるのが怖かったのだ。

この時点でもう十分無駄自意識が身に付いていたと思う。

高校に入る頃には某マイナーゲームシリーズを主とするTwitterアカウントを作った。

メジャーアニメ漫画も好きではあったが、自分のような低い画力ではそのような世界では淘汰されてしまうという自覚が十分にあり、その上そのマイナーゲームシリーズ物心がついた頃から家族の影響で好きだった。

狭い世界古参な方であったので、まずそれだけでマウントが取れると踏んだのだ。

予想は当たり、数年はイマイチ画力でもちやほやされる日々が続いた。

私が何かしら絵を描けば相互達がある程度のふぁぼをくれる。ゲームステージ構造音楽に関する深みを持たせたツイートをすれば空リプやふぁぼをくれる。気分のいい日々が続いた。

ただかなり古いシリーズであったので、再熱と飽きで人の出入りが激しく、たまにいわゆる「神絵師」のような人も現れた。

古いゲームなだけあって古参新参が、という話が盛んに行われる界隈であったので、そういう話はタブーであることは分かっていたが、ハマって数ヶ月の神絵師がその界隈で大きな波を作り出すのを何度か目撃した。

絵師擬人化を好めば擬人化流行り、あまり人気のないキャラを好めばそのキャラ神格化された。

私は正直、激しく嫉妬した。

この人はゲームシリーズを全作やってないではないかシリーズの中でたった1作やってイラストを描いただけで大きい顔をしないでほしい、といったどす黒い感情が渦巻いた。

結局2年経たない内に妙な輩に絡まれ、それを理由アカウントを消した。

その輩も不快ではあったが、それよりも界隈で波を作り出す「神絵師」を見ているのが辛かった。今思うと被害者面してアカウントを消す理由と機会がただ欲しかっただけだと思う。

それから半年、私は某アニメシリーズとあるAというキャラに本気で惚れた。

それまでゲームアニメを嗜んではいたが、特定キャラクターに入れ込むことはあまりなかったため、大きな衝撃を受けた。

ただ、それとほぼ同時に自分性癖の異常性にも少しずつ気がついた。

Aが洗脳されている姿が見たい。

Aが痛がる姿を見たい。

Aが致命傷や後遺症を負わない程度にあらゆる手を使って痛めつけてやりたい。

いわゆる「精神リョナ」というものだと、しばらくしてから理解した。

その性的趣向に嫌な予感と前述の苦い思い出もあり、すぐにTwitterアカウントを作ることはなかった。

しかしそのキャラにハマって半年ほど、できる限りイラストの腕を磨きペンタブレットの扱いに慣れ、そのジャンル流行っているものに媚び、溜めに溜めたイラストまとめのようなものpixiv投稿したところ、予想以上の反響を得た。得てしまった。

気分が良くてたまらなかった。

同時に、「今ならあの時の神絵師たちのように、私の趣味趣向で界隈に波を起こすことができるのではないか。私が好きなもので界隈を満たすことでできるのではないか」と妙に高い理想を抱いてしまったのだ。

それから少しした頃、そのAがいるアニメを主としたTwitterアカウント作成した。

できる限り周りの空気に媚び、私自身の趣向を出さず、ふぁぼやRTにより私の存在を知らしめるために絵を描いた。イラスト漫画RTが多めな絵師を中心にフォローした。

ツイートもそのアニメ話題で徹底し、他の話題自分語りをすることも控えた。

客観的に見て私の画力はそうでもないが、そういうことを続けているとアナログ適当落書きを描いても100ふぁぼはもらえるようになった。

その頃に界隈の流行りと自分性癖半々くらい織り交ぜた、オールキャラギャグ本を自身初の同人誌として出したが、完売させることもできた。

こうして私の実力が全てでない、媚びによって得た数値と実績による自意識プライドが着々と育っていった。

同人誌を出した少し後くらいからであろうか、私は自分趣味趣向を全面に押し出しイラスト漫画ツイートをするようにした。

媚びた絵よりも数値は減るがふぁぼやRTをしてくれる人も多くいて、正直投稿不安ではあったが予想よりは上手くいった。

ただ、私の絵(性癖)に便乗してイラストが描かれることはおろか、そういったツイートや私のイラストに対する言及空リプも見られなかった。

私は悔しかった。あそこにあるふぁぼやRTは惰性に近いものしかないのだ、と思ってしまった。やり口からして勿論なのだが。

そして、引かれているだろうな、とも思ってしまった。それまで好きだった相互の方々にも、ツイートを読むのが辛くなるほどの疑いを不安を抱くようになってしまった。

私の中の冷静な部分は「そりゃそうだ、精神リョナなんて倫理抵触する趣向広まらなくて当然だ」と思えているのだが、私の拗らせた部分は「なんで流行らない?擬人化の方がキツイでしょ。他の人の性癖を歪めることもできないなんてこの絵公開してる意味ある?」と思ってしまう。

私には波が作り出せないことが、あの羨んだ神絵師たちの足下にも及ばないことが自覚できてからは、自分趣味趣向が急に恥ずかしくなり、FFの極端に少ない身内アカウントに引きこもった。

身内アカウントに引きこもったまま数ヶ月。現在に至る。

結局は私の実力不足と、歪んだ自意識プライドが悪い。分かっている。

Aに対する熱意や、自分趣味趣向に刺さる創作物を見た時の衝迫を、自分表現して他人を揺さぶ画力や魅力はない。

他人を揺さぶらない創作になんの意味があるのだろうか?だったら絵なんて公開しないでパソコンファイルの中で腐らして、自分けが眺めている方が幸せなのではないだろうか?

最終的に私の趣味趣向を認め、同意し、同じ熱量で盛り上がってくれる仲間がほしい。

だって趣味趣向の合う仲間とオフ会がしたいし、Skypeだってしたいし、趣味から知り合った仲間とプライベートな話がしたい。

人とオタクとして接することが楽しいのは中途半端に知っているので、私が理想とする仲間とオタクとして楽しく生きたい。

そういう界隈を自力で作り出そうとしたのが失敗だった。

そして画力がそうでもないまま大人になってしまったのも失敗である

イマイチなままで固まった画力無駄に高いだけのプライド自意識をもって絵を公開して、何が楽しいのだろう。

何も楽しくないに決まっている。

Twitterで絵を描くようになってからというものの、評価評価をくれる人々の動向にばかり目を向ける癖が付いてしまい、私一人で何をすれば楽しいのかわからなくなってしまった。

絵描きなんて趣味やめた方がいいんだろうな、私には向いてないんだろうなって、今はそう思うのです。

力不足を痛感してとても悲しいです。

お目汚し、失礼致しました。

魔法少女リリカルなのは Detonationの感想

増田に何件があがっていたので自分も書きたくなった。

ネタバレ自重するつもりないので、未見の人は先に映画館行ってください。














感想

非常に良かった。それぞれのキャラの想いが交差して、それぞれ昇華されているのが非常に美しい光景だった。

ほぼ全て戦闘シーン+回想シーンで、イリスが何故こんなことをしていたのか?など気になるところを散りばめてきた。

都筑さんのシリーズかわいい女の子キャラガチ悪党になったことはないと思うので、回想シーン見た時点でいろいろ察するところあり…。

所長が出てきたときに、こいつがストローマンか!悪人面してるからぶっ飛ばしたい!と思わせてくれた。

欲を言えばユーリが彫り下がった割に、戦闘面では結構いいところなしだったり、イリスガチバトルは最後までしなかったのは少し残念…。

キリエイリスとまともに戦えてなかったし。

あとはフェイトも火力不足イマイチ活躍しきれなかったけど、それはディアーチェ達と一緒に昇華された感じはあるし、最後特攻なのはを救うところで颯爽とフェイトさんが現れたのはとても嬉しかった。

レヴィがプラズマザンバーとかフェイト打ってくれたなーとかは少し思い残しがある。

構成について

個人的に感じたのは、リリカルなのはファンディスクという印象である

ラブちゃ箱とかこんな構成で、初登場ヒロインを掘り下げて全力で最後に生じる障害をぶっ飛ばしてたなぁなどと懐古することなった。

掘り下げる時間(思い入れを作る・溜め)があまりなかったにもかかわらず、あれだけのヒロイン達をきっちり幸せ担って欲しいと思わせてくるのはさすがだと思う。いやけど流石に時空管理局がザルすぎてちょっとアレだったり、キリエもどう考えても主犯だろいい加減にしろという思いは残る。まぁそこは本質的(見たかったもの・見せたかったもの)じゃないからいいんだ。

最後なのはについて

思い返すと、恭也ちゃんがこういう存在だったような記憶がある。

恭也ちゃん最後には(リリちゃ箱)で、フィリス・矢沢さんの協力のもと完治して自分のことと向き合えるようになるんだけど、それが今回のなのはのあのタイミングだったんじゃないかなぁと思いました。

もともと気に入らないものはパワーで捻じ曲げる系のなのはさんだと私は捉えているんですが、恭也ちゃん目的ためだと自分が壊れようが突き進む人だった訳で、そうじゃないでしょ!っていうのを気づくフェーズなのはさんにもあってもよくって、今回の物語がそういう転機になってもいいんじゃないかと思いました。StSだと自分のためっていうより、愛する我が子のためっていうなのはママの側面が強かったし…。

しかしだなぁ、これだとがStSで語られた自爆事故が起こらなくなるんじゃないかと思ってしまったりもするんですよ。まぁでもほら都筑さんだし、そういうもんじゃない?細かい設定の調整よりも、ぼくは感動する物語をいっぱいみたいなぁと思っています。とても良かった。ほんとよかった。

けどまぁ流石に無印Asも昔に4回くらい見ただけだし、SSについては1回聞けてるか聞けてないかから、忘れてる物語とかあったらごめんなさい。

あとは、とらハキャラの中でちかぼー・那美さんと並んでフィリス・矢沢さん好きなんで名前だしたかったっていうのもある。きっと、多分。

造形について

あの都筑スタイルほんと好き。髪がこうΛΛってなってるとのとか、横向くとちょっと出っ張ってるのとか、好き。

あと桜待坂Vol.3

2018-10-18

anond:20181018015453

あなた日本人なら当然上から目線だと思うけど

「支持したやつマジ馬鹿だわ(自分は違うけど)」って事でしょ?

後段の意味はよく分からないけど、自分が言いたいのは「偉そうに外野から批判すんな」って事

政権取れずに力不足です情けないですって反省するべき立場でしょう

2018-10-16

誰の神にもなれなかった話

最近、神が自ジャンル撤退した話をちらほらと見かけた。感想をもらえなかった神を止められない後悔のようなものが綴られていた。ファンとしては悲しかったんだと思うし、去る神の方も辛い思いをしたんだと思う。

そんな記事を読んでいて、きっとその世界に私はいないんだろうなと漠然と感じていた。

私は元々一次創作で話を書く人間だった。

時おり好きになった作品二次創作を書いて、同じ作品好きな人Twitterで繋がってフォロワーを増やすということが多かった。増やすといっても一桁単位の話で、私の作品ブックマークも一番にしてくれたのはフォロワーのことが多かった。自分が書いたものを喜んでくれたり、楽しみにしてると言ってもらえたり、投稿ツイートいいねがつくだけでも嬉しかった。

それから私は今のジャンルにハマった。ジャンル自体が始まったばかりで、pixiv小説タグには作品ひとつかふたつぐらいしかなかった。私はジャンルに勢いよく沼ってしまっていて、その勢いのままほぼ週に一回ペースで小説を上げた。pixiv以外の投稿サイトでも多いときには1日に3本、2000字未満の短い話を書くこともあった。数打てば当たるというもので、同じジャンル活動を始めた人たちの目にも止まってTwitterで動かし始めていたジャンル用の別垢にもフォロワーが増えた。主は絵を描く人たちで、その人たちが絵を投稿すれば三桁のブクマいいねはあった。

私はと言えば好き勝手に書きつつもよいときは二桁の反応をもらうことがあった。Twitterでも作品に関する反応をもらえて、嬉しかった。

けれどふとpixiv小説タグを見返した時、自分作品しかないことが唐突に怖くなった。自分タグ荒らしているんじゃないかと恐ろしくなって、自分作品の多くを非公開にした。その直後にジャンルアニメ化されたこともあったのだろうけど、小説タグ自分以外の作品が多く投稿された。その事を嬉しく思って、たくさん小説を読み漁った。

どの作品も魅力的で、文章も濃厚で、自分ではできない表現を易々としていた。

それと同時に自分作品のつまらなさを見せつけられたような気がした。実際、自分が非公開にしたあとに投稿された作品のほうがブクマ数を稼いでいた。ジャンルに人が多くないからと2桁つけばいいと思っていたブクマを、あとから投稿された作品は三桁もらっているのを見た。なんなら自分pixivに上げたあとの作品のほうが反応があることなんてざらだった。

けれど自ジャンルで話を書くことは好きだったし、私が書いた拙いものでも好きだと言ってくれるフォロワーはいた。フォロワーTwitterで出した小ネタを話にして、その人に喜んでもらうというのが多かった。

しかしそんなことばかり続けていると、私が考えたものはつまらないんだろうなという考えに陥ったし、自分で話を考える力が失われてしまった。自分で考えた話はどれも似たような内容になっていて、読み直して頭を抱えた。

ジャンルではじめてオンリーが行われた時、私は人生ではじめて同人誌を作ってはじめてサークル参加をした。はじめてのオンリーということもあって開始直後にどのスペースも完売していて、少部数で持っていった私の本も全部売り切れた。すごく嬉しいと思ったし、そのあと感想をいただくこともあった。

しかし、再びあったオンリーでは新刊も既刊も、半分も売れなかった。具体的な数字を出せば、30部持っていってのその結果だ。

評価されないことも本が売れないことも、結果としては自分の実力不足問題だ。結局私の書くものは内容もワンパターンで、文体個性がないつまらないもの腐向けを書くにしても事を為してる描写が下手くそで、自カプの話は大体オチもつけず終わらせている。

そんなのをこじらせて、最終的にはジャンルのせいだと思い込むようになっていた。この頃はジャンル公式イベントに対する不信感やイベント現場でもオタク問題行動が目についていて、余計にジャンルに対して批判的な視線を向けてしまっていた。ジャンルを知らない友人やフォロワー運営への不満とオタク愚痴を語るのが日課になり、腐向けに作った垢も不満と愚痴自分文章への嫌悪に溢れていた。

本当は私は私が書いたものが好きだった。文章は単純でも展開がワンパターンでも致してるシーンがつまらなくても、自分が書いてて楽しいものを書けて幸せだった。でも私は誰かの神にもなれなかったし、他人の目を気にしすぎて、自分自身の神にもなれなかった。

私はジャンルが大好きだった。売り込み方は下手だったけれど、関係者の熱意は間違いなくあった。ストーリーキャラクターも魅力的で、今まで好きにならないタイプキャラ推しになった。はじめて現場に行くきっかけになったこコンテンツが好きだった。

今はせめて自分自身の神に戻るために、私は自分の好きだったものちゃんと向き合おうと思う。

私が好きな私の文章を、私が好きであれるように。

私が好きだと思ったものを、好きだと思い続けられるように。

2018-10-13

推そうと思ったグループ燃えた話

貧弱オタクである

とある俳優のリアコをやっていた。今は彼が売れすぎて近くに感じられなくなって、興味が失せている。嫌いになったわけじゃないよ。でも、接触があって、なんとなく素を垣間見てたあの頃とは違う。途中で彼には演技もファンへの態度も著しい変化があった。理由もなんとなく察してるし、彼はそれによって俳優として売れ始めたと思うからいいことだ。寂しかったけど。

ちなみにわたし趣味は元々観劇だ。小劇場フライヤー見て行くし、東宝系も宝塚四季歌舞伎も気になれば何でも行く。でも、今まで推し、みたいな存在はいたことがなくて。強いていうなら、リアコしてた俳優推しだったのかもしれないけど、応援したいとは思ったことがなくて、いつも好きだなあという気持ちだけで現場に行ってた。

表題の話である。いや燃えたと言うより、知名度がなさすぎてボヤくらいである。

最近、知人がやたらとメンズ地下ドル現場によく行く。わたしも気になって、でもあんまり過剰接触みたいなのはいから、どうしようかなと思ってたところに地下じゃないって言い張るダンス&ボーカルグループを見つけた。通りがかる振りをして無銭ライブに行った。曲はよかったし、ダンスはまだまだだと思ったけど、トークもそこそこよかったからまた行こうと思ってた。全然売れてないけど、応援したいと初めて思った。

ら、突然燃えた。

からない人はわからないままでいい。でも少しわたしの素直な気持ちを書かせて欲しい。

かにちょっとした兆しはあったと思う。見たからに輩っぽいし、憧れてるのもそういうラインだろうなとは思ってた。でもトークを聞いてたら、みんな可愛くて。傍から見るのと実際に関わってみるのは全然違うことを実感して、楽しんでた。

からこそ、何だか、ショックだった。

地下とは違うと言い張る彼を見て、偶像的なアイドルという存在じゃなくてパフォーマンスを大切にしたいんだと思った。

トークの上手い彼も、歌の上手い彼も、わたし好みの顔をしていた彼も、ダンスの上手い彼も、頑張って欲しいと心から思った。

純粋な強い気持ちは人を支えるし、それが未来に繋がってくと思っているから。

「これからも僕達は感謝を忘れずに

自分達のやりたい事を信念持ってやり続けます。」

それだけでよかったんじゃないのかな。

何でわざわざ他の仕事をしている人を馬鹿にしたり、喧嘩を売ったりしたんだろう。

自分の信念を貫いて、黙って実力で納得させていってくれるんじゃなかったのかな。

これからだって、思ってたのに。

地下はダサい?本当にそうかな?

それを思うのも感じるのも自由だよ。

でもさ、それってわざわざ言葉にすることかな?

売るものが違うだけで、皆それぞれ一生懸命だよ。

アイドルだろうがモデルだろうが、客を楽しませて価値を感じさせるのが仕事だよ。

地下ドルは確かに過剰接触イメージだよね。知らないけど地下ドル出身の子もいるんだから、その大変さとかわかるはずだよね?

愛想振りまくのが、嫌な仕事だったのかもしれない。顔だけ、とか言われるのが苦痛だったのかもしれない。でも、それを仕事に選んだのは自分じゃないのかな?

変わりたい、とか、前とは違う、ちゃんパフォーマンス評価されたい、だから頑張るって言ってたんじゃないの?

正直、突発的にデビューしても、あれだけ曲もよくて、それに加えて歌とダンスものすごくよかったら、もっともっと急速にファンは付くし、ジャンルが違う人も評価してくれると思う。

でも、そうじゃないのは実力不足なんだよ。それは、どんなに気持ちがあっても意識が高くても事実なんだよ。もっともっと伸びていくと思ってたんだよ。

わたしは彼らの気持ち立場や、裏のことはわからない。よっぽど悔しいことを言われたのかもしれない。酷い暴言馬鹿にされたのかもしれない。でも、それを理由にやり返そうとしちゃうのは違うんじゃないかな。見てろよ、ってバネにしてくれるだけでよかったんじゃないのかな。

今回の彼らの発言で、どれだけの関係ない人が傷ついたろうと思うと哀しい。

どんな界隈でも、ファンはいる。盲目的だなと周りに言われても、例え馬鹿みたいに見えても、それは本人たちにとっては真実で素敵な幸せものなんだよ。それを、外部があれこれ言う筋合いはない。

今回のことで、彼らは、そういう気持ちを考えられないんだな、自分の信念以外は正しくないって踏み躙る人たちなんだな、と思ってしまった。

もっと素直に応援していたかった。彼らが売れていく姿を見たかった。悔しいし、哀しい。

貧弱オタクから、彼らの売上には貢献してない。彼らはわたしことなんて知らない。でもやるせなくて、どうしても吐き出したくて、もしかしたら彼らにも届くんじゃないかって、少しだけ期待して、ここに投稿しておきます

言葉がぐちゃぐちゃになってごめんなさい。読んでくれた増田たちありがとう

2018-10-11

anond:20181011094235

スパイ作戦もの作品殆どでは既製品には無い謎カスタムが施されるって前提を捨て置いて「ない」って言いきるのはただの創造力不足だと思うんだよ。そういうのワイ嫌い。

さとり世代に彼が当てはまって欲しかった

年代を十把一絡げに語るそれ。

ゆとり世代だの、さとり世代だの。

関西人はみんな漫才している、とかいうそれに近い。

みんなそうだったらいいのに、なんて思った。

話は仕事に移る。

わが部署さとり世代と思われる新人は熱血系で、正直しんどい

なんか、メンターかいうめんどくさい役割になってしまったので彼と話をするが

キラキラした目で、部屋が真夏になる勢いで熱い理想情熱を語られると、溶けてしまいそうだ、心も体も。

なんというか、僕みたいなオワタ系の社員にこういう子をぶつけられると困るのですよ。。。

せめて彼が世に言うさとり世代ならって、メンターという役割押し付けられたときに期待したけど、

そううまくは行かないよね。。。

自身がどうこうというのどうでもいいから、せめて彼の熱量を受け止めてあげられる人をメンターにして欲しい

そう課長相談したら、君も彼の熱量を思い出せ、みたいな僕の再教育もかねているみたいなクーリングオフ却下を言い渡された。。。

いや無理っすよ、僕は入社時点から熱量がないので、思い出しようがないですよ。。。

僕には力不足って何度も伝えるけど受理してもらえない。

本当に彼がかわいそうだと思うので、別の人に教育してもらいたい、それだけなんだけど。。。

2018-10-08

おかし文章を書いているとおかしな人と思われる

例えば、やたら、句読点が、多かったり。

スペースを とにかく やたらと 入れまくったり 

改行が

多かったり

なんでもかんでも安倍のせいにしたり(そりゃ労働時間関係とかがっつりかかわってる案件もあるけどさーそうじゃないのでも総理のせいにする人いるし)

反応を得たくてわざとやってるのかな?

それはそれとして私の地の文章がおかしいと思ったならそれは私の力不足です。おかし文章と思われないような学習がしたいのでおススメのwebページとか本とか教えてください

2018-10-07

anond:20181007004011

そもそも力不足から原発動かせっていうのは、全く意味がわからないですよね。

1. 原発危険から動かさない。

2. 電力不足原発とは全く別に解決策を考えるべき問題。それだけ

anond:20181007004011

現代社会において電力不足の解消が救う命は、解消のために費やしたリソースのために死ぬ人より多いのだろうか。

はい。多いです。

「人が死ぬ」ということ

社会問題を語るとき、「人が死ぬ」話がよく出る。

最近なら北海道停電医療機器が止まって子どもが死んだ、って話から原発必要性を語るツイートがたくさんあった。児童虐待子どもが死んでどうのこうの、という話もあったと思う。

「人が死ぬ」ことは一般的に、絶対に避けないといけないことだとされている。貧困餓死したら、事故死したら、停電生命維持装置が止まって死んだら、全てはいけないことであり、対策検討される。

これ自体はまさに人類人類として生きるための叡智であり、その歩みを止めてはならない。

しかし一方で、そのあまりにも正しすぎる道徳は、往々にして議論無意味にする。

前に出したように、原発を動かさないと人が死ぬ、電力不足は人を殺すのだ、と主張が一時期大いになされた。もちろん道徳的で非常によい意見だ。だが現実的ではない。

現代のようなある程度人権が確保され、安定した平和世界では、「◯◯をしないと人が死ぬ」という意見は、「我々には関係ない人が死ぬようにしろ」と同意なのではないかと思う。

世界が、社会がどんどん安定して簡単には人が死ななくなった結果、1人を救うリソースインフレしているのではないか。残念ながら人類リソースは有限であり、強引にリソースを増加させる行為は別の人を殺す。

話を戻すと、電力不足は確かに人を殺すだろう。だが、現代社会において電力不足の解消が救う命は、解消のために費やしたリソースのために死ぬ人より多いのだろうか。

そうしたとき、「◯◯をしないと人が死ぬ」=「◯◯をして人を助けろ」という意見は、「死ぬべき人はこの人ではない、別の人だ」=「他の誰かを犠牲しろ」に容易に置き換わる。もちろん、人類道徳大事にするので、表立って他人犠牲しろとは言わない。言わないが、やっていることが同じだとすれば、鬼畜所業と言えるだろう。

我々は表立って言わなくとも、社会のために、もっと言えば自分のために、常に誰かを犠牲にしている。もちろんそれは巧妙に隠され、少なくとも日常的に出会ものではない。

だが社会問題を語るとき、そこから目を背けることはできないはずだ。目を背けるべきでないにも関わらず強引にそれをすれば、我々には見えない生贄を際限なく増やすだろう。

私は、不完全な人類社会において、人が死ぬことは仕方ないと思う。だが、それがなぜ仕方ないのか、我々は正しい生贄を選んでいるのか、そして生贄をどう選ぶか、というトロッコ問題に悩み続けなくてはいけない。

無限にある分岐先のうち、どこで何人の人を跳ねるかなんて問題に正解があるわけがない。だが、自分の気に入った人を殺したくないとトロッコをどこかに追いやって満足する人間が、私は死ぬほど嫌いだ。それは間違っている。

私は死ぬべき人が死ぬべきだと思っている。線路ポイントを切り替えるべきではないと思っている。どうしても切り替えたいのなら、相応の覚悟がほしい。

覚悟がない人間がひたすら無秩序ポイントを切り替え続けた結果の世界が、今よりいい世界だとは絶対に思えないからだ。

2018-10-01

母が末期癌で余命宣告された

晴天の霹靂

寝耳に水。

うちの母は、ほぼ全ての知り合いから本当に元気ね〜って言われるくらいパワフル。

風邪も1年に1回ひくかひかないか

熱が出ても半日回復して夜には元気にご飯を作ってる。

そんな母親が気付いた時にはステージ4の末期ガンだってさ。

もちろんちゃんと定期的に健康診断もしてたし、直前の癌の検査でもなーんもひっかからなかった。

気付けたのは、定期健診で貧血が余りにも酷すぎるってお医者さんが精密検査に回してくれたから。

元々母は貧血持ちだったし、それ以外は血液検査もいたって正常。その時の担当医の方が違和感を持ってくれなかったら母は今頃治療する機会も無く亡くなってたかもしれない。

ステージだって聞かされた時、ステージとか4とか意味が分からなかったけど、ネットで色々と調べて5年も10年も生きられないんだって事を知った。

仕事から帰る電車の中でこらえきれずに泣いた。

それからすぐ治療が始まった。

順調に見えたけどあっという間に転移も見つかって、少し前に余命宣告を受けた。

母は、ディズニーランドが好き。

絶叫系とかは苦手だけど、パークの雰囲気が好きなんだってから家族みんなでよくディズニーに行ってた。

癌が発覚した後も体力的には全く問題無かったので泊まりで遊びに行ったりしてたし、今もクリスマスに一緒に行く約束をしてる。

ちょっと前に朝の報道番組で数年後にディズニーランドに新しいエリアが出来ますってニュースになってるのを見た。

ディズニーランドって数年後には新しく美女と野獣エリアが出来るんだって。楽しみだね!」

そう言えなかった。

数年後の話題を聞いた時真っ先に思ったのは、母は新しいディズニーランドを知らずに死んでいくんだって事だった。

その時、母の死をとてもリアルに感じた。

本当に死んじゃうんだって思った。

私、まだ孫の顔も見せられてない。って次にそう思った。

母は赤ちゃんとか小さい子が大好きで、私が結婚適齢期にさしかかってから孫の顔を見たいなーってたまに言ってた。

結婚しろとか押し付けがましく言うような母ではなかったけど、きっとこれから先の人生で叶えたい夢のひとつなんだろうなっていうのはなんとなく分かってた。

ちゃらんぽらんに生きてるから、きっと母は私の将来をすごく心配してる。

安心させてあげたいけど、結婚とか孫どころか彼氏さえ居なくて、残された時間的に母に孫を抱いてもらうのは無理だ。

この前出席した友達結婚式で、新婦手紙を読み上げる両親へのスピーチを聞きながら、私には出来ない事なんだって思って感動的な空間がすごく辛くかった。

私は母に何をしてあげられただろう。

何をしてあげられてるだろう。

余命宣告を受けた時、家族で、悲しんだり泣くのは全部終わった後にしよう。今泣いてても笑っててもどうせその時には同じだけ泣くんだから、せめて今は笑っていよう。そう約束した。

から、これを書いてる今もちょっと涙目になったりしてるけど、泣いてないよ。

でも、あまりにも母に出来ることが少なくて、あまりにも残された時間が少なくて、笑顔には中々なれなかったりする。

本当に、母がもう少しでいなくなっちゃうなんて嘘みたいだ。

どうしてもう少し早く発見出来なかったんだろう。

言われてみれば確かに数年前から坂を登るのがやたらしんどそうだったり、階段を登るのも辛そうだったりしてたのに。

ちっとも健康心配したことなんて無かった。

ただの貧血、ただの加齢による体力不足だと思ってた。

どうして本人の大丈夫って言葉鵜呑みにしたりしたんだろう。

でも、きっとあの時に戻っても気付いてあげられたりはしないんだろうな。

私達家族は、あなたがずっと元気でびっくりするくらい長生きするんだってどこか信じきっていたし、そう信じきってしまえるほど甘えてたから。

今も完璧にその甘えから脱せられてない私がいる。

だけど、母が亡くなるまでに、少しでも立派な人間になって、稼いだお金で美味しいもの食べたり遊んだりしてもらいたい。

私頑張るよ。頑張って生きるよ。

からウェディングドレス姿は見せられないと思うけど、安心して欲しいな。

母が寝たきりになる前に、ありったけのありがとうと、母からまれて良かったって大好きだって伝えようと思ってる。

恥ずかしいし、いよいよって感じがしてタイミングをとるのが難しいけどね。

伝えないと本当のことは伝わらないから。

それまでめいっぱい長生きして欲しいな。

2018-09-30

anond:20180929234326

結局どこに打てばいいのか。囲碁の考え方#3

囲碁の戦いと現実に起きる戦いは、共通点が多いと申し上げました。

ひるがえせば、囲碁の考え方が現実に応用できることもあるのです。

ネットのバトルも例外ではありません。

囲碁ネットレスバトル

囲碁ネットレスバトルの対処の仕方は似ています

ネット荒らしに絡まれレスバトルが勃発すると、相手へかまえばかまうほど相手調子に乗ります。喜ぶのです。

荒らしにはスルーするのが一番効くのです。

ここで非常に参考になるのが、囲碁には「手抜き」という手があります

囲碁における「手抜き」とは、相手の打った石の地点へは反応せず、まったく違った所へ打つことを言います

囲碁ではこの「手抜き」が最善となる事が多いのです。

相手価値の低い手や、悪手を打った時にわざわざ付き合うのはこちらも悪手です。

相手の事は無視ししてゴーイングマイウェイで、正しい手を打つことで相手に差をつけることができます

相手の悪手(荒らしによるレス罵倒)は華麗にスルーして相手せず他に向かいましょう。

悪手(荒らし罵倒マン)には付き合わない。

幸い、囲碁では土地が広いのでこういった事ができるのです。







まとめ

他にも「強い石には近づかない」(やられるから)とか、「相手にも少し与える、一方的にうまく行き過ぎようとしない」(その方が潰れずうまくいく)等々

囲碁の考え方と現実ライフハック共通する部分があるなあと思ってます

ということで、手短にまとめてわかりづらい部分や、力不足でうまく説明できない部分もありましたが、囲碁は考え方や理屈を学ぶとより面白くなると思います







増田でもわかる囲碁入門おしまい。(多分)

毎回第1回を書いては終わってたので、手短とはいえ、今回はちゃんとやりきったわー。

囲碁でわからない事あったらレスつけといてください。できるだけ回答します。

FAQhttps://anond.hatelabo.jp/20180930094625

2018-09-27

anond:20180927172508

流言飛語が流れてるからなんだというんだ。

そんなのネットが出るまえからずっとあるし、在日さんたちはそれに苦しんできたらしいじゃん。

あって当たり前の誤解が今も変わらずあるだけのこと。

くそうと頑張ってきた奴らが力不足だっただけことのこと。

それを「ネトウヨ」に「汚染」されているだとか。

そんなん言うから、肝心の自分の主張が全く信じてもらえない。若者がたとえ嘘情報を信じているとしても、若者若者なりに考えているて理由があってその情報を信じることにしたのだ。それをアホウヨとか十把ひとからげにするのは、嘘情報を信じているのと同等以上に愚かだ。

2018-09-24

anond:20180924160142

かかった時間分の金がほしいならバイトしたらいいのに

自分の実力不足棚にあげてグチグチグチグチ文句ばっか言ってる奴に苛つく

2018-09-22

JWTに関してのお伺い

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/co3k.org/blog/why-do-you-use-jwt-for-session

適当コメントを書いたら

スーパーエンジニアに「そういうことではない」

と厳しい叱責を受けたため、無能の見識を書いてみた。

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」のとおり、

せっかくの機会のため、びしばしセキュリティに関する認識の甘さを指摘してほしい所存

expの期限と任意セッションが切れないデメリットに対する私見

作ったシステムではexpは約1時間でやってしまいました(機密保持契約違反を恐れ多少ぼかしております)

私は無能なのでたぶんユーザーから報告を受けて

確認している間に1時間はかかるからいいやと思ってしまっていた

師はきっとJWT生成直後3秒でユーザー

「これは、セッションハイジャックか・・・!?

と気づいて通報

そして師が2秒で

「これは、セッションハイジャックだ!」

と検知してセッション遮断、秒速で一億円の被害が出るところを阻止する前提なのではないかと推測している

これは確かにJWTだと厳しそうだ

そもそもログインできるアプリなら

セッションハイジャック成功直後にパスワードを変更された場合

セッション任意に切れることに意味はないのでは、と思えてきたが、浅はかだろうか

(師はログインを即座に検知してセッションを切れるから問題ないのか)

とにかくアカウントロック機能を作れば上記懸念全てにきれい対応できそうに見えている

「定期的な鍵交換が必要」に関する私見

この理屈だと例えば.envに書くような他のkeyも定期的な交換が必要に見える

これはまずい、自分の今までの見識の甘さを思い知らされた

今使っているフレームワークリファレンスを見たが

keyは初回に設定したのみで、定期的な交換を勧める文が見つからない

私の検索力不足なのかと思ったが、もしかして彼らもこの危険性に気付いていないのではないか

JWTはhash化してつないでいる前提で

hashのkeyを総当たりで破る仮定で書く

私は無能なのでライブラリを用いることにしている

32文字keyが生成された

解読時間は下記を参考に、計算windows10電卓アプリを用いて手動で行った

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%8F%E5%BD%93%E3%81%9F%E3%82%8A%E6%94%BB%E6%92%83

数字大文字文字で約60の時は10桁で20万年と書いているが

現代の解析技術20万倍は速度が出ると仮定して1年として計算する

果たして、どのくらいの速度で鍵はやぶられると推定されるのか

とりあえず60を10乗した時点で(20文字相当)

6.0466176e+17

日本語に直すと60京4661兆7600億年かかる計算となった

実際にはこれが6.0466176e+17倍されさらに3600倍されつまりどういうことだ

これだけ長くともkeyの交換は必要なのであろうか

そもそも師は何年で交換したら安全と書いていないが、何年なら安全という意見だったのだろうか

「JWTはセッションIDを含めれば安全」に関する私見

から「そういうことではない」と指摘された点である

私の理解ではとかくuser_idのみ必要なら意味がないと思っていたため落ち込んでいる

まず、IDとpassを内蔵するネイティブアプリに対するapiサーバでの実装経験しかないこと

JWTが切れたら都度IDとpassを投げる方向でリフレッシュトークン実装しなかったことを告白しておく

そのためapiサーバ上記前提で用いた場合に考えたことを書く

webアプリのJWT実装経験はないので、そちらの論は差し控えさせていただく

JWT送信→user_id取得

では危険

JWT送信セッション(cookie形式?)送信切り替え→セッションからuser_id取得

だと安全になるのか検討する前提で記載する

とりあえず思いついたのは下記だった

通信途中で傍受されてログイン情報が奪われる危険が上がる
アプリから直接ログイン情報が奪われる危険が上がる

通信途中で傍受される危険に関して

tokenはheaderにbearerで付けユーザーID(あるいはそれに代わる特定可能識別子)が含まれ

おそらく一般構成仮定で書く

https通信するのでパケットキャプチャによる傍受は不可能と思っていた

(http通信するのはJWTとかcookieとか関係なく傍受できるため考慮しない)

0に何をかけても0なので、何回送っても解読されないならJWTを何回送っても問題ない

というかJWTが抜けるなら同様にheaderに付けるcookieでも抜けると思うので

JWTだからといって危険性に差はない、という論拠により安全性は変わらないという個人的結論になった

※余談だが、たまに送る回数が少ない方が安全という

言説を見るのだが、個人的には上記理由で納得できていない

アプリから情報が抜かれる危険性に関して

クライアントネイティブアプリ場合

攻撃者がアプリに保存されたJWTが取得できるならIDもpassも同じ方法で抜けそうに見えた

(厳密には保存場所が違ったかもしれんが実装依存なので同一とする)

その前提のため、わざわざ

JWT送信セッション(cookie形式?)送信セッションからuser_id取得 

接続しても、おそらくcookie形式で送れる何かもJWTらと同じ方法で抜かれると思われる

まりcookieだろうがJWTだろうがアプリから直接情報が抜かれる危険性には変わりがないという結論になった

結論

まりcookieだろうがjwtだろうがidpasswordの組だろうが同じ危険性で抜かれる可能性があり、いずれでも同じことができるなら

JWT→user_id

でいいじゃん、わざわざcookieと同様の形式を間に挟むの無駄じゃん、となりコメント発言に至った

ここまで書いて、常にJWTにsession_idを含めておいて送ることを意図されていた可能性にも気づいたが

それならもっと無駄なため考慮しない

セッションにするメリットとして唯一思いついているのは任意サーバ側でセッションを切れることだが

それを指していたのであろうか

それは最初段落問題と同一と思っている

余談だが、ブコメ雰囲気日和って「ユーザーIDのみ入れ」(そもそもJWTを自然に作れば入るのだが)

というセッションストア的にJWTに他の情報を入れると入れない時に比べて危険性があがることに同意したような記載をしてしまったが

結局JWTが奪えたら中身に関係なくbearerとしてセットして接続するだけなので

正直JWTを使った時点でついでにセッションストアのように使おうが使わまいがセキュリティ的にそこまで変わらないのでは、と思っている

強いて上げるならセッションに保存している内容が分かる可能性があり、サーバー内部の実装が推測できる危険があるくらいだろうか

でも暗号化したらよいのでは、と思った

私的結論

expの期限と任意セッションが切れないデメリットに関して

expを適切に設定しつつ、必要ならアカウントロック機能を入れる

(アカウントロック機能はJWTに関係なく被害の増加を抑えられる可能性がある)

定期的な鍵の交換について

長いkeyを設定すれば不要

「JWTはセッションIDを含めれば安全」について

少なくともapiサーバネイティブアプリに関して、セッションIDを含めても危険性は変わらない

正直webアプリでも大して変わらんのでは、と思っているのは内緒である

と思ったので短慮なところ、見落としている視点があるようなら今後のためにご教示をいただきたく

以上、よろしくお願いいたしま

2018-09-15

9/12 ウィル追放

anond:20180910004103

https://docs.google.com/document/d/1jZqw5nqHb25WtDs88osO7joqmnHmD9x3Ct3yl_-dxvo/edit

ウィルより、報告することがございます

この度、私ウィル検証共同代表を辞することにいたしましたのでご報告いたします。

これまで私は代表として、検証共同の体質改善に向けて尽力させていただくつもりでした。そのため、検証wikiフォーラムにて、ご承知の通り検証共同における理念規範に関して等の話し合いの場を設けさせていただきました。しかし私の力不足もあり、現時点においても実質的な話し合いが出来ているとは言い難い状況になっています

またそれに合わせて多くの共同メンバーから、脱退する旨の内容を確認しており、私のこれまでの活動意味が見いだせなくなると同時に、代表として検証共同の体質改善をどのように図っていけばいいのか、全くわからなくなってしまいました。

そのため誠に遺憾ではありますが、これ以上検証共同代表として、このような状況から対応を続けることに限界を感じ、代表を辞するという結論に至った次第であります

このような形になってしまったのは偏に私自身の力不足と見通しの甘さによるものです。応援をしていただいた皆様や、検証共同の体質改善注視されている皆様に対しては、ひたすらお詫び申し上げるしかありません。

この状態代表を辞任するなど無責任であるというご批判をいただくことは重々承知しております私自身、このような形は全く納得がいっていません。しかし、本当に何をどうすれば状況を進めていけるのか、何もわからなくなってしまったのです。もうこれ以上は私には無理です。本当に申し訳ありません。

なお次の検証共同の代表は、定例会司会も務めておりますKi_puzzle氏本人の意向により暫定的に引き継いでいただけることになりましたので、よろしくお願いいたします。

また今後の検証共同の方針につき、夢路氏およびNishisonic氏の検証共同への参加をお断りした件について、撤回させていただきますのでこちらも併せてご報告いたします。

https://docs.google.com/document/d/19n22cEFoNHIZCZtILpSkwKlW5V2t9mgeF_TZ0WIVd4s/edit?usp=sharing

https://docs.google.com/document/d/1lf-qX9g2Sp2uzVd1fpkno5EFyylenysqAYVTZSNAiAU/edit?usp=sharing

また、検証Wikiにて提示させていただいた理念規範についても撤回させていただきます

http://ja.kancolle.wikia.com/wiki/%E3%82%B9%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89:2869

ウィルは今後検証共同へは一切参加せず、一個人に戻りたいと思います。もしまたご縁がありましたら、そのときは何卒よろしくお願い申し上げます

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