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2021-12-03

将棋で初段になる簡単方法

詰将棋を7手詰まで解く

たんたんたんってリズムを速く

全通り試せるように。

7手詰までなら総当たり簡単です。

どうしても解けないとか納得いかない時は

将棋ソフト確認

本番で3から4通りある候補手が淀みなく検討できるようになります

本番は戦法を一つにしぼる

勝つ時は最短で詰める手順になるように、また手持ちの駒がなくても詰みにできるか考えていきます

負ける時は一手でも相手の攻めを遅らせる手順はないか考えていきます

負けた対局の見直ししません。根本的な駒組み、囲い崩しがよくないので参考になりません。そのかわり相手棋譜をみて相手が負けた対局を見に行きます。戦法は自分と同じもの理想居飛車振り飛車といった二大戦法があってればよしとします。

で、序盤から終盤まで自分が刺している気分でさしていきます。次の手が自分の考えている手と違った場合や思いつきもしない手が勉強になります特に終盤の崩し方で思いつかない手があれば積極的に覚えていきました。終盤なら似たような展開になりやすく、思いつかない手ならば抜けている知識ですね。

その手を打つために必要な駒、要をおぼえていくと勝てる。

2021-11-29

中国流に防御そっちのけで先制攻撃を仕掛けるべき理由

 先日、子供囲碁教室のお手伝い当番に行ってきた。私の担当Cクラス。19路のクラスで最弱のクラスだ。

 普段は対局メインで、3局くらい打たせたら宿題の答え合わせをして終了なのだが、大会が近いからということで、棋譜並べからの決め打ち碁というメニューだった。

(※決め打ち碁……模範対局の棋譜の序盤を並べて、続きを自由に打っていくという練習対局)

 使用した模範対局譜は、黒が中国流で構えたところに、白は二連星から黒に先制攻撃を加えていく、という流れだった。

 先生は、

「いいですか。対局にはストーリーがあります

 と、解説用のでかい碁盤にマグネット石をどんどん並べていくが、子供達は「はぁ?」って感じで口をぽっかーんと開けていた。そもそも子供達は何故白が左辺に三連星を完成させずに動き出したのか、という所で引っ掛かってしまっている。

 これまで、黒も白もお互いにお行儀よく向かい合わせに三連星で布陣を敷いてからやっと闘いを始める、というやり方に慣らされてきた。だから中国流という初めて見る布陣を黒が使ったのはいいとして、白がお約束を守らずに急に、右上隅の星に置かれた黒にかかっていった、ということが、理解出来ないというより、許せないのだ。

 はぁ? と思ったまま、棋譜はどんどん並べられていく。先生は「対局にはストーリーがある」と言ったが、大雑把なあらすじしか言ってくれない。白が右上隅を攻撃してきたので、黒は守って定石です。白が二間に開いたので、今度は黒から左下隅の白三々を攻めます。そんな感じだ。

 その一手一手を、対局者たちはどのような意図を持って打ったのか。それを先生解説してくれない。いつものことだ。

 しかし、それを解説してしまうことは、果たして良いことなのか悪いことなのか……。子供達は何となくそういうもんだと習っておき、もっと対局経験を積み勉強をして、強くなってから初めて自分自信でその陣形意味発見するのが良いのか……。

 後から「そういうことだったのか!」と自力で気づくのって、楽しいよな。そういう時、今まで続けて来て良かったと心の底から思う。何事も。

 しかし、それにしてもヒントが少なすぎるような。子供達は訳が分からなくなって、早速棋譜並べを嫌いになりかけていた。ただ、先生棋譜を22手まで暗記させる課題を出したので、子供達はそれに正解して褒められることを楽しみにしたようだった。

 自分ならどう教えるかなぁ、と、考えながら、子供達が暗記に励む様子を眺めた。

 私なら、まず子供達に知っていて欲しいことを二つ教えたい。一つ目、囲碁は足の速い奴が勝つということ。二つ目囲碁相手に先制パンチをお見舞いした方が勝ちだということ。どちらも簡単にいえば「先手必勝」の原則である

 囲碁は先手必勝。先生は口が酸っぱくなるまでそれを子供達に言うが、子供達はけっこう級位が上がるまでその意味理解することがない。単に、黒が勝ち易い、ということだと思って、一桁級まで何となく昇級していってしまう。

 一手一手に、先手と後手がある。一つ一つの折衝にも、先手と後手がある。そして布陣を敷く時もまた、先手と後手がある。互いに三手使って布石をし、陣形を固めるというのは、その時点で最後の一手を打ったのは白なのであり、つまり白の後手である。後手は負けだ。みすみす黒から先制攻撃を許すことになる。

 互いに三連星を敷いたのなら、まだいいかもしれない。四隅が星でその下が大きく空いているから、互いに相手の模様(大まかな陣形)の隅を荒らすチャンスがある。

 ところが、黒が中国流で来たら、ちょっとまずいかもしれない。右上隅の星、右下隅の星の一路下、そして右辺中央の星の斜め下。となれば次に黒が守りを固める方針ならば、右下隅の石からケイマに開いて固める。これをコゲイマジマリといって、このシマリは低い位置にありしかも切りづらいので、このシマリの下がそのまんま黒の確定地(陣地)になってしま可能性が高い。そして、コゲイマジマリから上の星の斜め下に黒石が控えているというのも手堅い。

 右辺に手堅く地を作ろうとするかもしれない。その可能性を黒はチラつかせつつ、裏をかいて白の模様深くに切り込んで来る可能だってある。

 という訳で、中国流で来られたら白はうかうかしていられない。白は三連星を完成させるとその時点で後手である。手堅く守るか、軽快に攻撃に転じるかという選択を黒に持たせることになり、良くない。

 それで白は自分の布陣を完成させるのもそこそこに、黒に先制攻撃を加える。そういう選択を取ったのが、さきの模範対局譜である。白は二連星から、黒の右上隅の星にかかっていった。定石通りで白の二間開きにて、その部分の折衝は終了する。二間開きはこれも手堅い守り……守りなんだからこれは後手で、次は黒の先手でバトルが始まることになるのだが、右上隅の闘いにより、白は右上隅へのカカから左上隅の星にかけて、上辺に大きな模様を築くという利を得た。後手を引いたものの、白は速い足取りで広い空地に自分フラッグを立ててまわることに成功したといえる。

 次、左下隅に黒がかかってきて、黒の後手で折衝が終われば、白は次に右下隅に切り込み、黒のコゲイマジマリの完成を妨害してゆくという狙いを持てるだろう。

 対局にストーリーがあるということは、こういうことなのだ。しかしまあ、これを小学生にどう説明するかというのは、難しい問題だなぁと思う。

2021-11-16

anond:20211116114350

でも「指す」と「打つ」はわかってて書いてそう

id:BigHopeClasic人間が打った棋譜」と書くあたりが、逆に「本物の古い将棋ファンなのだなと思った。随所にん?と思うところがあるが、本物の古い将棋ファンとは「細かいことはええやないか」という米長精神を持っている

anond:20211116114350

BigHopeClasic 「人間が打った棋譜」と書くあたりが、逆に「本物の古い将棋ファンなのだなと思った。随所にん?と思うところがあるが、本物の古い将棋ファンとは「細かいことはええやないか」という米長精神を持っている



せっかく「ん?」と思ったのに何で変な解釈をしちゃうんだろ

anond:20211114150350

ABEMAトーナメントインタビューで、谷川浩司が「美しい棋譜を追い求めるのも将棋だが、こういう形でみなさんに喜んでいただくのもいい」みたいなことを言ってたのが衝撃的でした。ボードゲームを越えて、ショー/エンターテイメントとしての将棋を、あの谷川肯定するのかと…

2021-11-14

羽生善治藤井聡太と、紡ぐ盤上の物語

藤井聡太氏が竜王位を獲得し、最年少四冠を達成した。

羽生善治氏が最年少四冠を達成した際「この記録は今後破られないだろう」と考えていた、私を含む多くの将棋ファンには時代の変遷を感じざるを得ない圧倒的な出来事である

このあまり出来事に、感動のような、動揺のような思いが溢れているため、ここに思いを記します。

私は30〜40年来の将棋ファンで、将棋好きが高じて一時期は詰将棋の本を出したり将棋に関する雑誌編集を行ったりしていました。

私が将棋に魅力を感じ始めた古い時代将棋は、武士道に似た雰囲気をまとっていました。将棋で生きていくことを決めた少年たちは先生弟子入りし、そこで修行します。修行先生による直接の将棋指南や、高弟による指南将棋研究会などです。しかし当時の「修行」にはこれ以上の意味があり、掃除炊事や規則正しい生活をして礼節を学び、人間としてより良い生活を送ることで次第に将棋も強くなっていく、という考えがありました。ある先生の元では将棋戦略ではなく駒の持ち方や打ち方を教えていました。ここで言う打ち方とは「どこに銀を打つか」といった意味ではなく、「駒を自分の指でどのように持つか、どのような姿勢で盤面に置くのか、どのように盤に置くと美しい音が出るか」などです。

今となっては「そんな馬鹿な」と思われるかもしれません。確かにその通りだと思いますしか事実として、当時は「それが将棋である」と受け入れられていましたし、我々将棋ファン将棋道には武士道のような美しさや儚さ重ねて見ていました。そういう時勢もありトッププロの対局には真剣勝負のような凄みを感じていました。対局でのタイトルを獲った獲られたというのは一つの側面でしかなく、「人生将棋に賭けた人同士の決戦」という神聖さを重ねていました。

やがて将棋界にコンピュータの手が伸びてきました。生き方としての将棋ではなく、ゲームとしての将棋世間にあふれるようになりました。この頃、私は「これで将棋ファンが増えるぞ」と思ったものです。そうして確かに将棋はより一般的になりました。しかコンピュータの成長は早く、あっという間に「人間を超える」と危惧されるようになったのです。そうなるとコンピュータ将棋歓迎ムードは薄れ、「人間より将棋が強いコンピュータなんてありえない、人間尊厳を脅かすな」という反コンピュータ将棋ムードにわかに盛り上がりました。コンピュータ将棋は、将棋道ではない。人間がその人生を賭して将棋一本で生きてこそ、強く儚く美しい盤上の物語が生まれるのではないか。そう思っていました。

臭い将棋ファン将棋道に夢見ていた頃、そして羽生善治氏が竜王位を獲得した頃。当時は日本国民全員が「最強は羽生善治」と意見が一致していました。そんな氏が「将棋は完全なボードゲームである」と発言したのです。これは衝撃でした!薄々感づいていたことをついに言ってのけたのです。図星を突かれたとはまさにこのことです。「何を当たり前のことを」と思う人がほとんどでしょう。しかしそれは、古い将棋から脱却し純粋将棋の強さのみを求める、新時代を作る言葉だったのです。当たり前だろうというファンが多数でしたが、中には「古き良き将棋時代は終わった」と落胆する将棋ファンもいました。

そして時代が経って2012年米長邦雄氏がコンピュータ将棋で破れました。とてもエポックメイキング出来事でした。いつかこの日が来ることはわかりきっていたにも関わらず、やはり衝撃でした。2017年AlphaGo が柯潔氏を破った時と同じような衝撃、と言えば最近の方にも伝わりやすいでしょうか。今となっては馬鹿げた考えですが、「人間が紡ぐ盤上の物語は、もう終わるのではないか」。そんな考えも頭を過りました

そこから更に時代が経ち、2021年将棋盤の底まで読んだ加藤一二三先生もいなくなりました。今の時代人間AIに勝てると思っている将棋ファンなど一切いないでしょう。将棋中継ではAIによる優勢判定が表示されることも、プロ計算力の高いコンピュータを導入することも、それからプロ将棋研究のために Python コードを書くことも、当たり前の時代です。コンピュータに負けて激変するかと思われた将棋界は、以前の美しさをほぼ保ったまま、コンピュータを駆使してより進化していました。「ほぼ」と書いたのは、本当にごくわずかながら、古い時代将棋を懐古するからです。将棋の強さの観点ではもちろん現代の方が良いに決まってますが、あの時代の、人生生き方名誉を賭けたような勝負をたまに懐かしく思ってしまうのです。

藤井聡太氏が十代でありながら竜王位を獲得しました。前人未到で誰にも破れないと思われた羽生善治氏の記録は、30年弱で破られました。藤井聡太氏の圧倒的な強さ、それはまさに新しい風のようで、将棋界が非常に盛り上がっていることをとても喜ばしく思います

藤井聡太氏はとあるインタビューで、「AIが発達する今、人間棋士存在意義は?」と質問を受けました。正直に言えば、私はこの質問は「意地悪な質問だな」と思いました。10年前じゃあるまいし、今さらAIと対局したところで、どうにもならないじゃないか将棋界はAI共存してより良い形になっているではないか、と。前述の通り、コンピュータの猛烈な強さにはほんの一抹の寂しさを覚えていた私ですが、きっとそんな古臭い価値観を持っているはた迷惑ファンなどもう少ないでしょう。

しばし沈黙の後、藤井聡太氏はこう答えました。

今の時代においても、将棋界の盤上の物語は不変だと思います。その価値自分自身、伝えられればと思っています


これを聞いて、私はずっと追い求めていた答えをついに知ったような、そんな気持ちになりました。一瞬思考が停止しました。そして体の芯から熱のようなものがふつふつと湧き上がり、涙が溢れてきました。ああ、将棋ファンで良かった。何十年も将棋ファンで良かった。私の人生将棋があって本当に良かった。腹の底からそう思いました。

勝敗をつけるだけならジャンケンでいい」と言った羽生善治氏の言葉があります。これは勝敗だけでなく、人間が打った棋譜にも価値があると言っているのだと解釈しています棋譜、それはつまり盤上の物語のものです。私が夢中になった「将棋道」の頃の将棋ゲームになった将棋AI共存した将棋。それらすべて、棋士の背景や時代も含めて、打たれた将棋価値は変わらない。あの5二銀打が今後も語り継がれていくように、私が愛した対局はこれからもずっと愛していく。少々大げさな表現かも知れませんが、自分人生肯定されたような、納得がいったような、自分の心の暗い部分に温かな光が照らされたような、そんな言葉でした。

話が長くなってしまいました。古臭い将棋ファン戯言として聞いて頂けたら幸いです。

改めて、藤井聡太さん、竜王位獲得おめでとうございます

追記

https://anond.hatelabo.jp/20211116114350

2021-10-15

---- ぴよ将棋 棋譜ファイル ----

棋戦:ぴよ将棋

戦型:▲相掛かり △相掛かり ▲相掛かり棒銀いちご囲い ▲いちご囲い ▲金矢倉

開始日時:2021年10月15日(金) 20:21:33

終了日時:2021年10月15日(金) 20:31:21

手合割:平手

先手:プレイヤー

後手:プレイヤー

▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩 ▲7八金 △3二金

▲2四歩 △同歩 ▲同飛 △2三歩打 ▲2八飛 △8六歩

▲同歩 △同飛 ▲8七歩打 △8四飛 ▲3八銀 △3四歩

▲2七銀 △3三角 ▲3六銀 △6二銀 ▲6八玉 △4二玉

▲5八金 △5二金 ▲7六歩 △2二銀 ▲6六角 △同角

▲同歩 △3三銀 ▲8八銀 △9四歩 ▲9六歩 △3一玉

▲7七銀 △4二金右 ▲6七金右 △2二玉 ▲7九玉 △7四歩

▲8八玉 △7三銀 ▲1六歩 △6四銀 ▲6二角打 △8三飛

▲7一角成 △7三桂 ▲7二馬 △8四飛 ▲6三馬 △7五歩

▲同歩 △8五桂 ▲8六銀 △7七歩打 ▲6八金寄 △5五銀

▲8五銀 △8三飛 ▲7四馬 △8一飛 ▲7六銀 △6一飛

▲7七金上 △4四角打 ▲5六桂打 △6六銀 ▲4四桂 △7七銀成

▲同玉 △4四歩 ▲6二歩打 △7一飛 ▲8三馬 △6四桂打

▲6五銀 △7六歩打 ▲7八玉 △7五飛 ▲6四銀 △8五飛

▲7四馬 △8二飛 ▲7六金 △7九金打 ▲同玉 △8七飛成

▲7七金 △7八歩打 ▲同金 △5七龍 ▲6八銀打 △6六龍

▲7七金打 △7三歩打 ▲同銀 △5五龍 ▲5六歩打 △5四龍

▲6四銀成 △4三龍 ▲6一角打 △1四歩 ▲5五桂打 △5四龍

▲同成銀 △同歩 ▲6三桂成 △9五歩 ▲同歩 △同香

▲同香 △9八歩打 ▲5二成桂 △4三金直 ▲8八玉 △8七歩打

▲9八玉 △6九銀打 ▲7九金 △8八歩成 ▲同玉 △1五歩

▲同歩 △5五歩 ▲同歩 △3五歩 ▲同銀 △3四銀

▲同銀 △同金 ▲4二成桂 △同金 ▲3四角成 △3一桂打

▲2四歩打 △3二銀打 ▲2七香打 △3三金 ▲2三歩成 △同金

▲同香成 △同桂 ▲3一銀打 △同玉 ▲4二金打 △同玉

▲5二飛打 △3一玉 ▲4二金打 △2二玉 ▲3二金 △1二玉

▲2三飛成 △詰み

2021-08-18

Openブログの人って新しいブログ始めてたんだな

http://nando.seesaa.net/

Nandoってなんだよ。

Openって書かれてないかビックリしちゃった。

この人、三浦弘行九段ソフト指し冤罪事件で、素人感想だけで棋譜分析して三浦九段断罪しててたんだよな。

個人的には信用できない人だわ。

2021-08-08

anond:20210808163143

うるせえな

俺の頭じゃまず棋譜再現ができねえんだよ

向いてねえわ

2021-07-30

AI将棋神様、蘇るシャーマン

一昨日、渡辺明名人が衝撃的な動画Youtubeにアップした。

渡辺明名人将棋講座【現代トップ棋士研究とは】

https://www.youtube.com/watch?v=kO_NB9AaYEI

内容的には渡辺名人も語るとおりアマ高段向け、あるいは全て理解できるならプロになれるレベルでかなり難しい。ただ雰囲気を掴むだけなら、観る将でも楽しんでいる人は結構いるようである個人的にはなるべく多くの人に観てほしい。渡辺名人の軽妙明快な語り口は、「よく分からないけど何かすごいものの一端に自分は今触れている!」というセンスオブワンダーを与えてくれるはずである

動画では、先の名人戦第3局で現れた矢倉(戦法・囲い)で端歩(先後合わせて計4個ある一番端の歩)を突く一手について30分にもわたって語っている。断片的には渡辺名人自身感想戦および将棋世界2021年7月号の観戦記朝日新聞動画(https://www.youtube.com/watch?v=NnNchRwnCCQ)でも語ってきたことではあるが、ここまで分かりやすく展開して話されたことは初めてである

名人が30分間特定の一局面の端歩の意味解説する(しかも直前の名人戦で現れた新鮮な局面で!)。これに将棋ファン達(プロも?)は震えたのである一般的将棋は端よりも中央、歩よりもその他の駒の方が価値が高いので、飛車角金銀とか、歩にしても中央付近の歩を動かした方が価値の高い手になりやすい。アマチュア向けの指南では端歩は「心の余裕」とか「挨拶」とか言われている。今は一手損するけどもしかしたら中終盤で得になるかもね、相手に突かれたらこちらも突いておきましょうね、ぐらいの意味である

一方プロ棋戦の解説では「この局面の端歩の意味説明しようと思うと本が一冊書ける(だから説明省略しますね)」などと言われることもしばしばある。しかし、結局その説明アマチュアに向けて開陳されることはまずない。その理由はもちろん特定戦型の端歩を延々扱う本なんて売れないかである(強いて言えば例外は連載が1章で終わり10年以上経ってから刊行された伝説羽生善治『変わりゆく現代将棋』くらい?)。

それを渡辺明という、時の名人が30分も説明するのである渡辺名人は何度も、「AI局面を点数化してくれるのが大きい」と言う。端歩の関係は突く突かない2つ突くの組み合わせで36通りあるのだが(端歩三十六景という言葉がある)、プロでさえその36通りはAIが登場するまで、ほとんど雰囲気経験から語っていた(例外的にそこまで考え抜かれた戦法は「システム」と呼ばれた)。しかし36通り全てを点数化することが可能となったAI以降の現代将棋では、端歩によって景色が大きく変わってくるようになった。評価ディストピアという言葉を生み出した佐藤天彦九段が「予想されてなければAIマイナスがついてもいいけど予想されてるマイナスはきつい」と言ったように、現代トッププロは想定局面の端歩36通りぐらいは全て研究した上で対局に臨むからである

また渡辺名人は「AIは点数を教えてくれるけどなぜその点数なのかは教えてくれない。それを考えるのが研究」とも言う。ここで思い出すのは『銀河ヒッチハイクガイド』のスーパーコンピューターが導き出した、「生命宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え」すなわち「42」である現在将棋AIはある局面における疑問の答えを「123点」などと教えてくれるが、なんでそうなるのかは教えてくれない。我々はすでに『銀河ヒッチハイクガイド』の世界に生きている!

以下で考えたいのは、将棋AI評価値が神託のように見なされている事態についてである

羽生九段は「将棋神様と指すなら角落ちでいい勝負では」と言い、藤井二冠は「将棋神様がいるなら一局お願いしたい」と言った。棋士も、将棋ファンも、将棋神様についての話は大好物である

将棋神様。それがいるとしたらどんな存在だろうか。どうも、みんな将棋を完全解析した存在と、それに限りなく近いが完全解析したわけではない存在の間を無意識想像しているように思える。

読者の中にも、「9マス○×ゲームの神」を名乗る資格がある人は多いように思う。○×ゲームは両者最善手を指し続ければ引き分けになることが完全解析されていて、それを達成できる(そして相手が悪手を指せば必ず勝てる)人は結構いるだろう。それでも、「○×ゲームの神」を名乗りたい人はそんなにいないようにも思う。それは、○×ゲーム自分にとっては既に退屈なものと成り果てているかである。「○×ゲームの神」を名乗るにふさわしいのは、両者引き分けという小賢しい結論に達せず、同級生に無邪気に無双している小学生とかではないか

そういう、無邪気にその対象を楽しんでいて、かつすさまじく強い存在将棋においてもそんなもの神様であって欲しいではないか神様はいるけどとっくに下界への興味を失っているなんて悲しすぎるではないか。どうせ神様なんていないのだから想像するのも希望するのも自由である

そこで、AIであるAIは無邪気である。無邪気というか、少なくとも人間棋士が持っていそうな邪気はない。そしてすさまじく強い。それは、人間名人を破ってなお強くなり続けていることからも明らかだろう。

しかし、AI将棋を楽しんでいるのだろうか? 常識的な考えと、そして私の考えは同じくNOであるAIは単に、何億手を探索し、何万種類とかのパラメーターを組み合わせ評価し、最善手を選択し続けるだけである

「でも、もともとゲーム人間が楽しむためのものです。自分自身、そして将棋界が楽しいものであってほしいと思います。」

ユートピアを求めて、藤井聡太との大一番で振り飛車をぶつけた理由 | 観る将棋、読む将棋 | 文春オンライン

振り飛車という戦法がある(以下、将棋に詳しい人は「振り飛車」を「山崎パックマン」および「康光流この……何?」などに置き換えても良い)。振り飛車は、序盤数手目で飛車を左に「振り」、玉を右(相手飛車の反対側)に囲う戦法である振り飛車総帥である藤井九段[藤井二冠とは別人]があるとき振り飛車は玉を右に囲う戦法。名前になってるけど飛車位置は実はどうでもいい」と説明していて蒙を啓かれた気分だった)。逆に居飛車飛車が元の位置(か周辺数マス)に「居」るまま、玉を自分飛車の反対である左側に囲う戦法である振り飛車より一手早く攻めることはできるが、相手飛車角という大砲の射線上に玉を配置せざるを得ないなど、それぞれメリットデメリットがある。両者それぞれを指す人は振り飛車党、居飛車党と分類され、阪神ファン巨人ファンぐらいの意味を持っている。

この振り飛車であるが、プロおよびアマすなわち人類見方としては「有力」で完全に定まっている(ここ数十年、という話ではなく記録に残る最古の江戸時代における達人同士による棋譜居飛車振り飛車である)。しかしそれに反して、AIによる振り飛車評価は極めて低い。飛車を振る手は、ソフトにもよるが大抵-100~-200点と、一手パスよりも厳しい評価を付けられることが多い。そしてAI自然振り飛車を指すことはまずないという。

この200点という数字評価が難しい。定義として一歩の価値+100点とされているが、お互いに居飛車すなわち相居飛車の序盤で+200点は、プロ的には作戦勝ち気味~やや指しやすい、藤井二冠であればこのまま間違えず有利を拡大して勝ち切っても不思議ではない、ぐらいの数字である渡辺名人が目指した、「両方の端歩を付き合っていて急戦になった後手有利の局面」は手元で確認すると後手+180点くらいであった。アマチュアでもよく研究している高段者であれば「よしよし」と思うぐらい。しかし、振り飛車居飛車の対抗形の場合相手振り飛車にしてきたからといって、相手に-200点がついたからといって、作戦勝ちなどと考える人はいない。それは相居飛車の+200点の局面と、対抗形の初期状態+200点の局面から、それぞれ勝ったり、そこまで行かずとも有利な局面まで導いた経験的な確率があまりに異なるから

かに振り飛車AIに対して指せばほぼ必ず負けるのだが、それって実は居飛車で指しても(トッププロであれ)同じことであるさらに、AIが教えてくれる「振り飛車ワクチン」は極めて難解である振り飛車の囲いがしっかりしているのに、居飛車ペラペラの舟囲いから金銀が旅立って王様が一人で戦うような。いわゆる「人間には指せない手」というやつである。なぜ人間に指せないかというと、人間は間違えるからだ。終盤間違えないなら確かに王様一人ぼっちでも詰まされさえしなければ勝てるのだろう、でも人間には無理だよね、という。

結局人間同士の戦いであれば、アマであれトッププロであれ対抗形は序盤の-200点とは特に関係ないように思える終盤の勝負になりやすい。逆に言えばプロの相居飛車は、序盤で即死魔法をどちらが掛けられるかの研究勝負になりやすい。佐藤天彦九段はその理由を次のように語っている。

「相居飛車は玉の囲いが盤上の対角線上に近い場所にあることが多く、それゆえに相手攻撃陣が自分の玉の直上にいるので、すぐに玉が危なくなります感覚で指していると、ぴったり詰む変化に入ってしまうこともよくある。しっかり読まないといけないし、必然手が多いから誰が指しても同じ将棋になりやすいです。

でも振り飛車にすれば、今度は攻撃陣同士が向かい合っているので、すぐに玉が詰む、詰まないの変化にはなりにくい。だから、最善手じゃなくても、致命傷になりづらいんです。」

ユートピアを求めて、藤井聡太との大一番で振り飛車をぶつけた理由 | 観る将棋、読む将棋 | 文春オンライン

AI的な、あるいは神様的な最善手でなくても勝てる戦法。あるいは、将棋を指す人間地力が試される戦法。それこそ人間による人間のための人間の戦法ではないか。などと考えたかは分からないが、生粋居飛車党で居飛車名人も獲った佐藤天彦九段は「評価ディストピアをどう生きるか」という問題提起を行った後、振り飛車を指すようになった。

神様振り飛車について。ひょんな例えだが、たとえばアリが人間とは違うけど結構ちゃんとした社会を作っていると、何か感動を覚えると思う(参考: | 東京ズーネット)。我々はアリにとって、ある意味では神に等しい存在であると思う。生かすか殺すかは我々の自由であるし、アリの一生よりもずっと長い時間を生きることができる。そう考えると、将棋神様振り飛車を指さなさそうだし、振り飛車棋譜伊勢神宮かに奉納すると「おお、全然最善じゃないけど意外とちゃんとしてて面白いじゃん」などと喜んで貰えそうだな、と馬鹿馬鹿しくはあるが思う。

AIこと将棋神様、とまではいかない……将棋天使?はとても言葉少なだ。「42」しか言ってくれない。たしかに、神様がどう考えているかのヒントにはなる。しかしその数字は間違っているかもしれない(将棋AI日進月歩で強くなり続けているが、それは今までの将棋AIが間違い続けていたということも意味する)し、人間が出来ることとはあまりにかけ離れた目線からのものかもしれない。しか天使饒舌になることは、ディープラーニングの隆盛などを見ると当分なさそうである。それでも、である人間は、神様の言うことを無視できない。ならば神様の言うことをそのまんま信じようとか、いや神様の言うことを人間に合わせてチューニングしようとか、いや俺は人間生き方で生きるとか、色々な生き方が出てくるのは当然のことである

これって多分今後多数の分野で起こることである経理天使とか自動運転天使とかが、こうした方がいいよとは言ってくれるしそれは正しそうだが、なぜかは全く教えてくれない。その「神々の意図」を読み解くシャーマンみたいな仕事は当分不可欠なものとされるだろうし、これまでの人類史においてもほとんどの期間不可欠なものとされてきた。「神が死んだ」とされていたのは近代100年ぐらいの特殊現象で、「やっぱり生きてたわ」となるのかもしれない。

シャーマンが何をしている(きた)のかといえば、「物語」の提供である過激哲学者(彼らもまたシャーマンであると思う)によれば、近代科学の基礎である因果関係すらも人間世界簡単理解するための「物語であるらしい。

棋士たちは、今日も神ならぬ身に生まれ人間として、「物語」を紡いでいく。私は、シャーマンならぬ身として生きるただの人間として、シャーマン達が紡ぐ物語をただただ享受するばかりである

2021-07-06

おっさんだけど目標が欲しい

頑張りたいんだよ。頑張るものがないんだよ。

 

藤井聡太の影響で大学以来将棋再開したんだよ。今、将棋ウォーズでアマ初段か二段だからアマ四段目指そうと思って、色々計画立てたんだよ。詰将棋棋譜の振り返りに戦型の勉強にと。

で、ふと思うんだ。俺、アマ四段になって何の意味があるんだよ。てなことでやめ。ただ暇な時に将棋ウォーズ指している。別に強くならんでいいか

ランニングしているかフルマラソンとかサブいくつとかも、似たような理由でやめた。ランニングはなんとなくしている。

趣味だと目標立てても、なんでそれやらないといけないのっていう思考になって終わってしまう・・

仕事もいまさらどうこうするのもないんだよ。

資格取るとかいっても、今さらかい資格取れるわけでもないし、小さな資格なら取る意義分からんくなっていまう。

 

若い頃、北アルプス登ってたらジジババがどいつこいつも100名山していたの、今になったらなんか分かる気がする。

100名山っていうのがわかりやすくていい目標なんだよな。なんで荒島岳登るんだとかそんな細かいこと考えずに、リストの山登っていけばなんか満たされそうな気がする。

 

へんな話、今まで、一番充実してたのが、大学受験の時なんよ。

○○大合格したい。目標は明確。

○○大合格する意義。学歴はあった方がいい。授業料は安いほうがいい。目標に向かう意義もある。

○○大合格までの道のり。英語はこれくらい。数学はこれくらい。物理はこれくらい。化学はこれくらいっていうのも分かりやすい。

 

本当に辛かったけど、あんなに毎日充実してたのって、あん時が最高かもな。

 

なんかしたいよ。

2021-07-04

anond:20210704082218

メディアでどういう扱いなのかは知らんけど、藤井聖人扱いするのは無理だろ。

待ったはするは、扇子はパチパチうるせえは、勝っても負けても終局間際の態度はひどいは、ろくなもんじゃねえ

棋譜は好きだけど。

2021-06-24

やっぱ小池ってポピュリズム政治先天的に上手いな。

絶対批判されない構図を決定的に作り出せている。

はてブでさえ擁護一色にさせる構図、美しい棋譜のような仕上がりだ。

これから日本の政治方向性すら感じさせる。

ポピュリズムからさらなる上を目指す、センシティブ政治とでも言うのかな。

2021-06-18

将棋の段持ちなのに棋譜再現ができない

強くなったらできるのかなと思ってました。

できないったらできない。

対局後は相手居飛車振り飛車かくらいしか覚えてません。どんな対局だったのか?振り返ってもわからない。

いったい有段者の頭の中はどうなってるんだ?

メモとりながらなら再現できます

だれでもできるよなあ!手順1つ1つかけばいいんだもの。そうじゃなくてさ。こう、わかるよね。やりたいの!まるでできない。

2021-05-23

anond:20210523083205

結局電力会社貢ぐだけやで>現在AI

ちなみにアルファーGOというGOの定石をくつがえしたソフト、1棋譜につきサーバー稼働費用1兆こえたらしいぞ

2021-04-29

将棋をはじめて半年で2段になれた

簡単でした。

戦法は角交換振り飛車が主力

角交換できない時は四間飛車か向かい飛車で頑張る。

やったことはすくない。

詰将棋1日1問

すぐ答え見てました。

NHK将棋棋譜自動再生しながら

録画で解説を聞く

自分でも次の動きを考える。

あわせて、連動して動かした駒をメモ

安い駒から動かす。

手番を確保しながら駒を動かす。

上二つをやっているときは、

駒の効いてる箇所に数字を置いていく。

0なら0

1つなら1

2つなら2

3つなら3

テンポはひたすら速く。駒の特性考察しながらやる。組み合わせを丸暗記。

対局で勝ち負けに拘らない。

動きの悪かった駒はないか

一手でも早く詰ませる手はなかったか

他にどんな手で詰ませられたか

守りをもっと硬くできたか

などなどいっぱい改善点を洗い出していく。

選択肢の多い局面誘導していき、

気付きにくい詰めろをかけていく。

選択肢の多い局面への誘導

駒落ち将棋みたらいい。

将棋ウォーズの指導対局でよくやってる。

勝率は6から7割で2段までいけた。

2021-04-06

anond:20210406004212

いやそうはならんなぁ

囲碁アルファGOでも棋譜1枚1兆円(サーバー電気代)やから

もちろんこないだのくずし字解読とかも学者と共同でやっとるやで

そもそも今までにくずし字読める学者が死に絶えてたらそれも実現できへんかったんや

2021-03-25

anond:20210325180025

今はどのゲームでもAIが発展して機械と電力が人のチャンピオンを打ち負かすようになってしまっている

だがその中でも一番AIが最善手を見つけるのが早かったのがチェスで1980年代

その次が将棋

囲碁は2010年代後半になるまで読み手が多すぎ評価が難しすぎてAIでもなかなかショートカットができなかったが

グーグル社が開発したアルファGOが1兆円相当の電気代・サーバー代をかけて作成した、

人間では思いつかない手の棋譜がいくつかのこっている、電気代・サーバー代が安くなれば完全に機械が人をうちまかしたといえる

 

したがって純粋数学的解析能力では囲碁チャンピオンが頭がいいとおもう

  

一方で機械に解析されつくしボードゲームの中でもまだチェスチャンピオン将棋藤井将太が存在するということにも思いをはせたい

藤井氏はAIを最適な手法で利用しAIから学べるという意味で強い

チェスチャンピオン政治的能力、人を楽しませる演出能力が強い

「頭のよさにはいろいろな種類がある」というだけの話である

2021-03-22

コンビニ店頭での募金を、中止すると、神社赤十字棋譜殺到する

それも断ると現金が燃やされる

それもできなくすると

アイドルブロマイドが売れて、燃やされる

さすがにそれはかわいそうだから現金を燃やせるようにするべき

現金を燃やせないようにすると、燃やせるものを購入してなるべく利ざやが高いものを購入して燃やすしかいか

結果論アイドル被害を食うため、現金をもやされたほうがマシ

 

5円ぐらいは僕も払えるけど、ゴミ袋いらなかったんだ。貧乏人でごめんね事案

2021-02-20

anond:20210219230128

俺はその先生じゃないし言ってることが読んでもわからんかったけど、こう考えたらどうだろう

実利的には「古典教養がないと、大人になってから高度な心理戦に参加できないから」

文化的には「すごくおもしろいから」。

  

古典で残ってるのは恋愛しろ戦争しろ高度な心理戦の名作棋譜みたいな話ばっかり。

「人の心はこうやったら動く(感動する)ぞ」って法則性は変わらないから今まで残ってる

そんでFGOとかもそうなんだけど、有名な古典ってストーリーギュッ圧縮されてて今でも再生できる

から人名で「ヘクトールアキレウスみたいなもんで」っていったら知ってる人同士ならバチっと通じたりする

 

もともと日本人はこういう昔むかしのお話が大好きなの

他の国の逸話とかも好きで勉強ちゃう 

中国人なんか三国志演義そんなに好きじゃないし関帝廟にはお参りしても三国志なんて読んでない人いっぱいいる

から外交自国文化に詳しい人に遭うと「この人はすごい人、自国に興味をもってくれてつきあいやすい」っておもってくれるの

日本逸話紫式部ロリ誘拐育成とか日本人の不滅の性癖なの

性癖わかる人同士でしゃべるの楽しいからやってるんだとおもうよ

 

それを原語でやる必要はあるかっつったらう~ん。俺は個人的にはあるとおもうけど趣味範囲かなぁ。

ゑとかゐとか就中とかない文章しか読んだことない人が猿真似古代キャラうごかして書いた文章イマイチおもんない。

けどグーグル翻訳にはぜったい乗らないんだよなぁ。外国の人にも読んでほしい話いっぱいあるしなぁ。

グーグル古典勉強してくれたら一番ラクなんだろうけどまだ続け字も読めないらしいからな。

2021-01-25

永瀬対渡辺戦(第70期王将戦番勝負第2局)

感想戦によると、中盤の終わり辺りで渡辺が間違えて、先手有利な将棋だったのが、難解な終盤にお互い細かく間違えたっぽくて、最後は両者読み切れていないまま1分将棋の永瀬が頓死

難しい将棋だったようだが、一方で、読めてない分からない仕方がないと指しながら時間責めで永瀬を苦しめる渡辺の強さが印象的。

羽生しぐさじゃないかそれは。渡辺は本当にまだまだ強くなるんじゃないか

立会人の糸谷は棋譜中継を見る限り読みが冴え渡っていたので、棋王戦も楽しみ。

2020-12-27

anond:20201227183136

if(自分=後手) 投了

if(自分=先手)実行AIロジック

というプログラムが どうやったら 棋譜がにないのかが 本職としては不思議

2020-12-17

最近将棋連盟LIVEitumonこと屋敷九段解説しているが楽しい

満を持して屋敷九段登場である。言わずとしれたitumon(本人は否定? もう脱退済み?)である

棋譜を見るともう#(解説コメント付きの意味)ばっかり。緊迫した終盤を一手一手解説してくれるのでありがたい。

人柄がにじみ出るような書き振りも好ましい。言葉の選び方がいいよね。もっと解説してくれないかな。

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LIVEの終局後解説は昨今の感想戦取材停止に代わってレギュラー化した、終局後(窪田七段は大局中にも随時更新するけど)に対局者以外の棋士解説コメントを載せるもの

コメントの数が多いほどユーザーは当然楽しいが、解説棋士によっては数手しか解説しないこともある。まあ棋士それぞれ。

もともと解説コメント有名棋士が登場することはなかったと思う。でも先日は森内九段解説してて驚いた。

2020-12-10

棋譜多様性確保のためにもA級には最低1人は振り飛車党にいて欲しいよね

なんなら振り飛車枠を常時1枠作ってもいいんじゃないかとすら考えている

2020-12-06

将棋符号思考するプロ棋士

 将棋って指したことありますか?

 将棋楽しいボードゲームで、基本的に殴り合いのオフェンスゲームです。仮にチェスディフェンスゲームで、お互いに防御の構えを組み換えながら敵側の綻びを見つけ出すゲームだとすれば、将棋は蟻の一穴をこじ開け落城させるオフェンスゲームと言ってもいいでしょう。

 チェス競技人口が一説には5億人とも言われる中、将棋競技人口は一千万人程度とガラパゴス様相を呈していますが、明らかにゲームとしてのバランスではチェスに勝っていますチェス公式戦においては先手勝率が40%程度、後手勝率が30%、引き分けが30%程度なのに対して、将棋の先手勝率50%程度、後手勝率は48%、そして引き分け千日手)の確率は2%前後であり、引き分け可能性がチェスに対してずっと少なく、そして先手と後手の勝率拮抗し合っているため将棋ボードゲームとして極めて高い完成度を誇るゲームと言えるのです。

 更に付け加えると、ダメ筋(明らかにダメな手)を含めた、ありとあらゆる手の組み合わせ(ありとあらゆる進行の総数)を計算すると、チェス10120乗程度なのに対して、将棋10の220乗程度ということですからゲームとしての奥深さも将棋チェスを上回っています。因みに、宇宙存在する原子の総数が10の70乗程度ということなので、如何に将棋というゲームが奥深いかは言うべくもありません。つまり、ある部分において将棋というゲーム宇宙それ自体より『深い』のです。


 僕は腕前としてはアマチュア初段程度で、つまりアマチュアが目指すべき差し当たっての目標点にいます。やはりアマチュア二段以上を目指すとなるとかなり強烈な努力必要になってくる印象です。アマチュア初段は将棋普段嗜んでいる人間の中で、上位25%前後の層を指しているとお考え下さい。

 将棋の道は極めて長いです。そして険しいです。詳しくはこの「将棋名人とはどのくらい強いものなのか:https://ncode.syosetu.com/n5490eb/」という素晴らしい記事をご覧になって頂ければよいかと思います。(この記事の作者様と私は同一人物ではありません)

 将棋プロになるためには奨励会という育成機関を通過する必要があります。この奨励会は入会すると6級からスタートとなるのですが、これはアマチュアで言うところの四段以上の腕前に相当すると言われていますしかも、この奨励会に入会するのは小学生中学生少年少女です。つまり大の大人血の滲むような努力をしてようやく到達できる地点に、ある程度の凝縮された努力によって遥かに短い時間で到達できる人々、つまり天才たちだけがこのスタートラインに立つことができるということです。

 さて、当然奨励会員になったところでプロになったわけではなく、プロになれるのは奨励会三段リーグ突破して四段の資格を得た者だけで、年間に四人しか輩出されない仕組みとなっています。更に、四段になった後もプロとしてのグラデーション存在しており、そこには才能の差という影がいつまでも付き纏います

 才能のあるプロ、つまりそんな天才の中の天才は、将棋を指す際にどのように思考しているものなのでしょうか?

脳内将棋

 先に紹介させてもらった記事では、天才達の中でもグラデーション存在しており、将棋トップに立てるのは本当に一握りの人間であることが述べられていました。

 つまりトッププロとは、仮に将棋人口1000万人だとすれば上位0.0001%人間のことです。すなわち、トップの十人、それが実質的日本トッププロ達です。

 羽生善治藤井聡太渡辺明豊島将之永瀬拓矢らがそうです。将棋を指す者達は彼らのことを畏怖の目で見つめ、時折プロが招かれるイベントなどで間近に見る際には、化け物や、宇宙人。あるいはこの世の理を超越したもの意味する視線が、彼らには注がれることとなります

 さて、これらのプロ達に必要ものは何なのでしょう?

 つまりは才能とは一体何なのかという話になるのですが、脳内将棋盤というのがポイントになってきます

 人は、数理的思考能力、つまりIQが140を超えると立体的なイメージをあらゆる角度から検証できるようになるという話があります人間のある種の知的能力と、立体的な像を脳裏に生み出す能力には深い繋がりがあるということなのです。つまり、才能のある将棋指しは脳の中に将棋盤を作り出すことができ、これによってどんな時でも(つまり実際の将棋盤がなくても)脳裏において将棋情報を扱うことができるようになるほか、将棋に関する凝縮した思考を連綿と行うことができるようになるということなのです。勿論、プロもこの「脳内将棋盤」を持っており、彼らの脳内将棋盤にはそれぞれのバリエーションがあることも有名です。

 以下コピペ

羽生四冠

「4分割(5×5中央重複)の部分図が高速で行ったり来たり。盤全体は1度には浮かばない、負荷が大きい。盤面は白、線は黒。駒は外形が無く黒の一字彫り。アマ二、三段くらいになった10歳ごろからこんな風。」

森内九段

「立体的でリアルな榧盤に柘植の駒。

盤駒のみの思い浮かべる事はほとんど無く背景も付随。対局中は当時の対戦相手や対局場の雰囲気まで再生普段は自室の背景に板盤。」

加藤九段

「盤は黄色で1一が右上に固定されている全体図で、線は無い。楷書文字1字だけが駒として自動的に動く。」

渡辺二冠

「ダークグレーの空間に、字の書かれていない黒に近い灰色の駒が浮かんでいるだけだが、どちらのどの駒かは分かる。」

佐藤(康)九段

「黒くぼやけた盤面のどこか一部だけが見えている。駒はゴニョゴニョ、あるか無いかからないまま何かある感じ。」

里見女流名人

「盤も背景も黒く、線の無い盤全体に文字の無い黒っぽい駒がモニョモニョ。」

 (出典:AERA No.38増大号'12.9.17天才たちの「脳内パネル」』)

 さてトッププロどころかアマチュア4~5段の人々にはこの脳内将棋盤が基本的に備わっていると言われています。つまり、この脳内将棋盤は確かに、ある程度将棋の強さ(棋力)の指標となるのです。しかし、トップの人々に関してその指標ピタリと当てはまるかというと、疑問だと言わざるを得ません。脳内将棋盤というもの将棋の猛者にとって当たり前のアイテムかつ大前提アイテムであるため、最上位層の人々の能力を測る尺度としては些か信頼性に欠けるということなのです。というか、一応奨励会三段(アマチュアではなくプロ基準の三段)ともなれば、既に常人を超越して人間卒業レベルに至っているので、やはりその中にいる更なる化け物達を推し量るには、脳内将棋盤の有無のみならず別の尺度を用いる必要があります

脳内将棋盤が「ない」。

 つまり、その二者。単なる化け物と、化け物の中の化け物を辨別する際に必要なのは脳内将棋盤が「ない」ということなのです。

 頭の中で将棋盤が無く、視覚的なイメージに頼ることな思考できる人々が、化け物の中の化け物にはいるということなのです。

 例えば、常人は次のように考えます

 「最初の一手……まず、角の斜め前の歩を前に一つ進めるだろ。すると、後手の相手も同じように角の斜め前の歩を一つ進める。だとしたら俺は飛車先の歩を一つ前に突いて、相手も突き返して……横歩取りの筋に合流しそうだ」などなど。
 つまり常人基本的画像、目の前にある将棋盤の視覚的なイメージを用いて思考しており、そのイメージを介さずには将棋を指すことができないのです。ある意味では脳内将棋盤の存在も、視覚的な情報に基づいているという点においてはその思考の延長線上にあると言っていいでしょう。そう、人は基本的将棋を考える際には視覚的なイメージ媒介とするしかないのです。

 しかし、プロの一部にはそのような思考法は――視覚的なイメージを介した思考は――あくまで「補助的なものに過ぎない」と証言する者もいます藤井聡太増田康宏、羽生善治などがそれらの棋士です。

 では彼らはどのように思考しているのでしょうか。

 そう、符号によって思考しているのです。

 将棋符号とは、数字文字によって駒の動きを表したものです。いわば駒の「番地」とも言われるもので、次の記事が参考になると思います

https://book.mynavi.jp/shogi/detail/id=77758

 例えば、少し前に書いた横歩取りの定跡だと以下のような記述になります。76歩、34歩、26歩、84歩、25歩、85歩、78金、32金……。このような記述の仕方は江戸時代以降から共通であり、いわゆる将棋の対戦の記録である棋譜」は古くは数百年前のものが記されています。古い文献において、盤面は視覚的に、絵図を用いて記述されることはなく、符号を使って記述されているのです。

 いちいち絵図で盤面を描き残すよりも、文字で表した方がずっと労力は少ないですからね。

符号思考する

 以下の記述あくまで本人らの証言を参考に記しているものであり、彼らの思考追体験したものでは当然ないのですが、つまり彼らの思考は以下のものになります

 先程書いた将棋符号が、将棋に関する思考を始めた瞬間にズラズラズラ~~~っと文字列で浮かぶのです。

 そう、これがトップ棋士達の思考なのです!

 「ズラズラズラ~~~っ」って……、と自分文章表現力の稚拙さに絶望しそうになるのですが、そう言い表すほかない。そう、真のトッププロにおいては、文字によって思考が行われるのです。そこに画像の介在する余地は、僅かにしかない。羽生善治曰く、「思考基本的符号で行って、その後、ある程度局面を読み終わった後に、自分思考確認するために思考画像に起こす、という作業はありますが、基本的画像思考することはありません」とのことでした。

 先に書いた通り、画像物事を表すというのは、文字列で表すよりも遥かに手間が掛かります。つまり、脳の処理を要します。

 となれば、より情報量の少ない符号によって思考するということが、より高速な思考法として適しているということなのです。

 ある意味、それは楽譜における音符の存在と似ているでしょう。というか、そのものかもしれません。音楽というものは体系化され楽譜という共有形式を持つ以前は、完全に口伝であり、人々が歌い継ぐことによってしか継承を行うことができませんでした。しかしそれが数学的・音楽的に体系化され、楽譜の形を取ることになると、そのような継承の際に起こり得る障害はほぼ完全に撤廃されることとなります。そしてこれらの音符を読むことで、人々はそのメロディー脳裏に想起することができるようになりました。将棋棋士もまた、それと同じ知的処理を行っていると言ってもいいかもしれません。

 つまり、ドミソ、の音符が並んでいるのを見て、タララ~、という和音脳裏に浮かぶのと同じように、将棋トッププロたちは符号によって将棋の盤面を把握することができるのです。これは、将棋のある程度の才能がある人々には必須能力ですし、実際に高位のプロ棋士トップアマチュアは、棋譜を一目見ただけで盤面の進行をまざまざと思い浮かべることができると言われています

 とは言え、そのことと「思考符号を用いる」ことはやはり一線を画していると言ってもいいでしょう。

 勿論、理屈としては分かるのです。我々が音楽継承する際に楽譜を用いたように、あるいは将棋の対局を語り継ぐために符号によって棋譜を残したように、それらの音符や符号といった記号には意味圧縮することができ、効率的情報伝達を行うことができるのだと。

 勿論、理屈としては分かります。とは言え、それらの記号を使って後世へと情報を伝達することと、それらの記号を用いた思考を正確に効率的実践することとは、また別問題です。

おわりに

符号さえ「ない」。(藤井聡太場合

 というわけで、画像媒介にした思考文字列を媒介にした思考とでは、効率において文字列による思考に軍配が上がるということでした。プロ棋士らによる思考抽象化が極限にまで達すると、本来立体的な駒やそれらの視覚イメージを用いずして思考することが不可能であったはずのボードゲームも、文字列を介した思考によって再現されてしまう、ということなのでした。実に、これは驚くべき異常性であり、そして、個人的には文化として、そして娯楽として、このような常軌を逸した営みを次代へと継承していかなければならないと感じます

 さて、ところで常軌を逸していると言えば、藤井聡太二冠の名前はもはや語るべくもなく有名ですよね。彼のインタビュー記事は相当数発表されていますから、彼の語る様々な内容について把握している方も多いかも知れません。

 その中でも異質のインタビューと言えば、2020年の夏に発表された、小説家白鳥士郎氏によるインタビューでしょう。https://originalnews.nico/139502

――棋士はどなたも『脳内将棋盤』を持っておられます。でも藤井先生は、あまり盤面を思い浮かべておられる感じではないと、以前、記事で拝見したのですが。

はい

――では、対局中はどんな感じで考えらおられるのですか? 棋譜思考している?

「ん……それは、自分でもよくわからないというか。んー…………」

――盤は思い浮かべない?

「まあ、盤は(対局中は)目の前にあるわけですので」

――詰将棋を解くときなどはどうです?

詰将棋は読みだけなので、盤面を思い浮かべるという感じでは……」

――えっ? ……私のような素人だと、詰将棋を解くときこそ将棋盤を思い浮かべるというか……むしろ手元に盤駒を置いていないと解けないくらいなんですけど……。

 将棋プロ世界は腹の探り合いであり、自らの能力本質である思考方法」について簡単に詳らかにすることは、本来無いことと言ってもいいかもしれません。とは言え、これまで語ったようにそれらをはっきりと述べる棋士の人々がいらっしゃるのもまた事実です。そして、このインタビューにおいて行われた藤井二冠の発言もまた、棋士思考の一環を覗くことのできる重要な機会であるように思われます

 さて、ここで述べられているのは、そもそも思考する際に「なにもない」ということです。

 全くの虚無、というわけではないにせよ、少なくとも目の前に分かりやすい形で示すことのできる思考は、存在しないということなのです。

 以下のインタビューで彼は次のように語っていますhttps://shuchi.php.co.jp/voice/detail/3394?p=1

――藤井四段は、将棋の場面を図面で考えるのか、棋譜で考えるのか、どちらのタイプですか。

 聡太 : 基本的に、符号で考えて、最後図面に直して、その局面の形勢判断をしています

 彼は基本的にはこれまで述べたように、「符号」を使って思考するのですが。しかしある種の詰将棋などにおいてはそのような符号さえ必要にしないということでした。

 このような、実際の目視確認脳内将棋盤(符号による棋譜理解)→符号による思考符号さえない思考という構図を単純なステップアップの過程として語ることはできないとは思うのですが、しかし、将棋というゲームについて思考する際に、その思考が極限まで達した人は何かしらの深淵へと、虚無への道を辿っているような、そんな感触を覚えてしまうのは僕だけなのでしょうか。


 さて、というわけで、トップ棋士たちの、良い意味での思考の異常性について語りました。現在12/6午後五時三十分ですが、僕がこの世の隅っこでこの文章を書いている間、世間の大舞台では羽生善治九段豊島将之竜王二冠のタイトル戦第五局が、行われている最中です。

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