2021-07-04

渡辺明の敗北

 「最年少防衛」「最年少九段」。速報で次々と流れてくる文字は、間違いなく、将棋界の歴史に残る偉業だった。しかし、不思議感情は湧き起こらず、それはただの文字の羅列にしか見えなかった。

 「渡辺明の敗北」。代わりに浮かんだその文字は、頭から身体を巡り、あっという間に全身を蝕んでいった。

 藤井聡太に初タイトルである棋聖」を献上してから1年。渡辺は、本戦を勝ち上がり、再びタイトル戦の舞台に戻ってきた。あの夏から1年。両者は立場を変えて再び相まみえた。「現役最強決定戦」との呼び声も高く、戦前ボルテージは最高潮に達した。

 しかし、結果は渡辺にとって非情ものに終わる。0勝3敗。自身39回目のタイトル戦にして、初のストレート負けである。昨年圧倒的な研究藤井に一矢を報いた第3局で、今度はその矢が届かなかった。復位を期し、1年ぶりに臨んだ大舞台での再戦は、梅雨の黒雲に呑まれるように進行し、夏を迎えないままに幕を閉じた。

 「どう負けようと意味がない」初のストレート負けの感想を聞かれた渡辺は、吐き捨てるようにそう答えた。フルセットも、ストレート負けも、番勝負の結果としては変わらない。結果主義者渡辺らしく、恐らく包み隠さぬ本音なのだろうと思った。

 しかし、観ている者はそうもいかないのである。「渡辺明タイトルストレート負け」。登場39回目にして初めて見せつけられたそれを、はいそうですかと受け入れられるわけがない。渡辺本人が切り捨てるものに過剰な「意味」を持たせるのは愚かしいが、そうせざるを得ないのである。「たまたま」星が偏ってタイトル戦でストレート負けを喫する男ではない。そのことは、自分の全てを懸けて断言してもいい。だからこそ、この結果は重く、厳然としたものとして突き付けられている。まだ、受け入れることはできそうにない。

 1年前に失冠した時、渡辺は完敗を認めつつも、最後には前向きな発言をした。今回は藤井聡太情報ほとんどなかったが、番勝負を指して分かったことがある。だから次は「普通」にやる―そう述べたのである。この発言には説得力があった。渡辺明は、「情報」で勝ってきた棋士からである最初得体の知れない相手であっても、戦ううちに相手を知り、習得していく。そうやってタイトル戦の舞台で何人もの後輩棋士を沈めてきた。実績があるからこそ、この発言には説得力があり、そして藤井との再戦にこれ以上ないくらいの期待を持たせた。有言実行とばかり、厳しい対戦相手たちを下し、再び挑戦者としてタイトル戦の舞台に戻ってきたことはさすがとしかいいようがない。だからこそ、ボルテージは最高潮に高まり、観る者は「現役最強決定戦」と謳った。

 開幕前のインタビューで、渡辺藤井への意識を強く口にした。そして、「(今後の)棋士人生を考える意味でも大きな鍵になる」そのように述べた。これは単なる1タイトル戦ではない。渡辺明が今後どれだけ最前線で戦い続けられるのか、そのことを示す戦いになると、渡辺自身が述べた。

 その「棋士人生を懸けた」戦いが、蓋を開けてみれば厳しい結果となる。万全の研究をぶつけ、自身が一番得意とする勝ちパターンで上回られた第1局。先に藤井の残り時間3分に追い込みながら、そのあとで全く持ち時間が減らない、「永遠3分」を突き付けられた第2局。藤井聡太の底知れない中終盤力に呑まれ渡辺はあっという間に土俵際に追い詰められた。1年前の番勝負で、渡辺藤井の「情報」を得た。しかし、用意周到な渡辺の準備を、信じられない速度で進化する藤井が上回っていたのかもしれない。戦前に述べた言葉は、もっとも厳しい形で、渡辺自身に降りかかっていた。

 

 追い詰められた第3局。戦型は矢倉の最新型となった。激しい展開ながら、渡辺の指し手は早かった。これは研究が行き届いている証左である。持ち時間に大きな差を付ける理想的な展開になるが、昼食休憩明け、藤井の金寄りが控室も驚く意表の一手。難解な局面を突き付けられ、渡辺、長考に沈む。

 感情を鎮めるように、淡々と書いてきたつもりだったが、それはここで止める。トップ棋士による読みのぶつけ合いは想像を絶しており、盤上の表面だけ見たところで分かることは限られている。二人がどれだけ読みを深め、盤の底で思索の海に沈んでいるのか、はっきり言って「分からない」のである

 このような難解な将棋で、ファンができることは一つしかない。研究を外されたのか、長考に沈む渡辺。89分の考慮は非常に長く、言いようのない不安と恐怖があった。意を決した渡辺、角を切り飛ばす。その後も続くねじり合いから69手目、今度は決断飛車切りである。風雲急を告げる「勝ちにいった手」だが、直後に渡辺は再び長考に沈んだ。残り時間は44分。渡辺はそのほとんど、40分を費やして角を打った。ここまで時間を費やし、渡辺はどこまで読んでいるのか。勝ちまで読み切ったのか、それとも予定外の長考か。分からない。何も分からない。分からいから、ファンにできることは一つしかない。信じるしかないのである藤井聡太相手に本当に「勝ち筋」はあるのか。吐きそうになりながらも、渡辺がそれを掴みにいっていると、手繰り寄せにいっていると、ただひたすら、信じるしかない。こんな時、将棋ファンとはどこまでも無力である。分からないものを前にして、ただ信じるしかない。声援を送っても渡辺に届くわけではないから、ひたすら祈ることしかできない。はるか高みで戦う孤独棋士に、ファンができることはただ一つ、信じることしかない。

 

 詰むや詰まざるや、難解な最終盤となった。藤井が機を捉えて渡辺玉に迫る。駒を渡す怖い変化だが、果たして藤井の玉は大丈夫なのか。分からない、本当に分からない。局面が少し進んだ。藤井の玉が上に逃れ、渡辺、どうやら足りない。「信じたくない」そう思ったところで、全てを打ち砕くように、藤井が華麗な決め手を放つ。

 「△7一飛」。馬が利いているところに飛車を捨てる、普通はあり得ない手であるしかし、この飛車を取ると渡辺の玉が詰まされてしまう。あまりにも、あまりにも華麗な決め手であった。分からない局面が延々と続いたこ将棋だったが、最後にようやく、この将棋はもう続かないのだということが分かった。この華麗な一手を盤上に出現させられては、もう指す手がない。渡辺、斜め上を見上げて飛車を取る。首を差し出し、棋聖戦五番勝負が終幕した瞬間だった。

 まだ、冷静にこのシリーズを受け止めることができない。「信じたくない」率直に言うと、そうなのかもしれない。しかし、この結果は動かない。この結果を誰よりも重く受け止めるのは、結果主義者渡辺自身であると、そのこともよく分かっている。

 渡辺明は、この敗北をどう受け止めるのか。そして戦前に自らが述べた「棋士人生」にどのような道筋を立てるのか。戦いを終えたばかりの今、それはまだ分からないが、ファンにできることは相も変わらず一つだけである渡辺があげるのは、白旗ではなく、反撃の狼煙であると。そう信じるしかない。

  • 将棋増田久しぶりだな。就職できたのか?

  • 久しぶりの将棋増田。 パンティー改変が待たれる。

  • 3一角に時間使いすぎだろ。

  • この人冤罪事件をなぁなぁにして済ませた人というイメージしかない。

    • ブコメにもいるけどいつまでもこれを言い続ける人は将棋が好きでも何でもないんだろうなって感じ たんに人のミスを叩いていい気分になりたいだけ

      • 情報更新できてなくて停滞してるんだよ ネガティブな話題はこういうふうに評判落とすから取り扱いには気を付けたいね

      • ああいうのをいつまでも言われて気になるのは渡辺明のファンぐらいでしょ 将棋ファンだけど死ぬまでほじくり返されてもおかしくないやらかしだよあれは 日本の将棋の歴史に残る事...

        • 本当これなんだよな 一人の人生をめちゃくちゃにして、将棋連盟の信頼を失墜させて 当時の将棋ファンの少なくとも数%はあれで将棋に冷めてるからな

          • わたしの父は将棋気狂いで夜な夜な将棋クラブに通うよな人だった。あと競艇と。 わたしが子供の頃にそんな事件があって父の将棋熱を熱平衡してくれたならわたしはその事件に随分と...

      • ミス?意図的にお知り合いの文春記者にあることないこと言ってなかったか? 一方的に印象操作して陥れようとしてるようにしか見えなかったけどね

        • あの件、何に驚いたかって棋士たちの詰めの甘さだよな。 こういう場合、相手を詰め切れるだけの証拠を抑えてから詰めなきゃいけないのに、中高生並みに詰め方が甘かった。

      • 元増田のスレッドにも湧いている通り、未だに三浦氏を黒認定している奴がいる 渡辺氏のファンはこぞって「既に謝罪した」「もう終わった話」と言うが、被害者が未だに風評被害に遭...

    • 言うて、三浦さんのカンニングは証拠不十分で無罪ではあっても、無実では無かったんやろ

      • 全くの言いがかりであることが明らかになったんだぞ あの頃「規制が強化されて、このあとの三浦がどうなるか見ものだな」なんて粘ろうとする奴もいたが三浦のその後の成績を追いか...

        • まあ、結局無罪になっちゃった以上、他の棋士もやりづらいわな。 この件については、カンニングすら自分の盤外戦の勝因に変えた三浦が強かだと言うべき。

          • 言いがかりつけておいて 結局根拠が無いと明らかになったら 証拠すら残さない狡猾な犯人って印象操作する ネットではよくあるパターンではある 卑怯な手口として認識されて 踊らされ...

    • 渡辺は本人に直接謝罪している

      • 当事者同士で話がついててもボクは納得しないんだもんっ!ってことだろう。 土下座動画アップして棋士辞めて数年後に惨めに落ちぶれた記事が週刊誌に載るとかじゃなきゃ許さないと...

    • 相手が違反行為してる!っていう申告をするな、一棋士が確証を得てから申告しろっていうのは明らかに理屈がおかしいから この件を問題視するなら将棋連盟側の動きや裁定に文句言う...

      • 連盟は証拠不十分で不問にしただろ 渡辺も謝罪してるし、まだ粘着してるのは外野だけ

  • もう番外戦術で潰しにいくくらいしかないんじゃない? 得意そうだし

  • 相変わらず文章が上手いな。 ライターやればいいのに。

  • まぁでも竜王失冠した時よりはダメージ少ない気もする

  • 「ただいま!PCランド」の人か なつかしいな

    • 渡辺浩弐のことを言ってるのか? アキラ要素どこにあんの

  • そりゃソフト研究してないんじゃないの? 冤罪ふっかけるくらいしか対抗策がないんでしょ? そりゃ藤井二冠には勝てないよ 未だにっていうけどなあなあにして済んだと思うのは違う...

    • 藤井棋聖の方がコンピュータより強いことをみんなが知ってるから、冤罪ぶっかけられないで困ってるんだよ

  • ↓将棋の駒の記号はUnicodeにあるから使っていいよ! ☖☗

    • 🀀🀁🀂🀃🀆🀅🀄🀇🀏🀐🀘🀙🀡 🀀 それロン

    • チェスの駒はUnicodeに揃っているのに… ♔♕♖♗♘♙☏♚♛♜♝♞♟︎𓀈

  • 部外者だが、この人たしか小暮克洋記者とグルになって、弁護士まで使って三浦九段に冤罪かけて、そのままバックレて協会の偉いひとは責任とったのにのうのうとまだ将棋続けてるん...

  • 時代は変わったんだよ 藤井君くらいだAIというか機械学習の上を行って驚かれたのは

  • 四局目の寺、ストレート決着で対局がなくなるや否や、たんまり作ったグッズを売り出してて生臭かったわ〜。 がっつり芸人呼んでイベントまで企画してるのにストレートとは思わんか...

  • 将棋ってやっぱり陰キャに人気のコンテンツなんだなって改めて思ったは そうじゃなきゃこんなにブクマ点かないよね これがバスケやサッカーだったらはてなーからは大して見向きも...

  • 71飛のただやんが決め手とかもう精神的にやられたろ

  • 将棋増田好きだけどこれには違和感ありまくったので突っ込む。 渡辺名人の95手目の▲6三金打が頓死気味な悪手だったという事実がある。 お互い考える時間が一分しかないので盤面の複...

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