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はてなキーワード: グローバリゼーションとは

2018-06-11

愛国左翼チェック

1 デモするとき国旗を掲げている

2 セクハラ保守的おじさん、道路族が嫌い

3 グローバリゼーションが成長に必要と思いつつ、あえて必要と声高に叫ぶ人は政府企業連合体の回し者だと思う

4 安倍政権は序盤は正しかったが、その時でも彼の功績は3割ほどだ

5 共産党民主党フジ朝日新聞は怪しい。中国共産党である限り、仲間ではなく敵だ

6 米国留学する日本人を好ましく思っているが、米国大学アジア枠を設定するのは当然だと思っている

7 クリントンvsトランプでは、主義面ではクリントン応援しつつトランプ支持者に理解を示し、結果にも驚かなかった

8 ドイツ通貨安を利用して成長しているが、東欧諸国を不幸にしている

9 日本が変わるには常に外圧必要

10 確かな野党必要だが生まれないのは、左翼反日と結びついているからだ


10個全部当てはまった人は愛国左翼おじさんです。

8~9個当てはまった人は、愛国左翼系おじさんです。

6~7個当てはまった人は、愛国右翼おじさんです。

4~5個当てはまった人は、無知おじさんです。

2~3個当てはまった人は、反日左翼おじさんです。

0~1個の人は、世界平和おじさんです。

2018-06-07

anond:20180607212221

まずは日本内需国家である。輸出依存度は2割にみたない。

それはそうとしても海外進出するなら、共に海外市場開拓しないと日本にとっては不利益国内市場海外解放しているだけ。

そうは言っても企業利益追求第一さら短期的な目線で、生産者のみ海外移転したりする。

そのような会社国内に富をもたらさないので、日本国民としては糾弾する。

グローバリゼーション推進派や世界平和推進派には受けるだろうがね。

搾取なんて言う人はよくわからないが、日本にとっては害悪

2018-04-04

変な名前ツールって消えたね

真空波動研とかうめ~このみかんとか、昔は変な名前ツールがあったのに今ぜんぜん見ない。

名前も全部アルファベットだ。

もちろんグローバリゼーション良いと思うよ。

色んな人に使ってもらえるからね。

でもそれならDappunとかでも良いのよ。

最近ちょっとみんな転職だなんだとシャカリキ過ぎると思うんだよね。

脱糞活動っていうの?もっとゆるくゴミ生産しようよ。

2018-02-15

anond:20180215193603

英語ができない日本人はババを引くだろう。アメリカ意志を正確に理解できないだろう。

グローバリゼーション移動の自由保障されている。

世界中に移動できる日本人和僑は、日本戦争に巻き込まれても生き延びる。

みんなも人生保険をかけて、慎重に生きて欲しい。

2018-01-04

差別日本社会

個人的に考えたことをつらつらと。誰かに熱く語るのもなんなのでここで。

随分黒人差別ネットが盛り上がってるな〜と思ってツイッターとかで色んな人の意見を見た。差別だ、いや過剰だ、ってのはもうその人の感性とか育ち、環境によって違うものから分かり合えないと思った。特に日本移民を受け入れていないし、海外にでようと思わないと出る必要もない。1度も日本を出たことない人にとったら、黒人差別問題日本に持ってこられても確かにピンとこないよなと思う。

そんな私は少し海外暮らしたこともあって、アジア人差別もされたことあるし、黒人差別だって肌で感じることがあった。そこで今回の問題から日本社会に感じたことは、日本世界から置いてかれるんじゃないかなって。そんなのどうでもいいという意見は置いておいて。日本中流家庭の多さは本当にすごいと思う。多くの人が衣食住の最低限はあるし今のところ格差と言ってもアメリカ程酷くない。でも、これから少子化世界相手にしていかなくては日本が衰退するのは明らか。違う文化や考えを持つ相手理解して尊重しなきゃ会社として残っていけない。

だって色んな差別的な考えを持っているし、世の中男女差別、年齢差別持ってる人が沢山いると思うけど、それをテレビ放送するのとスタバ友達と話すのじゃあ雲泥の差だと思うからテレビを見なくなったとはいえ、やっぱり影響力があるもので、何だか今回は差別問題というよりもテレビモラルがっかりかな。色んな日本会社グローバリゼーションって頑張ってる中流れに逆らうよね。

少なくとも私は日本が好きだし日本人だし、豊かな生活を続けたいからこんなことを思う。実際白人黒人色んな人種の中で暮らせば本当に人種で人を判断するのはくだらないと実感するし、そんなの無くなれと思いながら目の当たりにすると解決策が浮かばないんだよね…。

2017-12-22

anond:20171222201449

せやな

少子化も前々から思ってたけど

 

少子化から子どもを大切にー!」

少子化から子育てしてるお母さんに援助をー!」

 

というのを真に受けると、

大切にする=貴重になる=手間やコストがかかり子ども増やせない

という真逆の結果になるしね。

お綺麗にやろうとすると動きが鈍るのは何でも一緒。

 

さら政府子育て世代云々言ってるけど

なんか妙にそれと反する動きが目立つから

短期的な人手不足問題はともかく

長期的には人が減ったほうが良いって判断してるのかもね。

経済グローバリゼーションAIを考えるとそれも仕方ない気がするし。

2017-09-05

現在アイマス合衆国が直面している問題

1.アイドル間の行き過ぎた格差是正

 

2.うたプリ国、ラブライブ人民共和国など、他国との経済戦争グローバリゼーション

 

3.自由恋愛共和国から越境する、ヘテロ移民へのヘイトクライム麻薬異性愛)の流行

 

4.LGBT百合薔薇)の権利の是非

 

5.運営至上主義者による言論統制世界的なナショナリズムの高まり

 

6.マイノリティの765人に対する、デレマス至上主義警官の過剰な取締、暴力

 

7.特定民族の贔屓、城ケ崎民にはロリコン設定を加え犯罪者扱いなど、P同士の分断を深める運営汚職問題行動

 (ことに9.18ゲートは戦後最大の汚職事件として名高い)

 

8.中東におけるミリマス、ミリシタ軍事政策の失敗

2017-05-07

ラ・ラ・ランド』のように、もっと日本映画世界でヒットするには

http://president.jp/articles/-/21969?page=1

ラ・ラ・ランド』のように、もっと日本映画世界でヒットするには

読んでみた感想→内容ないまま終わった。。

茂木健一郎ララランドを見た後に、監督セッションと同じだと気づきセッションララランドの違いを説いている。

茂木氏いわく、

セッション→低予算ジャズのコアな内容

ララランド予算があり、大きな見せ場からはじまる。

      物語目標も高く、はじめから世界対象にし、成功を収めている。

ララランドを見ながら、世界という大きなテーマの話なので、世界でもヒットしている。日本もそうするべきでは?と述べているのだが、つかみに入る文章がなく、具体性のないまま話が終わってしまっていた。

茂木さんが過去どういう話を読んで微妙だと思い、日本世界に出ないことでどういう欠点が生まれ、その結果今回の文章を書くに至ったという経緯がまるで書かれていないので、なんだか不完全燃焼である

個人的な考えだが、

日本世界テーマにした話を作らないのは、

・単民族→自前で労働力を用意すると絵面が日本的

アクションCG予算が取れない

とかが理由であると思う。

アニメーションはどちらかといえば世界向きだが、日本という土壌の居心地のよさが、日本成功したい!という気持ちを強くし、製作段階で世界まで至らない場を考えない環境をつくりだしている気がする。(ただの私の主観だけなら申し訳ない)

ガンダムから始まるロボット文化とか、マンガ文化とかのサブカルチャー文化が深く根付いていて、日本の歴史作品との対抗、あるいはオマージュという形で話を作り上げているように感じられるのだ。

あともう一つ、言葉問題もあると思う。日本語英語などと違い、「俺」「私」「僕」のように一人称が多数存在することは知られている。表現とは気持ちを伝えることだ。日本人気持ち表現するときに、小さなニュアンス感情を正確に伝えるのに、そのベース日本語しか詳細を語ることができず、であれば、自分気持ちを寸分なくくみ取ることができるのは日本人だけなので、日本というフィールドベースになるということではないのだろうか。

最後この文章では日本ではなく、世界という広い視野でモノを見る必要、またその一環としての英語重要さに触れている。

ネット環境の中で多くの人と触れ合うには英語というコミュニケーションツールは不可欠である

しかし、映画という表現物の世界を上げ、グローバリゼーションを持ち出した行為は愚行というほかない。

ラ・ラ・ランド』のように、もっと日本映画世界でヒットするには

http://president.jp/articles/-/21969?page=1

ラ・ラ・ランド』のように、もっと日本映画世界でヒットするには

読んでみた感想→内容ないまま終わった。。

茂木健一郎ララランドを見た後に、監督セッションと同じだと気づきセッションララランドの違いを説いている。

茂木氏いわく、

セッション→低予算ジャズのコアな内容

ララランド予算があり、大きな見せ場からはじまる。

      物語目標も高く、はじめから世界対象にし、成功を収めている。

ララランドを見ながら、世界という大きなテーマの話なので、世界でもヒットしている。日本もそうするべきでは?と述べているのだが、つかみに入る文章がなく、具体性のないまま話が終わってしまっていた。

茂木さんが過去どういう話を読んで微妙だと思い、日本世界に出ないことでどういう欠点が生まれ、その結果今回の文章を書くに至ったという経緯がまるで書かれていないので、なんだか不完全燃焼である

個人的な考えだが、

日本世界テーマにした話を作らないのは、

・単民族→自前で労働力を用意すると絵面が日本的

アクションCG予算が取れない

とかが理由であると思う。

アニメーションはどちらかといえば世界向きだが、日本という土壌の居心地のよさが、日本成功したい!という気持ちを強くし、製作段階で世界まで至らない場を考えない環境をつくりだしている気がする。(ただの私の主観だけなら申し訳ない)

ガンダムから始まるロボット文化とか、マンガ文化とかのサブカルチャー文化が深く根付いていて、日本の歴史作品との対抗、あるいはオマージュという形で話を作り上げているように感じられるのだ。

あともう一つ、言葉問題もあると思う。日本語英語などと違い、「俺」「私」「僕」のように一人称が多数存在することは知られている。表現とは気持ちを伝えることだ。日本人気持ち表現するときに、小さなニュアンス感情を正確に伝えるのに、そのベース日本語しか詳細を語ることができず、であれば、自分気持ちを寸分なくくみ取ることができるのは日本人だけなので、日本というフィールドベースになるということではないのだろうか。

最後この文章では日本ではなく、世界という広い視野でモノを見る必要、またその一環としての英語重要さに触れている。

ネット環境の中で多くの人と触れ合うには英語というコミュニケーションツールは不可欠である

しかし、映画という表現物の世界を上げ、グローバリゼーションを持ち出した行為は愚行というほかない。

2017-03-26

未来人権

いろいろ考えた結果、一人一票の原則や、基本的人権のあり方は今後変わっていくだろう、という結論に到達したので、その思考過程をここに書いておく。

さて、歴史を振り返ってみよう。

貴族時代軍人の育成には多大な時間お金がかかるため、ごく少数の貴族職業軍人がこれを担い、そのために平民納税を行うという構造があった。

この時代は、

軍事力時間によって育成された個人能力お金による兵装

それからときは経て、マスケット銃が登場する。

これにより、戦争貴族のものから民衆のモノへと変化した。

そしてフランス革命を経て、権力貴族から民衆に移り変わる。

基本的人権はこのときに生まれ、「民衆が力を持っている」ということを前提にしている。

この時代は、

軍事力徴兵された平民テクノロジーによる武装

である

その後、第一次世界大戦第二次世界大戦を経て、戦争工業力の戦いへと変化する。

軍事力徴兵された平民+優秀なマニュアル国内工業

である

加えて国内工業力も、実質的には国内工業労働人口依存するため、人口の持つ価値大衆が持つ価値、一人が持つ価値、というのは、この時代を通じてどんどん上がっていることになる。

冷戦を経てもこの構造は変わらず、人口国内工業力が軍事力を決定する時代は続く。

子供を持つのは正しいことである、という価値観も、人口と国力が結びついている時代の名残だと思う。

しかし、冷戦崩壊からこの状況は少しずつ変わってくる。

いわゆる大きな物語崩壊というやつだ。

グローバリゼーションの発達により、工業力は必ずしも国内にある必要はなくなってきた。

海外にある工場をうまく使えるものが勝つのである

加えて、戦争の高度化は、職業軍人の高度化を促し、徴兵では成立しなくなってくる。

すると、人口軍事力、国力が結びつかなくなってくる。

さらには、情報化時代の到来がこれに拍車をかける

工業化時代であれば、人間一人のパフォーマンスというのは倍も違わない。

しか情報化時代では、人間一人のパフォーマンスは、数万倍違うことが当たり前である

ビルゲイツスティーブジョブズマークザッカーバーグ、etcetc...

このような時代突入した現在人間権利というのは平等でよいのか。という疑問が生まれてくる。

人間平等であるのは、テクノロジーマスケット銃)による人間の性能の差の克服、という背景がある。

けれども現代におこっているのは、テクノロジーコンピュータ)による人間の性能の差の拡大だ。

平等であるための根拠が消えてしまっている。

雑に式にするとこんな感じだ。

性能=人間の性能+マスケット銃

性能=人間の性能×コンピュータの性能

コンピュータ効率的に使える人間と、使えない人間

AI効率的に使える人間と、使えない人間

脳を拡張した人間と、脳を拡張していない人間

意識アップロードした人間と、生身のままの人間

そういった形で、今後は人間一人が持つ性能の差はどんどん拡大していくだろう。

そういう時代において、一人一票の原則や、基本的人権って維持する必要はあるんだろうか?

どうしたもんかね

2017-03-03

官僚の話

先日、元官僚現在社外取締役をつとめる方に経営お話を伺った。

数年前から知っている方だったが、きちんと考え方を聞くのは初めてだった。

正直、話を聞くまでは、経営をしたことない人の経営論なんて

時間無駄だぐらいにしか思ってなかった。

どうせワークライフバランスの話だろと、高をくくっていた。

話の内容は、日本人としてどうやって、グローバル社会で戦っていくかという話だったが、目から鱗だった。

その人はそれなりの立場にも関わらず、日本人日本人としての個性で戦うべきだと言い切った。

グローバリゼーション世界の標準と同じことをするのでさなく、世界レベルで、日本人特性を活かすことだと言った。

仕事面白くないか合理化必要なんであって、仕事面白かったら何故合理化しなければいけないのか。

遊びを合理化しようなんて、思わないはずだ。

確かに終身雇用崩壊した。年功序列崩壊しつつある。だからって欧米人の得意な方法で、日本人が戦う必要はない。

日本人は道を究める。仕事も道と、匠と考える。

まらない仕事合理化するくらいなら、楽しい仕事を作っていこう。

それが経営者としての役割だと思った。

2017-01-11

エマニュエルトッドの予言

トランプが勝ってグローバリゼーション神話崩壊するとのこと。

モンロー主義回帰していくんだろうな。

もっと言うと地元回帰みたいな流れが起きそうな気がする。

2016-08-11

http://anond.hatelabo.jp/20160811130924

グローバリゼーション売国奴に見える、のではなく実態としてガチ売国奴なんだよ。

現代のあらゆる国の政治は、19世紀重商主義vs.自由貿易の論争のように

国家やら民族集団利益のみを考えるか、あるいは個々の経済プレイヤー利益のみを考えるか、

の二択に収斂してしまっていて、レイシストvs.売国奴の殴り合いという残念な世界になっている。

米国トランプフランスルペンイギリスボリス・ジョンソン日本安倍首相などなど

先進各国の首脳やリーダー格の人々が国粋的ないし差別主義的な色彩が強いのも、

グローバリゼーションへの反発・抵抗という側面が強いからなんだ。

決してリベラル左翼と戦うための保守色ではない。

2016-07-17

契約ベース社会空気ベース社会よりもグローバリゼーションに向いてるのは当たり前か。

現代で最も効率よく強い組織を作るには、曖昧さのない契約世界中から有能な人材を連れてくるのがよいわけで、同質性を求める空気ベースではやりにくい。

絶対的能力の優劣ではなくて、単に時代背景と文化に相性の良し悪しがあるだけ。

からこそ日本詰んでる。相性が悪いなら仕方ない。

2016-06-25

賢明選択」をしたいエリート

グローバリゼーションの結果として今出来上がってる階層差の状態で固定した上で「貴族平民」の時代に戻りたがるかもしれない

だって階層社会は隠然としてあるだろって言われそうだが

人権の名のもとに一応外ヅラ平等体裁を保っていたのをこれからもっと露骨にかなぐり捨ててくるのではないか

2016-03-21

独身が悪いのか

なぜ独身が辛いのかと言えば、家庭持ちがマジョリティからではない。

家庭持ちが善とされているからだ。

独身では少子化になってしまう、産むのは国民責任

そりゃ、わかる。

でもよ昔からこういう雰囲気じゃなかったの。

1970年代なんか、世界的な人口爆発の潮流の中、先進国内ですら少子化はむしろ善に近いという雰囲気すらあった。

なぜ少子化が悪になったのかと言えば、労働生産性が上昇しなくなったからだよね。

それはグローバリゼーション労働安価な国に資本移転たからだよね、

その流れって昔の時点では、大多数の予測ではなかったわけ。

で、今、この状況になって場当たり的に少子化ダメとなってる。

この先の未来が、過去からの推計未来妄信してるわけ。

少子化を悪としなかった昔と同じだよ。

なんなの、AIとか言ってるのに信じてないの?

もしその未来が来れば間違いなく労働生産性は上がり就労人口少なくなるよ。

失業率は上がる、あぶれ者は社会保障庇護下に収まる。

そうなったら、産んだ子供国家負債になるよ。

この未来ももちろん確実じゃない。

でもあんたら、過去からつながる現実に流されすぎじゃないのか?

2016-02-06

人材価値なー

最近思うんだが景気ってあんまり意味ないんじゃねーかなーと

おれら(日本国民)がいまなんだかもやもやと息苦しさを感じるのは、ある種の自意識ギャップなんじゃねーかと思ったんだよ。

思うに俺らは俺らが思うほど、経済的価値が、無い。例えば、いま、年収700万円もらってる奴は、ホントのところの人材価値年収500くらいで、400のやつは250とか、そんなものがせいぜいなんじゃないかな。

じゃあ、なんでいま+αで700とかもらえてるその差額は何なのかと言えば、それは、景気とか、為替をはじめとした国際的な需給の関係とかの、ブースト効果だ。要するに補助魔法であって実力じゃない。しかし、その+αが例えば国債発行を原資として政府借金をもとに発注された公的事業にまでさかのぼるのであれば、まさにブースであって「国民給与を上げるために上昇」でしかないんじゃないかな。

もちろん、経済セオリーとして、人材市場取引される商材のひとつなので「正しい価格」なんてものがないのはわかってる。買い手と売り手の交渉によって売買価格が、売買の瞬間幻想のように発生するだけだ。しかし、その原理原則通りにやると、グローバリゼーションの中で、日本労働市場国際的労働市場に連結してしまう。いやもう一部はしてるよな。電話オペとか、海外仕事の取り合いなわけで駆逐されかけなんだし。

まあ、とにかく、「日本人の実力本位で評価した時の経済的人材価値」と「今日本人が実際にもらってる給与」の間に、ギャップがあると思うんだよ。そのギャップの原資は、日本世界有数の経済的大国だってあるマネースケールメリットであるとか、信用という形で貯金された日本ブランドイメージだとか、一族経営を続けてきた企業内部留保であるとか、政府海外資産国債発行だ。

そしてさら言及すると「今日本人が実際にもらってる給与」と「日本人がもらいたい額」にもギャップがある。

さらさらに「日本人が、自分たち享受出来て当然だと思う生活レベル」と「今手持ちの現金で遅れる生活レベル」にもギャップがある。

おれら(日本国民)がいまなんだかもやもやと息苦しさを感じるのは、つまり、これらのギャップが原因じゃねえかなあ。

まりさ、たとえばの話でしたは一例なんだけど

Aさんの場合

今貰ってる給与年収400万円もらってる

国際的に見た時Aさんのやっている労働価値を円で表した場合年収250万円相当

Aさんが「俺はこれくらいもらえるべきだ」と内心思ってる金額:500万円欲しい

Aさんが「年収400万円の生活ってこれくらいあって当然だろ」と思ってるライフスタイル:実際には600万円必要

――つまり、こういう状況があってさ、そういう色んな脳内現実ギャップが「俺は苦しい」っていう感覚に結実してるんじゃねえかなあ。

それは例えば政府ががんばって、Aさんの年収を500万にしたとことで、解決しないし、そも現実としては、Aさんの給与は250万円に向かって落下していくだろう。この落下は、どちらかといえば正常化に近いとすら、言える。

日本人の言う「貧乏から結婚できない」も、上のような生活感覚を基盤にしてると思うんだよ。「結婚するためにはこういう経済状況じゃないとダメだ」みたいなさ。現実には、そんなことはあり得ない。貧乏だって結婚してる人はいるし、貧困だって子供は膿まれてる。それに対して「子供教育には金がかかるだろ」って反論がまさに上のギャップに根差してて、「日本の格や全体状況を考えれば、子ども全部を大学に行かせるなんてのが、自意識過剰で身の程を越えてる」んじゃないかなと思うんだよ。

この問題は、経済のものというよりも、文化とか風潮とか、もっと露骨に言っちゃうと、マスコミの維持しようとしている「普通の日本人生活」みたいな消費社会像にかかわる問題なんじゃないのかなあ。

経済に詳しい増田は、どう思いますか?

2016-01-07

外国人が『meat』と言ってる間に我々は『焼肉定食』と言える」

英語マンアジェンダ

日本語マン「え?」

英語マンスキームパラダイムユビキタス!」

日本語マン「わああ」

日本語マン「ka...kamikaze!hentai!bukkake!mottainai!!」

英語マンアニメテレビ!コップ!カレー!ガス!ピンクアルバイトレモンアイデア!ショック!シュールニュースラジオグローバリゼーションパスポートネグレクトマイカー!」

日本語マン「うわああ」

中国語マン「哎呀,他们两个真好关系」

ロシア語マン「Да да, Я тоже так думаю.」

アラビア語マン「 هههههههههه」



【参考】

2015-12-30

子供たちの「慰安婦

当方大学生実家朝日新聞購読だ。小さいこから新聞テレビで、日本隣国韓国の間には「慰安婦問題」というもの存在していることを知っていた。どうやら、慰安婦問題は、戦争中に日本やらかしたマズいことの一つらしい。しかも、お金時間が解決してくれるたぐいのものではないようだ…

しかし、「慰安婦」とは何だろうか。「慰めて安心女性」…? 新聞は、政治的合意韓国世論報道しても、「慰安婦」が何なのかはまるで報道しないじゃないか。

この疑問に答えが見つかるのは、インターネットを通じてアダルトな知識に汚染されてきた頃である。ああ、慰安婦って旧日本軍性的なアレを強制されたわけね…そりゃああんまりだわ大日本帝国新聞がモゴモゴとごまかしていたのも納得である

さて、今慰安婦関連の報道を見ると、「性的サービス」それ自体言及するものは少ないものの、随所随所のwordingに、それを連想させるような工夫が施してある。そういった報道を見た人たちは、自分たち想像する「強制的な性」のイメージと重ね合わせて、慰安婦の残虐性を理解する。この事情日本韓国も同じだろう。まさか韓国の歴史教科書二次大戦のところだけR18というわけにもいかないだろうし。

こういった教育報道スタイルは一つの問題をはらんでいる。それは、実際のところの慰安婦の実情に関する(議論はあるにしろ)知識を持っている人は、日韓関係に関心がある人だけで、それ以外の大多数は、自分の中でしか慰安婦」のイメージを持てないことだ。

こと性的意識については、タブー感もあいまって未だグローバリゼーションからほど遠い状況にある、隣国である日韓でも、儒教的世界観の強弱や出版物に対する規制の変遷などの点で、二国が共有する「性」のイメージほとんど存在しない。それどころか国内でも、世代地域社会的階層によっても、性的ものに対する意識というものは如実に異なる。

慰安婦について直接に言及しない報道スタイルは、こうした違いをそのまま包摂してしまう。しかし、報道の受け取り手自分の「慰安婦」のイメージを口に出すことはないから、その違いが表面化することはない。それでも、「慰安婦」という共通の言葉の中にある、意味論的「慰安婦」は、日韓関係専門家陣が創造できないほど多様なのではないだろうか。このことは間違いなく今後も「国民合意」の形成障害になることだろう。

2015-09-10

世界いちばん遠回りな世界一周

http://anond.hatelabo.jp/20150910215231

からの続き

自分の本当の想いに気づいたなら、あとは現実的な算段をつけていくだけだ。

僕が主に学びたいのは経済学である。だから経済学部のある大学を目指す。それは確定として、どの大学を目指すべきだろうか。みんなどうやって志望大学を決めてるんだろう。調べても情報が多すぎて混乱してくる。旧帝とかMARCHとかってなんぞ。ゼミとか研究室とか修士とか博士とかもよくわからない。そもそも大学の仕組みがよくわからない。最初のうちは学ぶ側で、そのうち教える側だったり、最先端研究をする側にまわる、というのはなんとなく知ってる。以前は「4年勉強して卒業」としか思ってなかったので、これでも大学に対する理解はだいぶ進んだほうだけど、やっぱり前提知識がいろいろ足りてない気がする。

いや待て、そういった知識的な問題よりも何よりも、その前にまず僕には大学受験資格がない。僕は中卒なのである。正確には高校中退だけど、数ヶ月しか通っていないので取得した単位なんてないも同然だ。どこを志望するとか、大学に通う資金はどうするとか、それ以前の問題だ。受験資格を手に入れなければ、スタートラインに立つことさえできない。まずはその問題から片づけよう。あとのことはあとで考えよう。

そういうわけで大検について調べてみる。どうもいまは名前が変わっているようで、高等学校卒業程度認定試験、略して高認という名称になっているらしい。試験は年2回、8月と11月に行われる。科目は、国語英語世界史A/B、日本史A/B 、地理A/B 、現代社会政治・経済倫理、科学と人間生活化学基礎、物理基礎、生物基礎、地学基礎、数学I。これらの中から8〜10科目を受ける。合格ラインは40点前後らしい。半分正解できればいいのだ。しか高校で習う教科ってこんなに多いのか。けっこう大変そうだ。文科省サイト過去問が公開されているようなのでひとつずつ見ていく。

まずは国語。大問が4つで、現代文が2問、古文漢文が1問ずつ。現代文のほうは普段から本を読む習慣のある人なら普通に解けそうな感じだ。僕もいちおうコンスタントに本は読んでいるし、現代文に関しては問題なさそうだった。古文漢文に関しても文章の意味は7割以上わかるし、試しに問題を解いてみたら全問正解だった。あれ? 古文漢文って中学でやるんだっけ? 独学でやった覚えはないから中学でやったんだと思うけど、20年たっても意外と覚えてるものだと思った。文法とかはさっぱりわからんけど。

英語に関しても問題なさそうだった。英語は二十代のころに必死こいて勉強した時期がある。1回だけ受けたTOEICは680点だった。そのあと半年海外放浪して日常会話くらいなら問題なく喋れるようになったし、これで合格点を取れないってことはまずあるまい。

次は世界史。これに関しても最近やったばかりだし問題なさそうだった。AとかBとかどう違うんだろ、と思ったけど、Bのほうが範囲が広く、より深い内容になっているらしい。高認の試験ではかぶっている問題が多いし、そんなに違いは感じなかったけど。ちなみにA/Bどちらを受けるかは当日に試験問題を見てから決めていいらしい。

日本史、もしくは地理。これは願書提出時に事前選択するようだ。日本史はかなり難しい。半分正解できるか、ちょっとあやしい地理のほうが点数を取れそうだったので、こちらを選択することにした。半分は正解できそうだけど、これに関してはちょっと勉強しておいたほうがいいか。

公民は、現代社会、もしくは政治・経済倫理から選択する。科目数は少ないほうがいいので、現社でいくことにした。毎日ちゃんとニュースを見ている社会人なら誰でも普通に合格できそうな内容だ。これは勉強する必要はないかな。

理科系科目は、化学基礎、物理基礎、生物基礎、地学基礎のうちから3科目を選択するか、もしくは科学と人間生活+どれか1科目。これも科目数が少ない後者でいこう。

科学と人間生活って聞き慣れない教科名だと思ったけど、理科総合のことのようだ。学習指導要領改定されて、つい最近こうなったらしい。試験は基礎4科目からそれぞれ易しめの問題が出される感じ。でも半分いけるかちょっと微妙ラインだ。これは勉強必須だなあ。

あとの1科目は地学基礎にした。これも以前は地学Iとかだっけ。地学I→地学基礎、地学II→地学、みたいな感じで変わってるようだ。これも半分いけるか微妙。勉強必須

まあでも理科系科目がちょっと不安なくらいで、全体的にはけっこう余裕かな。なあんだ、身構えて損したよ。ハハ。ああ、そういや最後に数学が残ってたっけ。まあこれも余裕かな。ハハハ。じゃあちょっと過去問を見てみようかな。

え? これあれでしょ? 東大入試問題でしょ? ちょっと文科省さんしっかりしてくださいよアップするファイル間違えてますよやだなあもホントかんべんしてくださいよマジでマジで……。なんぞこれ……。1ミリわからん……。死にたい……。

マジやばい。本当に本気で1問もわからない。最初のほうのサービス問題っぽいのすらわからない。解き方がわからないとかじゃなくて問題文の意味すらわからない。なにこれマジやばい。というかいまさらだけど自分は文系だったのだとこのとき初めて気づいた。プログラミングで飯を食ってたりするんだからてっきり自分理系なのだとばかり……。マジかよ……。

嘆いていてもしかたない。これをどうにかしないことには大学には行けないのだ。ならどうにかするしかない。

まずは本屋で数Iの参考書立ち読みしてみる。なるほど、わからん。よし、次だ。中学数学参考書。なるほど、わからん。よし、次だ。算数の本。なるほど、わかります。でも、最大公約数とか最小公倍数とか通分とか約分とか、けっこう難しい。小学生ってこんなのやってるのか。すげえな。

参考書ドリルを何冊か買って帰り、勉強を始めた。地獄のような日々の始まりだった。

算数ドリルをやってみると、四則演算はさすがにできるけど、九九がところどころ記憶から抜け落ちてることに気づいた。やばい。そして分数の計算がまったくできない。分数の割り算ってなんだよ。割り算で割るってどういうことよ。意味わからん。と思いつつも、算数についてはなんとかなった。問題は中学数学からである

算数から数学になると急激に難易度が上がる。なんでマイナスマイナス掛けたらプラスになるの。分数の割り算が今度は逆数の掛け算になるとかどういうことよ。ちょっともう本当に意味がわからない。そうしているうちに1週間、2週間が過ぎる。やばい。それでもぜんぜんわからない。中学数学最初の段階でこれだけ時間かかってたら数Iを終えるまでに何年かかるんだ。本当にこんなので大学へ行けるのか。さすがに焦りが出てくる。心が折れそうになる。何より、やっていてまったくおもしろくない。つまらない。こんなの社会に出てから何の役に立つんだ。これを必修にするとか文科省陰謀だろ。あ、人が陰謀論に走るのは精神的にまいってるときなのか。ひとつ勉強になった。

そんな感じでウンウン唸りながらも参考書を読み進めていると、「-xは係数に1が隠れている」という一文が目に止まった。あ、そうか、-xは、-1x、-1掛けるxってことか。なるほど。でもこれって、マイナスだけじゃなくてプラスでも同じじゃないか? つまり、xは、1掛けるxなのだ。あ、これって文字じゃなくても同じか。つまり、5は、1掛ける5だ。あれ? もしかして、どんな数にも、係数として1が掛かっている……? ああなんだか考えすぎて頭がパンクしそうだ。脳みそギシギシと軋む音が聞こえる。でももうちょっと考えてみよう。

つまり、つまり分数も同じなのだ。1/2は、1掛ける1/2だ。算数的にいえば、ケーキ1個を半分にしたものがケーキ1/2個だ。うん、それでいい。でもよく考えたら、ケーキを半分にしたあとで他の誰かがやってきたら、その人は最初の大きさを知らないのだから、半分のサイズケーキを1個とカウントするはずである。1/2個とカウントするには、「半分にした」という事実認識必要なのだ。いや待て、そもそも、1/2という数字それ自体が「半分にする」という意味なのだ。これは、「半分」という名詞ではなく、「半分にする」という動詞なのだ。1/2というのは何か実体のあるものではなく、「いまからお前を半分にしてやる」という意思、考え方、概念なのだ

そのときバタン!」と音を立てて扉が開いた。それは数学の扉だった。

そうだ、数(すう)とは概念なのだ。いち、にぃ、さん、とものをかぞえるときに使う数(かず)とは違うのだ。そして前者を扱うのが数学であり、後者を扱うのが算数なのだ。僕はいままで数学をやっているようで、その実、算数をやっていたのだ。ぜんぜん違う教科をやっていたのだから、わからなくてあたりまえ、つまらなくてあたりまえだった。

数とは概念である。その前提を踏まえてみると、これまでとはまったく違う世界が見えてきた。数を感覚的に扱えるようになってきた。数式の手ざわりがわかるようになってきた。なにこれやばい。超おもしろい。いままで「数学おもしろい」っていう人のことがまったく理解できなかったけど、そうか、こういうことか。数の正体を知っている人と知らない人では、同じ数式を見ても、まったく違うものを見ているのだ。

それからはこれまでの苦悩が嘘のようにサクサクと勉強が進んだ。中学数学も予想より早く終わった。よし、ここからが本番だ。と気合いを入れて数Iに突入したけど、参考書パラパラとめくってすぐに拍子抜けした。なにこれ中学数学ちょっと発展させただけじゃん……。気合い入れて損した……。

よし、最大の懸念だった数学はなんとかなりそうだ。次は理科系科目にいってみよう。

まずはまた本屋参考書を何冊か購入し、読んでみる。数学ときほどまったくわからないということはないけど、なんだかいまいち頭に入ってこない。原子がどうの、位置エネルギーがどうのといわれても、なんだかいまいち実感がわかない。これはまた数学ときと同じく、勉強の仕方を間違えているのではないかと思った。こういうのを学校で習うときは、実験を行いながら、実感をともなって理解していくもののように思う。本を読むだけではその実感は得られないのは当然だ。でも個人で実験器具を揃えるなんて現実的じゃないし、わざわざこのためだけに予備校に行くのも大げさだ。そうだ、どこかの動画サイト実験映像がアップされてるんじゃないだろうか。それを見れば多少は実感もわくだろう。

いろいろとネット上を探していると、NHKの高校講座を発見した。どうやらNHKでは放送済みの高校講座をすべてネット配信しているようだ。理系科目はもちろん、文系科目もある。こんなんあったのか。もっと早く教えてくれよ。とかぼやきつつ、さっそく科学と人間生活の講座を見てみたら、バラエティ番組っぽい雰囲気ちょっと面食らった。NHKの高校講座ってこんなんだっけ。講師が延々と解説してるだけの、いかにも教育番組って感じの、おかたい雰囲気じゃなかったっけ。いまはタレントがメインで出ていて、講師あくまで補佐的な役割のようだ。そのぶん雰囲気はゆるくなっているけど、見ていて飽きない作りになっている。化学物理実験映像で見られるのもそうだけど、習った内容が社会の中で実際にどう活かされているのか、町工場や、最先端研究現場リポートもあったりして、興味をかきたてられる内容になっている。これを無料配信するとか、NHKすげえな。しかしやはりこういう講義形式はわかりやすい。本で独学だと、自分の理解が合ってるのかどうか、不安になることが多々あるし。

よし、どんどんいこう。化学基礎。いまはpHを「ペーハー」じゃなくて「ピーエイチ」って読むらしい。マジか。物理基礎。ダムの水が持つ位置エネルギーは何から与えられたエネルギーか。え、わからん。正解は太陽エネルギー。マジか。太陽パネェな。生物基礎。呼吸と燃焼の反応式は同じ。温度と反応速度が違うだけ。え? マジで? 生まれときから呼吸してるのに知らんかった……。ショック……。地学基礎。グリーンランド沖で沈み込んだ海水は、太平洋の表層に達するまでの5万kmを、1000年とか2000年とかかけて流れる。壮大すぎだろ。地球パネェな。地理。お、このケッペンの気候区分ってのは世界一周アプリに使えそうだ。GIS(地理情報システム)を本気で開発するなら、地理に関してはもっと突っ込んだところまで勉強しないといけないかもしれないな。

さら日本史世界史数学I……NHK高校講座おもしろすぎわろた、とかやってるうちに、試験本番の日がやってきた。


試験会場に集まっていたのは、ほとんどが二十歳前後若者だった。控え室には、参考書と格闘している人もいれば、友人同士で最終的な確認をしあう人たちもいる。そういえばこの人たちはベルリンの壁崩壊後に生まれてるんだよな。それはもはや教科書で習う「歴史なのだ。そして逆に、僕より上の世代にとっての東西冷戦は、自分たちが生きた時代のものだ。「あのままずっと世界は真っ二つに分かれたままだと思ってた」というような話はよく聞く。いまとなってはわからない感覚だけど、当時は誰もがそう思っていたようだ。僕はそのどちらでもない。十分に咀嚼された「歴史」でもなく、自分が生きた時代でもない。だからそれについて、誰よりも知らない。しかしだからこそ、誰よりも知りたくなったのかもしれない。そしてそのために、僕はいま、ここにいる。

高認の試験は2日間に分けて行われる。初日の1科目目は現代社会だった。まったく対策らしい対策をしなかったから、ここで初めて気づいたけど、グラフの読み取り問題がやたらと多い。間違い探しのように精査しなければならず、1問にかかる時間が長い。問題よりも時間配分の仕方がわからない。時間が足りない。もっとちゃんと過去問で練習しとくんだった……。

次は国語。問題文にちょっとおもしろい箇所があって、静まり返った試験会場で「デュフフwww」とかキモい笑いを漏らしてしまった。死にたいしかしおかげで緊張はほぐれた。

英語TOEICに比べたら楽勝だった。9割はいけたんじゃないだろうか。

そして数学。これがいちばん不安だったけど、落ち着いてやれば余裕だった。これも9割いけたんじゃないだろうか。あらためて問題を見てみると、捻った問題というか応用問題すらないので、基本的なことがわかっていれば確実に解けるようになっている。東大入試問題とかいってたやつ誰よ。

科学と人間生活。範囲が広いのであまり詳しく勉強してない箇所の問題もあったけど、半分はいけたはず。

1日目、無事終了。

2日目。地理海外放浪ときにまわった国の問題が多く出ていて、なんだか常識問題のようだった。ちょっとチートっぽいけど、こうやって実地で得た知識もれっきとした学力だ。うん。

世界史。これも範囲は広いけど、さほど突っ込んだ問題はない。9割いけたはず。

地学基礎。フズリナと同時期に繁栄した生物は、1.トリゴニア、2.カヘイ石(ヌンムリテス)、3.ロボク、4.デスモスチルス、そこまで詳しくしらんがな。クイズか。そんな感じの問題もあったけど、なんとか半分はクリアできた。

2日目も無事終了。

試験が終わると一気に力が抜けて、何もやる気が起こらなかった。しばらくは勉強もせずダラダラと過ごした。

1ヶ月後、試験結果が届いた。

全科目合格だった。

それが先週の話。

そしていま、こうして増田に投稿する文章を書いている。

からこのお話はここで終わりだ。正確にいうなら、ここから先の展開はまだわからない。


あらためて思う。世界は巨大で、そして複雑だ。

数学の扉を開いたとき、数式が以前とはまったく違って見えたように、新しい視座を得れば、世界がまったく別物に見えてくる。世界が変わる。そしてまた、以前は気づかなかった、新しい視座の存在に気づく。

あとどれくらい、そんなことを繰り返せばいいんだろうか。

方程式定理法則電気磁気エネルギー素粒子、宇宙、銀河太陽地球生命遺伝子、進化、化石燃料、製錬、農耕、富、労働、権力支配、隷従、社会自由イデオロギー宗教民族言語貨幣、法、国家議会政党福祉、教育、研究、産業、組合、企業、グローバリゼーション条約為替貿易経済

時間軸と空間軸を埋め尽くす、無数の点と線。それらが織りなすのは、世界という長大な書物。

そのことを考えると、なぜか胸が苦しくなってくる。無性に泣きたくなってくる。

人生のすべてを費やしても、その書物を読み解くことは決してできないと、どうしようもないほどに思い知らされるからかもしれない。

だけど、それでも僕は、次のページをめくらずにはいられない。

それはきっと、生まれながらに組み込まれた、僕の中の最もプリミティブなプログラム

未知の領域へ。さらその先へ

どんな権限をもってしても、そのプロセスを殺すことはできない。

から僕は、今日も本のページをめくり、旅をする。

たとえそれが、世界いちばん遠回りな世界一周の旅だとしても。

2015-05-10

新世界秩序

新世界秩序(しんせかいちつじょ、New World Order略称NWO)とは、国際政治学用語としては、ポスト冷戦体制国際秩序を指す[2]。また陰謀論として、将来的に現在主権独立国家体制を取り替えるとされている、世界統一政府による地球レベルでの管理社会を指すものとしても使われる。

概要

この世界政府による独裁制の成立はクーデターのような目に見える形ではなく、段階的に成し遂げられるものとされており、国際連合を頂点とする国際通貨基金世界銀行による金融的な支配、欧州連合などの地域統合名目した国家主権の段階的な廃止、NAFTATPPなどの自由貿易体制を通じた人と資本の移動自由化による経済的国境の廃止、または地球温暖化世界金融危機など世界レベルの取り組みが不可欠であるという、いわゆる「グローバルな問題」を創り出し宣伝することによって国家の廃絶が必要であるという世論形成を通じて行われるとされる。

New World Orderという用語自体第一次世界大戦後頃から英米の政治家によって多用され始めた。公式確認されている中でも、国際連盟設立ベルサイユ体制の構築によって大国間の勢力均衡が大きく変化したことを指してアメリカウッドロウ・ウィルソン大統領新世界秩序という用語を使っている。その後、第二次世界大戦悲惨帰結を見たウィンストン・チャーチル破滅的な世界大戦を避けるには国民主権国家を廃絶し世界政府管理による恒久的な平和体制の実現が不可欠であるとして、この言葉を使った。

SF小説家で歴史家としても著名なH.G.ウェルズ国家存在を認める国際連盟批判し、主権国家の完全な根絶と、高級技術官僚や少数のエリートによる世界統一政府を通じた地球管理を訴え、1940年に『新世界秩序』(New World Order)を出版しその持論を述べた。

ビル・クリントン大学時代の恩師で、戦略国際問題研究所拠点ジョージタウン大学国際学部教授キャロル・キグリー1966年に1,300ページにも及ぶ大著『悲劇希望』(Tragedy and Hope)を出版し、新世界秩序の世界像を書いている。キグリーはこの著書の中で各国の文明史・政治史を詳細に分析し、1648年以降のウェストファリア体制 (独立した主権国家同士による勢力均衡体制) を『悲劇』とし、イギリスアメリカ拠点とする国際金融資本による世界統治を『希望』として描いた。この著書は出版当初はほとんど反響はなかったが、後に陰謀史観コミュニティに大きな影響を与えた。このことから新世界秩序や、いわゆるグローバリゼーションとはアングロ・サクソン帝国主義の言い換えに過ぎないのだと言われている。

この用語陰謀史観コミュニティだけではなく一般にも広く知られるようになったのは、1988年12月7日ミハイル・ゴルバチョフが全世界に向けて行った国連演説きっかである。また、1990年9月11日ジョージ・H・W・ブッシュ大統領湾岸戦争前に連邦議会で行った『新世界秩序へ向けて(Toward a New World Order)』というスピーチアメリカでも有名になった。下記は1991年3月6日の『新世界秩序(New World Order)』というスピーチの一部の抜粋

Until now, the world we’ve known has been a world divided—a world of barbed wire and concrete block, conflict and cold war. Now, we can see a new world coming into view. A world in which there is the very real prospect of a new world order. In the words of Winston Churchill, a "world order" in which "the principles of justice and fair play ... protect the weak against the strong ..." A world where the United Nations, freed from cold war stalemate, is poised to fulfill the historic vision of its founders. A world in which freedom and respect for human rights find a home among all nations.

今日まで我々が知っていた世界とは、分断された世界―有刺鉄線とコンクリートブロック、対立と冷戦世界でした。今、我々は新世界への到達を目にしています。まさに真の新世界秩序という可能性です。ウィンストン・チャーチル言葉で言えば、"正義と公正の原理により弱者強者から守られる世界秩序"です。国連が、冷戦という行き詰まりから解放され、その創設者歴史観を貫徹する準備の出来た世界自由人権尊重が全ての国家において見出せる世界です。

その他に、ヘンリー・キッシンジャービル・クリントントニー・ブレアゴードン・ブラウンジョージ・ソロスデイビッドロックフェラーなどがこの語を使ったことで知られる。

2013年4月5日には、アメリカジョー・バイデン副大統領が、アメリカ輸出入銀行(Export‐Import Bank of the United States)で開かれた会議で、

The affirmative task we have now, is to actually create a new world order, because the global order is changing again

世界秩序が再び変わりつつある中で、我々が今抱えている肯定的課題は、実際に新世界秩序を創造することである

公式発言した。

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