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はてなキーワード: この街とは

2021-05-11

Baby baby baby 君がそばにいなきゃ

Baby baby baby この街も夜空も

Baby baby baby 遠く消えてしま

Just say you'll still be mine cuz I love you

I need you girl

2021-05-04

弱者ダンディ、俺のことをみんなそう呼ぶぜ

俺はダンディ、弱者ダンディ。

ふらりふらふら歩き続けて、気付けばこんな街に来ちまった。

みんなは俺のことをダンディ、ダンディと呼ぶぜ。

俺がいつも半袖短パンで過ごしてるのがそんなにイケてるかい

これは自前じゃないぜ、服が擦り切れてこうなっただけさ。

 

まぁ、そんなに呼ばれても俺はニヒルに笑うことしかできないぜ。

そうさ、こうしなきゃ俺がダンディすぎて街のみんなは顔が真っ赤になっちまう

なんでこっちを向いてくれないのよダンディ、なんて何度も聞かされた言葉さ。

フフ、そんなことよりパンをくれよ。カスでもいいからさ。

 

おやおや、俺の笑顔にぼうっとしちゃってまたまた子猫ちゃん達が顔を真っ赤にして近づいてきたぜ

ほらほら、それ以上は近づいちゃダメだぜ。

三密って奴さ。

 

何、さっきから俺を見て笑いやがってなんなんだお前は、だって

 

そりゃソーリー、俺はダンディなんで誰にでも笑いかけちまうのさ。

アンタが特に面白いわけじゃないさ、この街面白いんだ。

この街はいろんな奴らが集まってくる。

良い奴、悪い奴、強い奴、そして弱い奴。

 

そう、この俺こそが弱者ダンディだ。

 

そんな街で幾ら強がったって、明日にはまた違う強がりがでてくるよな

兄さんはどんな強がりを言いたかったんだい?俺でよけりゃ聞くさ

なぁに、お代はその缶でいい。ああ、兄さんがタバコ入れにしてる奴さ。

おや?何か不満があるのかい

いや、こりゃあ酒が回りすぎちまっただけかい

ああやだねぇ、下手な飲み方をしちゃってまぁ。

さぁ、こんなところで顔を真っ赤になんてしてないで早くお家に帰るんだ。

おい、兄さん。

そこは俺の今日寝床だぜ。

起きなって、おい。

 

ったく、そんだけ飲んじまったならあと二、三時間は目が覚めない、か。

全く、人が敷いた段ボールの上で眠れて幸せかよ。

まぁいいや、今日はこのぐらいにして適当場所で寝ることにするよ。

まぁ寝れなきゃ以前のこの街と一緒さ。

 

眠らないまま、彷徨い続けるのさ。

 

俺はダンディ、弱者ダンディ。

コンクリートティから吹き荒ぶ風が今夜も両腕と両足を冷やすぜ。

2021-04-23

[]GeoGuessr日記3

無料版。シングルプレイヤーマップは「The World」。時間は無制限

1問目

ちょっと古びた住宅街。パッと見では日本かと思ったが、看板文字中国語

標識に「育徳路」「新吉路」と書いてある。その交差点が初期地点だ。

とりあえず大きな建物が見えるほうに進んでみる。

やはり住宅のつくりが日本に似ている。ちょっと親近感が湧く。

大通りに出た。これが「樹考路」というらしい。

すぐ近くの店名に「香港」と付く店が2軒、「台中」と付く店も2軒。

この街香港/台中なのか、それとも香港/台中本店があるチェーンだったりするのか。

とりあえず香港台中で「樹考路」を探してみるか。

香港の道は「〜〜街」とか「〜〜道」という名前が多いかもしれない。

「〜〜路」が多いのは圧倒的に台中だ。というわけで台中市に絞ろう。

道の名前けがヒントなので意外に手間取ったが、何とか「樹考路」を見つけた。

そこから辿って「育徳路」「新吉路」の交差点

誤差は14.1m。5000ptだった。

2問目

わりと広い道の交差点信号機そばアメリカ国旗が掲げられている。

間違いなくアメリカ国旗好きだなおい。

国道番号として「201A」と「2」が書いてある。もう少し進むと高速道路番号「95」。

アメリカはわかりやすくてよい。

高速道路95号線はアメリカ東海岸縦断する道のようで、

北東部まで辿っていくと国道2号線と並走するようなところがあった。

その周辺を探ってみると「201A」も発見

201A号線と2号線が交差する「ノリッジウォック」のあたりで解答ボタン

誤差は144.5m。5000ptだった。

3問目

南北に真っ直ぐに伸びた閑静な並木道。どこまでも森の中という感じ。

なにかの建物(表札などはない)の門前が初期地点だが、その他に建物があるようには思えない。

とりあえず北に向かって進んでみよう。

最初標識。出たぞ、キリル文字だ。「БОРОДИНСКОЕ」かな。

他の地名と照らし合わせて解読してみよう。

Бは「B」、Рが「R」、ゴルァの口が「D」、Иが「I」、Нが「N」、Сが「S」か。

というか「КОНДИНСКОЕ」という地名を見つけた。

これの読みが「コンジンスコエ」なので、БОРОДИНСКОЕは「ボロジンスコエ」と読むのだろう。

この「〜〜スコエ」という地名は他にも見られる。なにか「〜〜山」とか「〜〜川」みたいな意味なのかもしれない。

ロシア地名によくある「〜〜スク」の変形とか?

そしてロシア中南部あたりに集中している気がするのでボロジンスコエもそのあたりにあるかもしれない。

でもそれ以上は分からん

ロシア広すぎんよー。

北に進みまくっても何もなかったので出発点に戻って南へ行く。

あっさり小さな町(というか村?)があった。

その町の入口看板に「ATTENTION! ZONE OF THE BORDER CONTROL!」と英語で書いてある。

ロシア国旗が掲げられているのでやはりロシアなんだろうと思うが。

Border Controlというのは国境かなにかだろうか。国境付近?

ここらへんで諦めてロシア南部、オムスクのあたりで解答ボタンを押した。

うーん、ぜんぜん違った。

国境というのは合っていたが、南ではなく西、フィンランドとの国境付近だ。

サンクトペテルブルグの北西に「ボロジンスコエ」という町はあった。

残念。誤差は2675.1km。832ptだった。

ロシア広すぎんよー。

4問目

けっこう大きめの街。看板が多くて助かる。言語英語っぽくない。

「MERCAMA'S DOMINICANA」という店があったのでドミニカなのかな。

ドミニカってドミニカ国とドミニカ共和国と二つあるんだっけ?

道路標識があったが色褪せていてほぼ読めない。

大きな橋があった。やはり色褪せていて読みづらいが「REGRESA PRO…」と書かれた標識が見える。橋の名前だったらいいけど。

なんか大きめの胸像みたいなものが見えるな。「DR. JOSE FRANCISCO PEÑA GOMEZ」と書かれている。あとで調べてみるか。

うーん、だいぶ探したが案内標識のたぐいがない。街の名前がわからない。

看板の上のほうにちょろっと「SANTO DOMINGO ESTE」と書いてるんだよな。やはりドミニカなのか。

あと「SAN VICENTE DE PAUL」というのが道の名前らしい。

でもサント・ドミンゴエステサント・ドミンゴとは違う地区らしい?)に絞って探したけどそれらしい道や橋は見つからない…

諦めてサント・ドミンゴエステの真ん中で解答ボタンを押した。

誤差3.8km。4987pt。意外と惜しい。でもストビューの印象と地図がぜんぜん違うな。

「José Francisco Peña Gómez」さんはドミニカ共和国の有名な政治家で元サント・ドミンゴ市長だったらしい。

5問目

住宅街。見たこともない文字が見える。どこだここ。

大通りに出てみる。なんか急に日本語で「ねぎらーめん」って書いてある店があるぞ。

あと「づぼらや」の写真日本人の店なのか。「Negi Ramen Trang」とアルファベットで書いてある。

なんとなく東南アジアっぽいな。

ここのストリートビュー歩道視点なんだが。自転車で走ってる?

「Trang」という文字列をよく見かける。町の名前なのか?

看板に「ASIAN DELIGHT」「THAI TASTE」って書いてある。

タイだといいなあ。タイ語ってこんなんだっけ。

標識に「Trang City Hall」とある。やはり「Trang」という街なのでは。

地図で探してみるか。あった。タイ南部の町・トラン。

まっすぐ南北に走る広めの道からねぎらーめん」を探す…おお、見つけた。

解答ボタンを押す。誤差は5.7m。5000ptだった。

結果

トータルスコアは20819ptだった。ロシア問題がつらかったな。

復讐は何も産まないぞー!

ところがどっこいこの街復讐からつくられる復讐饅頭名産

今では観光客が列を為して復讐饅頭製造工場を眺めていくのです

2021-04-20

名古屋うまいラーメン教えて

どこに行っても美味しいラーメン屋がない。

味覚ぶっ壊れてるの?この街

ラーメンレベルが低くて悲しい

2021-03-21

anond:20210321120659

「インネパ」で検索するとよく分かるが、日本人好みにインド料理カスタマイズし、そのメニューレシピネパールオーナー達の間で広めていくコミュニティがあるらしい。どこの街にもあるインドカレー屋のメニューがなんとなく全部似てるのはこのため。

2021-03-17

とある企業城下町に生まれ

 私は某Y県のとある大企業(仮にT社とする)の企業城下町に生まれた。街にはT社の巨大な工場複数あり、飲食店もT社従業員が夜な夜な徘徊することで潤っているので、街のほぼ全てがT社でなりたっているといってもよい。私の父親若い時にこの街にやってきて、その大企業ではないが取引先として働いていた。小さいときは気にしたこともなかったが、物心がつくようになると両親はことあるごとにT社を口にするようになった。あの子はT社のなんとか部の部長の子だとか、あそこの家の子父親はT社をやめさせられて今では……、など小さい子供にとってはどうでもいいことを吹き込まれた。ただそういう雰囲気は私の家庭だけでなく地域の家庭全てがそうであった。そのような雰囲気は当然子供社会にも侵食されていて、学校の年度が上がるごとにT社の影響力を強く感じるようになり、学校の子供の間で親のT社に立場に基づいたヒエラルキー形成されていくようになった。私の父はただの出入り業者なので下位グループ位置付けられ、かといってT社と関係のない仕事でもなく、卑屈に過ごさなくてはならないという立場になっていた。学校子供の間で些細なトラブルがあって、それを親に言ったとしても、親の行動は相手の子の親によって言うことや態度を変えるのも心底嫌であった。早くこのヒエラルキーと無縁の場所に行きたかった。

 高校生になって志望大学を考えるようになると、私も自分学力相談しながらも、大してなりたいものもあるわけではなかった。だたこの息苦しさだけからは抜けたかった。そんなある日、同級生のA君が大手T社の主業に直結する地元県立大学学科を受けるということを友達から聞いた。自分にとっては地元大学だけならまだしも、地元T社の本業学科を受けるという私には全く理解できないあり得ない選択であったから、A君は何か洗脳されているのではないかと。私はA君と2人になれたときに、なんでそんな学科に行くのか理由を聞くと、それがさも常識で当たり前であるような回答をしてきた。そしてそのまま地元大企業のT社に入れたらいいなともいってきた。彼との会話中、私は特に言葉否定してはいなかったが顔には出ていたのだろう、A君はそんな質問をする自分を変な目で見ていたように感じた。

 大学入学したら家から離れて一人暮らしたかったが、そんな一人暮らしをさせられるだけのお金が家にないのは十分知っていたので、実家から列車で2時間はかかる隣県の大都市にある大学に入った。もちろんT社の業種とは関係ない別の業界学科。ただ物凄くやりたいことがあったわけでなくただ他の学科より少し面白そうと思っただけ。理系学科なので授業も課題も一杯でしんどかったが、今から思えばそこそこの大学生活を送ったような気がする。そして大した意識もなく同じ大学大学院の修士に入り、卒業後の就職のことを考える時期になった。

 同じ研究室で一緒に実験をしていた仲の良かった一人暮らしのB君。今後の就職の話をしたら、B君はS社に行きたいといい始めた。S社は大学からはかなり遠いが私たち学科と同じ業種の大手企業である。それ自体普通の話だし、当然S社から学科から大学推薦枠もある。それで毎年1-2名は先輩が入社していたが、私の選択肢としてなんとなく無かった会社だった。私はB君になんでS社をピンポイントで行きたいのかを問うと、実家から近い会社から一言高校ときのA君が頭に浮かんだ。ただそれよりB君がX県から来て一人暮らしをしていてるのは知ってたのに、X県はS社発祥の地であり今でも主力工場がX県にあることをよくわかっておらず、それらを結び付けられていない自分間抜けだったという思いが強かった。

B君はさらに付け加えて、自分一人っ子なのでS社に入れば自分の両親や祖父母安心すると。それに実家も継がなくてはいけないか地元には帰らないといけないとも。そういえば私は生まれ育った町に愛着がなくはないが、父親も外からきて今の町に住みついただけであり先祖からそこに住んでいたわけでは全然ない。小さいときに父の実家に何度かいたこともあるが、居心地の悪い印象しかない。私には一生わからない世界だ。

 就職は至難だった。学校就職氷河期が突然きてしまたからだ。それまでは推薦可能求人学生数の数倍はあり学科推薦を受けたら100%就職できていたし、1年上の先輩も何も困らず全員推薦で就職していった。それなのに、その年の推薦可能求人学生数よりすくなく、求人がきた企業学科推薦しても学生の3割程度しかからない酷い有様だった。私も学科推薦を受けたR社からお断りされてしまった。それまで私も含めてかなりの同級生が余裕こいていたのに。最初は業種を絞っていたが、そのうち業種もなにも関係なく手当たりしだいで応募したところ、当時、新卒求人比較的多かった東京IT系企業たまたま引っかかった。別にコンピュータサイエンス勉強したわけでもないが背に腹は代えられない。その後は何度かなんとなく転職して、一応外資系IT会社になんとなくいる。給料は悪くないが別に巷で言われる有名外資とは程遠く、それでいていつ首切られるかわからない仕事をしつつ年齢だけ重ねて、転職エージェントからもお声もかからなくなってしまった。

 

 数年ほど前、ある雑誌を眺めていたら故郷のT社の記事が目に留まった。なんとなく読むとそこに高校同級生のA君の名前を見つけた。だいぶ老けたおっさんだったがT社でそれなりの地位について世界中を飛び回っているようだ。彼は高校生ときに聞いた人生計画を順調にすすめ、順調に出世しているようだ。しか自分地元にも残らず、大学勉強したことも役にたたず、海外本社からゴミみたいに罵倒され、それでいて世間の役にもたたないクソみたいなブルシットジョブをしている。どこで差がついたんだろうな。

 そんなことを先週見た宇部興産映画で思いだしたので増田に書いてみた。

2021-03-14

実は、地元にクソでっけぇ震災来てメチャメチャになってほしい願望がある

同級生やその家族グシャグシャに崩れた自宅の前でさめざめと泣いているのを、自宅だったマンション瓦礫の山で配給の乾パンかじりながらボケーッと眺めていたい。

商品棚がスッカラカンコンビニで、絶体絶命都市みたいにレジカウンターの上に山積みにされている、善意の人々が店員がいなくても支払った料金をバレない程度に握り込んでこっそり貯金したい。

電気も通わなくなって監視カメラとかも機能してないことを確認したら未だにわだかまりを抱えてる同級生をこっそり殺したい。

スーパーの棚に残された人気のないラーメンをためらいなく食べて、初めて食べる味わいにちょっとテンションを上げてみたい。

倒れた電信柱の上を歩いてバランス取る遊びをしたい。

避難所指定されてる母校の小学校体育館に行って、思い出に浸りたい。

震災関係なく、おいしくなかったから食べなかっただけで賞味期限がとっくに切れた買い置きを非常食のように振る舞って他人感謝されたい。

ちょっとずつちょっとずつ復興する地元を見守りながら、これからこの街で起きた災害を忘れないように背負っていくとかインタビューでフカしたい。

俺は震災この街が終わってほしい。

2021-03-12

この街は汚れてなどいない!

そう思うのは、この街が汚れているからだ!

2021-03-09

あの人も、またあの人も、この街にはもう居ない

2021-03-06

3.11からそろそろ10年経って思うこと

私は宮城県の某被災地に生まれ育った。

親の親世代からこの土地根付いているような家系

昭和の悪い部分を煮詰めたような部分が自分は大嫌いだった。

なんでおじいちゃん自分お茶を入れないのか?

なんで共働きの母ばかりが家事をしているのか?

幼い頃に感じた純粋な疑問に対して誰も納得のゆく答えをくれないまま

それなら都会へ、という憧れを抱いて高校卒業後に飛び出した。

思春期カルチャー沼にどっぷりハマってからはひたすら

早くこの街を出たい、好きなモノに埋もれたい、親元から離れたいという思いしかなかった。

そこに執着する理由には家族間の軋轢しか

都会でしか享受できない文化的資本の差に打ちひしがれた田舎での経験だった。

そんな中、都会で青春真っ盛りの最中にあの地震津波が起きた。

私はその時、憧れていた東京にいて

そこそこ楽しい大学生活をしながら

自分目標のためバイトに精を出していた。

あの瞬間は一つ目のバイトが終わり、二つ目バイトへ向かう途中。

あの地震が起きた瞬間は覚えているのに

それ以降の時期のことはしばらくぼんやりとしていてまるで別世界のようで

10年経った今でもその気持ちは変わらない。

私が経験したことはもはや都会の住民の一部と同様であって

私が生まれ育ち、そして憎んだあの土地については全く何も知らないのだと思い知らされた。

あの震災の後しばらくは自分でもクソとしか思えないが

家族と連絡が取れないまま

ひたすら楽しみにしていたアニメや好きなバンド新譜やまだ見ぬ映画を見漁る日々を続けていた。

周りの友達の方がよっぽど心配をしてくれていて

それに対して何の感情も持てない自分はなんてクズなんだと自問自答した。

あの時期に見たカルチャーある意味一生忘れられないものだ。

今思えばただの現実逃避なのだから

地元同級生が何人も津波で亡くなり、

家族とも連絡がつかないような状況下において

自分がとった行動は果たしてしかったのだろうか。

好きも嫌いも関わらずボランティアで来てくれた縁も縁もない土地の人々もいるというのに

故郷に対してここまで遠い距離感で過ごす日々に対してこの10年間ずっと罪悪感を抱いている。

あの震災リアル体験した故郷の彼らと私はもはや別の人間なのだ

あれだけ憎んでいた地元なのに

その気持ち10年間ある種のコンプレックスとして私の胸を離してくれない。

その気持ちのまま、3/11を迎えようとしている。

2021-03-04

白金スーパー行ったら民度高過ぎ

一昨日白金の近くに越してきた。

以前は酔っ払いがふらついてたり、大学生が騒ぐような街住んでたので、そのリバウンドもあって少し背伸びたかったのもあるかもしれない。

さて、この辺りは地価も高いせいかスーパーがあまりない。

やっとこさ見つけたスーパーに昨日でかけたのだが、やはりこの一帯の住民がみんなここに押し寄せて来てるのだろう、レジ前の陳列棚は、レジから伸びる列のせいもあり、その列の商品が欲しければ、半身で品定めしなきゃいかんまである

オレはその日は買い出しではなく、スーパーの下見程度だったので、適当惣菜2個をカゴに入れて、列に並んだのだが、やはり普段遣い勢はカゴなんかもうパンパンである

これは列がはけるのには暫く時間がかかりそうだ。

大概の街では、これほど並ぶと、少しはソワソワする人が列にいる。前を背伸びして急げオーラを出したり、小さなペンギン歩きなどをして、後続の人に気休め程度の進んでる感を与えたり(まぁ実際は進んでいないのだが)。

俺が以前住んでいた街は、このような混雑で舌打ちしたり、貧乏ゆすりをしたり、割り込んで「袋頂戴」などと列に凸する輩が多かったので、惣菜2個程度で並ぶのは、以前の街であれば申し訳ないなどと思ったりしていた。

しかこの街は違う。

誰も急かさず、誰も急がず、悠々自適とはこのことを言うのだと思う。

雰囲気でいえばそう、事前抽選当選した人たちだけがチケットを受け取りに来ているあの雰囲気だ。先着でチケット配布されるとき待機列のピリピリ感、あれが微塵もない。

で、結局話したいのはここからなんだけど、列もはけてきたあたりで、

オレの2つ前の貴婦人会計時に

貴「ポイント全部使います

店員「全部ですか?」

貴「はい、全部です」

店員「ほんとうに?ぜんぶ?」

などという会話を始めた。

ちなみにこの時点でおれが並んだときより混雑している。ここで「全部ですか?」などと聞き返せる店員店員だが。

貴「はい、全部」

店員「全部で19ポイントですが、14ポイント使えばお釣りピッタリ出ますよ」(数字は確かこんな感じだったと思う)

貴「...じゃあそれでお願いします(^o^)」

オレはこの時点で店員の育ちの良さに気付いた。こんなに並んでる状況で、一つの丁寧な対応が、後続のお客の気を触れるなど、思いつかないのだ。

幸運にも!幸運にも思いつかないのだ!

今まで感情で何かをぶつけられたり、理不尽な人に出会わず生きてきたからこそ、性善説が今の今まで壊されてこなかったのだろう。スーパー店員なんて、電車に乗って来てまでするパートでもない。恐らく付近に踏んでる貴族が、暇つぶしとしてパートをしているに違いない。

ここまで一瞬で連想できてしまい、白金、なんていい街に住んだんだおれは、、、と思った。

しかし次の瞬間、この思いは塗り替えられることになる。

「ピッ、ガーーー」

貴「ありがとう(^o^)」

店員「またお越し下さいませ、次の方〜」

なんと貴婦人クレジットカードでの支払いだったのだ。

貴婦人クレジットカードの支払いであから本来おつりの端数などどうでもいいのだ。そして、19円という少ない金額なのならば、そのカードから乗り換えるとか、近くに別のスーパーができるとか、そんな理由じゃないと使い切らないだろうから貴婦人には使い切りたいそれ相応の理由があったに違いない。

にもかかわらず、クレジットカードの支払いで「お釣りピッタリにしませんか?」という店員の誘いに笑顔で「ありがとう(^o^)」と言えるなんて。

店員しろ貴婦人しろ

なんて気立てのいいことか。

この街はいい街じゃない、とてもいい街だ。

その日買った惣菜は、少しばかり美味しく感じた。

2021-02-25

陰キャなのにイケメン親友だった話

学校にふざけるなと言いたくなるくらいのイケメンがいた。

かっこいい男子の中でも、そのイケメンはとにかく群を抜いてイケメンだった。

学校の九割くらいのヤツは、そいつ名前を知っていたんじゃないかと思う。道でたまに人が振り返るレベルイケメンだ。イケメンすぎて常に噂になっていた。

そのイケメン、では少し呼びにくいのでそいつをAとする。

Aはイケメンなだけじゃなくて運動も出来たし、頭も良かった。そしてなんでも器用にこなせた。今思い出しても欠点が何一つ思いつかない。贅沢なヤツだ。本当に漫画に出てくるようなイケメンだったのだ。

そして何故かそこで俺が出てくる。

俺とAは死ぬほど仲が良かった。

なぜならAが俺を好いていたかである

しかし、俺は陰キャである。顔も全く良くなくて、学力は中の下、運動神経は下の中。だから慶応まで余裕で受かると言われていて!球技大会では毎年MVPをかっさらっていたAが、なぜ俺を気に入っているのかがさっぱり分からなかった。

俺はそいつと高一の時に同じになったんだけど、初めてAの顔見た時びっくりした。こんなイケメンがこんな辺鄙場所にいたんだ、と思った。

そんな奴と、何がきっかけで仲良くなったかは覚えていない。

Aは、いつだって一番に俺に話しかけに来た。朝俺が登校してきたら、陽キャの輪から離れて俺のところに来た。

体育の時は毎回俺とペアを組みに来たし、クラスが変わっても毎度俺に教科書を借りに来た。

借り物競争で「親友」のような紙が出た時、Aは俺を連れて走ったくらいなのだ。Aの足が早すぎて俺が文字通り足を引っ張ったのを覚えている。(知り合いの腐女子にその話をするとどっかのBLで読んだと言われた)。

しかもAは病的で、俺に合わせて大学の進学先まで変えた。慶応が射程圏内の癖に、Aは俺の行く予定の地元のクソザコ大学に進学先を選んだのだ。俺は動揺して「お前なら○○大学(隣の県の国立)でも簡単に受かるだろ」みたいなことを言ったけど、Aは「大学とかどこでもいいし。お前とと同じところに行きたいから」みたいなことを言って笑った。


Aとは家がやけに近所なこともあって、よく一緒に最寄りのラーメン屋に出かけた。たまにAの部活のヤツらに混ざったりしたが、ほとんどは俺とAの二人だけで食べた。

Aはよく俺にラーメンを奢った。たまに「俺が払うよ」と言ってみたけれど、その度スマートに断られた。Aは何から何までイケメンだった。結局俺とAは卒業までに五十回くらいそのラーメン屋に行ったと思う。

その度に俺たちは爆笑しながらラーメンを食べた。Aはイケメンからか、一緒に話していると気持ちいいのである。Aとは何を話すにも楽しかったのだ。


俺とAはどんなときもつるんでいたので、互いのことはなんでも知り尽くしていた。

Aの好きなポケモンも、スプラの時に使う武器も、紅しょうが嫌いなことも、イチゴ味が好きなことも。

けれどAがなぜ俺ばかり選ぶのかはマジでからなかった。

Aはイケメンなのにも関わらず、一度も彼女を作ったことがなかった。どうやら学年で一番可愛い女子に好かれているらしかったのに、Aは「あんまそういうの興味無いから…」みたいなことを言っていた。そんなセリフ死ぬまでに一度くらいはいってみたいものである

Aと一緒にいることで、少し俺もモテるようになった。「Aはレベル高すぎだけど、俺くんくらいなら丁度いい(笑)」みたいな具合である。結局俺はAの添え物でしかなかった。

みんな、俺とAがずっと一緒にいることを不思議がっていた。「イケメンのAとなんで陰キャのお前が?w」みたいなセリフを遠回しに何度も言われた。

その度俺は嫌な気持ちになった。

Aの顔面はどんなときも俺を惨めにした。

どんな時だって、Aが褒められている横で俺は居ないもののように扱われているのだ。

Aが食堂のおばさんにハートを飛ばされている時、俺はそのAを隣でただ見つめていた。Aが98点の答案を貰っている横で、俺は55点の答案を握りしめていた。

俺みたいなやつが努力しても、Aに勝てることは一切ないのである

Aはとにかく俺を惨めにさせた。自分が悪いのだけど、何だかAといるのが苦痛で仕方が無くなった。

一緒にいて楽しいけれど一緒にいたくなくなった。

俺とAとで高2終わりの春休みに遊びに行った時だ。

多分近場のショッピングモールの帰りだったと思う。俺たちは家が近いので、毎度の如く帰りの路線バスが被っていた。

Aは「今日しかった」「ゲーセン確率来てよかった」「マックはもう米とコラボしない方がいい」みたいなたわいない事を楽しそうに話していた。

Aはその日もかっこ良かった。

服屋の店員はAに必死に服を勧めていたし、女の子から一人声をかけられていた。

俺はAの隣で、そんなことを思い出していた。

から帰りのバスの中で、俺の口をついて出てしまった。

「Aと一緒にいると死にたくなる」

俺はその時、何を思ってそういったのか覚えていない。多分この時のことが嫌な記憶すぎて封印してしまったんだと思う。

悪い冗談だったのか、それとも割と深刻さを伴って言ったのか。

いずれにせよ、Aが笑い飛ばせば済む話だった。「何言ってるんだよお前!」と俺の背中を叩いてくれでもすればよかった。もしくは俺が、「なーんて冗談だよ」と言って笑えばよかった。

しかし、俺たちの間はシンと静まり返ってしまった。

俺がAの顔を見れたのは、割と時間が経ってからだったと思う。

Aの大層綺麗な顔は、目に涙をためて歪んでいた。

俺はそのAの始めてみる顔を見て、陰キャ特有の「あっ…」という声を出してしまった。ごめん、と謝ろうとしたが、でてこなかった。

Aは俺から目を逸らしたあと、「今までごめんね」的なことをポソリと言った。Aのセリフの中身は忘れた。


その日以来、Aが俺に話しかけることはなくなった。

で、俺たちは高校卒業辺りまで一度も話すことは無かった。Aがいない日々はまあなんかあっさり受け入れられてしまった。元々Aとは住む世界が違ったのだ。少し虚しかった。

俺たちが喧嘩別れ?のようなものをした後、すぐAは彼女を作った。噂ですぐに流れてきた。本人からその話を聞くことは無かった。

Aはあんなに「彼女を作らない」と言っていたのに、存外簡単に作ってしまったので驚いた。俺たちが話さなくなってすぐの事だった。

廊下ですれ違っても、俺らは軽い会釈すらしなかった。完全に仲違いしていた。

ようやく俺とAが喋ったのは、もう本当に卒業間近の事だった。卒業式二週間前、くらい。

俺が一人で廊下を歩いている時、Aに「おい」みたいな感じで話しかけられた。

一瞬誰の声か分からなかった。

けど、後ろを向けばAがいた。懐かしさは不思議と感じなかった。俺が多分毎日毎日、Aを遠くから見ていたからだと思う。俺は少し泣きそうになった。

俺はAの名前を呼んだ。多分少し震えていた。

Aは俺を見て少し気恥ずかしそうに笑った。イケメンだった。そしてAは気まずそうに言った。

「俺、大学変えたよ。お前と同じ所じゃなくて、〇〇大学に行くことにした」

俺は「あっ」と言った。そして「そう」とも。

Aは俺が死んでも届かないくらレベル大学に行くらしかった。俺はまた辛くなった。

Aが言う。

「今度の土曜授業の帰りラーメン食いに行こうぜ。久々に」

俺は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。俺は「うん」と答えた。何だか女々しかったと思う。

そして俺とAは1年ぶり近くのラーメン屋に行った。

マジで話すことが尽きなかった。話さなかった9ヶ月くらいを埋めるように喋った。俺たちは4回くらい替え玉して、5時間くらいカウンターに居座った。

から何まで話し尽くした。受験が辛かったこと、彼女の束縛が酷いこと、他にも色々。基本はくだらないことばかりだったし、時々それに挟まって将来への不安を語った。

もう本当に楽しかった。

俺はAが好きだった。もちろん友達として。多分その時のAもそんな感じだったんじゃないかな。知らねえけど。

ラーメン屋から出ても、ずっと喋っていた。俺たちは1度だってスマホをいじらなかった。言葉が溢れて溢れてたまらなかった。

途中で俺は「あの時はごめん」と謝った。Aは少し間をあけて、「気にしてねえよ!」と俺の背中を叩いた。

俺たちは卒業間近に仲直りしたのだ。

卒業して、俺たちは完全に別々の道に進んだ。

バカ大学の俺と、エリート大学のA。それでも俺たちは未だに連絡を取りあっているし、そろそろAはこの街に帰ってくる。

その時また俺たちは替え玉を何度もしながらラーメン屋で語り合うのだと思う。


俺はその日が楽しみで仕方がない。

2021-02-18

ガキへの八つ当たりもののけ姫

ニュータウンじみた町に住んでいる。31独身男の一人暮らし

仕事終わりに散歩をしている。在宅勤務なので、今日外に出るのは初めてだ。

エフェクティブを使ったので15時上がりだ。まだ外は明るい。

孤独と老化と仕事への嫌悪感で将来に悲観的な想像しかできない。仕事環境はおそらく恵まれているのに、この気持ちは何だ。

楽しそうに騒ぎながら下校する小学生のガキどもを見て、つらい思い出ばかり残る学生時代を思い出してしまう。

次第にガキどもにやり場のない怒りがこみ上げてくる。


そんな中、ひとりのガキに目が行った。

そいつは一人で下校していて、ビニール傘の柄の部分を首にかけていた。

開く部分は首から横に飛び出ていて、水木一郎スカーフのようになっている。

から在宅勤務だったので、俺は今日雨が降っていたのか知らない。

こいつ、バカだなぁと思いつつ、不意に泣きそうになっていた。

この街にいる他のガキがどうなろうが知らないが、俺はこいつのために税金を納めようって思えた。

もののけ姫最後の方で「アシタカ好きだ、でも人間は嫌いだ」という言葉があったと思う。あの言葉サン人間肯定的意見を持つ第一歩だと思う。

人間から物の怪になりかけてそうな自分の心の絶望が少し和らいだのを感じながら、そんなことを思う。

たぶん今日は酒を飲まない。

2021-02-13

お金持ちの街での子育てが最高だった

私は今まで大きな思い違いをしていた。

田舎より、中途半端な都会より、そんなものより文教地区のタワマンが立ち並ぶ街(かといって若者商業施設が立ち並ぶわけではない街)の方が何倍も、人に対してフラットもの見方をしているということに気づいた。

いわゆるそこは環境の良い比較お金持ちの街だった。本当にそこのママたちはフラットだった。

例えば子ども保育園に行く家も、普通幼稚園に行く家も、お受験をする家も、インターに行く家も、ほとんどが同じ割合でいたので、あらゆる家が“普通“だった。

0歳から保育園に行くと言っても誰も「可哀想」なんて言わない、幼稚園受験をすると言っても「そんな小さいときから…」なんて言わない、インターにいっていても「じゃあ英語しゃべってw」なんて言わない。

誰かの家に遊びに行く時も「うちはあそこのタワマンだよ、来てね」「うちはその横だよ」「いいなー、うちは賃貸だよー(笑)」そんな感じで誰も「うわ、タワマン金持ち〜っ」なんて言わない。

旦那さんが医者でも弁護士でも社長普通サラリーマンでもどれも全く珍しくない。

お昼ご飯に、コンビニ弁当を食べていようか、2000円のステーキ弁当を持ってこようが誰も気にしない。「わー!お肉美味しそう!それどこの?」「あ、それコンビニの新商品!?セブン明日それにする!」というような感じだ。

この街に引っ越す前、私は別の地に一軒家で住んでいた。文教地区でもなければ、近くに受験幼稚園もない、昔ながらの土地最近子育て世代が多く入るようになったような地域だ。

その時に散々言われた。

家の前を通った顔も知らない人たちに「うわっでかい家!金持ちはいいな!」「はぁ…金持ちが」

子どもを学区外の学校に通わせると「金持ちいいな」「ボンボンw」「うちは普通の家だから、そんなお金ないし」「あそこはお金持ちだから

そんな事を散々言われた。

引っ越しをして本当に心が穏やかになれた。もう周りから差別されない、どんな家庭環境でもそれを“普通”と受け入れて貰える。それがこんなに尊いこととは。

子育ての話がぼかさなくても出来る、子ども誕生日プレゼントに何をあげたいか相談出来る、息抜きホテルランチに行こうと話が出来る、高いから無理!と笑いながら断れる、幼児から習い事をしていても「教室楽しいいいね!」と子どもに話しかけてもらえる。

2021-01-27

いろは順で「ほ」の次は?

正解: へ

株式会社はてな2021年で創立何周年?

正解: 20

KBMBGBの次は?

正解: TB

■「一休さん」が屏風から出せと言った生き物は?

正解: 虎

■「あおによし」といえばどこの街

正解: 奈良

2021-01-21

ホストクラブに通う理由

昨日人生の中で1番高額のお金を支払った。

歌舞伎町ホストクラブの一夜で80万。

ホス狂の皆様にとっては少額であろうが私にとっては人生最大の買い物だ。

私が「ホストクラブに通う理由」を

ここまでに至った経緯と共に書いていこうと思う。

自分への備忘録を兼ねて。


多分長くなると思うし、駄文です。しかも走り書きに近いので読みずらくて恥ずかしい。

それでも1人だけでも興味を持ってくれて、読んでくれたら嬉しいです。

(コロナウイルス蔓延しているのにホストクラブに行くなんてと怒る方もいらっしゃるでしょう。ごもっともです。最初に謝っておきます。ごめんなさい)


ホストクラブに初めて足を踏み入れたのは2年程前に歌舞伎町SMバーに入り浸っていた頃。

歩いていたらよくキャッチに「お姉さんホスト行きません?初回1000円で飲み放題ですよ」と声を掛けられていた。

その時は別にホストは興味無いし、後々多額のお金がかかるものだと思って敬遠していた。あとディズニーとそのバーにハマっていたから心惹かれなかった。

ある日そのバーで飲んだ帰り、急に寂しい気持ちと共に社会科見学がてらホストクラブにでも行こうかと思い立つ。

よく「1000円でいいんで!それ以上お金は掛からないんで!」と言っていたキャッチ言葉を思い出し、財布とは別に貧相なパスケースに1000円だけいれて適当キャッチに声を掛けられるのを待ってついて行った。

この時は朝方の6時。2部営業と言われる朝の6時からオープンするホストクラブだった。

キャッチにお店に案内され、いざエレベーターに乗った時は酷く緊張したのを覚えている。

意を決してドアを開けると白と黒基調とした煌びやかな空間と大きなBGMが掛かっていた。しかもお客さん誰もいないし。

コミュ障根暗な私はこの時点で帰りたくなる。

お店のスタッフに案内されるがままに席に着き初回のシステム説明された。

暫くするとホストが席に着いてくれた。

こんにちは!○○っていいますよろしく!」

「お姉さん何飲んでんの?今の時間まで何してたの?」

と聞かれるがまま答える。 緊張のせいで酔いは醒めてはいるがしどろもどろな私。

ここから6人くらいと話したがみんな上記の会話しかしない。マニュアルでもあんのか?って思うくらい。

早く帰りたいでいっぱいだった私は飲み直し(延長)を勧めるホストスタッフに「本当に1000円しかないんで!」とパスケースを見せ引き下がらせた。

(今思えば本当に営業妨害の何物でもないだろう。お店の名前も覚えていないけれど、あの時のホストクラブさんすみませんでした)

店を出て「あれの何が楽しいんだろう...もう一生行くことは無いな」と心の中で呟いた。

あの日から時は過ぎた去年の7月の終わり。

コロナウイルス流行り、ディズニーは休園してよく行っていたバーも店も閉めてしまった。

毎日毎日風俗で稼ぐ日々。 今までのストレス発散の場が無くなってしま毎日がつまらなかった。

そんな中YouTubeで誰もが知ってる某有名ホスト経営していたホストクラブの密着動画おすすめに出てきて、その動画に出た男の子に興味を持った。

まあ、言ってもいつか会いたいな〜くらいにだけど。

たまたま歌舞伎町ネカフェで泊まった夜、意を決してその子が働いてるお店に行ってみることに。

相変わらずあの煌びやかな内装とかっこいい男の子が沢山いる空間は緊張してお酒の味が分からないし、酔えない。

初回でその子を場内指名(一時的指名)する。

目の前に現れた彼は本当にかっこよかった。

気分が高揚し、軽くパニックになって上手く喋れない私を優しくリードしてくれた。もう少し彼と一緒に居たかった私は彼と飲み直しする事に。

ホストクラブといえばシャンパンを入れなかったら失礼かなって思って10万円くらいのシャンパンも下ろした。

そこで初めて見るシャンパンコール

目の前に男の人がわらわらと集まってマイクコールされる。何言ってるのか分からないけれど、何やらこの人達感謝気持ちを申してるみたい。

お金使って、沢山の男に囲まれ気持ちいい!」なんて全く思わなかった。

居心地の悪さと緊張が混じった中、キョロキョロと目を動かすのが精一杯だった。

これは今も続いててシャンパンコールは嫌いじゃないが、少しだけ居心地が悪い。

閉店時間になった頃、帰ろうとしたら彼が「この後時間ある?待っててくれない?」との提案

頭の中ではパニック

え?何で?いわゆるアフターってやつ?10万と少ししか使ってないのに...? なんで私?

と思いつつも了承する。恥ずかしい話だが特別なんじゃないかと思い上がった気持ちも少しばかりあった。

(今思えばこのホストの行動は「育て」って言われるやつですね。 この先もっとお金を使ってもらう女に育てあげることです)

その後少し待って彼とカラオケに行って、お別れする。

(アフターの描写がないのは酒で覚えてないから)

なんだか緊張こそしていたが楽しかった気がするし、かっこいいしと思ってまた行こうと思った。だってアフターまでしてくれたんだもん 。

その後は何度か通ったけれど、ヘルプ(指名しているホストとは別に着いてくれるホスト)に痣をつけられて我慢したが指名している担当ホストに言ったら迷惑が掛かるのでは無いかと思い自分から行くのを辞めた。

本当に今思えば担当からしたら突然居なくなるのが1番迷惑なのにね。



それからある日ネットを見ていたらあるホストを見つけた。

その彼は独特な世界観を持っていて、自信に満ち溢れた立ち振る舞い。端正なお顔立ち。

ドンピシャに心を撃ち抜かれた。

すぐさま指名しに行った。

彼は一度に使う額はそこまで多くはなかったけれどシャンパンと行く回数は多かったかな。

元々ソープは以前からやっているかお金はあったが足りなくて出勤時間も伸ばし、出稼ぎにも行き始めた。7時から24時まで出勤する日もしばしば。

彼の事は盲目的に好きで「彼に切られたら死ぬ」とさえ思っていた。

自分の生きる意味を彼にすり替えていた。


少し話は逸れるが、以前ネット通話した人が元ホストの方で彼が言っていた「ホストって夢みたいな物だから。ほんの些細な指パッチンで夢が覚めるよ。覚めた時に後悔しないようにね」と。

本当にこの言葉通り。 その夢の覚める合図が彼のパンチだった。

身バレが怖いので詳しくは書かないがお店で彼に殴られ骨が折れた。

まさに青天の霹靂

もうホスト通いなんて辞めよう。 身と心を削って何をしていたんだろうな

そう思った。

はずだった。

そう、今も通っている。


ここでようやくタイトルにした「私がホストに行く理由」に触れる。

ここまでつらつらと書いておいて答えは単純明快でも申し訳ないが

「寂しいから」

歌舞伎町で通う子や働く人間はそれぞれの生きづらさを抱えた人が多い気がする(勿論そうじゃない人だって沢山いるよ 個人意見です)

通ってる人間が言うのも何だが「社会の吹き溜まり」みたいなものだと思ってる。 みんなそれぞれの生きづらさや苦しさがあるからあの町は安心するのだ。

通う人間は寂しさ 苦しさ

どうしようない現状 ストレス

そんな気持ちを酒に任せて、ひと時の夢を見れる。現実逃避

働く人間普通に朝起きて働く事が難しいから夜で働いたり、一攫千金を夢見て酒を飲み嘔吐しながら血を吐く。

この街に居たら喧嘩 リスカ OD 自殺 嘘 が日常的になって麻痺してくる。

私もその1人。自分の苦しさや寂しさと向き合えないかお酒で溶かす。

その中で好きで応援したい人が居て、たまたまその人と一緒にいるにはお金を多額の仲介するしかなかった。

ただそれだけ。

いつまでも夢を見ていられるとは思わない。

いつかは絶対に目を覚まさなきゃ行けない時が来るだろう。

自分の中の十数年分の寂しさと苦しさに向き合わなきゃ行けない。

自分の中でトラウマを植え付けられたあの日から成長もせずに、泣いている過去自分を泣き止ませなきゃ行けない時が来る。

本当に歌舞伎町から卒業する時はちゃん自分の寂しさと向き合えた時だと思うんだ。

まだその術が分からいから、こうして誤魔化すことしか出来ないの。


つらつらと長く書いてしまった。

今の80万使った担当については身バレの都合上書けません。とっても考え方が面白くって歌舞伎町の中では優しくて人の痛みが分かる、そんな素敵な人です。 今の所は好きでお金を使って応援するに値すると本気で思っています。今のところ。

人と人の付き合いですから、これが正解かは分からない。今の所は後悔していないけどもしかしたら後悔する日が来るかもしれない。

でも今はね、この金額を使ったことはちっとも後悔はしていません。

誰がなんと言おうと。

あと、風俗をしていると「親に貰った身体を粗末にするな」とか言われます

親には顔向けが出来ませんが、生まれた瞬間から体も人生も私のモノだと思っています

から自分で稼いだ金をホストクラブで原価の10倍の値段のシャンパンを買ったいいじゃない。

と書きながら自分に言い聞かせています

いつかホスト通いを辞める時は

300万くらいかけてシャンパンタワーをして

卒業式をするねと今の担当ホスト約束しました。回避依存症の為か、恋愛も1人のホストも3ヶ月以上愛せなかった私ですが、この彼を最後指名ホストにしたいなと思っています



彼が愛を込めてタワーのマイクで「もう二度と歌舞伎町歩くんじゃねぇぞ!」と言ってくれるその日を目指して私はホストに通おうかなと思います


駄文で乱文失礼しました。

追記

正直もっとボロクソに叩かれると思っていたのでびっくりしました。 読んでくださってありがとうございます

お金を払っているのになんで殴られるの?

→ なんで殴られたかは分かりません。

「何か悪い事したかな?」って聞いたら「なんもしてないよ○○はお金使ってくれるいい子だよ好き!」なんて言ってました。

本当に喧嘩はしてなかったので、じゃれてるつもりだったんでしょうね。 それか酔ってたか、私の事が嫌いだったか。 はたまたDVか。

女も男も殴られる、それが歌舞伎町なんです。

高嶋めいみの本に〜

→ この方の本は読んだことなかったので読んでみます

ホス狂の本だったら中村うさぎエッセイは読んだことあります

他者という病 面白かったです。

私は強く図太く生きています

2021-01-17

潰れてほしくない店で積極的に買い物しなきゃいけない

コロナを広げないのも大事ではある

しかしだ

実際、近くの小売店レストランはかなり閉店してきている

イオンもかなりのテナントが抜けてガラガラ

地元饅頭屋も潰れた

人が動けないと上等な手土産需要もないからね

これ、コロナにかからなくったって、この街に暮らすQOLががんがん下がってる

東京なら、いくつか店が潰れたって一駅乗れば似たような店があるから問題ないだろう

しか田舎民、地方民にとっては、県にひとつしかない店がいくらでもある

廃業したら新幹線乗って大都会行かなきゃいけなくなる

もっと恐ろしいのは、イオン撤退すること

イオンなくなったら暮らせないぞ


なあ、自粛大事なんはわかるよ

でもそろそろ、売り手は限界に来てる

というか限界通り越して廃業してる店が多いのが現実

撤退してもらったら困る店には積極的に行かなきゃいけないんじゃないか

正直、病院に行くことよりイオンに行くことの方が多い

病院にかかれない方がイオンなくなるより許せるわ

買い物いこう

1年待てば戻れるとかじゃない

永遠にこれが続く

なので買い物行こう

コロナより自分たち生活を守るために大事なことがある

2021-01-14

部落差別を目の当たりにした話

人口100万人前後のこの地方都市引っ越してきて5年ほど経ちます

よく行く国道沿いのマクドナルドがあるのですが、その裏のエリアは道が狭いしごちゃごちゃしてるな、という印象は確かに持っていたけど、まあそういうエリアもあるよね、くらいで特に気に留めることはありませんでした

そこがいわゆる被差別部落だったそうです


先日、義妹が転勤でこの街引っ越してくることになり、不動産屋に行ってアパートを決めておりました

飲み屋の多い繁華街や、ヤクザの組事務所があるあたりなどは知っていたので、私は義妹に、その辺は避けた方がいいかもね、という話は伝えていました

しかし、不動産屋はそれに加えて、あのマクドナルド周辺も治安が悪いので避けた方がいいですよ、と言ったそう

え?この街に住んで5年経つけどあのあたりが変と思ったことはないし、事件ニュースも聞かない

なんでやろ、くらいにその時は思っていました


で、趣味関係Twitterをしていたら、知人の人が、「新しい社員女の子があのエリアの近くに住んでいるらしく、治安が悪いか夜遅くなると心配や」のようなことをツイートしてました

それで何も知らない私は、「なんでです?あの辺のマクドナルドよく行くし、大学病院も近いし、治安悪い感じしないですよ。不動産屋もそんなこと言ってたけど、何かあるんですか?」と聞いてみたところ

その方も、「地元じゃないし知らないけど、みんなあの辺は治安悪くて怖いって言ってますよ!」とのこと

何かおかしいな、と、その頃には薄々予感がしていました

すると、そのやりとりを見ていた共通フォロワーからDMが来ました

「あのエリア部落地区です

あの辺は半裸のおじさんが歩いていたりしますし、性犯罪も多いんですよ

治安が悪いので地元人間でもあまり近寄りたくはないですね

危ないので本当にあまりいかない方がいいですよ」

これを見て、うわっ、これが部落差別なんだ!

初めて見た!

って衝撃でした

不動産屋も善意で、客にそのエリアを避けるように言っている

社員心配している子も、善意でその子の身を案じている

DMくれた人も、私のことを心配して助言をくれたってのがわかる


みんな誰かを思ったうえで善意でやってるんだよね

あの辺は本当に危ないから、と本気で信じて本気で避けるようにアドバイスをくれる

彼らに差別自覚はないだろうことはよくわかる

でも、これこそが直球の部落差別やん、と

私自身、飲み屋街周辺やヤクザの組事務所周辺に不必要に近付くものではないと思っているし、その近くに住むべきでもないと思っている

これも差別と言えば差別なのかもしれないが、差別というよりもう少し根拠のある危機回避の話だと思っている

彼らはこれと同じ感覚で、部落から避けるべきだ、と助言してくれる


こうやって差別って行われていて、引き継がれているんだなと、ショックというか、感動というか嫌悪というか、ようわからん気持ちになった

かに地元の人は何十年生きていると事件がそこで起きたのを知っている人もいるのかもしれない

変なおじさんが1人そのエリアに住んでいたのかもしれない

でも、その1件やその1人によってそのエリア全域を忌避することが正当ではないことくらい、少し考えればわかるはずなのに、そこまで考えが至らない程度には、そこが危険だと信じ込んでいる

そしてそれを善意で周囲に助言するわけです



ああ、これが本当の差別なんだな

自覚がないんだな

そりゃあ、何年経ってもなくなるわけがないんだなと、初めて実感を持って理解できたわけですよ

学校差別については習っていたし、差別がいけないことくらいみんな知っているのだけども、彼らはみんな自分差別してると思うことな差別しているわけです

だって本当にあの辺は危ないんやもん、って感じでしょう

でも、それこそがまさに本物の差別なんだよね

自分差別してることを自覚させない形で、この街には差別は引き継がれているようです

恐ろしいね

2021-01-11

地元友達

高校地元から離れた進学校に進学した。

中学までの友人とは自然に疎遠となり、友人関係消滅した。

  

背伸びして入った高校では成績が伸び悩んだ。希望する大学にも落ち、1年浪人した。

浪人中に友人関係希薄となり、友達と呼べる人は1~2人になった。

大学さら地元から離れた場所になった。(飛行機必要な程遠く)

浪人中に残っていた1~2人の友人とも殆ど連絡を取らなくなった。

  

から成人式どうするの?」と聞かれたが、地元に会いたい人は特にいなかった。

住民票のある(大学のある)この街から成人式の招待状が届いたけど、当然、ここに会いたい人は一人も居ない。

唯一高校時代の友人には会いたいと思ったが、その地の成人式に参加する資格は持ち合わせて居なかった。

結局、成人式の為に地元に戻る事はなかった。

さっき親から電話があった。

小学校の時同じクラスだった〇〇ちゃんが『帰って来ないの?』って言ってたわよ」って。

ゴメン、その〇〇ちゃんって人、もう顔も声も、どんな話で盛り上がったのかも覚えていないんだ。

2020-12-19

たとえ鬱が夜更けに目覚めて獣のように襲い掛かろうとも→わかる

祈りを烏が引き裂いて流れ弾の雨が降り注ごうとも→わかる

この街の空の下あなたがいる限り僕は逃げない→わからない

 

てなるからつらい

2020-12-11

動物園動物園うるせえ!ECHOESかよ!

がやがや言ってるお前はおしゃべりな九官鳥だし

ブクマカなんて本当の気持ちを隠してるカメレオンだろ!

白鳥になりたいペンギンとなりたくはないナマケモノ価値観喧嘩してどうなるんだよ

僕たちはこの街じゃ夜更しの好きなフクロウだし

出勤中は徹夜明けの赤目のうさぎとすれ違い

会社に着いたら着いたで会議には朝寝坊ニワトリが遅れてやってくるし

誰とでもうまくやれるコウモリがおべんちゃらを使い

遠慮しすぎのメガネザルは発言しないし

上司ライオンやヒョウに頭下げてばかりいるのに部下にはやたらあたりの強いハイエナだよ!

ちょっと批判されたくらいでヘビに睨まれアマガエルみたいにならずに

片足で踏ん張ってるフラミンゴを見習えよ!

見てみろよ!檻の向こうのサルからお前にそっくりな猿がこっちを指差してるよ

愛をください

2020-12-06

anond:20201206033311

いうて飯能駅前周辺は田舎じゃないからな。それに1時間有れば東京に出れる。東京以外にも川越とかそこそこの街に出れる。

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