はてなキーワード: 判断基準とは
男女で枕を交わす――『性的関係を結ぶ=男の性欲由来』だと、短絡的に結びつけるのはナンセンスである。
そこらで強引にナンパして、密室に連れ込むなら話は別だが、たとえばお笑い芸人、YouTuber、TikToker、ホスト、はてなブロガーなど、それなりの世界観を打ち出して、ファンを産み出せるようになると、一定の確率で、女性から性的アプローチを受ける。
というよりか、通常の現実界――学校や会社でも、『ハイスペイケメン』『スクールカーストの上層部』『尊敬されるポジション』といった、一定の条件をクリアすれば同じ事が起きる。
もちろんそこには、「寂しさを解消したい」「頭をバカにしたい」「あなたの人生に登場させて欲しい」などの想いも含まれる為、男が持つ性欲とは、少しばかし性質が異なるかもしれないが。
こうした事情を知ってか知らずか、とりま誰かを叩きたいのか、モンキーなのかダチョウなのかは判然としないが、なんでも一足飛びに、「性欲に負けた男が悪い」と鳴き叫ぶ者がいる。
ちなみに今回は、つい先日投稿した記事に対する、一部コメントへの反論だ。
https://anond.hatelabo.jp/20240317193948
普通に考えりゃ分かるはずだが、とある男女が出会い、真剣に向き合うつもりで絡んだが、総合的な相性が悪く、関係性が発展しない……といった事はいくらでもありえる。
そして、初っぱなは、不遇な環境でも、一所懸命に生きる尊い子に思えて、蓋を開けてみると、『自他境界線のぶっ壊れたバケモン』な事がある。
そうした地雷を完全に撤去して、安全なる恋の道だけを歩むには、身辺調査でもやって、親の離婚状況、精神病の罹患歴、知能指数、中卒か高卒か大卒か……など、優性思想的な判断基準でもって、審査せねばならなくなる。
とりわけ、病的にやべぇ奴の中には、異常な環境で育ったからこそ、表面的には立派な職業に就いていたり、情緒を安定させて見せたりと、『まともを偽装するスキル』を獲得していて、すぐには見抜けない事がある。
冗談抜きの話、思いやりに溢れた丁寧な文体が、少しずつポエム調になり、終いには、濁点や句読点の位置がずれ、謎のスペースが空いた怪文書に変わってゆく恐怖は、体験しないと分からないだろう。
そんなこんなで本件――『性的関係を結ぶ=男の性欲由来』だけではない……について、分かりやすい例として、僕の実体験を箇条書きする。
※遠距離ゆえのノリが生じた
■実際に会うとタイプじゃなかった
表情、空気感、振る舞い……波長が合わない
■当然、性的にも乗り気になれない
しかし、女性が化粧直し、お洒落などをして、積極的になっている
そのうえで、2人は密室にいる訳だ
■じゃあどうするか?
雑に断り、傷をつけるのもよろしくない為、カウンターパンチ方式で枕を交わすのだ
たとえば、相手が5%近付いてきたら10%近寄る、10%触れてきたら20%触れる、20%のハグをしてきたら40%のハグを行う……といったやり方で、相手の初動に合わせて倍々ゲームで、『演技の喜び』『演技の行動』『演技の興奮』でリアクションし、その時間を乗り切ってゆく
この方針を貫く事で、「男の方が積極的だった」と思わせ、女のプライドを崩さずに済む
無論、タイプではなく快楽は薄いが、脳の老化を防ぎ、心の健康を保ち、アンチエイジングになるから、そこそこのWin-Winである。
横になりながら関係性の話をしたとき、付き合いに関しては、「友達としてなら大事にしたい系だけれど……」という流れで断った
僕は眠り落ちるモードだった為、受動レベル100%だったが、馬乗りになられてピリオドを打った
――とかなんとか、4年前に地雷を踏んだ僕だが、それから100人前後の視聴者さんと会い、ご飯をご馳走してもらったり、LINE通話配信でも、また別な100人以上と会話したりで、少なかれ経験を積んだ。
ストーカーとは、ある日突然に出現するパターンだけでなく、残念ながら、こちらの対応ミスにより、怪物へと育ててしまう事がある。
とくに女性のストーカーは、境界性パーソナリティ障害――見捨てられ不安が強く、「自己と他者」の境界線を引けないゆえに、妄想と暴走でぐちゃぐちゃになりやすい。
であるから、「絶対に付き合えないけれど、悩みぐらいは聞くよ」など、中途半端な優しさを発揮すると、危険なアメとムチ――親子に近い関係性になり、そこに執着が生まれてしまう。
そして僕が陥ったケースでは、「タイプじゃない」と断った後も、「壮絶な親子関係があった」「身内が自○してしまった」「日々、孤独だ」という、身の上話を聞かせられて、定期的に耳を傾けていた。
それというのも、僕の場合はまた特殊で、動画投稿/生配信をやり続けている為、マッチングアプリなどの出会いとは異なり、僕という存在を深く知ってくれる人が、会いに来てくれる率が高い。
その為、たとえタイプではないにしても、関わりを持ってくれる人には、なるべく幸せな気持ちでいて欲しい。
だからこそ、少々、異常が垣間見えていても、スパっと切り捨てるのではなく、「気持ちは分かるよ」「みんなぶっ壊れる時期があるよ」などと、浅はかながらも寄り添いを継続してしまい、泥沼化させてしまうのである。
――そんな訳で、長々しく書いたが、生きるって大変だ。
しかしながら、僕は社会不適合者歴も長く、とことん開き直って、楽しく暮らしている。
もっと言えば、高い好感度で売っている訳でも、安定を求めている訳でもない為、いつどこで、どんな嫌がらせを受けようと、どんな事を暴露されようと、どんな刃物で刺されようとも、すべてネタにして、熱量たっぷりの語りと文章で――すこぶる叫び続けるのみだ。
岸田さんが呼吸をする度に左右保革を問わないありとあらゆるインターネットユーザーが罵詈雑言を吐くので、逆張り精神がムクムクして来て、「それでも岸田さんにいいところはあるやろwww」って思って、就任からこっちの業績を調べてみた。
結果、本当に何もいいことはしていない。むしろ全ての決断は「他人をいかに苦しめるか」の判断基準がある。
進歩的な人達の神経をわざと逆なでするような嫌がらせの為だけ法案の数々を強行採決と閣議決定で通すかと思ったら、保守的な人達の精神的支柱である安倍さんの政策を真っ向から否定し、安倍さんの近しい人をお飾りの不遇職につけて飼い殺しにし、不意打ち的に派閥を解消させて、それでいて自分達の派閥だけはしっかり残している。裏金議員に対して、何の処罰もしない一方、国民に対しては納税を強調する。
はっきり言って、全方位に嫌がらせをする為だけに首相を続けているとしか思えない。むしろ支持率がさがっているのを見て「効いてる効いてるwww」ってニヤニヤしてるんじゃないかとすら思う。なんならその結果、自民党が野党に転落しても、自分に逆らった議員が落選する方を喜びそうだ。
全ての行動基準が嫌がらせにおかれている真性の悪人、快楽殺人者の類だ。あんなのをノーチェックで首相につけてしまう自民党のヤバさが際立つ。今さら自民にまともな倫理観は期待していないが、せめて犯罪者思考のキチガイサイコパスを神輿に担ぐなよ。
字が綺麗か汚いかだけで人間性を判断したりはしないけどさ、やっぱり程度問題ってもんで箸の持ち方がおかしいとか脱いだ靴を揃えないとか、そういうのがたくさん積み重なったらやっぱりあかんなとは思う。
個々には大して気にならないレベルの話なんだ。
反論してるのは自分のコンプレックス突かれてアワアワしてるだけじゃん。
字の巧拙で人を判断してはいけないと気をつけているが時々失敗する
宮沢りえが大変上達したと話題になってたような 某剣乱舞とかいうゲームの題字がどうにも気に入らず見かけるたびに書き直せと思ってしまう
人前に出す前提&書字・識字障害とかの問題がないなら、なるだけ他人が識別可能な字を書くことを目指してほしいかなあ。
一理ある。
文化人類学の知見によれば、「教養」「文化」はまさしく、人間と人間が、仲間を区別するために使ってきた仕組みである。隣村から来たあの余所者は、正しいマナーの挨拶もできない!無教養だ!信頼できない!だから官僚として王の傍におくのはやめましょうね~。→信頼できるかできないかがある程度判断が可能。
「教養」は、余所者とそうでないやつ、バカとカシコを見分けるためのコードだ。マウントをとるにしか役に立たないと、増田は言うが、それは当たり前で、マウントを取って抑圧したほうが良い相手かどうかを見分けるため、ヒトが身に着けたのが文化・教養だ。
これは、所詮、仕組みにすぎない。
胴体の模様で魚類の生殖能力が、求愛ダンスの出来で鳥類のオスの能力が、たぶん正確には測れない。のとどうように、教養の有無でヒトの能力の高い低いは正確には測れてないであろう。
そういう意味で、増田の言う事には、一理ある。教養をつかってマウントをとっても、相手のほうが偉い可能性がある。また相手を判断する仕組みにすぎないのだから、本人の幸福とは全然関係がない。実利ももちろんない。そういうことは言える。
ただ、これ、ヒトに備わった仕組みなんだよな。
それって、仮に無くしたとして、ほんまに大丈夫か? 教養による人間の能力の判断を、しないとして、じゃあ目の前に明らかな汚い身なりの狂人が現れたとしても、いちいち面接して人格を判断するのかよ。それは無理。教養で、正確に目の前の相手の判断はできないとしても、曖昧で大雑把な判断は可能だ。大雑把な判断基準は、絶対に持っていたほうが効率的だよ。
っていうか、仮に無くすとか言ったけど、そもそも無くすことは可能か? 俺は無理だと思う。元増田が気にくわないような「教養」に基づくマウントを止めたとしても、その穴はたぶん、教養とは別の名前の何か「教養」的なものが埋めるわ。増田の好きな、教養のない奴らの間にもそれはあるのよ。ゲームの上手さか、話のうまさ、酒を飲めるか、ケンカの強さ。そういうので人はマウントを取る。
人は常にマウントをとりあうのだ。「教養」を憎んでも、無駄であるし、無理である。
血が濃くなると様々な障害が発生するのはご存知の通り(ハプスブルク家がいい例)
成体になっても集団生活する動物は、「近親者への欲情を抑制する機能」がある。
そうでない者は、障害持ちの子孫を残し生存競争に敗北したからだ。
では、どうやって近親者を判定するか?
匂いでわかる動物もいるらしいが、人間の場合は「第二次性徴期の前に、長い時間一緒にいた」というのが判断基準になる。親やきょうだいがこの判定に入る。
姉妹持ちの男が「姉妹モノは無理」というのは基本的にこの判定によるもの。姉妹という関係がいかに萎えるか体感しているためである。
逆に「一緒に育たなかった」場合、近親者判定が発生せず、恋愛する可能性が高まる。
確か幼い頃に生き別れの父娘が大人になって再会したとき、付き合うパターンが何件かあったはず……
ちなみに野生で集団生活しないような動物は平気で近親交配をする。
猫なんかはいい例で、餌だけやって去勢せず放置すると父親が発情期の娘を犯しまくる。猫屋敷が発生する原因の一つである。
猫(の祖先は)は本来単独で生活する。野生生活の場合、親は子の成熟が近くなるとイラつき、子供を縄張りから追い出す。そのときオスは放浪を始める傾向にあり、親子は離れる。結果として近親交配が避けられる。
しかし都市生活(≒人間にメシをもらえる)の場合、メシの場所に生存圏が固定されるため、オスは出戻りしてしまい、結果として近親交配が起きやすくなる。
猫は家につくのではなく、メシの場所に居着くのだ。
それとトラなんかは面白くて、親(メス)が子育てする期間が子供の雌雄によって異なる。オスの子供のほうが短く、メスの子供のほうが長い。明らかに近親交配を避けるためである。(猫もそうかもしれんが知らない)
「『別次元』だと思いこまされている」んではなくて?
好きな人と一緒にいるときの心地よさ、オーガズムに達するとときの心地よさ、うまいものを食ったときの心地よさ、腕利きの整体師によるマッサージの心地よさ。競馬で勝ったときの心地よさ
どうして二番目だけ別次元だといえるだろうか?
食欲とか賭け事での快感こそ特に大脳皮質より内側の精神作用に色濃く基づくものという点で動物面に近い。
むしろ人間のオーガズムを求める感情は他の動物のそれと異なって常時発動しうるもので、むしろ非動物的とすらいえるのに。
動物面はひた隠しにすべきという理屈だと、むしろウマ娘なんかのほうがあんな大人気スマホゲーだなどと公然と話題にしていいもんじゃないって結論にすらなる。
ここらへん(つまりなぜか五感的気持ちよさなんていくらでもあるのにその中で性感だけ別次元と扱われていること)、本当一度フラットな視点で議論されるべきだと強く思う。
おっぱいの谷間は広告でも使ってよくて、性器は自主規制せざるをえないような法律になってるのも、それが性感をもたらす部位かどうかって判断基準なんだろうしね。
性感は忌むべきもの→谷間は(性感帯の人もいるが)一般に性感を起こさない→公然と見せてOKみたいなただの連想ゲーム状態で規制してるのだとすれば、たまったものではない。
無理して東大入ってなんとか卒業したはいいけど、正直コミュ力ゼロで就活に失敗し契約社員年収300万からの社会人スタート。2-5年に1度転職して4社目、10年がんばってやっと年収500万。
「結果をベースに転職してキャリア&年収アップ」というライフプランに先が見えなくなった。
転職市場って基本的に「能力」と「前職の実績」を踏まえてキャリアを上昇させていくものだと思ってる。前職でめっちゃ売り上げ出したから次の転職先で係長or課長クラスになる、みたいなね。
が、自分にはその「売上を出す能力」がなさそうだとわかりつつある。
局所的なスキルには自信があるよ。たとえば法務チェック不要なくらいに契約書読みこむ、みたいなね。でも法学部卒じゃないし法務でもないのでスキルセットのプラスにはならない。
で、思ったのよ。もしかして自分は「民間市場でガツガツ働いても年収1000万を超えることはできない」のでは?
20代の頃はそういう夢をみてたよ。大手会社に就活したりね(文系なら出版社、経済系なら外資系コンサル、理系なら今で言うGAFAを想像してみてほしい)。
でもそうはならなかった。ならなかったんだよ。ここでその話はおしまい。
ここまでは別に自虐ではないので、自虐風自慢のつもりはない。なぜなら公務員に転職したからだ。今どき退職金1500万もらえる身分への転職は万々歳よ。これまでの10年で退職金0だからね。そういう意味ではただの自慢である。
友人らは現状で既に自分と同じくらいの退職金もらえることが決まってる上、30歳で年収1000万越えとか割といる。はぁー私が30年勤めて取得する予定の金額を3-4年で稼げるんですねぇー!
という嫉妬があるかというと、別にない。だって今どきの世の中で30代年収500万あれば世間の上位半分にいるわけじゃん。まあ分相応だと思ってるよ。
今思ってるのは、久しぶりに会うときの店の予算帯が絶妙にズレ始めてること。あっちが普通と思って提案してくる店が微妙に予算外、みたいなね。飲み会の店を提案されたら素で6000円だったりするわけ。ほわーっって感じよ。
収入面では別にない。そこそこ生活には満足してるし、今から年収1000万になりたいとも思ってない。身の丈にあってるわけだ。
が、友人との階級層がズレはじめてるような印象はあって、そこだけはこわい。「この先もしかして自分はこの友人を失うのではないか」という恐怖感だ。
友人との交友関係を失いたくないという恐怖だけで、自分はこの生活でいいのだろうかと思い始めてる。もっと上流階級に行くべきなのだろうか。
東大にギリギリで入った奴って世の中の上位半分に入ってれば納得するのか
「学歴に対する世間的な期待値」と全く見あわない現状に恥ずかしい思いがないわけでもないけど、その恥ずかしさは自分の人生において「わざわざ払拭するほどのプライオリティ」として存在していないんですよね。「年収1000万になったところで何したいって希望も特にないので別に今のままでいいかなー」くらいの気持ちです。「他人からどう見えるか」への興味がゼロで、自分が楽しいかどうかが人生の判断基準。
生きにくそうで大変だなぁ〜
まだ失ってないし、自分も現状無理はしてないけど、今後友情関係維持する為に無理しなきゃいけないのかなって恐怖はある。
これは嫌味でもなんでもなく本心なんだけど、このコメント書いてくれた増田が人生に満足してるなら何よりだよ。他人が幸せなのはいいことだ。
虐待されていた
今でこそ5人に話せば5人全員が驚いた顔で「それは大変でしたね」と言ってくれるような生活ぶりだったものの、
虐待されている最中にはそれを説明する言葉を持たなかったので、周りの人には信じてもらえず、
虐待内容そのものよりも、周りの人から「被害妄想の強い子だ」と思われているのを察するのが辛かった
特にいい人が「困った子だなぁ」という苦笑を浮かべ、やんわりと離れていくのが悲しかった
今ではもっともな対応であり、私がまともな人だと思った人はやっぱりまともな感性を持っていると再確認する一方で、
やはりそのまともの輪に自分は入ることができなかったのが心に暗い影を落としている
子供なりの精一杯の考えと努力も、家庭環境という重く暗い渦から逃れる術にはなり得なかった
足掻けば足掻くほど沈み、努力も工夫も系譜という鎖の延長線から外れることのないことを知り、
現実と地続きに存在したかつての絶望は、それが遠い過去になった今も、時々現実の些細な出来事をきっかけに眼前に現れる
引きずり込まれ、呑み込まれ、全てが無価値になる絶望だけの生に塗りつぶされる
人々の日常の平穏さの延長線上、たとえば薄い集合住宅のドア一枚を挟んだところに、
どれほど人の尊厳を無意味にする支配と暴力が巧妙に隠されているかを知っていて、
それが忘れられない。生きているすべての瞬間に、自分を無価値だと感じる瞬間への暗示がかかっている
それらは誰にも届かないし、誰にも価値を認めてもらえない
だから人の価値観に身を委ね、人が好きだと言ったものだけを私の判断基準に据える
私には得るものがあっても、私が見せることのできる新しい世界はどこにもない
私の本当の、暗い世界は人には見せられない
他の人が溌剌とした生を謳歌する時間を、ひたすらに生きるための忍従に費やした
城は私が動揺するたびに音もなく崩れる
崩れる前、どんな形をしていたかも覚えていない
人は人格というものを確かめ合うためにこの城の形を確かめるものだから、
慌てて急ごしらえの城を建て、それらは一時的に人の目に留まり、
次に会う時には全く異なる城ができている
大きさはさほど変わらず、形は既に原型を留めない
城は本来、人生と共に増築されて大きく、深くなるものだけれども
私は変化し続ける奥行きのない城を建てては壊している
思い出話の中で、ふと他の人が私について話してくれることがあり、
記憶の茫漠の彼方の、私にとっては他人事のようなそのエピソードを聞くと、
私より他の人の中に私の影が残っていることを知る
私の中に私はいない
私はいないし、私以外の誰もいない
それを証明できる私がいない
それでも生きている
生きながら死んでいて、死んでいるのに消費している
今日もまた窓の外が明るい
大会の優勝者なんてレギュレーションに沿っていればいいわけで、ウクライナ・ルーツの人であっても構わないんだけど、その反応とかでいくつかもやもやすることがあったので。
日本人より日本人らしいとか日本の心がとか伝統文化がなんちゃらかんちゃらとかみたいな理由でこの決定を擁護する人たちがワラワラ出てきたけど、それもナショナリズムの一形態であってだな、俺には批判対象と同じ穴の狢にしか見えない。
WBCでヌートバーに熱狂しといてからに、これを批判するのはおかしいという意見。そもそも彼らはヌートバーに対しても批判していたかもしれんやんけというのはさておき、スポーツとミスコンは違うよ。ミスコンは美を判断基準としたもの。モンゴロイドよりコーカソイドのほうが美しいという差別的な考えが底にあるから、これだけモンゴロイドが多い日本で、コーカソイド純度の高そうな人が選ばれたんちゃうの。モンゴロイドでもミスコンに勝てるのは、背が高くて手足が長く骨太で鼻筋通って目が大きくてみたいなコーカソイド寄りのほうが有利でしょ。ミスコンの根底にある人種差別(民族差別ではなく)が無意識に出てしまっているように思える。
ウクライナ・ルーツというのがかなり有利に働いたんじゃないかと思われる。というのもいまさらミスコンでもあるまいにという時代状況の中で、審査に政治的・社会的メッセージを込めたりするから。ミスコンとかアートとかにそんなの込めなくていいから。
いまだにミスコンなんてやってんのという批判が少なかったのにはびっくりした。未婚女性品評会。さて優勝者はどなたがお買い上げになるんですかね。
あとで調べるためのコメント
☆これのことか?
AIの発展を邪魔するAIは犯罪と政府が認定! 『TIME』誌が選ぶ最優秀発明Glaze Nightshade
https://togetter.com/li/2275902
↓
第4回AI時代の知的財産権検討会の資料が公開。我々が送った意見は「資料5」にまとまっている。自分の意見がちゃんと載っているかご確認を。……まあ載っていたとしても結局会議内容に反映されてないっぽいのが最悪なんだが。30条4に対して未だにコレだよ
https://twitter.com/numatakeja/status/1734490907410571461
↓
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/ai_kentoukai/gijisidai/dai4/index.html
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/ai_kentoukai/gijisidai/dai4/siryou4.pdf (P.18)
☆現状の記述。下線が引かれていないので要検討項目とは見なされていない
「木目百ニ」の事件
AIイラストに規制を求める団体の理事「木目百二」氏が二次創作のガイドライン違反で支援サイトの作品全消し、謝罪に追い込まれる
https://togetter.com/li/2135111
会の理事である木目百二氏が成人向け二次創作で収益を得ていることが発覚
https://twitter.com/mokumemomoji/status/1651958062482337792 (☆2024/1/27現在アカウントが凍結されているため見ることができない)
ブルアカ公式が定めてる「継続的な創作活動のための、原材料費や光熱費諸経費、ツール類など制作にかかった費用程度の対価・利益を得る」を明らかに超過した売り方をして、
https://bluearchive.jp/fankit/guidelines
★二次創作を行う者について★
個人または法人格のない団体は、後述するような当社が定義する「非営利目的」の場合に限り、「ブルーアーカイブ」を題材とした二次創作物(同人誌・同人グッズ・デジタル作品など…)の制作・配布・頒布を自由に行っていただいて問題ありません。
個人または法人格のない団体は、非営利目的かつ日本国内での発表・流通の場合に限り、自由に二次創作物を制作していただいて問題ありません。
また、趣味の範囲で利用し、継続的な創作活動のための、原材料費や光熱費諸経費、ツール類など制作にかかった費用程度の対価・利益を得る場合においても非営利目的の範囲内とします。
散々著作権を軽視して無法地帯になったイラスト界隈を自分たちが作ったのに、なに「思想家」ぶって人に説教してるわけ?
端的に言えば「一般人を見下した態度を取るべきではなかった」これに尽きる
一般人に頭を下げずに、偉そうに「倫理」だの「道徳」だの「著作権」だの適当なことを吹聴してAIイラストへの攻撃を支持した