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2019-06-04

ウェンウェーン。スペイン語に詳しい方、教えてください。

新婚旅行スペインモロッコに来てるんだけど、サクラダファミリア観光した後にカフェお茶してたら、店員のおばさんにハネムーンかい?と尋ねられ、YES!と答えたら

ウェンウェーン

笑顔で言われて去っていったんだが、これの意味分かる人いたら教えて欲しい。

多分、嬉しいことがあった時に言うスペイン語だと理解して、その後観光でまわった、エッサウィラ港町の夕暮れとか、サハラ砂漠の広大な大地とか、シャウエンの青い街並みとか見るたびに、嫁とウェンウェーン«٩(*´ ꒳ `*)۶» って言いながらキャッキャした。

2019-05-06

[]【5】2019 春、韓国釜山・光州

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anond:20190506094948




5일



5日目

釜山港へ帰るんだってばよ


明日帰国は早朝便だ。

ゆっくり眠れる保証もないので、充分な睡眠時間を取れるのは昨夜しかなかったが、やはり眠りは浅かった。

釜山で迎える2度目の朝、疲れが取れているかどうかは疑わしいが、今日は名所観光お土産購入、食べ残し釜山グルメなど、予定を詰め込んだので、直ぐに部屋を出た。

まず目指すのは、チャガルチの朝の名物になっているという、シンチャントーストだ。


地下鉄1番線に乗り、朝のチャガルチ駅に到着。

BIFF広場を通り抜け、裏の小売店街に向かう。

まだほとんどの店が開店前で、人もいるにはいるがほとんどは開店準備の搬入路地工事

本当にやってるのだろうか。

路地クルクル迷いながら進むと、まだ閉店してい暗い店が軒を連ねるなか、30㎡程の縦に細長い店の前でコック帽に白衣のオジさんが黙々と店先でトーストを焼いている。

釜山の朝の味、シンチャントーストの前では、そこだけ行列ができていた。

しばらく待って、トーストフルーツジュースを頼む。

卵とハムチーズが挟まれトーストは、洋食なのに滋味深かった。


シンチャントーストの御主人に支払いを済ました時に、残りのウォンが心許ない事に気付いた。

チャガルチから程近い南浦洞のヨンジン両替所に向かう。

南浦洞は西面と並ぶ釜山繁華街だが、土曜の朝9:30に開いてる店はほどんどなく、人もまばらだった。

午前の強い日差しの下を歩き、両替所に到着。

手元の3000円を両替する。

ナヨンの時は実は数えてなかったが、ここでの両替は少額なので数えやすい。空港より明らかにレートが良かった。


南浦から引き返し、港町釜山の顔が最も見える場所、チャガルチ市場に向かう。

広い市場では、いけすの中にカニエビなどがひしめき、山盛りに積まれサザエやホンビノスなどの貝類太刀魚などの魚、イカタコナマコに果てはエイまで、あらゆる海産物が並べられていた。

ここで海産物を買って、2階で調理してもらえるらしく、お母さんに声をかけられるが、既にトーストを食べていたので、固辞して、市場の棟の反対側に出る。

海が目の前だった。

海風にあたりながら、あたりを眺めていると、韓国語演歌らしきメロディーが流れてくる。そういう音楽韓国にあるかどうか分からないが、メロディーといい、コブシの利かせ方といい、どう聴いても演歌だ。

韓国であっても、港では演歌流れるものらしい。


室内市場の脇の青空市場を歩いて抜ける。

ここでもたくさんの海産物が売られていたが、端まで抜けると食事のできる店がある。

漁師港湾労働者、仲買人などはここで食事をとるのかも知れなかった。

歩きながら日本韓国意見の相違のある日本海の呼称問題について考える。

このチャガルチ市場を埋め尽くす豊富な海の幸を見ていると、韓国の人がこの海を「東海」と呼びたいのもわかる。

目前にある日々の漁場が「日本海」では、借り物で漁をしているみたいだ。

日本人として韓国人の主張の是非や正当性は一旦脇に置くが、ナショナリズムじゃなく、釜山市民生活者の実感として「ここは自分たちの海だ」とスッキリしたいという、その気持ち理解できる。



韓国青春グラフティ


市場を後にし、韓国旅行に当たって一番最初に決めた観光地、山間の民家をカラフルに彩った甘川文化村に向かう。

バスに乗るてもあったが、地図上では歩いて行けない距離とも思えなかったので、その足で向かった。


実際に歩いてみると、考えが甘い事に直ぐ気付いた。

市場に程近い有名観光地なのに、歩いて向かう人が殆どいないのもさもありなん、山道結構なのだ

「実際に過ごしている人を見れるのも良い」と無理やりポジティブにかんがえたが、やっと観光客で賑わう村の高台に着く頃には、脚の疲れがえらい事になっていた。


カラフル屋根を一望できるカフェでまず一休み。

甘いカフェラテが身に染みる。

デッキではカップルロマンチック風景をバックに写真を撮っていた。


糖分を補給した後は高台散策

辺りには、たくさんの国からやってきた観光客が写真を撮っていた。

実は釜山にきて見て気付いたのだが、この街で最もよく見かける外国人は「日本人」で、それ以外の外国人存在が薄かった。

しかし、ここでは中国台湾ベトナムヨーロッパから来た人など、多彩な国々の面々が並ぶ。

やはりというか、若い人、カップル10代の少女が多かった。

韓国民族衣装を身につけた3人組の少女、2人は明らかに韓国人ではない。

多分ベトナムタイの人だ。

韓国友達を頼ってやって来たのだろうか。

まりに似合っていたので、写真を取らせてもらう事にした。

ピンク黄色、水色のスカートが風に揺れていた。


村の坂道階段を行ったり来たりするうちに、「ギャラリー」の文字が。

興味をそそられて階段を上ると、登り終えてまだ続く坂道の上で、学生服少女が同じく学生服少年写真を撮っていた。

青春ドラマのような光景に関心して咄嗟に一枚。

ギャラリーは閉まっているらしく、腕章を付けた彼ら以外に周囲に誰もいない。

プライベートも極まる時間だろうが、輝く記憶を少しだけおすそ分けさせてもらった。



釜山餐丁・バタードーナツと血羊羹


たっぷり写真もとって満足したので、下山する。

さすがに歩いて降りる気力がなかったので、バスを使ったが、山道を下るバス運転が荒い。

座れてなかったら大変だった。


バスの最終停留所、チャガルチで降りて再び南浦洞へ。

チャガルチから南浦洞への道すがら、行く手から派手な太鼓鈴の音が聞こえてくる。

デモだろうか。

韓国社会はどうやらパレードが大好きで、到着2日目にも地下を歩きながら、実体こそ見なかったが、パレードの音を聞いた。

時節柄、ちょっと緊張する。

からやってきたのは、釜山の対岸、九州からの踊り手達だった。

彼ら自身は踊ってないので、既に演目を終わったのだろう、しばらく歩くと、今度は韓国民族衣装に身を包んだ踊り手達が舞っていた。

音は此処からだ。

そういえば、釜山であった日本人と少しだけ会話してみると、九州からの人が多かった。

岸の両岸では、それぞれの人々が交流している。


南浦洞では、韓国旅行で2番目に決めた目的ナッツ入りバタードーナツのシアホットクを買い求める。

生地を大量のバターで豪快に揚げ、横に挟みを入れポケット状にして、蜜とナッツを詰め込む。

形状は平たい円形だが、なぜか平たく潰した紙コップに入れて供される。

しょっぱくて甘い味は疲れた体に沁みた。

これも日本に持ってきたら流行るかも知れない。

でも、どうも日本に入ってくる韓国グルメは、1個流行るとそれ一色になっちゃうんだよなー。


さて、夕方前に一旦ホテルに戻るつもりだが、その前にここのロッテマートお土産を買う。

出発直前までなかなかイメージが湧かなかった韓国土産だが、同僚の勧め通り、インスタントラーメンにした。

韓国即席麺大国なのだ


ホテルに戻って、明日朝の空港に向かうタクシーの手配をして、すぐ出発。

海に突き出した岩場に建つ寺院、海東龍宮寺に向かう。

なんとか時間的に間に合いそうだ。

ここに訪れれば、今回の韓国旅行で行きたい観光地は大方回ることができる。


地下鉄を乗りついで向かうが、どうやらエネルギー切れで気力が切れてきた。

山道を歩き回ったのに、朝から食べたのがトーストドーナツだけじゃ足りないのも当たり前だ。

とにかく何か食べないとまずい。海雲台駅で降りると、バーガーキングに吸い寄せられるように入った。

異国の地で、何が出てくるか想像できる上に早いジャンクフードはいざとなると頼りになる。

バーガーキングカウンターの福々しいお姉さんは、言葉が怪しい日本人にも親切だった。


ちょっと迷ったが、海雲台から海東龍宮寺に向かうバスに乗車。

30分ほどの乗車で龍宮寺に到着した。

龍宮寺までの参道は曲りくねった階段なのだが、辺りは台湾九份もかくやと思わされる人出で、細くて急な階段を歩くのが怖い。

しかも疲れている所に再びの山道なので、なんとか転ばないように慎重に歩く。

距離がなかったのだけが救いで、やがて海を望む龍宮寺が姿を現した。

既に夕方だったので、だいぶ光が赤く、海の青さはちょっとくすんでいたが、それでもなかなかの絶景写真に収めることができた。


満足したので引き返してバスを待つ。

やってきたバスに乗り込んだが、ここで思わぬ苦労をする羽目になった。

椅子に座れず立ち乗りだったが、渋滞に巻き込まれバスがなかなか進まない。

その上、運転が荒い。

急発進、急ブレーキ、急ハンドル

外国バス運転は概ねこんなものだと思ってはいものの、いい加減ヨレてきている足腰には辛かった。

このワイルド運転にも韓国若者涼しい顔をして立っている。

どういう鍛え方をしているんだ、いや、これ自身が日々のワークアウトになっているのか。

ユラユラ揺れる自分も、友達恋人と事も無げに談笑する韓国男子も、真反対の意味で慣れというのは恐ろしいものだ。


渋滞に巻き込まれた結果、1時間強の乗車となったバスを降り、海雲台の駅から地下鉄に。

食べ残し最後ご当地グルメを目指す。


釜田の駅から程近い「カヤポヂャ ソンジクッパ」に入る。

釜山最後食事は、牛の地を羊羹状に固めたソンジが浮かぶソンジクッパだ。

「ソンジクッパ ジュセヨ」席に座る前に頼むと、やがてグツグツ煮えたソンジと牛もつ入りの赤いスープがやってきた。

ごはんを入れながら食べる。

パッと見、キワモノっぽく見えるソンジだが、動物の地を固めてスープの浮き身にするようは食習慣はアジアでは珍しいものではない。

台湾にも猪血糕や鴨血などがあるし、タイにも類似料理があるという。

四角く赤黒いソンジは、特に強い匂いもなく、レバーっぽい羊羹という感じで口に抵抗なくいただけた。

これで韓国旅行で事前に設定したタスクは全て果たすことができた。


ホテルに戻って、荷物の整理をする。

個人的旅行あるあるなのだが、なぜか海外旅行では額にして3000円前後の小さな落し物をすることが多い。

りある旅行であればあるほど、その傾向が出る。

今回もカメラレンズアクセサリーリング所在不明になった。

別に機能に致命的な影響が出るわけではないが、無くしたいわけでもない。

こういう時、何かの引き換えになったとでも考えるようにしているが、少しだけ残念だ。

荷物の整理をして、この旅行記を書いたら時間は0:36分。

3時間程仮眠をしようと思う。寝過ごさないといいが。


【6・了】2019 春、韓国、釜山・光州  6日目|ありがとう/カムサハムニダ へ >>

2019-04-20

きっと甘いみかん / 一定甜的橘子

中国語勉強していたら、「一定甜的橘子」という文章に遭遇した。

内容は、一休さんのようにとんちを聞かせて上手いこと言い訳して難を逃れるというたわいもない話。

けれども、このテキストを読んでいると不意に他のことを考えてしまう。

ぼくの両親の実家愛媛で、母の実家瀬戸内海に面する小さな港町だった。

出身を言うと「みかんだよね」と、得意そうに、とき申し訳なさそうに言われる愛媛県民のどれくらいがそうしているのかわからないのだけれど、ぼくの家には子どもが生まれたらみかんの木を植えるという習わしがあった。種からではなく、苗から植えて、遅くとも小学校入学までには自分みかんを食べる。一つの通過儀礼だったのだ。

みかんを植えたのは母がたの祖母である祖母は、無口で芯を持っていて、彼女を知る人から言わせると、珍しい人、であった。ぼくが物心つくころには祖母祖父仕事退職しており、いつも家にいた。だから、ぼくと兄は、よく遊びに行って、いろんな場所に連れて行ってもらった。魚市場、港、砂浜、そしてみかんの木のある山へと。

みかんの木の植えてある山までは歩いて30分ほどかかる。それに道は急勾配だった。それでも還暦を超えた祖母は、ぼくたちを連れて山に登った。祖母の畑は頂上に展望台がある山の中腹にあり、海が綺麗に見える。天気の良い日には、猫のほうが人口より多いという島が見えるが、当然のごとく猫は見えない。

少しだけ耕された土地と、植えられた数本のみかん。鍬やはさみなどの農業道具を保存する小さな小屋土地自体は広いのだけれど、管理されている土地はそれくらいで、他は好き勝手雑草が伸びている。

祖母の話では、2週間に1度ほどこの山に登り、ぼくたち兄弟の木の周りに生えた雑草を抜いているらしい。体調を心配する母に「この子らはまだ弱いけん、守ってあげなね」と言い、行く頻度は実がなるまでの間、ずっと一緒だったそうだ。

山に行ったことは覚えているのだけれど、初めてみかんを食べた日のことは覚えていない。母曰く、「あまり甘くなくて美味しくなかった」とのこと。それから毎年、雪が降りはじめる少し前に「あまり甘くないみかん」を食べるようになった。クソガキだったぼくは、祖母の苦労など知らず、甘くないから、あまり食べなかった。

数年後、ぼくは高校に無事入学して、少し遠くの学校寮生活を始めた。家に帰るのは数ヶ月に一度になり、祖母の家に行くのも同じくらいの頻度になった。祖母の体調が優れないと聞いたのが夏のこと。秋にはステージ4のがんが見つかり、ホスピスに入り苦しんでいた。そして、春を迎えることなく、年末に、みんなに看取られて亡くなった。

「〇〇なら大丈夫だよ。かしこいけんね。」

最後に交わした言葉は今でも覚えている。というより、忘れられない。

祖母が亡くなり、祖父は持病の腰痛が再発して、買い物に行くことも、もちろん、山に行くこともできなくなった。山には誰もいかなくなり、土地権利を売るかどうかという話になったとき、「ああ、そういうのもあったね」と言われるほどには忘れられてしまった。

誰に言われたわけでもないが義務のように毎年草刈りに行く父は、年末年始にぼくたち兄弟に対して山の話をする。

「〇〇の木はまだ残っとったぞ」

心の中で「当然だ」と思う。

祖母が、強くなるまで大事に守ってくれた木なのだから

その木に実るみかんは甘いのだろうか。

そもそも、今でも実るのだろうか。

それは自分次第なのだろう。

祖母が育ててくれた木を豊作にするのも。みかんを甘くするのも。

ばあちゃんGWには帰るよ。

2019-01-28

アクアライン

初めてアクアライン通った

木更津から

目前に広がる海と都会のビル

凄まじき東京を感じた

東京って港町なんだな

2019-01-25

anond:20190125114642

紅白で歌った会場が、地元ということに。

もともと私は地元がない。

いや、地元はある。

とある港町

どっちゃねん

lemon

米津玄師さんのlemonを初めて知ったのは昨年の紅白

正直、いい曲だなって思ったから興味を持ったのは事実

それまで、聞いたこともないくら世間に興味がないんですが。

そのときいいなーと思って、後々調べてて思ったのは、うらやましいってこと。

紅白で歌った会場が、地元ということに。

もともと私は地元がない。

いや、地元はある。

とある港町

でも、生まれ四国とある県庁所在地

父親実家はその県庁所在地から車で1時間くらいの町信号が1つしかない町だが。今は市になったけど。

中学の頃は空港が好きで好きで、いつか、その近くに空港を建ててやりたいと思ってたこともある。

育ったとある港町公務員になりたいと思って年齢制限ぎりぎりまで受け続けたり。

物心ついてから、なんだかんだ地元に貢献したい!って思ってたけど、何一つできていない。

それが、lemonを聞いて、大塚国際美術館紅白を中継。

ものすごい嫉妬した。

うらやましいって。

就職して5年がもうすぐたつ。

相当遊んできた。

風俗に通い、キャバクラに通い、キャバ嬢と付き合い、同棲して、別れて。

一晩で大卒初任給程度の額を平気で使ってた。

それでもなんとかやってきてた。

手元に何がのこったんだろう。

何を成し遂げられたんだろう。

俺は、何をしていたんだろう。


別に自分がすごいとかは思わない。

たぶん、名もなく死んでいく。

この世に何も貢献できずに死ぬのみ。

それを望んでいるわけではない。

ただ、ただ、自分自身、これをやりきったって思いたいだけなんだろう。

今度、大塚国際美術館に行ってみようと思う。

あこがれだった、こうしたいと思った、希望を見つけに。

歯車でいい。

歯車でいいから、

歯車がないと思いたいだけ。

2019-01-20

四国、寝台

寝台では浅く眠っただけだった。起きるとそこは横浜駅を発車したばかりで、車内は人々がまばらに朝の眠気を横たえていた。

金曜、仕事が定時を少し回って終わった。

エンジニアとして現場研修をしている私は、帰路につくためバスから電車へと乗り換える赤羽駅にいた。

――どこか遠くへ行きたい

そう思いたち、改札を抜ける前にみどりの窓口へと向かった。

「22時東京発、寝台券はまだありますか」

用意されたのは、琴平行きの座席特急券。それを手にしたあと、大宮にある自宅へ一旦戻って、身支度を始めた。

最低限の替えの着替えと、歯ブラシタオル文庫本リュックサック突っ込み、口座から少しだけ金を引き出し、気付くと東京駅9番線ホームサンライズ瀬戸を待っていた。

人生初の寝台列車だ。

入線してきた赤色薄茶色の車体に乗り込み、間もなく発車したサンライズ瀬戸号の車窓へ目を向ける。

通過する品川駅にはまだ多くの通勤客が帰路を急ぐ。彼らを裏切るかのようにして、私は東京を離れた。

小学生遠足ときのように、興奮で眠りは浅く、然し心地の良い揺れはまるで子守唄のようだ。

沼津を過ぎるまではそんな調子で、しかし体がいよいよ慣れたのか、それから岡山出雲市行きと分割するまでぐっすり眠った。

瀬戸大橋線に入り、車窓には瀬戸の島々が並ぶ。それまで横になっていた私は、その時を待っていたかのようにすぐさま体を起こし、洗面台で丁寧に顔を洗い、歯を磨いた。高松では多くの乗客が下車し、それから延長運転を行う琴平行きの車内は伽藍であった。

定刻で琴平に到着したサンライズ瀬戸は、しばらくホームに身を横たえ、旅を始める我々を見送っていたように思えた。

観光案内所も閉まっている。まだ9時前だった。

急ぐ必要もない私は、とりあえずその足で気の向くままに、初めて足を踏み入れた四国の道を歩き出した。

金比羅山の長大で急な階段参道はやはり足に堪えたが、御本宮からの眺めを見てそれも消えてしまった。

初詣からまだ数週間足らずで再びお参りをするのは変な気分だったが、この旅の無事を願い、参道列に加わり手を合わせる。

いきあたりばったりでこのあとの予定も何一つ決まってはいない。不思議とそれが心地よかった。

来た道をそのまま下り琴平駅に戻る間に土産の品をいくつか買った。飴、手ぬぐい(今治のものだ)、饅頭

すれ違う人々は意外にもスーツ姿の団体が多く、1人の私は割に目立った。それもまた不思議と気分を高揚させた。

琴平から土讃線上り特急に乗り、松山を目指す。

予讃線に乗り継ぐ多度津駅で近くの食堂に入り、日替わりの昼食を注文した。

予想はしていたが、メニューにはナチュラルうどんが設定されていた。かき揚げおにぎりと一緒にいただく。もちろんとても美味しかった。

予讃線下り松山行きの特急いしづちしおかぜ自由席は半分ほど埋まっていた。

空いている窓側席に腰を下ろし、金比羅山で蓄えた疲労をしばしの間、癒やす

文庫本を開いてすぐ眠ってしまい、松山駅の到着案内で目を覚ますことになった。

松山駅を降りると、失礼ながら想定していた風景とはだいぶ違った街並みが広がった。

すぐそば伊予鉄道路面電車が走り、人々が休日らしい顔持ちで道を往きかっていた。

バスターミナルにて1Dayパスを購入し、中心市である大街道電停に向かう。

大街道電停松山城の目と鼻の先にあり、電停を降りる瞬間、目に入った。

琴平駅では松山方面に向かうか、高知方面に向かうか一寸悩んだのだが、松山に来て正解だったようだ。非常に立派な天守閣だった。

城を横目にマンホールカード収集のため坂の上の雲ミュージアムに赴き、1時間ほど観賞したのち、喫茶店に入りたばこを吸った。

道後温泉行きの時刻に合わせて喫茶店を出て、再び路面電車に乗り込む。

きっとこのまま温泉宿に泊まるのだろう。車内は温泉客でほぼ席が埋まっていた。

道後温泉街は本当に賑わっていて、改めて今日土曜日だということを私に再認識させた。

――少し急がなければ。

人混みを縫うようにアーケードを抜け、道後温泉本館で湯に浸かった。

復路の寝台が高松駅を21時半前に発車する。

琴平駅のみどりの窓口ですでに確保していた、その列車のことを念頭に置きながら、再び路面電車に乗り、JR松山駅前電停で降りる。

駅前キオスクで少しのビールつまみを購入し、もうすぐ発車する高松行きの特急に乗り込んだ。

もうこの旅も終わりだ。

余韻と若干の寂しさを感じながら、日が暮れかかっている四国風景を見て、ビールを飲んだ。

2時間以上瀬戸内海のふちを走りきり、降り立った高松駅は、高層ビルがいくつかそびえ立つ、立派な港町だった。

連絡船時代面影をほんの少しだけ残したホームでまたうどんを食べ、キオスクビールつまみを買い足す。最後の晩餐ともいえるような光景だった。

もう少し、ここにいたかったな。

そんな気持ちを奪い去るようにして、寝台特急サンライズ瀬戸高松を出発。途中の岡山出雲市から来た列車と連結し、東京に私を運んだ。




追記

座席特急券

往路はノビノビ座席を、復路はソロ寝台券を取りました。

座席特急券」と書いたのは、ノビノビ座席について、寝台券必要がなく座席として発券される特急券というニュアンスを込める為です。

高知について

今回でサンライズが大好きになったので、また近いうちに乗って、高知城も見てみたいです。

あと、四万十川も。

2019-01-04

anond:20190104163724

昔、佐世保に住んでた時にスーパーで売ってたな。

港町で売ってたりするのかな。

2018-12-27

クジラの肉とか

港町で細々と売って、地元の人か物好きのグルメが食いに行けばいいんじゃないの?

2018-11-30

anond:20181130142308

いや私服で。キュロットなのにブラウスネクタイがピンストなのな。あんな服着てる娘は山には居ない。

港町こええええ。女の子可愛いにするガスとか発生してるに違いない。

2018-11-21

[]【12】2018 晩秋広島博多別府

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anond:20181120233347




大分ローカルな静寂


九州北部雄大自然を見ながら揺られる事2時間半、バス大分に到着した。

地理に明るくないので、駅前からやや遠くに到着してしまう。


降り立った街は潮の香りがした。

タイプは違えど煌びやかで洗練された国際都市であった広島博多と比べると、大分の街は素朴な港町という感じで、シャッターが閉まっている店が時折見られ、外国人も見ない。

グローバル化の波は九州太平洋側には及んでいない様だった。


これからホテルチェックインし、別府温泉に向かうので、腹ごしらえをしておいた方がいいと思ったが、大分グルメに関しては特にチェックはしていなかった。

まだ明るい時間だが、駅前には居酒屋が空いている。

入って席に座った。


それほど詳しない大分グルメだが、当地食文化代表しているとされるメニューを立て続けに頼む。

とり天、りゅうきゅう、だんご汁かぼすサワーに、やせうま

博多でも結局終わってみれば炭水化物を中心とした打線を組んだので、ここに来てタンパク質中心の食事が嬉しい。

大分料理はどれも美味だが、みりんと甘口醤油たっぷり使った味付けは全体的に明らかに甘く、関東男性にとっては好みが分かれるかも知れない。

ただ普段料理も甘く味付ける自分にとっては非常に口に合った。

腹も満足したし、この旅行最後の宿にチェックインだ。


ホテルのある鶴崎は、大分から3駅だというのに車がないと生活に厳しそうな街だった。

駅前商業施設もまばらで、19時前でもう暗い。

google map 上ではイマイチ距離感がわからなかったが、ホテルは駅から早足で歩いて15分程かかる所にある。

工場と思しき建物空き地に囲まれて、そこだけ光るホテルは、この旅行を通してもっとも静かな環境の宿になりそうだった。


チェックイン手続きをするフロントで、掛け流しの大浴場の説明を受ける。

かに24時間利用できる温泉は魅力だが、今日はこれから別府温泉に向かう。

この宿の温泉明日の朝に入る事になるだろう。

鍵を渡されて入った部屋は、トイレこそ付いていたが、浴室は無かった。

今回の旅行はどうも風呂環境特殊だ。


【13】2018 晩秋、広島・博多・別府 6日目|湯気と入れ墨と楕円球 へ >>

2018-09-12

田舎漁村世界有数の港町になる功労者ヤクザって大都市もある

びっくりするくらいこの国のヤクザは表の仕事に絡んでる。

漁村港町になる過程において荷役を束ねる地元ヤクザ親分3人が代議士役人とともにフル回転したとかそういう歴史あるしな。

普通に地元では未だにそういうヤクザ名家扱い。

港湾系の組から普通に変わった企業が有名企業大株主に名を連ねてるとかさえあるし。 

もはやコンプラもクソもないけど。

2018-08-27

anond:20180827140737

情報化とは、物理距離無効になることだ。

判りやすいのは、電話で遠くの人と話せるようになる、とか。

アマゾンで、遠くに行かずにニッチな買い物ができる、とか。

からIT技術に染まりすぎると物理距離がまるで大したことじゃないように思えるんだよね。違うから。今でもまだ物理距離はクソ強い。政治的拠点港町が近い町が発展して、山の中にある都市は貧しいんだよ。有史以来人類社会はずっとそうなのだ。お前もまた、物理距離が近いことによる恩恵を月何万円か払う事により受けているんだよ。

2018-08-03

正直にスペック晒します婚活相談させてください

【基本スペック

33男性

東京都下で一人暮らし(中央線民)

精密機器メーカー営業

年収550〜600万(休日カレンダー通り、残業月40〜50時間)

・175cm65kg普通体型

タバコ・酒・風俗はやりません。

・TOEIC850程度(海外経験ありだが、今後はおそらくずっと本社勤務になる)

性格は落ち着いていて紳士的だと女性から言われます

趣味

竹宮惠子萩尾望都など往年の少女漫画が好き

野良猫写真を撮る(カメラソニーα7R2、フジX100F)

・食べ歩き(インド料理、本格中華スペイン料理など、1人5000円までが目安。男女問わず食べ歩き仲間募集中)

レトロもの純喫茶近代建築巡り

写真投稿サイト(ガンレフ)での高画質女性ポートレートの等倍鑑賞

・土日を使った旅行(猫のいる鄙びた港町離島が好きです)

Twitter(在日コリアン女性フェミニストとして、ネトウヨから卑猥中傷を受ける)

ミッフィースヌーピーグッズ集め

・昔付き合ってた女性写真の加工

はてなブックマークコメントをする

・窓際の席での人間観察

・柔らかい感触のものを愛でる

【好きな女性タイプ

茅野愛衣(声優)

黒髪山田尚子(アニメ監督)

・27歳頃までの皆藤愛子

2017年東京女子大ミスコンのentry02の子(素人さんなので名前は出しません)

相手に求めるもの

首都圏在住

趣味の近い人

・18〜29歳までの心身ともに健康女性。なるべく正社員

容姿は中の下〜なら問題なく愛せます

【悩み】

婚活パーティー婚活サイト以外で自然出会いがしたい。仕事での出会いは今のところない

Twitterブログ趣味を介してつながりを求めるのは現実的か?

女性が多いが、30代独身男性が入ってもおかしくない習い事はあるか?

・35を過ぎると男の価値が下がると思うので、35までに結婚したい。時間がない。

子供はそれほど欲しくないが、婚活女性子供が欲しいという理由が多い

2018-07-13

原爆の夢を見た

理由分からん

沖縄雰囲気を持った横浜みたいな架空港町同級生と来ていた。同級生の顔はモヤがかかっててよく分からない。あと小学校6年の時の担任の男の先生がいた。社会科見学みたいな感じだった。

すごいでかい船を見たりレスキュー隊の見学をしたりしていたんだけど突如海の向こう側でキノコ雲ができた。

「おーすげー」ってキノコ雲を見に岸辺まで行こうとしたら先生が「おい!よせ!」って言って俺を後ろに引っ張った。そしたらその瞬間にすごい爆風がきて前の方にいた人たちがみんなドロドロに溶けた。爆風が収まった後、近くにいたドロドロの同級生を見に行ったら襲いかかってきた。あー怖かった。

2018-05-07

なんておいしい酒のおつまみなめろう

昔、狂ったようにアジ刺身を食べていた時期がある。スーパーで意外と安く売っているし、美味しいからだ。

すっかり三枚おろしも板についた頃、ちょっと刺身以外にも手の込んだものを作ってみようか、と思い、調べた結果、「なめろう」に出会った。

港町料理で、青魚味噌ネギ大葉なんかをまな板の上にごちゃっと乗せて、包丁でひたすらたたく。魚の身がペースト状になる寸前で叩きストップ!おいしいつまみの完成だ。俺はネギを入れずに大葉を多め、さらしょうがを多めに入れるのが好き。

初めてなめろうを食べた時の感動は忘れられない。これは日本酒のための料理だ。いや米と一緒に食べてもいける!なんならなめろう単体でもおいしいぞ!

狂ったようになめろうを食う日々が続いた。3ヶ月くらい、毎日のようにアジを3枚におろして叩いた。

流石に食べすぎて飽きてしまい、2年くらいご無沙汰だったのだが、昨日スーパーで4尾150円イワシ発見し、「アジではないけど、久々に作ってみるか」と思い立った。

三枚おろしの腕はやや鈍ったが、とてもおいしい。本丸アジで作ったらどうなっちゃうんだろう俺、ってくらい。久々に飲む日本酒もまた最高だった。

これから、また、毎日三枚おろし、叩き、おいしいお酒ルーティーンが続く。ストレスの溜まる日々だけど、俺はなめろうのために生きていく。

2018-01-14

俺的静岡県都市知名度ランキング

思いつくままに書いたので抜けている市もある

なお、都市としての知名度なので自治体として存在するかは関係ない

都市特記事項知名度ランク
静岡県都であり70万の人口を抱える政令市、北は南アルプスまで含む懐の大きな市10
浜松県下最大の80万都市かつ全国4例目の非県都政令市ヤマハスズキ企業城下町9
熱海言わずと知れた斜陽の大温泉街9
沼津東部の中心都市、県下有数のラブホ8
下田義務教育受けてたなら誰でも知ってる8
三島伊豆の入口、新幹線駅あり7
清水清水エスパルスちびまる子ちゃん7
富士県下第三の都市富士製紙のお膝元6
焼津小学社会教科書で見た港町ふるさと納税でウハウ5
磐田ジュビロ磐田5
長泉Z会やってた人には有名5
掛川花鳥園、城、新幹線5
御殿場プレミアムアウトレット東海道線の旧線5
富士宮富士宮焼きそば4
島田空港、越すに越されぬ大井川4
天竜浜松の北、遠州二俣4
佐久間国鉄佐久間線、天竜川流域の山奥3
伊豆の国DQNネーム3
新東名スーパーライナー遠州森町SAに止まる2
興津糸魚川静岡構造線東名海上を走る2
伊豆天城越え1
袋井浜松の東1
藤枝島田の下の方にあった気がする1
浜北浜松の北1
吉原あの吉原と同じ名前1

anond:20180114164116

雪が降って寒い

日記を書けと書かれているか普通に日記を書こう

雪が積もっている。僕の住んでるところでは年に数回といった感じでやっぱりうきうきする。

山が綺麗だ。昨年雪が積もった時はカメラを持ってそこまで散歩しに行ったけど今年は色々で家から眺めとくことにする。

雪国の人には無知を笑われるだろうがやっぱり数年間雪国に住んでみたい思いがある。

雪が積もったあとの寒さはなんかそうでないときと違う感じがする。湿度によるものか、雪が残ってる間はその部分の温度が一定以下になることによるものか、雪が降るならば気温がある程度なのでその分布の偏りを感じてるのかはよくわからないけど。

雪が降ると小学生中学生のことに思いを馳せることがある。自分の生まれ育ちにはなんの不満ももっていないけれど、例えば深い雪の積もる田舎で、例えば夏の日差しの眩しい港町で、例えば摩天楼の下で、そういう自分の知らない育ち方にも無限の憧れを感じている。

2017-08-06

ふえぇせっくすってなんですかぼくわかんなーい

アイドルスカート履いてたら「みえ

アイドル遊園地チュロスを食べたら「フェラ顔きたーー!!」

港町市場ロケアワビが映ったら「まんこきたーー!!」

バラエティ番組出演者が揉み合って転倒して体が密着したら「これ絶対入ってる!」

こんなことばっかり言ってる奴らがいざ自分不都合そうな展開になると「これのどこがエロいんですか?ボクにはさっぱり分かりません、エロいと思うあなたの方がエロいのではないでしょうか?」なんて言い始めるのこえーって思う

いやどう見ても性的表現だろって時にも言う

裸の女がいて、たとえそれが全然自分の好みのタイプじゃなかったとしてもエロエロだろ

いまいち興奮しなかったAVに「勃起射精もしなかったのでこれはエロではないです全年齢です」とは言わないだろう

いかげん観念しろ

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