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はてなキーワード: 安値とは

2021-05-04

anond:20210503194513

安値で売る人は、

捨ててもいいくらいのお気持ちなのだけど、

捨てることが苦手でリサイクルに出しているのかも。

2021-05-03

メルカリ相場ガン無視高値付けるやつもいれば、ありえんくらい安値つけるやつもいて、後者に関してはなんでそんな行動をとるのか謎でしかたない。メルカリも親切に相場を表示してくれてるのになぜそれを無視して安くする。

私が出会った一番理解不能なのは、送料が700円かかる分厚い本が300円で出品されていたこと。ほんとに謎でした。

追記

今その本を調べたらアマゾン中古しかなくて8000円になってた

2021-04-25

anond:20210425095552

積み立ての特徴は高値安値ときの購入を平均化出来るというだけの話

2021-04-19

人間も土から生えてきたら良いのにね

形の綺麗なものだけ収穫して市場に卸して、他は安値で叩き売ったりご近所さんにお裾分けしたり美味しく食べて処理しよう

2021-04-13

anond:20210413180934

大学院卒の人生って、「一生会社奉仕する代わりに会社庇護してもらう」ことというより、「会社と対等に契約するスペシャリスト」なんだから別に低学歴より安定した職に就ける」ってこともないのよ。首を切られる時は切られるし、会社倒産する時は倒産する。

「値段の高い高級品」と、「値段の安い粗悪品」があったとして、金がないならどっちを諦めるかと言ったら、それは時と場合によるとしか言えない。(「安物買いの銭失い」ということもあるだろうし、「贅沢品に金は出せない」こともあるだろう。)あなたは「値段の高い高級品」なのよ。職に就いた時点で値札は決まっているのだから、「うちはあなたに見合う給料が払えません」と言われたらそれまで。

ただし、あなたが粗悪品と違って有利なところは、「値段の安い高級品」になる事も不可能じゃないってところ。まあ、あまり安売りしない方がいいとは思うけど、手数は多い方がいい。とりあえず次の職探しは数打ってみて、見つからなかったら少し安値を付けてみればいい。その選択肢を設ける権利あなたにはある。

2021-03-29

anond:20210329070338

昔々はそうだったんだろうけど、

今は中の人であるはずの声優容姿だの歌唱力だのが求められるようになってしまって、

大変だなあと思ったり(コナミ

声だけで勝負するには、いわゆるヲタ受けするような絵柄のアニメとか避ければいいのかなあ

しかし、映画吹き替えだけで食っていけるはずもなく

そもそも声優って昔々は役者兼業だったりして、役者も食っていける仕事とは言い難いので、

バイト感覚というか食い扶持を繋ぐために声優だったりしたはずなんだけど、

歴史的経緯も色々あって、今は声優だけで単体の仕事になっている、ように思えるけど、

やっぱり現実ほとんどの人が食っていけてないというヤクザ商売だよなあ、と思ったり

考えてみれば、毎日外に出ていたときは昼は西友弁当も買うし、西友は重宝していたのに、

コロナになって無職になったら西友比率は減って、今はOKかに救われてるわけですが、

安値世界一の挑戦とか言う割にほぼ定価で販売しているのと違って、

メーカー品の食材毎日変動しつつ安価に入手できるのは凄い

店舗管理かにコストカット合理化を感じつつも、

店員にあまり負荷をかけない工夫?に思われることもしていて、

例えば、店を閉めて残業在庫管理とか棚への陳列、管理をするのではなく、

店に客がうろうろ歩いている状態在庫管理や棚を並列して行い、

特に夕方以降はバイトを拡充して大量に動員するのは、どうよという意見もあるだろうけど、

時間だけ働きたいとか、

いきなりフルタイムは辛いので短時間身体を慣らしたいという目的には適していたりして、

スーパーというブラック業界では比較良心的な方にも思えたりするのでした

2021-03-08

anond:20210308035804

記事についたブコメについて、返信や補足です。どうやら増田には7000文字くらいで文字制限がかかっていて、それを超過すると記事が途中で途切れるらしいことがわかったので、ブコメへの返信や補足などはこちらにかいておりますブコメを取り上げる・上げないの判断基準は「補足して何かを言いたいものであるかどうか?」です。ブコメの良し悪しでの判断ではありません。

本当はリンク全部書きたかったけども、URLが多すぎるせいか投稿に失敗したのでURL省きます。ここで引用しているコメントは全て、元記事についたブコメです。

今一生さんの本に書いてあったけど、合同会社を作って法人契約とかね。

法人事務所や借り上げ社宅を借りるには、法人としての信用が必要です。具体的には3年間(もっといかも?)の黒字決算でそこそこの事業規模が無いとキツい、とか。

ちょうど友人がこういう投稿をしていたばかりだ。https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=3719818448134271&id=100003184580045

そう、未成年天涯孤独だったりDV親だったりすると本当に人生詰むんじゃないかって思います。生きるための障壁は住居確保以外にもたくさんあることは想像に難くありません。はてな界隈で有名な話としては「私が休学を決めるまで - Tritamaブログ」が挙げられますね。この方は高校出てから放り出されてこれだけ酷い目に遭う訳ですが、中学出た時点で放り出されたらもっと大変かもしれません。世の中、特に未成年環境については「協力的な親が実在する」という前提に立った制度が多過ぎます

これほんと辛いよね。独身ときは家借りるの一苦労だったし、ちゃんと働いてるのに出自を値踏みされてる感じで屈辱だった。増田の案は妥当に思える。どっかに意見出したのかな?

SNS上で政治家アカウントに軽く進言したりすることはありますが、きちんとした意見書を出したりパブコメ投稿したりということはありません。今後は検討したいです。

出自を値踏みされてる感じ、それはありますね。差別を受けるってこういうことなのか、って思います

大手不動産仲介よりは、地場不動産管理会社の方がネゴは効くかもしれん。地主ビルオーナーが一階で営業して自分物件管理物件だけ紹介してることも多い。まあ古い考えの人も多いのでハズレも多いが。

これは、そうなんだろうと思います。問い合わせして回るのに足を使うので私は手っ取り早くUR保護を求めましたが、万が一UR運営が止まったり等すれば、この手段は頭に入れておきたいところです。

もしも長生きしてしまっても、そのころには安アパートを借りれるか借りれないかというシングル老人が大量発生しているころだろうから、なんとかなるんじゃねえかと思ってる。空き家も増えるだろうし。

「なんとかなる」状況が発生するとしたら、国内治安衛生状態悪化して社会問題となり、法制度が改正された時、だと思っております

定期借家契約が出てこないのに違和感がある。普通借家における貸主・借主のバランス(一般に「借主が強い」と言われがち)を若干貸主側に傾けたのが再契約条項ありの定期借家契約で、当然その活用が考えられるはず。

借主が緊急避難をする手段としては定期借家契約は非常に優れた話ではあります。実際に契約した経験が無く実態を知らなかったので省略しておりました。指摘ありがとうございます

わかるけど、解決策はピントがずれている。問題は、賃貸借契約相続されるということ。増田が急死したら、増田相続人が借主になるので、相続人に連絡を取れないと貸主側から部屋を解約することが難しい。

これが一番ここで取り上げたかったコメントです。元の記事には書きませんでしたが、借主の死亡や失踪というのは大家にとって非常に大きなリスクです。他のブコメでもしてきされている通り、相続人となり得る者は存在しないという証明書を借主が提出することによって借主死亡or失踪時に大家は都合の良いように処分できるっていう制度必要です。

少し話が逸れますが、例えばDVから逃げ出した時にDV親を「相続人の廃除」することが私たち人生重要ポイントなのですが、このハードルが高すぎることも問題としてあります相続人の排除否定した判決判例を見ると、ほんと頭痛します。

賃借権だけでなく増田の遺品についても相続される。大家勝手処分することはできない。問題家賃だけじゃないのよ。親族の連絡先がないとこれらの処分方法が確定できない。遺言執行人の選定も強制力ないし

こちらも同種のコメントです。日本社会は、この問題解決しなければなりません。

サービスアパートメントだめなんですかね。ずっと海外で住んでたけどよかったですよ。入居はパスポートデポジットだけ。あとはシェアハウスかな。デポジットと前家賃払えば大抵のところは住めます

海外に居たときは、私もデポジット敷金のような扱い)払うだけですんなりとシェアハウスに住むことができていました。気をつけないといけないのは、歳を取ると(30代半ばくらいから?)シェアハウスで間借りするのは肩身が狭くなる、といったところでしょうか。

緊急連絡先は借主が死んだ時の処理のためにあるのか、そりゃそうか。じゃあ死後処理を頼める会社や団体ができるしかないな。遺書を預けた弁護士とか含む感じになるんだろうか。それはそれでニーズありそう。

死後処理をうまくやってくれる会社、本当に期待しています

団信なしでもフラット 35 は行けるので住宅ローンは出来るよ。共同名義じゃない限り連帯保証人不要賃貸なら UR という解決策が存在しているし、あらゆる物件に住めるわけでは無いが、選択肢自体は割とありそう。

フラット35がそういう制度になっているとは知らなかったです(調査が足らなかったです)。てっきり、フラット35でも団信を求められるものだと思っておりました。

東京にはURよりもう少しリーズナブルな「公社住宅」がありますよ。諸条件クリアやすいです。そこにも漏れるような層をこぼさないようにさらリーズナブルな「都営住宅」は場所を選ばなければ空がたくさんあります

公社住宅に関しては

ここでも「カネがあって身寄りの無い者」は支援対象外です。

都営住宅も「住宅に困っている収入の少ない方に対し低額な家賃でお貸しする住宅です。」と謳っており、やはり私たち支援対象外です。 https://www.to-kousya.or.jp/toeibosyu/

借りる側の契約ハードルと貸す側の解約ハードルの両方を同時に下げないといけない。これから一人暮らし増えるし絶対必要なこと

元の記事を一行で書くと、こうなります。最高の要約です!!!

全保連の「入居申込書兼保証委託申込書」を見る限りだと「緊急連絡先」があれば良さそうに見える。これとは別に親族の連絡先が求められるのかな?

記憶が確かではありませんが、私が2017年時点で見たのはこれかもしれません。2019年時点の家探しで出会うことができなかったのは運が無く、費やした探索労力が少な過ぎたせいかもしれません。

というか筆者は十分上級国民なので参考にならない。時給1,000円、氷河期非正規、前の住居が老朽化のため立ち退きを迫られている、ぐらい言わないと。

こういうケースを救うのは生活保護とかの制度だと思います。こういった保護はとても重要なのですが、これだけだと私のようなケースで人権侵害されていってしまうという想いから、元の記事を書きました。元記事の上の方にある通り、私は1000万円ほどの物件を買えば(倒壊とかしなければ)保証会社と無縁の人生を得ることができますが、それだと同じ境遇若い人たちが救われません。

一般論として「身元が確かでない人は家を借りにくい」という問題は「身元が確かでない人に貸してトラブルになると家主が困る」からで、家主の権利を強化すれば貸しやすくなる。さて、どうする?といういつもの話。

この「いつもの話」を解決するためには法改正するしかありません…!!

損をするのは悪意を持って詐欺や滞納とかやらかす輩だけで、それ以外の関係者全員がハッピーになれる社会を作っていきましょう!

血縁証明する書類は出さなくていいから、同姓の他人OK

賃貸契約まわりの契約書の中には、虚偽の情報記載した場合は即時退去になるような条項が入っていることもあります2019年の家探しの時に、不動産仲介屋に虚偽情報記載することを示唆されましたが、リスクが高すぎるのでやめました。

一人暮らしなら広さは要らないので中古物件を買えばOK。2DKも要らないだろ。将来が不安なら1Kくらいが妥当

分譲住宅で2DK未満の広さのものって、物量がそんなにありません。買いたくても買えないので、安値を狙うならボロボロの2Kや2DKとかになります

ぜひ、その「1300万円ほど」の貯金で1Rマンションを購入し、貸し出してみてください。身銭を切って逆の立場になったら別の世界が見えるかもしれませんよ。例えばあなたが貸主で借主にどうやって強制退去させるんですか

この言葉への答えは既に元記事の中に存在します。元記事はこの問題認識していて、貸主保護重要性を説いています

2021-03-07

anond:20210307123637

そうだよ。

頭いい順にやめてくから

ギリ虐待認められない程度の虐待する人とか

育児」というより「飼育」してる人とかばかり生き残るよ

けど絶対数が少ないし二馬力でないと生活できない貧困社会から

そんな待遇って分かっててもみんな異常な安値で預けたがるよね

そうして社会が廻るんだよね

2021-02-26

anond:20210225224432

投資株式投資、のようなイメージだったら大量にやってるぞ。金持ちというか中流以上が公的年金とか企業年金という形を通じて。

もし投資設備投資とか研究開発、という意味だったらそれは金持ちといった個人でやるようなことじゃないだろう。金持ちが株を保有する企業からしても、デフレで実質金利が高かったのだもの投資して将来に出来上がる製品安値しか売れそうに無いときに今足下で設備投資研究に金を大量には投下できないでしょ。それよりは借金返済した方がいい。

2021-02-06

anond:20210206155701

金があっても、それを貯め込んで将来の不安に備えなければならないってのが日本でしょう。

まあ、景気対策をせず、なんとか隙を見て中小企業安値で買い取って売り払おう、金融機関を乗っ取ろうというレントシーカーがうごめく国だから仕方ないが。

景気が悪いとまず第一に保身に入って、設備投資研究投資をしなくなるからな。

2021-02-01

安くて質の良い商品

→安い割りに質の良い商品

→かなり安くて質がそこそこの商品

どんな労働力が滞留するだろう

新規性創造性、ギャンブルよりは頭数で押す

以前と同じ活動量効率では基本的にどんどん安値をつけられる

SES営業マンが思うこと

【どんな営業マンだったか

SIer孫請けレベルの弱小IT企業に約2年在職

エンジニアスキルシートを名刺交換した協力会社に一斉メールでばらまくタイプ営業スタイル

プロバー:BP比4:6くらい

(BPビジネスパートナー、他社のエンジニア代理営業すること

SES商流が深くなる元凶)

文系プログラム言語のことはなにも知らない、ふんいきでやっていた

・月に+5人になると会社からインセンティブ貰えるのと全体目標到達するとベースアップがあったので頑張っていた

【つらつら思いだしたSES営業やっていたとき記憶

例の事件は今まで発覚してなかっただけでGithubの使い方しらないSEが公開設定すら知らずにやらかしなんていくらでもあったと思う。

SES営業マンエンジニア言語環境理解していることなんてほぼ稀(エンジニア上がり除く)なので「Githubってなんですかね」ってきいたところで「自分勉強するんですか!すごいですね!頑張ってください!」しか言わないと思う。(もちろん会社から勉強会の時間費用は出ない)

良い会社は帰社日という名目勉強会を開催していると聞いたことがあるが、それはごく一部だと思う。大体は営業マンがやるべき常駐先の状況報告をエンジニアの予定を合わせて一回にまとめたいだけの会で、大体残業に追われているSESエンジニアにとっては「そんな時間あったら常駐先に戻って進捗進めたい」との愚痴が多かった。(そういう愚痴BP営業している最中に聞くとさらっと引き抜きできたりした)

SES営業商流が深くなると紹介料1~10万以上の差が出てくるらしい。

(元弊社は3~5万で平均的、だったらしい)

らしい、ばかりだがこの紹介料が一番ぼったくれるところなのでいかに大胆に「うちは全然抜いてないですよ~!」と大嘘をつくのことが大事だったので1万円しか紹介料もらっていないという会社実在しないかもしれない。

これによってもちろんエンジニア本人の給与が変わってくるが、それは案件難易度残業時間エンジニア経験年数は一切関係ない。

商流浅いところを見つけられなかった営業マン力不足または中小企業限界(下請法的な意味で)である

それでひ孫請けになってしまったもしくは案件で値段交渉を渋られた(高齢エンジニアだとそれだけで単価が削られることがある)場合でも営業マン淡々エンジニアに「今回の案件給与(交通費コミ)25万になりましたー」など伝えなければならない。

優秀なエンジニアを育てる土壌があれば良いのだけれど、SES業界ではそうもいかないし、新しいスキルを伸ばすことをチャレンジさせてくれる案件なんてほとんどない。

安定した生活をするには全く向いていない業界だけどなぜSESに頼るのか、エンジニア本人に聞いてみたことがあるが「自分転職活動をするのが面倒」「口下手な自覚があり面接で落ちてしまうのが不安から

など、自分を磨く時間や労力を割きたくない、ただ黙々と与えられたことをこなしたい真面目だけど不器用な人が多い印象だった。

そんな人を初対面でも何年も一緒に仕事をしていたかのようにスキルシートを盛って常駐先に顔合わせ同席するとき営業マンとしてのプレゼンはとても楽しかった。

ただ、エンジニア提示した最低でも欲しい金額を割った安い案件を取ってきてしまったときエンジニアを説得して案件に入れることもあった。

(案件が決まらない場合会社からもお給料が出ないので、月の途中からでも入れる案件の顔合わせにいつでも出れるよう自宅待機させないといけない)

自宅待機期間が1~3か月を超えると元弊社はエンジニア退職させることになっていた。

無給なうえ顔合わせ(面接)までの交通費も自腹、いつでも連絡取れるよう副業(日払い労働など)も禁止なのに案件が決まらない場合はあっさり捨てるように退職させるのはエンジニアから見たら全く良くない会社だったと思う。どこもそうだったのかは分からない。自宅でプログラミング勉強するための研修コンテンツを使っている会社があると聞いたが、それが成約率に繋がるかは不明である会社エンジニア信頼関係は築けそうだが…。

営業マンをやっていたとき、この自宅待機させることが本当につらく、自分案件を決める力がないばかりにこの人を無職にさせてしまったという自責の念が強かった。エンジニアが露頭に迷う悪夢に何度もうなされた。

凄腕上司エンジニア一人一人の人生なんて最後最後まで何も考えてないように見えた。いかに「どう言って説得するか」「退職時に揉めない方法」だけを追求していた。その方が精神衛生上良いのかもしれない。SES営業マンプライベートはない。平日は朝から晩までひっきりなしに知らない電話番号(SES業界営業マン電話番号流出という概念がない)から電話があり、それをいつだって3コール以内に取らないといけない。

質問される内容は大体「(要約)高スキルで低単価のPHPエンジニアはいいか」「インフラエンジニアはいいか」「35歳までで」など存在しない優秀な人材をびっくりするくらい安値で買い叩く話ばかり。

それでもその中をかいくぐり交代要員で炎上プロジェクトだけど単価がいいとか高齢エンジニアでもスキルがあれば入れてくれるCOBOL案件などを日々成約させてきた。

自分が関わってきたエンジニアたちがGithubコード流出させていないと信じたいと願っているが、そうでもないだろうなという暗雲がかかる未来を憂いてしまった。


今は転職して全く違う業界にいるので、月末の忙しい時期にセキュリティ対策などで電話対応エンジニアへの周知メール、各所へ奔走しなくて済んで本当によかったと思う。

2021-01-05

ahamoってテレビCMやってるのね

情報弱者対応コストをばっさり切って安値実現したのがアハモって聞いてたから、

情弱向けメディアで高コストTVCMやってたのが意外。

情弱層の認知まり流入増えたら困るのはahamoでは?

ネットSNS広告に留めたほうが良いんじゃないかと思うんだが。

2020-12-22

……160センチジャージ安値で手に入れた我々に風呂上がりの死角は無い……何枚重ねだと聞かれたらめっちゃ早口パンツタイツジャージズボンと答えてやろう……頑張ろう腹を空かせた中年キッズ……

2020-12-21

コロナで災い転じて福となしたもの

・ハンコ文化消滅(まもなく)

役所手続オンライン化、サイト統一

テレワークの推進

衛生観念の向上

野菜安値化、肉食の減少

世界共通意識を持つようになったこ

かにあるかな

2020-12-19

日本半導体産業年代記

以前にこんな日記を投下した半導体業界人増田です。

https://anond.hatelabo.jp/20200813115920

https://anond.hatelabo.jp/20200813164528

久々に日記を書きたくなったので、今回は方向性を変えて年代記風の記事を投下してみます

私自身は業界の全盛期である80年代~90年代前半を経験しておらず、当時の状況を記述するのに十分な知識がないため、その時代については省いています

ということで、私がこの業界に入ることになる少し前の90年代半ばから物語を開始します。

工場呼び名企業の再編によって変わる事が多々あるので、原則立地で表記している。

1990年代半ばごろ 時代の転換点

80年代後半に栄華を極めた日本半導体産業であったが、日米貿易摩擦の影響で一時に比べて勢いを失っていた。

また、韓国企業の台頭により得意分野のDRAMの雲行きが怪しくなり始めたのもこの時期である

(余談だが、日本半導体衰退の原因としてよく話題に上がる韓国での週末技術者バイトさらに昔の話である。このころにはすでに強力な競合に育っていた。)

とはいえ世界的にみると日本の電機メーカー資金力・技術力ともに上位であり、一時的不況を乗り越えさえすれば再び繁栄が訪れると誰もが信じていた。

そんな時代背景の元、日本企業貿易摩擦に対抗しつつ、さらなる勢力拡大を図るため、自動車産業成功例に倣い世界各地で現地生産を進めることで変化に対応しようとしていた。

北米進出歴史
企業進出設立
NECカリフォルニア州ローズビル1981
富士通オレゴン州グラシャム1988
三菱ノースカロライナ州ダーラム1989
日立テキサス州アービング1990
松下ワシントン州ピュアラップ(National Semiconductorより買収)1991
東芝ヴァージニア州マナサス(IBMとの合弁でドミニオンセミコンダクタ設立) 1996
欧州進出歴史
企業進出設立
NECリビングストン1982
日立独 ランツフルト1990
三菱アーヘン1990
富士通ダーラム1991
アジア進出歴史
企業進出設立
NEC中国首鋼集団と合弁工場設立1991
三菱台湾力晶半導体(Power Chip)と提携DRAM技術供与1994
東芝台湾華邦電子(Winbond)と提携DRAM技術供与1995
沖電気台湾南亜科技(NANYA)と提携DRAM技術供与1995
日立新日本製鉄及びシンガポール開発庁と共同出資シンガポール工場建設1996

1998 ~ 2002 終わりの始まり

Windows95ブーム終焉による半導体のだふつき、アジア通貨危機後の韓国メーカーのなりふり構わぬ安値攻勢、ITバブル崩壊による半導体需要の激減と、短期間で何度も悪化する半導体市況。

次第に半導体産業は将来性を危ぶまれるようになり、成長分野から社内の『お荷物』とみなされるようになっていった。

かつて半導体事業の中核だったDRAMは、優位性を失い韓国企業覇権を譲り渡してしまった。

資金面でも徐々に脱落するメーカーが現れ始める。はじめについていけなくなったのは、バブル期事業多角化を進めて半導体新規参入した鉄鋼メーカーだった。

続いて総合電機各社も規模縮小に向かう。世界中に作った半導体工場投資の回収ができないまま次々と閉鎖されていった...

工場の現地化の試みは失敗に終わり、10年程度という短い期間での工場立ち上げ・閉鎖はマンパワー資金の浪費に終わった。

こうして各社は体力を削られ、余力を失っていくのだった。

1998

新日本製鉄館山半導体工場台湾UMCに売却

三菱北米拠点ダーラム工場を閉鎖

日立北米拠点アービング工場を閉鎖

松下北米拠点ピュアラップ工場を閉鎖

富士通欧州拠点ダーラム工場を閉鎖

1999

新日本製鉄シンガポール半導体工場株式日立に全額譲渡

NKK綾瀬半導体工場キヤノンに売却

富士通DRAM撤退

NEC日立DRAM事業統合を決定。エルピーダメモリ設立

2000

神戸製鋼、米TIと合弁の西脇半導体工場を米Micronに売却

日立台湾UMCと合同で初の300mmェハ(従来の主力の直径200mmのウェハから2.25倍の面積になり、ざっくりいえば同じ工程数で2倍程度のChipが取れてコストを削減可能現在に至るまで主流のウェハサイズ。)を使用する工場トレセンティテクノロジを常陸那珂設立

2001

東芝DRAM撤退北米拠点ドミニオンセミコンダクタを米Micronに売却。

ソニー熊本に300mmのイメージセンサー工場建設

2002

NEC欧州拠点リビングストン工場を閉鎖

富士通北米拠点グレシャム工場を閉鎖

NEC、非メモリー半導体事業分社化NECエレクトロニクスを設立

2003 ~ 2007 反転攻勢

繰り返す半導体市況の激しい変動も落ち着きを取り戻し、待ち望んだ好景気がやってきた。

90年代後半から不況で体力を消耗した日本企業だが、いまだ技術力は健在。

からブームとなっていた『選択と集中』を合言葉に、各社の得意分野に集中投資だ!

パソコンではアメリカ企業に後れを取ってシェアを失ったが、液晶プラズマをはじめとするテレビDVDレコーダーデジカメ等、日本お家芸である家電デジタル化が進展する今こそ最大のチャンス!

さらに、世界中で規格が共通化された第三世携帯電話が普及すれば、圧倒的な先進性を誇る日本携帯電話が天下を取れるのだ!半導体復活の時はついに来た!!!

製造業国内回帰の波に乗り、生産性に優れる300mmウェハの工場をどんどん建てて再起をねらうのだ!

2003

日立三菱ロジック半導体事業統合世界三位半導体メーカールネサステクノロジ誕生

富士通、米AMDNORFlashメモリ事業統合Spansion設立

エルピーダ三菱電機からDRAM事業譲渡日本の残存DRAM事業が集約。新社長を外部招聘し、反転攻勢開始

東芝四日市に300mm対応NANDFlash工場四日市第3工場建設開始

東芝大分に300mm対応の先端ロジック工場建設開始

NECエレ、鶴岡に300mm対応の先端ロジック工場建設開始

ソニー長崎に300mm対応の先端ロジック工場建設開始

2004

ルネサス三菱時代から欧州拠点アーヘン工場を閉鎖

エルピーダ東広島に300mm対応DRAM工場建設開始

東芝大分の300mm工場が稼働

NECエレ、鶴岡の300mm工場が稼働

富士通桑名に300mmの先端ロジック工場建設開始

Spansion会津若松に300mm対応NORFlash工場建設を発表

松下魚津に300mmの先端ロジック工場建設開始

ローム浜松に300mm工場建設

2005

エルピーダ東広島の300mm場が稼働

東芝四日市第3工場稼働

ルネサスUMCからトレセンティテクノロジの持ち株を買収。完全子会社

ソニー長崎の300mm工場が稼働

富士通桑名の300mm工場が稼働

松下魚津の300mm工場が稼働

2006

東芝四日市に300mm対応NANDFlash第4工場建設開始

富士通桑名に300mm新棟を建設開始

エルピーダ台湾力晶半導体と共同で台中DRAM工場建設

2007

Spansion会津若松の300mm工場が稼働

東芝四日市の300mm第4工場が稼働

富士通桑名の300m工場新棟が稼働

2008 ~ 2015 暗黒時代

2000年代日本企業の反転攻勢は、リーマンショックで終わってしまった。

日本の電機業界が成功を夢見たデジタル家電韓国勢との競争に敗れ、携帯電話でも海外展開に失敗した。

90年代から繰り返し計上してきた赤字と、2000年代の大規模投資を経た今、半導体工場への投資継続する資金的余力はもはや残っていなかった。

不採算部門とみなされるようになった半導体事業設備投資が止まり建設されてからわずか数年で時代遅れとなってしまった。

これ以降は、東芝NANDFlashメモリや、ソニーイメージセンサーといった競争力を維持している分野、また旧エルピーダDRAM工場といった外資資金を得た分野のみが投資継続されることになる。

2008

ルネサス日立時代から欧州拠点、ランツフルト工場をLファウンドリーに売却

日立シンガポール工場シンガポールチャーターセミコンダクタに売却

ソニー長崎の300mm工場東芝に売却

ローム沖電気半導体事業を買収

2009

Spansion倒産

2010

ルネサスNECエレが合併世界第三位半導体メーカールネサスエレクトロニクス発足。フィンランドノキアからモデム部門を買収。

東芝四日市に300mmのNAND製造第5工場建設開始

米TI、Spansion会津若松の300mm工場買収

2011

ルネサスエレ、NEC時代から北米拠点ローズビル工場を独テレフンケンに売却

ルネサスエレ、1400人リストラ

東芝四日市の300mmの第5工場が稼働

ソニー長崎の300mm工場東芝から買戻し

オン・セミコンダクター三洋電機半導体事業を買収

2012

エルピーダメモリ倒産。米Micronが買収

ルネサスエレ、7500人リストラ

富士通岩手の200mm工場デンソーに売却

2013

東芝四日市の300mm第5工場2期工事開始

ルネサスエレ、ノキアから買収したモデム事業から撤退さらに2300人リストラ。またNEC時代中国の合弁を解消し撤退

富士通マイコンアナログ事業を再建したSpansionに売却

2014

東芝四日市の300mm第5工場2期分稼働。200mmの第2工場を300mmに建て替え

ルネサスエレ、年2回のリストラで約1000人削減

Panasonic半導体工場をまとめてイスラエルTower Jazzに売却

ソニールネサスエレから鶴岡の300mm工場を買収

富士通桑名の300mm工場台湾UMC出資受け入れ

2015

ソニー東芝から大分の300mm工場を買収

ルネサスエレ、1800人リストラ

富士通PanasonicSoC設計部門統合、ソシオネクスト設立

2016 ~ 再編ひと段落?そして現在へと続く道

この時期に至ってようやく主要半導体メーカー工場再編が一通り完了し、現在につながる枠組みがほぼ出来上がった。

リーマンショック後の大規模再編で日本企業世界地位はかつてないまでに低下し、国内工場においても外資系の傘下に入るところが増えた。

現在半導体の先端工場継続投資できる日本企業は、イメージセンサーに強いソニー東芝メモリ事業を引き継いだキオクシアだけである

はたして日本半導体産業は今後どうなるのだろうか?再び世界に飛躍する日はやってくるのだろうか?

2016

東芝四日市の第2工場建て替え完了大分岩手の200mm工場分社化ジャパンセミコンダクターを設立

2017

東芝本体粉飾決算あおりを受けてメモリ事業分社化東芝メモリ設立四日市に300mmの第6工場建設開始。さら北上市に300mm新工場建設

ルネサスエレ、米intersilを買収

2018

東芝メモリ四日市の第6工場が稼働。多国籍連合ファンドパンゲアから出資を受ける。

富士通桑名の300mm工場台湾UMCに売却。また、会津若松の200mm工場も米オン・セミコンダクターに売却。

2019

東芝メモリ、キオクシアに社名変更北上工場稼働

Panasonic、残ったマイコン等の事業台湾Nuvotonに売却して半導体から撤退

ソニー長崎に300mm新工場建設開始

Micronエルピーダから買収した広島工場拡張

ルネサスエレ、米IDTを買収

2020

キオクシア、北上に300mm第2工場建設開始

東芝本体SoC部門撤退で770人リストラ

2021

キオクシア、四日市に300mm第7工場建設開始予定

2020-12-16

anond:20201216160454

はてなかいうクソ株のチャート見てみろよ

昔、安値から急騰して2倍以上になった時があるんだよ

で、どうなったかって言うと

あっという間に崩れて元通り

うまいやつが儲けて下手くそが損をする

2020-12-10

から受け継いだ不動産会社倒産させてしまった話

大学卒業後に入った会社を2年で辞め、その後は父が経営する不動産分譲会社で働いていたが、父が病死自分が跡を継ぐこととなった

住宅分譲には注文住宅(顧客希望するデザイン建築)と建売住宅(こちらで設計して建築し完成品を売る)があるわけだが、父は「建売でまとめて建築してコストを下げて安さで勝負する」というやり方に拘っていた

ただ自分には「安さで勝負するのではなく、クオリティの高い住宅を建てればもっと高い値段で販売出来て利益も出る」という考えがあった

そこで自分社長になったあとは、これまでの「同じような住宅を安く建てる」という方針はやめ、有名デザイナーとのコラボなど高価格路線に切り替えた 結果として、この方針転換は大失敗に終わった

より良い住宅を求める人たちは建売ではなく注文で購入することが多く、またそもそも地場業者ではなく大手ハウスメーカーを選ぶ

これまで父は安値路線勝負していたか全国区大手ハウスメーカーともバッティングせず結果として成功していたのだった

従来は土地建物合わせて総額で2000万円台だったので申込後に住宅ローン審査NGとなるケースはあまりなかったが、3000万円台に引き上げたことでローン審査で不可となるケースが増えたことも売上低迷の一因となっていた

住宅分譲は仕入販売を回転させていかなければ成り立たないのだが、古い在庫を抱えたままで新たな土地を購入しようにも銀行側がOKしない

仕方なく新たな仕入のため売れ残った住宅を大幅に値下げして損切りするということが続いた結果、業績はみるみるうちに悪化していった

このままでは月末の決済資金すら手当出来ないと金策に走り回っていたところ、知り合いの社長が「銀行で借入出来ないとき短期資金を融通してくれる人がいるよ 高金利だけど」といってとある経営コンサルタントを紹介してくれた

これまで様々な企業経営再建を支援してきたというそコンサルに現状を説明し、このままだと月末の支払が出来ない旨を伝えた

コンサルは当社が販売中の物件謄本を見ながら「販売中の建物5棟を担保に5000万円融資しましょう」と言った

土地銀行担保取得しているし、もう担保として差し出せる物件は無いですけど…」と困惑する私にコンサルはこう説明した

建売住宅建物が完成した時点では登記せず、購入者が決まった時点で登記をするのが一般 現に御社建築した建物も未登記のままだ そこで銀行には無断で建物登記して譲渡担保を設定しましょう

 私が広告屋を紹介しますのでそこへ広告発注したことにしてください その費用が5000万円です そんな資金は今無いでしょうからその対価として譲渡担保を設定させて頂きます

書面上は当社が広告屋広告発注し、その対価として販売中の建物譲渡担保取得したことにする ただこれはあくま架空発注なので、「当社が建物譲渡担保差し入れしコンサルから5000万円借用した」というのが実態

形式上は商取引に則った担保設定であり、広告屋善意第三者(を装った悪意の第三者)なので銀行側は対抗出来ない

手数料プラス金利前払分として5割頂く」といわれたときはやはり止めようかとも思ったが、「不渡りだけは避けたい 物件が売れれば窮地を乗り切れる」と考えOKしてしまった

私は5000万円から手数料分を差し引いた残りの2500万円を現金で受け取り、その一部で各種の支払を行い、なんとかその月とその次の月を乗り切ることが出来た

しかし翌々月、銀行担保物件再調査として不動産謄本を取得閲覧したため、私の行ったことがバレてしまった

すぐさま銀行担当者会社へ乗り込んできて説明を求めてきたので、私は事前にコンサルと打ち合わせていた通りの説明を行った

銀行側はこの取引架空取引だということは薄々勘づいているだろう、ただそれが架空だと証明することは極めて困難だ 私は広告発注した対価での担保設定だという主張を只管繰り返した

だがこれで私は銀行を完全に敵に回してしまった 会社銀行借入については私個人連帯保証人となっているので、銀行が全額回収に走れば私の自己破産は不可避である

私がコンサルから調達した資金は残り1000万円ほどになっていたので、自分の当面の生活資金として100万円を手許に残し、残りは妻に慰謝料としてキャッシュで渡しとりあえず形式的離婚した

こうしておけば私がのちに自己破産した際、資産調査をされても問題ない コンサルの指示通りにやれば全てが上手くいく…はずだった

その後銀行側は担保としていた物件を全て競売にかけた 私の背後に整理屋が居ると察知したので回収に手間と時間をかけたくなかったのだろう

市場相場で1棟3000万円、5棟で計1億5000万円程度の鑑定評価がつけられた担保物件競売での売却総額は9000万円ほどになった 鑑定評価の6掛けなのでまあ妥当な線なのだろう

本来ならその9000万円は全て銀行の回収分となるはずなのだが、譲渡担保が設定されているせいで半分は広告屋の取り分となった

競売での回収額4500万円と私からせしめた手数料の2500万円で計7000万円、今回の案件コンサルは2000万円もの利益をあげていた

会社を潰し、取引先や銀行迷惑をかけ、妻は音信不通… 会社を潰すまいと必死努力した結果はあのコンサルを儲けさせただけであった

自宅も銀行担保であったため自宅からも追い出された私は古いアパートでの生活余儀なくされた

何か新しい仕事を見つけなければ食べていけない、そう考えていてもなかなか行動に移すことが出来ない私は気晴らしでデリヘルを呼んでみることにした

スマホ適当デリヘルを見つけ電話し待つこと45分ほど、予想よりも若くてかわいい子がやってきたので私は酷く緊張してしまった

シャワーを浴びたあと、私は父から継いだ不動産分譲会社を潰してしまたこと、自己破産し妻には逃げられてしまたことなどを話した

初対面なのにいきなり重たい話をしすぎたかなと思ったが、女の子は「私はおうちは建てられないけど、おちんちんを勃ててあげるのは得意だよ!」と言って笑いながら抱き着いてきた

私も笑いながらこう答えた 「担保を入れるのはもうこりごりだけどちんぽを挿れるのは大歓迎だよ」

2020-11-27

今週末、日本競馬史上最大の戦いが行われる。

2020年11月29日日曜日。15時40分。

ジャパンカップ

一着賞金3億円の同レース日本競馬の年間最強馬決定戦である

しかし今年のレース日本競馬150年の歴史においてすら空前絶後の一大決戦とみなされるだろう。

なぜなら天地開闢以来はじめて「三頭の三冠馬」がひとところに集うからである

三冠馬

牡馬なら皐月賞日本ダービー。菊花賞

牝馬なら桜花賞オークス秋華賞

つのレースを制した馬に与えられる称号

ファンにとって三冠馬は本当に特別存在である

単純に強いというだけではない。

そこには人智を超えた何かが宿っているという「幻想」がある。

今年のジャパンカップにはその三冠馬が三頭も出走するのである

頭目はデアリングタクト

今年、史上初の無敗牝馬三冠を達成した。

さな牧場で生まれて、1200万円という競走馬としては破格の安値で購入された。

強風吹き荒れる過酷環境で鍛えられ、強烈な末脚で勝利を収めてきた、叩き上げの女傑である

頭目コントレイル

今年、史上8頭目牡馬三冠、そして史上3頭目の無敗三冠を達成した。

父は同じく無敗三冠馬ディープインパクト。馬名の意味は「飛行機雲」。

「空を飛ぶ」と称された父の航跡を辿り、同じ偉業をなぞってみせた天才である

頭目アーモンドアイ。

一昨年の三冠牝馬であり、現役最強の女帝である

ドルフも、オペラオーも、ディープも成し得なかった「芝GI・8勝」を達成した。

引退レースとなる今回にも勝利すれば、獲得賞金額でも歴代1位となり「史上最強馬」として語られることになる。

この戦いを何に喩えたらいいだろう。

満員の東京ドームで開催されるジャイアント馬場VSアントニオ猪木

K-1エース武尊RISE神童那須川天心宿願の対決。

メッシ率いるアルゼンチン代表C・ロナウド率いるポルトガル代表によるW杯決勝戦

若きフロイド・メイウェザーJrと全盛期のマニー・パッキャオタイトルマッチ

七冠を達成した羽生善治と八冠を制覇するだろう藤井聡太による名人戦番勝負

あるいは……

多くのスポーツファンが夢見て、しかし叶わなかった戦いの数々。

しかし今年のジャパンカップは紛れもない現実だ。

我々はこの目でそれを見ることができる。

アーモンドアイが見事に引退花道を飾るか。

コントレイルがあまりに偉大すぎる父を超えるか。

デアリングタクトがいま再びエリートどもを喰らうか。

それとも三強以外の馬がここに割り込んでくるのか。

歴史的な熱戦となるか、世紀の凡戦となるか。

すべての可能性を覚悟しよう。

我々はただ目に焼き付けるだけだ。

そして、あなたの目にも焼き付けてほしい。

無敗の牝馬三冠デアリングタクト

https://www.youtube.com/watch?v=u-WOUyVpF90

無敗の三冠馬コントレイル

https://www.youtube.com/watch?v=WjShgQD6wbo

三冠牝馬アーモンドアイ

https://www.youtube.com/watch?v=NUzfbtsoQYM

2020-11-20

anond:20201119124047

私もまさにそんなワナビーの一人です。元々仕事でも何でも全力で頑張るということができないタイプで、好きなことならもう少し一所懸命やるかなと思ってたんだけど、睡眠時間とかその他日々の生活のために必要な細々としたこと犠牲にしてそれでもその趣味に打ち込むということができません。

同じ趣味の人々がいるサークルに入っているけれど、どんどん努力の差が作品の差になっていって、自業自得とはいえ悲しくなりますネットで知らない人の作品を見ることも多いけど、あまりレベルの高さにため息ばかりついています

ただ、貯金だけはわりと得意なので、それを頼りに定年より早く仕事を辞めて好きなことだけやって生きて行きたいなと思っています。好きなことだけで食べていくのは難しそうなので、今の職場つながりで勤務時間の短い非常勤とかやりながら、アマチュアでも自分作品を売れるWEBサービスなどで自分作品を少しでもお金にできたら良いなと思っています

たぶん考えが甘いと言われそうだし、実際甘いんだろうけど、お金生活の糧として欲しいんじゃなくて承認欲求を満たすために欲しいんです。それで極端に安値をつけると本気でそれで食べて行きたい人に迷惑をかけるかも知れないけど、自分でもそんなに高いお金をいただくに値する代物だと思えないので、安めに値段をつけると思います

就職したときからずっと仕事が好きになれなくて、「好きな仕事を選べない」「1つの仕事に慣れたらすぐ異動させられて全然専門性が磨けない」と人事制度に不満ばかり持ちながらも、そこそこ高い給料と充実した福利厚生が捨てられなくて25年以上経ってしまいました。今さらですが、与えられた仕事を熱心にこなせない人は趣味にも全力投球できないのだと気付きました。

長くなっちゃったけれど、元増田さんの言うことはよく分かる気がするし、自分同類が沢山いることに苦笑しました。才能とかセンス大事だけと、努力継続する力がないと大成しないんだと改めて思いました。特に結論らしい結論はないけど、努力の足りないワナビー感想でした。

2020-11-17

anond:20201115200649 の続き

メーカー価格の上限を決めることは

https://www.businesslawyers.jp/practices/732

の「3-1 最高再販売価格拘束とは」を読むと競争促進的ということらしい。

不当廉売にならない程度の安値は、会社の儲けを最大化しつつ消費者も得をして、社会全体の利益になったりするんだろう。

また、メーカーが避けたいのは、高値にすることで消費者収入格差自覚させられて敬遠するようになることかなと思う。

モラルが変化して転売する人が増えると、製品高値イメージが定着してメーカーは困りそう。

私たちホームレスの人々を取材する理由 rewrite

私たちホームレスの人々を取材する理由

夫婦ホームレス取材をして3年ばかりの月日が経った。当初からその取材活動に疑問と懸念を投げかけてくる人々が跡を絶たない。考えてみれば当然だ。彼らが何故ホームレスという立場になったのか、百人百様の人生を得た末の今なのだろうが、想像するによい経緯は考えられない。世の中から忌避され、近づく行為奇行と捉える人がいても不思議ではない。

現在夫婦でこの取材に取り組んでいる私達ではあるが、このプロジェクトきっかけは妻である私の原体験が基となっている。

20年以上前新宿駅地下街は家を無くした人々のダンボールの手製の住処がひっそりとは呼べないと程の規模で一つの社会を為していた。

今では考えられないであろう。身銭を稼ぐためだろうか、駅のあちこちから拾い集めた古雑誌安値で売る者すらいた。

その日、幼い私は親に連れられそんな新宿駅まで来ていた。目に映ったのは、彼らの建てたダンボール小屋だった。秘密基地様相を持つそれらの簡易的な建立物に興味を持った私は見えない内側も確かめようと近寄ろうとすると、母に無言で引き止められた。その時の母の気色張った様相に、この場所で暮らす家のない人々は”近寄らざるべき人々”であり”場所”であり”社会であることをうっすらと理解した。

そのような記憶を留めたまま、大人になった私は街の角々で時折見かける彼らの姿に、違和感に近い興味を感じていた。禁止されればより気になるとはよく言ったものである

これがホームレスと呼ばれる人達への取材を行う我々への疑問に対する返答と呼ばれたら、もう少し先の取り組みに進んだ今の私達には少し合わないものではあるけれども、この事が漫然とした興味であったことは間違い無い。


ホームレスの人々と接する。

興味を持った以上、手始めに行ったのがインターネット検索だった。自宅からそう遠く離れた場所では無い所でこの問題に取り組む人がいるのか、まずはそんな事を知りたかっただけかもしれない。

検索結果は田舎ホームレス支援を小規模で行っているA氏を叩き出した。何も知らない私達であっても、その道の活動を行うA氏を通じてであれば、家を無くした人々から警戒される事もないだろう。

2017年12月24日。A氏は我々をホームレスの方々への食事支援する手伝いとして連れ出してくれた。その時出会った彼らこそが今も続けて会いに行く「おじさん」達である

初めて会う相手自己紹介をし、相手の紹介を受け徐々に打ち解けるというのがよくある関係の築き方ではあるけれど、ここでの流儀は少し異なる。「おじさん」達には、本名は明かす事による不都合や、ここに至った過去情報他人に明かしたくない気持ちを抱えた人々もいる。事情配慮して、汎用的な呼称である「おじさん」を使えば、我々も、「おじさん」も、気楽にお互いの話が出来るようになれる。

これはA氏に教えてもらった、家を持たない人々と交流する上での基本である。おじさん達からしたら新参者のどこの馬の骨とも解らない夫婦第一印象が「無礼者」であったとしたら完全にアウトだし、我々からしても本意ではない。おじさんたちの気持ちを慮ると過去に繋がる話を自分からはしない事が大切な事だった。

A氏はホームレス支援活動として、インスタント食品や保存が可能食材、周辺のパン屋農家にて余らしたものをおじさん達に届けていた。これらの活動不定期に、A氏の余裕がある時に行われているという事だった。

我々が同行したその時も、差し迫る暮の只中という事もあり更に冷え込む寒中に備え、厚手の靴下、年越し用の日本酒作業にも使える軍手等、僅かに豪華な届けものを揃えていた。

食材日用品仕分けし、一人ひとりにその品物を配り歩くと、おじさん達は丁重にお礼をいいながら受け取り、特に中身を気にする素振りもなく世間話を始めるのだった。


想定外だったホームレスの方々の姿。

A氏に案内を受け、「おじさん」達と交流を続けるうちに、どのひとも気さくなことに気づいた。

A氏からアドバイスにもあったのだが、おじさん達はよく話す。話の切り上げどころが全く無いと言った具合だ。全員の話を聞こうとすると一日作業になってしまう。

失礼ながら、ホームレスの人々は声なき人々、つまり無口な存在と思い込んでいた私の想像との違いに驚きつつ、そのまま導かれるように彼らの住まいに上がらせて貰うと、家、竈、物干し、食料等を自前で賄っていた。


(おじさん達の家の棚の写真

(おじさん達の竈の写真

(おじさん達の物干し台の写真


おじさん達は森や河川敷個人個人が住みよい場所を作り上げている事も気づきの一つであった。

ダンボール古布に佇む都会のホームレスの印象しかなかった私達には、おじさん達を今までの先入観にあったホームレスに括る事など出来ない。それほどまでの有機的な住むための場所が出来上がっていた。

突然現れた我々に当初の不安程は訝しげに思われる事もなかったのだけれども、逆におじさん達は我々が興味を持っている事に不思議がった。支援者としてのA氏のような人が現れる事はあっても、自分たちを題材として記事を書く為に訪問するような我々は物珍しかったようだ。

一人のおじさんが一台の自転車を見せてれた。そのやり取りが心に残ったのを今でも覚えている。

それはそれまでの日常では出会たことの無い感覚で、おじさん達との会話であったからこそ気付くことの出来た、当時の我々の中にあった先入観だった。


リユース偏見と。

自転車は誰しもが使える交通手段である。それはおじさん達にとっても同様で、荷を運び、移動したりと、色々と有用である。人から貰った自転車でも、不法投棄されてた自転車でも丁寧に手入れをし、慈しんでいる。

2台ある自転車のうちの1台はメンテナンス中ではあったものの、自転車の荷台にはプラスチックボックスが取り付けられ、雨に濡れることなく中にいれて物を運べる様になっている。フレームも塗り替えられ、綺麗に使い易くカスタマイズされていた。

おじさん達が不法投棄から見つけた物を使い勝手よく改造していた事に驚いていたのだが、それはそもそも我々の中に、ホームレスは所持品に対して綺麗さや使い勝手の工夫という要素とは無縁に違いないという偏見があることに気づかされた。誰であれ、自分が使うものは慈しみ、綺麗で使い良い方が自分も嬉しいはずなのに、その「誰でも」の中からおじさん達を除いていたのだ。私は恥じた。

このときは初回の訪問ということもあり、細かい生活状況やこれ以上の工夫について見ることはままならなかったのだが、この時のカスタマイズされた自転車を見た時のような発見は、それから以降もおじさん達を訪問するたびに様々な形で表れることとなる。


「家がない」ところから生活を維持する為の工夫」という基盤に対して工夫をするという事に気づいた私達。

興味から始まったと言って差し支えのないこのプロジェクトであるが、A氏を介して田舎河川敷で「ホームレス」という立場であれど、誰とも変わらず生活を営む為の術があることにきづき、

それまでの偏見先入観にあったイメージの「ホームレス」と彼らの姿には大きく差異があり、この時の驚きはそれからも続く彼らの生活への興味と、知りたい欲求と、取材を通して人に伝えたいという気持ちを強くしていった。

近寄った距離と、浮き彫りになる問題と。

車で一時間程でおじさん達の居住地に到着する。訪れるごとに違う世界がそこにあることに気づく。

おじさん達の暮らし時間に縛られることもなく、さながら毎日続くキャンプかのような日々を過ごしている。

ミニトマトが徐々に熟し始めている写真

勿論中には決まった時間に起き、食事を取り、外回りをして身なりを整え寝るというおじさんもいるだろう。

家があれば営まれるだろうそのよう生活に、基本的安心があることは否めない。


我々夫婦田舎河川敷ホームレスの人々を3年継続して取材を続けられているのは、この安心が得られないような状況で、人がどのようにこのような異世界とも呼べる限界生活という状況に折り合えばいいのか、どう生きれば日々を些かにでも楽しく過ごせるか、そしてどうやって状況を脱していくのかを共に考えていきたいという気持ちからだ。

我々がおじさん達のような路上生活をする事は今の所考えていない。今のテクノロジーに囲まれ生活を手放して自分を保てるような自信は、まだない。

出来たらそのような日が来なければいいと思っている。おじさん達だって本当だったら同じ気持ちだったはずなのだ

ただ、人生というのは何が起きるのか解らない。「今既に起きてしまったもの」を無かったことにするのは不可能だ。

その上で、家のない、おじさん達とともに過ごして得られた知見や工夫がどうにかして我々の生活普遍的で同じであるかという事を探していきたい。

取材を始める前に我々が抱いていたような偏見先入観を持った人々はきっと他にもたくさんいる。

今はお金があることによって支えられているこの生活は、病気や不運や失業や様々な事で覆される事があるかもしれない。家がないおじさん達は、お金のある安定と安心生活からは程遠い。

不遇とも思われる生活を営んではいるが、人を驚かせ、惹き付けるだけの力のある変わらない人間だ。


時折、ホームレスに対して心無い言葉を掛ける人がいる、

おじさん達と同じ立場の人には見知らぬ人に暴力を振るわれ、犠牲になる人々もいる。何故わたしはそんな事が起きるのだろうといつも不思議に思う。

取材を通して彼らを「見知らぬ街のホームレスから不定期に会う家のないおじさん達」に見るようになった私達は

彼らが異質な別の生き物ではなく、同じ人間生活する力を持つ、普通の人々であることにもっと目を向けてほしいと思った。

いま行っているこのプロジェクトと呼んだライフワークと今後の記事を通して、我々が彼らから学んだ世界を誰かに伝えることができたら幸いである。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

こちらの投稿ベースは昨日炎上したcakesの「ホームレスを3年間取材し続けたら、意外な一面にびっくりした」https://cakes.mu/posts/31615(筆者;ばぃちぃ)の記事を基にしたものとなります

筆者によるホームレスを魅力的なものとか過剰なまでの生活に対する華美な書き口が炎上の原因ではないかと仲間内でも話題になったのですが取り組みとしてはそんな批判を受けるようなものには思えませんでした。

これを描かれた筆者は更に若い中学生高校生が、社会偏見ホームレスという状態になられた方を悪く思わないように、もっと認識を高めて貰おうとあえて軽い書き口にされたのではないかなとか私は思うのです。

とはいえ配慮のない表現はどうなのとは思うのですが)

華美な要素(苦しい生活を魅力的と称する。覗き込む、警戒される、等異質のものと扱う表現、あえておじさんという呼称を修飾的に使うことにより、異質のものと分ける表現)を出来る限り排除して構成をほぼ変えずに再記述を行い、筆者の意図勝手に汲み取り想像で改変し加筆を行ってみました。

そうしたら(主観的には)そんなに不愉快でもない感じになりましたし、筆者の行っている活動賛同できました。

こんな増田の影からですが、ばぃちぃさん達を応援しています。頑張ってください。

私たちホームレスの人々を取材する理由 rewrite

私たちホームレスの人々を取材する理由

夫婦ホームレス取材をして3年ばかりの月日が経った。当初からその取材活動に疑問と懸念を投げかけてくる人々が跡を絶たない。考えてみれば当然だ。彼らが何故ホームレスという立場になったのか、百人百様の人生を得た末の今なのだろうが、想像するによい経緯は考えられない。世の中から忌避され、近づく行為奇行と捉える人がいても不思議ではない。

現在夫婦でこの取材に取り組んでいる私達ではあるが、このプロジェクトきっかけは妻である私の原体験が基となっている。

20年以上前新宿駅地下街は家を無くした人々のダンボールの手製の住処がひっそりとは呼べないと程の規模で一つの社会を為していた。

今では考えられないであろう。身銭を稼ぐためだろうか、駅のあちこちから拾い集めた古雑誌安値で売る者すらいた。

その日、幼い私は親に連れられそんな新宿駅まで来ていた。目に映ったのは、彼らの建てたダンボール小屋だった。秘密基地様相を持つそれらの簡易的な建立物に興味を持った私は見えない内側も確かめようと近寄ろうとすると、母に無言で引き止められた。その時の母の気色張った様相に、この場所で暮らす家のない人々は”近寄らざるべき人々”であり”場所”であり”社会”であった。

そのような記憶を留めたまま、大人になった私は街の角々で時折見かける彼らの姿に、違和感に近い興味を感じていた。禁止されればより気になるとはよく言ったものである

これがホームレスと呼ばれる人達への取材を行う我々への疑問に対する返答と呼ばれたら、もう少し先の取り組みに進んだ今の私達には少し合わないものではあるけれども、この事が漫然とした興味であったことは間違い無い。


ホームレスの人々と接する。

興味を持った以上、手始めに行ったのがインターネット検索だった。自宅からそう遠く離れた場所では無い所でこの問題に取り組む人がいるのか、まずはそんな事を知りたかっただけかもしれない。

検索結果は田舎ホームレス支援を小規模で行っているA氏を叩き出した。何も知らない私達であっても、その道の活動を行うA氏を通じてであれば、家を無くした人々から警戒される事もないだろう。

2017年12月24日。A氏は我々をホームレスの方々への食事支援する手伝いとして連れ出してくれた。その時出会った彼らこそが今も続けて会いに行く「おじさん」達である

初めて会う相手自己紹介をし、相手の紹介を受け徐々に打ち解けるというのがよくある関係の築き方ではあるけれど、ここでの流儀は少し異なる。「おじさん」達には、本名は明かす事による不都合や、ここに至った過去情報他人に明かしたくない気持ちを抱えた人々もいる。事情配慮して、汎用的な呼称である「おじさん」を使えば、我々も、「おじさん」も、気楽にお互いの話が出来るようになれる。

これはA氏に教えてもらった、家を持たない人々と交流する上での基本である。おじさん達からしたら新参者のどこの馬の骨とも解らない夫婦第一印象が「無礼者」であったとしたら完全にアウトだし、我々からしても本意ではない。おじさんたちの気持ちを慮ると過去に繋がる話を自分からはしない事が大切な事だった。

A氏はホームレス支援活動として、インスタント食品や保存が可能食材、周辺のパン屋農家にて余らしたものをおじさん達に届けていた。これらの活動不定期に、A氏の余裕がある時に行われているという事だった。

我々が同行したその時も、差し迫る暮の只中という事もあり更に冷え込む寒中に備え、厚手の靴下、年越し用の日本酒作業にも使える軍手等、僅かに豪華な届けものをを揃えていた。

食材日用品仕分けし、一人ひとりにその品物を配り歩くと、おじさん達は丁重にお礼をいいながら受け取り、特に中身を気にする素振りもなく世間話を始めるのだった。


想定外だったホームレスの方々の姿。

A氏に案内を受け、「おじさん」達と交流を続けるうちに、どのひとも気さくなことに気づいた。

A氏からアドバイスにもあったのだが、おじさん達はよく話す。話の切り上げどころが全く無いと言った具合だ。全員の話を聞こうとすると一日作業になってしまう。

失礼ながら、ホームレスの人々は声なき人々、つまり無口な存在と思い込んでいた私の想像との違いに驚きつつ、そのまま導かれるように彼らの住まいに上がらせて貰うと、家、竈、物干し、食料等を自前で賄っていた。

(家の写真3枚)

おじさん達は森や河川敷個人個人が住みよい場所を作り上げている事も気づきの一つであった。

ダンボール古布に佇む都会のホームレスの印象しかなかった私達には、おじさん達を今までの先入観にあったホームレスに括る事など出来ない。それほどまでの有機的な住むための場所が出来上がっていた。

突然現れた我々に当初の不安程は訝しげに思われる事もなかったのだけれども、逆におじさん達は我々が興味を持っている事に不思議がった。支援者としてのA氏のような人が現れる事はあっても、自分たちを題材として記事を書く為に訪問するような我々は物珍しかったようだ。

一人のおじさんが一台の自転車を見せてれた。そのやり取りが心に残ったのを今でも覚えている。

それはそれまでの日常では出会たことの無い感覚で、おじさん達との会話であったからこそ気付くことの出来た、当時の我々の中にあった先入観だった。


リユース偏見と。

自転車は誰しもが使える交通手段である。それはおじさん達にとっても同様で、荷を運び、移動したりと、色々と有用である。人から貰った自転車でも、不法投棄されてた自転車でも丁寧に手入れをし、慈しんでいる。

2台ある自転車のうちの1台はメンテナンス中ではあったものの、自転車の荷台にはプラスチックボックスが取り付けられ、雨に濡れることなく中にいれて物を運べる様になっている。フレームも塗り替えられ、綺麗に使い易くカスタマイズされていた。

おじさん達が不法投棄から見つけた物を使い勝手よく改造していた事に驚いていたのだが、それはそもそも我々の中に、ホームレスは所持品に対して綺麗さや使い勝手の工夫という要素とは無縁に違いないという偏見があることに気づかされた。誰であれ、自分が使うものは慈しみ、綺麗で使い良い方が自分も嬉しいはずなのに、その「誰でも」の中からおじさん達を除いていたのだ。私は恥じた。

このときは初回の訪問ということもあり、細かい生活状況やこれ以上の工夫について見ることはままならなかったのだが、この時のカスタマイズされた自転車を見た時のような発見は、それから以降もおじさん達を訪問するたびに様々な形で表れることとなる。


「家がない」ところから生活を維持する為の工夫」という基盤に対して工夫をするという事に気づいた私達。

興味から始まったと言って差し支えのないこのプロジェクトであるが、A氏を介して田舎河川敷で「ホームレス」という立場であれど、誰とも変わらず生活を営む為の術があることにきづき、

それまでの偏見先入観にあったイメージの「ホームレス」と彼らの姿には大きく差異があり、この時の驚きはそれからも続く彼らの生活への興味と、知りたい欲求と、取材を通して人に伝えたいという気持ちを強くしていった。

近寄った距離と、浮き彫りになる問題と。

車で一時間程でおじさん達の居住地に到着する。訪れるごとに違う世界がそこにあることに気づく。

おじさん達の暮らし時間に縛られることもなく、さながら毎日続くキャンプかのような日々を過ごしている。

トマト写真

勿論中には決まった時間に起き、食事を取り、外回りをして身なりを整え寝るというおじさんもいるだろう。

家があれば営まれるだろうそのよう生活に、基本的安心があることは否めない。


我々夫婦田舎河川敷ホームレスの人々3年継続して取材して続けられているのには、この安心が得られない時に人がどのようにこのような異世界とも呼べる限界生活という状況に折り合えばいいのか、どう生きれば日々を些かにでも楽しく過ごせるか、そしてどうやって状況を脱していくのかを共に考えていきたいという気持ちからだ。

我々がおじさん達のような路上生活をする事は今の所考えていない。今のテクノロジーに囲まれ生活を手放して自分を保てるような自信は、まだない。

出来たらそのような日が来なければいいと思っている。おじさん達だって本当だったら同じ気持ちだったはずなのだ

ただ、人生というのは何が起きるのか解らない。「今既に起きてしまったもの」を無かったことにするのは不可能だ。

その上で、家のない、おじさん達とともに過ごして得られた知見や工夫がどうにかして我々の生活普遍的で同じであるかという事を探していきたい。

取材を始める前に我々が抱いていたような偏見先入観を持った人々はきっと他にもたくさんいる。

今はお金があることによって支えられているこの生活は、病気や不運や失業や様々な事で覆される事があるかもしれない。家がないおじさん達は、お金のある安定と安心生活からは程遠い。

不遇とも思われる生活を営んではいるが、人を驚かせ惹き付けるだけの力のある変わらない人間だ。

時折、ホームレスに対して心無い言葉を掛ける人がいる、

暴力を振るわれ、犠牲になる人々もいる。何故わたしはそんな事が起きるのだろうといつも不思議に思う。

取材を通して彼らを「見知らぬ街のホームレスから不定期に会う家のないおじさん達」に見るようになった私達は

彼らが異質な別の生き物ではなく、同じ人間生活する力を持つ、普通の人々である

いま行っているこのプロジェクトと呼んだライフワークと今後の記事を通して、我々が彼らから学んだ世界を誰かに伝えることができたら幸いである。





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こちらの投稿ベースは昨日炎上したcakesの「ホームレスを3年間取材し続けたら、意外な一面にびっくりした」https://cakes.mu/posts/31615(筆者;ばぃちぃ)の記事を基にしたものとなります

筆者によるホームレスを魅力的なものとか過剰なまでの生活に対する華美な書き口が炎上の原因ではないかと仲間内でも話題になったのですが取り組みとしてはそんな批判を受けるようなものには思えませんでした。

これを描かれた筆者は更に若い中学生高校生が、社会偏見ホームレスという状態になられた方を悪く思わないように、もっと認識を高めて貰おうとあえて軽い書き口にされたのではないかなとか私は思うのです。

とはいえ配慮のない表現はどうなのとは思うのですが)

華美な要素(苦しい生活を魅力的と称する。覗き込む、警戒される、等異質のものと扱う表現、あえておじさんという呼称を修飾的に使うことにより、異質のものと分ける表現)を出来る限り排除して構成をほぼ変えずに再記述を行い、筆者の意図勝手に汲み取り想像で改変し加筆を行ってみました。

そうしたら(主観的には)そんなに不愉快でもない感じになりましたし、筆者の行っている活動賛同できました。

こんな増田の影からですが、ばぃちぃさん達を応援しています。頑張ってください。

2020-11-16

会社員株式投資と向き合っていくために

会社員だ。30代後半。投資歴は15年ほど。

今回、ふと思うところがあったので、会社員株式投資との向き合い方を3点に絞って説明する。

こういうのには慣れていないので、まとまりがないかもしれない。ご容赦を。

1.会社員が株で勝とうと思ったら長期投資しかない

 あなたは株をやったことがあるだろうか。

 やったことがあるのなら、ほとんどの人が負けているはずだ。特に、数日~数週間以内で完結する短期トレードがそれにあたる。

 実力者以外は負け続ける。株式市場はそういう風にできている。理由は以下のとおりだ。

①値上がり率ランキング

ここの上位に上がっている株を買ってはならない。たいてい落ちていくからだ。「噂で買って事実で売れ」「人の行く裏に道あり花の山」と言われるように、あれは提灯買いを誘うために存在しているようなものだ。買った後は落ちるものの方が多いし、上がったとしても会社員が働いている間に下がることがほとんどだ。値上がり率ランキングというのは、デイトレーダーであるとか、専業であるとか、株式市場に張り付ける人のためにある。

人間の性

損をする人は損切ができない。指を咥えて見ている間に株価さらに下がり、どんどん下がり、どうしようもないほどに下がった後で塩漬けという判断になる。または、株価がガクンと下がった段階で狼狽売りをする。

塩漬けにしている間は、ほかの株に挑戦することはできない。こういう人の場合――塩漬けになった株がストップ高になったとしても、利益が出ていない限り、もっと言うと、損を取り返せない限りは売らない傾向にある。株価というのは1回ポンと上がったらそれで終わりであり、2回目の花火が上がる頻度は少ない。毎日ランキングを見ていればわかる。

仕手株

ランキングで上位になる株のうち、例えば50円とか200円のがあるだろう。それで、いいニュースが出ているわけでもないのに、あるいは大したニュースでもないのに爆上げする。仕手筋は、時価総額の少ない株式であれば、ある程度コントロールできるだけの資金を持っている。日頃はボックス相場を作って株を買い集め、時期が来たら一気にストップ高にしてランキングに載り、一般人が釣られて買い上げ、十分に上がったところで何段階かに分けて売り浴びせて――終わりだ。後は元の株価に戻るだけだ。仕手筋が売りに失敗したと判断した場合、数か月をおいてまたストップ高になることもあるが、最初の上昇よりは小さい。

情報操作

中高年向けの雑誌で、「今買っておくべき株ランキング」みたいなのが載っている。あれは編集者がそれっぽい基準で選んだものの寄せ集めか、過去記事の焼き直しか、はたまた〇〇〇な人達からの依頼であり、一般人に買い上げて欲しい株を掲載しているだけだったりする。インターネット掲示板も信用に値しない。百害あって一利なしだ。「買った方がいい」と言っている人は高値で売りたい人であり、「売った方がいい」と言っている人は安値で買いたい人だ。もちろん〇〇〇な人達情報操作のために利用している。個人的には、インターネット掲示板は逆の視点で利用している。「買うべき」という人が多ければ売り、「売るべき」という人が多ければ買う。本当にいい株は自分で見つけるものだ。他人提示された時点で、いい株ではない。

 要するに、会社員短期投資をやったらダメなのだ日中に売り買いの意思決定ができない時点で論外だ。

 ストレスも多くなる。毎日通勤中や昼休みや、家に帰ってから損益をチェックし、その後の方針を決定するというのは脳の疲労になる。

 会社員にとっての株というのは、副業であり、趣味であり、暇つぶしであり、本業差し支えた時点でNGだ。

 私が長年株をやってきて、一番いいと感じたやり方が長期投資だ。すなわち、社会に新しい価値創造できる会社、なんだかフィーリングの合う会社自分が好きな商品サービスを売っている会社、それでいて、10年単位で見た場合株価が低位を彷徨っている。そういう株を買って放置しておく。

 それで、数か月とか半年とか、1年とかが経った段階で売るのだ。上の条件を本当に満たしている株であれば、たいていは1~2割は利益を得ることができる。

 満たさなければ売る。具体的には、株価が10%下がったら売る。金融機関でも10%を損切ラインにしていると聞くが、これは冗談抜きで有効基準だ。私がこれまで10%ルール損切りした株は30銘柄以上になるが、今のところハズレはひとつもない。みな、10%を超えて株価が落ちた場合さらに下に下へと、けっこうな勢いで落下していった…



2.株で資産を築くための手順

 あなた初心者だと仮定して話を進める。

 20代とか30代で、毎月貯金ができていて、ようやく何百万円かが貯まって、貯まったはいもののどこに投資しようか……みたいな悩みを抱えている。

 株をやってみたいけど、財産を失うのは怖い。でもやりたい。興味がある。

 そんな人に向けて話をする。

手順① 証券口座を作って10万円を入れる

 最初に全財産を突っ込むなど論外だ。「小さく始めよ」はどんな分野でも通用する。

 株というのは、向いてない人がやると一か月で資産の5割以上が吹っ飛ぶようにできている。常に慎重な判断必要になる。株のプロは、自分が勝てる勝負しかやらない。勝ち方にはいろいろあるが、とにかく自分の中で勝率が8割以上みたいなトレードでないと参加しない。

 話は逸れたが、初心者場合は少額から始める。これが一番費用対効果が高い。

 まずは10万円を口座に入れて、適当トレードしてみよう。5万円でも、3万円でもいい。自分にとって惜しいお金ではあるが、別になくなってもいい金額を入れる。初心者SBIにしておけ。

 さて、トレードを続けていったとしよう。最初の1週間くらいの成績はまずまずだが、続ける度に負けが込んでいくはずだ。そして、負けた分を取り返そうとすればするほど、資金を失う速度が上がっていく。

 そういうものだ。反省はしても気に病む必要はない。10万円でこのこと(実力のない者は株式市場お金を吸い取られること)が学べたのなら、その時点でコストパフォーマンスがいい。

 残念ながら、何度やっても資産が増える状態を作れない人もいるだろう。

 悪いことじゃない。別に株式投資で勝てなくても、人生はどうにでもなる。むしろラッキーだ。株式投資で勝てないことがわかったのだから。もしわかっていなければ、遠い将来に退職金の全部または一部を突っ込んでいた可能性がある。あなたはツイている。

 運のない人や愚かな人は、最初に300万円とかを突っ込んで負け続け、さらボーナスで負けを取り返そうとして…みたいな地獄に陥ったりする。

手順② 実力をつける

 これが一番大事。すなわち、時間が経つごとに資産を増やせることだ。

 これができないと、毎年1憶円を稼ごうと意味がない。市場お金を吸い取られるだけだ。

 まずは実力。これさえあれば、最初資金が10万円だろうと数年以内にお金持ちになれる。

 ところで、安定して勝てるという条件を満たしている人は株式市場には2割もいない。では、どうすれば勝てるようになるのか?

 その前に、私の資産の推移(株取引に限る)を教える。社会人3年目の時から8年分だ。毎年、50万円を追加で入金して、それ以外は奨学金の繰り上げ返済をしていた。

当 初 150万

1年目  90万

2年目  40万

3年目  30万

4年目  30万

5年目 140万

6年目 220万

7年目 650万

8年目 900万

 残念ながらアホの子だったので、最初に全財産を賭けてしまった。数年間は胃が痛くなる思いをした。

 6年目のところで資産が伸びているのは当たりの株を引いたからだ。5日くらい連続ストップ高になった。そのうえで、大きな負けがなかった。

 自分なりの簡単ルール確立して、愚直に守り続けた。特に損切10%ルール。これを無条件に守れるようになったのが6年目のあたりだ。

 そう、ルールだ。自分ルールを作って、ひたすらに守り続ける。

 取引の結果が出たら、どうやってトレードたか、どんなことを考えていたかを振り返って、場合によってはルールを変更する。それを繰り返す。

 社会人は短期投資をすべきではないという原則を導いたのも、投資の失敗によるメンタルダメージが仕事に響く経験を何度もしたからだ。

 今だと、1回買った株を売るタイミングはだいたい半年だ。早くても三か月。1年以上持つこともある。

 ひとつの例として、一番最初に完成したルールを以下に公開する。最初はこんなものでいいし、正直、今でもこれに毛が生えた程度のものだ。

株式運用方針

(1)銘柄観測

  ・勝てる銘柄しか勝負しない

  ・日を空けて2回見てから売買を決める。

  ・出来高上昇は買いの効果的なサイン

(2)買うとき

  ・有利な価格以外では買わない。暴騰時は1.3倍まで。

  ・短期売買の場合、買いと同時に下限10%程度で逆指値を注文する。

  ・機会損失(※買わないと決めた株、売った後の株が値上がりした)は気にしない。結果論に過ぎないため。

  ・株は上がる時はジワリと、下がる時は滝が落ちるようになる。ジワリと上がっているか横ばいの株を買う。

  ・落ちるナイフは拾わない。上昇のサインが出てから拾う。

(3)売る時

  ・損切10%ルールを徹底する。

  ・利益≧0ならば合格とする。

  ・今が買いか?を基準に売買を判断する。過去に買った時の価格関係ない。

  ・機会利得(※買うと決めた株、売った後の株が値下がりした)は気にしない。結果論に過ぎないため。

  ・頭と尻尾はくれてやる。  

(4)今後について

  ・噂で買って事実で売る

  ・自分多数派にいる時は注意。常に少数派であれ。

  ・相場暴落時は様子見。落ちるナイフでなくなったら暴落した株を買う。たいていは日銀の買いが入る。

 自らのトレード研究するのに併せて、投資に関するベストセラーも読んでみよう。

 アマゾンでたくさん星がついていて、ロングセラーのやつを買うといい。

 初心者だったら2冊も読めば十分だ。

手順③ ポートフォリオを決める

 株で勝てるだけの実力が身に付いたとしよう。

 だったら、あとはもう勝手お金が増えていくだけだ。追加資金を投入する必要はない。損をして資金が減ることもあるだろうが、長期的には増えていくだろう。愚かなことを繰り返さなければ。

 この段階では、自分にとってベストであると思われるポートフォリオ資産配分)を決めよう。

 私の場合は、奨学金の返済が終わったタイミングで決めた。自分が持っている資産の種類ごとに、以下のような方針を決めた。

 この時点での私の年収が380万円で、固定費と小遣いを除いた可処分所得は月平均で3~4万円だった。

 国内株式・・・この時点で資産の8割。これ以上の資金投入はしない

 インデックス・・・毎月3万円とボーナスの半分を積み立てる。もし結婚したら見直す

 現金・・・毎月の小遣いが残った分を封筒に入れて貯金する。月に5千円~1万円

 ネットなんかでポートフォリオの作り方を説明しているページの意見をそのまま採用すると、もっと複雑な組み合わせになる。不動産とか、海外債券とか、金とか、ETFとか、とにかくいろんなものを組み合わせてリスクヘッジを狙うべきだと主張している。

 そこまで複雑なのもどうかと思う。大まかにリスクヘッジができていればいいんじゃないか?私の場合は、全世界株式インデックスファンドを買っている。これが暴落して落ち切った時には世界が終わっているので、何を買おうと人生終了! そういう考え方を採用している。

 というか、ポートフォリオをうまく組んで資産形成を~といった案内をしているページのアフィリエイト広告を見ていると、「あ…察し」みたいになるはずだ。あからさま過ぎる。もっとうまく隠してほしい。



3.最後

 これまで投資をしてきた株で、思い出に残っている奴を3つほど挙げて終わりにする。

 ここ数年は買っていないし、今後も買うことはないだろう。

キヤノン(7751)

 今は息も絶え絶えの株価だが、以前は強かった。

 安定企業かつ、大企業かつ、配当金が高い株の代表格だった。元々お金をたくさん持っている投資家が買っていたのだろう。

 コロナのせいで経営の先行きが不透明になり、配当金が下がり、そのせいで株価もガクンと下がり、落ち目の印象がある。

 日本代表する企業ひとつであるため、今後復活する可能性は大いにある。あなたが10年単位投資をするタイプの人であれば、暇なとき株価をチェックしてもいいかもしれない。

ブロッコリー(2706)

 10年ほど前はボロ株だった。10円とか20円だった気がする。株式併合をしているので、今のチャートでは昔の株価を知ることはできない。

 若い頃はアニメをたくさん見る人だったので、応援のつもりで買った。もしあの時、もっとたくさん買っていれば…と後悔したこともあるが、今は気にしていない。

 お金を儲けるために株をやるというのは間違った考えだと思う。株というのは資産運用だ。急激にではなく、じわりじわりと増やしていくものだ。その対象として、自分応援したい事業をやっている会社投資する。専業トレーダー以外にとっての株式投資とはそういうものだ。

テラ(2191)

 廃人向けの株だ。

 もしこの株を1年間運用して利益を出せたのであれば、あなた会社をやめて専業トレーダーになるべきだ。というか、この株で勝てる人間はむしろ社会人に向いていない。

 どうヤバいのかは、風説の流布にあたるのでここでは述べないが、最高難度の仕手株であるということは述べておく。

 ちなみに、がん治療研究や、免疫細胞製造・加工をしている会社だ。四季報には東大ベンチャーとあるが、厳密には違う。創業者東大での研究きっかけに会社を立ち上げたというのが正しい。

 会社のもの技術力のあるところだが、経営ピンチになってからは、ヤバい連中に囲まれている印象がある。いいニュースを知らせるIRが出た翌日に株価が思いきり下がるのは、おそらくここぐらいのものだろう笑

冷静に考えたら転売の原因がわかった!

僕はPS5を買えませんでした。転売屋のせいです。もう、とにかくムカついて2~3日くらい眠れませんでした。そして転売屋を憎みながら考え続けました。転売とはなんなのか! そしたら、ようやく答えらしきものにたどり着きました。

転売屋のいない世界

モデルを作ってシミュレーションしてみます。ただし、人数とか価格は実情がわからない部分があるので、完全に仮のものします。

まずは、転売屋のいない世界について考えます100人の人が居て、PS5が発売されたらそれぞれが1万円~100万円未満の値段なら買いたいと思っているとします。1万円未満なら買いたいと思っている人が1人、2万円未満なら買いたいと思っている人が1人、・・・、99万円未満なら買いたいと思っている人が1人、100万円未満なら買いたいと思っている人が1人、といったような100人です。PS5が無料だったらすべての人が買います。PS5が1万円なら、99人の人が買います(1万円未満なら買いたいという人は買いません)。99万円だと1人だけ買います100万円だと誰にも見向きもされません。100万円未満ならPS5を買いたい人は、富裕層お金が余っているのか、お金に余裕はないが熱狂的なPS5のファンのどちらかでしょう。とにかくどちらの理由でもいいので、100万円未満ならPS5を買いたいと考えています

そのような状況で、PS5の在庫が45個で、ソニー10万円で販売したとします。このとき、 PS5を買いたい人は90人に対して、PS5は45個しかありません。2倍の倍率で争奪戦となります

100人のPS5を獲得する能力等価なら、90人のうちの45人に均等にPS5が行き渡ります11万円未満なら買いたいと思ってる人は妥当価格だと思って購入し、50万円未満なら買いたいと思っている人はPS5安くてソニー神!と思うことでしょう。

転売屋の台頭

平和世界でしたが、100人のうちPS5に興味がなかった10人(つまり10万円未満じゃないとPS5を買いたくない人々)が転売屋になったとします。さらに、彼らはPS5の獲得能力が極めて高く、1人につき3台ずつPS5を購入するとします。10人の転売屋と90人のPS5を買いたい人々の間で、一体何が起こるでしょうか。

転売屋によって、45個あったはずのPS5は15個に減ってしまます。買いたい人は90人のままなので、競争の倍率は6倍まで跳ね上がります本来2倍の倍率で買えたものなので、転売屋のせいで本当に買いたかった人が大きな害を被っていることになります

さて、PS5を3台ずつ買った10人の転売屋はこの後どうするでしょうか。彼らはPS5に興味がないので、これを誰かに売る必要があります問題はいくらで売れるのかです。もっともPS5に高値をつけている人は99万円でPS5を買ってくれるので、99万円で売りたいと考えますしかし、10人が30台のPS5を99万円で売りに出しても、買ってくれるのは1人だけで29個のPS5が余ってしまます。PS5を買う人がちょうど30人になる価格は、70万円です(実際は市場に出回った15台のPS5を買えている人もいるので、もう少し安くなります)。よって転売屋は、最初は95万円程度の高値でPS5を売ろうとし、最終的には70万円ですべてのPS5を売り切ります。PS5の本来価格10万円の7~9.5倍の値段で取引されていることになります。近年メルカリでよく見かけている光景ですね!

転売屋は徐々にPS5を安くしていくので、売り切るには時間がかかります。少なくとも発売日当日には、45台販売されたPS5のうち30台は箱に入ったまま眠ることになります転売屋は早くPS5を売ろうとしますが、それでもすべてのPS5を売り切るまでに数ヶ月かかる可能性は十分にあるでしょう。ソニーは使ってもらうため(ソフト等の販売収益を得るため)にPS5を安く販売しているので、ソニーにとっても転売屋害悪だと言えるでしょう。

ここまでの転売屋の影響のまとめです。

最後に、転売屋から70万円以上でPS5を買った人は損をしているのか、について軽く考えておきますシンプルに考えると、10万円で買えるPS5を70万円で買ったので、60万円損をしているように見えますしかし、「10万円で買える」には落とし穴があります転売屋が居ない世界でも、PS5の購入倍率は2倍でした。つまり、もともと10万円で確実に買えるわけではないのです。それを、「70万円出せば確実に買える」という事実から10万円出せば確実に買えていた」という誤った推論に陥いらないように、注意が必要です。

なぜPS5はお手頃価格で買えるのか

PS5、安過ぎると思いませんか? どうしてこんなに安いのでしょう。「ハードウェア赤字販売し、ソフトウェアで利益を得るというソニー戦略である」という答えが一つあります任天堂も同じ戦略ファミコンを売っていたはずです)。しかし、僕らは中学校社会時間に「需要供給法則」というものを習いました。供給より需要が高ければ値段が自然と上がり、需要供給が成り立ったところで価格が決まる、と。PS5は需要供給の2倍という需要過多の状態なのに、なぜ価格が上がらないのでしょうか。

そこには、「希望小売価格」という暗黙の了解がありますソニーヨドバシカメラなどの小売店消費者へ、PS5の価格の目安は10万円ですよと伝えているのです。法的には希望小売価格以上の値段で販売をしても構いません。むしろソニーが定価以上の販売ペナルティを与えたりすると、独占禁止法違反です。

https://www.fuji.ac.jp/strength/jitumu_curriculum/%E3%80%8C%E5%95%86%E5%93%81%E3%81%AE%E5%80%A4%E6%AE%B5%E3%81%AF%E8%AA%B0%E3%81%8C%E6%B1%BA%E3%82%81%E3%82%8B%EF%BC%9F%E3%80%80%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%81%A8%E6%B3%95%E5%BE%8B%E3%81%AE/

このリンクにも、『日本では、商品製造したメーカーは、一度、その商品を卸業者小売業者販売するときに「この商品は、希望小売価格で売ってください」とか「値引きはしないでくださいね」といったお願いをしてはいけないことになっています。』と書いてますね。

じゃあ、なぜヨドバシなどがPS5を希望小売価格で売るのかというと、それが暗黙の了解からです。消費者の多くは、PS5の希望小売価格10万円を定価だと思っており、それ以上の価格で売られていると悪徳業者だと考える人ほとんどでしょう。それが社会暗黙の了解となってしまっているのです。

希望小売価格のない世界

それでは、希望小売価格のない世界でPS5を販売するとどうなるかを考えてみましょう。転売屋はまだ居ないものします。

この場合小売店はなるべく利益を出すために、PS5を高値販売します。45台のPS5をすべて売り切れる金額の上限は55万円です。よって、小売店は55万円でPS5を販売します。ここで小売店転売屋より良心的で、経験も十分にあり、市場適正価格最初から販売できると仮定しています

希望小売価格10万円が設定されていたときと違い、お金のある45人だけがPS5を手にすることができますお金がない人はとても困ってしま世界です。PS5の値段が高くて手が届きません。

希望小売価格のない世界での転売屋

希望小売価格のない世界で、また10人が転売屋転向したとします。しかし、この世界では転売簡単ではありません。

転売屋はPS5を調達することに秀でていて、各自3台のPS5を10万円で調達していましたが、この世界ではPS5は55万円で売っているため、「10万円で」という部分を実現することができません。そこで、「じゃあどのくらいの金額でPS5を買うのか」という姿勢を明確にする必要があります。一体いくらでPS5を購入すると転売して儲けることができるでしょうか?

例えば、転売屋が「40万円で買う」と言う意思決定をするとどうなるでしょうか。当たり前ですが、この場合PS5の販売価格は55万円なので、転売屋は1台もPS5を買うことができません。よってこの戦略で儲けることはできません。

では次に、「85万円で買う」と言う意思決定をするとどうなるでしょうか。直感的には、100万円未満なら出してもいいと思うほどの商品なので、これでも15万円の利益が出て十分転売が成立するように見えますしかし、実際はそうはいきません。転売屋10人が各3台ずつ、合計30台を1台85万円で買おうとしているとします。このとき小売店がPS5を45台売り切るための適正な価格は、85万円となります86万円未満なら買おうと思っている15人のゲーマーと、85万円で買おうとしている10人の転売屋×3台でちょうど45台です)。という事で、マンマ転売屋は30台のPS5をせしめることができたのですが、問題はこの後です。PS5を持っていない残っている人は、85万円未満ならPS5を買いたいと思っている人々です。よって、85万円より大きい金額メルカリへPS5を出品しても、在庫をさばくことはできません。85万円未満であれば売れますが、完全に赤字です。

結局この世界では、転売屋はどのような値段でPS5を購入しても儲けを出せないことになります。儲けを出すには、市場適正価格より安い金額流通しているPS5(例えば、店の広告代わりに安売りするなど)をどこからか見つけてくる必要があります。ただ、そこまで行くと転売と違って苦労や経験を伴う商品の「仕入れ」であり、転売ではなくて商いと言えるのではないでしょうか。

ここまでのまとめです。

PS5を金持ち優遇して売るべきか

希望小売価格撤廃転売屋がいなくなるのはわかりましたが、我々庶民も道連れでPS5が買えなくなります。これは本当に正しいことなのでしょうか?

今、メルカリのPS5の販売金額の実情を見てください。金持ちじゃないととてもじゃないけど買えない価格になっています。つまり、「庶民にPS5が買えない」ということは、すでに起きていることなのです。「転売屋が居なければ庶民でも買えるじゃないか」という主張は半分しかあっていません。転売屋が居なくても、庶民の全員がPS5を買えるわけではなく、買える人と買えない人が出てきます。これは運や調達能力依存して決まります

逆に、PS5が庶民でも買えるように安値を保つべものだと仮定しましょう。その場合日本には「再販売価格維持制度」というものがあります。この制度適用されている代表的もの書籍ですね。書籍出版社が決めた定価で売り買いしなければなりません。理由は先に述べたとおり、書籍文化的もので、庶民でも誰でも平等なチャンスで購入できるべきだからです。また、電気水道などの公共料金も、同様の理由で国が介入して価格を決めています

もし、PS5が再販売価格維持制度対象となれば、定価で取引することが義務付けられますから転売を撲滅することが可能です。ただ、PS5は書籍水道、ガスと同様に国に価格を決めてもらうべきものなのでしょうか? 僕はそうは思いませんでした。

ちなみに、希望小売価格がない世界庶民がPS5を買えないかと言うと、そうではありません。PS5は毎月供給されて着実に増えていき、それと比較して需要は必ずしも増加傾向にないため、販売価格はどんどん下がっていきます。発売日には買えなくとも、自分の手が届くようになったタイミングでいつか買うことはできます

まとめ

転売を撲滅する方法として、以下の2つを提案しました。

僕は、前者のほうが適切だと思います。ただ、大昔には化粧品などが再販売価格維持制度対象となっていたようです。なので、もしかするとPS5やニンテンドースイッチ、希少なグッズなども再販制度適用となる未来もあるのかもしれません。コロナ禍で転売されたマスクなどは、再販制度適用に最も近いポジションにあったと言えるかもしれません。

ところで、転売屋から物を買っていいかですが、転売屋には腹が立ちますが(PS5欲しい)、以下の理由で買っていいんじゃないかと思います

最後に、僕が転売屋をどう思っているかですが、適正価格より安くPS5が売られているのでバカでもできる行為で、何も知性を感じないし生産性もない行為だなあと思ってます。つまり転売屋は嫌いです。

僕と同じ主張をしている人はこの人くらいかなーと思いました。まる。

https://anond.hatelabo.jp/20201115045441

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