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はてなキーワード: 四年生とは

2017-06-06

母がしんどいみたいな話

毒親ディスるバズると聞いたので、くだらない承認欲求のために親を売ります

私は大学四年生

一般的にはやや高学歴大学に通っています

就活は進捗ダメです

母は専業主婦

田舎の裕福な家で箱入り娘として育てられ、短大卒業後、親のコネ就職

3年くらいで父親社内結婚寿退社

すぐに妊娠出産

という、日本女性ロールモデル典型のような人生を送っています

母は過保護干渉なきらいはあるものの、ここまで私を精一杯育ててくれたと思っています

ただ、どうにかしてほしいのは、宗教に入れ込んでいる点です

一応カルトとかではなくお金を騙し取られたりとかはありませんが、時間精神支配されているように見えます

母は、毎日座談会やら講演会やらの勧誘のためにお宅訪問したり電話したりと大忙しです

そしてもちろんですが、家族の私にも勧誘の手は迫ります

家でテレビを見ているとき、ご飯を食べているとき勉強しているとき。母は隙を伺って座談会やら講演会やらを勧誘しま

ねえねえ、座談会があるんだけど…

増田にもタメになると思うから

お母さんも若いとき助けてもらったのよ

洋服でも買ってあげるから

親孝行だと思って、ね?

何よその態度、可愛くないわね!

そんなんだと社会人としてやっていけないわよ!

増田、何でお母さんの言うこと聞いてくれないの?

お母さんのこと、嫌い?

母は、あの手この手を使って勧誘してきます

時には、私の人格否定のようになることも少なくありません

私自身も、どうしてそこまで母の勧誘に応じたくないのか今一つはっきりしないのですが、娘の私を必死勧誘する母親嫌悪感があります

父も、母の宗教否定的ではあるものの、自分を巻き込まない範囲では許しています

私も、同じスタンスでいたいのですが、母は母という立場行使して、私を支配しようとしま

また、私も、娘である以上、母を傷つけたくない、母に嫌われたくないという思いもあり、強く否定もできません

おそらく私の自立のためには、一度母にマジギレでもして、強制的に親離れ子離れするのが良いんだと思いますが、私が母を拒否たらこの人どうなっちゃうんだろう…なんて思ってしまます

まあたぶん別に思ってるほどダメージないだろうけど

ブチギレるのは良心が痛むので、就職を気に家を出て母と物理的に距離を置こうと画策しています

書きながら心を整理してて思いましたが、宗教ってのはきっかけに過ぎなくて、問題は親からの自立ですね

遅れてきた反抗期かな

さっさと母親との共依存状態から抜け出して大人になろう

2017-05-28

インターネット動画配信サイトがもたらした我が家への影響

父(50代前半、会社員

インターネット上に違法アップロードされている、乃木坂46の出演する番組乃木坂って、どこ?」及び「乃木坂工事中」のアーカイブ(合計約280本×30分)のイッキ見に挑戦中。ここ数日、在宅時間ほとんどを費やしているが、先程「もうしんどい」との発言修行の粋に達している。また、PCのマイビデオには秘蔵AVが保存されている。たまに増えている。

母(40代後半、専業主婦

スマートフォン及びタブレットにてYouTubeを視聴。なんだか怪しい動画を見ている。タイトルに【衝撃!】とかついてる文字読む動画とか。機械に弱く、リテラシーが壊滅的なので、とても危なっかしい。この前はタブレット家族共用だが主に母が使用)の検索履歴に「イケメン動画」と残っていたのを見つけたので、履歴が残らないように変更しておいた。我ながらGJだが、母はおそらく気づいていない。Googleアカウントも未取得。

私(大学四年生喪女

ニコ厨10年くらい。ランキング巡回は欠かさない。いまだにYouTube嫌いが抜けていない。

妹(大学二年生、キョロ充

YouTube流行りのバンドMVとか見てる。ツイ廃なので、情報がやたら速い。中高生に人気みたいな動画とかは、だいたい妹から教わる。ピコ太郎テレビに出る前に妹から教わった。

私と妹がスマホばっかりいじってるのは、随分前からだが、最近家族全員が各々画面を覗き込んでいる。それぞれの趣味嗜好や生活時間の違いが、スマホ文化と上手く合致したのだと思う。それを特に悲観するつもりもないが、食事中の気まずい間を繋ぐBGMマシーンと化している我が家テレビを、たまには家族団らんのツールとして使ってあげたいようにも思う。最近、みんなでテレビ見るなんてこと、めったにないもんな。

2017-05-13

http://anond.hatelabo.jp/20170430042011

そういや「四年生」の続きの「五年生」って、あれどうなったんだ。

彼女不倫相手の奥さんに包丁突き付けられたところで読むの辞めたんだが。

刺されたの?

登場人物全員嫌いで「こいつら滅びればいいのに」っていう情念けが読み進めるエネルギーだったんだけど。

刺されててほしい。

母の日」とは父親が頑張る日なのか?

子供は小4の男子。今年も自分から母の日に何かしよう」という気が全くない。

まぁ私自身、子供の頃に毎年きちんと母の日感謝気持ちを表した記憶は無く、たまたま気が付いた年は絵手紙を書いたり肩たたき券を作って渡したり、少ない小遣いで買える程度のカーネーションプレゼントはしていた。

毎年では無いが自発的なその行為に母は喜んでくれた。

私も親になり、子供幼稚園の頃はある程度のお膳立ても必要だと思い色々手を尽くした。

しか子供小学2年になってからは声掛けをしたり、花を買うお金を渡す程度にして自主性に任せる事にした。

子供も2年生の時はそれなりに頑張って手紙を書いたりしていた。

3年生の時は母親に怒られてヘソを曲げていた事もあり何もしなかった。花を買うお金も「別にいらない」と言われた。

その結果私が妻に叱られた。

子供母の日のお祝いを出来るようにしっかり準備をするのは父親仕事だ」と言うのだ。

しかもただ花束手紙を用意するのでは無く「子供と一緒にご馳走を用意したり、その日一日、母をもてなすの本来の姿だ。」と言う。

私はそんなのカレーCM世界だろと思うのだが、世の中の父親は皆そういう事をしていると妻は言う。

四年生になった子供に今年はどうするのか聞いたが全く母の日を祝おうという素振りがない。このままでは明日は壊滅だろう。

やむを得ないが今日は私が準備に奔走する事になるだろう。もはや何の日かわからない。これが世間一般の「母の日」の姿なのだろうか?

2017-05-09

小学校四年生の時に好きになった人のことをすっごい思い出す。

もう好きになってから二ケタ年経ってるもんだから、好きになったきっかけなんて思い出せないけど、

気がついたら目で追ってしまうっているここ進研ゼミで見たやつだ状態になってたから、多分ちゃんと好きだったと思う。

他の男子としゃべる時より全然気を遣わずにすんで、笑顔が可愛くて、喋ってくれるだけで幸せで、

結局中学卒業するまでずっと好きだった

現在縁があってお付き合いできているけど、中学までは本人にどうやって気持ちを悟られないかをずっと考えてたのが

今はおおっぴらに好きって言っても大丈夫なんだなあって思うとすごく楽。

それだけでも付き合っていてすごく幸せ。恥ずかしくってあまり言えてないけどさ。

2017-04-30

http://anond.hatelabo.jp/20170430040636

木尾士目四年生を読めば分かる。採用活動が始まる時期になったら、家の前になったら分厚い本が届いてて、その中から希望する企業ハガキを送る形だったと記憶している。

20年前は就職サイトなんか無かったし、そもそもネット使える人間も少なかったから、ネットからエントリできただけで内定とかがマジであった。

2017-04-09

同性カップル里子について母子家庭育ちが思ったこと

男性同士のカップル里子を養育することになったというニュースを聞いた。子供を引き取って育てる、いいことだと思う。これがニュースにならない世界になればもっといいんだろうなと思う。

それはそれとして、SNS勝手なことを言う人たちに、なぜだかどうしようもなく腹が立った。それをうまく言語化できずにいたのだけど、なんとなくまとまってきたので、今回書いてみようと思います

私は母子家庭育ちだ。実の父親の顔も名前も人柄も生死も知らないし、自分ルーツへの興味もあんまりない。母は聡明で美しく、私を中高、そして現在大学四年生になるまで私学に入れて育ててくれた立派な女性だ。母に恋人がいても、私が「今さら父親はいらないから会う気はない。親の都合で苗字が変わるのも耐えられない」と突っぱねたのを母は尊重してくれたので、知らない男に家庭へ介入されることはなく現在まで育った。だから家をいやだと思ったこともなければ、自分を不幸だと思ったこともない。また、私の時代にはシングルマザーというものは既にそれなりにいたのもあってか、母子家庭からといっていじめられたり偏見を持たれたりしたこともない。

今回の件で「子供いじめられそう」「かわいそう」という意見に対して「かわいそうなんて視野狭窄」「いじめる方が悪い」というツイートがたくさんされていた。それは正論だと思った。私は悪意に満ちた人間なので、この人たち正論ふりかざして「自分理解がありますよ」って顔して気持ち良いんだろうなとも思った。

いじめ偏見もないほうがいいし、あってはならない。けれどもこの人たちは、いじめ偏見さえ取り除けば子供が不幸にならないと思っているように見えた。そんなことはないだろう。いじめ偏見けが子供を傷つける。その浅はかさと想像力の欠如に私は腹を立てているのだと思う。

私は同性カップルに育てられたわけではないから実際のところ何が起きるのかはわからないけれど、少なくとも母子家庭育ちで惨めな思いをすることはあった。「どうしてお父さんがいないの?」となんの悪意もない同級生に聞かれたことは一度や二度ではない。私は自分父親がいない理由は知らないから答えようがないので、そういう時は内心「こっちが知りたいなあ」と思いつつ、いつも曖昧な笑みを浮かべていた。「お父さんがいない」って言うと面倒なことになるから、お父さんは遠くで働いてることにしようとたかだか5歳の子供の浅知恵で嘘をついたこともあった。それが嘘だとばれたときの気まずさといったらなかった。「お父さんについて作文を書きましょう」と言われた時に「お父さんがいません」と言い、仕方なくお母さんについて書き、発表したこともある。そういう時、私はどうしようもなく惨めな気持ちだった。そういうことまで想像した上で、いじめ偏見がどうこうあなたたちは言ったんですか。いじめられたわけでもなく偏見を持たれたことがなくても、ちょっとの子とは違う家庭で育った子供が傷つく機会なんて、あなたたちが思っている以上にある。子供時代ってそんなに単純じゃないよ。

「お母さんは立派にあなたを育ててくれたんだし、お父さんがいないことを恥ずかしがる必要ないよ」と言う人がいる。はい正論ですね。でもうるせーよ。お前は私じゃないんだから、私が何かを思う自由くらい持たせてくれよ。

同性カップルの子にも、そういう圧がかかったらそれこそかわいそうだと思う。たとえばその子いじめられたとして「どっちもお父さんなのはべつに変なことじゃない。胸を張りなさい」みたいなこと言う人、いるだろう絶対。は? お前に関係ねえだろ。その子が何を思って、どうするかはその子自由だ。胸を張りたいならお父さんたちと一緒に胸を張ったらいいし、家庭の事情を隠しておきたいならそれだって全然責められることじゃない。私は、必要に迫られた場面以外では母子家庭ですなんて絶対に言わないで生きてきた。

そもそもなんだけど、どうして同性カップルの子供だったら幸せなんだろう。「同性カップルなら」ってそれがすでにあらゆる方向への差別なので、そういうことを言ってる人を見ると片腹痛い。すべての家庭には色々な問題や不幸が多少はあって当然で、同性カップルの家だろうと何だろうとまったく同じだと思う。同性カップルの家だったら365日24時間幸せというほうがよっぽど怖い。大体「いじめられそうって言うやつは視野狭窄!」「かわいそうじゃない!」と主張しているあなたたちは一体何? 子供自身でもないどころか、子供大人たちの好奇の目にさらされても、無邪気な同級生に家庭について聞かれて傷ついても「それは間違ってる! 差別はなくなるべき!」とせいぜいSNSで言うだけで実際にはなんの責任もとれないくせに、ずいぶん簡単に言うじゃないか

同性カップルとその子供はべつに日本国内セクシャルマイノリティ問題が一歩前進したことの象徴としてあるわけじゃない。ただの家庭の一つでしかない。おおきく取り上げてSNSであーだこーだ騒ぐ。結局それが差別になってんじゃん。自分は誰も差別しないって言うなら、同性カップル里子もらうなんてフツーだよって顔しとけよ。

ただまあ、顔も名前も知らないカップルとそこに里子に行った子が幸せになったらいいなというのには同意する。まわりが何を言ってきても、自分たちが納得する形で生きていけたらそれがいい。ということで終わります

2017-03-31

男性保育士のやつさ、

千葉市長が

「反対してる女性男性不信なんです」みたいなこと言っててさ、なるほどーとなってしまったんだよね

わたし男性保育士反対してないし娘の希望を聞いて(小さいうちは希望もないかもだけど、年長とかならね、必要かなあって)いいならいいよーと思ってるんだけど、いや子どもいないし想像から実際にはまったくどうなるかわからないけど、いまのところはそんな感じなんだけど、でもわたし男性不信が強いから、なるほどーとなったんだよね

でさ、違うよ!って言ってるひとがいるじゃん

男性不信ではないです」って

子どもへの性犯罪を犯しているのは男性確率として高いからです」みたいな

なんか細かいこと間違ってたらゴメンだけどそんな感じだったよね

それ、男性不信ではないのか?と思ったんだけど、まあわたしなんかそういう意識めちゃくちゃ低いから、ちゃんと聞かなきゃと思って、待ってたんだけど、そこで終わるんだよね

ツイートとかだけど、それで終わり

え?って思って

男性確率が高いからです」

「なるほど」

「…………」

「……?おわり?」みたいな

どちらも言い分としては制度を整えて男性保育士も増やしたいねみたいな感じだから、そうだねー!って思うんだけど、でもよくわからないんだよ

外国人賃貸契約を断られたみたいなニュースでさ、

外国人問題を起こす確率が高いからと言って、十把一絡げにするのは差別だ」

みたいなコメントもあったでしょ

でも男性保育士のやつはそれとは異なるんだよね?

えーと、男性保育士のやつは、暗い夜道では犯罪が起こりやすいから気をつけて歩きましょう、みたいなこと?

海外旅行ではスリに気を付けましょうね、みたいな?

もうわかんないんだよね

どういった理由で、反対(ではないのかな?不安視?)してるんだろう

いや、理由は、確率なんだよね

でもン?ンン?ってなってるの

小学校四年生くらいにわかるように言ってくれないと、わかりたいのにわからないんだよ

わかりたいとは思ってるんだよー

なんでわたしわかれないんだろー

2017-02-14

111医師国家試験受けてきた

以下感想

試験の内容について

 必修ブロック以外はそこまで難化していないと思う。一部?と思う問題があったもののヒントがあるし、使い回しの問題はあからさまに簡単問題がチョイスされていたので

「ここは悩ませる問題でこの問題は確実に点とってほしい問題」というのがハッキリしていたと思う。

現場的な問題は増えたと思うし、疾患がわかっても、患者状態評価できないと解けない問題結構あった。ここらへんをmedu4の某先生は良問だと評価しているのだと思う。

ただネットを見ると出題内容がおかしいという意見結構。確かに変なこと聞くなあという問題散見されたし全体を通して良い国試だったとは個人的には思えなかった。

 必修は明らかに難化。とはいえ、臨床問題文章題)については一日目の難易度に会場がざわついたものの二日目・三日目と徐々に簡単になっていったので

多くの受験者は三日間を平均すると8割に乗ったと思う。逆に一般問題(知識問題)は3日通して難化していたと思う。難化もそうだが何でこういうの出題するの?っていうのが多かった。

まずMLF症候群とか脊椎靭帯に関する解剖の問題が「必修」というのはおかしいと思うし、胃管に関する理念問題はまあ良いとしても学生が実習で経験できない動脈穿刺の手技の問題出すのはどうかと。

必修といえど簡単すぎるのもどうかと思ったのか知らないけど、難易度以前に必修らしい問題がどういうものかをもう少し考えて出題してほしい。

選択肢もなんか微妙感じのが多くて掲示板でも割れまくってるような問題を必修にするのはやっぱりおかしいと思う。

まあ多分出題者も一般は配点低いからっていう理由意図的に難しくしたのかな、とは思った。自分一般75%臨床85%みたいな感じなので出題者の思惑通りの点のとり方したのかな。

試験の結果について

 まだお偉いさんが正式な回答を発表してるところがmedu4しかない(しそこも重いから見れない)けど、まぁ合格基準にはなんとか乗っていると思う。

少なくとも一般と臨床は7割くらいは取れてるし流石に落ちないと信じたい。

ただ、必修が今年からいきなり臨床と一般で各々、基準もうけるとかされたら落ちる可能性ある。必修だって掲示板意見割れてる上に正式解答がハッキリしてないしね…

・実際の試験場の感じについて

殆どの人が大学単位専属バスにのって、大学単位で注文してたお弁当食べてた。

自分自力で会場行ったし、コンビニ食事してたけど周り見る限り立地が悪い会場だったので少なくとも移動バス大学単位のを利用した方がいいと思った。

あたりを見回すと自大学の弁当は揚げ物ばっかりの胃に貯まるヤツで後輩のメッセージも「勝利」とだけ書かれたそっけないものだったけど

他の大学のはバランスが良くてお腹に優しい弁当の箱にムーミンとかのイラストが直筆で書かれてて後輩のホスピタリティ格差を感じられて面白かった。

会場内はいくつかの大学学生が入り混じってるけど結構な人が立ち食いor椅子を持っていってまで知り合いと食事をしようとしてるのが少し気持ち悪かった。

自分は一切かかわらなかったが会場の外で(受験者以外会場内立入禁止なため)栄養ドリンクチョコを持って待機してる後輩が散見された。

後輩自信に何のメリットがあるかわからないがあれは見てるだけで可愛いし癒された。

ただ、一つだけ言わせてもらうと仮にも医学部なんだから会場の近くでタバコ吸うのはやめたほうが良いと思う。

・実際に試験受けてみて感じたもの

 試験開始前の空き時間が非常にダルい試験管理者の方がかならず20分近い事前説明をするから時間試験でもトータル1時間30分の作業になる。余りキリキリしてると精神がすり減る。

あと試験管理者に間違いなく当たりハズレがある。荷物の置き場所とかに細かい人とおおらかな人が居るのはまあ良いとしても、

何故か必ず問題冊子を画像冊子の下にのせて配る試験管がいて、自分の周りだけ試験開始までに試験の注意事項の1ページ目が読めないって状況が三日間ずっと続いた。

たった1ページの、何回も読み飽きた情報はいえ、こういうのは不公平になるからやめてほしい。

それと、マークシートも縦長型と横長型が三日間ずっとどちらかで固定されるからこれも人によっては影響あると思った。自分は縦型だったけど模試で横型シートだとマークミス多いタイプから助かった。

 必修うけるときメンタルが凄く大事だと思った。実際八割って結構キツイ問題は一日分で30問あるけど実際は臨床問題の配点が三倍もあるから

一日30題中の臨床問題15問で3ミスに抑えないといけないってことになる。今回みたいに問題が難しいと2つに絞れるけど最後が絞れないみたいな問題が一日に5問とか普通にあったりする。結構どぎまぎする。

 当日に掲示板をみて答えを確認するかについては意見があるけど自分絶対にやったほうが良いと思ってる。少なくとも必修はすべき。

メンタル弱い人はだめかもしれないけど、自分がどれくらいできてないのか、周りとどう考え方違うかはチェックしておいたほうが良い。

必修の難問は採点対象外になることがあるけど、問題が変でも皆がなんとなくあってるところは削除されないこともあるし、自分の間違え方・当たりが他の大多数と一致してるかは絶対確認すべき。

自分は一日目に考え方が違うのがわかって二日目から矯正してなんとか八割のれたと思ってる。

あと意外と同じような出題が多かったか掲示板で復習できるとちょっとお得。梅毒とか何回だすのって感じのも多いし、必修もやたら循環器・公衆衛生(臨床研究周り)・注射あたりの出題被りが多かった

・これから国家試験対策(もし落ちた時の自分来年のためにも)

 必修対策絶対必要になったと思う。テコムとかmedu4とか多くの塾会社が口をそろえて

「必修で8割いかない人はそもそも一般・臨床で点が足りない。だから一般・臨床で合格ライン乗る勉強すれば必ず必修も合格してる」

みたいなこと言うけど今回の内容見るにこれからはそういうの通用しないと思う。

どうせ今回も難しい問題が除外問題になって調整されるんだろうけど(願望込み)、実際どれが除外になるかなんて偉い人の考え方一つだし、そんなの試験中の安心材料になんて全くならない。

それに、必修の内容が明らかに実践向けになってるから一般・臨床向けの勉強だけじゃ通用しなくなってきてる。

「この病気のこの治療法はどの段階で有効でどんな人にだめなのか」を徹底的に覚えないといけない。とくに心筋梗塞とか脳梗塞とかの有名な救急疾患は絶対覚えないとだめ。

あと、手技的な出題が物凄い増えてるからこれも対策必須動脈穿刺とか胃管挿入とかCSF採取とか皮内注射とか学生経験させちゃいけないことでも平然とその手技の仕方が出題されてる。

手技の本で勉強することはこれからの国試考えると必須になると思う。

・塾講座について

 すくなくとも国試直前講座についてはMECが結構的中していた。当日予想メール?もかなり当たっていたらしい。直前講座とかはMECに依存したほうが良いと思う。

通年講座はtecomとMECがあるけど個人的にはMECの方が良いのかなと思った。テコム病態学習には凄くいいんだけど、ノート取るのめんどくさいし今となってはmedu4の方が良いように思う

(tecomは大学単位で申し込むせいで五年にならないと動画見れないのもかなり痛い。)

あと年末から開催されるまとめ講座みたいなのはコムのtargetとメックのsummarizeがあるけど、テコム過去問の寄せ集めだから最新の話題仕入れたいならsummarizeのほうが良い。

全体を通して、これから現場的な考えを教えてくれるMECが通年講座でも良いように感じた。

 一方で模試はテコムのほうがオリジナル問題多いし、結構予想が当たっていたので模試はテコムオススメする。

 公衆衛生自分はテコムでやってある程度出来るようになったけど評判悪いみたいなので一般的にはMEC+αで公衆衛生といった所だろうか

大学を通した勉強について

ぶっちゃけ基礎は殆ど訳に立たないと思う。強いて言えば病理と薬理、解剖当たりの考えが身についてる人だと4年から勉強が楽になるのは間違いないけど。

周り見ても卒試国試に強いやつの中には一年から成績良かったやつもいるけど六年から勉強がんばり始めた人も沢山いるし。前半学年は、ゲームなり部活なり恋愛なり好きにすればいいと思う。

四年生の時の動画講座は何故かCBT用の内容絞ったやつがあるけどアレは全く意味いからやらないほうが良いと思う。CBTはquestion bankやれば動画なんて全く要らない。

でも四年生とき時間が沢山あるからこの時に自分お金はらってmedu4の臓器別講座を授業で並行してやればいいと思う。授業では国試に向けて話すのにCBT部分だけ勉強するとか無駄すぎる。

大学の講座はどうせ授業中のプリントなんか捨てるんだから、medu4の国試用の臓器別講座のプリントレビューブック当たりを持ち込んで授業でなるほどと思ったことを書き込めばいい。

よく塾会社の最新の話題当たって凄い~みたいな話あるけど、ぶっちゃけ四年生の授業で最近~ってのがありますって先生が言ってた所とほぼおなじだった。みんな大学の授業聞いてないんだなと思った。

国試の勉強でイヤーノート個人的はいらないと思う。高いし分厚すぎて持ち歩けない。中古レビューブック買って過去問動画講座みて学んだことを書き込むだけで十分合格点くらいは取れると思う。

ただ、レビューブックだけだと手技系とか各課検査の基礎値とか心電図とかそういうのが弱いからそこだけは自分ノート作ったほうが良いかな。

六年のときは皆切羽詰まって勉強してるけど、受かるだけだったらそんなに勉強しなくて良いかも。結局1月から頑張れば就活卒試の勉強しっかりしてる人は大抵受かる。

人によるけど卒業試験終わってから10月末~12月前半は遊んで良いと思う。この時期凄く安いし早めに卒業旅行でも良いと思ってる。

 

2016-05-13

就活生です。人生のツケが回ってきたようです。

チャランポランな人生を送ってきました。

ロクに勉強もせずに、酒飲んで、ゲームして、惰眠むさぼって、気づけば私も四年生

説明会だのに行ってはみますが、まあESや適性検査の通らないこと通らないこと。

学歴だけならそこまで悪くはないはずですし、部活動なんてやってたかシューカツセーっぽい体験もあるんことにはあるんですよ。

しかも人気の企業って訳じゃ全然ないとこばかり志望してます。でも全然ダメです。

SPI?っていうの?も本を買って一通り例題を解いて、「こんなのどう対策するんだ」と諦めたらもうめっちゃくちゃ。

まあその辺はいいんですよ、よくないけど。

問題性格検査ですよ。あれはいけない。なにがいけないって、答えが矛盾だらけなんです。正直に答えてるのに。

自分からチームの先頭に立ってはいないけど気づいたらまとめ役してるとか。

根暗なのに人を楽しませるのが好きとか。たぶん噂に聞く「ライスケール」ってヤツに全部引っかかります

じゃあお前は一貫してる気質を何ひとつ持ってないのかと言われれば、あるんですよ。

徹底した自己否定感情ですわ。だから自分より他人の方が大切。他人大好き。

嘘をつけばいいんでしょうね、整合性が取れるように。あとはチョチョイと、人事ウケの都合がいいように。

ダメなんです。つけないんです、嘘。だって正直に答えれば正直な私の姿が見えるんでしょう?

正直な私の考えをみてもらわなきゃダメじゃないですか。正直な私を見て、キッチリ落としてもらうんです。

誰も取らないですよ、私を。迷惑だし。なんだか内定が欲しいんだか欲しくないんだか分からなくなってきました。

まり、嘘をつかないなら嘘をつかないでも内定をとれるような努力をしなければならないんでしょう。

TOEIC××点とか、海外経験とか、本当にやったことで評価につながることをストックしとくべきでした。

もう手遅れなんで、ただの愚痴ですね。全部愚痴か。

行きたい企業があるんです。人のために新しいことをし続ける、カッコいい企業なんです。行きたいんです。

でもそこで働いて何か役に立てるような人間だと自分は思えないんです。もう嫌なんです。

ただでさえ文学部なんてお先真っ暗な学部選んだんだから、真面目にやらなきゃならなかったのに。

真面目に嘘つくしかないんだろうなあ。親にも迷惑しかかけてないや。親死なないかなあ。それなら俺もなんの未練もなく死ねるんだよ。クソ。

2016-05-12

とある就活生の長い1日

9:30-11:30 とある会社グループワーク選考 ねむい

個人的グループワークは事前知識無くても出来るのが多いのと卓ゲームっぽいので嫌いじゃない

移動 ご飯は大学おにぎり2個買って食べた 胃弱に塩むすびは癒し

13:15-14:45 ゼミ ねむい 四年生だけど大学制度ゼミは四年も取らないとなのだ 3年で取りきれる制度裏山

移動

16:40-17:10 会社面接 待合室で学生ちょっと話した。面接が1日に3つもあって卒論もあって講義もあって…という話を聞いた。皆過密スケジュールだな

移動 パスモの残高が死にかけてることに気づく

18:15-19:00テストセンター 前やったテストが酷かった気がするので受けなおした。テスト受ける時期遅くない?とか言われるかもしれないがなんか業界的にこうなった 正直使い回せばよかったと後悔している

20:00-20:30 家 母が夕飯作ってくれたのを食べる

21:00-22:00 風呂

22:30-23:30 仮眠 眠すぎて寝た。前日が3-4時間睡眠だった。なんでだっけ多分今日明日面接のこと考えてたのかな?

0:00-1:30 A会社ES作成(明日提出) てがきなうえに量があってつらい

1:30-2:30 B会社面接対策 軽く言うこと見直したりとか

2:30-今 A会社とB会社明日提出の履歴書×2 てがきつらい あともうちょい

寝るまで明日は来ない まだ今日

自分の容量の悪さと見通しの甘さを地味に呪っている

ES手書き履歴書手書きダブルコンボきらい

2016-02-28

[]2月28日

○朝食:なし

○昼食:考え中

○夕食:考え中

調子

むきゅー。

お仕事は今日もお休み

昨日のうちに洗濯とかはしたので、今日はゆっくりのんびりの日。


ポケモンの思い出

一夜明けてネットを色々見てみると、出るわ出るわの、ポケモンとの思い出記事。

便乗しようかしら、と思ったけど、僕にとっては赤緑からの20年間ずーーーっと現役のコンテンツで、

「この時期はポケカ

「この時期はトレッタ」

「この時期は本編」

「この時期はポケダン

みたいな、どのポケモンにハマっていたか、って違いはあれど、

基本的にずーーーっとポケモンを遊んでいるから、思い出を語るのは難しいんだよなあ。


僕とポケモン出会いは別コロでした。(別冊コロコロコミックのことです、)

当時はボンボン派でして、コロコロは読んでなかったんですよ。

ちなみに、何故ボンボン派だったかというと、ガンダムが乗ってたからです、僕の父親は重度のガノタで、

ガンダムと名の付くものは全部買ってたんじゃないか? ってぐらいのオタクだったため、GガンやWのときた版が連載していたボンボンを買っていたんですね。

なんだけど、風邪か何かで学校を休んで寝てたときに、祖母がお見舞いに子供向けの雑誌を買ってきてくれたんです。

それが、別コロで、それに乗っていたポケモン特集記事

そこに書かれていた、フシギダネ説明文。

さすがに細かい文面までは、もう覚えていませんが、

「多彩な技を使いこなす植物ポケモン」的なことが書かれていたんです。(豊富な、だったかなあ)


そう「多彩な技」この一文が、僕とポケモンの20年間の始まりでした。


今にして思うと、

「いや、ポケモンは全員四つまでしか技はないし、フシギダネってそんなに技豊富か? 粉系ばっかやん」

とか思うけどね。

で、何故「多彩な技」って一文に惹かれたのか? というと、

ドラゴンクエスト5の話をツラツラ書くことになるので、省略します。(おお、今にして思うと、後のポケダンを作るチュンソフト最後のドラクエじゃん)

ざっくり言うと、ドラクエ5の仲間モンスターの特技の少なさにガッカリしていた的な話です。

(当時は攻略本とか持ってなかったし、ここに誤解があることは勘弁してね)


フシギダネを育てて、多彩な技で相手を翻弄したい!」ということで、頭がいっぱいになったんですが、

そこはさすがに小学生強請ってもすぐには買ってもらえませんでした。

当時の僕は中学受験のために、塾通いの日々でした。

って、今調べると僕は小学三年生だか、四年生から塾通いだったのか……

別に勉強漬けだからどうのだの、親の教育がどうのだって文句を言うつもりはないけど、

今にして思うと、色々面倒くさかっただろうなあ、親が。って思いますね。

余談はさておき「そこの塾のテストで良い点数をとれたら、ポケモンを買ってあげる」と親と約束したんですよね。

(ちなみに、ゲームボーイは父親がSAGAをするためにもう持ってた)

そらもう、必死勉強したのを覚えています。

当時は「国語」「算数」の二科目を塾で学んでいたんですが、

算数」で良い点数をとるのは早々に諦めた記憶がありますね。

っていうか、僕は未だにあの中学受験特有方程式を使わずにつるかめとか旅人の問題を解くの出来ないんですよねえ。


「国語」に狙いをしぼって、ひたすら漢字を覚えて、文章問題に慣れるために問題集をやたらめったら繰り返しやったりしてましたね。

ちなみに、そのとき加納朋子の「ななつのこ」に収録されてる短編を題材にした国語の問題を解いたのが、

ミステリとの出会いだったりします。

うーん、子供の頃に触れた文化は今の僕を形作っているなあ。

結局、努力のかいあって、夏頃に買ってもらえたんですよ。

たしか、夏休みに入る前、七月の前半ぐらいのテストだったと思う。

いやーこれは嬉しかったね、なんとその塾で一番良い点数をとったんですよ。

しかも「漢字の問題を全部間違えてるのに、文章問題が満点」っていう、なんか凄いもったいない感じで、

一番をとったんですよ。

それからは、そらもうポケモン漬けでしたね。

ちなみに、初めて殿堂入りしたパーティー

フシギバナ

ピジョット

ギャラドス

ファイヤー

フリーザ

でした。(六匹目は多分数合わせだったから記憶にない)

今にしてみると、電気一貫性が凄いな。

ちなみに、フシギバナニックネームは「トロワ」でした。

これは、ガンダムWに登場するヘビーアームズというガンダムパイロットで、

多彩な技を使いこなすフシギダネにふさわしい名前だ! と思ったのを未だに覚えています。

(他のNNは覚えていないけど)

殿堂入りしてからも、図鑑埋めたり、レベル100を目指したりと、かなり長い間プレイしていた記憶がありますね。

ただ、64を買ってもらったのが、ポケスタ金銀発売後だったので、ポケスタを使った遊びができなかったんだよなあ。

少なくとも、アニポケオレンジ諸島に入るぐらいまでは、ずっとプレイしていたと思います。

そう一人で。

一人で。



ポケモンの思い出を語る上で、ダイヤパールが出て、Wifiでネットの向こう側に行けるようになるまでの間、一人でプレイしていた。

という事実から逃れられないですよね。

僕は友達のいない子供だったので、顔付き合わせての通信プレイをしたことがないんですよね。

社会人になって、ポケカ初めてからポケカの流れでやったことあるけどね)

ユンゲラーゴーストゴーリキー進化させたことないんですよ。

いやもう、学生時代はずーーーーっとイジメられっ子だったので、楽しく友達とポケモン、なんて夢のまた夢なんですよ。

そもそも、まともに他人と会話したことなからね。

クラスメイトっていうのは、僕に突然殴り掛かってくる人たちだったからね。



なんか、嫌な思い出しか湧いてこないので、ポケモンの話に戻ろうかな。

緑版を楽しんだまま、ポケスペ(当時は作画が別人でしたね)もハマったし、アニポケも楽しく見てましたね。

ポケカは一人で二つデッキ組んで、一人で対戦してました。

ただ、お金かかるからポケカは旧裏すら最後まで付き合ってないですね。

(その後、BWで復帰します)

で、待ちに待たされた金銀が出て、銀をGBカラーと一緒に買ってもらったんですよね。

映画の影響でルギアの方が好きだった)

これは確か誕生日貯金をしていた記憶がありますね。

ただ、このとき僕は中学受験の追い込み真っ最中だったから、合間合間にやってただけで、ガッツリプレイしてないんですよね。

から今では、ジョウトの思い出はHGSSの方が強かったりします。

結局、中学受験は本命に落ちて、第二志望の男子校にうかって。

でもなんか、結局イジメられっ子ポジションはかわらなくて……

この頃からミステリ小説ガッツリハマりだして、

その影響でプレイするゲームノベルゲームに偏りだして、

さらに、インターネットWindows98がお家にやってきて、

(中学二年生特有黒歴史的な色々があって)


ルビーとサファイヤが出るわけなんですが、

ここで僕は運命の出会いします。


そう「ダーテング」との出会いです。


このゲーム日記でもたびたび話題にあがる「ダーテング

このポケモンとの出会いが、ルビーでした。

ミズゴロウを選び、何となくで捕まえたタネボー

実はストーリーから大好きでした! とはなりませんでした。

ダーテングのことを好きになるのは、もう少し先の話です。


ルビーが出るも、当時はミステリノベルゲにガッツリハマってて、

かつ、Windowsを使ったあれやこれやで、ぐへへへ、ってしてたので、

ポケモン小学生の遊びでしょ」的なノリで、そこまでハマってなかったんですよね。

(ああ、この時のネットでの僕の活躍は、未だにグーグル先生が覚えてるので思い出せるが、まあ辞めておこう)

ファイアレッドリーフグリーンコロシアム辺りは、もう発売日当時には買ってすらいませんでした。

(GCはチュンソフトのアレをやるために買ってたけど)

そして、高校生になって……

また僕をポケモンに呼び戻すゲームが発売されます。

そう「ポケモン不思議のダンジョン」です。

上で書いた通り、僕は当時ノベルゲにハマっていました。

そして、ノベルゲといえば、チュンソフト

チュンソフトといえば、不思議のダンジョン

ポケダンねえ、シレンGBをミレンまでクリアした僕にかかればお茶の子再々、サイサイシーさ!」(当時僕がネットチャットでよく使っていたジョーク

と、軽い気持ちで買うも、ドハマり。

感動的なストーリーでぼろぼろ泣き、清森の超絶難易度に悶絶し、とポケダン赤はもうかなりやり込みましたね。

不思議のダンジョン恒例のセーブデータに表示されるアイコンを全部揃えるのに一番時間がかかったのが、ポケダン赤な気がしますね。

シレン2のモン壺絡みのアレも普通にやると時間かかるんだけど、なんか僕シレン2に関しては、かなり旅の神クロンの追い風が吹くんだよねえ)


そんなわけで、またまたポケモン世界にハマりだした、僕なんですが、

今度は大学受験が待ってました。

当時、笠井潔にハマっていた僕は哲学科で哲学教授になるんや! という、夢がありました。

なんですが、まあ色々あって、就職に強い地元情報科大学に入ることになります。

そこでプログラム出会い、今の仕事にも繋がってるわけですね。

そうえば、はてなIDを取得したのは、この辺りかな?


で、巡り巡ってようやく「ダーテング」を好きになる話ですね。

ポケダンポケモンを再び好きになった僕は、

当時の最新作であるエメラルドを購入します。

ルビーと同じようなストーリーなのに、色々違っていて楽しめたんですが、


クリア後のアレです。

そう、未だに挑戦している人もいるであろうアレです。


バトルフロンティア」です。

ポケダンを苦労しつつも、清森を突破した僕ですら、

このバトフロはあまりにも難しすぎました。

ポケモンストーリーって、基本的レベル上げてゴリ押しすれば勝てるんですが、

バトフロではレベルが統一されるので、ゴリ押しできないんですよね。

どうすればいいのか?

大丈夫インターネットがあります。


ここで、僕は所謂「三値」というものを知ります。

個体値努力値種族値って奴ですね。

そして、個体値は少なくとも素早さに関しては最大値じゃないと、そもそもゲームとしての読み合いが成り立たないレベル意味がない。(トリルないから最遅も意味ないしね、あーでも、グラードンカイオーガの天候変化組は例外かな)

っていう、今ではもう常識になっている知識を知りました。

これが、僕がポケモンの沼にもうしっかりどっぷりつかった瞬間でしたね。

まず優秀なポケモンを孵化させるためには、とりあえずデタラメでも良いから、数をこなすのが早そうだ。

と当りを付けた僕は

タマゴグループが二つあって」

「孵化歩数が短い」

「オスメス比率が普通

この条件に合うポケモンを探すことを始めました。

出来れば、陸上グループがいいなあ(遺伝に使うドーブル陸上から)とか色々探すうちに見つけました。

タネボー」です。

タマゴグループ陸上と植物という、連絡網的にかなり優秀な二つ。

そして、3840歩というかなり短い孵化歩数。

こりゃ良いんじゃね?

と思い、孵化!

孵化!

孵化!

孵化!

孵化!


僕の大学一年生は、ずーーーーっとGBA片手にタネボーの孵化をしていましたね。

そこで生まれ

4V(HACS)、せっかちのタネボー

メス。


そう、念願の3Vの壁を突破した、初めての4Vが

メス。

ここで、僕の心が折れました。

「もういいや、この山ほどいるタネボーをまず実際に育成しよう」と。


ところが、

ところが、ここからポケモンの一番楽しい時間でした。

未だにこの時間はワクワクして楽しいです。

そう、このタネボーをどう育成するかを考える時間です。

とりあえず、葉緑素を生かすために晴れPTは確定。

弱点多いし、耐久もないから、晴れ始動は別のポケモン

三世代当時は大爆発が強かったから、大爆発は確定。

せっかくの晴れなんだからソーラービームも確定。

あとは、タイプ一致でだまし討ち

残り一枠、うーん、良い技ないし適当に猫騙しでも入れておこう、シングルじゃ腐りそうだけど。


で、次は相方か。

晴れ始動

耐久があって、弱点が少ない子か……

弱点が少ない?

ヤミラミって弱点ないんだよねえ(第三世代当時の話、今ではフェアリーが弱点)

よし、この子にしよう、残りの技は適当に状態異常系いれとけ。


最後に、晴れPTなんだから、炎のアタッカーだよなあ。

タイプでかつソーラビームを覚えるのが最適だよね。

えーっと、エンテイヘルガーの二匹かあ。

エンテイコロシアムで厳選とか死ねからヘルガーにしよっと。


ダーテング

ヤミラミ

ヘルガー

と、こんな感じの思考回路を経て、

晴れPTが完成しました。

もちろん、見ての通り、三世代当時で考えてもこのPTは弱いです。

ラティとかどうやって突破するつもりだったんでしょ)

ですが、自分の考えた作戦で、自分の育てたポケモン達が戦う、

そんなポケモントレーナーの当たり前が、それはもう、それはもう楽しいことに気づいたのです。

始めは孵化歩数だのタマゴグループだのの、打算で育て始めたダーテングのことが、

フロンティアで一緒に戦ううちに、どんどん好きになっていき。

相方ヘルガーヤミラミのこともどんどん好きになって。

そして、偶然なんですが

このPTなんと、全員が悪タイプを持っている

「悪統一」でもあったんですね。

これに気づいて、僕は

「悪タイプ」を愛する、悪ポケ専門トレーナーになったのです!


それからダイヤパールネット対戦デビューをしてからは、そりゃもうポケモン漬けでした。

きあいのタスキによって、晴れ始動を行いつつ、大爆発で退場できるようになったダーテング

プラチナで不意打ちを覚えて一気に晴れ下での物理アタッカーとしてかなりの地位にたつことになったダーテング

悪統一!

この縛りと育成、対戦の楽しみによって、僕はもうかなりネット対戦にのめり込みました。

ちなみに、僕が対戦していたのは、2chの社大スレというところでした。


でまあ、ポケモン対戦漬けの大学生活が終わり。

なんやかんやで、プログラムの会社に就職して。


BWですよ。

ここまで、基本的

ポケモン楽しい」の図式だったんですが、

BWですよ。


BWでランダムネット対戦が導入されて、ますます対戦にのめり込もうと思った僕は、

「そろそろ悪統一を辞めて、普通にPTを組もうかな」と思っていました。

それをするのに、世代交代というのはちょうど良いタイミングだと思ったのです。

思ったのに

攻略本ガチャ

ムックガチャ

ポケカガチャ

これですよ。

もう本気でポケモン作った人に聞きたいんだけど

かそくアチャモのために、五冊攻略本をかって、しめりけミズゴロウを五匹ゲットして、ブックオフ攻略本を売る」

これが、楽しいと本気で思ったんですかねえ?

いやもう、楽しいわけないじゃないですか

誰が「わーい、好きなポケモンのために攻略本いっぱい買うの楽しい!」って思えるわけ?

おかしいでしょ。

そりゃさ、映画前売り券でポケモンもらえるのあったよ。

でもそれは、明確に貰えるポケモンがハッキリしてたし、

少なくとも、一枚買えば一匹貰えるっていう簡単なルールだったじゃん。

それが、なんやねん、攻略本ガチャて。

映画前売り券はまだいいわ、映画何回も見ればいいんだから。(よくないけど)

攻略本何冊も買って何になるわけ?

おかしいでしょ、どう考えても。


マグナゲートが糞ゲーとか、

ポケモンダッシュが糞ゲーとか、

ポケモントローゼが糞ゲーとか、

そういう次元の糞ゲーじゃないんだよ、

攻略本を山ほど買うって、もうゲームじゃないじゃん。

効率よく攻略本を買うために、仕事頑張って給料たくさんもらいます、じゃん。

それゲームじゃないじゃん。



という感じで、もう第五世代にはかなりガックリ来て、ろくにプレイしていません。

BW2に至っては買ったけど御三家すら貰ってないです。


なんだけど、XYが出て、

愛するヘルガーが、メガヘルガーになることで、より晴れPTのアタッカーって側面が強くなって、

ORASでダーテングが不意打ち没収されるも、

ヤミラミメガ進化できて、

なんだかんだ、今ではポケモンを楽しんでます。

第六世代からは、シングルじゃなくて、ダブルを専門にすることで、

より愛するダーテングが活躍できるようになったし、

サンパワー晴れ熱風というメガヘルガーロマンを追うのは超楽しい


いやうん、でも最近ネット対戦ポケットモンスターというよるガルットモンスターから最近ちょっとやってなくて、

派生作品ポケモンピクロスにハマってるんだけどね。


長々と書いたけど、ポケナガにハマった話とか、ポケカ全般の話とか、全然したりないなあ。

とにかく、ポケモンの20年は、僕の人生の20年でもあるんだなあ、としみじみ思いました。

2015-12-09

卒論を諦めた

学部四年生就職は第一志望に決まり悠々自適生活を送る。

あと、一週間もなく卒論の提出期限が終わる。

単位は、一応ギリギリ申請してあり、よほど大ヘマをしない限り卒業はできる見込み。

から、多分、恐らく、きっと、卒業はできる。

でも急に、この四年間がなんだったのかわからなくなってしまった。

サークルはそこそこ真面目にやってそこそこの結果は出した。

授業もそこそこ真面目に出て単位は取ってきた。

暇な日はバイトを詰め込んで小銭を稼ぎ、6カ国ほど行ったし国内旅行もした。

欲しいものは買って自分を綺麗に見せるよう努力した。

恋人は出来なかったけどその都度好きな人とは遊んでセカン処女卒業した。

友達は少なかったけど数少ない親友と呼べる人ができた。

うん、まぁフツーーーの大学生だった。

不満はないけど、二回目の大学生やりたいかって言われたら絶対嫌だ!

成長したかって言われたらそこも微妙

JKだったときのほうが心も生き生きして、いろんなことが気になって、いろんなことに文句つける元気があった。

これが成長なのかもしれないけど、いまは何に対してもふぅん、の一言で終わる。

その一瞬一瞬を必死に生きてたことに違いはないんだけど、なんだか、よくわかんなくなった。

あと三ヶ月、何しようか?

本読みたいな。

旅行したいな。

そのためにバイトしなきゃな。

映画も観たいな。

ああ、忘れてた。

好きな人に、ちゃんと会いたいですと伝えなきゃいけないんだった。

これは明後日絶対やらなきゃダメなことだった。

うーーーん、大学生終了まで、何したら良いかな。

2015-11-16

俺の人生が狂ったのはすべてハゲのせいだ。

留年だ。

大学四年生だがまだ無い内定だ。

理由はきっと俺がハゲいるからだろう。

面接中に面接官がチラチラと俺の頭を見るのがわかる。

ハゲている面接官は、すごく嬉しそうだ。

女性面接官は、少し嫌そうにする。

どっちもムカつく。

面接中にイライラする。

俺がハゲてなければ、面接中にイライラすることもない。

面接もうまくいくだろう。

俺のスペックからすれば、内定の2つや3つ余裕だ。

高校時代から毛が薄かったが、大学3年生になり一気にハゲが加速した。

俺の人生が狂ったのはハゲ出してからだ。

初めてできた彼女にもフラれた。

親も俺の体の心配ではなく、髪の毛の心配をしている。

ハゲからみんな冷たくなった。


なぜだろう。

こんな平和な世の中で髪の毛はいったい何を守っているのだろうか。

まれた時にはみんなほとんど毛が生えていない。

大人になるにつれ毛が生え、そして、いつの日にか毛がなくなる。何がしたいんだ。

不思議だ。



毛なんて生えなくていい。

どうでもいいや。

みんなハゲしまえ。

2015-10-09

早稲田大学四年生になってから中退しちゃった。高校に行かなかった自分の唯一のちっぽけな誇りだったけれど、大学から足が遠のいてしまった。

毎日自分を責めてる。自分を責めても何も変わらないと思いつつも責めてしまう。

2015-09-17

母親の話

 うちの母親は、真の意味で「子育て趣味」という人間だ。徹頭徹尾子供のことのみを考えて生きていて、非実用的な私物は一切買わず娯楽の類にも興味がない。最近少しパソコンを始めたようだが、それも「PTA書記になったから」というだけの理由だった。さすがに友人は少数いて月に一度くらい食事に出かけている。それがほぼ唯一の散財だ。専業主婦になる前一年ほど就いていた仕事小学校家庭科教師というのだから、筋金入りとしか言いようがない。二十四で初めての子供を産み(僕のことだ)、その後さらに追加で三人を産んだ。最後に生まれた娘が重度の知能障害だったのでより深く面倒を見なければならず、五人目は断念したようだが、後々になって「欲しくなかったの?」と訊いたら即答で「欲しかったよ」と言われて少々唖然とした。

 それなりに広い二階建ての家を毎日隅々まで掃除し、大量の衣服洗濯してアイロンがけし、夕飯も惣菜で済まさずに手作りする。これは明確に仕事の一環として行っていて、特に料理は全く好きでないらしい。前日の肉じゃが再利用してコロッケを作るような工夫を見せながら(抜群に美味い)、自分は白米と沢庵で済ませていたりする。自分のことに関心がなく、そして外の世界にもほぼ関心がない。生粋の箱入り娘として育てられていて、男性経験も父以外には一人もない。よく昼ドラで描かれるような「専業主婦」とは対極に位置する存在だと思われる。

 そんな彼女の一番の教育方針は「兄弟間で差を付けない」というものだ。僕は長男であり次男は三歳下、三男は四歳下なのだが「面倒を見ろ」と言われた記憶はない。「お兄ちゃんなんだから」と何かを我慢させられたこともない。小遣いは学年に応じて決められていて、同じ学年になれば同じ額が支払われた。僕が小四になって希望して塾に行ったので、弟達が四年生になった時も同じように(希望を訊いた上で)塾通いを許可した。子供が増えるほど家計は切迫していたに違いなく、これは想像以上にきつかったはずだ。

 そしてこの方針を徹底している最も象徴的なことが、僕の呼び名だ。僕は家族全員から下の名前で呼ばれている。弟からも妹から呼び捨てだ。「兄さん」などと呼ばれるのは想像しただけで寒気がする。これは間違いなく親が「兄」という呼び名を使わなかったことが理由で、つまるところ僕は家族の中で「兄」として扱われたことが一度もないのだ。だからよく、他人に「長男だ」と言うと「そうは見えない」と驚かれる。

 この育て方の結果として、うちは兄弟仲が異常に良い。あたりまえのように一緒に食事やカラオケに行くし、仕事や好きな漫画について何時間でも話し続ける。弟二人は特に年子から僕以上に関係が深く、対戦ゲームを一晩中遊んでいる様子を度々見かけていた。世間一般のイメージする「兄弟」というよりはどちらかというと「幼馴染」に近いようにも思うが、しかし僕にとってこれこそが兄弟関係以外の何者でもなく、それはすなわち母の教育成功意味しているのだと思う。

 そもそも複数兄弟を分け隔てなく育てるというのは、土台無理な話なのだ。あまりに手間がかかりすぎる。自分の好きなことは一切できないような生活にならざるを得ないだろう。だからこれは、うちの母に限定された教育法だ。彼女は「私欲を滅して子育てに魂を捧げるのだ」といった大層な決意を持って臨んだわけではない。単に自然子育てをしたらそうなっただけのことなのだ。そう、彼女ある意味では自分の欲望に忠実に生きている。

 現在、四人の子供は全員成人し、男三人はみな就職してそれぞれの仕事に励んでいる。すべからく子供は大人になり、親から離れてどこかへ行く。あたりまえのことだ。だがそれは母親にとっては唯一の趣味がなくなることを意味する。

 だから四人目の娘が重度の知的障害者だったのは、(いろいろなものに目をつぶって言うと)僕たち家族にはとても良いことだった。今でも二歳児程度の知能発育である妹は、これ以上成長しない。彼女永遠に子供のままであり、それはそのまま永遠に子育てが続くことを意味する。母親にとって、それはきっと幸福ことなのだと思う。

2015-08-02

派遣おっさん自殺した

当方大学四年生。某単発系仕事サイトから応募して、倉庫仕事にありついた。

週5日働いてるレギュラーの中に、ひときわキモくて仕事が遅い中年おっさんがいた。

年下の上司にも怒鳴られ、舌打ちされ、嘲笑されていた。

昼飯どきに、休憩室で座ったらおっさんが隣だった。

同じ派遣会社だったらしく、色々と話をした。

で、仲良くなれたと思ったのか、おっさんが帰りにもついてきて、一緒にバスに乗った。

おっさんは、自分ダメだと気づいていて、30中盤で低所得、低スキル典型的弱者だよなぁ、趣味を探しても、仕事がこれだから何やっても楽しめないよ、と嘆いていた。

降りる停留所ちょっと前で俺は「おっさん弱者なんかじゃないよ」と切り出した。

おっさん障害者と違って、頑張れるでしょ?あのくっさい倉庫の中で、年下にバカにされて、スキルもつかない仕事にへばりついた人生をこれから送るんだろうけどね。おっさん過去なんて知らないけどどうせ自己責任でしょ?仕事評価されないんだから恋愛もどうせ相手にされないよね?死にたい死にたいと思いながら、それでも一生懸命、生にしがみついていくしかないですよね。でも頑張れば絶対絶対にぜったいに報われるから、これからも怒られたり笑われたりしながら30年ちょいがんばってくださいね

翌日に、派遣会社から連絡があって、おっさんと連絡つかないんだけど、なんか知らない?と聞かれた。一緒に帰るとこ見てた別のレギュラーがいたらしい。

別れるときは元気そうでしたよ、と答えた。

一週間経って、電話をかけて聞いてみたら、自殺してたらしい。でも絶対絶対ぜったいおれの発言が原因じゃないよね。ちょーウケる


追記:みんな、命を軽視する奴がいるなんて現実に耐えられないんだね。でも、俺は面白いと思ってるよ?トラバにある大学サークルで後輩を壊しちゃった話もマジだし。

http://anond.hatelabo.jp/20150801201632

離婚に追い込んだのと、掃除のおばさんは別人だよ。でも、そういうのが楽しいってのはわかる。人間が壊れる瞬間って最高に面白いでしょ。

日払いバイトやってみりゃ、いくら努力してもムダなんだから死んだ方がマシだろ?と感じるレベルおっさんがわんさかいるよ?ちょっと優しいフリしながら、努力論やモテ論持ち出しながら、この先を想像させると、みるみる顔が引きつっていくからのしい。でも、大学生から効くのかな?そうなら、今年いっぱいの楽しみだ。

あと、中年の女の人はどうやったらこんくらい傷つく?男は自尊心攻めりゃ楽ちんだけどなー。容姿?既婚なら旦那?難しいなー。

2015-07-19

大学

大学生になってからお酒を飲む学生煙草を吸う学生日常的に周りに現れた。高校時代お酒を飲むような集まりに行ったことはなかったし、何人か煙草を吸っている同級生がいることは知っていたが少なくとも(当たり前ではあるが)学校煙草を吸っている人はいなかった(一度休日の旧校舎で部室の片付けを手伝っていた際に同じ部活同級生が吸っていたことを除けば)。しかし、大学に入ってからお酒煙草も身近なものになってしまった。もちろん大学には高校と違って20歳以上の学生もいるので(僕の高校には3回留年した21歳の先輩がいたが)、それは当たり前なのかもしれないけれど、18歳や19歳の同級生でもお酒煙草をやっている人は多い。僕は煙草は吸わない(年齢に関係なく吸おうと思わない)。お酒は飲まないといけないような状況以外基本的に飲まないし飲みたくない(そういう状況があること自体おかしいのだけれど)。

お酒煙草を吸う周りの人たちが悪いということが言いたいわけではなく(法的に未成年飲酒喫煙が悪いことはこの場では措くが)、本当にそういうアイテム一つをとっても随分自分は遠いところに来てしまったのだなと感じるということが言いたかった。大学懇意にしている友達の中にも煙草を吸う人がいるが、彼らが煙草を吸っているのを横目に見ているとき時折違和感のような感覚に陥ることがある。異質な感じとでも言おうか。僕と同じ大学一年であるはずの彼が一丁前に煙を吐き出している光景友達煙草を吸っている姿というもの高校時代の僕は想像することもできなかったと思う。あるいは飲み会の場で。同い年の人たちが当たり前のようにお酒を頼んでいく。「煙草を吸う」という目に見える「異質」なアクションと違ってお酒を飲むのもソフトドリンクを飲むのも見た目の上では変わらないので煙草のケースほど顕著ではないにしても、違和感が頭をもたげる瞬間は確かにある。

Twitterタイムラインに、同じ大学四年生(面識はない)が学生結婚をしたという旨のツイートが回ってきた。学生結婚?とても遠いところに来てしまった。例えば女性であれば16歳で結婚することは可能だが、それはあくまでも法的な話であって、今までの僕の周りに「結婚」なんていうアクション存在しなかった(僕の地元の人たちにいわゆるDQNみたいな人種が少ないことも手伝っているのだろうが)。その「結婚」が、ただ大学に入ったというだけである意味では身近なものになってしまった。

誰々と誰々がセックスしたみたいな話を聞くことも珍しくなくなった。あるサークルでは大麻流行っているらしいが本当だろうか。あらゆることやものからかつていたところとの隔たりを感じる。

遠いところに来てしまったのだなという感覚をどう説明すればいいのか分からないから上手くまとまった文章が書けないのだけれど、とにかく、日々、今年の3月までの自分自身自分のいた環境から遠いところに移動してしまっているのが分かる。そして日々何かがすり減っている

2015-07-18

報われたい

自分人生めっちゃ疲れた

色んなことに報われない人って沢山いると思うけどその中の一人に私がいて、まぁ苦労自慢ってわけではなくとりあえず整理整頓したいからここに書こうと思う。何か報われる方法があったら教えてください。

とりあえず私は報われない

保育園年中のとき お昼を食べるのがめちゃくちゃ遅くて、そしたら先生が突然わたしのデザートをとりあげて友達にあげてた。ゆるせないままだった。

なんか覚えてないけど私がその子タヒねって言ったらしくその子が来なくなって誤り行った思い出があるけど、悪いのは私じゃなくて先生じゃん?って思う。

小学校2年生の時に親が離婚した 当時私の中でしょうもない嘘をつくのが流行ってて、父が仕事から帰宅した時に「おかーさん明日出て行っちゃうだってぇ」なんてバカみたいな嘘ついてたら翌日それが本当になった。 母が言うには私の言ったことでなんか色々怖くなったかららしい。

その前から家の中は不穏だったし喧嘩なんてほぼ毎日。私と、双子の妹が居ようが居ないがお構いなし。結果母は鬱病になって私たち子供を連れてナチュラル家出した。夏休みの事でした

小学校四年生とき 授業でわたしのかいてたものクラスの子バカにされたかんじがして、聞いたらキレられて「殺す!」とか言われた。担任にチクったけどこの担任がすごぶるクソババアで、放課~次の授業の最初あたりまで教室で話し合いしてた。次の授業は体育で外だったんだけど、授業はじまる時にみんなに向かって「バカのせいで授業が遅れたわ」とかいっててタヒねって思った。

小学校6年生の時に母が再婚した お見合いに会員登録してめかしこんだ写真撮って女性はお目当ての男をひたすらサイトで探す方法だった。

妹たちとうわーこの人動物園飼育だって~とかこの人年収○○○円ある!とかきゃいきゃいやってたのを覚えてる。結果再婚したのは有名企業ちょっと言えないところで働いてるぶっさいくでどもりのあるクソ男だった。私と妹たちはこいつがしぬほど嫌いだった。私より一つ下の男の子がいたけどこっちは性格がすごぶる悪かった。育ちが悪いってこういうことかーなんて考えながら、めちゃくちゃ楽しかった小学校と大好きだった先生友達さよならして都会から田舎引っ越したけどそこからめっちゃ地獄現在引越し前の所で住んでるけど、もう田舎なんて一生住みたくないと思ってる。 小6の夏休み暑い友達いないし行くところもないし本当に毎日無駄だった。

転校初日クラス男子に「○○○市とか、都会じゃん!」って言われて田舎乙とか心の中でめっちゃバカにしたよ

中1 なんか友達いないわけじゃないけど二人グループ作れって言われたら残り物になるようになった。同じ時期に田舎引っ越してきた子は輪に入れてるのに自分だけ外野感。皆がやりたがらない委員会を買って出て、それが生活安全委員っていう毎週特にコレを気をつけるみたいな規則をつくってそれをクラス人間に守らせる委員会だった。

任された仕事は徹底的にやる主義だから一生懸命にやって、だから達成できなかった時はめちゃくちゃ怒った もう一人の生活安全委員全然働いてくれなくて、皆私にあんまり近寄らなくなって、話を聞いてくれる相手がいる人間を心底恨んでた。この時の担任はめちゃくちゃいい人だった。

あと学校書道大会で銀賞取った。金じゃなくて銀かよって思った。

父のところへ帰りたくて夏休みの間に泊まりに行ったけど、そこから帰ったら母の機嫌はめちゃくちゃに悪かった。たまに父と会うけどその日の母はバカみたいに機嫌悪くてほんとしょうもないクズだなぁって思ってる。

中二 クラスに絵がまぁまぁうまい子がいた。ここまで言ってなかったけど私は絵をかくのが好きで、保育園年長で絵の上手い子がかいてるの見て「いいなー」って思ってたけど小学一年生ときに「りぼん」を読んでから将来の夢は漫画家だったくらい。ちなみに小一の時に授業でかい遠足の絵が選ばれて階段の壁?に貼られてめちゃくちゃ嬉しかったのを今でも覚えてる。 で、まぁこの上手い子が担任にも贔屓されてて、私はというと特に仲のいい友達もいないしま生活安全委員やってまたもう一人が働かなくてって感じで毎日死んだ顔してた ついには泣いた 一生懸命やってるのになんでお前はやらねーんだよ何正義感ありありで立候補しといてやわねーんだよって感じ。

文化祭でうちの学校は有志のかいた絵から一枚選んでそれを全学年ででっかいモザイクアートにするんだけど、それに私と上手い子が応募した。私は賞なしで上手い子は賞もらってた。 ていうかここまで上手い子ってかいてるけどそこまで上手くない。わりとマジで

中3 家を追い出された。実父に迎えに来てもらって、1ヶ月くらい実父の彼女の家で住んでた。一晩とまってから学校に行って、ちょっと話して、先生に母から電話だよ、持ってきて欲しいものを聞きたいみたいって電話変わったら「なんで学校に来るんだよブツブツブツ」って話されて怖くて何も言わずに切った。受験生夏休みだけど補習もあって、高速で往復2000はかかる道のりを送り迎えしてもらったり服を買ってもらったりした。彼女さんはとてもいい人だったし結婚しちまえと思ったけど中国人だったから祖母と祖父が猛反対してだめらしかった

小6から、クソ義父に祝われたくなくて一切拒否してた誕生日会をこの時彼女さんと実父とで久しぶりにやった。

なんでかしらないけど父の財布からお金を盗んで色んなものを買い込んでた。お父さんごめんなさい。母にお金を使い込んでた事が帰ってからバレたとき一緒に嘘ついてくれた。きっと盗んでること知ってると思うけど何も言われなかった。

夏休み終わるちょっと前に母から謝罪を受けて戻ったけどここで戻らなきゃ良かったってずっと思ってる。

あとスケッチ会で初めて賞をもらったけど銀だった。うまい子は金だったけどぜんぜんうまくなかった。

高1 いろんな人間を説得して押し切ってデザイン系の学校に通うことにした。田舎学校はいやすぎて○○市の学校にした。といっても公立はなんか受かる自信ないし受けるの面倒だしってクソみたいな考えしてたか私立落ちこぼれ校みたいな所に入った。まぁまぁうまい子もそれなりにはいたけど皆デッサンもまともにできないようなやつばっかで引いた。いやデッサン試験でやりましたやん皆さんどうしたんですか?って感じに。

スケッチ会は選考に残って中々返されなかったから期待してたけど賞はなかった。あと体育祭Tシャツデザインも票はいくらか入ってたけど落ちた。どっちも選ばれてたのは高校でできた絵の上手い友達だった。

秋に突然母に「引っ越すから」って言われて引越し前の所へ母私妹で戻った。ちなみに離婚はしてない。離れた理由が「私(母)の病院が近いから 」って聞いてたのに母は怒ると「あんたの学校が○○市だから!!!あんたたちが○○さんと上手くやらないから!!!!」なんて暴れだした。理不尽だなぁってずっと思いつつだんまりでやりすごしていた。

高2 進路決めで揉める 私は日本画を学びたいって中3の時から思ってたけど予算的にムリとか母にいわれた。 いやアンタに手助けしてもらったら一生「あの時払ったのは私だ」って言い続けるじゃんってわかってたか就職するって嘘ついておいた。ちなみに希望は父の経営する会社

母とは話が通じない、父にはお願いしてもはぐらかされてひきとってもらえない。めちゃくちゃ辛い。体でも売ってどこかを点々としたいとか思ってる。なんか憑かれてるとか○○神宮に好かれてないとかなんか色々霊的なことで混乱した。

平日に素描担当非常勤先生にお願いして居残りでデッサンとかクロッキーをやってた。ひたすらにがんばった。木炭紙大の人物クロッキー冷房の効いた素描室で汗たらしながらかいた。がんばったけど素描の成績は、3だった。

その年のスケッチ会は、めちゃくちゃがんばろうとおもって、場所がお城だったんだけどお城がかけない私は私なりに考えて敷地内で日本家屋っぽい建物(これがべらぼうに得意な対象)をみつけてそこを描いた。担任にヘコヘコ「あともう少しなので」って期限を延ばしてもらって、出したのは最初に決まってた期限の3週間後だった。

B3のイラストボード鉛筆と水彩で一生懸命かい風景画、素描先生に「みんな人物をかかなさすぎる。君はかいたほうがいいよ」って言われて3人も入れた。結果は、賞すら取れなかった。

一番いい賞をとったのは去年佳作をとったうまい友達で、一学期努力賞(総評でいい子がえらばれるみたいな賞)に選ばれたのもその友達で、あと体験入学の手伝いに誘われたのもその友達。わたしはなにもなくて、結果を聞いた瞬間と学校からの帰りの電車で何度も何度も思い出しては泣きそうになった。なんかもうだめだとおもった。

すごい無駄時間を過ごしたなぁ なんで言われたとおりにしたしがんばったのに何も無いんだろう

もう全部やめたい 私にはなにもない

2015-02-06

非リアは社会で生きていけるのか

現在大学四年生

4月から社会人

最近になって初めて「卒業アルバムの真っ白のページの意味」を知った

いわゆる非リア充タイプ人間


僕の内定先の企業は(最近よくあるみたいだけど)内定者用のSNSというものがある

事務連絡等もそこでされる場合があるので必然的に見ることになるわけだが

みんな海外旅行にいっただのなんだかのイベントにいっただの書き込んでリア充アピールを全開にしている

どうやら関東内定者で飲み会なども定期的に開催されているらしい(僕は都内に住んでいるがそんな連絡はきてないしそもそも他の内定者の連絡先も知らないし聞かれてもいない)

一方僕は今までもそうだが、大学でも友人は皆無で

卒業旅行などいくはずもなく

海外旅行どころかパスポートすらもっていない

最後の働かなくていい期間ということで毎日から晩までゲーム漬の生活

ときどきヒアリングと称して人事から電話がかかってきて

卒業旅行はどこにいくの?」とか「最近なにしてる?」と聞かれる

そのたびに笑ってごまかしている

自身自分生活に不満はないし毎日趣味に没頭していて楽しくて仕方ないが、人事からは「こいつは協調性のない奴だ」なんて思われて評価に影響するのではと心配になる

自意識過剰なんだろうか

2014-11-02

評価されない人生

今年で30歳になった。

人生を振り返ってみると、周りから評価されることが少なく、生きて行くのがとても辛い。


まり小学校

ミニバス所属していたが、プレイ中の姿を見たクラスメートが、「あいつ、下手くそだよ!」とクラスで言いふらしていた。

確かに僕は運動神経がとても悪かった。


小学校高学年の時、周りに一気に背丈を抜かれた。身長測定が終わった後、背の順番の並び替えを行うが、段々前の方に行く僕の姿を見て、クラスメートが歓喜した。

僕は成長が人より遅かった。


中学校の時、チン毛が生えていないことがバレて、「ガキだなっ笑」とバカにされた。

その後は「あいつ、殴りたくなるような顔をしているよな」と言われ、ジャイアンみたいなやつに殴られた。時期を同じくして、クラスメート全員が僕を無視をした。


周りを見返したくて、必死勉強した。その結果、地元北海道進学校入学することが出来た。彼女も出来た。その子は学年のマドンナだった。初めて人から認められた気がして、とても嬉しかった。だけど、彼女が「顔で選んでない」と友達に弁明しているのを人づてに聞いた。そんなの言われなくても分かっているよ。その日は泣いた。程なく彼女から別れを告げられた。


唯一得意だった勉強ダメになった。順位を低いことをバカにされ、自信をなくした。後は負のスパイラル浪人もしたが結局志望校合格は出来なかった。


顔も良くない、スポーツも出来ない、勉強も出来ない、そんな自分のことを知らない場所で生きたいと思い、北海道から離れた静岡県大学入学した。その時に「どんなに努力しても報われない」という思いが爆発した。何の取り柄もない自分がとても恥ずかしかった。授業にもでず家にこもっていたら、教授からゼミを辞めるよう言われた。謝罪して何とか残ることが出来たが、わだかまりは消えなかった。


就活も失敗した。面接に辿り着いても、面接から憐れみの目で見られてる気がした。スタンダードな受け答えさえも出来ていないと自覚していたからかもしれない。大学四年生の夏、あるERPパッケージ会社説明会を受けた。経営陣の考え方、会社ビジョンがとても素敵だったから、説明会が楽しみで仕方なかった。当日、ある経営陣が「この時期になって、今だに内定が出ていない学生なんていないと思うが••••」と言った。そうだよね。だけど、そんな学生だった僕はとても、傷ついた。その会社は筆記にも通らなかった。結局、12月東京ベンチャー企業就職が決まった。


一人一人が会社インパクトを与えられる可能性がある、それがベンチャー企業。そんな思いを旨にガムシャラに働いた。会社のために積極的発言した。会社から評価も上々だった。だけど、リーマンショックが全てを変えた。会社の業績はみるみる下がり、経営陣は従業員に不信感を抱くようになった。意見を言う者ではなく、意見に従う者を重宝するようになった。同時に社内イジメも横行した。景気が良かった時に意見を沢山言っていた僕はスケープゴートにされた。その姿が気に入らなかった直属の部長が発端だと、後から知った。当時は社長含めて、多くの従業員が僕の姿勢評価していたのに、たった一人に嫌われただけでこんな辛い思いをしなくちゃいけないのか、そう思った。やがて、毎日終電まで働いた残業代承認されず、人事評価ではすべての項目で最低ランク評価を下された。その後、自己都合退職という形で、リストラを言い渡された。


生きている意味が分からなくなった。もう諦めようと思ったが、一つだけケリをつけたいことがあった。それは受験勉強への思いだった。唯一得意だった勉強、だけど失敗した受験。「僕は何にも取り柄のない人間じゃないっ!」て周りに認めさせたかった。そこで憧れだったが挑戦に躊躇していた公認会計士試験を目指すことにした。


覚悟を決めたら後は走るだけ。朝から晩まで、休みなく1年半、勉強しまくった。努力が報われ、一発合格ができた。就職氷河期だったのに、大手監査法人就職も決まった。とても清々しかった。まるで自分人生とは思えなかった。だけど、一緒に未経験から受験を始めた仲間からの一報で、落ち込むことになった。「俺、7位でした笑」。あんなに勉強して1100位だった僕はやっぱりダメ人間なのかな。そう思って失意のなか入社式を迎えることとなった。


大量退職をした後の監査法人は、一気に人手不足になっていて、僕は仕事忙殺されることとなった。終電まで働くことが多く、休日も働いた。だがそんな僕の会社の3年目の評価は低かった。一番ショックだったのは2年目の評価と同一だったことだ。理由は明白だった。メインジョブ主任から評価がとても低いのからだ。結果をみてある思いが込み上げる。「僕は、人から評価されにくい」。


最近仕事にやる気が出ない。問題点は分かっているのに、改善するための行動が出来ない。

そして、生きていることに意味も感じられなくなった。だけど、30年も生きていると、10%くらいはいいことがあると分かってしまっている自分もいる。そのことを考えると、この先、生きていてどんないいこと出会えるだろうと期待してしまって、死ぬこともできない自分もいる。


だけど、朝起きると会社へいくのがとても辛い。

どうしようも出来ない、自分が情けない。

誰か僕を助けてください。

2014-07-25

http://anond.hatelabo.jp/20140725204012

親、親戚、地元の仲間たち、みんな大学行かないのが当た前、という環境で育つ子供は、

昔なら人生の幅がリミテッドで、自らもそうなるしかなく、またそうでない世界なんて想像もできなかった。

けれどネットにある様々なコミュニティを通して、現実自分の周りとは乖離した別の世界があるということを早いうちに知れば、

多くの可能性を獲得することができる。

私の場合はハテブを知ってハマったのは、大学四年生の頃だったけど、

もっと小さい頃、中学高校の時に、出会えていればまた別の可能性があったんだろうな、と

思うことがよくある。

確かにマンガゲーム、実地に即しており現実に対し垂直の力を持たない同世代友人とのコミュニケーション

といったもの人生を豊かにはするだろう。

しかしながら、やはりそれだけしかないと考えて生活していくのとは別の仕方で、

将来様々な、今の等身大自分では垂直の線で跳躍しないとたどり着けない場所

この世に存在することを早いうちに知っていることは、とても重要なことだ。

からでも遅くないから、そういうもの

まり現状の自分からは背伸びせねば得られないようなこと、

を知っていきたいと思う。

2014-05-23

「なんとなく結婚した」みたいなストーリー漫画って知りませんか?

出会ったばかりの若い男女がなんとなくセックスをして

それをきっかけとしてなんとなく付き合い始めて

出会って一週間ぐらいで女性の方から結婚しないかって提案があって

そのままなんとなく結婚式も挙げずに入籍したんだけど

入籍したことをお互いの両親や友人知人へ報告することもなく

そのまま一つ屋根の下に住むわけでもなく

でも別に結婚詐欺ってわけでもなくお互いに良好な関係

恋人みたいな関係なんだけど、書類上では夫婦になってるっていう

およそ結婚してるとは思えない感じの夫婦生活を描いた作品です

本当に「なんとなく籍だけ入れてみた」っていう状態のカップルを描いてる作品です

ちなみに男の方はまだ二十歳なりたてぐらいの学生

女の方は二十代後半ぐらいで色気たっぷりって感じです

色々と思い出しながらググったんですが出てきませんでした

追記と返信

全然心当たりないけど、なんとなく読んでみたい気がするので、正解が見付かることを期待してブクマ。こういうのはyahoo知恵袋向けかなあ(人力検索は望み薄

ありがとうございます

しかにここで質問するのはちょっと違ったかもしれませんね

ちなみに当時は1巻だけを読みました

1巻だけ読んで、その後読んだこと自体を忘れ

今になって思い出して続きが気になった次第です

海野つなみ『逃げるは恥だが役に立つ』。増田の書いたストーリーで思い浮かんだのはこの作品

ググってみてストーリーには近しいものを感じました

とりあえずこの作品面白そうなので読んでみようと思います

ありがとうございます

ぜんぜん思う浮かばないけれど、面白そうなマンガだな。

そうなんです面白かったんです

そしてそこはかとなくエロかったんです

市川ヒロシの『2人暮らし』だな!

時期は近そうなんだけどって感じですね

こうの史代『長い道』ダンコガイオススメしてた。ドラマチックではないが味わい深い作品

こうのさんの作品オススメされているのをよく見るので

この際手をつけてみようと思います

こういう「アレなんだったっけ」系はYahoo知恵袋が無類の強さを誇る印象は確かにある。単純に質問サイト大手で人が多いから人海戦術でなんとかなるしな。逆に細かい相談とかは向かない印象。

ヤフーアカウントは持ってなくて

新しく取得するのも面倒だったのでここで質問させていただきました

ここでこういう細かいレスポンスを積み重ねていくのもやってみると面白いですね

読んでみたい

ありがとうございます

ひとつ思い出したんですが、結婚した後もお互いの苗字で呼び合ってた気がしま

当時は「これって書類上はどうなってるんだろう?」みたいなことを感じました

性的描写以外だったら少年ジャンプの『トリコ』のトリコ自身の結婚がこんなかんじ(ぉぃ

トリコ結婚してたことが意外でした

ひょっとしてドラゴンボールじゃないか?

鳥山作品夫婦って独特の感じがありますよね

一行目の条件はずすんだったらほぼ「ラララ」かな。 http://www.square-enix.co.jp/magazine/yg/introduction/lalala/ 一話立ち読みも可

速読みました

金田一蓮十郎さんの新連載でコミックも出たとCMでやっていたので気になってはいたんですが

手を出す良いきっかけになりましたありがとうございます

設定といいヒロインといい、こんなに近しいもの金田一さんが描いていたのかと驚いています

ヒロインもこんな感じでエロくて可愛いしかったです

描写があるんだったら教えて下さい読みます

ここ大事ですよね

10年経っても読みたいって思わせる力がエロにはありますから(笑)

人力検索はてな「」

指摘されてからハッと思い出したという体たらくです

「長い道」は一緒に住んでるしな・・・年代とか形式とかわからんとなんとも。フィーヤン系かしら。

そうなんですよね

本当に何だったんだろうというぐらい霞がかってます

結婚してるけど結婚してるように思えない」っていう意外性を狙った作品だったのかなと思います

しかたらこの先「結婚とはなんだろう」みたいな所に向かっていく展開だったのかもしれませんね

こういう使われ方してるの初めて見た

自分もこういう使い方は初めてで

こんなに声をいただけるとは思いませんでした

幼なじみ系ならあったような気がするのだけど歳違うと思い当たらん。もしかしたら『旦那が何を言っているかわからない件』みたいなWebコミックの可能性も。

しかに掲載雑誌特定ができれば話は早そうですよね

とりあえず緩みきった脳みそを絞りあげてやらないといけませんね

「長い道」は宗介どのが出たり入ったりだけどセックスレスからなぁ…こうの史代入門に長い道は不向きな気がする。個人的にはさんさん録からどうぞ(脱線

ありがとうございます

こうのさんの作品Amazonレビューでも高評価がたくさんついていて驚きました

そして隠れファンが多いんだろうなと思いました

『 「なんとなくこの後滅茶苦茶セックスした」みたいなストーリー漫画って知りませんか?』『知りません』

さっきのラララを読んでいて思い出したんですが、その男女が出会った時はお互いに酔っていました

しか女のほうが男を介抱したあと、なんとなく意気投合して滅茶苦茶セックスしたって流れでした

初めて読んだときはこんなことあったらいいなと胸踊らせてた気がしま

「ごめんなさい。 ちょっと心当たりがありません。」「いえいえ、ありがとうございます」なにこの折り目正しいトラバ増田の人たち

自分もこんなに丁寧なお返事がくるとは思いませんでした

結婚に全く重きを置いてないといえばドラゴンボールかなぁ。(悟空が「結婚」を意識してない。チチ物語的にほぼ絡まない。半ば子供キャラを出す為の存在しかない)

ドラゴンボールって王道ではありつつも、そういう所は意外性に満ちてますよね

自分は「なんとなく結婚した」を読んだとき

こんにちの結婚にまつわる慣習って実はそんなに重要でもないのかなとも思うようになりました

昔の「木尾士目」な匂いを感じた。が、「四年生」「五年生」は設定違うし、「陽炎日記」は内容覚えていない。

ありがとうございます

こういう風に作家さんとタイトル名を挙げてくださると本当に助かります

記憶ちょっとずつちょっつずつ手繰り寄せられてる気がしま

余談ですが木尾士目さんの作品に触れたのもちょうど10年位前だった気がしま

こ、こんなの、ボクの知ってる増田じゃない

自分もこんなのは初めてで、意外な側面があることを知りました

トリコ

トリコ結婚していたことに対する意外性が少し薄らいできました

真っ先に浮かんだのがドラゴンボールです( ー`дー´)キリッ

とりあえずドラゴンボールトリコがそういう場合の二大巨塔であることはわかりました

二宮ひかるハネムーンサラダ』かなあ あれは男女同い年ぐらいだった気もするけど

画像検索してみたところ、セックス描写の線引きは近いかもしれないと感じました

抜き差しは直接描かないけど行為に関してはちゃんと描いているみたいな

それにしても、こういうコメントはありがたい反面、読んでみたい漫画がどんどん増えていって困ります(笑)

全然違うけど、「がけっぷちカフェ」思い出した。

知恵袋であらすじが紹介されていたので一応リンクを張っておきます

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1245504987

山本直樹/寺山スエキチ 思い浮かんだおっさんと呑みたいw

山本直樹さんで画像検索したらビリーバーズの画像が目に入ってハッとなりました

お腹が空いていた男女が泳いでいたイルカを捕まえて食べて

満腹になったあとで滅茶苦茶セックスしたみたいな描写があったかもしれないと

あたらしいモヤモヤが首をもたげ始めました

『どうにかなる日々』にありそうだと思ってあらすじ読み返してみたけどちがいそうだった。

オムニバス短編というより完全に続きものでしたね

増田知恵袋と化した/ごめんなさいわかりません。

なんとなく物珍しいなっていう印象は自分も抱いています

俺も読みたい そしていちいち返信する増田めっちゃ律儀

ありがとうございます

半分はエロに対する執念がそうさせてます

“ごめんなさい。 ちょっと心当たりがありません。” なんだこの無意味トラバは。たまげたなあ。

これとは真逆トラックバックを星の数ほど見てきたのでびっくりしました

頭に浮かんだのは、二宮ひかる「二人で朝まで」で、懸賞に応募するために結婚してたなぁ。でもあれは両方とも社会人だった気が。。

二宮ひかるさんもすごく惹かれるものがあります

なんとなく、けろりんさんに似たものを感じて興奮しま

ひとつひとつに答えてて丁寧な増田だな。。

答えにたどり着くには必要ことなのかな?と思っています

あるある。私は20数年前に途中の一巻だけ読んだ漫画で、ある女優人種差別を学ぶために肌を黒く塗って白人専用車輌に乗るエピソードがある作品が色々気になって忘れられないが、タイトル等が何も思い出せない。

そうなんですよね

ほとんど絵の雰囲気とか描写けがぼんやりとした思い出として残ってるんですよね

追記の「『人力検索はてな「」』 指摘されてからハッと思い出したという体たらくです」が、心の底から切なくなりつつ、実際、増田に書くほうが正解に近いかもしれない…。助けにはなれなかったけど、俺も知りたい!

応援ありがとうございます

なんか無意識の内に、馴染みのあるコミュニティのほうが答えを求めやすいと思ったのかもしれませんね

見つかったら呼んでください

自分脳みそでは何年かかることやら……

星里もちるっぽい。最初に思いついたのは「ハーフな分だけ」だったけど、ウィキペったら細部が違った。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%95%E3%81%AA%E5%88%86%E3%81%A0%E3%81%91

リンクまで張って頂いてありがとうございます

平成元年まで遡るとちょっと行き過ぎかなっていう印象ですね

そこよりももっと今に近い感じの絵柄でした

南Q太さんかなあ…と思ったけど内容を忘れすぎててタイトルまでたどり着くのが難しい。

全然関係ありませんが花見沢Q太郎さんはとてもエロくて大好きでした

違うだろうけど、柳沢きみおの「妻をめとらば」とか「翔んだカップル」ってエロかったなあ。

最近だと色白好(しきしろこのみ)さんの最新作(18禁)がエロかったです

ストーリー主体で、そのなかにちょくちょく挟まれるエロがとても良かったです

成人向け雑誌の連載作品でありながら直接的な描写が一度もない回があったのも印象的ですね

あたし、あなたのことが、好きだったよ。知ってた? 的なオチ想像して開いた。近い作品でも見つかったら読みたい。

楓牙さんの作品なんかはそんな印象があります

歳の差のある二人で、最初男の子が一方的に愛情をぶつけるんだけど

年上の女性のほうもいつのまにやら本当に好きになっていってみたいな

なにこの展開/そして答えはなんだったの・・・

答えはたぶん頭のなかにあるんですけど

かなり記憶崩壊しかかっていますね……

もうでてるけど、二宮ひかるの『いつわりの恋』と、その後日談の『二人で朝まで』が近いかなあ? 新婚旅行懸賞であたったか偽装結婚するやつ。

ありがとうございます

こう何回も名前があがると、本当に漫画好きな人オススメなんだろうなと思います

入江紀子・・・にそんな作品は無いし。宇仁田ゆみとか。

絵柄はどちらもちがう感じですね

ただ、絵柄にはやや女性的な印象を持っていたので、やっぱり女性作家さんだったのかなと思ってます

無精髭を生やしたイカツイ店長は、にこやかにオレの肩に手を乗せ「お前には戦国だな (ry

正直ネタがわかりません……

Drスランプ

から鳥山明は違うって言ってるだろ!

これだけ注目あつめて分からないのもすごいな

本当にこれだけ注目が集まるとは予想外でした

増田は教えてもらった作品に絵柄が似てるとか似てないとか何か言いなよ。ということで、 作品のものに心当たりはないけど、 俺はストーリー的にもエロ描写的にも、こいずみまりじゃないかと思うんだけどどうかな。

すみません、なんとなく自分の中で完結させちゃってました

あと、こいずみさんみたいな絵柄ではなかったですね

※あとで消しま

なんかの短編でこういうの読んだことあるような・・・

短編ではないんですが、短編だと部分的に該当するものは多そうですね

しか二宮ひかるが思い浮かんだ。

なんとなく二宮さんの絵柄に近かったような気もしてきたんですが

これって都合のいいほうに記憶が流れていってるやつにも思えてしょうがないです

解決したら読む

解決できるかなぁ……

この増田の現象に名前を付けておきたい。

はてな匿名知恵袋なんじゃないでしょうか

FEEL YOUNG匂いがする。なんか色々混じってるんじゃないの?

ググってみてフィーヤンってこの事だったのかと、いまさらになって気づきました

断片的な記憶が入り混じってる説に関しては、完全には否定出来ないですね

ただ、「結婚してるんだけど結婚の報告も指輪も同居もしてない」っていうのは確かなはず

指輪に関してはふと思い出しました

とくに買いに行ったりとか贈ったりとかって描写はなかったはずです

こんな使い方あるんだなあ。半年後ぐらいにどうなってるか見てみたい。

今回は運良く皆さんに助けていただいてるので良かったですが……って感じですね

たぶん半年と経たない内に忘れ去られてそうです

すんごく「あっ、なんか読んだことあるような気が……する……」感を刺激される質問元増田拍手

ありがとうございます

こういう言葉は素直に嬉しいです

揺れ動く心の機微?みたいなのを大事にしていてよかったです

ぱっと思いついたのが、星里もちるりびんぐゲーム』とかこうの史代『長い道』だが、どうもちがうっぽい。

前者は求めているものより絵柄がちょっと古めで、似てはいないですね

あと10年ぐらい新しい感じの絵柄です

答えが気になって眠れない。判明したらちゃんと今まででた回答含めてまとめてくれよ。

もちろん答えは発表しま

ただ、まとめるのは面倒くさいのでやりません

ごめんなさいね

まだ答え出てないんだ。星里さんとか柴門さんとか小学館寄りの女性漫画家が好みそうな設定だ。陸乃さんはあんま日常生活まで描かないしなあ。

しか物語といい絵柄といい、読んでいて女性的な印象は受けた覚えはあります

どこまで正確なのかは置いといてですが(笑)

こういう流れの百合作品結構俺に需要がある。

ありがとうございます

とりあえず似たような作品タイトルひとつふたつあげることで

その情報をより仕入れやすくなる気がしま

検索

クロエ・ルメールですね

正解が出るまで他の本を読んでおきます

しかしたら積んでいた本やゲームDVDが消化しきれちゃうかもしれませんね

思いつかないなー。エロ漫画寄り?/緩い感じのカップル書いた作品ならリーチマン(米田達郎)と煩悩寺(秋★枝)がおすすめ

ストーリー主体のところにエロ成分がそれなりに含まれていた感じです

いい感じに心の琴線を震わせるぐらいのエロ成分量だったのが良かったですね

どちらも比較的新しい作品ですが、やっぱりそういうのを薦めていただけるのも嬉しいです

ありがとうございます

二宮ひかる作品は推したいが要望から微妙に外れてる感。ほとんどが入籍まで至らないからなぁ

でも、かゆいところに手が届きそうな感じではありました

あと、二宮さんは本当にファンの方に恵まれているんだろうなと感じています

正解気になるし後で見返せるようにブックマークしとく。

本当に期待して頂いてありがとうございます

こうやって何人もの人間に期待されるとは思いませんでした

このマスダはなんだ?

インターネット大好き人間のひとりです

匿名ダイアリーの新たな使い方。っていうかその漫画気になる!

ここまで新鮮味を覚えられるとはって感じですね

自分星里もちるがそれっぽいかなーとは思った。

「それっぽい感じ」を具体的なイメージにして伝えたらなと頭を抱えています

内容とは全く関係無いけど、増田とは思えない礼儀正しさに驚いた。

ありがとうございます

今回の件で、ネット情報を集めるなら粘り強さとともに謙虚さも必要なんだなと実感しました

2014-05-07

高学歴の世界を一瞬だけ垣間見た話

http://anond.hatelabo.jp/20130901220935

ポストを見て書く気になった。

ただちょっと視点が違う。

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うちは両親が高卒で、親戚には中卒も多い。

貧しいくせに父方も母方も兄弟が多く、受け継ぐ畑がなかったとかで、

県内どころか隣接県にまで跨って親戚一同散り散りになっている。

みんな鳶職、土方、ライン工、その他低学歴っぽい職業の見本市。

同じ仕事でも大都市に出ればもうちょっと収入良いと思うんだけど、そういう発想はないらしい。

通ってた小学校では援助交際子供を作った女子もぽつぽついたし、

親にネグレクトされててパン泥棒で糊口をしのいでる同級生もいた。

酒やタバコが悪いことだという発想なんてそもそもなく、

不良グループっていうのは女子を輪姦して新聞沙汰になったとかそういうレベルの話。

授業なんて半分以上成立してなかった。

僕はそんな場所に馴染めず孤立し、図書館で本ばかり読んでいた。

ネットもなかったし。

===================================

本家である叔父がそんな世界から抜け出したいと一念発起、

歳の離れた従兄を東京大学にやって、有名な電機メーカー内定した。

それを皮切りに一族は空前の大学進学ブーム。

地元に塾なんかなかったけど、兄も僕も従兄弟たちも、

みんな名の通った大学に進学していった。

なんか地頭は良い一族だったらしい。

僕は好きだった文学を楽しむためとある国立大文学部に入った。

親も満足気だった。

親たちはみんな低収入だったけど、おかげで国公立なら学費免除も寮住まい余裕だった。

物価は高いけど、実家から野菜仕送りバイトで人並みの生活は送れてた。

だいたい都市バイト代は高くて、頑張ったら親父の月収を抜きそうだった。

バイトサークルの掛け持ちをしながらだったけど、そんな苦労をしたと思ったことはない。

地元のことを思い返せば天国みたいな場所だった。

大学はいろんな人と知り合った。

幼稚舎から有名私立に通ってて月何十万も仕送りされてるのに「親から自立した」と豪語するボンボン

親が教師で勉強一筋で鍛えられたという秀才君、17歳で酒を飲んだと悪ぶってる自称不良。

地元にいた「本物の不良」みたいな人も一人いた。

どいつもこいつもが馬鹿に見えた。

漢字を知らない、ことわざを知らない、日本観光名所を知らない、ヨーロッパの国の位置を知らない。

なんで昭和初期の文豪の一人も読まずにこいつらは大学に来てるんだ。

なんだ、高い金払って塾でお勉強してきた連中ってのはこの程度なのか。

僕の中でどんどん歪んだ自尊心が形成されていった。

===================================

そして四年生になった。就活が始まった。

ちょうどその頃、日本経済リーマンショック後遺症を抱えていた。

そして言われた。「君が学んできた文学とやらは我が社で何の役に立ちますか」

青天の霹靂だった。

だって僕は有名国立大学学生なんだ。

成績も優秀だったし、表彰もされた。

TVCMで何度も見たような会社はなしのつぶてだった。

ある食品メーカー選考中に、親切な人が教えてくれた。

「君が受けてるところは総合職じゃなくて、工場ラインじゃないか?」

それすら受からなかった。

ボンボンはどこかの電機メーカーに決まった。

工学部なら大学院まで行くのが「普通」なんだけど、もう勉強するのは嫌らしい。

秀才君は大学院からアメリカ留学した。数百万円の留学費は親がポンと出したらしい。

自称不良は大学院に進学した。後から聞いた話ではこれまた有名なメーカー研究部門に入ったそうだ。

本物の不良は保険の営業に決まった。体当たり営業出来るタフさが受けたらしい。

おかしい、何かがおかしい。

「秀」の字が並ぶ成績表を見ながら僕は頭を抱えた。

年が明け、僕は卒論を提出するか悩んでいた。

新卒でないと就活は厳しい。しか留年すると学費免除は厳しい。

卒論は我ながら酷い出来だった。もっと資料を読んでいれば、もっと深く有意義考察が出来たはずだった。

しか就活忙殺され、一時は精神科にも通っていた僕に、そんな時間も体力もなかった。

===================================

ようやく内定が出たのは、卒論提出の一週間前だった。

大都市にある、名前だけはどこかで聞いたことのあるような企業事務所だ。

そこで見たのはよく見知った光景だった。

鳶職、土方、ライン工、そんな彼らの仕事管理する事務職

管理といえば聞こえは良いが、要するにサポート、補助、下働きだ。

大卒高卒関係なく採用されているポジションで、実際同期の過半数は高卒

職場で交わされるのは、地元の祭で親父たちが交わしていた、パチンコ競馬風俗の話。

僕は一度壁を超えて、そしてここに帰ってきた。

僕は壁のこちら側で生まれ、あちら側に行き、そして帰ってきたんだ。

いったいあの四年間は何だったのだろう。

夢だったのか、幻だったのか。

東京に行ってオシャレなカフェに通って、

お金をためて海外旅行をするんだって

地元の連中とは違う世界に生まれ変わるんだって

===================================

初めての連休実家に帰った。

地元の連中の中には地元で教師になり、警察官になった人間だっていた。

彼らは僕より学歴が低いけど、僕よりよっぽど良い地位収入を得ている。

着の身着のまま上京して劇団に入って、苦労しながら生活してる奴のちらしももらった。

もう僕には彼らも壁の向こうの住人のように見える。

僕は、僕の親たちは、壁が学歴の間にあると思っていた。

大都市には夢があると思っていた。

夢はあった。でも掴み方を知らなかった。

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