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はてなキーワード: オリエンテーションとは

2021-07-17

anond:20210717063509

たとえば、でっかいビル建てたいとか宇宙船エンジン作りたいとか、

お金糸目をつけない超高級な邸宅を作りたいとか、そういうのは一人じゃできないので、

とりあえず大手に潜り込んで置くといいよ。仕事をやめて独立するのはいつでもできる。

最初の1年はつまらない。特に人事総務が仕切るオリエンテーションはかなりつまらない。

そこは耐えてほしい。今はどこのでっかい会社中の人少なくなりすぎて若いうちから

大きな仕事が回ってくる。それで時々泊まり込み徹夜になっても

大手社員の方がデスマーチからも守られやす

若い時にパソコン買って中いじり倒すのも良いけど、

スパコン使い倒すのは会社でないとできない。

2021-07-16

木屋町にあるキャバクラ黒服仕事をしていた


この日記の内容はみだしのとおりだ。京都での学生生活の4年間をキャバクラでの黒服仕事に捧げた。

年末のこと。コロナのおかげでストレスが溜まる中、ふと京都が懐かしくなって一人旅に行った。学生時代と社会人約十年目では、さすがに景色に差があった。いろいろと感じるものがあったので、ちょっとしたためてみることにした。

広島田舎から京都に出たばかりの、当時18才だった私は大学生活に憧れを抱いていた。第一志望ではなかったが、行きたいと思っていた大学だった。

4月はあっという間に過ぎた。入学式オリエンテーションサークル勧誘学部学科での新入生歓迎会、初めての履修登録、初めての講義、初めてのゼミ活動

楽しくもあったし、不安もあったけど、5月になって、まだあることをしていないのに気が付いた。

アルバイトである大学生アルバイトをするものだと思っていた。それ以前に読んだ漫画アニメでは、大学生はみんなアルバイトをしていた。

早速、求人情報掲示板を見た。インターネットではない。学生課の前に貼ってある物理的なやつだ。すると、学内カフェがよさそうな気がしてきた。時給もいい(850円だった気がする)。

その日のうちに、お店に行って店員のおばさんに声をかけた。アルバイトがしたい、と。

何分間か話した後、「土曜日シフトはいます」と告げると、大歓迎な感じで、「今度オーナーも交えて面接しましょう」と言ってくれた。私の携帯電話の番号を伝えた。

その翌日だった。知らない番号から着信があった。携帯が鳴っている最中ガラケー通話ボタンを押す直前に着信が切れた。

もう一度かけなおすと、女性の人が電話に出た。どうも話がかみ合わない。「こちからはかけていません」とのこと。どうやら、大学全体の電話受付窓口に繋がっていたようだ。でも学内の誰かが、私に電話をかけている……。

増田処刑はすでにおわかりだろう。あのカフェからの着信だったのだ。私はそんなことにも気が付かなかった。

それから3日が経って、あのカフェに行って、面接の件がどうなったのか聞いたところ、「オーナーに、あなた電話に出ないと伝えたら、もう面接はいいって」という衝撃の答えが返ってきた。

私が阿呆だっただけだ。今でも、仕事でこういう感じのミスを冒すことがある。

ある日、京都御所の近くにあるコンビニ求人雑誌を持ち帰った。

パラパラと中を覗いてみる。飲食店小売店が多いようだ。ただ、どのお店も時給が低い。大学の近所にあるお店は、だいたい750円~800円だった。今思えば、こういう視点はやはり若いな、と思う。

大学生場合は、たとえ時給400円だろうと、釈迦に生きる人としてふさわしい常識言動知識を身に着けられる職場がいい。大学の同期で、一流どころの企業官公庁NPO法人就職した連中は、リクルート株式会社はてな高島屋アルバイトをしていた。

当時の私は、リクルートはてな高島屋も知らなかった。私の出身広島県の府中市だった。そんなオシャンな会社地元にはない。天満屋だったらあるのだけど。もし私が東京府中市出身だったら、リクルートはてな高島屋も知っていたのかもしれない。

さて、求人情報誌も終わりの方まで来た。すると、スナックキャバクラバーのページが出ていた。

あるお店の男性スタッフの時給のところを見ると、22時までが900円で、22時以降が1000円とあった。基本の労働時間20:30~5:30で、開店準備と片付けを除いた9時間に対して給与が支払われる。ツッコミどころが満載だが、こういう業界なのだ。今でもおそらくこんな感じだろう。

「でも、夜の店はちょっとなあ」と感じつつ、「失敗したとしても私はまだ若い。なんとかなる」とよくわからないポジティブも抱いていた。

あるページを捲ろうとして私は、ある求人に目が留まった。「木屋町で一番レベルが高い店です!」みたいなことが延々と書いてあった。自画自賛もいいところだ。※本当に一番レベルが高い店だった。

でも、「面白いな」と思った。しかも深夜時間帯の時給は1100円ときている。さっそく電話をかけて、簡単自己紹介をして年齢と大学名を言ったら、「ぜひ面接に!」ということになった。

5月の割と寒い夜、私は親からもらった原付に乗って、家から木屋町まで10分ほどの距離を慎重にゆっくりと駆けていった。

マクドナルド河原町三条店の近くにある、小ぢんまりとしたビルの地下1階にその店はあった。

当時の私はビルの前に立ち竦んでいた。田舎育ちの私は、ビルの下に降りていく階段を見たことはなかった。真下の方から数人の話し声が聴こえる。

おそるおそる階下に降りていくと、廊下が十メートルぐらい続いていて、奥には分厚い扉が開け放たれていた。表面に店の名前が書いてありそうな。近づいていくと、店の中から男女が笑い合う声が響いた。

扉の前には小さい丸椅子が設えてあって、2人のお客さんとイケメン黒服(ボーイ)が楽しそうに話をしていた。お客さんは、丸っこい小さいグラスに入ったお茶を飲んでいる。

ふと、ひとりの嬢が出てきた。黄色い、ひらひらとしたドレスだった。歩く度に、ドレスの裾がブゥンと上下していた気がする。顔つきは覚えていない。失礼ではあるが、「化粧濃いな」と感じたのは覚えている。外国人風の浅黒い肌の、ツンとした表情だった――人生で初めてキャバクラ嬢を見た瞬間だった。

さて、イケメンの人に「面接に来ました」と告げると、「ちょっと待ってね」と言われ、奥に引っ込むと……すぐに別の男性がヌッと出てきた。

体格が大きい、熊みたいだ。笑っている。当時の私には恐い人に思えた。実際には、恐ろしさと優しさが同居するタイプ……と見せかけて、普通にサイコパスだった。

店長と名乗るその人と、同じビルの2階にある事務室に入って、さっそく面接が始まった。私はソファに座らせてもらっていて、ガラス張りの机の上にペットボトル緑茶が置いてあった(はずだ)。店長は反対側のソファ腰かけた。

「飲んでよ」

ありがとうございます

店長とどんな話をしたかはあまり覚えていない。

思い出せる限りだと、こんな感じだった。

広島出身? 俺の叔父さんが広島なんだ」

「いい高校行ってたんだね」

「18才か。若いね~」

柔道強いんだ。2段だって

「いつから来れる? できれば明後日がいいな」

こんな感じだったと思う。当時は、落ちる可能性が高いと思っていた。ボーイの経験がないどころか、アルバイトしたこともなかったからだ。自分が盆暗な方だということもわかっていた。

ところで、キャバクラで4年も働いていたのだ。私のような類型(実務経験のない若い子)を採用する理由はわかる。

①単純な労働力として

多くのお店では、ホールキッチン仕事を8時間ぶっ続けでやらないといけない。開店の準備と片付けもある。休憩はあるが非常に短い。キッチンのビア樽に座って5分間など。なので、体力のある人がほしい。

②肉壁として

態度の悪いお客さんは必ずいる。特にお酒が入っていると、接客が気に入らないということで難癖をつけたり、声を荒げたり、脅迫してくることもある。

※稀に暴力団組員も来る。「暴力団お断り」のステッカーをどの飲み屋も貼っているだろう? あれは歓楽街では冗談一種だと当時は思っていた。この業界では、清濁を併せ呑み、判断が早く、臨機応変対応できる者が生き残る(と店長が言っていた)。

お客さんとトラブルになっても、年が若くてガタイのいい奴がいるのといないのとでは展開が違ってくることがある。たとえ殴られても、私みたいに若いのは自分が悪いと判断して、お店に治療費請求しないことが多い。

レアドロップ枠として

一例として、私と同じ同志社大学で、かつ同じ法学部法律学科の奴で、大学生活の4年間、ホストをしていた奴がいる。週に3日ほどの出勤で、大学回生になる頃には月に30万~40万ほどは稼いでいた。本人いわく、「いろいろあるので稼ぎ過ぎないように気を付けていた」とのこと。全く正しい行動だ。大学生の年齢でその判断ができる時点で、奴は普通ではなかった。2021年現在も、堅気ではない仕事大金を稼ぎ続けている。その彼は、KFJ京都俗情掲示板)のホスト板にもスレッドができるほどの猛者だった。つまり、年が若くても超スゴイ奴は一定数必ずいる。そういった人材を時給1000円前後で使えるチャンスに賭けているのだ。

私が採用された店というのは、実は特殊タイプだった。

当時の木屋町祇園にあったスナックラウンジキャバクラは、そのほとんどが個人もしくは社員10名以下の会社経営していた。

私が働いていたお店(以後S店とする)は、それなりの企業経営母体だった。モデル女優なんかを育てている芸能事務所が、副業としてキャバクラを出していたのだ。そこに所属している子が修業や小遣い稼ぎの意味で働きに出てくる。そういう構造のお店だった。もちろん普通の子もいる。

以下、私が働いていた4年間で記憶に残っていることを書き出してみようと思う。たぶん長文になる。



大学回生

 キッチンホール仕事をやっていた。時給は1,100円。キッチンが主で、社員の人が少ない時に限ってホールに出る。

 最初の頃は、強面のM主任に怒られてばかりだった。今思えば強面ではなかったし、体格も中肉中背だったが、当時若輩だった私には圧が強すぎた。

 キッチン仕事というのは、いうまでもなく優先順位がモノをいうわけで……おしぼりとつきだしの用意も、ドリンク作りも、フード作りも、皿やグラス洗いも……人生最初に覚えた仕事は、社会に出てから仕事の縮図だった。

・次の次くらいまで優先順位を決めながら動く

・途中で別の仕事に移らない

・雑多な仕事はまとめておいて後でやる

 こういった原則ひとつずつ身に着けていった。

 より精神的な意味での教えもあった。例えば、トレンチお盆)の持ち方について。S店での持ち方は、指を立てて、手のひらが触れないようにして胸の前で持つというものだった。

 当然、最初のうちはできない。いや、言われたとおりにできるのだが、どうしても、たまに手のひらでベッタリと持ってしまう。

 最初にそのミスをした時だった。「おい」というM主任の声が聞こえた。怒られると思って身構えていると、「新人が間違えた持ち方しとんぞ」と、上で述べたイケメンの人が叱られていた。確かに、私は最初トレンチの持ち方をイケメン先輩に教わった。

 でも、当時は「なんでイケメン先輩が怒られるんだろう。なぜ私じゃないんだろう」と素朴に考えていた。

 このS店では、そういう社会人として基本的なことを教わる機会が何度もあった。私は盆暗でノロタイプ人間だったから、ありがたい教えでも、耳から耳にスーッと抜けていったのがたくさんあったに違いない。日記もっと細かくつけておけばよかった。

 今でもM主任を思い出すことがある。厳しい人だったけど、まともに仕事をこなすことを誰よりも考えていた。私のことを考えてくれていたかはわからないけど、今でも確かに思い出すのだ。

 めちゃくちゃ厳しくて……でも、ふいに無邪気で優しい笑顔を見せてくれる。私はずっとM主任の後ろをを追いかけていた。今、この場で感謝を述べさせてください。ありがとうございます



大学回生

 この年の春先から初夏にかけて、正社員と同じ仕事が増えていった。一例として、ホールを回る仕事が主になった。棚卸しもするようになった。時給が上がり1,200円になった。

 本来大学生アルバイトは、キッチンでフード作りや洗い物をするものだ。ホールに出ることもあるが、あくま代打的に割り振られる。原則社員キッチンアルバイトホールということはない。にもかかわらず、なぜ私がホール担当になったかというと……。

 私の社歴が、スタッフ内で真ん中あたりになってきたからだ。

 信じられないだろう。でも事実だ。私がS店に入った時、社員5人のアルバイト3人(私を含む)体制だった。1年目の梅雨時に社員がひとり免職処分能力不足だと思う)になって、また秋になった頃に社員1人が系列店に行って、3月の春休みの頃、ひとつ上の学生アルバイトが飛んだ。従業員が3人いなくなって、3人補充された結果こうなった。

 ホールを回る仕事について、思い出せる範囲優先順位が高い方から挙げていくと、①お客さん又は女の子(=キャスト。以下嬢とする)の監視、②オーダーの受取と実行(買い出しを含む。お客さんだと煙草女の子だとストッキング生理用品)、③嬢によくない行為をしているお客さんへの注意、④お客さんからのイジリや自慢話やお酌に付き合う、⑤灰皿やアイスペールの交換、⑥喧嘩を止める(リアルファイト含む)……といったところか。

 重労働だが、そこまでキツイということはない。一般的飲食店でもこれらに近いことをしているはずだ。最初は立っているだけでも辛かった。足が棒になってしまう。慣れてもやっぱり足の裏が痛い。

 思い出に残っているのは、やはりM主任だ。仕事ができる男性で、30代半ばで月給は45万円(残業代は基本給に含まれている)だった。客引きプロであり、街を歩く人でその気のなさそうなお客さんでも、1分も経たないうちにお店への興味を起こさせ、大体3分以内にお店に連れていく。何より損切が早い。この人はだめだと感じたらすぐにその場を去って、別の人に声をかける。

 その主任にこっぴどく怒られたことがある。

 真夏の夜だった。私に初めての仕事が割り振られた。いわゆる、キャバクラの店の前にいる人の役だった。客引きではなく、連絡役に近い。お店に用のある人、例えばリース関係業者だったり、面接希望の嬢だったり、店長の知り合いだったり……むろん、通りがかりのお客さんにサービス内容を聞かれることもある。

 さて、ある3人組のお客さんが店の前を通った時、S店に興味を示した。「お兄さん。どのセットがお勧め?」と聞かれた私は、しどろもどろになりながら、2万円(2h)と1万3千円(1.5h)と1万円(1h)の3つのコース説明した。金額うろ覚えだ。たぶん違う。

 3人組のリーダー格は、「う~ん」という表情になって、何点か質問をしてきた。うまく答えられなかったのは間違いない。最後は、私の方が心が折れてしまった。

 その場を立ち去る3人組を見送る私の後ろに、M主任がいた――縄跳びで打たれたような、痺れた痛みが私を襲った。主任回し蹴りが私のお尻にクリーンヒットし、地下に入る階段の手すりの辺りにもんどり打って転げた。頭を壁面にぶつけたのを覚えている。

 主任に何と言われたかはよく覚えていない。罵倒の数が多すぎたのだ。「お前!売る気ないやんけ!」だったら確実に言われている。「すいません」とだけ謝ると、「〇〇ちゃん。次はないぞ」と言ってお店に入っていった……。

 数分後、また別のお客さんが店の前を通った。私は、ここまでの人生で最大の過ちを犯した。私はM主任の真似をして、お客さん候補トークを始めた。

「こんばんは。これから何件目ですか」

「2件目」

「どこ行ってきたんです」

居酒屋

「どちらにいらしたんです」

和民

「次は女の子のいるお店にしましょう」

「この店は高いからいい」

「安くしときます

 こんなやり取りだった。話すうち、だんだん相手の気が乗ってきて、でもお金がないのも事実のようで、でもお店に入ってほしくて、M主任を見返したくて……去ろうとする相手の腕に触ってしまった。

はいそこやめて!」※確かこんな口上だった。早口警官だった。

 その場で2名の警察官サンドイッチにされた私は、しどろもどろに言い訳を始めた。やがて応援警察官が到着し、単独でお店の中に入っていった……。

(続きます

 https://anond.hatelabo.jp/20210716220543

追記

ところどころやたらと鮮明なのは、当時の日記を見返しながら書いているからだ。

2021-06-23

合コンしたことないけど彼女切らしたことない

入学式前のオリエンテーション日、パ長が用意してくれた他大合同の飲み会で喋った女子。(会場はクラブだった)ロッカーに使う小銭を借りた縁。お姉さんがモデルで半分芸能界に住んでおり、そっちの世界を知るきっかけになった。筋トレをはじめたのはこの人の命令。褒め語彙がとても豊かな人でそこは相当薫陶を受けた。

 

大学の寮(のようなもの)のウェルカム会で隣席した子。父子家庭から映画洋楽に詳しかったのでレコメンドを片っ端から一緒に試して感想を交換するうちにつきあう流れになった。大学彼女母親以外で初めてちゃんと看病をしてくれた子。というか母親より圧倒的に看病がうまかった。

 

友達の友達が住んでたシェアハウス鍋パに来てた子。美大生で写真アーティストたまごグルスキー話題で盛り上がったのと、その子の持ち込みのケーキが美味すぎて笑ってたらまたつくってくれた。サプライズが大好きで、街中でパイまみれにされたことがある。

 

友達主催した震災ボランティアの仲間。看護学生だったので子どもの頃の大病の話を車の中で打ち明けたらポロポロ泣き出して、何故か俺までむちゃくちゃ泣いてしまった。笑顔ボキャブラリーが俺の100倍くらいある。ある日父親マセラティに乗って現れたときギャップにくらくらした。

 

俺が幹事を務めてた勉強会に参加してくれた子。ダンスが得意であちこちに踊りに行っており、某夢の国の裏の裏を面白おかしく語ってくれた。家族に愛されて育っており、両親の切り盛りする食事処に招かれた機能不全家庭出身の俺は初めて「家族を持つってこんなに素晴らしいことなんだ」と思えた。

 

友達と俺で互いの仲間をあつめた大規模旅行企画したときに来てくれた子。超博覧強記編集者で、ありとあらゆるもの解説出来そう。こんなに素直で本音しかさない人初めてだって言われたのが忘れられない。一日中佐倉美術館で過ごしたことがある。アンナの光は素敵だった。

 

友達結婚相手友達ふたりハワイ挙式の前に連絡を取り合って、一緒に人生サーフィンした。お互い結婚する友達のことが大好きすぎて惚気倒しで夜を明かし、ハワイも朝は割と寒いと知った。

2021-06-19

アマプラグーニーズ初観してたら、小学生の頃の林間学校思い出した

こんな感じのオリエンテーションやったな……………

2021-06-10

大学心理相談室を信用するな。今すぐ心療内科へ行ってプリパラを観ろ

名古屋の国公立である

タイトル通り、本当に辛い時は大学心理相談室なんかに電話せずに迷わず心療内科電話するべきだ。という日記


電話、そして拒絶

自分が鬱なんじゃないかという予感はなんとなくあって、病院に行きたいという気持ちもあった。

しかしその時の私はいわゆる躁鬱というもので、もう全然大丈夫元気100倍!な時期ともう駄目だ死にたい、の時期が交互に押し寄せてくるという面倒極まりない精神状態だった。

鬱が酷い、駄目だ、もう病院に行こう...と決意する頃になってカラッと躁になり病院に行く気が失せてしまうので、うだうだと1か月近く不安定生活を送っていた。

しかしその日は本当に鬱が酷く、自分を放っておいたら勝手地下鉄まで歩いて行ってそのまま線路ダイブしそうな恐怖があった。

これは駄目だ。ここで電話しないと詰む。

焦りを感じた私は、たすけてくれそうなもの...入学した際にオリエンテーション名前だけ見た心理相談室に無我夢中電話した。必死だった。

しかし、実際に電話の向こうから発せられたのは、「予約はしていますか?」という無機質な応答だった。

当然していない。

していません、と伝えると、それでは今日はお会いできないので後日改めて予約してください、と告げられた。

本当にびっくりした。こちとら今死にそうなのである心理相談室ってそういうのを防ぐための機関じゃないの?

今本当に辛いのでどうしても今日がいいんですが、と粘って気持ちを伝えてみたが、すみません一言だった。

私も心が折れて、そこで諦めて電話を切ってしまった。

いや......今のところがたまたましかったのかもしれない。

うちの大学はなにかわからんがそういうカウンセリング系の施設名前を変え場所を変え4個も5個もあるのだ。

その中の空いている場所に行こう、と再び電話をかけ始めた。


無慈悲

駄目だった。なんと全てに断られてしまったのだ。そんなことある

とにかく予約が必要一点張りで、私も断られるにつれて精神不安定になり、最後の一棟にはとうとう自分でそこまで歩いて行って、受付に行って、本当に苦しいんです、どうしても話を聞いてはもらえないんでしょうか、と必死のていで頼み込んでみた。

駄目だった。

もう全然、無表情で、そんなのは管轄外だと言わんばかりにすげなく追い返されてしまった。

本当にショックで、ぽけーーーーーーーーーっとした顔でふらふらと施設の周りを彷徨っていたと思う。

そもそも予約が必要と言うけれど、自分が鬱になるタイミングがわかっていてそれを予め予約しておけるようなら鬱にはなっていないのである

寧ろ予約予約でたらい回しにするのって一番こういう人にやっちゃ駄目なんじゃないの?

学生を助けてくれる施設じゃないの?

何のために4個も5個も同じような施設があるんだよ。目の前にいる私を助けてくれよ。

もう本当に地下鉄ダイブするしかいかもしれん...まで本気で思っていたのだが、最後最後でもう1つの可能性を思い出した。

インターネットだ。

物心ついたときからインターネットの顔も知らぬ人々の言葉に何度も救われてきた。

よくわからんクソ施設を頼るよりも勝手知ったるこちらに頼るべきなのではないか

インターネットに聞いてみて、そこで拒絶されたら潔く死のう。

そう思って、「鬱かわからんからアドバイスがほしい」など適当タイトルスレを立て、待った。


インターネット最高

ものの数分でレスがつき、「悠長なこと言ってないで早く病院へ行け」「講義は休め」「薬を処方してもらえ」という信じられないくらい温かい言葉がたくさんもらえた。

もう泣きそうだった。

やはり頼るものインターネットだ。大学のクソ相談室などではない。

さっきまでどん底で死にたかったのが、病院行っても治らなかったら死ねばいいか~~!くらいまで回復し、気持ちが変わらないうちに病院電話して予約をとった。

同じ『予約』なのだが、病院電話の方は電話した時点で既になんというかあなたを助けますという意思が伝わってきて嬉しかった。

具体的な症状とか今の気持ちとか聞いてくれるし、どうしても無理!今日診察を!と頼んだらとりあえず話くらいは聞いてくれそうな寛容さがあった。

本来診療系の窓口ってこういうものなんじゃないの?


通院

数日後心療内科に行って、色々と話を聞いてもらい、薬を処方してもらった。

こんな小さい薬でこの感情の嵐が収まるのか半信半疑だったが、もう飲んだ瞬間翌日から驚くくらい冷静に生活できるようになった。

個人差があるのかもしれないが本当に薬は凄い。医療って凄い。

はやく病院行けとアドバイスしてくれた名も知らぬ人々には感謝してもしきれない。本当にありがとう

未だ治療中の身だが、私と同じように鬱かな...鬱かも...と苦しんでいる人がいたら、間違っても大学を頼らず、まず病院電話しよう。

うちの大学がクソなだけで他の大学ちゃんと話を聞いてくれるのかもしれないが、

https://anond.hatelabo.jp/20180728090909

このような増田もあることだし、なんとなく正式医療機関以外のカウンセリングサービス、信用できなくないか

たらい回しにされてショックを受けるリスクを負うくらいなら最初からちゃんとした病院電話しよう。


プリパラを観ろ

当時貰ったレスの中でいちばん心に残っているのが「プリパラを観ろ」という一言だ。

プリパラは見たことないし、よく知らなかったが、死を前にして突然現れたかわいいアイドルアニメ、そしておそらくプリパラに何らかのネガティブ感情を救われたのであろうこの投稿者に、なんというかえも言われぬ共感を感じてしまったのだ。

私もオタクだし、好きなジャンルはたくさんあったし、なにかと救われてきた。

しかし鬱になってからあんなに好きだったアニメがどれもこれも無味乾燥としてしまい、自分ジャンルに対する感情が、楽しさがわからなくなっていた。

でもそのレスを見た時、プリパラを観るまでもうちょっと頑張ってみようかな、と、すとんと、心からそう思えたのだ。


まだプリパラは見ていない。

この先もう一度鬱になって、なにもかもが駄目になってまた死にたくなった時に、残った最後の気力でプリパラ再生して、そして頑張って病院電話をかけるつもりだ。

から今鬱で苦しんでいるどこかの誰かがこれを読んでいるなら、変なサービスに頼る前にちゃんとした心療内科へ行って、プリパラを観ろ!

2021-05-26

広告代理店とコンペ

広告代理店で働く大部分の人は、Twitterなどで見かけるようないわゆる"Evil広告代理店"像とはかけ離れた環境の中で働いている。むしろ、悲しい局面も多くあり、今回はそれを「コンペ」という視点で書いていく。

1. 総合代理店

どの業界でも発注先を検討する際にコンペティションをすることはあると思う。広告代理店事業主からプロジェクト単位や年単位など開催されるコンペに呼ばれることがある。大体のケースが、クライアントからオリエンテーションの後、TVCMやキャンペーン企画などのクリエイティブメディアプラン提案していく。*代理店でいうコンペは、提示された予算に対しプロモーションプランをかなり具体まで詰めて提案することを指す。

そのため、ほぼすべての提案オートクチュール的というか、クライアントに合わせてすべてカスタムメイドする。予算単位が大きくなればなるほど、関与する人は増えていく。大きな提案になると、営業クリエイティブメディアPRデジタルプランナー、タレントキャスティングプロダクションなど数十名にも及ぶ大チームで、100枚・200枚を優に超える資料提案することもザラにある。TVCM企画1本の提案でも、2〜3名でチャチャっとできるものではない。

コンペフィーが支払われることも稀にあるが、言葉通り稀なので負けた場合赤字になる。参加している以上、負けて赤字になるのはしょうがないことだが、アイデアだけ使われてしまったり、クライアントサイドも2〜3社であればまだ良いもの10社近く声がけしていることもあり、フィードバックもロクにもらえないこともある。

アイデアやそこにかける時間リソースお金が支払われず、リスペクトがないのはとても悲しい。

2. デジタル

これは、デジタル広告代理店にある話だ。そこでも上記に書いたようなコンペが行われるが、いわゆる電通博報堂と言われる総合代理店と違い、デジタル代理店のコンペは「コスト効率」でほぼ勝敗が決まる。まず、デジタル領域のコンペは近年「クリエイティブ無償化」というのが主流になりつつある。配信するバナー動画の種類が多ければ多いほどABテストもでき、コスト効率改善されるため、"本数"が重要になるからである。まず、制作する人がいるのにコストが支払われないというのが悲しい。

また、数年前からゲームなどのドメインも持つA社を筆頭としたメディアマージンの値引きが常態化している。(片手%以下のマージン提示することも珍しくなく、資本力ゆえなのだ独占禁止法抵触しないのだろうか?)値引き合戦とセットで、クライアントからマージン開示要求も年々強くなっている。開示することでさらコストが買い叩かれるという構造であるデジタルといえど、裏側では、分析やオペーレションを行う人が多くいることを考えるとリソースが買い叩かれるのは、とても悲しい。

※注

もちろん、良いクライアントもおりコンペフィーが支払われフィードバックも丁寧で、代理店に適正な費用を払ってくれているところもある。

2021-04-24

anond:20210424073606

無知な奴に解説してやる、なぜキャラクター演者エスニシティセクシャルオリエンテーションを合わせる流れがアメリカ常識となっているのかというと

「今なおアメリカ白人優位の社会から有色人キャラ白人演者が演じるというのは、数が少なく、社会的不利な立場でもある有色人演者から仕事やチャンスを奪うことになる、それじゃいつまでたっても不平等格差社会は変わらない」という考え

2021-04-23

ぶどうジャム愛好会

大学一年とき、なんとなくサークルオリエンテーションに行ったら「ぶどうジャム愛好会 グレイプニル」っつう謎のサークルがあって、キショ、近寄らんとこ、と思ったんだが、グレイプニルってグレープ煮るってことか、と気づいた瞬間に結構いいんじゃないかと思い直し、呼び込みをやっていたあたりに戻ってみたんだけど、影もかたちもなくなっていて、ただブドウの残り香だけがあった

2021-04-21

見ただけで吐きそうになる求人

《人事労務関連業務

給与賞与計算年末調整

・入退社等に伴う人事労務に関する業務/各種手続き

社会保険資格取得・喪失・各種変更等手続き

労働保険等の手続き、届出

法定調書給与支払報告書作成、届出

・勤怠管理、勤怠システムの導入

健康管理・法定健康診断の計画実施

弁護士との相談窓口対応労使関係ビル契約関係

退職勧奨/懲戒検討・実行業務

就業規則/規程の制定・改廃業

・その他労務業務に付随する業務

労使協定に関する業務

派遣に関する事務業務全般

・労使トラブル対応

・社内相談窓口対応

評価制度策定運用管理

労災対応

官公庁対応業務

・各種人事データ作成

・その他、労務面の制度変更や社内の問い合わせ対応

採用関連業務

面接選考プロセスの推進、管理オリエンテーション対応

採用計画の推進、予算交渉

採用媒体エージェント運用

人材紹介会社求人広告会社との折衝/進行管理

面接対応

契約書の作成有期雇用社員および派遣社員契約更新対応

《総務関連業務

オフィス社内規定整備、社内改善提案福利厚生

職場環境整備、社内美化

什器備品消耗品名刺等の発注

オフィス機器不具合対応ビル関係対応

店舗スタッフ制服の手配

店舗スタッフの勤務シフト作成

店舗スタッフ百貨店入店/研修予約

契約管理

司法書士弁護士対応登記関連)

・慶弔対応、各種規程整備、運用

郵便物の受取、配布

・来客・電話対応

・展示会/PRイベント受付、案内等

海外からビジター対応(物品の発注レストラン予約など)

・バックオフィス部門としての幅広いサポート業務

一人でこれをやれってすげーな

センター9割取ったけど駅弁大学の授業についていけなかった話

小学校の頃は勉強に関しては困ったことがない。

テストは大体100点だった。

ただ友達付き合いが壊滅的に下手で、中学に入ったこから学校に居場所がなくなり、年単位不登校になった。それはここでは省略する。

高校からは真面目に登校し、友達もできて、勉強も遅れを取り戻すことができた。

高3になり、大学受験に向けた模試では毎回旧帝薬学部が狙えるレベルだった。

緊張して臨んだセンター試験は9割。正直、自分スゲエと浮かれた。

旧帝薬学部が十分射程範囲に入るのだ。

でも待てよ、と立ち止まった。

もし落ちたらどうなる?

そう、自分自主勉が嫌いなのだ

学校や塾で授業を聞くのは苦ではないが、一人で勉強するとどうしてもすぐネットに手が伸びて1時間時間が溶けてしまう。

コツコツ一人で机に向かうことが本当に苦手だった。

からもし浪人すると絶対ネット漬けになり、ダメになってしまうという確信があった。

選んだのは合格確実な地元国立駅大学の非薬学部

親元から遠くなるのに不安を覚えたから、地元から出なかった。(これは正解だった。のちに引きこもりになり生活習慣も精神的にも不安定になったので毎週実家に帰って会話する相手がいてかなり救われた)

当然合格し、駅弁大学入学。どうやら50人以上の学科入試の成績が一位だったようで、表彰もされた。

入学するとオリエンテーションサークル勧誘で異性からたくさん話しかけられた。

新入生の女ならちやほやされて当たり前なのだが、こんな私でもリア充になれるかも?と少しだけ夢を見させてもらった。

しかしその少し後に、私は衝撃を受けた。

教授講義で話してる内容がまったく理解できなかったのだ。

どこがわからないのか考えても、一から十まで全部としか言いようがない。

からないところがわからない、お手上げ状態である

何せいきなり理解不能な単語概念が当然のもののように出てきて、それを前提にどんどん講義が進んでいく。

その専攻は高校では好きな科目だったはずなのに、しょっぱなから高校までで習ったことは嘘です。本当はこうなっています意味不明説明)」と打ち砕かれる。

極めつけは実験科目で、実験器具を目の前にして何をどうしたらいいのか教科書を見てもまったくわからず固まってしまい、「あ、これ無理だ」と確信してしまった。

授業にもついていけないし、人間関係も、最初同級生と仲良くできたものの一歩踏み込んだコミュニケーションが取れずに徐々に距離ができていった。

次第に私は大学に行かなくなった。一人暮らしアパートに引きこもってネットゲームに明け暮れ、昼夜逆転生活を送るようになった。

土日や長期休みには実家に帰ったりアルバイトをしたりして、そこでだけ人と会話できた。

当然、単位が足りず留年確実になった。

このままではいけない。なんとかしなければと学生支援センターのあたりをブラブラ歩いていると、入学後でも専攻が変えられることを知った。

これだ、これしかない。

私は文系学部試験を受けた。普通入試と似たようなもので、英語小論文があったと思う。

無事に合格し、心機一転、同じ大学で二度目のキャンパスライフスタートした。

この学部でも専門科目はわけがからなかったが、前の専攻とは違ってまだ理解の糸口がつかみやすかった。

また文系マンモス学部なので講義で人と関わることはほぼなく、かつ編入生という明確な立場の違いがぼっち安心材料になって、余計なストレスを抱えずに勉強できた。

あとはここで躓いたら二留か最悪中退するしかなくなるので、授業も試験も頑張るしかなかった。

幸いなことにその学部卒業要件がゆるく、ゼミはあるもの卒論すら不要だった。また、私が選んだゼミはゆるさで有名なゼミで、ぼんやりとしたテーマでなんとなく発表する程度で許されたのも運が良かった。

かくして引きこもりぼっち大学生は、一留したものの専攻移動という手を使ってなんとか卒業までこぎつけたのだった。

ちなみに授業と並行して資格試験学内講座も受けたが、そちらは教えるプロ試験突破目的とした講義をしてくれるので非常にわかやすく、自分が得意だった大学受験までの「お勉強」と似ていた。

そのため資格試験の方は余裕で合格し、無事に就職できた。

大学卒業して長いこと経つが、いわゆる優等生の方だった自分大学でなぜあそこまで躓いたのだろうとたまに考えることがある。

1.大学講義をするのは研究プロであり高校までの教えるプロとは異なるということ。

2.高校までの参考書パラダイスと異なり、底辺大学生に一から理解してもらうための参考書が乏しいこと。(当時の私も一生懸命探したが自分の専攻では見つけられなかった)

3.高校までは「AはBのためCになる」のようなシンプル絶対事実をいくつも積み重ねて理解を深めていくが、

 大学ではAからZやそれ以上のあらゆるパターンが先に出てくるばかりで絶対事実に辿り着かず、「結局確実に言えることは何なの?どこから覚えたらいいの?」と地に足がつかないままどんどん先に進んでいくこと。

 (よく考えたらお勉強ではなく学問研究世界なので当たり前である

など色々あるが、結局、答えの用意されたお勉強が得意だっただけで、答えのない学問を追究すること、つまり大学進学自体そもそも向いてなかったのだろう。

高校までのお勉強大学で学ぶことは全く異なるということは全高校生に知ってもらいたいと思っている。

ここまで読まれた方は、私は発達障害だと思うかしれない。診断は受けてないが傾向があることは自覚している。

しかし「高校までの勉強が余裕だったのに、大学の授業が全く理解できなかった」という話は発達障害界隈でもあまり聞かない。私だけなんだろうか。

2021-03-22

anond:20210322211009

う...入社オリエンテーションはやだねぇ

弊社はなくてよかった

ワーキングメモリ、要するにRAMかあ

たまに4GBノートPCに出くわして文句言っとるが、あれが自分ってことやね

自分に16GBメモリ挿したいなあ

anond:20210322204601

ダンスのお手本見せられて、あれが再現できんとなると記憶力とかがたりんのか

たぶん、ワーキングメモリ。ワイもめっちゃ苦手

 

学校じゃダンスサボってたっつーのに

恋ダンス恋するフォーチュンクッキーを踊れって会社強制されてめっちゃ苦痛だったわ

あと入社オリエンテーションに付き合って新入社員名前を覚えて繋げるをやらされたのもめっちゃ苦痛だったわ

自分職業人生で1、2を争うレベル徹夜明けの無茶振りのが億倍まし

 

2021-03-03

anond:20210303120555

1日でやめた女性社員がいたのだが、パソコンほとんどさわったことないレベルで何から教えていいかわからんかった

ワイはさじを投げて別の人にオリエンテーションを依頼したが、その人がテキトーに扱ったせいで翌日こなくなった

「夫がタイに勤務するのでついてきます」が理由だった

わいふくめ登場人物全員クソすぎて笑った

2020-09-28

東京学歴社会という異文化にショックを受けた思い出

10年以上は前の話。

田舎出身。都会に憧れがあったので、首都圏の難関ではない某国公立大を志望した。当時の自分学力に合っていて、希望する学科があるのがそこだった。田舎の県立高校で地道に勉強し、受験し、合格した。他の大学のことはよく知らなかった。国立単願だったし、元から偏差値が合わない大学は眼中になかったので。俺はただ憧れの大学に通えることが誇らしく、新生活に胸を躍らせていた……

4月。新入生オリエンテーションが終わり、同じ学科の数人で集まって話していたときのことだと思う。経緯は忘れたが、同級生の1人が「こんなBランク大学」と言ったのだ。「本当はこんな所に来るはずじゃなかった」「俺の同級生には東大生がたくさんいる」と。(今考えるとFランではなくCランでもなく「Bラン」をチョイスしたところに彼の葛藤が伺える)

それを聞いてとてもショックだった。なぜかは分からなかったが、ものすごくショックだった。地道に勉強して、希望どおりの大学に入ったのに、目の前のこの人はそうではないんだと。当時は学歴コンプレックスというもの存在がよくわからなかった。ただ、全く違う価値観で生きてきた人なんだということは感じた。まさに異文化との遭遇。田舎高校にも、難関大学を志望したりそれで不合格だった同級生はいたが、それとは違う何かを感じた。

それからしばらく経って、大学の同期の中にも「中高一貫進学校出身者が多くいることに気づいた。そこは田舎の県立普通高校とは全く違う何かであるようだった(今だによくわからない)。また、関東出身同級生たちは殆ど皆、受験予備校に通っていた。河合塾とか駿台予備校とか。都会出身同級生たちは受験戦争の荒波に揉まれまくった生き残り(または、当人感覚では敗残兵)だったらしい。東大とかナントカ難関大学とかの高みを目指し、そこにたどり着いた、またはたどり着かなかった、妥協して腰を落ち着けた…。マジかよ。田舎価値観と違いすぎるだろ。そら学歴コンプにもなるわ。子供のうちからそんな生活してたら心が荒むに決まってるじゃん。

とくにオチもないんだけど、このことは何故かふとした時に何度も思い出すし、地域間格差とか、学習機会の均等とか、受験戦争の過酷さとかなんかそんな話題が出るたびにジワーっと思い出してモヤモヤするので吐き出したかった。

※ちなみに件のBランの彼はその後就活成功、誰もが知ってる超一流企業就職したそうです。よかったね

2020-09-25

anond:20200925171009

入社直後の新入社員研修で、いきなり自社のシャワーヘッドを売りに歩かされた時は正直びっくりした。

そりゃまぁ自社製品が売れなきゃ食っていけないのはわかるけどさぁ、

シャワーヘッド訪問販売員ってどんだけ難易度いかわかるのって感じ。


初対面の人相手に、いきなりシャワーヘッド説明して、

風呂場に入り込んで交換するんだぜ。

シャワーヘッドの交換訓練すら受けていないのに。

その実習は会社としても初めてだったらしいんだが、

何軒かのお宅で、シャワーヘッドを壊しちゃったらしく、

翌年からはごくありがちなグループオリエンテーションに変わったとのこと。

2020-08-25

武蔵野美術大学が対面授業を再開したそうですね

武蔵野美術大学8月24日から対面授業を再開したそうですね。

私は視覚伝達デザイン学科の様子を断片的に耳にしただけですが、普段はこんな時期にやらないオリエンテーションをわざわざ実施したそうですね。マスクの着用やアルコールでの手指消毒は呼び掛けたそうですが、検温はしてないでしょうね。オリエンでは学生を一箇所に集めて、先生方で一本のマイクを使いまわして、「マスクを外したらこんな顔でーす」とか、やってみせたそうですね。

一応12号館地下展示室で実施して、学生たちに距離をとらせたり気を遣う先生もいらっしゃったようですが、学生が密集しても誰も何も言わなかったそうですね。学生たちは黙っていたのでしょうけど。

学科ごとの実習科目は対面で、教養科目は全部オンライン授業だそうですね。そういう方針だとすれば、大学という環境からこそ発生する複雑な導線や関係者の多様さは従来ほどではなく、感染症に対する危険度は下がっているのかもしれません。

そこまでして行われるキャンパスライフが本当に通学に値するのか、当然お考えになったのでしょうね。

実物が目の前にあるとやっぱり違いますよね。実際に人と会うのと、オンラインでやりとりするのは違いますよね。小学校中学校高校会社も始まってるのに大学だけ始まらなくて、行ってもいないのに高い学費もぜんぜん減らなくて、不安で寂しくて苦しかったんですよね。パソコンも無理して買って、よくわからないツールを1人で習得していくのはすごく心細いですよね。学生が来ないからってお金がいらなくなるわけじゃないのに、学費を返せと言われて困りますよね。毎月100時間残業してしまって、残業をやめろと言われても教授から非常勤講師からも教務課から学生からも次々に連絡が来てやることは山積みですよね。お気持ちは察するに余りあります

大学側はゴールデンウィークも丸ごと潰して対策検討学生への連絡、オンラインツールレクチャーおすすめパソコン調査をして、さら普段業務もこなしていたと聞きました。おすすめMacbook情報をまとめている間に新しいMacbookが出てしまいましたね。後期の対面授業開始に向けても、助教の方が酷暑のなか朝から晩まで設備確認して、手洗い洗剤をせっせと取り付けたそうですが、それらの設備代は助教が立て替えて、教務課は立て替え横領がないか厳しく審査して経理に回しているのでしょうね。

本題ではありませんが、手弁当長時間労働徹夜や泊まり込みを美談にして低賃金無償卒業生を働かせ、ムサビムサビ教育価値を自ら貶めているように見えます教授セクハラも野放しですよね。武蔵野美術大学卒業生であることを恥ずかしく思う時があります

症状がある学生助教に連絡するように伝えているそうですが、無症状だけど濃厚接触者と判断されて大学に行けなくなる学生が出た場合、その人は対面で行われている実習科目を受ける機会を得られるのでしょうか。

学生教職員のご家族感染して、その方々の生活不都合が生じたり、後遺症が残ったり、最悪の事態に陥ってしまったとしたらどのように対応するのでしょうか。

高齢先生方もいらっしゃいますが、実際に感染したら重症リスクが高いことをご自身認識されているのでしょうか。

非常勤先生方もほとんどが対面授業のために出勤されるそうですね。武蔵野美術大学鷹の台キャンパスに出勤されて、その後別の学校で教鞭を取られる先生もいらっしゃるのではないでしょうか。対面授業とオンラインのそれはかなり異質で、それぞれに対応するとなるとかなりのご負担ではないかと思いますムサビは他学のためにオンライン授業を行う先生場所提供してくれるのでしょうか。

そんなこと当然お考えになって、慎重に検討されて、それでも対面授業を実施するという判断をなさったのですね。

交友会のメールも読んでいます。書かれていた「学びを止めない」というスローガン記憶しております。ほんの小額ですが、支援金もお送りしました。支援必要学生の手に少しでも早く渡ることを願っております

思うのは、半沢直樹みたいな陰謀うごめく権力世界って実際には世の中にはほぼなくて、なんとなく声のでかい人の発言や、雰囲気や成り行きで最悪なことになっていくんだなということです。教育って本当に大切ですよね。

適性なタイミングで適切な施策が打たれて、関係者する方々の負担不安が少しでも軽くなることを心から願っております

令和2年の武蔵野美術大学対応を見せていただきたいものです。

2020-08-21

大学一年生になって5ヶ月目

今年大学一年生になった。

でもまだ、コロナのせいで一度も大学に行けていない。

なんなら、入試の時から一度も大学へ行っていない。

友だちなんて、本当に一人もいない。

前期はずっとオンライン

後期はどうなるのか分からないが、恐らくオンラインだろう。

高校の友だちの中には、zoomを使って授業をしてるところもあるみたいだが、わたし大学一方的動画を聞いて終わるだけ。最初の頃は、意気込んで聞いていたが、最近はそれも苦痛になってきた。ただ60分以上の動画をひたすら見るだけ。

授業で分からないところがあっても、先生にすぐに確認することができなければ、友だちと相談することもできない。

授業をしてる人の顔がわからない状態で授業を聴いている状況が、もうわけわからない。

どの先生も、家で授業を受けているんだから課題を出しても大丈夫でしょ、と思っているのか、科目ごとにある課題えげつない普通大学生活を送ったことがないから、普通課題の量を知らないが、

もし、今の課題の量のまま、毎日登校して授業受けて、サークルして、バイトして帰宅…をやっていたら、確実に終わらないだろう。

それでも、課題をこなさなきゃ単位をもらえない。他に頼る術もないからやるしかない。

そして、理系科目はだんだんオンライン(動画)でやるのは無理があるのではないかと思い始めた。

本来グループディスカッションでやる授業も、一方的動画を見て終わり。実験も、実験をしてる動画を見て終わり。これになんの意味があるの?

去年の秋、冬。

大学に入るためにたくさん勉強した。

この大学の授業のココがいいんだよな、このカリキュラムが楽しみだな。

合格したときは嬉しくて、

4月から始まる新しい環境にワクワクしていた。

なのに今。

高校生と大学生の間を彷徨っているような気分だ。

送ってみたかったキャンパスライフ、受けてみたかった授業や実験、参加してみたかったサークル、通ってみたかった大学

それがぜーーーんぶなくなって、

ただのパソコンの画面越しになって、

なんだか大学に裏切られた気分になった。

もちろん、大学が何かをしたわけじゃない。

悪いのはコロナだ。だけど、

もう大学に怒りをぶつけるしかないのだろうか。







私には、高校生の妹と小学生の弟がいる。二人ともコロナ前と同じように登校し始めていた。

最近二人は口をそろえて、「お姉ちゃんはいいよな。毎日家にいられて。」と言う。

もちろん二人はただの羨望から言ったものだとは分かっている。

それでも。

好きで家にいるわけじゃない。

わたしは、毎日学校に行って直接授業を受けて、友だちと会って笑って話して…そんなあんたらが羨ましいよ。

…これがないものねだりってやつか。


先日、母が電話祖父母と話していた。

話題わたしたちの学校生活

わたしのターンになると母は、

「まだ一回も大学に行ってないのよ。あんなにバカ高い学費を払っているのに…。一度も行ってないのはなんだかね。おまけに、もうそろそろ後期の学費請求が来るのよ。」

母と歩いていた時、バッタリと近所に住む叔母と会った。その時も母は、

「まだ一度も大学に行ってないのよね。バカ高い学費払ってるのに…。」

友人の母と会った時も、

施設費くらい割り引いてくれるとかないのかしらね…。バカ高い学費払ってるのに一度も行ってないんだから。」

わたしは、私立理系大学に通っている。

どれだけ学費が高いかも知っているし、奨学金も利用しているし、何より、学費を払ってくれているのは仕事をしてくれている父と母だ。だから学費がどれだけ家計負担になっているかも知っている。「バカ高い学費を払っているのに一度も行っていない」というのは事実だ。

でも、

必ず、

それをいう時に、

母は、わたしの方をチラリと見ながら言う。

わたしが一体何をしたっていうの?

学費を払ってくれているのはお母さんたちだが、わたし別に一回も行かなくなるようなことはしていない。

なのになんで毎回、そんなふうにわたしを見ながら言うの?

一度も登校してないくせに、高すぎる学費を払わなきゃいけない、それに納得できない気持ちはわかる。

それが学費を払ってくれている側なら尚更だ。

でも、

わたしは何もしていない。

でも、

お母さんがそう言うたび、

わたしは肩身の狭い思いというか、

申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

なにもしてないのに。

なにかしたいのに。



大学に行きたいかと問われたら、

即答で行きたいと答える。

でも、

じゃあ、明日からどうぞ登校していいですよ、

と言われたら渋ってしまう。

大学が始まることで、

コロナが増えてしまうのではないかという心配があるのは分かっているし、

今までの小、中、高とは違い、

大学は様々なところから本当にたくさんの人が集まる特殊なところだ。

から

小学校旅行OKでも、大学OKじゃないのだろう。

この状況でどうして旅行OKなのかいくら考えてもわからないことなのだが。

ただ、こんな中でも不幸中の幸いだったこともある。

実家暮らしということと、バイトがあるということだ。

わたしの周りには、とりあえず何かあったら助けを求められる家族がいて、バイトのおかげでどうにかわたし経済は停滞していない。

しかし、上京してきた人や、一人暮らしを始めた人ならどうだろうか。

同い年なら確実に、オンライン授業を受けて、

友達がいなくて…わたしと同じような状況の人もいるはずだ。

周りに大人がいなかったら?バイトがなかったら?

本来頼れるはずの大学も今はこんな感じだ…

から

大学に裏切られた感じがするのだ。(上記に戻る)

大学に登校させてほしい、とかそうじゃなくて、

とにかく、

わたしは、この状況をどうにかして欲しい。

最終的に望むのは、本当の大学生活を送りたい。

鬱になっている人もいる、というニュースを見たが決してそれは他人事ではないと思う。

この生活想像以上に辛い。何のために受験を乗り越えたのか…。そりゃ希望も失うわ。やる気なくすわ。だって先が見えないんだもん、全く。



しかしわたしは、

一周回ってもう開き直った。

もう、大学一年生の間に友達作るのやーーめた。

大学オンラインで授業を展開する気なら、こっちだってとことん家授業を満喫してやる!!!

寝起きのまんま、パジャマのまま授業を聞いてやる!

カメラを使わない授業のため)

アイスを食べながら授業を聞いてやる!

お菓子食べながらレポートやってやる!!!

喋るの遅い先生は、1.5倍の速さで動画再生してやる!

夜中に課題提出してやる!!

休日メール送って、休み明けのメール業務を増やしてやる!!

教授はみんなおじさんでハゲだと思ってやる!!! 

分かんないところをいっぱいメール質問してやる!!!

サーバーダウンしたらその日は授業聞くのやめてやる!(結局週末に授業が溜まることになる)

金髪に髪の毛染めてやる!!!

ネイルバキバキに伸ばしてやる!!!

夜中まで夜更かししてやる!!

自己紹介がしっかりあるまで、教授名前を覚えることをやめてやる!!!

来年の新入生と一緒に、オリエンテーションガイダンス受けてやる!!

これくらいの受け身いかないと、動画を見てる最中に無になってしまい、気がついたら動画が終わってる、ということがあった。

正直、いつまでこれが続くか不安だ。資格を取るための大学なので、こんな動画で学びが身についているのだろうか、とか、自分一人だけだから学びが広げられないんじゃないかとか。

まあ、もう考えても仕方ないことをこの5ヶ月で知った。

いつか終わると思う…から、その時を待つしかない。

そんなこんなで、わたし入学してから5ヶ月目が来ようとしている。

一度も大学に足を踏み入れたことがない大学一年生がどう思っているのかを書いてみた。

でもこれは、あくまわたしの話であって、

登校してる人もいるかもだし、全く違う考えの人もいるかも知れない。なので、あくまでこれはわたしの思い。

そして来月初めに、オンラインテストなるものがある。

教科書を見てもいいテストだ。

テストなのに見ていいのか…。よく分からないが、答えを探す情報探知能力が上がりそうなテストのために、

友だちとテスト勉強もできないまま、

今日も自室で一人、勉強するとしますか。

東京都全域の教育実習を中止にしてください。

東京都感染者が300人を超えましたが、実習が例年通り行われると言う連絡がきました。このコロナ禍で大学側は対策もなく、実習生全員がPCR検査をすることもなく、実習校でなんの対策も取られることもなく、手洗いうがいだけで例年通りの教育実習を敢行しようとしています

児童保護者の皆さんも本当にこんなどこに住んでてどんな生活してるかもわからない、いつ飲み会に行ってるかもわかんない、どこでバイトしてるかもわからないような検査も受けていないグレーゾーン大学生がのこのこ学校に来ていいんですか?子供可哀想子供のための教師じゃないの?自分利益のためだけ、免許のためだけの実習なの…?児童がもしこの教育実習の影響で感染したらどこが責任を取るんだろうか。通学の電車ですね、で終わらせるんですか?感染要素が校舎内に入ってきてるのに。

こんなイレギュラーなことが起こりつづけている現場教員の皆さんは本当に実習をやりたいと思っているんですか?Twitterトレンドは #先生死ぬかも だし、そんな中もっと死ぬかも要素を増やしに学校に行くのめちゃくちゃ申し訳ないし、いい仕事ができるとも思えない。コロナでただでさえ忙しいのに、もっと忙しくなったら本当に人が死ぬ。実習校から連絡も来ないし。オリエンテーションの連絡も、教科に関する連絡も。

呼吸器疾患なので万が一感染したら死ぬ確率がとてもあがります。辞退はもう学校が受けられないようになっているし辞退もできない。秋学期の授業と実習オリエンテーションオンラインなのに9月10月の実習は集まれるってめちゃくちゃ矛盾してないですか?大学生の日常があーだこーだ言うならこの問題にも気づいてくださいよ。学校で実習中止求めてるの4人しかいないっぽいしみんなコロナ怖くないの?薬のないウイルス、どんな力があるかもわからないのに?若い人が死なないとは限らないし、私たち児童うつ可能性が高いのに、本当にこれでもやるんですか?

文科省ガイドラインでは、中止にして座学での取得可能だし、うち国立だよね、国のガイドラインに従ってよ。現場に出ない学生教員になったらさっさと辞めそうだから教育実習やんないといけないみたいなのTwitterでみたけどそれならまず現職の仕事内容考え直してよ、明らかに一人の教員がやるべき仕事の量超えている。本当に教育実習必要教員になる前に授業をやりたい人は来年4年でいったり、自分ボランティアコロナ終わった後に学習サポーターで行く。こんな不安定な情勢の中でやる実習がいいものになるとは思えないし、自粛してた意味ってなんだったんですか?助けて文部科学省

2020-07-13

自称進学校は人を狂わせる

数年前まで自称進学校に通っていたが、正直人生で一番辛い時を過ごした。割と自業自得な所もあるから純粋批判が見たい人はお勧めしない。

高校受験に落ちて補欠で取っていた自称進学校、A高校(Aはイニシャルではない)に通うことになった時、地元中学では優等生評価されていただけに悔しかった。地元はあまり頭のいい学区ではなかった。井の中の蛙になっていた。余裕かましてろくな努力もせず、勉強している自分に浸っていただけだった。

言われてみれば当然の仕打ちだったが、それでもしんどかった。自称進学校特有のわけわからんまり込みのクソ長オリエンテーションでは大縄跳びをやらされた記憶と、朝昼晩の山盛りの食事に打ちのめされて、帰ってから1、2ヵ月摂食障害になった記憶しかない。摂食障害は最悪だ。食べられないが腹が減る。だから授業中に腹の音が鳴らないか心配だった。笑い飛ばせるタイプでもなかった。そして、精神が弱いと蔑む親の目が何より怖かった。

授業中には普通に喋るようなやつがいるし、超が付くほどのバカもいた。なのに教師は某有名進学校で使っているテキストやらせていた。数学なんかこのテキスト挫折した人間いっぱいいると思う。国公立目指してるくせに生徒の使える教科減らしちゃマズいだろ。受験期には10時間勉強しろと急かされた。何時間勉強した?が朝のお決まり挨拶だった。正直、1年からちゃんとやれば10時間とかやんなくても私立ぐらい行ける(国公立は知らん)。3年になっても受験モードなんてほぼ感じられなかったから、実際合格発表悲惨なもんだ。一握りの成績いいやつらが上げてただけ。クラスメイトのやる気のなさは自分にも影響する。周りが緩んでると自分を甘やかしてしまう。あと一人で勉強してる孤独感。中学受験想像以上に大事だ。意外と大学受験に関わってくる。

学年集会が2~3か月に一回はあった。みんな大好き進研ゼミ業者が来たり、受験前の休みに入る直前の集会ではガッツポーズをさせられた。非常に冷める。

公立推しはすごかった。学年で半分ぐらいの順位のやつがおだてられて国公立を志望していた。MARCH志望の俺より全然成績悪いやつがT葉大?笑ってしまう。

全教科平均で、特に苦手な教科もなかったから国公立受験直前までしぶとく勧められた。本当に直前。私立オンリーだったが、センター受ける2週間前ぐらいまで地方公立の出願用紙を渡された。確かに私立は厳しくなってきてたから、国公立を勧める理由もわかる。でもそれぐらいには信頼されてなかったってことだ。この学校側の不信感が、無能感と不安を何倍にも膨れ上がらせた。模試だけで機械的判断され、自己肯定感が潰された。模試システムにも問題があると思う。受けさせられる模試は大体記述式。選択肢が多く、スピード重視の私立文系には合わなかった。そこで出た判定なんか信じちゃいけない。実際俺はE判の第一志望を受けて普通に受かった。なんなら全日程、個別日程どっちも。信じるべきは過去問いかに出来てたかどうかだ。模試にあくせくするぐらいならやんない方がいい。過去問をやれ。

狂わせる、と書いたが狂ったのは俺だけかもしれない。だが、自分に合わない環境教師による利益重視的な行動、不信感、孤独感、認められていない悔しさ。本当にしんどかったし、その抑うつ感情は今も続いている。あと教師とか生徒とか全てにおいて頭が悪かった。親御さんは高い金払って自称進学校なんかに行かせるメリットがない。それなら安全圏の公立高校に通わせるべきだ。

2020-06-18

anond:20200617182822

この件を見ると、男性教員でできることには限界がある。

美術女子専門養成課程を作ることはできないのかな。

学生教員ともに女性だけから構成される専門コース

環境セクハラさらされることのない安全環境の下、女子学生女性教員から指導を受けて集中的に美術を学ぶ。

美術関連の職業は元々女性割合が高いというから実現できると思うのだけど。

アメリカなんかだと有色人種専用登校日や黒人学生限定オリエンテーションなど、マイノリティ学生安心して学問ができる取り組みがある。

2020-03-03

今年、自衛隊に入るみんながやるべき本当のこと。

やぁ、合格発表を受けてドキド不安な君。

まずはおめでとう!君は今までよりもより刺激的な毎日4月から送ることになるだろう。  

入隊にあたって、やるべきことは何か。

筋トレ?走り込み?早起き

わたしも、焦って生活習慣を改善しようとしたことがあった。  

でも、一朝一夕で変わるものではないし、仮にできなかったとしても入れば自然とできるようになるからそこは安心してくれて大丈夫だ。  

本当にやるべきことをこれから教えよう。    

その1:下着タオル靴下、靴、すべてに名前を書こう!

幼稚園児か!と思うよね。残念ながら、入隊した君は幼稚園児どころか地球最下等生物になったような扱いを受ける…ことはないけどまあとにかく厳しいんだ。供与されるロッカーに鍵をしなかったり、もともと鍵のかかっていない引き出しなどは整頓が甘いとぐっちゃぐちゃにされる。これをこの業界では「台風」と呼ぶ。こいつは、タチの悪い教官だと他の相部屋の連中の所持品とまぜまぜしたり、隊舎…寝泊りする宿舎のどこかに放り投げられたりする。

…つまり、どんな持ち物でも名前を書いておいた方がみつけやすくて無駄時間が省けるということだな!    

その2:シェーバーにはこだわろう!

入隊して一番最初にしばかれるのは、服装容儀というものだ。世間的に言えば、身だしなみのことだが髭の濃いやつは悲惨だ。

…なぜかって?朝からしばかれて髭を剃る暇もないのに髭がしっかりされていないとまた、しばかれてしまうからだ!

時間がないのにしばかれることでさら時間がとられるという悪循環…これはかなりキツイぞ!

おすすめは、洗面台に行かなくても髭が剃れる電気シェーバーだ。ただし、前述のロッカーのものが荒らされることを想定して柔らかいケースと一緒に持っていくこと。

まだ入隊に余裕がある諸兄はヒゲ脱毛をするだけでかなり生活に余裕が生まれる…はずだ。    

その3:持ち物を揃えよう!

持ち物といったら、入隊祝いにもらった時計とか…マジで止めとけ。壊れるからG-SHOCKとかじゃないミリタリーモデル時計は大抵脆い時計なのでほんとにやめよう。わたしは壊して4万円くらいかけて修理したぞ。

おすすめはBaby Gだ!ちょっと腕が細めな人であれば腕時計を外さずに戦闘服制服ワイシャツの袖が通って着替えがめっちゃ楽!!  

あとは、裁縫道具。これは階級章や名札の縫い付けに使うのだが、縫い付ける服の生地、そして階級章が分厚いので厚手用の針を何本か。そして、指抜きもしっかり用意しよう!これだけで、入隊前後のクソみたいな縫い付け作業もすこし快適になるはずだ。あ、幹部候補生のひとはやらなくていいので安心してくれ(多分)  

次に靴クリーム、ブラシ、靴磨き用のクロス

わたしは、サフィールという靴クリームを愛用しているが、よく伸びて光りやすい。自衛官の靴は短靴とよばれるものは黒なので、黒い靴クリームが一つあれば持つはずだ。あと、戦闘服装のための方編上靴や半長靴と呼ばれる靴は側面が柔らかい革なので、乳化系のクリームもあると便利。  

最後に、霧吹きだ。

百均の霧吹きを買って行こう。霧吹きは、教育隊生活におけるスーパースターだ。

ろくすっぽスチームが出ない隊舎のアイロンの代わりに霧吹きで代用するし。靴磨きの時にも、輝きを増すために霧吹きですこし水を与えながら靴を磨く。さらに、ベッドメイクが終わったベッドのシワを消すために、霧吹きで湿らせる。

霧吹きは、教育隊の主な仕事であるアイロンがけ、靴磨き、ベッドメイクの3つすべてに活躍する主力装備品だ。

…だから基地売店で買うと高いぞ!

800円くらいしてるのを見たことがある。鬼畜だ。    

とにかく頑張って

このくらいやっておけばきっと大丈夫

それでは新隊員生活を楽しんでくれ。

最後に、出会う同期は大切にすること。嫌いな奴が何人かできるだろう。でも、教育隊連帯責任を問われるから仲良くするに越したことはない。

まあ、ライジングサンより全然楽だから安心してくれ。

追記:質問にお答えしま

反響が大きかったので、多かった質問に答えます。    

Q:なんで増田かいたの?

多くの人の目に留まれば、役に立ちそうな人に届くかなと思って増田を選びました。    

ライジングサンってなに?

漫画アクションに連載されていた、藤原さとしさんの漫画作品です。教育隊の模様を脚色して描いた作品です。あくまフィクションなので間に受けないで下さいね。  

ちなみに、教育間中に読んでほしいオススメ漫画は1日外出録ハンチョウです。土日しか外出できない境遇が似ていて、とても感情移入できるのでおすすめです。    

Q:台風ってなんのためにあるの?

台風を行う理由は大きく分けて二つあると思います。  

整理整頓を定着させる  

いざという時は素早く必要ものを取り出すことが必要です。また、自分以外の誰かかが必要ものを取りに来ることもあるので決められた物が決められた通りに置かれないと困ります。そういった癖付けを行います。    

想定外の状況に対処する術を身につけるため  

台風があるときは、教官の呼び出しとセットのことが多いです。呼び出しの制限時間までに何をすべきで何を諦めるべきか、同期とどう協力して解決するか。策を組み立てて対処する力を養います連帯責任なので、汚い奴がいる部屋だと逆に一番綺麗にベッドメイクした奴が飛ばされたりしますし、否応なしに全員のベッドが立ってる日もあります。    

慣れてくると、みんなの運動靴を使って床に文字を書いてくれているのに気がついたり、服に毛布を詰めて人形を作ったりされているのを笑ったりする余裕ができます。  

どうせやられるなら楽しんだもん勝ちです。    

Q.台風って無駄じゃない?

わたしも好きではないです。無駄だなと訓練中は何回も思いました。  

でも、誰もが嫌で、キツくて、逃げられない状況を手軽に演出できる、合理的なやり方なのかなと思います代替できる何かを見つければ、業務改善で第3級賞詞がもらえるかもしれませんね!    

Q.台風ってパワハラじゃないの?

台風が起きるのは、自衛隊の中でも教育隊学校と呼ばれる機関です。  

修業して普通部隊に配属されれば行われません。もし、部隊台風をやられたら速やかに営内の先任や、分隊長士に相談しましょう。それは指導ではなくいじめですから…。    

教育隊学校の使命は、普通の人を自衛官にすることです。自衛官に求められるのは、真にキツくて、嫌で、逃げられない状況下で、与えられた職務遂行する人間です。

入隊式の前に、教育趣旨説明を受けるとともに「服務の宣誓」というものを書かされます

服務の宣誓の内容は、  

「私は、わが国の平和独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもって専心職務遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民負託にこたえることを誓います」  

この時点で納得できない場合サインをせずに家に帰ることができます

いきなり教育が始まるわけではなく、入隊式までは長いオリエンテーションのような期間がありますし、入隊式が終わらないと教育も始まりません。

入隊式前はどんな事をしても優しく対応してくれるのでしばかれる前に無理難題で先に逆襲しておくというのはありです。

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