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2017-06-26

変則ルールメインの将棋番組とかやったら将棋への冒涜だろうか

昔、将棋とかトランプとか卓上ゲームとかやって、普通の遊び方に飽きると変則ルールでやろうとか言いだす迷惑子供だった(兄弟相手だったが当然ウケは悪かった)

電脳戦とか藤井四段とかで将棋話題になり、あの時の迷惑な遊び心がうずく

 

バラエティー番組で、たまに変則ルール将棋将棋好きのメンバーにさせるコーナーとかあったらいいな

(端から反対側へワープとか)

対局後は、機械学習したAI同士の対戦を見せる

そしたら人間同士と全く違う戦いを見せたり、千日手になったり、実は先手が100%勝つことが判明したりして、普通将棋バランスよくできてることに感心するのだ

2017-06-15

クジラックス先生同人誌「がいがぁかうんたぁ」の内容について

同人誌なので正規に手に入れる手段はないが、内容が気になるという人もいると思うので。

小学生少女が一人で家にいる

市役所役人を名乗って放射線レベルを調べるという男が家に尋ねてくる

少女は初め警戒気味だが、男はリアル役人っぽい演技をしながら、まんまと家の中に入ることに成功する

玄関に入った途端調査をすると見せかけて少女を後から殴打

カッターで脅しながらガムテープで口をふさぎ結束バンドで手の親指を繋いで拘束する

そのまま脅かしながら少女の部屋で中出しセックス

一ヶ月前から調べて親がいないことも把握済みの男

出し終わってよっしゃまだ行けるかといったところで一巻おわり

あとがきのところに子供落書きみたいな絵で犯行に使った男の鞄の中身の紹介

2巻は前回の続きで、咥えさせたりスク水着せたり色々

自分名前を呼ばせ、大好きとか結婚しようとか言わせつつひとしきり楽しんで、パンツを持って男は去る

エピローグ、完全にトラウマになりプリントを届けに来た友達ピンポンが聞こえただけで激しい恐怖に襲われうずくまる少女

学校を転校することになり、うつろな目で車に乗る

場面変わって別の少女の家、ガスの点検を名乗る男がやってきたところで終わり

とらのあな商品ページ(18禁https://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/15/79/040030157963.html

問題となるのは冒頭の部分とあとがきの持ち物紹介だと思う。

当然これを購入するような人間なので規制されろとは思わないけど、

まあ確かに実際に事件が起きて、犯人がああい供述をして、これを見れば警察としては注意をせざるを得ないんじゃないかなと思う。

違法Dlがなければみたいな擁護もあるが難しいかな。

部数が限られてるとは言えネットがあれば誰でも買える通販で売ってるわけだしね。

TV犯罪の手口を紹介しても何も言われない、ということを言う人もいるけどそれも邪推じゃないかな。

強姦暴行と言い換えたり、いろいろなところで自主規制が入ってるのは注意されてきた事があるからだと思う。

一昔前だとパンチラの盗み撮りの仕方とかバラエティーで紹介してたことも合ったらしいけどねw

この件で問題だと思うのは作者は穏便に話が進んだと言ってるのに、メディア表現と食い違うところだね。

警察からマスコミへの伝え方に問題があったのか、マスコミの伝え方が悪いのかわからないけど、

必要以上に事を大きくしようという悪意を感じるね。

まあえげつなさと実用度でいえばろりともだちとかロリ裁判の方が上だし、

今回みたいな具体的な方法記述しない形で今後もリアルロリエロ漫画を書いてくれればと思います

2017-06-14

アメリカ映画ドラマアニメってすぐ吐く

なんなのあれ?気持ち悪いんだけど。見てるこっちが吐きそうになる。

極度の緊張感から吐く、酔っ払って吐く、グロものを見て吐く。

なんの脈絡もなく「ヴッ!ブシシュッ!ボトボト...」とか言って吐く。

必然性も無いのに吐く。しかも作り物の吐瀉物もチラッと写ったりするし最悪。

ロックバンドPVカートゥーンネットワークの子供向けアニメとかでも出てくる。

向こうの面白映像とかでも吐いてる系がやたら多い気がする。

日本だったらトイレうずくまって咳き込む後ろ姿ぐらいでとどめるよね。

エログロには厳しいのになぜ嘔吐にはあんなに寛容なの?

気色悪いのでエログロと同様にレイティングの基準に含めてほしい。

そうすれば見る方も心構えして見るからさ。

2017-06-12

親父にオナニー中を見られた話

昨日、昼飯食った後に二階の部屋(実家)でエロゲやりながらシコってたら親父が急に入ってきた。

普段平日は会社の寮にいるのでムラムラが溜まっており、久々の休みだし連発してやるぜ!と思った矢先だった。

当然下半身丸出しである




なんで入ってくるんだよ!!!!!!!!!

普段用事があったら下の階から大声で呼ぶくせに、なんでこの日に限って入ってくるんだよ!!!!!!

というかノックするのはいいよ!!!!!いいけどノックしてからタイムラグなさすぎだろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

コンガチャ!っておかしいだろ!!!!!!!!!コンコン、今いいかな?、ガチャくらいのラグで来いよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

ノック意味ねーじゃん!!!!!!!!!処刑宣言じゃんそれ!!!!!!!!!!!!

というかせめて足音だせや!!!!!!!!階段の音全く聞こえなかったぞ!!!!!!!!!!!!!!!忍者かお前は!!!!!!!!!!!!

あっ…みたいな顔して扉閉めるな!!!!!!!!!!!!!!!せめて笑ってくれ!!!!!!!!!!!何事もなかったかのように閉めるな!!!!!!!!!!!ネタにしてくれ!!!!!!!!!!!!


俺もなんなんだよ!!!!!!!!!まりに急すぎてパニックになるなよ!!!!!!!!!!!

すっとパンツだけはいて座ってれば「今日暑いね」で済ませられたのによ!!!!!!

焦りすぎて何考えたのかうずくまってんじゃねーよ!!!!!!!!!!!!

下半身丸出しでうずくまる姿みたらそりゃ「あっ…」って顔になるわ!!!!!!!!!!!!!

あと凌辱シーンでシコるのはやめろ!!!!!!!!!!!!!!!あの厳格な親父のなんともいえない表情が頭から離れないぞ!!!!!!!!!







夕飯はすき焼きでした。

親父はすごい気を使ってくれました。

ひきつった顔が辛いからいっそ笑ってくれ。

2017-05-30

今回のプリライがなぜここまで炎上したのかを考えてみた(長文)

まず、ライブに参加された方、お疲れ様でした。

ステージの内容は素晴らしく、キャストの皆さん、スタッフの皆さんの努力が伝わってきました!

うたプリを好きでよかったなあ。と心から思える内容でした。

本当に感動的なステージだった。

ですが、その裏で問題点も多かったライブであったと感じています

規模が大きくなれば必ず問題は起きるものですが、今回なぜ訴訟などの話まで悪化してしまったのか、私になりに考えてみました。

急いで書いたので誤脱はお許し下さい。


以下は私が実際に現場体験したこと、ツイッターなどで情報収集をしたことを元に、書いていきます

あくまで私個人の感想であることをご理解ください。


まず、今回は初めての試みが非常に多いライブでした。

おそらく公式側手探りだったのだと思います

・物販の事前抽選販売

・平日の物販販売

・公演会場と物販会場の分離

リストバンド制の入場

大きく分ければこの3点が新しい取り組みでした。

きっと運営側も良かれと思って、考えに考え抜いてこの方法にしたのだと思います

ただ、結果としてどれも裏目に出てしまった感は否めません…。


まず、事前抽選物販。

私は都心に住んでいるので全日程に応募しました。そして当たったのが2日目の夜。

正直、ムービック在庫については、これまでの経験上期待はしていませんでしたが、行ってみると見事に欲しいものは全て売り切れでした。

まあ、予想していたことでしたが、抽選に当たったからと飛行機をとり、わざわざ来た人もいるでしょう。

それで在庫がなかったら…と思うと、辛さは計り知れません。

抽選にしたことで良かったこと

徹夜組現場での混乱を未然に防げた(運営にとってもファンにとってもいいこと)

抽選にしたことで悪かったこと

・来るも来ないも自己責任という免罪符が薄れてしまったこと(これは運営側にとって悪かったこと)

在庫がなかったときの期待を裏切られた感が増大してしまったこと(これはお客さん側にとって悪かったこと)

個人としては、抽選自体は良かったと思っていますし、今後も行ってほしいです。

が、在庫はもう少し頑張ってほしかった。在庫についてはまた後で話します。


次に、平日の物販販売と、当日の物販販売についてです。

これは正直、私も納得いない部分が残っています

事前に公開されていた情報では在庫追加は土日のみということでしたから、私をはじめとした多くの社会人の方は、土曜日を狙っていたと思います

そのために前々から休みを調整していた方もいらっしゃると思います

土日は始発で頑張ろうとホテルを取っていた方もいらっしゃるでしょう。

指折り当日を楽しみにしていたところで、直前になり公式から発表されたのが「金曜日在庫投入」という情報です。

これを聞いたとき最初に浮かんだのは

「そんなにすぐ商品作れないはず。ということは、土日在庫を金曜に出すのか…」

ということでした。

まり、土日の在庫が、本来よりも少なくなるということです。

できれば金曜日に行きたかったのですが、社会人はそんなに簡単に休める人ばかりではありません。

私も、土日のみ在庫投入の情報が出た段階で、平日は行かないと上司宣言していたので、一縷の望みにかけて土曜日始発でいくことにしました。

蓋を開けてみると、一番早い始発で向かった私ですら、ライトなど一番欲しいものは買えませんでした。

これについては、徹夜をしていた人間が一番悪だとおもいますが、それを容認してしまった運営にも責任はあるでしょう。

ただ、このへんはいものことといえばいつものことです。

リラ常連者はこのくらいでは怒りません。

今回の物販で一番まずかったのは、予定されていなかった金曜日に、殆ど在庫をもっていってしまったことでしょう。

これによって、前々から予定を立てて買いに行こうと思っていた土曜日曜組は、ほとんど欲しいものが買えなかったというのが、さらなる怒りを買ってしまった原因だと思います

当日しか来られない地方組も、この件には納得いかない方がいるかと思います

金曜に仕事投げ捨てでも来なかったお前が悪いと言われれば、そうですねとしかいえませんが、できないことはできない、これが社会人です。


そして、訴訟などの問題にもなっているリストバンド発行。

これは、その時の対応もでしたが、どちらかと言えば、その後の対応が原因で炎上したのだと思います

まずは現地の様子から

実は、一番やばかった時間に、渦中にいたのです。

地方から来る友達チケットを持っていたので、その方の到着を待って3時すぎから並び始めました。

その段階で駅前リストバンド発行を待つ人で溢れている状態

まさか列の先があんな混乱になっているとも知らず、「間に合うかな・・・」と考えながら数センチセンチと少しずつ進んでいきました。

ようやくリストバンド発行がされる駐車場に行くと、入り口で「4列に並んでください」と言われそのまま進みました。

しかし、目の前には列などはなく、目の前に見えたのは、ごちゃごちゃになった人の塊と、「どこに4列?」と戸惑うファンの方々でした。

その後は全く誘導はなく、ファンの人は戸惑いながら立ち尽くしていました。

この時すでに4時を過ぎ、現場ファンたちは「間に合わないのでは…」という不安かられていました。

そのため、少し列が動けばそちらへ流れ、また反対に動けばそちらへ流れ…。集団心理とは怖いもので、波が打ち寄せたまま戻ってこない感じで、だんだんと前に圧迫していくのです。

からは「苦しい」「押さないでください!」という声と数千人の人々、後ろでは体調不良で運ばれていく人、列から外れうずくまっている人、その人を看病する人と、あと30分で始まるとは思えない悲惨光景でした。

私達の少し後ろで、ようやくスタッフがお客さんを止めて整理を始めましたが、見える範囲にいるのはスタッフ2人のみ。

どう見ても人手不足でした。

そのまま動かず、気づけば開演時間5分前。

もう諦めていると、ようやくスタッフが指示を出してくれました。

しかし、言っていることがいまいちからず混乱していたところ、すでにリストバンド交換を終えたお姉さんたちスタッフさんに何かを話し、誘導してくれました。

自分たちも間に合わないかも知れないのに、自分のことより混乱している私達のために動いてくれたお姉さんたちには感謝です。

人混みで全く気づかなかったのですが、会場の右側には、大きなくぼみのようなスペースができていました。

そこに移動するように言われ、移動していくとその先には私達より30分以上前に並んでいたらしいファンの方たちが。

彼女たちは指示がない中で自主的に列を作ってずっと待っていた方たちでした。

私達がスタッフ誘導でその方たちに合流することになったとき、「なんでちゃんと並んで待っていたのに、私達より遥かに遅く来た人たちと一緒にされるの?」と泣きながら言われました。

たくさんの方が泣いていらっしゃって、私達もスタッフの指示とは言え心苦しくて、とてもつらい空間でした。

しかし、もう戻ることもできないので、そのまま並ばせていただきリストバンドを交換することができました。

私はなんとかオープニングに間に合いましたが、席はガラガラで、演奏中も沢山の人が入場してきて、正直そちらが気になって仕方ありませんでした。

一歩間違えれば、私もあちら側だったのかと思うと…。

から楽しむという気持ちには慣れませんでした。

そして、1歩間違えれば将棋倒しで沢山の人が犠牲になっていたかもしれないと思うと、急に恐ろしくなりました。

ある花火大会将棋倒しになった人が圧迫死した事があったと思います

あの惨劇がこの会場で起きていたかもしれないと思うと、寒気がしました。


当日までの流れと、はこんな感じです。

ここまでのリストバンド交換の話は、あくまで私が知ってる事実と私の感想です。


ここからツイッターなどで情報収集をした結果の私の考えです。

まず、なぜリストバンド交換はこのような事態になったのか。

ツイッターで言われていた原因はいくつかありましたが、見た中で有力なのはこの3つかなと思いました。

・物販売切により、物販に並んでいたお客さんが一気に殺到した

割り込みなどのルール違反をしたファンがいたのではないか

ファンが全体的に来るのが遅かった


ファン心理を考えると、リストバンド交換よりも売り切れ必須の物販に並ぶのは予想できます

また、土曜日ですから地方から来る人は午後にしか来られないでしょう。

さらに、今回の物販は池袋でもやっていましたので、私のように池袋で買い物をしてから西武ドームに行く人も多かったでしょう。

そのため午後に人が殺到してしまった。これが一番現実的な原因ではないかと思います

これが2時以降に重なる+あの少ないリストバンド交換所だとしたら、混乱しないわけがないです。

そして、もう1つの原因ではないかツイッターで言われていた、一部のルールを守れないファン存在

正直、徹夜組なども多いジャンルですから自分が良ければいいという人も少なからずいるでしょう。

残念ですが、噂通り割り込みなどをした人がいたとしたら、もうファン運営側土下座するしかないです。

こういった、複数の要因が重なった結果、今回のようなトラブルになってしまったのではないでしょうか…。

ファンも早く行ける人は行くべきだった。

公式スタッフ配置や来場数予想をもうすこしきちんと予想すべきだった。

どちらも反省すべき点のあるライブだったなとおもいます




最後に、これだけ炎上したのはどうしてか?を考えたいと思います

私が思うのは、リストバンド交換について公式が出した文章が原因だと思います

初日ライブ後に最初に出された文章

おそらくここできちんと謝罪しておけば、ファンの怒りはここまで増幅しなかったのだと思うと、とても残念です。

初日に出された文章には一切謝罪はなく、「明日は早く来てくれ」という内容しか書かれていませんでした。

怒っている人がこの文章を見たらおそらく、

「全てはファンのせいだと思っているんだな」

と感じてしまう方が多いと思います

現場にいた人は明らかなスタッフ不足を認識していますから自分たちけが悪いと言われたような文章が出されたら、いい気持ちはしないでしょう。

例えばここで、以下のような文章を出していれば、おそらく少しは消火ができたのではないでしょうか?

この度は、運営側に不備があり、開演までにご入場できないお客様がでてしまいましたこと、大変申し訳ありませんでした。

明日は、本日反省点を改善し、スムーズなご入場ができるように対応を考えさせていただきます

また、開演時間までにご入場にご協力いただけますよう、明日も引き続き早めのご来場をお願いいたします。

謝罪がなかった。

これが第一文章問題点です。




そして本日掲載された第2の謝罪文

これがさらに火に油を注いたように感じます

正直、ある程度大規模な企業が出している謝罪文とは思えない内容でした。

謝罪文は誰に向けて出すのかを考えれば、自ずと問題点は見えてきます

謝罪文はその問題に怒っている人のためにだすものだと私は考えます

今回の対象は、開演までに入場できなかった人たちで、その中でも怒っている人たちでしょう。

謝罪文でやってはいけないこと。

それは「謝罪対象批判すること」と「言い訳」だと思います

今回の謝罪文には「ファンが遅い時間にきたことが原因」という謝罪対象への批判運営側批判と思ってないかもしれないが)と、「シュミレーションはしたんだよ」という言い訳、どちらも入ってしまっています

ツイッターリプライ欄をみると、これを見て更に怒りましたという人が多く見られましたが、これは運営側が自ら油を注いでしまったので、仕方がないなと思いました。擁護のしようがない…。

これからうたプリが続いてほしいからこそ、少し厳しいことを言うと、「会社としてきちんとした謝罪文がかける人を雇うべき」だと思います

運営側も言いたいことはたくさんあるでしょうが企業として我慢すべき部分は少なからずあります

もう少し、大人対応をしていただき、これからファンを増やしてほしい。

そう思うからこそ、このブログをまとめました。

運営の方々が頑張っているのは十分にわかっています

次のプリライまで、一生懸命グッズを買って、DVDCDを買って応援しますので、末永くうたプリが続くことを願っています

2017-05-24

こゆるぎ岬

いちどだけ自殺しようと思ったことがある。中2の時。俺はクラスでかなりハードイジメに遇ってた。家に帰れば両親は離婚寸前でもめてるし、とにかく最悪だった。

当時、神奈川県中学では2年次にAテストというのがあって、高校入試にめちゃめちゃ影響する重要テストと言われてた。俺はその結果も散々だった。勉強なんかできる精神状態じゃなかったのだ。3才から一緒に暮らしてた犬も死んじゃうし、かわいいなと思ってた女子からバイ菌」と呼ばれるし、もう死ぬしかねえと思った。

文学にかぶれていた俺は、太宰治あやかって鎌倉のこゆるぎ岬で死のうと思った。太宰が心中に失敗した場所だ。

俺は太宰みたいに睡眠薬を持ってなかったので、家中の薬をかき集めて持って行った。でたらめに飲んでやるつもりだった。

こゆるぎ岬に着いて岩畳の上でぼんやり突っ立ってたら「おい」と呼ぶ声がした。

振り返ると、ネプチューン名倉みたいな妙に濃い顔のおっさんが立ってた。片手にでかいビデオカメラを抱え、もう片方の手で缶ビールを握ってた。赤ら顔。完全に酔ってた。

おっさん映画撮影中だと言う。それだけならまだしも、俺に協力を仰いできた。浜辺でのカンフーシーンを撮りたいから、ぜひ闘ってくれという。完全にヤバイ奴だと思った。

断ってその場から走り去ることもできたが、おっさんはすぐに三脚を用意してカメラのセッティングを始めた。その様子をぼーっと眺めていると、おっさんが「よーい、スタート!」と叫んでいきなり俺に飛び蹴りをかましてきた。蹴りは俺まで届かず、おっさん勝手に転んで派手に尻餅を付いた。俺はなぜか爆笑してしまった。おっさんうずくまりながら「撮影は中止だ」と呟いた。

それからおっさんはなぜか俺にもビールを勧めてきた。おっさんクーラーボックスを持参していて、中に大量のビールが入っていた。

俺は生まれてはじめて酒というものを飲んだ。ぐでんぐでんに酔った。泣きながらおっさんに洗いざらい喋った。勉強のこと、いじめのこと、両親のこと。おっさんがどんなリアクションだったかはおぼえてない。

おっさんはなぜか別れ際にヌンチャクをくれた。そして、浜から見える大きな病院の方に帰って行った。

あのおっさんは何者だったのだろうか。ひとりで酔っぱらってカメラを持ってうろついてた。中学生の俺にいきなり飛び蹴りを仕掛け、そのあとがんがんビールを飲ませた。まったくろくなもんじゃない。

でも俺は自殺を免れた。それに今もこうして生きてる。おっさん世間的には不審者と呼ばれる部類の人だったのかもしれないが、俺にとっちゃ救いの神ってことになる。

あの暗黒時代をどうやってくぐり抜けたのか、今となってはさっぱりわからない。ヌンチャクはとっくに無くしてしまった。でもたまにおっさんのことは思い出す。こゆるぎ岬のおっさん

2017-05-17

今見た夢

職場倉庫前、屋外での作業中に雹が降ってきたので 倉庫内に避難

やがて大きな雪の塊が飛んできて倉庫屋根を直撃。

天井のレンガが落ちてくるのが見えたので避難したが、同じ派遣会社の先輩二人の頭上に落下、頭を抱えてうずくまっている二人。

あ〜あ、早く避けないからだバカだなあと思ってたら、屋根が崩落その二人は埋もれてしまう。

屋外のテント避難したがそのテトの天幕もなぜかレンガでできておりそこが崩れてきて 大惨事

おしまい

2017-05-12

http://anond.hatelabo.jp/20170511230227

助けてください。

何を聞けばいいかもわかりません。

「何を聞けばいいかからない」ことを相談しても、「最初はみんなそうだから」と言われました。

心療内科に行っていることがバレてしまい、試用期間中診断書を出さないと正社員にはできないと言われました。

今日職場近くのバス停で、足が進まなくなってうずくまってしまいました。

どうすればいいかわかりません。

2017-05-03

蛇を放つ

今日、近郊の山にハイキングに行って谷川沿いの道を下っている時のことだ。

川のほとりにうずくまっている人がいる。なにか黒いものをもってるなと思ったら、蛇だ。

長さ1メートル以上もある。プラスチックのケースから両手でそっとつかみあげている。

ペットなのだろう。

見ていると、彼はその蛇を川の流れの中に放した。

蛇は気持ちよさそうに泳いで、対岸の藪の中に上がっていった。

ペット自然界に放すのは倫理的問題がある。多くの場合違法だ。

生態系撹乱とか遺伝子汚染とか。

から注意してやろうかと思ってちょっと見ていたのだけれど、

どうも彼はペットを遊ばせているだけのようだ。

ちょうど犬を散歩に連れて出るように。

犬を散歩させてる人に文句をつけるのはおかしい。

山の中で、誰に迷惑かけてるわけでもない。

から、何も言わずにその場を立ち去った。

けど、あの黒くて大きな蛇。

正直、あんものが藪から出てきたら、ショックだ。

少し下ったら、小学生を連れた家族が登ってきた。

何か注意をしてやりたかったが、どう言っていいのかわからなかった。

釈然としない。

2017-04-21

http://anond.hatelabo.jp/20170420151301

はいいなぁ

その気になればたまに会って股開くだけで月20万も稼げて

そんなに収入があったのに、生活に困るってことはそれだけ贅沢してたことだよねw

それで不幸だー、ってうずくまってれば、みんなが同情してくれる

いやー、「貧困」って素晴らしいね

2017-03-28

よし、お風呂に入らないって決めたら少し動けるようになった

7時間うずくまってたのかー時間もったいね

部屋から出られないので歯みがきは歯みがきシートですませることにする

こんな事もあろうかと買っておいてよかったぜ

唇がボロボロになるけどな

明日臭い顔きたないまま出かけなければいけない

なのはわかってるけど予約の電話をかけられない。つらい

2017-03-27

執着する友人


私は私立高校生だ。

私は去年の春、ある友人と出会った。

クラスで誰かと話そうとせず、彼女うずくまるような体勢で紙にすみっこぐらしイラストを描いていた。

私はちょうど他のグループと話していたのだが、話を合わせるのが疲れていたので彼女に話しかけてみた。それが友人との出会いだった。

私は気づいたら友人と2人だけのグループになっていた。

他に友達がいないので、部活は友人と同じ美術部に入った。しか美術部に入部した同学年は私と友人だけだった。

友人には姉がいて、姉と同じ公立高校を目指したそうだが、落ちて私と同じ私立高校入学したらしい。

友人の姉は芸術系大学を目指して浪人していた。友人も芸術系大学を目指しているようだった。

友人は私から見ると変だった。

何でも行動する前にいちいち私に聞いてきたし、私が帰るとき無言でついてきた。私が話しかけないと何も話さないし、話題を振ってこない人だった。

しばらくして友人からしかけられるようになったが、内容はネガティブなことばかりだった。もごもご話すのでなかなか聞き取れなかった。

また、彼女は「部活に行ってない」と下らないことで嘘をついたり、知ったかぶりをすることがあったので信用出来なかった。

私は友人といることがストレスになっていた。



現在、終業式が終わり、またクラス替えが始まる。

私は友人からLINE無視ツイッターブロック、友人の姉のツイッターも先週ブロック自分ツイートも非公開にした。

今日確認してみると、友人が鬱ツイートをし、友人の姉は「妹の友達ブロックされた」とツイートしていて、姉妹って似てんな、と思った。


友人は依存していると思った。大体友人が行動するとき、「お母さんが~したほうがいいんじゃないって」と言っていた。

友人が行動する前私にしょっちゅう「~したほうがいいかな」と聞くのは、私に決定してもらいたいたかたからだと思う。自分の決定にしたくない。自分の行動に責任をとりたくない。

なにそれ。甘えないでよ

今年は友人から逃げきれるといいな。

2017-03-15

妻は生理痛がキツいらしい。

と言っても常時痛くてだるくて全く動けないほどというわけではなく、

だるいながらも動けるけれど、たまに差し込むような痛みがあるんだとか。

生理中は不意に「ウッ…!」と呻いてうずくまったり、立ち止まったりということをよくしている。

物を取り落としたり、跳ねた体がぶつかって物をはじき飛ばししまったり、

うずくまってしまうから心配されて帰されたりと、逆に邪魔になるので仕事は休むことにしているようだ。

どうしても大きな声が出てしまうから外で注目されるのもイヤなので、なるべく出掛けたくないらしい。

俺はある程度慣れているので、妻の意向もあってなるべく取り乱さないように気を付けながらオゥ?……イェェス!はいお疲れー、とか言って応援している。

妻も自分で調べたり、いろんな婦人科の評判を聞いては何度も相談しに行っているようだけれど、

「いたって健康」「何の問題もない」と言われ、最後には「個人差が~」で帰らされてばかりらしい。

大体どこも一応ロキソニンとかの痛み止めを処方してくれるようだが、飲んだところで全体的な痛さは多少緩和されても結局差し込みはなくならないようだ。

病院に行けば解決するってものでもないのは難儀だなぁと見ていて思う。

食べ物とかも色々試しているけれど、今のところこれと言った成果は上がっていない。

2017-02-21

続き

2/20 月曜日 入院

夫を起こし、予め登録していた陣痛タクシーに9:00ごろに電話

自宅からタクシーまでは時々うずくまってしまうがなんとか自力歩行。月曜朝なのでマンションエレベーターホールは忙しそうなリーマンが行き交う。邪魔にならないように気を使いながら移動。

9:15ごろにタクシー乗車。子宮口広がってなかったら帰ってもらうからね〜と言われながら内診してもらう。帰りたくない!もうこのまま産みたい!と思っていると無事五センチ開いており入院決定^_^★

後どのくらいかかりますか?と聞いてみると子宮全開まで12時間子宮全開から出産まで1.2時間と言われ絶句

夫は最初所在なさげにしていたが、助産師さんがうまくリードしてくれたおかげでマッサージ飲み物のお世話をしてくれるように。これがすごく助かった〜!

入院して40分後に破水!音は何もしなかったけどバッシャーと大量の何かが出る感じ。ナースコールを押して破水確認してもらう。

お産が一気に進むと思うよー!と言われやったーと喜ぶ。破水したため点滴を入れられ、血液検査しれる。血圧測ったりパンツを着替えたりと割と色々される。されるがままでまるで自分赤ちゃんのよう。

破水後、子宮口七センチに進む。入院して1時間後ぐらい?とにかく体に力を入れないで!赤ちゃん下に降りれなくなるよ!と言われる。こんな痛いのに力緩めるなんて無理〜と思う。ボコボコ殴られてるのに腹筋を緩める感じ?このいきみ逃しがとにかく辛かった...!!

でもまだ声が漏れる感じでじっと耐える。助産師さんの上手上手〜という声とマッサージに励まされる。夫には肛門をとにかく押してもらう。私はテニスボールよりも直接押してもらう方が楽でした。

助産師さんは忙しくて常に一緒にいるわけじゃないので、実務的な意味からも立ち会い出産オススメ

まれた!

昨日無事に男児出産

自分の記録用を兼ねて、初産を控えたママのためになればとメモ

2/18 土曜日 (39w1d)

アマゾンtvで、[結婚できない男]を夫と深夜12時まで視聴中、弱い生理痛のようなものを感じる。

前駆陣痛か?!と思いつつも念のため間隔を図ってみる。6-10分おきとバラバラ。痛みは強くなる一方なので、入院準備を開始。玄関付近カバンを用意したり、夫にやって欲しいことリスト作成するなど。夫はすでに熟睡。

2/19 日曜日

土曜深夜から寝ようとウトウトするも完全には眠れず徹夜で朝を迎える。今までは前駆陣痛らしきものがあってもとりあえず寝てみたら朝まで爆睡というパターンだったため、痛さで起きてしまうこの時点で前駆陣痛じゃないかも!との思いが強くなる。陣痛間隔は7-11分とまだバラバラ。(これは今思うと、測り方がよくわかっていなかったのも一つの原因。子宮がきゅーと収縮開始した時だけアプリ陣痛を開始する。収縮の合間にあるちょっとした痛みとかまで入れてしまうと間隔が変になる)

14時頃病院電話。様子を見てくださいとのことで、間隔が五分おき、持続時間が1分なるのが目安ですと教えてもらう。

夕方あたりから、痛みが更に増してくる。陣痛の間は歩くことすら出来なくなる。立ってる時に陣痛が来るとうずくまってしまうほど。そのため基本ベットで横になって休む。家事食事は何もできない。寝れるなら寝ようとしてみる。一方で陣痛間欠時は比較的平常モード。話もできるしテレビも見れる。

夫はこの日あまり事態を把握していないようでのほほんとテレビを見ている。夕食の買い出しと作成、茶碗洗いをお願いするがなかなかやってくれない。陣痛が来ている時にソファに寝ている私にピタリとひっついてちょっと寝るとかいってきたため、痛さとイライラでキレてしまう。泣いて寝室で寝ていると買い出しと買い物をした夫がよびにくる。夫、ごめんね。夫が買ってきてくれたイチゴを少し食べる。

この日もウトウトするも痛くて眠れず。徹夜2日目。

このままじゃ体がもたん。このまま出産になっても体力がもたない。日付が変わった瞬間に病院にもう一回電話しようと強く思う。

2/20 月曜日

上述の理由、および12時を超えれば入院費用が一日分かからないというせこい理由でとりあえず日付が変わるまで様子見していたが、am一時に早速病院電話

声の感じ的にまだ大丈夫ですよーと言われる。え?結構痛いときマジで痛いんだけどな...とちょっとイライラ。言われた通りの陣痛時間なんですけど...と弱めに主張してみると、「若いし、体重増加も大きくない。28週の検診内容から見てもまださほど進んでなかった。声の感じからもまだ大丈夫だと思うよ。」と丁寧に教えてもらう。とこうなれば朝9:30の診療開始まで待つか、と腹を据える。その方が安いし。(せこい)

ただ、これから病院に行くまでは結構きつい時間だった。今思うと大した痛さじゃないけど、痛み逃しの呼吸をしないとぷちパニックに収まりそうな程度には痛かった。バリ人形を見ながら呼吸法を続ける。ちなみに増田普段から瞑想をしているので呼吸法は得意。間隔も5分間隔を切っており、持続時間も1分になっていたためこれ以上痛さが強くなったり間隔が短くなれば移動自体が困難になるなと判断。9:00になったら病院にテル。まだ来なくていいよー!という感じだったが、どうしても今から行きますと強く主張してそんなに言うなら...という形でオッケーが出る。今思うと、この判断を下した私グッジョブ

入院後に続きます....

2017-01-11

一ヵ年皆勤までもう少しだが、高校を休んだ、日記

僕は風邪をひきにくい体質だ。病弱そうな見た目の風邪をひかないタイプ人間だと思っていただきたい。

スポーツもあまり好きではなく、外出時は義父の車に乗って遠出をするので、怪我もしていない。病気も滅多にしなく、多少調子が悪くても軽い頭痛程度の私は、毎日毎日律儀に学校へ行った。おかげで一ヵ年皆勤まであと少しだった。教員に「努力すれば出来る子」としてみてもらいたいからでもある。

ところが、だ。

天国のような冬休みあいにく終わり、始業式のためだけの儀式的な学校に行ってから、どうも調子おかしい。気にせずその日は眠ったが翌日の朝、起きた時にはっきりと体がだるかった。布団を頭からぶっても寒かった。吐き気がした。

僕はがっかりした。僕も風邪をひくんだな、と思った。僕は母に頼んで学校を休んだ。

学校を休ませてほしい、熱はないがはっきり体調が悪い。その言葉さらっと出てくるまで何度か言い直した。一日休んだからといって学校での僕の立場が変わらないのは知っているが、皆勤を逃したくない、教員に「出来る子」と思われたい、という思想は僕を形作る大切な要素の一つで(僕はこの時それを初めて自覚した)、休みたい、というにはかなり葛藤した。

母は滅多に体調を崩さない僕の白い顔と、乾燥した唇からとぎれとぎれに漏れ出る言葉理解し、はっきりと動揺していた。母は心配そうな顔をして、派遣先会社へ向かった。

一人ぼっちの家の静寂に耐え切れなくて音楽を流した。P-modelアルバムを、ずっとリピートで流した。3回目のリピートに入ろうとした時に、僕は卒業アルバムを開いた。

小学生の頃、今とは比べ物にならないほど体の弱かった僕は、1~2ヶ月に一度は風邪をひいて、学校を休んでいた。普段学校に来るな、と僕に吐き捨てていた同級生は僕が学校を休むとなに学校休んでんだよ、と言ってきた。

耐え切れなくなってアルバムしまい、羽毛布団をかぶった。なに学校休んでんだよ、か。ひとりごちた僕は、何から逃げようとしているのかもわからないまま、布団の中でうずくまった。

2017-01-05

新年早々、骨を折った

新年あいさつ回りの帰り道、商店街ランチしたらゲームセンターがあった。

休みだし、中に入って見まわすと「はじめの一歩」のパンチングマシーンがあった。

からクソジジイどもにちょっと嫌味を言われたのでストレス発散にやることにした。

一番弱いモードで3回殴って150pt出すとクリアらしい。基準分からんが俺は体もでかいし150くらいは出るだろうと軽く助走して渾身の一撃!

130pt…。

っておい。ああぁ。手首がめちゃくちゃいてぇ。やべえぞ。吐き気する。昔腕を折った時も吐き気したし。これ折れたわ。俺は確信した。

だめだ、もう止めよう、とグローブを外そうとしたとき視線を感じた。俺を少年が見ていた。

ここで逃げていいのか?少年が見ているというのに。俺はグローブを握り直しもう一発殴りつけた。

120pt。少年はきゃっきゃ喜んでいた。クリアしたらしい。俺の右手首はもう力が入らなくなっていた。右側の背中が痛い。

でもあと一発残っている。どうする。もうクリアしてるし。俺の右手首もクリアされてしまいそうだ。やめたい。

俺はそっと右グローブを外し少年に聞こえるように「左でやってみるか」と強キャラ感のある独り言をして左グローブをはめた。

そして三発目。40pt。ちょっとびびりすぎたか。まぁクリアしたし。少年の方を向くと彼はもう別のゲームを見ていた…。

会社に戻り激痛でうずくまっていると上長が声をかけてくれた。「すみません。転んで手をついてしまって手首がめちゃくちゃ痛いっす」

新年早々、嘘をついた。今まで殴ったことすらしたことない陰キャが調子こいて昼休みパンチングマシンで手首を痛めたなんて言えなかった。

上司病院に行けと言ってくれた。病院先生には本当のことを言った。診察の結果、右手首が折れていた。今日は早退になった。

さいこから強くなりたかった。でももういい。俺は誰も何も殴らない。平和が一番だ。最近ちょっとしたことでイライラしてしまう。でも今なら誰にでも優しくなれそうだ。

これを2017年目標にした。

2017-01-04

ブラッディって何がカッコイイの?血なんていやだよ!痛いだけだよ!これのどこがカッコイイの?クレイジーのどこがいいのかわかんない!罪深いって何なの?罪があるの何がいいの!?犯罪者がカッコイイの?そもそも混沌って何!?カオス?だから何なの!?闇って何?黒ければいいの!?正義と悪だと何で悪がいいの!?何で悪い方がいいの?悪いから悪なんじゃないの!?右腕がうずくと何でカッコイイの?自分の力を制御できない感じが堪らないって、何それただの間抜けな人じゃん!ちゃんと制御できる方がカッコいいよ!立派だよ!普段は力隠してると何が凄いの?そんなのただの手抜きだよ!隠したりしないで全力で取り組む人の方がカッコいいよ!どうして二つ名とか異名とか色々付けるの?いっぱい呼び名があったってわかりにくいだけじゃん!英語でもなんでもカタカナつけないでよ!覚えられないんだよ!鎮魂歌って書いてレクイエムって呼ばないでよ!禁忌って書いてタブーって呼ばないでよ!聖戦って書いてジアードって呼ばないでよ!ギリシャ神話とか聖書とか北欧神話とか日本神話とか、ちょっと調べたくらいでそういう話ししないでよ!内容もちゃんと教えてくんなきゃ意味が分かんないよ!教えるならちゃんと教えてよ!神話に出てくる武器説明されても楽しくないよ!グングニルもロンギヌスもエクスカリバーデュランダル天叢雲剣意味不明だよ!何がカッコいいのかぜんっぜんわかんない!他の用語も謎なんだよ!原罪とか十戒とか創世記とか黙示録とかアルマゲドンとか・・名前が良いだろってどういうこと?雰囲気で感じろとか言われても無理だよ!相対性理論とかシュレティンガーのネコとか万有引力とか、ちょっとネットで調べただけで知ったかぶらないでよ!中途半端説明されてもちっともわからないんだよ!ニーズとかゲーテ言葉引用しないでよ!知らない人の言葉使われても何が言いたいのか全然わかんないんだよ!自分言葉で語ってよ!

2016-12-11

40歳独身処女親友自殺した。

私には高校の頃からの友人が居た。

居たというのは先日、自殺して亡くなってしまたから。

高校時代から冴えなかった私は校内で「あそこは帰宅部」と揶揄されていた文芸部に入った。

もちろん帰宅するために。

最初くらいは行っておこうと部室に向かう途中で会ったのが親友彼女だった。

増田さんも文芸部?」と声をかけてくれた。

最初の返しは「はい。」という一言だったと思う。

結局その年の入部者は私達2人だけだった。

帰り道、なんで文芸部に入ったかの話になって、お互いに帰宅するためだった事で盛り上がった。

その後、彼女とは漫画の貸し借りや好きな歌手が同じという事で仲良くなり、帰宅目的だったのに部活に行くのが楽しみになっていた。

帰宅部と言われるだけあって先輩たちはは初日以外は来ることはなかったので部室を2人で使い放題だった。

高校卒業し、お互いに就職して働き出した。

彼女アパレル関係会社就職し、私はIT関係会社就職した。

働き出して一人暮らしするようになってからも土曜の夜か日曜の夜はお互いの家に行き来していた。

一緒に料理したり、漫画貸したり、ゲームしたり、アニメ見たり、ドラマ見たり、お笑いライブ見に行ったり、好きな歌手ライブ行ったり、

レンタカー借りてドライブしに行ったり、仕事愚痴言い合ったり、彼氏できないね~って話したり。

当時、彼女は「アパレルは女しか居ない。出会いない。私、絶対結婚できないと思う。」と言っていた。

私はアパレルキラキラした世界と思っていたから「なんだかんだ言ってモテてるけど理想高いだけじゃない?」と返していた。

そして28歳の時、私に初彼氏ができてそのまま3ヶ月で結婚した。

元々目立つのが苦手な私は彼にもその事を伝え、結婚式はしなかった。

その事を彼女が知ると、「誓いだけでもした方がいいよ。じゃあ私が牧師役やってあげるから。」と言ってくれた。

最初は断ったのだが、どうしてもやったほうがいいと強く薦められ、私が折れる形で私の家で指輪交換と誓いのキスをした。

今思うと夫婦の思い出にもなったし本当にやってよかったと思っている。

私が結婚してからも最低1ヶ月に1回は会っていた。

結婚後、最初に私の家に呼んだ時は彼女が遠慮してしまうのではないかと「旦那居るけど遠慮しないでね」と言った。

彼女はいもの笑顔で「大丈夫だよ!」と言ってくれた。

私の旦那も私と共通趣味という事で私の家に彼女を呼んだ時は一緒にゲームしたりしていた。

私に娘が生まれからも最低1ヶ月に1回のペースは崩れることはなかった。

娘ができてから彼女が抱っこしてくれたりもしていた。

彼女は「私、意外と子供やすのうまくない?」と言っていた。

彼女笑顔から子供を好きなのが伝わってきた。

私が家庭を持ってから彼女彼氏ができた気配はしなかった。

「男できない~」なんて話は相変わらずしていたものの、私は彼女仕事を頑張っているのだろうと思っていた。

私は私で、なりゆき専業主婦になってしまったので彼女バリバリ仕事をしているのがうらやましかった。

お互いにないものねだりな感じで「仕事できていいな~」「いやいや、家庭ある方が勝ち組だよ~」なんて言い合った。

娘が大きくなってくると娘は彼女の事を「○○お姉さん」と呼んで来るのを楽しみにしていた。

彼女が私の家に来た時はもちろん、私が彼女の家に遊びに行った時も「これ、○○ちゃんに似合うと思って社販で買っておいたから持って行って!」と服をくれた。

さすがはアパレルで働くだけあって服のセンスは良く、娘は私が買った服より彼女が選んだ服を好んで着ていた。

お互いに35になる頃、彼女自分彼氏いない歴=年齢で処女であることを言ってきた。

「早くしないと子供産めなくなっちゃう」と泥酔して号泣しながら言った。

私は彼女背中をさすりながら「会社男性は居ないの?」とか「結婚相談所に行ってみたら?」とか慰めていた。

その時彼女が鼻をすすりながら言った一言が私は忘れられない。

子供作るためにあんたの旦那貸してよぉ」

その時は冗談だと思って「もう~あんたにはあんなのじゃなくてもっといい男居るよ~」と流してしまった。

彼女もそれ以降その事を言うことは無かった。

その後彼女婚活を頑張っていた。

彼女が行った珍しい街コンの話を聞いていろんな種類の街コンがあるもんだなぁと思っていた。

自衛隊街コンとか女のほうが歳上街コンとか一緒に料理を作る街コンとか

もちろん普通のも含めていろいろ行っていたようだった。

先月彼女40歳誕生日の週に会った時「私、まだ彼氏いない歴=年齢だよ~こんなまっさら状態40歳になると思わなかった~」と笑いながら言っていた。

私は、彼女が勤めている会社部長クラス役職についていたので「仕事がんばる女もいいと思うよ!」なんて言っていた。

いつもどおり飲んで食べて話して「次はクリスマスに○○ちゃん(私の娘)にプレゼント持っていくね」なんて次の約束もしてその日は帰った。

12月に入ってちょっとしてから彼女に送ったLINE既読にならなくなった。

いつもなら既読になって返信か、スタンプが返ってきていたのに。

その日の夜、彼女マンションの前まで行ってみたが彼女の部屋には明かりがついていなかった。

仕事が忙しくてLINEが見られないとかそんな所だろうと思っていた。

翌日、彼女の妹さんから連絡があった。

彼女自殺したと。

私は信じられなかった。

何をする気にもならず、私と彼女が好きだった歌手CDをかけて聞いていた。

家事をしなければと頭では思っていても体が動かなかった。

でも実感は無かった。

旦那が帰ってきてから一緒に仮通夜に行った。

仮通夜に行き、顔を見せてもらって実感が湧いてきて涙が出た。

「○○(彼女名前)!○○!なに寝てんの!起きなって!」と言うのが精一杯だった。

そして、亡くなった部屋のテーブルにあったという遺書のようなメモ書きを見せてもらった。

結婚たかった。

子供が欲しかった。

でも、いっぱい頑張ったけどできなかった。

お父さん、お母さん、孫を見せられなくてごめんなさい。

○○(私の名前)いつも一緒に居てくれてありがとう

いつも○○ちゃん(娘の名前)と遊ばせてくれてありがとう

○○(妹さんの名前)お父さんとお母さんをよろしく。

「頑張った」という部分が涙が落ちて滲んでいた。

私は立っていることができず、その場にうずくまって親族の方々が居る前で大声で泣いてしまった。

私は旦那に抱えられるようにして仮通夜を行っていた彼女実家から帰宅した。

私は、彼女旦那を貸してくれと言った時の事を思い出していた。

どんな気持ちで言ったのか。

泥酔して号泣しながらでなければ頼めなかった頼みごと。

それを私は冗談だと思って流してしまった。

私が旦那を貸していたら彼女自殺なんてしなかったのか。

彼女子供さえ居たら自殺するような事は無かったんじゃないか

そのために旦那を貸せばよかった。

私はあの時のことを後悔した。

見ず知らずの女性じゃない。

相手親友

子供ができてから一生懸命育てるだろうって事は予想できた。

貸したからって私の旦那を取るなんて事もしないだろう。

取ろうと思えばいつだってできたし、わざわざ私に許可を求めたって事はやっぱり子供が欲しかっただけだったんだろう。

から浮気とかじゃなく、子供を作るためだけに旦那を貸せばよかった。

乱文、長文失礼しました。

どこかに書かないと私の心がもたないと思って書かせてもらいました。

2016-12-09

今朝うんこ漏らした

花粉症持ちの私はこの時期からヨーグルトを食べるようにしている。

乳酸菌アレルギーを抑えると聞いたからだ。事実、私の体質には効果があるようだ。

朝食の最後に昨日買ったヨーグルトを食べた。

さて出勤だ。しかし少し歩いたらお腹が痛くなってきた。朝から冷たいもの食べるもんじゃないな。

スカシっ屁をすれば治まるか、、いいや、こりゃウンチの方だな。近くのコンビにまで間に合うか、、冒険は止めよう。

近所を一周して家に戻ってきた。カバンから鍵を出す、一緒にUSBメモリーも出て道路に落としてしまう。

USBメモリー無くした日には情報ダダ漏れ人生詰んでしまう。何でこんな時に、、

玄関を入ったときには臨界だった。このとき「汁」が少し出た。汁くらいならケツ拭いてパンツを変えれば済む。

この際、土足で上がる、靴脱いでる場合じゃない。

滑り込みセーフ、ゲリゲリゲリピー、、と思ったらゲリ便の半分は便座に出てた。

半べそ泣きながらシャワーでケツを流して、「へー温水便座でも分解できるようなってんだー」と妙に関心しながら便座の便を拭く。続きは帰ってからやろう。

から自分ウンコこねて、遅刻かよとか気が重いまま歩き始めると、途中でうずくまって倒れている人がいて、周りに「大丈夫ですか?」とかやってるじゃないか

「あー もしもし?人が道に倒れていてね、人を呼んでたりして少し遅れま・・・

というわけで、人助けした英雄気取り出社したわけだ

ではメリークリスマス

どなた様も良い年をお迎えください

2016-10-25

腹がたったので妹を殴ってしまった

今朝、寝起きでリビングに向かうと妹がニヤニヤしながらテーブルに座っていた。

リンゴスイカをさすと出来上がるものはなーんだ?」

おはようもままならないうちに唐突なぞなぞをけしかける妹。

ぼーっとした頭で考えてみるも答えはわからない。

妹は侮蔑の表情を浮かべた笑みでこちらを見ている。

「知るかそんなもん。」

私が興味がなさそうに答えると、それにかぶせるようにして最近話題リズム動画を真似しながらノリノリに答える。

「ウゥン!アッポー ペイ!」

自分iPhone 7を使っているのをいいことに未だに私が5sを使っていることを蔑んでいるのだろう。

それにカチンときて、思わず妹の顔に手が伸びる。

うずくまる妹。

すかさずiPhone 7を奪い取るとそこにあったパイナッポーペンにぶっ刺して再び妹めがけて全力で投げつける。

鈍い音を立てながら妹の頭で弾んだPPAPPen Pineapple Apple-pay)は、きれいな放物線を描いて窓の外へと飛び出していった。

アップルペイ。今日から利用可能です。

2016-10-17

自由になる 自由がある

宇多田ヒカルの「真夏の通り雨」曲中で、タイトル歌詞があるんですが

ずっと、

自由になる

→辛い生から解き放たれる権利がある

自死を選んだことを責める権利は私にはないよ

だと解釈してました。

そもそも公式解釈など存在しないですし、誰に対する歌なのかは言及しませんが。

最近になって、あれ?これは歌い手である「私」が悲しみから解放される自由がある。でも、それじゃ、私じゃなくなる。ってことなのかと解釈できることがわかりました。

自分は、春頃からうつ病を患い、漠然と死を意識する日々が続いていたのですが、抗うつ剤も効きはじめて、やっと、死を外側から見られるようになったのかなと思います

何が書きたいのか自分でもわからなくて増田にしてみたのですけど、たぶん、このフレーズを、皆さんどんな風に解釈されてるのかが気になるんだと思います

つたない文章でごめんなさい。

追記

何が書きたいのかわからない、と書きましたが、ほぼ間違いなく謝った解釈で涙流してうずくまってた自分が恥ずかしくて混乱状態にあると思われます

2016-10-10

うずくまっていてもキチガイ泥酔認定されて誰も助けてくれない

これが東京おもてなしなのだなあ

2016-09-09

あなた道徳観を判定するテスト

あなたはどのお話に一番共感できますか??みんなの道徳観を知りたい。

1.最初お話

むかしむかし、あるところに、ひとりの少女が住んでいました。お父さんもお母さんも死んでしまって、食べ物も住む家もなくなり、シャツスカートとひときれのパンけが少女に残されました。

少女パンを持って原っぱをとぼとぼと歩いていくと、貧しい男がやってきました。その男少女に「手に持っているパンを私におくれ。おなかがぺこぺこなんだ。」と言いました。かわいそうに思った少女は、その男パンをあげました。

少女がまたとぼとぼ歩いていくと、はくスカートのない女の子少女はいているスカートを欲しがりました。かわいそうに思った少女は、はいていたスカートをその女の子にあげました。

夜になり、少女が森にさしかかると、そこに着るシャツのない男の子がいて、言いました。「着ているシャツをぼくに下さい。寒くて死にそうなんです。」少女は少し迷いましたが、その子があまり寒そうなので、着ていたシャツを脱いで、男の子にあげました。

少女が寒さにこごえながらうずくまっているとどうしたことでしょう、空からたくさんの星が降ってきて、それがぜんぶ、ぴかぴかの銀貨になったのです。そして気がつくと、少女はぴかぴかに輝く新品のシャツスカートを身につけていました。


2.二番目のお話

むかし、ある別のところに、別の少女が住んでいました。その少女最初少女のことを聞いて知っていたので、そんなふうになりたいな、と思っていました。

幸か不幸か、お父さんもお母さんも早く亡くなり、思いどおりの貧しい少女になることができたので、さっそく原っぱに出て行って、腹ぺこの男や、はくスカートのない女の子や、着るシャツのない男の子を、探しました。

運のいいことに、腹ぺこの男もスカートのない女の子シャツのない男の子もすぐに見つかったので、少女自分の持っていたすべてのものを、気前よくあげまくりました。そんなつまらないものよりも、星の銀貨が欲しくて欲しくてたまらなかったからです。

少女うずくまり、いまかいまかと待っていると、思ったとおり、空から星が降ってきて、銀貨に変わりました。少女は満たされた気持ちになりました。ほんとうに価値があるのは、パン衣服ではなく、星の銀貨であることを、始めから知っていたからです。


3.最後お話

またある別のところに、また別の少女が住んでいました。その少女最初少女のことも二番目の少女のことも聞いて知っていて、なんだか嫌な子たちだな、と思っていました。

そのうち、お父さんもお母さんも早く亡くなり、なんとまえの二人の少女たちと同じ境遇になってしまいました。でも少女は「私はあの子たちとはちがう。星の銀貨なんかいらない。」と決心して、原っぱに出て行きました。

少女は、腹ぺこの男に会っても、スカートのない女の子に会っても、シャツのない男の子に会っても、同情せずに、その都度、こう言いました。「わたしも私の苦しみに自分で耐えるからあなたあなたの苦しみに自分で耐えてね。わたしあなたに会わなかったことにするわ。だからあなたわたしに会わなかったことにしてね。」少女は、みんなが自分運命を受け入れることを望み、自分自分運命をそのまま受け入れたのです。

少女が寒さにこごえながら、うずくまっていても、星たちは空高く輝いていました。「これでいいわ。これがわたし人生なんだもの何度でもこういう人生をおくりたい……」とつぶやいて、少女は死んでいきました。夜空の星たちは、遠くから、その少女を照らしつづけていました。


永井均ルサンチマン哲学」より引用

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