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2019-06-14

ゴン中山『FWはゴールすると体が軽くなって動きが良くなる』

⇒「FW(フォワード)=既婚男性」?

中川右介さんのツイート:

"今週は単純作業週間で、ラジオを聴きながら仕事をしているのだが、いろんな

番組リスナーからの悩み相談を受けて付けていて、毎日、必ずどこかの番組で、

交際相手が既婚者だと、しばらくたってから知った」という女性から相談

あるのだが、世の中、そんなに悪い男がいるものなのか。"

https://twitter.com/NakagawaYusuke/status/1139352524249391104

2019-05-28

サッカーラグビーアメフトの違い

サッカー

かいボールコントロールしづらいので、選手が満遍なく散らばり、短いパスをつないで相手のゴールに迫る形になりやすい。

ポジションとしては、前に行くほど攻撃選手、後ろに行くほど守備選手、という大まかな役割分担がある。

身体へのタックル禁止されているので、選手同士の身体接触は肩をぶつけるくらいしかない。

とはいえボールごと相手身体を刈るようなプレーはあり、まったくの安全というわけではない。

ラグビー

前方にパスができないので、横一列に並んだ状態で横へ横へパスをつないでいくような形になりやすい。

倒されながらも少しずつボールを前方に運んでいってゴールエリアまで持っていく、というイメージである

ポジションは、相手ボールを奪い合う「フォワード」と、フォワードからボールを受け取って走りだす「バックス」に分かれる。

アメリカンフットボール

すぐにプレーが止まるので、短く区切られたプレーを繰り返していくイメージである

そのため、あらかじめ「こう投げる」「こう走る」という作戦を決めておきやすい。

ラグビーは後方にしかパスを出せないので、敵はだいたい前方にいて、タックルは正面から行われるが、

アメフトは前方にパスを出せるので、ボールを取った瞬間に後ろからタックルを受けることもあり、ラグビーより危険である(ので防具をつける)。

選手交代に制限がないのでポジションごとの専門性が強まりプレーが止まりやすいこととあいまってアメフト戦略性を高めている。

2019-04-14

今日父親コンビニでドアを開けてもらったらしい

お先にどうぞ」と譲ってくれたらしい

父親還暦 スリム 容姿気にしないけどダンディ顔

開けてくれた人:大柄 大型トラック運転手


父親は昔からちょいワルかっこいい思想を持ってるので

自分ちょいワルオーラ漏れちゃってたのかな?俺のすごさバレちゃったかな」

とかミサワみたいな事言ってた

因みに私はここ数年、率先してドアを開けて譲るのがマイブームになってる

お手軽に一日一善できるし

自己満でもいい事すると気分が良い


今日父親の件に

巡り巡ったペイフォワードみたいな裏側があったら なんて想像してみる

最高に気分が良い

2019-01-29

イランフォワードやばいな。スアレスとかルーニーみたいな、動物的なやつが多いよな。。

武井壮には、アズムンにも噛みついて欲しい。

コロンビアなら、銃殺されるし。

過去日本なら空港で水をかけられるポジションからな。。

  

2018-10-24

2018年アニメ2話までほぼ全部観たか感想書く その3

2018年秋アニメ2話までほぼ全部観たから感想書く その2 からの続き)

ベルゼブブ嬢のお気に召すまま

 伏魔殿に住む悪魔たちのゆるふわ日常アニメ良い最終回だった。一応縦軸は悪魔お仕事を通じて「善悪の彼岸」を識る物語。知らんけど。

 デフォルメが強めでゆるいキャラデザコミカル演出、淡いパステルカラー等、全体がゆるくてふわふわした雰囲気に包まれている。控えめに言っても体感5分で終わる謎の空間。もはや白昼夢である。ミュリンかわいい

 ベルゼブブ嬢を演じる大西沙織は「才色兼備のキリッとしたお嬢様だけど…」というキャラクターを演じている印象が強いだけに(とじみこ・十条姫和、こみが・色川琉姫、ウマ娘メジロマックイーン等)本作のようなゆるふわ系の演技が非常に新鮮。ただベルゼブブ嬢は伏魔殿首長なので、柔らかい側面と同時に硬い(凛々しい)側面もあり、そういうオーダーによく合致しているキャスティングだと思う。

あかねさす少女

 スマホゲー同時展開のオリジナルアニメラジオでつながるパラレルワールド舞台にしたSF系。

 電波でつながるパラレルワールドといえば「シュタインズ・ゲート」「オカルティック・ナイン」を思い出すけれど、あっちがサスペンスホラーっぽいのに対して、こっちはアクション要素多めといった感じ。あとパラレルワールドというモチーフの違いとして、本作は「別世界自分に会いに行くための舞台装置」という感じがある。本作の特徴としてパラレルワールドの数だけ同じ人物が登場するというギミック採用しているのだけれど、演じ分けがかなり明確。例えばパラレルワールド自分が出てくるアニメガンスリンガーストラトス」では演じ分けはあまりしていない感じのディレクションだったけれど、翻って本作では全くの別人みたいな演じ方になっている。そもそもメイン5人のキャスティングガチなので(黒沢ともよLynn東山奈央小清水亜美井上麻里奈)、「女の子5人のキャッキャウフフテーマにした作品じゃないガチ感」がすごい。1話では黒沢ともよのみだったが、2話以降アクセル全開

 主演の黒沢ともよ曰く「シナリオに大きなギミックを仕込んでいるので楽しみに待っててね」とのこと。シナリオにでっかい伏線を仕込むのは「オカルティック・ナイン」「ISLAND」等ゲーム原作アニメにおける楽しみの一つなので、ゆっくり待つことにしている。

 ダンデライオンアニメーションスタジオによる3DCGがかなりゴリゴリ動いている。本作は概ねバトルモノなので、戦闘シーンにかなり力を入れている模様。

 かなり硬派なシナリオに合わせたキャラクター浅田弘幸によるデザイン。「テガミバチ」は好きな作品なので嬉しい。同氏はかなり情報量の多い絵を描く人という印象だったので、アニメキャラクター結構シンプルデザインという印象を受けた。アクション多めなので動かしやすデザインなのかな。

転生したらスライムだった件

 転生から始まる異世界ファンタジー

 個人的に、異世界に至るまでのプロセスをどう描くかを比べるのが好き。一旦主人公の死を経験したりするので、シリアスよりなのかギャグよりなのか、演出裁量があるシーンだと思ってるのだけれど、本作はそこらへん硬さと柔らかさのバランスが凄く良かった。

 転生したあとも、音楽や展開含めて緩急のある仕上がりになっていてテンポがいいアニメになっている。8ビットサウンド音楽はやっぱりドラゴンクエスト等をリスペクトしているのだろうか。エイトビットだけに?

 物語はだいたい2つのパートに分かれていて、「世界のいざこざパート」はそれこそ主人公の起こした騒動で穏やかではなくなった世界の様子を描いている。ここはオーバーロードっぽさがある。一方主人公冒険パートはオバロと比べ、たった一人で悠々自適なぬるいRPGを楽しんでいるそれ。ヴェルドラのおかげで主人公の満たされ具合が心に優しい。

 作中でも言及されているけど、初期のスライムは何も見えないのでどう絵にするのか気になってたけれど、抽象演出を使ってうまく主観映像化してた(触った感じとか)。またやってくれないかなあ。あとスライムの表情が豊かで、描いてる人は相当楽しいんじゃないだろうか。

 本作のキャラクターデザイン総作監はあの江畑諒真最近だと「プリンセス・プリンシパル」5話でおなじみ。当然各アニメーションにも彼の特徴は反映されていて、例えば冒頭の主人公が歩いている姿のバストアップを見ただけで「江畑だ!」ってなるくらい江畑っぽい。彼が演出を務めるOPは「アブソリュート・デュオ」並に彼らしいアニメーションになっているので、いかに本作が血の気の多いアクションアニメであるかがわかる。主人公あんまり好戦的性格っぽくないのにね。

Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2

 本旨と若干逸れるけど、さっき1期を観終わったので以下1期の感想

 虚淵玄脚本による人形劇元ネタ中国人形劇)。日本台湾共作のアニメシナリオはいわゆる冒険活劇。王道アクションRPGみたいな感じ。絵もアクションが中心。

 シナリオについては、単純な善悪ではない理由で同行する一行という部分が良い。文字通り呉越同舟すぎる。個人的に鳴鳳決殺が一番好き。あと掠風竊塵がド外道だった。後半のシナリオも口八丁手八丁を中心に戦っていくスタイル単純明快冒険アクションとは違った楽しみがある。

 まず動きがおかしい。人形の顔についた水滴の大きさから見てかなり大きな人形を使っているのか、手足がかなり長い。それを非常に器用に動かしている(というか、どうやって動かしているのか分からない)。すこし引きで見ると人間しか見えない。表情も、暗いシーンでは「少し表情の硬い人間」に見える。面白いのは、激しいアクションシーンほど人間のような動きに見えること(マジで人間だったりして)。指の先から足の先まですべて技工を凝らした動きになっている。

 演出も優れている。戦闘シーンは単に人形を動かしているわけでもなく、ファンタジーという表題通りエフェクトモリモリで華やか。実写のメリットである、奥行きのあるアクション演出も多く、奥から手前に向かって光る剣が飛んでいく演出とか好き。特殊効果以外の演出もすごくて、爆発エフェクト(まじでセットを爆破してるっぽい)、雨(まじで雨を降らせている)、爆散するモブマジで四散してるっぽい)、背景セットの作り込み(どんだけ大規模なセットを作ったんだろう)、決めポーズの、カメラの切り替えを多用しためっちゃ手間のかかる演出とか。アニメに出来て人形劇に出来ないことってなんだろう?と考えさせられる。例えば「豊かな表情」というのは作画アニメの大きな長所だけれど、「デジタル人形劇」こと3DCGアニメは「表情が硬い」という評価結構覆しているので、技術革新によって人形劇の印象もどんどん変わっていくのかな。

 2期は1期の続きで、主人公や掠風竊塵がどんな奴か判明したあとの話なので、1期からの視聴を強く推奨。

火ノ丸相撲

 週刊少年ジャンプ連載漫画原作スポ根アニメ。防具を付けない稀有格闘技

 競技としての格闘技を描いた今年のアニメでいえば「メガロボクス」だけれど、本作は高校生相撲を描いているので、あそこまでアウトサイダー&血生臭さは無く、とても青春している。特に1話小関信也を演じる落合福嗣がすごく良かった。

 原作ではそんなに気にならかったけど、主人公がとても小さい。ゆえに土俵の上でのみ体が大きく、強く見える演出が映える。

 制作GONZOあんまりアクションイメージがなかったので、本作のアクションシーンがかなりキマっててびっくり。特に1話演出熱量も含め息が止まるような迫力を感じた。元々相撲という競技が非常に短時間の戦いなので、その凝縮された時間をうまく描いている。2話の「タックルしながらの回り込みを上から抑え込むしぐさ」とかめっちゃすごかった。アツいぜ。

 原作を読んでいる人が全員思うことはやっぱり「あの目尻からみょーんってなるやつ、どうやって描くんだろ」なので、早く見たいな。

ラディア

 角度のθ(ラジアン)は無関係。「Radiant」のほう。フランス漫画原作週刊少年ジャンプ連載の漫画みたいなノリの、古き良き時代を思い出す冒険活劇。ロックマンDASHっぽい。製作NHK

 1話説明的な演出が多いので、話を理解やすい。2話以降もちゃんと「前回のあらすじ」があるので、忙しい人でも前回のあらすじを観ていくだけで最新話に追いつける安心設計

 1話から主人公つえー!」ではない展開っていうのは珍しい印象なので(ワンピースで言えば、ルフィ幼少期のエピソード1話、みたいな)、成長物語か。今後訪れるであろう主人公受難を思うと、シリーズ構成上江洲誠なのはそういう…(ちなみに2話からハードな展開)

 キャラデザは割とシンプルで、全体的にかわいく、少年漫画っぽい。特に敵が可愛い。ゆえにファンタジーな部分とダーティーな部分の橋渡しをするキーになるキャラおっさん)がすげえ良い。

 主人公を演じる花守ゆみり少年声が好き。カワイイ系の印象が強いだけに、わすゆの銀みたいなハツラツとした声(特に叫び声)出せるのはすごい。本作は銀よりも少し大人っぽい調声。

メルクストーリア -無気力少年と瓶の中の少女-

 ハピエレのスマホ向けRPGゲーム原作アニメファンタジー冒険活劇。

 かわいいキャラデザも含め、雰囲気はハピエレのゲーム原作アニメラストピリオド」っぽさがある(内容は決してラスピリのような社会風刺アニメではない)。

 シナリオは概ねモンスターとの平和共存を探る冒険アニメであり「ポケットモンスター」に近い。1話は「メルストにでてくるモンスターってどんなん?」という説明回。説明的な演出ではなく、実際に生きているモンスターの姿を見せることで描く演出好き。「そこら辺で寝そべってる(お互い警戒しない)」「意思疎通の有無(信頼する相手の言うことは聞いてくれる)」「大きさ(子猫サイズからビルのようなサイズまで)」「気性(優しい子から気性の荒い子まで)」「人間に協力的(一緒にサーカス仕事してたり)」「暴れてるとき攻撃性(つよい)」等。戦闘シーンはBGM含め結構アツい。

アニマエール!

 ハナヤマタチアリーディング部の日常アニメ

 ガチチア監修が入っている(監修を務める柳下容子は元NBAチアリーダー。日本チアリーディングチームをプロデュースしてたりするすごい人)。動画工房による、重力を感じるキレッキレのチアリーディングアクション良かった。使用する曲もめっちゃ好き(1話挿入歌作曲浅倉大介)。ただし主人公たちは初心者ゆえ、ガチチアアクションが出る機会は少なめ。

 きららキャラット出身日常アニメなので、きららフォワード出身ハナヤマタと比べエモさよりもゆるさが前面に出ている。かわいい

 尾崎由香けものフレンズサーバル役とか)の底抜けに明るい声が癖になる。ハナヤマタのハナ・N・フォンテーンスタンドCV.田中美海)とか好き。

寄宿学校のジュリエット

AmazonPrimeVideo独占

 脱・悲劇ロミオとジュリエットラブコメ)。週刊少年マガジン連載作品だけに、気軽に見られるラブコメ

 家柄が致命的な壁になってくっつく事が出来ないという既存モチーフに加えて学園内の派閥対立もくっつけて、わちゃわちゃした感じになっている。

 原典と比べてジュリエットちゃんが強い独立心を持っていて、それが物語の動くきっかけになるっていうシナリオがなんか今っぽくて好き。ロミジュリ読みたくなったので、オススメ翻訳があればおしえて下さい。

 わりと喧嘩するシーンの多い作品なのだけれど、1話決闘シーンでやけに剣の音拘っているなぁと思っていたら、音響効果森川永子だった(同氏は京アニ作品音響効果担当してたり、今期だと「SSSS.GRIDMAN」の音響効果担当している人)。流石に毎話あれだけ激しいシーンは無いにしても、楽しみではある。

 ヒロインジュリエット役が茅野愛衣だけど、まさか死なないよね。まさかね。

学園BASARA

 群雄割拠系学園モノ。は~乱世乱世。容はいものBASARA。

 声のテンションや絵のテンション最初からクライマックス。終始テンション極振りの展開で彼らの戦いを描いている。

ユリシーズ ジャンヌ・ダルクと錬金の騎士

 1415年、戦火欧州舞台にした英雄譚。2話から本編に入れるよう、かなり早足だった1話。冒頭20分くらいがプロローグ

 アンゴルモアみたいな時代劇ではなく「戦場のヴァルキュリア」のようなファンタジーモノ(もっとファンタジー要素多め)。人知を超えた力によって戦争を変えていくお話面白いのは、主人公は「無敵の力を直接得た人間」でもなく「悪魔の力を阻止するために立ち上がる勇者」でもなく「戦争を変える力を普通人間に与えた錬金術士」。倫理観による葛藤を一足飛びでバケモノを生み出すあたり、主人公独善的価値観がどう転ぶのかが気になる。当時の倫理観としては「バケモノを見つけたら教会差しさなければいけない」と描かれているので、生存ルートとして文字通り世界を変える壮大な物語なのかな。あと超人化の際やけに説明的なモノローグがあったので、今後も続々量産予定?

人外さんの嫁

 ゆるふわ日常ショートアニメ。なのに小話集。ゆえに1エピソード30秒くらい。人外さんは言葉が通じないので、(猫みたいな)人外さんの気持ちを慮る主人公物語。もし猫と結婚したら、毎日きっとこんな感じなのだろう。

ほら、耳がみえてるよ!

 中国漫画原作ショートアニメ。ざっくりいうとペット擬人化みたいな作品

 全体的に柔らかいタッチアニメになっている。ペットの声が村瀬歩くんだったりしてBL風に仕上がってるのだけれど、ガイコツ店員さんが言っていたように海の向こうでもそういう文化があるのだなぁ、としみじみ。

走り続けてよかったって。

 進研ゼミに付いてくる漫画代アニ版。ショートアニメ。ひょんなことから声優を目指すことになった主人公代アニの授業を受けながら成長していくお話

 ターゲットはおそらく「これから代アニ声優を目指すことになる若者」なので、本筋は青春ドラマ主人公福島潤はさておき、ヒロイン役の野口衣織は現役の代アニ学院生たまたま以前から知っていた方なので、見ているこっちが緊張する。シナリオも彼らの受難が続きそうな感じなので、1話からもう胃が痛い

 彩度が高く柔らかい背景。それほど書込みの量が多い作品ではないけど、基本会話劇だし。

ソラとウミのアイダ

 宇宙x漁業フィッシングではない)がコンセプトのゲームアプリ原作。第二の種子島でおなじみ、広島県尾道舞台アニメ宇宙飛行士と漁師といえば、子供にとって将来なりたい職業1位2位を競うほどの人気職だけれど、かといって本作が子供向けアニメかどうかはよくわからない。ノリがフレームアームズ・ガールっぽい感じがするけどホビーを売ってるわけでもないのね。内容は概ねテンポの良い会話劇。

 主人公の女のたちと対立するのは漁師町の男。子供vs大人というよりも女性vs男性という切り口っぽい。対立構造を作るために「男女雇用機会均等法」まで持ち出してきてる割に社会アニメではない模様。

2018-10-18

毒親だと思っていた

これから書くことは、たとえ増田だって書く気はなかった。なぜなら、今毒親に苦しむ人を殴る文章からだ。

だけど、ビ・ハイアの件を知って考えが変わった。

毒親だと思っていた、この一言に尽きる話をこれから書きたい。

私の母は子供を殴る母だった。本人は躾だと言っていたが、例えば弟がした悪さなども姉である私が監督していなかったのが悪いという理由で殴られた。

から子供の頃の私は母が背後を通るだけで殴られるかもしれないと思って肩をすくめる生活をしていた。私の背丈が母に追いつく頃になると殴られなくなり、以前殴られたことを訴えると母の記憶からそれは消えていた。

私は殴らない父が大好きだったが、殴る母を止めなかった時点で同罪なのだと気付いた時、父もまた嫌いになった。

私は両親の悪口を口はばからない10代に育った。両親は私の口から周りの人へ伝えられる悪口に何度苦虫を噛み潰したことだろう。だが、私は両親が大嫌いだったのだ。悪口を言うことを何も悪いことだとは思っていなかった。

また、両親、特に母とは何度も怒鳴り合いの喧嘩をした。特に私の進学についての喧嘩は深刻だった。両親は女の私に勉強をして欲しくはなく、高校進学でも大学進学でもぶつかった。その度に私は両親を納得させるだけの材料を(嘘でも)用意した。高校進学の時は、大学には行かないから好きな高校に行かせてくれ、と。大学進学の時は、入学金だけ用意しえてもらえれば後の学費生活費は自分でなんとかする、と。

そして私は大学進学を機に家を出た。

自分も怒鳴らず、母の怒鳴り声を聞くこともない生活は初めてで、アルバイトと授業で忙しかったが、非常に穏やかな生活だった。最初の頃は。

スーザン・フォワードの「毒になる親」という本に出会ったのは多分この頃だったと思う。涙を流しながら読んだ。非常に得心のいくことばかり書かれていたと思うが、その内容は今となっては正直あまり思い出せない。

私の穏やかな大学生活はあまり長くは続かなかった。精神調子を崩し、授業に出るのが困難になった。生活がかかっているのでアルバイトだけはなんとか続けていたが、それすら休みがちになってしまった。

精神科にかかり、主治医はこの現状を両親に連絡するべきだと主張した。

私はそれを拒んだ。両親に、やっぱりお前には無理だったと言われるのが嫌だった。しかし、現状は困窮していき両親に病気のことを明かすことにした。

連絡は父にしたが、私は冷たい一言覚悟していた。だが、父はゆっくり直していけばよい、と予想外の返事をしてくれた。

そして私は投薬治療を受けながら、両親から金銭的援助も受けて6年かけて大学卒業した。

だが、大学をなんとか卒業できても就職はできなかった。私はその頃一人で生きて行く気力もすっかり失っており、卒業後は実家に戻り両親の元に身を寄せることにした。

あんなに嫌いで飛び出した家にまた戻ることがとても皮肉に感じられた。

そう、私はここまで両親に支えられててもまだ両親のことを受け入れることができていなかった。

しろ両親のせいで精神病になり自分の送りたかった人生から程遠い人生になってしまったと嘆いていた。

それから7年ほど、引きこもり、良くなったと思って働いては調子をまた崩して引きこもることを繰り返し、最終的に自殺未遂までして入院もした。

その長い間、両親とは時々ぶつかりつつも私は親に甘えて実家暮らした。何度仕事で失敗しても、帰る家があった。でも、親に対する感謝気持ち暮らしていたのではなく、この家にいるから私は治らないと思って暮らしていた。

そんなある日ネット何だか奇跡を起こしてくれて、私のここまでのどうしようもない身の上を承知の上で結婚してくれる相手を見つけることができた。そして私はまた家を出た。

それから一気にとは行かないが、パートナーの支えもあり上り調子回復し、今では幸せ生活を送っている。

そんな環境になって思うことは、私の両親は私が思い込んでいたほどの毒親ではなかったということだ。自分が辛かった時はあまり気づいていなかったが、肝心なところでちゃんと支えてくれていたのは両親だった。私が結婚して家を出ると言った時も心配こそしたもの最後には快く送り出してくれた。

正直な話、これをもって私の両親はちゃんとした親だったとまとめるつもりはない。子供を殴り、事あるごとに自尊心を削ってくる親であったことは事実だった。

しかし、私の人生の全てを邪魔するほどの親ではなかったこともまた事実だ。

少なくとも、私は私の両親をもう毒親だとは呼べない。

この感情を何と呼べばいいのかわからない。許しでもなく納得でもなく受容でもなく、でもその間にある何かだ。あえて名付けるなら、解毒かも知れない。

私の辛さは無かったことにはならない。でも、それを恨む心は消えた。

もちろん最初から何も辛いことがなかった方がずっといい。けれども、私は両親を毒親なのだと思うことによって余計な寄り道をしたような気がしてならない。

2018-07-07

W杯くらいしかサッカーをみないにわかによる感想

日本代表は毎回強くはなってるんじゃない?

昔はさ、それこそフランス大会の時あたりは、戦術以前だった記憶があるよ。

ドリブルしてる相手フォワードより追う守備のほうが遅え、ボール持ってる相手よりチャージした側がふらつく、もうねって感じで。

それから比べたらね。

それはさておき、アジア勢はもうちょっと勝たないと、ダメなんじゃないの?

アジア枠は4.5だっけ?

ワールドカップって建てつけ上、ほかの区域で予選敗退してる国より、明らかに弱いとまずいでしょ。

そんなわけで、提案なんだけど、ワールドカップだけ特別ルールとかダメなんかね?

番狂わせが起こりやすいような特別ルールを導入して、アジア勢も勝てるように。

単純に世界一の闘いを見たいんなら、チャンピオンズリーグでも見りゃいいわけだし。

ワールドカップなんて、金ヅルの日本韓国と、将来の金ヅルの中国から金を巻き上げる地方巡業でしょ?

ちゃんと盛り上げないと。

2018-05-13

つらみ

将来への不安死ぬ事への恐怖、結婚できるかどうかとか、そういったものだけを普通の人は「つらいきもち」として認識しているらしいことにここ数年やっと理解が至った。自分場合はそれとはまた別の正体不明の「つらいきもち」も存在していて、これも含めて一般的な「つらいきもち」だと認識していた。みんなもそうなのかなぁと思っていたけど、違ったっぽい。これじゃ普通の人とは微妙に話が噛み合わない上に誤解されるわけだなぁと。

自分自分で、なんでそんな斜め下の解釈するんだと腹が立つ事がよくあったけど、その「斜め下」の解釈がむしろ一般的であって、自分が運悪く例外的経験をしてきた事で認識が違ってしまっていたらしい。

そしてこれまでは、自分のこの「つらい」の正体を正確に把握できた事がなかった。何故かと言うと、気持ちの原因を思い出すことが精神的に非常に苦痛だったため。

原因というのは家庭環境、養育環境のことで、学生時代にもこれについての問題意識はあった。

ふとした切っ掛けでスーザン・フォワードの「毒になる親」と出会って実際に読もうとしたけど、冒頭の数ページ読むだけで精神的に不安定になってしまい、結局その時はそのまま先には進めなかった。大学卒業後も同じことを4年くらい繰り返していた。

でも一人暮らしを始めて2年経ち、転職をしてという直後から半年間立て続けに起きた出来事対処する一環としての取り組みの結果、最近では「つらい」の比較ちゃんとした輪郭と、具体的な内容と原因が把握できつつある。「毒になる親」も最後まで目を通すことが出来たし、関連する他の書籍にも手を出せている。


自分の「つらいきもち」の正体は自分歴史的経緯から来るものだという事が確信できた。ただ、その歴史的経緯自分に対して現在無意識適用しているのは自分自身だという事も段々分かってきた。

一言で表すなら「毒親の影響」ということになるけど、もう少しちゃん表現するなら次みたいになる。(まだちょっと分析甘い)

認識できている範囲の話だけど、これらが自分の「つらい」のキモのように思っている。

毒親」ってワードを使うとすぐケチ付けてくる人間いるから面倒だし、言葉暴力的ストレートから別の表現必要だと思わなくもないけど、それでもこの単語は凄く的確な表現だと思う。

幼い頃から刷り込み自己否定などの「毒」を植え付けて、親と同じ空間におらず暴言を吐かれていない瞬間でも、自主的自己否定を繰り返すよう教育することで、大人になったり独り立ちした頃には苦しみのたうち回り…みたいな。のたうち回るような元気が残ってる人がどれだけいるのかって話だけど。

虐待によるトラウマを除くと、毒親による影響で特に大きなものは親を自分に内在化してしまうことだと思う。これにより何が起こるかというと、自己否定デフォルトとしてしまうことが挙げられる。

この自己否定ポジション的には超自我かにあたるもので、本来なら自己否定なんかじゃなくて規範としてどちらかと言うとポジティブな物として機能しなくちゃいけないんだけど、親が精神的に未成熟だったり自分人生課題に対して答えを出せていないとかで不安定な場合は、「毒」を規範として植え付けられる結果になってしまうのかなと。

それがどのようにして植え付けられるのか、憶測込みだけど文字に起こしてみると案外悲しい感じになった。

思考するだけだとそんなでもなかったけど、文字に表してみるとやっぱりこう、悲しいというか、しょうもないというか、酷くがっかりする。

休日に少しでも長く寝てたり、病欠したり、平日に休暇を取ったりすると

とか頻繁に怒鳴られてたけど、あれは完全に自己紹介だったなと思う。当時はそう思う余裕は無かったなとも改めて気が付いた。

うちの場合問題の中心は父親だったんだけど一方の母親は何をしていたかというと、俺をかばうどころか、フォローするどころか、傍観をするどころか、「あの人がおかしな事をするのはお前のせいだ」と罵ってくるタイプ人間だったので、自分の両親は味方ではないという認識だった。問題のある人間問題のある人間とくっつくんだな、という気持ち

兄弟は妹がいるけど、妹は味方というよりは共通の敵を持つ他勢力みたいな認識だったな…。

去年会って話をした時には、当時俺に対して「哀れだな…」と思っていたらしい。それは俺を庇って同様の被害を被るよりずっと利口だと思うし、去年妹と会話をして結果的問題改善が進んだし、妹が逞しく成長してくれていてむしろとても助かったと思ってる。「こっちに来るんじゃねえぞ、そのままいけ…!」みたいな。ありがとう

少し前まで、どんな些細なことであっても何か考える度に最終的に「死にたい…」という結論に結びついていた。

去年あたりから自分の親は毒親だった」と認識でき始めて、更にここ1,2ヶ月は「毒親」と濁すんじゃなくて、自分経験させられた事を「親から虐待だった」と自分に対して説明することができるようになってきた。

昔と比べてかなり進歩したと思う。昔ならそんな認識は恐ろしくて出来なかった。自分はそんな酷い目には遭っていないと思いたかったんだと思う。

そして少しずつだけど、自分のことを大事にするという概念が掴めてきているような気がする。

自分のことを大事にするといえば、最近また新たに気付いた事があって、これは個人的にはかなり収穫だと思ってる。近いうちに効いてくるはず。

初めの方で書いた「その歴史的経緯自分に対して現在無意識適用しているのは自分自身」の事なんだけど、これについての現時点での理解ちょっと整理したいと思う。

大きく2つあって、1つ目は、この記事中で何度か出てきている「自己否定」「毒」という存在の在り方と、これがそもそもどこから来ているかについて。

自己否定が起こるのは自己評価が低いためだと思う。じゃあ、自己評価が低いのはなぜ?という話になってくる。

自分欲求ちゃんと満たしていないためだというのはあるかもしれないけど、自分場合はそれよりも重大で根本的な問題として、延々とされ続けた親の否定的刷り込み存在が強いと思う。

から虐待人格否定を受けることで幼い子供自己認識は「自分は無力な人間ダメ人間」となり、それがそのまま人生脚本となり、無意識にそのように振る舞ってしまいそのような人間になる。

それを精神的に未熟な親が自己有効感を得るエサとして利用(虐待人格否定)し、それにより子供は更に自己無力感に陥り…という、子供にとって悪夢のような悪循環が発生する。このサイクルが「否定的刷り込み」の実態であり、毒親子供に植え付ける「自己否定」や「毒」の正体なのだと思う。

この強い自己否定感、自己無力感は、親が自身無力感精神的な不安定さをカバーするために押し付けられた親自身問題であり、こう認識してしまうともう親に対して「ぶっ転がすぞ」という気持ちでいっぱいになる。

以前は親に対してこんな認識を持つどころか「もう人生だめだ…死にたい…」となっていたのでこの気持ち進歩だと思う。

まり自分に対する自分認識は、無意識に親の自分へのニーズを反映したものであり、自分自分を正しく認識した上で自分に下している判断ではない。

内面化した親のニーズ自分を見ていたのだ!(強調したい部分)

毒親内面化してしまっている」という表現書籍ブログで何度か見かけていて、ただ実際どういう状況になっているのか全然理解できていなかったけど、この考えに至ってようやく合点がいった。であれば、ひたすらに自己否定をしてしまうのも納得がいく。親の抱える問題を解消できない限り自己否定は続くんだと思う。

からしたら本来自身が頑張らない限り親が死ぬまで未達だし、親が死んだ後であっても、内面化した親(のニーズから見て未達なので、子供無限自己否定し続けることになる。

自己否定の原因を正しく特定して認知を変えないと死ぬまで自分否定し続ける。

こんなの「毒」じゃなかったら何だっていうんだ。現代呪いじゃん。洗脳とも呼べるのかもしれない。まぁ「刷り込み」って「洗脳」の呼び方変えたようなもんだし同じようなもんか。

2つ目は、やり場のない感情とその矛先について。

ここひと月ちょっとは、過去に親との間にあった出来事と当時の自分感情を、出来る限り思い出して言葉として書き出すという事をやっていた。

これによって狙っていた事は、自分意思だけでは思い出し切れないトラウマ記憶に近い時系列記憶に迫り、文字に起こして認識することで「過去出来事、終わった事象」として自身に印象付けようとしたのと、あわよくばトラウマを芋づるで掘り当てて、当時の自分解釈現在自分解釈認識を上書きすることでトラウマを軽減、解消する事だった。

精神的な負荷が高いから嫌だったんだけど、EMDR以外では1人で出来るもの現実的っぽそうなのがこれしか無かったので、今の自分であれば精神的に安定している時なら回復にそれほど苦労しないと判断して挑むようにしている。

結果的にはまだ解消に至ってはいないけど、認識できていなかった事を認識することが出来た。

自分自分感情無視していた事に気が付いた。これ文字にすると厨二臭くていやだな。

無視していた感情というのは、具体的にはある期間の横暴を働く親とそれに対抗できない自分に対する強い憤りなんだけど、当時の自分ストレス発散の手段を親に奪われた挙句愛玩動物の延長みたいな扱いを受けていたので、感情を解消したり発散する機会が無い状況だった。

自分意思表現すると「立場を思い知らされる」ので、あまりの怒りと無力感から自分の机に伏してバレないように動物みたいな唸り声を上げたりしていた。趣味生き甲斐も取り上げられ仲間とも断絶されて、ストレスから肌も顔も荒れ放題、耳は切れて黄色ブドウ球菌に侵されてリンパが垂れ、首筋もあかぎれのように切れてしまい、腕の皮も荒れて剥け落ちてという有様で、生きているのがひたすら苦しかった。

病院には行っていたけど、治癒スピードよりもストレスによる身体破壊が早くて当然なかなか治らなかった。鼓動が早くなっていて体温も通常時より高く感じていたので、自律神経失調症にもなっていたなと思う。これまでで一番白髪が多かったのもこの頃。友達からは「お前、なんか覚醒するんじゃねえの」みたいな軽口を言われてちょっと救われた。高2〜3の頃だったと思う。

これを書いていると、今すぐ家を飛び出し実家に乗り込んで、徹底的に仕返しをしてやりたいという衝動自分の中に確認できる。この期間は同じく家庭環境が複雑な友達が支えてくれていたお陰で、問題を起こさず自分も生き延びる事ができた。その友達との連絡は今はもう取れなくなっている。まだ生きていてくれると嬉しい。

この記憶を思い出した事で付随する感情も引きずられて出てきて、この時に気が付いたのがここ数年ほとんど自分の怒りらしい怒りを認識していなかったという事で、なんというか新鮮な気持ちになった。感情が揺れ動くのがなんだか嬉しくて、ちょっとクワクした。

「怒りを感じていなかった」というのが実は大問題だったと思う。

この怒りの矛先は本来親に向けて抵抗するために利用すべきだったものなんだけど、利用できていなくて、そして最近ありありと思い出せたという事は当時のフラストレーションが解消されず残っているという事になると思う。解消できていないのならそれを感じなくなってしまっていたという認識おかしくて、じゃあ認識できなくなっていたそれはどこに向かっていたかというと、これはまだ検証中ではあるんだけどどうやら自分自身に向かってしまっていたっぽい。怒りの矛先が自分に向かうことで、自己否定を一層強化してしまっていたんじゃないかと思う。

しんどいのは親に向かうはずの感情の向き先が自分になってしまっていたため」と考えてみるようにした所、体が以前よりも軽くなり、洗い物が出来ない、風呂に入るのがつらいなどの恐らく精神的な問題が急に改善されだしたのは大変嬉しいんだけど、ネガティブな側面として最近色々な事にすぐイライラするようになってしまって困った……。これは多分……親に向けるべきものが溢れてコントロール出来ていない的なものかな……と思ってる。

でもこれは創作活動転用できるエネルギーだと期待しているので、自己否定改善と併せて、またしょっぱいながら活動を再開していけるんじゃないか自分には期待をしてる。

まり何が言いたいかというと、動けない、簡単な事ができない、しんどいという状態は何かしらのネガティブな強い感情無意識自分に向かうことで強いストレスを生じ、そこから起こる精神的な問題なんじゃないかと思う。と書いたところで気が付いたけど、よく見かけるような文になったし、そんなに発見ではなかったかもしれない。でもこれまでの情報との紐付けができたので、これはこれで知見かもしれない。

最近の取り組みは方向性は間違っていないと思う。例え間違っていても、死ぬまでに目的を達成するためにも引き続き認知の歪みを直す取り組みを続けたい。

「やりたい事をやらないのが苦しい」のは当然だけど、「やりたい事をやるのも同じように苦しい」というのは異常だし、このままじゃ今度こそ気が触れるかもしれないので、出来るだけ早く絶対にこの状況を脱したいです。おしまい

一人暮らしを始めて転職して、そしてまた引っ越した際には保証会社を使ったので住所を自分からは伝えていない。確認可能らしいけど。

ゴミ親父は前々から借金していた事が去年発覚して、その際に出向いて縁を切ってきた。俺のこの先10年間と俺の収入を返済に充てたかったらしい。ぶり転がすぞ。

母親は発覚直後もほとぼりが冷めてからも、問題には触れようとしない他力本願ぶり。あんたは昔から自分にとって都合の悪い事はどんな些細なことからでも逃げるよな。いや、借金父親独断からその点だけは間違っちゃいないけど自分が住んでる土地?家?が担保にされてるのにそれは無いでしょう。

みたいな状態なので、実家はもうどうにでもな~れという気持ち。妹ちゃん脱出がんば。応援してる。

早く人間になりた〜い

2018-05-08

ここで見かけた

深夜にここで見かけたアメフトの件、アメフト一度も観戦した事ないけど何となく気になってTwitter検索してみたら本当に殺人未遂レベルタックルかましててドン引いた

一度目のレイトヒット?(というらしい。ボール離した人へのタックルの事みたい)の動画なんてアメフトルール全然分からんのにどこで反則起こったか一発でわかった

あれOKスポーツはありえんわ…

色々情報掘れば掘るほど闇深というか漫画に出てくる悪役チームまんまみたいな状態さらに引いた

なんだっけ、おお振りでこれより少しマイルド監督指示で怪我させるみたいなチームあったような…

というか一人目のタックルされた人はその後大丈夫だったんだろうか

後々になって出て来る怪我とかもあると思うんだけど…

選手生命どころか人間としての生命活動終わりかねない反則に見えた

反則した該当選手のTwitterには鍵がかかっていた

凸でもされたんだろうか、そりゃされるだろうけど

いっちゃん後味嫌なのは、ほんと漫画かよ!ってツッコミ入れたくなる、監督?が指示してその選手は反則で相手QBフォワード的なポジション?)を意図的に潰しに行ってるくさい事

それを監督インタビューで堂々と言ってる事

都合3人潰してこいって言われてたのかな?

しかもどこの組織も同じなのかアメフト協会みたいなところがそのチームの権力癒着してるんだかで問題無しとしてるみたいなとこも本当に…本当になんというか…

これ仮に監督の指示だったとして、なんかしらの処分がある場合選手尻尾切りされるんじゃないの?

インタで勝つためにこうしてる私の責任です的な事言ってるけどぜってー尻尾切りするよね??

つか尻尾切らないにしてもやった本人という事で処分はあるだろうし何より今後そういう目で見られる事になるよね??

そんな奴じゃないと庇われてはいるけど…

本人はどんな子で今どう思ってるんだろう?

3回生って事は20歳は超えてるわけだし…

まあそれよりも今協会?が問題無しとしてる所が問題みたいだからどうなるかわからないけどさ

処分がなければないでアメフトファンの人の目がずっとあるだろうし…

これ、目に見えて露骨で反則ってか暴力だし、仮にプレイ相手選手になんかあったらどうするつもりなんだろう

色んな人の人生狂うよ

あとアメフトファンの人がかなり憤っていたし心配してたけど、これが当たり前だとは思わなかったか大丈夫

これ肯定してる人はTwitterでは見かけなかったし、ちゃんおかしい事だとはわかる

いやアメフトとかラグビーだとかが危ないスポーツだとこれある前から思ってるし変わらないけど、あれが普通だとはさすがに思わんから

選手が誰だかもわかんなかったけど、それらしき人2人くらいわかるようになった

(そのうち忘れそうではあるw)

とりあえずリスト作ってどうなるかしばらく情報追ってみようと思う

2018-04-15

ハリル解任で発狂しているのは海外厨と戦術厨だけ

ハリルホジッチ解任でサッカークラスタが発狂している理由を読んで「アホか」と思ったのでここに書く。

ちなみに海外厨ってのは、サッカーに関するあらゆることで『海外(≒欧州)は何でも正しい。日本ダメ』を過剰に言いたがる人であり、海外サッカー見ている人の全てが海外厨ではない。

1.サッカーのものに関する部分

・1つの生き物のようにというのを簡単説明する。フォワード攻撃選手で、ディフェンス守備選手という認識があるが、これは古き時代認識

現代では、ディフェンスフォワードから始まるし、フォワード最前線で守ってくれないと、しわ寄せが守備最終ラインに来る。

ボールに行くのか、行かないで下がるのか。縦パスコースを切るのか、敢えて縦に出させて味方で囲むのか、などなど。

・では、ディフェンスは守っていればいいのかというと、そういうことでもなくて、今は攻撃の組み立てはセンターバックサイドバック場合によってはゴールキーパーから始めることが多い。

攻撃選手攻撃を始めるのではなく、攻撃選手詰め将棋でいう最後の一手。

攻撃選手守備をして、守備選手攻撃の組み立てをして、真ん中の選手バランスを取ったり、守備を重視したり、攻撃コンビネーションに参加したり、あるいは意表を突いて攻撃最後の一手になったりする。

・細かいことはぼくもわからないので把握しなくていいのだが、とにかく緻密で複雑ということがわかればいい。

ここまではある程度同意する。が、そこから先はあまりにもサッカー本質無視した議論

現代サッカー監督は、緻密で複雑な詰め将棋を解ける人。感覚的に処理する野球の元巨人監督長嶋茂雄みたいな人は少なくなっていて、野村ID野球的になっている。

・もともとサッカーは偶然に左右される神頼みなスポーツであったのだが、現代では偶然に起こるすべての事象理論的に支配しようとする試みで満ちている。神への挑戦であり、神への挑戦者同士の対決なのだ

・だから勝敗が付いたときは偶然ではなく、何らかの理由がある。選手が頑張ったからというのもあるにせよ、選手活躍できるように監督が何らかの細工を行っていると考えるのが普通で、そのへんの謎を読み解いて楽しむがサッカークラスタ流儀でもある。

・繰り返すが、サッカーチェス将棋のような知的競技なのである

へぇ、2015-16,2016-17チャンピオンズリーグを連覇したジダン監督 (註1)や、2015-16シーズンプレミアリーグ奇跡ジャイアントキリングを起こしてレスターを優勝させたラニエリ監督は『緻密で複雑な詰め将棋を解ける人』なんですか~(棒)

サッカーボールを足(+時々頭&胸)で扱う関係上、不確定要素が非常に多く、結局のところ良い選手というのは『戦術理解が高い』だけではなく、『イレギュラー事態にも強い』選手である

加えてサッカーは他競技と比べて、点の入ることが著しく少ない競技だ。

から試合レベルでは、『敗因は、たまたまこちらのシュートが全部止められた上で、たまたま相手の1本だけのシュートが決まったことです』としか言いようのないことも多い。

もちろん、これも長丁場のリーグ戦ならばある程度は収束する。だが、トーナメントや、W杯の3試合しかないグループリーグではそのような確率の偶然と向き合わずはいられない。まったく、たまたまネスタマルディーニとジダがミスして逆転されなければ、03-04シーズン普通ミランCL優勝していたはずで、そうすればモウリーニョにでかい顔させずに済んだんだよ(究極のタラレバ)。

その辺の『偶然といかに付き合うか』がサッカー戦術ではあるが、試合を見てもインタビューを聞いても、名監督と言われる人たちが全員『確率支配しようとするような、神への挑戦』をしているとは思えない。『神の気まぐれと上手く付き合おう』派も多いように感じる。


2.ザッケローニとハリルについて

・もちろん監督の良し悪しというものはあるが、日本代表場合チェスうまいという理由ザッケローニ監督を呼んできている。

・一方で、ザッケローニ監督は、強力な戦術の骨組みを持つ強力なチームを作ることには長けていたが、相手の出方に応じて、こちらのやり方を修正することが得意な監督ではないことが、ブラジルでの敗戦からわかった。

・なので、ロシアワールドカップに向けて、最先端戦術に通じている上、相手の出方に応じて作戦を変えられる監督を探してこようということになった。

ここはある程度正しいが、次の部分で少なくとも書き手ザッケローニすらまともに見ることが出来ていなかったことも分かる。

・そんな中でブラジルワールドカップでは、選手の一部が「自分たちらしいサッカー」(用語が違うかも)を言い出して言うことをなかなか聞かなくなったと言われている。

・仮に選手意見が正しかったとしても、監督プランは狂うので、次善策を持って対応するしかなくなる

・もし、選手達がアルベルト・ザッケローニの思い描く戦術再現するために必死になっていたら、結果は違ったかもしれない。という思いが、サッカークラスタにはある。

・なぜならブラジルワールドカップでは、日本がどういう戦術を使うか、どんな選手を使ってくるかが相手にチームにバレていて、丸裸の状態惨敗たからだ。

・ぼくはザッケローニ監督の用意するサプライズに期待していたのだが、何のサプライズもなかった。

『もし、選手達がアルベルト・ザッケローニの思い描く戦術再現するために必死になっていたら、結果は違ったかもしれない。という思いが、サッカークラスタには』ありません。遠藤前田遼一調子が良ければ、という思いならばある。

ザックジャパンは非常に左右非対称なチームで、左には長友、遠藤香川比較テクニックのある選手がいて、そちらのサイドで崩して、当たりの強さのある前田遼一本田、あるいはダイアゴナルに走り込んでくる岡崎が決めるという戦術を取っていた。

これが遠藤が(オーバーワークで?)調子を落とし、香川マンU試合に出られなくて試合勘を失い、前田遼一が(体調の問題なのか)Jリーグでゴールを決められなくなったため、本番ではコートジボワール戦で上手く行かず、本田トップで使ったり岡崎を左に回したりせざるを得なかった。そしてそれが上手く行かなかったというのが直接的な敗因だ。

もちろん、相手日本代表の基本システムには対策をしていたし、逆にザックもそれを分かっていて何度も何度も得意の3-4-3を親善試合で試してはいた(が、3-4-3は最後まで上手く行っていなかった)。

ハリルホジッチ監督は、当然のことながら、相手スカウティングを警戒して手の内を隠していた。試合に勝って渋い表情をしたり、負けたときに敢えてにやりとしたり、あるいは絶望的な顔をしたりするのも、作戦の1つではないかと予想していた。

ワールドカップの本番になれば、あの時のあの顔にはどういう意味があったのかとか、あの試合では実はこれをテストしていたんだとか、ハリルホジッチの仕込んでいた作戦がようやく明らかになると思っていた。

・稀代の策士がロシアでどう戦うのか。もし全然通用しなかったということになれば、それを踏まえて新しい一歩を踏んでいけばいい。逆に、うまくいった部分があるならば、そこを日本長所として伸ばしていけばいい。

・すべてはワールドカップ勝利するため。

サッカークラスタで、ハリルホジッチのやりたいことがすべてわかっていた人など誰もいない。一般人にわかるようなものであれば相手にも当然バレる。メディア人間にもわからない。

・すべてはワールドカップ本戦での戦いぶりを見た上でないと判断できなかった。だって、3年も準備させてきたわけだし、我々サッカークラスタは3年もハリルホジッチサッカーを見てきたわけだ。

この辺はある程度は同意する。確かに、少なくともザッケローニよりは、あるいはジーコよりは相手に合わせるサッカーが上手い監督ではある。

・そして、ハリルホジッチが解任される可能性はほとんどなくなっていた。なぜなら、宿敵オーストラリア完封するという離れ業を見せ、ワールドカップへの出場を決めていたからだ。

ワールドカップへの出場を決めるというのは、決して当たり前のことではなく、大きな功績の1つだ。予選を勝ち抜いているのに解任されるとしたら、過去犯罪がばれるなどの大きなスキャンダルでもない限りはあり得ない。

だが、この部分は同意できない。少なくとも今のアジアは4.5枠あり、日本韓国オーストラリアあたりは出場を決めて当然レベルサウジアラビアもかつてはそういう国だったんだけど、2010,2014と連続で逃した。2018は予選突破した)。しか韓国にしても調子は落ち気味だし、オーストラリアは何を思ったかこれまで得意としてきたパワープレー中心のサッカーではなく真逆パスサッカーを導入しようとしてあまり上手く行っていない。

ハリルがオーストラリア完封したのも半分はオーストラリア側の自滅でしかない。

・そして、ハリルホジッチは、相手に勝つ確率を少しでも高めるためには、選手の人気にはこだわらず、対戦相手との戦いが有利になるような選手を選出しようとしたはずだ。

・そこから外れている選手からは当然不満も出るだろう。

・けど、その不満に基づいて、監督を解任するというのは妥当なんだろうか?

ファビオ・カペッロ(註2)「せやな

ハリルホジッチ監督選手をえらび、ハリルホジッチ監督プランで、ハリルホジッチ監督作戦ワールドカップを戦うのが当たり前だ。

しかし、もっと忖度してくれという。人気がある選手が出場していないと困るという大人の事情があったりする。

サッカークラスタ大人なので、大人の事情があることはわかっている。しかし、ワールドカップという大舞台では忖度していては勝てない。

ワールドカップ勝利する確率を1%でも2%でも高めるためには、監督意志尊重し、代表を外れた選手には納得してもらうように話をし、目当てにしていたスポンサーには、「勝利すれば新しい英雄が生まれます、その選手を待って下さい」と説得すればいい。

・そういうコミュニケーションこそが、サッカー協会の最大のミッションであった。

しかし、サッカー協会は、コミュニケーションがうまくとれないことを理由ハリルホジッチ監督を解任した。

・それはサッカー協会の仕事なんじゃないか?!とサッカークラスタは突っ込んだ。

・そして、勝つことよりも大人の事情を優先したのではないかと勘ぐった。

スポンサー陰謀論や、一部選手反旗のせいにしたいようだが本当にその見方は正しいのか。

ハリルジャパンが続いていたら『外れるのはホンダホンダケイスケ』になったかは、最終的にはハリル本人に聞くしかないが、(一部のアンチが言うほど)明確でもない。結局はW杯予選でも最後まで使っているし(註3)、最近メキシコ試合に出て調子を取り戻している。

香川に関しても今回の遠征では吉田酒井宏などと共に名指しで『怪我明けだし、まずはクラブ試合に出てコンディションを戻してくれ』と言っているから『本戦試合に出られたか』は別として『本戦に呼ばれない』ことは恐らくない。

それ以外で、本当にハリルが外している選手というのは誰だ。岡崎か。だが、そもそも岡崎本人や彼を起用したがるスポンサーにそんな発言力があるのか。だいたい、岡崎を名指しで使ってほしいと思うスポンサーがいるほど岡崎は人気選手か。

それに、起用されていない選手が不満を持つのある意味仕方ない。それでキャバクラで騒ぐのはダメだけど(註4)。だが、サッカー協会の聞き取り調査長谷部なども不満を言っていたそうだし、大迫や昌子も試合コメントで不満を顕にしていた。それはもはや、ハリルが選手を掌握できていない証であり、部下を管理できない上司無能扱いされるのはどの世界でも同じ事だ。

結局のところ、『相手に合わせたサッカー』をするにせよ、『相手に合わせたら逆算してこうなるケースとこうなるケースが考えられるから~』程度の予測は立てて準備をするはずであり、ハリルジャパンはその準備すら上手く行っているようには見えなかった。だから解任された。それだけに過ぎない。

もちろん、ハリルは『相手に合わせたサッカー』をする人だからという言い訳はあるのだが、それにしても直近の試合特にウクライナマリ戦は酷すぎた。

兎にも角にも、(ハリルだったら上位に行けたかは別として)西野監督GLで敗退したらその時点で猛烈な批判を浴びるのは間違いない。最終的に結果がどうなるかは、3ヶ月後に判明する。

(註1:ジダン戦術が無いというつもりはないが、ジダン戦術は最終的に『1対1ならば勝てる』という極めてレアル・マドリッドらしい前提に立っており、選手調子を落とした今シーズンはそれに代わる戦術をとうとう用意できずにいる。)

(註2:イタリアの名将だが、基本的守備的な戦術を取る監督であるためにしばしば攻撃選手対立を起こし、ミランでもユヴェントスでもレアル・マドリッドでも選手会長対立して辞任するはめになった)

(註3:トルシエ親善試合などで小野伸二中村俊輔市川大祐波戸康広試合に出して何度も天秤にかけ、最終的に中村&波戸は代表のものから落選したという事例もあるので試合に出ている=本大会に呼ばれるとは限らないが)

(註4:ジーコ監督時代にそのような事件があった)

2018-04-09

僕が考える最強の日本代表

・全盛期の長友みたいなのを3人

フォワードボランチサイドバック。90分ひたすらボールを追いかける。

スプリンターを2人

フォワードサイドバック

ボランチは3人

ボールを追いかける、守りのバランスをとる、真ん中駆け上がる

・実質5バック3バック

3-3-2-2

センターバックボランチで守って、サイドバックは走って追いつけ

・キッカーを1人

全盛期の俊介

・あと一人

なんでもいいけどトップはいらない。

・とりあえず蹴って走る

追いついたら強く蹴る

2018-03-14

大学への帰属感と人事の話

ドロドロした話ではなく,研究者業界を知らない人への一般的な話です.

大学研究者は各大学所属していますが,よく大学研究者個人事業主だと言われるように,

実際問題として大学への帰属意識はそれほど高くなく,業界帰属していると考えている人が多いように思います

一般会社員から見ると,大学研究者関係は,会社サラリーマン関係のように思えますし(雇用関係事実その通りなのですが)

心理的にはスポーツチームと選手関係に近いです.

たとえば,情報科学科というもの存在した時に,その中にはアルゴリズム研究者,VR・AR研究者DB研究者自然言語処理研究者

機械学習研究者コンピュータビジョン研究者などの様々な研究者がおります日本大学場合,それぞれが講座制として研究室運営されています

では,自然言語処理研究室助教(昔でいう助手)が准教授になるには,その研究室准教授ポストしか一般的にありえません.

他の選択肢は他大学自然言語処理研究室のみです.つまり,彼/彼女にとっては,A大学情報科学科に所属していると言えますが,

キャリアパスとしては,全国にある大学自然言語処理研究室ポストを見ていることになります

ピッチャーは自・他チームのピッチャーしかなれませんし,ゴールキーパーは自・他チームのゴールキーパーしかなれません.

一部の例外を除いて,他のポジションゴールキーパーフォワード)に移ることはありえないのです.

そう考えると,彼/彼女から見ると,あたか自然言語処理業界株式会社のような概念存在し,

その支店としてのA大学,B大学があると考える方が正しいように思います

そして,キャリアパスとして,うまくいけばA大学助教,B大学准教授,C大学教授栄転をしていくのです.

もちろん一部のエリートは,履歴書東大しかないような人もいますが,

それは会社でいうところの幹部候補生のようなものであまり一般的ではありません.

教授10-20年君臨することを考えると,そういう人は各業界において,10数年に1人の生産ペースです)

最後に少しドロっとした話をしますと,A大学の人事に,B大学教授が口を出すというケースもよくあります

これは,会社視点で考えると異常なことですよね.A大学とB大学は全く資本関係はないのです.

トヨタ部長人事に,日産社長が口を出すようなものです.

しかし,トヨタグループ会社だと考えると素直に理解できませんか?(子会社の人事に,親会社が口を出すというように)

資本上は一切関係がなくても,人的交流による様々なしがらみがあり,それが学閥であったり,業界ドンのような人を生み出しています

おわり.

2018-02-17

anond:20180217035036

くだくだ言ってるけど、この物語キモいと思われてるのは「返礼として庇護者を愛すること」「自発的庇護者を、唯一無二の相手として愛すること」をハッピーエンドポジティブものとして描いていることなんだよ。

私たち毒親持ちは、返礼として、自発的に(という建前で)傅くことをを親から要求されるんだ。そして「自発的に」その希望に反することをすると抑圧が発生する。スーザフォワードを読んだならダブルバインドくらいわかるだろ。

毒親は決して自分が悪役だとは思ってない。そういう魔女集会みたいな物語を美しいと思い、規範化し、そして子供それから逸れると抑圧し始める。これは愛である形容しながら。

別に私たちハッピーエンドあなたたちの物語強要することなんてしない。ただ私たちが考えるハッピーエンドは、わかり手が言っていたように、子供達が庇護である魔女から愛を受け、そしてそれを以って外の世界に開いていく、自分人生を作っていくことなんだ。庇護者と2人で閉じていくことではないんだよ。そういう物語が美しいという感覚もわかるけどさ。

このハッピーエンドについては趣味の違いだから別にどうしろとは言わないしいう権利もないさ、ただこういう趣味人間がいるってこともちょっとはわかってやってくれよ。

とりあえず追加、言及先の増田へ。

わざわざやってきて創作物キモい文句つけてるキチガイと思ってるかもしれん。

そのへんはちっとすまんとは思ってる。

しかしそうではないんだ。私は絵師さんたちにわざわざ名指しで文句つけるような悪趣味な真似はせんよ。しかし目に入った創作物について感想独り言的に述べる権利くらいはあると思ってる。そして、絵は好きだけどストーリーは少しアレだなという感想を持った。

その感想を頭おかしいように言われるのは心外だ。それにはそう思うだけの私の理由があるんだ。

そして増田よ。クリエイターとして、それらの感想おかしものとして何も考えずに棄却したり、自分創作物に対するネガティブ感想を全て不当なものとして処するのであれば、あなたと話すことは何もない。しかし少し思うところがあるのであれば、あなたの考えももっと聞いてみたいと思う。私の言いたいことはそれだけだ。

anond:20180216151153

わかり手氏の例のツィートについて非常にモヤモヤしていた者として言及させていただく。

まず、氏の「魔女毒親」という見方的外れであることについては元増田同意である。ただしそれは、元増田の言うような「魔女集会タグイラストストーリーはない」からではない。むしろ魔女集会イラストは深い物語性をはらんでいるが故にあれほどの盛り上がりを見せたのだと考えているが、それについては後述する。

氏の抱いている「毒親」の概念は、「息子を溺愛し、子離れできずに子に害をなす母親」といったものだと思われるが、これは「毒親」の語源となったスーザン・フォワードの「毒になる親」やそこから発展した議論にみられる毒親像とはいささかのずれを感じる。そこで語られているのは、自身人格からして非常に未熟で、子供への愛情他者に対するものではなく自己愛に近い、それ故に子供独自人格意思尊重できず抑圧したり無視したりしてしまうという親の姿である。このような毒親にとって子供とは「彼氏」のようなパートナーとしての存在ではなく、自身社会に受け入れられ、社会で称賛されるための道具であり自分の一部であるとも言える。何より、こうした毒親子供の成長・成熟を望まないことも多い。子供いつまでも自分支配下にあることを望み、その望みに反して成長を遂げようとする子供に対しては敵意をむき出しにして虐待に走ったりもする。

これに対して魔女集会タグにおいては、大前提として子供は「自分を守るほどに強くたくましく成長する」ことを何より望まれている。「母を愛する子の当然の行為として母を守る」のではなく、母から独立した上で、自身意志として彼女を愛し守ることを選択するよう望まれているのである。この「自身意志として」という点が魔女集会モチーフの最大のキーポイントである。息子や娘としてでは意味がない。彼らが生みの親を愛するのは当然である(とされている)のだから。それは、養い子がほとんどすべての場合「捨て子」である要因にも通じるだろう。

魔女集会イラスト魔女たちはしばしば、ツンデレ言動をみせる。彼女が拾い子を養うことにしたのは、中には子を気に入って可愛がるために傍に置くことを望むケースもあるが、多くは「気まぐれ」であったり「ふとらせて食う」ためであったり「下僕としてこき使う」ためであったりと、「愛情動機ではない」ことが本人の口(モノローグ含む)から語られる。にも拘わらず、長じた子供は「自分意志で」彼女を愛するようになり、その愛によって恐ろしい魔女もついデレてしまう、というのが基本的な構図になっているのである。ここまででも、魔女集会モチーフに込められたストーリー性の存在は明らかである

さらに、「魔女」「捨て子」というキャラクター属性についても考えてみたい。まずは「魔女」についてである

上記のごとく、魔女たちはツンデレである。子を拾う以前から彼女らは孤独であり、人間社会から(時には同族社会からも)隔絶された存在である。そうした彼女らが子を拾って育てることを「愛情からではない」と殊更に強調するのは、彼女らが「愛情より子を育てること」を世界からあらかじめ禁じられているからに他ならない。白日の下を歩く人間にとって、魔女からの愛は呪いと同等であり、忌むべきものなのだ彼女らは人から愛されないと同時に、人を愛することも禁じられた、二重に孤独存在なのである

一方、養われる子の側もまた、孤独存在である。元より天涯孤独であったり、不慮の災難により親を失ったり、何らかの偏見から共同体を放逐されたりして、他者から物理的な庇護精神的な愛情の両方を失った状態にある。さらにそれは一時的ものではなく、将来にわたってもそのような状態にあることがあらかじめ定められた存在として描かれる。そのような状態で、彼はこの世でただ一人、自分を愛し守ってくれる可能性のある存在としての魔女出会うのである。失われた愛護魔女に求めるよりほかはないのは言うまでもない。魔女が親の仇であったりして表面上は魔女罵倒するシチュエーションもよく見られるが、彼が魔女庇護を受けなければ生きられない存在であることが動かせない以上、そのことは二人の関係性にスパイスを添える程度の要素でしかない。

愛を与えることを禁じられた魔女にとって、その禁にもかかわらず自分に対して愛を求める養い子の存在はかけがえのない存在となる。愛護を失った少年にとっても、禁を犯してまで愛を与えてくれる魔女はかけがえのない存在である。こうして互いにオンリーワンである二人が強固に結びつき、愛を与え合うようになる過程をBefore/Afterの2つの描写によって想起させること、それこそが魔女集会タグに込められたストーリー性なのである

なお、上記の論とは独立した別の要因として、「過程を描く」以上、不老であったり元からある程度の年齢であったり、せいぜい少し老ける程度である魔女を養い子の視点描写するより、子供から大人へのシフトが発生する養い子を魔女視点描写するほうがよりドラマ性を感じさせることになるだろう。そのため、作品群の多くは魔女視点描写されており、描写されるストーリー魔女側にやや傾いたものとなるようである

以上をまとめると、魔女集会で会いましょうというタグは、

「愛を与えることを禁じられた魔女が、その禁にもかかわらず自分に対して愛を求めてくれる存在出会い、彼の求めに応えて愛を与えることで彼を成長させ、その返礼としてより大きな愛を彼から与えられる」

物語である結論付けることができよう。

長文失礼。

2018-02-07

[]メッザーラ

Mezzo(半分) + Ala(翼)で「Mezzala」と書く。

サッカーポジションで「半ウイング」の意。

3ボランチの外側のことだとか、

サイドハーフのことだとか、

インサイドフォワードのことだとか

トップ下とウイング中間だとか、

どのポジションを指すのか諸説入り乱れていて混乱するが、

とりあえず現在インサイドハーフを指すことが多いらしい。

インサイドハーフは逆三角の3センター採用した場合攻撃的な二人のこと。

2017-12-09

anond:20171207233624

就業前の着替え、タイムカードが15分刻み

その上時間外のサービス労働

休憩時間という名の待機時間

これ全部今の俺の職場だけど本当に法律守ってほしい

抜け道使って不利益被っても法律守ってんならまだ納得できる

自分無知のせいだし

取り敢えずペイフォワード的な未来を願ってこれから信号守り続けるしかないわ

2017-11-12

幻想芸術集団Les Miroirs公演『アルラウネの滴り -改訂版-』

ダス! イスト! デア! トロプフェン! デス! アルラウネ!

アイネ! クライネ! ナハト! フランケンシュタイン

イッヒ! リーベ! ナツィオナル! ソシアリスティッシェあわわわわわ! この辺で。

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“幻想芸術集団 Les Miroirs(レ・ミロワール)” という豪快な源氏名を名乗っているが、つまりは都内の小劇団だ。

んーむ、どういうことなんだろ、また芝居を観に来てしまった。

これまでの人生で演劇なんて片手の指にあまるくらいしか行ったことないのに。

ひょんなことから、とある小劇団の芝居に行ったのが先月。

劇場でダバっと大量のフライヤー(チラシ)を渡されるので、眺めているうちに妙に気になって今回はこの劇団の演目『アルラウネの滴り -改訂版-』を観に行ってきた。

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観劇後の印象がなかなか良くて、それで妙に語りたくなったので記録の意味でレビューを残しておくことにする。

当方、舞台観劇はズブの素人なので、マニアから見たら噴飯モノの印象がバンバン飛び出すことと思われるが、そこはヌルく見逃してほしい。

あと、上演も終わっていることだし、ネタバレ上等で書くので、そこは4649!

それでは、行ってみよー!

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■全体として

先入観が無かったといえばウソになるわけで。

幻想芸術集団という大迎なプレフィックス

おフランス語の劇団名でミロワール(鏡たち)というのは、つまりキャスト達のことだろう。

豪奢な近世ヨーロッパ風衣装。

小洒落たサロンで撮った宣材写真

キレイどころの若い女性を中心に固めたキャスト

中央には男装の麗人

「これはきっと、『ベルばら』風にお嬢様たちがキラッキラにやりたいことだけをやりたおした豪華絢爛、欧州絵巻だろうな」と。

それで、「どれ、どれだけ背中とオシリが痒くなるか、いっちょ見てやろう」くらいの気持ちで足を運んだのだが。

.

これが。

開始10分で背筋を伸ばして、

脳を総動員して、

つまりは本気でストーリーを追いかけることになった。

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近世ドイツを舞台にしたバリバリに骨太なサスペンススリラーになってる。

そりゃそうだよな。

単なるキラキラ少女漫画ワールドだけで、旗揚げから10年以上も劇団が存続できるワケないもんな。

幻想的な要素は “アルラウネ(マンドラゴラ)の美女を集めた娼館” というキー・ガジェット一点のみ。

あとは細部まできっちりと整合したダークなクライムストーリーで。

(このへん、『スリーピー・ホロウ』(ティム・バートン)に通じるものがあるな。

 あれも超現実はデュラハン首無し騎士)の一点だけで、あとはストレートな推理モノだった)

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そして、今さらながら。

自分がなんで演劇を面白いと感じるか、分かった。

ミニチュアジオラマを見ているのと同じだ。

右から左から、見ても見ても、どこまで見ても情報量が尽きることがない。

これはフレームで切り取られた映画にはない楽しみであって。

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この舞台にしても。

ブリンケン伯爵が実に俗物らしくロゼマリー嬢を相手に大笑しているときに、うしろでフローラ嫌悪感をまる出しにしていたり。

カスパルが客前で気取った口上を並べているときに、後ろでオリヴィアペトラクスクス笑っていたり。

ふとカスパルが来歴をほのめかすときに、バックでアルマアラベスクをキメていたり。

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どこに視線を固定しても、漏れる情報がある。

これが脳にすごい負担がかかる。

決して不快ではない負担が。

これが自分的な芝居の楽しみだと、劇場を出るときに気がついた。

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作劇について、もうちょっと書くと。

衣装がキラッキラなのは舞台が娼家だからであって、ここを誤解していた。

実際の登場人物はというと、全員が第三身分。

(脇役の伯爵、伯爵夫人、王様の3人をのぞく

それも、ドラマにしやすい貧民でもなければブルジョアでもなく、中間層知識人というのがニクい。

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そしてデカダンス

スパイス程度の頽廃なんてもんじゃない。超頽廃。超デカダンス

なにせ純愛がまったく出てこない。

娼館。

仮面夫婦

父を求めて得られなかった少年は長じて若いツバメ(愛人)となる。

例外はアルマカスパル気持ちが通じるところ、それにヘタレ青年が主人公に想いを寄せるところだが、どちらも一方通行に近い。

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さらに設定考証がすげぇ。

神聖ローマ帝国時代のバイエルンの片隅にある架空の歓楽街、というか売春窟を中心に時代と風俗をガチガチに作り込んである。

おそらく、俺の気が付かないところもガチガチだろう。

唯一、気になったのは

「あれ、ドイツ語圏ならネーデルランドじゃなくてニーダーランドじゃね?」

ってところくらいで、これも観客のアタマへの入りやすさを選択した結果だろう。

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うん。正直に言うと、作り込みすぎじゃね? っていうところもあった。

具体的に言うと、ダイアログが文語中心で、若干だけど苦しい。

当方、語彙力にはそこそこ自信があるオッサンだが、それでも、

「じい(侍医)」とか、

「せんていこう(選帝侯)」とか、

会話をトレースして理解するのにアタマを総動員する必要があった。

かと言ってなぁ。

そこを「侍医」→「お付きの医者」とか、「選帝侯」→「偉大なる領主さま」とか言いかえるとテイストがどんどんボヤけるしなぁ。

時代のフレーバーとして、いたしかたなしか。

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ほかにも上に書いた「若いツバメ」とか、娼館ではロウソクがタイムチャージに使われていたりとか。

ともかく文学的で含みのある表現を多用していて、ターゲット年齢が高いか、あるいはマニアックな層か、ともあれコレくらいのレベル普通なのかな?

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あと、要求水準の高い批判をすると。

階級社会不条理に対する怒り” というのを冒頭に打ち出した割には、通底するというほど通底していない。

21世紀の今から見て付け足した感じ。

フレーム全体の仇役としてエーヴェルス先生を立てて、カール殿下の誅殺を5分のエピローグとしてサラっと流したので余計にそんな感じがする。

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もう1つ細かいことを言うと、カスパルとエーヴェルス先生がクライマックスに対峙するまでハチあわせしないのは、苦しくないか?

それを言うのはヤボというものか。

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ま、ともかく。

全体として、チケット代以上に大いに楽しみ、没入し、満足した。

見て損はなかった。

ほかの演目については保証しかねるけど、再演のときには是非とも足を運んでみてください。(繰り返すけど、俺は関係者じゃないよ)

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以下は、キャストと演出について

※普段は「役者は顔じゃない」というのがポリシーなんだけど、ここまでビジュアルにこだわった劇団と演目に対しては、しゃーない、キャストビジュアルについても言及させてもらいます。あしからずぅ。

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■男優3人

劇団と演目を全体として俯瞰すれば。

耽美で退廃的なテイスト

きらびやかな衣装と意匠。

おそらく女性中心の運営で女性中心の企画立案で女性中心のキャスティングをしている集団だと推察するけど。

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自分にウソはつけない。正直に言う。

観劇後の印象は男優三人組が大部分かっさらって行った。

全員が客演。

おそらく、3人が3人とも、キャスティング担当者が選びに選んで一本釣りで連れてきたのだろう、と、思う。

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 エーヴェルス先生の狂気、

 フランツの怯懦と勇気、

 ブリンケン伯爵の俗物さ。

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多分それは、つまりこういうことだろう。

女性陣、主人公2トップをふくめ、大部分のキャラクターは何らかの葛藤や二面性を抱えていて、心理に微妙な綾があるのに対して、男性陣3人は完全にバイプレイヤーとしてストーリーの進行装置以上のキャラクターが割り振られていない。

あとはそれを渾身のパワーで演じれば良いだけで、結果としてものすごい強烈でシンプルな印象をこっちに叩きつけてくることになる。

これが観劇初心者の俺みたいな人種にはビンビン来るのよ。

ある意味三者三様にヨゴレで良い役をもらってるとも言えるわけで。

こればっかりは、しょうがない。

こういう観客もいるということで、ひとつ

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■高山タツヤ(エーヴェルス先生)

いやしかし、悪役ってオイシイよな。

自分的には今回の演目でこの人がNo.1。

最初はシャーロック・ホームズ的な近代合理精神の尖兵として事件に切り込んでいくのかと思いきや。

途中からどんどんマッドサイエンティストの素顔が出てきて、終盤すべての黒幕という正体が明らかになって、最後はムスカ大佐みたいに天誅がくだる。

宣伝スチルでは “生に倦み疲れた貴族” みたいな立ち位置かなーと思っていたら、もっとパワフルだった。

理性的で狂人、策謀家で紳士、もうテンコ盛り。

唯一の難としては、演技とキャラクター作りが設定より若干、若く感じた。

そのせいでカスパルとの対比が弱い。

しかし、それにしても、実験体のときにカスパル13歳、エーヴェルス24歳。

最後に対峙した時点でカスパル31歳、エーヴェルス42歳か。

これまた描写の難しい年齢差を持ってきたな、とは思う。

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■谷英樹(フランツ

普段は剣戟主体のアクション俳優さんらしい。もったいない(と言ったら失礼か)。

ねぇねぇ、性格俳優やりましょーよ。

できますって絶対。実際できてたし。

高い鼻筋、シュッとした輪郭ともあいまってヨーロッパダメダメ青年を完全に演じきっていた。

迷い、失敗し、バカにされ、それでもフローラへの思い一徹。

というか、この劇中、唯一の未熟者役で、これは配役としてよいポジション

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■杉山洋介(ブリンケン伯爵)

たぶん、この人はただの色ボケ爺ぃじゃないよ。

宮廷の権謀術数

複雑な典礼プロトコルの知悉、

家門の切り盛り。

そういったシンドイ大事や雑事を乗り越えて、やっとこさトレッフェン通りで馴染みの嬢を片手に思いっきりハジけているところに腹上死。

涙を禁じえません。

そういう想像が働くところが、杉山氏のキャラクター作りのなせる技かと。

いや、たんなる家門だよりのアーパー伯爵っていう設定かもしれないけどさ。

ともかく、そんな感じがした。

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■武川美聡(オリヴィア)・小川麻里奈(ペトラ

ストーリーも半ばを過ぎたところで、ハタと気がついた。

カスパルフローラが客から評価をもぎとってくるフォワードだとしたら、オリヴィアペトラ役のこの2人が失点を防ぐディフェンダーなのね」

アルラウネだけじゃない、葬儀の席のゴシップ婦人、伯爵家の侍女と、早着替えをしながら、縦横無尽に八面六臂。

よほどの高能力者じゃないと、こうはいかない。

逆に言えば。

ストーリースケールに比してジャスト10人という少数精鋭のセッションで。

もしもこの2人が「私たちモブよ、モブよ、モブなのよ~」と手を抜いたり段取りが悪かったりしたら?

それこそ目も当てられないほど悲惨なことになるのは想像できる。

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この芝居を観た人がいたら聞きたいのだが。

ストーリー展開のつなぎが悪かったところがあったか?

会話のリズムと展開がギクシャクしたところがあったか?

状況の説明が足りないと感じたところがあったか?

少なくとも、俺にとっては無かった。

これ全部、彼女たちの仕事であって。

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こうも言える。

「観客を40人と仮定して、80個の目玉とその批評眼の猛攻を、2時間近くの上演中、ゼロ失点でしのぎきった」と。

しかも、それだけじゃない。

「それじゃ、ここはカスパルを見ていよう」と視線を切ったままにしておくと、いつの間にか “弱気なオリヴィア” と “地味に辛辣なペトラ” がシャドーストライカーとしてヌッっと認知の前景に割り込んでくるから油断がならない。

専属キャストスポットを浴びて歌い踊る後ろで、 “舞台成立請負人” として劇団を渡り歩くって、ックーッ! シビれるっすねぇ(想像のしすぎか)。

特にオリヴィア役の武川さんはホームチーム無しのフリーランサー

次にどこで会えるかもわからないという、この西部劇カウボーイ感。

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■マリコ(伯爵夫人クロリス)

政略結婚で異国に嫁ぎ、政治のあおりで幽閉状態。

夫に先立たれ、あとは家門を守る化石となりつつある中、若いツバメとともにふと訪れた春。

でも心の底では彼が自分を利用しているだけと気がついていて、寂しさがつのる人生の晩秋。

っていうメロドラマ的挿入話を、たった1人でゴリゴリ成立させてしまった。

オフショットを見たら、周囲に負けず劣らずの美人さんなのに、哀切よろめき婦人にサクッと変身するあたり、地味にスゴいよ、この人。

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■中村ナツ子(ロゼマリー)

加東大介(『用心棒』)といい、中村梅雀(『八代将軍吉宗』)といい、馬鹿キャラってオイシイよな。

と、思いつつ、可愛い子チャンで馬鹿キャラってのは失敗例が山ほどあるワケで。

美人馬鹿キャラ、厳密に言うと “短慮と衝動、それに浅知恵で状況を悪化させるキャラ” っていうのは、全世界のホラーパニック映画ファンが怒りまくってることからも分かるとおり劇薬であって、書くのも演るのも本当に難しくて大変で。

フィクションで最近の成功例だと、『デスノート』の弥海砂とか。自分の中では『ウォーターシップダウンのうさぎたち』のネルシルタとか)

その中でも彼女ロゼマリーの配役と演技は大成功と言っていい。

シナリオ、人物造形、演技の巧みさ、3つが合体して、ストーリーを停滞どころかグイグイ展開させる存在として実に効いている。

アルラウネたちが、それぞれどこか華美な中にもダークさを感じさせる装いの中、ひとり明るい髪色でキャるるンッとしたバービー人形のような出で立ちも良い。

彼女を舞台で見るのは実はこれが初めてではなくて、かなりの美形なことは知っていたけど、作りようによっては、なんというか、 “こういう美人” にもなるのか、と今さら驚く。

(彼女の第一印象については、

https://anond.hatelabo.jp/20170925212923

 の中村ナツ子の項を参照のこと)

というあたりで。

最後に。

あー、業務連絡、業務連絡。中村さん、編集者やってみる気はありませんか? 原稿ライティングができてAdobe製品が使える最強のマルチ編集者になれますよ。その気になったら、いつでも当方に声をかけてください。

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■麻生ウラ(アルマ

うー、うーうーうー。モゴモゴ、わかった、言う。

えー、強烈な声優声なのは、演出上の要請か、それともそれ以外の発声メソッドを持っていないのか。前者だと信じたい。

さて。

最古参のアルラウネ、そしてカスパルの右腕として気持ちを交わし、動き、嘆き、そして踊る。

ちょうどキャプテン・ハーロックにおけるミーメみたいな立ち位置

ただし彼女の場合は愛と忠誠心一方通行気味なのが哀しい。

キレイどころ揃いのキャストの中でもアタマ1つ抜けているビジュアルダンスを買われての登板か。

(「ビジュアル充実で演技とダンスが良いなら文句ねーだろ」という方は、この項の2行目を参照のこと)

休眠状態の彼女のポーズを見て、開場のときに舞台においてあったオブジェの意味がやっとわかった。

それにしても。

アイライン抜きでもアニメキャラ級の大きなお眼々。

とんでもなく整ったマスク

スレンダーで柔軟な身体は恐ろしく妖艶に動く。

世を忍ぶ仮の姿バンドヴォーカル兼ヨガ・インストラクターとのこと。

ドュフフフフ、オジサンに勤務先教えてくれないかなぁ。

(この6行、後でカット)

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■乃々雅ゆう(フローラ

アイライナー(と、おそらくカラコン)を差し引いても深い情熱的な眼、意志の強そうな頬からおとがいライン

なんというか、豪華欧州絵巻を演るために生まれてきたような。

実際、ブルボン王朝の末席にいて、ベラスケスが肖像を描いてそうだ。

(なぜブルボン王朝(スペイン)かというと、黒髪だから)

その意味では、この劇団の申し子みたいな雰囲気。

立ち上げからのメンバーかと思った。

そのくらいピッタリの所属先を見つけたと言えるんじゃなかろうか。

宣材写真を見たときはもっと毒のある雰囲気で、「ふむ、このヒトが超々々毒婦をやったら面白そうだ」と思って劇場に行ったんだけど。

なんというか、キャラクターもご本人も想像より瑞々しい感じの人だった。

“運命と戦うヒロイン” という、もう本人の雰囲気そのままの役回りを手堅く好演。

娼館の女主人のときはもっと毒々しくても良かった気がする。

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■朝霞ルイ(カスパル

どんなに声のトーンを落としても客席まで声が届いていたのは彼女だけだった。

ベテランの風格。

打ち棄てられた実験体児がどこでどうやって成長すれば、こんな艶やかでピカレスクトリックスターに育つのか、そこを見てみたかった気もするが、そこを書いたらタダでさえ2時間ちかくある上演時間がさらに伸びるので、いたしかたなし。

この俳優さん、眉頭にいい感じに険が出ていて、男装の麗人からリアル美丈夫への過渡期にある感じがする。

男役としては、これからが一番いい時期なんじゃなかろうか。

ダークヒーローカスパルを好演。

カスパルがどんな人物かというと。

ん。

待てよ……整理すると!

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1)娼館の影のNo.1として女主人をウラからあやつり、朗々と艶やかな口上を述べるトリックスターで、

2)火災その他のカタストロフから巧みにサバイバルし、言葉巧みに未亡人の情夫におさまる冷徹ピカレスクで、

3)非人道的な実験の結果として対アルラウネ耐性を有する厨二病キャラで、

4)それでいて不幸な幼少期から、どこかはりつめた脆さを感じさせ、

 (それは例えて言うならば、ラインハルト・V・ローエングラム的な)

5)そして、こころ疲れた時には情を交わす女アルマが影に寄り添い。

.

なんてこったい! 男装女子の演りたいこと、全部入りじゃねーか!

どうなってるんだ朝霞さん! アナタの配役が一番オイシイよ!

旗揚げメンバー特権か!?

観劇前はフローラカスパルが互いのカウンターパートをつとめるセッティングかと思ったら、終わってみれば伯爵から先生からアルラウネ達からフローラから、もうもう全員が彼との関係性を軸に話が展開するという、まさにザ・主人公・オブ・ザ・主人公

しかし考えてみれば、そのぶん舞台上でも舞台裏でも負荷は並大抵では無かったはずで、本当にご苦労さまでした。

良かったっす。

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■a-m.Lully

あの役がオイシイ、この役がオイシイ、と書いていて気が付いたが、

全者全様にオイシイ役ばかり。

調べたら当然のごとく、当て書き脚本だった。

この辺が座付き作家、というか作家が率いる劇団の最っ高のアドバンテージだよなぁ。

と、同時に。

「このストーリー、映像化してもイケるんじゃね?

 というか、ヨーロッパあたりに売り込んでもいいんじゃね?」

と思ったのだが。

脚本、キャスト、演出のケミストリー化学反応)による名演と脚本単体のポテンシャルの見分けがつくほど、俺は観劇に強いわけではないので、この印象は保留しておく。

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大道具・セット

背景と大道具がすごい。なんてったって “何もない” んだから。

物理的に必要な長椅子が脇においてあるだけ。

これ、大英断だと思う。

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メインの舞台となるのは近世ヨーロッパの娼館で。

自分がイメージできるのは『ジェヴォーダンの獣』(クリストフ・ガンズ)くらいだけど、あれを雰囲気だけでも匂わせるには1千万円あっても足りない。

その後の場面展開を考えたら、そこはバッサリ切り落として、そのかわり衣装と装飾品にガッツリリソース(金と時間と手間)をかける。

キャストこそが情景の担い手という戦略。これ大正解

少なくとも自分はそう思った。

.

で、板の上には何もない代わりに、ステージ背面全体を三分割して並んだ3つのセル(部屋)。

ライティング次第で中のキャストを浮かび上がらせて、複数のストーリーラインを同時に進行できる空間なんだけど、これが実に効いてる。

回想、視点の移動、娼館の部屋それぞれ。もう大活躍。

.

白眉はエーヴェルス先生が娼館に潜入するシーン。

ライティングを目まぐるしく切り替えて、それこそ『ミッションインポッシブル』か『オーシャンズ11』かっていう高速カットバックを実現している。

(いや実際、照明さんは胃に穴が空いたんじゃなかろうか?)

実を言うとアタマのスミでは「それをやりたいなら映画でやったら?」と思わないでも無かったけど、映像作品と舞台の良いとこ取りをした意図は買うし、実際、効果的だった。

.

と、同時に。

こうも思った。

「ああ、そういうことか。エイゼンシュテイン以降の変革は舞台にも及んで、自分はいま変革後の作品を見てるのね」と。

MTV以降、ライブコンサートに巨大モニターが導入されて各種フレーミングが可能になったように、舞台も律儀に単一フレーム(場の一致)なんて守ってる場合じゃないよね。

.

■最後に、気がついたこと、気になったことをまとめて

・会場の音響が悪すぎ!

 卓かアンプが、どこかでバチバチに歪んでる。

 せっかく古典派の交響曲ストイックなまでにかためた選曲が台無し。

 客席横では四六時中、空調がプシュープシュー鳴ってるし。

.

キャパ、狭すぎ!

 ねえねえ、次はもっと大きい小屋でやりましょーよ。

 大丈夫。大丈夫だって

 連日満員でエクストラシート用意するくらいなんだから。

 ぜったい大丈夫だって!(←無責任

.

・ハッキリとした開演ベルが欲しかったところ。

 カスパルがおもむろに登場してアルラウネのオブジェを撤去して暗転ってのは、演出としてどうかと思った

.

プログラムの誤植。

 コーヒー愛飲の習慣のところ、 “嫌遠” は “嫌厭” の間違い。 

.

・余談だけど、今回の上演『改訂版』の前の上演回をみんな『祈念』と呼んでいる。

 理由を調べようと思ったけど、まーいーか。

.

キャスティングの軽重に関係なく、みんな多かれ少なかれセリフが飛んだり、噛んだりしていた。

 最終日の最終回、疲労のピーク。

 ステージハイっていったって、限度があるわね。

 その中でもディフェンダー2人(武川、小川)は、自分が見る限り

 挙動とセリフに一切のミスがなかったことを記録しておく。

.

.

……んー、こんな感じか。

.

ともかく、まとめとして言うならば。

幻想芸術集団レ・ミロワールの『アルラウネの滴り -改訂版-』良かったっす。

次もタイミングが合えば観に行こうと思いつつ、このテキストを終わる。

2017-10-24

若者保守化論の誤り。維新リベラル自民改革派認識、と世論調査

18・19歳、自民に4割傾く 立憲民主高齢層支持多く:日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO22561000S7A021C1EA2000/

日経記事話題になっていて思い出した選挙前のラジオですが、若者保守化論に関して是非とも紹介したい内容なので途中からですが文字に起こしました。

2017/9/12(火)ザ・ボイス 宮崎哲弥×北田暁大

https://youtu.be/l7_mlqvCB8s?t=15m11s

北田安倍内閣支持率東大生で高いっていう記事が流れてきて、実際そうなんですけど。上がってるんですよ昔より。東大生は強いものに巻かれるんだなって左派的な人から批判があったんだけど、同時に他の大学と比べてみて一般的にどうかっていうと若者全般がそうである。どっかの調査でもありましたけど若者自身保守化していると言えるのか、現状の閉塞感みたいなものに関して安倍さんの方を革新と見ている可能性がある」

宮崎読売新聞早稲田大学研究所と一緒にやった世論調査があって、50代まで(50代以上の意)は共産党革新リベラルだと評価するんだけど50代を境にして(下の世代は)一転して保守的だと共産党を。じゃあ(下の世代にとって)一体何がリベラルかって言うと維新が1番リベラル

北田「そうなんですよー」

宮崎維新イメージって50代を境にして(50代以上からは)保守だと見なされてしまうと。これが典型的に表れているようにリベラル保守っていう言い方っていうのが世代で違っている。特に50代を境にして全然違っているということになるんですね」

北田「50代までは恐らく冷戦までは通用したような右左とかタカ派ハト派論理政党名と繋ぎ止めているんですけど、40代から怪しくなり始めてもう20代30代になると大きく変わってきてしまっている。この状況を踏まえないと従来型の左右というかリベラル保守という分け方もそろそろ賞味期限というか少し組み替えないといけないんじゃないかと思うんですが、少なくとも左右の対立項が大きくイメージが変わってるのは確かなんですよね」

宮崎「うん」

北田宮崎さんがおっしゃって頂いたやつは今の中央公論の最新号で高知大学遠藤先生たちによる『世論調査にみる世代間断絶』っていうのがあるんですけど、今みたいなお話がでています。19歳から29歳は日本維新の会を1番リベラルだと思っていると。先行世代からはなかなか不思議な構図に見える。そのあとも面白い研究をされていて本来であれば社会学者がちゃんとやるべきことなんですが、安全保障社会的平等ジェンダー質問項目を元にどういう軸が区別指標になっているか子分析っていう手法でやってるんですけど、そこに3つ出てて安全保障の軸、社会的価値観女性社会進出差別)、第3に税金負担の軽減とか自国利益の強調とか経済的な側面というか自国のあり方のような・・・

宮崎はい

北田「この3つの軸を出されて研究されているんですが、これが綺麗に当てはまらないんですよね。民進党なら民進党とか自民党なら自民党とかパッケージ対応してなくて。経済とか社会的なところで凄く我々から見ればリベラルな態度をとっている若者が、安全保障では我々から見るとタカ派的なことを言っている。どちらも共通してたぶん現状を変えていくというような意識では一貫しているんだと思うんですね。これ分析する側が旧来型の軸に頼っているようではおそらく民意をつかめないのではないか

宮崎遠藤さんが取り上げているかからないけれど、同じ調査の中で50代以下の人政党イメージについて改革積極的消極的か問うているわけよ。1番改革積極的だと評価されたのがなんと自民党。次が維新。あとの政党っていうのは改革に対して消極的であるという評価。つまり私より下の世代、50代より下の人たちが何に着目してリベラル保守と言ってるかというと経済体制改革っていうのが積極的かどうかが鍵になっていると思うのよ。それがなぜそうなるのかというと、20年も続いたデフレ。先輩たちが就職難で就職氷河期で喘いできたのを見てやっと自民党が変えてくれたという実感に根ざしたものではないかという気がするんですけどね。どうですか」

北田「間違いないと思います民主党岡田代表だった時代リベラル懇話会という形で・・・

宮崎代表でいらっしゃる。今でもこれは続いてるんですよね」

北田「今でもです。勉強会みたいなものを何度かやらせて頂いたんですが、その時に簡単世論調査をしても安保法制で盛り上がる前くらいか分析してても民意は明らかに経済を重視していて、政党支持率経済政策の推進というのは関係が強いんですよね。一貫してそうなのに何で今ここでアベノミクスを超えるアベノミクスをやるって言わないの?っていう」

宮崎アベノミクス内部で考えても消費増税マイナスだったし2013年以降は第2の矢っていうのはちゃんとやってないわけ。GDP比で財政を考えても明らかに緊縮財政になってる。ここを突いてこんなんじゃ駄目だって言うのこそがリベラルだろって私はずーっと言っていて。リベラル懇話会経済政策提言の中にもそのことが書かれているのに何でリベラルはこれを受け入れないの?」

北田「そこが本当に私も分からないというか。安倍政権パッケージングとか安保法制とか・・・

宮崎「そういうのを全部評価するとかまったくなくて、少なくとも第1の矢と第2の矢を評価して第3の矢に成長戦略ではなくて再分配政策もっと多様化政策を持ってくるべきだ」

北田アベノミクスを超える財政出動をするぞっていうような、金融緩和についてはあるジゲン次元?)を設けて消費税についても上げるなんて問答無用な話でそういうジゲン次元?)をつけて考えていく。再分配の仕方を再考していくっていうのがイギリスでいうとねコービンとか、ポデモスとか世界標準的な左派普通になってるハズなんですよ」

宮崎「金の問題重要なんだけどそれは単純に金の問題じゃなくて、そうやって人々の所得が増えていくことによって貧困率だって下がっていくし人間生き方多様性可能性、ケイパビリティアプローチですよ。アマルティア・センが言う。それを増やしていくことがリベラル理念に適っているんだっていう。何でコレが日本では通用しないの」

北田「それを私も聞きたいっていう。あまりにも安倍さんとの対抗軸を立てたいっていうのか強いのか、民進党DNAの中に刻み込まれているのかどうか知りませんけど、少なくともやるべきことというのは緊縮の話ではないし、アベノミクス批判ではないハズですよね。政治家だけだったら敵味方の論理で話が分からないでもないんですが、論壇とかに出てるような左派とかリベラルっていう人たちが経済っていう問題を軽く見ている感じというか、経済問題をを考えなくても他の部分こそが大切なんだっていう。もちろん大切なんですけど、経済問題宮崎さんがおっしゃったように人々の可能性とか潜在能力みたいなもの平等を図っていく上で重要な要素であることは間違いない」

宮崎あなたがね『現代ニッポン論壇事情』の緒言の部分で言ってることがさ、経世済民思想にして卑しい事柄でも何でもなく自由権社会権という基本的人権に関わる重要社会的行為なのだと。これは本当にリベラルと自認していらっしゃる政治家言論人に拳拳服膺してもらいたい」

アナウンサーリベラルの偉い学者さんとかそういう方々は武士は食わねど高楊枝じゃないですけど・・・

宮崎「食えてるんですよ。あの世代の人たちは食えちゃってるんだよ。豊かさは限界だろうとかさ」

アナウンサー清貧思想とか」

宮崎「そう清貧思想とか。若いやつは公徳心ねえなぁとかさ」

アナウンサー江戸時代に戻れとか」

宮崎「そう江戸時代に戻れとかさ。ほんっとに無責任なこと方言するわけ」

北田「でも若い人は絶望してなくて経済指標がよくなったら嬉しいし雇用状況が良くなれば満足度があがっていっていて、それなりに彼らなりに合理的に見ているわけですよ。成熟してこんな成長いらないとか思ってるのは正直な話、若者じゃないんですよね」

宮崎「50代よりも上。だから俺の世代よりも上の人達ですよ」

アナウンサー「逃げ切っちゃえる人達

北田バブルでおいしい思いをしてバブルへの絶望みたいのが過度な形で出てるような気はしますけどね」

宮崎「それもあるでしょうね。でも彼らはバブル受益者だったわけじゃん」

北田「そうそ受益者で、だからこそ割れた時の記憶が強烈なんでしょうけど、だけど、それを20年間散々下の世代が味わってきたわけだから逃げ切りは私は許されないと思います。それと団塊の中でも逃げ切れるの一部ですよ。だから社会保障問題重要になってきて財源論だって色んなところで議論が出てるわけ。逃げ切れる成熟しましょうなんていうことは正直申し訳ないけども呑気な話だと僕は思います

宮崎「高度成長しろなんて一言も言ってないし不可能

北田「だーれも言ってない」

宮崎「でも2~3%のパイを増やす政策を取らなければだんだん縮小均衡になって1番割を食うのは若い世代弱者。この人達ですよ」

北田「だから僕は成熟社会論というのは冷たい冷徹思考だと思いますよ」

宮崎「でもこれがイギリスのギデンズが唱えた第3の道とかさ・・・

北田あんなの新自由主義ですよ」

宮崎「だから左派版、新自由主義でしょ。そういうのと一緒に上の世代の人たちの・・・固有名上げるなら民進党前原さんの頭にね固着しちゃってるんだよ」

北田前原さん聞いてるなら経済だけどうにか考え直して頂けないでしょうかっていう気持ちが。僕は枝野さんに心配していたんですが、枝野さんがこういうこと言うんだってブレイディみかこさんと松尾匡さんと対談している時にニュースが入ってきて、枝野さんがこんなこと言っている!って衝撃を受けて」

宮崎賃金を上げるために赤字国債発行するとかさ、ここでは私は枝野支持です」

北田「僕もびっくりしましたよ。それが一番求められていることであり、簡単思考で言うと経済椅子の数が決まったゲームと考えずに成長していくことによって維持できるっていう、そういうシステムだってことを考えないと公正性とか格差問題も広がっていくだけと思いますね。だからこれはリベラルというよりソーシャルと言った方がいいかもしれませんね。ヨーロッパ型のソーシャル

宮崎ソーシャルって話をすると、もう少し先の話。フォワード・ルッキングしないといけないと思うので言うと、井上智洋って知ってる?マクロ経済学者。汎用AIが開発されて簡単に言うと色んな産業分野に汎用AIと汎用ロボットが広がっていって失業がどんどん増えていくと。そのとき何が必要かというと、経済構造っていうのは消費の部分がなければ成り立たないでしょう。消費っていうもの担保するためには所得を与えないといけない。でも失業してしまったりどんどん賃金が下がっていけば当然消費も縮退していくわけ。それを補填するためにベーシックインカム必要だと。汎用AIができるかは別にして産業部門で色々使われることによって人減らしがどんどん起こっていくということはほぼ間違いないですよ。その時にどう対処すべきかっていうことを、今この経済政策で、生物学の前適応じゃないけどもやってるような気がするの。今の長期停滞に対処するのならその政策の延長線上でその状況にも対処できる。その観点から言うと消費税って駄目だと思うんだけどな」

北田「だめだめだめだめだめだめ。少なくとも今は駄目で、経済社会の中でどう位置づけるのかっていうのを考えないといけなくて。公正かどうかっていう比較分析社会学は得意なんですけど、財源どこかとか国債どうする金融政策どうとかそこがないんですよね。不平等を見つけるのは上手いんだけど、それをどうやったら直せるかって言うと財政を均衡させるしかないって話になっちゃう」

宮崎経済学者連携して・・・

北田「そう、やるべきだと思いますよ」

宮崎「だからリベラル懇話会北田さんの試みというのは本当に重要な試みだと思っております

2017-09-18

毒親という言葉起源とは何ですか?

onimotu1478さん2015/10/1215:30:36

毒親という言葉起源とは何ですか?

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tg777littleさん 2015/10/1315:23:16

スーザン・フォワードというセラピスト(心理カウンセラー)の方が起源です。

著者「毒になる親」により、さらに広まっていきました。

それから毒親という言葉日本でも知られるようになりました。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13151366868

Toxic Parents by Susan Forward. Bantam Books, Inc.,1989

https://www.amazon.com/Toxic-Parents-Overcoming-Hurtful-Reclaiming/dp/B000U2Z0WQ

毒親(1989~)

2017-08-27

大和亜季プリキュアじゃない。

大和亜季プリキュアじゃない。

この文は人を不快にさせると思いますので、読まない方が賢明だと思います。ただの愚痴ワガママを無様に晒してるだけの文です。

それでも読んでくださるという方がいれば、みなさんに最初にお伝えしたいのは、これは私が勝手に卑屈になってるだけの文章だということ。大和亜季は何も悪くないし、立神あおいちゃんも悪くない。ましてや村中知さんにも関係がない、ただの1人の人間の卑屈でワガママ文章です。もしこの文を読んで不快気持ちになったとしても彼女たちには何の罪もないから、どうか悪い方に見る目を変えることだけはやめてください。

大和亜季、本当に素敵な子です。ミリタリーアイドル軍人口調、筋トレ好き、ステージの裏側まで見てお手伝いする強くて優しいところ。あとナイスバディ。他にもいっぱい素敵なところがあって大好きです。

ありがたいことに村中さんの声をお借りすることで出番が増え曲も歌わせていただき、そしてライブに出演しその歌やダンス、村中さんの人柄や、挨拶でみんなでやる敬礼などが話題になり、たくさん注目されるようになりました。ソロ曲期待できるな、楽しみ、と担当ではない方が呟いてるのを見たときは思わずリプライをかましたいほど嬉しかったです。本当にありがたいことだし、彼女たちを好きでいてよかったと心から思います

本題に入ります

村中知さんは今現在プリキュアのメインキャラ、俗に言う青キュアの立神あおいちゃん、キュアジラート(とてもかっこよくてかわいい)も演じていらっしゃいます。だからか、私が観測した範囲では、の話ですがニコニコ動画コメントでよくこう言われます

軍曹プリキュアやってるからな」

もちろんこの文だけでなく、例えばライブの振り返り動画でも「プリキュアの人だからやっぱり歌上手いよな(これは中の人に向けての発言ですが)」や大和亜季動画内に登場すると「おっプリキュアかな?」というコメントもよく見かけます

最初の頃はちょっとあれ?と思いつつも、村中さんと大和亜季評価されるのが嬉しかったです。

そして、しばらくするとそのあれ?の正体がわかりました。ひとつひとつコメントではなく全体をざっと見てみると、先ほどの振り返り動画大和亜季に対するコメントは半分くらいがプリキュアのことでした。ワートリもちょっと見るかな?そしてなんだか、もしかして大和亜季大和亜季として見られていないんじゃないか、とこの時思い始めました。

そして少し前、幸子ちゃんのストーリーコミュが追加され、大和亜季ストーリーに参加させていただきました。(担当の方こんな文に巻き込んですみません

そこで幸子ちゃんを鍛え上げる軍曹としてトレーニングを始めた大和亜季。ボクはムキムキになりたいわけじゃ…と言った幸子ちゃんに大和亜季が言った言葉、みなさん覚えていらっしゃいますでしょうか。少し意訳させていただきます

「鍛えるのは自分のためじゃない。大切な人を助けるためです」

カワイイプリンセス結構、でもかわいくて強いプリンセスがナシじゃないでしょう?」

という感じのことを彼女は言いました。私はこの時とても感動しました。大和亜季あんなにトレーニング好きなのにはこんな理由もあったのか、と。まあもちろん彼女自身トレーニング大好きだし肉体派公務員の兄に仕込まれたとも言ってたのでこれだけではないとは思うんですけどね。

大和亜季の根っこの部分が見えた、フォワードチアーでも見せてくれた肉体的、精神的な強さをもう一度見せてくれた、本当に好きなシーンです。

そして、このコミュニコニコ動画にアップされ、このシーンの時に流れたコメントに頭の中で除夜の鐘が鳴ったようなガーンとした衝撃を感じました。

「流石プリキュア

私はこのコメントがどうしようもなく悲しかったです。今まではもやもやするだけでしたが、これははっきりと嫌だ、と思ってしまいました。だって、今までは大和亜季の『声』がプリキュアだと言われていただけでした。でもこれは大和亜季の『言葉』が、大和亜季じゃない誰かのものとして解釈されたと、そう感じました。誰かというかジェラートですね。

分かっていますニコ動コメントなんてそんなもんだと。深い意味はないんだと。それだけの事をいちいち気にするならインターネット向いてないよってことも。私よりもっと色んな動画で傷ついてるアイドルプロデューサーもいることも。

でも、この子は、大和亜季プリキュアじゃない。

そんなことをここ最近ずっと頭の中で考えています。以前友人にこのことを話す時勢い余ってマジ泣きする程度にはショックでした。

ただここでワガママっぷりを発揮しますが、実は私は中の人ネタ結構好きなんです。この子とこの子声優さんが同じ方だ、もしも会ったら気が合いそうだな、とか。ギャグ漫画の「お前◯◯じゃん」「それ別の世界線!」みたいなやつとか。あと衣装チェンジとかもかわいくて好きですね。

から上の出来事は『私の気に食わなかったか晒した』それだけの話です。言ったでしょう、ただの愚痴ワガママだと。私が勝手にこれはダメだと線引きして、わざわざコメントにいちいち目くじら立てるような人間独り言です。聞いてくれてありがとうございました。

もしこの文を読んで何か思うところがあれば…とかそんなものも全くありません。だから見なかった事にして、よろしければこれから彼女たちを応援してください。

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