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2024-11-18

AI推進派vs反AI、結局は発達障害同士の争いだった

11/15のX利用規約改訂における「AI学習」にまつわる問題で、ここ1ヶ月ほどずっと

の争いや混乱を眺めてきた。

ただクオリティの高い絵が流れてくるTLを見て時々イラスト投稿たかっただけなのに、そんな宗教戦争(もうこう形容するしかない)に巻き込まれてきた。

そこで気づいたことがある。


こいつら全員発達障害悪人だ。

だって定型インターネットお絵描きにもAIが抱える問題にもクソほど興味ないんだからTikTokとかmeituとかchatGPTで無邪気に遊んでるぐらいだし。

程よい距離を取れずネットに張り付いてる奴はもれなく精神に何かしら障害を抱えてると言わざるを得ない。

今回の件でも比較的冷静に判断して対処してた勢力はみんな売れてるし、コミュニケーションも取れて業界内外の人脈形成にも成功していて、事務作業能力コンプラ意識もある、定型寄りの人たちだ。

結局ガイジにはネットにもリアルにも居場所はない。


まず、私もASD自閉スペクトラム症である

障害年金を受給してるレベルだ。

一応ファンアート程度は描く絵描きだと自分のことを思っている。

そして最初絵師応援たかったし、AIイラストは疎ましかったが今は登場人物全員憎い状態になっている。

もはや反AIでも反反AIでもなく人間だ。

人間という生き物の醜悪さを今回嫌というほど再認識させられた。


元々私はレスバの空気精神を影響されやすい。自分メンタル管理できない。だから診断が下るのだ。

最近のXのおすすめタブもそうだ。

ASDHSP気質のINFP(たまにINTPになる)の人間に対戦型SNSは向いてなかった。だが、怒りには中毒性があり無意識時間を取られて追ってしまう。

目を離してる隙に議論が進み、公開アカウントを叩かれてたらどうしようと気になって仕方なくなり、14〜17日は風呂キャンキャン寝落ち生活余儀なく続いた。お陰でこの数日間で1.5キロ体重が落ちた。

他責思考だが、自分で絵を描くモチベーションもこいつらに食われてしまった。

自分で認めるものではないが、もはや鬱とも言えるだろう。


今回特に目立ったのは「前々から危惧されていた絵師社会性なさ」「技術職のサイコパス加減」「AIを頭ごなしに非難してインプを稼いだりファンネル飛ばしてくる反AIの厄介さ」「全勢力におけるとにかくただ乗りしたい乞食精神である

これのせいで、どんな絵を見ても「ウォーターマークノイズ如きで対策できた気になってるの馬鹿じゃないの」「逃げるな卑怯者」「対策の一つもしないなんて随分呑気に危機感も持たずご自身作品蔑ろにしてるんですね」「結局こいつらも身内から村八分にされたくないだけだろ」「お前は3D素材とか使わないんか?なんならこっそりAI補正してんだろ」という感情が同時に発生するようになってしまった。

いわばイラスト好きの絵師嫌い状態になってしまっている。

自分権利侵害二次創作とそれによる収益発生、画像リプ、MAD視聴、クソコラ否認可のスクショ掲載他)をしておきながら自分権利だけ振り翳す絵師軍団ダブスタと罵っていたが、私も変わらないじゃないか

まぁ、そもそもこれらはAI関係なく人の手によって昔から起きてた問題でもあるんだから、結局人間が悪いんだが。

先ほども言ったが、この状態は軽く鬱に片足突っ込んでる気がする。非常に良くない。


技術職にはASDが多い。

人の心がわからない。

なんでも正論で返して人を傷つける。

技術の発展のためには何を犠牲にしてもいいと思っている。

何をしたら人が傷つくかわからない。

パターンから外れたことを人や周りがしてくると混乱して発狂する。

脳死作業しかできない。

コミュニケーションが取れず孤立する。

対人関係自体に乏しいのにトラブルを起こす。

プライドが高くてごめんなさいが言えない。

エナドリで体を破壊する。

よく夜職女にチー牛と揶揄されてる人間性の正体はこれだ。


なお、エンジニアには調整能力交渉能力のような営業職じみたスキルが求められるため、キラキラ陽キャ定型の方が向いている。ここで指す技術屋(反曰くテックカス)はプログラマーのことを言う。

かにプログラマーの人間なら人脈がなくてもクリエイターごっこできる、ポチポチプロンプトを入力する作業が肌に合ってるんだから生成AIにハマるよな。


そして絵師、というかクリエイターにはADHDが多い。

まず事務作業ができない。

約束納期契約)が守れない。

その場の衝動ですぐに行動していつも後悔する。

それ故の対人トラブルが多い。

ODで体と心を破壊する。

都合に合わせて主張をコロコロ変える。

泣けば誰か助けてくれると思ってる。

プライドが高くてごめんなさいが言えない。

すぐファンネル飛ばし信者コミュニティを作り上げる。

そのわりに統率が取れてないのですぐ瓦解する。

まるで美術部や漫研に属する中学生女子みたいなメンタリティだ。そのまま大人になってしまったのが哀れで仕方ない。


どっちも社会性に欠けており、わがまま自分の思うように事が動かないと癇癪を起こしてしまうのは共通している。

そしてリアルの友人や家族よりフォロワーになってる。フォロワーなんてただ見てるだけの存在で内心何考えてるかわからないんなんだから信じること自体野暮だろう。

きっと現実世界で愛されなかったからここにいるんだね。居場所、奪われたくないもんね

あとこれは推測だが家庭環境に恵まれていない人がTwitterにハマり、ネットで絵を上げることにハマりやすい傾向にある気がする。今回の登場人物、育ちの時点でロクでもないのでは?

毒親が毒子を育てた典型なのでは?

ASDADHD相互補完で良ペアになるかと思いきや、相互特性干渉してうまくいかないことが多い。

今回もそれなのではないか


私は絵垢とは別のでこれらのことをやんわりと、時には感情の赴くままダイレクト中立寄りとして言及してきた。

そして反AI過激勢力(赤枠アイコン系)に集団ブロックされたり、時には本垢やblueskyにまで追いかけられたり、5ちゃんねるのヲチスレに晒されたりした。話を聞く限り赤アイコン連中のブロック監視リストに入れられてるらしい。

曰く、中立派は多少たりとも現行のAI悪感情を持ってないようであればいくらでも叩き潰していいし、どちらの味方もしないクソコウモリ野郎から話を聞く価値もないとのことで反AI勢力誹謗中傷しまくってるがお前ら目的間違えてないか

倒すべき相手違法に取り入れたデータ学習し生成させているAI企業であって、その辺でなんか喚いてる一般人ではない。分かってるのに何故根本解決に動くよりも、何も得られないレスバに力を注ぐんだ。


ここを見れば各々がどんな主張をしているか嫌でもわかると思う。

正直、両者の主張も理解できるし言い過ぎだと思う。


AIイラスト 愚痴アンチ、賛美スレ part206

https://itest.5ch.net/mevius/test/read.cgi/illustrator/1731757051/

【Nore more 生成AI画像生成AI信者ヲチスレ_130【AI○○】

https://itest.5ch.net/lavender/test/read.cgi/net/1731727015/

(いずれも2024/11/18時点)

人間丸ごと嫌いだ。

どいつもこいつも自分のことしか考えてなくて、他人のこと踏み台にして、都合のいい解釈をして、根本的な解決よりも気に入らない人間を叩き潰すことの方に本能的に精が出てしまう。

ダブスタ連中め、絶滅しろ

AIAIさえなければこんなことにはならなかったと言うが、そもそも人間さえいなければ争いは起こらなかったのではないか


まどろっこしい。

早く絶滅しろ人類

こんな醜悪な生き物をこれ以上この世に解き放つな。

そんなことを人間が作った建物の中で、人間契約した賃貸で、人間が作った服を着て、人間が作ったスマホを介して、人間が繋いだネットワークを利用して、人間が作ったコミュニケーションサービスイラストのことを考えながら一応人間が思って書き込んだりする。

これら、やろうと思えば全部機械代替できるじゃん。

どの派閥においても、人間の汚い部分が見え隠れしてて嫌になる。

だったら全員死んでくれ。推進派も反AIリテラシー皆無なクリエイターもまともなことやってるつもりの一般人も何もかも全員。

こんな自分が嫌になる。

から今すぐ安楽死合法化してください。

死ぬときぐらい楽になりたいよ

2024-11-09

ウォーターマーク入れるのにしてもさ

あきらかに絵の構図にノイズになってる人が多すぎやしないか

AI学習されたくないってのもネットに上げておいてナンセンスだし、どうせMADとかコラとか面白がってるのがほとんどなんでおかしな話ではあるけどさ。

だけど、その作品大事だったらデザインバリエーションを設けるなり配置や色を工夫するなりしたらいいのにとは思う。

そういうところに無頓着なのは勿体ないしつくり手としての矜持はないのかと思う。

増田は構図の邪魔にならないように小さくサインを入れたりしてるけど、サインウォーターマーク自体はいいんだよ。

たまたまどこかで見て描いた人を知りたいときに役に立つから

けど、絵を見にくくするような入れ方をするのは元々意味のないものだということを知らないのを差し引いても駄目だろ。

anond:20241109175340

「女だから叩かれる!」とかぴえんしてる連中もハセカラsyamuホモ男優みたいにMAD作られてから抜かせという話ではある

2024-11-06

ポップンミュージック史上もっと重要な曲10

https://anond.hatelabo.jp/20241106140729

音楽ゲームの波に乗って、ポップン版も独断偏見で書いてみた。一応曲の良さだけでなく、ポップン史的に重要な曲って軸で選んだ。

現在収録曲数は1000曲超え、現在26周年のKONAMIアーケード音楽ゲームポップンミュージック

ちなみに今は28作目のJamFizzが絶賛稼働中

ソフトロック/HomesickPt.2 & 3(ORANGENOISE SHORTCUT,ポップン5)

初期ポップン代表する人気曲。ポップン6の人気投票では4位を獲得した。その際1〜3位ももちろんいい曲ではあるが、とかくキャラ人気が高い曲だったのもあって、実際曲だけでいうならこの曲が1番人気だったのでは…という意見も見たことがある。(諸説)

7ではLONG版がプレイできるようになった。ピチカートファイブを想起させる渋谷系楽曲で、明るい曲調と言葉遊びのような歌詞、そしてボーカル杉本清隆のハニーボイスが魅力的な曲だ。

杉本清隆は初代からボーカル歌唱という形で参加しており、6ではサウンドディレクターも務めていた初期ポップンを支えていたコンポーザーの1人である

初代の参加曲「ポップス/I REALLY WANT TO HURT YOU」もまたポップン代表曲として、今でもKAC(公式大会)の表彰などで流れている。

6を最後に退社、個人音楽活動に集中する形になったものの、その後もたまに曲を提供してくれる

近年だと公式大会で決勝初出・かつパーカッシヴシリーズの続編曲ということで速度変化が大変なことになっている「西馬込交通曲」、ソフトロックの続編曲として発表された「le mal du pays, numéro 1」が収録されている(ポップン25 peace)

ヒップロック/大見解Des-Row,ポップン6)

ポップン6は様々な要素が従来から変化したシリーズであるサウンドディレクターの変更(5で務めていた杉本清隆が抜け、同職だったwacが1人で担う形に)、メインデザイナーの変更(犬千代、P-CATがチームから抜け、shio中心の体制に)、版権曲の収録、キャラアニメドットから現在のようなアニメーションになったなど……。

そんな折、突如現れたのがこの曲である

それまでのポップンではあまりなかった力強い日本語ラップ曲。そして途中で高速になる独特の譜面

この曲の公式コメントで「この曲に美味しいところを持ってかれちまうであろうことも。…大体当たったよね?」とあったこから当時の人気が窺える。

キャラクターのサムライ男性キャラの六も高い人気を誇っている。ちなみに現在公式大会11連覇している選手もこのキャラを愛用している。

作曲者Des-Row自体は5から提供していたが、この曲で一気に人気に火がつき、さまざまな名義でpeaceの頃まで楽曲提供をし続けていた。

ヒップロックシリーズはその後もコンスタントに(3の倍数がつくナンバリング)続編曲が作られた。

パワーフォーク2/君を壊したい(新堂敦士,ポップン4)

ポップン3より曲を提供した新藤敦士

当時のポップンに少なかった力強い男性ボーカル・少し大人びた歌詞に当時女性を中心に凄まじい人気があったらしい。

また、キャラクターの狼男アッシュも人気が高かった。ドラムの彼とベーススマイルボーカルユーリというキャラ、彼らの組んでいる「Deuil」というバンドは当時の女子ポッパーの心を大いに掴んだ。その人気からか、25 peaceでは、「Deuil」として数少ない書き下ろしキャラアニメ枠として新曲を引っ提げた。

新堂曲に関してはどれをピックアップするか悩んだが、多分氏の曲の中でも人気が高い、8でライブバージョンも収録されたということも加味してこの曲を選出。

その後もポップン11に至るまで曲提供をし続けていたが、諸般の事情(詳しくは検索)でポップン12では彼の曲は全削除、ポップンから姿を消すことになった。

その後、ポップン17ポップン24では氏の曲をオマージュした楽曲が作られた。(24に関しては担当キャラアッシュ)

ミスティ/platonic love (N.A.R.D.,ポップン7)

beatmaniaの生みの親にしてポップンミュージックの名付け親南雲玲生作曲。ちなみに前述のポップス

/I REALLY WANT TO HURT YOU作曲者でもある。

透明感のある女性ボーカルと、アンニュイな曲調は人気が高く、ポップン9ではロング譜面が作られた。

この曲はキャラクターも特徴的であるポップン7では、キャラクター数名の名前公募で決めるという試み「PaPa*MaMa 7」を行なっていた。

この曲の担当キャラは「かごめ」という名前に決定し、影のある少女という属性も相まって大変人気のあるキャラとなった。

ポップンでは10のお星様にお願い、20のみんなでつくろう ポップン20などさまざまな形でユーザー公募イベントを行うが、ポップン7のイベントはそのはしりと言える。

氏の楽曲は退社後のゴタゴタで多くの曲が削除されてしまったが、こちらの曲は運良く削除を免れ、今もプレイ可能だ。

トラウマパンク/釈迦筋肉少女帯,ポップン8)

版権曲に関しては初見の人がプレイすることが多いということで低難易度譜面が作られることが多かった。

そんな常識を破ったのがこの曲である

ポップで可愛い風体ポップンに収録された筋肉少女帯。同じアーティストの「日本印度計画」と共に8に収録された。

レベルは最高難易度級、おどろおどろしい歌詞と、ノーツ微妙にずれて非常に押しにくい譜面、おまけの辛判定とまさに(当時のレベルなら)トラウマ級の譜面

キャラアニメのミミは、本来可愛らしいキャラのはずなのだがこの曲では怪しい雰囲気の絵柄になってしまっている。キャラ説明文を見ると「不思議な夢」ということらしい…。

ポップン自由さが現れた曲でもある。

長らく収録されていたが、版権曲の定めか、ポップン21にてついに削除されてしまった。

撫子ロック/凛として咲く花の如く(紅色トマス,ポップン15)


ポップンで1番有名な曲。

作曲beatmaniaギタドラヒット曲を生み出していたTOMOSUKE作詞ポップン12で雫というヒット曲を出したあさきというBEMANI的には豪華なメンツ和風ロックなこの曲は大ヒットし、ポップンは知らないけどこの曲は知っている、なんて人もいるくらいだ。他機種にも移植されまくりひなビタカバーしている。近年だとVtuberカバーしたりしており、人気の高さが窺える。

その人気からポップン18では続編の撫子メタルも作られた。

サイレント/音楽(弁士カンタビレオ,ポップン17)

ポップン14あたりから、「ボス曲」が目立つようになった。

16では初のAC出身最高難易度43・トイコンテンポラリーという曲が作られ、その譜面の超密度部分は「わけのわからないもの」と恐れられた。

そしてそれを上回る難易度ボス曲がこちサイレントである

ピアノの濁流がノーツとなったその譜面は「どうしようもないもの」と呼ばれる。スタッフはそんなに難しくないと思ったらしく、レベルは最高難易度一個下の42に設定されていたのもユーザーを恐怖に陥れた。

その反省か、次のポップン18のボス曲(ふること)は譜面難易度が大幅に下げられた。

その結果、当時の音ゲー板では「ポップンガチ機種じゃないからこれくらいでいい」派vs「トイコンサイレント並みの譜面をよこせ」派で論争が起きていたのを見かけた。

KONAMI公式大会9thKACではポップン14からボス曲(+J-テクノ)がメドレーとなったPopperz Chronicleという曲がお披露目され、ランカー達を驚かせた。

ハッピーラブゲイザー/恋愛観測(NU-KO,ポップン20)


前述でポップン公募企画の話をしたが、こちらの楽曲は「みんなでつくって20」という企画ボーカル募集をしたものである

可愛らしく元気な曲調とボーカル、そして何より乙女がいきすぎてストーカーの域に入っているようなキャラかおりんが当時話題となっていた。

みんつく20募集したボーカルはその後も今に至るまでBEMANIに参加してくれているのだが、特にこちらのNU-KOの躍進は凄まじい。

ポップン以外にもオトカドールというACでは全曲のボーカリスト担当BEMANIプロリーグでは監督解説担当するなど、様々な形で関わっている。近年では声優としてもデビューしている。

昔のポップンスタッフコメント質問コーナー等の影響でスタッフユーザー距離が近かったゲームであり、まさにポップンからこそ生まれた曲といえる。

また、作曲のPONは16よりポップンスタッフとなり、おそらく今も主要なサウンドディレクターとしてポップンを支えている。BST騒動以降、スタッフの詳細が隠されてしまったため憶測となってしまうが…。

スカーレット/紅焔(PON,ポップン21)

前述したPONが作曲、そしてボーカルも務めた曲

当時「つぎドカ!」というBEMANI作曲家4人が4機種に1曲ずつ曲を提供し、選曲回数を競うという企画があった。

その中でポップン出身のPONの曲が見事1位を獲得したという曲である

経緯的にポップン10選に入れていいのか?と今気付いたが気にしない。

曲はストレートに熱く、少年漫画OPのような曲。この時期のPONは作曲スピードがとても早く、サウンドディレクターとなった22、ラピストリアでも多数の曲を書き下ろしていた。

また、このつぎドカの曲を担当した4人のキャラ(烈・風雅・鈴花・氷海)はそれまでポップンにいない毛色だったこともあってか人気が高かった。

その結果、ポップン22 ラピストリアのストーリーでは主役級に抜擢される。

ピストリアは等身高めな絵柄に改変(メインデザイナーもshio→ちっひに変更)、インスト曲の減少とキャラに沿ったボーカル曲の増加、濃いストーリージャンル名の廃止……etcなどポップンテコ入れと言わんばかりに様々な変化を取り入れた作品

つぎドカのキャラ4人は、そのラピストリアの変化を象徴するキャラ達と言える。

ちなみにラピストリアの画風(通称ラピス絵)は、現在ではpeaceでは従来のデフォルメ(+厚塗りにした感じ)に戻っている。

さよならのうた(aprésmidi,ポップン25 peace)

こちらはポップン史に大きな影響…という感じではないが〆にふさわしい感じだったので載っけた。

位置付け的にはポップン25 peaceED曲。

20周年記念ということで、初代より参加していたsana杉本清隆ボーカルを務め、23くらいまで長らくポップンに関わっていたwac作曲をしている。こちらの名義も初期の楽曲と同じものが使われている。(メンバーは多少異なる様)また、初代ポップンBGM引用されている。

サントラスタッフ欄はそれまでポップンに関わっていたアーティストキャラ(!)がクレジットされており、往年のプレイヤーにはグッと来るものとなっている。

peaceの時のポップンには末期感が漂っていた。前作のうさ猫の途中からポップンの最大の特徴とも言えるキャラアニメ書き下ろしがなくなり、次作として発表された「peace」というサブタイトルは、ポップンスタッフロールの最後によく使われる言葉だった。

稼働前に公式が25のサブタイトル案として出した中にも「climax「ありがとう」があり、本当に最終作だったのではないか…?と考えるプレイヤーも多かった。

この曲は個人的には生前葬の様に思える曲である

歌詞には「さよならさえも言えないのなら 今その分の思いを込めて歌うんだ」とあり、スタッフからユーザーへの、いつか来る別れのメッセージが込められている。

リフレクビートの様に、実質サ終だが別れの機会を逃してしまった機種があるからこそ、歌という形でさよならを託したのかもしれない。

peaceに関しては、絵柄の回帰、昔の楽曲オマージュ曲や、人気曲の追加譜面、そして新たな難易度UPPERなどを追加したことで好評な作品となった。

peaceはレッスンやベビーメタルの追加譜面話題になっていたので本来ならそっちを入れるべきかもしれない。

また、新たなポップンとしてスライダーを追加、ボタンサイズを縮小などされて開発されていた新筐体「NEW pop'n music Welcome to Wonderland!」がおそらく既存プレイヤーから不評+コロナ禍でお蔵入りしたことで、現在に至るまでさよならすることなく無事に続くこととなった。

選外 入れるか非常に悩んだもの

ポップン初期〜中期を凄まじい曲数と幅広いジャンルで、サウンドディレクターとしてもポップンを支えていた村井聖夜による楽曲

特にこの曲は初音ミクもまだ開発されていない頃に、PCに歌わせた革新的な曲である

ボーカリスト、そしてキャラの「Alt」はポップンユーザーの中では人気があったが、他機種においては数年後にjubeatに収録された「隅田川夏恋歌」にて大きな注目を浴びることになる。

個人的にポップン8は良曲が多くて好き。

ポップン初期〜中期を支えたパーキッツによる楽曲の初収録曲

可愛らしい曲調と、ロリ天使おむつを履いているという、絵柄がデフォルメから可愛く見えるものの、なかなかすごいキャラデザのポエットは人気を博し、その後のシリーズでも新曲・新アニメが作られていった。

特にパーキッツ作曲の方は、ブタパンチなどの名義でパーキッツ可愛い楽曲とは裏腹にハードちょっとイロモノっぽい曲を収録していくのであった……。

パーキッツに関してはどの曲を入れたらいいかも悩んでしまった…。順当に入れるなら初代かなあ。個人的にはウィッシュが好き。

あとはDJ YOSHITAKAの曲も入れようかと悩んだ。でも他機種に沢山代表曲あるからいか

一応最新作まで低頻度なものプレイしているのだが、昔の曲多めになってしまった。

ただ、ネットの評判やポップンリアルイベントの開催状況等を見る感じおそらくブームだったのが1〜8、14〜15だったので、その辺に偏るのはさもありなんかも。

追記

ふしぎなくすりは本当に忘れてた…

でも人気と外に与えた影響を考慮するなら絶対に入れるべきだった。と言うわけで書いてみた

カプセルプリンセス/ふしぎなくすり/ (上野圭市 feat. SATOE、ポップン17)

撫子ロックポップンで1番有名な曲と書いたが、こちらも同等レベルで有名な曲。

作曲者上野圭市は主に弐寺で独特な作風の曲を提供しており、前作の16からポップンにも提供を始めた。

こちらの曲についても「ふしぎなくすり飲まされて、渋谷で海を見ちゃったの」という歌詞からお分かりになる様に、なかなかの電波である。曲調も相まって大変中毒性が高い。

そんなネタ度の高い歌詞は、曲が出た2009年頃はまだまだ勢いのあったニコニコ動画で大ヒットした。

この曲を使った手描きMADふしぎなくすり のまされて」シリーズブームを起こし、色んなジャンルで作られたのだった。

こちらのMAD知名度をあげたため、ポップン初出ということを知らない人も多いかもしれない。

上野氏はその後も参加し、peaceでは続編曲とも言える「いつまでやったって、別にいいじゃない!?」を提供ポップンはいつまでやったっていいんだ。

入れるならミスティあたりと交換

音楽ゲーム史上最も重要な曲10選(ANOTHER)

https://anond.hatelabo.jp/20241106140729個人的あんまりなので自分で選び直してみた。

知識範囲関係ACゲー偏重かも。

1. u gotta groove

すべては ここから はじまった!

正直1stの曲ならなんでもよいが、選曲画面でいの一番に出てくるコイツをチョイス。

実はBPM変化がある曲だったりする(94~100)。

2. 20,november

Q. 音ゲーといえば?

A. プレイヤーをぶちのめすために作られた「ボス曲」。

5鍵1stのロケテ時点では存在しなかった20,novemberは、いともたやすく達成された全曲クリアを阻むために作曲された「ボス曲」のハシり。

難しいもの攻略してもらうことでインカムと人気を確保するため、というなんとも実利的な意味合いではあったらしい。

3. BUTTERFLY

説明不要DDR 1stの超有名「版権曲」。

実は音楽ゲーム史で最初版権曲を取り入れたのがDDR 1stなのだ。(東芝EMIコラボ)

このBUTTERFLYが先行まとめであったように人気曲を版権曲として取り込む潮流の元になったことは間違いないであろう。

これも1stの版権ならなんでもいいが、音ゲーブームきっかけになった点も加味してチョイスした。

4. SOFT LANDING ON THE BODY

若者は知らないIIDX 2ndの曲。

今では全音ゲー共通言語となった「ソフラン」の語源である

曲の実質BPMは160で固定だが、譜面としてはBPM80~320と強烈な変速をするのが特徴。

早く墓譜面付きで復活してほしい。

5,6. starmine / Clione

2曲同じ枠でねじ込むなって?スマン、これは選べません。

IIDX 4thからチョイスしたこの2曲は初めての「公募曲」。

今やSDVX、CHUNITHMをはじめ太鼓の達人に至るまで音楽ゲームに「公募」という概念根付いているが、ハシりとなったはこの2曲だ。

7. RED ZONE

ややテイストを変えてミームから1曲。

古今東西使い古された音MAD楽曲であるコイツIIDX REDが初出。2004/10/28稼働なので丁度20周年を迎えたばかりの楽曲である

ちなみに元のBGAMADでよくある左右分割地帯存在しない。

8. Absurd Gaff

融和(?)の象徴BMS(わからない人向け:PC向け同人音ゲーIIDXそっくり)から初めての商業音ゲー進出を果たした楽曲

今やスマ音ゲーからAC音ゲーまでBMS楽曲が入っていない機種の方が少数派と言っても過言ではないが、いかんせんゲームシステムからしてアングラ気味だったBMSから曲を引っ張れる下地を作れたのは大きい。

近年の音ゲーコンポーザーBMSを足掛かりにキャリアスタートすることも多く、そのキャリアコース形成した一因と言ってもよいだろう。

9. Max Burning!!

音ゲー大会の決勝はなぜか曲数が多い。なぜなら最後新曲初見でやるからだ。

そのハシりとなったのがSDVX BOOTHMax Burning!!。

KAC2012でお披露目されたこ楽曲トップランカーを蹴散らす…程ではなかったが、音ゲー史にその名前を深く刻みつけた。

10. I'm in love Again -Y&Co. EURO MIX-

最後IIDX 9thからこの楽曲。そんな曲シランがな、という人も多そうだが、何を隠そうこの楽曲は史上初の「解禁曲」(特定の条件で出現し、かつそれ以降常駐する新曲)。

9thは初めてe-amusement対応した作品であり、このような解禁方法可能になった最初作品である。初の解禁曲だけあって解禁方法は至ってシンプルで、①9th柄のエントリーカードプレイする②他の柄のエントリーカード一定回数プレイする、のどちらか。

解禁イベントの重量化は昨今の音ゲーで深刻であるそもそも火種を起こしたこの曲が残した功罪は大きいかもしれない。

選外

太鼓の曲から何か

1stにいっぱいいるJ-POPは同時期に既にBEMANIシリーズにちょくちょくいたりしたのと、覇権を取った所以楽曲にあるわけでもない(と思っている)。

DENIM

デニムは言うほど浸透してない気がしたので。

ΔMAX

特異点(クローンゲーから譜面含めた移植)ではあるが史上で重要かというとそうでもない。

セガは?

やってないのもあるがいまいち思いつかんかった。あったら言及ください。

追記

少なくともbeatmania III (2000年) の「mnemoniq」が先行してる。フロッピープレイ記録を保存できた。

bmIIIにフロッピー保存があったの失念してた…土曜日某所でプレイしたばかりなのに…

10番はmnemoniqに入れ替えですね、ハイ(自戒としてこのまま残しておく)

2024-10-18

育児ハックと言うにはしょぼい小バナシ集

https://anond.hatelabo.jp/20240830213900

上記ネタを書いた者です。

ヨッピー育児ハックネタ増田バチバチやってるの見てたら、ヨッピー大人対応してる感出してるけど、全く噛み合ってないのが痛々しいので、気分転換に書いてくよ。

・うちは4人いるけど、育児テクニックが効くやつと効かないやつがマジでバラバラ。どの話もとりあえず話半分聞くのが良い。

・1番目の時、ワイフは育児ノイローゼになり、僕が専業主夫半年やった。当時大変だったけど、今思えば1番目が1番育てやすかった。4番目ともなると、こちらも百戦錬磨のはずが、本人の資質もあり滅茶苦茶手がかかり思い通りにいかない。4番目が最初だったら……と思うと恐怖しかない。子ども小学校入るまでは本当に個人差が激しいので、4番目みたいな子が最初になってしまったお父さんお母さんには、本当にお疲れさまです、としか言いようがない。

・うちの4番目、体力がある、というか、しつこい、というか、忍耐力がある、というか、ちゃんと抱っこしたりかまったりしないと、とにかくブチギレる。機嫌が良い時は良いのだが、一度悪くなると治まらない。基本は多少泣いてもスルーするなのだが、世界が終わるかのように泣きじゃくり服を引っ張ったりして、家事全般全然できなくなる。抱っこで少し落ち着いてきたら、椅子に座って膝に乗せる状況なら多少大人しくしてるので、疲れ果てたワイフor僕は、人間椅子と化す。

そんな時の育児ハックは、座りながら寝れそう椅子/ソファテレビの前に設置し、テレビ動画を流す!、だ。

家事自分でやりたいタイミングでやるのはもう諦め、少しでも休息を取り、寝静まったり落ち着いた瞬間にやりきることに徹するのだ。

ここで流す動画重要だ。

地上波テレビCMが長く挟まるので、CMタイミングでキレられることになる。

普通にYouTubeを流してもCM流れるが、スキップテレビより早くできるのでまだマシ。

個人的にオススメは、YouTube kidsアカウントを作って、YouTubeアプリ再生すること。

YouTube kidsアカウントだとCMは入らない。YouTube kidsアプリ再生すると、次の動画再生自動で行われないため、10分に一度操作する必要が出てくる。

だが、YouTubeアプリYouTube kidsアカウントで入り、動画再生すると、何も操作しなくても流れ続けるので、そのまま寝落ちすることができる。

ちなみにうちの子どもらにヒット率が高かったのは、boobaだ。

https://youtube.com/@booba?si=u4TJhgeuwMK3Yx55

アンパンマンにハマる子、電車にハマる子、動物にハマる子、色々いたが、今のところboobaの食いつきが一番良かった。

最初マジで何が良いか、本当に分からなかったが、あまりにどの子も食いつくので、何度も何度も何度も観ることになり、結果慣れてしまった。

うちの子らの一番のお気に入りは、aviciiのLEVELSという曲に合わせてboobaダンスする動画で、コレ流すと本当に機嫌が良くなる。

公式も分かっているようで、10時間耐久動画を出してる。

コレを聴きながら人間椅子となり、眠る日々を何度も過ごしてる。

https://youtu.be/kWxlSzoQSRM?si=r7IRibA83jGghHFZ

子どもは気に入ったやつを何度も流すことを要求する、それも歌や音楽があるとヘビロテ要求しがちなので、それがアンパンマンマーチのような童謡ばかり聴いてると、だんだん謎の新興宗教精神汚染されてるようなオカシナ感覚になってくる。

なので、上に書いたbooba動画は助かっている。

アンパンマンマーチ無限ループで、オカシクなりそうだった時は、アンパンマン動画my first storyのi'm a mess の曲を当てたMADに救われた。

https://youtu.be/vT_Y4R_ZNyw?si=5K7WRq1KMFexFRi-

風呂で機嫌が悪くなると、まためんどくさいので、機嫌が悪くなりそうな時はBluetooth防水スピーカーをお風呂において、LEVELSとI'm a messを流す。

音楽聴くだけで、boobaアンパンマンを観たような感覚で、機嫌が良くなるのは助かる。

ご飯ちゃんと食べてくれない子は、お腹が空きがちなので、普段生活の機嫌もだいたい悪い。なので、ちゃんと食べさせたいわけだが、4番目は特に食べないことが多く苦労してる。今思えば、1番目はとにかく食べる子だったので楽だった。

食の好みは、皆バラバラだった。

1番目は、タレやソースを漬けると美味い、と学習したらしく、とにかくタレを別の皿に用意し、自分でつけて食べるスタイルにすると何でも食べた。

2番目以降は完全に真逆で、何かがついてると、美味しい不味いの前に、気に入らない、食べる気がしない、ので食べない。

の子も、麺類比較的食べる。

外食すると、東海地方のソフルフード、スガキヤラーメンは、なんやかんや絶対に食べてくれるので、非常に助かる。

3番目と4番目は、焼いた食パンが好きで、3番目は白いところだけ食べ、4番目は耳だけを食べる。

の子にも言えることだが、めっちゃ好き!テンションが上がる!!以外は、思いのほか食べるのがめんどくさいと食べないことが多い。

なので、硬い状態はできるだけ避け、手でつかんで食べれるような状況にしとくと、手でもスプーンフォークでも結構食べてくれる。

麺類比較的食べてくれるのは、子どもらとしては食べやすいからかも。

食パンは焼く前に、包丁で両面に隠し包丁を入れておく。

きゅうり蛇腹切りのように、斜めに刃を半分入れる、を両面からやる感じ。

そうすると、焼いた後、食パンを手でちぎるのが簡単になり、スナック菓子のようにつまみながら食べることができる。

テンションあがる!で食べてくれるので、キャラもの食器アンパンマンスプーンや茶碗などは効果があるが、席に着くまでは持っていけても、食べ始めるとやる気が無くなることも多いので難しい。

テンションが高くないと、子どもの横について、1時間近く食べさせないと食べてくれない。

食べさせる疲れと、上に書いたような手間をかける疲れを天秤にかけて、レシピを選ぶ。

麺類唐揚げおにぎり、あたりは外しにくいメニューなので助かる。一般的にはココにカレーも入るのだが、うちの子らの場合カレーよりもハヤシライスの方がよく食べるので、ハヤシライス率の方が高い。

どっちも選びたくない気分の時は、カップ麺レトルトで。

ポケモンアンパンマンラーメンうどんはあるが、絵のついたかまぼこを食べ終わった瞬間食べなくなったりする。

どん兵衛の小さいサイズが、うちの子場合、何故か食べる。

どん兵衛の小さいサイズは、柚子の風味がついていて、普通どん兵衛よりも正直美味い。

子どもをあやす時、室内で抱っこするだけじゃ泣き止まない時は、外に連れ出して移動する。

歩いたり、ベビーカーに乗せたり、自転車に乗せたり、車に乗せたり……

外に出る疲れとめんどくささ、と、永遠に続くと思われるギャン泣きとを天秤にかけて、仕方なく外に出る。

哺乳類全般が持ってる習性で「輸送反応」というものがあり、子どもをあやすテクニックほとんどがコレに由来してるものが多い。

https://www.sukusuku.com/contents/qa/60442#

哺乳類赤ちゃんの時なにもできないので、危険が迫った時親が赤ちゃんを上手く運べるように、運ばれると感じた赤ちゃん大人しくなる、というもの

ひとつ注意点は、運ばれていると感じている間は、習性により大人しくしてるが、それが無くなったと感じれば元に戻るということ。

なので、移動で大人しくなった後、眠ったり、本人が落ち着いたりした後でないと、移動を止めた瞬間、またギャン泣きすることになる。

なので、自分が無理なくできる移動手段を取るのがいい。

ちなみに、専業主夫やってた1番目の時は、夜中全然泣き止まないと、抱っこ紐で背中に乗せ、近くの公園自転車でずっと走っていた。

4番目になって、気付いたテクニックとして、ただ抱っこするよりも、抱っこしたままトランポリンで軽く揺れると、滅茶苦茶大人しくなる、ということ。

足で良い感じで揺れを作っても、同じようには大人しくならない。

移動と違って、4番目だけのN=1の事例なので、家にトランポリンがある家庭は効果があるか試してほしい。

………他にも無限に出てきそうだけど、ひとまず今日はここまで。

ハックと呼ばれるもの全然に言えることだと思うけれど、泥臭いストーリーが無いと、リアリティが無くて、たまたま上手くいって良かったですね、で終わる気がしたので、そこに至るまでの小話も添えてます

2024-10-09

漫画が読めなくなった

と、最近感じるようになった。

時間がない」とか「熱中できなくなった」という事ではなく、単に話を理解できなくなった。漫画の読解もそれはそれでスキルが求められるんだなとしみじみ感じるようになった。

ちょっと前に「チェーンソーマン」が読みたくて、全話無料につられてジャンプ+を入れた。で、いろんな話を週替わりで読むようになったんだが、週刊誌作品を追いかけるというのは結構難しいのだと知った。

なんか、絵とか展開から「今シリアスなシーンだ」とか「今ってギャグをやってるんだ」みたいな、シーンの情緒とか作品の緩急みたいなのを読み解く能力最近極端に落ちた気がする。

最近、火曜に更新されてる「MAD」って作品を読んでるんだけど、絵柄も好きだし、作品テーマ結構気に入ってるんだけど、ちゃんと読めてるか自信がないんよな。

「あれ?これ今大事な話してる場面でいいのよね?」みたいな風に思ったり、何ならそれで多分結構読み飛ばしてる気がしている。

これが映画の予告PVだったり、アニメだったり、動画だったり、世の映像作品には私のような読解レベルの低い観客へ配慮がされていたんだなと。

予告PVなら、「さあ、今から盛り上がる場所しますよー」みたいなフリをしてくれるし、アニメなら「ここめっちゃ大事な話する場面っすよー」みたいなBGM流れるし、動画なら「ここ面白いとこですよー」っていうポン出しSEを入れてくれる。

一昔前の漫画で、キャラデフォルメのような露骨ギャグ描写を入れてくる作品結構あったけど、あれも読者の読解力への配慮だったんかなと。

随分そういうものに頼り過ぎた。世のメディアミックス製作者には頭が上がらない。

あと、単純に前回の話を覚えていられなくなった。

火曜に更新される「ダンダダン」も読んでいるんだけど、ある時期から「前話読み飛ばしたっけ?」と感じるほど先週の話を覚えていられなくなった。単行本で読むべきかもしれない。

子供の頃は邪魔しかなかった「前回のあらすじ」の必要性がやっとわかった。

目もチカチカしてコマと絵についていかない。スマホPCのやり過ぎだ。

これでも小説とか新書結構読める不思議。いや、当然か。小説は結末まで一冊で辿り着けるし何より漫画ほど視覚情報がない。新書なんかはタイトルやあらすじから何の話かをある程度把握したうえで手に取るわけで、そもそも奇をてらうもので無し。

これがずっと続くラノベだったり、三国志のような長編小説だったらきっと読めてなかっただろう。なんなら「ハリーポッター」でも無理そうだ。

結局「チェーンソーマン」も更新される度に読んでるけど、なんのこっちゃ全然話に付いていけていない。いや、あれはそういう作品なんだろうけど。

以前、「この世界の片隅に」とかの作者が「漫画の読み方」的なハウツー本を出していた、ような気がするが、何かそういうのが必要理由が分かった気がする。そういえば祖父漫画が終ぞ読めなかった。

別に漫画が読めなくなったところで生活に大したデメリットはない。話に付いていけなくても楽しい話を見つければいい。けど、昔は当たり前にできたことが出来なくなるのってショックだよね、っていう。

2024-10-06

冷笑してたアニメのグッズを気づいたら買い漁ってた

クール放送前、『しかのこのこのここしたんたん』の公式MAD(?)が大バズりしていたのを覚えている人は多いと思う。

「(電通マーケティングの巧みさ」が賞賛されていたように記憶している。

が、俺は懐疑的だった。

「本当にこの勢いに見合うアニメなのか?」と。

また、「ボーボボの再来」とも言われていたように覚えているけど、あれは常人が描ける漫画ではない。本当にそんなことが可能なのか?と。

それが放送を見るうちたちまち夢中に……とはならなかった。

「やっぱり俺の言ったとおりじゃないか!」と思った。顔芸にしろスローモーションしろ率直にいえばスベッていて、これで1クール持たせるつもりだとは到底思えなかった。

2話を見る。スベってる。3話を見る。スベってる。……と見ていくうち、しかしこの作品は何ごとかではある、と思うようになった(5話は普通にちょっと面白かった)。

愛すべきスベりっぷり? それはある。しかし確実に「愛せない」スベりっぷりもこの作品には刻み込まれている。

その両者を浴びていくうち……なんだかシビれてくるものがあるのだ。

作者や製作陣に敬意を表すると、意欲作ではある。

キャラクターがいわゆる「百合媚び」をしないからこそのキャラの可愛さがある。

これ見よがしに「関係性の進展」を描かないところも個人的な好みだ(終盤にばしゃめとあんこに関しては描かれたが)。

それから最終回

のこたんが消えると言う「フリ」があった。

なのでこしたんが奮闘し、色々あった末に魔法が起きてのこたんが帰ってくるみたいな話なのかな……と思っていたら消えるのは「ウソ」で、のこたんがせんとくんとの試合爆弾を落としまくると言うエンド(?)。

あれは痺れた。日常系では「魔法」が問題解決するわけだが、『しかのこ』では「爆弾」が問題解決するのだなと。

ここでの本題ではないので省略するが、他にも「日常系との違い」が強く意識された作品ではあった。

話を戻そう。

この『しかのこ』のくだらなさ、そして見続けていると痺れてくる感じ……これは貴重な体験のようにも思うのだ。

だって考えてみてほしい。タルコフスキー映画だってカフカ小説だって基本的には退屈だ。

ただそれを味わっていくうちにビリビリくるものがある……と言うものではなかったか?(個人の感想です

少なくともこうは言えるだろう。「つまらない」は「贅沢」なのだと。

アニメに限らず、今の世の中(主語デカすぎるが、続ける)、面白もので溢れかえっていると思う。

寸分も目を離さないように設計されているもの、気が利いているもの、巧みな工夫が施されたものetc.

そしてこのサブスク化によって、私たち時間さえあれば無限面白ものに触れられるようになった。『Rate your music』など、最近レビューサイトも充実してきている。

もちろん、それは良いことだ。クソアニメばかり掴まされてきた若い頃と比べると、良い時代になったなと思う。

でも裏面では、面白ものに内心うんざりもしているんじゃないか

大げさにいえば、「面白さというエコノミー」にナッジされ搾取されている私たち……ということだと思う。

ただ具体的に、「面白くない作品、感動させられない作品、心を揺さぶられない作品」があってもいいと思うのだ。

(これはいわゆる"クソアニメ面白がる"態度と近い。俺はそれを認めた上で、ズレる面があると言いたいのだが、ここでの本題ではないので置いておこう)

そして勘違いしないで欲しいのは、俺の『しかのこ』への想いは決して"いわゆる"作品愛ではないことだ。

上に書いたとおり、ギャグはかなり滑ってると思った。またそのゆるさ・たわいのなさを愛でるにしても「愛せない」と感じる側面がある。

しかし、一見矛盾しているように感じるかもしれないが、この愛せる部分と愛せない部分の共存、それこそが真の「愛」じゃないか? と感じるようにもなった。

俺が講釈を垂れるまでもなく、今は「いいね!」が氾濫する時代である。「推し」も然りだ。

またアニメ評論に関していえば、一見客観的中立的技術分析が背後に大きな「好き!」を隠し持っているというケースは多々ある(そういう世界なんです)。

それらを否定する気は全くない。

自分はどちらかといえば「批評批判)」には懐疑的立場だ。作品ポテンシャルを引き出すよりも削いでしまっている、あるいは作品を読めてないだけ、ということの方が多くないか? と思う。

何より、好きな作品批判を見るのは嫌なものだ。それから推しVtuberもいる(複数)。

しかし、単なる全肯定とも違う、あえて名付けるならば「愛」と呼ぶしかないものがあるのではないだろうか?

少なくとも自分は、この『しかのこ』を通じてそれを体験した。幸福体験だったと思う。

2024-09-27

詐欺とか陰謀論に騙されるのではないか?騙されているのでは?と不安

ゴールドタイガーって怪しい動画ネタ動画というかMAD素材として一部でバズっている。

件の動画を見た感じ確かに胡乱さは感じたんだけど、「ネタ動画」という枠組みがないまま見たら自分も足元すくわれていたのではないか?と急に怖くなった。

詐欺とか陰謀論とかネット社会には溢れまくっているけど、自分も知らない間にそういうのに騙されているのではないか?という気分になった。

 

知り合いに雨宮純とかの言説を肯定的引用する形で陰謀論バカにしている人が居るけど、その人は舌の根も乾かぬうちに「○○アノン」的な言説を肯定的文脈再生産していた。

雨宮純を知っている人間ですらこうなんだから、いわんばその手の話題に興味がない自分陰謀論のるつぼ状態なのではないか?と気が気でない。

 

こうなんか、どうすればいいんだろう…ってゲボ吐きそう。でも「詐欺陰謀論チェッカー」みたいなのも別のそれをインストールするための装置として悪用されているケースもあるわけだし難しい。

2024-09-05

anond:20240905094520

MAD市民やけど

21世紀の森は今でもきれいだし大型遊具リニューアルされたりで近隣のファミリー大人気のスポットだよ

市営にしちゃちゃん管理されてる印象

ただマジで他には何も無いな

2024-09-01

[]毎月1日にアイスを食べている外国人が驚く動画

毎月1日にアイスを食べている外国人が驚く動画とは、日本のフォッ毛などのユーザアップロードする毎月の定期。

元ネタ

そもそも動画海外Youtuberであるjallerboがアップロードした『Spongebob reaction nigger』という動画が元となっている。

これは『スポンジボブ』のMAD動画に近いYoutube Poop(YTP)で、「『スポンジボブ』にて黒人を指す蔑称であるNigger(ニガー)を題材としたエピソードタイトルコール」に対してのjallerboのリアクションを見る動画だが、

このリアクションがあまりにも良いということから海外の方ではYTPの部分などを別の人種差別スラングなどに改変するといった流行を見せていた。

 

フォッ毛がこの動画を扱ったのはその後であるとされており、YTPの部分を単に「1月」、「2月」と変更し、月が替わったことに対してリアクションする動画シリーズへと変貌している。

現在では『桃太郎電鉄』の月が替わる演出と同じ認識で、それ以外のユーザも使うようになっているが、上記元ネタを知っているユーザは少ないとされる。

2024-08-04

東浩紀伝2

非モテ論壇は、小谷野敦の「もてない男」 (1999年)に始まり本田透に引き継がれるが、ものすごく盛り上がっているというほどでもなかった。本田消息が分からなくなり、小谷野2017年から売れなくなった。ツイッターでは雁琳のような第三波フェミニズムに応対できる論者が主流となっているが、そういうのの影に隠れたかたちであろう。大場博幸「非モテ独身男性をめぐる言説史とその社会的包摂」(2021年教育雑誌 (57) 31-43)というレビュー論文がある。ロスジェネ論壇も盛り上がった印象はない。氷河期世代はそれどころではなかったのだろうか。雑誌ロスジェネ」は迷走してしまい、第3号は「エロスジェネ」で、第4号で終刊した。

東のゼロ年代ゼロアカ道場で幕を閉じる。東チルドレンを競わせるという企画であり、ゼロアカとは「アカデミズムゼロになる」という意味らしい(「現代日本批評2001-2016」、講談社、101頁)。彼らは東浩紀しか参照していないので、アカデミズムとしてはゼロなのかもしれない。ここで台頭したのが藤田直哉であり、ザクティ革命と称して、飲み会動画を無編集でアップした。ゲンロンのプロトタイプかもしれない。藤田はwokeしたが、東チルドレンでそちらに行ったのは彼くらいではないか

3 ゲンロン

ニコニコ動画に「動ポノムコウ」(2020)というMADがあるが、ゼロ年代の東は輝いていたものの、震災後は落ちぶれてしまったという史観編集されていた。落ちぶれたかどうかはともかく、震災前後に断絶があることは疑いない。東は移動を躊躇わないところがあり、90年代末に批評空間を離れたように、震災後に自らが立ち上げた動ポモ論壇からも離れてしまう。

ゲンロンの前身である合同会社コンテクチュアズ2010年4月6日創業された。2009年の秋の飲み会アイデアが出たそうである宇野常寛濱野智史、浅子佳英(建築家)、李明喜空間デザイナー)との飲み会であった。「ゲンロン戦記」(2020年)では李はXとされているが、ウィキペディアには実名で出てきている。李はコンテクチュアズ代表就任したものの、使い込みを起こして、2011年1月末日付で解任されている。代わって東が代表就任し、李から使い込んだ金を回収した。ちょうど震災前のことで、震災後だと回収は難しかたかもしれないらしい(「ゲンロン戦記」、42頁)。この頃には、宇野や濱野は去っており、浅子が右腕だったが、その浅子も2012年には退任する。

一般意志2.0」は震災前に雑誌「本」に連載されていた。2009年12月から2011年4月号まで連載されていて、4月号は3月頭に出るものなので、ちょうど震災が起こる直前に終わったことになる。「ゲンロン戦記」には「その原稿2010年代に書かれたのですが、出版震災後の2011年11月になりました」(22頁)とあるが、ゼロ年代に連載が始まっているし、出版されたのも2010年代なので、おかしな文である。「震災前に書かれた」と直すべきところであろう。「一般意志2.0」はゼロ年代パラダイムに属している。デジタル民主主義の本であるが、ちょっとひねって、ニコニコ動画のようなもの民意をくみ上げようというものであるゲンロンもニコニコ動画でやられているので、その所信表明でもあるのであろう。ゼロ年代ゲンロンをつなぐ蝶番的な書物ではあった。

サイバースペース」「情報自由論」は一冊の本として刊行されることはなかったのであるが、「一般意志2.0」は刊行された。すっきりとした構想だったからだろうか。東はネット草創期のアングラさのようなものを後光にして輝いていたのであるが、この本を最後に、アーキテクチャを本格的に論じることを止める。ニコニコ動画2ちゃんねる動画版のようなところがあったが、ツイッターをはじめとするSNSネットの中心が移り、ネットはもはや2ちゃん的ではなくなり、東の想定していたアーキテクチャではなくなってきたのかもしれない。東はツイッターも使いこなしているが、かつてほどの存在感はない。

一般意志2.0」の次の主著は「観光客哲学」(2017年であるが、サブカルチャー批評することで「ひとり勝ち」した東が観光客を論じるのは意外性がある。娘が生まれからアニメゲームに関心を失い、その代わり観光が好きになったとのことで、東の関心の移動を反映しているようである。「観光客哲学 増補版」第2章によると、観光客二次創作するオタクに似ている。二次創作するオタク原作の好きなところだけつまみ食いするように、観光客住民暮らしなどお構いなしに無責任観光地をつまみ食いしていく。このように観光客現実二次創作しているそうである

福島第一原発観光地化計画思想地図β vol.4-2)」(2013年)は、一万部も売れなかったそうである。ふざけていると思われたのだろうか。観光に関心を持っていたところに、福島第一原発事故があり、ダークツーリズム対象にできないかと閃いたのであろう。もともと観光に関心がなければ、なかなか出てこないアイデアではないかと思われる。東によると、ダークツーリズム二次創作への抵抗である(「観光客哲学 増補版」第2章)。それなりの歴史のある土地であっても、しょせんは無名なので、原発事故のような惨事が起こると、そのイメージだけで覆い尽くされることになる(二次創作)。しかし、そういう土地観光に出かけると、普通場所であることが分かり、にもかかわらず起こった突然の惨事について思いをはせる機会にもなるそうである二次創作への抵抗)。

社会学者開沼博福島第一原発観光地化計画に参加して、前掲書に寄稿しているのにもかかわらず、これに抗議した。東と開沼は毎日新聞ウェブ版で往復書簡を交わしているが、開沼の主張は「福島イコール原発事故イメージを強化する試みはやめろ」というものであった(「観光客哲学 増補版」第2章)。原発事故を語りにくくすることで忘却を促すというのが政府戦略のようであるが、これは成功した。開沼は2021年東京大学大学院情報学環准教授就任している。原発事故への応答としては、佐藤嘉幸・田口卓臣脱原発哲学」(2016年)もあるが、こちらはほとんど読まれなかった。ジュディス・バトラー佐藤博論(「権力抵抗」)の審査委員の一人であり、佐藤バトラーに近い(竹村和子亡き後、バトラー著作邦訳を担っている)。「脱原発哲学」にもそれっぽい論法が出てくるのが、こちらは功を奏しなかった。資本主義と真っ向から対立するような場面では効かないのだろう。ちなみに佐藤博論には東も登場しており、バトラーも東の名前は知っているものと思われる。

観光客哲学」はネグリハート帝国」を下敷きにしているが、そこでのマルチチュードは、共通性がなくても集まればいいという発想で集められているものであり、否定神学であるとして、郵便マルチチュードとしての観光客対置する。東は原発事故後の市民運動に対して否定的であり、SEALDsなどを毛嫌いしていた。第二次安倍政権は次々と「戦後レジーム」を否定する法案を提出しており、それに対抗する市民運動は盛り上がっていたが、負け続けていた。しかし、Me too運動が始まってからというものリベラルマイノリティ運動に乗り換え、勝ち続けるようになる。「観光客哲学」は市民運動が負け続ける状況に応答しているが、「訂正可能性の哲学」(2023年)はマイノリティ運動が勝ち続ける状況に応答している。小熊英二こたつぬこ木下ちがや)はSEALDsの同伴者であったが、マイノリティ運動に与した共産党には批判である。小熊の「1968」(2009年)は絓秀実革命的なあまり革命的な」(2003年)のマイノリティ運動に対する評価をひっくり返したものなので、こういう対応は分からなくはない。東も「革あ革」を評価していない。「絓さんの本は、ぼくにはよくわからなかった。六八年の革命は失敗ではなく成功だというのだけれど、その理由が明確に示されないまま細かい話が続いていく。どうして六八年革命成功していることになるのか」(「現代日本批評2001-2016」、講談社、71頁)。論旨そのものは分かりやすい本なので、かなりの無理解であろう。

東はアベノミクスには何も言っていない。政治には入れ込んでいるが、経済は分からないので口を出さないという姿勢である経済について分かっていないのに口を出そうとしてリフレ派に行ってしまった人は多い。宮﨑哲弥が典型であろうが、北田もそうであるブレイディみかこ松尾匡と「そろそろ左派は<経済>を語ろう――レフト3.0の政治経済学」(2018年)という対談本を出している。リベラルが負け続けているのは、文化左翼路線だけでは大衆に支持されることはなく、経済についても考える必要があるという主張であるが、リベラルマイノリティ運動で勝ちだしてからはこういうことは言わなくなった。北田2023年から刊行されている「岩波講座 社会学」の編集委員代表を務めている。

観光客哲学」の次の主著は「訂正可能性の哲学であるこちらも郵便本の続編といっていいのであろうが、そこに出てきた訂正可能性(コレクタビリティ)という概念がフィーチャーされている。政治的な正しさ(ポリティカル・コレクトネス)を奉じている者がそうしているように、理想を固定したものとして考えるのではなく、誤りをコレクトするという姿勢大事であるということらしい。駄洒落のようであると言われることもある。森脇によると、東は状況に合わせてありきたりの概念意味を変えるという「再発明」の戦略を採っているが、この「再発明」の戦略を言い換えたものが訂正可能なのだという(森脇「東浩紀批評アクティヴィズムについて」)。そうだとすると、訂正可能性は郵便本では脇役であったが、これが四半世紀後に主役になることには必然性があったということであろうか。

こうして現在2024年7月)まで辿りついたのであるが、東は多くの人と関係を断ってきたため、周りに人がいなくなっている。東も自身気質自覚している。「ぼくはいつも自分で始めた仕事自分で壊してしまう。親しい友人も自罰的に切ってしまう。「自己解体境界侵犯欲望」が制御できなくなってしまう。だからぼくには五年以上付き合っている友人がいない。本当にいないのだ」(東浩紀桜坂洋キャラクターズ」、2008年、73頁)。一人称小説の語り手の言葉であるものの、現実の東と遠からものと見ていいであろう。ここからは東の決裂を振り返る。

宇野常寛は東を批判して「ゼロ年代の想像力」(2008年)でデビューしたのであるが、東に接近してきた。ゲンロンは宇野のような東に近い若手論客結集する場として企画されたそうである。東によると、宇野を切ったのは、映画「AZM48」の権利宇野要求してきたかららしい。「東浩紀氏の告白・・・AZM48をめぐるトラブルの裏側」というtogetterに東のツイートが集められている。2011年3月10日から11日を跨ぐ時間帯に投稿されたものであり、まさに震災直前である。「AZM48」は「コンテクチュアズ友の会」の会報「しそちず!」に宇野が連載した小説である映画原作なのだろう)が、宇野ウィキペディアには書かれていない(2024年7月27日閲覧)。円堂都司昭は「ゼロ年代論点」(2011年)の終章で「AZM48」を論じようと企画していたが、止めておいたそうである。「ゼロ年代批評をふり返った本の終章なのだから2010年代を多少なりとも展望してみましょうというパートなわけだ。批評家たちのホモパロディを熱く語ってどうする。そこに未来はあるのか?」(「『ゼロ年代論点』に書かなかった幻の「AZM48」論」)。

濱野智史は「アーキテクチャ生態系」(2008年)でデビューしているが、アーキテクチャ論こそ「「ゼロ年代批評」の可能性の中心」(森脇、前掲論文)であった。東の右腕的存在だったこともあり、「ised情報社会倫理設計」を東と共編している。濱野は東と決裂したというより、壊れてしまった。その頃、AKB48などのアイドル流行りつつあり、宇野は、東をレイプファンタジーなどと批判していたのにもかかわらず、アイドル評論を始めたのであるが、濱野もそちらに付いていってしまった。「前田敦子はキリストを超えた 宗教としてのAKB48」(2012年)を刊行する。これだけならよかったものの、アーキテクチャ論を実践すべく、2014年アイドルグループPlatonics Idol Platform (PIP)をプロデュースするも大失敗してしまい、精神を病んでしまった。行方が分からなくなっていたが、「『豪の部屋』濱野智史社会学者)が経験したアイドルプロデュース真相」(2022年)に出演して、東に「ぐうパワハラされた」ことを明かした。

千葉雅也の博論本「動きすぎてはいけない」(2013年)には、浅田彰東浩紀が帯を書いていて、「構造と力」や「存在論的、郵便的」を承継する構えを見せていた。郵便本をきちんと咀嚼した希な例ということらしい。東がイベント千葉ゲイであることをアウティングしたのであるが、その場では千葉は黙っていたものの、「怒っている。」などとツイートする(2019年3月7日、「男性性に疲れた東浩紀何をいまさらと怒る千葉雅也」)。これに反応して、東は「千葉との本は出さないことにした。仕事も二度としない。彼は僕の人生全否定した」などと生放送で二時間ほど怒涛の千葉批判を行った。こうして縁が切れたわけであるが、千葉くらいは残しておいても良かったのではないかと思われる。國分は数年に一度ゲンロンに登壇するようであるが、このくらいの関係でないと続かないということだろうか。

大澤聡も切ったらしいのであるが、「東浩紀突発#110 大澤聡さんが5年ぶりにキタ!」(2023年10月16日)で再会している。どうして切ったのかはもはやよく分からないが、それほどの遺恨はなかったのだろう。

福嶋亮大は向こうから去って行ったらしい。鼎談現代日本批評」の第1回、第2回に参加しながら、第3回に参加することを拒んだらしい。東も理由はよく分からないようである。珍しいケースといえよう。

津田大介とは「あずまんのつだっち大好き・2018年猛暑の巻」(2018年8月17日)というイベントが開催されるほど仲が良かった。津田2017年7月17日にアイチトリエンナーレ2019の芸術監督就任し、東は2017年10月企画アドバイザー就任する。しかし、企画展「表現不自由展・その後」に政治的圧力が加えられ、2019年8月14日、東は企画アドバイザーを辞任する。この辞任はリベラルから顰蹙を買い、東はますますリベラル嫌いになっていく。批評家は大衆に寄り添わざるを得ないので、こういう判断もあり得るのだろうか。

東は2018年12月18日にツイッターゲンロン解散を発表するが、上田洋子らに説得されて、

東浩紀

東浩紀の伝記を書く。ゼロ年代に二十代を過ごした私たちにとって、東浩紀特別存在であった。これは今の若い人には分からいであろう。経験していないとネット草創期の興奮はおそらく分からいかである。たしかにその頃は就職状況が悪かったのであるが、それはまた別にインターネットは楽しかったのであり、インターネットが全てを変えていくだろうという夢があった。ゼロ年代代表する人物を3人挙げるとすれば、東浩紀堀江貴文ホリエモン)、西村博之ひろゆき)ということになりそうであるが、彼らはネット草創期に大暴れした面々である。今の若い人たちはデジタルネイティブであり、それこそ赤ちゃんの頃からスマホを触っているそうであるが、我々の小さい頃にはスマホはおろか携帯電話すらなかったのであるファミコンはあったが。今の若い人たちにはネットがない状況など想像もできないだろう。

私は東浩紀の主著は読んでいるものの、書いたもの網羅的に読んでいるというほどではなく、酔っ払い配信ほとんど見ていない。しかし、2ちゃんねる(5ちゃんねる)の東浩紀スレ古参ではあり、ゴシップ的なことはよく知っているつもりである。そういう立場から彼の伝記を書いていきたいと思う。

1 批評空間

東浩紀は71年5月9日まれである。「動ポモ」でも援用されている見田宗介時代区分だと、虚構時代のちょうど入り口で生を享けたことになる。國分功一郎は74年、千葉雅也は78年生まれである。國分とはたった3歳しか離れていないが、東が早々にデビューしたために、彼らとはもっと年が離れていると錯覚してしまう。

東は中流家庭に生まれたらしい。三鷹市から横浜市引っ越した。東には妹がおり、医療従事者らしい(医者ではない)。父親金沢出身で、金沢二水高校を出ているそうである(【政治番組東浩紀×津田大介×夏野剛×三浦瑠麗が「内閣改造」について大盛り上がり!「今の左翼新左翼左翼よりバカ!」【真実幻想と】)。

東は日能研でさっそく頭角を現す。模試で全国一桁にいきなり入った(らしい)。特別栄冠を得た(らしい)。これに比べたら、大学予備校模試でどうとかいうのは、どうでもいいことであろう。

筑駒筑波大学附属駒場中学校)に進学する。筑駒在学中の特筆すべきエピソードとしては、おニャン子クラブ高井麻巳子福井県実家訪問したことであろうか。秋元康結婚したのは高井であり、東の目の高さが分かるであろう。また、東は中学生時代うる星やつらファンクラブを立ち上げたが、舐められるのがイヤで年を誤魔化していたところ、それを言い出せずに逃げ出したらしい(5ちゃんねる、東浩紀スレ722の555)。

もう一つエピソードがあって、昭和天皇が死んだときに、記帳に訪れたらしい。

東は東大文一に入学する。文三ではないことに注意されたい。そこで柄谷行人の講演を聞きに行って何か質問をしたところ、後で会おうと言われ、「批評空間」に弱冠21歳でデビューする。「ソルジェニーツィン試論」(1993年4月であるソルジェニーツィンなどよく読んでいたなと思うが、新潮文庫ノーベル賞作家を潰していくという読書計画だったらしい。また、残虐記のようなのがけっこう好きで、よく読んでいたというのもある。三里塚闘争についても関心があったようだ。「ハンスが殺されたことが悲劇なのではない。むしろハンスでも誰でもよかったこと、つまりハンスが殺されなかったかも知れないことこそが悲劇なのだ」(「存在論的、郵便的」)という問題意識で書かれている。ルーマン用語でいえば、偶発性(別様であり得ること)の問題であろうか。

東は、教養課程では、佐藤誠三郎ゼミ所属していた。佐藤村上泰亮公文俊平とともに「文明としてのイエ社会」(1979年)を出している。共著者のうち公文俊平だけは現在2024年7月)も存命であるが、ゼロ年代に東は公文グロコムで同僚となる。「文明としてのイエ社会」は「思想地図」第1号で言及されており、浩瀚な本なので本当に読んだのだろうかと思ったものであるが、佐藤ゼミ所属していたこから学部時代に読んだのだろう。

東は94年3月東京大学教養学部教養学科科学史科学哲学分科を卒業し、同4月東京大学大学総合文化研究科超域文化科学専攻に進学する。修士論文バフチンで書いたらしい。博士論文ではデリダを扱っている。批評空間に94年から97年にかけて連載したものをまとめたものである私たち世代は三読くらいしたものである博論本「存在論的、郵便的」は98年に出た。浅田彰が「東浩紀との出会いは新鮮な驚きだった。(・・・)その驚きとともに私は『構造と力』がとうとう完全に過去のものとなったことを認めたのである」という帯文を書いていた。

郵便本の内容はウィキペディアの要約が分かりやすく、ツイッター清水高志が褒めていた。「25年後の東浩紀」(2024年)という本が出て、この本の第3部に、森脇透青と小川歩人による90ページにわたる要約が付いている。森脇は東の後継者と一部で目されている。

東の若いころの友達阿部和重がいる。阿部ゲンロンの当初からの会員だったらしい。妻の川上未映子は「ゲンロン15」(2023年)に「春に思っていたこと」というエッセイ寄稿している。川上早稲田文学市川真人によって見出されたらしく、市川渡辺直己の直弟子である市川鼎談現代日本批評」にも参加している。

東は、翻訳家小鷹信光の娘で、作家ほしおさなえ1964年まれ)と結婚した。7歳年上である不倫だったらしい。98年2月には同棲していたとウィキペディアには書かれていたのであるが、いつのまにか98年に学生結婚と書かれていた。辻田真佐憲によるインタビュー東浩紀批評家が中小企業経営するということ」 アップリンク問題はなぜ起きたか」(2020年)で「それは結婚の年でもあります」と言っており、そこが根拠かもしれないが、明示されているわけではない。

そして娘の汐音ちゃん生まれる。汐音ちゃん2005年6月6日まれであるウィキペディアには午後1時半ごろと、生まれ時間まで書かれている。名前クラナドの「汐」と胎児聴診器心音ちゃんから取ったらしい。ツイッターアイコンに汐音ちゃん写真を使っていたものの、フェミに叩かれ、自分写真に代えた。汐音ちゃんは「よいこのための吾妻ひでお」 (2012年)のカバーを飾っている。「日本科学未来館世界の終わりのものがたり」展に潜入 "The End of the World - 73 Questions We Must Answer"」(2012年6月9日)では7歳になったばかりの汐音ちゃんが見られる。

96年、コロンビア大学大学入試に、柄谷の推薦状があったのにもかかわらず落ちている。フラタニティ的な評価によるものではないかと、どこかで東は推測していた。入試について東はこう言っている。「入試残酷なのは、それが受験生合格不合格に振り分けるからなのではない。ほんとうに残酷なのは、それが、数年にわたって、受験生家族に対し「おまえの未来合格不合格かどちらかだ」と単純な対立を押しつけてくることにあるのだ」(「選択肢無限である」、「ゆるく考える」所収)。いかにも東らしい発想といえよう。

2 ゼロ年代

東の次の主著は「動物化するポストモダン」で、これは2001年刊行される。98年から01年という3年の間に、急旋回を遂げたことになる。「サイバースペースはなぜそう呼ばれるか」はその間の論考である

東はエヴァに嵌っており、「庵野秀明はいかにして八〇年代日本アニメを終わらせたか」(1996年)などのエヴァ論も書いている。その頃に書いたエッセイは「郵便不安たち」(1999年)に収められた。エヴァ本をデビュー作にすることも考えたらしいが、浅田彰に止められたらしい。だからサブカル本を出すというのは、最初から頭の中にあったのだろう。

「いま批評場所はどこにあるのか」(批評空間第Ⅱ期第21号、1999年3月)というシンポジウムを経て、東は批評空間と決裂するが、それについて25年後に次のように総括している。「ぼくが考える哲学が『批評空間』にはないと思ってしまった。でも感情的には移転があるから、「お前はバカだ」と非難されるような状態にならないと関係が切れない」(「25年後の東浩紀」、224-5頁)。

動ポモ10万部くらい売れたらしいが、まさに時代を切り拓く書物であった。10万部というのは大した部数ではないようにも思われるかもしれないが、ここから動ポモ論壇」が立ち上がったのであり、観客の数としては10万もいれば十分なのであろう。動ポモフェミニストには評判が悪いようである北村紗衣も東のことが嫌いらしい。動ポモ英訳されている(Otaku: Japan's Database Animals, Univ Of Minnesota Press. 2009)。「一般意志2.0」「観光客哲学」も英訳されているが、アマゾンのglobal ratingsの数は動ポモが60、「一般意志2.0」が4つ、「観光客哲学」が3つと動ポモが圧倒的である2024年8月3日閲覧)。動ポモ海外論文でもよく引用されているらしい。

次の主著であるゲーム的リアリズムの誕生――動物化するポストモダン2」までは6年空き、2007年に出た。この間、東は「情報自由論」も書いていたが、監視否定する立場から肯定する立場へと、途中で考えが変わったこともあり、単著としては出さず、「サイバースペース」と抱き合わせで、同じく2007年に発売される(「情報環境論集―東浩紀コレクションS」)。「サイバースペース」は「東浩紀アーカイブス2」(2011年)として文庫化されるが、「情報自由論」はここでしか読めない。「サイバースペース」と「情報自由論」はどちらも評価が高く、この頃の東は多作であった。

この頃は北田暁大と仲が良かった。北田は東と同じく1971年まれである。東と北田は、2008年から2010年にかけて「思想地図」を共編でNHK出版から出すが、3号あたりで方針が合わなくなり、5号で終わる。北田は「思想地図β」1号(2010年)の鼎談には出てきたものの、今はもう交流はないようである北田はかつてツイッターで活発に活動していたが、今はやっていない。ユミソンという人(本名らしい)からセクハラ告発されたこともあるが、不発に終わったようである結婚して子供もできて幸せらしい。

その頃は2ちゃんねるネットの中心であったが、北田は「嗤う日本の「ナショナリズム」」(2006年)で2ちゃん俎上に載せている。北田は「広告都市東京」(2002年)で「つながりの社会性」という概念を出していたが、コミュニケーションの中身よりも、コミュニケーション接続していくことに意味があるというような事態を表していた。この概念を応用し、2ちゃんでは際どいことが言われているが、それはネタなので心配しなくていいというようなことが書かれていた。2ちゃん分析古典ではある。

東は宮台真司大澤真幸とも付き合っているが、彼らは北田のように鋭くゼロ年代を観察したというわけではなく、先行文献の著者である。宮台は98年にフィールドワークを止めてからは、研究者というよりは評論家になってしまった。大澤は日本ジジェクと称されるが、何を論じても同じなのもジジェクと同様である動ポモは彼らの議論を整理して更新しているのであるが、動ポモも「ゲーム的リアリズムの誕生」も、実際に下敷きになっているのは大塚英志であろう。

宮台や大澤や北田はいずれもルーマンであるが、ルーマンっぽいことを言っているだけという印象で、東とルーマンも似ているところもあるというくらいだろう。しかし、ルーマン研究者馬場靖雄2021年逝去)は批評空間に連載されていた頃から存在論的、郵便的」に注目しており、早くも論文正義門前」(1996)で言及していた。最初期の言及ではないだろうか。主著「ルーマン社会理論」(2001)には東は出てこないが、主著と同年刊の編著「反=理論のアクチュアリティー」(2001)所収の「二つの批評、二つの社会」」ではルーマンと東が並べて論じられている。

佐々木敦ニッポン思想」(2009年)によると、ゼロ年代思想は東の「ひとり勝ち」であった。額縁批評などと揶揄される佐々木ではあるが、堅実にまとまっている。類書としては、仲正昌樹「集中講義日本現代思想 ポストモダンとは何だったのか」 (2006)や本上まもる「 “ポストモダンとは何だったのか―1983‐2007」 (2007)があったが、仲正は今でも読まれているようである。本上は忘れられているのではないか。この手の本はこれ以後出ていない。需要がないのだろうか。

佐々木の「ひとり勝ち」判定であるが、そもそもゼロ年代思想土俵を作ったのは動ポモであり、そこで東が勝つというのは当たり前のことであった。いわゆる東チルドレンは東の手のひらで踊っていただけなのかもしれない。懐かしい人たちではある。

北田によると、東の「情報技術公共性をめぐる近年の議論」は、「批評が、社会科学的な知――局所から全体を推測する手続きを重視する言説群――を媒介せずに、技術工学的知と直結した形で存在する可能性の模索である」(「社会批評Introduction」、「思想地図vol.5」、81-2頁)ということであるが、ゼロ年代の東はこういう道を歩んでいた。キットラーに似ており、東チルドレンでは濱野智史がこの道を歩んだのであるが、東チルドレンが全てそうだったわけでもなく、社会学でサブカルを語るというような緩い営みに終始していた。宇野常寛などはまさにこれであろう。

佐々木ニッポン思想」と同じ2009年7月に、毛利嘉孝ストリート思想」が出ている。文化左翼歴史をたどっているのであるが、この頃はまだ大人しかった。ポスコロ・カルスタなどと揶揄されていた。しかし、テン年代佐々木命名から勢いが増していき、今や大学メディア大企業裁判所を押さえるに至っている。しかし、ゼロ年代において、動ポモ論壇と比較できるのは、非モテ論壇やロスジェネ論壇であろう。

非モテ論壇は、小谷野敦の「もてない男」 (1999年)に始まり本田透に引き継がれるが、ものすごく盛り上がっているというほどでもなかった。本田消息が分からなくなり、小谷野2017年から売れなくなった。ツイッターでは雁琳のような第三波フェミニズムに応対できる論者が主流となっているが、そういうのの影に隠れたかたちであろう。大場博幸「非モテ独身男性をめぐる言説史とその社会包摂」(2021年教育Permalink | 記事への反応(13) | 17:44

最近見かけたネットミームズ(自分用にまとめただけ)

*(レモンを舐めたときの顔)

好きな惣菜発表ドラゴン

ロボカス

丸亀製麺MAD(縦書きの「次に私が うどんにするのは 画面の前の お前かもしれない」の形式)

しわしわピグレット

無課金おじさん

2024-07-26

anond:20240614210308

すまん、MADに加工するどころかそのまま無断転載した画像PVを利用して『ビジネス』をしてるe621っていうサイトが今も存在してるんだが?

ポケモンぶつ森の(エロいファンアートで表立って金稼ぎするのはいい加減任天堂法務部に怒られて欲しい

2024-07-22

anond:20240722094043

サラー石井の頭悪いところは、両さんMAD若者洗脳しないこと。

共産党とか平気で勝手アンパンマン使ってるのに。

声優でもないくせに、キャラを守るとか、よっぽど黒歴史だったんかな?

2024-07-20

ドカベンMAD

撃てないニュークがあるもの

構えたTHAADが受け止める

ああ グローバルストライク

ズバーンいかした スピリット

尾翼はなくて ステルス

人類最後今日もゆく

がんばれがんばれ MAD

相互破壊

2024-07-17

なぜエロ動画サイト検索機能は、期待した動画が出にくいのか?

成人向け動画共有サイトエロ動画検索していても、自分が望んでいるシチュエーションエロ動画がヒットされにくいという問題がある。(「あの恰好であの体位でしている動画が出てこない」とか。)


Danbooruなどの二次絵に特化したサイトだと、静止画という特性上、1場面しか表されていないため、的確に画の状況をタグ付けして内容の特徴を浮き彫りにしやすい。

しかエロ動画サイト動画となると、動画内には場面が何場面もあり、カットやシーンによって画の特徴が変わりやすいから、

もしエロ動画視聴ページでDanbooruみたいにタグ付けをやろうとすると 示唆してるタグシチュエーションがまちまちになって来たり(※)、もしあえて動画内の全特徴を列挙すると タグの数が膨大になる可能性がある。

なのでアップロードされた動画には、動画タイトル動画説明と、タグでは 演者とか 主なシチュエーション(どういう設定物のAVか)とか 付けられる属性情報が少なく、ざっくりしている。

それで「検索ではそれっぽい動画候補は出すからあとはその中から自分の目で確認して」となる。


(※どういう事かというと例えば、「トップビュー」「正常位」「騎乗位」…… というタグが付いてたとして、動画を見ると「トップビューの騎乗位と、女側視点の正常位」の内容だった。期待した「トップビューの正常位」にならない訳で。)


多分「YouTube検索機能ゴミ」「ニコニコ動画検索の方が使いやすい」と言われるのは、そういう都合なのだろうと。

ニコニコ動画なら、MAD動画とかゲーム動画とか趣旨が分かりやす動画が多いだろうからタグを中心とした検索がうまくいくが、

YouTubeかになると、掴み所のないカットが多かったりする動画も割とあるわけで(日常スナップ動画長回し動画とか ライブ配信とか)、タグ付け的に一概には括れないのだろうと。

YouTube検索機能AI的に検索結果を提示しているのは、そういう曖昧動画にも対応できるようしたためなのだろうと。(「広告的な動画検索結果に挟む」という商業的な都合を除く。)

ニコニコ動画にあるような趣旨が分かりやす動画を探し求めてる利用者は、YouTube意図してる検索機能目的と合ってない。

(余談だが、ネットでは「YouTube検索機能が使いづらい」とか目にすることがあるが、エロ動画共有サイトについてはそういう話があんまり上がって来ない印象がある。
自分SNSをやってないし5chとか深入りしてないので、エロ動画サイト検索機能に皆どう思っているか知らないが、皆不満に思っていないのか?)



もしこれから新たなエロ動画共有サイトができるとして、検索精度を上げていたなら、動画のチャプターごとにタグけができるようなサイトの作りになってるとか?。。。

自分ポルノAVとかのエロサイトにあまり詳しくないから、過去にそういうエロ動画サイトがあったかは知らないが、そういうDanbooruみたいにタグ付けできるエロ動画共有サイト需要はあるのかもしれないと思った。


ちなみに自分は、元々エロ二次元派(インピオ・ケモノ)であるアラサーになり、2年前から本格的にPornhubのようなエロ動画サイトも覗くようになった程度のユーザーです。(児童ポルノ動画は見てない。)

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1~2年かかって見つけたエロ動画

https://anond.hatelabo.jp/20240715185000

2024-07-14

広告ブロッカー淫夢ネタを同一視している

俺は広告ブロッカーを使う気になれない。

広告はウザいが、それでも広告を閲覧させられることはそのサイトコンテンツを楽しむ上での対価であり、それを一方的に踏み倒す行為道義に反する行為で、もし広告に対して許容できないレベルの不満があるならそのサイトは使わないというのが筋の通った行いだと思っている。

だけど、じゃあ俺は広告ブロッカーは許されざる邪悪と思っているかと言えば、そういうわけではない。

俺は昔ながらのインターネットの「(法に反さない限りなら)ハックしてなんぼ!」みたいな価値観内面化している人間なので、広告ブロッカー道義に反することは認めた上で、それもまた"アリ"だと思っている。

自身広告ブロッカーを使わないのは、ただ無料コンテンツ提供者にも対価を返したいという自分のこだわりでしかない。

別に他人広告ブロッカーを使っていても、それを責めようなんて気持ちは毛頭ない。


……で、この前ふと「広告ブロッカーと同程度の罪悪度のモノは他に何があるだろう?」「道義には反するけど、それもまたインターネットって風に受け入れられるモノは?」って考えが浮かんだ。

それで、その時に一番しっくりきたのは「淫夢ネタゲラゲラ笑うこと」だった。

言うまでもなく、あの手のホモネタ現代ではポリティカルコネトレス観点から明らかに道義的アウトだ。

でもその上で、俺は淫夢ネタを「まあそれもまたインターネットっしょ!」って目で見てきた。

(MAD動画しか見たいことがなくて本編未視聴のにわかだけど)

倫理的是非で言えば非だけど、インターネットという空間でならまあそのくらい」という存在として、広告ブロッカー淫夢ネタは同じラインに立っているように感じられた。

以来、「私は広告ブロッカーを使ってます」って人を見ると、「こいつもホモガキと精神性は変わらないんだな~」って思うようになってしまった。

はてな民広告ブロッカー利用者が多そうだけど、つまりこれははてな民ホモということなのでは?(発想の飛躍)

2024-07-10

MADコミュニティアニメ使って遊んでるだけの連中がツイッターでひとかどの人ごっこしてるの怖気が走るな

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